「広島ブログ」

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2020年9月30日 (水)

9月のブルーベリー農園その4(東広島市豊栄町)

安芸区の自宅から農園まで週末農業でブルーベリー栽培に通う日々を四季折々のカメラを通して見るメモランダムの記録。農園の標高はおおよそ400mの地にある。

夏のブルーベリーの摘み取りの忙しさから解放されて9月も後半になり作業しやすい気温をありがたく思う季節になった。

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9月26日(土)。

①近くの農事法人から購入した玄米を蔵に運んでいるといい香りがする。蔵の横に植えてあるギンモクセイの花の香りだった。

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②夕暮れ時。近所の子どもたちも農園の周囲の道の散歩を終えてそろそろ家路につく。

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子どもの頃はセミやトンボやヤンマなどを網をもって追っかけるのが夏休みの過ごし方だった。農園の赤トンボを3枚アップしてみた。

①9月26日撮影。この写真をパソコンのデスクトップの背景に取り込んでからよく見ると、右の下の羽が4分の1なくなっているのが分かった。でも羽は透明だし尻尾はきれいな赤色。

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②9月27日撮影。電気柵に2匹。

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③9月27日撮影。庭の花壇に咲くツルボの撮影をしていると近くに寄ってきて枯れたジャーマンアイリスの葉の先にとまる赤トンボ。ツルボを入れて撮影したかったが入りきれなかった。

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④そのツルボの花。先週はまだ蕾だったが1週間たって少し花びらがのぞき始めた。

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9月27日(日)。

①春から伸びたブルーベリーの枝の切り詰め作業を晩生のホームベルという品種に絞って行った。ちょっと残ったので来週に回す。

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②夏中除草が出来ないでいたジャーマンアイリスの畑の草取りを4連休からすこしずつはじめてこの日にやっと終了。猛暑のせいか手入れが悪いせいか花が終わってから成長できない株がちょっと多かった。

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③農園の周囲の里山のヒガンバナ。後ろはブルーベリー畑。農園に来る途中の福富町や豊栄町の道路べりの田んぼの法面にも一斉に咲きだした。

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④最初に色づいた富有柿ひとつ。

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⑤農園の花壇のマユミの実。

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⑥農園のあちこちで咲く野菊(ヨメナ)。秋が深まるにつれて花数が増えていく。

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⑦親戚からたくさんの栗の実を頂いた。今年は実が小さいとのこと。安芸の郷の事業所でスイーツを作る材料として毎年使わせて頂いている。無農薬栽培なので安心して素材として生かせる。感謝。

 

2020年9月30日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年9月29日 (火)

「核のない未来を」-世界核被害者フォーラム報告記録集

昨日の中国新聞で紹介された「核のない未来を―世界核被害者フォーラム」報告集の発送作業が、昨日の午後行われましたので、私もそれに参加しました。今回の発送先は、国立大学、公立大学の図書館、各都道府県立図書館、県内の公立図書館などの280冊余りでした。

「世界核被害者フォーラム」は、ちょうど5年前の2015年11月21日から23日までの3日間、広島国際会議場を会場に開かれ、世界各地から招待した11カ国20人の核被害者・運動家・専門家など自主参加者を含め18カ国延べ1026人が結集して核被害をもたらす核利用サイクル(核サイクル)を根絶しようと熱心な討論が繰り広げられました。「核のない未来を!」は、その報告記録集です。

編集後記にも記されていますが、このフォーラムの議題に原発のことが含まれているとの理由で、広島市長の挨拶や支援が全く受けられなかったことを、参加者の一人として今思い出します。

昨日の中国新聞記事で森滝春子さんが触れておられますが、この「世界核被害者フォーラム」には、原水禁国民会議や広島県原水禁が深くかかわってきた「核被害者世界大会」という前史がります。この世界核被害者フォーラムの報告記録集を手にし、改めてそのことを思い起こしています。

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原水禁国民会議が主催する原水禁世界大会で広島・長崎以外の世界の核被害者が声を上げ、連帯が始まったのは、被爆26周年(1971年)原水禁世界大会にミクロネシア代表団の参加した時からです。ミクロネシア代表団は、「核被害の状況を調査するための代表団を派遣してほしい」と訴えます。私たちは、この時初めて「原水爆被爆国が日本だけでなかった」ことを知ることになったのです。そして、この大会の「ヒロシマアピール」で「世界の全ての被爆者核被害者の連帯」を呼びかけ、ミクロネシアへの調査団を派遣する「国際行動決議」を採択します。この年1971年12月、原水禁国民会議は、日本で初のミクロネシア被曝調査団を派遣しました。さらに1975年の3.1ビキニデーの集会には、マーシャル諸島ロンゲラップの代表団が参加し、核実験による被害を訴えます。

その後開催された「非核太平洋会議」などで、核実験被害者のみならず、ウラン採掘現場での先住民族の核被害を知ることになり、1975年に開催された被爆30周年原水禁世界大会で「核絶対否定」「核と人類は共存できない」の理念が、打ち出されました。私たち原水禁は、この時から「核と人類は共存できない」という理念を掲げることになりました。

その後も世界の核被害者、特にアメリカの核実験場の風下住民やウラン採掘場の先住民族との連携を深め、1985年8月5日には、原水禁世界大会実行委員会が中心となって15カ国約150人の核被害者が一堂に会する世界で初めての「国際核ヒバクシャフォーラム」が広島市で開催されました。そして翌年には、長崎で「核被害者フォーラム」が開催され、1987年9月にアメリカニューヨークで30カ国約350人が集まって開催された「第1回核被害者世界大会」に結びついていきました。この第1回核被害者世界大会には、私も森瀧市郎先生のカバン持ちとして同行し参加しましたので、忘れられない思い出となっています。1992年には、ドイツベルリンで60カ国450人が参加し「第2回核被害者世界大会」が開催されましたが、残念ながら第3回以降の「核被害者世界大会」は、開催できずに来ていました。

長い空白の後、森瀧春子さんを中心として広島や長崎の人たちの努力によって、「世界核被害者フォーラム」が開催されることとなり、広島県原水禁も賛同団体として参加しました。

世界核被害者フォーラム報告記録集「核のない未来を!ヒロシマから世界へ 届けよう核被害者の声を!」は、テープに録音された3日間の熱い議論が、全て掘り起こされた貴重な資料です。そして、このフォーラムに深くかかわってこられた広大名誉教授の鎌田七男先生による医学的立場からの校正や最近の新たな知見も踏まえ、最後の最後まで校正を続けてこられた中味の深い記録集となっています。

この「世界核被害者フォーラム」につながる原水禁運動の歴史も思い起こしながら、多くの人に読んでいただきたい資料です。

いのちとうとし

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2020年9月28日 (月)

平和大通りの供木運動の樹木

平和大通りがつくられた時、緑豊かな大通りをつくるために取り組まれたのが「供木運動」だったことは、このブログでも紹介したことがあります。しかし、供木運動によって植えられた樹木がどの木なのかは不明だと勝手に思い込んでいたのですが、広島市が発行する「市政と市民」の8月1日号の「中区版」に「平和大通りの木に会いに行こう」のタイトルで下のような記事が掲載されていました。そこには、私が不明だと思っていた供木運動の樹木の一部が紹介されています。

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 ちょっとびっくりです。「不明だ」と思っていた樹木が特定されているのです。しかも寄付者の名前まで書かれています。しばらくほったらかしにしていたのですが、来月3日に「かき船問題を考える会」の呼びかけで「平和大通りを歩く会」を開催することになりましたので、詳しく調べてみようと思い、先日、問合せ先となっている中区役所の「区政調整課」に電話を入れました。「確かにこの課が作成したものですが、供木運動の樹木の情報は、市の緑政課から得たものですから、詳しいことはそちらに聞いてください」との返答です。

「市民と市政」を手に市の緑政課を訪ねました。対応していただいたのは、緑政課花と緑の施策係のKさんです。Kさんの名刺には「技師」と書かれています。専門職のようです。「市政と市民」の「区報なか」を示し「供木運動の樹木を記した資料があったら、見せていただけませんか」とお願いしたところ「確かに調査はしたのですが、絶対的な特定ができていないものですから、お見せすることができないのですが」さらに「区報なかでは、寄付者が特定されていますが、ここまで特定するのは・・・」との答えです。「どうして見させていただけないのですか。ちょっと課内で相談して下さい。」とお願いし、その日は帰宅しました。

その後、電話があり「先日の件ですが、やはり資料を直接提供できないことになりました。ただお越しいただければ、口頭での説明ならできます」とのことです。再び緑政課を訪ねました。やはり資料の提供はできないということでしたが、Kさんから丁寧な説明がありました。

「1957年(昭和32年)から1958年にかけて行われた供木運動で贈られた木は、全部で9,578本。比治山やお城にも植えられたので、平和大通りに植えられたのは、約6、000本です。2015年(平成27年)に実施した調査で、ほぼ間違いなく供木運動の樹木だと確認できたのは208本、おそらくと思われる樹木は360本ぐらいです。調査方法は、1962年(昭和37年)の航空写真に写っている樹木をもとに、現在もあるかどうかで調べました。供木運動当時の植樹台帳はあるのですが、ブロックごとにしか記載されていないため、なかなか特定が難しいのです。」との説明です。そして「先日言われていた白神社前から、田中町交差点までには、20本ほどあります。」と言いながら、その20本の位置を記した地図を広げ、「これは私が作成したものですが」と断りながら、その地図を見せてくれました。無理を言って、この図だけ写真を撮らせてもらいました。

昨日、この図面を手に現地を訪れて、確認しながら写した写真を紹介します。

最初は、「区報なか」でも紹介されているANAホテル前の2本のメタセコイヤです。

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東隣のクリスタルビルの前のブロックには、クスノキ8本がまとまって残っています。

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供木運動の樹木よりも大きく育っている樹木もたくさんあり、見分けるのはなかなか難しい作業ですが、図面には木の種類が書かれていますので、何とかこれはと思う樹木を写してきました。「移動演劇さくら隊受難碑」が建つ並木通り入口の西側緑地帯です。右端が、この範囲で唯一の杉の木です。

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そのすぐ左側奥に見える木も供木運動の樹木ケヤキですが、その左側に写っている大きなクスノキは、供木運動の樹木ではありません。ちょっと不思議な気がします。

ところで、どういう理由かわかりませんが、20本のうち北側の緑地帯に16本、南側の緑地帯に4本と圧倒的に北側に多くの樹木が現存しています。下の右側の木が、南側で現存するケヤキです。

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供木運動の樹木のクスノキの1本に「名札」が付けられ、そこに「QRコード」がありましたので検索したところ、「クスノキの説明」が詳しく記載されているのですが、供木運動の情報は全くありませんでした。

Kさんの話では「1978年(昭和53年)の調査で、活着率は55%だったようです」とのことでしたので、現存している樹木は貴重なものです。せっかくの調査したのですから、それを活かして、何らかの形で「供木運動の樹木」だということが分かるような表示をぜひつけてほしいものだと思います。

いのちとうとし

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2020年9月27日 (日)

ドイツから見た日本の内閣

長年ドイツに住む私の友人福本まさおさんに「ドイツから見た菅政権発足についてのコメントしてほしい」とメールを送ったところ、この便りが届きました。ドイツにいるからこそ見える指摘が沢山あります。本人の了解を得ましたので全文を紹介します。


安倍首相が退陣して、菅新政権が誕生しました。新政権の支持率が65%だという新聞記事を読んで、それにはちょっとびっくりしました。

ええ、日本ではみんな何を考えているんだろう、どうしたんだろうと、信じられませんでした。単なる日本とドイツの温度差ではありません。

今回の組閣では、ドイツから見ていて、不思議に感じることがいろいろありました。それは日本の政治の根本的な問題で、組閣がある毎に感じる問題でもあります。

一つは、大臣が高齢だということです。大臣に指名されるかされないかは、当選回数や所属派閥が関係しているのは知っています。それにしても高齢すぎます。

これでは、老人クラブとそのかばん持ちたちです。いや、小泉進次郎さんは30代じゃないかという人もいると思います。でも小泉さんは、看板とはいえ、まだかばん持ちです。

たとえばオーストリアのクルツ首相は30代です。20代で外相になっています。フィンランドのサンナ・マリン首相も30代です。その連立5与党のうち、3党の党首が30代の女性です。

老人クラブにも関わらず、若い世代の支持率が高いのも良く理解できません。日本には、世代交代が必要だという意識はないのでしょうか。ぼくは日本では、若い人たちの新しいアイディアで国と政治を活性化させることが必要だと思います。

高齢者に頼るのではなく、若い人たちにどんどん出てきて、活躍してほしいと期待しています。

この内閣の顔ぶれを見て、そういう議論が起こらないのも不思議でしようがありません。それとも日本の若い世代には、国に対する責任を持ちたくないという意識が強いのでしょうか。

ドイツでは政治家に、定年退職年齢は規定されていません。でも定年退職年齢に達すると、政治家自らが引退して、若い世代に席を譲るケースが多く見られます。

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2014年4月の安倍首相訪独時に抗議デモに参加する現地女性たち

次は、女性大臣が2人しかいないことです。ドイツの内閣は、メルケル首相が女性。その他女性大臣が6人、男性大臣が9人です。フィンランドの内閣は、女性のサンナ・マリン首相をはじめとして、大臣19人のうち12人が女性です。

日本の場合、女性の政治家は男性社会で生き延びていくために、男性と同じことをしなければなりません。だから女性政治家といっても、男性だと思っていたほうがいいのもわかっています。

でもぼくは、これからは女性としての見方を政治と社会に取り入れていかなかればならないと思っています。女性の見方のできる、女性として生きる女性に大臣になってもらいたい。そう思っています。

でもまずは、男性気質の女性大臣でもいい。女性大臣が増えれば、女性として政治をやっていける土壌ができていくのではないか。少しでもそう期待したいと思います。

この点でも、日本で活発な議論にならないのが不思議でしようがありません。今日本は、若い世代ばかりでなく、女性の力を必要としていると思います。そうしなと、日本は世界から取り残されるだけになります。

今回の組閣でさらに気になったのは、菅新首相をはじめ、政治家の政治思想が伝えられることがごく稀だったことです。それよりも、こどもの時のことや政治手腕、生活臭を匂わせる報道が多く目立ちました。国民への近さをアピールしたかったのだと思います。でもそれでは、広告代理店がタレントを売る売り方とまったく変わりません。

日本のメディアもそうですが、政治の世界も、広告代理店に牛耳られてしまっているのかと思うと、とても情けなく感じます。


福本さんからの便り、どう読まれましたか。フィンランドの内閣は、19人の内閣のうち12人が女性だということは、最近国内のニュースでも取り上げることがありますので、すでにご存じの人も多いと思いますが、それにしても日本は、と思わずにはいられません。そして最後の「広告代理店」の問題、「そうだ、そうだ」という共感とともに、コロナ対策支援事業問題で明るみに出たどんな分野にも電通が深くかかわっている実態を改めて思い起こしました。

いのちとうとし

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2020年9月26日 (土)

長崎市が、広島の原爆犠牲者数を修正

8月27日のブログ「広島の原爆犠牲者は11万8661人―長崎市原爆被爆者対策概要」(http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/shinkokoro/2020/08/post-90cc30.html)で、「長崎市原爆被爆者対策概要」で「広島の人的被災 死者数は『118,661人』」となっていることを紹介しました。

このことに関し、8月31日広島市に対して次の4項目の問題提起をしました。

「1、長崎市原爆被爆者援護事業概要に『広島の死者数として118,661人』が掲載されていることは、承知されていますか。

2、広島市原爆被爆者援護事業概要のP.15の『3 社会的破壊』の『1被爆時の人口及び死亡者数』に掲載されている5つの推計では記載されていない『S.21.8.10 広島市調査』が、長崎市原爆被爆者援護事業概要に採用されていることについて、どうお考えですか。

3、広島市と長崎市は、1976年の『国連への要請書』並びに1979年7月作成の『広島・長崎の原爆災害』において、両市は共同で原爆犠牲者数を推計する作業を実施されたはずです。にもかかわらず、長崎市原爆碑学者援護事業概要において、全く違う人数が記載されていることをどうお考えですか。

4、当然、それぞれの市に資料採用に当たっては独自性があって良いとは理解しますが、広島市であれ長崎市であれ、他市の原爆被害を表すときには、当該市の意見が尊重され、出来得る限り齟齬が無いようにすることがベターだと考えますが、どうお考えでしょうか。

5、『長崎市原爆被爆者援護事業概要』に対し、修正を求める考えはありませんか。」

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私からの申し入れを受け、広島市としても「問題がある」と判断されたのでしょう、長崎市と協議されてようです。

一昨日、「長崎市から返事がありました」と広島市の担当課から連絡があり、昨日広島市を訪れ、報告を受けました。

広島市から長崎市に対し「広島市は、原爆犠牲者数について『国連への要請書』に記載した14万人±1万人を公式に数字として使用しているので、ぜひ『118,661人』という数字を修正してほしい」と伝えたところ、長崎市から「過去の資料がないためなぜあの人数が使われているのかわかりませんが、広島市の指摘通りに修正します。」と回答があったとのことです。広島市からは「もし原爆資料館など別のところでもこの人数が使用されているようでしたら、すべて修正していただきたい」とも要望したということでした。

どのように修正するかは、長崎市が判断することですが、1979年には共同作業を行いながら「なぜ広島と長崎の間で、こんな行き違いが」という疑問は残ります。被害に対する考え方の違いでしょうか。

広島市の担当課長からは、「広島県の原爆被爆者援護事業概要に記載された人数の違いについても、県と連絡を取り、修正してもらうことになりました。長崎ともですが、広島の県と市でこんな違いがあったとは思いませんでした」と付け加えての報告がありました。

「広島県の事業概要の人数を修正します」という返事は、県からすでに受けていましたが、承知はしていましたが、これからも県・市の連携が深まることを願わずにはいられません。

広島県・市に関わる疑問は一応解決したのですが、長崎市の「長崎の原爆犠牲者(死者)は、1945年末までに73,884人」という一ケタの数字がどうなるのかは不明です。犠牲者数を一ケタまで特定することが困難なのが原爆被害の実態であることを考えれば「一ケタまでの犠牲者数が使われ続ける」ことへの疑問は残ったままです。長崎の人たちと連絡を取り、長崎市の見解を問いたいと思います。

いのちとうとし

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2020年9月25日 (金)

今、上関原発をめぐる状況は!

埋め立てをしなければ建設できない上関原発、このことは何度もブログなどを含め発信していますが、山口県知事が予定地の海の埋め立て免許の延長を許可して7月で1年になりました。

 中国電力は昨年11月から、その前提になる海底の活断層の有無を探るボーリング調査の準備に入る予定でしたが、地元の反対派の人たちを中心にした抗議行動で出来ない状況になっています。昨年末、中国電力は冬場の海は荒れるということで、この春まで延期するとしていました。 

 そして今年の春になった時点で、こんどは掘削用の機械を運ぶ大型台船が確保できないとして、10月以降に再延期するとしました。やがて10月ですが、中電からは何の発表もありません。何もないまま延長が許可されて、1年2か月を超えるのです。元をただせば、中国電力が免許の申請をしたのは2008年ですから、10年以上も前のことなのです。

 免許を許可した山口県知事を含めた幹部といわれる連中の発言、まさに上関町民を含め、県民のことをまったく考えもしていない無責任そのものです。新聞記事からその発言をチェックしてみました。

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 ◎知事

「中電に何らかの考えがあると思う。あらためて話があるのでは」

 ◎県商工労働部担当者

「再延期の報告後、中電から新たに入った情報はない」

 ◎県の幹部

「反対派が現場で行動を起こし続けるうちは堂々巡りが続くだろう」

 ◎県の幹部

「福島の事故後、原発を新増設する大義はもはや薄れている。中電側も国が何らかの判断を下すのを待っているのではないか」

 

まさにノー天気、無責任、他人事極まりないというか、県民のことを考えて県政を担っているのかと、怒りがこみ上げてきます。この度の埋め立て免許での、工事を終わらせなければならない期限は2023年1月です。残り2年5か月です。

これに対して中電の上関事務所の広報部長は「タイトな状況だが、期間内に完了できるよう鋭意取り組む」と。これまた無責任の極みですし、まさにこれは犯罪です。

中電さん、あと2年5か月で埋め立てが完了すると本気で思っているのですか。いつも言うのですが、とりあえずいったん埋め立て免許を取り消して失効させることで、上関の町民の人たちを安心させてあげることではないでしょうか。海を埋め立てた後になって、「あれはやる必要が無かった」で、海が元に戻るわけがないのですよ。さっさと計画を撤回することですよ。

コロナ禍により4年に一度開催される上関町祝島の伝統行事「神舞(かんまい)」は、来年に延期されました。祝島で毎週月曜日に行われている「島内デモ」も現在は中止されているそうです。そして島での緊急時の医療体制の問題、高齢の方が多いということで、不要不急の来島は遠慮して欲しいという連絡も入っています。

しかし暗い話しだけではありません。休校していた小学校に、来年春には8人の新入生が入るそうです。

木原省治

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2020年9月24日 (木)

Think globally, Act locally

1991年、4人の白人警官による1人の黒人男性への過剰な暴力により起訴されたが、924月に無罪。これをきっかけにロサンゼルスでは数日間に及ぶ暴動が発生した。

日本でも、襲撃、略奪、暴力、放火などが連日報道された。

彼らが何に怒り、なぜこのような行動を取らざるを得なかったのかはほとんど報道されず、ただただ暴力だけが映し出された「ロサンゼルス暴動」。

彼らをここまでさせた差別の実態。「自由と民主主義」の国と呼ばれるアメリカの本当の姿だと思った。

 

20年前と変わらないもの。人種差別

20年間で変わったこと。「暴動」から「運動」へ

 

大坂なおみ選手の行動がマスコミに大きくとりあげられた。「スポーツに政治を持ち込むな」という批判に、静かに、しかし力強く、彼女は反差別の姿勢を貫いた。

 

あらためて、考えてみたい。

 

Black Lives Matterの運動については報道した日本のマスコミは、同じ熱量で、日本にある差別の実態を報道しているだろうか。

BLMに共感する日本の若者は、自分たちのルーツを知りたい、文化を学びたいと朝鮮学校に通う生徒が、高校無償化制度から除外されていることを、知っているのだろうか。

SNS上での誹謗中傷に憤りを感じる人たちは、被差別部落の地域や出身者が公然とインターネット上に流されていることに、気がついているのだろうか。

「障害があるのにすごい」「障害者でもやればできる」と障害者を憐れみの対象として賞賛する人たちは、その延長線上に、「できない」ことを理由に命を奪われてきた事実を、考えたことはあるだろうか。

 

「大坂選手はすごい」と思いながら、自分の目の前に、自分の中にある差別に対して気づき、行動しているだろうか。

 

自分を問い直したい。

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Think globally, Act locally(地球規模で考え、足元から行動を!)

 

ふじわら

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2020年9月23日 (水)

9月のブルーベリー農園その3(東広島市豊栄町)

4連休が始まった19日に農園に車で行ったが、車の混雑で行きも帰りも時間がかかったが、20日も21日も同じ状態だった。安芸区から東広島市八本松までの2号線の安芸バイパス開通は2022年だそうだがそれまでまだ長い。道路は多いに密だった。ブルーベリーの摘み取りが13日ですべて終わり農園はひっそりしていて農作業もブルーベリーの剪定とジャーマンアイリス畑の草取りだけで、一人でひっそりしずしずと行った。連休4日目は道路の混雑を避けて家族で彼岸の墓参りだけにした。

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9月19日(土)。

 ①.晩生のブルーベリーの春から伸びた枝の秋の剪定開始。9月末までが花芽がつく期間なのでできるだけのつもりでスタート。伸びた半分から3分の1を切っていく。

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 ②.里山のブルーベリー園周囲に一か所ヒガンバナの咲く場所があるが、今年も開花。だんだん花数が増える。

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 ③.庭の花壇のツルボの花はまだ咲いていない。落としは咲くのが遅い。

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9月20日(日)。

 ①.農園のあちこちにススキの穂がて来た。

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 ②.里山の法面にはイワジャシンが開花。

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 ③.アカトンボも草や電気柵のあちこちにとまっている。

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9月21日(月)

 ①.ブルーベリーの花芽(晩生のウッダードという品種)

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 ②.今夏はサルスベリの開花が遅いし少ない。2週間前位からちらほらと咲きだした。

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 ③.お茶の木の実。手入れしないので実がたくさんなる。

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 ④.農園の周囲にまだ稲刈りが済んでいないところもある。稲田の向こうの稲刈りの終わった田んぼでは藁を広げて燃やす煙がたなびく。

 

2020年9月23日

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2020年9月22日 (火)

三原地区、府中地区の19の日行動

戦争法が強行採決された5周年の19日には、県内各地で街頭行動が取り組まれました。その内、三原地区と府中地区での行動報告が届きましたので、添付された写真とともに掲載します。

三原地区の19の日行動

最初は、三原の藤本講治さんから送られた報告です。


安全保障関連法案が参議院本会議で強行採決されて丸5年目を迎えた919日,夕刻,三原駅前において「戦争法強行からまる5年 戦争法は許さない!忘れない!19日行動」を25人が参加して実施しました。

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街頭行動の冒頭,事務局から「私たちは忘れていません。919日を!」と本日の行動の意義と三原市民行動の取り組み経過などを述べた後,市民運動に軸足を置いて活動している市議会議員安藤志保さんなど6人の弁士が78か月にわたる安倍政権の暴走政治を指摘。「憲法違反の戦争法は廃止を」,「改憲発議を止めよう」,「今こそ安倍政治からの転換を」「戦争こそ最大の人権侵害」 ,「憲法の理念を守り続けよう」などと訴えました。

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また,今回の街宣活動には「議員インターンシップ」の受け入れで2人の広島大学の学生がマイクを持って,「化学兵器の脅威」「安保法に対する考え」について若者の新鮮な意見を述べました。

5周年という節目の行動,そして菅政権の発足,新たな自公政権下で戦争させない運動を進めていく「心合せ」ができた街頭行動でした。


 

府中地区の19の日行動

次は、府中の小川敏男さんから送られた報告です。府中では、毎月、上下町Aコープ前と府中天満屋店前の2か所で実施されています。今回の参加者は、上下、府中とも10名の参加だったようです。小川さんの報告は、街宣での訴えが届けられました。全文紹介します。


今月19日は戦争法と言われています安保法制が自民党と公明党によって強行採決されて5年目になります。この安保法制の問題点はこの安保法制と同時進行で行われた政治をみれば分かって頂けると思います。

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上下町Aコープ前

例えば日本のコロナ対策が進まないのは、この間の病院や保健所を縮小したしっぺ返しだと言われています。諸外国と日本の医療を比べた場合、PCR検査がドイツに比べて日本は17分の1であることや、集中治療室の数は人口10万人当たりドイツは29床、日本は約7床しかありません。

また、地域の公衆衛生の拠点である保健所は約30年前の1991年には全国で852カ所ありましたが2019年には472カ所と半分になっています。人員も34,000人から28,000人と6,000人も削減されています。未知の感染症にヒト、モノ、カネの備えをしてこなかったことがわかります。

安倍前首相の新型コロナ対策が不十分なことやアベノマスクにより、国民の怒りは頂点に達し、安倍首相は病気を理由に辞任せざる得ない状況に追い込まれました(828日に退陣表明をしました)。

2020919

府中天満屋前

にもかかわらず、菅(スガ)新首相は安倍前首相を継承して、新型コロナ感染症対策に力を入れると言っていますが、これまでの延長なら収束は難しく、生活苦の国民が増えるばかりです。平時に豊かな生活、ゆとりある医療と教育に力を入れないと災害時にしっぺ返しが来るのです。

教育と福祉の施設が充実していればしているほど、教育と福祉にたずさわる人が多ければ多いほどまちは住みやすくなります。行革の名のもとに福祉や教育の現場を切り捨てるほどバカげたことはありません。こうしたゆとりある医療と教育に力を入れることこそが新型コロナ対策でもあります。

戦争のできる国を目指した安倍首相を継承する菅新首相は間違っております。今こそ「戦争のできる国を目指す政治ではなくて」、「この世界から戦争をなくすことに努力する政治」に変えるときです。戦争法の廃止に向けて一緒に頑張りましょう。


藤本さん、小川さん、ありがとうございました。県内各地での頑張りを共有し、これからも一緒に訴えつづけましょう。

いのちとうとし

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2020年9月21日 (月)

劣化した政治の「震源地」はどこか? (7) ――党議拘束は憲法違反――

劣化した政治の「震源地」はどこか? (7)

――党議拘束は憲法違反――

 

 前回の問題提起のお浚いから始めましょう。「政権交代が可能だから」という「政治論」のレベルで小選挙区制を論じる前に、「憲法論」として論じておくことで、日本政治の本質を見抜くことができ、より良い政治を創るためのヒントが得られるはずです。という結論から、今回は、小選挙区制を考える上で参考になる憲法上の問題の一つ、「党議拘束は憲法違反」であることを俎上に載せます。

 小選挙区制導入のために提出された「政治改革法案」の採決に当り、社会党からは、勇気ある造反議員が反対票を投じました。等の遺構に反対したのです。それは、選挙について、日本社会の未来について真剣に学び議論し、悩みながらの結論でした。

そして、衆参両院で可決されなければ法律にはならないという憲法59条が遵守されるという大前提の下、誠心誠意、良心に従って行動したのです。その真摯な行動が、党の決めた方針に合わないという理由で、つまり党議拘束違反という廉で処罰の対象になりました。実は、このような形で、国会以外の場で国会内の言動について処分するのも憲法違反です。それは憲法19条、21条そして51条によって保障されています。

その前に、小選挙区制導入に反対した議員を社会党が処分するということ自体、第40回総選挙における有権者に対する公約違反であることを指摘しておきましょう。つまり、選挙の時点では社会党は小選挙区制に反対しており、有権者はその前提で一票を投じているからです。社会党が小選挙区を導入するための政治改革関連4法案賛成に転向したのは細川内閣の成立時で、あくまでも政権党の一翼を担いたいという権力志向の現れだったと解釈することが一般的に受け入れられているからです。

敢て付け加えれば、社民党は2006年には小選挙区制導入が誤りだったことを認め、造反議員の処分取り消しによる名誉回復を行いました。遅きに失した感は否めません。自分で自分の首を絞めておいて、息絶える直前になって、首を絞めたのが間違いと言っても遅過ぎるのではないでしょうか。

しかし、公約違反かどうかという問題以上に深刻なのは、党議拘束は憲法違反だという点です。次の3条がそれを示しています。

思想や良心の自由、そして表現の自由は民主主義の礎です。それを保障しているのが19条と21条です。特に表現の自由は、それが社会的に意味のある時にこそ大切にされなくてはならないものです。誰も住まない山奥でなら何を言っても良いが、多くの人が読む雑誌に発表することが制限されるのでは表現の自由の意味がありません。表現の自由とはあくまでも、多くの人に聞いて貰える環境で、しかも実質的な力を伴うときにこそ発揮されるべき原則です。そして、国会における、特に本会議における一票が最も公共性が高いことを考えれば、この時に表現の自由が保障されないのでは、「表現の自由」を掲げる意味がなくなってしまいます。それを保証しているのが51条です。

 

第19条  思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 

第21条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

 

第51条  両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。

 

ここでいう「院外」とは、「議院」の外側を指していますが、物理的な意味での内と外ではなく、「国会」に与えられている任務を果しているときは「院内」で、それ以外は「院外」ということになるのだと思います。本会議や委員会、議員としての視察や調査、出張等、たとえそれが国会議事堂という建物の外で行われたとしても、「院内」の仕事に属するはずです。対して、仮に議事堂という物理的な存在の中で行われても、所属政党内での活動は院外でなくてはなりません。政党毎に政策も党の仕組みも活動資金の調達方法も支持者も全く違う存在です。民主的な党であれば、党員の意思により、それも多くの場合は選挙等の民主的な方法で決定されているはずです。

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より具体的な例を挙げると、自民党は憲法改正が党是の一つです。そのために様々な党活動を行っています。その内容が必ずしも憲法99条の憲法遵守規定に沿ったものでないことはある意味、当然です。では、国会議事堂内にある自民党の控室で、憲法について違憲と考えられる解釈を採用するための手続きを検討する党議を開いた場合、それを「院内」の活動と認めるかというと、それはあり得ないでしょう。つまり、政党の存在も、その活動も明確に「院外」に属します。

となると、政治改革関連4法案の採決で、(自党の党議拘束に反する場合であっても) 51条に規定されている院内の表決に際して意思表示をした議員を、政党活動の規則によって「院外」で処罰するということは許されません。51条によって責任は問われないのですから。

念のために書き添えておくと、現時点では日本の政党が党議拘束を掛けることは当たり前だと考えられています。それについての処罰も常識的には受け入れられています。それにはそれなりの理由があると思いますが、憲法を文字通り読むと、これは許されることではありません。このような矛盾について、政治のあり方そのものについてまで立ち返って改めて議論をする必要があるのではないでしょうか。選挙制度とは切っても切れ離せない、しかも政治資金の問題や議員の倫理、質等とも深く関わっている政党のあり方について、合理的な結論を得るための努力を始めるべき時なのではないでしょうか。

党議拘束がなくなった場合、政党が自答の方針を国会内で実現するためにはどうすれば良いのでしょうか。それは、事実に基づいた議論によって説得することです。「説得」が大切なのは、選挙の際には有権者に一票入れてもうための手段としてそれしか存在しないからです。何らかの力によって、誰に入れろということを強制することなど以ての外ですし、お金を渡して投票を依頼する「買収」も当然許されません。この政策が素晴らしい、この候補が信頼できる等、説得による以外の方法はないのです。

その説得で、党の一番根幹の部分を担っている国会議員を納得させることができなかったとしたら、有権者の説得など考えられなくなるのではないでしょうか。逆に言えば、今まで、国会議員を事実に基づいた論理的な議論によって説得する努力をして来なかった政党が、説得によって有権者の支持を得ようとしても、それは至難の業だということになりはしないでしょうか。

  [2020/9/21 イライザ]

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