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2020年4月 1日 (水)

被爆者援護は裁判で勝ち取った ――それまでは、「受忍論」を盾に「放置」――

さて、これまでは、憲法には私たちの権利として明示されているにもかかわらず、その権利が実際には守られなかった顕著な実例をいくつか取り上げてきました。たとえば、禁止されているにもかかわらず「合憲」だとの最高裁判決がある「死刑」、そして当事者から何回にもわたって、裁判を通して問題提起された「婚外子」の権利です。普通に考えれば「違憲」以外の解釈はできないにもかかわらず、「婚外子」の差別には「合憲」判決が出され続けてきたのです。権利が剥奪されて来た人たちは、いわゆる「弱者」が多いのですが、今回は、その中でも、「被爆者」を取り上げたいと思います。

 《被爆者の人権は無視され続けてきた》

歴史を辿る情報は、時系列に従って出来事を記述するのが普通なのですが、ここでは、国の姿勢を一番明確に示している「受忍論」から始めましょう。1980年、当時の厚生大臣が、元東大総長である茅誠司、大河内一男両氏を含む7人の「知識人」に諮問した答申が出されました。7人からなる会は「原爆被爆者対策基本問題懇談会」と呼ばれますが、略して「基本懇」として知られています。

この基本懇の答申は、政府の公式文書ではありませんが、被爆者援護法やその運用の仕方について、ここで打ち出された「受忍論」が基本的な指針であると捉えた上で解釈すると、これが我が国の政府と国民との間の戦争についての基本的考え方を示しているものであることが良く分ります。その内容を私なりに要約しておきましょう。

戦争は国が始めるものだが、国を挙げての戦争の結果生じる犠牲は、「一般の犠牲」として、全ての国民が等しく受忍しなくてはならない。ただし放射能による被害は特別だからそれなりの配慮は必要である。しかし、一般戦災者とのバランスが大切だということも忘れてはならない。最後に、国には戦争に関連しての不法行為の責任や賠償責任はない。

つまり、国の戦争責任は認めず、戦争による犠牲について国としての賠償はしないのですから、被爆者の疾病や生活について親身になってケアをする気持のないことは勿論、国民の基本的人権という視点からの施策もなかったと言って良いでしょう。その権利を回復するための手段の一つが訴訟でした。その結果、被爆者の権利が認められるようになりました。中でも重要な三つのケースを掲げておきます。

 .石田訴訟(1973年5月17日—1976年7月27日)――原爆による白内障を認定疾病として認めるかどうかが争点で、原告は石田明氏、被告は国で、要医療性が争点になりました。判決は、認定疾病についての二つの要件のうち、起因性については問題がない。さらに、医療審議会の意見「薬物治療は効果がない」に対して、一部ではあるが進行防止の効果を有するとの見解もあるので、もう一つの要件である要治療性があると認めるべき、というものでした。

Photo_20200331115501

被爆教師の会の創設者で、石田訴訟の原告である石田明氏

 .孫振斗訴訟 (1972年10月--1978年3月30日)――原爆医療法の恩恵に預かるための必要要件だった被爆者健康手帳を交付して貰いたいという目的で密入国した原告、孫振斗(ソン・ジンドウ)氏が国と福岡県を訴えました。争点は、密入国者にも被爆者健康手帳を交付すべきかどうかで、最高裁による判決は、「『原爆医療法』は、被爆による健康上の障害の特異性と重大性のゆえに、その救済について内外人を区別すべきではないとしたものにほかならず、同法が国家補償の趣旨をあわせもつもの」と解し、「被爆者の置かれている特別な健康状態に着目して、これを救済するという人道的目的の立法である」ことから、交付すべしという結論になったのです。

 .3号被爆者訴訟 (2005年9月29日--2009年3月25日)――市外で、被爆者を輸送・救護・看護・処理等をした人たちは「3号被爆者」として認定されるのですが、そのためには、輸送・救護・看護・処理等をした被爆者が10人以上という条件が付いていました。それに対して被爆者7名が、国と広島市を訴えていました。判決は、相応の時間とどまったという事実が認められれば、身体に放射線の影響を受けたことを否定できないという結論で、これら7名、そしてその他にも要件を満たした被爆者は3号被爆者として認められることになりました。

国の姿勢は被爆者を「個人として尊重」したり、生命・自由・幸福の追求のために「最大の尊重」をしているようには思えません。「受忍」して当然なのに、何故それ以上の要求をするのだ、とでも言える対応の仕方ではありませんか。日本人に対しての対応がそのレベルであれば、日本人以外の人たち、つまり外国人に対しては、特に大日本帝国が起こした戦争・事変その他の行為で被害を受けた人たちには、「受忍論」より過酷な基準での対応しかなされていないとしても不思議ではありません。次回は、この点を検証します。

[2020/4/1 イライザ]

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コメント

基本懇答申、期待していたからこそ、あの内容には脱力感だったことを思い出します。答申が出たのは80年12月ですから、今年は40年なのですね。「受忍論」とともに、「三つのほしょう」問題も改めて議論を交わしたいと思います。そして石田明さん、「被爆者運動の哲学」を教わりました。

木原省治様

コメント有り難う御座いました。何しろ、二人の東大元総長まで委員だったのですから、普通なら期待しない方が可笑しいですよね。でも、最近の東大出の高級官僚たちの言動を見ると、その原点が基本懇にあったのだと考えた方が良さそうですね。

それも、コロナ・ウイルスについての対応で、高級官僚たちのお粗末さが毎日伝わって来ていますので、多くの皆さんが目を覚ましてくれると良いのですが---。

 

 

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基本懇答申、期待していたからこそ、あの内容には脱力感だったことを思い出します。答申が出たのは80年12月ですから、今年は40年なのですね。「受忍論」とともに、「三つのほしょう」問題も改めて議論を交わしたいと思います。そして石田明さん、「被爆者運動の哲学」を教わりました。

木原省治様

コメント有り難う御座いました。何しろ、二人の東大元総長まで委員だったのですから、普通なら期待しない方が可笑しいですよね。でも、最近の東大出の高級官僚たちの言動を見ると、その原点が基本懇にあったのだと考えた方が良さそうですね。

それも、コロナ・ウイルスについての対応で、高級官僚たちのお粗末さが毎日伝わって来ていますので、多くの皆さんが目を覚ましてくれると良いのですが---。

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