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スポーツ

2020年2月 9日 (日)

カープとスリランカ野球

中国新聞に掲載された「被爆2世の国際協力(JICA)職員が語る広島東洋カープと連携事業」の講演会告知記事の「被爆2世」の言葉に興味を持ち、会場(平和ビル・市立大サテライトキャンパス)もわが家の隣ということで、講演会に参加しました。

この会は、広島市立大学平和研究所ンのプロジェクト研究「平和都市・広島の文化的構築に関する予備的調査」の公開セミナーとして開催されてものでした。

講師は、JAIC・青年海外協力隊事務局人材育成課課長の川本寛之さんです。以下、当日配布されたレジュメをもとに報告します。

最初は自己紹介です。

1973年生れ。母方の祖父母は、広島駅で被爆、父は己斐峠を超えたところで黒い雨を浴びる。気持ちてきには、被爆2.5世。母方の祖母がよくハチロクの情景を話してくれました。新聞には「被爆2世の」とありましたが、当日の配布資料のタイトルは「被爆2.5世「援助屋(JAIC職員)が語る広島東洋カープ球団との連携事業」となっています。被爆2.5世という意味が少しだけ理解できました。この自己紹介の中で、びっくりするような紹介がありました。最後に少しだけ紹介します。その後の自己紹介は、川本さんとカープとの出会いや思いが語られました。

本題の「JICA」と広島東洋カープとの連携事業です。

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ユニタールが、マツダスタジアム行っているで企画事業に参加し、JICAでも何かできることはないかと思い立ったのがきっかけとなり、広島県・青年海外協力隊OB会の協力などなどによって実現への道が開かれたとの報告。なんといってもその大きなカギは、松田オーナーの協力。直接お会いして、お願いをしたところ快く引き受けたいただき、野村謙二郎さん(当時は前監督)の現地派遣につながったとのこと。カープ球団との連携事業は、このこと2015年から3年間。当時のことを伝えるJICAのホームページの見出しは「カープ野村謙二郎前監督、スリランカで野球指導!NO.1 平和でつながる-ヒロシマ・スリランカ・広島東洋カープ-」となっています。

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当時のスリランカは、2009年まで26年間続いた内戦で7万人以上の犠牲者を出し、約28万人の国内避難民の再定住など多くの課題が残っていたそうです。「戦後70年、復興を成し遂げた広島だからこそ伝えられることを、野球を通じて自分なりに伝えていきたい。」原爆で焼け野原になった街から立ち上がろうとする広島市民の心の支えとなったカープ、また市民に支えられて成長してきた球団であることが、野球を通じてスリランカの復興を後押しすることにつながるのではないかということが、活動の大きな柱となったようです。下の写真は、地雷の除去作業の説明を受けている野村謙二郎さんです。

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そして翌年から2年間、今度はスリランカから指導者を受け入れ、人材育成に力を貸すことになりました。コーチの受け入れに併せ、海外からの輸入品に頼る硬式球100ダースも贈る活動も行われたようです。

ここで川本さんのちょっと面白いエピソードの紹介。「その後、スリランカからの要望は、軟式野球のボールを送ってほしい」となりました。雨の多いスリランカでは硬式球は水分を吸って重たくなるので、水を吸わない軟式球が何度も使えて良かったようです。広島の復興と共に歩んできたカープならではの連携事業だったことが分かります。

スリランカでは、残念ながら野球よりもクリケットの方が代の人気スポーツのようですが、もう少し詳しく調べてみたいカープのスリランカ支援でした。

ところで、自己紹介でびっくりした話です。「父が中国新聞社で、1987年から1990年の間ニューヨークの現地で高校時代を過ごした」を聞いて思い出したことがありました。1987年秋、原水禁はニューヨークで第1回核被害者世界大会を開催しました。明日はアメリカを離れるという日の一日、森滝先生を市内観光に誘ってくださったのが、当時中国新聞ニューヨーク支局長だった川本さんのお父さんでした。森滝先生のかばん持ちのような役割で訪米に同行していた私もその市内観光にご一緒させていただいていたのです。まさかの出会いに本当にびっくりしました。

いのちとうとし

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2019年3月22日 (金)

問われる人権感覚・・・東京五輪

 競泳選手の池江選手が白血病であることを公表したことを受け,市民の間に衝撃が走りました。同時に,回復を願う多くの励ましの声や支援の輪が広がっています。池江選手は,自らの希望で公表に踏み切ったそうですが,自身のショックを乗り越え,白血病と向き合おうとする強い精神力に頭が下がります。病気を克服し,再び私たちの前に立つ日が来ることを願ってやみません。

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そんな中,桜田義孝五輪担当相は,池江選手の白血病公表について「金メダル候補。本当にガッカリしている」「盛り上がりが下火にならないか心配している」と発言したと言います。このような人権感覚の持ち主がこの国の要職を担っていることは,非常に残念でなりません。桜田大臣は,衆院予算委員会での追及を受け,「配慮を欠き,おわびして撤回したい」と述べましたが,撤回したからといって,桜田大臣の人権感覚が変わるわけではありません。なぜ,自分がそのような発言をしたのかをしっかり分析し,人権感覚を高める努力をしない限り,同じことは繰り返されるでしょう。撤回は終わりではなく,自己変革へのスタートでなければなりません。

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また,桜田大臣は,「五輪憲章については話には聞いているが,自分では読んでいない」とも答弁しており,五輪担当相失格は言うまでもありません。しかし,桜田大臣は「職務を全うできるように努める」と辞任を拒否するとともに,安倍首相は「五輪招致に全力を尽くしてきた一人。経験を生かして力を尽くしてほしい」と桜田大臣を擁護しました。

人の痛みが分からない人たちに,この国の舵取りを任せていても良いのでしょうか?国会での様子を見るにつけ,そういった気持ちが強くなるのは私だけでしょうか?

T・N

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