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2019年8月 5日 (月)

被爆74周年原水禁世界大会広島大会―折り鶴平和行進―開会総会

被爆74周年原水禁世界大会広島大会が始まりました。

スタートは、折り鶴平和行進です。厳しい暑さの午後3時40分、折り鶴平和行進は、平和公園資料館前に集まった全国からの代表団、そして県内参加者に海外代表が、開会総会会場県立体育館グリーンアリーナをめざしたスタートしました。

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日陰に集まっていた参加者もスタート時には、タクシーだまりに整列し、順次歩き始めます。先頭は、例年通り海外代表です。その数、1300人余り。私も最後尾の出発を確認し、県立体育館に向かいました。

スムーズに行進団は進み、開会総会が始まる時刻には、すべての参加者が会場に到着しました。

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午後5時ちょうどに、第18代高校生平和大使・脇原華怜さんの司会で、開会総会が始まりました。流れだけを書いておきます。最初に全員での黙祷。続いて川野浩一大会実行委員長のあいさつ。広島市長のメッセージが代理出席の政氏昭夫市民局長により代読。続いて海外ゲストの紹介と代表のあいさつ。今年は、マーシャル諸島から核実験による放射線被曝の被害者支援運動家のラニー・クラマーさんとサマンサ・ハナーグさんの二人が参加。二人は、いずれも二世。代表してのあいさつは、アメリカ・ピースアクションのスージー・アリソン・リットンさん。

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ここで壇上の主催者、海外ゲストは、広島県被団協の高品健二さんの「被爆証言」を聞くため壇上から降壇。高品さんは、1937年生れ。8歳の時に爆心地から2.5キロの自宅付近で近所の仲間と遊んでいる時に被爆。お父さんを戦争で、お母さんを原爆でなくされた。一人っ子になり、叔父のうちで無事に理髪の教習所を卒業し、理髪業を営み大阪で仕事を終えた後、広島に帰郷。約30分の限られた時間での高品さんの被爆証言でしたが、終わると大きな拍手。やはり被爆体験を参加者の胸を打つことを感じました。

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続いて第22代高校生平和大使三人の紹介と牟田悠一郎さんの代表スピーチ。今年の福島からの訴えは福島県平和フォーラム事務局次長瓶子(へいし)高裕さん。

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藤本事務局長が「大会基調」を提案。その内容は、・核兵器禁止条約・核兵器廃絶1000万署名への決意・トランプの核政策・中距離核戦力全廃条約の失効・日本の軍備状況の危険性・おきなわのきちもんだい・韓半島をめぐる情勢と日本政府の役割・核エネルギー問題・とりわけ福島原発事故への国と東電による賠償問題などすべての課題を網羅し、最後にこ「命と命に付随する人間の全てを、私たちは決して『納得せずには』奪われない。その権利を持っていることを、改めて確認したいと思います。そして、そのことを原水禁運動の基本に据えて、更なる運動の展開をめざそうではありませんか」と呼びかけました。

いよいよ開会総会も最終です。広島県音楽サークル協議会の皆さんの指揮による「原爆を許すまじ」を全員で合唱。そして閉会のあいさつで全ての行事が無事終了しました。今年の開会総会の参加者は1900人でした。

今日大会二日目は、午前中8つの分科会での討論、午後は国際会議、5つの広場と今年初めて企画した「原民喜『夏の花』を歩く」など3つのフィールドワークが実施されます。少しでも広島を感じてもらえることを期待します。

いのととうとし 

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