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2020年12月20日 (日)

原水禁国民会議の被爆75周年記念事業「高校生『平和』の作文コンクール」の最優秀賞作品「本気なのか~『黒い雨』控訴を思う~」

原水禁国民会議は、被爆75周年記念事業として、「高校生『平和』の作文コンクール」を実施しました。

公募のテーマは「~戦争のない、飢餓も貧困もない、差別もいじめもない社会、『平和」な社会を作っていくためには、一人ひとりの命が大切にされるために、何が必要なのでしょうか。今を生きている私たちひとり一人の思いを、言葉にしてみませんか。~』でした。

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沢山の応募の中から、最優秀賞に2作品が選ばれました。その内の1作品は、福山市の盈進高等学校の酒見知花さんの「本気なのか~『黒い雨』控訴を思う~」でした。少し遅くなりましたが、その全文を紹介します。


 「『まどうてくれ。』これは、ふるさとや家族そして身も心も元通りにして欲しいという被爆者の悲痛な叫び」(二〇一五年広島平和宣言)

 八月十二日、広島への原爆投下直後に降った放射性物質を含んだ「黒い雨」を巡り、国の援護対象区域外にいた原告八十四人全員を被爆者と認めた広島地裁判決に対して、広島県と広島市、訴訟に参加する国が控訴した。厚労相は、「十分な科学的知見に基づいていない判決だ」と理由を述べた上で、援護対象区域について「拡大を視野に入れ検証する」と方針を示した。県と市は、被爆者健康手帳の交付を直接担当するために被告の立場だが、これまでもずっと対象拡大を求めており、国に控訴断念を要望してきた。だが、区域拡大も検討するとの国の回答を得て、最終的に控訴を受け入れたという。被爆七十五年。提訴から五年。原告の老いは進み、すでに十六人が亡くなった。どうして控訴か。なぜいま救済しないのか。

 原告の一人、石井隆志さん(八十三)は、十五歳の頃、背中の皮膚に炎症が起き、筋肉が隆起。切断する手術を三度受けた。大人になってもいつも体がだるく入退院を繰り返した。妻が家計を支えたが、それが「心苦しく、しんどかった」と語る。(七月三十日『朝日新聞』)

 同じく沖昌子さん(七十九)は、控訴を報道で知り、肩を落として、こう語った。「(勝訴は)ぬか喜びだった。」いま、引き続き裁判に参加するか悩んでいるという(八月十三日『朝日新聞』)。私は彼らの苦悩の人生と控訴に対する無念に、本気に応えなければならないと思う。

 被爆者の切明千枝子さん(九十一)に控訴について尋ねた。彼女の証言集『ヒロシマを生き抜いて』は、私と仲間が聞き取り、文字を起こして出版された。現在、私は、この証言集を英訳し、インターネットで世界に発信しようと準備している。切明さんは言う。

 「控訴に腹を立てている。『黒い雨』を浴びた知人も悲しんでいる。戦争や原爆の本当の恐ろしさを知らない行政の方には、被爆者の声が通らないのか。これ以上、被爆者が増えてほしくないと思っているのか。情けない。」

 私は中学一年から、真夏にも厳冬にも、一人の市民として市民の中に入り、核廃絶の署名活動の環に加わっている。昨年春、広島市などの援助も受けて、ニューヨーク国連本部で、被爆証言を中心に、英語でヒロシマ・ナガサキの反戦反核の魂を世界に訴えた。NPT第三回準備委員会に際して開かれた「ユースフォーラム」でのことだった。切明さんの平和への願いも盛り込んだ。

 私は、「核と人類は共存できない」と訴え続けた森瀧市郎を尊敬し、娘の森滝春子さんの生きざまに共感する。父と共に核実験に抗議する座り込みをしてきた彼女は、父の背中を追い、ヒロシマ・ナガサキの被害のみならず、フクシマを忘れず、ウラン鉱山で放射能を浴び、健康障がいに苦しむ人々など、世界中の核被害の実態を世に問うている。そんな彼女はいつもこう言う。「一人の人間の力は弱い。だから、人種も性別も年齢も関係なく、国境を超え、みんなで力を合せよう。」私はこの視点に学び、国連でのスピーチのテーマを「連帯」とした。スピーチ後、オーストラリアの三十代の男性が熱を込めてこう発言した。「君たちと一緒に行動したい。」連帯の環の広がりを肌で感じ、うれしくて身震いした。

 今年の広島平和宣言は、「連帯」がテーマだった。広島市長は、政府に対して、核兵器禁止条約への署名と批准を求め、世界が「被爆地ヒロシマの心に共感し『連帯』するよう訴えていただきたい」と述べた。でも私は、「連帯」を求めるなら、「被爆地ヒロシマ・ナガサキの心に共感し」と言ってほしかった。

 地元紙『中国新聞』は控訴に対して、「なぜ国は幅広く救済を決断しないのか。本気で救う気があるとは到底思えない」と主張した。(八月十三日社説)。でも私は、広島市も、本気で救う気があるとは到底思えない、と感じる。どうしてか。それは「連帯」と言いながら「福島」に言及しない平和宣言に疑問を感じているからだ。世界平和は、身近な人との連帯なくして実現し得ないと思う。隣の席でいじめられている人を見過ごして、平和や人権の確立を叫ぶ者を誰が信じようか。長崎平和宣言には今年もまた、「福島を応援する」という一文があった。だが、広島平和宣言には二〇一三年を最後に、「福島」の文字はない。

 私は被爆地で生まれ育った者として、「もう誰にも自分と同じ思いをさせてはならない」という被爆者の復讐と敵対を超えた素朴で崇高な思想を最も大事にしている。それを受け継ぎ、先人たちが築いた礎に学ぶ義務があると考えている私の行動基準は常に、この思想と「まどうてくれ」の悲痛な叫び声である。「人類生存のために核廃絶を成し遂げる。」本気なのか。私はあなたに、そうして自分に問う。

(この文章は、クラブの仲間と「黒い雨」問題に関する新聞などを読み込み、話し合った内容です。部長として私がまとめただけです)


〈編集者注〉酒見知花さんは、盈進高校の「ヒューマンライツ部」に所属しています。ヒューマンライツ部は、「手と手から」をテーマに、「中高生として地域や国際社会の平和と人権の環を広げるために貢献する」(サブテーマ)ための様々な活動(ハンセン病問題から学ぶ学習、「核廃絶!ヒロシマ・中高生による署名キャンペーン」など)を行っています。

いのちとうとし

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