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2019年3月25日 (月)

山口県議会議員佐々木明美さん、最後の一般質問

1983年に宇部市議会議員を皮切りに、1987年からは社会党(現・社民党)の山口県議会議員として8期32年活躍してこられた佐々木明美さんが、議員としては勇退され後継者にバトンタッチされることになりました。

2月27日、山口県議会最後の一般質問が行われ傍聴してきました。30分間の持ち時間の内、約25分を最初の質問に使い残り5分を再質問として使いました。その中で、上関原発に関係する部分を皆さんにお知らせしたいと思います。少し長くなりますが、お許しください。

今から約40年前の1978年、現在の下関市豊北町に原発建設計画がありました。

賛成・反対の攻防が山場にさしかかった中で実施された町長選挙で、反対派候補が大差をつけて圧勝しました。その後、豊北町長は山口県と中国電力に対し「原発立地拒否」を町民の意思として正式に通告されました。山口県においては、すでに原発は県民の意思によって拒否されたものだと言えます。

しかしその後、熊毛郡上関町に原発建設計画が浮上したのが、1982年。今年で37年が経過しました。事業者である中国電力がさまざまな工作を重ねながらも、現在まで埋め立て工事一つ、何ひとつ進んでいません。出来ないのです。

それは、地元上関町の人たちの「ふるさとに原発はいらない。子孫に原発の町として残したくない」という強い思いがあるからです。そのために裁判をやり、漁業補償金の受け取りを拒否し、毎週集会・デモをやり、埋め立て工事に反対し、町議・町長選挙に挑み、原発に頼らない町おこしを実践し、まさに生活をかけた闘いによって、ふるさとを守ってきたのです。

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一方で上関町民の人たちに生じたのは、「原発賛成・反対」による分断と亀裂でした。それは肉親の間ですら、悲しく不幸な状況を生みだしています。沖縄でも同様ですが、これが国策に翻弄される人びとの姿です。知事、原発という国策ゆえに、37年間も地元上関町に生じているこうした状況をどのように受け止めていますか?

そういえば知事は、上関町および祝島を視察されましたか?ぜひ一度お訪ねください。それぞれお答えください。

2011年の福島原発震災からまもなく8年です。東北電力が福島県浪江町と南相馬市に計画していた「浪江・小高(なみえ・おだか)原発」は、1977年国は要対策重要電源に指定しました。しかし地元の強い反対運動が続く中、福島原発事故がおきました。その後、地元自治体の浪江町や南相馬市、そして福島県知事の決断によって、事故から2年後の2013年、東北電力は計画を撤回しました。

このように自治体は、原発建設計画に大きな影響力を持っているのです。知事は現在の電力需要の動向、原発反対の強い県民世論、上関原発の計画の具体性が見えていない状況、さらに2011年7月、周辺自治体とともに計画の凍結をふくむ県議会意見書に添って中電に対し、建設計画の撤回を求めるべきです。お尋ねします。

昨年12月26日、原発反対市民団体が中国電力本店に申入れに行きました。その際中電は、「過酷事故は起こりうるという前提で様ざまな施策をしている。環境にやさしい原発は安定した電源として、これからも進めていく」と言いました。まさかこれが本音なら信じられない認識、あきれた企業感覚です。そして市民・県民を愚弄しています。この考え方、発言について知事はどう思われますか?

さらにアベノミクスの成長戦略である原発輸出ビジネスは、ベトナムでもイギリスでも、トルコでも安全対策の高騰により破たんしました。フランスとの核燃料サイクル計画の研究も中断され、核のゴミは行き場もなく溜まり続けています。ましてや福島原発事故の収束のメドもたっていません。

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こうした中、先般中国電力の清水社長は、6月に埋め立て免許延長申請をすると発言、それに対し知事は正当な事由があれば許可すると記者の質問に答えられました。正当な事由とは、土地利用計画があるかどうか、そして埋め立て目的は原発建設です。それが土地利用計画です。ちなみに2018年7月に決定された国のエネルギー基本計画には、原発の新増設はありません。

県民のいのちとくらしを守るトップの責任として、あの福島県知事の決断のように、上関原発計画は容認しない、当然、埋め立て免許延長は認めない決断をするべきです。いかがですか、おたずねします。

県議会の傍聴席には、上関原発に反対する多くの人たちが見守りました。

3月8日県議会は最終日となり、今期限りで引退する議員の送別会が行われマスコミからのインタビューに佐々木さんは「非常にやりがいのある議員としての活動だった。県民の気持ちに寄り添った県政運営をしなければならないと思うが、国策に関してはまったく実行できていないのが非常に悔しい」と答えていました。「非常に」の言葉が、「ひじょうーーーーに」と伸ばして強調されたのが、佐々木さんらしいと思いました。

木原省治

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