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2020年7月28日 (火)

第39回反核平和の火リレーがスタート

例年より一月あまり遅くなりましたが、昨日、広島県青年女性平和友好祭実行委員会が主催する「反核平和の火リレー」が、今年も午前8時15分、雨の中平和公園原爆犠牲者慰霊碑前を出発しました。1982年に始まったこのリレーも今年で39回を数えます。

「反核平和の火リレー出発式」は、午前7時50分から同実行委員会清水幸展事務局長の司会でスタートしました。献花のあと慰霊碑に向かって全員で黙とう。続いて「平和の灯」から採火された「リレーの火」が、「平和の火よ走れ」の歌声が流れる中、慰霊碑前の到着。リレーのテーマソング「平和の火よ走れ」は、例年広島県音楽サークル協議かのみなさんが演奏しますが、今年は雨が降りしきり、CDで録音された歌声が流れました。

慰霊碑前では、採火した小澤佳弘自治労広島県本部青年部長から第1走者の新田康博実行委員長が持つ、第1走者のトーチに点火されました。

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次に広島県平和運動センター佐古正明議長、広島県原水禁金子哲夫代表委員が、激励のあいさつ。「被爆75周年の節目の年ですが、様々な行事が中止・変更を余儀なくされていくなかで、このリレーの実施が決断されました。例年より短くなった平和の火リレーですが、被爆者の願いを引き継ぎ、核廃絶に向けた声を県内に届けてください」。社民党、新社会党の代表の紹介のあと、松井一実広島市長と広島県原爆被害者団体協議会前田耕一郎事務局長からのメッセージが紹介されました。

「平和の火リレー」のスタートを前に第1走者を代表して新田康博実行委員長の誓いの言葉。「コロナの感染拡大で、今年のリレーの実施をいろいろと検討してきましたが、被爆75周年の大事な年、例年よりも規模を小さくしても実行することを決めました。被爆者の平均年齢は83才超えました。私たち青年女性が、しっかりと被爆体験を継承し、ヒロシマの心を広げるために、今年も平和の火と県内に引き継ぎます。そして一人でも多くの人に8月6日を記憶してほしい」と表明。

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「第39回反核平和の火リレー」は、原爆投下と同時刻の午前8時15分、第1走者の新田実行委員長、小澤佳弘自治労県本部青年部長、一般公募の前田哲さん、青野啓之さん、大嵜華奈さん、佐々木英樹さん、新谷龍一さんの7人が、原爆ドーム前をめざしてスタートしました。

今年の「反核平和の火リレー」は、7月27日から31日までの5日間、50区間53.5kmをランナー100人(目標数)で、県内23全市町をまわります。そして31日の午後5時45分に平和公園慰霊碑前に帰ってくることになっています。

ここ数年、リレーの途中で豪雨に見舞われ、当初予定していた区間を短縮することも多くなっていましたが、コロナ過によって今年は最初から、大幅に縮小してスタートすることになりました。この「反核平和の火リレー」には、1982年のスタート時から、多くの被爆者のみなさんに期待され、激励され、「反核平和の夕べ」での証言活動で協力していただいてきました。しかし、38年経ち、その被爆者の多くが、姿を見ることができなくなっています。

そうした被爆者のみなさんの思いを引き継ぎ、伝える反核平和の火リレーであった欲しいと願わずにはいられません。

いのちとうとし

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