高齢者

2017年12月 6日 (水)

インフルエンザ予防接種 ――雪の中、病院まで――


インフルエンザ予防接種

――雪の中、病院まで――

 

以前にも、パラパラっと雪の降った日がありましたが、今日は本格的に降り出しました。そんな雪の中、インフルエンザの予防接種に行ってきました。佐伯中央病院です。

 

                 

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良く見て頂けると分るのですが、かなりの雪が降っています。

 

田舎の病院ですが、巷説を信じると、高齢の受診者でかなり混んでいるはずなのですが、これが待合室です。

 

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雪のせいかもしれませんし、時間的に、多くの受診者の皆さんは朝一で病院に来るので、昼近くの時間帯にはもう帰った人が多かったせいなのかもしれません。診療室前の待合席もがらんどうです。

 

 

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お蔭様で、待たずに予防接種を受けることができました。1500円でした。

 

ところで我が国の死亡原因のトップ3は長い間、「悪性新生物」「心疾患」「脳血管疾患」でした。でも、2011年を境に、3位になったのが「肺炎」です。それ以降、ずっと3位なのですが、インフルエンザや風邪など、肺炎に至る病気を予防することと、「肺炎球菌ワクチン」の接種が大切だということですので、今月末にはこのワクチン接種を受けることにしました。

 

5年間有効のワクチンには公的補助があります。一方、一度打てば生涯有効なワクチンもあるそうなのですが、まずは5年有効なワクチンから始めることにしました。

 

肺炎の原因の一つには誤嚥があり、これはワクチンとは関係なく、予防措置を取ったり訓練をしたりということができますので、それも併せて健康維持のための努力は続けます。

 

 

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~アンコ椿ではないけれど3日遅れで~
(独居老人最大憂鬱→PC不具合→今回はお助けコールで何とかクリア)

肺炎球菌V。
こちら定期接種2度スルー→ もはや任意接種のみ。
旧・国立第一病院(呼吸器科)Dr.が『ウチでやる!?』 ←これすら2度スルー。
すべてに運が悪いので、接種後身体への影響が心配で。
来年2月診察日→ 覚悟を決めるかぁ。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

PC直って良かったですね。PCには備わっていませんが、私たちの病気の方は、インフルエンザでも肺炎でも、免疫力が大きな役割を果しているようです。それに加えて、予防の効果も上手く使いましょう。

2017年12月 4日 (月)

安陪9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名 ――福屋前で署名をお願いしました――


安陪9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名

――福屋前で署名をお願いしました――

 

これまで、毎月19日に、街頭に立って安倍政権の戦争政策を阻止するための行動を行ってきました。2015919日に、政府・与党が強行採決を行うことで、日本を戦争国家にするための「戦争法」を形の上では成立させた日を記憶し、その「法律」を破棄するための世論を創るためでした。

 

               

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しかし、1022日の総選挙で自民・公明が圧倒的多数を占めることになり、改憲への動きがさらに急になってきたことに対応するため、憲法記念日が53日であることから、毎月「3日」に改憲を阻止するための行動を行うことになりました。

 

昨日123日は、その第一回目で、福屋前と、本通りの青山前の二班に分かれて、市民の皆さんに署名を呼び掛けました。

 

 

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安陪総理が憲法9条に自衛隊の存在を書き込みたいと言ったのは、今年2017年の憲法記念日でした。その理由は「災害時の救援活動で頑張る自衛隊が憲法違反では気の毒」であり、「今でも自衛隊は存在しているのだから、それを憲法に明記しても何も変らない」です。

 

でもこんな甘言に騙されてしまうと、臍を噛むのは私たちの子どもや孫の世代です。

 

憲法に書き込まれる自衛隊は、災害救援で頑張る自衛隊ではなく、戦争を主たる任務にする自衛隊です。米軍と一体になって世界のどこへでも出かけて戦争をする自衛隊です。それを憲法が認めるということなのです。

 

そして、憲法に明記しても変らないのであれば、書き込む必要はないであろう自衛隊を何故書き込みたいのかというと、法律の世界では、「後からできた新しい法律は古い法律より優先される」という原則があるのです。つまり、米軍と一緒になって戦争をする自衛隊がまず優先して認められて、それに矛盾しなければ、戦争の放棄や戦力を持たないという9条の古い条文が認められる、ということです。でもそれはないですね。戦争をする自衛隊を認めてしまえば、それと矛盾する戦争放棄や戦力の不保持は認められないということになるのですから。

 

簡単に言ってしまえば、安倍9条を認めれば、日本は北朝鮮やアメリカ、韓国や中国やロシア等の「戦争国家」と同じ種類の国家になってしまうということです。そしてそれらの国々が、核軍拡競争の舞台で競い合っていることは皆さん御存知の通りです。

 

子どもたち孫たちが戦場に駆り出され、人を殺したり殺されたりするに任務に就かなくても良いように、あるいは戦場で食べ物がなく飢え死にしなくても済むように、今、戦争国家への道を選んではいけない、憲法9条を変えてはいけない、という署名に御協力ください。また、このメッセージを様々な手段に一人でも多くの人に伝えて下さい。

 

日曜日ということもあって、またお天気にも恵まれ、福屋前は多くの人で賑わっていました。子ども連れのお父さんやお母さん、恒例の御夫婦などの姿が目立ちました。署名運動に参加してくれた皆さんの中にも子ども連れの方もいましたし、何時もより多くの方々に協力して貰えました。全部で54人です。そして、頂いた署名は110筆ほどでした。全国での目標3000万に向けた一歩ですが、私たちの声に耳を傾けて下さった方々の数はいつもより多かったような気がしましたし、頷いて賛意を示してくれている人も多かったように思います。少しではありますが、危機感は共有されている、と感じた一時でした。

 

 

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なお、2018年の13日は、お休みです。23日から来年の「3の日」行動は始まります。

 

 

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わたしは青山前に参加しました。途中、広告のポケットティッシュを配っている女性から仲間がポケットティッシュを受け取ると、その女性もこちらのチラシも欲しいと言ってくださいました。良いエールの交換になりました。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。エールの交換、良かったですね。

署名をして貰いながら意見交換をするようなシーンも見られました。安陪9条改憲の「胡散臭さ」が、じわーっと広がっているような感じです。

2017年11月16日 (木)

体内年齢 ――誕生日に、一歳増えるのは何故?――


体内年齢

――誕生日に、一歳増えるのは何故?――

 

健康な生活を送る上で、体重を毎日測るのは当然です。そのための体重計が沢山出ていますが、私の愛用してきた機械は、良く見ると「体重計」ではありません。「体組成計」と書いてあります。

 

それが測ってくれる項目は、体重、体脂肪率、内臓脂肪レベル、基礎代謝量、体内年齢、筋肉量、筋肉量スコア、推定骨量です。最初の設定で、生年月日や身長もインプットしておきますので、「年齢」も表示されます。

 

「体組成計」に乗った後、次々と表示される数字を見て判断するには項目数が多過ぎますので、体脂肪率くらいは見ますが、その後は、「体内年齢」くらいを見て、何となく安心しています。

 

その「体内年齢」についての説明では、「基礎代謝の年齢傾向と、タニタ独自の研究により導き出した体組成の年齢傾向から、測定された結果がどの年齢に近いかを表現したもの」だそうです。

 

より具体的には「筋肉量が多く、脂肪率が低くて、体重あたりの基礎代謝量が高くなる程、体内年齢は若くなります」ということですので、年齢が直接、影響を与えるのではなく、年齢とともに変わるであろう筋肉量や脂肪率や基礎代謝量から、体内年齢が計算されているのだろうと思っていました。

 

しかし、このところ毎年、不思議に思ってきたことは、①この体内年齢は一年を通して全く変わらない。 ②しかし、誕生日を迎えた日には、必ず一歳高くなる、ということです。

 

私の誕生日は113日なのですが、体内年齢は、今年の112日に測定した時には49歳、でも113日には50歳になりました。この一日で、筋肉量も脂肪率も、基礎代謝量もほとんど変っていないのに、です。

 

           

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113日以降、ずっと50歳です

 

先日のAFS同期生の会でもこのことが話題になりました。同じくタニタの「体組成計」を持っているB君も、誕生日を迎えると体内年齢が一歳上がることを不思議に思っていたそうです。どうしてなのでしょうか。誰でも若い身体を保ちたいという願望があることに、メーカーのタニタが応えているのかもしれません。

 

そこで、「仮説」を立てて見ました。

 

[仮説 1]  高齢者が努力して健康維持をする上でのインセンティブとして、筋肉量や脂肪率、体重あたりの基礎代謝量等の傾向を少しは反映させて、値の良い人は15歳若く表示、普通の人は10歳若く表示、それほどではない人には5歳若く表示する、というのが、体内年齢の「秘密」なのではないか。だから、誕生日になると、いわば「下駄」の部分が一歳上がるので、49歳が50歳になるというようなことが起きる。

 

異論、反論、その他の論大歓迎ですので、宜しくお願いします。

 

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体重計は個人でもタニタ、オムロン、ノキアなど使ってきましたし、ホテルでも色々なメーカーもので測ってみていますが、私個人の経験ではタニタが最も若い年齢を出すようで、タニタと他メーカーでは20歳以上の年齢差があることもありました。

また、各値も朝と夜、食前と食後で違いますが、その変動もタニタが大きかった印象があります。

ところで、広島県と県医師会の「ひろしま健康カード(HMカード)」をスマホに登録すると、毎日の歩数や体重測定でもポイントが貯まり、ゆめタウンやフレスタなどで使える制度がありますが、期間限定で今ならカープデザインのカードです。

http://www.hm-net.or.jp/hm-card/

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

かなりのバラつきがあるようですので、私の体内年齢は、その好い加減さがたまたま数字になっただけかもしれません。

「ひろしま健康カード」を申し込もうと思って検索しましたが、実際に薬局の店舗か病院に行かなくてはならないようですね。どこか便利なところを探して発行して貰います。

2017年11月15日 (水)

高齢者の健康 ――AFS同期生から学んだこと――


高齢者の健康

――AFS同期生から学んだこと――

 

前回の続きです。

 

高校時代に一緒に留学した仲間との会合で、私たちに残された時間が少なくなっていることには現実的対応が必要だとの認識は全員が共有していました。それに、「それだからこそ」という思いも重なって、「いやいや、まだまだ私たちが果さなくてはならない、そして私たちでなければ果せない役割がある」と全員が強く決意した一昨日でもありましたが、そのためには、何よりも健康であることが必須条件です。

 

その中で、昨年夏、胃の全摘手術を受けたA君が、その後、彼の言葉では「シニア」、私は何となく「高齢者」と言っているのですが、こう呼ばれるグループについて、最新の情報を共有してくれました。今年五月にも一緒に食事をする機会があったのですが、その時のA君と比べると、顔の艶も全く違っていましたし食も随分進んでいました。目に見えるほど健康になった彼の説明には説得力がありました。

 

一つは、65歳以上の高齢者のいる世帯の内、高齢者が一人だけで住んでいる世帯は4分の1を超えていることです。

 

             

65

               

厚生労働省のホームページから

 

高齢者の独居が認知症の発症につながることは良く知られています。しかし、認知症予防のためにできることもあります。それを積極的に取り入れるために、何が効果的なのかを調べた結果があります。

 

この調査結果は健康長寿ネットが公開していますが、このネットは高齢期を前向きに生活するための情報を提供し、健康長寿社会の発展を目的に作られた公益財団法人長寿科学振興財団が運営しているウェブサイトです。

 

このサイトの中心概念は「フレイル」です。サイトからの引用です。

 

フレイルとは、海外の老年医学の分野で使用されている「Frailty(フレイルティ)」に対する日本語訳です。「Frailty」を日本語に訳すと「虚弱」や「老衰」、「脆弱」などになります。日本老年医学会は高齢者において起こりやすい「Frailty」に対し、正しく介入すれば戻るという意味があることを強調したかったため、多くの議論の末、「フレイル」と共通した日本語訳にすることを20145月に提唱しました。

 

そのフレイルについての「悪循環」を示す図が参考になります。

 

 

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高齢化社会の常識として私たちも知っているのは、まず、食生活の面では野菜や果物等の摂取が体に良いこと、適度の運動を続けること、そして社会的・知的な活動を行うことですが、それが、身体機能の低下や認知機能の低下につながることは納得できます。

 

最近の研究結果として、A君が報告してくれたのは、社会活動の有効性です。認知症の発症予防のために何が有効かについて、4つのグループに分けて行われた研究では、①運動をする ②社会活動をする ③両方を行う ④どちらもしない という4グループを対象に認知症の兆候がどの程度現れるのかを調べたそうなのですが、この中で認知症予防のために一番効果のあったのは②の社会活動なのだそうです。

 

そして、このことを議論しながら私たちは、自然に、①の運動についても議論することになりました。そこでの意見の大勢は、高齢者の運転免許返納を強く勧めているマスコミ等についての批判とともに、これは年齢ではなく、個人個人の身体機能によって決められることなのではないかという点でした。その主張を裏付ける事実も示されました。

 

75歳になった今でもテニスが日常活動の一部であるB君からは、運転免許の高齢者講習に参加した時に、身体能力のテストを受けた結果、全ての項目で、標準値よりはるかに良い点数が出たこと、そして講習の担当者が、標準値とB君の数値とが間違って印刷されたのではないかとの疑問を呈したとの報告があり全員、彼の若さの秘密に驚いた次第です。

 

身体機能の低下は年齢とともに現れていますし、認知症の兆候も「物忘れ」といった現象で私たち世代にとっては日常的な出来事なのですが、高齢化しても健康でい続けるための研究が進んでいること、その成果をもっと積極的に取り入れることで生活の質が確保できることなど、明るい展望の開けた同期会でもありました。

 

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健康を語る時に日本では肉体的なことばかりがクローズアップされがちですが、精神的なことや社会的なことも重要です。
肉体的なことは個人差が大きく同じ血圧でも血管系の疾患に対しては高血圧がリスクですが、癌、認知症、感染症には低血圧の方がリスクと一般化は難しいものです。
それに対して精神的なことや社会的なことは一般化し易く、もっと強調されて社会に広められるべきことだと思います。
社会的に存在意義があるほど長生きするのは生物全般の普遍的な原則です。

運転で言えば事故が多いのは保険料率でも判るように圧倒的に若者であり、高齢者は身体能力は劣るもののその分慎重になるので事故率は変わりませんよね。
それより統計的に事故率が高いのは女性で男性の1.5倍ですが、高齢者差別はよくても女性差別はできないので誰も言いません。
働きたい女性が働ける社会も必要ですが、出産や育児という人類で最も重要な役目を適切に担える女性より、元気な高齢者が活躍できる社会の方が先だと思うのですが…

「後期高齢者」様

コメント有り難う御座いました。

高齢者の健康を考えるに当っても、「平均」的思考の枠を取っ払うことが大切なのかもしれません。この点についてのエントリーも、お読み頂けると幸いです。

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-e893.html

それに続いて4回ほど、シリーズとして取り上げています。

「前期高齢者」様

コメント有り難う御座いました。

運転について、どのグループのリスクが高いのかは、保険料の違いで見ることが合理的な方法の一つですが、年齢別の保険料の設定はあっても、性別の設定はないのでしょうか。

高齢男性の働く場を増やすべきだというお考えには、全く同感です。

2017年11月14日 (火)

AFS同期生との楽しい一時 ――いつの間にか、皆「ラディカル」になっていました――


AFS同期生との楽しい一時

――いつの間にか、皆「ラディカル」になっていました――

 

60年近くも前、今は横浜の山下埠頭に係留されている氷川丸で一緒に留学した仲間の何人かが集まって話をする楽しさは言葉にできません。誰かが一言喋り出すと、瞬時に全員がその内容を理解してしまう、といった感じで会話が弾みます。勿論、それぞれの分野での「専門家」として知られている人たちばかりですので、初めて聞くことも多く専門的な知見も披露されるのですが、でも話の筋は感覚的に分ってしまうのです。

 

             

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私たちを留学させてくれたのはAFSと呼ばれる団体です。私との関わりは、「目標リスト その3の中で説明していますが、再度簡単にまとめておきます。

高校生留学を一番昔から推進してきた団体なのですが、その団体のそもそもの発端は1914年の第一次世界大戦です。当時パリに住んでいたアメリカの青年たちが、戦場で救急車のボランティア運転手を務めたことから始まったのです。その後も活動は続きましたが、第二次世界大戦が終った時点でAFSは大きな方針転換をしました。戦争が始まってからのボランティア活動も大事だが、戦争が起らないようにするためのボランティア活動をしようということになったのです。その結果が高校生の交換留学推進です。

 

つまり、AFSという団体の目的には、国際理解や外国語の習得も含まれますが、大目標は世界平和ですし、その実現のためのリーダーの育成です。目標達成のために、大学生の留学ではなく高校生の交換留学を進めた最大の理由は、一年間、とは言え夏休みの間を除いて10か月間、ホスト・ファミリーの家族の一員として生活をし地域の高校に通うことにありました。そのことで、大学生になってからの留学なら、例えば寮に「隔離」され、周辺の地域ともしばしば利害関係が対立するという環境に置かれます。しかし、高校留学の場合には実際にその地域に住んで、日曜日には教会にも行き、その他の地域行事にも参加することで、普通の市民の「生活」を体験することになります。

 

 

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卒業した高校のYEARBOOKから

 

そして、その生活が、10か月続くことも大切です。「家族」としてそれだけ長い間一緒に過ごすのですから、一月なら何とか我慢できたるようなことでも、どこかで「衝突」するようなことにもなります。喧嘩も起ります。それを、「平和裡」に解決して家族としての関係を維持する経験を通して、本当の「異文化体験」が身に着くことになります。もう少し抽象的に言えば、多様性の内面化です。

 

ほぼ60年前にそんな経験をした私たちは、その10か月が人生を変えるような大きな贈り物だったような気がしています。ですから当然、若い世代の皆さんにも同じ体験をして貰いたいと考え、今も続いているAFSの活動を様々な形でサポートしてきました。

 

でも最近では、その活動にも大きな変化が見られるようになりました。留学したいと考える若者の数が減ってきていることに象徴されるのですが、「内向き志向」や「コスト」、そして「生きがい」についての考え方が変ってきていることなどが原因です。

 

学校も高校生自身も、「海外に留学して進学が一年遅れるより、早く良い大学に入る」という選択をするケースが増えていますし、留学費用がかなりの負担になることから、それを大学での学費に充てた方が良いと考える人も増えているようです。また、ホスト・ファミリーを引き受けることで生じる経済的その他の負担と、留学生との10か月という時間の意味とを比較衡量して、ホスト・ファミリーを希望する家庭が減ってきていることも問題です。

 

ではどうすれば良いのか、私たち同期生の間で、熱い議論をすることができました。いくつかの具体案も生まれましたので、すぐ実行して行きますが、成果が見える段階でまた報告させて頂きます。

 

その他、現在のわが国の政治、特に改憲の動きにどう対応すべきなのか、若い世代に私たちの世代の経験やそれに基づいた教訓をどう伝えて行けば良いのか等についても、突っ込んだやり取りができました。

 

それにしても、一つ一つの発言は、「根源的」という意味での「ラディカル」さ、そして、必ずしも世間の波には流されないという意味での「ラディカル」さに満ちていました。それは、私たちに残された時間が少なくなっていることにも関係があるのですが、「いやいや、まだまだ私たちでも役立つことが沢山ある」という結論にまとめることができました。

 

 

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アメリカへの留学→アメリカの理解→アメリカのフアンになる
という方程式は、
アメリカを日本といいかえても、中国、北朝鮮といいかえてもなりたつのではないでしょうか。。
相互理解は平和への道といえるようです。

「留学」様

コメント有り難う御座いました。

「交換」留学は、基本的には双方向での留学制度です。御指摘の通り、海外で生活することから「平和」を築くという考え方です。もっと多くの若者が参加してくれると良いのですが---。

2017年11月13日 (月)

慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 ――第142回定期演奏会に「ブラボー」――


慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団

――第142回定期演奏会に「ブラボー」――

 

1111日東京芸術劇場で開かれた、通称ワグネルの第142回定期演奏会を堪能してきました。昨年とは違った魅力を見付けたり、一人一人の団員の一生といった視点から演奏を聴けたことなど、自己流ではあってもワグネルを通しての合唱と音楽への理解がチョッピリ膨らんだような気がしています。

 

                 

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コンサート開始前の大ホール

 

まず、プログラムですが、前半は日本の詩人3人の詞に合唱のための曲が付けられた形の作品でした。これで、3つのステージ。そして後半、最後のステージはオーケストラと共にワーグナーの『タンホイザー』からの抜粋です。

 

 

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会場で渡されたプログラムには、ステージ毎に、団員の手になる分り易いかつ専門的な解説が掲載されています。ということは曲、詞、そして演奏についての立体的なイントロだということですので、実はそれをお読み頂きたいのですが、少しでも雰囲気をお伝えするために、私にとって印象に残った曲二つ三つを取り上げたいと思います。

 

1ステージの高野喜久雄作詞、高田三郎作曲の『ひたすらな道』の歌詞は、とても幾何学的な雰囲気を持っていると思ったのですが、高野が数学教諭でもあることを知って納得が行きました。例えば、I.「姫」ですが、「池」という入り口を通して、こちら側とあちら側との間とに通路があり、その通路は無限の彼方でつながっているというイメージで考えると、池に投げ込んだ石が私の中に没する比喩も分るような気がします。そして、曲にもそんな幾何学的なフレーズがあるように聞こえたのですが、どうでしょうか。常任指揮者の佐藤正浩、ピアノ伴奏の前田勝則、ヴォイス・トレーナーの小貫岩夫の日頃からの指導力を最初から実感することができました。

 

2ステージの『吹雪の街を』の最後の曲、VI. 『吹雪の街を』は、男声合唱の美しさと優しさ、切なさが「歩いて来たよ 吹雪の街を。」というレフレーンを軸として胸に響いてくる曲ですし詞なのですが、平田亮学生指揮者が、旭川の出身ではなく、例えば沖縄やハワイの出身だったらこんな風には聞こえなかったのではないかと、思わず考えてしまいました。それほど冬と雪、吹雪と19歳の乙女とが一体になった曲に仕上がっていました。

 

3ステージ、『Enfance finie~過ぎ去りし少年時代』は、私の好きな詩人三好達治の詩に木下牧子が男声合唱曲の組曲として作曲したものですが、ここでもしっかり伝わってきたのは客演指揮者・清水敬一の技量でありパッションでした。それは、三好が振り返る過去が、今ここにいる若き団員たちの過去、そしてこれからの未来にいくばくかの時を過した後に振り返る過去をも重ねつつ、人の生きる道程を音として聞かせたくれたからなのではないでしょうか。

 

そして第4ステージのタンホイザーは文句なく楽しませて貰いました。ソプラノの小川里美、バリトンの谷口伸の素晴らしさは言うまでもないのですが、オーケストラがワグネル・ソサィエティー・OBオーケストラ、賛助出演が慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・OB合唱団と慶應義塾志木高等学校ワグネル・ソサィエティー男声合唱団という豪華編成で、常任指揮者の佐藤正浩の下、現役のワグネリアンたちの日頃の練習の成果が遺憾なく発揮されました。

 

現役の合唱団が約70名であるのに、OB合唱団の参加者は200人にもなり、また高校生も交じっての、老・壮・青の多世代の合唱には感動するばかりでした。

 

最近は子どもたちの部活を中心に吹奏楽を聴くことが多かったのですが、改めて合唱の意味も、世代を超えての多層性を目の前にして、新たな視点が加わりました。それは、私が「歌詞」と「曲」の2項対立では、「歌詞」派であること、そして今回の演奏会の「歌詞」にこれまで以上の親近感を持ったこととも関係があります。さらに昨年の演奏会では、多言語を跨いでの歌詞を記憶して暗譜した上での演奏だったことも思い起こしながらの感慨でもあります。

 

自分の子どもが団員だからなのですが、「ワグネルの団員たちは何て幸せなのだろうか」というつぶやきが出発点なのですが、美しい歌詞を覚え、それに付けられた心を揺さぶる曲とともに歌うことは、「歌詞」つまり「詩」の心を内面化することに他なりません。若い時代にこのような機会を与えられることで、その後の人生はどれほど豊かになるのかを考えると、その答が、背後で歌っていたOB団員たちそのものなのです。

 

こうして現在から未来へのベクトルが豊かになるのと同時に、ある時点から過去を振り返ることで、これまで辿った道の豊かさにもそれが重なり、同時に非可逆的な時の過酷さもあの世とこの世との境界の曖昧さにも思いが至るのですが、しかし、これまでの人類の来し方からの教訓は、それでも希望はあるということになるような気がします。

 

そんなことさえ考えながら帰途に就いた池袋には、少し季節を先取りした木枯しが吹いていました。

 

 

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終演後のエスカレーターから

 

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あのダークダックスもワグネルソサエティのOBですよね。
ワグネルソサエティの実力はプロれべるだといわれていますが、
それだけ練習も凄まじいのではないでしょうか。
早稲田にはグリークラブがありますが、
友人はほとんど授業に出てきませんでした。
頑張ってください。

「ゲン」様

コメント有り難う御座いました。

今回の独唱者、バリトンの谷口伸三もワグネル出身です。確かに練習は大変なようですが、大学でも部活を通して良い友達のできることは素晴らしいと思います。

2017年11月11日 (土)

若返られましたね ――そう言える高齢者にお会いするのはとても嬉しいことです――


若返られましたね

――そう言える高齢者にお会いするのはとても嬉しいことです――

 

Cレストランに初めて足を運んだのはもう30年も前のことになります。先輩に連れて行って貰ってから、何かというと紙屋町の近くのこの店に来ていましたので、押しも押されもせぬ「常連」の一人でした。そして私たちが「ママ」と呼んでいたオーナーが「もう年だから」という理由で店を閉めてから10年以上経っています。

 

その後も「ママ」には、何故か本通りでバッタリお会いすることが多く、お元気そうな様子を喜んでいました。

 

昨日は用事があってまたまた本通りを歩いていると、向うから歩いてくる品の良い高齢の御婦人に気付きました。「ママ」でした。久し振りににお会いできたのですが、前にお会いした時と比べて、格段に若返った感じでした。

 

「お久し振りです」の後、やはり「若返られましたね」と言わずにいられませんでした。きれいにお化粧されていた姿とお似合いの着物からは、私の知っているお歳より10歳は若く感じられました。上京している家人にもお会いしたことを報告したくて、スマホで写真を撮られて頂いたのですが、それをここにアップする訳には行きません。有名人に似ている人がいないか、ネットで調べてみたのですが、八千草薫とか黒柳徹子といった方々の中で、敢えて「ママ」似の人としてパスしそうなのは、若尾文子さんでした。髪ももう少し白い感じの自然な年齢を伺わせる色調でした。


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それよりは若い有名人となると、山村紅葉さんかもしれません。若尾文子さんに山村紅葉さんを掛けた感じというとイメージ的にかなり近くなります。

                 

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   私も若く見られることが多かったのですが、最近は年相応の感想を貰うことが多くなりました。でも、少し前に東京で何年も会っていなかった友人に「随分変っていたので君だと分らなかった」と言われたのはショックでした。しかも彼は政治家です。

 

せめて、「久し振り。相変わらずお元気そうで」くらいのことは言えなかったのかと思いましたが、嘘で固めるのが得意な政治家ばかりの中で、このくらい正直な人もいることに安堵すべきなのか―――思いは複雑でした。

 

 

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2017年11月 3日 (金)

安古市高校での講演 ――生徒さんたちも先生方も素晴らしい高校です――


安古市高校での講演

――生徒さんたちも先生方も素晴らしい高校です――

 

112日、安古市高校同窓会主催の文化講演会で講師を務めました。体育館で生徒の皆さんに約一時間話をしてその後、質疑の時間には核心を突いた質問があり感心しましたし、最後に謝辞を述べてくれた生徒代表の女生徒がしっかりと講演の中身を理解してくれていたことで、話が伝わったという実感を持つことができました。

 

生徒の皆さんは床に座って聞いてくれたのですが、暖かい日でしたので苦痛ではなかったと思います。その約1時間20分の間、先生方の多くは立ったまま聞いて下さいました。そのことにも感激ました。以下の写真は、同窓会の広報担当の方から頂きました。プロの写真はさすが違います。

 

                 

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立って聞いて下さった先生方はこの写真には写っていません。(右側の壁の後方)

 

講演のタイトルは「21世紀をになう皆さんに、私たちの世代から」、副題は「多様性と寛容さ」です。内容はこれまでこのブログで何回か取り上げてきた事ばかりなのですが、簡単にお浚いをしておきます。

 

最初は「孟母三遷は正しい」ことを再確認して、高校生が自分たち同士で「同化」したいという強い傾向のあることを再認識して貰いました。

 

 孟母三遷は正しい。

 ジュディス・ハリス著「子育ての大誤解」がそれを学問的に実証。

 例 親子で米国に移住すると、親は英語が喋れない、でも子どもはペラペラという場合が多い。

 それは、子どもの環境に順応する能力が高いから?

 毎日視ているテレビの英語を身に付けるのではなく、一緒に学び遊んでいる子供たちの英語が身に付くことから、周りの子どもたちに同化する能力が高いことが分る。

 これは、家庭の教育によって子どもの非行を止めさせるのはかなり難しいことにもつながる。

 

これほど、「同化」する傾向があるにもかかわらず、一人一人の違いが如何に大きいのかを「平均は存在しない」事実を目の前で見て貰い体感して貰いました。これは、以前のブログで取り上げていますので再度お読み頂ければ幸いです。

その「実験」のために、事前に船津校長先生から頂いていた、学年そして男女別の平均値の内、高校二年生の男子の身長、体重、握力を使いました。

 

2年男子(127名) 

身長   169.3cm

体重  57.5kg

握力  41.99kg

 

まず、二年生の男子127名に手を挙げて貰いました。その中で、身長が169センチから170センチの間の人に今度は立って貰いました。前にブログで取り上げたアメリカ空軍のケースでは、30パーセントの幅を付けてありましたが、今回は数が少ないので、一センチ幅にしました。

 

驚いたことに、この段階で残った人は10名ほどでした。その中で、体重が57キロから58キロの間の人には立ち続けて貰ったのですが、この範囲に入った人はゼロでした。つまり、平均的な身長と体重を持つ2年生男子はいなかったのです。

 

個人のレベルで多様性のあることは、身長や体重を通して分って貰ったとして、社会・政治・歴史において、この多様性がどのような役割を果して来たのかを、司馬遼太郎さんの鋭い観察を紹介することで具体的に理解して貰いました。それは、「明治維新の原動力は、藩の多様性にあった」ということです。この点はとても面白い内容ですので、次回にまとめて御紹介します。

 

では現代社会で多様性がどう生きているのでしょうか。これについては、トロント大学教授のリチャード・フロリダ氏の明快かつ感動的な研究結果があります。

 

 世界の経済は都市、そして広域都市圏が引っ張っている

 都市の経済的活力は、都市の多様性に由来する

 多様性を生かすために、市民がお互いの違いに寛容で、上手く折り合って生活していることが重要


その寛容さを測るための分り易い指標を見付けたこともフロリダ教授の業績です。

 

 寛容性を簡単に示している指標で一番信頼できるのは「ゲイ・レスビアン指標」(または、「LGBT指標」)

 「芸術家」の割合を示す「ボヘミアン指標」や「人種指標」も相関関係は高い。

 アメリカの都市で、この指標の高いのは、例えば、シリコンバレー (サンフランシスコ)、オースチン、あるいはボストンである。

 

これら三都市は、経済的にはシリコンバレーのようにアップルがあったり、長い間アメリカの科学・技術の中心地としての役割を果し最近ではバイオテクノロジーで注目されているボストン、そして世界最大のコンピュータ製造会社デルの本拠地だったオースチンと、それぞれゆるぎない地位を誇っています。

 

LGBT」指標の方については、サンフランシスコは、少数派の権利を守るために、アメリカの都市の中でも突出した役割を長い間、果してきていることで知られています。ボストンがあるマサチューセッツ州は、アメリカの中でも同性間の結婚を合法化した最初の州として知られています。保守的なテキサス州の州都であるオースチンは、デルの本社があることで、若い世代の人々が大量に移住した結果、リベラルな街に変貌したのです。

 

 

Photo

左から時計回りにサンフランシスコ、ボストン、オースチン

 

たった一時間しか話さなかったのですが、こうしてまとめて見ると、ものすごいボリュームの話をしていました。となると高校生に理解するのは難しかったのかもしれないと反省しています。しかし、伝わったことも多かったはずですので、それも含めて次回も続きます。

 

 

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コメント

孟母三遷という言葉、半分は呆れられながら、言われたことが何度かあります。
それが正しかったかは別として、
子どもたちが多様性と寛容さを身につけるためには
多くの人たちと交わっていかなければなりません。
その機会が今の日本の学校ではとても難しいと感じました。
貴重な講演だったと思います。私もお聞きしたかったです。

”種まく人” ですね。
中学・高校時代に見た映画→どうってことない映画でも心揺さぶられた。
よいお話はその比ではありません。ラッキーな高校生たち。
ド田舎は中1の時→社会の先生(最年少で兵隊にとられたらしい)が
「もらった憲法なので(特に9条)変えねばという勢力があるが、
もらったものでも、いいものはいいのだ」と。
以来、護憲・非武装派に。
今日の朝日《改憲の足音 公布71年》
赤坂真理さんの、...もらった..という言葉、なつかしい。
ピーター・バラカンさんも、もちろん拍手もの。

『私にとっての憲法』で保阪正康氏が、
...いってみれば非軍事憲法...と。
この呼び名のほうがラジカルでよろし。もっと広まれ。
の前に、文化の日を明治の日などとさせてはならぬ、こちらも止めねば。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

多様性の大切さが比較的簡単に分るのは、外国に留学したり、留学生を受け入れたりすることだと思いますが、少し頑張れば、受け入れの方は何とかなるような気がします。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

中学や高校の時、随分有名な人が学校まで来てくれて話をしてくれたことは覚えているのですが、内容の方となると---。ということから、何か一言だけで良いので覚えていてもらえるような魅力的な「単語」を使うよう心掛けています。

憲法の条文では9条も大切ですが、私は憲法の遵守義務を規定した99条の重要性を強調したいと思っています。

2017年11月 1日 (水)

立憲民主党候補者意見交換会 ――これからの活動が楽しみです――


立憲民主党候補者意見交換会

――これからの活動が楽しみです――

 

1030日の昼、東京のホテルで立憲民主党から立候補した約20人と党の幹部の皆さんとの意見交換会がありました。103日に結党後、まだ一月も経っていない党ですし、10日公示、22日投票の選挙があったため、その日はようやく党本部ができそこへの引っ越しの日でした。その本部も手狭で、議員全員が集まるだけのスペースさえないとのことでした。

 

意見交換会はまず枝野代表の挨拶から始まりました。

 

             

20171031_19_57_36

               

 

結党から日の浅い政党だが、今回の選挙で78人が立候補、そのうち55人が当選した。当落という結果は巡り合わせだと考えられるが、候補の一人一人が違った状況の中、それぞれの選挙戦を繰り広げることになった。実に多様な人材が多様な戦いを展開してくれた。結果はどうであれ、今後も胸を張ってそれぞれの地域で活動していって欲しい。私からは皆さんに感謝の言葉を差し上げたい。

 

今後の党運営についても、皆さんと相談しながら、前回の民主の票より多い1000万を超えた比例票を投じて下さった皆さんにまたメディア報道に反映されているような大きな期待に応えたい。

 

そして、会の最後には、街頭での演説その他の演説の際、主語は「私」つまり「I」を使うこと。「私たち」「We」ではなく、ここにいる私という一人の人間が信念を持って皆さん一人一人に責任を持つ意思を明確にすること、また私という人間が責任を持って皆さんの代表として活動する決意も伝えることができる、という実践的かつ政治家としての基本姿勢についてのアドバイスもありました。

 

福山幹事長の挨拶は、枝野代表による労いの言葉に続けて、立憲民主党結党の最初のメンバーとして共に闘った同志としてこれからも一緒に頑張って行こう、という呼び掛けでした。

 

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内容は多岐にわたり、党運営や今後、候補者一人一人がどのような立場で関わるにしても役立つ、事務的な手続き等まで包含したものでした。当然お金の話もありましたし、地方組織の今後について、党員サポーターや後援会等についての党本部の方針等も示され、頭の整理になり実務的にも納得できる内容でした。

 

この日、参加した候補者の皆さんは、何方も感動的な一分間スピーチをなさったのですが、全部は載せ切れません。その中の一人、神奈川二区で、菅義偉官房長官の対抗馬として立候補した高橋野枝さんの小気味良い言葉から全体像を想像して下さい。

 

神奈川二区、須賀官房長官の選挙区から立候補しました。その結果は、菅官房長官に対して次点です。

 

私の名前「野枝」は伊藤野枝にあやかって付けられたそうです。しかも、「枝野」をひっくり返すと「野枝」になることからも、全国から応援を貰いました。

 

12日間街頭に立ちました。その間、いくつかの数値目標を立てたのですが、全部クリアーできました。私の三段跳びの計画は、今回はデビュー戦、次回は比例で復活当選、そして三回目には小選挙区で勝つことです。

 

当日の参加者の中で私は最高齢だったと思いますが、若い世代の政治家がしっかり育っている様子を目にし、次の目標に向かって決意を表明する姿に感動し、大きな期待を持つことができました。

 

 

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コメント

立候補した以上は当選して欲しかったですね。
日が経つにつれ、悔しさがこみ上げてきました。

「ゲン」様

コメント有り難う御座いました。

最初から、比例名簿の最後に名を連ね、小選挙区での重複立候補ではありませんので、あくまで、名簿上位の若い候補たちを押し上げることが目的でした。その役割は果せたと思いますが、十分にその意図が伝わらず、御迷惑をお掛けしてしまいました。申し訳ありません。

2017年10月27日 (金)

「高齢者 = カナリア」説 ――危機的状況に一番敏感に反応しているのかもしれません――


「高齢者 = カナリア」説

――危機的状況に一番敏感に反応しているのかもしれません――

 

今回の選挙で有り難かったことや元気を貰ったことはいくつもあるのですが、その一つが高齢者からの熱い応援でした。千葉に住んでいる中学の同級生や高校時代、一緒に留学した仲間たち、その他、多くの高齢者からの激励のメッセージの真剣さ、そしてそこに込められていた切迫感は尋常ではありませんでした。

 

私も高齢者ですので、ただ単に私の友人・知人たちが熱心に応援してくれただけではないのかという可能性もあります。でもこれまで何度も経験してきた選挙とは次元が違っていた、というのが率直な気持ちです。そして、友人・知人たちが寄せてくれたメッセージは、今回私が立候補しなくてはならないと感じた思いとピッタリ重なっていました。

 

枝野代表の言葉を借りれば、「右や左からのメッセージではなく、今の危機を回避して、前、つまり未来を確保すること、そして輝ける平和な未来を創るために、過去の知恵を生かすという決意」とまとめられるような気がします。

 

勿論、枝野・福山チームがその象徴であるように、若い世代が成長し同様のメッセージを発信してくれていることを心強く思いますし大きな期待を持っています。しかし、私たちの世代との違いは、第二次世界大戦との距離ですし、残された時間です。

 

被爆者の言葉を使えば「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」ですが、戦争の残虐さ悲惨さを次の世代には絶対にさせてはならないという強い思いは、私たちの世代が共有している基本的な価値観です。また、高齢期に達し、友人たちが幽明境を異にする経験も増えている私たちの立場は、今の内に、出来るだけ効果的に私たちのメッセージを伝えておかなくては、という「使命感」に基づいています。

 

そう考えながら思い出したのが、かつてカート・ボネガット氏や大江健三郎氏が必死に唱えていた「文学者はカナリアだ」という言葉です。昔、炭坑内での有毒ガスをできるだけ早く検知するために、微量のガスにも反応するカナリアを籠に入れて坑内に持ち込んだことを元に、芸術家の役割、小説家の役割をカナリアに準えたのです。

 

                 

Gelber_kanarienvogel

           

By 4028mdk09 (Own work) [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

 

それを今の状況に当て嵌めると、高齢者の果している役割は、炭坑内のカナリアに他なりません。「国難選挙」の結果は、小選挙区制という歪を生む装置によって与党が大勝しました。しかし、ここで諦めてしまっては全てがお終いです。安倍政権、そして彼らの目指す改憲こそ「国難」、つまり有毒ガスなのだと懸命に囀っている高齢者の声に耳を傾けることで、戦争への道を突っ走っている日本という国を、まっとうな国へ方向転換することはまだ可能だと信じています。

 

 

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