健康

2017年9月18日 (月)

スマートフォン・サム ――世界に広がる謎の痛み――

スマートフォン・サム

――世界に広がる謎の痛み――

 

NHKの「ガッテン」で紹介された「謎の痛み」。症状は主に手首に現れるのですが、その原因が謎だということで、原因を究明した番組でした。そして世界的に広がるこの症状には名前の方が早く付けられていました。「スマートフォン・サム」です。略して「スマホ・サム」。スマートフォンには問題がないと思いますが、「サム」とは何でしょうか。

 

           

20170917_15_40_55

                 

 

この疑問を敢えてここに記しているのは、「ガッテン」のゲストの3人ともその意味を当てられなかったからです。「サム」は「thumb」、つまり親指です。そして「スマートフォン・サム」とは、スマホを使う時に親指を酷使した結果として生じる腱鞘炎その他の炎症を指す言葉でした。

 

スマホでメールやラインの入力をするとき、両手の親指を使って猛烈な速さで入力している若い女性 (何故か早いのは女性だという印象です) を見て、「カッコいいなー」と思ってきたのですが、言われてみると、あれだけの速さで親指を動かすのは、手首や腕の筋肉や腱にはかなりの負担です。炎症が起きても不思議ではありません。

 

私もスマホやPCを頻繁に使う方ですが、手首や腕の痛みでは苦労していません。恐らくそれは、音声入力に頼っているからなのだろうと思います。「工場長」さんに教えて頂いてから病み付きになり、今では、人前でも恥ずかし気なく囁くような声で、メールやラインの返信をしています。周りの人に気付かれたことはほとんどありません。

 

 

20170917_16_43_27

PCで、音声入力を促す画面です

 

その時添付する写真は、「サムネイル」表示で出て来ますので、選ぶのは簡単です。

 

20170917_17_00_02

スマホのサムネイル表示

 

「サムネイル」は「親指の爪」の意味ですが、大きな写真の縮小画面を指す言葉としてピッタリです。ついでに、親指の他の指を英語で何と呼ぶか御存じですか。忘れた方もいらっしゃるかもしれませんので、復習です。

 

20170917_16_11_07

 

人差し指 ⇒ index finger

中指   ⇒ middle finger

薬指   ⇒ ring finger

小指   ⇒ little finger

 

覚えていた方もいらっしゃるでしょう。そんな方には、「Thumbs up!」です。

 

20170917_17_15_21



[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

私の印象では、ブラックベリーの頃に、テキストサム(texting thumb pain、text thumb injury)という言葉が出て、iPhoneやAndroidになってスマートフォン・サムになったような気がするのですが、いずれもスマートフォンが出来る前からドケルバン病、ばね指(弾撥指)と呼ばれていた症状です。

ブラックベリーの頃はボタンを押していましたが、今のスマホは触れるだけですし、ホームボタンさえなくなる方向なので、力を入れて押すという作業はなくなりますが、いずれにしても、ピアノの鍵盤を押す力とパソコンのキーボードですら筋肉への負担は桁違いですから、スマホで腱鞘炎になるというのは、確かにそういう論文もありますが実験は力の入るゲームで行われており、文字入力で起きるとは考え難いと思います。

ちなみにサムネイルというのはコンピュータだけでなく印刷や写真の関係でも使われていますが、本来の意味まで知っている人は少なく、言われてもピンとこない人が多いようです。アメリカでは指によるサインやジェスチャーも日本より多用されますが、その違いでしょうか。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

ブラックベリーの頃の動きはほとんどパスしてしまっていましたので、御教示有難う御座いました。

確かに、キーにタッチするのと押すことの違いは大きいと思います。それを飛び越して「ガッテン」の説明に納得してしまったのは、スマホを高速でタッチして入力している人たちを見ていると、自分にはできないからかも知れませんが、相当、指や手首に負担になっているではと思い込んでしまっていたからです。

そして、御指摘のように「サムズアップ」や「サムズダウン」、中指を立てて人を侮辱する等、英語圏では指や手によるコミュニケーションがかなりあるようですね。握手もその好例かも知れません。

2017年9月11日 (月)

「線量計が鳴る」 ――中村敦夫さんの朗読劇が新たなうねりを創り出しています――

「線量計が鳴る」

――中村敦夫さんの朗読劇が新たなうねりを創り出しています――

 

中村敦夫さんについては皆さんの方が詳しく御存じだと思います。何しろ私は、一世を風靡した『木枯し紋次郎』の頃にはアメリカで生活していましたので、リアルタイムで番組を見たことがありません。また有名なセリフ「あっしにゃぁ関わりのねぇこって…」を聞いたこともないのです。でも、今日改めて「凄い人」であることを再確認できました。

親しみを込めて「敦夫さん」と呼ばせて頂きますが、最初にお会いしたのは政治家として筋の通った活動をされていた頃でした。小選挙区制の導入に反対し、彼が会長を務めていた「公共事業チェック議員の会」でも行動を共にしました。その頃から風格のあるリーダとして、また頼りになる兄貴分として私たちは敦夫さんの後を付いて行っていました。

その敦夫さんが「ライフワーク」として自ら書き下ろした朗読劇「線量計が鳴る」の全国公演を通して、またまた大ブレーク中です。

福山に続けて広島では別院での公演がありました。会場には200人ほどの熱心なファンが詰め掛けました。

 

             

Photo

               

 

朗読劇の内容紹介は、簡潔で分り易い「中村敦夫公式ページ」からお借りしてきました。

形式

一幕四場の出演者一人による朗読劇。
元・原発技師だった老人の独白が展開されます。
二場と三場の間に十五分間の休憩。
それを入れて、計二時間弱の公演です。
背景にスクリーンがあり、劇中の重要なワードなどが、
映写されます。他の舞台装置は不要。

物語

一場 
原発の町で生れ育ち、原発で働き、そして原発事故で
すべてを失った主人公のパーソナル・ヒストリー(個人史)

二場
原発が作られ、日本に入ってきた事情。
原発の仕組み。福島事故の実態。

三場 
主人公のチエルノブイリ視察体験。
被曝による医学上の諸問題と現実。
放射線医学界の謎。

四場
原発を動かしている本当の理由。
利権に群がる原子力ムラの相関図。

私たち200人ほどを釘付けにした2時間を報告できるだけの筆力がありませんので、とにかく機会を作って公演を御覧下さい、とお勧めします。スケジュールは、公式ホームページに掲載されています。

でも、ほんのチョッピリでも雰囲気をお伝えしたいので、最後の方の言葉を御紹介しましょう。

原発を推進する考え方は「オウム原発真理教」と捉えると分り易い。その表の教義は「核燃料サイクル」。永遠にタダでエネルギーを作り続けることができるというマジックの信奉だ。そして裏の教義は「ボッタクリ」、それを操っているのは「原子力ムラ」「原発マフィア」あるいは「六角マフィア」だ。

人間味あふれる2時間でもあったのですが、それは劇中、福島県須賀川市の有機農業者の死に言及されていることが象徴的に示しています。この方は、3月に開かれたひろしま・ふくしまを結ぶワンコインシンポジウムのゲスト、樽川和也さんがお話し下さった御父上のことだろうと思いましたが、改めて、日本という国家の権力がこのように理不尽な結果を数えきれないほど生んでいることに怒りを覚えました。

私の隣で熱心にメモを取っていた女性は、一言一言に頷き、「そうそう」と相槌を打ち、「そうだったんだ」と発見の喜びを表していました。

敦夫さんは最後に短い挨拶をしてくれましたが、今年中に24回の公演があり、新聞記者に何回続けるのか聞かれて「100回」と答えたと決意を述べてくれました。舞台から去る敦夫さんに一声、「ありがとう」と客席の男性から力強い感謝の言葉が発せられましたが、それは会場にいた全員の気持でもありました。

 

Photo_2

熊本県合志市議会議員 神田公司さん撮影 (次の写真も)

 

楽屋に御挨拶に伺いましたが、3年掛けて書き下ろした脚本が上手く動き出したのは、東北弁で喋ることに決めた時であることや、現在の日本の政治について憂慮していること、何とかしたいという思いを若い世代の人たちと共有することで、新たな道が開けるのではないか等、私たちの世代を代表してまだまだ活躍して頂けそうな感触を得て、今後の新展開にさらなる期待をしつつ辞去しました。

 

Photo_3

  

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年8月12日 (土)

私たちの生きる意味 ――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

私たちの生きる意味

――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

 

86日夜、「広島を語る会」に集まった8人で共有できたことの一つは、奇しくも、722日に開かれた講演会で、講師の石川健治教授の問い掛けと同じでした。それは、「私たちの生きる意味とは何か」です。石川教授の言葉を要約すると、「物語として憲法がその意味を伝えてくれている」と要約できるように思います。

 

             

Paul_gauguin__dou_venonsnous

               

Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?

(我々はどこから来たのか?我々は何なのか?我々はどこに行くのか?)

ポール・ゴーギャン作

[By Paul Gauguin - Museum of Fine Arts Boston, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36264337]

 

フォトジャーナリストと御紹介しましたが、「核ジャーナリスト」としても知られているT氏からの問題提起も石川教授と軌を一にしていました。T氏は、被爆・被曝を合わせて「被ばく」と書いていますので、ここでもそれに倣います。広島・長崎の被ばく者、福島やチェルノブイリ等の原発事故での被ばく者、原発労働者、原水爆実験の被害者、その中には、南太平洋諸島で被ばくした人たちもいれば、「アトミック・ソールジャー」として、アメリカ本土での核実験で被ばくした兵士たち、また、核実験の風下に住んでいたために被ばくした「ダウン・ウインダー」たちもいます。さらにウラン鉱の採掘に駆り出されて被ばくした先住民たち等々、核被害を受けた人々は世界のいたるところに住んでいますし、被害の受け方も多種多様です。

 

2015年に明治学院大学で開かれた講演会T氏は、被ばくを4層に分けてその本質を説明しています。


 Nuclear Colonialization (核の植民地化)――政治的・経済的支配という面から被害を理解する。

 Nuclear Racism (核による人種差別)――ウランの採掘・精錬の75パーセントは先住民の住む土地で行われ、主要核保有国の核実験は全て先住民の住む土地で行われた。

 Nuclear Refugee (被ばく難民)――被ばくさせられた上に、難民として自分たちの住む土地から追い出されている。

 Nuclear Violation (被ばく被害は人権、生存権の侵害)――被ばく者を生むこと自体が人権侵害であり、その対応も人権という視点から考えるべきだ。

被害の受け方も、受けた場所や日時も違い、それぞれが置かれていた「被ばく」当時の状況も戦争中だったり、あるいは核実験のモルモットとしてだったりという差もある。労働者として、あるいは平穏な日常に起きた事故等、こうした背景の違いをも視野に入れると、被害者としての、そして運動としての連帯を育む上で、結局は「私たちの生きる意味」を問うという一番基本的な立場に立つことが、鍵になるのではないか。

 

最後に、ジャーナリストのI氏による、86日の広島レポートが、「リベラル21」というブログに掲載されています。優れたレポートですので一読をお勧めします。

 

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

  

広島ブログ
広島ブログ

2017年8月 2日 (水)

ラジコンヘリでの農薬散布 ――安全性は大丈夫?――

 

ラジコンヘリでの農薬散布

――安全性は大丈夫?――

 

数日前の昼過ぎ、近くの田圃でかなり大きな音がするので窓から見ると、ラジコンヘリが飛んでいました。しかも、時々液体を散布しているようです。恐らく農薬だと思うのですが、暑い最中、家中の窓を開けていますので、風に乗って臭いが入り込んできます。

 

               

20170801_23_06_02

             

 

安全なのかを確認しようと外に出て話をしたのですが、どうも要領を得ません。いくつもの田圃で農薬散布をしているのですから、田圃の持ち主ではないかもしれませんが、御近所さんの可能性もありますので、「厳しく追及する」のではなく、「素人なので安全なのか心配です」というくらいの調子でいくつかの点の確認をしようとしました。

以下、会話の結果分ったこと、分らなかったことです。相手の言い分をそのまま書いた部分が多くなりますが。

 

 数人の方が関わっていましたが、どなたなのか、どのような団体なのかは分りませんでした。

 「協議会を作って県の指導を受けて散布している」

 「撒いているのは農薬」

 「人畜に害がないように薄めてあるので問題はない」 (でも、稲の病虫害には効果のある農薬が、100パーセント無害だとは考えられない。農薬の種類や希釈度等のデータは提供すべきでは?)

 「ヘリが低い位置にいる時にしか散布していないので、広がらない」 (でも、写真から分るように家の屋根より高い位置で噴射はしている)

 

このような方法で農薬を散布していても、100メートルも離れていない家で農薬の被害を受けることはないのか、県でもそれ以外の主体でもデータを持っているはずなので、そのデータを見せて欲しいとリクエストしましたが、見せてくれるのかどうかの確約は取れませんでした。

 

数日待って、連絡がなければ県に問い合わせをしようと思っていますが、農薬散布について知識のある方がいらっしゃれば、安全性について御教示頂ければ幸いです。

 

田圃の近くに住む以上、稲作をしている人たちの生活にも配慮するのは当然だとは思いますが、健康にかかわる問題ですので、こちらにもそれなりの配慮があっても良いのではという気持もあります。

 

例えば、農薬が空中に止まる時間がどのくらいかは分りませんが、仮に短時間で拡散してしまうのなら、散布時間中は家の窓を閉めておくという自衛手段を取ることは可能です。しかし、それなら事前に通知する等の手続きがあっても良さそうなものなのだと思うのですが―――。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

農薬の空中散布は航空法による許可と農薬散布における申請が必要ですが、実施にあたり許可証の携帯は義務付けられていますし、近隣住民への周知徹底や人はもちろん野生生物への影響なども考慮した対策が求められています。

ただ、日本は大気汚染についての基準は甘く、そのために兵器にもなりうるほどの高性能小型無人ヘリが開発されたといわれており、基準そのものは満足していても安心できるものではないことも付け加えておきます。

メディアは花粉の飛散情報は伝えても命に関わる(年間4万人の日本人が亡くなるとされる)PM2.5の飛散情報は流しませんし、2011年3月14日から関東に大量に降り注いだ放射性物質についても報道することはなく、政治家の家族など一部の人を除き、多くの人が避けられたはずの内部被曝をしたというのが現実です。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。おっしゃる通り、大気汚染についての意識はまだまだですね。

稲に農薬を散布するのは、1000粒に2粒以上の「斑点米」が混じらないよう、カメムシ等を駆除するためだというネット情報がありました。

http://ilikeeveryone.jugem.jp/?eid=204

混じっても味は変らないそうなのですが、味は同じでも曲ったキュウリが売れないのと同じ理屈で、危険物質の空中散布につながっているのでしょうか。

その他、たばこの副流煙も含めて、大気汚染についての意識が高まるよう何かしたいですね。

2017年6月25日 (日)

福島原発被災地フィールドワーク① ――浪江町の状況を伺いました――

 

福島原発被災地フィールドワーク

――浪江町の状況を伺いました――

 

広島県原水禁では、2017624日(土)から26 (月)までの三日間、福島の原発被災地を訪ね、多くの皆さんのお話を伺いながら、被災地の現状を確認した上で、私たちに何ができるのかを再確認しさらなる行動に発展させたいという思いを元に、フィールドワークを実施します。

 

開催の趣旨を簡単にまとめておくと次のようになります。

 

福島第一原発事故から6年。命を、くらしを、絆を、故郷を、奪われた人は数えきれません。今もなお8万人を超える被災者が苦しい避難生活を強いられ、帰還の問題、生活の再建や復興、風評被害、子どもを中心とする健康被害、除染廃棄物の処理問題など課題が山積する中で悩み苦しんでいます。

にもかかわらず、政府は福島への帰還政策を強引に進めています。さらに、各地の原発再稼働を強行しています。私たちは、原発政策に前のめりする政策に抗い続け、福島原発事故を風化させず、フクシマに連帯する取り組みを継続して行っています。

201411月には、福島県平和フォーラムの協力のもと飯館村内、浪江・南相馬沿岸、帰還困難区域境周辺を視察し被災地の現状を学んできました。今回、二度目になりますが、被災地を訪れ、被害の実態や復興状況などを視察して、改めて原発事故とは何だったのかを考え、今後の脱原発.原水禁運動に活かしていきます。

 

今回のフィールドワークの参加者は10名、一日目の24日午後3時にJR福島駅近くのコラッセふくしまの会議室に現地集合しました。

 

最初に、受入れて下さる側の福島県平和フォーラム事務局次長 湯野川 守さんによるオリエンテーションがあり、その後、浪江町長の馬場有さんと、浪江町の紺野則夫町議会議員から、「原発事故から6年――フクシマの現状と課題」をテーマに、浪江町を中心にこれまでの取り組み、課題、そして今後の展望や広島との連携の可能性等についてお話を伺いました。

 

馬場町長のお話のポイントは、被災した事実の「風化」と無責任な「風評」による被害、そして避難している町民の生活の再建と同時に、これから町を存続させて行けるのかどうかということでした。パワーポイントを駆使した講演でしたが、風化と風評被害を語り未来の世代への責任を果すべく決意を表明する馬場町長に人間としての「風格」を感じ、静かな闘志を垣間見たのは私だけではなかったはずです。詳細を載せるには時間が足りません。またの機会に是非御紹介したいと思います。

 

               

Photo

             

馬場町長(左の人)

 

また紺野議員が強調されたのは、国や福島県の無責任さ、その結果として「二次災害」が起り多くの犠牲者が出たという点でした。例えば原発事故の直後に、浪江町周辺の放射線量のデータを国は持っていたのもかかわらず、それを被災地には伝えなかった。その結果、原発から遠い地点という理由で北西方向に避難した数千人の浪江町民が被曝したことです。

 

Photo_2

紺野議員(左の人)

 

被災者の健康を優先する制度ができる日を思い描きながら、そのための基礎になるデータを書き込む「健康手帳」を広島・長崎の先例を見習って作ったこと、そして、やはり子どもたちの未来が一番心配で、被災者の医療費を無料にする恒久的な制度を作ることを最優先したい、そのためには、以前、一緒に案を練ったけれど実現できなかった、国際的な支援体制の構築にも取り組みたい、と強い決意を語ってくれました。

 

 

Photo_3

健康手帳

 

その後、場所を移って、紺野議員や福島の受け入れ団体の責任者を交えての夕食交流会が開かれました。浪江町を訪問しお二人にお会いしたのは20133月でしたが、久闊を叙しさらなる協力体制について建設的な意見交換ができ、大変有意義だったと思います。

 

参加者の皆さんに取っても感慨深い一日目になったようです。参加者の一人、自治労広島県本部の鈴木孝文さんは短時間の内に次のような感想をまとめてくれました。

浪江町馬場町長からは、63カ月が経過し風化と風評被害があること、また避難の状況や国の対応の遅れにより、線量の高い地域に避難してしまったことが強調されました。それは、浪江町が原発から北西の方向に細長い形の町であること、そして放射線がその方向に放出されたためでした。その結果全町域が帰還困難になりました。

しかし、2017331日に、一部の地域でその指定が解除され、苦渋の選択の結果、町長として解除を承認した理由についても語ってくれました。

その一つは、帰りたいという人は少ない、それは若い世代の人たちの間では、避難先に定住を決めた人が多いからなのですが、「自分の家で最期を迎えたい」という高齢者も多く、その人たちの思いを尊重したことと、「最低限の形でも良い、次の世代に町を残したい」という意見に耳を傾けたためでした。

曾孫の世代が「町が残ってくれていて良かった」と思うような町作りをしたいと、町長としての力強い決意も示してくれました。

原発は町の全てを奪うと改めて感じ、原発はいらないことを再確認できた一時でした。

 

また、自治労はつかいちユニオンの瀬戸将央さんは紺野議員のプレゼンテーションについて次のような感想を寄せてくれました。

報道では決して語られることのない、2011311日、東日本大震災発生時の現場の生々しい話でした。

私が率直に感じたのは、国、東電の無責任さです。事実として、地震、津波ではなく、原発事故で、60人から70人の人が施設から避難先に向かうマイクロバスの中で亡くなっていること、子どもたちへの影響の可能性も出ていること、現在も放射線の影響の管理をしなければならないことなど、本来であれば最優先されるべき問題が後回しどころか、放置されていることなどが具体的事例です。

私たち、事実を知るに至った人間が情報発信をすることで、フクシマのミライに向けて、国際社会への訴えの第一歩を踏み出すことも含めて、進んで行きたいと思います。

 

第二日目は、現地での視察が中心になります。第一日目の今日は、現地での見聞をしっかり受け止めるための枠組みが私たちの中にできましたので、明日は現地でこの枠組みを元に多くの情報を整理しつつ、さらなる活動につなげられればと思います。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年6月24日 (土)

自転車のハンドル・グリップ交換 ――原始的な方法が気に入っています――

 

自転車のハンドル・グリップ交換

――原始的な方法が気に入っています――

 

自転車の鍵は何とか開けられるようになりましたが、次はハンドルのグリップでした。長い間使わなかったこと、そしてとにかく時間の経っていたことが原因だと思いますが、グリップが粘々になってしまっていました。まずは、使い物にならないグリップをカッターで切ってハンドルから外しました。

 

               

20170622_15_26_02

             

 

グリップのないハンドルはちょっと寂しい感じもしますし、剝き出しの金属を直接目にすると構造の簡単さが際立ちます。

 

20170622_15_26_43

 

この部分に新しいグリップを取り付けるのですが、最初は手で押し込むという原始的な方法です。少しでも滑りを良くするように、グリップの内側は水で濡らします。油だと、取り付けてからも滑ってグリップが外れてしまうので、水なのです。

 

でも、どう力を入れても、半分くらいしか入りません。ではどうするのかと言うと、最後はハンマーで叩くのです。ここも原始的ですが、少し長目かなと思ったグリップもきちんとハンドルに収まりました。

 

20170622_15_28_01

 

 

20170622_16_03_54

右側のグリップも新しくなりました

 

ようやく、乗る準備が完了したハンドル部分です。ウォーキングでは鍛えることのできない筋肉を、坂道を上ることで鍛えられればと思っています。

 

20170622_16_04_43

  

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年6月13日 (火)

ウォーキング用のリュック ――小走りのインターバルも組み込めます――

 

ウォーキング用のリュック

――小走りのインターバルも組み込めます――

 

健康のためにウォーキングを始めてから20年以上になります。とは言っても、仕事のために1万歩歩いた日も含めて考えていますし、歩く機会が少ない仕事になってからは、朝5時起きして歩いていた時もあります。最近は時間的に余裕があり、歩きながら景色を楽しんでいます。

 

             

20170612_17_50_56

               

桜の季節には立ち止まる時間が長くなります

 

 

20170612_17_53_21

田植えの後の景色にも見惚れます

 

今でも一日は約一時間のウォーキングから始まります。友人の中には、一日三時間歩いている人もいて、もう少し効果的なウォーキングをしたいと思っていました。

 

そのためには、ウォーキングの途中に数分単位のジョギングを入れると良いというテレビの番組がありました。試してみると効果はありそうですので、今までよりチョッピリ頑張ったウォーキングになっています。

 

もっとも問題がない訳ではありませんでした。走るときに、今までウォーキング用に使っていた肩掛けのバッグは手で押さえないといけなくなったのです。少しの距離ですのでそれでも良いかなと思っていたのですが、毎日のこととなるとちょっと煩わしくなってきました。

 

 

20170612_17_46_59

iPadが丁度入る大きさのバッグです

 

 

20170612_17_47_42

中に入れて持ち歩くのは、汗を拭くタオル、サングラス、老眼鏡、メモ帳とボールペン、そして水筒

 

走っても手で押さえなくて済むのはリュックサックですので、取り敢えず、気に入ったデザインの物を買いました。少し大きめですが、大は小を兼ねるので、しばらくこれを使う積りです。

 

 

20170612_17_46_30

 

中に入っているものを取り出すときにはリュックを下さなくてはなりませんが、小休止をしながら歩いたり走ったりする機会を増やした方が景色も楽しめそうですし、夏に向っては大切なことになりそうですので丁度良いかもしれません。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

リュクは楽ですよね。
通勤、町歩きもすっかりリュクになりました。

「ゲン」様

コメント有り難う御座いました。

リュックの便利さに気付いたのが今の時期で、夏には背中の汗が問題なのかもと、ちょっと心配しています。

2017年6月 4日 (日)

問題は「たばこ」だけではありません ――核兵器、原発、環境、教育等あらゆる分野で同じことが起きています――

 

問題は「たばこ」だけではありません

――核兵器、原発、環境、教育等あらゆる分野で同じことが起きています――

 

熱が入るとついつい長ったらしいエントリーになってしまいますが、頭の中では分っている積りになっていたことでも、文章にしてみると別の視点からの考え方に気付いたり、自分の知識の浅さに愕然としたりします。お付き合い頂く皆さんにも何らかのメリットがあることを願いつつ続けます。

 

今回は、WHOの標語を厚労省が薄めている2011年より前の例を何件か取り上げます。どこに問題があるかはお読み頂くことで伝わるものばかりです。

 

2006 Tobacco : Deadly in any form or disguise

 (たばこ:どんな形や装いでも命取り)

[日本政府]  やめたい人を手助けする禁煙支援

 

               

Who2006_poster

             

WHO2006年世界禁煙デー・ポスター

 

2005 Tobacco control and health professionals

 (たばこに向かう保健医療専門家-行動と対策を)

[日本政府]  たばこ規制における保健医療専門家の役割

 

2004 Tobacco and Poverty

 (たばこと貧困:その悪循環から逃れよう)

[日本政府]  禁煙支援の推進

 

2003 Tobacco free films tobacco free fashionAction

 (たばこと無縁の映画やファッションへ 行動を!)

[日本政府]  受動喫煙防止対策等の喫煙対策

 

この中でも特に2006年の標語の違いは、それこそ命取りです。またこの事実は、2012年にWHOが出した『たばこ産業の干渉』の中で、WHOが指摘している「干渉」の結果、日本政府が乗っ取られてしまっていることを示しています。もっとも、専売公社の時代まで遡ると「たばこ産業」イコール「日本政府」だったのですから、事態はもっと深刻なのかもしれません。念のため、WHOによる「干渉」のリストを再度、掲げます。

 

 政治的あるいは立法についてのプロセスを乗っ取ろうと企んでいる。

 たばこ産業の経済的な重要性を誇張している。

 たばこに正統性があるかのように装うための世論操作をしている。

 やらせの団体等を使って、たばこ支持派がいると見せかけている。

 確立された科学的事実の信頼を損なうようなことをしている。

 規制しようとする政府を訴訟によって、あるいは訴訟を起こすと脅すことで圧力を掛けている。

 

敢えて申し上げるまでもないことかもしれませんが、このリストの中の「たばこ産業」を「軍産複合体」や「原子力 ムラ」等に差し替えても、立派に通用する内容です。そして日本政府、特に安倍政権がこうした勢力と協力関係を作り、現在の政治が嘆かわしい状況に置かれてしまっていることは皆さん御存じの通りです。

 

さらに、このような陰の力の意思を「忖度」しながら、あるいは「結託」してこんなシナリオを描いているのが官僚たちですが、前川元文科事務次官の例に見られるように、掃きだめの鶴のように志を曲げず、自らの良心に従って市民一人一人の権利を守るために闘っている人たちもいます。

 

塩崎大臣は官僚ではありませんが、今後も「屋内全面禁煙」のために頑張って欲しい存在です。ここで、マイケル・ムーア監督の登場です。「トランプをやっつけるための10のアクション・プラン」は、私たちが応援する政治家や議員に対しても効果的です。これまでの努力を評価し感謝した上で、さらに頑張って貰いたい内容をきちんと伝えることがポイントです。「原則」のつかない「屋内全面禁煙」実現のために頑張って欲しいことを多くの市民が発信すれば、強硬な反対派も業界もやがては多数派の意見、そして科学的知見を尊重せざるを得ない結果になるはずです。

  

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

私が強く思うのは、少なくとも科学者や技術者は絶対に忖度してはならない、ということです。

安全に関する規制が緩いことは特定の産業を守ることが多いものですが、逆に、規制が厳しくても、それが国民を守るためより、特定の産業を守るための非関税障壁であったり、既得権益を守るためのものであることもあり、そうした規制の必要性や妥当性を裏付けるデータが、科学者の忖度による恣意的なものであることも少なくないように思います。

例えば、排ガス規制ひとつみても、アメリカとヨーロッパ、そして日本では内容に違いがありますし、対象も違い、どの国も堂々と「世界一厳しい基準」と言えますが、そこには国民ではなく、特定の業界に対する配慮があることも感じられます。

そこを国民第一、人類最優先とするためには、このブログに書かれているように、一人ひとりが少しでも声をあげ行動していくことが重要だと思いますが、そのためにも正確な知識や情報は不可欠で、科学者や技術者は、いくら予算が欲しくても、誠実で正直でなければならないと思うわけです。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

御指摘のように、科学者や技術者が真実以上に優先すべきことはないはずですが、金・権力・イデオロギー・その他の欲望に毒された人々も多くいます。絶対的な予防策はないにしろ、やはり教育の役割は大きいと思います。

その教育を有家持つ大学等で軍事研究をしようとする人々が現れ、それらの人々の数を金で増やそうとする政府がテコ入れしています。

対抗して「軍学共同反対」の声も大きくなっていますが、今やあらゆる場面で私たちの主張をきちんと広め、より多くの仲間を作る努力が一層大切になっています。以前のエントリーでも報告しています。

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/changeorg-e7cf.html

2017年6月 2日 (金)

5月31日は世界禁煙デー ――5月31日から6月6日までは禁煙週間です――

 

531日は世界禁煙デー

――531日から66日までは禁煙週間です――

 

2020年を目標年に、国際オリンピック委員会や世界保健機構(WHO) は、日本政府に国の主導で「屋内全面禁煙」を実施するよう勧告しています。それに対して、厚生労働省は「喫煙室」を設ければ「分煙」を認めるという立場を取り、自民党内の喫煙支持派は、飲食店などの判断を尊重する立場のようです。つまり、どちらも屋内全面禁煙には反対ということです。

 

しかし、塩崎泰久大臣は、自民党の強硬派に対して26日、閣議後の記者会見で「建物内の原則禁煙という前提を譲るのは、なかなか難しい」と強調するなど、それなりに頑張っています。「原則禁煙」の「原則」が曲者ですが、恐らく厚生労働省官僚たちの言いなりになれば、そのまま自民党案を飲むことにもなり兼ねないような気がしますので、そんな環境下、大臣が頑張っていると考えるのは、贔屓目に過ぎているでしょうか。

 

でも、これまでの厚労省が喫煙問題に如何に後ろ向きだったのかの歴史を振り返ると、こう考えたくなる気持もお分り頂けるように思います。そのために、毎年WHOが世界禁煙デーに発表する煙草についてのスローガンと、厚労省が禁煙週間に発表するテーマとを比較してみましょう。世界禁煙デーのスローガンは英語ですが、その下のカッコの中の訳は、2017年と2016年は日本禁煙学会によるもの、2015年以前は厚労省によるものです。

 

2017 Tobacco – a threat to development

              (たばこは成長の妨害者)

2016 Get ready for plain packaging

             (プレーン・バケッジを目指そう)

 

2017年の標語は、いわゆる先進国では禁煙が進んでいるために、たばこ産業は開発途上国を新たな市場として煙草を売り込んでいる状況に対する言葉です。2016年のスローガンは、たばこの箱には健康被害を正確に伝える表現以外のどんなメッセージも使ってはいけない、もちろん色も使わないプレーンなものにすることで、たばこを魅力的なものであるというメッセージを伝えないようにしましょう、という呼び掛けです。

 

この2年とも、厚労省は次のスローガンを採用しています。

 

              2020年、受動喫煙のない社会を目指して~たばこの煙から子ども達をまもろう~

 

                     

Photo

       

 

オリンピックを念頭に置くと理解できなくはないのですが、2015年より前の対比とも関連付けると、別の意図も見えてきます。そしてこの標語は、恐らく2020年まで変えない積りなのだと思いますが、「目指して」は「実現します」ではなくあくまで目指せばそれで良いのですから、強い決意は伝わってきません。「屋内全面禁煙」にならなくても、約束違反にはならないのです。

 

2015 Stop illicit trade of tobacco products

 (たばこ製品の不正な取引をなくそう)

 

[日本政府] 2020年、スモークフリーの国を目指して ~東京オリンピック・パラリンピックへ向けて~

 

日本社会ではあまり知られていませんが、世界的に売られているたばこの1割は不正な取引によるものだと推計されています。税を払わない分だけ安くなること、法律には従わないパケッジなので健康上の問題が表記されていないなどの弊害があります。

 

2014 Raise taxes on tobacco

 (たばこ税の引き上げを!)

 

[日本政府]  オールジャパンで、たばこの煙のない社会を

 

この辺りから、日本政府の本音が見えてきます。元々は、国有の会社なのですから、税を上げるのは簡単なはずですし、その効果についても十分分っている日本政府が音頭を取って税の引き上げをするのは簡単なことです。でも、「目指して」という緩やかな形さえ取らずに「無視」です。

 

2013 Ban tobacco advertising, promotion and sponsorship

 (たばこの広告、販売促進、スポンサーシップを禁止しよう)

 

[日本政府]  たばこによる健康影響を正しく理解しよう

 

確かに、広告や販売促進、スポンサーシップを禁止する目的の一つは健康被害の正確な理解ですが、具体的に何をすれば良いのかを提案しているのがWHOのメッセージです。それを薄めて、これまた日本政府がその気になれば明日からでもできる提案を抽象的なお題目に摩り替えています。

 

2012 Stop Tobacco industry interference

 (たばこ産業の干渉を阻止しよう)

 

[日本政府]  命を守る政策を!

 

『たばこ産業の干渉』とは、WHOが発行したパンフレットです。この中で、WHOは世界のたばこ産業が、たばこについての規制をさせないように、様々な形で干渉していることを報告しています。そのような干渉を止めさせようという呼び掛けです。「干渉」とは次のような行為を指しています。

 政治的あるいは立法についてのプロセスを乗っ取ろうと企んでいる。

 たばこ産業の経済的な重要性を誇張している。

 たばこに正統性があるかのように装うための世論操作をしている。

 やらせの団体等を使って、たばこ支持派がいると見せかけている。

 確立された科学的事実の信頼を損なうようなことをしている。

 規制しようとする政府を訴訟によって、あるいは訴訟を起こすと脅すことで圧力を掛けている。

 

これまた、日本政府がその気になれば、かなりの改善がすぐにできることなのですが、この年の禁煙週間で厚労省は「平成24年度においては、喫煙及び受動喫煙による健康被害等についての普及啓発に加え、今年度の世界禁煙デーのテーマである「たばこ産業の干渉を阻止しよう」についても、普及啓発を積極的に行うものである」と述べ、その年に開いたシンポジウムで取り上げられたテーマは、たばこ産業の干渉には触れていません。

「政府における主なたばこ対策」

「次期健康日本21と受動喫煙対策(仮)」

「命を守る政策を!(仮)」

「パネルディスカッション「受動喫煙からみんなの命を守るために(仮)」

 

簡単に比較が終り、納得して貰えると思っていたのですが、結構長くなってしまいました。実は、これ以前にはもっと酷い乖離があるのですが、それは次回に回します。


そしてもう一つ大切なのは、この傾向を逆の方向から見ると、つまり、昔は酷かったけれど今はそれほどでもない、と読むと、厚労省のたばこに対する施策や考え方が少しは改善されている、ということにもなるのです。そして塩崎大臣はその傾向を加速化させ、真面目にたばこ対策に取り組もうとしているように私には見えるのですが、それは私が贔屓目に見過ぎているからなのでしょうか。そのどちらであっても、大臣にはもっと頑張って貰わなくてはなりません。そのために何ができるのかも考えて見たいと思います。

  

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

日本は食べるものに関する規制は厳しいが、大気汚染に関しては甘いと言われています。私は喘息なので気象庁が出しているPM2.5などの予測データを見て暮らしていますが、花粉や黄砂の情報は広報しても、より命に関わるPM2.5については非常に消極的な公開に留まっているように感じます。

福島の原発事故後は放射線についてもそうですが、食中毒などに比べ「直ちに影響のない」大気汚染については規制も緩い上に、情報も十分ではなく、かかりつけの呼吸器科の医師も、いつも憤っています。

日本の大気汚染は世界でも上位であり、WHOの調査でも、日本で大気汚染のために死亡する人の数は交通事故死の5倍以上で年間2万5千人と言われています。

肺に毒物を入れることが如何に危険なことなのか、基本的な認識=教育から必要な気がします。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

私たちは胃に入れるものについては敏感でも、肺になると鈍感だという基本的な違いを御指摘下さり、有難う御座います。なぜ日本社会がそんな価値観を持つに至ったのかも知りたいと思います。その辺も含めて、一度、ブログで論じて頂けるとさらに有り難いのですが。

2017年4月11日 (火)

有馬温泉を堪能してきました ――何故、今、有馬温泉なのかはまたの機会に――


有馬温泉を堪能してきました

――何故、今、有馬温泉なのかはまたの機会に――

 

訳あって有馬温泉に行きました。ずっと行きたいと思っていたのですが、今回は特別です。何故今度行くことになったのかは別の機会に譲ることにして、楽しかった一夕の報告です。

 

まず吃驚したのは、「有馬温泉」という名前から想像していたのは、コジンマリとした温泉街だったのですが、目の前に現れたのは、「温泉団地」とでも形容できそうな建物の群でした。熱海とか別府以上に開発されているかのような印象さえ受けました。

 

ただし、私たちが泊まった旅館は閑静で落ち着いた雰囲気の、古くもなく新しくもないほど良い佇まいの建物でした。とは言え、Wi-Fiがなかったのは不便でしたが――。

 

出迎えてくれた若者たちの誘導で中に入ったため、写真を撮る暇もありませんでした。廊下のポイントポイントに飾ってあった花も綺麗でしたが、うっとりしている内にこれも写真には撮れませんでした。ブロガーとしては落第です。

 

温泉は、金泉と銀泉の二種類あり、どちらも良かったのですが、湯に入った途端は熱い感じでした。でも少し経つとぴったりした湯加減で、いつもより長風呂ができました。外の景色は建物群なのですが、お湯に浸かっているだけでそんなことは全く気にならなくなりました。ここでお湯の成分や効能について蘊蓄を傾けられないのが残念ですが、やはり来た甲斐があったと思えたのですからそれで良しとしましょう。

 

           

20170410_22_02_28

                 

 

それ以上に嬉しかったのは夕食です。あまり高級な懐石などは苦手なのですが、これまでも温泉宿での夕食に感激したことは何度もあります。でも今回の夕餉は、私たちの趣味にピッタリでした。どうピッタリだったのかを記述する舌も語彙もないのが残念で仕方がないのですが、例えば、前菜やお造りの食材はどれも好物ばかり、そして調理や配膳も押し付けがましくない上に、どれも「今これが食べたかったのだ」という気持にさせてくれたのには驚きました。

 

あっさりした味にまとまっていたのは、肉類が全く使われていなかったからなのかもしれませんが、ミシュランで評価された (とどこかで聞いたのですが) のは、こういう点なのかなとも感じました。

 

美味しい食事のせいなのかもしれませんが、部屋に戻るとまだ時間は早かったもののそのまま爆睡。次の朝は早起きして、730分にバラエティーに富んだ朝食を摂った後、朝からの予定に飛び出すことになりました。

 

次回訪れるまでには、語彙も磨いて、またかつて訪れた他の温泉地にも足を延ばして、今回との比較ができるように出来たら良いねと話をしながら、忙しい一日を終えた帰途に就きました。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31