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2019年5月 2日 (木)

第90回広島県中央メーデー

連合広島が主催する「第90回広島県中央メーデー」が、10連休のスタートとなる4月27日広島市中央公園で開催されました。参加者は、主催者の発表で7100人でした。私もその参加者の一人です。

午前10時から始まった式典は、全員が、昨年の西日本豪雨災害の犠牲者、原爆による犠牲者に黙とうをささげ、スタートしました。その後の次第は、例年通り連合広島の久光博智会長のあいさつ、来賓紹介・あいさつ、メーデースローガン・宣言の採択、ガンバローの三唱で終了し、11時からのイベントへと移りました。

今年のスローガンは、「格差をなくし、平和を守る!笑顔あふれるみらいをつくろうすべての仲間の連帯で!」でしたが、久光会長のあいさつで特に強調されたことは、「4月施行の働き方改革関連法で盛り込まれた時間外労働の上限規制では、規制を適用されない業種もあるが、誰もが安心して生き生きと働き続けることのできる職場をつくろう」ということでした。採択された宣言でも、西日本豪雨災害に触れるとともに「この4月から、改正労働基準法をはじめとする、働き方改革関連法が施行された。誰もが健やかに安心して働き続けられるよう、36協定の遵守など真に働く者のための働き方改革を着実に実行しなければならない。また、これまでの『底上げ・底支え』『格差是正』の流れを継続していこう。」と労働組合の果たすべき役割を強調しています。

Photo_94

メーデーの式典に参加しながら、考えてことが二つあります。

その一つは、メーデーの開催日です。メーデーは、「1886年5月1日に米国の労働者が8時間労働制度を求めてゼネストに立ち上がったこと」が起源とされていますから、5月1日をメーデーの日とし、毎年5月1日に開催されてきました。今年もそうですが、最近は、メーデーの開催日が、5月1日ではなく4月の連休スタート日となっています。いつからそうなったのだろうと気になったものですから、広島中央図書館に行って調べてみました。2005年4月30日の中国新聞の見出しには、「県中央メーデー 今年はGW初日」と書かれ、記事では「連休を楽しみやすくするようにと、今年は5月1日ではなく連休初日に変更」とその理由が書かれています。2005年のメーデーからでした。この年の暦は、29日(金曜日)、30日、1日と連休が続き、1日置いて3日から5日まで再び連休。民間企業では7連休となったところも多かったようですので、メーデー開催日が変更されたようです。今では「連休初日の開催」が当たり前のようになっていますが、当時ちょっとした違和感をもったことを思い出します。

もう一つは、開催場所です。私が労働組合員としてメーデーに参加していたころ(1970年代後半から80年代前半)は、今では想像もできないことですが、平和公園慰霊碑前芝生広場が会場となっていました。芝生広場の東側に舞台が組まれていました。式典終了後、4つのコースに分かれてデモ行進も行われました。当時の写真を探してみましたが、残念ながら見つけることがでず、その当時の様子を伝えることができないのが残念です。それではいつから中央公園で開催するようになったかといえば、それは1986年からです。実は、1985年に原爆慰霊碑の改修工事が始まり、芝生公園が使えなくなったことが契機です。しかし、改修工事が終わってもメーデーが平和公園で再開されることはありませんでした。最近、この中央公園にサッカースタジアムの建設計画が明らかになりました。その後は、どこが会場になるのでしょうか。

いのちとうとし 

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