若者

2017年12月 4日 (月)

安陪9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名 ――福屋前で署名をお願いしました――


安陪9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名

――福屋前で署名をお願いしました――

 

これまで、毎月19日に、街頭に立って安倍政権の戦争政策を阻止するための行動を行ってきました。2015919日に、政府・与党が強行採決を行うことで、日本を戦争国家にするための「戦争法」を形の上では成立させた日を記憶し、その「法律」を破棄するための世論を創るためでした。

 

               

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しかし、1022日の総選挙で自民・公明が圧倒的多数を占めることになり、改憲への動きがさらに急になってきたことに対応するため、憲法記念日が53日であることから、毎月「3日」に改憲を阻止するための行動を行うことになりました。

 

昨日123日は、その第一回目で、福屋前と、本通りの青山前の二班に分かれて、市民の皆さんに署名を呼び掛けました。

 

 

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安陪総理が憲法9条に自衛隊の存在を書き込みたいと言ったのは、今年2017年の憲法記念日でした。その理由は「災害時の救援活動で頑張る自衛隊が憲法違反では気の毒」であり、「今でも自衛隊は存在しているのだから、それを憲法に明記しても何も変らない」です。

 

でもこんな甘言に騙されてしまうと、臍を噛むのは私たちの子どもや孫の世代です。

 

憲法に書き込まれる自衛隊は、災害救援で頑張る自衛隊ではなく、戦争を主たる任務にする自衛隊です。米軍と一体になって世界のどこへでも出かけて戦争をする自衛隊です。それを憲法が認めるということなのです。

 

そして、憲法に明記しても変らないのであれば、書き込む必要はないであろう自衛隊を何故書き込みたいのかというと、法律の世界では、「後からできた新しい法律は古い法律より優先される」という原則があるのです。つまり、米軍と一緒になって戦争をする自衛隊がまず優先して認められて、それに矛盾しなければ、戦争の放棄や戦力を持たないという9条の古い条文が認められる、ということです。でもそれはないですね。戦争をする自衛隊を認めてしまえば、それと矛盾する戦争放棄や戦力の不保持は認められないということになるのですから。

 

簡単に言ってしまえば、安倍9条を認めれば、日本は北朝鮮やアメリカ、韓国や中国やロシア等の「戦争国家」と同じ種類の国家になってしまうということです。そしてそれらの国々が、核軍拡競争の舞台で競い合っていることは皆さん御存知の通りです。

 

子どもたち孫たちが戦場に駆り出され、人を殺したり殺されたりするに任務に就かなくても良いように、あるいは戦場で食べ物がなく飢え死にしなくても済むように、今、戦争国家への道を選んではいけない、憲法9条を変えてはいけない、という署名に御協力ください。また、このメッセージを様々な手段に一人でも多くの人に伝えて下さい。

 

日曜日ということもあって、またお天気にも恵まれ、福屋前は多くの人で賑わっていました。子ども連れのお父さんやお母さん、恒例の御夫婦などの姿が目立ちました。署名運動に参加してくれた皆さんの中にも子ども連れの方もいましたし、何時もより多くの方々に協力して貰えました。全部で54人です。そして、頂いた署名は110筆ほどでした。全国での目標3000万に向けた一歩ですが、私たちの声に耳を傾けて下さった方々の数はいつもより多かったような気がしましたし、頷いて賛意を示してくれている人も多かったように思います。少しではありますが、危機感は共有されている、と感じた一時でした。

 

 

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なお、2018年の13日は、お休みです。23日から来年の「3の日」行動は始まります。

 

 

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コメント

わたしは青山前に参加しました。途中、広告のポケットティッシュを配っている女性から仲間がポケットティッシュを受け取ると、その女性もこちらのチラシも欲しいと言ってくださいました。良いエールの交換になりました。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。エールの交換、良かったですね。

署名をして貰いながら意見交換をするようなシーンも見られました。安陪9条改憲の「胡散臭さ」が、じわーっと広がっているような感じです。

2017年11月22日 (水)

修学旅行 (日光) ――二日遅れですが、「同じお題で書きましょう」――


修学旅行 (日光)

――二日遅れですが、「同じお題で書きましょう」――

 

小・中・高と修学旅行には楽しい思い出がたくさんありますが、きちんと記録として残っているのが、小学校の5年と6年の修学旅行です。5年生は鎌倉・江之島、そして6年生になると日光というのが当時の定番でした。

 

修学旅行の後には、そのまとめを作文や絵として提出することになっていたのですが、私は「楽しかったことをおとなになっても思いだせるように」という「崇高な」目的のために、「旅行記」を作りました。

 

随分力を入れて作ったものですので、それから〇〇年、大切に取っておきました。今読み返してみて、改めて「楽しかったこと」を懐かしく「思い出して」います。旅行記の表紙もかなりの出来です。

 

                 

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そして「はしがき」には、525日と26日に日光に行ったこと、また修学旅行の二日間をぼんやり過してしまってはいけないことも、先生に言われた通りに守って色々調べるという決意も述べられていて、「真面目さ」の片鱗が窺えます。

 

 

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コピー機などなかった時代ですので、自分で書いた日光の地図を最初に綴じ込んであります。

 

 

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全部で、141ページの大作ですが、一ページは、200字の原稿用紙ですので、全部で2万字以上になります。父のカメラで撮った写真も添えてありますので、このブログの原型はこんなところにあるのかもしれません。

 

 

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糊がはがれていますので、近い内に修理しなくてはいけません

 

修学旅行と直接関係はありませんが、小学校6年の時に、母と一緒にマリリン・モンロー主演の「ナイアガラ」を観ていたことが分ります。

 

もう一つ、有り難かったのは、修学旅行中の同級生たちとの会話や、どんなことをして遊んだかがかなり詳しく記録されていることでした。先生方がどんな話をしてくれたのかも、そして何度も叱られていることなど、旅行記を書くときに苦労した思い出があるだけに、でも書き残しておいて良かったと、今、一人感慨に耽っています。

 

大切に取ってはあっても、何かの切っ掛けがないとなかなかページを繰るまでには行きません。「旅行記」を開く良い機会を作って下さった⑦パパに、大感謝です。

 

 

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コメント

先生、すごいですね。小学6年生で原稿用紙141枚がかけたことに
ただただ驚愕、信じられない秀才ですよね。文章も今の私より上手いw

まさに、栴檀は双葉より...。ですね。
にしても、お母さまが小6のお子に『ナイアガラ』とは、大胆な。
負けました。
私も小4あたりから母に連れられて(ま、ダシですね)、でしたが、
恋愛もの解禁?1は小6→『サヨナラ』や『晩鐘』(墺)を
見たあとの昂揚感は忘れられません。
長じては喜劇が一番、となりましたけど。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。自分でも良く頑張ったと思います。そして、俳句の名人から褒められて光栄です。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。「ナイアガラ」は、字幕でしたしサスペンス映画だったので内容は良く分りませんでした。でも良い映画だと、楽しめるのは勿論ですが、そこから結構いろいろなことを勉強しているものですね。「何度も見た映画」を紹介するシリーズも面白いかもしれません。

2017年11月19日 (日)

アルティメット 2017 U-23 地区選抜対抗戦 ――@京都府宇治市 京都府立山城総合運動公園――


アルティメット 2017 U-23 地区選抜対抗戦

――@京都府宇治市 京都府立山城総合運動公園――

 

アルティメットの全国大会、「2017 U-23 地区選抜対抗戦」が宇治市の山城総合運動公園で、今週の土日に開かれています。

 

アルティメットという競技については、以前簡単な説明をしましたが、一口で言ってしまえば、フリスビーを使ったラグビー、あるいはフットボールのような感じです。残念ながら地上波でもBSでも中継はされませんが、その代り「Fresh! by Abema TV 」が、今回の対抗戦の主だった試合を生中継してくれています。

 

雨の土曜日、朝の10時からは関東選抜軍と九州・沖縄選抜軍のミックス戦が行われました。ミックス戦とは、男性と女性のプレーヤーの混合チームの試合ですが、1チーム7人の内、女性は3人か4人いなくてはなりません。

 

時間は1時間ですが、前半のゲームはシーソー・ゲームで、どちらかが一点取るともう一方が一点返す、という場面が続き、スコアは55、その後、関東が6点目を入れてから風が変り、最終的には115で関東が勝ちました。

 

                 

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雨模様のお天気でしたので、ディスク (「フリスビー」は特定の会社の製品名であるため、「ディスク」と呼ばれます。) をキャッチした後、足が滑って背中で何メートルかグラウンド上を滑る光景が何度か繰り返されました。

 

前半のゲームで特に目に付いたのは、九州・沖縄チームの4人でした。鹿児島大学の、川原選手、藤井選手、小川選手、それに琉球大学の松岡選手の剛腕でディスクを回して、最後の川原⇒藤井で得点するというパターンで5得点という素晴らしい結果を残しました。後半は、疲れが出たせいでしょうか、関東勢に押されることになりました。

 

勝った関東選抜チームも同じようにスター選手が何人か活躍しましたが、その中でも、4ゴールをした国学院大学の松下選手や村松選手と荒川選手の慶応ペアもスターとしての役割を果しました。加えて、国際基督教大学の永澤選手と小田選手 (女性選手) の見事なプレーにも花がありました。中継のレポートをしていた日本フライング・ディスク協会副会長の本田雅一さんは国際基督教大学の先生をしていますので、やはり自分の大学の学生が見事な活躍をしている姿に嬉しさを隠せないようでした。それ以上にどのチームにも公平な、「育てる」という立場からのコメントをし続ける本田先生は見事です。愚息も、クォーターバックを務めて、一点アシスト (シュートとも呼ばれるようです。このアシストからゴール内にいる選手にディスクが送られて、一点ということになります) しました。

 

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ゴール後のタイムアウト

 

親馬鹿丸出しの報告で申し訳ないのですが、本田さんは、「中高6年吹奏楽をしていたそうです」と紹介して下さっただけでなく、一年生なので「これから成長するでしょう」ともコメントしてくれました。

 

今日、日曜日もまた二試合ありますので、手に汗を握ることになりそうです。

 

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2017年11月14日 (火)

AFS同期生との楽しい一時 ――いつの間にか、皆「ラディカル」になっていました――


AFS同期生との楽しい一時

――いつの間にか、皆「ラディカル」になっていました――

 

60年近くも前、今は横浜の山下埠頭に係留されている氷川丸で一緒に留学した仲間の何人かが集まって話をする楽しさは言葉にできません。誰かが一言喋り出すと、瞬時に全員がその内容を理解してしまう、といった感じで会話が弾みます。勿論、それぞれの分野での「専門家」として知られている人たちばかりですので、初めて聞くことも多く専門的な知見も披露されるのですが、でも話の筋は感覚的に分ってしまうのです。

 

             

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私たちを留学させてくれたのはAFSと呼ばれる団体です。私との関わりは、「目標リスト その3の中で説明していますが、再度簡単にまとめておきます。

高校生留学を一番昔から推進してきた団体なのですが、その団体のそもそもの発端は1914年の第一次世界大戦です。当時パリに住んでいたアメリカの青年たちが、戦場で救急車のボランティア運転手を務めたことから始まったのです。その後も活動は続きましたが、第二次世界大戦が終った時点でAFSは大きな方針転換をしました。戦争が始まってからのボランティア活動も大事だが、戦争が起らないようにするためのボランティア活動をしようということになったのです。その結果が高校生の交換留学推進です。

 

つまり、AFSという団体の目的には、国際理解や外国語の習得も含まれますが、大目標は世界平和ですし、その実現のためのリーダーの育成です。目標達成のために、大学生の留学ではなく高校生の交換留学を進めた最大の理由は、一年間、とは言え夏休みの間を除いて10か月間、ホスト・ファミリーの家族の一員として生活をし地域の高校に通うことにありました。そのことで、大学生になってからの留学なら、例えば寮に「隔離」され、周辺の地域ともしばしば利害関係が対立するという環境に置かれます。しかし、高校留学の場合には実際にその地域に住んで、日曜日には教会にも行き、その他の地域行事にも参加することで、普通の市民の「生活」を体験することになります。

 

 

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卒業した高校のYEARBOOKから

 

そして、その生活が、10か月続くことも大切です。「家族」としてそれだけ長い間一緒に過ごすのですから、一月なら何とか我慢できたるようなことでも、どこかで「衝突」するようなことにもなります。喧嘩も起ります。それを、「平和裡」に解決して家族としての関係を維持する経験を通して、本当の「異文化体験」が身に着くことになります。もう少し抽象的に言えば、多様性の内面化です。

 

ほぼ60年前にそんな経験をした私たちは、その10か月が人生を変えるような大きな贈り物だったような気がしています。ですから当然、若い世代の皆さんにも同じ体験をして貰いたいと考え、今も続いているAFSの活動を様々な形でサポートしてきました。

 

でも最近では、その活動にも大きな変化が見られるようになりました。留学したいと考える若者の数が減ってきていることに象徴されるのですが、「内向き志向」や「コスト」、そして「生きがい」についての考え方が変ってきていることなどが原因です。

 

学校も高校生自身も、「海外に留学して進学が一年遅れるより、早く良い大学に入る」という選択をするケースが増えていますし、留学費用がかなりの負担になることから、それを大学での学費に充てた方が良いと考える人も増えているようです。また、ホスト・ファミリーを引き受けることで生じる経済的その他の負担と、留学生との10か月という時間の意味とを比較衡量して、ホスト・ファミリーを希望する家庭が減ってきていることも問題です。

 

ではどうすれば良いのか、私たち同期生の間で、熱い議論をすることができました。いくつかの具体案も生まれましたので、すぐ実行して行きますが、成果が見える段階でまた報告させて頂きます。

 

その他、現在のわが国の政治、特に改憲の動きにどう対応すべきなのか、若い世代に私たちの世代の経験やそれに基づいた教訓をどう伝えて行けば良いのか等についても、突っ込んだやり取りができました。

 

それにしても、一つ一つの発言は、「根源的」という意味での「ラディカル」さ、そして、必ずしも世間の波には流されないという意味での「ラディカル」さに満ちていました。それは、私たちに残された時間が少なくなっていることにも関係があるのですが、「いやいや、まだまだ私たちでも役立つことが沢山ある」という結論にまとめることができました。

 

 

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コメント

アメリカへの留学→アメリカの理解→アメリカのフアンになる
という方程式は、
アメリカを日本といいかえても、中国、北朝鮮といいかえてもなりたつのではないでしょうか。。
相互理解は平和への道といえるようです。

「留学」様

コメント有り難う御座いました。

「交換」留学は、基本的には双方向での留学制度です。御指摘の通り、海外で生活することから「平和」を築くという考え方です。もっと多くの若者が参加してくれると良いのですが---。

2017年11月13日 (月)

慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 ――第142回定期演奏会に「ブラボー」――


慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団

――第142回定期演奏会に「ブラボー」――

 

1111日東京芸術劇場で開かれた、通称ワグネルの第142回定期演奏会を堪能してきました。昨年とは違った魅力を見付けたり、一人一人の団員の一生といった視点から演奏を聴けたことなど、自己流ではあってもワグネルを通しての合唱と音楽への理解がチョッピリ膨らんだような気がしています。

 

                 

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コンサート開始前の大ホール

 

まず、プログラムですが、前半は日本の詩人3人の詞に合唱のための曲が付けられた形の作品でした。これで、3つのステージ。そして後半、最後のステージはオーケストラと共にワーグナーの『タンホイザー』からの抜粋です。

 

 

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会場で渡されたプログラムには、ステージ毎に、団員の手になる分り易いかつ専門的な解説が掲載されています。ということは曲、詞、そして演奏についての立体的なイントロだということですので、実はそれをお読み頂きたいのですが、少しでも雰囲気をお伝えするために、私にとって印象に残った曲二つ三つを取り上げたいと思います。

 

1ステージの高野喜久雄作詞、高田三郎作曲の『ひたすらな道』の歌詞は、とても幾何学的な雰囲気を持っていると思ったのですが、高野が数学教諭でもあることを知って納得が行きました。例えば、I.「姫」ですが、「池」という入り口を通して、こちら側とあちら側との間とに通路があり、その通路は無限の彼方でつながっているというイメージで考えると、池に投げ込んだ石が私の中に没する比喩も分るような気がします。そして、曲にもそんな幾何学的なフレーズがあるように聞こえたのですが、どうでしょうか。常任指揮者の佐藤正浩、ピアノ伴奏の前田勝則、ヴォイス・トレーナーの小貫岩夫の日頃からの指導力を最初から実感することができました。

 

2ステージの『吹雪の街を』の最後の曲、VI. 『吹雪の街を』は、男声合唱の美しさと優しさ、切なさが「歩いて来たよ 吹雪の街を。」というレフレーンを軸として胸に響いてくる曲ですし詞なのですが、平田亮学生指揮者が、旭川の出身ではなく、例えば沖縄やハワイの出身だったらこんな風には聞こえなかったのではないかと、思わず考えてしまいました。それほど冬と雪、吹雪と19歳の乙女とが一体になった曲に仕上がっていました。

 

3ステージ、『Enfance finie~過ぎ去りし少年時代』は、私の好きな詩人三好達治の詩に木下牧子が男声合唱曲の組曲として作曲したものですが、ここでもしっかり伝わってきたのは客演指揮者・清水敬一の技量でありパッションでした。それは、三好が振り返る過去が、今ここにいる若き団員たちの過去、そしてこれからの未来にいくばくかの時を過した後に振り返る過去をも重ねつつ、人の生きる道程を音として聞かせたくれたからなのではないでしょうか。

 

そして第4ステージのタンホイザーは文句なく楽しませて貰いました。ソプラノの小川里美、バリトンの谷口伸の素晴らしさは言うまでもないのですが、オーケストラがワグネル・ソサィエティー・OBオーケストラ、賛助出演が慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・OB合唱団と慶應義塾志木高等学校ワグネル・ソサィエティー男声合唱団という豪華編成で、常任指揮者の佐藤正浩の下、現役のワグネリアンたちの日頃の練習の成果が遺憾なく発揮されました。

 

現役の合唱団が約70名であるのに、OB合唱団の参加者は200人にもなり、また高校生も交じっての、老・壮・青の多世代の合唱には感動するばかりでした。

 

最近は子どもたちの部活を中心に吹奏楽を聴くことが多かったのですが、改めて合唱の意味も、世代を超えての多層性を目の前にして、新たな視点が加わりました。それは、私が「歌詞」と「曲」の2項対立では、「歌詞」派であること、そして今回の演奏会の「歌詞」にこれまで以上の親近感を持ったこととも関係があります。さらに昨年の演奏会では、多言語を跨いでの歌詞を記憶して暗譜した上での演奏だったことも思い起こしながらの感慨でもあります。

 

自分の子どもが団員だからなのですが、「ワグネルの団員たちは何て幸せなのだろうか」というつぶやきが出発点なのですが、美しい歌詞を覚え、それに付けられた心を揺さぶる曲とともに歌うことは、「歌詞」つまり「詩」の心を内面化することに他なりません。若い時代にこのような機会を与えられることで、その後の人生はどれほど豊かになるのかを考えると、その答が、背後で歌っていたOB団員たちそのものなのです。

 

こうして現在から未来へのベクトルが豊かになるのと同時に、ある時点から過去を振り返ることで、これまで辿った道の豊かさにもそれが重なり、同時に非可逆的な時の過酷さもあの世とこの世との境界の曖昧さにも思いが至るのですが、しかし、これまでの人類の来し方からの教訓は、それでも希望はあるということになるような気がします。

 

そんなことさえ考えながら帰途に就いた池袋には、少し季節を先取りした木枯しが吹いていました。

 

 

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終演後のエスカレーターから

 

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コメント

あのダークダックスもワグネルソサエティのOBですよね。
ワグネルソサエティの実力はプロれべるだといわれていますが、
それだけ練習も凄まじいのではないでしょうか。
早稲田にはグリークラブがありますが、
友人はほとんど授業に出てきませんでした。
頑張ってください。

「ゲン」様

コメント有り難う御座いました。

今回の独唱者、バリトンの谷口伸三もワグネル出身です。確かに練習は大変なようですが、大学でも部活を通して良い友達のできることは素晴らしいと思います。

2017年11月 6日 (月)

選挙権を賢明に行使するには ――マスコミの役割は大切です――


選挙権を賢明に行使するには

――マスコミの役割は大切です――

 

 

                             

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昨日の続きです。

 

安古市高校の生徒さんたちの質問は素晴らしかったのに、十分には答えられなかったことも補足しての「回答」です。

 

質問をしたのは3年生でした。

 

18歳になったので投票はしたけれど、日常の生活の中で詳しく政治について知ることも考えることもないまま、曖昧な態度で投票をしてしまった。でも、政治について詳しく知っている人と同じ一票だということに違和感を持っている。それをどう考えたら良いのか、また次の機会にはより良い投票をするのにどうしたら良いのだろうか。

 

講演後、船津校長先生から伺ったのは、3年生は選挙についてグループに分かれてディスカッションをするなど、しっかりと勉強をしていたということでした。政治について詳しく知っている人、あるいは真面目に考えている人は、恐らく少数だと思いますが、安古市高校の3年生は、その少数の中に入っていると言って良いのではないかと思いました。

 

にもかかわらず、こんなに謙虚に自分の立場を見詰めて考えられること自体素晴らしいと思いますし、一票の価値についての疑問は民主主義の基本であるのと同時に、「多様性」の意味そのものへの問い掛けでもあるのです。

 

私が十分に答えられなかったと反省している点は、まず、この3年生が「自分なりにしっかり勉強して投票したこと自体、素晴らしい」ときちんと言って上げられなかったことです。そしてもう一つは、仮に、政治のついての知識が十分にないということが本当だとして、それでも投票することには大きな意味があるという点です。全ての人が日常レベルで政治に関心を持ちしかもある程度の時間を使って勉強した上で投票することになればそれは素晴らしいのですが、現実的にはそれほどのことは望めないと思います。

 

しかし、少数派の、政治に詳しい人だけが投票することによって政治が良くなるとは考えられません。関心を持ちつつも十分には分らない、しかし漠然とした思いだけはあるのが普通でしょう。そんな人々がもっと多く投票することで、つまり投票率が高くなることで、いわば「無意識」の内に、あるいは「意識下」に感じている社会に対する思いが、「多様な」結果として現れることが期待できるからです。

 

この視点からは、投票を義務化する、つまり、投票に行かない人には罰金を科する制度さえ必要だと主張しても良さそうです。ブラジルやオーストラリアでは義務制が取られていますので、これらの国の先例からも学びつつ、検討しても良いのではないかと思います。

 

しかし、ここまで述べたことで質問に対して十分に答えたことにはならないのです。私が受け止めた質問の内容は、ある程度の関心があり真面目に取り組んでも、日常的な情報だけでは自信を持って投票できないという現実です。

 

高校生は学校で勉強できますし、先生の質問することも日常的にできるのですが、それ以上に、そして社会人の場合、最大の情報源はマスコミです。そのマスコミの情報が不十分だという点が問題なのではないか、というのが私の率直な感想でした。その点については再度取り上げたいと思っています。

 

それを補完できるのがネット情報ですが、それも玉石混交です。しかし、出発点としてお勧めなのが、早稲田大学の水島朝穂教授のホームページです。特にその中の「直言」は必読です。

 

こうしたネット情報を出発点に、日常的な「自分のためのネットワーク」を作ることで、効率的な勉強を続けるのも一つの可能性です。

 

最後に、生徒代表からお礼の言葉がありました。講演の中で、「都市の特徴として、多様性を生かすために、市民がお互いの違いに寛容で、上手く折り合って生活していることが重要」だという点に注目したこと、そしてこれは都市だけに限った話ではなく、学校の中でも同級生たちとの間で、自分から積極的に発言するのと同時に、相手の言葉にも耳を傾け、それを自分の考え方に取り入れることでより豊かな内容にできると思った、という感想を述べてくれました。

 

このような問や感想を貰ったことで、スピーカー冥利に尽きる、という感慨を覚えましたし、改めて若い世代への期待に胸膨らんだ午後になりました。

 

 

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日本人には昔から性善説があって、人間は生まれながらにして皆善人であるは
最近の事件事故を見ていると当てはまらないのではないか。選挙についても考え
方の修正が必要ではないか。多様性や数の論理と言った言葉が卒業の時期に
来ているといいたい。前回のメールでも書きましたが、欧州の選挙は各政党が
独自の主張(中には極右や極左という怖い政党もある)を展開し、フリーハンドで
戦って民意の結果により一つの政党が過半数を取れなければ連立を模索すると
いった制度です。国民からは解り易いので投票率の上昇は期待出来ます!

「鯉の応援団」様

コメント有り難う御座いました。

自民・公明与党の「数の論理」を振りかざして、何の議論もせず、丁寧に説明すると口では言いながら議会も開かずに解散するようなことは「卒業」すべきだと思いますが、これは性善説ではなく、弱い者いじめの範疇に入るのではないでしょうか。

「多様性」については、LGBTについての理解もようやく広がり始まったばかりですし、多様性の出発点であるはずの女性の地位についても、世界経済フォーラムによる2017年「ジェンダー・ギャップ指数」において、日本は調査対象144カ国のうち、114位と前年より3つ順位を落とし、過去最低でした。これで「卒業」はないでしょう。まだ真剣な努力さえ始まっていない、としか考えられません。

2017年11月 5日 (日)

「多様性」を中心に選挙制度を考える ――今の制度では民意が反映されていないと8割の人が考えています――


「多様性」を中心に選挙制度を考える

――今の制度では民意が反映されていないと8割の人が考えています――

 

昨日の続きです。「多様性」を確保するという視点から政治を考えて見ることが、今の時代を生きる上での基本になって欲しいという思いです。

 

                 

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多様性を最大限に保障する政治制度は、全員参加制度です。100人の集団で、100人すべてが最終決定に関われば、最も多様な意見が反映されることになるからです。その対極にあるのはその中の「一人」による独裁制であることも分って貰えると思います。

 

しかし、国という大きな単位で、常に全員参加の決定を行うのは難しいので、選挙で代表を決めることになります。そのためには、何らかの基準を設けて選挙制度を整備する必要がありますが、何のために選挙を行うのかの再確認から始めるべきだと思います。

 

「政治改革」の名の下に導入された小選挙区比例代表並立制というシステムを推進した人たちは、「政権交代のできる制度」こそ最優先されるべきだと主張しました。そのためには、民意の忠実な反映、特に多様性を確保することは二の次三の次という価値観をあからさまに表明して、マスコミもこぞってその考え方を支持しました。こんな暴論で事が進んだ背景にあったマスコミの驕り、そして一部の学者の知的不誠実さを忘れてはなりません。

 

もし政権交代をすること自体が、多様性以上に尊重されるべきであるのなら、選挙など行わずにジャンケンで決めることにした方がお金もかからず、確率的には半々で権力が変りますので、その方が良いという議論さえ可能です。

 

しかし、政権交代を実現するために選挙制度のデザインをすることは本末転倒です。元々の母集団でも大切だった「多様性」が選挙の結果にも保障されることが本則でなくてはなりません。つまり、選挙の本来の目的とは「多様性」の確保であり、それこそ最優先されるべきなのです。そして母集団と同じように、その多様性を生かすためには寛容さがなくてはなりません。力の強い側が、力を恃みにして弱者を押し除けてはいけないのです。つまり、話し合いと創造的な折り合いを付けることが基本です。

 

そのための選挙制度としては、少数派の意見も投票結果に反映される比例代表制度が当然の選択です。実は、この点を理解するためには、その正反対のことが起きればどうなるのかを考えて見ることが役に立ちます。

 

極端なケースとして独裁制を考えると、そこで否定されている最大の要素は「多様性」だと言って良いでしょう。もう一つ、独裁制の下では、独裁者が全てを決めることになるので、当然、時間は掛りません。時間の有効活用等、時間を持ち出して話し合いを拒否する、あるいは話し合いの時間を短くすることは、独裁制につながる道であることもしっかり確認しておく必要があります。

 

もう一つ、多くの政治家や政党が「自らの身を切っての改革」といった旗印の下、推進しようとしている「議員数削減」も、「多様性」の視点から考えると決して陥ってはいけない落とし穴です。

 

数学ではしばしば、物事の本質を理解するために、「極端な」ケースを想定して、つまり「思考実験」として物事を考えることが有効です。議員削減の極端なケースとは、議員数を極限まで減らして一人にしてしまうことです。それは、独裁制ですので、「議員削減」が何を目指しているのかはこのことだけからも明らかでしょう。

 

しかも、多くの場合、「身を切る」あるいは「身を切られる」のは、少数派、あるいは弱者の代表で、議員数削減に賛成する人たちは、削られることはなく身分は安泰である場合がほとんどです。「身を切る」改革とは結局、弱者を排除し切り捨てるための口実として使われていることが分ります。

 

最後に二つのグラフを御覧下さい。最初は内閣府が2014年に行った世論調査で、今の政策に民意が反映されているかどうかを聞いています。大雑把に総括すると、8割ほどの人は「反映されていない」と考えています。そして残りの2割くらいが「反映されている」という意見ですが、小選挙区比例代表並立制が導入された1994年くらいから急激に乖離が進んだことは記憶しておくべきでしょう。

 

 

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そして民意が反映されないのは、小選挙区制が原因です。5割に満たない得票率で、8割もの議席を占有する結果に多くの有権者が不満を持っているということなのですが、得票率と議席占有率の大きな乖離もグラフとして見ておきましょう。

 

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安古市高校の生徒さんたちの質問は次回に回さざるを得なくなりましたが、質問は素晴らしかったのに、十分には答えられなかったことも補足しての「回答」を、次回アップします。

 

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コメント

多様性は別の見方をすれば解りにくいと言う事も出来ます。投票率の
低さもこの辺が原因ではないでしょうか。私は欧州の選挙制度の方が
良い様に思う。各政党が旗の色を鮮明に出しフリーハンドで選挙戦を
行い、民意の結果によって一つの政党が過半数を取れなければ初めて
連立を模索するという事です。国民には解り易い選挙といえます!

「鯉の応援団」様

コメント有り難う御座いました。

ここで言及されているのはフランスの過半数当選式小選挙区制のことでしょうか。それとも国会における総理大臣の指名についてなのでしょうか。

後者だとすると、例えばドイツでも日本でも下院における投票で過半数を得た人が指名され、日本の場合は参議院との関係はありますが、過半数を得た人がいない場合は決選投票になります。ここで、「連立」の可能性が出てきますが、基本的にドイツと日本の間で制度的な違いはないと考えた方が良いように思います。

前者だとすると、ドイツは小選挙区当選優先拘束名簿式比例代表制で、フランスとは違います。基本的には比例代表で、小選挙の当選者が多いと「超過議席」が与えられるという仕組みです。

政党色を出して選挙を行っている政党は、日本にもあります。「フリーハンド」で選挙という意味が私には良く分りません。

わたしは、市民連合が「多様性重視」のこういう方向の議論を提起し、各野党の統一綱領として提案していくことが大事だと思っており、すでに内部的に提起しています。各野党が変に合併せずに、それぞれの良さを活かしたほうが、野党全体のパイも伸びるでしょう(参院一人区と衆院小選挙区では次回一回限りの棲み分けは仕方がないですが)。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

野党全体として推進できる共通の指針を一つか二つ明確に示せれば、政治の状況はかなり変ってくると思います。そのためには「多様性」のように少し抽象的でも、これからの社会の本質をハッキリ召している概念が大切だと思います。

市民連合、頑張って下さい。

2017年11月 4日 (土)

明治維新の原動力は藩の多様性 ――安古市高校での講演から――


明治維新の原動力は藩の多様性

――安古市高校での講演から――

 

多様性が大きな力になった例として、司馬遼太郎は「明治維新」を挙げています。

 

                   

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つまり、明治維新の原動力になったのは、当時300ほどあった藩の多様性だということなのです。今の時代では、人口で考えると、都市といっても良いと思いますが、各藩にそれぞれ特色のあったことは時代劇などにも反映されています。その中で注文すべきなのが、教育制度だというのが司馬の指摘です。(文春文庫『この国のかたち 一』「14 江戸期の多様さ」参照)

 

例えば、大隈重信の出身地、佐賀藩では、

 

 

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 67歳で藩校に入校、25, 6歳で卒業。

 「不出来のため学齢に即した段階に進めない者に対しては役人にしないばかりか、家禄の10分の8を削った」

 

西郷隆盛を輩出した薩摩藩では、それと対照的な教育をしていたようです。

 

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 「意識的に学問を軽んじた」

 藩士の教育など、初等ていど。学問をすると、理屈っぽくなり峻烈果敢な士風が鈍磨する、考えられていた

 その代り、若衆宿である「郷中(ごじゅう)」を組織し、「郷中頭」が若者を統御・訓練する制度を作っていた

 

このような教育の結果、藩のリーダーたる人材が特定され、政治や経済の方針を決めたのですが、そのリーダー、今で言えば官僚でしょうが、の登用の仕方が長州藩では一風変っていました。長州藩の出身者で有名なのは伊藤博文ですが、彼はこの制度によって武士になりました。

 

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長州藩で、藩士士分に取り立てて貰う方法

 「ハグクミ」では家士が誰かを扶養し、弟分とみなすだけで武士

 家士が「手附き」つまり家来だと届けることで、藩士として扱われる

 のちの伊藤博文は、こうして藩士として扱われることになった

 

多様性が現在の世界にどう生きているのかは、フロリダ教授の研究成果を引用して説明しましたが、続いて、政治を考える際、特に選挙のあるべき姿をデザインする上でも最優先されなくてはならないことを、歴史的な事例も含めて説明しました。

 

一人一票という選挙の大原則は、人権という立場からとても大切なのですが、それを含めて、「多様性」という立場から見直すことも重要です。

 

多様性を最大限に保障する政治制度は、全員参加制度です。100人の集団で、100人すべてが最終決定に関われば、最も多様な意見が反映されることになるからです。その対極にあるのはその中の「一人」による独裁制であることも分って貰えると思います。

 

しかし、国という大きな単位で、常に全員参加の決定を行うのは難しいので、選挙で代表を決めることになります。そのためには、何らかの基準を設けて選挙制度を整備する必要がありますが、何のために選挙を行うのかの再確認から始めるべきだと思います。そこで、多様性を生かすことを優先する制度が登場します。

 

随分長くなりましたので、選挙制度については次回に回します。

 

最後に、司馬遼太郎の代表作の一つ『坂の上の雲』について、今年の初めに総理大臣談話を分析した一環として取り上げています。多くの司馬ファンの考え方とは違っていますが、こちらも参考のためにお読み頂ければと思います。

 

 

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2017年11月 3日 (金)

安古市高校での講演 ――生徒さんたちも先生方も素晴らしい高校です――


安古市高校での講演

――生徒さんたちも先生方も素晴らしい高校です――

 

112日、安古市高校同窓会主催の文化講演会で講師を務めました。体育館で生徒の皆さんに約一時間話をしてその後、質疑の時間には核心を突いた質問があり感心しましたし、最後に謝辞を述べてくれた生徒代表の女生徒がしっかりと講演の中身を理解してくれていたことで、話が伝わったという実感を持つことができました。

 

生徒の皆さんは床に座って聞いてくれたのですが、暖かい日でしたので苦痛ではなかったと思います。その約1時間20分の間、先生方の多くは立ったまま聞いて下さいました。そのことにも感激ました。以下の写真は、同窓会の広報担当の方から頂きました。プロの写真はさすが違います。

 

                 

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立って聞いて下さった先生方はこの写真には写っていません。(右側の壁の後方)

 

講演のタイトルは「21世紀をになう皆さんに、私たちの世代から」、副題は「多様性と寛容さ」です。内容はこれまでこのブログで何回か取り上げてきた事ばかりなのですが、簡単にお浚いをしておきます。

 

最初は「孟母三遷は正しい」ことを再確認して、高校生が自分たち同士で「同化」したいという強い傾向のあることを再認識して貰いました。

 

 孟母三遷は正しい。

 ジュディス・ハリス著「子育ての大誤解」がそれを学問的に実証。

 例 親子で米国に移住すると、親は英語が喋れない、でも子どもはペラペラという場合が多い。

 それは、子どもの環境に順応する能力が高いから?

 毎日視ているテレビの英語を身に付けるのではなく、一緒に学び遊んでいる子供たちの英語が身に付くことから、周りの子どもたちに同化する能力が高いことが分る。

 これは、家庭の教育によって子どもの非行を止めさせるのはかなり難しいことにもつながる。

 

これほど、「同化」する傾向があるにもかかわらず、一人一人の違いが如何に大きいのかを「平均は存在しない」事実を目の前で見て貰い体感して貰いました。これは、以前のブログで取り上げていますので再度お読み頂ければ幸いです。

その「実験」のために、事前に船津校長先生から頂いていた、学年そして男女別の平均値の内、高校二年生の男子の身長、体重、握力を使いました。

 

2年男子(127名) 

身長   169.3cm

体重  57.5kg

握力  41.99kg

 

まず、二年生の男子127名に手を挙げて貰いました。その中で、身長が169センチから170センチの間の人に今度は立って貰いました。前にブログで取り上げたアメリカ空軍のケースでは、30パーセントの幅を付けてありましたが、今回は数が少ないので、一センチ幅にしました。

 

驚いたことに、この段階で残った人は10名ほどでした。その中で、体重が57キロから58キロの間の人には立ち続けて貰ったのですが、この範囲に入った人はゼロでした。つまり、平均的な身長と体重を持つ2年生男子はいなかったのです。

 

個人のレベルで多様性のあることは、身長や体重を通して分って貰ったとして、社会・政治・歴史において、この多様性がどのような役割を果して来たのかを、司馬遼太郎さんの鋭い観察を紹介することで具体的に理解して貰いました。それは、「明治維新の原動力は、藩の多様性にあった」ということです。この点はとても面白い内容ですので、次回にまとめて御紹介します。

 

では現代社会で多様性がどう生きているのでしょうか。これについては、トロント大学教授のリチャード・フロリダ氏の明快かつ感動的な研究結果があります。

 

 世界の経済は都市、そして広域都市圏が引っ張っている

 都市の経済的活力は、都市の多様性に由来する

 多様性を生かすために、市民がお互いの違いに寛容で、上手く折り合って生活していることが重要


その寛容さを測るための分り易い指標を見付けたこともフロリダ教授の業績です。

 

 寛容性を簡単に示している指標で一番信頼できるのは「ゲイ・レスビアン指標」(または、「LGBT指標」)

 「芸術家」の割合を示す「ボヘミアン指標」や「人種指標」も相関関係は高い。

 アメリカの都市で、この指標の高いのは、例えば、シリコンバレー (サンフランシスコ)、オースチン、あるいはボストンである。

 

これら三都市は、経済的にはシリコンバレーのようにアップルがあったり、長い間アメリカの科学・技術の中心地としての役割を果し最近ではバイオテクノロジーで注目されているボストン、そして世界最大のコンピュータ製造会社デルの本拠地だったオースチンと、それぞれゆるぎない地位を誇っています。

 

LGBT」指標の方については、サンフランシスコは、少数派の権利を守るために、アメリカの都市の中でも突出した役割を長い間、果してきていることで知られています。ボストンがあるマサチューセッツ州は、アメリカの中でも同性間の結婚を合法化した最初の州として知られています。保守的なテキサス州の州都であるオースチンは、デルの本社があることで、若い世代の人々が大量に移住した結果、リベラルな街に変貌したのです。

 

 

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左から時計回りにサンフランシスコ、ボストン、オースチン

 

たった一時間しか話さなかったのですが、こうしてまとめて見ると、ものすごいボリュームの話をしていました。となると高校生に理解するのは難しかったのかもしれないと反省しています。しかし、伝わったことも多かったはずですので、それも含めて次回も続きます。

 

 

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コメント

孟母三遷という言葉、半分は呆れられながら、言われたことが何度かあります。
それが正しかったかは別として、
子どもたちが多様性と寛容さを身につけるためには
多くの人たちと交わっていかなければなりません。
その機会が今の日本の学校ではとても難しいと感じました。
貴重な講演だったと思います。私もお聞きしたかったです。

”種まく人” ですね。
中学・高校時代に見た映画→どうってことない映画でも心揺さぶられた。
よいお話はその比ではありません。ラッキーな高校生たち。
ド田舎は中1の時→社会の先生(最年少で兵隊にとられたらしい)が
「もらった憲法なので(特に9条)変えねばという勢力があるが、
もらったものでも、いいものはいいのだ」と。
以来、護憲・非武装派に。
今日の朝日《改憲の足音 公布71年》
赤坂真理さんの、...もらった..という言葉、なつかしい。
ピーター・バラカンさんも、もちろん拍手もの。

『私にとっての憲法』で保阪正康氏が、
...いってみれば非軍事憲法...と。
この呼び名のほうがラジカルでよろし。もっと広まれ。
の前に、文化の日を明治の日などとさせてはならぬ、こちらも止めねば。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

多様性の大切さが比較的簡単に分るのは、外国に留学したり、留学生を受け入れたりすることだと思いますが、少し頑張れば、受け入れの方は何とかなるような気がします。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

中学や高校の時、随分有名な人が学校まで来てくれて話をしてくれたことは覚えているのですが、内容の方となると---。ということから、何か一言だけで良いので覚えていてもらえるような魅力的な「単語」を使うよう心掛けています。

憲法の条文では9条も大切ですが、私は憲法の遵守義務を規定した99条の重要性を強調したいと思っています。

2017年11月 1日 (水)

立憲民主党候補者意見交換会 ――これからの活動が楽しみです――


立憲民主党候補者意見交換会

――これからの活動が楽しみです――

 

1030日の昼、東京のホテルで立憲民主党から立候補した約20人と党の幹部の皆さんとの意見交換会がありました。103日に結党後、まだ一月も経っていない党ですし、10日公示、22日投票の選挙があったため、その日はようやく党本部ができそこへの引っ越しの日でした。その本部も手狭で、議員全員が集まるだけのスペースさえないとのことでした。

 

意見交換会はまず枝野代表の挨拶から始まりました。

 

             

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結党から日の浅い政党だが、今回の選挙で78人が立候補、そのうち55人が当選した。当落という結果は巡り合わせだと考えられるが、候補の一人一人が違った状況の中、それぞれの選挙戦を繰り広げることになった。実に多様な人材が多様な戦いを展開してくれた。結果はどうであれ、今後も胸を張ってそれぞれの地域で活動していって欲しい。私からは皆さんに感謝の言葉を差し上げたい。

 

今後の党運営についても、皆さんと相談しながら、前回の民主の票より多い1000万を超えた比例票を投じて下さった皆さんにまたメディア報道に反映されているような大きな期待に応えたい。

 

そして、会の最後には、街頭での演説その他の演説の際、主語は「私」つまり「I」を使うこと。「私たち」「We」ではなく、ここにいる私という一人の人間が信念を持って皆さん一人一人に責任を持つ意思を明確にすること、また私という人間が責任を持って皆さんの代表として活動する決意も伝えることができる、という実践的かつ政治家としての基本姿勢についてのアドバイスもありました。

 

福山幹事長の挨拶は、枝野代表による労いの言葉に続けて、立憲民主党結党の最初のメンバーとして共に闘った同志としてこれからも一緒に頑張って行こう、という呼び掛けでした。

 

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内容は多岐にわたり、党運営や今後、候補者一人一人がどのような立場で関わるにしても役立つ、事務的な手続き等まで包含したものでした。当然お金の話もありましたし、地方組織の今後について、党員サポーターや後援会等についての党本部の方針等も示され、頭の整理になり実務的にも納得できる内容でした。

 

この日、参加した候補者の皆さんは、何方も感動的な一分間スピーチをなさったのですが、全部は載せ切れません。その中の一人、神奈川二区で、菅義偉官房長官の対抗馬として立候補した高橋野枝さんの小気味良い言葉から全体像を想像して下さい。

 

神奈川二区、須賀官房長官の選挙区から立候補しました。その結果は、菅官房長官に対して次点です。

 

私の名前「野枝」は伊藤野枝にあやかって付けられたそうです。しかも、「枝野」をひっくり返すと「野枝」になることからも、全国から応援を貰いました。

 

12日間街頭に立ちました。その間、いくつかの数値目標を立てたのですが、全部クリアーできました。私の三段跳びの計画は、今回はデビュー戦、次回は比例で復活当選、そして三回目には小選挙区で勝つことです。

 

当日の参加者の中で私は最高齢だったと思いますが、若い世代の政治家がしっかり育っている様子を目にし、次の目標に向かって決意を表明する姿に感動し、大きな期待を持つことができました。

 

 

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コメント

立候補した以上は当選して欲しかったですね。
日が経つにつれ、悔しさがこみ上げてきました。

「ゲン」様

コメント有り難う御座いました。

最初から、比例名簿の最後に名を連ね、小選挙区での重複立候補ではありませんので、あくまで、名簿上位の若い候補たちを押し上げることが目的でした。その役割は果せたと思いますが、十分にその意図が伝わらず、御迷惑をお掛けしてしまいました。申し訳ありません。

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