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2020年9月28日 (月)

平和大通りの供木運動の樹木

平和大通りがつくられた時、緑豊かな大通りをつくるために取り組まれたのが「供木運動」だったことは、このブログでも紹介したことがあります。しかし、供木運動によって植えられた樹木がどの木なのかは不明だと勝手に思い込んでいたのですが、広島市が発行する「市政と市民」の8月1日号の「中区版」に「平和大通りの木に会いに行こう」のタイトルで下のような記事が掲載されていました。そこには、私が不明だと思っていた供木運動の樹木の一部が紹介されています。

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 ちょっとびっくりです。「不明だ」と思っていた樹木が特定されているのです。しかも寄付者の名前まで書かれています。しばらくほったらかしにしていたのですが、来月3日に「かき船問題を考える会」の呼びかけで「平和大通りを歩く会」を開催することになりましたので、詳しく調べてみようと思い、先日、問合せ先となっている中区役所の「区政調整課」に電話を入れました。「確かにこの課が作成したものですが、供木運動の樹木の情報は、市の緑政課から得たものですから、詳しいことはそちらに聞いてください」との返答です。

「市民と市政」を手に市の緑政課を訪ねました。対応していただいたのは、緑政課花と緑の施策係のKさんです。Kさんの名刺には「技師」と書かれています。専門職のようです。「市政と市民」の「区報なか」を示し「供木運動の樹木を記した資料があったら、見せていただけませんか」とお願いしたところ「確かに調査はしたのですが、絶対的な特定ができていないものですから、お見せすることができないのですが」さらに「区報なかでは、寄付者が特定されていますが、ここまで特定するのは・・・」との答えです。「どうして見させていただけないのですか。ちょっと課内で相談して下さい。」とお願いし、その日は帰宅しました。

その後、電話があり「先日の件ですが、やはり資料を直接提供できないことになりました。ただお越しいただければ、口頭での説明ならできます」とのことです。再び緑政課を訪ねました。やはり資料の提供はできないということでしたが、Kさんから丁寧な説明がありました。

「1957年(昭和32年)から1958年にかけて行われた供木運動で贈られた木は、全部で9,578本。比治山やお城にも植えられたので、平和大通りに植えられたのは、約6、000本です。2015年(平成27年)に実施した調査で、ほぼ間違いなく供木運動の樹木だと確認できたのは208本、おそらくと思われる樹木は360本ぐらいです。調査方法は、1962年(昭和37年)の航空写真に写っている樹木をもとに、現在もあるかどうかで調べました。供木運動当時の植樹台帳はあるのですが、ブロックごとにしか記載されていないため、なかなか特定が難しいのです。」との説明です。そして「先日言われていた白神社前から、田中町交差点までには、20本ほどあります。」と言いながら、その20本の位置を記した地図を広げ、「これは私が作成したものですが」と断りながら、その地図を見せてくれました。無理を言って、この図だけ写真を撮らせてもらいました。

昨日、この図面を手に現地を訪れて、確認しながら写した写真を紹介します。

最初は、「区報なか」でも紹介されているANAホテル前の2本のメタセコイヤです。

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東隣のクリスタルビルの前のブロックには、クスノキ8本がまとまって残っています。

20200927_085418  

供木運動の樹木よりも大きく育っている樹木もたくさんあり、見分けるのはなかなか難しい作業ですが、図面には木の種類が書かれていますので、何とかこれはと思う樹木を写してきました。「移動演劇さくら隊受難碑」が建つ並木通り入口の西側緑地帯です。右端が、この範囲で唯一の杉の木です。

20200927_090137

そのすぐ左側奥に見える木も供木運動の樹木ケヤキですが、その左側に写っている大きなクスノキは、供木運動の樹木ではありません。ちょっと不思議な気がします。

ところで、どういう理由かわかりませんが、20本のうち北側の緑地帯に16本、南側の緑地帯に4本と圧倒的に北側に多くの樹木が現存しています。下の右側の木が、南側で現存するケヤキです。

20200927_085234

供木運動の樹木のクスノキの1本に「名札」が付けられ、そこに「QRコード」がありましたので検索したところ、「クスノキの説明」が詳しく記載されているのですが、供木運動の情報は全くありませんでした。

Kさんの話では「1978年(昭和53年)の調査で、活着率は55%だったようです」とのことでしたので、現存している樹木は貴重なものです。せっかくの調査したのですから、それを活かして、何らかの形で「供木運動の樹木」だということが分かるような表示をぜひつけてほしいものだと思います。

いのちとうとし

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