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2020年9月 9日 (水)

今日の「安全保障法制違憲訴訟」第10回口頭弁論で意見陳述

今日は、午後1時半から広島地裁で「安全保障法制違憲訴訟」の公判が開かれます。裁判官が交代したということで、弁論更新の手続きが取られます。弁論更新が行われる場合には、原告や原告弁護団による意見陳述が行われます。今日は、原告団を代表して私が意見陳述を行います。少し長いのですが、その意見陳述のうち「安全保障法制について」を除いた部分を掲載します。

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1 私の家族の戦争体験

私は、1948年(昭和23年)生れです。直接戦争体験のない世代の一人です。しかし、私にとって、戦争は全く無縁のことではありません。

私は、6人兄弟の末っ子として生まれました。私を除く兄弟は、全て戦前の生れで、先の大戦中は、旧満州国・奉天、現在の中華人民共和国の東北省瀋陽で終戦を迎えました。

私の両親は、水飲み百姓といわれる貧しい農家に生まれ育ちました。結婚後、新たな生活の糧を求めて、旧満州国に渡り、私以外の五人の子どもを産み育ててきました。

両親と兄弟は、その満州で終戦を迎えることとなりました。しかし、父は、終戦間際に現地召集として徴兵され、侵攻してきたソ連軍の捕虜となっていました。父はシベリアでの抑留を体験することになりました。幸いにも父は2年足らずで解放され、帰国することができ,私は、父の帰国後に生まれました。

父の徴兵後,残された家族は、日本に帰国するまで大変な辛酸を味わうことになったと聞いています。私のすぐ上の兄は、1945年(昭和20年)6月生れですので、母は、まさに「乳飲み子を抱えて」帰国しなければなりませんでした。その兄の名前は「治」です。名づけは、軍人だった叔父が付けたそうですが、「もうすぐ戦争が終わるから」といって、「おさまるという意味で治」と付けたということです。軍人の間では、すでに終戦が近いことは認識されていたのでしょう。

父を欠いた家族は、終戦の翌年の6月に、幸いにして誰一人欠けることなく、全員が無事に帰国することができました。しかし、全ての財産は失っての帰国ですから、戦後の生活は本当に苦しいものになりました。その苦しかった生活のことは、私もよく覚えています。

以上は,私たち家族には、決して忘れることのできない戦争被害の歴史です。

一方,戦争を語る時、被害だけを語ることはできません。

私にとって忘れられない兄との会話があります。日中国交回復が実現し、日本から中国への訪問が可能となった時期、私が兄に「中国を訪問する気はないか」と訊ねた時のことです。兄は,「懐かしそうに笑いながら中国を訪問する人がいるが、当時日本人が中国人にしたことを思えば、自分は絶対に行く気にはなれない。」と話してくれました。

戦争によって,日本人が加害者になってしまった,多くの他国の人々を苦しめてしまった,戦中世代の兄はこのことを実感していたのでしょう。私は,この兄の言葉を忘れることはできません。

2 国会議員として政府に質した「国民への償い」

私は、2000年6月から、1期衆議院議員を務めました。

安全保障関連法の提案・審議の際も何度も聞いた言葉ですが、政府は、有事法制の目的について,いつも「国民の生命や財産を守るため」と説明します。

私の衆議院議員任期中には小泉純一郎内閣が「有事関連三法案」を上程したことがありました。有事関連三法案のうち,武力攻撃事態法は,「武力攻撃事態」を定義づけし,国民にも有事の際の協力義務を課す法律でした。

私は、衆議院本会議において、社民党を代表し、代表質問を行い「もし有事の際、犠牲となった一般市民の生命や財産に対し、国民が主権者となっている今度は国はきちんと償いをするのでしょうね」と質したことがあります。しかし、小泉総理は「武力攻撃による国民の被害にはさまざまな場合があり、個別具体的な判断が必要であります。補償の問題については、武力攻撃事態終了後の復興施策のあり方の一環として、政府全体で検討していかなければならないものと考えます。」と答えるのみで、一般市民に対する補償に対して明確にしませんでした。

私は,有事の際に「国民の生命や財産を守ること」に全力を尽くすとは思えません。先の戦争によって失われた市民の命や財産に対し、国家は何の償いもしていません。残念ながらこれが日本政府の姿なのです。

今回の安全保障関連法の中にも、一般市民の犠牲に対する補償については、全く盛り込まれていません。

3 安全保障法制について

〈略〉

4 さいごに

最後に一言申し上げます。

私は、国会議員であった時、衆議院の憲法調査会に所属し、憲法問題を論議してきました。その任期中に、憲法調査会の海外視察団の一員として、ヨーロッパの「憲法裁判所」事情を調査したことがあります。その調査を通じて、各国が、全ての国民に対し、違憲審査を求める権利を保障していることを学びました。

しかし、日本国憲法は、多くの諸外国が設置している「憲法裁判所」による違憲審査の制度をとっていません。その代わり、日本国憲法は、第81条によって最高裁判所に「法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかどうか」を判断する権限を与えています。私は、これを「違憲立法審査権」と学校で習ってきました。

また日本国憲法は、第99条の「憲法尊重擁護義務」を負うものの一人として、裁判官を明示しています。

法の番人である裁判官のみなさん、「違憲立法審査権」と「憲法尊重擁護義務」を重く受け止め、安全保障法制が違憲であることを問うこの裁判でしっかりとその役割を果たしていただきたいと思います。

それこそが、国民が期待する裁判所の役割であると強く訴え、私の意見陳述を終わります。


いのちとうとし

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