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2020年12月24日 (木)

藤登弘朗さんの水彩画「被服支廠」

先日、わが家に宅配便が届きました。品名には「ガクブチ(絵)」と書かれています。早速紐をほどきました。ご依頼主の欄には、藤登弘朗さんの名前が書いてあります。

包み紙を開けると段ボール箱が出てきました。段ボール箱の蓋を開くと、きちんと額装された「被服支廠」を描いた水彩画が、入っています。

Photo_20201223172201

添えられた手紙には、「いつも何かとお世話になっています。この一年間被服支廠の保存を願って過ごしてきました。小さな作品ですが、ご笑納くださればうれしく思います。」と書かれています。

ご笑納どころか、ありがたく拝受することにし、お礼の手紙を返送することにしました。

藤登弘朗さんと私の出会いや関わりについては、47日のブログ「『被爆75年・あの日を忘れない』藤登弘朗水彩画展始まる」(http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/shinkokoro/2020/04/post-3f9136.html)で、詳しく紹介していますのでここでは省略しますが、12~3年のお付き合いになります。

藤登さんが描かれた「被服支廠」の水彩画については、1週間ほど前の12月15日付の中国新聞で「被服支廠 水彩で描く 広島の藤登さんが30点」として紹介されています。その記事を読み「藤登さん、今度は被服支廠でがんばっておられるな。『4月に予定されている個展開催のときにはぜひ案内してください』と連絡を取らなければ」と思ったばかりのところに届きましたので、本当にびっくりしました。

記事にはこう書かれています。

「アマチュア画家の藤登弘郎さん(84)=広島市安芸区=が、保存活用を巡り議論が続く『旧陸軍被服支廠(ししょう)』(南区)の水彩画を約30点仕上げた。県内最大級の被爆建物と向き合い、犠牲者に思いを寄せる。来年4月に開く個展で披露する。

 赤れんがの重厚な外観や、爆風で曲がってさびた鉄扉―。被爆直後に被災者が収容され、多くの人が亡くなった室内も描いている。昨年末、4棟のうち3棟を保有する県が『2棟解体、1棟外観保存』の原案を発表したのを機に、年明けから絵筆を握った。

倉庫群の周辺を歩き、被爆証言や新聞記事を読み込むなどしてイメージを膨らませた。『建物の前に立つと、犠牲者への弔いの気持ちが湧く』。原爆を耐え、年月を経たれんがの質感を出そうと、色使いも工夫を重ねたという。」

10月に開催された「ヒロシマ平和絵画展」にも、他の作家たちの作品に交じって、藤登さんが描かれた「被服支廠」の水彩画が何点かあったことを思い出します。

仕上がった約30点のうちの貴重な1点を送っていただいたのですから、大切に飾らなければならないと思います。

大詰めを迎えている「被服支廠」の保存問題、藤登さんの「世界的に貴重な建物。壊せば全てが無になる。存在を広め、全棟保存へつなげたい」との思いが、実を結ぶことを願わずにはいられません。「全棟保存」は、もちろん私たちの強い願いでもありますが。

なお来年の藤登弘朗さんの個展「旧陸軍被服支廠から原爆の悲惨さを」は、4月21日から「旧日本銀行広島支店」で開催されることになっています。

いのちとうとし

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