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2019年11月23日 (土)

女優木内みどりさんの急逝と陶芸家梅田純一

「今年の8月15日の終戦記念日に木内みどりさんが広島に来て『おこりじぞう』の朗読会があったんですよ」と19日に話したばかりの時、木内みどりさんの訃報を聞くことになりました。話し相手は、今月16日から並木通りの「ギャラリーたむら」(広島市中区三川町10-17 ホンジョウビル2F)で個展を開催している陶芸家の梅田純一さんです。

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木内みどりさんが、脱原発運動に積極的に参加されてきたことは、よく知られていますが、私が最初にそのことを知ったのは2014年9月23日に東京江東区の亀戸中央公園で開催された「脱原発全国集会」で司会をされていたからです。当初予定されていた代々木公園が「デング熱」騒ぎで、使用できず会場を急きょ変更して開催された集会ですので、忘れることのない集会でした。

陶芸家梅田さんの個展は、毎年この時期に30年以上にわたって開催されており、個展期間中に一度は会食を共にする私の友人です。梅田さんは、現在は徳島で作陶活動を続けていますが、東京生まれ東京育ちです。2014年に会食した時のことです、何のきっかけからそんな話になったのかは思い出せませんが、9月の脱原発集会で「女優の木内みどりさんが司会をしていた」という話になった時、梅田さんが「木内みどりは、小学校・中学校の同級生でよく知っているぞ」と話し始め、「ちょっと待てよ。電話するから」と携帯電話を掛けました。すぐに木内さんの応答があり、私も直接電話で話したことがあったのです。その時の電話で「来年3月の集会でも司会をしますので、その時会いましょう」と言われ、翌年3月の集会に参加し、控室に行きあいさつし、一緒に写真を撮らせたもらったことを思い出します。

私が梅田さんと「木内みどりさんのこと」を話していた前日の18日に、木内さんの幼友達でもある梅田さんが個展を開催している同じ広島で亡くなられてということですので、不思議な縁を勝手に感じます。

「どうして広島で亡くなられたのか」と少し気になったものですから心当たり何人かに聞いてみました。その前日、木内さんは、国立広島原爆犠牲者追悼平和祈念館が来年の展示として企画している四國五郎と弟・直登さんの対話をたどる「時を超えた兄弟の対話」 で上映するビデオ作成のための仕事で広島に滞在されていたことが分かりました。その夜宿泊先のホテルでの出来事だったようです。

国立広島原爆犠牲者追悼平和祈念館で収録された作品は、8月16日のこのブログで紹介した「原爆・反戦詩を朗読する市民のつどい」(8月15日)で演じられた「おこりじそう」の朗読ではないようですが、同じ四国五郎さんに関わるものが朗読されているようです。追悼祈念館から「来年、ぜひ生で朗読を行ってください」と要望され、快諾されたとも聞いています。今年の8月15日は、ちょうど台風が近くを通過し、開催が危ぶまれたのですが、前日に広島入りしておられた木内さんの強い思いもあり、予定通り開催されたことも思い出されます。

木内みどりさんのご冥福をお祈りいたします。

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ところで木内みどりさんの幼馴染梅田純一さんの個展は、24日まで開催されます。梅田さんの作品は、いつも元気づけられる絵が描かれた器です。今年も日常使いでき、手ごろな価格の作品が沢山並んでいますので、機会があれば、足を運んでみてください。個展期間中梅田さんが在廊しています。

いのちとうとし

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