若者

2017年3月27日 (月)

仰げば尊し ――美しい日本語を継承して欲しい――


仰げば尊し

――美しい日本語を継承して欲しい――

 

卒業式の季節ですが、かつてはどの学校でも歌っていた『仰げば尊し』が最近では歌われなくなってきたようです。その代りに最近歌われているのは、例えば、『旅立ちの日に』や『YELL (いきものがかり)』、『3月9日 (レミオロメン)』等だそうです。どれも良い歌ですし、時代の変化を反映しているのだとは思いますが、今回は、『仰げば尊し』が復権することを願っている理由を述べてみたいと思います。

 

その前に、まずYouTubeにアップされている『仰げば尊し』を聞いて下さい。


 

 さらに歌詞も復習しておきましょう。

 

1. 仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば

2. 互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
別(わか)るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば

3. 朝夕 馴(な)れにし 学びの窓
蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば

 

歌われない理由として、歌詞が難しい、教師への「恩」を強制している、立身出世主義を奨励している等の意見があるようですが、確かに歌詞は今の子どもたちには難しいかも知れません。教師への恩を強制していると読むことも可能ですが、歴史的事実として、多くの人たちがこれまで「師」に感謝してきたことを、若い世代にも受け継いで欲しい、そし教師の側からは、生徒たちにそう感じて貰うための努力を教師としてしっかりするという決意表明の歌として受け止められないものでしょうか。

 

「身を立て 名を上げ やよ励めよ」は、自立し、自分の名前に恥じない人間になるように努力して欲しいという、独立して行く子どもたちへの餞の言葉と考えてはいけないのでしょうか。

 

歌詞の解釈も大切ですが、それ以上に大切だと思うのは、この歌詞が日本語として美しいことです。日本語の美しさを若い世代に理解して貰いその美しさを伝え続けて貰うために、この歌を覚え歌い続けて欲しいのです。

 

美しさを表現している個所を挙げておきたいと思います。

 

一つは「今こそ別れめ」です。係り結びであることは、古文の時に習ったはずですが、「別れめ」は「別れむ」の已然形です。「こそ」は強調なのですが、「は」と同じような意味を持つとも言われていますので、「今は別れるけれど、再会しよう」という情緒を言葉としては言わないながらも伝えています。そんな気持ちを言外に美しく伝えられる係り結びを、日本語の中に残しておきたいと思うのですが、センチメンタル過ぎるでしょうか。

 

後は一つにまとめてしまいますが、「いと」「やよ」「いざ」といった詩語の美しさです。日本語の特徴の一つは、俳句や短歌といった短い詩の持つ美しさにあることは論を俟たないと思いますが、そのことは、ここに掲げた二音節の言葉の持つ美しさと切り離せないように思います。その美しさを感じて貰うために、そして日本語の美しさを大切にして貰うために、若い人たちに『仰げば尊し』を歌い続けて貰いたいと願っています。いや祈っています。

 

 

 

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2017年3月 6日 (月)

ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム ――「託されたもの--大地と人と。」―  


ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム

――「託されたもの--大地と人と。」―  

 

予定通り1330分に始まったシンポジウムですが、立錐の余地のないくらい多くの皆さんに御参加頂きました。心から感謝しています。 

                         

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 主催者の挨拶では、このシンポジウムも6年目を迎えて、昨年の海に焦点を合わせたシンポとは対照的に、今年は「陸」「山」をバックに大地と人を考えるイベントとして企画したこと、そのために、ゲストとして福島県須賀川市で専業農家を営む樽川和也さんをお招きした経緯の説明がありました。

 

主催者の代表である西村恵美子さんと毎回の名司会振りで多くの人を魅了している中沢晶子さんお二人が、昨年11月に福島まで樽川さんに会いに行き、樽川さんと彼の母上に歓待されたこと、その経験を通して樽川さんに広島までお出で頂くことの大切さを再確認できたとの報告でした。

 

続いて樽川さんの基調報告でしたが、原発から65キロ離れた須賀川市で東日本大震災の被害がどのようなものだったかを事実に即して生々しく描いてくれました。正に胸塞がれる思いでした。そして、お父上の言葉を交えながら、樽川さんの農業者としての原点がお父上だということが良く分るエピソードをいくつも紹介してくれました。

 

例えば、お父上は30年前から有機農業を実践してきたこと、それも「子どもに食べさせるものだから」という理由でその選択をしたこと、1988年に広島での原水禁世界大会に参加した後、原発の危険について何度も語ってくれたこと、東日本大震災後の福島第一原発事故のニュースに接して、自分の言ってきたことが正しかったと感想を漏らし「馬鹿だなこの国は」という言葉が続いたこと、それから言葉が段々少なくなって塞ぎ込むようになり「福島の野菜もこれでお終い」と言っていたことも話してくれました。

 

そして323日の夕方、県から「結球野菜の出荷停止」決定のファクスが届き、夕食になって初めてお父上にそれを見せたところ、じっとテーブルを見詰め続けた姿が瞼に残っていること、夕食後、いつもはお母上が洗っていた食器を何故かお父上が洗ったことにチョッピリ疑問を持った記憶も共有してくれました。

 

24日の朝、お父上の姿が見えないことに母と子は気付き、野菜を見回りに行ったのだろうと思っていたところ、7時になって廃材を一輪車に乗せて裏のキャベツ畑まで運ぼうとしてした樽川さんは、「畑に父が立っているような気がした」ことに気付きました。でも少し近付くと、太さ3メートルの欅の木の下、「父の足は空中にあった」ことに気付き大きなショックを受けました。

 

地震からからの被害だけなら立ち直れた、でも原発の事故が致命的だった、というのが父上の気持だったろうし自分でもそう思うと樽川さんは総括しています。また後で、お父上の知人たちからは、「子どもたちに何も残せなかった」と言っていたことも聞いたそうです。

 

前を通ると父を思い出さざるを得ない欅は伐採して貰い、出荷停止になってそのまま畑に残していた寒キャベツやブロッコリーの株、計8,000株は、凍って割れる音が聞こえるようになり、父の努力と作物の生命を悼んで線香を上げてから、トラクターで均したとのことでした。

 

二日続けて、親御さんと悲劇的な別れを告げた40代の若者が「今いるところを大切に」頑張っている姿に接して、物理的な意味での「今いるところ」と精神的な意味での「今いるところ」を重ねることで、未来の展望が新たな次元から見えること、また被爆者のメッセージの大切な側面として「今いるところを大切にする」姿勢で彼ら/彼女らが生きてきたことなども含めて議論を深めたかったのですが、オバマ大統領の功罪について樽川さん抜きのかなりヒステリックなやり取りに時間を費やすことになってしまったのはとても残念でした。

 

パネスリトとしての責任は果たせませんてほしたが、私個人としては、前日の打ち合わせとシンポ後の打ち上げで、樽川さんの話もきちんと聞けましたし、こうした深みのあるやり取りもできました。とても勉強になりましたし、マイケル・ムーア氏の「10項目アクション・プラン」PRもできましたので、これからはさらに多くの「すぐやる」チーム作りのため頑張りたいと思います。

 

 

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コメント

樽川さんのお話、心に突きささりました。西日本である広島はまるで何もなかったように日常が過ぎていきますが、出来ることはたくさんあると思いますので、日々考えて行動していかなくてはと思いました。また、秋葉さん、ビナードさんのそれぞれの視点からの発言も自分にはない視線なので大変参考になりました。ありがとうございました。

コメント有り難う御座いました。

涙に加えて、考え行動すること、私も中澤さんの言葉を噛み締めています。

今回スタッフとして参加させていただいた山根和則です。
昨年の横川シネマでの「大地を受け継ぐ」上映後に、井上淳一監督と広島に母子避難されている方や平木薫さんも交えてお話しをする機会があったので、今回樽川さんとお逢いできたのはとても嬉しいことでした。
樽川さんとは直接お話しも出来、これからの私自身の福島への取り組みにも、おおきな力と指針を与えていただけました。
つきましては、私のfacebookに、このブログの記事(前後編)をリンクさせていただきました。後からで申し訳ありませんがご了承いただけますでしょうか。もし不都合なようでしたらメールアドレスを入れておりますので連絡頂けましたら対処いたします。
コメント欄をお借りして恐縮です。よろしくお願いします。

「山根和則」様

コメント有り難う御座いました。また、リンクを張って下さったこと、感謝しています。

樽川さんが、広島に来られたことでさらなるエネルギーを得て、お父上の思いをさらに大きな形で実現してくれることになるよう祈っています。そのために、私たちも新たな連携を始められればと思います。

2017年3月 5日 (日)

感動的な卒業式 ――若い世代への期待がさらに大きく膨らみました―  


感動的な卒業式

――若い世代への期待がさらに大きく膨らみました―  

 

考えて見ると、感動的ではない卒業式に出席した記憶はないように思います。それぞれ特色のある、時代を反映し巣立つ子どもたちへの思い溢れる、そして見守る親や保護者たちにとって感慨無量な一時です。

 

今日は下の息子の高校卒業式でした。上の子から通算すると9年間お世話になった学校ですが、二人とも「スク―ルバンド班」に属して楽しく豊かな青春を謳歌することができた年月でした。先生方、同級生の皆さん、そして保護者や同窓会の皆さんにも感謝の言葉あるのみなのです。

              

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式後の校門付近


式は体育館で行われ、君が代、卒業証書の授与、校長先生の式辞、来賓挨拶、在校生の送辞、そして卒業生の答辞、記念品贈呈、賞の授与、校歌、蛍の光の順でした。最後には卒業生の飛び入りで、先生への感謝の気持が表明されました。ただ私たち世代から見ると「仰げば尊し」が、最近は歌われなくなっていることが残念です。

 

その後、組毎に教室に戻り、担任の先生から一人ずつ卒業証書を手渡され、一人ずつ卒業の言葉を保護者の前で披露してくれました。笑いが途切れないほどの素晴らしい雰囲気で、「このクラスで良かった」という全員の気持ちが伝わってきたような気がします。

 

最後に担任の先生の餞の言葉がありました。これから大人の仲間入りをして生きて行く上で、自分として感じている大切なことを三つ伝えておきたい、というテーマでした。

 

第一は、今いるところを大切にすること。理想を掲げるのももちろん大切だが、世の中には思い道理にならないことも沢山ある。そんなとき、理想を捨てて諦めるのという意味でもなく、不貞腐れて開き直るのでもなく、素直に今いるところを大切にすること。そのことを、今卒業生の多くが直面している受験と心学、あるいは就職後の仕事等、子どもたちの立場からの実例を挙げながら、しっかりと伝えてくれました。

 

二つ目は、親を大切にすること。自分は母を事故で失った。そのとき最初に浮かんだ言葉が「ごめん」だった。母への気持を素直に伝えていなかったことを悔やんだからだ。君たちには同じ経験をさせたくない。両親への感謝の気持ちを直接言えなければ、親の手伝いをすることで表しても良いし、手紙でも良い。場合によっては親から離れるという選択が最善の親孝行だという可能性もある。そんな場合も含めて親を大切に。

 

三つ目は、元気で。これは説明するまでもないと思ってしまいましたし、それ以上にその前の母上についてなされたときには、先生の声が詰まり私たちもほとんど涙で聞いていたために、耳では聞いていても内容まで聞き取れませんでしたので、報告はここまでしかできません。

 

子どもたちには勿論、先生のメッセージは伝わりましたし、私たち保護者も感動したのは、御自分の経験を元に、今子どもたちにとって一番大切なことを分かり易く説いて下さったからなのだと思います。

 

その先生は40代です。私から見れば「若者」世代なのです。その若者が、さらに若い子どもたちに人生の先輩として、私たち世代も教えられるような言葉を贈ってくれたことで、若い世代への私の期待は一段と大きく膨らみました。

 

 

 

そして、ワンコインシンポジウムにもお出で下さい。

 

 

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ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム

テーマ:  「託されたもの--大地と人と。」

201735() 13:30 ~~ 16:30

合人社ウェンディひと・まちプラザ

北棟6Fマルチメディアスタジオ

入場料  前売り券は500円。当日券は600円です。

主催 福島と広島をつなぐ、もみのきの会

 

  

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コメント

卒業おめでとうございます
うちの子も、いまだに学校と担任のことが
大好きです。
今は校長の、当時は一国語の先生も(笑)

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。人生のどこかで、尊敬できる「師」に巡り合えるって有難いですね。全ての若者がそんな「師」に出会えますよう。

2017年2月17日 (金)

私のお宝(1) ――英単語カード――  


私のお宝(1)

――英単語カード――  

 

アメリカでの高校時代、自分で作った単語カードです。一枚目は授業中に先生の指示に従って作り、それに加えて30枚くらい、宿題として出されていた単語のペアを一枚のカードに書き写して作りました。

 

まず、「3-by-5 card」、つまり3インチ×5インチの大きさのインデックスカードを半分に切ります。角を斜めに切って、裏表と上下が手で触っただけで分るようにします。表には、スペリングが紛らわしくて、アメリカ人でも良く間違う単語 (このリストは宿題として渡されていました) の一対を書き込み、ひっくり返して裏には、それぞれの単語の意味を書きます。私はそれに日本語の意味も書き加えました。

 

宿題に出された単語についての試験もありましたので、とにかくカードを持ち歩いて何度も繰り返しましたので、全部覚えることができました。懐かしくて最近、このカードを取り出して何枚かを復習してみましたが、老化現象でしょうか忘れている単語があって、それはちょっとショックでした。

              

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さて、今の時代、高校生はどんな単語カードを使っているのか聞いてみると、きれいに印刷され、例文付きの覚え易いものが出てきました。自分で作ると手間が掛かります。同時にその手間が記憶のためのカギになって覚えやすいという側面はあるものの、分り易いフレーズが一緒になっていたり、例文が添えられていることも大切ですので、どちらがベターなのかは一概には言えないのかもしれません。

  

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 かつて、覚えていた単語を忘れていることのショックに加えて実はもう一つショックがありました。最近の子どもたちは英語の時間に「筆記体」を教わらないのだそうです。国際化が進んで、ハンコの代りに自筆のサインが必要になる時代だけに心配なのですが、サインくらいは練習次第で書けるようになるでしょうから杞憂かもしれません。

 

でも、アップルの創始者であるスティーブ・ジョブズ氏が大学生の時にカリグラフィーに魅せられたことから、美しいコンピュータができた史実を思い起こすと、筆記体を学ぶことには創造性を育むというもう一つの大切な役割もあるような気がするのですが――。

 

 

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コメント

ペンでは筆記体でしかかけないので、筆記体で書いたら
「そごっ、書けるん?」と子供に言われましたw

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

消えつつある筆記体を守るために、「昭和の歌を守る会」を真似て、「筆記体を守る会」でも立ち上げましょうか。

20年ぐらい前に通信添削の仕事をしていました。
その当時から、ブロック体オンリーでした。

最近、ある掲示板で、英語圏在住に方々に質問しました。
オバマ大統領のメッセージが筆記体だったので、果たして今でも使われているのか疑問に思ったからです。
複数のアメリカ在住の方々から回答があり、大体30〜40代が境目で、やはり若い方々はブロック体を使うとか。でも、おばあちゃんの手紙を孫が読めないなど、不都合があり、州によって違うようですが、筆記体復活のところが増えているそうです。
なお、signatureだけは各自が工夫した筆記体みたいなものだそうです。

「komitan」様

コメント有り難う御座いました。筆記体についての貴重な調査結果も教えて頂き、感激です。おばあちゃんの手紙が読めないのは、そう言われてみれば分りますが、気が付きませんでした。「筆記体を守る会」も立ち上げたいですね。

2017年1月15日 (日)

ジョン・ハーシー氏の孫    ――20世紀を代表するジャーナリスト――


ジョン・ハーシー氏の孫

――20世紀を代表するジャーナリスト――

 

 

3世代、つまり歴史的な人物の孫たちの中で、私がたまたまお会いすることになり、しかも強烈なインパクトを受けた三人を御紹介していますが、今回は、20世紀を代表するジャーナリストであるジョン・ハーシー氏の孫、キャノン・ハーシー氏です。今広島に来られていますので、精力的に共同事業を進めている西前拓氏とともにお会いしました。

 

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 キャノン氏と西前氏


私たちの世代に取って「ジョン・ハーシー」という名前は彼の著書『ヒロシマ』とともに、大きな存在なのですが、若い人たちの中には彼の名前を聞いたことのない人もいるかもしれません。簡単に紹介すると、ハーシー氏が1946年に広島を訪れ多くの人をインタビューし、その中から6人の被爆者を選んで彼らの体験と人間性を淡々と、しかしその結果、驚くほどの感動とともに描きました。そのレポートは1946831日号の『ニューヨーカー』という雑誌全頁を割いて掲載され、一日で30万部が売り切れたという記録が残っています。その後、そのレポートが一冊の本にまとめられたのですが、それが『ヒロシマ』です。

 

ハーシー氏1985年に再度、ひろしまを訪れ、6人の被爆者のその後を調査した上で、『ヒロシマ』に追記を加えています。その時に、広島国際文化財団等とともに取材のお手伝いをしたのですが、ハーシー氏の広島レポートは、20世紀最後の時代に、国際的なジャーナリストたちの投票によって、20世紀で最も重要なジャーナリストの仕事に選ばれています。

 

その縁でキャノン・ハーシー氏とお会いすることになりました。

 

私たちが、大切なことを人に伝えるときに、使えるあらゆる手段に頼るのは自然ですが、それが「全て」であることを強調するために、しばしば「情理を尽くして」という表現が使われます。知性と感性と言って良いと思いますが、言葉を使い克明にしかも感動的に被爆体験を伝えるのは「知性」の領域に入ります。

 

キャノン・ハーシー氏はアーティストですので、彼の仕事は「情」の部分、つまり「感性」に訴える仕事です。キャノン氏の活動の一部は、次のウェブサイト、そして1future.comのページで御覧頂けます。

彼の作品展示のレセプションのビデオも御覧下さい。




ここ数か年、キャノン氏の柱の一つになったのは、元々、黒田征太郎氏が手掛けていた「Pikadon Project」です。黒田氏を師と仰ぐ映像作家そして広範なメディア・プロデューサーとしても活躍してきた西前拓氏との共同作業です。その全体像は、クラウド・ファンディングの説明ページが分り易いのではないかと思います。

 

次のプロジェクトのキックオフは今年の4月にニューヨークまた10月頃には広島で始まる予定ですが世代や国境を越えた核なき世界」実現のための「平和円卓会議2020 Peace Round Table」を今後4年間にわたって開き2020年までに実行可能なことを積極的に推進する予定です

   

この円卓会議では、4つのテーマを決めて、できるだけ多くの人々それも、年齢・男女・国籍・専門のあるなし・宗教・職業等々、様々な点で違いを持った人々が一堂に会し、未来づくりのために知恵を出すことが目的です。企画書の一部を引用します。

平和円卓会議 2020 Peace Round Table 4つのテーマ 平和円卓会議では、国境を超えて、教育、行政、NPO、企業、メディアなど各界の有識者そして若者や市民が集まり、原爆投下75周年となる2020年に向けてこれから4年間にわたって我々に何ができるのか 、どのようなプロジェクトが考えられるか、またどのような手段があるか、 知恵を出し合います。その上で広島、長崎からどのように世界に発信していくか、また世界からの視点をどのように受け入れるか、以下の4つのテーマにそって具体的に協議していきます。

 ☆人権 Human Rights for Peace  核の問題は人権問題でもあり、各国の核被害者との連携の重要性 核被害者フォーラムや世界各地の被爆者との交流事業

☆環境  Healthy environment for Peace  核の問題は環境問題でもあり、地域社会、国際社会がいかに共同で取り組むべき問題 被爆樹木プロジェクトなど

☆コミュニティ  Community for Peace  自分たちの住むコミュニティ、町や村から平和を広げていくことの重要性 Mayors for Peace 平和首長会議

☆イノベーション  Innovation for Peace   テクノロジーの力で核問題に関する新たなコミュニケーションを生む オンラインソフトやアプリの開発Hiroshima Archive


芸術を通じて、先人たちの遺産を次の世代につなげて行くのも私たちの大切な仕事です。それぞれの分野で才能のある、そして志を持つ多くの人々、特に(私より)若い世代の皆さんに期待しています。

 

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2017年1月11日 (水)

被爆二世の問題提起      被爆者の遺産をどう継承するのか


被爆二世の問題提起

被爆者の遺産をどう継承するのか

 

 

数学の授業や講演だと決められた時間内に収めることは無理なくできるのですが、核廃絶や平和というテーマになると、喋りたいことが多くあって大体、時間超過になってしまいます。それでも準備した内容の半分くらいしかカバーできないのが普通になっていました。しかし、それも一種の甘えですので、このところかなりの努力をして時間内に収まるように話の内容を組み立ててきました。

 

その結果、兵庫教育大学大学院の公開授業では、ピッタリ時間内に終えることができました。主催者は勿論、聞きに来て下さっている皆さんに迷惑を掛けないということが最大のメリットだと思いますが、それに加えてもう一つ「良かった」と思えたのは、質疑の時間が増えたことです。自分で喋るだけでなく、一つのテーマを共有した人たちの思いや疑問等をその場で聞けることが如何に大切なのかを改めて感じる一時にもなりました。

 

特に今回しっかり受け止めたいと思ったのはお二人の被爆二世の問題提起でした。私流に解釈すると、被爆者として自分の体験を世界各地で多くの人に話し、被爆体験を元にして得られた平和のメッセージを伝え、核兵器のない平和な世界を創造するために懸命な努力をされた母上や父上の遺産をどう継承して行ったら良いのかが中心テーマです。

 

この「遺産」には二つの意味があります。一つは、物理的な存在としての遺産、つまり「遺品」です。貴重な記録や録音テープ、手紙その他の資料等をどう整理しどう生かして行くのかが問われています。もう一つは、抽象的な意味での遺産です。核廃絶のために大きな貢献してきた被爆者の子どもとして、どのような形でこれから関わって行けば良いのか、という遺産の継承が問題になります。

 

どちらも重要な問題提起なのですが、すぐに答の出ない難しさがあります。「遺品」については別稿で考えたいと思いますが、少し一般化して考えると、被爆体験のない私たちが、被爆者の遺産をどう継承して行けば良いのかがテーマになります。念のため断っておきますが、「遺産」とは、亡くなった方が残してくれたものだけではなく、現在活躍されている方々がこれまでに生み育ててきた成果も意味します。

 

数学の問題を解こうとするときの常套手段の一つは、ある次元での問題が難しい時には、その問題を別次元での問題として解釈し直して考えることです。

 

「二世」についての問題提起を例えば「三世」ではどうなるのかを考えて見ることなのですが、それが答えになるかどうかは別としてすぐ頭に浮かぶ三人の「三世」がいます。トルーマン大統領の孫であるクリフトン・ダニエル氏、核分裂を発見したオットー・ハーン博士の孫、ディートリッヒ・ハーン氏、そして『ヒロシマ』の著者ジョン・ハーシー氏の孫のキャノン・ハーシー氏です。

 

前置きが長くなる癖はなかなか治りませんが、この三人とも核兵器の廃絶をメイン・テーマにして素晴らしい平和活動を続けています。具体的な内容はまたの機会に御紹介しますが、なぜ「孫」がこれほど大きな役割を果せるのでしょうか。

 

この点についても詳しく考える必要がありますが、結論だけ、今回簡単にまとめておくと、それはお祖父さんとの距離があるからなのではないでしょうか。「二世」には難しかったのかもしれない「客観化」が孫にはできたという可能性です。同時に、人類の大問題に関わった祖父の「遺産」を同じテーマで、しかし自分自身の独自なスタンスから関わることで遺産を継承していると見ることはできないでしょうか。

 

最後に一言お断りしておきたいのですが、「被爆二世」と一口に言っても多くの被爆二世がいます。何らかの意味で親と同じ道を歩んでいるケースも多くありますし、親の仕事には関心のない子どももいるかもしれません。すべての被爆二世の皆さんを一括りにしている積りはないのですが、兵庫教育大学での問題提起を真剣に考えている過程ですので、失礼な部分や修正すべき点等あれば御指摘、御教示頂ければ幸いです。

                

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トルーマン大統領

 


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オットー・ハーン博士


 

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ジョン・ハーシー氏


[写真の大きさが統一されていないのは、ココログを使う上手の私の知識が不十分なせいで、他意はありません。]


  

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2017年1月10日 (火)

正しくは「兵庫教育大学大学院」です。 お詫びして訂正します。


正しくは「兵庫教育大学大学院」です。

お詫びして訂正します。


お詫びと訂正です。素晴らしい大学院とそのコースを御紹介しようと、力は入ったのですが、大学の名称を誤ってタイトルにしてしまいました。正式名称は「兵庫教育大学大学院」です。お詫びして訂正します。

 

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 最低限、ワープロの誤変換は見逃さない、と決意したばかりなのに、それ以前のミスでお恥ずかしい限りです。やはり、ちょっと時間が掛かっても、もう一度「推敲」です。

 

 

以下、本文です。


19日は月曜日ですが、成人の日ですのでもちろん休日(祝日)です。大学の正規の授業にゲスト・スピーカーとして招かれることはあるのですが、それが休みの日ということはほとんどありませんでした。大学そのものが休みだからです。しかし、今回話をした兵庫教育大学大学院のグローバル化推進教育リーダーコースでは、休日に授業をすることがこのコースの存在意義と本質的に関わっています。

                

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グローバル化する世界で活躍できる人材を育成することの重要性は言うまでもありませんが、その育成を担当する人たち、つまり教える側の教職員たちがいなければそれは不可能です。「グローバル化教育」という言葉で具体的に何を指すのかは長くなりそうですので、イメージとして御理解頂いたとして先に進むと、既にグローバル化教育を実践している、あるいはこれから導入しようとしている中学校や高等学校、高専等で、そのリーダーとしての役割を果せる人を育成するのが、グローバル化推進教育リーダーコースです。つまり、グローバル化教育チームのキャプテンを養成するための教職大学院のコースです。

 

そのために、教育現場で実際にグローバル化教育のどこかの分野での仕事に今携わっていながら、大学院で勉強する意欲を持ち、リーダーとして新分野開拓のために頑張りたいと思う人を対象としてこのコースが作られています。

 

またまた前置きが長くなりましたが、教育現場で教員としての仕事をしながら土日や祝日、また夏休みなどの休業の時を使って授業を受けることが基本の大学院ですので、成人の日に授業があってもおかしくない、という説明をした積りです。

 

さて、教員と学生という二足の草鞋を履く意欲ある院生をサポートし、このコースの目的を達成するために、実は感心するほど柔軟な形での授業が行われています。「ビデオ・オン・デマンド」つまり必要に応じて事前に準備されたビデオを通して学習したり、Skypeを使って教授との一対一の質疑ができたり、場合によっては出前授業まで取り入れられています。講義等のスケジュールも、「本職」に支障がないように組まれています。しかし、現職の教員としてきちんとした仕事をしながらの勉強ですから、院生本人の堅い意志がなければ続きません。

 

実は、このコースのユニークさに圧倒されながら三人の大学院生と午前と午後、二回にわたって私のこれまでの仕事とグローバル化の意味や具体例等についてずいぶん突っ込んだ遣り取りをしました。その中で、教育に携わる若い世代の人たちの人生設計が私たちの時代と比べて、ラディカルに多様化していることを知り、また教員と学生との二重のコミットメントをしっかりとこなしている姿を見て、若い世代に寄せている私の期待がさらに大きくなりました。具体的に三人を紹介したいのですが、個人情報に関わることですので今回は割愛します。

 

神戸からの帰りの新幹線中で書いている原稿ですので、I先生に送って頂いた写真をアップすることで終りたいと思います。参加者の皆さんからは、写真を公開することについて了承して頂いています。

  

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コメント

秋葉先生、昨日は貴重なお話とお時間ありがとうございました。
お話の内容や先生の守備範囲の広さ・深さに圧倒されましたが、何より先生のお人柄に触れることができ、勝手ながらとても親近感を抱くことができ嬉しく思いました。
またお会い出来ることを楽しみにしております。
大学院とともにご紹介頂きありがとうございます。

「Mizuno」様

コメント有り難う御座いました。院生の皆さんにお会いでき、それぞれ、仕事と勉学を両立させるという厳しい環境の中で、しっかり勉強・研究し未来へつなげている姿に、心から感動しました。

歳を取ることのメリットの一つは、若い時とは違った時間軸で物事を見られるようになることですが、その視点から発見したことを若い世代の皆さんと共有し、若い世代の皆さんがより多様な角度から未来のデザインをして行くお手伝いができることだと思っています。

次回は、今回に続いて、より広い範囲を「共有」出来ればと思っています。

兵庫教育大学大学院      グローバル化推進教育リーダーコース


兵庫教育大学大学院

グローバル化推進教育リーダーコース

 

最初にお詫びと訂正です。この素晴らしい大学院とそのコースを御紹介しようとする中で、大学の名称を誤って書いてしまいました。正式名称は兵庫教育大学です。お詫びして訂正します。以下本文です。


19日は月曜日ですが、成人の日ですのでもちろん休日(祝日)です。大学の正規の授業にゲスト・スピーカーとして招かれることはあるのですが、それが休みの日ということはほとんどありませんでした。大学そのものが休みだからです。しかし、今回話をした兵庫教育大学大学院のグローバル化推進教育リーダーコースでは、休日に授業をすることがこのコースの存在意義と本質的に関わっています。

                

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グローバル化する世界で活躍できる人材を育成することの重要性は言うまでもありませんが、その育成を担当する人たち、つまり教える側の教職員たちがいなければそれは不可能です。「グローバル化教育」という言葉で具体的に何を指すのかは長くなりそうですので、イメージとして御理解頂いたとして先に進むと、既にグローバル化教育を実践している、あるいはこれから導入しようとしている中学校や高等学校、高専等で、そのリーダーとしての役割を果せる人を育成するのが、グローバル化推進教育リーダーコースです。つまり、グローバル化教育チームのキャプテンを養成するための教職大学院のコースです。

 

そのために、教育現場で実際にグローバル化教育のどこかの分野での仕事に今携わっていながら、大学院で勉強する意欲を持ち、リーダーとして新分野開拓のために頑張りたいと思う人を対象としてこのコースが作られています。

 

またまた前置きが長くなりましたが、教育現場で教員としての仕事をしながら土日や祝日、また夏休みなどの休業の時を使って授業を受けることが基本の大学院ですので、成人の日に授業があってもおかしくない、という説明をした積りです。

 

さて、教員と学生という二足の草鞋を履く意欲ある院生をサポートし、このコースの目的を達成するために、実は感心するほど柔軟な形での授業が行われています。「ビデオ・オン・デマンド」つまり必要に応じて事前に準備されたビデオを通して学習したり、Skypeを使って教授との一対一の質疑ができたり、場合によっては出前授業まで取り入れられています。講義等のスケジュールも、「本職」に支障がないように組まれています。しかし、現職の教員としてきちんとした仕事をしながらの勉強ですから、院生本人の堅い意志がなければ続きません。

 

実は、このコースのユニークさに圧倒されながら三人の大学院生と午前と午後、二回にわたって私のこれまでの仕事とグローバル化の意味や具体例等についてずいぶん突っ込んだ遣り取りをしました。その中で、教育に携わる若い世代の人たちの人生設計が私たちの時代と比べて、ラディカルに多様化していることを知り、また教員と学生との二重のコミットメントをしっかりとこなしている姿を見て、若い世代に寄せている私の期待がさらに大きくなりました。具体的に三人を紹介したいのですが、個人情報に関わることですので今回は割愛します。

 

神戸からの帰りの新幹線中で書いている原稿ですので、I先生に送って頂いた写真をアップすることで終りたいと思います。参加者の皆さんからは、写真を公開することについて了承して頂いています。

  

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2016年12月20日 (火)

合唱開眼    慶應義塾大学ワグネル・ソサイエティ―男声合唱団第141回定期演奏会


合唱開眼

慶應義塾大学ワグネル・ソサイエティ―男声合唱団第141回定期演奏会

 

慶應義塾大学ワグネル・ソサイエティ―男声合唱団第141回定期演奏会を聴いて合唱の素晴らしさに開眼しました。と書いてしまうとちょっと乱暴過ぎるのですが、そう書きたくなるほどの演奏会でした。

 

これまでも、六本木男声合唱団の演奏で『川よとわに美しく』や『最後の手紙』等に文句なく感動してきたのですから、合唱の良さは分っている積りでした。その「良さ」に加えて「気高さ」そして「凄さ」とでも言ったら良いような新たな広がりの中で、そしてもう一次元加わった境地からの合唱を聴けた、という思いなのです。

              

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演奏を聴いていない方にはこれでは分らないと思いますので、具体的に何点か説明させて下さい。ただし、私の趣味のカラオケとの比較が目立つかもしれませんが、私同様音楽についての素人の方に私の言いたいことが少しでも伝われば幸いです。

 

演奏時間は全部で2時間30分くらいにはなったと思いますが、最初のドヴォルザーク作曲の『ジプシーの歌』はドイツ語、次の瀬戸内寂聴作詞、千原英喜作曲の『ある真夜中に』は当然、日本語、第三ステージの宗左近作詞、松本望作曲の『二つの祈りの音楽~男声合唱とピアノ連弾のための~』の最初の部分はカタカナと漢字表記、次にラテン語の部分があって、平仮名と漢字でした。最後のビゼー作曲の『オペラ「真珠採り」より』はフランス語です。「快挙」と思ってしまったのは、ワグネルの団員全てがこれら全曲を暗譜で歌ったことです。つまり、目の前には楽譜も歌詞を書いた紙もないということです。

 

カラオケで十八番だと称している歌でも歌詞を暗記していない歌は結構あると思いますが、そのレベルとは格段に違うコミットメントです。暗記・暗譜しているだけではなく、全員が第二第三外国語としてドイツ語やフランス語を取っているはずはないのに、発音も表現も分りましたし心が伝わる歌声になっていました。これは、練習の賜物なのでしょうか。そしてピアノ伴奏が付かずに合唱だけで始まる箇所でも、声がばらけたり不安定になることなくきれいな、というより完璧な出だしになっていたのは見事でした。

 

それが可能になったのは、総勢70人ほどの団員の意気が合っていたからだと思いますが、それにはさらに二つの理由があると思います。一つは慶應という共通項を持つ若者の一体感が団員の心をつないでいることです。もう一つは、ワグネル男声合唱団の伝統の音を出すべく、それぞれの個性を上手く調和させるだけの雅量を一人一人の団員が身に付けているからだと思うのですが、如何でしょうか。対極的な例を持ち出せば、芸大音楽学部の合唱団ではできないハーモニーを創り出していると言っても良いのではないでしょうか。

 

しかし、一体感があるからと言って平面的なのではありません。春の菜の花畑、夏の海原、秋天の高さ、白銀の眩しさ等、豊かな情景を感動的に描いてくれました。それほど完成度の高い合唱でした。

 

もう一つ、若さも大きなプラスです。経験豊かで深みのある声色を持つ合唱団の魅力も捨て難いものがあります。同時に若さの持つ爽やかさ素直さがどの曲の解釈においても希望のメッセージを裏付けてくれていました。

 

アンコールの最後に、卒団する4年生を送るため、下級生が歌い卒団生は一番前の列でジャケットのボタンを外し肩を組んで別れを惜しんだ一曲『丘の上』にも涙しました。

 

最後に個人的な感慨になりますが、アンコールで歌われた『我ぞ覇者』の4番の歌詞は「早稲田を倒せ」というテーマで、良きライバルへの応援歌でもあります。会場が一瞬「わぁっー」とどよめきました。尊敬する兄Yが舞台でそれを歌う姿を見ていた、来年早稲田に行く予定の弟は、「ライバル」として認めて貰えたことで自信を得たように思ったのは、親馬鹿のなせる業でしょうか。

 

もう一人の団員のK君ですが、お祖父さん似です。そのお祖父さんこそアポロ11号の取材をお手伝いした毎日新聞のスター記者だったYさんです。「追悼ジョン・グレン」もお読み頂ければ幸いです。


 

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左からK君、兄Y、私

 

このような素晴らしい合唱活動は、多くの皆さんの総合力よって可能になっていることを痛感しました。特に伝統を創り継承するため頑張っているOBの皆さんの力の偉大さに脱帽です。

 

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コメント

家庭内で「早慶戦」が戦えるなんて、色んな意味で羨ましいです。
早慶戦、先生はどちらを応援されるのですか?w 知人の弁護士
(早大OB)は、ラグビーの早明戦(お嬢様が明治在学中)で、どち
らを応援するか悩んでましたw

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。息子たちは東京でそれぞれ応援するので、広島まで余波が来ることはないと思いますが、私たちについて言えば、アルティメットはもちろん慶應を応援します。その他の種目は、負けている方を応援することになるのでしょうか。面白いハップニングが起きれば報告します。

2016年12月19日 (月)

慶應義塾大学ワグネル・ソサイエティ―男声合唱団  第141回定期演


慶應義塾大学ワグネル・ソサイエティ―男声合唱団

 

141回定期演奏会

 

1217()の、DVD『風よ吹け!未来はここに!!』の上映会と講演会に続いて今日も感動的なイベントに参加することになりました。交響楽・吹奏楽・オペラ・独唱会等には数え切れないくらい行ったことがあるのですが、そう言えば合唱のイベントにはあまり縁がなかったなあ、と思いながら会場に入りました。

 

いくつになっても新しい発見のあることはとても有難いことなのですが、今日は合唱の素晴らしさに開眼しました。

                  

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 会場は池袋の東京芸術劇場でした。夜景をアップします。

 

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 会場は満杯でした。公演前の客席です。

 

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 こんなに一杯になった理由を最後に正指揮者の佐藤正浩先生が説明してくれました。一つは、今、最も人気のある合唱指揮者の雨森文也先生が第三ステージの指揮をしてくれたこと。もう一つは、第99回の定期演奏会の演目の一つ、ビゼーのオペラ「真珠採り」より、を42年振りにその時の編曲通りに演奏したことなのだそうです。42年前に出演した人たちがかなりの数、駆け付けてくれたそうなのです。演目のページをアップしておきます。「合唱開眼」は別稿で。

  

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皆様

合唱団の名称は「男声」が正しいのですが、最初は「男性」という誤変換のままアップしてしまいました。ワグネルのOBの方から御指摘を頂いて訂正しました。御指摘有難う御座いました。ただし、「広島ブログ」のリストの中の表記は一度アップしてしまうと変更できませんので、そのままです。不注意をお詫びします。

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