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学問・資格

2019年8月 3日 (土)

「数学書として憲法を読む」ー秋葉忠利代表委員の新著発刊

広島県原水禁代表委員の秋葉忠利さんは、これまでにも多くの著書がありますが、この度「数学書としての憲法を読む」という新著を発刊されました。サブタイトルは「前広島市長の憲法・天皇論」となっています。私にも「著者謹呈」として一冊送っていただきました。

本来なら、本を読んだ感想を書くべきですが、私の能力では、それを待っているとずいぶん遅くなってしまいますので、取り急ぎ新著が発刊されたことを紹介をさせていただきます。署名を見た時、私の頭に浮かんだ書名は「数学書」ではなく「数学者」でした。「数学者秋葉忠利」の憲法解説本と思ったからです。

Img028

「数学書」など読んだことのない私には、大きな?がつくのですが、本にまかれた帯には「原理原則などどこ吹く風 ごまかしだらけの政治の時代―文字通りに、素直に読んでみませんか?」と書かれていますので、素直に読めばよいのだなとちょっと安心です。さらに裏表紙側の帯の「憲法を基本に据えて、本当の意味での立憲政治を実現するための出発点として私が選んだのは、憲法全体をもう一度、数学書を読むように丁寧にそして論理的に読んで、その内容を理解することでした。その試みから得た教訓は、99条の(復権の)重要性です。これが私にとっても貴重な『発見』だったことから、多くの皆さんと共有したいと考えるようになりました。」との紹介で、この本が書かれたゆえんが、憲法99条にあることが分かります。安保法制の審議を機に、クローズアップされた99条の「憲法尊重擁護義務」について、その実践のための具体的な提案も含めて、その重要性が本書では書かれています。(ちょっと斜め読みで受けた印象)

ところで、この本、開いてみるとちょっとびっくりします。最初に出てくるのが「はしがき」です。これは、「はじめに」や「まえがき」と同じような意味を持つ本の書き出しだと思います。ところがこの本では、この後に「前口上」、そして「序章」と続きます。「まえがき」とも思える部分が、こんな組み立てで出てくる本は、見たことがありません。と言っても私の少ない読書歴での感想にすぎませんが、ここでまず「秋葉さんらしいな」という印象を強く持たされます。その「前口上」「序章」がなぜ必要だったのかが、「はしがき」に書かれています。「なぜ、『数学書として読む』ことに意味があると思ったのか、それが『広島市長』とどう関わっているかについては『前口上―なぜ前広島市長が憲法を語るか』で説明したので、そちらをお読みいただけると幸いです。」ということです。そしてさらに「はしがき」を読み進むと「本書を読む順序」について記載されています。「論理的には最初から順番に読んでいただくことを想定しています。しかしながら、難しいかもしれないと危惧をお持ちの方は、第5章からはじめてみてください。その他、興味のある章から、始めてくださっても本筋はご理解いただけるでしょう。」となっています。ちなみに第5章のタイトルは「憲法は死刑を禁止している」となっています。そもそもこの章は、3章で構成される「第Ⅱ部 憲法は死刑を禁止している」の最終章として登場しています。

今のところ、ここまでぐらいしか読んでいませんので、これ以上のことは書けません。

秋葉代表委員の憲法論については、このブログでも何度か登場していますので、なじみがあると思います。ぜひ一人でも多くの人に読んでいただけることを期待します。

いのちとうとし

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2019年3月26日 (火)

呂歓喜先生への手紙

呂歓喜先生

ご無沙汰しております。お変わりなく、お元気でお過ごしのことと存じます。私は他国の日本に住んでいます。もちろん結婚をして子どももいます。家族団らんな生活を送れていることは,先生の教えのおかげです。感謝しています。

私は,日本の広島に住んでいます。考えてみれば日本の生活も17年目を迎えます。17年前の2002年は、毎日の生活がドキドキ、ワクワクの連続でした。なぜなら慣習や文化が違い、それを学ぶ楽しさがあったからです。でも,時が過ぎると、すごく違和感を感じ始めました。その理由は、皇族を「陛下」「殿下」と呼んでいたからです。

私の記憶では,高校2年生の古文の時間だったと思います。もう37年前のことですね。先生から「皆さん!『閣下』の意味を知っていますか?」と聞かれました。その時は、一日も欠かさずテレビのニュースや新聞で、「全〇〇大統領閣下」を見聞きする時代でした。また、歴史ドラマには「殿下」はよく出ていましたね。

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その授業で先生から「民主主義と呼称」について教えていただいたことは、今の私の宝になっています。先生は、

「陛下の『陛』は『天子の宮殿の階段』で、殿下の『殿』は貴人を敬って言う代名詞であり、その人が居る建物を意味することもある。例えば景福宮の勤政殿・康寧殿・交泰殿は、王の執務室であり、王と王妃が生活する建物であり、閣下は、殿下より一段下の人、または、その人が居る建物を意味する。すなわち『陛下』『殿下』『閣下』は、人の上下を表す言葉であり、民主主義とは正反対の意味になる。しかし今、テレビや新聞が『全〇〇大統領閣下』と呼び、書いているのは民主主義国家ではあり得ないんだ!このことを皆に知ってほしい」と言われました。

その後、国民が直接大統領を選出することになり、それで就任した盧大統領時代から公式的に「閣下」という呼称がなくなったことを覚えています。もちろん、完全になくなるまでには大統領が二人も交代しました。

日本は君主制で戦前の天皇家が今も続いています。5月には新しい天皇が誕生します。「陛下」「殿下」が「人の上に人あり、人の下に人あり」を意味する差別語であることを日本の新聞やテレビも知ってほしいなと思う今日この頃です。

韓国にいつ帰るかはわかりませんが、先生との再会を強く望んでいます。お元気で過ごされることを心からお祈りします。

広島より(李 昇勲)

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