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2019年12月14日 (土)

森滝日記からたどる「原爆被爆者対策基本問題懇談会の答申」

先日のブログに「原爆被爆者対策基本問題懇談会の答申」のことを書いて以降、当時の状況をもう少し詳しく知りたいと思い引っ張り出した本が、中国新聞社が1985年7月10日に発刊した「ヒロシマ40年森滝日記の証言」です。

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この本は、「あとがき」にもあるように「1984年(昭和59年)1月1日付から同8月1日まで、中国新聞紙面で200回にわたって連載された記事をもとに、その中から被爆者たちの平和への訴えや原水禁運動の分裂など大きな節目に力点を置いて、一部補筆した」ものが、書籍としてまとめられ出版されたものです。随所に、森滝先生の日記に書かれた文章が記載されています。

「原爆被爆者対策基本問題懇談会の答申」について「森滝日記の証言」に書かれていることを振り返ってみたいと思います。答申が出された12月11日の日記には「午後3時から労働会館で広島の被爆者団体、平和団体、個人等が幅広く集まり、答申書検討。批判の声明書、政府への要請書案作る。村上忠敬氏と夕食を共にし、久々に語る。午後6時から労働会館ホールで答申書に対する批判、抗議の県民集会。宮崎氏司会。意見と陳述を述べる。」とこの日の日記には、淡々と事実が記載されています。

ところが、報道各社から意見書の内容を知らされた前日、12月10日付の日記には次のように書かれています。「七人委の答申書(報道関係に前渡しのもの)を持ち、ホームテレビ、共同、中国等来宅。まったく裏切られた内容で絶句。これが日本の『学識経験者』か。夕方、やっと冷静に熟読。『受任云々(云々)」のところに重大なあやまり。最高裁判決の『国家補償』を狭め、狭める。いたずらに『公平の原則』や『バランス論』を振りかざす法律論。『原爆死没者、傷害者』に日当たらず。あやまりの根源は、『旧来の戦争感』。そこから一般戦災の受任の論理が出てくる。夜遅く中国、共同など再来訪。感想語る。『答申書評価の二つの基準』」。

二つの基準は「①基本理念は少なくとも国家補償の精神を打ち出した最高裁判決=孫振斗=の内容を下回らない②原爆死没者と傷害者に日が当たる。」ことです。

森滝先生は、記者の質問に対し次のように語っておられます。

「私にとって問題なのは、死没者や原爆によって一生を台無しにした原爆孤児、傷害者への償いだ。そこが切り捨てられていることに怒りを感じる。また『戦争の犠牲を国民が等しく受任しなければならない』という戦争感は大きな誤り。民衆の被害、原爆の被害に手厚く償ってこそ、今後過ちを繰り返さない宣言となるのに…」

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七人委員会のメンバーが記者会見で「あくまでも科学的立場に立って結論を出した」「必要な人へ行き届いた対策をという必要原則が根本的な考え方だ」と述べたのに対し、森滝先生は同月18日の日記に「『人間的認識に立たずして被爆の傷跡の深さはわからぬ。『地底からの叫び』聞き取り得る『人間的認識』を持たずして「科学的合理的認識」を強調してみても空しいことである」と記されています。

七人委員会は、前年の12月6日に被爆者代表5人の意見を聴いています。森滝先生もその一人で、その日の日記には「ともかく深く受け取られた様子」と書かれていますので、答申に対し裏切られた気持ちはより強かったのだと想像できます。

原水禁は、今もなお「国家補償の被爆者援護法」を求め続けていますが、その実現のためにも改めて「国家補償」の意味を理解し、先人の歩みに学ぶことが必要だと思っています。

「ヒロシマ40年森滝日記の証言」は、絶版になっていますが、図書館などで手にすることができますので、一度読んでみてください。

いのちとうとし

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