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2020年11月27日 (金)

宇品線のモニュメントを訪ねてーその2・ちょっと寄り道

前回、「次回は24日に掲載」と約束していましたが、うれしいことに原稿がたくさん届いたため、今日になりました。

「惜別宇品線記念碑」前で、緩やかに左にカーブした宇品線は、ここから真っすぐ南に延びています。次のモニュメント「ポッポ広場」を目指して進むことにしました。すぐに左手に広島大学病院の構内が広がります。門を入ってすぐ左手に、ちょっと気になるレンガ造りの建物がありますので、この建物を見学するため、途中下車ならぬ「寄り道」をすることにしました。

このレンガ造りの建物は、広島大学医学部・医学資料館です。

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1957年に広島大学医学部が呉からこの地に移転した時には、当時残っていた被爆建物である陸軍兵器補給廠の赤レンガ造り2階建ての建物が、校舎として使われてきました。近代的校舎や病院の建て替えのため次々と取り壊されたのですが、「懐かしい赤レンガの校舎を残したい」との声が上がり、1978年に11号館(大正4年(1915年)建造)を改装して、医学資料館として使用されることになりました。しかし1998年には、附属病院棟の建て替えのため、最後に残った被爆建物11号館も解体されることになりました。しかしこの建物は、被爆建物でもあり、被爆者の臨時救護所となった歴史的意義があるということで、新たに建設される「医学資料館」では、その外観を尊重し、被爆煉瓦や石材を再利用して建て替えられることになりました。そして1999年10月に、11号館を偲ばせるレンガ造りの建物が竣工しました。

ですから、この建物は、大きさこそずいぶんと小さくなっていますが、外観は、今保存をめぐって関心が高まっている陸軍被服支廠の建物と同じです。頂部には、ピクナル風装飾も付けられています。

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正面玄関左右の窓枠の下の煉瓦は、全体と比べると黒っぽい色をしています。ここに、白い石とともに被爆当時の煉瓦が使われています。

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医学資料館外の左側には、解体された11号館の一部を使いモニュメントが作られています。そこには、当時の写真がはめ込まれ、上記のような解説が付されています。

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モニュメントの裏側には、11号館で使われていた頂部のピクナル風装飾や玄関の上に取り付けられていた飾り、窓枠の周囲に使われていたと思われる長い石が、保管されています。

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このモニュメントと資料館の建物の間の芝生の空き地に、少し気になる石が積み上げられていました。モニュメントとは離れた位置にありますので、11号館のものではないようです。どこかの被爆石だと思われます。頭に浮かんだのは「ひょっとするとこの石は、たまたまその現場に居合わせることになった広大研究員の嘉陽礼文さんが、元安川から引き揚げた原爆ドームの被爆石ではないか」(後で調べると2015年11月のことでした)ということです。それを確かめるために、建物内の事務室の訪れました。資料館自体は現在コロナ対策ということで閉館になっていますので見学はできませんが、質問には答えていただけました。「元安川から引き揚げられたものは、あなたの左手後ろに展示しています。今は見学していただくことはできませんが。外の石も、嘉陽先生が、収集された被爆に関するもののようですが、わたしたちは詳しいことがよくわからないのです」

私が偶然にであった被爆石だということがわかりましたので、見学できませんので部屋の明かりはついていませんが、無理を言って展示コーナーの写真だけとらせていただきました。

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外に出て建物を一周すると、裏側には塀沿いや建物の軒下にびっしりと石とレンガが積まれていました。

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どこの被爆建物のものかはわかりませんが、解体されるという情報が入ると駆けつけて収集されたのだろうなと想像できます。気になったのは、この被爆したと思われる石やレンガがこれからどう活用されるのかということです。

この「寄り道」で改めて感じたのは、被爆建物「陸軍被服支廠」の4棟保存の重要性です。かつてこの「兵器廠」には12棟の煉瓦造りの建物があったようですが、全て解体された今では、その様子を知ることはできないからです。

ちょっと「寄り道」のつもりが長くなってしまいました。今日はここまでにします。次回は「ポッポ広場」をめざします。

いのちとうとし

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