高齢者

2017年10月13日 (金)

塩村あやか候補の応援に行ってきました ――「参加者の若さ」が印象的。懐かしい方々にもお会いできました――


塩村あやか候補の応援に行ってきました

――「参加者の若さ」が印象的。懐かしい方々にもお会いできました――

 

12日の1830分から塩村あやか候補個人演説会で、応援演説をしてきました。場所は安芸高田市吉田町吉田761の安芸高田クリスタルアージョ。安芸高田市役所の4階でした。塩村候補は、市民連合の努力で野党統一候補として擁立できましたので、安倍政権に鉄槌を加えるため是非、頑張って貰いたい人です。

 

会場は大きな講堂でしたが、約200人の方が熱心に耳を傾けてくれました。

 

                 

Photo

           

右の方にこちら向きで頭だけ見えるのが塩村候補です

 

与えられた時間は最初3分から5分だったのですが、選対の責任者森本参議院議員が気を使ってくれて10分になりました。それでも時間オーバーをしてしまい申し訳なかったのですが、熱き心の発露として受け止めて下さった方が多かったように思えたのですが、明日は時間内に収める積りです。

 

スピーチのポイントを7つ掲げます。

 

 野党各党そして市民団体や有志が中心になって塩村候補を「統一候補」として擁立できたことで、6人の立候補者がいるが、対立の図式は大きく「塩村」対「安倍一派とその亜流」ということになった。国難である「安倍」に勝利する選挙だ。

 ノーベル平和賞を受賞したICANは、被爆者や多くの平和活動家が育てた若いNGOだ。立憲民主党や塩村候補、森本議員も同じように私たちの世代が育てた若い世代のリーダーだ。これからに期待したい。

 立憲民主党の枝野代表は、「右か左かではなく、上からの政治か草の根の創る政治か」を問うているが、草の根の意味は多様性と寛容さにある。つまり、世界の経済は都市が引っ張っていて、その都市の力は都市の持つ多様性に由来する。その多様性を生かすのは「寛容さ」である。これが「草の根」の特徴だ。

 ケネディー大統領はかつて、「世界平和を創るためには、世界中の人々が愛し合う必要はない。お互いに寛容であることが最も大切だ」と言っている。「寛容」=「平和」だとも言える。

 これまでの保守政権は、憲法を勝手に拡張解釈して形振り構わぬ軍拡をしてきた。自衛隊の存在を明記したからと言って拡張解釈する癖の改まるはずがない。今度はその上を行く拡張解釈をする。それが核兵器の保有であることは火を見るより明らかだ。

 現行憲法は欽定憲法であり、それを改憲することは、天皇を元首だと見做している改憲派の言葉を使えば、「不敬」に相当する矛盾だ。これも改憲派を牽制する理屈として使えるはずだ。

 3区は塩村、比例は既にコミットメントがなければ、(会場には他の野党の支持者もいましたので)立憲民主党をお願いします。

 

塩村あやか候補個人演説会には明日も応援に駆け付けます。

 

日時  1013日  1830分から

場所  山県郡北広島町有田1220-1  千代田中央公民館

 

お近くお住みの方は是非御参加下さい。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年10月10日 (火)

第48回総選挙 ――立憲民主党中国ブロックの名簿に登載されます――


第48回総選挙

――立憲民主党中国ブロックの名簿に登載されます――

 

 

「国難解散」の結果、総選挙が行われることになりましたが、それは10月10日告示、同22日投票の第48回衆議院議員選挙と呼ばれます。

 

その選挙で立憲民主党の枝野代表からお誘いを受け、現在の政治状況下、何をすれば一番満足できる結果につながるのか慎重に考えました。プラスになることが多くあるだろうという結論ですが、10月9日に広島県庁で記者会見を開き、思いの丈をお聞き頂きました。その際の冒頭の言葉をまとめて見ましたので、是非お読み頂ければと思います。

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

2017109

 

 

市民の皆様・マスコミの皆様

 

 

この度、立憲民主党代表枝野幸男さんからの要請で衆議院選挙において、立憲民主党中国ブロックの比例代表名簿に、順位4位で登載させて頂くことになりました。立憲民主党への支持を広めるための位置付けです。

 

今回の選挙の争点については、改憲を進めるかどうか、核兵器禁止条約の発効と核廃絶のために積極的に行動するのかどうかという二点が重要だと考えており、自民・公明の与党、そして新たに結成された希望の党も、改憲は推進する、核兵器禁止条約には消極的という立場ですので、国政の行方を大変心配しておりました。

それに対抗する形で立憲民主党が結成され、何らかの形で応援したいと思っていましたが、上記の形での立候補のお誘いがありましたので、ブログ等で間接的に応援する以上のことができるかも知れないと考え、お受けすることに致しました。若い世代の枝野・福山議員をリーダーにした政党を多くの若者がフォローしていることを心強く思っていますが、私たちの世代もまだまだ一緒に頑張らなくてはならない時代状況にあります。

 

唯一の戦争被爆国を標榜する日本国政府が、核兵器禁止条約の批准をしないなどということは、これまでの被爆者の体験と努力を全く無視することで、到底許すことはできません。この点については、党派を超えた圧倒的多数の皆さんの賛同を得られるものと信じています。

ノーベル平和賞を受賞したICANは、被爆者をはじめとする、永年にわたる運動を作ってきた世代の薫陶を受け、実質的な成果を挙げるまでに育ってきた若い世代です。私には、立憲民主党の姿がこのICANと重なって見えてくるのです。

また、かねてから私が主張してきたように、日本国憲法は「都市型」の憲法です。それが、明確に表れているのが9条ですし、地方自治の制度です。さらに、被爆者の運動が明確に示してきたように、また今年のノーベル平和賞が認めたように、21世紀は市民と都市の時代です。その考え方が広まっている現在、憲法を変えることで、それとは正反対の、国家の統制力を強め、縦構造によって市民を支配する政治を目指すのでは、新たな時代を拓くことはできません。枝野代表の言葉を借りれば「右(翼)か左(翼)かなんていうイデオロギーの時代じゃないんです。上からか草の根からか。これが21世紀の本当の対立軸なんです」。

こうした考え方を共有している社民党・新社会党・共産党と協力関係を強くしつつ、改憲派の議員・核兵器禁止条約に消極的な議員が3分の2未満に減る結果になるよう、比例代表として頑張りたいと思います。

 

 

不一      秋葉忠利

 

なお、工事中の部分もありますが、公式ホームページを立ち上げましたので御覧下さい。

 

https://tadakiba.jimdo.com/

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 

また、この趣旨を動画としてお聞き頂ければと思いYouTubeにもアップしましたので、そちらも御覧頂けると幸いです。

 

https://youtu.be/mDiUjjGYoF8

 


また、公式ホームページも立ち上げましたので、お暇な折に御覧下さい。

 

https://tadakiba.jimdo.com/

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ

広島ブログ

コメント

頑張って下さい。Facebookもぜひ。
Facebookをされてる立憲民主党の候補者に以下の応援のメッセージを送らせて頂いてます。
応援の意味で投稿を送らせて頂きます。札幌で政策提言を投稿しております。併せて意見を送らせて頂きます。こういう事もぜひ訴えて欲しいです。北はミサイルを選挙応援の為に飛ばすかも知れませんが、電磁パルス対策も含め何にもされてません。:この人達は本当に危機管理が分かっているのだろうか?軍事力行使するならせめて原発無くしてからしないと。https://lm.facebook.com/l.php?u=https%3A%2F%2Ft.co%2F62U3n9SY9t&h=ATOO0zLghHTOtVPfbOP6vojhjtNP4OJt5rvDa0YC78PG0I0D_uf9LYiDFFpOF5VuoUb0gSrrvAxI3bA2Yp9AIJbFWwmaYUfxywrqXSWkDJw2sEZjQZArrf4SQdXRI6HGvepp1NW00Q4&enc=AZOltumLunG5V2zkrSSYwcV8ACAjQP_wFgLOALUxQEivN6yOvlvaipK4Q3R8FF2F5Q_KbpzjJpUeuywS3oFFSFiI4B5laE31u95UmX3-ogY5vrXCfU9olQEKNvkifML05-4DcWw3oI4C_Cnvl6ODIDsO7USMCch2ij0ZfFU4lkpIHTGHKPHSh0YvI7xOHW8yG10&s=1

国政復帰・熱烈歓迎
90年初当選時に≪やがては社会党のプリンス≫
になる方と応援しておりました。
社民党からでなくて残念ですが、今そこにある危機を突破するには
そんなこと言ってられません。
お庭の薔薇もこの門出を祝って咲いたよう。

いいスピーチですね。
中国地区からの比例第4位というのは、ちょっと残念ですが、
小池さん、前原さんが大きく右旋回を明確にし、
秋葉さんが立候補したことで、
対立軸がはっきりしたようです。
立憲民主党はもしかすると、もしかするかも知れません。
政治の話なんかしたことのない息子も、これで投票する対象ができたといってました。
今回はそうした1票の重みを感じる選挙になりそうですね。
頑張ってください。

「岡久太朗」様

コメント有り難う御座いました。

福井県民の気持、そして市民の生活はとても大切だと思います。戦争の惨禍を知らずに、あるいは知ろうともせずに、戦争への道を舗装し高速車を走らせようとしている人たちには特に考えて貰いたいことです。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

まずは、立憲民主党の応援団に徹して、出来るだけ多くの人に、我々の世代の弟分である枝野・福山両リーダーへの理解を深めて貰いたいと思っています。

もちろん、同志である社民や新社会、共産票の増えることも期待しています。

「ゲン」様

コメント有り難う御座いました。

政党のあり方として、小選挙区で立候補するために何年も準備してきた人たちを差し置いて、外の人間を上位に据えることはできないでしょう。その人たちも含めて、より若い世代の政治家に育って貰うために、我々が頑張るということが大切なのだと思います。

息子さんの世代の皆さんにも、メッセージが伝わっているようで、とても嬉しく思っています。

2017年9月11日 (月)

「線量計が鳴る」 ――中村敦夫さんの朗読劇が新たなうねりを創り出しています――

「線量計が鳴る」

――中村敦夫さんの朗読劇が新たなうねりを創り出しています――

 

中村敦夫さんについては皆さんの方が詳しく御存じだと思います。何しろ私は、一世を風靡した『木枯し紋次郎』の頃にはアメリカで生活していましたので、リアルタイムで番組を見たことがありません。また有名なセリフ「あっしにゃぁ関わりのねぇこって…」を聞いたこともないのです。でも、今日改めて「凄い人」であることを再確認できました。

親しみを込めて「敦夫さん」と呼ばせて頂きますが、最初にお会いしたのは政治家として筋の通った活動をされていた頃でした。小選挙区制の導入に反対し、彼が会長を務めていた「公共事業チェック議員の会」でも行動を共にしました。その頃から風格のあるリーダとして、また頼りになる兄貴分として私たちは敦夫さんの後を付いて行っていました。

その敦夫さんが「ライフワーク」として自ら書き下ろした朗読劇「線量計が鳴る」の全国公演を通して、またまた大ブレーク中です。

福山に続けて広島では別院での公演がありました。会場には200人ほどの熱心なファンが詰め掛けました。

 

             

Photo

               

 

朗読劇の内容紹介は、簡潔で分り易い「中村敦夫公式ページ」からお借りしてきました。

形式

一幕四場の出演者一人による朗読劇。
元・原発技師だった老人の独白が展開されます。
二場と三場の間に十五分間の休憩。
それを入れて、計二時間弱の公演です。
背景にスクリーンがあり、劇中の重要なワードなどが、
映写されます。他の舞台装置は不要。

物語

一場 
原発の町で生れ育ち、原発で働き、そして原発事故で
すべてを失った主人公のパーソナル・ヒストリー(個人史)

二場
原発が作られ、日本に入ってきた事情。
原発の仕組み。福島事故の実態。

三場 
主人公のチエルノブイリ視察体験。
被曝による医学上の諸問題と現実。
放射線医学界の謎。

四場
原発を動かしている本当の理由。
利権に群がる原子力ムラの相関図。

私たち200人ほどを釘付けにした2時間を報告できるだけの筆力がありませんので、とにかく機会を作って公演を御覧下さい、とお勧めします。スケジュールは、公式ホームページに掲載されています。

でも、ほんのチョッピリでも雰囲気をお伝えしたいので、最後の方の言葉を御紹介しましょう。

原発を推進する考え方は「オウム原発真理教」と捉えると分り易い。その表の教義は「核燃料サイクル」。永遠にタダでエネルギーを作り続けることができるというマジックの信奉だ。そして裏の教義は「ボッタクリ」、それを操っているのは「原子力ムラ」「原発マフィア」あるいは「六角マフィア」だ。

人間味あふれる2時間でもあったのですが、それは劇中、福島県須賀川市の有機農業者の死に言及されていることが象徴的に示しています。この方は、3月に開かれたひろしま・ふくしまを結ぶワンコインシンポジウムのゲスト、樽川和也さんがお話し下さった御父上のことだろうと思いましたが、改めて、日本という国家の権力がこのように理不尽な結果を数えきれないほど生んでいることに怒りを覚えました。

私の隣で熱心にメモを取っていた女性は、一言一言に頷き、「そうそう」と相槌を打ち、「そうだったんだ」と発見の喜びを表していました。

敦夫さんは最後に短い挨拶をしてくれましたが、今年中に24回の公演があり、新聞記者に何回続けるのか聞かれて「100回」と答えたと決意を述べてくれました。舞台から去る敦夫さんに一声、「ありがとう」と客席の男性から力強い感謝の言葉が発せられましたが、それは会場にいた全員の気持でもありました。

 

Photo_2

熊本県合志市議会議員 神田公司さん撮影 (次の写真も)

 

楽屋に御挨拶に伺いましたが、3年掛けて書き下ろした脚本が上手く動き出したのは、東北弁で喋ることに決めた時であることや、現在の日本の政治について憂慮していること、何とかしたいという思いを若い世代の人たちと共有することで、新たな道が開けるのではないか等、私たちの世代を代表してまだまだ活躍して頂けそうな感触を得て、今後の新展開にさらなる期待をしつつ辞去しました。

 

Photo_3

  

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年9月 2日 (土)

同級生たちの水彩画展に行ってきました ――絵心のある人たちを羨ましく思います――

同級生たちの水彩画展に行ってきました

――絵心のある人たちを羨ましく思います――

 

八月の初めに高校の同級生から、水彩画の展示会の案内を貰いました。このところ、同窓会にも出られない時が多かったので、久し振りに久闊を叙する積りで足を運びました。

 

会の名前は「日本橋粋彩会」で、同級生を中心に14人のメンバーが、高校の5年先輩をお師匠さんとして3年前に始めた水彩画のグループだとのことでした。

 

「女性のメンバーはお喋りが楽しいらしく、絵筆が動いているのは30分くらい。その後は、先生も一緒にディナータイム」とは男性メンバーのコメントですが、如何にも楽しそうな会の様子が頭に浮びます。

 

京橋の会場には、50点ほどの作品が展示されていましたが、静物や風景、孫や人物等、何年も会っていなかった同級生の人生の一コマそして息遣いが伝わってきました。そんな表現のできる友人たちを羨ましく思いながら、ゆっくり会場を巡りましたが、水彩画の素晴らしさを皆さんにもお伝えしたくなり、何回かに分けて、同級生たちの作品を御紹介したいと思います。

 

最初に、招待状を送ってくれた安田芳子さんの作品です。高校生としてアメリカ留学をするときに、彼女のお父上に推薦状を書いて頂きました。今日の私があるのはそのお陰です。未だに感謝してもし切れません。

一言お断りさせて頂きたいのは、写真が正確には長方形ではないことです。天井の照明が画面に反射しないように角度を調整したからなのですが、原画の雰囲気が損なわれていないことを祈っています。

 

               

1_20170901_22_22_55

             

河童橋

 

 

 

2_20170901_22_23_51

妹 誕生

 

 

3_20170901_22_24_22

碌山美術館

(安曇野)

 

 

TBSテレビ木曜日のプレバトでも水彩画の美しさ、素晴らしさを勉強していますが、こうして直に、しかも友人たちの作品に触れられる幸せは掛け替えのないものです。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

家族全員「才能なし」です。
本当に羨ましいかぎりです。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

絵についての才能はなくても、一人一人、また別の才能を持っているのが人間の素晴らしさだと思います。

2017年9月 1日 (金)

またまた凄い方々にお会いしました ――80代のお二人に比べると「40, 50 は鼻たれ小僧」かもしれません――


またまた凄い方々にお会いしました

――80代のお二人に比べると「40, 50 は鼻たれ小僧」かもしれません――

 

「四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」は渋沢栄一の言葉だと言われていますが、ここには「八十」が抜けています。夏の終りにお会いした80代半ばのお二人の姿からは、「円熟」という言葉が頭に浮びました。

 

三月末に、「凄い人にお会いしてきました」そしてその続編と、二回にわたって報告させて頂きましたが、今回はそのTさんの幼馴染のNさんにもお会いすることができました。NさんはTさんの一つ年上の男性ですが、今も子ども時代の呼び方が残っています。それがとても良い感じでしたので、以下、Tさんを「ユキコさん」、そしてNさんを「タダさん」と呼ばせて頂きます。

ユキコさんは84歳そしてタダさんは88歳ですが、お二人とも健康で健啖家、20歳は若く見えます。そして、これまでにもCDを出したことのあるタダさんの歌声は、声量も声の美しさもプロ並みの素晴らしさでした。

 

勿論、お二人とも政治には関心が深く、知識も豊富で、テレビで良く見掛ける評論家やコメンテーター等、足元にも寄れないような鋭い弁舌で私たち「若い」世代を魅了してくれました。そのお二人について、さらに知って頂きたいことが沢山あるのですが、ユキコさんの、これまたプロ並みのお料理に舌鼓を打ちながら、私とユキコさんやタダさんとをつなぐ糸のようなものも見えましたので、まずはその報告です。

 

             

20170831_22_14_18

               

タダさんとのツーショット

 

 

①タダさんも私もカラオケ大好き人間であること。

 

②タダさんは、私の小学校の先輩であること。

 

➂ユキコさんの妹さんと私は小学校の同級生で比較的近くに住んでいたので、ユキコさんの家の筋向いに住んでいたタダさんとも「御近所」と言っても良いくらいのところに住んでいたこと。

 

④漢字二字で、私の名前が「○×」だとすると、タダさんの名前は「×○」であること。

 

実は、仕事の関係で、タダさんとは20年位前には何度かお会いしているのですが、個人的な話をする時間はなく、今回はユキコさんとの御縁で再会して、こんなに不思議なつながりがあったのだと感激している次第です。

 

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年8月11日 (金)

竹林の八賢 ――恒例の「広島を語る会」で盛り上がりました――

竹林の八賢

――恒例の「広島を語る会」で盛り上がりました――

 

ここ数年、86日の夜に旧知の木原省治さんの肝煎りで数人が集まり、広島の来し方行く末を論じる会が開かれてきました。半世紀以上広島・長崎や原水禁運動に関わって来た人たちだけでなく若い人も参加していますが、それでも全員50歳以上。世俗を超えた談論風発を毎回楽しんで来ましたので、「竹林の七賢」の集いとはこんな感じだったのではないかとさえ考えていたのですが、今回集った八人に敬意を表して、「八賢」と「自称」します。

 

             

Photo

               

台湾のウィキペディアから

 

そのメンバーについては、回を改めて御紹介したいと思いますが、今回は「八賢」からの問題提起をいくつかお伝えしたいと思います。高齢の方からは「膝を打って」同感!の声が上がるかも知れません。若い世代からは、「また最近の若者は---」が始まったと聞こえるかも知れません。いずれにせよ、私たちの世代の思いを書き留め表現することで、「ヒロシマの心」の一端が伝われば幸いです。「親の意見と茄子(なすび)の花は千に一つの無駄もない」という諺もありますし。

 

以下、その夜の一コマをお伝えしますが、あくまで私がメモも取らずに聞き理解したことが元になっていますので、正確さについては問題があるかもしれません。それに私も少々は酩酊していましたので、御本人から異論が出る可能性もあります。その際には、訂正をさせて頂く積りです。

 

(A) 新聞記者歴は半世紀を超えるI元記者が最近感じたことは、新聞記者そして新聞社の言語能力が落ちていること。彼がかつて仕事をしていたA新聞の記事で、「地方議会が召集された」と表記されていたことにショックを受け、新聞社に電話をしようとさえ思ったとのことでした。御存知の方は多いと思いますが、議会を「招集」する場合と「召集」する場合があります。「召集」は天皇が「招集」する場合にだけ使われる漢字です。

 

このような誤りの責任は記事を書いた記者本人だけにあるのではなく、最近は多くの新聞社で校正係がなくなっていることもその理由の一つだそうですし、新聞そのものの存続も危ぶまれている昨今、仕方のないことなのかもしれません。同時に、政治家の言語能力を問題にしなくてはならない現実を前に、もっと影響力を持って貰いたい紙媒体がその力を発揮するためには、一点一画も疎かにはできないことも事実です。

 

(B) 「八賢」の中の数人はマスコミの仕事をしていた人たちですし、その他の方々もマスコミとは切っても切れない縁で結ばれていました。今でもその縁は続いていますので、マスコミに対する期待は大きく、またそれが故に批判も厳しくなっているのかも知れませんが、人類史的に大きな意味を持つ「核兵器禁止条約」の報道についても、私たちの感じたことも共通していました。

 

(C) I元記者は、国会図書館まで足を運び、全国で発行されている日刊紙全ての報道をチェックしたそうなのですが、その結果、いろいろなことに気付きました。その一つが、「核兵器禁止条約」の成立に至るまでの経緯についての報道が、表面的なことでした。今の時点で見える現象的な説明に止まって、世界そして日本の平和運動・市民運動がどのような役割を果してきたのかについての記述がほとんどないことです。

 

(D) 実は私もこの点については同感で、第二分科会でこの点についても触れています。

 

 (E) その一つとして、「hibakusha」という表現が国際的に使われたのは、今回が初めてであるかのような誤解を生み兼ねない書き振りになっていることを指摘されました。これは、第二分科会でもフロアから発言されていますし、このブログでも以前、取り上げたことがあります。

 

(F) 長期にわたり活躍を続けてきたフォトジャーナリストのT氏からは、その場にいた私たちの思いをまとめる発言もありました。それはI元記者のように、半世紀以上ジャーナリストそして運動家として活躍してきた実績を持ち、今でも現役の記者魂を持って活動している先輩たちの持つ知識、そして世界や平和運動を見る枠組みや方法論を是非、若い世代のジャーナリストに引き継いで貰いたい、ということでした。

 

(G) それは、I元記者だけに限られることではなく、実はT氏についても当てはまることですし、「八賢」のその他の方についても言えることですので、このブログで不十分ではあっても、何人かの方のこれまでの活躍の一端をお伝えできたらという結論になりました。続きをお楽しみに。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

  

広島ブログ
広島ブログ

2017年7月25日 (火)

東京での発見 ――「横丁」を曲ると「つぶし餡」の「到来物」がある――

 

東京での発見

――「横丁」を曲ると「つぶし餡」の「到来物」がある――

 

最近、上京することが多い家人なのですが、子どもたちの下宿の掃除などもこなしながら、いろいろ楽しい時間を過しているようです。楽しみの一つは、広島や関西とは違う言葉や仕種を発見することらしく、それを聞くことで、東京生れの私にとっては別の意味で勉強になっています。発見するのは、主に高齢の女性の言葉が多いというのも面白いのですが、最初に御紹介したいのは、飯田橋のあるお店の店番をしていたおばあさんの言葉です。

 

道順を聞かれたらしいのですが、その答えが、「その先の横丁を曲るとすぐだよ」だったのだそうです。なめくじ横丁とか法善寺横丁、それから加藤周一作詞・中田喜直作曲の「さくら横ちょう」といった「横丁」は知っていても、歩いている道を曲って小さな路地に入る、という行動としての「横丁」、「横丁を曲る」とが結び付いていなかったようです。

 

これが関東と西日本との違いなのか、家人だけの感覚なのかは分りませんが、興味深い指摘でした。

 

横道に逸れて、私の注釈を点けさせて頂きたいのですが、「横丁」は「横町」とも書きます。元々は「横町」だったようなのですが、「町」の略字「丁」の方が簡単なので多用されてきたのかもしれません。ちなみに、藤島恒夫さんが歌ってヒットした『月の法善寺横町』は、「町」が正しい曲名です。また、加藤周一さんの詩『さくら横ちょう』について、加藤さんは著書『羊の歌』の中で、「横町」と書いています。

 

二番目は「つぶし餡」です。新宿の近くのお店でこれもおばあさんが「うちのはつぶし餡だから美味しいよ」と言っているのを聞いて、「粒あん」は知っているけれど「つぶし餡」て「粒あん」のこと(?)、と疑問を持ったようです。これも地域的な差ではなく、粒の状態が残っているのが粒あんで、皮は残っていても小豆が潰れている物をつぶし餡と呼ぶだけなのかもしれませんが、家人にとっては新鮮な響きだったようです。

 

そして「到来物」。お中元で頂いたお菓子をお茶請けとしてお客様に出すときに、「到来物ですが、お口に合いますでしょうか」という風に使います。これも広島や関西では聞いたことがなかったようです。

 

といったような話をしながら、今日の暑さを吹き飛ばすために、「到来物」のビールで乾杯です。

 

             

20170724_22_20_12

               

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

2017年6月24日 (土)

自転車のハンドル・グリップ交換 ――原始的な方法が気に入っています――

 

自転車のハンドル・グリップ交換

――原始的な方法が気に入っています――

 

自転車の鍵は何とか開けられるようになりましたが、次はハンドルのグリップでした。長い間使わなかったこと、そしてとにかく時間の経っていたことが原因だと思いますが、グリップが粘々になってしまっていました。まずは、使い物にならないグリップをカッターで切ってハンドルから外しました。

 

               

20170622_15_26_02

             

 

グリップのないハンドルはちょっと寂しい感じもしますし、剝き出しの金属を直接目にすると構造の簡単さが際立ちます。

 

20170622_15_26_43

 

この部分に新しいグリップを取り付けるのですが、最初は手で押し込むという原始的な方法です。少しでも滑りを良くするように、グリップの内側は水で濡らします。油だと、取り付けてからも滑ってグリップが外れてしまうので、水なのです。

 

でも、どう力を入れても、半分くらいしか入りません。ではどうするのかと言うと、最後はハンマーで叩くのです。ここも原始的ですが、少し長目かなと思ったグリップもきちんとハンドルに収まりました。

 

20170622_15_28_01

 

 

20170622_16_03_54

右側のグリップも新しくなりました

 

ようやく、乗る準備が完了したハンドル部分です。ウォーキングでは鍛えることのできない筋肉を、坂道を上ることで鍛えられればと思っています。

 

20170622_16_04_43

  

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年4月13日 (木)

違和感のある日本語 ――「やんちゃ」と「いじる」――



違和感のある日本語

――「やんちゃ」と「いじる」――

 

気になり始めたのは、ここ数年のような気がしますが、このところ「やんちゃ」の使われ方が大きく変ってしまいました。

 

昔は――と言い始めるのは老化現象の典型なのですが、敢えて使います――「やんちゃ」というのは、「子供のわがまま勝手なこと。だだをこねたりいたずらをしてりすること」(広辞苑 第六版)ですし、大辞林の第三版には、「子供が活発で大人の言うことをきかないこと。いたずらやわがままをすること。また、そのさま。また、そのような人をもいう。」という定義が載せられていて、例としては 「やんちゃをする」 「やんちゃな子」 「やんちゃ坊主」 「やんちゃ盛り」が挙げられています。

 

「良い子」と比べて、奨励されているのではなくても、先ず犯罪性はありませんし、「困った子だよ」というレベルの親のため息があっても、特に周りの人に飛んでもない迷惑を掛けるまでは行かない、男の子の性質を表していたような気がします。

              

007

           

「いじめ」?「やんちゃ」?

 

「お茶目な女の子」という表現もありました。その「お茶目」より少しは飛び出していることは

認めるとして、「やんちゃ坊主」に対して「お茶目な女の子」という対照ができるというくらいのレベルだったのではないでしょうか。

 

062

「やんちゃ」の域を超えている?

 

 

しかし、最近での使われ方では、昔は「やんちゃ」だったと言えば、昔は不良少年だった、ぐれていた、犯罪行為に手を染めた、といったレベルのかなり問題のある行動をしていたことを示しているようです。

 

この線引きを曖昧にすることで、例えば「いじめ」も「やんちゃ」な行為なのだから許される、というニュアンスで許容されてしまう傾向さえあるような気がしているのですが、これは、不正確でしょうか。

 

それに関連して、「いじる」という言葉が大手を振って市民権を得てしまったようです。この言葉の語源にはいろいろな説があるようですが、落語の世界の「客いじり」という表現が元で、「いじる」が「いじめる」の代りに使われるようになったと考えている人たちもいるようです。

 

私は、単純に「いじめる」の「め」を抜いて隠語的に使われていた言葉が、これまた線引きの曖昧さとテレビの好い加減さとの相乗効果で、無害化されてしまった結果なのではないかと思っています。

 

この両方に共通しているのは、人格の否定や無視といった犯罪性のある行為や言葉が、新しい曖昧な言葉に置き換えらることで、こうした卑劣な言動に対する批判が「無粋」なこととでもいうようなラベルを張られ、益々広まることなのですが、正にそのような傾向が顕著になっているように思えます。私が心配症で、単なる「老の繰り言」であるのならまだ良いのですが。

 

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

「やんちゃ」い関しては、子供から少年、大人になっていても
子供のレベルの善悪の曖昧さで悪いことをしてしまう、少年
大人に対して使う場合「ワル」の意味が加わっているのでは
ないかと思っています。

「いじる」に関しては、「=いじめる」の意味で使うのはマスコミ
だけではと思っています。普通は(私はかな)「おちょくる」って
意味でしか使いませんから。しかし、マスコミが使ってはいけま
せんよね。正しい言葉になって行ってしまいます。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。世代的な違いかもしれませんし、関東、関西の違いもあるのかもしれませんが、私の中では「やんちゃ」は、小学生くらいまで、せいぜい中学の低学年までで、それより上のそれなりに善悪や、自他の差が分る人に対しては使わない言葉なのです。

それがまずあるので、「不良少年」や「ぐれる」の代りの「やんちゃ」には違和感があるのだと思います。

2017年3月29日 (水)

凄い人にお会いしてきました その2 ――何十年も続く運動を構築したTさんをお手本にしよう――


凄い人にお会いしてきました その2

――何十年も続く運動を構築したTさんをお手本にしよう――

 

「雑草グループ」は、活動形態を変えて続いているようですが、「雑草グループ」の活動の様子をA3の用紙4ページにまとめた記録にも圧倒されました。

 

                   

20170329_0_29_25

         

 

そして現在進行形の活動も「凄い」のです。何十年も素晴らしい運動を続けて来られたエネルギーには完全に脱帽です。誰にでもできることではないかもしれませんが、それを実行してきた人がいるのですから、Tさんをお手本にして私たちも頑張る上での目標にしたいと思います。

 

まず、Tさんの特技である洋裁を26歳の時から教え始め、それが今でも続いていることです。それは洋裁もさることながら、お喋りが楽しくて続けている人がほとんどだということらしいのです。「少し年取ってきたからそろそろ止めようか」とTさんが言ったところ、「止められたらお喋りを楽しめるところがなくなる」「ここがなくなったら鬱になる」という声が続出し、その結果、現在でも間続いているという約60年の記録になっています。Tさんが、多くのお弟子さんの中にある「The Better Angels of Our Nature」を引き出せる良きリーダーだということを示すエピソードです。

 

1995年の阪神淡路大震災の時には、地域での助け合いが如何に大切なのかに気付き、そのために「つたの会」を立ち上げ、近隣の48軒が集まって今でも防災訓練などを続けているそうです。

 

YWCAでは、1960年代から日本の大学や大学院で勉強する留学生のための「里親制度」を作って留学生支援をしてきたそうなのですが、それが関西にはないから作れないかと相談を受け、1970年から大阪のYWCAでもその制度を作り、それから45年間「里親」として活躍、世界に親戚ができたそうです。最近、Tさんの家で、これまで留学生としてお世話をした人たちが集まって「同窓会」を開いたときの写真を見せて貰いましたが、テーブルの上に並んでいる料理は一流ホテルのパーティーのように豪華なものでした。それも全部Tさんの手作りだとのこと。「今度はあなたたちに御馳走するから、大阪までいらっしゃい」とお誘いまで頂きました。

 

そんな活動をしている内に、日本がどんどん右傾化していることに黙っていられなくなり、平和運動にも関わり始めました。

 

例えば、昨年1115日には、「戦争法違憲訴訟」で戦争体験を陳述しています。京都と兵庫での男性一名ずつの陳述に互してのTさんの陳述は裁判官5名、国の弁護士10名、Tさんたちの弁護士3名、役員7人、傍聴者約70人の前でのものでした。

 

そのすぐ後、1120日には、沖縄の「高江の森が泣いている」のDVDを借りて、42人が参加する上映会を開催、そこでTさんが仲間と一緒に辺野古の座り込みに参加した時の模様も報告したそうです。

 

某新聞の報道が、事実を曲げ市民の立場を無視していたときには、自分でも抗議の手紙を出すだけではなく、30枚ものハガキを買い、表には新聞社の住所と名前、担当者と編集局長の名前を書き、友人には、何が問題なのかを説明して、それぞれの名前で、抗議の手紙を出して貰うこともしたそうです。


まさにマイケル・ムーア監督の推奨する「トランプをやっつけるための10のアクション・プラン」の日本版です。

 

広島に来られる前に頂いた手紙にはTさんの熱い思いが綴られていました。「私は命を一番大切に思っております。(中略) 秘密保護法案、憲法9条改悪、集団的自衛権、原発、PTTと次々に強行採決する異状、福島の放射能も止められず大雨が降ると垂れ流し、被災者5万人は今も仮設住宅、それなのに稼働を進めて行く首相、議員の無神経さは全く理解できません」

 

平和公園の桜を楽しみに来て頂いたのに、桜の開花はまだでした。でもTさんのお話で、私たちの心の中では桜の花が満開でした。卒業式ワンコイン・シンポジウムでは40代の「若者」に背中を押され、今回は84歳の先輩に手を曳かれるような感じで、強力なエネルギーを貰うことができました。

 

その翌日には東京に飛んで、「京の昼寝」どころか「京の勉強」振りを堪能しました。問題は、頭に浮かんだアイデアを全て実行するには時間が足りない、ということです。でも一つずつ片付けて行きたいと思っています。

 

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31