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マスコミ

2019年7月19日 (金)

日本のテレビは「いじめ」を助長している ――みんなで声を上げましょう――

イギリスの人気テレビ番組「Britain’s Got Talent (私訳: イギリスの隠れた才能発掘! BGTと略)」は、「いじめ」について、積極的に関わり、「いじめはいけない」「いじめを受けた子どもたち、受けている子どもたちよ、頑張れ」といったメッセージを出し続けています。

それに対して、日本の子どもたちは、日常的にテレビからどんなメッセージを受けているのでしょうか。サイモンと同じように、批判に晒され反省することでテレビ番組の内容が変ることを期待していますが、取り敢えず現状を簡単に見てみましょう。

日本のテレビ番組で、隠れた才能を発掘する目的を掲げているのは、テレビ東京の「カラオケバトル」があります。堺正章が「オウナー」ということで、高校生や中学生、時には小学生までが出場しています。それと、出場者は芸能人ですが、俳句や華、水彩画等の才能を評価する、TBSの「プレバト」くらいでしょうか。

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「プレバト」は私が好きな番組なのですが、それは、番組の大きな枠組みを無視して、純粋に才能の評価が行われている場面に限っての話です。まず、司会の「浜ちゃん」の言動は、テレビなら「いじめ」は許されるのか、と言っても良い暴力性に満ちています。人の頭を殴ることは日常茶飯事、しかも擬音まで使ってそれを強調しています。また、芸能界では「いじる」と表現されるようですが、本当は「いじめる」の短縮形だとしか考えられない言葉の暴力には辟易しています。さらに、さすがに今は減りましたが、俳句の先生である夏井いつきさんを梅沢富男という男が、「ババア」呼ばわりしていたことも、多くの人々の顰蹙を買っていました。

私たち大人なら、このような言動を不愉快だと思い、より大きな世界の判断基準に従って対処することは可能です。でも世界が狭い子どもたちにとって、ましてや、学校で「いじめ」に遭っている子どもの場合、周りの加害者からも先生からも「あれはふざけているだけのこと」と問題にされない場合、このような番組を見せられれば、「おかしいのは自分の方だ」と思い込んでしまうことがあっても不思議ではありません。

「いじめ」が原因で自殺した子どもたちのケースが何度も報道されながら、調査をしたはずの担任が、加害者と傍観者の「あれはふざけていただけ」を鵜呑みにしてしまう背景に、「プレバト」のような番組の、「いじめ」助長とも思われる言動があるとしたら、私たちがもっと声を上げなくてはいけないのではないでしょうか。

「カラオケバトル」では、さすがに子どもの頭を叩いたり、言葉による「いじめ」は見られませんが、それでも、信じられない光景を先日目にしました。

出演者は、北海道の高校に通っている女子高生です。工業系の学校だということで、一クラス約50人の生徒のうち、女子は2人だけだということでした。このような環境に置かれている女子生徒の立場が難しいことは誰でも理解できるはずですが、それでも耳を疑ったのは、この二人の女子生徒に対して、男子生徒は一切話し掛けもしないという事実があることでした。しかもそれは、一種の温かいエピソードとして扱われていて、「カラオケバトルで優勝したら話し掛けて貰えるかもしれない」ことが強調されていたのです。

でも考えてみて下さい。全員が男子だとして、二人だけ全く話し掛けてももらえない生徒がいるとしたら、それはどんな定義を適用したとしても「いじめ」です。でもその二人が女子生徒だと、途端にいじめではなくなってしまうし、学校側でも何の対応もしていないとは、呆れて物が言えません。

BGTとAGTでのサイモンの言動を問題にした人たちは、普通なら「いじめ」でもテレビで同じことをすれば称賛されるのはおかしくないか、と主張しました。それは、「被害」に遭った子どもたちの人権という視点からは当然のことです。日本のテレビ界でも、そろそろ、子どもの人権という視点から番組の内容を考えることをはじめても良いのではないかとも思いますが、皆さんは如何お考えになりますか。

[2019/7/19 イライザ]

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2019年7月13日 (土)

「いじめ」は世界的問題です ――マスコミがどう取り上げるのかも大切では――

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』(法政大学出版局刊)の紹介はこれからも続きますが、今回は、別の問題を考えてみたいと思います。「いじめ」です。それも少し違った視点から取り上げたいと思います。

イギリスの人気テレビ番組「Britain’s Got Talent (私訳: イギリスの隠れた才能発掘!)」を御存知ない方も多いかもしれませんが、あのSusan Boyle(スーザン・ボイル)さんを発掘した番組だと言えば、分って頂けるのではないでしょうか。2007年に始まり、イギリスとアメリカでは大人気を誇り、世界中の多くの国々でこのアイデアを元にした番組が作られています。アメリカのテレビ番組のパクリでは人後に落ちない日本で、この番組の日本版が作られていないのが不思議なくらいなのですが、その点についてはまた別の機会に取り上げられたらと思います。

Susan-boyle

御覧になったことのない方は、YouTubeで、「Britain’s Got Talent」の短縮形である「BGT」を検索すればいくつものエントリーがすぐ見付かりますので、一度試してみて下さい。

どのような才能でも良いのですが、この番組で3分間、その才能を披露して審査員が「合格」と決めると、次のレベルでの出演が決り、年間の最優秀者はメジャーでのデビューと王室の出席者の前で公演することが出来ます。

素晴らしいタレントの持ち主が次から次へと現れ、見事なパフォーマンスを見せてくれるのは圧巻ですが、最近のBGTで気が付いたことが一つあります。それは、出演者の人生で大きな障害に遭遇した人を応援する姿勢がこの番組の柱の一つになっていることです。ガンその他の病気に罹ったり、家族が病気と闘っていたり、身体的な障害のある出演者がその障害とどう向き合っているのかといったエピソードが、この番組を感動的なものにしている一つの要素なのです。

もちろん、視聴率を上げるためだけに、このような感動的なストーリーを「使う」ことには問題があると思いますし、「涙もろい」視聴者の心理に付け込もうとする商業的な意図には十分な注意が必要です。にもかかわらず、とても多くの人が視聴する番組の中で、大きなハンディがあるにもかかわらず勇気をもって生きている人たちの姿を取り上げることには意味があるように思います。

こんな気持になったのは、BGTの中で、「いじめ」にあった子どもたちのケースが、かなり多く取り上げられていることに気付いてからです。例えば、ここに紹介するデュオのBars とMelodyです。この内の「Bars」を芸名にしているのはレオンドル君ですが、彼はいじめに遭っていたときの経験を元にして、Hopefulという曲のラップの歌詞を作り、メロディーを歌う、メロディーとともに、2014年BGTに出演しました。

Bgt

その舞台で、審査委員長から、「金色のボタン」と呼ばれる特別の評価を受けて、準決勝に進みました。決勝では3位でしたが、それでも、メジャーのデビューができ、レコードもリリースしましたし、アメリカ、イギリス、ヨーロッパ、オーストラリアでも人気のあるデュオになりました。日本での公演も実現しています。

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他のケースについては省略しますが、本題に戻ると、BGTでは、「いじめ」られた経験のある人たちに、時には「これ意図的なのか」と思ってしまうほど多く出演させているような気がします。

「いじめ」をテレビ番組の中で取り上げる上で、BGTのやり方は、「いじめ」に負けないで頑張れというメッセージをハッキリと出し続けています。それがいかに大切なことなのかを、日本のテレビ番組との比較で強調したかったのですが、「本論」は次回に。

[2019/7/13 イライザ]

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コメント


おぼえがあります。この子たちのこのシーンは
観たことが有ります。ちょっと違和感を感じた
のは先生が指摘された部分だったんだと今気
が付きました。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

理由はどうであれ、人気番組が「いじめは駄目」というメッセージや、いじめの被害者に寄り添う姿勢を強力に発信し続けることは大切だと思います。

 

 

 

 

2019年7月 3日 (水)

『ファクトチェック最前線』を読んで「ファクトチェッカー」になろう

昨日の続きです。

『テニアン』の他にも、あけび書房は「今」私たちが必要としている情報やスキルを提供してくれる多くの良書を出しているのですが、最近出版されたものの内から、特にお勧めする一冊を取り上げたいと思います。立岩陽一郎氏著の『ファクトチェック最前線』です。

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その理由の一つは、近く発売になる小著『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』で取り上げたトピックと、ピッタリ平仄のあっている書物だからです。

そもそも、嘘によって人を騙すこと、また洗脳によって多くの人を惑わし操ること、さらにこうしたことの結果として人心を掌握し権力者になること等は古くからおこなわれてきています。トランプ大統領以前から「フェイクニュース」はあったのです。しかし、コンピュータとインターネットの発達によって、例えばSNSといった形で、誰でも手軽にフェイクニュースの発信者になれる時代になりました。そんな時代背景を生かして力を握ったのが、「ドナルド・トランプ」という特異なキャラクターです。トランプ大統領の場合は、匿名ではありませんが、それ以上に問題にしなくてはならないのは、発信者がどのくらい信頼できる人間なのかは全く隠されたまま、フェイクニュースだけが独り歩きする現実です。

幸いなことにこれは両刃の剣です。SNSはフェイクニュースに対抗する手段でもあるのです。だから「アラブの春」や「オキュパイ」、そして今の香港でも多様なエネルギーをまとめる力になっています。多くの市民が協力することで、技術的にも組織的にも不可能に近い結果を残したという具体例もあります。

2003年にスペースシャトル「コロンビア」が大気圏突入後に空中分解し、7人の宇宙飛行士が死亡した事故がありました。その調査に当って、大気圏突入後のコロンビアの航跡を確定する必要があったのですが、それが正確にできたのは、全米で天体観測、特にスペースシャトルの観測を行っていた数えきれないくらい多くのアマチュアの撮った写真、しかも時間と撮影地点の情報が付いたものがあったからです。

こうした市民の力を生かして「フェイクニュース」に対抗するために、私たちが身に付けるべき具体的な方法を教えてくれるのと同時に、それを実践した著者の立岩氏がどのような成果を挙げて来たのかを報告してくれているのが『ファクトチェック最前線』です。彼の基本的なスタンスを見事に表している一節が「まえがき」の中にありました。ちょっと長いのですが、引用します。

 

 「立岩陽一郎って馬鹿なの? 国連の登録名が「北朝鮮」「南朝鮮」」


 最近、ツイッターで批判されることの多い私ですが、これはそのひとつです。このツイートは、私が日刊ゲンダイに連載している「ファクトチェック・ニッポン」で、「北朝鮮」という呼称を使うことを止めるべき、と書いたことに対する意見かと思われます。

 この記事で私は次の点を指摘しました。

 北朝鮮とは朝鮮民主主義人民共和国を略したものとして使われていること。その国の人々は、この北朝鮮という呼称を好ましく思っていないこと。通常、正式名称を略する場合、「北」といった新たな言葉を加えることはないこと。また、北朝鮮という国名は、かつての西ドイツと東ドイツのように、南朝鮮という国名があって初めて意味をなすこと。そして、日本では南朝鮮とは言わず、韓国と言っていること。

 そのうえで、略するなら「朝鮮」が妥当である、と書きました。

 時あたかも、安倍総理が日朝交渉に前向きな姿勢を示した時でしたから、「安倍総理は日本テレビの取材に、無条件で日朝交渉に応じる考えだと語ったそうだ。では、ひとつアドバイスしたい。まず、北朝鮮との呼称をやめるべきだ。そうした小さな取り組みもできないようでは、相手側に対話の機運は生まれない」と指摘しました。

 前記のツイートをされた方は、その内容が気に入らなかったのでしょう。もちろん、私の意見を批判するのは自由ですし、批判は歓迎します。しかし、「国連の登録名が「北朝鮮」「南朝鮮」」というのは事実ではありません。

 これは、国連のウエブサイトを確認すればすぐにわかることです。国連の加盟国のところには、「Democratic People’s Republic of Korea」と書かれています。これが登録名です。

ちなみに、自由奔放な発言で知られるアメリカのトランプ大統領は時折、DPRKを使います。これが正しい略だからです。もちろん、North Koreaとも言いますが、これは西ドイツ、東ドイツのケースと同じで、英語では、普通に朝鮮半島の南北を、South Korea とNorth Korea と言い分けているので、自然なことです。

 

実は、この考え方や論理の進め方が、『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』を書く上での私の基本的なスタンスと一致しているのです。長くなりましたので、次回に続きます。

[2019/7/1 イライザ]

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コメント


の前に、まずはご著書『数学者として憲法を読む』をと、
amazon予約しました。
↑注文のたびに、町の本さんスミマセン🙇と。
(が、都心にいても老体には大助かりではあります)

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。そして、Amazonで予約して下さったのも、感謝・感謝です。

『数学書として憲法を読む--前広島市長の憲法・天皇論』を読むとどんな良いことがあるのかを、これから何回かに分けて説明しますので、多くの皆さんにお読み頂きたいと思っています。

 

 

 

2019年6月28日 (金)

広島をどう発信するのか

私たちが政治家やオピニオン・リーダーと呼ばれる人たちに期待していることの一つには、自分では分っていてもいざ言葉にしようとするとそこで行き詰ってしまうような事柄について、スパッと分り易い言葉で、解決の方法を示してくれることがあります。あるいは自分でもあちらこちらで言い続けてきたことを、「これは自分が言ってきた事そのままではないか」という感じで、その上説得力がさらに大きくなった形で公にしてくれることも、その一つなのではないかと思います。

良く考えてみるとこれは、「政治家やオピニオン・リーダー」だけに期待していることではありません。若い世代の人たちにも同じような期待を持っていますし、加えて、自分たちの世代には考えもしなかったような視点が付け加わっていると、「驚き」や「爽快さ」とともに、次世代への信頼が大きく増してくるように思います。

実は最近そんな経験をしました。『週刊金曜日』の5月24日号、「論争」欄に掲載されていた「ヒロシマを発信して行く広島の役割」が期待に沿った内容でした。県職員の菅島章文さんの問題提起ですが、広島県・市がこのような姿勢で仕事をし、議会もそれを応援するという体制があれば、広島が日本一の地域として評価され続けても不思議ではなかったと思います。加えて、かつては「原爆記者」に代表される良識ある報道が特徴だった広島のマスコミが、その心意気を失わずにいてくれたら――、と無い物ねだりになってしまいましたが、まだまだ希望を捨ててはいけません。菅島さんと同じ気持ちの若い世代のリーダーたちが必ず立ち上がってくれることを信じています。

これ以上の多言は必要ではありません。『週刊金曜日』の当該ページをお読み下さい。

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 [2019/6/28 イライザ]

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コメント


心打たれる文章ですね。

「ココロ」様

コメント有り難う御座いました。

「文は人なり」と言われる所以ですね。

 

『月刊金曜日』から購読していながら、大いに恥じ入る次第です。
タイトルは読みましたがスルーしてしまいました。
言い訳しますれば、
同人雑誌的な面が多分にあるため(がため目減りの一途😢)、
「論争」「投書」欄も、そうだ!そうだ!!そのとおり!!!
の内容が多いので、つい...。
飛んで火に入る...的タイトルですと、ん!?→👀となるのですが。
にしても投稿された方、これだけでも相当の勇気がいったことと
思います。

 

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃるように、自分の意見を思う通りに公表することに勇気が必要な時代になりつつあります。もうなっているのかもしれません。だからこそ、勇気を持って発言することがより一層大切なのだと思います。

 

読んでいて胸が熱くなる気がしました。無料から有料、しかも50円とか200円とか…そこで単純計算される収支とは比較にならない大きなものを失ってしまうことに何故気付かないのでしょうか。
きわめて表面的な価値観に基づいて換算された金銭的な数値ばかりが必要以上に重視され、理念や理想といった換算不可能なものは「無かったもの」「無価値なもの」にされてしまう。そんな極端に振り切れてしまったバランスの振り子を、なんとかまともなものに戻したいものです。

 

「うみねこ」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃるように、心と心をつなぐための仕組み作りが理解されていない現状を変えなくてはなりませんね。

難しい理由の一つは、「反対のための反対」といった、「ネガティブな心」同士を結び付けて権力を動かすメカニズムが生きていることかもしれません。それに対する有効な対抗手段が、菅島さんの勇気ある投稿であり、それに応えるこのような皆さんのコメントなのだと思います。

2019年6月21日 (金)

自動車運転の安全性を高めるために (1) ――客観的なデータで議論しましょう――

高齢者がブレーキとアクセルを踏み間違えて、死亡事故を含む深刻な事故が起きている。この事態を解消するために、出来るだけ早く高齢者から免許証を取り上げるべし。


といった趣旨の全国的キャンペーンが、マスコミ主導で全国的に広がっています。何故、このように理不尽なキャンペーンが展開されているのかについては、このところ始った秋篠宮バッシングとともに、近い内に分析しますが、まずは、高齢者と交通安全について、少し冷静に考えてみたいと思います。

出発点は、客観的なデータによって状況を把握することです。意外な真実が見えてきますし、見えるべきデータが公表されていないことにも気付くはずです。

まずは、高齢者が交通事故でどのくらいの数死亡しているのかを見てみましょう。警察庁交通局交通企画課が発表した、2018年10月末の「交通事故統計」に掲載されている分り易いグラフです。

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「年齢層別・状態別死者数」のグラフです。手前から奥に行くにしたがって年齢層が上がっています。一番奥は、65歳以上です。また、「677」人と死亡者数がいた番多いのは、65歳以上の歩行者です。それは、左から右に移る列では、一番左が「自動車乗車中」、そして右から二番目が「歩行中」そしてその左隣りも死者数が「234」人と多いのですが、これは自転車乗車中です。

「歩行中」という状態が示しているように、これは、高齢者が加害者ではない事故による死者も含まれています。簡単に言ってしまえば、高齢者が被害を受けその結果死亡した交通事故を数えているのです。自ら危険運転をして亡くなった場合も含まれますので、全て相手が悪い訳ではありません。

問題の一つは、このグラフに劇的に示されているほど多くの高齢者が交通事故で死亡しているのですが、これを放置しておいて良いことかという点です。この統計に示されている高齢の死亡者を減らす対策も、高齢者が起こす事故と同じくらい熱心に推進されてしかるべきなのではないでしょうか。横断歩道以外で道路を横断したり、走行中の車の直前や直後を横断する等の「法令違反」が約半数なのですが、残りの約半数には過失がないのですから、高齢の歩行者を守るための対策という視点ももっと強調されてしかるべきでしょう。

免許の返納と、高齢の歩行者が事故で死亡するケースを結び付けることも可能です。論理的には問題はあるのですが、分り易い喩えで問題点をアピールしておきます。仮に、高齢の運転者が免許証を返納すれば、歩くか自転車に乗るかという交通手段を取らざるを得ません。それは、死亡率としては運転より倍近い可能性の交通手段を偉ぶ事になるのですから、より深刻な生命の危険にさらされることになるのです。そんな犠牲を強いるだけの信頼できる根拠が実際にあるのでしょうか。

思った以上に説明が長くなってしまいました。この項は続きます。

 [2019/6/21 イライザ]

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2019年5月 8日 (水)

日本語「無支援」の外国籍の子どもたち ――一万人以上います――

子どもの日の毎日新聞電子版の記事で、再び我が国政治の貧困さに衝撃を受けました。

「日本の公立学校(小中高と特別支援学校)に通い、学校から「日本語教育が必要」と判断されたにもかかわらず、指導を受けられていない外国籍児らが全国で1万400人に上っている」

ということではありませんか。

 

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国の施策が不十分なのですが、その点について、毎日新聞の奥山はるな、堀智行両記者は次のように解説しています。

「文科省は日本語指導が必要な児童生徒18人当たり担当教員1人を増員するとしているが、1校当たりの外国籍児らの在籍数は「5人未満」が7割以上で、対策が追いついていない。」

広島県には、支援のない子どもたちが110人いるようです。

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毎日新聞の記事より

学校の先生方、PTAそして同じクラスの子どもたちが何もしないで、日本語のできない外国籍の子どもたちを放っておくことにはなっていないと信じています。何らかの工夫をしてできる範囲での支援はしているのだと思います。

とは言え、善意の解釈だけで物事を判断している限り、子どもたちの虐待や貧困等の問題への理解は生まれませんし、対策も手遅れになること請け合いです。全く見放されている子どもたちがいるかもしれないという仮定で、改めて問題のあることを確認しておきたいと思います。

外国の学校で言葉が分らないままに、授業に付いて行くのは大変です。日本語での授業でも内容が分らない授業を聞きながら机に座っているのがいかに大変だったかという経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。

私も高校生のときにアメリカに留学して、英語はそれなりにできた積りでしたし、留学生が珍しい時代・環境だったのでとても大事にされましたが、それでもずいぶん苦労をしました。大きな助けになったのは、社会科の時間に、先生が私の隣の席に「先生のアシスタント」のような存在の生徒を座らせてくれたことでした。授業中でも分らないことがあったら小さな声で教えて貰えたのです。分らないことがある度に授業を止めて一人の留学生の質問に答えなくても良くなり、先生も助かったようです。

現在、日本の小中高や特別支援学校に通っている子どもたちの中で、これほど恵まれた環境で勉強している子どもは少ないだろうと思います。先ずは基本的な日本語の教育が必要な子どもたちが圧倒的に多いのではないでしょうか。となると、一日一時間では足りないかもしれませんが、集中的に日本語を学習する場を学校ごとに設ける必要があるということでしょう。

国の施策が間に合わないという現実があるにしろ、一万人以上の子どもたちにとっては、今の今、何らかの支援がないと毎日が苦しみの連続になっている状況でしょう。となると、国ではなく、地域ごとにできることを考えたらどうでしょうか。

一人で行動するのが不安なら、何人かでチームを作って、地域の学校に日本語支援の子どもがいるのかどうかを問い合わせて、放課後でも昼休みでも、何人かが交代で日本語を教える場と時間を作ることは可能なのではないでしょうか。

でも、このくらいのことは私が提案する前に、全国各地で行われていて当然ですよね。だとしたら、この稿は「年寄りの冷や水」として読み捨てて下さい。

 [2019/5/8 イライザ]

 

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コメントではなく、迷惑メールならぬ迷惑書き込みが増えて対応に時間が掛るようになりました。

コメントをお寄せ下さる皆さんには申し訳ないのですが、ハードルをちょっと高くしました。変な書き込みが少なくなるまで、お付き合い頂ければ幸いです。

2019年5月 4日 (土)

生前退位と憲法

[以下、憲法の枠組み内の話ですので、マスコミ等でよく使われる「天皇陛下」ではなく、憲法で使われている「天皇」と表記します。]

前回は、5月1日の朝見の儀における「おことば」、そして「国民代表の辞」を、1989年1月9日の朝見の儀の「おことば」と「奉答文」と比較しました。そして、今回の朝見の儀では、竹下内閣時代とは違って、憲法99条に規定されている憲法遵守の精神がすっぽり抜け落ちていることを確認しました。さらに、「朝見の儀」が国事行為であることが法的に決められていることから、憲法3条に従うと、この違いの全責任が内閣にあることも確認しました。

今回は、その続きですが、この違いが意図的であるとしか考えられないことをいくつかの事実を元に検証しておきたいと思います。

① 通常、いわゆる公的な行事において、「トップ」と位置付けられている人の読む「挨拶」の原稿は、担当のお役所が起草します。その際、何より前例を重んずるのが官僚です。前回の「挨拶」と全く同じ文言を平気で読ませることなど、朝飯前です。たとえば、8月6日、広島市の平和記念式典、そして8月9日の長崎市平和記念式典における総理大臣挨拶は、広島と長崎でほぼ同じ、そして毎年、前年と同じ内容・言葉です。この点については、「タウンNEWS広島平和大通り」さんが鋭く指摘していますので、それをお読み下さい。

 

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官邸のホームページから

つまり、竹下内閣と安倍内閣との間の憲法に対する姿勢の違いは官僚の意図に依るものではないと考えた方が良いようです。もっとも、官僚が総理大臣の意図を忖度したのなら話は別ですし、総理大臣が自らの意志で発言すること、あるいは行事の内容について指示をすることはあり得ます。ここで、主張しているのは正にこのことです。

 

② 現天皇が、憲法99条の意味を理解していることを示す言葉は沢山ありますが、2014年、誕生日を迎えるに当っての記者会見での発言を取り上げておきましょう。それは、「今後とも,憲法を遵守する立場に立って,必要な助言を得ながら,事に当たっていくことが大切だと考えております。」です。「必要な助言を得ながら」は、第3条を頭に置いて、国事行為について内閣の助言と承認が必要なことからの言葉です。しかし、その前に、「憲法を遵守する立場に立って」があることで、99条において、天皇にも憲法遵守義務が課せられていることを踏まえての言葉です。

 

つまり、現天皇が自ら「おことば」の内容を決めたのであれば、当然、これと同一線上の言葉になるでしょうし、現上皇が天皇として即位したときと同じ内容を踏襲することには問題がなかったはずなのです。従って、何度も繰り返しますが、責任は内閣にあるという結論になるのです。

 

③ 2016年8月8日の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」に、安倍首相周辺が介入して、一部を削除するという結果になったことを、毎日新聞の伊藤智永論説委員著の『「平成の天皇」論』(講談社現代新書)が具体的に記述しています。その一部の引用です。ここで、「衛藤氏」とは、同書で「首相の指示で衛藤晟一首相補佐官が文言の点検を担当した」と説明が付いている衛藤晟一首相補佐官です。

「関係者によると、原案には欧州の王室における生前退位の近況を引用した部分が二ヵ所あった。王室は国民に語り掛ける機会が多く、先代が亡くなった後、喪に服す期間が日本ほど長くないことが書かれていたという。衛藤氏はこれを「神話から生まれた万世一系の天皇が、権力闘争の末に登場した欧州の王室の例に倣う必要はない」という理由で削除し、宮内庁も受け入れた。」

 

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30年もの間に政治的圧力に抵抗したり妥協したりするという経験をお持ちの当時の天皇 (現上皇) でさえ、「首相の指示」に基づいた圧力に負けているのですから、天皇に即位したばかりの新天皇に圧力を掛けることくらい、何でもなかったのではないかと考えられます。

以上、安倍内閣が朝見の儀を憲法抜きの儀式にしてしまったという主張です。これまでの説明には説得力があると思いますが、状況証拠だと言われてしまえばそれまでです。しかし、安倍政権が憲法を軽んじている事実は、認めざるを得ないのではないでしょうか。今後もその圧力は続くはずです。新天皇も99条通りに、憲法を最優先しようとしていることは、皇太子時代の言葉から読み取れるのですが、その天皇を圧力から守れるのは、私たち主権者です。そのために何ができるのか、より具体的なレベルで皆さんと一緒に考えられればと思います。

 [2019/5/3 イライザ]

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コメント

一連のもの、見ず読まずでしたので、
5/3朝日川柳で、やっぱりねと。
すぐにこちらコラムを。より理解が深まりました。

ジョン・フランケンハイマーの『五月の七日間』Seven Days in May 米1963
「国を守るのなら、憲法にのっとって守るべきではないのかね」
大統領が、米軍制服組トップ(←確か)に言うセリフ(字幕)。
さらに、こんなやりとりも!
大統領「君は憲法を尊重するわけだな」
何とか大佐「はい。立派な憲法であり変える必要はない」
大統領「私もそう思う」
(封切時見逃し2002年wowowで)

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

アメリカの大統領は、就任式の宣誓で、ただ一つ、憲法を守ることを誓うのですから、心構えが違うのだと思います。

2018年8月 5日 (日)

「事件記者」を偲ぶ会 ――「ヤマさん」の没後31年になりました――

 

「事件記者」を偲ぶ会

――「ヤマさん」の没後31年になりました――

 

かつて、「事件記者」と言えば、誰でもNHKの人気番組のことだと分り、警視庁の記者クラブを舞台にしたドラマの中で、どの記者のファンなのかまで、熱く語っていた時代がありました。1958年から1966年まで続いた番組で、視聴率47.1パーセントを記録したこともあったくらい人気があったので、いわば当然な話なのですが、今となっては、「事件記者」を覚えている人も少なくなってきたようです。

 

そのドラマの中で、園井啓介演じる「ヤマさん」のモデルになったのが、当時、毎日新聞の警視庁記者クラブで活躍していた山崎宗次さんでした。長い間毎日新聞の社会部記者として活躍し、後に広告局長としても敏腕を振った人ですが、1987714日、あまりにも早い旅立ちをされてしまいました。

 

私が山崎さんとお会いしたのは1969年の夏でした。初めて月に到着したアポロ11号取材のためにアメリカを訪れていた山崎さんと同僚の清水さんに、ハーバード大学のキャンパスでバッタリ。「ハーバードの卒業式を取材するためにボストンまで来た」という自己紹介から話が盛り上がりました。それが縁で、夏休みの間、毎日新聞の取材班の運転手件通訳兼雑用係として、山崎さんの謦咳に接することになりました。ジョン・グレン氏を追悼して、この件については以前触れています。

 

その時、初めて「山崎塾」のことを伺いました。マスコミ志望の学生たちに文章の書き方やジャーナリストとしての心構えを教える「塾」なのですが、それをボランティアとして主宰されているとのことでした。それから夏休みに日本を訪れたときには必ず塾に顔を出すようになりました。若い塾生の皆さんと一緒に、山崎「塾長」から多くのことを学ばせて頂きました。

 

社会を変える上でのジャーナリストの役割が重要であることは分っていても、それをどう生かすのかが大切です。当時、私は、アメリカに住みながら、広島・長崎の被爆体験や被爆者のメッセージがアメリカにも世界にも十分には伝わっていないことを痛感し、何かしなくてはと思い詰めていました。

 

「そのためには、ジャーナリストの持つ取材力、そして発信力を生かそう」という意気込みで、山崎さんや塾生たち、また原水禁運動の通訳仲間たちとの協力の下、ローカル・ジャーナリスト招請プロジェクト、通称「アキバ・プロジェクト」のアイデアが生まれました。後に、広島国際文化財団が主催し、広島市や長崎市からも応援し貰うことになりましたが、山崎塾を中心に大きく広がっていたネットワークに属するジャーナリストやオピニオン・リーダーたちを動員して全面的に応援してくれたのも、塾長でした。こうした活動を通じて、奥様はじめ、御家族の皆さんとの家族ぐるみでのお付き合いが始まりました。

 

               

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御家族の皆様--写真を持っているのが万里子夫人

 

今年は、その山崎塾長が旅立たれてから31年目の夏でしたが、83日に、山崎塾長を偲ぶ会が開かれました。塾OBOG、そして山崎ネットワークのメンバーたち約100人が参加してくれました。参加者一人一人が、弁の立つ人であり、また言葉を駆使しての仕事をしている人たちですから、塾長を今でも慕う気持の全てを報告することなど不可能です。その中で、第一期生の平本和生、元BS-TBS社長・会長の言葉が、山崎塾の本質を見事に表現してくれました。それは、塾長が抜きん出た人間洞察力を持っていたが故に、塾生一人一人の人間的なポテンシャルと魅力を見抜くことが出来た。その結果、一人一人の塾生と熱い血の通う人間関係を作ってくれたからこそ、塾生の真の力が花開いたのだ、という言葉でした。私も心からそう感じていました。

 

そんな形で山崎塾長の薫陶を受けた塾生たちも、一番若い人たちでさえ、あと数年で定年という時期に差し掛かっています。塾長亡きあとも、多くの塾OBOGたちとのお付き合いは続けてきましたが、今回の偲ぶ会を前に、こうした皆さんがマスコミその他の分野で頑張ってきた「総体」をどう表せば良いのか、考えて見ました。

 

ジャーナリズムその他の世界で確固たる地位を占めるに至った人は勿論ですが、中には、夭折した人もいますし、志半ばで別の道を歩んだ人もいます。妥協しながらも理想の灯を消さないための努力を続けた人も多いでしょう。その人たちも含めて、私が知る限り、山崎塾長の遺志を継いで頑張って来た、塾生たちがいたことで今の日本は随分良くなっていると思えるのです。仮に悪いとしか見えない部分があったとしても、塾のOBOGたちがいたからこそ、この程度で止まるようにブレーキを掛けて来られたのだと思っています。そのことを、天にいる山崎宗次氏に誇りをもって報告したいと思います。それは、山崎氏自身が如何に大きな仕事をしたのか、さらにその遺志が今でも生き続けていることも示しています。

 

山崎塾長の著書を一冊挙げろと言われると、それは躊躇なく『カンカラ作文術』なのですが、ここで「カンカラ」とは、「カンカラコモデケア」の略です。「カンカラコモデケア」とは聞きなれない言葉ですが、「カン」は感動、「カラ」は、カラフル、「コ」は今日性、「モ」は物語性、「デ」 データ、「ケ」は決意、そして「ア」は明るさで、文章を書くとき、これだけの要素が含まれていれば、良い文章になる、という文章術の極意です。

 

披露されたエピソードの中に、この「カンカラコモデケア」についての楽しい話題がありました。かつて、中央競馬会に2008年から2012年まで「カンカラコモデケア」という名前の競走馬が登録されていたそうです。主に東北や北海道で走っていたらしいのですが、生涯の成績は36回出走して3勝、得た賞金は39万円だとのことでした。結果はともかく、「カンカラコモデケア」には、夢を紡ぐ力が備わっているようです。

 

最後に、52歳という年齢で、あれだけの仕事をした山崎塾長には、完全に脱帽する他はないのですが、山崎塾長の三日後には、同じく52歳で石原裕次郎さんが亡くなっています。その二年後には、美空ひばりさんが同じく52歳で亡くなっています。昭和という時代が、実は50代に入るか入らない、あるいはそれ以前の年齢で活躍していた人たちによって創られていたということなのですが、馬齢を重ねるだけしか能のなくなった身として、それでもまだ何か、彼らの遺志を未来につなげるために、山崎塾長から教わった言葉「老驥千里を走る」を引っ張り出して、頑張りたいと思っています。(辞書には「老驥千里を思う」というバージョンが載っています。山崎塾長からは「走る」と教わりましたので、そちらを引用します。)

 

[2018/8/3日 イライザ]

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2018年7月17日 (火)

『きみはサンダーバードを知っているか』 ――豪雨災害からの教訓 (8)――


『きみはサンダーバードを知っているか』

――豪雨災害からの教訓 (8)――

 

自衛隊を災害救助隊に進化させるというアイデアを聞いて、多くの人が思い浮べるのが、「サンダーバード」だったとしても不思議ではありません。それは、26年前、当時、広島大学で大活躍をしていた、現早稲田大学教授の水島朝穂さんが、「同志」とともに世に問うた、『きみはサンダーバードを知っているか』のお陰です。

 

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この本は、今やこの分野における古典的な存在にまでなっていますが、その理由はハッキリしています。まず、その基本的考え方は誰にでも理解できるストレートさを持ち、しかもテレビの人気番組のコンセプトをそのまま現実世界に移植していることから、子どもたちにも親しみを持って受け入れられたからです。

 

私と同じように、そもそも「サンダーバード」とはと、聞かなくてはならない人のための解説ですが、ここでも水島先生御自身の言葉で語って頂きましょう。昨年11月、『きみはサンダーバードを知っているか』発刊25周年を迎えて、先生の「直言」というブログにアップされた一文からの引用です。

 

1964年に英国で制作された連続テレビ人形劇で、2026年の近未来を舞台に、大事故や災害から人命を救い出す国際救助隊の活躍を描いたもの。日本では1966410日(日)18時からNHK総合テレビで初放映された。私は中学1年生だったが、毎日曜、生でみていた。その後、民放でも繰り返し再放送されている。

 

サンダーバードそのものの説明は、水島ゼミ21期生の菅野仁啓さんによる簡潔な説明が、同じブログ内にありましたので、それを引用させて頂きます。

 

サンダーバードは、近未来の世界において、大金持ちのトレーシー一家が世界のどこかにある孤島、トレーシー・アイランドを拠点とした「国際救助隊」を組織し、各種のスーパーメカを使って、世界中で起きるさまざまな災害に立ち向かい、世界の人々のために身元を隠して活動するという人形劇である。CGのない時代だったが、最高級の撮影テクニックを駆使しており、半世紀が過ぎたいまみても、不思議なまでのリアリティーを感じる。彼らの使うメカは多種多様で、深海から太陽直近まで活動をするという圧倒的な性能を持ち、また独特なメカニックデザインが光るといったもので、メカ好きの私にとってはたまならなかった。何よりも「国際救助隊」の活動の目的は誰かを「倒す」ことではなく、「救う」ことなのである。この点は、それまで私がみていたテレビ番組とは決定的に違っていた。

 

このサンダーバードを現実の世界で、日本という国家のイニシャティブにより、しかも平和憲法の目指す方向の具現化として、自衛隊という組織を進化させる形で実現するというのが水島先生たちの考えでした。そこの根底のあったのは、災害救助そのもののあり方の問い直しでした。それを踏まえて、『きみはサンダーバードを知っているか』執筆の目的を水島先生は次のように述べています。

 

自衛隊の「余技」としての災害派遣ではなく、この国の災害救助組織のあり方を再考することである。

 

このような「再考」が、1990年代に行われていれば、今回の豪雨災害後の国や自治体の動きが大きく変っていたのではないでしょうか。でも今からでも遅くはありません。私も「サンダーバード」の世界について少し勉強した上で、災害救助隊についての検討を進めたいと思っています。

 

[2018/7/16 イライザ]

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コメント

あらま、水島朝穂教授のファンでありながら、
先に、サンダーバード構想に言及されていたとは😢😢
片仮名大好き日本人、どうして飛びつかぬ。

確かに豪雨災害の場面は多かったですね。
未だに国際救助隊が来てくれたらと思う自分の感覚はおかしいのかと思っていたら,あながちそうでもなさそうで安心しました(笑)

今日、「サンダーバード」ねたをボランティア活動後に行った街頭演説で早速使わせていただきました。「サンダーバード」の歌もちょっと歌いました。はっとしてこっちをご覧になる人が多数・・。

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

自衛隊を評価している人の多くは、災害救助の際の自衛隊の活躍を評価しているようですので、それから「サンダーバード」に思いが発展しても良さそうに思います。

「ふぃーゆパパ」様

コメント有り難う御座いました。

日本には高度の技術があり、お金も人手も十分にある、と思い込まれてしまっているのでしょうか。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

「サンダーバード」の歌、聞いてみたいです。

2018年7月12日 (木)

大雨災害からの教訓 (3) ――皆様の頑張りに頭が下ります!――


大雨災害からの教訓 (3)

――皆様の頑張りに頭が下ります!――

 

今回のような大災害、あるいはその他にも人間社会に降り掛かってくる多くの悲劇に遭遇した時、私たちの中にある「生存への意志」とでも言ったら良いのでしょうか、何かが起動して「より良い」力が湧き、お互いに助け合い力付け合いながら明日を創り出す糸を紡ぎ続けているように思えてなりません。

 

「広島ブログ」のブロガーの皆さんの多くが、そんな形の毎日を綴って下さっていますが、どのエントリーを読んでも頭が下ります。その他のソースからも入ってくる情報を総合するとお一人お一人の行動がとても感動的です。コメント欄に書き込むべきなのでしょうが、ここでまとめて思いを伝えさせて下さい。

 

皆さんが家族や友人を助けるために通行が困難な道路を通常の何倍もの時間を掛けて駆け付け汗を流していたり、通勤時間の何倍も掛けて仕事場まで辿り着ききっちり仕事を熟していたり、電話やライン等で無事を確かめ合い励まし合い、また必要な物資を聞いて、普段は使わない店にまで足を延ばして調達しそれを届けたりしている姿を見て、お一人お一人が英雄だと思わざるを得ません。

 

特に胸を打ったのが若い人たちのボランティア精神です。被災地では、消防・警察・自衛隊、そして自治体やその他の行政関連の職員たちも必死に仕事をしています。「公僕」そして「全体の奉仕者」という言葉が輝いて見えます。そのように献身的な大人たちに負けずに、若者たち、子どもたちも懸命に動いてくれています。ある被災地で土砂の片付け作業のボランティアをしていた高校生たちの声が、テレビで放映されていました。

 

「学校が休校になったから、少しでも手伝いたいと思ってきました」という声、そして甲子園を目指している野球部員からは「今は野球をしているどころのときではないから」という、重いしかも優先順位に誤りのない決意をしたことが伝わってきました。

 

そしてカープも、9日から11日までの対阪神戦を中止すると、8日の日曜日に発表しています。当り前だと言ってしまえばそうなのですが、今の政治を見るとその当り前のことが当り前に行われていない状態が諸悪の根源ですので、カープの決定には拍手を送りたいと思います。そして、ある意味、カープの歴史とは、その当り前のことを当たり前に忠実に実行してきたと言っても良いような気さえしてきました。

 

対照的に大いなる違和感を持ったのは大相撲です。いやその中継をするテレビです。大相撲そのものを中止しろとは言いませんし、8日が初日だということも知っていました。でも大雨災害についての情報がようやく整理され、少しずつ全貌が明らかになり始めたときに、災害情報は打ち切って、十両の取り組みに切り替えられた被災地の視聴者が「裏切られた」という感じを持ったとしても、そちらの方が自然な感情だったのではないかと思います。

 

NHKも頑張ってはくれたのですが、大相撲での黒星で大きいマイナス・イメージになりました。これまた対照的だったのは、被災地の地方メディアとして通常の枠を大幅に変えて災害情報を流し続けてくれたRCCはじめ、広島の民間テレビ局でした。取材の幅も多様で必要な情報が適宜提供されていたのは流石だと思いましたが、「大雨災害からの教訓(2)」で提案した分業が進めばもっと素晴らしいのですが--。

 

マスコミの内部事情まで知ることができれば評価は変るのかもしれませんが、今日たまたま耳にした旅行業者の方の健闘ぶりにも心を打たれました。

 

災害の結果として、交通機関のチケットや予約のキャンセル変更は多く生じますし、大雨で移動ができなくなり、宿泊の手配をしなくてはならない人も増えます。昨日今日の仕事の量は通常の3倍にもなるということでした。しかも、スタッフのなかには自宅が被災した人もいますし、通勤ができなくなった人もいるとのこと。結局、数時間掛けて職場に駆け付けることのできた人も含めて人では通常の6割だったとのことです。「でもそこで頑張らないと、私たちの存在意義がない」という心意気で頑張っているということを聞いて、完全に脱帽です。

 

そんな中、災害をネタに儲けることなど許せないのですが、現実にはそんなことが起きていました。

 

次に示すのは、7日の土曜日の広島市内のホテルの一泊の宿泊料金です。土曜日も東広島泊になるかもしれないと考え、東広島のホテルを探したところどこも満杯だったことを発見した家人が、広島も同じなのかなと思って携帯アプリで検索してみた結果です。

 

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7日の土曜日、午後4時、空室があったのは、この三つのホテルだけでした。料金はANAクラウンプラザが16000円台、リーガが25000円台です。ところが、11日の夜の一泊料金は次の通りです。

 

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ANAクラウンプラザが約10000円、リーガも同じくらいです。つまり、土曜の夜は、ANAクラウンプラザは、1.6倍、リーガは2.5倍の料金だったということです。その違いの一つは、7日には新幹線が止まっていたことです。11日には復旧していました。

 

東広島で足止めをされていた家人と同じように、広島から新幹線に乗れず、市内に宿泊しなくてはならなかった人も多かったはずです。その臨時需要があるからといって料金を上げたと思いたくありません。恐らくコンピュータのプログラムで、直前の単位時間当たりのアクセス数にトリガーされて料金を設定するようなシステムになっているのでしょう。

 

でも、結果として、「広島から出られなかった災害犠牲者からまで儲けた」と言われても仕方がないような数字です。仮にコンピュータ・プログラムが原因であったとしても、災害の結果、仕方なく広島に宿泊する人たちの立場に立って、割引とまでは言いませんが、せめて通常料金の中間値くらいの料金設定を、人手が介入して行っても良かったのでないかと思います。

 

これはホテルに限ったことではありません。意図的に災害をネタに儲けるなど以ての外ですが、結果としてそう見えてしまうようなシステムを、もう少し人に親切なものに変えるくらいはできるのではないでしょうか。

 

[2018/7/11 イライザ]

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コメント

どことは言いませんが、うちのホテルは被災者対応価格として通常の半額の5千円で部屋を用意しました。今でもその価格で宿泊されている被災者の方がいらっしゃいます。しかしネットには出していません。あくまで個別対応価格です。ネットへの掲載はエージェントとの契約で色々な決め方がありますが、うちで言えば8月9月は一人3万5千円からと通常の3倍になる日もあります。ホテルの宿泊費はそういうものです。数十年に一度の対応のためにシステムを構築するというのは難しく、そこは個別対応にならざるを得ないと思います。これは普段でも同じなので個々に事情がある場合は直接お問合せください。我々はお役所仕事はしません。

「ホテリア」様

コメント有り難う御座いました。

被災者のために、大きな社会貢献をされていることに、心を打たれました。敬意を表しますし、このような活動をしていることをもっと多くの人に知って欲しいと思いました。

私が取り上げたのは必ずしも被災者ではなく、新幹線が動かなかったため、広島に宿泊するか、駅の構内で一夜を過ごすのかといった選択肢を前にした人たちへの対応です。ことによると、ネットでは満杯でも、個別対応で、通常料金で泊めて頂けたのかもしれませんが、多くの人が利用するネットを使う限り、そのような選択肢があると考えた人はまずいないのではないでしょうか。

新幹線が止まったり、飛行機が飛ばなかったりというケースはかなり頻繁に起きていますので、それらの全てに対して、ホテル業だけが出血サービスをすべきだと言っている訳ではなく、今回のような異常事態くらいには、どんな業界でも人手を介した介入のできるシステムにしても罰は当らないのでは、という提案です。

最近の非常に合理化されたビジネスホテルは別として、本来のホテル業は現場の裁量権が大きく「決まり」に縛られることは少ないものです。被災者と書いたのは広い意味で、帰宅困難者も含めたものです。行政のように罹災証明を求めるようなことはしませんし、あくまで現場の判断による個別対応です。ホテルは部屋数も限られますので、ネットなどでの一斉告知は却って混乱を招き現実的でないと思います。

呉市在です。今日見かけた、給水車2台のお話をします。2台とも、遠方の、車でした。熊本市。青森の、陸自です。熊本市役所の給水車は、平原水源池でした。これは、工業用水でしょうか。陸自トラック・水タンク車牽引でした。1トンの水タンク車でした。道に迷っていました。出会わせました。呉市の狭い道です。そりゃ、迷いますよ。今日は、あそこへ、明日は、別のところへでしょうか。青森の弘前からです。陸自は、遠方でも、出せる車は、派遣するのですか。高速道路通行止め、少々の土砂なら、もろともしない、悪路OKでしょうから。車幅2.5メートルです。災害緊急車両なので、無理を、してでも、走行するのでしょうか、そのために訓錬を、しているのでしょうか。その小学校で、給水後、また、海田へ、戻るとか。呉市は、海自です。陸自は、海田です。そのタンク車には、蛇口が、7つありました。上手く、蛇口を、使えば、給水時間が、待つ時間が、短縮されます。私は、道案内を、しただけです。給水の、受水器は、各人各様でした。ペットボトル、バケツ、保冷ボックス、ポリ水缶とか。陸自の隊員は、気持ちのよい若者3名でした。家は、断水です。水道の出る知人宅で、水を、確保です。ポリ缶が、10個以上あります。断水を、想定した訳でもないのですが。欲張りなのでしょうか、これは、否定しません。幸いに、井戸が、あります。気持ちが、楽ではあります。井戸のある家は、井戸水を分ける様に、皆さんが、しています。他県からの、援護、応援の給水車の一例を、お話を、したく思いました。家は、少し雨漏りが、あった程度です。修繕をしなければ、と、思っていた箇所です。半月毎に、在、不在の、知人宅。被災の現状を見に行きました。その知人宅の井戸を、その近所の人が使っていました。無断使用しては、いけません、とは、言えませんでした。こういう場合。井戸のポンプが、故障した場合、どうなるのでしょうか。家主の承諾無しでの使用ですから。そんなことを考えてしまう性分です。   遠方からの給水車応援の話が、主題なのですが、あちら、こちらに、話が、いってしまいました。

「ホテリア」様

再度のコメント有り難う御座いました。

現場主義、大変結構だと思います。どこまでが「現場」なのかも時代によって変ってくると思いますが、仮に、個別対応で帰宅困難者には通常料金でサービスを提供していても、ネットの料金は高いまま、個別対応をしていたことも周知しない、ということになると、私たち多くの印象としては、大災害に際して高額の料金設定をした、という結果になってしまうと思います。

「60sp」様

コメント有り難う御座いました。

被災現場からの生々しいリポートで、災害支援の大変さが身に沁みて伝わってきました。大変でしょうが頑張って下さい。

心配性だというのは、世代的な特徴かもしれません。

災害とは関係は無いのですが、ホテルの料金は、繁盛期(満室が多いとき)には高額になり、閑散期には安くなりますね。
広島で青年会議所の全国大会があって千人近くが広島に宿泊したときに、新しいアパホテルは5万円になったとか聞きました。
学会があると、同じように高額になります。
災害時に移動できなくなった人をどうするかですが、これは新幹線が事故で動かなくなったときも同じですね。駅での証明があればホテルは優遇料金となるように広島の観光業は考えないといけませんね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

資本主義社会における料金設定は、基本的には需給関係で決りますので、それは大前提として受け入れての話です。しかし、だからと言って非常識な「暴利」を貪ること、特に様々な意味での弱者をネタに金儲けをすることは、許されないという社会規範はあるというのがポイントです。

また民間企業でも、就中サービス業では特に、お客さんへのサービスという形で様々な社会貢献をしています。その一環としてさらに充実して欲しいと思います。

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