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2020年12月 9日 (水)

「原爆ドーム世界遺産登録記念集会」と「12.8不戦の誓いヒロシマ集会」

原爆ドーム世界遺産登録記念集会

12月7日は、24年前、原爆ドームが世界遺産リストに登録された日です。今年も7日の午後6時から原爆ドーム前で、核兵器廃絶広島連絡会議(連合広島、広島県原水禁、広島県被団協など12団体で構成)が主催する「原爆ドーム世界遺産登録記念集会」が開催されました。

連合広島・長内さんの司会で始まった集会は、主催者を代表して連合広島久光博智会長があいさつ、県被団協、県原水禁、KAKKIN広島、連合広島の代表4人による花輪の献花、次に核兵器廃絶広島連絡会議の8団体代表による献水、続いて連合広島女性委員会亀井美砂子委員長から提案された「集会アピール」を、参加者全員の拍手で確認しました。全員での黙とうの後、広島県被団協の箕牧智之理事長代行からの閉会のあいさつが行われ、記念集会は終了しました。

20201207_180725

その後、参加者全員が菊の花を1本ずつ献花し、流れ解散となりました。コロナ過ということで、参加者は74人でした。あいさつされた二人の思いは、集会アピールに盛り込まれていますので、アピール全文を紹介します。


原爆ドーム世界遺産登録記念集会アピール

今から75年前の1945年8月6日午前8時15分、この広島に人類史上初の原子爆弾が投下された。

爆心地近くにあった広島県産業奨励館は、「原爆ドーム」と呼称を変え、その歴史とともに、ここに立ち続けている。

今から、24年前の1996年12月7日、「原爆ドーム」のユネスコ世界遺産への登録が実現した。

原爆の恐ろしさ、愚かさを後世に伝えるために、この「原爆ドーム」のユネスコ世界遺産登録に向けて、多くの市民や県民が一体となって、4年の歳月をかけて署名活動などの運動に取り組んだ。その熱い情熱の結集である、164万を超える請願署名が政府を動かし、世界遺産登録委員会の決定を手繰り寄せることとなった。

私たち、ヒロシマが求めてきたものは、「原爆ドーム」の建築物としての文化的価値の評価ではなく、「原爆ドーム」に刻まれた被爆者の慟哭と被爆の実相を世界の人々に伝え、核兵器の使用を決して許してはならないという警鐘を鳴らし続けることにある。

こうしたなか、核兵器の開発や製造、保有、使用を全面的に禁じる核兵器禁止条約の批准国・地域が条約発効の条件となっている50に達し、来年1月22日に条約が発効されることになっている。

しかしながら、日本は「日米同盟のもとで核兵器を保有する米国の抑止力を維持することが必要」として批准していない。

こうした状況だからこそ、ヒロシマの果たす役割は重い。

私たちは、「原爆ドーム」世界遺産登録の意義を再認識し、国内外の世論喚起を図るとともに、被爆の実相を着実に次代に継承していくなど、核兵器廃絶と世界の恒久平和実現に向けた運動を強化していかなければならない。

私たちは、75年前の惨劇を目の当たりにし、今もなお「核兵器廃絶と世界の恒久平和実現」を無言で訴え続ける「原爆ドーム」とともに、思いを共有する多くの人との連帯の輪をさらに広げ行動することをここに誓う。


 

12.8不戦の誓いヒロシマ集会

中国への侵略を強めていた日本が、アメリカ、イギリスなどとの戦争に突入した真珠湾攻撃から79年を迎える12月8日、コロナ過で開催も危惧されましたが、今年も「12・8不戦の誓いヒロシマ集会」が、参加者を絞って弁護士会館で開催されました。

2015年に憲法違反の「戦争法」を強行成立させて以降、安倍政権は自衛隊の海外派兵を常態化させ、戦力の肥大化・強大化を進めてきました。さらに安倍政権の継承を掲げて誕生した菅政権は、「敵基地攻撃能力保有」を含む安全保障政策の見直しを進め、戦争への道を歩もうとしています。

こうした情勢の中で開催された今年の集会の講師は、防衛ジャーナリストの半田慈さんでした。

20201208_181104  

演題は「急浮上した敵基地攻撃~踏み超える専守防衛~」です。半田さんの話は、まさに演題のとおりでした。

安倍政権が、アメリカ・オバマ大統領と約束し進めたイージスアショアの配備計画がいかに杜撰なものであったか、そしてその配備停止決定後に進んだ代替案が、価格も上昇し、防衛省の説明も矛盾を深めるものであるにもかかわらず、安倍首相が敵基地攻撃への方向へと大きく政策転換を図ってきたことが説明されました。

そして、憲法改正が無理なので、閣議決定と法改正で、それまで「できない」とされてきた集団的自衛権行使容認へと進めた同じ手口で「先制攻撃を合憲・合法化」させようとしていることが指摘されました。防衛費は増大し、防衛装備も大きく変質し、すでに自衛隊には、敵基地攻撃の能力が備わっている状況もがあり、「専守防衛は風前の灯」となりつつある。それを止めるには、私たちの運動が重要なことが指摘されて、講演は終わりました。

講演後、集会アピールが採択されましたが、その最後の部分を紹介します。「私たちは、『銃口から平和は生まれない』という中村哲医師の言葉を重く受け止めます。『戦争が何をもたらすのか』を広く・深く訴え、平和と民主主義を守るための取り組みを広げるために活動を強化することを、侵略戦争開戦の日『12・8」に誓います」

閉会のあいさつは、先月「憲法を守る広島県民会議」の代表委員に初就任された山田延廣弁護士。山田さんは、「この政治を変えるためには、次の総選挙で自民党を過半数割れに追い込むこと以外にはない」と訴え、12・8不戦の誓いヒロシマ集会は閉会しました。参加者は、約80人でした。

いのちとうとし

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