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2020年8月 7日 (金)

被爆75周年の8月6日

今年も猛暑の8月6日になりました。かつてこの時期にはよく核実験が実施され、熱くなった慰霊碑前の石畳で抗議の座込みをしましたが、その時、ある先輩から「原爆投下後の、この場所の熱さは、今とは比較できないほどの熱さだったことを想像しながら座込んでほしい」と言われてことを思い出します。

朝起きるとすぐ、新聞受けから中国新聞を取り出し、原水禁の意見広告を確認。13面はスポーツ面の隣ですから、目に付きます。一人でも多くの人に思いを共有していただければと思います。これも今年初めての試みです。

テレビに映る平和公園の平和記念式典の様子を見ながら、8時15分に黙とうをささげました。ご近所のお寺の鐘の音が聞こえます。あいさつの中では、湯崎県知事の「抑止力論の誤り」を強い指摘が印象に残りました。

9時前に自宅を出、原爆ドーム前に着いたのが、9時10分頃。すでに「原爆ドームを囲む集い」に参加する人たちが集まっています。

自分たちで作成した横断幕を手にしながら、それぞれが持ち場に移動。9時30分に一周約300メートルの原爆ドームを囲み、両手を広げてのアピール行動です。

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横断幕には、原水禁大会のスローガンやれぞれの思いが書かれています。オンライ中継をするということで、数回アピール行動を繰り返します。初めての取り組みでしたが、見事にアピールできました。

アピール行動狩猟後には、密を避けながら原水禁世界大会藤本泰成副実行委員長のねぎらいの言葉。参加者は、200名でした。

終了後、代表者は「原爆の子の像」へ移動します。今年の大会には、全国から「核兵器廃絶」への願いを込めた折鶴が送られてきました。その一部をこの「原爆の子の像」に献納しました。全国のみなさん、ありごとうございました。「きょうしとこどものひ」などへ、すべての折鶴を献納しました。

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今年は、全国から届く折鶴が少ないということで、地元の企業が折鶴を折り、献納するというニュースが先日報道されていましたが、確かに例年よりだいぶん少なかったように感じました。

折鶴の献納を終えた後、午後1時から始まったオンラインの開会総会を見るため、広島県原水禁事務局がある自治労会館へ移動しました。

自治労会館3階の会議室には、プロジェクターとスクリーンが準備されています。中央実行委員会の役員、広島県原水禁のメンバーで、午後1時ちょうどにスタートしたオンライ開会総会を見ました。「開会総会」のビデオは、これからしばらくの間、視聴可能ですので、ぜひ見てください。

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以下に、開会総会の「広島・アピール」の一部を紹介します。


被爆75周年原水爆禁止世界大会・広島大会「ヒロシマ・アピール」

 1945年8月6日午前8時15分、広島に投下された原子爆弾は、強烈な「熱線」、「爆風」、「放射線」のもと、その年の内に14万人もの生命を奪い去りました。あの日から75年の節目の年を迎え、私たちはあらためて核兵器廃絶への歩みを確実なものにしていかなくてはなりません。今から3年前、2017年7月7日、国連において「核兵器禁止条約」が、122ヵ国・地域の賛成多数により採択され、2020年7月27日現在、批准した国は40ヵ国、署名81ヵ国となり、発効に必要な50カ国に達するまであと一歩となっています。発効を促すためには、とりわけ唯一の戦争被爆国である日本政府が、これまでの態度をあらため批准・署名しなくてはなりません。核兵器廃絶を主張する日本政府は、そのことで世界をリードすべきです。

(中略)

福島原発事故から10年を迎えようとしています。私たちは、原発事故により、放射能汚染を強いられた人々の健康不安、特に子どもの健康にしっかり向き合い、「被爆者援護法」に準じた法整備を国に求めるとともに、原発再稼働や新・増設を許さず、全ての原発の廃炉、再生可能エネルギーへの転換を求めます。

被爆から75年がたちました。被爆者は高齢化し残された時間はわずかです。今なお被爆者が被爆者として認められず、裁判に訴えることが続いています。これは国による不作為としか言いようのない実態を表しています。援護対策の充実と国家の責任を求めることを、私たちの責任として急がなくてはなりません。さらに、親世代の原爆被爆による放射線の遺伝的影響を否定できない、被爆二世・三世の援護を求める運動も重大な課題となっています。

原水禁運動の原点は被爆の実相です。被爆地ヒロシマを体験した私たちは、憲法9条を守り、一切の戦争を否定し、二度と悲劇が繰り返されないよう訴え、行動していきましょう。

「全世界から核兵器をなくす」「二度と核戦争を起こさせない」。私たちは、被爆75周年のいま、改めて、被爆者の訴えであるこの言葉を胸に刻まなくてはなりません。暴走し続ける安倍政権の戦争への道、核兵器依存の防衛政策、そして原発推進政策に抗して、新しい時代を作りあげることを決意します。未来ある子どもたちに「核も戦争もない平和な社会」を届ける取り組みを全力で進めましょう。

ノーモア ヒロシマ、ノーモア ナガサキ、ノーモア フクシマ、ノーモア ヒバクシャ

2020年8月6日  被爆75周年原水爆禁止世界大会・広島大会


エンディングで流れた「原爆を許すまじ」の歌声、広島からたくさんの人たちの協力で録画したビデオを送りましたが、よく編集されていて、聞きごたえ、見ごたえがありました。歌声を届けていただいた皆さん、ありがとうございました。

ちょうど1時間のオンライ集会の中継が終わり、場所を原水禁事務局に移動し、75周年記念事業として企画したビデオづくりの打合せです。来年の春に向けて、最近の動きを加味した「君たちはゲンバクを見たか」のリニューアル版を作ることになりました。

異例ずくめの今年の原水禁大会でしたが、広島大会も何とか無事に終了しました。

いのちとうとし

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