若者

2018年2月20日 (火)

中村屋の「カリー」  ――同じお題で書きましょう――


中村屋の「カリー」 

――同じお題で書きましょう――

 

最近では、「中村屋のカリー」との御縁が薄くなっています。それでも、レトルト・パウチの10袋セットは定番になっています。

 

                 

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そして、こちらの2種類入りも愛用しています。

 

 

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中村屋に親しみを感じているのは、箱の文字「新宿 中村屋」に秘密があるのかもしれません。学生時代によく食べに行ったのがこの店なのです。

 

その頃、多くの時間を取られたのは、勉強以外にバイトとボランティア活動です。両方とも共通点があって、バイトとして楽しくコスパも良かったのが、通訳や外国人観光客のガイドでしたし、ボランティア活動は、海外留学と海外からの留学生のお世話をする国際組織AFS日本協会の仕事が中心でした。アメリカ留学から帰って大学生になった仲間たちとはこの両方の場面でしばしば一緒になりました。

 

その中にはICUの学生がかなりいたので、落ち合う場所が新宿というのは合理的でした。お昼を挟んでの打ち合わせをするとなると、「中村屋でカレーにしようか」 (正確に「カリー」と言っていたかどうかまでは覚えていません) という安直な結論に落ち着くことも多くありました。

 

あるとき、高校の後輩でICU生のA子さんと一緒に中村屋で昼を食べたことがあります。私はいつものカレーを注文しましたが、彼女が何を注文したのは覚えていません。でもカレーではなかったと思います。

 

それは、食事の途中に突然、彼女から「あなたのカレー一口貰っても良い」と言われたからです。一瞬、「ドキッ」としましたが、それはこんなことを言われたのが初めてで吃驚したからですし、男同士ならまだしも女性からという意外さも大きかったように思います。もちろん「どうぞ」と言いましたが、それから特に何かが起きた訳でもありません。

 

でも大人になってから、いつの日か自然な流れで、この時の話になったらその言葉の意味が分るかもしれないとも思ってはいたのですが、佳人薄命という言葉通り、才色兼備のA子さんは惜しまれつつ若くして永久の旅に出てしまいました。

 

中村屋の「カリー」のほろ苦さにはこの記憶が少しは混じっているのかもしれません。

 

 

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コメント

参加ありがとうございます。
映画が出来そうな青春ストーリーですね。

カレーはないのですが、誰のものでも平気で「ちょっとどんな味?」
と人の飲み物を「一口飲む」女性にビックリしたことがあります。

カレーをひとくち...
まったく無邪気だったか、まったく安全な人と思われたか。
半々でせう。

バッグとパック...
パック詰め、濁音嫌い。たしかに。
それに後者には、鼻濁音の衰退・劣勢もあるような。
東北の出としては鼻濁音はお手のもの。
『おらおらでひとりいぐも』で鼻濁音が再認知!?され喜ばしい。
おらおらなんなぐ読めだも 。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

映画になるとしたら、主演女優は誰になるのかななどと考えて悦に入っています。

「されど映画」様

人畜無害ということなのだと思いますが、健康的であることは認識して貰えていたのだと思います。

西日本の人たちにとっては鼻濁音は難しいようなので、それが原因なのかもしれません。

2018年2月17日 (土)

ソフトバンクのスーパーフライデー  ――吉野家の牛丼度が無料でした――


ソフトバンクのスーパーフライデー


――吉野家の牛丼度が無料でした――

 

噂には聞いていましたが、ソフトバンクユーザーには、吉野家の牛丼がタダになるのです。先週の金曜日、29日の朝10時から夜の10時まで、吉野家の牛丼がタダで食べられるというクーポンを受け取りました。今週16日のクーポンも届きましたが、これは先週の報告です。

 

               

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夕食にはちょっと早かったのですが、この後の原水禁学校に元気で出席するため、吉野屋に寄りました。

 

 

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時間が時間だったので、「持ち帰り」のラインは超混雑していました。皆さんクーポンを利用しています。私は、カウンターに座って、牛丼の並を注文。お新香とみそ汁も追加しました。

 

 

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久し振りの吉野家の牛丼、美味しかったですし満腹しました。

 

でもこんな出血サービスをして、ソフトバンクも吉野家も採算が取れるのでしょうか。恐らく大丈夫だと思います。「持ち帰り」の注文をしていた人たちは、クーポン+アルファが多かったようでした。5人家族なら、一人分あるいは二人分くらいはクーポンを使っても、残りはその場で支払うのですし、普段は吉野家に来ない人が足を運んでいるとすると、かなりのプラスになるはずです。

 

そして、話題性がありますので、マスコミも取り上げ、吉野家の大ファンとまではとても言えない私まで、こうして吉野家のPRをしているのですから、全国的にはかなりのPR量になるはずです。

 

沢山の人がハッピーになって、しかも仕掛けた側の利益にもなる、こんな企画がもっと増えると良いですね。

 

 

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2018年1月17日 (水)

勉強するジャーナリストは輝いている ――過去と未来をつなぐ力を実感しました――


勉強するジャーナリストは輝いている

――過去と未来をつなぐ力を実感しました――

 

20178月に開かれた原水禁の世界大会の分科会で、私がかねてから尊敬している元朝日新聞記者の岩垂弘氏が、核兵器禁止条約についてフロアから発言してくれました。この条約が7月に採択された歴史的背景と平和運動の役割についての言葉にも重みがありましたが、この条約についての評価を知るために国会図書館に足を運んで、全国各地で発効されている日刊紙全てに目を通したことにもさらりと触れられました。

 

もう40年近くにもなる付き合いですが、現役を退いた後も、このような努力を続けられていることに敬服すると同時に、大きな感動に包まれました。私は、日頃からマスコミに対しては厳しい批判を続けていますが、それは、若い世代のマスコミ人たちにも、岩垂さんのような偉大なジャーナリスト、さらにはかつて「原爆記者」と呼ばれた多くの広島のジャーナリストたちと同じレベルでの仕事をして欲しいという期待を持っているからです。

 

批判をしながらも、若いジャーナリストたちの中で優れた仕事をしている人たちの頑張りには声援を送ってきましたが、今日は久し振りに、「勉強振り」では先輩たちにも引けは取らないだろうと思える若手のジャーナリストに取材を受けました。仮に、「Aさん」と呼んでおきましょう。

 

 

 

               

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東京から取材に来てくれたAさんとは、プリンスホテルでお会いしました。良い天気で海が綺麗でした。

 

 

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取材の目的や具体的質問については昨年の内にメールで、詳しく丁寧に書かれたものを受け取っていました。それに返信する形で、関連する未公開の資料等もお送りしておきました。

 

送ったものを読んで貰えるだろうとの期待はありましたが、それだけではありませんでした。テーマに関連する拙著もすべて読んでいてくれただけではなく、国会図書館で私の書いた関連論文を調べ、その中でも関連の深いものを読み込んだ上での質問が続いたのです。中には私が忘れていたインタビュー記事もあり、またテーマを語る上では必須のデータをエクセル等の図表、リストとしてしかも見易く色分けして作ってきてくれていましたので、より鮮明に記憶を辿ることができました。

 

Aさんは、岩垂さんや私たちの世代と比べるとはるかに若い世代に属しますが、国会図書館の有効活用という点では、ジャーナリスト魂、研究者魂をしっかり受け継いでくれているようでした。そして、私が記憶の糸を紡ぎながら話している最中、話の腰は折らずに、テーマとは関連のない事柄についてもメモを取り続け、タイミングを見て自分の質問を発してくれました。とてもリラックスして話せましたので、記憶の再生にも役立ちました。そして恐らく「ここは使える」と考えたであろう箇所については、私の記憶だけではなく、それをサポートする「物証」を確かめるというジャーナリストの基本も踏まえてのやり取りでした。

 

特にテレビが問題ですが、最近はあまりにも政府誘導型の言説が多くて、テレビもマスコミも敬遠する日々が続いていましたが、久し振りに、多くを学ぶことのできる報道が生れるであろうとの予感がしています。それは、私たちの世代が経験してきた過去を未来につなぎ、次の世代その先の世代の政治や社会が輝かしいものになる上で、大きな貢献をすることになるだろうと信じています。

 

最後にもう一つ。東京からのお土産として私の大好物である、とらやの羊羹まで頂きました。ことによると、このブログも読んでくれていたのかもしれません。

 

 

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2018年1月14日 (日)

兵庫教育大学での講義 ――今年も熱心に聞いて貰いました――


兵庫教育大学での講義

――今年も熱心に聞いて貰いました――

 

一年ぶりに兵庫教育大学の大学院で話をしました。今回も、教育現場で教員として働きながら大学院でグローバル・リーダー育成の専門家としてさらなる研鑽を積んでいる皆さんが、熱心に話を聞いてくれました。昨年は、3人の学生諸君とじっくり議論ができましたし、それに加えての一般講演もあったのですが、今年の学生は9名(うち女性7名)で、小学校の先生が5人、高校が3人、教育委員会の方が1人でした。

 

昨年と今年の大きな違いは、核兵器禁止条約ができたことです。成立の経緯や、今後の展望等も講義に加えたのですが、かなりの時間を割いて説明することになったのが、原爆という大きな悲劇を体験した日本が、何故原発に走ってしまったのかという歴史です。一人の学生からの質問に対する回答でした。

 

念のために付け加えておきたいのは、一部の論者による事実誤認と被害者非難です。つまり、「ヒロシマ」が核兵器廃絶には熱心なのに、原発については無関心だった、あるいは推進する側に回っていたのは怪しからん、という調子での論難です。機会があれば、詳しく調べた上で反論をすべきなのだとは思っていますが、それだけの時間が取れるかも問題ですので、今回は問題意識の共有だけにしておきます。

 

学生の質問から分ったのは、戦後の時代には生れていなかった人たちが勉強を続ける中で、原爆による被害からは、さらにそのかなりの部分は放射線被害であるという事実からは、原発という選択はあり得ないという因果関係を理解していること、にもかかわらず原発が推進されている現状には納得ができないと強く感じていることでした。

 

「フクシマ」後にも、原発が再稼働され政策の変更がないのはなぜかという疑問と重ねての質問だということも理解した上で、終戦直後には専門家といえども放射線についての理解には限界があったこと、被爆体験の意味を苦しみながら模索していた人たちに取っての「平和利用」という名の「夢」が大きな意味を持っていたこと等を話しました。同時に、少数のリーダーたちが警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、「原子力 ムラ」が作られて行った背景を、日米それぞれに分けて説明しました。

 

合計約3時間話をしましたが、最後の方は駆け足になってしまいました。パワーポイントを映すのは、スクリーンではなく、大型の液晶装置でしたしHD画像でしたので、細かい字も良く読めたようです。

 

               

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そして、昨年は友人との話に夢中になって気付かなかった、ハーバーランド・キャンパス前のキリンのオブジェ (頭が切れてしまいましたが――) と、キャンパスのある建物の写真も撮れました。

 

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こちらにはキリンの全体が写っています

 

「来年は、政治の世界の話をもっと聞きたい」というリクエストを貰って、神戸を後にしました。

 

 

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2018年1月12日 (金)

馬から落ちて落馬して ――重言、ら抜き言葉等を再考――


馬から落ちて落馬して

――重言、ら抜き言葉等を再考――

 

「古 (いにしえ) の昔の武士が、山の中の山中で、馬から落ちて落馬して、女の婦人に笑われて----」と続くのですが、重言、あるいは二重表現を戒める言葉として有名です。確かに、「馬から落ちて落馬して」と言えば、嘲笑され笑われても仕方がないような気がします。

 

               

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こんな馬からは落馬しないでしょうが――

 

とは言え、重言の中でも「好き好んで」等は、「誰が好き好んでこんなことをすると思っているんだ!」という調子で使う分には、市民権を得ていますし、長嶋茂雄氏が引退したときの言葉「巨人軍は永遠に不滅です」は、それ以外の言い方は考えられないほど不滅の表現として残っています。

 

これほど定着はしていない上に、かなり違和感の大きい表現に「今の現状」があります。しかし、最近政治関係の人と話をする機会があって、この「誤用」についても、違った解釈があるのかなという気がし始めています。

 

つまり「現状」というのは、誰でも共通認識として持っている「政治状況一般」という意味合いで使い、「今の現状」とは、そんな背景の下、今現在、実際に起きている生々しい政治劇を指すのだ、と解釈すると、こんな使い方にも一理あるのかなと思えたのです。

 

今までと比べると随分、寛容になってしまっているような気がしますが、それは、老化現象なのか、朱に交わって赤くなった結果なのかは良く分りません。どちらなのかを確認するため、かつては嫌悪していた「乱れた日本語」のいくつかについて、再度考え直してみたのですが、いくつかのものには存在理由があるような気がしてきました。

 

一番古いものでは、「見れる」ですが、自分では使わないものの、昔ほどの嫌悪感はなくなりました。それは、多くの人が心配した、ら抜き言葉の氾濫が思ったほどではなかったこととも関連があるのかもしれません。

 

そして、「マジ」です。「真面目に考えろ」とか「真面目な話」というように、「真面目」の省略形ですが、次のようなやり取りがあったとして、その中の「マジ」の代りになる上手い言い方があるでしょうか。

 

「退職後はハワイに住もうと思っている」

「エッマジで?

 

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「真面目にそんなこと考えているの」と言ってしまっては、「ハンタイ」のニュアンスが出過ぎていますので、重過ぎます。意外な言葉に対して、軽い驚きとともに疑問符を付ける、でも最初から反対の意思表示をしているのではない辺りのニュアンスを表すのには上手い言葉だと思います。もちろん、「マジで」を使って、同時にイントネーション等の付け方に依っては「反対」も表現することは可能でしょう。

 

「こんな乱れをお前はマジで認めるのか」と、お叱りを受けるかもしれません。この「マジ」も、「糾弾」とはちょっとニュアンスが違っていますし、「今の現状では認めても良いと思う」と答えたい気持なのですが、如何でしょうか。

 

 

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コメント

まじ卍、私も許容範囲が広がっていますw

「マジで!」は、真面目に考えている?というより、「本当に?」と、嘘じゃないよね?かなと思います。
言葉の乱れというか変遷は、若い世代からはいつの時代もですね。
それよりも民放アナウンサーの言葉遣いの酷さは気になります。
日頃にNHKラジオを聴いていると、言葉の教育の違いを感じます。

前に父親が言ったことに驚いて「嘘じゃろ〜⁈」と言うと「嘘は言わん」と言われたので、「マジで〜⁈」と言うと、「マジがわからん」と言われたことがあります。
父親には「本当⁈」と言うようにしました。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

「まじ卍」なんて、洒落ていますね。俳句のセンスとも通じている感じです。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

「マジ」の語源は「真面目」で、楽屋用語としてかなり古くから使われていたとのことですが、語源とは違う広がりを持つ言葉になって、日本語が豊かになったと言いたかったのですが--。

「和」様

コメント有り難う御座いました。

私は昔、「本当?」と言ってそれに文句を付けられたことがあります。言葉は難しいですね。

2018年1月11日 (木)

気になる日本語 ――不必要な一文字、二文字――


気になる日本語

――不必要な一文字、二文字――

 

新年はやはり年賀状から始まる、と言う人が多いのではないかと思います。その最初に目にするフレーズについて、「新年あけましておめでとうございます」は誤用だという点を、池上彰・林修の両権威を引いて一年ほど前に強調しました。

 

           

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これほどの知名人がハッキリ述べていてくれるのですから、今年は正しい用法が広まっていると思いきや、「正しい挨拶の仕方、ビジネスレターの書き方を教えます」という趣旨の複数のサイトで、例文として「新年あけましておめでとうございます」を採用しています。一例を示しておきます。

 

 

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「教える」立場なのですから、せめてこの程度の誤用を避けるくらいの勉強は必要不可欠なのではないでしょうか。

 

「不必要な二文字」から始まってしまいましたが、不必要な一文字が散見されたのは、暮に頂いた喪中はがきです。その中の一例です。

 

「○○が永眠いたしました。故人生前中にひとかたならぬご厚情を頂きましたこと厚く御礼申し上げます」

 

これも良く使われていますので、慣例としては許されているのかもしれませんが、「生前中」は「生前」のことではないでしょうか。事実、辞書の定義は「その人が生きていたとき。死ぬ前。在世中。しょうぜん。」です。それに「中」を付けると「在世中中」になってしまいます。「中」が不必要な一文字です。

 

新年会や就職活動の面会等で、若い人の自己紹介に多用される表現も気になります。「若輩者ですが、宜しくお願い申し上げます。」といった種類の言葉です。「若輩者」は一時マスコミ関係者がとにかく良く使っていたという記憶があるのですが、それはともかく、「者」は不必要な一文字です。

 

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「若輩」の「輩」の意味は、「なかま。ともがら。やから。 「同輩・先輩・後輩・年輩・軽輩・俗輩・我輩(わがはい)・余輩・弱輩・朋輩(ほうばい)・末輩(まっぱい)」」で、「若輩」の意味は、「1 年が若い者。2 未熟で経験の浅いこと。また、そのさま。自分を卑下していう語。他人に用いれば軽蔑の意になる。」なのです。

 

ネット上のビジネス用の言葉の使い方では、「2」の意味を強調しているのですが、若者が使っているのは主に「1」の意味です。となると、「年が若い者」者、と重なってしまいます。

 

さらに、「先輩」という使い方は、先輩に呼び掛けるときにも使いますし、何々さんは先輩ですとか、○○君は後輩です、という感じでも使います。つまりこれらの単語は既に「人」についての言葉なのです。「我輩」も自分のことですから、それに「者」は付けません。と考えると、「者」は不必要な一文字です。

 

言葉遣いくらいに一々文句を言うな、自分の好きな言葉を使って何が悪い、という反論もあって当然ですし、誤った使い方から言葉が豊かになった例も多くあります。ですから言葉の使い方の正誤は絶対的なものではないのですが、言葉の成り立ちを知って、先人たちの、つまり先輩の培ってきた感性を受け継ぐのも私たちの役割の一つなのではないでしょうか。そして、若者たちには、私たちの受け継いだ美しい日本語を引き継いで貰えるよう、肌理細かな指導をする必要もあるのではないでしょうか。

 

 

その「肌理細か」ですが、最近は「肌理細やか」という表現が広く使われています。これは、誤用です。「や」は不必要なのです。「肌理細か」の「肌理」とは「木目」とも書くのですが、「もくめ」のこと、つまり年輪です。「木目の細かい」に対して「木目の粗い」という言葉がありますので、対で覚えておけば間違わないのですが、混同されるにはそれなりの理由があります。

 

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「肌理細か」の意味は、「配慮が行き届いており懇切丁寧な様子」なのですが、「細やか」の方は、「細部まで行き届いているさま。特に気遣い・配慮がすみずみまで届いている様子。「細やかな配慮」などのように言うことが多い。」のですから、意味が似通っていることから混同され易いのだと思われます。

 

しかし、元々の意味を考えて使い分けるくらいの「木目細か」な配慮をすることが、巡り巡って、政治の世界の目茶苦茶な言葉の乱用を抑えることにさえつながるような気がしています。

 

 

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2017年12月28日 (木)

ブラック・パワー・サリュート ――オリンピックで真実を訴えた三人――


ブラック・パワー・サリュート

――オリンピックで真実を訴えた三人――

 

「スポーツに政治を持ち込むな」は良く聞かれる言葉です。きちんと決められたルールにのみ従って勝敗を決するスポーツに、それ以外の議論を持ち込むべきではないという考え方ですが、スポーツも人間の活動ですから、その「人間」と100パーセント切り離して存在する訳には行きません。

 

政治とはきわめて人間的な活動であり、それが社会のあらゆる側面と密接に関わっていることも事実です。そして、多くの人間的活動の場で見られるように、物事の定義そのもの、そしてルールそのものさえ、何らかの意味での「政治的力」を持つ人々の意思によって決められてしまう傾向があります。

 

しかし、このような形で作られてきた社会の歪みは、人類史の中で多くの人たちの努力で表現され言語化され、政治的な課題として捉えられ、さらに多くの人たちが力を合わせることで、全ての人間にとってより公平で理想に近い形に修正されてきました。

 

一年を振り返る毎年の習慣に倣って思いを巡らせる内に、スポーツ選手たちの果した役割が如何に大きかったのかを改めて咀嚼しています。モハメッド・アリに続いて、今回は1968年のオリンピックでの三人のアスリートの勇気に触れたいと思います。

 

                 

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By Angelo Cozzi (Mondadori Publishers) [Public domain], via Wikimedia Commons

 

有名な写真ですので、御存知の方は多いと思いますが、1968年のオリンピックで男子200メートルの表彰台の三人です。金メダルはアメリカのトミー・スミス、銀はオーストラリアのピーター・ノーマン、銅はアメリカのジョン・カーロスです。

 

スミスとカーロスは頭を下げ、黒い手袋をはめて、拳を突き上げる「ブラック・パワー・サリュート」(黒い力の敬礼)をしています。靴は履かずに、アメリカの黒人の貧しさを示すために黒いソックス、スミスは黒人の存在と誇りを示す黒いスカーフを巻き、カーロスは、白人至上主義者によってリンチその他の方法で殺された黒人の慰霊のためのロザリオを掛けていました。

 

そして、銀メダルのノーマンはというと、ただその場にいたのではなく、胸に、二人と同じ「人権を求めるオリンピック・プロジェクト(Olympic Project for Human Rights 略称:OPHR)」のバッジを付けていたのです。

 

当時のアメリカは、国外ではベトナム戦争を起こし、国内では戦争反対の声と、200年にわたる黒人差別に対する怒涛のような反対が公民権運動として大きなうねりとなる大変動期でした。1964年には公民権法ができて、成果は上っているようにも見えたのですが、差別やリンチは続いていました。そして1968年には、20世紀後半の世界を象徴するような運動のリーダーだったマーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺され、さらに、政府側から運動を支えてきた大統領候補のロバート・ケネディーも暗殺されるという、大きな痛手を受けていた年でもありました。

 

メキシコ・オリンピックにも参加すべきではないという主張も黒人アスリートの中では多くの選手に支持され真剣に検討されてはいたのですが、参加することにしたスミスとカーロスは、表彰台での明確な意思表示をする決意をしていました。英語の表現がその力を示しています。「take a stand」、つまり台の上で、自分たちの意思を疑う余地のないハッキリとした形で世界中の人たちに届けるという決意です。この時、スミスは24歳、カーロスは23歳でした。

 

 

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By Angelo Cozzi (Mondadori Publishers) [Public domain], via Wikimedia Commons

 

IOCの会長だったエイベリー・ブランデージは、スミスとカーロスをアメリカ・チームから除名し選手村から追放しました。二人はオリンピックからも永久に追放されました。さらに二人はアメリカのメディアからも厳しく批判されますし、カーロスの妻の自殺といった平坦ではない人生を送ることになりましたが、その後も陸上やフットボールの世界で活躍することができました。もちろん、オリンピックとは全く縁のない世界での活躍ではありましたが。

 

一方、ノーマンは、オリンピックからは追放されませんでしたが、白豪主義のオーストラリアではアメリカ以上の批判を受け、今でも破られていない200メートルのオーストラリア記録を作りながら、帰国時の空港には誰一人として出迎える人がいないほどの孤立無援の状態に置かれます。その後のオリンピックにも、記録を見ると誰よりも先に出場して良い力がありながら、オーストラリア代表には選ばれず、生活を維持するための低賃金の仕事を転々とする日々が続きました。

 

こうした三人のオリンピック後を総括して、「勇気ある行動の付けは大きかった」という形で、「だからオリンピックを政治利用してはいけない」という結論に導こうとする人たちも多いのですが、実は三人の友情と、ノーマンの勇気は今でも多くの人に希望を与えています。

 

[続きます]

 

 

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2017年12月16日 (土)

若者の視野を広げるにはどうすれば良いのか ――答は難しいのですが、先ずは疑問から――


若者の視野を広げるにはどうすれば良いのか

――答は難しいのですが、先ずは疑問から――

 

もうかなり昔のように思えてしまいますが、1022日の総選挙の前に、東京都内の某大学でのエピソードです。政治学なのか、部活なのか、一グループ10人くらいになってどの政党を支持するのかの話し合いをしたのだそうです。

 

最後に各グループでのディスカッションの総括をしたのだそうですが、圧倒的に自民党支持が多かったということでした。全部のグループについての詳細は分りませんが、あるグループでは、10人中8人が自民党支持、その主な理由は「高等教育の無償化」を掲げているからだったそうです。

 

一部の大学を除いて、昔なら「苦学生」と呼ばれたであろう学生のイメージはなくなっていますが、それでも私立大学の学費は高く、アルバイトをしても親の負担はかなり大きいと言わなくてはなりません。それを実感している学生が多いということらしいのですが、今の若者のものの考え方の一端を窺い知ることになり、複雑な気持です。

 

「今どきの若い者は」と目くじらを立てる積りはありませんし、時代背景の違う若者たちの持つ新しい視点や完成には期待もしています。

 

               

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同時に、人類がこれまで辿って来た歴史、それは様々な経験の知的整理であり、その過程で生まれる教訓の集積でもあるのですが、それをきちんと引き継ぐことも、人類の生存のためには欠かせないことだと思います。そのくらいは見える目を持って欲しいのですが、「視野を広げて欲しい」と言っても良いと思います。

 

そして「視野」の中には、時間軸があるということです。さらに地理的な広がりも勿論必須です。加えて、知的な広がりも大切です。それが内面化されて、私たちの日々の生活と共鳴しつつ、生命となり、人生を紡ぐということになるのだと思いますが、その全体像を若者たちに理解して貰う必要があります。

 

抽象的になりましたが、これが高等教育の目的とするところなのではないかと思います。就職に役立つかどうかも大切ですが、人類の生存そのものについて、広い視野からの教育が行われているのかどうか、たまには、疑問を投げ掛けることも必要かもしれません。疑問を持つことから始めないと答には行き付かないのですから。

 

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コメント

力士の暴行報道が収まったと思ったら今度は神主の殺人事件、それも終わったら又々松居一代の離婚騒動、その間に選挙中には出なかった大増税。これでも怒らない国民って何でしょう。

若者ではないですが 視野を広げる⇒視野が狭い
といわれると耳が痛くなります笑

教育現場においては多種多様な方面から物事を捉えれるような発問の工夫も必要なのかもしれませんね。

様々な情報が飛び交う中 自分のニーズに合うものだけを選び、興味関心の無いことは削除されるのでしょうか?笑
そこへの疑問を持たないこと疑わないこと学ばないことも視野を狭くしているのかもしれません。
情報操作されていると何が本当なのかわからなくなりますが、正しい情報を見誤ることなく選ぶ能力もこれからは必要だと思います。

「谷口」様

コメント有り難う御座いました。

もっと多くの人に「危機感」を持って貰いたい、怒って欲しいと思います。そのためにも、日本がこんな状況になってしまうことを、1960年代に予言していた数学者の岡潔先生の言葉も参考になるかもしれません。5月に書いた「セックス・スポーツ・スクリーン」です。

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-6733.html

「和」様

コメント有り難う御座いました。

マスコミ、特にテレビの情報は偏っていますが、インターネット上では多様かつ事実に基づいた報告や分析が手に入ります。

しかし、それが雪だるま式に増えて行くのは、事実であるかどうかが基準ではなく、多くの人がクリックしたかどうかが反映されるというシステムだからです。嘘でも本当でも多くの人が見ているサイトを見るだけでは真実には辿り着きません。

それに対抗するために役立つ方法の一つは「定点観測」です。例えば、早稲田大学の水島朝穂教授のホームページはお勧めです。他のサイトも随時、御紹介します。

http://www.asaho.com/jpn/index.html#this-week

2017年12月 4日 (月)

安陪9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名 ――福屋前で署名をお願いしました――


安陪9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名

――福屋前で署名をお願いしました――

 

これまで、毎月19日に、街頭に立って安倍政権の戦争政策を阻止するための行動を行ってきました。2015919日に、政府・与党が強行採決を行うことで、日本を戦争国家にするための「戦争法」を形の上では成立させた日を記憶し、その「法律」を破棄するための世論を創るためでした。

 

               

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しかし、1022日の総選挙で自民・公明が圧倒的多数を占めることになり、改憲への動きがさらに急になってきたことに対応するため、憲法記念日が53日であることから、毎月「3日」に改憲を阻止するための行動を行うことになりました。

 

昨日123日は、その第一回目で、福屋前と、本通りの青山前の二班に分かれて、市民の皆さんに署名を呼び掛けました。

 

 

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安陪総理が憲法9条に自衛隊の存在を書き込みたいと言ったのは、今年2017年の憲法記念日でした。その理由は「災害時の救援活動で頑張る自衛隊が憲法違反では気の毒」であり、「今でも自衛隊は存在しているのだから、それを憲法に明記しても何も変らない」です。

 

でもこんな甘言に騙されてしまうと、臍を噛むのは私たちの子どもや孫の世代です。

 

憲法に書き込まれる自衛隊は、災害救援で頑張る自衛隊ではなく、戦争を主たる任務にする自衛隊です。米軍と一体になって世界のどこへでも出かけて戦争をする自衛隊です。それを憲法が認めるということなのです。

 

そして、憲法に明記しても変らないのであれば、書き込む必要はないであろう自衛隊を何故書き込みたいのかというと、法律の世界では、「後からできた新しい法律は古い法律より優先される」という原則があるのです。つまり、米軍と一緒になって戦争をする自衛隊がまず優先して認められて、それに矛盾しなければ、戦争の放棄や戦力を持たないという9条の古い条文が認められる、ということです。でもそれはないですね。戦争をする自衛隊を認めてしまえば、それと矛盾する戦争放棄や戦力の不保持は認められないということになるのですから。

 

簡単に言ってしまえば、安倍9条を認めれば、日本は北朝鮮やアメリカ、韓国や中国やロシア等の「戦争国家」と同じ種類の国家になってしまうということです。そしてそれらの国々が、核軍拡競争の舞台で競い合っていることは皆さん御存知の通りです。

 

子どもたち孫たちが戦場に駆り出され、人を殺したり殺されたりするに任務に就かなくても良いように、あるいは戦場で食べ物がなく飢え死にしなくても済むように、今、戦争国家への道を選んではいけない、憲法9条を変えてはいけない、という署名に御協力ください。また、このメッセージを様々な手段に一人でも多くの人に伝えて下さい。

 

日曜日ということもあって、またお天気にも恵まれ、福屋前は多くの人で賑わっていました。子ども連れのお父さんやお母さん、恒例の御夫婦などの姿が目立ちました。署名運動に参加してくれた皆さんの中にも子ども連れの方もいましたし、何時もより多くの方々に協力して貰えました。全部で54人です。そして、頂いた署名は110筆ほどでした。全国での目標3000万に向けた一歩ですが、私たちの声に耳を傾けて下さった方々の数はいつもより多かったような気がしましたし、頷いて賛意を示してくれている人も多かったように思います。少しではありますが、危機感は共有されている、と感じた一時でした。

 

 

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なお、2018年の13日は、お休みです。23日から来年の「3の日」行動は始まります。

 

 

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コメント

わたしは青山前に参加しました。途中、広告のポケットティッシュを配っている女性から仲間がポケットティッシュを受け取ると、その女性もこちらのチラシも欲しいと言ってくださいました。良いエールの交換になりました。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。エールの交換、良かったですね。

署名をして貰いながら意見交換をするようなシーンも見られました。安陪9条改憲の「胡散臭さ」が、じわーっと広がっているような感じです。

2017年11月22日 (水)

修学旅行 (日光) ――二日遅れですが、「同じお題で書きましょう」――


修学旅行 (日光)

――二日遅れですが、「同じお題で書きましょう」――

 

小・中・高と修学旅行には楽しい思い出がたくさんありますが、きちんと記録として残っているのが、小学校の5年と6年の修学旅行です。5年生は鎌倉・江之島、そして6年生になると日光というのが当時の定番でした。

 

修学旅行の後には、そのまとめを作文や絵として提出することになっていたのですが、私は「楽しかったことをおとなになっても思いだせるように」という「崇高な」目的のために、「旅行記」を作りました。

 

随分力を入れて作ったものですので、それから〇〇年、大切に取っておきました。今読み返してみて、改めて「楽しかったこと」を懐かしく「思い出して」います。旅行記の表紙もかなりの出来です。

 

                 

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そして「はしがき」には、525日と26日に日光に行ったこと、また修学旅行の二日間をぼんやり過してしまってはいけないことも、先生に言われた通りに守って色々調べるという決意も述べられていて、「真面目さ」の片鱗が窺えます。

 

 

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コピー機などなかった時代ですので、自分で書いた日光の地図を最初に綴じ込んであります。

 

 

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全部で、141ページの大作ですが、一ページは、200字の原稿用紙ですので、全部で2万字以上になります。父のカメラで撮った写真も添えてありますので、このブログの原型はこんなところにあるのかもしれません。

 

 

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糊がはがれていますので、近い内に修理しなくてはいけません

 

修学旅行と直接関係はありませんが、小学校6年の時に、母と一緒にマリリン・モンロー主演の「ナイアガラ」を観ていたことが分ります。

 

もう一つ、有り難かったのは、修学旅行中の同級生たちとの会話や、どんなことをして遊んだかがかなり詳しく記録されていることでした。先生方がどんな話をしてくれたのかも、そして何度も叱られていることなど、旅行記を書くときに苦労した思い出があるだけに、でも書き残しておいて良かったと、今、一人感慨に耽っています。

 

大切に取ってはあっても、何かの切っ掛けがないとなかなかページを繰るまでには行きません。「旅行記」を開く良い機会を作って下さった⑦パパに、大感謝です。

 

 

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コメント

先生、すごいですね。小学6年生で原稿用紙141枚がかけたことに
ただただ驚愕、信じられない秀才ですよね。文章も今の私より上手いw

まさに、栴檀は双葉より...。ですね。
にしても、お母さまが小6のお子に『ナイアガラ』とは、大胆な。
負けました。
私も小4あたりから母に連れられて(ま、ダシですね)、でしたが、
恋愛もの解禁?1は小6→『サヨナラ』や『晩鐘』(墺)を
見たあとの昂揚感は忘れられません。
長じては喜劇が一番、となりましたけど。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。自分でも良く頑張ったと思います。そして、俳句の名人から褒められて光栄です。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。「ナイアガラ」は、字幕でしたしサスペンス映画だったので内容は良く分りませんでした。でも良い映画だと、楽しめるのは勿論ですが、そこから結構いろいろなことを勉強しているものですね。「何度も見た映画」を紹介するシリーズも面白いかもしれません。

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