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2021年2月12日 (金)

2.11建国記念日復活反対!ヒロシマ集会

今日のブログでは、毎年2月11日に開催してきました「建国記念日復活反対!ヒロシマ集会」の様子を報告する予定でしたが、今年はコロナ感染拡大を防ぐということで、中止となりましたので、集会の様子を報告することができません。

当日の記念講演をお願いしていました内田雅敏弁護士から、講演のために準備されていた内容をメッセージとして送っていただきましたので、少し長いのですが、全文を紹介することにしました。

内田雅敏弁護士は、戦争をさせない1000人委員会事務局長を務めるとともに、弁護士として特に、中国人強制連行・強制労働など戦後補償問題や靖国問題などに取り組んでこられました。

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靖國神社の何が問題か

靖國神社の「聖戦史観」

[日本の独立と日本を取り巻くアジアの平和を守っていくためには悲しいことですが、外国との戦いも何度か起こったのです。明治時代には「日清戦争」、「日露戦争」、大正時代には「第1次世界大戦」、昭和になっては「満州事変」、「支那事変」そして「大東亜戦争(第2次世界大戦)」が起こりました。戦争は本当に悲しい出来事ですが、日本の独立をしっかりと守り、平和な国として、まわりのアジアの国々と共に栄えていくためには、戦わなければならなかったのです](靖國神社発行「やすくに大百科」)。

1945年8月15日の敗戦前の話ではありません。これが、戦後75年を経た現在の靖國神社の歴史観です。日本の近・現代におけるすべての戦争は正しい戦争、即ち「聖戦」であったと現在も堂々と主張しているのです。この「聖戦史観」は世界に通用しないことはもちろん、歴代の日本政府見解にも反します。

二つの誤解

靖国問題を語るに際しては、二つの誤解を解いておく必要があります。

一つは、中国、韓国からの批判を正確に理解することです。巷間、中国、韓国らからの靖國神社参拝批判に対して、戦没者に対する追悼はどこの国でもやっている、何故それが批判されるのか、と反論がなされます。毎年8月15日、武道館で政府主催による戦没者追悼式が行われますが、この追悼式を中国、韓国らが批判することはありません。どこの国でも行っているからです。靖國神社参拝批判は、戦没者に対する追悼批判ではなく、靖國神社という場でそれが行われることへの批判なのです。

  二つ目の誤解は、A級戦犯分祀論についてです。巷間、靖國神社にA級戦犯を合祀したから中国、韓国らから批判される、この際、A級戦犯の方々に余所に移ってもらおうという、いわゆるA級戦犯分祀論も唱えられます。A級戦犯を分祀すれば問題の解決となるか。否です。A級戦犯を合祀していることが問題なのではなく、A級戦犯合祀に象徴される靖國神社の「聖戦史観」こそが問題だからです。靖國神社はA級戦犯分祀を絶対にできません。分祀したら、その瞬間に靖國神社でなくなります。靖國神社がA級戦犯を分祀出来ないのは同神社が弁明するような神道の教義によるものでなく、靖國神社の設立目的、およびA級戦犯合祀の経緯によるものなのです。A級戦犯合祀は東京裁判否定の目的をもって、周到に準備されて行われました。

別格官幣社としての靖國神社

靖國神社は、幕末、明治の戊辰戦争で亡くなった兵士、それも朝廷(官軍)側の死者だけを祀るために1869(明治2)年に作られた東京招魂社を起源とし、1879(明治12)年、別格官幣社として設立されました。別格官幣社は72(明治5)年、楠木正成を祭神とする湊川神社が最初の設立でした。次いで、靖国神社、北畠神社など、天皇に尽くした臣下を顕彰する神社として続々設立され、28社ありました。東京招魂社は死者の鎮魂を主目的としていましたが、靖國神社では死者の顕彰に軸足が移りました。

戦前、官幣社は大社、中社、小社の三種があり、その頂点に立つのが伊勢神宮です。官幣大社のさらに上に位置付けられています。官幣大社は、出雲大社、諏訪大社など65社、官幣中社は北野天満宮など23社、官幣小社は大国魂神社など5社があり、別格官幣社の社格は官幣中社、官幣小社の下位にあるとされていました。戦前、歴史も浅く、社格も下位にある靖國神社が、他の神社を凌駕する特別な地位を獲得し得たのは、陸・海軍省が所管し、天皇の軍隊の戦死者の魂全てを祀るという、戦死者(戦病死者を含む)の魂の独占と、そこに臣下に頭を下げることのない天皇が参拝して下さるとされたからです。戦死者の魂独占の虚構と天皇参拝、これこそが靖國神社の生命線でした。

新憲法下、一宗教法人としてかろうじて解体を免れた靖國神社は、戦後も戦前と同様、特別な地位を占めるため、戦死者の魂独占の虚構の維持と天皇参拝の継続に腐心しました。国立の追悼施設を設けていない国もこれを助けました。靖國神社は、敗戦の年1945年12月15日の占領軍総司令部(GHQ)による国家神道廃止指令に先立つ11月20日、天皇列席の下、臨時大招魂祭を行い、先の戦争の戦死者全ての御霊(みたま)を招き寄せたとしています。遺骨の有無は関係なし、誠に便利な教義です。

靖國神社の招魂に応じない戦死者の魂も強制的に「招魂」されます。死んでからも再度「召集」されるのです。本来、追悼とは、故人の遺族、友人等故人を知る者が行う優れて個人的な行為です。国からの祭人名票の送付という行為によって初めて祭神を特定する靖國神社による戦死者の合祀は、戦死者を悼むためでなく、靖國神社自身のため、すなわち戦死者の魂独占という虚構を維持することによって、戦後もその独自の地位を維持しようとするためのものだと言わざるを得ません。死者に対しては、ひたすら追悼し、決して死者を讃えたり、死者に感謝してはなりません。讃え、感謝した瞬間に、死者の政治利用が始まり、死者を生み出した者の責任が曖昧にされます。なお、靖國神社には遊就館という「戦争博物館」がありますが、ここでは何が展示されていて、何が展示されていないのかを見抜くことが大切です。


いのちとうとし

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