憲法

2018年8月12日 (日)

憲法調査会での金子発言 ――無抵抗降伏論を独自に表明――

 

憲法調査会での金子発言

――無抵抗降伏論を独自に表明――

 

西日本豪雨災害からの教訓のまとめとして、防災省の設置を提案してきましたが、組織的には、自衛隊を災害救助隊に改組するという説明が分り易いと思います。これが可能である大きな前提として、仮に海外からの侵略があったとして、自衛隊が武力に依って抵抗するのではなく、威厳を持った降伏によってできるだけ多くの人の命を守ることが大切であること、またその後の日本社会において、ソフト面を生かしての非暴力抵抗運動を通して、原状回復を行うことこそ、より良い選択であるという、「森嶋通夫理論」を御紹介しました。

 

今回は、これと同様の考え方を国会の中の憲法調査会で披歴した、金子哲夫衆議院議員(当時)の発言をお読み頂きたいと思います。森嶋理論とは全く独立した形で、自前の提案をきちんとされている姿は立派ですし、国会の議事録にその発言が残されていることにも意味があります。以下、議事録の一部です。読み易いように改行等を行っています。

 

               

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********************************

第154回国会 憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会 第4号
平成十四年(2002)六月六日(木曜日)
    午後二時二十九分開議

 

金子(哲)小委員 社民党の金子でございますけれども、私は、非核三原則にかかわって少し発言をしたいと思います。

 

先生のおられるところでもぜひ発言をしたかったのですけれども、最後は、宗教的信念などと核兵器廃絶の問題がとらえられているということについて極めて驚きを持っております。

 

我が国が、政府が、非核三原則のみならず、国連においてたびたび国連決議の中で核兵器廃絶のための提案をしていることは事実でありまして、それは世界から核兵器をなくそうということ、我が国が非核三原則を持っているからということだけではないと言わなければなりません。そもそも、ただ被爆国であるということでもありません。

 

つまりは、その被爆の体験の中から、核兵器の非人間性というものについて、既に国際司法裁判所でもその点については明確に規定をされているわけでありますけれども、そういった核兵器の持つ非人間性とそのことによる被害というものに着目をして、再びそういうことがこの地上の中に起きてはならないということで核兵器の廃絶というものを訴えてきたし、また、そのことによってその説得力を持つという意味においても非核三原則というものが提起をされているように私は思えるわけです。

 

そうしませんと、万々が一のときにということをお話しになりましたけれども、万々が一のときというのは一体どう考えればいいのか。それは、つまりは、核兵器が一日にしてつくられるわけではありませんから、そのことを想定しておれば、いずれ非核三原則を否定して政策を変換しなければ、万々が一に備えることはできないということになるわけでありまして、そういうことに論点が行くこと自身も私にとってはある種の驚きでもあります。

 

ですから、私は、やはり核兵器というものについて、核兵器の持つ本質的な意味、また核兵器の破壊力、放射線障害の持つ意味ということを実体験として知っている我が国だからこそそのことが言えるというふうに思うので、むしろ私は、日本の外交姿勢の中にあって、唯一の被爆国というまくら言葉は国連の中でも何度も表明をされますけれども、広島や長崎で起きた事実に対して、そのことを世界にどれだけ知らしめる努力をしてきたのかといえば、極めて残念ながらそれは行われていない。

 

例えば、被爆者の皆さんや平和団体の皆さんが原爆写真展などを通じて被爆体験を広げようという努力をしてきたわけでありますけれども、それすらも、日本政府がたった一度も国連においてそういうことをやったということを私は知りません。そういう努力というものこそが、今唯一の被爆国としての役割だと思います。

 

憲法とのかかわりにおいても、憲法九条の論議のみならず、憲法にうたわれております国際条約との関係の中において、NPT体制の中に日本も批准をして入っている限りこれをむしろ促進していく役割というものがあるわけでありまして、そういう点からもありますし、憲法上からいっても、これは国会の中で、園田外務大臣も随分前の国会ですけれども発言をされておりますように、日本国憲法全体の中に、国民の生命を守っていくという憲法精神からいっても、この非人間的な核兵器を日本が持つということ、非核三原則を変えて核兵器を持つということはあり得ないということをおっしゃっておりますけれども、私もそのとおりだと思います。

 

そういう意味で、やはりもう一度、唯一の被爆国、また被爆体験をした国家としての被爆というものの意味について、私は、国会の中でも改めて論議をした方がいいのではないかということを強く思っております。

 

以上です。

 

赤松(正)小委員 公明党の赤松正雄です。

 

先ほど、ちょっと時間が足らなくて、私が申し上げたことが少し中途半端に終わったんじゃないかと思いますので、その補足と、それから、今金子委員がおっしゃったことに関係すること等について二、三お話をしたいと思います。

 

まず、先ほど、日本の国がこれから直面するであろうというか、今もうしているんですけれども、選択肢が二つある。一つは、憲法を改正して普通の国になるという選択肢と、もう一つは、今のまま憲法のいわば解釈改憲の道を続けて特殊な国の道を歩んでいく、この二つが我々の前に横たわっているだろう。ここは一にかかって国民世論の動向と深くかかわってくると私は思います。日本の国の多くの人々が、今申し上げた大きく分けて二つの道のどちらをとろうとするのか、これはやはり真剣に国民世論の動向というものを見定めていかなくちゃいけない、そんなふうに思っています。

 

私は個人的には、憲法第九条については、第一項はもちろんそのままですが、二項については整理する必要があるだろうなという考え方でおりますけれども、公明党は現時点で、二つ目の、憲法第九条については改正をしない。問い詰めてみたことはありませんが、今の私の仕分け方でいくと、恐らく二つ目の方向を行こうとしているんだろうな、こんなふうに思っております。これが先ほど言い残した部分でございます。

 

それから、今、非核三原則にまつわる話ですけれども、いわゆる核をつくらず、持たず、持ち込ませず、この非核三原則については、私ども公明党は、私が政策形成にかかわった時点で、三原則ではなくて、もう一つ、いわば運動論的につけ加えないと話が決着しないというふうに言って盛り込んだことがあります。それは、持たせずということであります。

 

つまり、持たない、つくらない、持ち込ませないといっても、つくって、それをやろうとする、持つという意思を持つ国があるわけだから、そこに対して持たないようにという働きかけ、つくらせずでもいいんですけれども、そういうことが運動として起こってこないと、自分たちはつくらない、持たない、持ち込ませないと言っていても何も現実的な意味を持たない、そういうふうなことを主張いたしました。

 

一方では、全く逆ではありませんけれども、持たず、つくらずはいいけれども、持ち込ませずというのを掲げるのは日本もおかしい、だから非核三原則ではなくて非核二原則でいいのではないかというふうなことを指摘される向きがあるということについても、私は、その人のそういう主張があるという立場は十分に理解できるつもりでおります。

 

今回の福田官房長官の発言は、恐らく、政府首脳という立場を少しお忘れになって、評論家的に、純理論的に核の問題についてお話をされたのだろう。その辺はもう少ししっかり、用心深くお話をされた方がよかったのではないのかなという印象を持っております。

 

最後、三つ目に、社民党の金子さんに聞きたいんですけれども、実は共産党の山口さんに聞きたかったんですが、おられないので、別に疑似的相手だということではないんですけれども、この調査会は大いに論争した方がいいと思うので言います。

 

実はきのう、有事法制の地方公聴会で仙台へ行ってきました。要するに、万が一、僕は、万が九千九百九十九、平和外交的努力をすることは当然だ。九千九百九十九までやって、あとの一に対して使っちゃいけない有事法制だけれども、つくって、その用意は最低限する必要はあるんじゃないのかというスタンスなんです。

 

だから、そういう意味合いで、日本共産党から推薦された方、あるいは社会民主党から推薦された方のお話を聞いていて思ったのは、要するに、九千九百九十九のことだけで、万が一のことについては触れられない。だから、詰めていけばどうなるんですか、こう聞いたら、いわば非暴力抵抗主義というかそういうことを、現実にその言葉をおっしゃいました。

 

要するに、日本共産党の方に聞きたかったのは、二年前に、必要なときは自衛隊を使うということを彼らは決めているわけですね。それに対して、今は使わないときと決めておられるのかどうか、その辺がよくわからないということを聞きたかったんですけれども。

 

金子さんは、万が一の場合、やはり非暴力抵抗主義というんですか、そういう格好でいかざるを得ないと思っておられるんでしょうか。自衛隊のありようというものと絡めて言っていただきたいと思います。

 

金子(哲)小委員 では、もう私の持ち時間ありませんので、短くお答えしたいと思います。

 

自衛隊の問題については、この委員会でも私ども社民党の政策について御意見が出たことはありますので、その点については今質問が直接ありませんので、とりあえずおきまして、万々が一のお話。

 

実は私のホームページにもその点について、あえてと問われればということで書かせていただいておりますけれども、私は、非暴力抵抗でいい。といいますのは、その中につけ加えておりますのは、もし万々が一のときに想定をされる軍事的な紛争により命を失うこと、そのことと、万が一のときに非暴力抵抗によって仮に失う命とはどちらが多いかと、本当に考えてみたとき、戦争、紛争によって、いわば軍事衝突によって失われる命の方がはるかに多いというふうに私自身は思っております。それは日本国民のみならず相手の国を含めて、そういうふうに思っております。

 

ですから私はそのことを書いておりますけれども、それでもそれに対する批判は確かにあります。私の考え方としては、暴力、軍事的な力によって紛争を解決して失う命よりも、特に近代戦争においては、軍人軍属の失われる命よりも一般の非戦闘員と言われる人たちが、とりわけ第二次世界大戦以降、ベトナム戦争もそうですけれども、近代兵器の中で失われる命の方がはるかに多い状況を考えてみますと、そういう非暴力抵抗によって失われる命の方が少ない。そしてまたそのことは、もし仮にそういうことが起きたとしたら、国際社会の中にあってそのことが永続的に続くとは到底思えないというふうに私は思っておりますので、そういう見解を持っております。

 

藤島小委員 今の件に関してですけれども、戦争になったときに軍人軍属の犠牲者が多いか、一般の国民の犠牲者が多いかというふうに置きかえることがちょっと問題があるんじゃないかと思うんですね。

 

侵略されることで国民の権利とか自由が全く侵害され、あるいは婦女子が全部犯される、そういうことに対して、本当にそのままほって、見ていていいのか。例えば湾岸戦争にしてもそうですけれども、ヨーロッパのいろいろな紛争にしてもそうなんですけれども、それをほっておいていいのかということがやはり一番問題じゃないかなと私は思います。

 

[2018/8/10日 イライザ]

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2018年7月29日 (日)

「忖度」をしない気象庁 ――何故、財務省や文科省とは違うのでしょうか――

 

「忖度」をしない気象庁

――何故、財務省や文科省とは違うのでしょうか――

 

75日の夜「赤坂自民亭」を開いて、自民党の幹部たちが安倍総裁三選に向けての大宴会を開いていたことで、多くの人々は、安倍政権が如何に庶民の命や生活には無関係な存在なのかを改めて確認することになり、その結果、怒ったりガッカリしたりといった気持になっています。さらに次の6日の夜には、首相公邸に自民党無派閥議員を集めて、総裁選挙についての根回しをしていたのですから、何をか言わんやです。

 

そんな自己中心的かつ驕慢・破廉恥な政治集団にどう対抗すれば良いのかを考えるに当り、実は5日そして6日の状況が素晴らしいヒントを与えてくれています。

 

読売新聞の報道によれば、5日には、「土砂災害の恐れが高まったとして、午後1時現在、神戸市で約10万人に避難勧告が出されたほか、大阪北部地震で震度6弱を記録した大阪府茨木市や、神戸市で避難指示が出るなど、3府県の15市町で計約20万人に避難指示・勧告が出された」のです。

 

さらに翌6日の夜までには、広島も含めて西日本では市民・国民・庶民の生命が危険にさらされる状態になっていました。再び読売新聞からです。「6日も西日本を中心に記録的な大雨が降り続いた。気象庁は同日午後、福岡、佐賀、長崎、岡山、広島、鳥取の6県に対し、「生命に重大な危険が差し迫った異常事態にある」として大雨特別警報を発表した」。

 

               

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台風12号について、気象庁のホームページから

 

このことをどんな文脈で考えれば良いかなのですが、それは、森友・加計問題です。財務省そして「安倍トモ」たちが総理大臣の意志を忖度して、嘘を頻発し文書を捏造・改竄して自分たちの利害関係を死守してきたのが森友・加計問題です。

 

それに照らして、5日の午後から夜にかけての状況を考えて見ましょう。安倍内閣やそのお友だちが庶民の生命や生活には無関心であるという事実は確認するまでもありません。庶民に対する無責任さという意味で、森友・加計問題でも安倍プラスお友だちの立場は同じです。でもそこに登場するお役人の態度は、天と地ほどの差があります。

 

気象庁の職員も財務省や文科省の職員たちと同じ国家公務員です。そして広い意味では安倍内閣が彼ら/彼女らの生殺与奪の権限を握っています。にもかかわらず、気象庁の職員たちは、安倍政権そして安倍総理の気持を忖度することなどなく、憲法15条に従って「全体の奉仕者」として、また「科学的事実」を信頼する科学者として懸命に職務を遂行していたのです。

 

安倍内閣、そしてお友だちは、2000年に制定された土砂災害防止法も、それ以前の改正河川法も、気象庁の情報に基づいて地方自治体が発する避難勧告や避難指示といった、市民・国民・庶民を守るための法律・制度・慣行を一切無視して、高々「私的」な会合を優先していたのです。このことだけで、既に憲法15条違反です。当然、行政を司る資格はありません。即時、辞任すべき失態です。それは、与党の一部として安倍政権を支え続けてきた公明党や、そのシンパの維新の党も同じです。

 

こうした状況の中で、行政の長が腐っていても、市民・国民・庶民の命を守り生活を守る政治を最小限、担保するために何ができるのでしょうか。

 

その可能性の一つが「防災省」の設置です。気象庁が万丈の気を吐いて頑張っている姿、全国の消防そして消防団が命の危険をも顧みず職務に専心しているコミットメントを元に考えることが出発点です。そこから得られる教訓は、少なくとも「災害」時には、そしてその予防のためには、「防災省」といった形の専門家集団を組織して、腐った政権が力を持っているときでも、その任務を全うできる体制を作っておくことが何よりも大切だと言うことなのではないでしょうか。

 

災害救助では自衛隊も頑張っています。でも、今はお手本としての組織の中に、軍隊としての「自衛隊」を敢えて入れていません。それには理由があります。20173月の防衛大学の卒業式で安倍総理は、「軍人勅諭」の現代語訳ともいえる言葉で自衛隊の政治的な意味合いを説明しているからです。

 

それは、「最高指揮官である私」の繰り返し、「警戒監視や情報収集に当たる部隊は、私の目であり耳であります」、「つまり、最前線の現場にあって指揮をとる諸君と、最高指揮官である私との意思疎通の円滑さ、紐帯の強さが、我が国の安全に直結する。日本の国益につながっています」、「そして将来、諸君の中から最高指揮官たる内閣総理大臣の片腕となって、その重要な意思決定を支える人材が出てきてくれる日を楽しみにしています」等です。

 

戦前、軍の最高指揮官は天皇でした。自分はそれと同じ「最高指揮官」だという点を何度も強調し、つまり自らを天皇に準えて、軍人勅諭の言葉を使えば、あたかも「朕は汝ら軍人の大元帥なるぞ」と言っているとしか聞こえませんし、そして、その後の言葉は、「されは朕は汝等を股肱と頼み汝等は朕を頭首と仰きてそ其親は特に深かるへき」を言い換えているのです。

 

それに、稲田防衛大臣が、20177月の都議会議員選挙で、「自衛隊・防衛省とも連携のある○○候補(※実際の演説では実名)をお願いしたい。防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」とうっかり本音を言ってしまったように、自衛隊の「私物化」が進んでいますし、さらには、小西洋之参議院議員に、「国益を損なう」といった趣旨の発言を公道上でした自衛隊3佐がいたこと等を考えると、シビリアン・コントロールさえ反故になっているような感さえあります。災害救助の際は除いて、その他の場合に自衛隊が、中立の立場で全体の奉仕者としての任務が果せるのかには大きな疑問符が付くのです。

 

「防災省」設置については、続いて私案を御披露したいと思いますが、それと同時に、安倍内閣打倒のための、有効な手段があることを昨日、教えて頂きました。それが実は、今日の本題の積りだったのですが、イントロが長くなってしまいました。

 

ようやく本題に入れるのですが、安倍政権の本質を私たちが理解するためには、気象庁と財務省といった具合に、分り易い対比で具体的に腐敗度や絶望度を見て行く必要があります。できれば数値化できると一番良いのですが、経済の分野ではそれが可能です。しかも、たまたま論文を読むことになった経済学者の大田先生は、世界的に共有され、当然日本政府も持っているデータを元に、説得力ある分析のできる方です。さらにそこから導き出される「目から鱗」の結論は私たちに勇気を与えて下さる方だったのです。

 

この項、当然ながら続きます。

 

 

[2018/7/27 イライザ]

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コメント

昨年まで防衛省は計画の二基で2000憶円と説明していたイージス艦が、4000憶円に跳ね上がっていて、最終的な総額で6000憶円になる可能性もあるという報道がありました。これを防災に使えばどれほどの命が救えるかですね。

「アショア」様

コメント有り難う御座いました。

御指摘の通り、悪徳商法に騙されているかのような軍事費で、何人が救われたのかという実績も示せないのですから、具体的に、防災費として命を救うために使うのが合理的です。

イージス艦が高いというなら安上がりなのは北朝鮮でも持てる核や弾道ミサイル。撃たれたら撃ち返すと言えば良いだけで、それなら安く済むのに撃たれた防ぐというのでは何百倍も難しく高くなるのは当然。だから憲法改正が必要でそうなればイージスは不要になって防災費も出るだろう。

「イーデス」様

コメント有り難う御座いました。

そもそもの前提が問題なのかもしれません。本当に北朝鮮が日本を攻撃したいのなら、高いお金を掛けて核とかミサイルを開発し、それらを使わなくても、いくらでも安く攻撃することは可能です。

核やミサイルの開発は、アメリカを視野に入れての話ですし、中国とも対等な関係を作りたいという意図もあったはずです。

その双方との関係が改善されつつある今、北が日本に対する攻撃政策だけは、後生大事に守り続ける意味はありません。日本が挑発すれば話は別ですが。

2018年7月24日 (火)

防衛省を防災省に ――豪雨災害からの教訓 (14)――


防衛省を防災省に

――豪雨災害からの教訓 (14)――

 

「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」、つまり「防衛省 ⇒ 防災省」というパラダイム転換を実現するために、「防災省 (仮称)」はどんなお役所なのか、大雑把なスケッチになるとは思いますが、青写真を御覧頂きたいと思います。とは言っても、一素人が防災についての大きな絵を描こうとしているのですから、完成させるためには多くの皆さんの助けが必要です。

 

防災の専門家、例えば消防や警察の関係者、自衛隊の防災担当者の皆さん、学者や行政の担当者、そして被災者の方々やボランティアの皆さん等々に助けて頂ければ幸いです。例えば、もう既に良く練られた「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」あるいは「防衛省 ⇒ 防災省」転換のための計画があってもおかしくありませんし、それほどラディカルではなくても、災害を恒常的な存在であると捉えた上での対応指針のようなものもあるかもしれません。御存知の方がいらっしゃいましたら、是非御教示頂ければ幸いです。その他、明らかな間違い、思い込み等々、この件について気の付いたことなら、何でも結構ですからお寄せ下さい。

                            

 また、考え方を分り易く説明するために、「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」あるいは「防衛省 ⇒ 防災省」という表現を使っていますが、「防災省」と「防衛省」が、バランスのとれた形で共存する形など、実現のためには様々な可能性がありますので、柔軟にかつ創造的にアイデアを育てて行ければと思っています。

 

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「防災省」設置案

 

[設置目的と根拠法]  憲法第25条、つまり、〔生存権及び国民生活の社会的進歩向上に努める国の義務〕として掲げられている次の「権利」を保障し、国の「義務」を果す上で、自然災害が国民の生命ならびに生活に多大なる脅威となってきた歴史を踏まえ、また、自然災害を日本という地理的範囲を全体として捉えると、「恒常的」な災害が生じているという認識の下、自然災害を最小限に抑えるために防災省を設置する。

 

25条  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2.  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

《解説》  

 「自然災害」の定義――「自然災害」の中には、次のような事象による被害を含める――地震、噴火、津波、高波、竜巻、台風、洪水、土石流、大雨、大雪、猛暑、厳寒、旱魃等。

 「自然災害」には「恒常的」対応が必要――ここ20 (あるいは〇十年) ほどの災害の実態を、それ以前の災害の統計と照らし合わせた上で、地球温暖化と異常気象についての世界的な知見も活用して、自然災害が日常的脅威となっている現実を直視する。今後の対策としては、国のレベルならびに地方自治体、さらには企業等の組織や個人までも含めた「ステーク・ホールダー」たちが、災害は起きた後で対応するものというこれまでの枠組みを捨て去って、「恒常的」対応が必要なものであるという認識を共有する。

 被害の総体を把握――そのための経年比較をする際には、次のような側面に特に注意する必要がある。死亡者数、全壊・半壊等の建物被害数と被害金額、道路・鉄道・港湾・空港、水道・電気・ガス・通信等のインフラの被害規模、特にその復旧に要する費用、農林水産業の被害規模と復旧のための費用、民間企業その他の団体が被った被害規模ならびに金額、被災者や被災団体が失うことになった「時間」とその間に失われた生活や生産等を数値化することで得られる逸失費用等、敢えて重複を恐れずにあらゆるコストを計上した上で整理・分析することによって、被害の総体を把握し、全国民が共有できるように表現・周知・共有する。

 一つの省が必要――これまでの国の対応、例えば災害担当大臣を置くといった措置では不十分で、災害救助のできる実働部隊を伴う一つの省が必要である。防衛省の存在が必要であるなら、それ以上に防災省の設置は必要かつ緊急を要する。

 自衛隊より緊急度は高い――その理由を簡単に説明すると、それは死者数、さらに生活の激変を余儀なくされた「被害者」の数を見るだけで明らかである。まず、この73年間、外国の侵略によって死亡した日本国民はゼロであり、また死亡を含む生活の大激変という形での外国からの影響は、アメリカ軍基地の存在以外にはないと言って良い。対して、自然災害による死者数は膨大であり、東日本大震災の結果、未だに避難生活を続けざるを得ない人々の御苦労を考えただけでも、「防災」の重要性は自明である。結論として、「防災省」を実現しこうした被害を減少させるために、全国民が一致してその設置のために努力すべきである。

 自衛隊以上の予算を――外国からの侵略がなかったのは、自衛隊があったからだという議論もありそうだが、予算面等で自衛隊と同じ「レベル」での災害対策をこれまでして来ているのかも検証した上で、現在のレベルを凌ぐ防災対策を立てることで、同様に、「防災省」があったから自然災害の被害が減少した、と数年後には言えるようになるはずである。

 情報、予算、人員、教育、公報等、一つの省が把握することで、実効性のある施策が展開できる――今回の豪雨災害において問題になった、愛媛県野村ダムと狩野川ダムの放流についても、下流の被害も視野に入れたダムの管理計画が綿密に立てられ、下流との連携が余裕をもって立てられていれば、被害はかなり軽減された可能性があり、それを可能にするための、「被害」を最優先する立場からの施策を展開する「防災省」の出番がある」。災害防止のための予報や警告の分野だが、それを可能にする予算の獲得や、実働部隊の人員の確保、災害時の避難等について住民への周知と日常的訓練等、一元化された行政の担える範囲は広い。

 

防災省の組織、任務、他の省庁との関係、自治体との役割分担等についても次回から順を追って説明します。

[2018/7/23 イライザ]

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2018年7月17日 (火)

『きみはサンダーバードを知っているか』 ――豪雨災害からの教訓 (8)――


『きみはサンダーバードを知っているか』

――豪雨災害からの教訓 (8)――

 

自衛隊を災害救助隊に進化させるというアイデアを聞いて、多くの人が思い浮べるのが、「サンダーバード」だったとしても不思議ではありません。それは、26年前、当時、広島大学で大活躍をしていた、現早稲田大学教授の水島朝穂さんが、「同志」とともに世に問うた、『きみはサンダーバードを知っているか』のお陰です。

 

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この本は、今やこの分野における古典的な存在にまでなっていますが、その理由はハッキリしています。まず、その基本的考え方は誰にでも理解できるストレートさを持ち、しかもテレビの人気番組のコンセプトをそのまま現実世界に移植していることから、子どもたちにも親しみを持って受け入れられたからです。

 

私と同じように、そもそも「サンダーバード」とはと、聞かなくてはならない人のための解説ですが、ここでも水島先生御自身の言葉で語って頂きましょう。昨年11月、『きみはサンダーバードを知っているか』発刊25周年を迎えて、先生の「直言」というブログにアップされた一文からの引用です。

 

1964年に英国で制作された連続テレビ人形劇で、2026年の近未来を舞台に、大事故や災害から人命を救い出す国際救助隊の活躍を描いたもの。日本では1966410日(日)18時からNHK総合テレビで初放映された。私は中学1年生だったが、毎日曜、生でみていた。その後、民放でも繰り返し再放送されている。

 

サンダーバードそのものの説明は、水島ゼミ21期生の菅野仁啓さんによる簡潔な説明が、同じブログ内にありましたので、それを引用させて頂きます。

 

サンダーバードは、近未来の世界において、大金持ちのトレーシー一家が世界のどこかにある孤島、トレーシー・アイランドを拠点とした「国際救助隊」を組織し、各種のスーパーメカを使って、世界中で起きるさまざまな災害に立ち向かい、世界の人々のために身元を隠して活動するという人形劇である。CGのない時代だったが、最高級の撮影テクニックを駆使しており、半世紀が過ぎたいまみても、不思議なまでのリアリティーを感じる。彼らの使うメカは多種多様で、深海から太陽直近まで活動をするという圧倒的な性能を持ち、また独特なメカニックデザインが光るといったもので、メカ好きの私にとってはたまならなかった。何よりも「国際救助隊」の活動の目的は誰かを「倒す」ことではなく、「救う」ことなのである。この点は、それまで私がみていたテレビ番組とは決定的に違っていた。

 

このサンダーバードを現実の世界で、日本という国家のイニシャティブにより、しかも平和憲法の目指す方向の具現化として、自衛隊という組織を進化させる形で実現するというのが水島先生たちの考えでした。そこの根底のあったのは、災害救助そのもののあり方の問い直しでした。それを踏まえて、『きみはサンダーバードを知っているか』執筆の目的を水島先生は次のように述べています。

 

自衛隊の「余技」としての災害派遣ではなく、この国の災害救助組織のあり方を再考することである。

 

このような「再考」が、1990年代に行われていれば、今回の豪雨災害後の国や自治体の動きが大きく変っていたのではないでしょうか。でも今からでも遅くはありません。私も「サンダーバード」の世界について少し勉強した上で、災害救助隊についての検討を進めたいと思っています。

 

[2018/7/16 イライザ]

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コメント

あらま、水島朝穂教授のファンでありながら、
先に、サンダーバード構想に言及されていたとは😢😢
片仮名大好き日本人、どうして飛びつかぬ。

確かに豪雨災害の場面は多かったですね。
未だに国際救助隊が来てくれたらと思う自分の感覚はおかしいのかと思っていたら,あながちそうでもなさそうで安心しました(笑)

今日、「サンダーバード」ねたをボランティア活動後に行った街頭演説で早速使わせていただきました。「サンダーバード」の歌もちょっと歌いました。はっとしてこっちをご覧になる人が多数・・。

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

自衛隊を評価している人の多くは、災害救助の際の自衛隊の活躍を評価しているようですので、それから「サンダーバード」に思いが発展しても良さそうに思います。

「ふぃーゆパパ」様

コメント有り難う御座いました。

日本には高度の技術があり、お金も人手も十分にある、と思い込まれてしまっているのでしょうか。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

「サンダーバード」の歌、聞いてみたいです。

2018年5月16日 (水)

5・15事件と『父と暮せば』 ――道草懇話会のテーマ――


515事件と『父と暮せば』

――道草懇話会のテーマ――

 

詩人・作家で教育者の平塩清種さんが主宰する道草懇話会が、昨515日に開かれました。気の合う仲間と昼食を共にして、折角の機会ですので、どなたかの話を聴く、あるいは演奏を楽しむという趣旨の会ですが、今回は井上ひさしさんの『父と暮せば』を天野達志さんが一人芝居として演じるプログラムがメインでした。

 

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平塩清種主宰者

 

でも、私たちの世代に取って、515日は、515事件の日であり、沖縄の日本復帰の日でもあります。その日に『父と暮せば』を鑑賞するのには何か意味があるのではないかと思っていたのですが、私なりの結論を5分ほどで皆さんに披露させて頂くことになりました。

 

515事件とは、1932515日に起きた海軍の青年将校たちによる反乱事件で、「話せば分る」と説得を試みた犬養毅総理大臣が殺害されるという結果になりました。海軍刑法には反乱罪の規定もありましたので、それに従って検察側は首謀者たちに死刑を求刑しました。しかしながら、世界大恐慌の影響もあり多くの国民が貧困に喘いでいた当時、政治不信が広まっていたため、若手将校たちに共感する人々による熱心な嘆願運動が起き、判決は禁固以下の刑罰でした。

 

海軍刑法があまりにも緩く解釈された結果だと考える人も多く、その結果、政治問題を軍人が直接、武力行使によって解決することへの抵抗感が薄まりました。この風潮が226事件誘発の一因になったと論じる人たちも多くいます。

 

その226事件は、1936226日に起きました。陸軍の青年将校を中心に下士官や兵たちも巻き込んでのクーデター未遂事件です。総理大臣の岡田啓介は難を逃れることができましたが、5人が死亡しました。

 

側近の政治家が殺されたことで天皇は激怒し、この事件の裁判は、陸軍刑法の枠をはみ出して、非公開で、弁護士は付けられず、上訴もできないという異例のものになりました。当然、首謀者たちは死刑に処せられました。515事件では、陸・海軍刑法の解釈が甘い方向に揺れて文字通りの適用がされず、226事件では、厳しい方向に揺れて陸・海軍刑法を逸脱した適用が行われました。

 

こうした背景を前に、1941年には陸軍大臣東条英機が戦陣訓を示達します。その中で有名なのは「生きて虜囚の辱めを受けず」です。陸・海軍刑法では、軍人が敵に投降することを奨励してはいませんが、その可能性のあることを認めるという前提での規定が設けられています。しかるに、戦陣訓では投降を認めず、自決せよとの方針が、しかもこれは天皇の意思であるというようなニュアンスで強力に伝えられました。

 

しかも、この価値観を強制されたのは、軍人だけではなく、沖縄の多くの民間人・非戦闘員も、この言葉に縛られて、アメリカ軍に捕われないために身投げまでしたケースが多くあったことは、多くの皆さん御存知の通りです。

 

こうして、515事件と沖縄とは切っても切れない関係にあるのですが、その515日に、井上ひさしさんの『父と暮せば』を観る意味は何でしょうか。一言でまとめると、「政治は言葉だ」ということです。

 

法律は、言葉によって社会を律することを大前提にした法治主義の根幹です。公平・公正に法律を遵守することから逸れて、権力者の意向に屈したり、ポピュリズムに流されて大甘の判断をすることは許されません。増してや、政治の最高責任を託されている人々が、平気で嘘を吐き、時間の経過によってその嘘さえ忘れ去られていくことが当り前だと考えている風潮は、私たち全ての未来を危機に陥れます。

 

言葉を大切にして、今を、そして過去を通して未来を考える上で、素晴らしい仕事を残した井上ひさしさんの作品に今日触れることの意味は、そこにあります。

 

天野達志さんの一人芝居は、中村敦夫さんの『線量計が鳴る』を彷彿とさせる迫力がありましたし、会場の一同、涙なしでは聞けいほどの感動を与えてくれました。


Photo_2

 

毎日新聞の英語版The Mainichiによる、『父と暮せば』の英語訳を読んでのエッセイ・コンテスト等も含めて様々な形で、井上さんの作品がこれからも国内外で多くの人々に政治の本質、人間の生きる意味を伝え続けてくれることを期待できた一時でした。

 

[2018/5/15 イライザ]

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コメント

秋葉忠利さま
昨日は、“ひとり読み語りしばい”『父と暮せば』をご覧頂きましてありがとうございました。その上、秋葉さまのブログにもご紹介頂き、感謝の念に堪えません。今後も応援して頂けるよう精進して参ります。どうぞ宜しくお願い致します。
松風の会 天野達志
matsukazenokai.com

憲法改正反対の方にお伺いしたい

個人的には自衛隊が憲法9条2項に違反してるのは紛れも無い事実であると思っているし、自衛隊を合憲と主張する人ですら自衛隊の存在がグレーであるという事は認めている
政府は国民の生命財産を守るために明らかに違憲だと分かっていても、そして嫌でも合憲だと言い貼らなければならないのは理解するが2項の文を読んだ時に今の自衛隊が戦力に当たらないとするのは不可能であるのは誰でも理解できよう
だからこそ自衛隊の違憲を解消するために改憲するべきだと思っている
この問題に関しては違憲の自衛隊を解隊するか9条2項を改正及び削除の二者択一になると思っているわけだが…

国民に対する自衛隊のアンケートでは自衛隊は必要ないという回答は2%にも満たなかった
つまり憲法改正反対派のほぼすべての人間が9条はそのままにするべきだが自衛隊も必要だと考えている事になる
ここが分からない
9条と自衛隊のような矛盾した関係はむしろ憲法の力を弱めてしまうものであって憲法について力説している改憲反対派はこのような憲法を蔑ろにした現状を解消する為に積極的に自衛隊解隊について主張するのが筋だと思うのだが何故か憲法改正反対派の中からは自衛隊を解隊という声は聞いた事がない
これはアンケートからも見て取れるだろう
普段は憲法を守れ!と声を高らかに上げているがこと自衛隊に関しては9条に違憲の可能性が非常に高い自衛隊を放置する事を何故自ら選んでいるのかが分からない

「松風の会 天野達志」様

コメント有り難う御座いました。

感動した点はいくつもありましたが、裸足の力強さには圧倒されました。

「セビキャン」様

コメント有り難う御座いました。

整理されたコメントから、冷静な議論をしたいという気持が伝わってきて感心しています。

短いコメント欄で全ての点を網羅できないのが残念ですし、専門家の説得力ある説明もありますので、基本的な問題はそちらに任せるとして、東大の石川先生の講演の要約は、以前に紹介しています。参考にして頂ければ幸いです。

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-85b4.html

改憲について、法治主義についてですが、5・15事件の教訓の一つは、十分に議論されていない案件について多くの人々がある方向に流されたとしても、それで法律を曲げてはならない、ということです。

また、戦陣訓からは、人類史的な世界の流れを見ずに、ある方向に捉われて法を曲げることの愚かさが浮び上ります。

また、自衛隊が必要である、あるいはその存在意義があるという意見を持っている人たちの多くは、災害救助等の面での自衛隊を評価しているのではないかと思います。自衛隊を災害救助を中心に活動する組織に改組することは、それほど問題があるようには見えませんし、9条に手を加える必要もありません。

戦争をするための軍隊、海外に出て行って武力行使をするための軍隊が必要だと言っている人たちの多くは、戦争の実態を知らないのではないかと思います。「セビキャン」さんはその中に入らないと思いますが、そんな無知を元にして戦争のできる装置の良し悪しを論じるのは論外です。

イライザ様 ご返信いただきありがとうございます

平成30年1月に行われた自衛隊・防衛に関する世論調査では「自衛隊の防衛力を増強した方が良いか?」との質問に対し[増強した方が良い]が30%、[今の程度で良い]が59%、[縮小した方が良い]が4.5%という結果でした。
つまり、この世論調査から見て取れることは憲法改正反対派のほとんどの方が「自衛隊は必要である」と考えると同時に「防衛力は現状維持が望ましい」と考えている事が見て取れます。
先のコメントで申し上げた通り今日の自衛隊を9条2項に違憲ではないとするのはあまりにも無理があり、またそれが通るのであればアメリカ軍ですら戦力には当たらないと言える日が来てもおかしくないレベルです。
本来このような状況は異常であり9条と自衛隊が同時に存在しているような矛盾している状況はどんどん憲法の空洞化、そして憲法の力を弱めていくことに他ならず、むしろ憲法について敏感である左派の人達が率先して改憲の動きを見せてもおかしくないと思っているくらいです。

イライザ様の場合は自衛隊の防衛力を縮小するべきだとお考えのようですので憲法改正反対である事に疑問は抱かないのですが、世論調査を見る限り、憲法改正反対派は何故憲法についてあれだけ敏感であるのに9条、自衛隊の問題を自ら放置しそして自ら憲法を蔑ろにしようとするのかが理解できないのです。

「セビキャン」様

コメント有り難う御座いました。

確かに、改憲反対の人たちがこのように答えているとすると、かなりの矛盾になりますね。

しかし、世論調査が誰によってどんな目的のために行われたのか、そしてこの問が全体の中でどんな位置付けになっているのかも把握した上でないと説得力のあるコメントをするのは難しいような気がします。

この問だけからの印象ですので、間違っている可能性はありますが、「自衛隊の存続を前提として」とか「自衛隊が合憲だと考えている方に伺いますが」というような、文章の後の質問のように読めてしまうのですが--。

「嘘と大ウソと統計」という言葉があるくらい、世論調査や統計は恣意的に使われてきましたので、これまでの経験上からの心配です。

2018年5月 5日 (土)

「9条改憲NO! 平和といのちと人権を! 5・3ヒロシマ憲法集会 2018」その2

「沖縄戦から憲法を考える」-仲村未央さんのお話し

5.3ヒロシマ集会のメインスピーカー・仲村未央さんの話に共感を覚えたのは私一人ではないと思います。私の記憶に残った仲村さんの話を書いてみます。仲村さんの話は、沖縄戦の話から始まりました。

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「私の大叔母、中村スエは『ひめゆり学徒』としてこの世を去りました。師範学校の卒業を目前に教師になる夢を絶たれました。後に同窓の方からスエの最後を聞いて、愕然としました。沖縄戦の組織的戦闘が終わった1945年6月23日から一カ月も過ぎた7月21日に死んだのです。なぜ、一カ月も過ぎた後に死ななければならなかったのでしょうか。」話はもう一人の大叔母仲村フユさんの話になりました。「フユ大叔母は、スエの姉です。九八歳まで生き、私に戦争とは何かを教えてくれました。この大叔母フユが、一カ月の意味を語り始めたのは、八〇歳を過ぎてからです。『教育のせいだ。私の教育のせいで、戦争が終わってからもずっとスエは逃げ隠れてきた。』『生きることの大切さ』を教えていなかったのです。」昨日空港まで送っていく車の中で仲村未央さんは、こうも言いました。「フユ大叔母は、歳をとり認知症気味になってからも、死ぬまでこの話を言い続けていましたよ」と。講演は続きます。「スエの遺骨などありようもなかった。ひめゆり平和祈念資料館に並ぶ遺影でしか会うことができないのです。」

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                   ひめゆり平和記念資料館ホームページより 

集会終了後、平和公園を一緒に歩いている時、仲村さんが「広島では、平和教育はどうなっていますか」と問いかけながら「実は、いま沖縄では『沖縄戦を子どもたちにどう教えればよいかわからない』という教師が増えているのです。」と沖縄の悩みを打ち明けてくれました。意外な打ち明け話でした。あれほどがんばっている沖縄でも、戦争体験者がだんだんと少なくなっていく中で、原点である戦争体験をどう伝えていくのかが、大きな課題となっているようです。 

仲村さんの話は続きます。「沖縄には、沖縄戦で亡くなった24万人の犠牲者の名前を刻んだ『平和の礎(礎)』があります。もちろん、米兵も朝鮮半島出身者も、台湾の人も。そこだけでは、生きていたことが証明されるように眠っています。この『平和の礎』は、沖縄戦当時、『鉄血勤王隊』として学徒動員され、多くの学友を失った太田昌秀さんが、知事の時に作られました。太田さんは、私の記者時代の知事ですが、いつも命の尊さ、重さを繰り返し語ってくれた人です。この作業は県民の生命に対する執着への偉業だったと言えます。赤子の名前まで刻まれています。生まれて命名を待たずに亡くなった子どもの『○○の子』と刻まれた名前もあります。」

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ここで話は日本政府のことになります。「こんなに犠牲を出した『沖縄戦』ですが、日本政府は、その被害を過去に一度も調査したことがありません。他の46都道府県は、1947年から2年間かけて行われ『太平洋戦争による我が国の被害総合報告書』としてまとめられています。ここには『沖縄県』はありません。軍民一体の地上戦により、『4人に一人』の命が奪われた沖縄戦については、一切触れられていないのです。」「戦争の記憶を忘れないために、平和憲法を持つ私たちは、沖縄戦の報告がないことを忘れないでほしいと思います。」沖縄に対するこの理不尽な状況を訴えながら、「今の憲法があっても沖縄は平和を実感したことはありません。だがその理想を実現する道をあきらめてはなりません。10代で命を奪われた大叔母は、生きることを選ばなかった。選べなかった。だが私たちは違う、平和憲法の中で私自身が、任されている。国家のためにという言葉の危うさを見抜き、次の時代に平和をつなげることを。」 

仲村さんの話を聞きながら、改めて「いのちの尊さ」を考え、多くの生命の犠牲によって「平和憲法」が生まれたこと思い起こし、「平和憲法を守る」決意を新たにしました。

仲村さんは、講演の最後に「辺野古基地問題」を訴えました。
「沖縄の基地は、沖縄の人々の所有する土地の上に建設されています。だから『返還要求』を続けることができます。しかし『辺野古』は違います。国が海を埋め立てて造られます。土地は、国のものです。沖縄の住民が『返還』を要求することはできないのです。もし建設されてしまえば、これまでの沖縄の反基地運動は大きく変質することになります。だからどうしても『辺野古には基地を建設させてはならない』のです。そのこともぜひ理解してください。」

私にとって、初めての本質的な「辺野古基地建設反対」の訴えでした。少し長くなりましたが、大切なことのように思いますので、記載しました。

 

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2018年5月 4日 (金)

「9条改憲NO! 平和といのちと人権を! 5・3ヒロシマ憲法集会 2018」その1

9条改憲NO! 平和といのちと人権を! 5・3ヒロシマ憲法集会 2018」その1

 

 日本国憲法が施行されて71年目を迎えた憲法記念日の昨日、ヒロシマ総がかり行動実行委員会が主催する「9条改憲NO!平和といのちと人権を!5・3ヒロシマ憲法集会2018」は、県内各地から集まった1800人のが参加し、広島市中区のハノーバ庭園で開催されました。

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三宅太鼓の皆さんによる勇壮な和太鼓の演奏と木遣り唄(きやりうた)で始まった集会は、最初に主催者を代表して佐古正明広島県平和運動センター議長が開会あいさつ。

「安倍政権のもとで、法の支配や議会制民主主義が根底から破壊されようとしている。国会正門前に集まって3万人を超える市民の大抗議行動などで安倍政権の支持率は、30%台まで下落している。それでも安倍首相は、改憲をあきらめない姿勢を示している。安倍政権による憲法改正ならぬ憲法改悪を絶対許すことはできない。憲法9条を絶対守り抜く。平和憲法を絶対変えさせない。その決意をこの集会で確認しあい、ともにがんばりましょう。」と。

続いて、岩国市議会議員・田村 順玄(たむら・じゅんげん)さんが、「岩国の現状」についての特別報告。「岩国は、沖合移設で広大な基地となった。3月28日米空母ロナルドレーガンの艦載機移転が完了。九州沖で着艦訓練を終えた艦載機は、岩国に午後11時以降に帰ってくる。危険と隣り合わせの市民。市長は、基地との共存というが、反対する市民には背を向けたまま。こうした矛盾と理不尽な姿を訴え続けていく」と岩国基地の現状報告。 

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そしていよいよこの集会の記念講演。スピーカーは、沖縄から駆けつけていただいた元琉球新報記者で現在、沖縄県議会議員の仲村 未央(なかむら・みお)さん。仲村さんの話は、沖縄戦で「ひめゆり学徒」としてこの世を去った大叔母、仲村スエさんの話から始まった。仲村さんの沖縄からの訴えは、多くの人の心に響いたに違いありません。仲村さんの胸を打つ話は、少し詳しく書きたいと思いますので、明日のブログに掲載することにします。

次にこの集会のアピール採択。提案者は天川 真由実(あまかわ・まゆみ)さん。

 

5・3ヒロシマ憲法集会アピール
私たちがめざすこと

私たちは、安倍政権の横暴を許さず、9条改憲を許しません。

二度と戦争の惨禍を繰り返さないという誓いを胸に、「戦争法」の廃止を求めます。

思想信条の自由を侵し、監視社会を強化する「共謀罪」の廃止を求めます。

沖縄県民と思いを共にし、辺野古新基地建設の撤回を求めます。

北東アジアの軍事緊張を強める、米軍岩国基地の強化を許しません。

唯一の戦争被爆国である日本政府に対し、核兵器禁止条約の署名を求めます。

被災者の思いに寄りそい、原発のない社会をめざします。

人間の平等・男女平等を基本に、差別やハラスメントのない社会をめざします。

日本国憲法を守り生かし、不戦と民主主義の心豊かな社会をめざします。

これらを実現するために、安倍政権の早期退陣と、3000万署名の達成を目指します。 

全員の大きな拍手で、アピールを採択。
最後にヒロシマ総がかり行動実行委員会共同代表のお一人山田延廣弁護士が閉会のあいさつ。そして集会参加者全員がプラスターを掲げてアピール。 

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集会終了後、参加者は2コースに分かれ、デモ行進。私たち1000人委員会グループは、広電の「原爆ドーム前」駅を出発し、「安倍9条改憲 反対!」「安倍首相は、即退陣!」などのシュプレヒコールを繰り返しながら、紙屋町交差点を直進、「銀山町電停」前まで、デモを行いました。 

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安倍首相は、5月1日の記者会見で「この一年間、改憲論議は活発化し、大きく変化した。自民党も4項目の議論を重ね、いよいよ煮詰まってきた」と発言したようですが、改憲論議が活発化したのは自民党内だけであって、国会での論調は低調どころか、全く進んでいないのが現状です。事実、今国会で憲法審査会は、参議院でわずかに1回開かれただけです。しかも自民党の改憲論議といっても、3月末自民党憲法改正推進本部の会議では、9条改正案について最後は「本部長一任」で何とかまとめるのがやっとという状況です。それにしても国の基本法である憲法の「改正案」の取りまとめが、「本部長一任」で行われた手法には驚かずにはいられません。こんな強引な手法が続く限り、「憲法改正」への道を遠のくばかりだということを安倍さんは、もっと自覚すべきです。そのことは、マスコミの世論調査結果にも如実に表れています。「安倍政権の下での改憲反対」(朝日新聞58% 共同通信61%)の声として。

 

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2018年4月19日 (木)

 崩れ行く日本 ――原点に戻って考えましょう――


 崩れ行く日本

――原点に戻って考えましょう――

 

『週刊新潮』そして『週刊文春』の記事が大きな役割を果しましたが、昨418日には、夕方に財務事務次官が辞任し、ほぼ同じ時刻に新潟県知事が辞任しました。二人ともセクハラあるいは買春という破廉恥な行動が原因でした。さらには、女性記者の職場であるテレビ朝日が深夜の記者会見を開くなど、異常な事態が同時進行しています。

 

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 マスコミは当然、かなり大きく取り上げていますし、国会でも野党が頑張ってはいるようなのですが、それぞれの怒りが大きくまとまって日本の政治を抜本的に変えるまでには至っていません。ようやく人々の口の端に上って来たのは、安倍内閣が退陣して次の内閣の登場を待つくらいなのですが、それで良いのでしょうか。その結果として考えられるのは、同工異曲の政治を「新たな」装いという名目で始めるくらいのシナリオだけでしょう。

 

それ以上の名案が今すぐ出せるかどうかは別にして、今の時点でハッキリしてきたことは、政治や経済、社会を動かしている、政治家・官僚・マスコミ・財界といった権力を握っている人たちによる「公共の福祉」の私物化です。法治主義が機能していない、論理的な言説がもはや意味を持たず、「暴力団」的な言動が世の中を動かす時代になってしまったのではないでしょうか。つまり力を持つものがその場限りの主張で弱者を痛め付け、自らの意思を実現してしまう世の中、「無法地帯」を指している積りですが、今起きていることを冷静に把握し、その根本原因を極めた上で、対策を立てる必要があると思います。

 

今日は、緊急提案として、崩壊しつつある日本社会を正直に見詰め、皆さんからのインプットを頂きながら一緒に考えたいと思っていますので、何でも結構です、今私たちが直面している問題についてのコメントをお願いできればと思います。

 

この稿は、当然、明日に続きます。

  

[2018/4/19イライザ]

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コメント

原発が電源としても脆弱で高コストな上に、固有安全性も多重防御もなく、何重にもウソで塗り固められたものであったように、財務省の一連の不祥事も問題は一つや二つではなく考えれば考えるほど絶望的とすら思える状況です。

「セクハラ疑惑」と報じられたこと一つとっても、福田淳一事務次官だけでなく、聞き取り調査をした担当者も、責任者である麻生財務大臣も、セクハラに対しての認識が全くズレており、これでセクハラがない方がおかしいとしか思えません。

更に、セクハラ以前に、深夜に女性を呼び出すことも、それが男性であったとしても、異常な世界です。正面から請求すれば黒塗りの資料しか出てこず、公にされたものも改ざんされ、深夜に「綺麗どころ」(マスコミ関係者自らそう呼ぶようです)を用意しなければ情報がとれないというのは、一体どういう社会なのでしょうか。

こうした問題は、いくら解体を繰り返しても解決するようには思えません。せめてキャリア制度は廃止して、公務員の新卒採用は半数にして、半数は民間からの中途採用にするとか、大幅な人材の入れ替えが必要に思えます。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

確かに、官僚制度は絶望的ですが、それと似たようなことは広島市政でも経験しました。ただし、広島市で酷かったのは市会議員で、官僚たちが夜遅く呼び出されていました。

民間からの中途採用も効果的だと思います。改善策のもう一つは、もう実現されつつありますが、公務員の半数以上を女性にしなくてはならない、という規則を作ることです。かなり効果はあるはずです。

2018年4月14日 (土)

「安倍政権は今すぐ退陣!」-広島でも街宣行動

「安倍政権は今すぐ退陣!」-広島でも街宣行動

 

戦争をさせない千人委員会も参加する「戦争をさせない・9条を壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」が、緊急行動として呼びかけた「安倍政権の退陣を求める」街宣行動が、昨日(13日)午後5時30分から1時間本通り青山前で行われました。

 

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今回の行動は、連日実施されている国会前の行動に呼応し、広島からも大きな声を上げようということで、実施されたものです。緊急の呼びかけでしたが、74名が参加し、実行委員会の世話人などを中心に次々とマイクを握り、「安倍政権の退陣」を求めるとともに、「こんな政権は今すぐ退陣!」と書かれたビラを配布し、賛同を呼びかけました。また無責任安倍総理が呼びかける改憲を許さないための3000万署名活動への協力も訴えました。

 

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公文書「改竄」。自衛隊の「日報隠し」。「『首相案件』と記した加計学園疑惑に関わる面会記録を無視し、記憶にないと強弁する元首相秘書官」。それでも、「私は関係ない」としらを切り続ける安倍首相。日付けが変われば、またもや新しい情報が出てくる毎日。

何でも隠し、平気でウソをつく。委員会が開催されても同じ答弁を延々と繰り返す安倍首相の姿には、政府の最高責任者としての責任感を見ることはできません。

そうした中で、私にとって不思議でならないのは、財務省が、公文書改竄を認め「調査をする」と言ってから、すでに1カ月がたつにもかかわらず、その調査結果が、いまだに報告されないことです。この問題は、誰しもが「民主主義の根幹にかかわる重大問題」と言いながら、1カ月もたって尚、調査が終わらないのは、本気でやらなければならないという責任感を全く欠いていると思わざるを得ません。大量すぎる「改竄・隠ぺい」とはいえ、すべて根っこは同じはず。野党も安倍首相のかかわりを追求し、退陣を求めることも大切ですが、「改竄問題」がなぜ起こったのかの深層を明らかにさせることは、この問題の本質を極めていくうえでも、まずやらなければならないことだと思います。

「自衛隊の日報隠し」問題もそうです。シビリアンコントロール(文民統制)がまさに危機に瀕している重大な問題です。その原因を明らかにすることは、すべての国会議員の責任でもあります。

もちろん加計学園問題を含め、これほどの問題が次々と起こっているその根源に安倍政権の存在があることは当然です。安倍首相が言う「膿を出し切る」というのなら、その膿を作り出す病巣である安倍首相をこそ、切除しなければ、これからも同じような事態を招くでしょう。

 

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しかし、同時に国民の政治への不信をこれほど増大させた事の重大性を強く認識しないで、問題を起こした当事者にその原因究明をさせている政治の現状にも危機感を抱くのですが、そう思うのは私だけでしょうか。当事者に、真相の究明を任せていても真実を見つけ出すことはできません。

それにしても、これほどの問題が次々と起きながら、誰一人としてその責任を取ろうとする者がいない現状をどう考えればよいのでしょうか。私は問いかけたいと思います。「安倍さん、あなた自身はこの事態に対してどう責任を取るのですか」と。

 

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2018年4月 4日 (水)

安倍改憲を許さない街頭署名

安倍改憲を許さない街頭署名


-なぜ起きる防衛省の情報隠し 安倍首相よ怒れ―

 

「戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」の呼びかけで昨年12月から始まった「安倍改憲を許さない3の日街頭署名」行動が、今月も3日の夕方5時30分から1時間、市内2か所で取り組まれました。

「戦争をさせない千人委員会」は、本通り西口(叶屋前)に52名が集まり、署名を呼びかけ85筆を集めることができました。「憲法と平和を守る広島共同センター」は、八丁堀交差点に32名が集まり、103筆の署名が集まりました。叶屋前では、準備中のところによってきて「署名を今でもできますか」と協力してくれる姿もありました。

 

1

 

ところで、安倍首相は、先の3月25日の自民党第85回党大会の演説で、憲法9条に自衛隊を明記する改憲に意欲を表明し「自衛隊を明記し、意見論争に終止符を打とう」と呼びかけたようですが、街頭演説でも触れましたが、「その前にやることがある」ということを指摘したいと思います。

2日の午後、小野寺防衛大臣が、「存在しない」としていた「イラクに派遣されていた自衛隊の日報が見つかった」と発表しました。「森友学園問題」を巡る財務書の決裁文書改竄問題に続く、公文書のずさんな管理が、またもや明らかになりました。いずれも「政府ぐるみの隠ぺい」だと野党から厳しく追及されていますが、野党だけが怒る問題ではないはずです。

防衛省の今回の「情報隠し」は、先の南スーダンPKO部隊の日報問題と同根の問題ととらえなければならないと思います。

 

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この街頭署名活動で秋葉さんも指摘されたように、自衛隊にとって「どんな活動をしたのか」を記録する日報は、もし仮に「行動の誤り」を指摘されたとき、その行動の正当性を主張する唯一、無二のものですから、絶対に破棄されるようなことはありません。

さらに私は、次のことも指摘しまし。自衛隊にとって日報は、「その行動をその後の活動に生かすための検証を進める」ためにも欠かすことのできない、重要な資料だということです。そのことは「『陸自研究本部』に電子データで保存されていた」という事実によって証明されています。こうして考えると、そもそも「自衛隊の部隊の日報」が、保存されていないなどということは、あり得ないことです。

財務省の決裁文書改竄を大問題ですが、それ以上に実力組織の自衛隊による文書隠し問題を重大だということです。つまり、今自衛隊はシビリアンコントロール不能の状況にあると言ってもよいのではないでしょうか。私が、「安倍さん改憲より前にやるべきことがあるのでは」というのは、このことです。南スーダンPKO部隊の日報問題では、「稲田大臣だから」という雰囲気が無きにしも非ずでした。再び同じようなことが起きたのですから、単なる大臣の問題に矮小化することはできません。そして野党のみが追及すればことは足りるという次元の問題でもありません。実力組織である自衛隊をどうコントロールするのか、内閣に、そして国会の突き付けられている重大な問題だからです。内閣にすらきちんとして情報を提供しない自衛隊に対し、安倍首相こそが、もっと大きな怒りを持たなければならないのではないでしょうか。それほど深刻な問題だと言えます。

そして安倍首相は、自らが行った憲法違反の「集団的自衛権行使容認」の閣議決定が、防衛省内での自衛隊制服組の発言権を拡大させ、さらには今回のような隠ぺい体質を容認し今日の事態を招いていることをもっと自覚すべきです。その反省もないまま「憲法に自衛隊を明記」すれば、さらに自衛隊の一人歩きが始まることを私は危惧します。

 

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