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ニュース

2019年9月11日 (水)

自然災害の「ツケ」を払うのは? ――一番弱い立場の「労働者」に押し付けるな!――

十日に一度の投稿なのですが、今回も自然災害について、私たちがどう対応すべきかの問題提起です。台風15号でも亡くなった方、怪我をした方も多く、また雨と風による物的被害も大きかったことに、改めてショックを受けています。停電や断水等も大きな問題です。今回は西日本への被害はあまりなかったのですが、ほぼ毎日のように日本のどこかで、自然災害が起き、犠牲になっている人たちがいます。

日本全体という視野で物事を考える責任のある日本政府としては、全力を挙げてこの事態に対処すべきです。仮に「国を守る」という標語を使うのであれば、それは、これまで70年以上実害のなかった、外国による侵略からではなく、自然災害から国を守る、より正確には国民を守る、という方向転換をしなくてはならないことを明確に示しています。

役にも立たないイージス・アショアとか、オレプレイはすぐに注文をキャンセルして、自然災害対策のための予算に転換すること、自衛隊を災害対策専門の組織に改組することがそれこそ自然の流れなのですが、なかなか、その方向に舵が切れないようです。やはり世論を大きくすることが急務です。今以上に大きな声を上げましょう。

この私なりの「危機感」と、自然災害の度に不思議に思っていることとが重なりました。まずはこの行列の写真を御覧下さい。ネットからお借りしました。

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テレビでも何回も報じていましたので、どのくらい混雑していたのかは御存知だと思いますが、台風が千葉に上陸し、茨城、福島方面に抜けた、午前9時過ぎの津田沼駅です。

こんな思いをして、つまり何時間も立ったまま行列を作ってホームに入れるのを待った末に、満員電車に乗って会社に出勤、その上、「遅刻」は認められず、半日は休んだことにされ、上司や同僚からは嫌味を言われるなら、スッキリ休んだ方が良いのではないでしょうか。

でも、真面目に行列に並んでいる人たちの反応や、彼ら・彼女らを通して聞えてくる会社の声は、「出勤して当り前だ」、「会社には出て来い」、「電車の遅れることが分っているのならそれに対して事前に対応して会社に遅れないようにするのは個人の責任」「朝の混雑が予想されるのなら前の晩は会社の近くに泊れば良い。もちろん宿泊費は個人持ち」といったものでした。

そんな中、「今日は休んだ方が良い」という、社員にとっては有り難い通知を出した「模範企業」、という触れ込みでインタビューを受けていた会社がありました。でもその内容は、「今日は有給休暇を取って休んでも良いよ」という内容でした。

自然災害には人間のコントロールがほとんど及びません。交通機関が安全のために運休するのも当然です。そのために駅や電車が普段より混雑するのは、一定程度なら我慢できるでしょう。しかし、そのツケをすべて個人が払わされる今のシステムで良いのでしょうか。

何時間も行列を作らないと電車にも乗れない状態に耐えなくてはならないのは、単純に時間のロスだけを考えても避けるべきことだと思います。常識として、社員の一人から連絡が入り、「今津田沼駅で電車を待っているが、ホームに入るまでに2時間以上かかる見通し」と言われたら、会社側では、「御苦労様。今日は出社しなくて良い」と言えないものでしょうか。さらに大切なのはその次です。

「これは、災害による特別休暇だから、一切のペナルティーなしだよ。」と言えないものでしょうか。

私の知識の範囲で考えると、1990年頃から、(そして恐らくはもっと前からのはずですが)、労働者の権利が次々と剥奪されてきました。「ブラック企業」という言葉が作られて、深刻な労働者の権利の侵害がそんな言葉の陰に隠されるという、巧妙な世論調査が行われるようになる、はるか前から、労働組合叩きが始まり、スケープゴートにされ続け、気付いた時には、「就職」というのは、正社員になることではなく、パートか臨時、派遣といった形で細々と仕事を得るような状態になってしまいました。そして、賃金は安く、身分は不安定、労働条件は劣悪、老後の保障はなしとあっては、何百年も前の貧民と同じ条件で働いているとしか考えられないではありませんか。

それほど厳しい環境に置かれている皆さんに、「災害の時くらい、大きな声を上げましょう」というのも気が引けるのですが、我慢できるから我慢するのではなく、自然災害を最優先する国政実現のためにも、せめて災害時とその直後には、(パートも派遣も含めて) 「災害時くらい社員を大切にしろ、人間扱いしろ」という大合唱を起こせないものでしょうか。

[2019/9/11 イライザ]

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2019年9月 4日 (水)

「3の日」定例街宣―ヒロシマ総がかり行動実行委員会

「戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」は、昨日本通電停・青山前で久しぶりの「3の日」定例街宣を行いました。

午後5時半からスタートした街宣では、最初に「歌声9条の会」のメンバーによる「青い空」の歌声。続いて、いつものように参加者によるリレートーク。今回は5人。間に何度か歌声のアピールが入りました。

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リレートークの中では、やはり久しぶりの参加となった総がかり行動実行委員会の共同代表の一人秋葉忠利さんの演説が圧巻でした。私のメモから少し紹介します。

秋葉さんは、最初にこのブログでも紹介した自著「数学書として憲法を読む」に触れながら、次のように訴えました。「憲法が蹂躙されている理由は、私たちがきちんと憲法を読んでいないことにあるのではないか。そんなことから、憲法を素直に読む。自己完結で読むことの大切さをこの本では紹介しています。例えば、9条の解釈。『自衛権がある』というけれど、憲法には『自衛権』など書いてない。憲法に書いてあることのみで、憲法を解釈することが大切。」と話しながら、「死刑」についても同じように「憲法には書かれていない」ことを紹介し、「そこから出発しよう」と呼びかけました。続いて憲法99条について言及。「第9条以外に大事なことは、99条に書かれている『公務員は、憲法を守らなければならない』ということ。しかし、政治の世界では、それが、『道徳的な要請にすぎない』ことなってしまっている。これでは、日本の政治は、良くなるわけがない。この考え方を変えることができるのは、私たち市民です。その権限が私たちにはあるが、それを行使していない」。ここから、市民の意識の変革を求める訴えへと転換。「市民が権利を行使していないことは、選挙での投票率を見ればわかること。50%を切るのだから」「年金問題での民間の世論調査によれば、50代の半数の人が、年金では生活できないと思っている。しかし、政治に対し声をあげていない。」と年金問題にも言及。そして「今様々な問題が世界で起きているが、それらの全ての原因は、格差の拡大にある。」と指摘し、その矛盾の先に「戦争」があることを紹介し、最後にこう訴えました。「自分たちの利害をもっと真剣に考えて欲しい。周りと一緒に声を上げて欲しい。そのことがなければもっと悪くなる。『そんなはずではなかった』といっても、遅い。生活の周りで起きていることをもう一度見つめなおして欲しい。間違った憲法解釈の中で政治が行われている限り、良いことが起こるはずがない」と改めて、憲法をきちんと読むことの大切さを訴え、秋葉さんの街宣は終わりました。久しぶりの3の日行動への参加、力強いメッセージでした。一生懸命メモを取ったつもりですが、秋葉さんの演説をすべて伝えることはできませんが、雰囲気だけでも感じてほしいなと思い、その演説の一部を紹介しました。

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秋葉忠利著「数学者として憲法を読む」を読めばもっと理解が深まると思います。一読してください。最後に、同じ共同代表の山田延廣弁護士のまとめの訴えで定例街宣を終了しました。参加者は、45人でした。みなさんご苦労様でした。

4年前「戦争法が参議院で強行採決された」今月19日に、もう一度同じ場所で、街宣行動が予定されています。ぜひ参加して自分の意思を表明してください。

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2019年9月 2日 (月)

高暮ダム朝鮮人犠牲者追悼碑・碑前祭

昨日は、庄原市高野町の高暮ダムで「高暮ダム朝鮮人犠牲者追悼碑・碑前祭」が開催され、私も昨年に続き参加しました。

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日中戦争中1940年に始まった高暮ダム建設工事に朝鮮半島から労働者約2000人が、送り込まれ劣悪な条件で、労働が強制されていた事実は、1975年李実根朝鮮被爆者協会会長が中心となってこの地を訪れたことがきっかけとなり、多くの人たちの努力で明らかになりました。李さんたちの訪問が契機となって、地元に有志によって「県北の現代史を調べる会」が結成され、地道な調査活動によってその全体像が明らかになりました。

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そのことは、調べる会が1989年にその成果をまとめた小冊子「戦時下広島県高暮ダムにおける朝鮮人強制労働の記録」に詳細に記載されています。なかなか手に入りにくくなった本ですが、図書館には所蔵されていますので、是非一読して欲しいと思います。この冊子は、第1部では「高暮ダム」の歴史、第2部は「証言」という構成で102ページにわたっています。第2部の「証言」には、「調べる会」の皆さんの努力で明らかになった事実が次々と書かれていますが、特に地元高暮の人たちからの聞き取りが大きな力となっています。「はじめに」に書かれているように「この問題の当事者である朝鮮半島から直接高暮ダムへ連行された労働者にはとうとう出会うことができなかった」調査だったようですが、その実態を可能な限り明らかにしているもので、その努力には頭が下がる思いになります。

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その後、多くの人たちの努力によって、1995年7月に高暮ダム堰堤のすぐそばに「高暮ダム朝鮮人犠牲者 追悼碑」が建立されました。昨日の「碑前祭」には、当時寄付金集めに努力された関係者や高校生の後輩も出席し、当時の様子とその取り組みの意義が訴えられ、改めて参加者がこの日の持つ意味を再確認しました。

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「碑前祭」終了後、雨が降っていたため、会場を「ふるさと村高暮」に移し、「県北現代史を調べる会」の一員であった四車ユキコさんから、聞き取り調査で明らかになった当時の実態を聞き、その後焼き肉を食べながらの交流会がもたれ、朝日高校生たちの歌声などによりに親睦を深めました。

ところで、最初に「昨年に続き」と書きましたが、今年は少し様変わりをしていました。その一つが、集いの名称です。昨年までは、「ふるさと村高暮平和のつどい」として開催されていましたが、今年から先述の「碑前祭」とお替りました。その二は、昨年まで参加していた行政(庄原市)からの参加がなかったことです。この集いは、2000年に高暮小学校が廃校となり、その跡を利用して「ふるさと村高暮」が作られたことを機会に地元の自治会が中心となって「何かきちんとした行事を」ということで始まったそうです。といってもそのことを知ったのは今日が初めてですが。ところがさまざまな事情で、今年から名称の変更となり、行政からの参加もなくなったようです。今日の情勢を反映した結果ではないかと危惧せざるを得ません。もちろん、自治会としての取り組みではなくなったとはいえ、今年も地元有事の方々の大変な努力と献身的なお手伝いなしには、「碑前祭」が終了しなかったことは言うまでもありませんが、少し気になったところです。

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2019年9月 1日 (日)

なんでわざわざ旭日旗? ――惻隠の情はどこへ行ったのでしょう?――

日本中どこで犠牲が発生するのか分らないような異常気象が続いています。北九州も大きな被害を受けています。中でも武雄市の被害の大きさが、連日報道されていました。消防、警察、自衛隊の皆さんの献身的な活躍に感謝しながら、一人でも多くの人が危険な状況から救われるよう祈っていました。

そんな中、映像的に余りにも目立つので違和感を持たざるを得ないことがありました。それは、「旭日旗」です。画像は、テレビ朝日のニュースと、西日本新聞からお借りしました。最初は、地元の消防の救助艇です。

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このボートがどこの所属なのかは、ボートの脇に書いた文字で分るようになっています。救助作業の邪魔になるようなものは一切、見当りません。

次に、海上自衛隊の救助ボートです。

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バカでかい旭日旗が目立ちます。そして率直な疑問です。

災害救助の際には、救助に直接必要な装置があることは当然なのですが、こんなに大きな旗は、救助の邪魔になっても救助作業の役には立たないことは明白です。遠くから旭日旗を見て「助けが来てくれた」という精神的な支えになるという言い訳が聞えてきますが、ボートの存在そのもので十分にその役割は果せているでしょう。

そして、日本の軍隊は伝統的に「武士」の集団であることを誇りにしてきました。その精神は「武士道」と呼ばれます。藤原正彦氏によれば、「武士道」精神の中で重要な柱の一つは「惻隠の情」です。

「惻隠の情」とは、他人を思いやる心という意味ですが、それも、「思いやってやったぜ」というように、自らの行為を誇示することとは反対に、謙虚にそしてしばしば表に出ないような形での心遣いを意味します。

しばしば引用されるエピソードですが、大東亜戦争中の1942年、イギリスの戦艦エグゼターとエンカウンターは、ジャワ近海で、日本帝国の艦艇に撃沈され、約450人の兵士が海の藻屑に消えようとしていました。たまたま近くを航行中の駆逐艦「雷」の艦長、工藤俊作中佐は、英国兵442人を救出しましたが、この美談は、後に助けられた将官の一人、サー・サムエル・ホールが1990年代後半、ロンドン・タイムズに投稿して公にするまでは知られていませんでした。工藤艦長は、あくまでも謙虚に行動し、自分が良い事をしたのだという自己PRをしなかったのです。

翻って、今回の旭日旗を見てみましょう。「助けてやったのは、俺達海上自衛隊だぞ」という自己宣伝の臭いがぶんぶんするではありませんか。「惻隠の情」はどこに行ったのでしょうか。そして、日本の軍隊が「武士道」精神による規律によって、美しい伝統を継承していると言われても、ちょっと違うのではないかと、という疑問を持ってしまうくらい「ハシタナイ」行為のように見えるのですが。

[201998/1 イライザ]

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2019年8月24日 (土)

「米軍機による爆音被害をなくすことを求める請願」署名26,594筆を提出

昨日、「異議あり!『基地との共存』市民行動実行委員会」(実行委員長岡村寛)は、中四国防衛局を訪れ、防衛大臣に宛てた「米軍機による爆音被害をなくすことを求める請願」署名26,594筆を提出しました。この署名は、昨年米軍岩国基地へ艦載機が移転して以降騒音被害が拡大していることに対し、「爆音被害をなくすこと」を求めて、昨年7月1日をスタートに山口県、広島県を中心にして1年間とりくまれてきたものです。26,594筆のうち、約22,000筆が、山口、広島の両県で集まった署名、残りは全国各地から寄せられたものです。

署名簿の提出は、午後1時10分から予定されていましたが、出席予定の地方調整課基地対策室長(責任者でもある)が時間になっても現れず、開始が15分間も送れるという事態からスタートしました。遅れて現れた室長は、「出席する予定でなかったものですから」と発言。出席者の怒りを買いました。実行委員会は、集約を終えた7月初めから、この場を要望していたにもかかわらず、何やかやと理由を付けて、1か月半以上延び延びとなっていたのですから、当然のことです。秋田県でのイージスアショアの説明会での防衛省側の不誠実な対応が思い浮かびます。

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そうした経過もあり、当初報道官が署名簿を受け取る(私はその話が出た時強く抗議したら、慣例だからと強弁)と言っていたのですが、今回は基地対策室長が受け取ることとなりました。

提出した請願事項は、「①平穏な市民生活を脅かす爆音は、いかなる訓練によるものでも、いかなる時間帯であっても認められません。爆音被害軽減の実効ある措置を米国に求めること。②基地滑走路の運用時間(午前6時半から午後11時)外の戦闘機の離着陸は、平穏な市民生活を破壊するものであり絶対に認められません。滑走路の時間外運用は中止することを米国・米軍に求めること。③爆音被害の実態を把握するために、市民への聞き取り調査を実施、市街地に新たな爆音測定器の設置をすること。④これまで、移駐後の『騒音予測コンター』を示してきたが、艦載機部隊の運用が安定したら『騒音実態のコンター』を示すと説明してきたがどうなっているのか説明を求める。」の4項目です。

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これに対し、出席した担当者から説明が行われましたが、いずれも「市民の負担軽減に努力する」にとどまり、具体的に対策が示されず、全く納得できるものではありませんでした。その後の意見のやり取りではっきりしたのは、艦載機移転後、岩国市上空を頻繁に米軍機が飛行しているにも関わらず、その実態を中四国防衛局が全く把握していないという事実です。これでは話し合いになりませんので、私が「実態把握が違うのであれば、話し合いが進まない。先ほどの回答では触れていない③で要望している『市民への聞き取り調査』を実施し、その結果に基づいて同じ土俵で話し合いを続けなければ、あまりにも現状に対する認識が違いすぎる」と「市民への聞き取り調査の実施」を強く求めました。結果しぶしぶですが「検討させてほしい」との答えがありましたので、1か月後に「検討結果を回答する」ための場を改めて持つことを約束させ、話し合いは終了しました。もちろん参加者からは、この他にも岩国市で起きている様々な問題の現状が訴えられました。

中四国防衛局との話し合いには、何度も参加していますが、今回はびっくりするようなお粗末な中四国防衛局の対応でした。

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2019年8月20日 (火)

高校生が描いたヒロシマ原爆の絵画展

今年の夏、多くのマスコミが取り上げた広島市立基町高校性が描いた「ヒロシマ原爆の絵画展」が、広島国際会議場地下2階中会議場コスモスで開催されています。会期は、21日までです。私は、昨日行ってきました。

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会場に着いたのは、午後2時過ぎでしたが、多くの参観者がいました。ざっと数えると25人を超えているようです。みんな熱心に見ておられます。その中に、絵に添えられたキャプションを熱心に読んでおられる人の姿が目に入りました。

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一度体験談をお聞きした安楽寺の前住職で被爆者の登世岡浩治さんです。登世岡さんが、見終えられたところで声をおかけしました。「登世岡さん、どう感じられましたか」と問いかけると、返って来た言葉が、「今晩は眠れそうにありません。あの皮膚の垂れ下がった姿を描いた絵を見て、当時を思い出しました。今晩は、きっといろんな体験が、次々に浮かんでくるに違いありません。」でした。そして「だから、私は今でも資料館には入ったことがないんですよ」と続きます。登世岡さんの体験談を聞いた時の「思い出すことが余りにつらく恐ろしい。だから、被爆から約50年間黙して語らずでした」という話を思い出しました。

さらに続きます。「実は、今年7月にこの基町高校から依頼を受け、全校生徒の前で被爆体験を証言したんです。この学校で取り組んでおられる『原爆絵画』のことを知っていましたので、話を始める前に『この中で、原爆の絵を描いている人がいたら、手をあげてください』といったら、後ろの方で数人の手があがりました。そこでさらにこう言いました。『被爆の体験を継承し、平和を訴えるためにがんばっているこの人たちに大きな拍手をしてあげてください』と。生徒さんみんなが大きな拍手をしてくれました。そして『私は、まだ見たことがありませんが、今度機会があったらぜひ見たいと思います』といったのです。ですから、今日はどうしてもこの会場に来なければと思い来たのです」と。そんな出会いがあったから、本当なら見たくないこの「ヒロシマ原爆の絵画展」に来ておられたのです。そして人一倍熱心に見ておられたのです。

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不思議な出会いを感じながら、私もゆっくりと見て回りました。何人かの知り合いの被爆者の名前が、見えます。そして、テレビで取り上げられた作品もあります。絵の横には、絵のタイトルと「絵がかられ情景」さらに「生徒のコメント」「被爆体験証言者のコメント」が書かれた説明文が添えられています。「人が黒くなっている想像できず、色を作って塗るのに抵抗を覚えた。・・・」どんなに大変な作業だったか作者の苦労のあとがうかがえます。「とてもイメージの湧きにくい場面だったと思います。絶望して死ぬ人など普通では一生見ないでしょうね。」被爆者のコメントです。

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ずーと見ていくと会場の真ん中に据え付けられた立て看板に目が止まりました。それは、絵画とは別に9月完成を目指して「原爆の絵本・紙芝居製作」が進んでいるということを掲示した内容でした。おどろいたことに、その証言者が旧知の小倉圭子さんだったのです。すでに何枚かの絵が出来上がっているようです。「原爆の絵本・紙芝居」が完成するのが楽しみです。小倉さんが、基町高校のこの企画に協力していることを初めて知りました。もう一度展示されている絵画をよく見ると、小倉さんの証言をもとにした絵画が2枚ありました。

本当ならば絵画の感想を書かなければなりませんが、ここでも人との出会いを感じましたので、そのことを中心にした報告になってしまいました。

今日、明日の二日間しかありませんが、ぜひ多くの人に見ていただきたい「絵画展」です。

いのととうとし

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2019年8月16日 (金)

木内みどりの朗読「絵本 おこりじそう」―原爆・反戦詩を朗読する市民のつどい

  毎年、敗戦記念日の8月15日に開催される「原爆・反戦詩を朗読する市民のつどい」が、今年は台風の接近で危ぶまれましたが、無事広島市ひとまちブラザで開催されました。私も、今年の企画のメインとなっている俳優の木内みどりさんの「絵本 おこりじぞう」の朗読を聞くため参加しました。

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主催者の一人である広島文学資料保全の会代表・土屋時子さんの司会で始まった今年の「市民のつどい」は、最初に四國五郎さんの長男・四國光さんの「四國五郎が『おこりじぞう』に込めた思い」と題しての講演でした。「子どもの時から絵描きになることしか考えていなかった」という四國さん話。そして三つの戦争体験「戦争、シベリア、弟の原爆死」が紹介されました。四國さんも香月泰夫と同じようにシベリア抑留を体験していますので、先日の展覧会のことがたぶってきます。こんな短い間に二つのシベリア体験を聞くことになるとは思いませんでした。そして帰国後の広島での活動が非常にわかり易く話されました。この中で私の印象に強く残っている話は、四國五郎さんが光さんに繰り返し言っていたといわれる「つまらんことで怒るな。世の中には悪い奴はいろいろいるが、本当に悪い奴というのがいて、それは戦争を起こす奴だ。これはけた違いに悪い奴。だからつまらんことで怒らずに、戦争を起こす奴に本気で怒れ」という言葉が紹介されてことです。まさに8月15日のふさわしい、そしてこの日だからこそ改めて思い起こさなければならない言葉として伝わってきました。「父の価値観の背骨だった」と光さんは語ります。もちろん、帰国後知る弟の被爆死、峠三吉さんとの出会いなどなど感銘を受ける話が続きました。その中で、もう一つ印象の残ったのは、NHKが中心となって取り組んだ「市民が描いた原爆の絵」プロジェクトに参加されていたということです。光さんは、この「市民が描いた原爆の絵」を高く評価しています。

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光さんのあとは、いよいよ木内みどりさんの「絵本 おこりじぞう」の朗読です。やはり迫力があります。訴える力があります。木内さんの「絵本 おこりじぞう」の朗読は、今回が9回目。木内さんがこの本の朗読を始めようとしたきっかけは、友人がこの本を広島のおみやげとして買って帰ってくれたこと。そしてかつて訪れた丸木美術館で原爆の図を見た時、絵の力をすごく感じ、その丸木美術館で「四國五郎展」が開催されるのを知り、「ぜひその展覧会で朗読をさせてくれ」とお願いし、初めての朗読が実現したそうです。その朗読は、絵本そのものを読むのではなく、聞く人にも絵を見てもらいたいとの思いから、展覧会で展示されていた原画をスライド化させて、それを上映しながらの朗読会となったのです。

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そして「全身全霊で読みたい」という自分の思いが、観客に届いたという実感を得ることができたので、継続してやり始めたことになりました。木内さんの朗読の意味をこう呼びかけました。「自分で声を出して読んでみてください。その声を聞くと、ただ絵本を読む時と違うものを感じることができます。自分の体をとおすことで、記憶の継承ができるのではないかと思っています」と、体験を持たない私たちに対する示唆を与える話で今日のつどいが終了しました。

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2019年8月10日 (土)

被爆74周年原水爆禁止世界大会が閉幕

7月27日に福島でスタートした「被爆74周年原水爆禁止世界大会」は、広島大会、長崎大会と引き継がれ昨日閉幕しました。閉会総会の模様などを中心に昨日の行動を報告します。

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午前9時、長崎総合体育館で始まった「長崎大会・閉会総会」は、松田圭治長崎実行委員長(長崎原水禁会長)のあいさつ、原水禁・非核平和行進のタスキが長崎から沖縄に返還。来年への引継ぎです。

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タスキを受けた山城博治沖縄平和運動センター議長が、「民主主義を破壊する安倍政権に絶対負けずに戦い抜く。皆さんも一緒にがんばりましょう」と力強く沖縄からのアピール。会場から大きな拍手が沸き上がりました。やはり沖縄です。体を張ってがんばっている山城さんのことは、誰もが知っているのです。

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続いて高校生のアピールです。第22代高校生平和大使と長崎の高校生1万人署名活動実行委員会のメンバー約100人が、ステージ中央へ。圧巻です。長崎大会の主役は、毎年平和大使と1万人署名活動実行委員会の高校生です。

海外ゲストの紹介、代表からのアピール、そして大会のまとめを藤本泰成大会事務局長が提案。最後は、山下薫長崎大会実行委員が「被爆74周年原水爆禁止世界大会・大会宣言」が提案し、全体の拍手で確認しました。以下に大会宣言を私が要約した(かなり長文ですので)ものを掲載します。

大会宣言

「74年前の暑い8月の空の下、広島14万人余、長崎7万人余の命が、たった2発の原子爆弾によって奪われました。その一瞬で奪われた命、苦しみながら奪われた命、無念の死を強いられました。そして、生存した者も生涯にわたって放射線の後遺症に苦しんできました。その悪魔の爆弾は、今なお1万4先発も存在し、人類の大きな脅威となっています。」「①INF全廃条約の失効、核兵器廃絶への枠組みを破壊する米トランプ政権などによって、核開発競争の再燃が懸念される。2021年に期限を迎える新戦略兵器削減条約の延長に向け、米ロが真摯に話し合うことを要請。②2017年国連で採択された『核兵器禁止条約』批准・発効に向け、条約の署名批准に背を向ける日本政府に対し、『核兵器廃絶1000万署名』を全力で取り組むとともに、来年のNPT再検討会議に向けて、NPTの存在意義がしっかりと捉えられるような議論となることを求める。③福島第一原発事故後8年、事故集束のめどはたっていない。政府は、「復興」の名のもとに、被災者の生活や健康など様々な問題を放置して、原発の再稼働を強行している。原発の重大事故によって、多くの人々が被曝を強いられた。人権侵害の当然の権利として、フクシマ被災者の医療と生活を支援する法整備を求める取り組みを進める。」「安倍政権の、国会での多数を背景にした、平和と安定を願う市民社会の思いを踏みにじる横暴を許さず、高齢化する被爆者の援護、被爆二世、三世や在朝被爆者の課題解決を急ぐとともに、命の尊厳を基本に取り組みを進める」「世界のヒバクシャに寄り添い、世界のヒバクシャと連帯し、核兵器廃絶・脱原発、ヒバクシャ援護に向けたとりくみを、さらに強化していきましょう。ヒロシマ・ナガサキを忘れず、フクシマを二度と繰り返すことのないよう、私たちは、今日、この原水禁世界大会の場所から、決意を新たにとりくんでいきましょう。

ノーモア ヒロシマ、ノーモア ナガサキ、ノーモア フクシマ、ノーモア ヒバクシャ、ノーモアウォー」

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その後大会参加者は、長崎爆心地公園に向かって1.2Kmを非核平和行進。爆心地公園到着後、川野大会実行委員長と海外ゲスト代表のサマンサ・ハナーグ(マーシャル諸島・被曝三世)が全ての参加者を代表して中心碑に献花。原爆投下時刻の11時2分のサイレンを合図に全員で黙とうをし、すべての被爆74周年原水禁世界大会の行事が終了しました。

私たち広島県代表団18名は、閉会総会に先立ち、恒例の城山小学校慰霊碑参拝を行いました。

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学校に着くと子どもたちが、すでにそれぞれの場所で感化など平和行事を行っていました。私が写真に収めた子どもたちは、小学校5年生、資料館に献花していました。私たちも校庭に設けられた慰霊碑に献花し全員で黙とう。

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校内を移動中、被爆樹木カラスザンショウを見ましたが、2016年7月に枯れ死が確認されて以降も保存に努力されているようですが、年々その姿は朽ちているように見えました。子どもたちの平和学習のためにも、いつもでも残ってほしいものです。

いのちとうとし

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2019年8月 7日 (水)

被爆74周年原水禁世界大会広島大会まとめ集会

昨日午前9時30分から、4日の開会総会、5日の分科会など広島大会の活動を集約する「被爆74周年原水禁世界大会広島大会まとめ集会」が県民文化センターで開催されました。この集会に出席することができませんでしたので、この「まとめ集会」で発表された「ヒロシマアピール」を掲載します。

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被爆74周年原水爆禁止世界大会・広島大会「ヒロシマ・アピール」

 1945年8月6日午前8時15分、広島に投下された原子爆弾は、強烈な「熱線」、「爆風」、「放射線」のもと、その年の内に14万人もの生命を奪い去りました。あの日から74年、被爆者の高齢化は進み、限られた時間の中で、援護対策の充実と国家の責任を求めることが急務となっています。さらに、親世代の原爆被爆による放射線の遺伝的影響を否定できない、被爆二世・三世の援護を求める運動も重要です。

 2017年7月7日、「核兵器禁止条約」は、国連において122ヵ国・地域の賛成多数により採択されました。現在、条約に調印した国は70ヵ国、批准した国は24ヵ国にのぼります。発効に必要な50カ国に達するまでにはまだ努力が必要です。日本政府は、核抑止力論に固執し、被爆者や多くの国民の声を無視し、交渉に参加しなかったばかりか署名・批准を拒んでいます。

来年2020年には核拡散防止条約(NPT)再検討会議が行われます。原水禁、連合、KAKKINは再検討会議にむけて、日本政府に条約の批准、NPT再検討会議の成功を求める「核兵器廃絶1000万署名」を取り組むことに合意しました。日本政府の「核兵器禁止条約署名・批准」を実現させるため、原水禁運動の総力を挙げ、1000万署名を成功させましょう。

 核兵器をめぐる情勢は、大変きびしくなっています。特に、トランプ米大統領は、イランとの核合意からの一方的離脱、ロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約の失効、さらには使える核兵器開発を含む核態勢の見直し(NPR)を進めるなど、核廃絶の流れに逆行しています。私たちは、米朝首脳会談、南北首脳会談などが切り開いた新たな状況に、日本をはじめ、関係各国がどのように対処していくのか、私たちが求めている東北アジア非核地帯化構想の必要性について、改めて確認し、東北アジアの平和と非核化に向けた取り組みを進めていく必要があります。

日本政府は、南シナ海での米軍との共同演習などを通じて、日米軍事一体化を進めています。そのための軍事力強化を、米国からの対外有償軍事援助(FMS)によって、莫大な財政負担の下で強行しています。沖縄県辺野古では、沖縄県民の強い反対がある中で、在日米海兵隊辺野古新基地の建設を強行しています。東アジアでの共通の安全保障の確立によっては、軍事力によらない安全保障の構築は夢ではありません。自ら、周辺諸国との対立を呼び込み安全保障環境を悪化させ、市民社会と誠実に向き合うことのない安倍政権を許さず、沖縄県民の総意とともに辺野古新基地建設阻止にむけて、粘り強くたたかいを継続しなければなりません。

東日本大震災による福島第一原発の事故から8年が経過する中で、未だに4万人を超える被災者がきびしい避難生活を余儀なくされています。しかし、安倍政権は、避難指示解除準備区域や居住制限区域の解除を強引に行い、被災者の切り捨てを進めています。さらに安倍政権は、私たちの強い反対にもかかわらず、これまで9基の原発再稼働を強行し、原発に依存する政策を進めています。

私たちは、放射能汚染を強いられた人々の健康不安、特に子どもの健康にしっかり向き合い、「被爆者援護法」に準じた法整備を国に求めるとともに、原発再稼働や新・増設を許さず、全ての原発の廃炉、再生可能エネルギーへの転換を求めます。

原水禁運動の原点は被爆の実相です。被爆地ヒロシマを体験した私たちは、9条を守り、憲法を守り、一切の戦争を否定し、二度と悲劇が繰り返されないよう訴え、行動していきましょう。

これまで、私たちは原水禁を結成し、54年にわたり一貫して「核と人類は共存できない」、「核絶対否定」を訴え続け、核のない社会・世界をめざして取り組んできました。現在、暴走し続ける安倍政権の戦争への道、原発再稼働への道に対抗していくことが喫緊の課題であり、未来ある子どもたちに「核も戦争もない平和な社会」を届ける取り組みを全力で進めましょう。

ノーモア ヒロシマ、ノーモア ナガサキ、ノーモア フクシマ、ノーモア ヒバクシャ

2019年8月6日

被爆74周年原水爆禁止世界大会・広島大会

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私が、この「まとめ集会」に出席できなかったのは、同じ時刻に開催された広島県原爆被害者団体協議会の追悼式典に参加していたからです。6年ぶりの参加でしたが、ちょっとびっくりしたのは参加者の減少です。地域被爆者組織の中には、被爆者の高齢化で組織の維持ができなくなったという組織も出始めていることが近年言われてきましたが、今日の会場を見てそれを実感しました。そして、言葉だけではなく本当に被爆者が一人でも多く命があるときに、なんとしても核兵器廃絶への確かな道筋を付けなければと決意を新たにしました。

いのちとうとし

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2019年8月 6日 (火)

被爆74周年原水禁世界大会分科会と核兵器廃絶1000万署名キックオフ集会

昨日は、原水禁世界大会の二日目。分科会が午前9時30分から、それぞれの会場で始まりました。私は、第8分科会「見て、聞いて、学ぼうヒロシマ」の講師として参加しました。

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この分科会は、原水禁大会に初めて参加した人たちを対象にした入門編です。「広島の被爆の実相」に学ぶとともに「核と人類は共存できない」という原水禁運動の基本理念がどんな運動から生まれたかを学ぶ内容です。最初に原水禁国民会議が2001年に作成したDVD「君たちはゲンバクを見たか」(23分)を上映した後、原田浩元資料館館長から自らの「被爆体験」を話していただくとともに、元資料館館長として「被爆の実相をよりリアルに伝えるためには、原爆資料館の展示はどうあるべきか。そして広島市はどう伝えようとするのか」などの、被爆者が高齢化していくなかで考えていかなければならない、広島のこれからのあり様を問いかける問題提起がありました。続いて私が「核と人類は共存できない 原水禁運動の歴史に学ぶ」と題しての講演を行いました。参加者は、約380人余り。その8割以上が原水禁大会に初めて参加したという人たちでした。どれだけ私たちの思いが伝わったのかちょっと心配ですが、何とか役割は果たせたと思っています。予定通り午後0時半前には、この分科会は終了。

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午後2時からの国際会議の会場アークホテルに向かいました。北村事務局次長の司会で始まった国際会議では、最初ni川野議長のあいさつ。続いて藤本事務局長のキーノートスピーチ。続いて3人のパネラーから問題提起。最初は、韓国・参与連帯のソン・ヨンフンさん。ここで私は、連合集会に参加するため、会場から退席しました。後に予定されていたパネラーは、米国・ピースアクションのスージー・アリソン・リットンさんとピースデポ特別顧問の梅林宏道さんでした。全員のスピーチが聞けなかったのが残念です。

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タクシーで移動した上野学園ホールでは、午後4時30分からは連合主催の「被爆74年連合2019平和ヒロシマ集会」が始まりました。原水禁は、共催団体の一つですので、広島県原水禁の代表として参加しました。その集会が終了後、同会場で午後5時15分から連合、原水禁、KAKKIN三団体主催による「2020核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議に向けた平和シンポジウム~核兵器廃絶1000万署名に向けたキックオフ!~」がスタート。三団体が来年のNPT再検討会議に向けて取り組む署名行動のスタートの集会です。このプログラムの中には外務省軍部管理軍縮課今西靖治課長による「外務省報告」がありました。予想された通り、「こんなことをやっている、あんなことをやっている」との話はあっても、「核兵器禁止条約」には全く触れずじまい。しかもNPT再検討会議への決意も伝わりませんでした。メインは、中国新聞の藤村順平論説委員による講演。「NPTとは」から始まる話は、多くの人に参考になったと思います。特に力を入れて語られたのが「市民の力」ということ。世界の核状況を動かす、ほどの1000万署名活動にしなければならないなと改めて確認。被爆者からの訴えは、広島県被団協の箕牧智之理事長代行。後は決意表明で閉会。

長い一日でした。

今日は、74回目の原爆記念日。午前9時30分から原水禁世界大会の「まとめ集会」。私は同じ時刻に開催される広島県被団協の慰霊祭に広島県原水禁の代表として6年ぶりに出席する予定です。

いのちとうとし

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