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ニュース

2021年1月14日 (木)

2021年1月広島県原水禁常任理事会を開催

今年最初の広島県原水禁常任理事会が、昨日開催されました。

1月に開催する常任理事会の主な議題は、毎年1月27日開催する「広島県原水禁総会」に提出する議案書を協議することです。

広島県でもコロナの感染拡大の終息が見通せない状況ですが、31人中18名の代表委員、常任理事の参加がありました。その主な討議内容を報告します。

報告事項は、12月3日に開催された「原水爆禁止日本会議臨時全国委員会」の決定事項です。この臨時全国委員会では、広島県原水禁から提起し検討が進められてきた役員体制に関わる規約改正が行われました。その内容は、会の代表者を1名の議長体制から「若干名の共同議長」制度に変更することです。臨時全国委員会は、書面開催となりましたが、全員一致の賛成で、承認されました。この規約改正よって、本年4月に開催される「原水爆禁止日本会議全国総会」で、2021年度の新たな共同議長が選出されることになります。共同議長は、当面3名でスタートすることが検討されています。

その他に、このブログでも紹介してきました「高校生平和大使学習・フィールドワーク」や「原爆ドーム世界遺産登録記念集会」などの活動が報告され、承認されました。

協議事項は、次の当面する取り組みについて、確認しました。

「核兵器禁止条約発効に関する取組」は次の行動が計画されています。

①原水禁国民会議が主催し開催する「日米韓国際シンポジウム-核兵器禁止条約発効後の課題と展望-」(仮称)と題した「発効記念国際シンポジウム」です。1月23日(土)10時から12時まで、YouTube原水禁チャンネル で、生中継されます。日本側のパネリストは、秋葉忠利原水禁国民会議顧問(広島県原水禁代表委員)です。多くの人に視聴してほしいと思います。

②他の二つは共同行動です。

一つは、1月22日午後6時から原爆ドーム前で実施される核兵器禁止条約を求める共同行動実行委員会主催の「歓迎キャンドルメッセージ」です。もう一つは、翌日23日午後3時から開催される「条約発効記念のつどい」です。この集会は、無観客で行われ、オンライン配信されることになっています。

「ネバダ・デー座り込み行動」を今年も1月27日12時15分から30分間、慰霊碑前実施することを決定しました。コロナ感染拡大状況を考慮し、今年はソーシャルディスタンスを確保するということで、30名規模で実施します。ただし、「今後の感染状況によっては中止することもあり得る」ことも併せて確認しました。

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昨年の広島県原水禁総会

最後に、「広島県原水禁第90回総会」の議案書(案)が、事務局長から提案されました。これに対し、原発を巡る状況を補強する意見や、「核兵器禁止条約批准を政府に求める自治体決議を促進するための活動をどうするのか」などの意見が出されました。それらを含め、1月20日までにそれぞれの意見を出すことを確認し、議案書案の審議を終えました。そして今年の総会は次の要領で実施することを決定しました。

①今年の総会は、第90回という節目ですが、総会は開催せず、書面決議とする。

②議案は、1月26日に発送し、賛否は書面によって2月2日までに送付する。

③各組織代表1名の決議とする。

その他にもいくつか行動予定を確認しましたが、ここでは省略します。

今年は、「核兵器禁止条約」の発効、東京電力福島第一原子力発電所底から10周年、そして夏には今年に延期されたNPT再検討会議の開催など節目の年になりますが、広島県原水禁としての役割が十分に果たせるよう努力することを全体で確認して、常任理事会を終了しました。

いのちとうとし

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2021年1月11日 (月)

新たな決意で核のない平和な世界を目指そう・その2 ――そのためにも、「成功例」から学ぼう――

新たな決意で核のない平和な世界を目指そう・その2

――そのためにも、「成功例」から学ぼう――

 

前回は、核兵器禁止条約が発効した後の目標として、「2040ビジョン」を提案しました。

2040ビジョン

  • 出発点: 今
  • 最終目標: 2040年までに、核なき世界の実現と核の脅威からの解放を達成
  • 中間目標: 2030年までに、日本政府が核兵器禁止条約を批准する

この目標達成のために、これまでの「成功例」から教訓を汲んで、さらには新機軸も加えてがばろうという趣旨なのですが、まずは、核兵器禁止条約以前に達成された重要な成果をいくつか挙げておきましょう。

  • 1963年の部分核停条約は、大気圏内での核実験を禁止しました。これは、ビキニ環礁でのアメリカの核実験の結果、第五福竜丸が被曝したことから核実験禁止運動が起り、1955年には原水爆禁止世界大会が開かれるという、世界規模での核実験と核兵器に反対する運動の成果でした。

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  • しかし、フランスと中国はこの条約を無視。特にフランスは南太平洋で大気中核実験を続けました。それに対抗してオーストラリアとニュージーランドが1973年に国際司法裁判所 (ICJ) に提訴し、フランスは核実験を中止しました。それに力を得て、核兵器が国際法違反であることを、ICJの勧告的意見として認定して貰う世界法廷運動 (WCP) が1986年に始まり、その結果、WHOと国連総会における多数決の決議として、ICJに勧告的意見をまとめるように要請することが決りました。それに応えて1996年にICJは、「一般的には」という条件付きではありますが、核兵器の使用と使用するという脅迫は国際法違反であることを認めました。
  • ICJによる勧告的意見の採択要請が世界的に支持されたのは、1970年代から1980年代にかけて起きた世界的な反核運動があったからです。その象徴が1978年、1982年、1988年に開かれた、第一回から第三回までの国連軍縮特別総会です。1982年のニューヨークにおける100万人デモ・集会は、忘れられない出来事でした。アメリカでの核凍結運動がその中心的存在だったのですが、遂には、1986年にレイキャビックで開かれたアメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長との首脳会談で、全面的核廃絶の合意に達するという成果を挙げました。これは、ある反核運動のリーダーの言葉を借りると、「High Priesthood of Nuclear Technocracy」によって葬り去られましたが、世界の世論が二人の首脳の間の合意という大きな成果を挙げていたことはもっと良く知られるべきですし、このような合意を実現させるための次のステップについても、私たちがしっかり準備をしておくべきことを教えてくれています。
  • 勧告的意見の重要な影響が、スコットランドのグリーノックという地域における裁判に現れました。1999年10月21日、スコットランドのグリーノック裁判所の判決では、「国際トライデント・プラウシェアー 2000」に属するアンジー・ゼルダー、ウラ・ローダー、エレン・モクスリーの3人が無罪になりました。この3人は、トライデント潜水艦の運用に必要な実験器具を破壊した罪で告訴されていたのですが、被告の無罪主張の根拠は、ICJ勧告的意見とニュルンベルグ原則でした。もっとも、この判決は後にスコットランドの刑事上級裁判所で覆されたのですが、無罪そのものは確定しており、核廃絶運動における非暴力・抵抗という手段が国際的に認められたという大きな成果です。
  • 勧告的意見と同じ年、1996年に採択された包括的核実験禁止条約は、まだ効力を持っていませんが、それでも1996年以降の世界の核実験数は、それ以前と比べて限りなく「ゼロ」に近付いています。これも、世界の世論の力です。
  • 1972年の生物兵器禁止条約、1983年の特定通常兵器使用禁止制限条約、1992年の化学兵器禁止条約、そして世界的に注目された対人地雷禁止条約は1999年に発効しています。これらの条約もWCPやTPNWと同様の作戦に依存しているのですが、核兵器廃絶に注目するという立場から、詳細は割愛します。
  • 2014年には、二つの大きな出来事がありました。一つは、マーシャル諸島共和国が、核保有9カ国をICJに提訴したことです。それは、「誠実な交渉義務」を規定しているNPTの6条に違反しているという訴えです。事実、これらの国々は、核兵器禁止のための様々な機会を無視し続けて来ていましたし、その後、国連総意が設置した「公開作業部会 (OEWGと略)」には不参加でした。管轄権の問題で、ICJからは却下されましたが、世界世論を喚起し、多くの支持を得る上では重要な役割を果しました。
  • もう一つは、スコットランドがイギリスから独立すべきかどうかについての住民投票がスコットランドで実施されたことです。独立の目的は、外交・防衛や予算の面でイギリスからの独立を目指すことでしたが、端的に表現すると、核兵器を廃絶して非核保有国として独立し、NATOからも脱退するということなのです。残念ながら、独立には至りませんでしたが、イギリスがEUから離脱した現在では独立賛成派が勝つ可能性も見えて来ています。
  • そして、2017年に核兵器禁止条約が採択されました。

それでは、これらの成功例を元にして「2040ビジョン」実現のために、まずどのような出発点があり得るのかについて、次回から考えて行きましょう。

[2021/1/11 イライザ]

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2021年1月 6日 (水)

ヒロシマとベトナム(その20-2)-技能実習生問題を考える

「同意書」や「契約書」で「恋愛禁止」「妊娠したら強制帰国」・・・・

下の写真は、「外国人の技能実習生が妊娠し、強制帰国や中絶を迫られる例が相次いでいる。受け入れ機関側から『恋愛禁止』や『妊娠したら罰金』と宣告されるケースもあり、専門家は『人権上問題だ』と指摘している。」という記事とともに2018年121日の「朝日DIGTAL」に掲載されたものです。

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私も以前、技能実習生から「異性との交際は禁じられている」ことや「単独行動は許されず、コンビニに行くのでも複数」など聞いたことがあります。最近では耳にしませんが「携帯を会社に預ける」という実習生もいました。いずれにしても、富山地裁判決が出されて8年、こうした事案が減るどことか増えていることに対する政府の責任は大きく重いと思います。

 

 政府の不誠実な人権侵害防止対応

「特定技能制度」新設を目前に控えた20192月、立憲民主党の阿部知子衆議院議員が、「外国人技能実習生に対する妊娠禁止規定は民法違反とした判決があること等に関する質問主意書」を出していました。それは、「妊娠禁止規定は民法第90条違反」と規定した2013年の富山地裁判決に基づき、技能実習生に対する人権侵害を防ぐための政府の対応を質すものです。技能実習生支援団体が政府に通知していた「契約書」の事例を示し、「この事例を認識した後、どのような対処をしたのか」、また「妊娠禁止条項を記載した契約書が他にも結ばれていないか、送出機関、技能実習実施者、監理団体に対して、一斉に調査をかけるべきではないか」など、14項目について質問しています。

対する政府「答弁書」は、(支援団体が政府に送った「妊娠禁止項目」記載の「契約書」について)「『この事例』の具体的に意味するところが明らかではないため、お尋ねについてお答えすることは困難」、(「妊娠禁止条項」を記載した契約書に関して)「調査を行う予定はない」とし、「相手国政府との定期的な情報交換と送出機関への説明会を通じて・・・周知を図っている。外国人技能実習機構を通して実習実施者及び管理団体に周知するよう求めてゆく」と、まったく真剣さを欠いた不誠実で無責任極まりない姿勢です。

 

犠牲者を出さないために

政府は、直ちに「妊娠禁止条項」など人権に関わる違法不当な「契約書」や「同意書」についての実態調査を技能実習生の受入事業所と管理団体で実施、違反があれば厳しく措置。相手国政府を通して送出機関への周知徹底、違法性がある送出機関からの受け入れ停止などの断固とした処置を講ずる必要があります。

しかし、これだけでは不十分です。すでに、「契約書」や「同意書」から「妊娠禁止条項」などの記載を削除している事業所や研修機関、管理団体もあるでしょう。しかし、実態は生きています。送出機関で受ける日本での就労や生活上の注意事項など派遣前教育で、「妊娠したら帰国」と擦り込まれます。その意味で、送り出し機関の研修内容を含めたチェックも必要です。

直ちにやるべきこと、できることは国だけに限りません。技能実習制度の所掌が自治体になく、その限界性があるにしても、転入時の行政手続き等でのオリエンテェーションを通した周知と日常的な情報展開、技能実習生受入事業所の把握と訪問など着手すべき課題は多くあります。

次回(2月)は、こうした人権問題に関わる「契約書」や「同意書」が実習生を縛っている背景として、日本に来るまでに多額の借金を背負わざるを得ない技能実習制度の実態について見てゆきたいと思います。

(2021年1月5日、あかたつ)

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2021年1月 5日 (火)

ヒロシマとベトナム(その20-1)―技能実習生問題を考える

技能実習生の妊娠・出産に関わる「事件」相次ぐ

昨年12月5日の「ヒロシマとベトナム(その19)」で、11月に東広島市で発生したベトナム人技能実習生の「幼児遺体遺棄事件」をとりあげました。この「事件」は、単に一人のベトナム人技能実習生が起こした「事件」に留まらない背景と課題が横たわっています。今回から幾度か、この問題を考えてゆきたいと思います。

11月の「事件」発生後、12月4日の「幼児殺害で再逮捕」、12月11日の「母子守る制度『周知不足』」、12月25日の「保護責任者遺棄致死と死体遺棄の罪で起訴」との報道を目にされた方も多いかと思います。

少なからぬ皆さんから「なぜ、相談できなかったのか」、「誰も(妊娠に)気づかなかったのか」という声をお聞きしますが、「妊娠すればベトナムに帰国させられる」という趣旨の供述が報道されていたように、この「事件」の背景に、「妊娠すれば帰国させられる」という問題があります。

同様の「事件」を調べてみると、2017年に栃木県でベトナム人技能実習生が妊娠4ヶ月・死産の幼児遺体遺棄、2018年に川崎市で中国人技能実習生が生後間もない男児の保護者責任遺棄、2019年に福岡県でベトナム人技能実習生が男児死産・遺棄、2020年に岡山県でベトナム人技能実習生が堕胎・遺体遺棄、東広島市の「事件」直後にも熊本県でベトナム人技能実習生が双子の嬰児遺体遺棄と相次いでいます。しかも、年々増加傾向にあります。それらのいずれもが、「妊娠すれば母国に帰らされる」という問題が背景に横たわっています。 

こうした「事件」発覚は氷山の一角に過ぎず、技能実習生の間で出回る堕胎薬で「密かに処理される」ケースも少なくないと聞きます。

いずれにしても、これらのことから、自分の子どもの保護責任遺棄や遺体遺棄「事件」まで起こしてしまう背景に、「妊娠したら帰国しなければならない」という強力なプレッシャーがあることは明らかです。

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盆踊りを楽しむベトナム人技能実習生(事件とは関係ありません)

 

「妊娠禁止規定」違法判決後も 生き続ける強制帰国のプレッシャー

2013年7月17日、富山地裁で富山市内の食品加工会社で技能実習生として働いていた中国人女性(当時22歳)が、妊娠判明と同時に帰国を迫られて流産し、不当に解雇されたとして、実習先の会社と受入団体に解雇無効と630万円の損害賠償などを求めた裁判の判決が下されました。

「妊娠禁止規定により技能実習を打ち切り、即時帰国を求めることは、労働関係法令の適用により技能実習生の法的保護を図るという技能実習制度の趣旨に反し、公序良俗(民法第90条)に反するものであるから、原告がいったんそのような合意をしたとしても、かかる合意に拘束力はないと言わざるを得ない」と、解雇を無効と認め、会社側に毎月約11万円の未払い賃金と賠償金など約363万円の支払いを命じたものです。

この判決は、他の判例とともに「外国人技能実習生法的支援マニュアル」に掲載された画期的な判決です。

しかし、その後も「妊娠禁止規定」による解雇・帰国や今回のような「事件」が後を絶ちません。

(2021年1月5日、あかたつ)

<編集者注>送っていただいた原稿が、少し長めでしたので、2回に分けて掲載することにしました。続きは、明日掲載します。

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2021年1月 1日 (金)

新たな決意で核のない平和な世界を目指そう ――そのためにも、「成功例」から学ぼう――

新たな決意で核のない平和な世界を目指そう

――そのためにも、「成功例」から学ぼう――

 

明けましておめでとうございます。昨年は、コロナの世界的蔓延で、できれば歴史から「削除」してしまいたいようなことが多く起きましたが、それでも何とか新年を迎えることができました。今年こそ、希望に満ちた素晴らしい一年になることを祈っています。

そう考えられる根拠として、1月22日を挙げておきましょう。

 

2021年1月22日

核兵器禁止条約発効 !!

 

条約の発効が最終目標ではありません。それに続く目標を設定しておきます。それは、

 

次の目標は「日本政府が批准」

期限は2030年

 

これも大切な目標ではあるのですが、これだけでは物足りません。改めて「新年の決意」として次の大目標を掲げます。さらに目標達成のためには何をすれば良いのかをまとめておきましょう。

 

まずは大目標です:  2040年までに核のない世界を実現する

これを、平和市長会議が提唱した「2020ビジョン」に倣って、次のように呼ぶことにします。

 

― 2040 ビジョン ―

核兵器禁止のための緊急運動

 

以上をまとめておきましょう。

2040ビジョン

  • 出発点: 今
  • 最終目標: 2040年までに、核なき世界の実現と核の脅威からの解放を達成
  • 中間目標: 2030年までに、日本政府が核兵器禁止条約を批准する

 

ここで、「2040年」、そして「2030年」という期限を付けたのは、ナポレオン・ヒル氏の有名な言葉、「期限のない目標は夢にしか過ぎない」に従って、実現可能性のある命題にしたかったからです。

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2040年にも意味があります。今から20年という時間は歴史を反映しているからです。次回掲げる「成功例」のリストの中には、1996年の国際司法裁判所による「勧告的意見」の採択が入っています。その重要性も次回改めて考えることにしますが、それから約20年経って、2017年にもう一つの画期的成果として「核兵器禁止条約」が採択されました。1月22日には発効し、「国際法」として力を持つことになります。それをもう一段高めることになる「核廃絶」までに、それと同じくらいの時間が掛る、つまり20年掛る、と想定するのはそれほど不自然ではありません。

この目標達成が可能だと信じているのは、核廃絶に向けたこれまでの人類の歩みがその方向を明確に示しているからです。敢えて「成功例」と名付けて、次回、重要なものをリストアップします。

それは、核兵器禁止条約の発効は歴史的な出来事ではありますが、それに至るまでに、重要な出来事がいくつもあるからです。より大きな枠組みの中でこうした出来事をまとめて見直すことで、これからの活動のヒントが得られます。

「成功例」をまとめる上で最初に確認しておきたいのは、私たちにとって、「当り前」のことは「当り前」だときちんと言っておくことの大切さです。私たちの抱えている問題が大きくても、その大きさに目を奪われて、「当り前」が見えなくなっているような気がしないでもないからです。

  • 核兵器が、道義的立場から許されないことは、広島・長崎の惨禍を知る人にとっては当然のことであり、「絶対悪」とまで表現する被爆者も多くいます。平和宣言でもこの言葉を使っています。この一点だけから考えても、それを法的な枠組みに置き換えれば、「力の支配」を否定して「法の支配」を最優先してきた人類史の流れの中では、核兵器が「国際法違反」であることは誰も否定できないはずです。1945年に人類は、その事実を言語化して、「宣言」または「条約」の形で世界を縛る「原則」として採用することだけをすれば良かったのです。
  • アメリカの「独立宣言」のように、自明の理を言語化することで、「法の支配」が始まるはずだったのです。そして、「法の支配」とは、言葉に意味のあることを大前提として、その言葉の意味を尊重し、言葉で示された内容を正確に行動に移すという合意に他なりません。法律の世界ではラテン語を使って、「pacta sunt servanda」 ​(「契約 (合意) は守られねばならない」という原則ですが、短く「約束履行義務」と表現しておきます) と呼ばれますが、核兵器廃絶の運動の中で私たちは、この原則に依拠して、核兵器を廃絶するという行動を求めてきました。この点を改めて強調する必要があります。
  • この点をまず確認した上で、にもかかわらず、世界で「力」に依存する政治を維持してきた勢力が、核兵器の合法性を強く主張してきた事実があります。それも、言葉の意味を捻じ曲げること、民主的なプロセスと世論の双方を無視することと一体の主張でした。その結果として、私たち市民、特に被爆者が、長い苦しい努力を強いられることになったのです。それは、当り前の真実を「真実」と認めさせ、それを元にした政治を実現させるための努力でした。もう一つ確認しておくべきことは、このような努力によって、仮に時間が掛ったにせよ、目標は一つずつ、ゆっくりではありますが「確実に」実を結んできたのです。

以下、これまでの成功例のリストを御覧頂き、そこから得られる教訓を元に、「2040ビジョン」を成功に導くための作戦を練りたいと考えています。スペースが足りなくなりましたので、それは次回に。

[2021/1/1 イライザ]

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2020年12月21日 (月)

数字の意味を正確に理解しよう ――そのためにも、「リーダー」の役割が重要です――

数字の意味を正確に理解しよう

――そのためにも、「リーダー」の役割が重要です――

 

前回、12月1日には、「重症者」の範囲が狭過ぎるのではないかという問題提起をしました。東京都の採用している「定義」では、コロナ以外の患者さんたちへの「しわ寄せ」の大きさ・酷さが分らないことが問題なのです。

分り易い例として、『日刊ゲンダイ』の報道による11月18日の東京都発表の「重症者」数を取り上げました。それは39人です。しかし、厚労省が規定した「重症者」を数えると196人なのです。つまり、①人工呼吸器装着②人工心肺装置(ECMO)の使用③集中治療室(ICU)などに入室のいずれかに当てはまる患者196人なのです。倍数にすると約5倍です。その差は、ICUに入っている人が含まれているかどうかなのです。

ICUの数字が重要な理由の一つは、コロナ患者がICUのベッドで治療を受けることは、その他の病気でICUベッドを必要としている人には、そのベッドが回らないことになるからです。極端なケースを思考実験として考えると、(そんなことは現実にはあり得ないのですが、状況を理解するための「仮想」的な場合を考えます)、日本中のICUベッドが全て、コロナ患者のために使われたとすると、それ以外の病気、例えばガンとか脳梗塞等の重い患者さんは、ICUでの治療が受けられなくなってしまいます。

その中には当然、助けられたであろう患者さんも含まれることになります。医師の皆さんが心配している「助けられる命を助けられない」状況です。それは当然、「医療崩壊」の重大な局面なのですが、最近の感染状況がこの方向に動いているという警鐘が鳴らされています。

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皆さんお気付きのように、ここ数日間、各地で「医療崩壊」が注目されるようになりました。「医療崩壊は始まっている」(広島市医師会)、 「新型コロナウイルスによる医療崩壊は進行している」(大阪民主医療機関連合会)といった発言です。

これを、数字に置き換えて理解することが大切だとも思います。まず、日本国内のICUベッド数は、日本集中医療学会によると約7100あります。それに対して、12月19日に重症者数は598ですので、約600と考えておきましょう。

ただし、ここには東京都のICUベッドで治療を受けているコロナ患者数は入っていません。東京都の発表している重症者数は約60です。対して大阪が約150、そしてクラスターの発生で自衛隊の派遣を要請した旭川のある北海道が35という数字との比較も意味がありそうです。(これらの数字は、『東洋経済』オンラインのものを使っています)

東京の60の中には、ICUで治療を受けているコロナ患者の数は入っていませんし、この数字はネットで簡単に探せませんでしたので、『日刊ゲンダイ』の記事を元に、都の公表数の5倍を掛けたものが、ICUで治療を受けている人も含めた数字だと仮定します。

すると、東京都の「重症者数」は300、全国的な数字には、後240足す必要がありますので、大雑把に考えると、840人の患者さんがICUベッドか、それより重篤な患者さん用のベッドで治療を受けていることになります。また、新たなコロナ患者を受け入れる際、提供するための、特別に空けているベッドもあるようですが、それらも含めると、コロナ用ベッドの数は大雑把に900と考えても良さそうです。

つまり、ベッド数で考えると全ICUベッドの内、約13パーセントがコロナのために使われていることになります。

日本におけるICUベッド数も、集中治療を専門に行う医師の数も、余裕があるというのなら、これは心配する必要のない数字かもしれません。しかしながら、例えばドイツと比較すると、「人口10 万人当たりのICU は、日本が5.2 床であるのに対して、ドイツは33.9 床と、日本の6 倍以上の病床数が整備されている。(ドイツの)ICU の多さは、医療コスト高の要因として批判の対象となっていたが、今回の危機にはこれが医療崩壊の回避に寄与した。また、注目すべきは病院に勤める「集中医療専門医」の人数だ。全体数をみると、ドイツが8,328 人(2018年)に対し、日本は1,850 人(2019年)と大きく異なる(日本医師会調べ)。人口当たりでみると、日本の集中治療専門医とは、実に7倍の開きががある。」(NIRA オピニオンペーパー No. 54 | 2020 10 月 「ドイツのコロナ対策から何を学べるか」、著者は翁百合NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長)

つまり、各地で医師会や医療団体、そして個人としても医師たちが指摘しているように「医療崩壊」は起きつつある、という事実を受け止める必要が私たちにはあるということですし、その原因の一つが、これまで十分な数のICUベッドを確保して来なかった日本の医療政策にあるということなのです。

そして、「重症者数」から「ICU」を除外することで、この点が十分に伝わらないという二次的な弊害を作り出している行政の責任も問われなくてはなりません。

それに対して私たちに何ができるのかも、改めて確認しておきましょう。それは、コロナウイルスに感染しないようにすることです。そのための注意事項も手を変え品を変えて伝達されてきましたが、私たち一人一人が新たな決意でコロナに立ち向かう上でも、リーダーの果す役割が大切です。

今回はもはやそのためのスペースがありませんので、次回に回します。皆さんも健康に留意され素晴らしい新年をお迎え下さい。

[2020/12/21 イライザ]

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2020年12月11日 (金)

新型コロナ対策への不信感 ――まず東京都は、「実態」に即した「重症者」数を発表すべき――

新型コロナ対策への不信感

――まず東京都は、「実態」に即した「重症者」数を発表すべき――

 

コロナ対策についての国や自治体の対応、そしてそれを報道するマスコミの対応が元で、かなりの混乱が生じています。多くの人が戸惑い、不安も増え、同時に、無知や傲慢さも広がっているようです。

国民の生命と生活に責任を持つことが憲法で決められている政府が、しっかりとその責任を果さなくてはならないことは言うまでもありません。しかし、出発点はやはり科学的事実です。

それを元に、マスコミも一緒になって、その事実を誰にでも分るように整理して説明することで、ほとんどの人が納得した上で国や自治体の対応に協力する態勢ができるのではないかと思います。

しかし、「誰にでも分る」の対極にあるような伝達の仕方や報道の仕方が目立ちます。今回はその一つを取り上げた上で、是非改善して欲しいというメッセージを皆さんとともに送りたいと思います。

《重症者数》

それは、東京都による「重症者数」の発表数です。まずは東京都による定義から始めます。

厚労省の定義では、①人工呼吸器装着②人工心肺装置(ECMO)の使用③集中治療室(ICU)などに入室――のいずれかに当てはまる患者を「重症者」としてカウントし報告するよう各自治体に求めています。この数字が大切な理由の一つは、重症化した患者の病状がさらに悪化して死に至るケースが多いからです。

 もう一つの理由として、重症者は治療が長期化しやすい上、医療機関の負荷につながることが挙げられます。重症者が急増すると、ベッドや治療器具、人手が足りなくなり、コロナ患者だけではなく必要な人に治療が行き渡らない「医療崩壊」につながり兼ねません。そうなる前に手を打たなくてはなりませんので、この数値には注目しなくてはならないのです。

 しかしながら、東京都は「適切に実態を把握するにはICU患者を含めない方がよい」との専門家の指摘を受け、都のホームページなどで公表する際は人工呼吸器かエクモを使用している患者に限定しています。

ここで問題になるのは、「実態」とは何を指すのかという点です。ここ数日、医師会も、現場の医師たちも警鐘を鳴らし、マスコミがこぞって報道しているのが「医療崩壊」です。そこに近付いていることが続けて報じられています。それは、コロナ患者の治療のための病床数と医療従事者数が足りなくなることを指します。薬剤や機材、その他の問題もありますが、議論を分り易くするために、ベッド数と医師や看護師の数ということに的を絞ります。

《医療崩壊》

しかも、「医療崩壊」の中で、強調されてきたのが、コロナ以外の病気に対する医療が適切に提供されているのかという点です。たとえば、救急車で運ばれて来た人が、ベッドのないことを理由に、あるいは看護師が足りないために、受け入れや治療を拒否されることが起り得るのです。さらに、通常なら余裕をもって行われる手術ができなくなり、その結果、助かる命まで助からなくなるという可能性です。

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コロナ患者の場合でも、重くなればICUでの治療を受けることになる場合もありますし、その他の一般の患者さんの場合でも、急性あるいは重篤な場合にはICU1での治療が大切になります。つまり、一般病棟の中でもある程度余裕をもって治療を受ければ心配のない患者さんたちよりは、優先度の高いケアの必要な人たちのためにICUはあるのだと考えて良いでしょう。

そして、コロナ患者の数が多くなり、「医療崩壊」を心配しなくてはならないという時、このICUのベッド数が足りなくなりつつあることも意味しているはずです。ICUで受け入れられる患者数に余裕があるのなら、問題のあるケースはICUで引き受けるという選択肢が残されますので、それは「医療崩壊」と呼ばれる状態ではないはずだからです。

事実、コロナ以前に比べて、ICUのベッドでコロナ患者が治療を受けている数だけ、そのため患者が利用できるICUのベッド数は減っています。つまり、コロナ以外の一般患者への「しわ寄せ」があるのです。そして、「医療崩壊」が問題にされる状態とは、その「しわ寄せ」分が、一般患者のICU利用に深刻な影響を与えているという事実を指しているのです。

となると、「医療崩壊」の実態を私たちが正確に理解するためには、この「しわ寄せ」の実数を知ることがどうしても必要です。

ICUを含めると本当の重症者数は5倍》

純粋に、「医学研究論文を書く」という立場からは、「重症」の定義が違っていることもあり得るでしょう。しかし、コロナについての私たち普通の市民や庶民が、「医療崩壊」という現実を理解するためには、ICUで治療を受けているコロナ患者の数を知ることも、必要不可欠であることを御理解頂けたでしょうか。

ちょっと古い数字になりますが、『日刊ゲンダイ』の報道では、11月18日の、東京都発表の「重症者」数は、39人です。しかし、厚労省が規定した「重症者」を数えると、196人なのです。約5倍です。その差は、ICUに入っている人が含まれているかどうかなのです。それも一週間後には、250人に増えています。

日常的に、二桁台の少ない数字を見せられ、それに染められている人たちの危機感が影響を受けていたとしても不思議ではありません。

その他、まだまだ問題はありますが、次の機会に改めて論じます。

[2020/12/11 イライザ]

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2020年12月10日 (木)

「基準地震動」が不合理とした大阪地裁判決

12月4日、大阪地裁は「基準地震動」の設定が不合理だとして、関西電力大飯(おおい)原発3・4号機の設置許可の取り消すという判決を下しました。素晴らしい判決です。

基準地震動の意味を書く前に、地震の強さの単位を簡単に説明しておきたいと思います。私たちに馴染みが深いのは、「震度」という言葉だと思います。震度1なら、僕のような鈍感な者には揺れていることが分からないという数字ですが、3以上ならほとんどの人が分かると思います。またマグニチュードというのもありますね。

ガルという、揺れの勢いを示す加速度の単位もあります。原発も含め住宅などでも、○○ガルの基準地震動に耐えられるというように決められています。この数字が大きくなれば、それに耐えられるような措置をしなければならなくなり、費用も掛かります。

この度問題になった大飯原発3・4号機は、856ガルという基準地震動が決められていました。原子力規制委員会がその数字を認め、大飯原発の再稼働にあたっては、それに耐えられるように工事をしたという関西電力の主張を認め、運転の許可を与えていたのです。言っておきますが、実際に実験を行って確認した訳ではありませんし、実験が可能ではありません。

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大飯原発が建設された当時の基準地震動は405ガルで、3・11後に700ガルとなり、18年3月時点で現在の856ガルとなったのです。丈夫になったなあーと思われるかも知れませんが、記憶のあるところでは00年の鳥取西部地震は1584ガル、16年の熊本地震は1740ガル、東日本大震災では2933ガルを記録しています。

ハウスメーカーがどれくらいの地震加速度に耐えるように住宅を作っているかを調べてみますと、三井ホームは4176ガル、住友林業は3406ガルと書いてありました。建築基準法で定められている数値は1500ガルです。

「原発は強固な地盤の上に作られ、大地震にも耐えられる」という意味の宣伝を電力会社などは行いますが、住宅の耐震基準よりも桁が違うほどの弱さなのです。

この度の判決では、「バラツキ」という言葉も問題にされました。同じ断層面積でも様ざまに地震規模はバラついていることを指摘し、平均値だけで評価したことについての原子力規制委員会の判断を「看過しがたい過誤、欠落がある」と厳しく指摘しました。

ちなみに島根原発2号機の再稼働にあたって、中国電力は基準地震動を820ガルとしています。その値になった主な根拠は、島根原発のすぐ南側を東西に走る宍道(しんじ)断層の長さですが、島根原発が建設された当初は、あそこには活断層は無いというのが説明でした。

「無い」と言っていたものが徐々に伸びてゆき、今では約39㌔メートルとしています。活断層というのは人間や植物のように伸びて成長するものなのでしょうか。最近ではこの宍道断層の西側に在る、約37㌔メートルの鳥取沖西部断層と繋がっているという主張をする学者もいます。

木原省治

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2020年12月 9日 (水)

「原爆ドーム世界遺産登録記念集会」と「12.8不戦の誓いヒロシマ集会」

原爆ドーム世界遺産登録記念集会

12月7日は、24年前、原爆ドームが世界遺産リストに登録された日です。今年も7日の午後6時から原爆ドーム前で、核兵器廃絶広島連絡会議(連合広島、広島県原水禁、広島県被団協など12団体で構成)が主催する「原爆ドーム世界遺産登録記念集会」が開催されました。

連合広島・長内さんの司会で始まった集会は、主催者を代表して連合広島久光博智会長があいさつ、県被団協、県原水禁、KAKKIN広島、連合広島の代表4人による花輪の献花、次に核兵器廃絶広島連絡会議の8団体代表による献水、続いて連合広島女性委員会亀井美砂子委員長から提案された「集会アピール」を、参加者全員の拍手で確認しました。全員での黙とうの後、広島県被団協の箕牧智之理事長代行からの閉会のあいさつが行われ、記念集会は終了しました。

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その後、参加者全員が菊の花を1本ずつ献花し、流れ解散となりました。コロナ過ということで、参加者は74人でした。あいさつされた二人の思いは、集会アピールに盛り込まれていますので、アピール全文を紹介します。


原爆ドーム世界遺産登録記念集会アピール

今から75年前の1945年8月6日午前8時15分、この広島に人類史上初の原子爆弾が投下された。

爆心地近くにあった広島県産業奨励館は、「原爆ドーム」と呼称を変え、その歴史とともに、ここに立ち続けている。

今から、24年前の1996年12月7日、「原爆ドーム」のユネスコ世界遺産への登録が実現した。

原爆の恐ろしさ、愚かさを後世に伝えるために、この「原爆ドーム」のユネスコ世界遺産登録に向けて、多くの市民や県民が一体となって、4年の歳月をかけて署名活動などの運動に取り組んだ。その熱い情熱の結集である、164万を超える請願署名が政府を動かし、世界遺産登録委員会の決定を手繰り寄せることとなった。

私たち、ヒロシマが求めてきたものは、「原爆ドーム」の建築物としての文化的価値の評価ではなく、「原爆ドーム」に刻まれた被爆者の慟哭と被爆の実相を世界の人々に伝え、核兵器の使用を決して許してはならないという警鐘を鳴らし続けることにある。

こうしたなか、核兵器の開発や製造、保有、使用を全面的に禁じる核兵器禁止条約の批准国・地域が条約発効の条件となっている50に達し、来年1月22日に条約が発効されることになっている。

しかしながら、日本は「日米同盟のもとで核兵器を保有する米国の抑止力を維持することが必要」として批准していない。

こうした状況だからこそ、ヒロシマの果たす役割は重い。

私たちは、「原爆ドーム」世界遺産登録の意義を再認識し、国内外の世論喚起を図るとともに、被爆の実相を着実に次代に継承していくなど、核兵器廃絶と世界の恒久平和実現に向けた運動を強化していかなければならない。

私たちは、75年前の惨劇を目の当たりにし、今もなお「核兵器廃絶と世界の恒久平和実現」を無言で訴え続ける「原爆ドーム」とともに、思いを共有する多くの人との連帯の輪をさらに広げ行動することをここに誓う。


 

12.8不戦の誓いヒロシマ集会

中国への侵略を強めていた日本が、アメリカ、イギリスなどとの戦争に突入した真珠湾攻撃から79年を迎える12月8日、コロナ過で開催も危惧されましたが、今年も「12・8不戦の誓いヒロシマ集会」が、参加者を絞って弁護士会館で開催されました。

2015年に憲法違反の「戦争法」を強行成立させて以降、安倍政権は自衛隊の海外派兵を常態化させ、戦力の肥大化・強大化を進めてきました。さらに安倍政権の継承を掲げて誕生した菅政権は、「敵基地攻撃能力保有」を含む安全保障政策の見直しを進め、戦争への道を歩もうとしています。

こうした情勢の中で開催された今年の集会の講師は、防衛ジャーナリストの半田慈さんでした。

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演題は「急浮上した敵基地攻撃~踏み超える専守防衛~」です。半田さんの話は、まさに演題のとおりでした。

安倍政権が、アメリカ・オバマ大統領と約束し進めたイージスアショアの配備計画がいかに杜撰なものであったか、そしてその配備停止決定後に進んだ代替案が、価格も上昇し、防衛省の説明も矛盾を深めるものであるにもかかわらず、安倍首相が敵基地攻撃への方向へと大きく政策転換を図ってきたことが説明されました。

そして、憲法改正が無理なので、閣議決定と法改正で、それまで「できない」とされてきた集団的自衛権行使容認へと進めた同じ手口で「先制攻撃を合憲・合法化」させようとしていることが指摘されました。防衛費は増大し、防衛装備も大きく変質し、すでに自衛隊には、敵基地攻撃の能力が備わっている状況もがあり、「専守防衛は風前の灯」となりつつある。それを止めるには、私たちの運動が重要なことが指摘されて、講演は終わりました。

講演後、集会アピールが採択されましたが、その最後の部分を紹介します。「私たちは、『銃口から平和は生まれない』という中村哲医師の言葉を重く受け止めます。『戦争が何をもたらすのか』を広く・深く訴え、平和と民主主義を守るための取り組みを広げるために活動を強化することを、侵略戦争開戦の日『12・8」に誓います」

閉会のあいさつは、先月「憲法を守る広島県民会議」の代表委員に初就任された山田延廣弁護士。山田さんは、「この政治を変えるためには、次の総選挙で自民党を過半数割れに追い込むこと以外にはない」と訴え、12・8不戦の誓いヒロシマ集会は閉会しました。参加者は、約80人でした。

いのちとうとし

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2020年12月 7日 (月)

やっと実現した第23代高校生平和大使の広島研修

第23代高校生平和大使の広島研修が、5日、6日の二日間、広島市内で開催されました。

今年の高校生平和大使は、コロナ感染拡大の影響を受け、各都道府県での選考も遅くなり、例年6月に行われていた結団式も開催できずに来ました。もちろん、8月に実施していた高校生平和大使の最も大切な行事、1万人署名活動で集めた署名を届けるための国連欧州本部訪問も、今のところ実現の見通しが立っていません。

こうした厳しい状況が続いてきましたが、高校生平和大使のどうしても一堂に会して、交流したいとの強い思いが実り、4回も延期を繰り返してきましたが、ようやく「広島研修」ということで実現したものです。

今年の高校生平和大使は、全国で500名余りの応募の中から、28名が選ばれました。今年初めて兵庫県で、高校生平和大使が誕生しました。これで全国16都道府県へと広がりました。

今回の広島研修には、広島県の高校生平和大使3名(梶原百恵さん・福山市立福山高校、柚木優里奈さん・広島大学付属高校、楠康生さん・修道高校)など、28名中26名が参加しました。欠席となった長崎の代表2名は、長崎県教育委員会が「部活による県外の高校との交流は禁止」するとの通達を出したため、参加できなかったそうです。ただ、長崎県からは、県独自の活動として「ハワイ」と「韓国」への派遣平和大使となっている2名が参加しましたので、参加者は合計28名でした。

開会前に、参加者全員で記念写真の撮影です。

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第1日目の研修は、予定の午後1時半きっかりに、第21代高校生平和大使の下久保理子さんの司会で、スタートしました。最初は、小早川健高校生平和大使派遣委員会代表世話人のあいさつです。研修の最初は「被爆者のお話し」を聞きます。「被爆者のお話」は、元資料館館長の原田浩さんです。自らの被爆体験のみならず、被爆後今日までの核兵器をめぐる動き、運動などが紹介されました。次に、高校生平和大使OP・第18代の井上つぐみさんの話です。井上さんの話は、高校生平和大使としての自らの体験、特にジュネーブ・国連欧州本訪問の様子が、当時の写真をふんだんに入れたパワーポイントを使いながら、詳しく語られました。国連欧州本訪問の実現が難しい第23代高校生平和大使が、どんな思いで聞いていたのかなと複雑な気持ちで、この話を聞きました。長崎から参加し、2018年と、19年にノルウェーに派遣された中村涼香さん、第21代の山西咲和さんからは、高校生平和大使の任期を終えた後も、活動を続けていること、高校生平和大使終了後の活動の受け皿として、きちんとプラットホームを用意していることの報告と一緒に活動を続けようとの呼びかけがありました。

この3人の話しで、高校生平和大使後も多くの人が、現役の平和大使の活動をサポートし、それぞれが工夫をしながら、継続して活動を続けていることを知ることができたと思います。

休憩をはさんで、高校生平和大使派遣委員会共同代表在間秀和弁護士の「高校生平和大使に期待する」、同じく共同代表の平野伸人さんの「高校生平和大使の歴史と役割」の講話がありましたが、詳細は省略します。

私がこの広島研修に参加して感動したのは、この後始まった各県の活動報告です。語りたいことが沢山あったのでしょう。予定の時間をオーバーしましたが、豊富な内容でした。同行した各県のサポーターのみなさんも登壇します。 

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昨年までの結団式は、高校生平和大使に選ばれた直後に開催されていましたので、一人ひとりの発表は、「選ばれてこんなことをしたい」という「決意表明」でした。しかし、今年は違いました。一番遅く選ばれた人でも、すでに3カ月余りが経過していますので、それぞれが工夫をしながら署名活動を取り組んできた経験が、次々と発表されます。コロナ禍で、街頭署名ができなかった人も多かったようです。でも、「地域の平和集会に参加して呼びかけた」「自分の学校内で呼びかけた」「母校の中学校に出かけ、お願いした校長先生のおかげで、署名が広がった」などなど困難な中でも多様に取り組んでいることが次々と報告されました。さらに、新潟県、奈良県の大使は、「空襲被害のことも学び、その追悼式で署名を呼びかけました」と、地元の戦争被害と向き合ってきたことも報告されました。静岡の大使からは「焼津に高校生ビキニ事件研究会を作り、身近な核被害の問題を取り組むことなしました」、東京の大使は「ユーチューブでナガサキオンライン修学旅行を企画しました」との報告もありました。長崎で、オンラインでの署名を集めるために作られた「QRコード」を活用して署名を集めたという報告が、複数の県からありました。もっと時間があれば、と思わされる貴重な報告の連続でした。

一日目はこれで終わりです。残念ながら夕食をとりながらの交流会は、中止です。

二日目は、午前8時15分に平和公園・資料館前に集合し、まず慰霊碑への黙祷です。

ここで、三組に分かれて、広島の被爆二世の案内で、平和公園のフィールドワークを実施しました。

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そして最後は、あらかじめ予約していた広島平和祈念資料館見学で、今回の「広島研修」が終了しました。第23代高校生平和大使にとっては、待ちに待った全員が一堂に会する場だったと思います。それを象徴するように、すべての日程が終了後、これからも連絡を取り合って活動を続けようと、携帯番号などを交換している姿が印象的でした。

いのちとうとし

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