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2019年11月26日 (火)

力を得ることのできたローマ教皇の被爆地訪問

来日中のローマ教皇が、24日被爆地長崎・広島を訪問されました。広島平和公園への到着は午後6時40分、そして平和公園からの出発は午後7時34分、50数分間という短い滞在時間でしたが、力強いメッセージが発信されました。

私は、自宅でNHKが中継する画面を観ながら、ローマ教皇の姿を追いました。慰霊碑横で言葉を交わす被爆者の中に、何人もの知人の顔を見ることができました。長崎、広島での様子は、新聞に詳しく報道されていますので、ここでは平和公園慰霊碑前で行われた「平和のための集い」での約14分間のスピーチを聞き、感じたことを紹介したいと思います。まず何よりも、メッセージの長さにびっくりしました。ローマ教皇が被爆地を絶対に訪れたいと強く思われてことが伝わってきました。

メッセージの中味に触れたいと思います。もちろん、25日付中国新聞1面の横書き大見出し「戦争に原子力使用は犯罪」という言葉も強く印象に残りましたが、

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それ以上に「はっ」とさせられた言葉があります。「真の平和とは、非武装の平和以外にはあり得ません」そして「それに『平和は単に戦争がないことではなく、絶えず建設されるべきもの』です。」と続いたくだりです。日本国憲法の前文と9条に示され、私たちが常々訴え続けている「非武装」という言葉が発せられたことに大きな共感を覚えたのは私だけでしょうか。「真の平和とは非武装以外にない」との文字が挿入されたテレビ画面を、急いでスマホで撮りました。

広島では、長崎で直接に言及された「核兵器禁止条約」という言葉こそありませんでしたが、非人道兵器である「核兵器廃絶」への理念や行動につなげることの大切さが込められたメッセージだったと思います。例えば最後の部分で「原爆と核実験とあらゆる紛争の全ての犠牲者の名によって」と核実験の被害者にもきちんと言及されました。このことはローマ教皇がどれだけ「核兵器禁止条約」の意義を深く理解されているのかを示しているように感じました。

「記憶し、共に歩み、守ること。この三つは倫理的命令です」と、過去の出来事を絶対に忘れてはならないことが強調されました。私は繰り返し「原水禁運動の原点は広島・長崎の被爆の実相」ということを言ってきました。ローマ教皇のメッセージを聞きながら、そのことの意味を自分なりに再確認できた思いです。

Dsc_3873

ローマ教皇の被爆地訪問では、多様な映像が流れました。長崎で演説された「原爆落下中心地碑の前」は、毎年原水禁長崎大会の最後に参加者全員が訪れ、献花と11時2分に黙とうをするゆかりの場所です。この「原爆落下中心碑」は、かつて「爆心地公園」の整備のため撤去されそうになったことがありますが、原水禁のメンバーが反対の運動を繰り広げ、残すことができたことを、ニュース映像を見ながら思い出します。

また長崎・広島の両方で、ローマ教皇がキャンドルに点火する種火を届ける役割を担った二人は、今年の高校生平和大使でした。高校生二人は、6月16日に広島で行われた結団式の直後「被爆地訪問をお願いする」ためローマ教皇に会いに出発しましたが、その日一緒に昼食を摂ったことなどを思い出しました。また黙とうの時、鐘を突く役割を担った二人も私たちが支援してきた高校生平和大使でした。

もう一つ印象に残ったのは、梶本淑子さんの被爆証言です。わずか5分足らずの短い証言でしたが、被爆者の思いが伝わる素晴らしいスピーチでした。あの場所で、原稿もなしに、凄いの一言です。

いのちとうとし

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