「広島ブログ」

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2020年5月

2020年5月31日 (日)

5月のブルーベリー農園その4(東広島市豊栄町)

5月23日(土)と5月24日(日)に農園に作業に行ったのだが撮影した映像が手違いで全部消えてしまった。特に農園の近所の親戚のおばさんからざるに入れたイチゴを頂いた写真が良かったのだが仕方ない。聞くとそのイチゴはもう70年くらい前から毎年栽培しているものだそうだ。トマトではエアルームトマトというジャンルがあって百年単位で育てることでその土地に順化した個性あるトマトができるが、頂いたイチゴはそのことを連想させた。帰ってジャムにして毎日頂いている。

ホトトギスが鳴きだしている。5月30日(土)の農園の様子。

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農園の花壇のジャーマンアイリス。繰り返し毎年元気に咲いてくれる。名前はヘレンコーリングウッド。

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すっかり黄色くなった麦畑。右の斜面が里山のブルーベリー園。

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24日(日)に里山の早生のブルーベリー園に防鳥ネットをかけた(白い部分)。

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かけただけであちこちの穴の補修はまだできていない。

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ネットの中の早生のブルーベリーが色づくのはもう少し先なので鳥に食べられることはない。

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そのブルーベリー園の周辺の様子。

 ① 里山のふもとの卯の花も咲きだしたし、

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 ② すぐそばのエゴノキも満開でブーンとミツバチの羽音も聞こえる。

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 ③ エビネはもうしぼんでいるが、

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 ④ エビネの中にシライトソウがポツンと咲いている。

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農園の管理する池の法面のタケノコを全部刈ったのだが1週間後の30日に行ってみるとまた生えている。ボコボコと足蹴にしたり、ガリガリと鋸で切ったりして取り除いた。

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今年の冬に子の法面の竹を全部切って日差しが良くなったのでマムシグサがあちこちに生えていた。葉が大きくなりマムシの鎌首のような花の部分はもうしぼんで黄色になっている。

2020年5月31日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年5月30日 (土)

金崎是原爆絵碑「あの日、この地で 閃光」-原爆の絵第7号碑

原爆の絵第7号碑は、西区福島町の福島生協病院の東側道路側に設置されています。

この絵碑には、「金崎是原爆絵碑」と作者の名前が付けられ、完成日は2005年8月6日です。

第7号碑の特徴は、作者の名前が付けられているとともに、添付されている絵は、最も多い10枚で構成されています。

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右側の大きな台座に設置された絵は、真ん中に「消えた風景」と題する被爆前を描いた絵が縦に2枚並べられています。

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上側は、子どもの福島川の土手で遊ぶ子どもの様子が、下側は、当時のこの付近で日常的だったと思われる住民の生活風景です。被爆前の街の様子を描いた絵があるのは、ここだけです。

この絵の左右に、被爆直後の様子を描いた絵が、2枚ずつワンプレートにデザインされています。左側の2枚には、「火葬」と「逃げる」のタイトルがつき、当時の様子を記したキャプションがついています。

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右側の2枚のタイトルは、「閃光」と「下敷き」です。

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この2枚にもキャプションがついています。「下敷き」のキャプションには、「まっ暗闇の中で、気がつくと家の下敷きになっていて、腹の下でカアチャンと子供の泣き声がしました。息苦しく、倒れた柱の下で力の限りもがききません。声を限りに助けを求めました。」と書かれています。

モニュメント全体の左側部分には、独立した3つの台座に、それぞれ1枚の絵が付けられています。

この3枚の一番右の絵には、「ピカドン」のタイトルが付けられ、モクモクと立ち上る原子雲、その下に逃げ惑う市民の姿が描かれています。

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左側2枚は、被爆後しばらくして起こった平和運動の様子を描いた「闘い」と戦後の発足した福島生協病院の様子を描いた「地域医療」の2枚が設置されています。

これらすべての作品を描いた金崎是(カネサキスナオ)さんは、被爆時28歳で「廿日市にあった宇品造船廿日市工場で勤務中に被爆。すぐに福島町の自宅に帰り、妻と子どもを探すため、己斐国民学校へ行き、惨劇を目撃。」(「広島原爆資料館平和データベース」より)という体験を持つ被爆者です。そして、その体験をもとに、1989年4月には、原爆絵本「天に焼かれる」が出版されています。

この原爆絵碑には、「天満神社(中区加古町)」と「宇品線、宇品駅のプラットホーム礎石」の2か所の被爆石が使われています。宇品駅のプラットホームについて、少し調べてみました。1986年に宇品線が廃止されて以降もプラットホーム縁石は残っていたようですが、2004年5月に南道路建設のため、一部をモニュメントとして残し、撤去されました。その時、「被爆者の描いた原爆の絵を街角に返す会」の土井さんたちが譲り受け保存されていたものが、この第8号絵碑の台座に使われてようです。昨日紹介した「プラタナスの碑」(第7号絵碑)は、2004年11月に完成していますので、「宇品駅の被爆石」が台座に最初に使われた可能性もあるのですが、明記がされておらず確認できませんでしたので、ここで紹介することにしました。

宇品駅のプラットホームについては、一度きちんと調べてみたいと思います。

いのちとうとし

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2020年5月29日 (金)

「平和と愛(友情)のシンボル プラタナスの碑」-天満小学校の原爆の絵第6号碑

私が訪ねた「原爆の絵碑」の中で、最も感動を受けた絵碑が、この第6号碑です。

これまで訪ねた絵碑は、外から見える場所に設置されていましたので、天満小学校を訪れた時も、ぐるっと学校の周囲の道路を一周したのですが、どこにも見つけることができません。もう一度回ってみたのですが、やはり見つかりません。学校の正門横に取り付けられたインターホンで、名前を名乗った後「ここに設置された原爆の絵碑はどこにありますか」「体育館の横の校庭にありますよ。プラタナスの木のところです」「入らせてもらっても良いですか」「どうぞ」。校庭に設置されていたのですから、外で見つけられないのは当然です。許可を得ましたので、正門横の通用口を開けて校庭に入りました。体育館横の大きなプラタナスの木をすぐに見つけることができました。

3本のプラタナスの手前に「原爆の絵第6号碑」が設定されています。このプラタナスは、被爆樹木です。

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この絵碑には「平和と愛(友情)のシンボル プラタナスの碑」というタイトルが付けられ、「説明文」が付けられています。知りたいことがすべて理解できますので、全文を紹介します。

「プラタナスは天満小学校の『平和と愛(友情)』のシンボルとして大切に保存されています。春になると芽吹き、プラタナスの風が、子どもたちを温かく、優しく包んでくれます。夏に葉を茂らせ、子どもたちに涼しい木陰をつくってくれます。

 このプラタナスは、1931(昭和6)年に植えられたものです。広島市に原爆が落とされた1945(昭和20)年8月6日8時15分、爆心地から西北西1.2km離れた天満小学校の校庭で被爆し、幹に大きな『うろ』ができました。しかし、今もしっかりと生きつづけ、子どもたちや地域の人々の歴史を語り続けています。

2004(平成16)年11月21日」

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「原爆で燃える天満町」という原爆の絵が右上にあります。他の絵碑と比べると少し小さいように思えます。作者は、第1号碑と同じ木村秀男さんです。昨日のブログの訂正が必要になりました。木村さんの絵の下には、被爆時の「壊れた天満橋」の写真があります。「広島女学院中・高等学校」の絵碑にだけ使われているといってしまった被爆後の写真がここでも使われていました。

この絵碑の特徴は、何といっても子どもたちが描いた4枚のプラタナスの絵です。

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そしてこの碑には、天満小学校児童会が作詞した「プラタナスの風」が刻まれています。さらに台座の側面には、「碑建立協力者・団体」の名前が刻まれています。ざっと数えても500人を超える個人の名前がありあす。そして町内会などの34の団体名も刻まれています。地域の人たちの被爆樹木プラタナスへの強い思いが、伝わってきます。

何よりも感動を覚えるのは、被爆の傷を残しながらも「すくっ」と大きく葉を茂らせて立っている3本の被爆樹木プラタナスの姿です。この木に会えただけでも、ここを訪れた甲斐がありました。

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実は、今回ここを2度訪れました。一度は、4月7日です。ようやく若葉が出た頃です。

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その時、「毎年、5月の連休中に一気に葉が大きくなりますよ」と教えていただきましたので、一週間前、改めてプラタナスに会いに行きました。説明文のとおり「涼しい木陰」を作るほどに大きな葉を茂らせていました。

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両日とも学校は休校中で、子どもたちの姿を見ることはできませんでした。

校門を出ての帰り道、改めて「プラタナス」が学校のシンボルとなっていることを知ることになりました。地域のみなさんも見ることのできる掲示板に貼りだされた「学校だより」の名称が「プラタナス」となっています。

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ぜひ訪ねてほしい場所です。

いのちとうとし

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2020年5月28日 (木)

広島女学院中・高等学校に設置された原爆の絵第5号碑

広島女学院中・高等学校に設置された「原爆の絵碑第5号碑」は、白島線の電車通りと城南通りの交差点の北東の歩道に面して設置されています。

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この原爆の絵碑は、よく見ると広島女学院中・高等学校の塀の一部として設置されていますので、学校側の協力が大きかったことが感じられます。

この絵碑には、他の原爆の絵碑とは違う点が、三つほどありました。一つは、被爆絵と共に被爆直後の写真2枚が取り付けられています。さらに添付した写真では少し見にくいのですが、2枚の被爆後の写真の間にクロスが刻まれています。広島女学院だからでしょうか?

三つめは、モニュメントの中に折鶴が供えられるようにポールも取り付けられていることです。現在は、学校が休校中ですが、普段は放課後に生徒たちが、この碑はもとより周辺の道路を清掃する姿をよく見ます。

モニュメントには、原爆の絵が7枚並べられています。すべて森本順子さんの絵本「わたしのヒロシマ」に出てくる絵です。絵の下には、森本さんの詩も刻まれています。 

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森本順子さんは、当時13歳で広島女学院高等女学校に在学、三篠町の自宅で被爆し家屋の下敷きになったのですが、助かりました。絵碑の左隅には「森本順子 広島女学院高等学校2回(1950年)卒」とありますから、被爆時は高等女学校の1年生だったと思われます。最近たまたま入手した「広島女学院百年史」(1991年発行)には当時の様子が次のように書かれています。「本校でも前日の8月5日、高女の1,2年生全員が、指定された雑魚場町の疎開作業現場に出動したが、作業量と人数を勘案した結果、翌6日からは1・2年生の約半数ずつが出動させることにした。・・・残りの者は自宅で休んでいた」「雑魚場町は、きわめて犠牲は甚大で生徒・教師の生存者はほとんどいない」と。

森本順子さんは、自宅待機組で命が助かった一人だったのです。大阪の中学校で美術教師をした後、1982年にオーストラリア・シドニーに移住し、2017年に亡くなられるまで同国で証言活動などを続けられました。絵本「私のヒロシマ」は、1987年に友への慰霊の気持ちも込めて被爆体験や広島の惨状、そして復興の様子が描かれています。翌年の8月に日本でも出版されました。

話は戻りますが、気になったのは2枚の被爆直後の写真です。

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上の写真は、左側の「専門学校の廃墟」です。

専門学校の学生は、東洋工業に学徒動員されていましたが、たまたまこの日は、1年生全員144名が登校していたため、ここで被爆することになりました。ここは、爆心地から1.2kmです。

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この写真は、右側の「高等女学校の廃墟」です。

高等女学校の一部は、広島鉄道局審査課に貸与されており、そこで事務作業をしていた生徒約40人が、ここで被爆しました。

二つの校舎は、現在の広島女学院中・高等学校がる場所に建っていましたので、2枚の写真は、被爆の惨状が残るこの場所の写真ということになります。

当時は、高等女学校の校舎が電車通り側に、専門学校の校舎がその東側に建っていたそうです。写真は、どちらの方向から移したものかはっきりとわかりませんが、後ろに映った山の景色などから想像すると、南側から写したように思えます。そうだとすると、写真の配置は左右入れ替えたほうが校舎の位置関係がわかり易いように思います。

「広島女学院百年史」によれば、被爆後は、牛田国民学校を使って学校が再開され、1946年2月に牛田に仮校舎が完成し、移転します。そして、1947年になると被爆時に学校があった上流川町(現上幟町)に校舎が完成し、8月6日、まさに原爆記念の日落成式を迎え、現在の広島女学院中・高等学校へと至っています。「専門学校」は、牛田の仮校舎に残り、1949年に広島女学院大学として開学し、現在に至っているようです。

いのちとうとし

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2020年5月27日 (水)

原爆の絵第4号碑は、原爆体験に根ざした平和教育を進めた森下弘さんの絵と書 -日本福音ルーテル広島教会

フジグラン広島前の「原爆の絵第8号碑」の除幕式に参加した後、最初に訪れた原爆の絵碑は、この第4号碑でした。この第4号碑は、第8号のある場所から東約300mの平和大通りに面した場所にある日本福音ルーテル広島教会(広島市中区鶴見町2-12)に設置されています。

この建物、1階は保育園になっていますので、教会は外に付けられた階段を上がった2階にあります。

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1階の階段入口には、教会名の看板の下に「雲上の平和祈念 原爆の絵碑NO.4」の表示板が付けてあります。

階段を上った踊り場の左手に「原爆の絵第4号碑」が設置されています。ここに立つと「雲上の」という意味が何となく納得できます。このモニュメントは、真ん中の1枚は書、左右の2枚は被爆時の絵で構成され、台座はどこかの建物で使われていたと思われる古材が資料されています。

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この3枚とも、昨日も紹介した被爆教師として、また書道家として活躍されている森下弘(ひろむ)さんの作品です。真ん中の一枚は、森下さんの詩「ヒロシマの顔(抄)」が、自身の書によって表現されています。

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 左右の2枚は、森下さん自身が目にされた鶴見橋西詰(爆心地から1.5キロ)の被爆直後の様子が描かれています。

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左の絵の下部には「閃光、熱戦  瞬間、私たち70名は巨大な溶鉱炉にすっぽりと投げ込まれた。そして、爆風が・・・  (鶴見橋西詰、爆心から1.5km)」と記入されています。

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右側の絵の下部にはやや長めの「8月6日、8時15分/爆心から1.5km鶴見橋西詰で家屋疎開作業前。/私たち広島一中三年生(14歳)70名は、整列して(北向きに)作業上の注意を聞いていた。/爆発!巨大な溶鉱炉にすっぽりと投げこまれた感じ。/とっさに伏せたが、すでに顔、手、首、足を火傷。/皮膚がたれ下った。/そして、爆風がサーッとその瞬間、一緒にいた70名が、一人以外はどうなったか知らない。/後日の話で、アンケートで地上にたたきつけられた者、数米吹きとばされた者、気を失った者、みんなが将棋倒しに圧しかぶさって、息がつまりそうだったと言う者/火傷馬が暴れていて怖かったと言う者・・・さまざま。/想像して描いてみた。」と記入されています。この文を読むと、台座に古材が使われている意味が理解できます。家屋疎開作業を連想させたかったのでしょう。

森下さんは、絵が収蔵されている資料館の「作者の説明」で「東洋工業(学徒動員)から、八月六日は、再動員の形で、疎開作業現場に出動していた。」もし学徒動員先の東洋工業で8月6日を迎えていたら?続けて「昭和四十九年、級友たちにアンケートし、また集まりを持って、その折の状況をくわしく聞いた。それを基に(2)を描いてみた。」と書かれています。文中の(2)は右の絵のことですが、級友たちの被爆体験が積み重なったもののように思えます。

モニュメントに付された「場所は、この付近だったと思われます。」の説明で、この馬車への設置の意味も理解できます。と記されています。この台座が載っている柱は、ここでも広島電鉄の被爆石が使われています。

この書と絵の作者である森下さんは、その後結核を患いながら24歳で広島大学を卒業、高校や大学の書道教師への道を進まれました。内向きだった森下さんだったようですが、1963年の長女の誕生、翌64年に米国人の平和活動家バーバラ・レイノルズさんが提唱した「世界平和巡礼」に参加したことが大きな転機となり、原爆体験を語りながら、平和教育を進めてこられました。

「被爆の絵第4号碑」の解説はこれで終わりですが、もう一言付け加えます。この場所を訪れる機会があったら、ぜひ教会の内部にも訪れてほしいいうことです。

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祭壇正面のキリストのブロンズ像

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左右の壁面に垂れ下がる布

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入り口の取っ手のブロンズ

この他にも階段付近や踊り場などに何点もの作品が取り付けられています。それらはいずれも私の35年来の知人、静岡在中の作家望月通陽(みちあき)さんの作品だからです。

いのちとうとし

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2020年5月26日 (火)

広島YMCA本館の外壁に設置された「原爆の絵第3号碑」

「原爆の絵碑」のつづきです。第2号碑は、安佐南区伴東にある広島広陵高校に設置されています。同じ安佐南区の中州にある広島医療生協広島共立病院には、第10号碑が設置されていますが、両方とも自転車で行ける範囲(他の8カ所は自転車で巡ることが可能)を超えていますので、「いずれ」ということでまだ訪れていません。

今日は、広島YMCA本館に設置された「原爆の絵第3号碑」を紹介したいと思います。

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広島YMCAは、爆心地からは約680mの距離ですから、「原爆の絵碑」の中では爆心地に最も近い場所になります。2003年8月6日に設置された3号碑には、外壁に沿う形で6枚の絵が使われています。

6枚のうち4枚は壁と同じ垂直に、2枚は道路面と同じ平面に設計されています。垂直に並ぶ4枚の左上は、「ノーモアヒロシマ」と書かれた森下清鶴(弘)さんの書です。森下さんについては、次回の第4号碑で詳しく紹介したいと思いますので、今日は省略します。力強い文字です。右上は、四國五郎さんの「平和行進 ヒロシマに到着」の絵です。原爆ドームをバックに、夏の暑さの中を歩き続け、無事に到着した親子の姿が描かれています。

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2段目の2枚は、両方とも石倉宏さんの絵です。左側は「爆風で飛んだ電車」、右側は「福屋百貨店の残骸」とタイトルが記載されています。「電車」を描いた左側の絵に添えられた文章には「8月10日革屋町電停附近」とありますが、この2枚を見ていると、福屋百貨店前の電車の中で被爆した石田明さんのことを連想せずにはいられません。瀕死の重傷を負いながら、お母さんの懸命な看護で一命をとりとめ、生涯を被爆教師として闘い抜かれた石田明さん。改めて石田明さんの遺志を引き継がなければと思います。

福屋百貨店は、今も被爆建物として現存しています。広島原爆資料館のデータベースを検索したのですが、石倉宏さんの絵は登録されていませんので、石倉さんの詳しい情報を得ることはできませんでした。ただ、参考資料として登録されている「1978年3月20日刊『老人大学文集第3集』 広島市社会福祉協議会」の中に「おすすめします。マンガの特技 講師 石倉宏」という項を見つけることができます。この本は、広島市中央図書館に収蔵されていますが、現在館内での閲覧ができませんので、今のところこれ以上の情報を得ることはできませんでした。

一番下段の平面に設置された2枚は、島谷茂登さんが描かれた「炎上する中心部Ⅰ」炎上する中心部Ⅱ」です。

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すさまじい紅蓮の炎に燃え盛る様子に目を奪われます。島谷さんも広島原爆資料館のデータベースを検索したのですが、絵は登録されておらず詳しい情報を得ることはできませんでした。

この「原爆の絵第3号碑」の台座も広島電鉄提供の被爆石が使われています。

広島YMCAには、「原爆の絵碑」の壁の裏側にもう一つの慰霊碑があります。「済美学校の碑」です。

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ここには、被爆時、日本陸軍将校の親睦組織であった偕行社が、 軍人や上流階級の子弟教育のために開校した「済美学校」があり、登校していた生徒全員が被爆死したとされています。台座の下碑文には「昭和20年8月6日 原子爆弾により校舎は壊滅し 職員生徒多数死没した」とだけ記され、具体的な犠牲者の数は刻まれていません。

学校は、被爆した年の12月10日に廃校になりましたが、1955年(昭和30年)8月の原爆10周年記念日を機として、男女卒業生が集まり「済美校友会」が組織され、1970年(昭和45年)に校舎跡に記念碑が建立されました。1955年8月は、第1回原水爆禁止世界大会が開催され年です。

男女の児童像によって形作られた記念碑の背面の壁には、峠三吉の原爆詩集に納められている「墓標」が刻まれています。

「君たちはかたまって立っている/さむい日のおしくらまんじゅうのように/だんだん小さくなって片隅におしこめられ/いまはもう/気づくひともない/一本のちいさな墓標// 「斉美小学校戦災児童の霊」 //焼煉瓦で根本をかこみ/三尺足らずの木切れを立て/割れた竹筒が花もなくよりかかっている(以下略)」

かつては、ここに本館への入口の一つがありましたので、本館を使用するときよく目にした記憶があります。ただ、現在はすぐ奥に「YMCA幼稚園」があるため、本館への入り口としては使用されなくなっていますのでこの碑を見る人も少なくなったのではないかと思います。

 

いのちとうとし

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2020年5月25日 (月)

僕の活動キッカケに影響した二人

 中国新聞で「国の責任を問う ヒロシマの空白 被爆75年」という、連続ものの特集が行われています。「空白」ということですから、分かりやすくいえば援護の対象外になった原爆の被害者、戦争被害者ということです。

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5月16日付中国新聞より

この特集の第1回に、久保陽子(くぼ ようこ)さんが登場されました。久保さんとは1978年春、ニューヨークの国連本部で開催された第1回国連軍縮特別総会を前に、大阪の市民グループの人たちが、米国の市民団体と交流するツアーを企画したときに、そのツアー団の一員に加わりました。約20日間の米国旅行は、そのほとんどがホームスティとか教会での宿泊というもので、とても忘れられないものでした。

久保さんは被爆者ではありません。戦争が厳しくなる中、2歳の弟と広島県の現在の廿日市市に疎開していたのです。そして原爆投下、両親と姉や弟らを失いました。いわゆる「原爆孤児」です。お父さんと上の姉の遺骨は今も見つかっていないのです。

現在、コロナ禍で平和公園を訪れる修学旅行生はゼロですが、平和公園内の碑めぐり案内をするとき、「原爆の子の像」の前では原爆孤児のことを話します。

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原爆の子の像前、人影はほとんどありません(5月224日午後1時半頃:いのちとうとし撮影)

久保さんとは、広島市民劇場の会員として年に数回ほど会うことがありますが、今でも米国ツアーの時のことが話題になることがあります。でも今は同じくコロナ禍で例会も中止しています。

もう一人は、一昨日(23日)の同じくこの新聞の特集第4回で、空襲による被害者ことが取り扱われていました。この中に掲載されている写真、写真の説明には「1982年8月、広島市内で開かれた被爆者援護法の制定を目指す集会でマイクを握る杉山さん」という写真の中に、宮崎安男(みやざき やすお)さんの姿を見つけたのです。マイクを握る杉山さんというのは、名古屋空襲で負傷した方です。

宮崎さんは2007年2月に78歳で亡くなっておられますから、この写真の当時は53歳です。そもそも久保さんと参加した米国ツアーは、当時広島県原水禁の事務局長していた宮崎さんからの誘いでした。「ホームスティがほとんどのこのツアーは木原くんにピッタリだと思う」との言葉は今でも鮮明に覚えています。

原爆被爆者が求めていた国家補償に基づく援護法は、制定になりませんでした。これまでの原爆2法といわれる医療法と特別措置法が一本化されて、援護法となったのです。

その国家補償にならなかった最大の理由となったのは、1980年12月11日の原爆被爆者対策基本問題懇談会による「原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について」という報告にあると思います。

その中に次のような記述があります。「戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、それは、国をあげての戦争による『一般の犠牲』として、すべての国民がひとしく受忍しなければならない」という「受忍論」です。

戦争に直接参加した兵士や遺族には国家補償による援護法がありますが、空襲被害者、原爆被害者にはありません。じゃあ軍事訓練として竹やり訓練をした人、建物疎開ということで強制動員された人、動員学徒として動員された若者たち、改めて戦争被害について議論することが重要ではないでしょうか。今年はあの基本問題懇談会の報告から、40年という節目の年でもあります。

木原省治

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2020年5月24日 (日)

峠三吉の墓―西応寺

「被爆の絵碑第1号」のある西応寺の墓地には、1953年3月10日に亡くなった原爆詩人峠三吉の墓があります。

本堂の左の細い通路を通って墓地の中に入ると、建て替えられた新しい墓が目につきますが、3列目を右手(平和公園より)に進むと「峠家累代之墓」と刻まれた峠家の墓が見えます。

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側面などを見ても、一人ひとりの墓銘が刻まれていませんので、「峠三吉」の名前を見つけることはできません。墓石の裏側には「大正十五年五月 峠延吉建之」と刻まれていますので、被爆した墓だということが分かります。

峠家の墓石も原爆で被爆しており、墓石や花立てにひび割れの痕が残っており、原爆に被爆した痕跡をはっきりとこのしています。裏側に回ってよく見ると、墓石のひび割れは真ん中ぐらいで止まっていますので、壊れ落ちてはいないようです。

西応寺は被爆時どこにあったのだろうか?ということが気になり、帰宅してからいろいろと調べてみました。ネットで見つかった情報の中には「爆心地から約690m」と書かれたものがあります。この距離だと、西応寺は被爆時も現在地にあったことになりますが、どうも違うような気がします。

次に、中国新聞社が2000年6月29日に作成した「平和記念公園(爆心地)町並み復元図」を調べてみましたが、この図は西応寺のすぐ北側までしか復元されていませんので、確認することができません。他に方法はないか?と考えて思いついたのが、あき書房が復刻した戦前の地図で探すことでした。何枚かの地図を探し、ようやく「昭和14年3月18日陸軍運輸部検閲済」の「大日本職業業別明細図大廣島市」の中に見つけることができました。

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本川に架かる「新大橋」の東側に、見えにくいのですが「西応寺」の文字と卍の標(赤枠で囲ってある)が確認できますので、被爆時にはこの付近にあったと思われます。改めて中国新聞の復元図で探してみたのですが、この付近は空白が多く「西応寺」を見つけることはできません。ただ復元図には「新大橋」という表示はありますので、これから想像すると、現在の場所では、国際会議場の南側の平和大通りの当たりのように思えます。戦前の地図は、今ほど正確ではなく大雑把なところがありますので、予測するしかありません。ただはっきりしているのは、現在の西応寺よりもう少し北にあったということです。もしこのあたりだとすると、爆心地からは570mぐらいの距離になります。両方の場所とも戦前は「中島新町」です。

このブログを書くため急いで、西応寺さんに電話で問い合わせてみたのですが、「お寺は以前から中島新町にありましたから、ここだと思いますよ」という返事が返ってきました。いつか、戦前の地図を持参して、改めて訊ねてみたいと思います。

西応寺の墓地には、90基ほどのお墓がありますが、今までに見たことのない慕銘碑を見つけることになりました。お寺巡りで墓地を訪れた時には、慕銘碑に刻まれた「昭和20年8月6日」という死亡日を探します。時には、「昭和20年8月6日」とともに「原爆死」を見つけることがありますが、一人ひとりの原爆犠牲を考えたいという思いからです。西応寺の墓地でもいくつかの墓で、「昭和20年8月6日」を見ることができました。その中で、今までに見たことのない慕銘を見ることになりました。

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「昭和二十年八月六日 智恵子二十二才」、ここまではこれまでも見てきたものと同じです。行を変えて「宝冠章七等 広島指令部にて原爆のため戦死」と刻まれています。その左隣には「昭和二十年八月六日 安子十六才」「豊の長女 学徒動員にて原爆のため戦死」と刻まれています。16才の安子さんは「豊の長女」ですので、22歳の智恵子さんとは、姉妹ではありません。近い年齢ですが、どういう関係かは不明です。しかし二人とも原爆の犠牲になったことが分かります。気になったのは 「広島指令部」や「学徒動員」の文字、さらに「原爆死」ではなく「戦死」と刻まれていることです。こういう墓銘は、初めて見ました。安子さんの左には「昭和四十八年一月八日」という母・豊さんの墓銘が刻まれています。どんな思いで二人の墓銘を刻まれたのか?

この墓には、もう一つびっくりするような墓銘が刻まれています。

「昭和二十年三月十五日 守之二十八才 陸軍伍長 北部ルソン島にて戦死」その左には「昭和二十年三月二十日 優三十二才 海軍軍属北部ルソン島にて戦死」です。

言葉もありません。この訃報が届いた時。悲惨な戦争の実相を改めて思い知らされます。合掌

いのちとうとし

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2020年5月23日 (土)

5月のブルーベリー農園その3(東広島市豊栄町)

田植え時期のこの季節から初夏にかけては日が長くなる。特に朝夕は過ごしやすいので、体も汗ばむこともなくさくさくと農作業ができるのだが、通いの週末農業では家の用事を済ませて出発だし、まだ明るいうちに帰路に着くのでその体験もあまりできない。この季節は米も人も米の耕作に適していて自然の営みの絡み具合がうまくできていると思ってしまう。それもずーっとずーっと昔ヒトがコメと出合い定住して栽培する課程を経てのことなのだが。ブルーベリーの場合有名なのはアメリカ大陸に渡った人が冬に食べ物がなくなったときにネイティブアメリカンの先住民の人たちが乾燥ブルーベリーを差し上げて生き延びられたという逸話がある。だからアルファベットを覚えるときにはBはブルーベリーのBと子どもたちは覚えるらしい。

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5月16日。

 ①.ブルーベリー畑の畦に植えているオオタニウツギが開花。初夏の卯の花が咲くのももう少し。

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 ②.麦畑。農園から少し足を延ばして見に行く。穂が出ているし、下の方は黄色くなっている。向こうの杉林のふもとがブルーベリー園。

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 ③.枯れたブルーベリーのあとに5本ほど追い植えを行う。苗木は剪定の時に採取したヒコバエを使う。あとは草刈りが続く。

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ミツバチの働いたあとの植物には花から実に姿が変わってくる。それを人が頂く。

 ①.ブルーベリー畑の防草シートの上にブルーベリーの白い花びらが無数に落ちている。(5月16日)

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 ②.小さい畑に植えてるキヌサヤエンドウの実。毎回農作業に行った折に収穫して新鮮香りと色と歯触りを頂く。(5月16日)

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 ③.ソラマメは収穫までもう少し。実が下を向き出したら食べてもいいそうだ。(5月16日)

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 ④.グイビの実。子どもの頃はブイブイと呼んでいた。小さい実のなる木と大きい実のなる木があり大きい実のなる木の方が甘かった記憶がある。渋みという味覚はカキとこのグイビで覚えていった。(5月16日)

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 ⑤.ブルーベリーの実は日に日に大きくなる。中生のシャープブルー。(5月17日)

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ニホンミツバチが来てほしい。キンリョウヘンという名の蘭(写真の赤いネットをかぶせている)をミツバチの巣箱のそばに置く。おいてしばらくするとニホンミツバチが蘭の周りに数匹きた。その中の一匹が中の離れるそばから近寄ってくる。蘭の匂いが服についているからなのかもしれない。でもまだミツバチの分蜂群はこない。6月までひたすら待つ。(5月17日)

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同じ日、農園の近くの休耕田にクローバーの花が咲きだした。後ろの黄色はキンポウゲ。

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午前中お寺で親族が集まり法事を行ったが、小さな池にはキショウブが咲き、糸トンボやヤンマが飛んでいた。晩春は初夏でもある。(5月17日)

2020年5月23日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年5月22日 (金)

西応寺の「原爆の絵碑」第1号

被爆者が描いた原爆の絵をもとにして作られた「原爆の絵碑」は、全部で10号まで設置されています。そのいくつかは、以前にも訪ねたことがあったのですが、フジグランの第8号碑の除幕式に参加したことを機会に、改めて中区、西区に設置された8つの碑(残りの二つは、安佐南区に設置)を訪ねてみました。

その報告ですが、今回は、平和公園からすぐ近くにある西応寺(中区中島町)の入り口に、最初に設置された第1号碑です。

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木村秀男さんが描かれた「広島市天満町福島川土手の『原爆投下直前の図』(左側)と『原爆投下後の図』」の2枚が並んでします。台座は、広島電鉄から提供を受けた被爆石が使われています。私が、ドイツの「ポツダム・ヒロシマ・ナガサキ広場」に作られたモニュメントとして送った被爆石と同じ広電の路面電車の敷石だと思われます。

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絵をもう少し詳しくみてみたいと思います。この絵を描いた木村さんの被爆時の年齢は12歳です。木村さんの絵は、原爆資料館の平和データベースに全部で20枚が登録されています。そのうち「天満町福島川土手」を描いたものが、5枚あります。その中には、この絵とほとんど同じ様子を描いた絵がありますが、よく見ると細部に少し違い(子どもたちの向き、橋が描かれているかなど)があることが分かります。「原爆の絵碑」に使われている絵は、この碑のために後に描かれたものだと考えられます。

左側の「投下直後の図」には、右横に「広島市立草津国民学校高等科1・2年生 男女167名」と書かれているだけですが、原爆資料館のデータベースには「建物疎開作業に向かう途中で被爆し、助けを求める草津国民学校の生徒たち」と解説されています。二つを読むと「子どもたちは作業中ではなく、移動中に被爆した」ことが理解できます。

「草津国民学校の生徒たちは、どこの建物疎開作業に向かっていたのか」が気になり、今回も広島原爆戦災誌で調べてみました。「教職員4人に引率された男女生徒167人が、作業現場の小網町(土橋)に向かう観音町付近で全員が被爆し、約71人の生徒が重軽症を負った」となっています。草津国民学校は、爆心地から4.7キロの距離ですから、子どもたちの作業現場は、直線距離でも約4キロ先にあり、その距離を徒歩で向かっていたようです。

これを調べて改めて絵をよく見ると、子どもたちは半そでの夏服姿で描かれていますが、左側の絵では先頭に二人、右側の絵には真ん中やや上側に一人、長袖の国民服姿の引率の先生も描かれているのが分かりました。福島川土手で被爆した子どもたちには、即死者はいなかったようですが、直接作業現場に向かった2人の生徒が即死しています。

この第1号碑の上部には、他では見ない長文の説明版があります。説明版の右側は、「世界がヒロシマを忘れた時、再びあの日が繰り返される。」というタイトル書きの下に「被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会」の会長だった小説家・脚本家の早坂暁の「あの日を見つめて下さい」というあいさつ文と2002年8月3日と日付の入った「返す会について」の説明文が記載されています。

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説明版の左側には、この絵の作者である木村秀男さんの詩「生き地獄」が書かれています。

空を見上げれば、B29爆撃機/白い飛行機雲が輪を描く/ピカー、ピカーと光る/閃光・大音響・熱線・爆風/黒煙と黒い雨/火の海、屍の川/火の中の人間/煙の中の人間/水の中の人間/熱い、熱い、火が迫ってくる/真っ黒に煤けた人間/皮膚も肉も焼けただれて/ぶらさがり、ふくれあがり、/あー助けて、助けてと叫ぶ/あー水を、水を下さい、水を―息絶える/この世の生き地獄だ/二度と繰り返させないぞ、来世は/

 この詩の最後には「木村秀男2004年1月記」と記されています。これによって、この説明版は、「原爆の絵第1号碑」が設置された2002年8月3日にはなかったものが、後に設置されたものであることが分かります。なぜ後に設置されることになったのか、またこの碑だけどうしてなのか、はっきりとした理由はわかりません。

私の勝手な想像ですが、他の「原爆の絵碑」と比べて、平和公園に最も近い場所(平和大通りを挟んですぐといってよい近さ)にあること、西応寺は、原爆詩人峠三吉のお墓のあること、そして当時3軒南側に平和会館(広島県被団協の事務所:現在は大手町に移転)があり、ここを訪ねる人も多かったため、説明版が設置されたのではないかと思います。

この後、峠三吉のお墓参りをしたのですが、その様子は次回報告します。

いのちとうとし

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2020年5月21日 (木)

新型コロナウイルス断想・その10 ――創造的な「Stay Home」のために――

新型コロナウイルス断想・その10

――創造的な「Stay Home」のために――

 

休業要請や自粛が解除されつつはありますが、まだまだ外に出る機会は少ないようですし、家にいる時間の長いことには変わりありません。その折角の時間を「創造的」に使うための提案です。

とは言え、人間誰でも自己中心的ですので、この提案も御多分に漏れません。お許し頂ければ幸いです。

  • 折角、このブログをお読み頂いていますので、その楽しみをもっと長く続けるために、「コメント」を書いてみましょう。書くことで、ブログの内容が良く分るようになるはずです。
  • コメントを送るときに、実は小さなテストがあります。「送信」ボタンを押した後、スパム防止のために、見え難い数字を読み取って、正しい数字をインプットするのですが、コメントを送る度に、眼の検査ができるのです。毎日少しでも視力が改善しているのを確認できますし、悪くなっていたら、眼科に行きましょう。

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  • コメントを頂いた方の中から、いくつかのジャンルについての「賞」を差し上げます。「短いコメント賞」とか「ユーモア賞」、「勉強になりました賞」等、感動に従っての名前を付けます。「賞品」が付くかもしれません。
  • 興が乗ったら、短いエッセイを書いて下さい。送り先は、コメントを頂ければお教えします。写真や、和歌、俳句も歓迎です。
  • リクエストや質問等もお願いします。

   私は今、昔、アメリカで集めたLPレコードを引っ張り出して聴いています。もう少し良い環境で聞けたらとも考えて、環境を整えるためにどのくらい投資すべきか、迷ってもいます。良いアドバイスを頂ければ幸いです。

 [2020/5/21 イライザ]

 

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コメント

当方、普通の機器しか、持っていません。スピーカーだけ、増やして、いました。でも、たった1セットの高級スピーカーに、負けているかも、知れません。お金を、かけたくない、いいえ、先立つものが、、、ないのです。昔から,オーディオの音質は、、金額に、比例は、するとか、、、、。当方、そういう、凝り性では、なてく、ほどほどと、いうものです。車に、マークレビンソン仕様。いい音が、しています。別の車は、後席の、ヘッドレストの、後ろに、スピーカーが、あります。トランク全体を、使って、響かせて、います。後者の方が、好みです。前者の、マークレビンソンも、トランクで、鳴っていますが、後者ほど、スピーカー径が、大きくありません。あの有名な三橋達也さん。壁にスピーカーを、埋める、と、いうものでした。と。オーデオの、本を出している同級生が、います。当方、理論は、ありません、感覚的な、自分の、好みだけです。当方は、とりあえず、スピーカーを、増やす、と。30年間、そこで、止まって,います。大小スピーカーボックス、片側、数個ずつ。配線を、枝分かれ、させています。アンプ、安価です。3セット、あちこちに。環境というのは、オーデオルームと、いう、ことですか。それとも 、機器、機材も、ですか。当方、ながら族なので、音質には、うといです。       Jerry Keller   here COMES SUMMER.  イライザ様のアメリカ高校時代、こんなカンジだったのかなぁ、と。好きな歌の一曲です。昭和40年代ドーナツ盤,50年代、LPです。   今、youtubeです。

コメント有り難う御座いました。

まずは、「コメントをお願いします」に応えて下さった最初のコメントですので、「最初のコメント賞」です。有難う御座います。

賞品は、「Architektur aus Papier」です。グリーティング・カードなのですが、二つ折りのカードを開くと、中に、3次元の建物が現れるようになっています。建物は、ベルリンの中心部にあるコンサートホール広場の三つの建物です。

送り先をコメントとしてお送り下さい。これは公表しません。

私はLPを聞くので固定した場所での再生装置です。まずはスピーカー、そしてあとはレコードプレーヤーかなと思っています。

最高の音響機器は脳だと思います。ウォークマンが発売されるまではスコアを持ち歩いて自然の中で音楽を楽しんでいましたが、音楽好きの知人にはオーディオに家が建つほどのお金をかけた挙げ句、ラジカセに落ち着いたという人もいました。どんな高級オーディオも脳が行う補正にはかないません。

そして今現在、最も聴いている音源は先のコメントでも書かれていたYouTubeです。戦前の名演から、最近のコロナ禍で公開されている自宅での珍しい演奏まで、際限なく楽しめています。

と言うものの、毎年2−3回はスピーカー・ヘッドホン・イヤホンを買い替えている私で、最近はネットオークションのおかげで買った金額より高く売れる場合も珍しくなく、安いセルフ・サブスクリプションですが、それはそれで音楽を楽しむこととは別の趣味になっています。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

残念なことに、最高の音響機器の中にも優劣があるようで、私はそこそこの外部機器に頼らざるを得ない状況です。特別定額給付金の一部をそれに充てることも検討中です。

それと、最近は私もYouTubeを良く利用するようになりましたが、色々と面白い発見があって、何時まで経っても人間ってあまり進歩していないんだなー、と思うことも再々です。



「工場長」様 

大切なことを忘れていました。いつも楽しくためになるコメントを有難う御座います。「賞」を差し上げます、と約束しましたので、「いつもコメント有難う賞」です。

賞品は、Architktur aus Papierで、二つ折りのカードを開けると現れる建物はドイツの国会議事堂です。

youtubeを、ご覧に、なるということで。総理大臣の、車列の走行、箱乗り他です。何で、品の無い走りなのでしょうか。警護車に、赤色灯装備ですが。白バイの、パトカーの先導で、緊急走行した方が、周囲にも、わかって、いいと思うのですが。外国の元首の、それのように、交通遮断までは、望みませんが・・・。ニンジン棒を、振って、身体を、乗り出して、強引に、割り込みです。赤色灯を、回せば、一般車は、譲るのに.まぁ、品の無い走り方です。見ている、こちらの方が、恥ずかしくなります。警護車が、右に、左にと、車線変更の、繰り返しです。それについて、合理的な、理由が、見い出せません。パトカーが、いたら、総理大臣の車の横に並ぶ者は、いません。センチュリーでしたが、一台は、カーテン有り、もう、一台は、カーテン無し。両方カーテン有りにすれば、いいものを。どちらの車に、総理大臣が、乗車しているか、わからないように、することが、セキュリティ対策だと、思います。一体何をやってんでしょうか。抜けてます.佐々淳行さん、曰く。最悪の事態から、警備を、考えろ、と。緊急走行でなくても、警護車は、赤色灯を、回せと、なります。一般車に、急ブレーキなんか、させては、いけないのに。強引な割込み、これだけで、OUTです。

「山下」様

勉強になるコメント有り難う御座いました。総理の車列をYouTubeで見ました。

それで思い出したのが、ボストンで遭遇した「Hells Angels」の車列です。大型のモーターサイクルが複数台、高速への入口を封鎖して他の車を制圧して、我が物顔に高速を独占するやり方はピッタリ一緒です。

もう一つ、昔、土井さんが党首として外国に出掛けるために成田に向っていたときは、パトカーに先導されていました。御指摘のように、その方が安全だし、周りの人たちも協力し易いと思いました。

2020年5月20日 (水)

旧山口銀行広島支店の被爆石

4月8日の「『原爆の絵8号碑』の除幕式」のつづきです。

今日は、「原爆の絵8号碑」の台座に使われた旧山口銀行広島支店の被爆石の話です。

除幕式でこの話を聞いた時、最初の浮かんだのは「この被爆石、どこに保管されていたのだろう」という疑問でした。除幕式の手伝い人の中に知人の姿がありましたので、後日メールで問い合わせました。

「『被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会』の発足時のメンバーでもある高校の美術の教師土井克彦さんが、旧山口銀行解体の際、譲り受けて自宅の庭に大切に保管されていたものです。建物が解体されるときには、石材などは全部ほかされるようですが、ある縁があって、譲り受け保管することになったのです。旧山口銀行の被爆石が保管されているのは、ここだけです。その石を今度使うことになったのです。宇品のプラットホームの石もありますよ。」返信のメールには、運び出すときの写真が添付されていました。

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土井克彦先生の名前が出てびっくりです。土井先生には、1988年6月に開催した「丸木位里・俊 原爆の図ヒロシマ展」をする時、大変お世話になったことがあったからです。お会いできればと思ったのですが、残念なことに、2015年8月に他界されていました。

後日、新しいビルに生まれ変わっている旧山口銀行跡に、「何か表示はないか」と訪ねてみました。外面からは、その痕跡を見ることはできませんでしたが、建物の左手、1階通路部分に窓枠の一部が「旧大林組広島支店の被爆モニュメント」の説明版と共に設置されていました。

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このモニュメント、古い写真をよく見ると窓の上部にあった装飾のようです。

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ところで、「旧山口銀行」がいつの間にか「旧大林組広島支店」と名称が変わっていますが、その経緯は「ここに被爆建物がありました」という説明版に被爆後の建物の写真と共に詳しく書かれていますので、全文を掲載します。

「この場所にあった建物は、大正12(1923)年に鴻池銀行広島支店として建築されました。設計者は銀行建築を数多く手掛けた渡辺 節(1884~1967)。本通りのほぼ中央部にあって、小規模ながらルネッサンス様式を基本としたデザインが施され、正面の3連の飾りアーチなどが印象的な建物でした。

 その後、三和銀行平田屋町支店を経て、大林組広島支店となりましたが、昭和20(1945)年8月6日、原子爆弾により被災しました。爆心地からの距離は約490メートル。爆風により屋根が押し下げられ、アーチ窓も吹き破られ、内部は全焼しましたが、倒壊は免れました。建物内の犠牲者は3人が即死し、1人が一カ月後に亡くなりました。

 被爆後、建物は修復され、引き続き大林組広島支店として使用された後、昭和26(1951)年からは山口銀行広島支店となり、昭和50(1975)年には本通支店と改称し使用されました。

 戦後57年間、都心部に残された貴重な被爆建物のひとつとして、本通りを行き交う人々に親しまれましたが、平成14(2002)年に解体されました。なお、この建物の一部(原爆の爆風の痕跡をとどめる換気窓)は平和記念資料館に保存されています。

 この説明板は、この地で被爆した建物を記録し、永く原爆による惨禍を後世に伝えるために設置されたものです。」

 

「平和記念資料館に保存されています」とありますので、「現在どうなっているか」を平和記念資料館に問い合わせてみました。常設展示はされていませんが、これまでに「新着資料展」「企画展」で2回展示され、常時は収蔵庫に保管されているようです。詳しい情報は、平和記念資料館のホームページの先頭ベージ最下段に表示された「平和データベース」をクリックし、そのページで「大林組」と入力すると得ることができます。モニュメントの説明版では「換気窓」だけが記載されていますが、他にも「樋」「窓枠部分に使われていた木材」が収蔵されていることが分かりました。

いのちとうとし

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2020年5月19日 (火)

「原爆の絵8号」が設置されたフジグランは、山陽中学の跡地

新型コロナウイルスに関する記事を優先しましたので、少し間が空きましたが、今日は4月8日の「『原爆の絵8号碑』の除幕式」のつづきです。

除幕式の中で、学校法人山陽学園専務理事石丸仁土さんの「8号碑が移設されたこの場所は、1966年まで山陽学園山陽高校の校地であった。1945年の原爆投下で校舎は焼失した。教職員と生徒が505人死亡した」というあいさつがあったことを紹介しました。

少し気になりましたので、被爆時の山陽学園の様子を調べてみました。

最初に被爆前の学校の写真を探しましたが、残念ながら写真は見つけることができませんでした。いろいろと探しているうちに目に留まったのが、下の写真です。

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この写真は、見にくいのですが、2008年に広島市南区南町にあるあき書房が復刻発行をした「昭和26年発行・日本商工業別明細図 廣島市」という古い地図の余白部分に、当時の建物を紹介するため他の私立学校と並んで掲載された「山陽高等学校」の写真です。少しは、雰囲気が感じられるかなと思い掲載しました。

さてここからは、いつものように広島市発行の「広島原爆戦災誌第4巻」に記載されたことを中心に、山陽中学のことを紹介したいと思います。

爆心地から南東1.2キロの距離にあった山陽中学は、被爆によって一瞬に倒壊し、約15分後に自然着火し、約1時間半で燃え尽きてしまいました。学校は、その年の10月ごろ廿日市にある山陽女学校の校舎の一部を借用し、さらに翌1946年4月には元宇品にあった旧高射砲隊跡を仮校舎として授業が再開されたようです。宝町の旧敷地に復帰できたのは、新校舎が完成した1948年3月です。上の写真は、新校舎の校門前だと思われます。

その後は山陽高校は、石丸さんのあいさつで紹介されたように1966年に観音に移転することになります。宝町の校舎は、その後十和が本社兼店舗として使用し、1982年10月にフジがオープンし、現在に至っています。

ところで、「広島原爆戦災誌」には、被爆当時の山陽中学の校舎配置図が記載されています。

Img008_20200518153301  

この図を見ると、正門は、敷地の北西の角にあることが分かります。現在のフジグランの正面入り口と同じ場所です。ですので「原爆の絵8号碑」は、被爆した旧山陽中学の正門に設置されたということになります。ちょっと不思議に繋がりを感じます。

ところで、石丸さんは、「教職員と生徒505人が死亡」と話されていますが、その犠牲者のほとんどは、7月からの作業命令によって、雑魚場町や天神町方面の建物疎開作業に動員されていた1年生約410人です。2年生以上の約1200人余りは、爆心地から比較的遠距離にあった工場勤務であったため、重傷者や死亡者は極めて少数だったそうです。

今度もまた、子どもたちの犠牲の様子を知ることになりました。

原爆犠牲者を追悼する「山陽中学校職員生徒追悼碑」は、学園の創立50周年の 1957年8月6日に宝町の校地内に建立され、現在は観音新町にある山陽高校の中庭に設置されています。一度、訪ねてみたいと思います。

いのちとうとし

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2020年5月18日 (月)

新型コロナウイルス断想・その9 ――ようやく全体像が見えて来た――

新型コロナウイルス断想・その9

――ようやく全体像が見えて来た――

 

Our World in Dataには、ありとあらゆる組み合わせの相関度のデータとグラフが用意されていますので、その中からいくつかを選んで、日本の状態を推測する積りでしたが、5月15日には、抗体検査の結果が発表されましたので、実データを優先してそちらについて考えたいと思います。

緊急事態宣言の一部解除が決まったのは5月14日です。その翌15日には、献血の際に行われていた抗体検査の結果が発表されました。500件の検査の内、コロナウイルス陽性を示したのは3件で、陽性率は0.6%ということになります。500件では数が少な過ぎますし、検査そのものの信頼度も高くないということなのですが、これまでのPCR検査のように検査対象が恣意的に狭められていた事とは対照的に、一応、ランダムな検査結果が出たということですので、この結果がそれなりの客観性を持つものだという仮定の下、いくつか感じたことを記しておきたいと思います。

まず、4月23日に公表されたニューヨーク州とニューヨーク市の抗体検査の陽性率と比べると、桁違いに低いことが分ります。ニューヨーク州では14%、ニューヨーク市では21%なのですから。とは言え、東京都の人口は約927万人ですから、その内の0.6%がコロナに罹っていたとしたら、5万5000人です。現在東京都内の感染者数は約5000人ですので、その10倍の人が感染していることになります。

現在の日本全体の致死率は、Our World in Data の数字で見ると、4.27%ですので、それを使うと、2300人が、東京都内で亡くなっているはずだという結果になります。しかし、公式の死亡者数は212人です。2018年、東京都での肺炎による死亡者数は約8000人ですので、今年もこの傾向が続いているとして、コロナ感染による肺炎であるとは診断されていない死亡者の中に、実際はコロナによる肺炎が混じっていた可能性は否定できませんが、もう少し信頼できる数値がないと、これ以上の推論は意味がありません。

実測値と、抗体検査の結果から推測できる数値の間にこれほどの違いがあるのですから、その意味を考えるに当っては慎重にかつ論理的・科学的な手続きが必要になります。特に大切なのは、統計的に意味のある広範囲のPCR検査ならびに抗体検査を行うことです。科学的ということは、実際のデータを元に、科学的な知見を使うことですからこれは当り前です。

その上で、15日のテレビで白鵬大学の岡田晴恵教授が指摘していたことが重要です。教授の整理の仕方を少し変えて、「楽観的」な要素と「悲観的」な要素の二つに分けて、未来を考えてみましょう。

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楽観的な要素とは、ニューヨークの感染率と比べて、東京の感染率が桁違いに低いことです。これを文化・社会的な違いで説明することも大切でしょう。例えば、マスクを装着している人の割合や、電車等の密集した場所での日本人のお行儀の良さ、家に入るときには靴を脱ぐ週間、トイレには、トイレ用のスリッパがある等々の衛生観念の浸透、ハグをしたりキスをしたり、握手を頻繁にするという習慣のなさ、大声で喋る人が少ない事実、その他、多くの違いが感染を防ぐ上で役立っていると考えられます。

それが、何らかの科学的方法で確認されれば、今後のコロナ対策の一環として世界に「日本方式」あるいは「アジア方式」として広める努力が必要になるかもしれません。この点については最後にまた触れますが、その前に悲観的要素について考えてみましょう。

それは、陽性率が0.6%の意味です。ということは、感染していない人が99.4%もいることになります。この岡田教授の鋭い指摘で、大切な点が浮き彫りになりました。ほとんどの人が感染していませんので、ワクチンや治療薬が早く出来なければ、ほとんどの人は初めて感染する危険に晒されることになります。特に、秋から冬にかけてのインフルエンザが流行する時期は、コロナウイルスに感染し易い環境でもある訳ですから、今まで以上に感染防止のための努力をしなければ、感染爆発が起きる可能性が大きくなります。

勿論、統計学的、疫学的に意味のある検査が行われて、感染の状態がある程度正確に分ってからで良いのですが、感染爆発を起こさないように、今から準備をしておく必要があることも当然です。たとえば、冬になって必要になるマスクとか消毒液を今から手配しておくとか、医療用のマスクのみならず、防護服やフェース・シールド等も秋・冬用の量を揃えておかなくてはなりません。

今まで「後手、後手」でしか対策を打てなかった安倍内閣にも、これまでの失敗を教訓に、秋以降は国民から再評価されるような施策を今から準備する二度目の機会が与えられているのです。検察庁法改正案などという「不要不急」の案件に時間を使うのではなく、秋以降に汚名を雪げるよう、今こそ、英知を結集すべき時なのではないでしょうか。

あるいは、安倍政権に愛想をつかしつつある国民の立場を重んじて、安倍内閣を倒して、秋以降のコロナ対策は私に任せて下さい、というリーダーが現れないものでしょうか。

ここで、再度、楽観的要素の登場ですが、仮に政治のレベルでのコロナ対策が秋になってまだ間に合わないとしても、日本国民の衛生観念の素晴らしさや今経験しつつあるコロナ対策からの教訓を秋から冬にかけて生かすことができるのも、私たちの強みです。仮に安倍内閣、あるいはその後継内閣が無能でも、国民の力で秋から冬の感染期の波を乗り越えることは可能です。

 [2020/5/18 イライザ]

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2020年5月17日 (日)

新型コロナウイルス断想・その8 ――Tomas Pueyo氏の力作を熱の入った日本語訳で読む――

新型コロナウイルス断想・その8

――Tomas Pueyo氏の力作を熱の入った日本語訳で読む――

 

これまで度々御紹介して来たTomas Pueyo氏のコラムを順を追ってリストしておきましょう。力の入った日本語訳のサイトも掲げておきます。

その作業を始めるに当って、まず感謝の言葉です。大変分り易い、かつ科学的な根拠もきちんと示してくれている上に、私たちが何をすれば良いのかについての適切なアドバイスまで提案して下さっている、Tomas Pueyo氏と彼を支えているチームに、心からの感謝をしたいと思います。そして、Pueyo氏の論文を発見した上で、その価値を理解し、技術的な面まで正確に日本語に訳して下さっている飯田諒氏、Tomohisa Kato氏にも深甚なる感謝の意を表します。

 

  • まず、第一作ですが、「コロナウイルス: 今すぐ行動すべき理由」です。原題は、Coronavirus: Why You Must Act Now――Politicians, Community Leaders and Business Leaders: What Should You Do and When?で、著者は勿論、Tomas Pueyo氏です。3月10日にアップされているこの論文は、ここをクリックすれば、御覧頂けます。

   そして、飯田諒訳氏による日本語訳「コロナウイルス: 今すぐ行動すべき理由」は、こちらです

 

  • 次は第二作ですが、日本語のタイトルは、「コロナウィルス : 「ハンマー」と「ダンス」」です。「ハンマー」と「ダンス」の意味は、以前に説明しましたが、この第二作中で、また日本語訳の中で詳しい説明があります。

 

原題は、Coronavirus: The Hammer and the Dance――What the Next 18 Months Can Look Like, if Leaders Buy Us Time。 3月20日にアップされています。こちらをクリックして下さい

  再度、「ハンマ―」と「ダンス」のグラフを御覧下さい。

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Tomohisa Kato氏による日本語訳はこちらです。コロナウィルス : 「ハンマー」と「ダンス」(Coronavirus: The Hammer and the Danceの翻訳) 

 

  • 三作目は、4月20日のアップで、タイトルは、「コロナウイルス:ダンスを学ぶ (「ハンマーとダンス」続編) パート1:世界中の国々から学べること、または、ダンスのマスター・クラス」です。原題は、Coronavirus: Learning How to Dance――Part 1: A Dancing Masterclass, or What We Can Learn from Countries Around the World

この論文は、こちらをクリックして下さい

 

Tomohisa Kato氏による日本語訳はこちらです

 

  • 第四作が「「ハンマーとダンス」続編2:誰でも覚えられるダンス・ステップの基礎」です。原題は、「Coronavirus: The Basic Dance Steps Everybody Can Follow――Part 2 of Coronavirus: Learning How to Dance」で、マスクの効用やソーシャル・ディスタンスなど、私たちができることの詳細な説明です。このブログでは、5月3日から5回にわたって論文の一部を御紹介しました。

4月23日にアップされたPueyo氏の元々の論考はこちらをクリックして下さい。

Tomohisa Kato氏による日本語訳はこちらです。

 

  • 第五作は、4月28日にアップされた「「ハンマー戦略とダンス戦略」続編3:検査と接触者追跡の方法」です。原題は「Coronavirus: How to Do Testing and Contact Tracing――Part 3 of Coronavirus: Learning How to Dance」で、この論文を読むには、こちらをクリックして下さい。

Tomohisa Kato氏による日本語訳はこちらです。

 

 

 

最後に、私が信頼している見易いグラフの宝庫を御紹介します。データについては、Johns Hopkins University の信頼度が高いのは言うまでもありません。それも含めて、European CDC がまとめているデータを主要なソースにして、Oxford Universityの傘下にある「Our World in Data」というサービスが提供しているデータとグラフです。

次回は、このデータとグラフから分ることを検証して行きますが、今回は、人口1000人当りのPCR検査数と、一人当たりGDPとの関連を示すグラフを見てみましょう。まずはグラフをクリックして下さい

1人当たりGDPの同じくらいの国と比べて、日本だけが突出して検査数の少ないことが分ります。日本の1000人当りの検査数は、一人当たりGDPでは、日本とは桁の違うほど低い国々と同じレベルなのです。それで良いのでしょうか。このような形で「経済」の問題として表現することで、少しは政府に必要性を分らせることができると良いのですが。

 

 [2020/5/17 イライザ]

 

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2020年5月16日 (土)

「そろそろ かな?」

毎年、ゴールデンウィークが終わり、「少し暑くなってきたな」と、感じる季節になると、ひろしまに住む人にとっては、あの原爆の日が今年も近づいてきたなと思う人は多いのではないでしょうか。(わたしもそのひとりです。)

テレビや新聞では 原爆の日に向けての企画が始まります。

学校でも平和学習で折り鶴を折ったり、歌をうたったり・・・。

いろいろな場面で、あの日を思わずにはいられないでしょう。

今年も5月に入り、新聞やテレビで関連企画の情報を見かけますね。今年は被爆75周年の年にあたることから、いろいろな特集が始まっています。例年であれば、わたしもそろそろ慰霊祭の準備をと思う時期ですが、今年は・・・考え中。

何ができるのか、悩みながら過ごしています。

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「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」の前で、年に一度8月4日に行われる慰霊祭は、あの日なくなった子どもたち教職員の方たちに思いをよせる日だと思っています。

例年のように、たくさんの人が集まって、ということはむずかしいとは思いますが、個々に、慰霊碑を訪れていただければと思います。

ぜひ、お近くにお越しのさいは、碑にお立ち寄りください。

《広島市中区中島町の平和記念公園(国際会議場南側)に建立されています。》

(かこ)

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2020年5月15日 (金)

5月のブルーベリー農園その2(東広島市豊栄町)

田植えが始まる時期は農園の周囲の野の花、野菜の花、園芸種の花などが行くたびに変わっていく。農作業の合間に目に入るこれらの景色は人の心にかまわず主張する。花色も農園の標高は約400mあるので平地よりも濃くなり鮮やかさが増す。ミツバチはブルーベリーの交配をどんどん行ってくれ、大きなスズメバチもたまにブーンと飛んでくる。13日の農作業で畑のブルーベリーの手入れをしていると、農園の周囲を縄張りにしているオスのキジが鳴くのでその方向をみると田の法面の上からあたりを見渡してゆっくりと草むらの中に降りていくこと。鳴く声がだんだん遠くなるので移動していくのが分かる。

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5月9日(土)。

 ①.小さい畑に植えているクヌサヤエンドウの花。この日10個くらい収穫した。

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 ②.ヒラドツツジとジャーマンアイリスがよく咲いている。

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 ③.里山のブルーベリー園の下草刈り。ここは早生のなる場所。

10日は雨模様で早じまい。それにカメラも持ってくるのを忘れた。

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5月13日(水)

 ①.庭のアヤメが開花。今年は株数が少ない。

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 ②.畑と里山のブルーベリー園に1カ所ずつスズメバチの捕獲器(ペットボトルで作る)にこの1週間で8匹くらい入っている。

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 ③.10日に分かったことだが、里山のブルーベリー園から見える向こうの山裾で養蜂をしている農家の方とお会いすることができた。西洋ミツバチを飼育されており、日本ミツバチも飼育しているが逃げられたので今春は箱を用意してくるのを待っているそうだ。ミツバチの行動範囲は2キロ位あるそうなので毎年ブルーベリー農園にも来ているらしいことを知ることができ、ちょっと安心した。

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 ④.交配後の早生のブルーベリーの実。これを見ているとミチバチに感謝の思いがわく。

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 ⑤.ニワゼキショウがブルーベリーの畑の下に満開。

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 ⑥.里山の日当たりのよいところにもうアザミが。

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 ⑦.ブルーベリー畑の一面の白い花の向こうの里山のすその畑でジャーマンアイリスが開花。

 安芸区矢野東の安芸の郷の第2森の工房AMAの屋上のブルーベリー園の早生のブルーベリーは5月末には実り始める。それに合わせて防鳥ネットの支柱の補強作業が始まり白いネットに包まれた建物の景色を見るのももうすぐ。豊栄の農園の早生植えてある場所の防鳥ネットも5月中に張りたい。

 

2020年5月15日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年5月14日 (木)

新型コロナウイルス断想・EXTRA 2.5 ――昔話になりますが――

新型コロナウイルス断想・EXTRA 2.5

――昔話になりますが――

 

前回、EXTRA2で取り上げた、5月1日のオンライン閣議ですが、オンラインで閣議を開こうというアイデアは、誰の発案だったのでしょうか。安倍総理が自ら思い付いたとは考えられません。でも、今までの私の経験から、次のようなシナリオだったとすると、何となく「納得」です。

「緊急事態宣言延長を公表して、国民に自粛を続けて下さいと要請するに当って、政府がテレワークをしていないとなると、意地の悪い一部のマスコミに批判される。この際、一度だけでも、閣議を、テレビ会議システムを使って開いておいたらどうでしょう。たった5分かそこいらで、批判を躱せるのですから、良いアイデアでしょう。」と、アベシンパのマスコミ人に唆されて、殿は「良きに計らえ」と、高級官僚に丸投げ。高級官僚は、「エーッ、テレビ会議なんかは下々に任せておけば良いことで、我々はそんな技術的なことまで立ち入る必要はない。我々の仕事は天下国家を論じることなのに!」と、これも部下に押し付けて、巡り巡って、ようやく数時間かけて、「準備が間に合わない」状態で、それでもテレビ会議を始めることができた。

このような思考の背景には、千年以上続いて来た我が国の伝統と文化を守るのは自分たちであるという気概と誇りがあります。「花押」に象徴される閣議がその最たるものですが、テレビ会議などという代物がその貴重な伝統を壊すようなことは許されない、西欧文明の軽薄さに汚されることなど絶対に許せない、という結論にしてしまった可能性は大きいのです。それは、取りも直さず、コロナという現実に目を瞑り、その現実と闘う多くの人々の努力を蔑ろにしてしまうことになってしまうのですが、それは、「お上」の与り知らぬことなのです。

伝統を守ることも大切です。同時に、最新の科学的知見や、その結果としての技術を活用して命を守り市民の権利を守ることも重要なのです。でも、ギリギリのせめぎ合いになると、自分たちが特別であるという「事実」の証としての「花押」が大切になり、誰でも使えるインターネットは無視されてしまうのかもしれません。私がこんな思いに駆られてしまったのは、もう20年以上前になりますが、1999年からの個人的な経験があるからです。

当時、ある都市のトップとしての仕事を始めたのですが、最初の日に迎えに来てくれた秘書が手渡してくれたのは、何と、鉛筆書きのスケジュール表をコピーしたものでした。予定に変更があった場合には、すぐ訂正をして、そのコピーを関係者一同に配れるからという説明がありました。でも、今の時代に「鉛筆書き?」とは、と大きな衝撃を受けました。

それまで、アメリカ生活が長かったせいもあって、日常的にパソコンもe-mailも使っていましたので、二重三重の衝撃だったような気がします。調べてみると、パソコンの設置状況は、当時、各課に一台で、職員一人一人がパソコンで仕事をする物理的な条件も整ってはいませんでしたし、職場の雰囲気としてもそれまでの仕事の仕方を踏襲すれば良いという、超保守的な価値観に染められていました。

とは言え、事務の効率が上がれば、そこから生まれた時間を自分の趣味のためにあるいは家族のために使えますし、仕事だけに限っても、余裕のある市民サービスにつながることは明白でした。まずはハードの整備が必要でしたので、性能としては十分使える中古のパソコンを一人に一台配備して、すべてパソコンとインターネットで仕事ができる環境を整えました。

しかし、そこで大きな壁に阻まれました。市の行政の先導的役割を果すべき局長たちから反発が起きたのです。さらには市議会の古手議員たちもそれに同調していました。局長たち、そして議会の長老たちが「自分は死ぬまでコンピューターなど使わない」、「コンピューターに触るのも汚らわしい」、「e-mailなどは、女子職員にやらせれば良い」等、「反コンピューター」そして「反インターネット」の狼煙を上げていることが分ったのです。

そんな時に、たまたま吉村昭氏の『梅の蕾』に出会いました。陸の孤島とも言われた岩手県の田野畑村は御多分に漏れず無医村だったのですが、そこに千葉県から赴任した老医師、将基面誠さんがモデルの物語です。それは将基面夫妻の愛の物語でもあるのですが、中でも感動的なのは白血病で倒れた奥様、春代さんの村人たちとの交流です。村人とともに山野を歩いて野草を集め、また、花を増やすために梅の苗をプレゼントするなど、村人に慕われた春代夫人が村を愛し人として生きて行く姿が、将基面夫人の葬儀のシーンでクライマックスに達します。

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田野畑村診療所

仮にコンピューターが非人間的な存在の象徴であったとしても、人間的な感動がそれを超える力を持っているはずです。局長たちも議員たちも最終的には市民のために働き、その目的のために一都市の幹部職員・議員になったのですから、無医村に赴任する老医師夫妻と共感できる部分があるはずだと私は信じ込んでいたのです。そんな共感を通して、嫌いなコンピューターやインターネットに心を開いて貰えるのではないかと期待していました。そのために、『梅の蕾』を読んで、感想をメールで私のアドレスに届けるよう、課題を出しました。

そしてこの宿題は、局長たちの間の団結を一層強めたようです。『梅の蕾』は秘書に読ませ、感想も秘書に書かせ、メールも局長名ではあっても秘書が送ってくるというケースがほとんどだった上に、「反コンピューター」 = 「反インターネット」 = 「反市長」という大義の下、事務事業の効率化に対する、あからさまな妨害が強まったからです。

未だiPodやiPad、そして何よりiPhoneが普及する以前でしたので、このような抵抗が可能だったのだと思います。その後、若い世代を中心に、ネットの世界が「非」ネットの世界にまで大きな影響を与え始めると、大勢には逆らえず、市の幹部職員や議員たちも徐々に順応せざるを得ない状況になって行きました。

こうした社会環境の変化も助けになって、詳しくは機会を改めて報告したいと考えていますが、約10年掛って、あらゆる面での庁内改革が成功と言える結果になりました。国のレベルで、オンライン閣議だけではなく、最終的には電子投票制度までが導入されるレベルの改革はいつになったら始まるのでしょうか。

 [2020/5/14 イライザ]

 

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コメント

地位のある人ほど、自分では何もしないから、スマホでなくガラケーだと威張っているのを見かけます。特に男はその傾向が強いように感じます。スマホが使えないのを隠すかのようにガラケー自慢してますね。

でも、女性は柔軟で、かなりの高齢の女性もスマホを普通に使われています。子供や孫に言われて使い始めたという人もいます。男性と違い、よくわからんから未だにガラケーだと恥じるようなことを言われるのも女性ですね。
キャッシュレス化で、電子マネーをスーパーで使うのも女性が多いですし、PayPayを使うのも女性が多いようです。
そういえば、今回のコロナ災害で、活躍しているのも女性リーダーですね。
安っぽいプライドしかない男は、数年もすれば社会悪になりそうですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

新しい技術を拒否する理由、逆に新しいものなら何でも良いと信じ込んでいる人等、それぞれの立場はあって当然なのですが、自分の「権威」を守るため、という隠れた大目標がある場合は、用心しなくてはなりません。

そして「権威」に呑まれて「忖度」に走る人たちも。

2020年5月13日 (水)

新型コロナウイルス断想・EXTRA 2 ――「オンライン閣議」も周回遅れ?――

新型コロナウイルス断想・EXTRA 2

――「オンライン閣議」も周回遅れ?――

 

コロナ対策の一環として、小・中・高等学校や大学ではオンライン授業が大胆に取り入れられています。100パーセント、オンラインで授業が受けられ、文科省も認可している正真正銘の大学が、もう15年も前に設立されてもいます。大前研一氏が学長を務めるBBT Universityです。

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放送大学のかなりの部分が、テレビによる授業として提供されていることも合せて考えると、オンライン教育にはしっかりとした実績があり、良い内容を提供できる仕組みもきちんとできていると言って良いでしょう。

また、ハーバード大学では、既にオンラインで授業を続けるために、6か月、12か月、18か月という三つの教育計画を立て、その期間中、大学に来ることができない場合に対応しようとしています。日本の大学も同様の計画を立てているようです。

当然、多くの企業でも、テレワーク、リモートワーク、オンラインオフィス等々、名前は違いますが、一カ所に集まって仕事をしなくても、在宅でネットを通して仕事をするシステムを開発し、有効に活用しています。

オンライン会議も、今の時点ではもう当り前のことになりました。さらにはオンライン飲み会まで定着しているようですので、誰かが「お手本」を示す必要はないのかもしれません。でも、本来であれば「お手本」を示さなくてはならない「リーダー」たちが、ようやく市井の人たちに追い付いて、新しい試みに挑戦したときに、「お手本」どころか「足を引っ張ったり」「反面教師」になってしまったりでは、「リーダー」としての役割は果せなくなってしまいます。

残念なことに、それが現実になってしまいました。5月1日には、いつもは「3密」に近い状態で開かれている「閣議」がオンラインで開催されました。使われたのは、Skype for Business。一つの画面には5人しか映らないというシステムです。

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他の選択肢として、ZoomやTeamsも使えたはずなのに、なぜ一度に5人なのでしょうか。その日の夜のテレビ・レポートでは、「準備が間に合わなかった」からだという説明があったとのことですが、4月7日の非常事態宣言とともに、出勤も含めた外出の自粛、テレワークの推進等を推進してきた安倍内閣が、自らその範を示すべきオンライン閣議については、「準備が間に合わなかった」とどの口から言うことができるのでしょうか。

それに、知事会の場合は、出席者全員が同じ画面に登場しています。ここでも、中央官庁が自治体の真剣さに負けているのでしょうか。セキュリティが問題だったという「言い訳」が聞えてきますが、イギリスの閣議は、Zoomを使っています。閣僚全員の顔も見られます。となると、セキュリティの問題は口実で、本当のところはオンラインという技術に対する抵抗があったのかもしれませんし、能力的に、ただ単に付いて行けなかったのかもしれません。

この点も含めて、記憶違いがあるといけませんので、念のために、新聞、週刊誌、そしてネットで事実確認をしようとしたのですが、システムについてのツイートがいくつかあっただけで、その他のメディアには、ほとんど何も載っていませんでした。

そして官邸のホームページでは、この日の閣議は「持ち回り」という形を取ったことになっています。「閣議」終了後に、各省庁を担当者が回って確認の「花押」を集めることで、正式に会議が開かれたことになるというアナログ式なのです。形式としては問題なかったにしろ、折角「オンライン」でという打ち出しで開いたのですから、それが国民に対して意味あるものになった方が、当然好ましいはずです。

[註――「花押」とは、日本においては10世紀ごろから使われている自分の名前の署名のことですが、だんだん華やかになり、また一文字のものも使われるようになり、それを「花押」と呼びます。現在では、閣僚が閣議署名として花押を使う慣習があります。]

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一度に5人しか画面に映らないオンライン閣議で、「自粛」という大義を尊重したことにはなるかならないか議論は分れるところだと思いますが、模範的なテレビ会議を開催することで大多数の国民の「お手本」を示すべきだったのではないでしょうか。そうすれば、後手毎に回っているコロナ対策についての評価が少しは改善されたかもしれません。でも実際のところ、オンライン対応でも「周回遅れ」の安倍政治の実体が示されてしまいました。

周回遅れなのは、内閣だけではありません。国会の委員会、特に「3密」にしか見えない議院運営委員会や予算委員会をオンライン会議として試行することも、「お手本」という視点からは大切になって来るのではないでしょうか。本会議は、座席と座席の間を開けたようですが、こちらもオンラインの試行は意味があるでしょうし、となると、選挙そのものも電子投票制度を本格的に導入する方向で検討すべきでしょう。

オンライン閣議がコロナ疲れの社会に新たなエネルギーを注入できなかった根本的な理由は、「本気度」が伝わってこなかったからです。頑張っている国民に感謝をしつつ、今後の方向を指し示しながら、「もっと頑張ろう」という気持が自然に起きてくるようなメッセージにはならなかったのです。官僚主導なのか、「安倍派」のマスコミ人からのアドバイスなのかは判然としませんが、「アリバイ作り」のための「オンライン閣議」だったとすると納得できる絵姿だったからです。

実は、そのシーンとピッタリ重なる経験を、私は20年ほど前にしているのですが、そのときのことが鮮明に浮び上ってきました。次回は、その経験です。

 [2020/5/13 イライザ]

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2020年5月12日 (火)

新型コロナウイルス断想・その7 ――マスクによる国際貢献――

新型コロナウイルス断想・その7

――マスクによる国際貢献――

 

Pueyo氏は、マスクの装着を、国レベルで推進することの大切さを強調しています。中でも、チェコ共和国の取り組みを高く評価しています。そして当のチェコの人々や政府も、コロナウイルスについてのチェコの取り組みに誇りを持っています。

その施策の一つとして、チェコ共和国のアンドレイ・バビシュ首相そしてお隣のスロベキアでも、マスクの着用を国民に義務付けました。サージカル・マスク(不織布のマスク)は医療用に確保するという方針も、同時に守られ、一般の国民には不織布マスクは容易に手に入らない状態でした。しかし、義務化されたのですから、その方針に応えるために、市民が個人で、さらには様々なグループの中でマスクを手作りし、3日間で1000万枚のマスクを作り、義務化がスムーズに行われることになったということです。さらに、バビシュ首相は、トランプ大統領にも、コロナの感染を広げないため、アメリカでもマスクの義務化をすべきだというツイートを出しています。本当の友人とはかくあって欲しいですね。これについては、イギリスの新聞ガーディアンが、3月30日に報道しています。

https://www.theguardian.com/world/2020/mar/30/czechs-get-to-work-making-masks-after-government-decree-coronavirus

それだけではなく、チェコの政府は、マスクを活用しようという世界的呼び掛けさえ行っているのです。それを推進しているNPOである「Masks4All」にチェコ政府も協力して作られた「How to Significantly Slow Coronavirus?」というビデオが、その主張を分り易く訴えています。日本語の字幕にするには、歯車印をクリックして、「字幕」のところで日本語を選んで下さい。

 

 

その結果としての実績です。人口100万人当り何人が感染したかの数字ですが、ヨーロッパの他の国と比べても、日本や台湾と比べても、感染者数が少ないことは良く分ります。その全てがマスクのせいではないかもしれませんが、感染数が少ない国々は皆、マスクの装着率が高いということから、それが大きな要素だと見ることも可能です。

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チェコ共和国やMasks4Allの姿勢を視野に入れて、「アベノマスク2枚配布」の問題点を整理しておきましょう。最大の問題は、安倍総理が日本国民の心を全く理解していないことだと敢えて断定しましょう。

店頭からマスクが消え、朝早くから行列をしても、特別の運に恵まれなければマスクは手に入らない状態は異常でした。何らかの方法で解消されなくてはなりませんでした。しかし、その状態の背景として、日本人のほとんどはマスクについてかなりの知識と経験があり、コロナウイルス危機に遭遇して求めていたのは、「高品質」で「装着し易い」マスクだったという点に安倍総理や取り巻きの皆さんは気付いていなかったのです。「マスクだったら何でも良い」ではなかったのです。

日本人のほとんどは、給食のときのマスクを覚えています。布製で必ずしも快適な付け心地ではありません。そして、風邪やインフルエンザの予防や、他の人にうつさないためにもマスクをしています。それより人数が多いかどうかは分りませんが、花粉症で、かなり長期にマスクをしないと日常生活が送れない人も多いのです。どのマスクには効果があり、どのマスクなら長く装着していられるか、良く知っています。自分でマスクを作ることのできる人もかなり多いですし、ちょっと教えて貰えば誰でも簡単にマスクを作ることはできる--これも常識です。

そのような知識のある人たちが、不織布マスク(サージカルマスク)を求めていたのです。同時に、布製マスク、手作りマスクについては、効果があるのかないのか、装着してもそれは気休めに過ぎないのではないかという不安が同居していました。最低限、手で顔を触る頻度が減るからという根拠に縋って、サージカルマスクはなくても、布製マスクは役立つのだ、と自分を納得させていた人もいます。

ですから、布製マスクを配布する決定をしたとき、安倍総理が国民に向って発するべき最重要メッセージは、布製・手作りマスクがコロナウイルスをコントロールするために役立ちますよ、という点だったのです。仮に自分が感染していたとすると、それを他人にうつしてはいけないとは誰でも考えることとでしょう。そのために、布製マスクは役立ちます、というメッセージです。

その点を強く印象付けるために、「ですから、私は自分で作ったマスクを付けています。作り方は、官邸のホームページを見て下さい」と言うべきでした。そうすれば、466億円の無駄遣いもしなくて済んだわけですし、そのお金を、PCR検査数を増やすための検査機関への補助金として使うことも可能だったはずです。

さらに、「アベノマスク」に対する批判のほとんど、例えば、枚数、安全性、どの企業に発注したのかについての「アベトモ」疑惑等々はなくなってしまうのですから、素晴らしい代案だと思います。

その延長線上の発信として、アメリカをはじめ、マスクの着用が無視されている国や地域に、マスクの効用を伝えることもできたではありませんか。本当の友人とは、苦しいときに、苦くても真に役立つアドバイスをくれる人です。トランプ大統領を説得してアメリカにマスク着用を広める一石を投ずることも可能だったはずです。

でも、3月28日、マスク配布発表時に安倍総理は、マスクも付けていませんでしたし、「3密」状態だったことは、前に指摘した通りです。それでは、マスクの重要性は伝わりませんし、国民の不安解消には一切役立ってはいないのです。

理由は良く分らないのですが、にもかかわらず、5月4日の緊急事態宣言一月延長が発表された日に、西村担当大臣が、それまで付けていた質の高いマスクを止めて、ちっぽけで、性能としては少し落ちる布製マスク、「アベノマスク」を着けていました。さらには、記者会見で、Pueyo氏の作った「Hammer and Dance」のグラフを使っての説明をしていました。ことによると、このブログをどなたか関係者が御覧になっていたのかもしれません。

だとしたら、再度お伝えしておきます。「アベノマスク」は、布製マスクにも効果があるという事実を伝えるために役立った。そして、サイズが合わなくても、曲って装着していても、多くの人が着けることでその効果が高まることも伝えられた。でも、それは、マスクをする習慣のない例えばアメリカの人たちへのメッセージとしての方がはるかに意味がある。国際貢献として、そちらに力を入れて欲しい。

同時に日本国民に対しては、批判されたことへの意趣返しとして、意地になって「アベノマスク」を装着し続けるのではなく、本質的な支援をして欲しい。

それは、コロナウイルスの深刻さについて、上っ面ペラペラ喋るだけの説明ではなく、具体的に役立つ施策を推進することです。PCR検査や抗体検査を広い範囲で行うこと、休業補償その他の経済対策を充実させて、コロナに誘引されての自殺が絶対に起らないようにすること、子どもたちの学業が今以上の悪影響を受けないよう、抜本的な制度改革を直ちに進めることですし、すでに崩壊している医療システムを再構築すること等、全てが時間との勝負になっています。

残念なことに、安倍総理自身が装着し続けている「アベノマスク」は、こうした私たちの期待には応えて貰えないであろうことを示す象徴になってしまっています。その小ささは、安倍晋三という政治家の人間的・そして政治家としての小ささそのものを表していますし、展開できる施策の間口の狭さを示しています。歪んだ着装の仕方は、論理性や事実の尊重が蔑ろにされていることを語り、誤った政策が展開されてもそれを修正することもできない無能さの証になっています。

コロナ危機から脱するためには、とにかく、現政権を一刻も早く辞めさせて、現実を見る力のある、そして合理的判断のできる、さらに国民とともに着実に危機の脱出を図れる新政権が必要です。

江戸時代に遡れば、暗黒の田沼時代を終らせるに当り、民衆の怒りの爆発、「打ちこわし」が大きな力になりました。平和憲法の下、政治的な影響力としては打ちこわしにも匹敵するような、「非暴力的」手段があるとすればそれは何なのでしょうか。

 [2020/5/12 イライザ]

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コメント



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字幕、知りませんでした。どうも、ありがとうございました。グーグルで、世界中の有名なアーティストが、対新型コロナのオンラインコンサート開催、、、、、の項目が、ありました。支援、啓蒙、、、ですか。アメリカ、ドイツは、今までに、経験したことのない最大の危機であり、戦時体制で、臨むと。当方、ポカーンでした。事の重大さの、認識が、甘すぎました。今でも、甘いです.何とかなるさ、、と。本当に、甘いです。自分に、できることは、身近なことに、気を付ける、、ぐらいです。近所のスーパーが、フェイスシールド着用。数日後、不着用。顔、頭に、熱が、こもって、気分の、悪くなるレジの店員さん、複数人、、、発症と。当方、他人のことより、自分を、大事に、します。したいです。コロナという敵が、見えません。有名人の感染どころか、お亡くなりにも、なってます。気を付けようと、しても、どうしたら、いいのでしょうか。考えますと、怖いです。イライザ様、どうか、お気をつけてください。

今回のアベノマスクを筆頭にコロナに対する今の政権の対応の酷さを実感しております。


マスクが届く前にもう市中にマスク出回りました。

本当に必要なところにお金を使ってくださいと願うばかりです。

イライザ様が最後におっしゃっているように、今の政権が替わり国民を主体に考えてくれる政治であって欲しい

政治音痴の私でも政府が今進めている「検察庁法改正案」には憤っています。
#「検察庁法改正案に講義します」には500万を超える方々が賛同していますが、国民がこれだけ声を上げているのに、耳を貸さない。
などなど、もううんざりしています。

コロナ禍によって政治を少し考えました、、、

「60sp」様


コメント有り難う御座いました。

人類が遭遇したことのないような危機だと言う人もいますので、私たちの受け止め方が甘くなるのは、いわば当然です。しかし、科学者や医学関係の専門家、そして多くの人たちに情報を伝える責任のあるマスコミ、それ以上に「全体の奉仕者」としての責任を果さなくてはならない、政治家や官僚たちが、国民的合意を作りつつ、危機を乗り越える「リーダー」としての役割を果す必要があります。

我が国の場合、それが上手く入っていませんが、世界的にはそのような役割を果している人たちがいますので、その人たちの属する「ネットワーク」の一員としての役割を果して行くことで、全体のレベルアップをすることは可能です。

そのために役立つサイトを、追って紹介したいと思っています。日本の美風である、「マスクを着けること」が、役立っている事実にも自信を持ちましょう。

「ソーシャル・ディスタンス」も守りましょう。



「ポラリス」様

コメント有り難う御座いました。

コロナが契機になって、政治に目を向けて下さる方が多くなれば、日本社会は確実に良くなります。その第一歩として、「論功行賞」を法律にして行政の人事制度を戦国時代のものに戻し、検察を行政の意のままに操る「検察庁改正法」(改悪法と呼ぶべきですが)を葬り去りましょう。この法案が酷い理由はまだあって、民主主義の破壊であることはもちろんなのですが、特に、憲法15条の「全体の奉仕者」たるべき検察を内閣の奴隷にしてしまうからです。従って、明確に憲法違反です。

コロナが蔓延する中、デモができないと思い込んでいる人たちが多いように思いますが、全国一斉に、同時刻、一カ所につき数名が集まって、同じサインを掲げるようなデモならできるのではないでしょうか。どなたか、音頭を取って頂けると有り難いのですが---。


布製マスクは、ウイルスの侵入には効果は無いが、自らがウイルスを飛散するのを防げる効果はある。というのは、専門家も発言してましたね。
不織製マスクって、ウイルス単体は防がないのですよね。

手作りマスクを首相や専門家が推奨していたら、多くの手作り作家さんがおしゃれなマスクを競って作り、話題になったでしょうね。皆が競っておしゃれでカッコイイマスクをSNSで発信し、コロナウイルスの拡散を防げるとしていたら、世界中で流行して、政府がマスクの着用を義務付けなくとも多くの人が着用するでしょうね。
繊維メーカーもウイルスの拡散を防ぐ繊維を開発して、新しい需要も生まれますね。
能力がない首相とその取り巻きには、想像力にない人ばかりなんでしょうね。
このような危機状態でも、何も想定できないから、対策ができないですね。
一律10万円も、持続化給付金も、まったくスピード感が無いのは、国民を本気で救済するためには何をどうしたら良いのかもわからいのでしょうね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

危機意識がない、当事者意識がない、共感力がない、知識がない、やる気もない(改憲は別)のような、歩く「ナイナイ尽くし」にこれ以上期待するのは止めましょう。次の内閣、次の政治をどう創るのか、皆で頑張りたいですね。

2020年5月11日 (月)

新型コロナウイルス 電力にも影響-その2

■東京電力では8人感染

 東京電力では4月24日までに、子会社の役員や社員など10人の感染が確認されています。特に懸念されるのが東電本社で勤務する社員の相次ぐ感染です。約2700人が勤務していた14階建て本社ビル内で、すでに4人の社員の感染が確認されています。東電では、同じフロアで執務していた社員約200人全員を4月10日から自宅待機(在宅勤務を含む)にしています。

■東京電力 柏崎刈羽原発 工事80%ほど縮小へ 社員らの感染で

 東京電力では、4月18日以降、新潟県にある柏崎刈羽原子力発電所や柏崎市内の事業所で働く社員など5人(うち4人が東電社員、うち1人が家族)の感染が確認されています。

 東京電力は、感染拡大を防ぐため、5月10日までのおおむね2週間をめどに、社員の行動履歴を把握するアンケート調査を継続して行うことや、プライベートを含めて県外への往来を原則禁止すること、現在行われている工事を80%ほど縮小することを明らかにしています。これに伴い、原発構内で働いていた約4000人の協力企業の作業員のうち約2700人が、ゴールデンウイーク明けの5月10日まで自宅や寮で待機することとなっています。

 また、1日に4000人以上が働く福島第一原発では、ひとたび感染者が出てまん延すれば、24時間体制で進む事故収束作業に多大な影響がでることから、感染者を出さないよう対応を強化しているとしており、4月14日時点で、感染が確認された人はいない。

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東京電力柏崎刈羽原発ホームページのトップページから

■大飯原発定期検査の作業員 事前に2週間の自宅待機要請 福井県

 原子力発電所で行われる定期検査には全国から多くの作業員が集まることから、福井県は新型コロナウイルスの感染対策として、県外からの作業員に対して事前に2週間自宅で待機することを関西電力に求めています。

 8基の原発が立地する福井県では、5月8日から関西電力大飯原発3号機で年1回程度の頻度で実施が定められている定期検査が始まり、およそ1800人の作業員が従事する予定です。

 このうち半数近くは県外から集まることから、福井県の杉本達治知事は4月28日、新型コロナウイルスの感染対策として、県外の作業員は作業に入る前に2週間自宅で待機することを関西電力に求めたことを明らかにしました。

 大飯原発では普段から社員や作業員らが約1800人おり、定期検査で人の数は倍増。おおい町議の一人は「原発内に3000人も集まればまさに密集、密閉、密接だ」と、この時期に定期検査を行うことに疑問を投げ掛けています。

 これに対し関電は4月24日、同町議会に対し、作業員が町に入る2週間前から行動や体調をチェックし、異常があれば町に入れないと説明。検査が順調に進めば7月中旬に発送電を再開できる予定で、「夏場の電源確保のため、この時期に定検を実施する必要がある」としています。

※大飯原発3号機 定期検査の作業開始延期へ

 その後、関西電力は、大飯原発3号機の定期検査の作業開始を新型コロナウイルスの感染防止のため2か月から3か月程度、延ばすことを決め、5月1日におおい町を訪れ、延ばす方針を伝えています。

理由は感染の拡大を防ぐためとしています。

■福井の各原発 「コロナ終息まで安全対策工事中止を」 関電に要望

 福井県内にある関西電力の美浜,大飯、高浜の各原発で9000人以上の社員や作業員らが集まり安全対策工事などを進めるのは新型コロナウイルスの感染拡大の恐れがあるとして、「若狭連帯行動ネットワーク」や「原発反対福井県民会議」など関西の反原発7団体は4月28日、関西電力に対し、感染拡大の終息まで工事を中止することなどを求める要望書を提出。

 関電によると、現在、特重工事や安全対策工事が重なる高浜原発では約4500人が働く。大飯原発は約1800人が働くが、5月8日から始まる予定の定期検査では人数が最大2倍の3600人となるとしています。

■東海第二「事故対策工事中断を」感染防止 原電に再稼働反対団体

 原発に反対する県内外の市民団体でつくる「原発いらない茨城アクション実行委員会」は4月23日、東海村内で、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、村に立地する日本原子力発電(原電)東海第二原発で進められている事故対策工事を中断するよう、原電に申し入れています。

 申し入れでは、大手ゼネコンが全国で建設工事を止める方針を示していることから、東海第二の事故対策工事に関する建設事業者に対して、中断の判断を伝えるように求めています。

 実行委の相楽衛事務局次長は「工事について住民に説明がなく、感染が拡大する中で工事を進める原電の姿勢は問題だ」と批判しています。

■コロナウイルスの感染拡大 電力需給にも影響

 新型コロナウイルスの感染拡大は、電力需給にも影響してきています。従来、通常の経済・社会活動が営まれる前提で太陽光発電に影響する気象条件に注意すればよかったが、新型コロナウイルスの感染拡大で、工場の稼働や商業施設の営業の再開が見通せない一方、外出自粛のため家庭の需要は増えると見込まれており、不確定要素は増しています。

 九州電力管内では4月15日以降、電力需要はほぼ前年を下回っているが、現在は太陽光発電の稼働が活発になり、需給バランス維持のため出力制御を強いられる時期だとしています。

木原省治

<お断り>今日から掲載を予定していましたイライザさんの「新型コロナウイルス断想」の続きは、「新型コロナウイルス 電力にも影響」が2回になりましたので、明日12日からの掲載となりました。

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2020年5月10日 (日)

新型コロナウイルス 電力にも影響-その1

 4月7日、政府は新型コロナウイルス特別措置法に基づく「緊急事態宣言」を発令し、同16日には全国に拡大しました。今回の宣言は、東日本大震災の東京電力福島第一原発事故の時に発令された、原子力災害対策特別措置法に基づく緊急事態宣言に次ぐもので、同宣言は今なお発令中のままです。

 すでに、学校が休みになり、予定されていた集会やイベントがなくなり、さらに外出自粛など閑散とした風景が街中に広がっています。新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、電力にも影響がでていることから、4月に起きた出来事をピックアップしてみました。

 

■新型コロナ 各電力会社の入社式にも影響が

 新型コロナウイルスの感染拡大が、大手電力の2020年度新入社員の入社式や研修・配属時期に影響を及ぼしています。

北海道と東京、中部、北陸、九州は4月1日に予定していた集合形式の入社式を中止。東北は、4月中旬の入社式開催を予定していたが延期。関西は、感染予防対策し事業持ち株会社と送配電事業会社の合同入社式。四国、沖縄も規模を縮小して実施。

中国も、参加役員の縮小・マスク着用・式場ドアの解放などの対策した上で4月1日に事業開始した中国電力ネットワーク㈱との合同入社式を開催。

■経産省 電力・ガスなど130事業者に安定供給の継続要請

 経済産業省は4月8日までに、電力・ガス事業者などに安定供給の継続に万全を期すよう要請。発電所など重要施設で感染者が発生した場合の人員計画を精査し、サプライチェーン(供給網)の途絶に備え、調達先を多様化することを求めています。人員のやりくりが困難といった明確な理由があれば、火力発電所の定期検査を延長できる関係法令の解釈も明確にしています。

具体的には、外出自粛要請などで検査に必要な人員確保が難しい場合や、新型ウイルスに対応に必要な物資を製造する事業者が、自家発電設備の稼働を続けなければならない場合を想定。

■島根2号機 再稼働審査 中断1カ月 規制委 会合取りやめ

 島根原発2号機の再稼働に必要な原子力規制委員会による審査が、新型コロナウイルスの影響で約1カ月中断しています。規制委が感染拡大を防ぐため、電力会社側と対面する審査会合を取りやめたから。見えないウイルスによって原発審査にブレーキがかかった格好。会合は3月26日を最後に中断。

※原発規制委 コロナで審査遅れも 秘密保持でネット使えず

 新型コロナウイルスの感染拡大が、原発の安全性を見定める原子力規制委員会の審査に影を落としています。感染防止のため3月末から約2週間にわたって中止された審査会合は、テレビ会議で再開にこぎつけた。ただ、テロ対策施設などの非公開審査は秘密保持のためテレビ会議では会合を開けず、書面に限った対応を余儀なくされています。審査が長引けば原発の稼働状況に影響しかねない、との見方も出ています。

■九州電力 玄海原発の工事中断 工事関係者の感染確認で

 佐賀県の九州電力・玄海原発で進められているテロ対策施設「特定重大事故等対処施設」の建設工事に従事していた大林組社員(50代男性および40代男性)による新型コロナウイルスの感染がそれぞれの4月14日および17日に明らかになっていました。

九州電力は、4月14日から工事を中断し、工事関係者約600人に対して出勤停止の措置をとっていました。

※コロナ感染で中断していたテロ対策施設工事を再開

九州電力によると、4月8日以降、この2人の工事関係者と接触していないことが確認された340人については、2週間の期間をおいた22日、出勤停止を解除し、24日午前、工事を再開したということです。

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九州電力玄海原発ホームページのトップページより

■玄海原発 反原発団体が原発停止要請「感染終息まで」

 反原発団体「さよなら原発!佐賀連絡会」は九州電力と佐賀県に、新型コロナウイルスの感染終息まで玄海原発を止めるよう求める要請書を提出。「原発運転員らが集団感染すれば、事故発生時に適切な対応が取れない」と指摘しています。

 要請書では、運転員や保守点検を担う社員らが感染した場合、人員不足でトラブルが起きやすくなると主張。原子力災害が発生した場合、避難所での感染症対策も難しいと訴えています。

 「さよなら原発!佐賀連絡会」は感染防止のため、九電や県庁には訪れず、4月19、20日にそれぞれメールとファクスで要請書を送付、電話対応で「重大事故などに対応する人員計52人が確保できない状況になれば、運転を停止する」との説明を受けています。

■川内原発作業員のコロナ対策徹底を 鹿児島県議会会派が九電に要請

 鹿児島県議会の立憲民主党、社民党系の議員らでつくる会派「県民連合」は4月24日、九州電力に対して、川内原発の定期検査などに携わる作業員の新型コロナウイルス対策を厳格に行うよう申し入れています。

 川内原発は1号機が定期検査中で、県外の作業員約1000人を含む約3000人が従事しており、2号機も5月20日に停止し、定期検査に入る予定。

少し長くなりましたので、続きは明日報告します。

木原省治

<お断り>昨日、イライザさんの「新型コロナウイルス断想」の続きは、11日に掲載するとお知らせしていましたが、この記事が明日も続きますので、12日からの掲載となります。

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2020年5月 9日 (土)

被爆建物保存の意義

広島では昨年末、陸軍被服支廠の存廃を巡り揺れました。

若い人の活動や多くの市民の声が寄せられ、県・国を動かし保存への一歩が見え始めています。現在広島市内の被爆建物は86件あるそうで、年々減り続けている現状からぜひ存続を願いたいと思います。。

 広島市は1993年に爆心地から5キロ圏内を対象とした被爆建物の登録制度を開始しました。

本来原爆ドーム、被服支廠のように被爆当時のまま保存できれば一番良いのですが、耐震性等建て替えを余儀なくしなければならない建築物が殆どです。一部分でも、一つでも多くの被爆建物を保存することが、被爆の継承に繋がる一歩となると考えます。

 今、私が注目している被爆建物の更新が行われています。僅かな面影しか残っていませんが、本通りにあるアンデルセン(元帝国銀行広島支店)で、1925年に建てられたアーチ式の窓と両脇の窓に特徴がある建物です。原爆の被害がかなりひどかったこの建物も戦後数回改築されてきましたが、現在建て替え工事が行われていて、僅かながら一部残すように施工されているようです。二か月ぐらい前に行ってみましたが、工事中で何も見えませんでした。

これが取り壊し前のごく最近の状況です。

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すぐ近くの平和公園内では、レストハウスの改修も行われています。戦前呉服店として建てられ、被爆時燃料会館として利用され、原爆により地下室を除いて全焼し、多くの人が亡くなった建物です。リニューアル後の壁の色は呉服店だったころの色が使用されています。最近のニュースでは、7月1日のオープン時、被爆当時の絵や手記の展示、被爆ピアノが設置されるようで、被爆の実相を伝える場として多くの市民、他県の観光客に発信できそうです。

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 いつもなら修学旅行生の多い平和記念公園だが・・・

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座り込みの位置からもこの通り

新型コロナの影響で、平和のあらゆるとりくみが表に出せない今、8.6式典の縮小もあるかもしれません。しかし、忘れてはいけない被爆75周年の今年、被爆の実相を伝える一つの手段として、被爆建物の保存は大きな役割を担っていると思います。

                               安佐南区 輝き

<お知らせ>イライザさんの「新型コロナウイルス断想」の続きは、11日に掲載します。

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2020年5月 8日 (金)

5月のブルーベリー農園その1(東広島市豊栄町)

外出自粛モードの5月の5連休が始まる。4日の日曜日が雨で休んだほかは安芸区の家から農園に行き草刈りや、防鳥ネットが風で飛ばされないように瓦を一輪車で運び数メートルおきに置いていく作業が終わったので、もう少し残っているブルーベリーの株もとの草を鋸鎌で刈っていく。気温は25度以上で夏の作業着姿に変わりカエルも田植えが始まる少し前からゲロゲロを鳴いている。

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5月2日(土)

 ①.連休はじめなので少し余裕があって里山のブルーベリー園の近くの竹やぶを見て回るとマムジグサに出会った。

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 ②.里山のブルーベリー園に入る途中に咲くヤマブキ。

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5月4日(月)

 ①.畑の法面の草刈り。道の向こうの田んぼの法面のシバザクラ。手前の祠は水神様が祭られている。

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 ②.里山南側のブルーベリー園の花が満開状態。ブンブンとミツバチの音があたり一面に聞こえる。

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 ③.マルハナバチが丸めた花粉を抱えつつ花の蜜を吸う。

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 ④.そのブルーベリー園の法面に咲くガマズミ。

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5月5日(火)

 ①.ブルーベリー畑の下に咲いていたタンポポは花が終わり綿帽子に姿を変える。

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 ②.夕方は花曇りになった。手前の田んぼの田植えはまだだがそこから先の田んぼはもう苗が植えられている。

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5月6日(水)

 ①.3日の雨が効いたのかそろそろとエビネの花軸が伸びて花が開き始めた。辺りに香りも漂う。

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 ②.黒い防草シートの間と間に咲くブルーベリーの白色と雑草の緑。

 

2020年5月8日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

<お知らせ>イライザさんの「新型コロナウイルス断想」の続きは、11日に掲載します。

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2020年5月 7日 (木)

新型コロナウイルス断想・その6 ――コストはゼロのコロナ対策――

新型コロナウイルス断想・その6

――コストはゼロのコロナ対策――

 

マスクについて、Pueyo氏の論考を下にURLを貼り付けたサイトから紹介してきましたが、簡単に結論を要約すると以下のようになります。

https://medium.com/@tomaspueyo/coronavirus-the-basic-dance-steps-everybody-can-follow-b3d216daa343

 

  • 感染には、10μm以下のマイクロ飛沫が大きな役割を果していて、それは会話をしていても相手に広がる。そこに焦点を合わせないと感染対策にはならない。
  • しかし、そのマイクロ飛沫は、布製の手作りマスクを着用することで、口から外に飛散するウイルス量をかなり減らせる。
  • 基本再生産数を2.0と仮定すると、60パーセントの人が、効果60パーセントしかないマスクをしたとしても、理論上、感染のコントロールにかなり役立つ。
  • マスクを手作りする場合、目の細かい布の方が効果はある。違う材質の布を重ねる方が良い。そして何層にもすることも効果を増す。

 

ここで改めて、強調しておきたいのは、例えば布製のマスクを手作りする場合に、目の細かさや、材質、何枚か重ねることに効用について、公表されている科学的実験結果を元にグラフを作り、それを示してくれていることです。特に、マスクをする習慣にない人たちを説得する上では、このように事実を元にした説明が大切なのです。

たとえば、どの布を使えばウイルスをブロックする率が高くなるのかについては、次のグラフが役立ちます。

Photo_20200505202901

このグラフの元になっている論文は、アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)の中にある、国立医学図書館(NLM)が管理する「PubMed Central(PMC)」というデータベースに登録されているものです。まず、https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/journals/ をクリックしてそのサイトに入って、上にある二つの検索窓の内、左側はプルダウンメニューで「PMC」を選び、右側の窓には論文番号「7108646」を入力して、虫メガネをクリックすると、この論文が出てきます。2013年の論文でその結果からグラフの作られていることが分ります。

マスクの付け方についても、実験値を示して、隙間のないように装着することで効果に差の出ることを示しています。これもグラフ化しています。隙間がなければ、不織布のマスクではほぼ全ての粒子をブロックするのに対して、隙間があると、半分くらいしかブロックできないことが良く分ります。

Photo_20200505202902

Pueyo氏は、マスクについての結論として次のようなポイントを挙げています。

  • コロナウイルスは、咳をした人から2メートル以内に広がるのは勿論のこと、その他の広がり方にも注意する必要がある。歌を歌ったり、会話をすることからも広がる。それは、2メートル以上に広がることもある。
  • 多くの人は、自分が感染していることを知らないままに、他人にコロナウイルスをうつすことがある。
  • マスクを付けることで、既に感染している人の飛沫がマスクの内側に止まる。その結果、他の人に感染させることがなくなる。
  • マスクによって、健康な人が感染することを防げる。
  • どんな国や地域であっても、数日あれば、100パーセントの人が手製の布マスクを装着するようにできる。
  • 過半数の人が、ある程度効果の認められるマスクを装着すれば、それだけで、伝染を抑えることができる。
  • これは、一人の人、そして一つの国ができる最も安い対抗策の一つだ。
  • コストはタダで、こんなに大きな利益のある方策を「義務化」しない理由はない。

この中で、「一つの国」が出てきますが、我が日本国は「布製マスクを2枚配る」国です。チェコ共和国は、国民にマスク着用を義務化したのですが、国民は3日で1000万枚の布マスクを手作りしてそれに応えた上、トランプ大統領にも、同じことをしたらとツイートしている国です。次回はビデオを通して、この二カ国の対照的な姿を見てみましょう。

 [2020/5/6 イライザ]

 

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コメント

マスクは感染するのを防ぐより、他人に感染させるのを防ぐほうが効果的ということですね。
テレビなどのメデイアが、感染するのを防ぐことばかり報道してます。十分な手洗いをした後でアルコール消毒するのが良いと過剰で無駄なような防疫を言うから、医療現場に必要なアルコール消毒液が不足しました。
手作りマスクも感染するのを防ぐ効果は無いというより、誰もが既に感染している可能性があるのだから他の人に移しての感染拡大を防ぐ効果はあるともっ強く言ってほしいですね。
誰もが感染しているとなれば、感染者や医療従事者への中傷や非難は少なくなると思います。
マスコミは中傷としてますが、私は「差別」だと思ってます。
人は危機に陥ると本質が現れる言われますが、今の日本の状況は、「絆」とか「おもてなし」とか「ワンチーム」と言っていたのは幻のように感じます。
そしてこの「差別」が正義のようになって他人を排除し非国民扱いしているの見ると、この国が近い将来に戦争に至っても不思議でないように思います。
世界が目指し日本も使う効率化というのが富国強兵と重なります。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

感染の半数近くが、自覚症状のない人からのものですので、全ての人が「自分も感染している」という前提で行動することで、感染の半分は防げるということです。

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/shinkokoro/2020/05/post-83fada.html

感染した人を敵視することは許せません。何故、敵視するのかその気持が理解できません。そして自粛しない人たちの気持も分りません。だからと言って、「自粛警察」を自認してその人たちを敵視し、危害を加えることも許されません。敵はコロナウイルスなのですから。

2020年5月 6日 (水)

新型コロナウイルス断想・その5 ――「基本再生産数」が鍵――

新型コロナウイルス断想・その5

――「基本再生産数」が鍵――

 

今回は、Pueyo氏による下の図の説明です。ただし、彼の論文中には説明がなく、「出典」として挙げられているサイトにもアクセスができませんでしたので、以下の説明はいくつかの出典に頼りながらの私の独断です。反論や修正等があれば、御教示下さい。

 

Photo_20200504112201

 

図の全体が見えない場合は、図そのものをクリックして下さい。

 

5月4日のエントリーとの間を行ったり来たりしないで済むよう、この図の諸元についての説明を再掲しておきます。

縦軸は、何パーセントの人がマスクを装着しているか、横軸は、マスクの質です。100パーセントのマスクは、ほとんどウイルスを外には出さない、完璧に近いマスクです。中の色は、感染率を示しています。青に近いほど、感染率がゼロに近く、黄色は今までと同じように感染が広がることを示しています。中の曲線は、同一感染率を示しています。青の中にひかれている「1」という数字の付いた曲線は、感染率が1になるパーセントと質との組み合わせを辿っています。つまり、この曲線上の組み合わせなら、一人の人から感染するのが1人であるということです。バツ印が付けてあるのは、質的には60パーセントくらいのマスクを、60パーセントの人が装着しても、感染率は1以下になる、つまりコロナをコントロールできるという位置を示しています。

マスク装着の全体的効果を[マスクの質] x [マスクを装着する人数]で表すことができるのは、御理解頂けると思います。後で再度説明しますが、そうなると曲線が双曲線になることも自然です。問題は、双曲線1が縦軸、横軸と交わるところが40パーセントであることです。以下、その点について、そもそもどんなモデルを使っているのかから始めて説明します。

この図の根拠になっているのは、西浦博教授等も使っている感染の状態を示す数値モデルです。1927年に、イギリスの王立アカデミーの紀要に発表された、William Ogilvy Kermack and A. G. McKendrick による論文で提案されたものですが、その後、感染症の拡散のモデルとして広く使われてきています。原文は英語ですし、数学的な記述は難しいので、神戸大学の牧野淳一郎教授による解説を紹介しておきます。岩波書店発行の『科学』5月号に掲載されている論文です。

https://www.iwanami.co.jp/kagaku/Kagaku_202005_Makino_preprint.pdf

牧野教授はさらに、今回の新型コロナウイルス感染について、どのような対策が有効なのかについての提言を行っている三人の専門家が、どのようなモデルを使っているのかに基づいてそれぞれのケースを検証し、評価をしています。

  • 西浦博北大教授によって「8割の接触削減が必要」として示されているグラフの背景にあると思われるモデル
  • 大橋順東大教授による「ほぼ全ての発症者が行動量を45%に下げたとしてもわずか1%でも行動を変えない人がいるとその効果は大きく損なわれる」という主張の根拠となるモデル
  • 佐藤彰洋横浜市大教授による、東京では現在の2%まで接触削減が必要、という主張の根拠になっているモデル

こちらも一読の価値があると思いますので、紹介しておきます。

http://jun-makino.sakura.ne.jp/articles/corona.pdf

牧野教授の結論に関心をお持ちの方も多いと思いますが、今回は先を急いで、これら専門家の皆さんが標準的に使っている基本的なモデルから生まれるグラフで説明しましょう。何度も御覧になっていると思いますが、ここでは、Pueyo氏のサイトからお借りします。

 

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縦軸は感染者数、横軸は時間です。「Today」と書いてあるのが、「今日」ということで、そのくらいの感染が既に起きているという仮定です。その先が大切です。「今日」の時点で何もしないとすると、その後の感染者数は、「Do nothing」というものになるということです。「爆発的増加」です。これは、数値モデルによる「予測」ですので、実際にこのような結果になるかどうかは別問題です。

次に、ある程度の対応をしたとしましょう。たとえば、「握手は避けましょう」くらいでしょうか。その結果が「Mitigation」、つまり、「改善」と呼ばれる曲線です。少しは良くなるのですが、感染が収まる方向には変っていません。

そして、最後に「The Hammer」と呼ばれる曲線が示しているのは、ハンマーで叩くような急激かつ結果がすぐ見えるような対策を行った際の結果です。その先の「The Dance」は、二度目のピークを起さないように柔軟かつ効果的な対策をする必要のある期間を差しています。ここでは、Pueyo氏の言葉を借りて、「The Hammer」は「ハンマー曲線」と呼んでおきましょう。

さて、画面を日本に戻しましょう。非常事態宣言の内容は、「8割の外出自粛」でした。その意味を、上のグラフを使って言葉にすると、「今日」の時点で、全ての国民が「8割の外出自粛」を行うと、その後の感染者数の推移は、「ハンマー曲線」になるというものだったのです。議論を単純化するために、ここでは、時間軸の具体的時間、3週間とか7週間という数字は無視して考えて下さい。ある程度の時間が経つと、このような変化が起る、くらいに緩やかに横軸は読んで下さい。

西浦教授は、「爆発的感染を起さないためには、6割以下でも良い」ということを言っていますが、その意味は、「6割自粛」をすれば、「ハンマー曲線」は大体水平になって、それ以下なら右肩下がりになることが計算で分っているからです。7割でも右肩下がりになりますが、その速度は遅く、収束するのに時間が掛るという結果になります。

ここで注意が必要になります。いくつか数字が出てきましたが、それらは皆、ウイルスの感染力の強さによって違ってきます。一人の人が感染して治るまでに、周りの人100人が感染してしまうような(現実にはそんなケースはないようですが)、と1人にだけうつす場合を考えたとき、「外出自粛」の程度も変ってくることは分って頂けると思います。その基本的な数字、一人の感染者が何人の人に感染させるのかという平均値を「基本再生産数」と呼びます。記号では、 R0(本当は、Rの次に、右下に小さい0が付くのですが、ブログ上にはコピーできませんので、この代わりにこの標記を使います) を使います。西浦教授たちは、日本では、ドイツとおなじ2.5を使っています。その場合に、「ハンマー曲線」が大体水平になるのが、6割の自粛です。

仮に、2.0を使うと、自粛の程度は緩くて良くなり、大体4割になります。これはPueyo氏が使っている数字です。

元に戻って、本稿の最初の図ですが、ここでは、「ハンマー」の部分にマスクのみでウイルスをやっつけてしまおうという仮定での数字を元に、色付けが行われています。つまり、 R0 = 2.0という仮定で、ハンマーを使うということにして、そのハンマーとは、「マスクを付ける」ということに限定して考えるということです。その場合、接触感染の割合は、前回のグラフで見るとかなり少ないので、その他の部分に注目します。この仮定がそれなりに意味を持つのは、仮に100パーセントの人が100パーセント有効なマスクをすれば、飛沫は0になりますので、感染の力は、環境の10パーセントと、症状のない5パーセントしか起こらなくなるからです。

R0 = 2.0という仮定をしたことから、冒頭の図での曲線1の始点と終点が、それぞれ40パーセントで良いという結論になります。では、曲線1が、直線ではなく、黄色の方に曲がっているのは何故なのでしょうか。それは、最終的には、[効果] x [人数]で、全体の効果が表せるからです。これは xy = aという式で、そのグラフが双曲線になることは、昔習った通りです。

それを合せて、60パーセント効果があるマスクを60パーセントの人が着想した場合、元々の「ハンマー」と同じ効果があることになるのです。

かなり長くなってしまったので、結論部分は次回をお楽しみに!

 [2020/5/6 イライザ]

 

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2020年5月 5日 (火)

ヒロシマとベトナム(その12)

「外国人労働者」受け入れの変遷

前号(4月5日)で約束しました「技能実習制度と特定技能1、特定技能2という新たな在留資格による外国人労働者受け入れの問題点」について書き進めたいと思います。が、その前に、今日までの外国人労働者受け入れの変遷を大雑把に見てみたいと思います。

~戦前・戦中  強制連行・強制労働~

戦前の日本はハワイやブラジル、ペルーなど米国や中南米、東南アジアへと多くの移民を送り出した国であったことは周知のことですが、同時に「受け入れ国」でもありました。

しかし、残念ながら、平和的でも友好的なものでもなく、明治以降の富国強兵政策から太平洋戦争、そして敗戦にまで続く軍国主義の下での「受け入れ」でした。

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日韓併合(1910年)や日中戦争(1937年7月~1945年8月)で困窮に陥った朝鮮半島や中国の人々が職を求め日本に渡り、国家総動員法制定(1938年)以降は、多くの朝鮮や中国の人々が強制連行で日本の炭鉱や鉱山、造船所や軍需工場などで過酷な労働に従事させられた歴史がそれです。

~コスト削減策として始まった受け入れ~

戦後まもなく迎えた高度成長期、日本は外国人労働者を受け入れないで発展しました。先進国では希なことですが、その理由として農村から都市への労働者の流入、女性や学生などのパート労働への依存、そして機械化・オートメーション化など企業合理化が挙げられます。

いずれにしても、戦後の日本では1980年代半ば頃までは外国人労働者の受け入れはありませんでした。

大きく変わったのが1985年の「プラザ合意」以降です。日本製品が世界各国に輸出され、世界最大の貿易黒字国になった日本はアメリカとの貿易摩擦が深刻化します。「プラザ合意」により円高不況に陥りますが、企業はコスト・ダウンを至上命令に労働コストの低いアジア近隣諸国に生産拠点を移す傾向を強めます。そのことから専門分野の外国人雇用と現地工場の管理者や技術者等の研修などで往来する外国人も増加しました。

今日の格差と貧困の拡大要因になっている非正規雇用の増大につながった労働者派遣法が初めて施行されたのもこの頃です。

円高不況を脱し好景気(バブル期)を迎え企業は労働力確保に苦心するようになり、推進されたのが外国人労働者の導入でした。1989年の「入管法」改正でブラジルやペルーなどの日系三世とその配偶者と子どもに対し就労に制限のない在留資格「定住者」が付与されました。

~技能実習制度の始まり~

その後のバブル崩壊と「失われた10年」と呼ばれるようになった1990年代の長期不況期、人員削減と正規社員のパート化、人材のアウトソーシングなどのコスト削減とともに外国人労働者の活用が推進されます。そうした中で在留資格の「特定活動」一つの類型として、1993年に創設されたのが技能実習制度です。そして、2010年の入管法改正で、在留資格に「技能実習」が新たに設けられ、2017年11月に「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(技能実習法)」が改正施行され今日に至っています。

 

技能実習制度の問題点

 ~安価な労働力確保~

その基本理念は「技能実習は、労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」(技能実習法第3条第2項)とされ、厚生労働省ホームページには「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う『人づくり』に協力することを目的としております。」と書かれています。

技能実習の目的は労働ではなく、あくまでも技術移転による国際貢献とされていますが、最も大きな問題点は、この建前が大きく歪み、実態は安価な労働力確保になっていることです。

下のグラフをご覧ください。

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少し古いデータですが、国際研究協力機構(JITCO)の2016年度技能実習実施機関従業員規模別構成比です。

外国人技能実習生を受け入れている企業の従業員数は、10人未満が50.4%で最も多く、次いで10~19人が15.6%、20~49人が15.3%、100人以上の企業は9.8%です。300人以上は3.0%に過ぎません。これをみると、技能実習は国際貢献よりは、経営基盤の弱い中小零細企業が安価な労働力を確保するために利用されていることが一目瞭然です。

~帰国後、技能実習は生きている?~

毎年、厚生労働省が実施している「帰国後技能実習生ホローアップ調査」(2018年)によると、19,468人の調査対象者のうち5,257人が回答を寄せています。

Img007_20200504165101

上の円グラフは、同調査結果を基に作成したものです。帰国後、「雇用され仕事をしている」人が22.2%、「雇用され働くことが決まっている」人が9.1%、「起業している」人が15.0%で、計46.3%が何らかの仕事に就き、また就く予定と回答しています。一方、仕事を探していたり、何もしていない人が30%を越しています。

さらに、何らかの仕事に就き、また就く予定と回答した人46.3%のうちで、「実習と同じ仕事をしている」と答えた人は48.2%です。全回答者の22.3%が「実習と同じ仕事をしている」と答えていますが、この数値は技能制度の趣旨から見て必ずしも、生かされているとは言い難いと思います。しかも、この比率が年々低下していることも問題です。

技術移転を通した国際貢献を建前に、実質的には労働力確保策として存在する技能実習制度そのものを問い直す必要があると思います。

次号(6月5日)でも引き続き特定技能1、特定技能2の問題点を含め、この問題を取り上げます。

(2020年5月5日、あかたつ)

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2020年5月 4日 (月)

新型コロナウイルス断想・その4 ――手製の布マスクでも効果はある――

新型コロナウイルス断想・その4

――手製の布マスクでも効果はある――

 

 

新型コロナウイルス対策で、後手後手に回っている安倍政権の象徴が、あの「意地を張っている」としか見えない、見苦しいマスクなのですが、マスク批判をするために信頼できる情報探しのために開いたサイトから、目から鱗の何点かの事実を学ぶことができました。前回確認したのは、

 

  • 感染には、10μm以下のマイクロ飛沫が大きな役割を果していて、それは会話をしていても相手に広がっていて、そこに焦点を合わせないと感染対策にはならない。
  • しかし、そのマイクロ飛沫は、布製の手作りマスクを着用することで、口から外に飛散するウイルス量をかなり減らせる。

 

今回は、コロナウイルスの感染がいつどのような形で起きているのかを「Science」誌に掲載されたオックスフォード大学の研究者たちによる論文を元に、Pueyo氏が作成したグラフで見てみましょう。

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この図は、一回の感染からどのような形で何人にそれが広がるのかを示しています。色の付いた部分の面積が、一回の感染から何人の人に感染するのかを示しています。それは、通常 と表記させる基本再生産数のことで、この図の場合は2.0です。

縦軸は、一日当りに起きる感染者数を示しています。横軸は、感染してから何日経っているのかを示しています。空色で示しているのは、症状が出る前に感染する場合で、45パーセントがここに入ります。緑は症状が出てからの感染で、これは40パーセント、ピンクは環境からで10パーセントです。「環境」には接触が入ります。そして残る5パーセントは全く症状の出ない人からの感染です。

このグラフの見方ですが、感染が始まってから5日目には、一人の人が、約0.4人の人に感染させています。その中の多くはもう症状の出ている人からの感染ですが、症状の出ていない人からの感染もかなりあります。

しかし、このグラフで大切なのは、ほぼ半分の人は、症状の出ていない人から感染しているという事実です。その中で、今まであまり注目されて来なかったマイクロ飛沫の役割を考え、そのマイクロ飛沫はマスクで拡散を防ぐことができるのなら、マスクは役に立つ、という結論になるではありせんか。

マスクが日常的には使われていない欧米では、感染したら仕方がないからマスクをするという行動の仕方は自然です。でも「症状がないのにマスク?」と考えていた人たちを説得する上で、ここでの結論は役立ちます。感染していても症状が出ていない人からの感染が半分近くなる、という結論から、「私もマスクをした方が良いのかも」という意識が生まれる可能性があるからです。

日本では今や、マスクが手に入らないほど多くの人が日常的にマスクをしています。「自分はコロナに罹りたくない」という動機でマスクをしている人が多いにしろ、感染してしまっていても自覚症状のない人の多くも、当然マスクをしています。このような人たちからの感染がかなり抑えられるという結果になっていることも重要です。そんな日本では、どのくらいの人が装着すればという問そのものがあまり意味を持ちませんが、欧米では大切な説得ポイントになる事柄です。

そしてマスクの質についても、自分が罹らないためには、という目的と一体的に考えられる傾向があります。しかし、もしかしたら自分も感染しているかもしれない。それを広げないためにはどんなマスクが必要なのか、という視点を新たに持つことによって、さらなる感染を防ぐことも可能です。そのために役立つのが次のグラフです。

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縦軸は、何パーセントの人がマスクを装着しているかを示しています。横軸は、マスクの質です。100パーセントのマスクは、ほとんどウイルスを外には出さない、完璧に近いマスクです。中の色は、感染率を示しています。青に近いほど、感染率がゼロに近く、黄色は今までと同じように感染が広がることを示しています。中の曲線は、感染率を示しています。「1」という数字は、感染率1を示しています。つまり、一人の人から感染するのが1人であるということです。バツ印が付けてあるのは、質的には60パーセントくらいのマスクを、60パーセントの人が装着しても、感染率は1以下になる、つまりコロナをコントロールできるという位置を示しています。

つまり、質的にはそれほど褒められるものではなくても、それを60パーセントの人が装着すればコロナはコントロールできるということを示しています。

この図が信頼できるものであることの説明としてはこれでは不十分です。ここに示した曲線が、もっと右上の方向に移っていても良いのではないか、何故直線ではいけないのか等、説明が必要です。そのためには、3月2日の「見解」で登場した、感染の推移をモデル化したグラフに戻らなくてはなりませんので、次回、丁寧に説明したいと思います。

 [2020/5/4 イライザ]

 

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コメント
いつも勉強になっております。

60%の人が60%の質のマスクをしているとコロナをコントロールできるとの見解、新鮮に読みました。日本人は90%以上がマスクを装着しているので、コントロールできたらなあと思うのですが。

昨日のテレビではクルーズ船の感染伝播は手指から多くの感染者が出ていることをやっていましたので、その点についての見解があればお知らせ下されば有難いです。

「ポラリス」様

コメント有り難う御座いました。

説明が不十分で済みません。60パーセントの人が、効果60パーセントのマスクでコントロールができるというのは、Pueyo氏が使っている、基本再生産数が2だからです。日本の場合は、その数字は2.5が使われています。その根拠は明確に示されていませんので、それは問題なのですが、2.5を前提にすると、もっと高性能のマスクをもっと多くの人が装着しないと、マスクだけではコントロールするのは難しいという結論になります。

この点は、その6で (5月7日) 説明する予定です。

接触感染についても勉強したいと思っていますが、クルーズ船の場合、閉じられた空間にウイルスが入り、掃除も十分に行き届かず、その場所を感染した人が使い続ければ、ウイルスが生き続ける (不正確な表現ですが) のは当然だと思います。

アベノマスクは届いていませんが、マスクの市場価格は下がり始めており、サーバーダウンを繰り返して抽選販売されたシャープ製マスクも既に高価な部類となっています。工業製品の常識からすると、僅か4%供給時点で不良率が数パーセントに達した衛生製品は全量回収の上で焼却処分です。それでも「アベノマスクのおかげでマスク価格が下がり支給した費用を上回る経済効果があった」とする評論家もいて、発想の豊かさに驚嘆しています。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

「発想の豊かさ」と受け止める、「工場長」さんの心の豊かさに脱帽です。

それを延長すると、「忖度」をするということは、相手の気持ちを考えるだけの「思いやりの心」があることになりますね。官僚や御用学者たちは、自分たちには「発想の豊かと」と「思いやりの心」があると信じ込んで自画自賛をしているのでしょうか。

2020年5月 3日 (日)

新型コロナウイルス断想・その3 ――裸の王様マスク (ハダカノオウサマスク)――

新型コロナウイルス断想・その3

――裸の王様マスク (ハダカノオウサスク)――

 

今回、元々意図していたのは、安倍総理のちっぽけなマスクをだらしなく付けている姿がみっともない、もう少しシャキッとしたマスクにして、「こんな格好良いマスクなら、自分もしたい」と思う人が増えるよう、諫言する人はいないのか、という問題提起でした。つまり、あなたは「裸の王様」ですよと言う人が周りにいないのかという疑問を書く積りでした。それもマスクについての進言になりますので、「ハダカノオウサスク」というタイトルにしてみました。

その前提として、安倍総理が守ってないいくつかの問題点を想定していました。たとえば、

  • 布のマスクは、目が粗いのでコロナ対策としては不十分だ。
  • 隙間のないように付けないとあまり効果がない。
  • そのためには、鼻も顎も覆うくらいの大きさが必要だ。

私の「常識」ですので、今の時点で正確かどうか分りません。念のために、これらの「主張」に根拠があることをネット上の信頼できるサイトで確認したいと考えて、ザっと見てみたのですが、マスクについて大切なことがハッキリと分りました。以下、その報告です。

根拠になったのは、私が一番頼りにしているサイトです。シリコンバレーでITの仕事をしているTomas Pueyoという人が、自分なりのボランティア・チームを作って調査・研究したことを分り易く連載物としてアップしてくれています。今回参照したのは、「Coronavirus: The Basic Dance Steps Everybody Can Follow――Part 2 of Coronavirus: Learning How to Dance」というタイトルです。日本語に訳しておくと、「コロナウイルスーー誰にでもできる基本的なコロナウイルス・コントロール法」そしてそれが「コロナウイルスのコントロール法を学ぶ」の第2部として位置付けられている、ということになります。略して「第2部」と呼ぶことにします。

ここで、英語の「dance」ですが、Pueyo氏は、コロナ危機を収めるために、まずはハンマーでガツンと叩いて、その後は、ダンスをするように緩やかにコントロールをして行くという比喩を使って全ての説明をしていますので、「dance」をそのまま訳すのではなく、機能の部分に注目して「コントロール法」と訳しています。

Pueyo氏はMediumという、オンラインの媒体に、かなりの数の論文を掲載しています。素晴らしいチームに支えられた調査・研究能力には舌を巻いています。プレプリントも含めて主要な医学論文や雑誌、オンラインの出版物などの中から、選りすぐりのものを駆使して、少なくとも私には説得力のある全体像を描いてくれています。その内のいくつかは日本語にも訳されているのですが、今回の論考はまだのようですので、ポイントを掻い摘んで訳しながら説明したいと思います。

「第2部」はかなり長く、内容も多岐にわたりますので、ここでは、マスクの効用だけに絞って要点だけを掲げておきます。Pueyo氏の整理によると、次のような事実が浮び上ります。

  • コロナウイルスの感染の仕方は、咳やくしゃみによる飛沫を吸い込むことと、接触が主なものだが、通常の飛沫より小さい、1/100ミリ以下、つまり10μm以下の「マイクロ飛沫」の役割を無視してはいけない。これは歌を歌うだけでも、いや会話をする際にも口から飛んで、軽いために空中にかなり長時間漂い続けて、他者に感染させる元になる。
  • これは、NHKスペシャルでも報道されている。

 

  • ビデオでも、布で口を覆うだけで、マイクロ飛沫が減少する様子が分る。実際にどのくらい効果があるのかをイギリス衛生局の医師たちが21人のボランティアによる実験で検証した。その結果がアメリカの国立衛生研究所の管理する「PubMed Central」という文献センターのサイトに掲載された。下のグラフは、その結果をまとめてPueyo氏が作成した。

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  • 赤がマスクを付けないとき、薄い水色が手作りの布製マスク、濃い水色が不織布マスクで、そのマスクを付けた人が咳をしたときに、外側にどのくらいの量の飛沫が飛ぶのかを飛沫の粒の大きさによって分類したもの。グラフそのものは、マスクの外側で測った飛沫量を示しているが、数字は、マスクをしていないときに比べて、何パーセント飛沫が減ったのかを示している。(クリックすると図が大きくなります)
  • 元の論文の結論は「手作りマスクは、ないよりはあった方がましだが、不織布のマスクがない場合の代替物として使用すべき」というものだ。
  • ただし、Pueyo氏の結論は「効果がある」で、それには私も賛成だ。手作りマスクを不織布と性能比較することも大切なのだが、マスクなしの場合の飛沫と、手作りマスクのばあいのそれとを比べると明らかに効果があるからだ。「不織布マスクがあれば、その方が機能的に優れているのでそちらを使う、なければ布製の手作りマスクでも立派に役割を果す」と要約するのが、現実的かつ科学的だろう。

  明日は、①症状のない場合でもマスクの使用が大切であること、また②マスクの着用の仕方で効果はどう変るのか、そして何パーセントの人がマスクを使用すれば効果があるのかについて報告します。

 [2020/5/3 イライザ]

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コメント
新型コロナの特徴として不顕性感染が多く上気道より下気道で増殖がみられ、結果として症状の出ない人でも感染力があり早い段階で肺炎になり易いといわれています。そのため、従来はマスクは患者=咳やくしゃみで飛沫を飛ばす人、でなければ、感染予防の科学的根拠はない=症状がなければ意味がない、とされていた欧米でもマスクを奨励する地域が増えました。ただ、医療従事者が感染防護に着るPPE(個人防護服)でも、着脱の訓練が必要なように、マスクも扱い方が重要で、知事ばかりでなく専門家ですら会見では苦労されていました。



私が知っている福祉施設でもマスクをすると、聴力の衰えている高齢者に対して、より声が大きくなったり、何度も言わなければならなくなったりと、却って飛沫を多く飛ばす結果になるので、当初はマスクを着用しないように指導していましたが、今はマスク着用を基本としています。ただ、そのために十分な教育・指導が行われたとも聞きます。次回のブログにも期待しています。

投稿:工場長 2020年5月 3日 (日) 07時03分


「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

マスクをする習慣のある国や地域とその習慣のないところとでは、考え方が違うのだと思いますが、Pueyo氏は後者を念頭に置いて、マスクの効用を考えているようです。

その結果は、明日、説明したいと思っていますが、「完璧」ではなくても、それなりに効果があるかどうかを判定基準にするという考え方は新鮮でした。

NHKはこの映像を早朝に毎日のように放送してます。注意喚起なんでしょうが。
私は自分が感染しているとして、他者に移さないためにマスクをしてます。
他者の飛沫感染から自分を守るためにはマスクだけでは不十分であり目の保護も必要です。
それに、特別な場所や空間に行かない限り飛沫感染を受ける可能性は低いと思っています。
混み合っている電車やバスの中でも話す人は殆どいなく、ほとんどの人がスマホを見てますし。
昔と比べで今はマスクの使用方法が変わってきてます。昔は風邪をひいた人や学校給食の配膳当番などがマスクをして、自分の口からウイルスや雑菌を飛ばさにために使われていました。自分から他者に移して迷惑をかけない。内から外への対策として。
それが二十年前辺りからマスクの使用目的が変わりました。花粉症の人が多くなったために、花粉が鼻や口に入らないように、外からの異物を防ぐ目的になったと思います。花粉に加えてPM2.5対策として。これらは空中を浮遊しているとても細かなものですから、今のような花粉対策のために目の細かいマスクとなりました。新型インフルエンザが流行したときにも外からの感染を防ぐから必要だと言われ、このときには目からの感染も言われてましたが、今回のコロナ対策では目からの感染の注意喚起はほとんどなかったと思います。医療関係者の感染拡大でやっと目のガードが言われましたが。
昔と違い、マスクは自分を守るものだから、感染者は攻撃してくる厄介な人達になるのでしょうね。だから、感染者の動向はどうあれこの人達も被害者なのに誹謗中傷をするのかもしれません。感染者は映画のゾンビのうように見えるのでしょうね。
コロナウイルスは街中の空中を花粉やPM2.5のように浮遊していないのに、誰もいない郊外でもマスクをしてます。
マスクは、飛沫感染を防ぐでしょうが、目の保護をしてないと意味がなく、ウイルスが空中を浮遊していないのですから、感染拡大の防止は、感染させられるでなく、感染させないのが重要だと思います。
布マスクでも、口から吹き出される唾液に混じったウイルスを防げるなら、感染拡大を防ぐ効果は十分だと思います。
ですが、ガーゼマスクは衛生品ですが、アベノマスクは汚くて不衛生です。検品しても使えるものでは無いですね。
こんなマスクを納入した業者は、衛生品のマスクとして契約したのでしょうから、契約違反になるのではないでしょうか。また普通の企業は異物が混入した可能性があるからと、異物が発見されなくとも自主回収します。納入企業に自主回収させ、契約違反だからと返金させればよいのです。このお金で大学生を救うべきですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

マスクの使用目的の変遷について、実体験を基にした説明を有り難う御座います。この間、私はマスクはほとんど使わないアメリカで生活していましたので、とても勉強になりました。

また、最低限の衛生基準も満たしていない「物体」を「マスク」と呼んではいけないという御指摘には大賛成です。

2020年5月 2日 (土)

新型コロナウイルス断想・その2 ――「当事者意識」の欠如、ノブレス・オブリージュ――

新型コロナウイルス断想・その2

――「当事者意識」の欠如、ノブレス・オブリージュ――

 

前回取り上げた「Do what I say, not what I do.」が世界的に共有されているのは、この慣用句が主張していることとは正反対のことが広く、あるいは当り前のこととして、起きているからです。つまり、多くの子どもたちは親の言うことは聞かない、しかし親の行動を良く真似しているのです。それは、言葉より行為の方に、しばしば本音が現れているからです。横道に逸れますが、「親の行動」を少し広く解釈して、住んでいる周囲の環境と読み換えると、「孟母三遷」になることも、お分り頂けると思います。

同様に、コロナについての大切な記者会見でも、言葉より行為や行動、そして態度の方にリーダーたちの本音が現れているというのが、前回指摘した記者会見の言葉と行動との乖離の意味なのです。「行動」にこそ、為政者の本音が表現されていたのです。それを一言でまとめると、

 

リーダーたちは、新型コロナウイルスを甘く見ていた。

  

それをマスコミが、同じように、マスクなし、かつ「密」な状態で報道していたのですから、それを毎日見せられていた私たちも皆、新型コロナウイルスを甘く見ることになったとしても無理はありません。「言葉」ではなく「行動」に示されているメッセージが大事なのだと、無意識裡に内面化してしまったのでしょう。

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そうなると次の疑問が生じます。リーダーたち、そしてマスコミが、「密」な状態に何の疑問も感じなかったこと、マスクをする必要性や重要性も口だけのことだと暗黙裡に受け止めてしまっていたのは何故なのでしょうか。その理由を知ることで、今回のコロナ対策の本質を理解できるような気がします。

様々な可能性があるのですが、そのどれも最終的にはどこかでつながっているので、同じことの別表現だと言うべきことなのかもしれません。

  •   一つの可能性は、「自分は罹らない」という「傲慢さ」。これは「無知」が原因の場合もありますし、自分たちは違う人間なのだという「選民意識」が、無意識に身に付いているのかもしれません。あるいは、自分たちの命令を聞くのが当り前という「お上(おかみ)意識」があるからかもしれません。

 

  •   しかし、3月末の時点では、世界的にも日本国内でも多くの方が亡くなっていますし、重症の患者さんの苦しさも広く報道されていました。自分も、あるいは自分の愛する人たちも、感染すれば同じような苦しみを味わうかもしれない。それを避けるための施策なのだという位置付けがしっかり理解されていれば、「自分は罹らない」ではなく「自分も罹る可能性がある」、「自分の家族が懸かる可能性もある」、だから「それを避けなくてはならない」という、自分の身に置き換えた対応ができたのではないかと思います。そうならなかったのは、「当事者意識」がなかったということですし、「共感力」が弱いと言っても良いでしょう。それはまた、自分とは違った立場にいる人間、苦しんでいる人間に自らを重ねて、それがあたかも自分であるかのように、少なくとも頭の中で考えることのできる能力の欠如を示していると言っても良いでしょう。「想像力」の欠如です。

 

  •   今回、特に注意を喚起したいのは、総理や知事など毎日のようにテレビに登場するリーダーたちだけではなく、その他の国会議員や政治家たち、そして芸能人やマスコミ関係者も含めた、広範囲の「リーダー」たち――あるいは「有名人」たちといった方が良いかもしれませんが――の果している役割です。それは、これらの人たちを日常的に見詰める立場にいる私たちに対しての、「お手本」としての役割です。元々はフランス語だった「ノブレス・オブリージュ」といった方が意味は良く伝わるかも知れません。

     ウイキペディアでは次のように記述されています。

「倫理的な議論では、特権は、それを持たない人々への義務によって釣り合いが保たれるべきだという「モラル・エコノミー(英語版)」を要約する際に、しばしば用いられる。最近では、主に富裕層、有名人、権力者、高学歴者が「社会の模範となるように振る舞うべきだ」という社会的責任に関して用いられる。

 

「ノブレス・オブリージュ」の核心は、貴族に自発的な無私の行動を促す明文化されない不文律の社会心理である。それは基本的には、心理的な自負・自尊であるが、それを外形的な義務として受け止めると、社会的(そしておそらく法的な)圧力であるとも見なされる。

 

法的な義務ではないため、これを為さなかった事による法律上の処罰はないが、社会的批判・指弾を受けたり、倫理や人格を問われることもある。」

「お手本」とはつまり「社会の模範となるように振る舞うべきだ」という意味ですが、「三密」を避けようというメッセージを出すに当っては、メッセージを出しているその場が大切な「お手本」なのだという認識の下、自らがそのお手本になって、「三密」の対極を示しておく必要があったのです。つまり、具体的な形で「三密」を避けるとはどういうことなのかを、ビジュアル的に分り易く示す必要があったということです。また、皆さんはマスクが足りなくて困っているようなのでマスクを配ります、というメッセージを発信する場では、そのマスクを引き出しにしまっておくのではなく、すぐに身に付けるためですよという、もう一つのメッセージを自らマスクを付けることで示す必要があったのです。

自粛をしよう、と全国民に呼び掛けるのであれば、そのお手本になるのは、自分自身は勿論のこと、一番身近な家族や側近でしょう。国会議員も当然お手本になるべき立場にいる人たちです。いくら野党であっても、「不要不急」の典型的事例であるような「夜の街」のセックス絡みの店に行くことは「お手本」とは言えませんし、それが、公表されたのであれば、法的に問題があるかどうかの次元ではなく、「お手本」としての身の処し方ができなかったことを恥じて、国会議員を辞職して、少なくとも出処進退で「お手本」になるべきでしょう。

敢えてもう一つ付け加えておくと、自分の選挙、そして妻の選挙に当って、党から法外な1億5千万円も貰った上、10万、20万、50万といったお金を首長や地方議員に配った国会議員夫婦も、辞職に値します。これも「反面教師」としての価値はあっても、「お手本」にはならないケースです。

[次回に続きます]

 [2020/5/2 イライザ]

 

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コメント
昨日の国の専門家会議の会見では、実効再生算数を求めるために使った計算方法やデータの開示にも「自転車操業で時間がない」、評価基準についても「総合的に判断する、質的評価もある」という回答で、もはや科学ではありません。彼らの占いに、どこまで付き合わされるのだろうかと思いました。
「工場長」様


コメント有り難う御座いました。

御指摘に100パーセント同感です。専門家会議のあり方として、3月2日に出された「見解」で、これを科学とは呼べないことが分りました。念のため、きちんと検証したのがここでお読み頂いた、新型コロナウイルス危機のシリーズです。

しかし、「危機」は、科学者が科学を放棄しただけでなく、科学を敵視する政治がはびこっていることなのかもしれません。それについては再度取り上げたいと思います。

中国の武漢の状況を見ていると、若い人は感染しても重症化しない、高齢者や病気を持って人が重症化して亡くなっている情報が多かったことと、台湾や韓国のように危機感がなく対岸の火事として見ていた人も多く、マスコミもすぐに日本も武漢のようになるような報道はあまりなかったように思います。
普段の生活で、私は違う関係ないとしている人も多いと思います。弱者のことを考えない。もしかしたら自分も生活破綻して生活保護になるかもと考えない。「明日は我が身」が生活の中に無いことが危機感を欠如させているのかもしれません。最近の災害でも逃げない人もですね。
そして、欧米のコロナの被害が武漢の被害が足元にも及ばない大被害になったのを見て、やっと大災害だと多くの人が気づいたのではないでしょうか。
また、新型コロナウィルス感染する人はいまのところ約1万に一人ですから、そんなに騒ぐ必要が無いと政府関係者は頭のなかで考えていて、人の命を効率で考えて政策をしてきた日本国家には、経済最優先だとの方針が、これらリーダーの態度に自然と現れているのかもしれませんね。
日本人の生活を守るために赤字国債を発行するよりはアメリカから高額の戦闘機をもっと買えると考えているような政治家がいるとは思いたくは無いですが。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

武漢や韓国での感染を「対岸の火事」だとしか見ていなかった、政府、マスコミ、ビジネス界、そして国民が最大の問題かもしれません。その根底には、アジア諸国を下に見る日本的な蔑視感覚があるのでしょう。

そして、コロナ対策担当の大臣が経済再生大臣の兼務だということも、「Do what I say, not what I
do.」的価値観の具現化だと思います。人の命を最優先するという方針を、担当者の名称はじめ全ての面で表現しそれを裏付ける施策を展開しなくてはならないはずなのですから。

2020年5月 1日 (金)

新型コロナウイルス断想・その1 ――「お手本」を示すのはリーダーの義務――

新型コロナウイルス断想・その1

――「お手本」を示すのはリーダーの義務――

 

   「安倍宣言」、つまり安倍総理が2月28日に発した「全国一斉休校要請」についての「記録」は、最初に考えていたより少し長くなりましたが、一応、形ができたような気がしています。不十分な点や、偏見、誤った解釈、事実の取り違え等、お気付きの点があれば、御面倒でも御指摘下さい。より分り易く改善して、後世への記録として残しておきたいと考えているからです。

そして何より「工場長」さんに感謝しています。私の守備範囲はそれほど広くありませんので、それを補完してしかも大切な事実の指摘や、方向性についてのアドバイスなどなど、何時ものことですがとても勉強になりました。その結果も生かして、一つ二つ、問題提起しておいた方が良さそうなことも見えてきましたので、「断想」として、不定期にアップさせて頂きます。

今考えているテーマは、

  • 総理大臣を初め、リーダーたちの「当事者意識」の欠如--これが今回のテーマです。
  • 日本で死者数が少ない訳――私自身の偏見・独善的見方でしかない可能性があります。
  • 英語で読んだ、新型コロナウイルスの分り易い解説紹介。

もし、こんなテーマを一緒に勉強しよう、という御提案を頂ければ、私のできる範囲で情報を集めて、「工場長」さんにもアドバイスを頂きながら取り組んでみたいと考えています。

さて、「国難」、「世界難」とでも言える今回のような危機に直面したときに、国や世界のリーダーたちには、当然、重要な役割を果すことが求められます。「義務」と言っても良いでしょう。思い付くままにどの様な決定をしなくてはならないのかを列挙してみても、大切な事ばかりいくつも頭に浮びます。感染を広げないためにはどうすれば良いのか。様々な活動の自粛をしたり、世界的には国境封鎖や都市封鎖をするのかどうか、そして仮にそれほど大胆なアクションが必要だったとして、いつからいつまでどの程度の制限を加えるのか、さらには、その間にも日常生活が維持できるようなシステムをどう構築するのか。医療体制をしっかりと組み立て、患者たちの命をどう守るのか、そして様々な規制の結果として大きな影響を受ける経済を破綻させないための緊急システムをどう作るのか。コロナ危機脱出後の都市・国家・世界像を描きつつ、それに役立つしかも今でなくてはできない準備をどう始めるのか等々、リストを作り始めれば尽きることはありません。

我が国のリーダーに話を限っても、感染予防のために、早い時期から国民への協力要請を熱心にしてきたことも大切です。最初の内は、①換気の悪い密閉空間、②多くの人の密集する場所、③近距離での会話、の三つの条件が重なる場を避けるための行動をするようにという呼び掛けでした。「近距離」が約2メートルということもかなり広まっていました。たとえば、広島カープの入場券発売が3月1日にありましたが、待っている人は、直径1.8メートルの丸いカーペットの真ん中に立って、隣の人との距離を2メートル取るよう、球団が丸いカーペットを販売所前に敷き詰めていました。

この3条件が「三密」と呼ばれることになったのは、私の気付いた限りでは、小池都知事の3月25日の記者会見でした。この用語が使われることで、何をすべきなのかが分り易く伝わるようになりました。

「換気の悪い密閉空間」、「多くの人の密集する場所」、「近距離での密接した会話」、これら3つの密を避けていただく、そのような行動をお取りいただきたいと存じます。これを「ノー3密」と呼んでおります。

さてここからが問題提起です。これだけはっきりとしたメッセージが出されているのですから、これを聞いた人は「全て」「No 3密」の行動をしていて当然ですよね。その「全て」の中には当然自分自身、そして自らの属する組織も入ります。でも次の画像を見て下さい。

Photo_20200424210101

知事も含めて誰もマスクをしていませんし、隣同士の距離も近過ぎませんか?記者席もかなり「密」です。そして総理大臣の記者会見も同様です。全国民にマスク配布を発表した3月28日の記者会見でもマスクはなし、そして「密閉」「密集」「密接」と3拍子揃っています。

Photo_20200424210102

その後、こうした状態は改善されましたが、「アベノマスク」とまで揶揄された決定が説得力を持たなかったのは、「あなた方にはマスクが必要。でも私たちにはマスクは不要」というメッセージも一緒に伝わったからなのではないでしょうか。

このことを、ずばりと伝える慣用句が英語にあります。「Do as I say, not as I do.」です。たとえば、自分の子どもに「早く寝なさい」といったとして、「でも、パパは早く寝ないじゃない」という答えが返って来たときなどに、「私の言う通りにすればいいの。私がすることを真似しちゃ駄目。」と答えるような場合に使われますが、世界中の多くの親たちには親しみのある言葉でしょう。

またまた長くなってしまいました。まだ言いたいことがありますので、次回に続きます。

 [2020/5/1 イライザ]

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コメント



イライザさんにアドバイスなど恐れ多いことですが「英語で読んだ、新型コロナウイルスの分り易い解説紹介」に一番興味があります。これは新型コロナに限りませんが、日本語で見る世界と英語で見る世界の乖離が大きくなる一方で、同じNHKですら、国内向けと海外向けではニュアンスだけでなく書かれている「事実」すら違うように思います。学生の頃から英語が最も苦手な教科で専らGoogle頼みなので、是非、正確なニュアンスを含めて知りたいところです。

Do as I say, not as I do.


一つ賢くなりましたw ありがとうございました

とにかく膨大な情報が出ている中、読めていないものも多くあります。かなり遡りますが、昨年の10月18日、ニューヨークでは「次に起きるパンデミックはコロナウイルスによる」ことを想定して、世界経済フォーラム、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターの共催で「EVENT


201」として開催され、新型コロナウイルスは、18カ月以内に6500万人の死者を出し、世界経済を大暴落に追い込んでいくというシミュレーションがされ、動画も公開されていますが、これも興味はあるのですが、結構長く英語は2倍速では無理なので、まだ見ていません。
https://www.youtube.com/watch?v=AoLw-Q8X174&list=PL9-oVXQX88esnrdhaiuRdXGG7XOVYB9Xm

巷では「コロナ自粛疲れ」なんて言われていますが、私のコロナ疲れは、コロナ対策によって次々と露呈されるリーダーの無能ぶりへの怒り疲れです。


後手後手行き当たりばったりとしか見えない日本政府のもとで、日本人の死亡者数の少なさは不思議です。
なぜなのか、そのことに私は一番関心があります。しかし、下手に死者数の少なさを口にすると、日本政府の対策が良いのだと勘違いされるので、普段は口にしません。
イライザさんの独善的見解を楽しみにしています。

911もイスラム国もそうでしたが、我々はまた壮大なドッキリショーの中にいるように思います。

立て続けのコメントで失礼します。


日本ではよく「安全と安心は違う」ということが言われます。私も日本人なので分からなくはないのですが、どちらかと言えば、私自身は、安全が確認できれば安心、そうでなければ安心できないと、あまり違わないのですが、色々な場面で、結構違う使われ方がしていると感じることがあります。

そもそも「安心」にピッタリする英語も思い浮かばないのですが、どうなのでしょうか。

「工場長」様


続けてのコメント有り難う御座いました。それと、「工場長」さん御自身が書かれている「タウンNEWS広島平和大通り」でも、コロナウイルスについての論考をアップして下さり、今回は「パルスオキシメーター」がテーマですが、とても勉強になります。念のため、URLです。

http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2020/04/post-1f802b.html

英語のサイトでも、それほど広範囲を守備範囲にはしていませんので、かなり偏っていると思いますが、いくつかは御紹介する積りです。

ニューヨークでの「EVENT 201」についての報道を読んだような記憶がありますが、その時点ではまだその重要性に気付いていませんでした。時間があれば、記録を読みたいと思います。

「⑦パパ」様


コメント有り難う御座いました。

日常的に繰り返していることでも、言葉にしてラベルが付くと、客観視できるというメリットがあるようです。

「三原の暇人」様

コメント有り難う御座いました。

独断と偏見ばかりのまとめになりますが、反論等も大歓迎ですので、宜しくお願いします。

「ビビり」様


コメント有り難う御座いました。

「ドッキリショー」という感覚、分ります。同時に、田舎に住んでいると外の世界とは切り離されているせいで、実感がわかなくなる時もあります。

「工場長」様


コメント有り難う御座いました。

「安心」には色々な意味があり、一番普通に使われている場合は、何らかの心配事から解放される時だと思います。その場合は「relieved」が良く使われるようです。まさに、何かから解き放たれる感じです。その他「reassured」とか「peace
of mind」等もありますし、「feel
safe」などがピッタリする場合もありますので、個々のニュアンスで決めるのが良いのではないかと思います。

今日も、政府の専門家会議の会見があり、ソーシャルディスタンス、フィジカルディスタンス、三密回避、色々言われていましたが、最近では見ることのないような過密な会見でした。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

正に、「Do as I say, not what I do.」の世界でした。しかも尾身副座長はかなり頻繁に手でマスクを触っていました。手で顔を触るよりは良いのでしょうが--。

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