若者

2017年6月19日 (月)

「ビリョクだけど ムリョクじゃない!」第20代高校生平和大使結団式

「ビリョクだけど ムリョクじゃない!」第20代高校生平和大使結団式

 

昨日午前10時からアステールプラザ(広島市中区)で、節目となる「第20代高校生平和大使」の結団式が行われました。「高校生平和大使」は、1998年に長崎で選ばれた2名が、初めて国連本部(200年からは欧州本部)を訪問して「核兵器廃絶と世界平和の実現」を訴えて以来、毎年続く活動です。

今年も「高校生平和大使派遣実行委員会」の呼びかけに応えて応募した高校生から、北海道や福島、東京など全国15都道府県で22名が選出され、この結団式に集まり、これから1年間の活動を誓い合いました。

Photo

第18代高校生平和大使を務めた脇原華怜さんの司会で始まった結団式は、まず最初に「派遣実行委員会」の小早川実行委員長が「皆さんからは、輝く希望のようなものを感じた。選考委員は、この子たちは必ず『核兵器廃絶、広島長崎の思いを伝えてくれる』と確信して、皆さんを選びました。署名に込められた思い、それを支えている多くの高校生たちの思いを受け止めてください。そして被爆者の皆さんの希望の星になってください。」と激励。そして一人ひとりに委任状が手渡されました。

Photo_2

続いて22人の高校生平和大使の決意表明。

広島で選ばれた船井木奈美さん(英数学館2年)は、「学生の平和活動の中で、同世代の関心のなさを痛感します。被爆者の方たちが、『二度とヒバクシャを出さないでほしい。』と言われる思い、そして72年前の事実、平和の大切さを、同世代や次世代の人たちに伝えたい。そのためにも1万人署名活動をより活発にするよう努力します。」と決意を述べました。

Photo_3

同じく広島の小林美晴さん(広島大学付属高校2年)も「被爆者の思いを伝えることが大切。そのためにも被爆体験を風化させてはならない。署名に込められた思い、集める活動に加わってくれた仲間の思いを届けたい。」と語り、同じ広島の久永風音さん(広島皆実高校3年)は、「被爆者の体験を聞いたことが、平和活動のスタートでした。人と人とのつながりが平和の基礎です。人は誰も大切な人。そのためにも核兵器も戦争もない世界を作らなければなりません。」と決意を述べました。

他の高校生平和大使からも次々とそれぞれの思いが伝わる力強い決意が述べられました。

前日広島入りした高校生平和大使たちは、柳川良子さんの被爆体験を聞き、慰霊碑への献花、被爆二世の案内で平和公園を中心とした「碑めぐり」、さらに原爆資料館見学など、被爆の実相を学ぶ活動を行いました。その中でも特に、柳川さんの被爆体験が強く印象に残ったようです。

Photo_4

今回選ばれた第20代高校生平和大使は、1年間地元での平和活動を続けるとともに、8月19日から26日の日程で、スイス・ジュネーブにある国連欧州本部を訪れ、国連軍縮局に全国の高校生が集めた「高校生1万人署名」を提出することになっています。

そのための署名活動は、全国で取り組まれており、すでに広島でも平和公園元安橋などで、多くの高校生が集まり、取り組まれています。

 

Photo_5
Photo_6

今年は、「核兵器禁止条約交渉」が国連で行われている画期的な年です。この高校生平和大使たちが、国連欧州本部を訪れる時期には、「核兵器禁止条約」がまとまっていると思われます。「核兵器禁止条約交渉」に参加しない日本政府に代わって、高校生平和大使の皆さんが、被爆者や被爆地広島、そして全国の人々が願っている「核兵器禁止条約の制定によって核兵器廃絶へ」の強い思いを伝える大きな役割を果たしてくれるものと確信しています。

 

[お願い]

この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ 広島ブログ

2017年5月30日 (火)

慶早戦・早慶戦 ――春季リーグの優勝は立教でした――

 

慶早戦・早慶戦

――春季リーグの優勝は立教でした――

 

日曜日の慶早戦は、早稲田が勝ち、春季リーグの優勝は立教に決りました。負けた慶応に敬意を表してまずは「慶早戦」を使いました。

 

             

Photo

               

 

そして月曜日に行われた第3戦は慶応が勝ちました。

 

3

 

目立ったのは、瀬戸内高出身の早稲田のキャプテン佐藤が、三試合連続ホームランを打ったことです。その他、二試合とも楽しい場面はたくさんありましたが、やはり神宮での観戦にはかないそうもありません。早稲田側からの写真を何枚か送って貰ったのですが、その中から一枚。雰囲気を味わって頂ければ幸いです。

 

3_20170529_17_17_52

 

月曜日の試合は、優勝が決ってしまっていることもあり、地上波・BSとも中継はありませんでしたが、東京六大学野球連盟がネット中継をしてくれていました。コマーシャルが入らないせいもあって、空席もかなり目立つ神宮でしたが、それでも学生たちが楽しみつつ熱心に応援している姿がほぼリアルタイムで伝ってきました。

 

Image2

 

閉会式の全景です。外野席にもバックネット裏にも残っている人はあまり多くありません。そして優勝した立教です。

 

Image3

 

東京六大学春季リーグの最後の試合が早慶戦だったので、応援していたのは早稲田か慶応の学生や関係者が多かったせいもあったのでしょうが、立教の記念撮影の場面でも聞こえてきたのは、早稲田の校歌『都の西北』と慶応の応援歌『丘の上』というのはちょっと気になりました。しかし、王者の風格と言ったら良いのでしょうか、立教の選手たちはそれほど気にはしていないようでした。

 

早慶戦・慶早戦の楽しさを満喫した三日間でしたが、早慶戦や六大学野球の歴史も勉強してみたいと思うようにもなりました。次男のSに取っても新たなアイデンティティーを感じる三日間になったようです。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ align="center" style="text-align: center;"> 

2017年5月29日 (月)

早慶戦・慶早戦 ――広島で視られるとは思いませんでした――

 

早慶戦・慶早戦

――広島で視られるとは思いませんでした――

 

子どもたちに少しでも関わりのあることに目が留まるのはどの親でも同じでしょうが、土曜日のお気に入り番組を録画しようとして、早慶戦の中継のあることに気付きました。まずは録画の予約をして、土曜日の夜、用事の済んだ後に家人と「応援」しました。

 

早慶戦 (慶大関係者は「慶早戦」と言うようですので、我が家ではここから既に問題なのですが) が特別な存在であることは良く知られていますが、まさか、広島で中継が視られるほどの重みのある対抗戦だとまでは思っていませんでした。

 

                 

Photo

           

 

早慶戦が特別なのは早慶戦の期間中、慶応ではほとんどの学部で一時限目以降は応援のため休講になっていることからも分ります。早稲田では昔は全学部で休講だったと聞いた覚えがあるのですが、今は休講にはしないようです。

 

50年前の東京の思い出ですが、早慶戦の日には早稲田一色になる新宿にも、慶応でないと肩身の狭い銀座にも行きませんでしたので、両校の熱狂振りは分っていました。でも、論理的に考えて見ると、自分の母校の応援歌は歌えなくても、慶応の応援歌『若き血』も早稲田の校歌『都の西北』も両方歌える人は、私も含めて多くいるのですから、それだけからも早慶戦が全国中継されても驚くことではないのです。念のためお断りしておきますすが、母校の応援歌も練習させられましたし、応援に行って歌ってもいるのです。でも結局は身に付かなかったのです。

 

前置きが長くなりましたが、春のシーズンの早慶戦第一戦は、とても良い試合でした。結果は、85で慶応が勝ち、日曜日の第二戦で勝てば優勝、しかし負ければ優勝は立教にさらわれるというシナリオになります。

 

人並みに野球は好きですし観てきましたが、それほど深い知識もありません。当然、気の利いたコメントなどできませんが、4回裏に慶応が満塁ホームランで4点を挙げ、5回表には早稲田が5点を挙げて逆転、その裏には慶応が再び満塁ホームランで突き放す、という展開はドラマチックなだけではなく野球の面白さを余すところなく見せてくれた試合でした。

 

 

Photo_2

 

満席の神宮球場も華やかでしたし、応援団やチアガールたちの活躍も学生野球になくてはならない場面を作ってくれていました。試合終了後は、両校の応援歌と校歌が演奏されていましたが、両校とも起立して相手校に敬意を表していたことにも何だかジンときてしまいました。

 

その上、早稲田には広陵出身のピッチャー柳澤そして瀬戸内出身のキャプテン佐藤と二人も広島出身選手がいます。

 

私たちは、4点入った時点では早稲田を、早稲田が逆転してからは慶応を応援しました。と言っても、試合は何時間も前に終っていたのですが、それでも応援には力が入りました。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

小学校の時、初めてサッカーを教えてくださった先生が
早稲田OBで、東大の岡野選手をマークしていたことを
自慢されていました。その頃から早稲田に強い憧れを
抱いていたのですが、女の子の尻ばかり追っかけてい
たので2年連続で落ちましたw 

知り合いの早稲田OBの弁護士さんは、早明戦では娘
さんが在学中の明治を応援するようですw

どちらにしても伝統校出身は羨ましい。

東京六大学戦というと野球だけに注目が集まりますが、
他のスポーツでもやっているのですよね。
息子のやっていたソフトテニスでもありました。
友人の応援で野球の六大学戦を観戦した息子は
やっぱ野球は格が違う…と言って笑ってました。
中でも早慶戦は花ですよね。
ちなみに息子は立教ですが、私、校歌歌えます。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

学生野球はじめ運動部だけでなく、吹奏楽や合唱その他の部活動も、どこを応援するのかとは別に、あるいはそれを超えて、学生らしさに感動しています。

もう一度あの頃に戻れたら、という気持もちょっぴり感じながらですが。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

立教の春季リーグ優勝おめでとうございます。

野球、テニス等の運動部の六大学対抗も注目度は高いですし、ピアノや合唱、ストリート・ダンス、学園祭等でも六大学の交流が盛んなようですね。次のサイトに一覧表がありました。

https://gakumado.mynavi.jp/gmd/articles/31796

でも、ストリート・ダンスの時は応援歌をどうするのでしょうか?

2017年4月13日 (木)

違和感のある日本語 ――「やんちゃ」と「いじる」――



違和感のある日本語

――「やんちゃ」と「いじる」――

 

気になり始めたのは、ここ数年のような気がしますが、このところ「やんちゃ」の使われ方が大きく変ってしまいました。

 

昔は――と言い始めるのは老化現象の典型なのですが、敢えて使います――「やんちゃ」というのは、「子供のわがまま勝手なこと。だだをこねたりいたずらをしてりすること」(広辞苑 第六版)ですし、大辞林の第三版には、「子供が活発で大人の言うことをきかないこと。いたずらやわがままをすること。また、そのさま。また、そのような人をもいう。」という定義が載せられていて、例としては 「やんちゃをする」 「やんちゃな子」 「やんちゃ坊主」 「やんちゃ盛り」が挙げられています。

 

「良い子」と比べて、奨励されているのではなくても、先ず犯罪性はありませんし、「困った子だよ」というレベルの親のため息があっても、特に周りの人に飛んでもない迷惑を掛けるまでは行かない、男の子の性質を表していたような気がします。

              

007

           

「いじめ」?「やんちゃ」?

 

「お茶目な女の子」という表現もありました。その「お茶目」より少しは飛び出していることは

認めるとして、「やんちゃ坊主」に対して「お茶目な女の子」という対照ができるというくらいのレベルだったのではないでしょうか。

 

062

「やんちゃ」の域を超えている?

 

 

しかし、最近での使われ方では、昔は「やんちゃ」だったと言えば、昔は不良少年だった、ぐれていた、犯罪行為に手を染めた、といったレベルのかなり問題のある行動をしていたことを示しているようです。

 

この線引きを曖昧にすることで、例えば「いじめ」も「やんちゃ」な行為なのだから許される、というニュアンスで許容されてしまう傾向さえあるような気がしているのですが、これは、不正確でしょうか。

 

それに関連して、「いじる」という言葉が大手を振って市民権を得てしまったようです。この言葉の語源にはいろいろな説があるようですが、落語の世界の「客いじり」という表現が元で、「いじる」が「いじめる」の代りに使われるようになったと考えている人たちもいるようです。

 

私は、単純に「いじめる」の「め」を抜いて隠語的に使われていた言葉が、これまた線引きの曖昧さとテレビの好い加減さとの相乗効果で、無害化されてしまった結果なのではないかと思っています。

 

この両方に共通しているのは、人格の否定や無視といった犯罪性のある行為や言葉が、新しい曖昧な言葉に置き換えらることで、こうした卑劣な言動に対する批判が「無粋」なこととでもいうようなラベルを張られ、益々広まることなのですが、正にそのような傾向が顕著になっているように思えます。私が心配症で、単なる「老の繰り言」であるのならまだ良いのですが。

 

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

「やんちゃ」い関しては、子供から少年、大人になっていても
子供のレベルの善悪の曖昧さで悪いことをしてしまう、少年
大人に対して使う場合「ワル」の意味が加わっているのでは
ないかと思っています。

「いじる」に関しては、「=いじめる」の意味で使うのはマスコミ
だけではと思っています。普通は(私はかな)「おちょくる」って
意味でしか使いませんから。しかし、マスコミが使ってはいけま
せんよね。正しい言葉になって行ってしまいます。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。世代的な違いかもしれませんし、関東、関西の違いもあるのかもしれませんが、私の中では「やんちゃ」は、小学生くらいまで、せいぜい中学の低学年までで、それより上のそれなりに善悪や、自他の差が分る人に対しては使わない言葉なのです。

それがまずあるので、「不良少年」や「ぐれる」の代りの「やんちゃ」には違和感があるのだと思います。

2017年4月 2日 (日)

「ヒロシマ・ナガサキ ZERO Project」 ――着々と準備が進んでいます――



「ヒロシマ・ナガサキ ZERO Project

――着々と準備が進んでいます――

 

原爆や核兵器についての歴史の中で、重要な役割を果した三人の著名人のお孫さんが3人とも核兵器廃絶のために頑張っていることを報告しましたが、その一人は『ヒロシマ』の著者ジョン・ハーシー氏の孫、キャノン・ハーシー氏でした。1月に来日されたときには芸術やフィルム、テレビ・プログラム等の分野でともにリーダーとして活躍中の西前拓氏と一緒でしたが、今回は西前氏一人での来広でした。

 

話が弾んで、写真を撮るのを忘れてしまいましたので、前回の写真を使わせて頂きます。キャノン・ハーシー氏と西前拓氏です。

 

                 

1_20170401_17_47_07

           

 

1月にお会いしたときに伺った、プロジェクトは「平和円卓会議2020 Peace RoundTable(仮称)でしたが、「核なき世界」実現のための円卓会議を今後4年間にわたって開き、2020年までに実行可能なことを積極的に推進するという目的が掲げられていました。その計画がかなり進んで、今年の1029日に、「ヒロシマ・ナガサキ ZERO Project」として開かれることになりました。

 

クラウド・ファンディングを通して、支援者も募っていますので、こちらのページも御覧下さい。今日から始まったばかりなのですが、目標額100万円に対して、今これを書いている時点では、3000円の申し込みがありました。皆さんも御協力宜しくお願いします。

 

当日のプログラムですが、先ず袋町小学校の校庭を使って、黒田征太郎氏やキャノン・ハーシー氏がリーダーになって、遊んだりアート作成をすることから始まります。一つの目標は壁画作成ですが、それは皆さんに、黒田征太郎氏が準備したハガキ大の枠組をダウンロードして貰い、それに自らの手で絵や文字を描いたものを事前に送って頂くという準備が必要になります。それらのハガキを貼り付けながら壁画を作るという予定です。

 

その後、隣にある人まち交流プラザで、4つの分科会に分かれて、パネル・ディスカッションそしてワークショップを開きます。テーマは前回も御紹介しましたが、再度掲げます。

 

☆人権  Human Rights for Peace  核の問題は人権問題でもあり、各国の核被害者との連携が重要。 例;核被害者フォーラムや世界各地の被爆者との交流事業

 

☆環境  Healthy environment for Peace  核の問題は環境問題でもあり、地域社会、国際社会がいかに共同で取り組むべき問題である。 例;被爆樹木プロジェクトなど

 

☆コミュニティ  Community for Peace  自分たちの住むコミュニティ、町や村から平和を広げていくことが重要。 例;Mayors for Peace 平和首長会議

 

☆イノベーション  Innovation for Peace   テクノロジーの力で核問題に関する新たなコミュニケーションを生む。 例;オンラインソフトやアプリの開発、Hiroshima Archive

 

最後の「イノベーション」を考える上で、急速に変る社会を元にして新たな行動を考える必要のあること、そのためには「パラダイムの転換」という視点から社会を見直さないと間に合わないのではないかという感想を西前氏と共有することができました。

 

例えば、インターネットを通して使われるビットコインやアップルペイその他のアプリやシステムが進化しつつあって、銀行の必要ない経済さえ議論されている時代になり、私たちを取り巻く経済の枠組みそのものも大きく変わるであろうということ、自動運転やドローン等の技術の実用化は時間の問題で、そうなるとこれまでの政治の枠組で人類的な問題に対応しようとしている「今」の問題意識では解決が難しくても、解決への道筋が生まれるかもしれないこと、しかし、その中心にあるのは多くの人々の生命と生活であり、「都市」の本質的な役割を大切にして行かなくてはならないこと等が、話題になりました。

 

ワークショップのリーダーになるのは、以下のパネリストやゲストたちです。

 

■主なゲスト&パネリスト■

田上 富久/長崎市長・平和首長会議副議長

秋葉 忠利/前広島市長  

ウィリアム・ペリー/元アメリカ国防長官

渡部 朋子/ANT-Hiroshima (NPO)

近藤 紘子/谷本平和財団

中村 桂子/長崎大学RECNA准教授 

黒田 征太郎/アーティスト

加用 雅信/広島妙慶院住職 

スティーブ・リーパー/Peace Culture Village

キャノン・ハーシー/1Future (NPO) 代表    

西前 拓 /1Future (NPO) 代表                  

ドロシー・マスーカ/南アフリカの国民的歌手  

順不同

 

一日の最後はコンサートとプレゼンテーションです。ワークショップでの成果を、プレゼンテーションとしてまとめ、またコンサートのために駆け付けてくれるアーティストたちとともに、歌、踊り、プレゼン、展示等で盛り上がるフィナーレになりそうです。

 

このイベントに先立って、ニューヨークでも同じ趣旨のイベントが開かれるようですので、できたら参加したいと思い、先ずは旅費捻出のために宝くじを買うことから始めたいと思っています。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年3月29日 (水)

凄い人にお会いしてきました その2 ――何十年も続く運動を構築したTさんをお手本にしよう――


凄い人にお会いしてきました その2

――何十年も続く運動を構築したTさんをお手本にしよう――

 

「雑草グループ」は、活動形態を変えて続いているようですが、「雑草グループ」の活動の様子をA3の用紙4ページにまとめた記録にも圧倒されました。

 

                   

20170329_0_29_25

         

 

そして現在進行形の活動も「凄い」のです。何十年も素晴らしい運動を続けて来られたエネルギーには完全に脱帽です。誰にでもできることではないかもしれませんが、それを実行してきた人がいるのですから、Tさんをお手本にして私たちも頑張る上での目標にしたいと思います。

 

まず、Tさんの特技である洋裁を26歳の時から教え始め、それが今でも続いていることです。それは洋裁もさることながら、お喋りが楽しくて続けている人がほとんどだということらしいのです。「少し年取ってきたからそろそろ止めようか」とTさんが言ったところ、「止められたらお喋りを楽しめるところがなくなる」「ここがなくなったら鬱になる」という声が続出し、その結果、現在でも間続いているという約60年の記録になっています。Tさんが、多くのお弟子さんの中にある「The Better Angels of Our Nature」を引き出せる良きリーダーだということを示すエピソードです。

 

1995年の阪神淡路大震災の時には、地域での助け合いが如何に大切なのかに気付き、そのために「つたの会」を立ち上げ、近隣の48軒が集まって今でも防災訓練などを続けているそうです。

 

YWCAでは、1960年代から日本の大学や大学院で勉強する留学生のための「里親制度」を作って留学生支援をしてきたそうなのですが、それが関西にはないから作れないかと相談を受け、1970年から大阪のYWCAでもその制度を作り、それから45年間「里親」として活躍、世界に親戚ができたそうです。最近、Tさんの家で、これまで留学生としてお世話をした人たちが集まって「同窓会」を開いたときの写真を見せて貰いましたが、テーブルの上に並んでいる料理は一流ホテルのパーティーのように豪華なものでした。それも全部Tさんの手作りだとのこと。「今度はあなたたちに御馳走するから、大阪までいらっしゃい」とお誘いまで頂きました。

 

そんな活動をしている内に、日本がどんどん右傾化していることに黙っていられなくなり、平和運動にも関わり始めました。

 

例えば、昨年1115日には、「戦争法違憲訴訟」で戦争体験を陳述しています。京都と兵庫での男性一名ずつの陳述に互してのTさんの陳述は裁判官5名、国の弁護士10名、Tさんたちの弁護士3名、役員7人、傍聴者約70人の前でのものでした。

 

そのすぐ後、1120日には、沖縄の「高江の森が泣いている」のDVDを借りて、42人が参加する上映会を開催、そこでTさんが仲間と一緒に辺野古の座り込みに参加した時の模様も報告したそうです。

 

某新聞の報道が、事実を曲げ市民の立場を無視していたときには、自分でも抗議の手紙を出すだけではなく、30枚ものハガキを買い、表には新聞社の住所と名前、担当者と編集局長の名前を書き、友人には、何が問題なのかを説明して、それぞれの名前で、抗議の手紙を出して貰うこともしたそうです。


まさにマイケル・ムーア監督の推奨する「トランプをやっつけるための10のアクション・プラン」の日本版です。

 

広島に来られる前に頂いた手紙にはTさんの熱い思いが綴られていました。「私は命を一番大切に思っております。(中略) 秘密保護法案、憲法9条改悪、集団的自衛権、原発、PTTと次々に強行採決する異状、福島の放射能も止められず大雨が降ると垂れ流し、被災者5万人は今も仮設住宅、それなのに稼働を進めて行く首相、議員の無神経さは全く理解できません」

 

平和公園の桜を楽しみに来て頂いたのに、桜の開花はまだでした。でもTさんのお話で、私たちの心の中では桜の花が満開でした。卒業式ワンコイン・シンポジウムでは40代の「若者」に背中を押され、今回は84歳の先輩に手を曳かれるような感じで、強力なエネルギーを貰うことができました。

 

その翌日には東京に飛んで、「京の昼寝」どころか「京の勉強」振りを堪能しました。問題は、頭に浮かんだアイデアを全て実行するには時間が足りない、ということです。でも一つずつ片付けて行きたいと思っています。

 

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年3月27日 (月)

仰げば尊し ――美しい日本語を継承して欲しい――


仰げば尊し

――美しい日本語を継承して欲しい――

 

卒業式の季節ですが、かつてはどの学校でも歌っていた『仰げば尊し』が最近では歌われなくなってきたようです。その代りに最近歌われているのは、例えば、『旅立ちの日に』や『YELL (いきものがかり)』、『3月9日 (レミオロメン)』等だそうです。どれも良い歌ですし、時代の変化を反映しているのだとは思いますが、今回は、『仰げば尊し』が復権することを願っている理由を述べてみたいと思います。

 

その前に、まずYouTubeにアップされている『仰げば尊し』を聞いて下さい。


 

 さらに歌詞も復習しておきましょう。

 

1. 仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば

2. 互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
別(わか)るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば

3. 朝夕 馴(な)れにし 学びの窓
蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば

 

歌われない理由として、歌詞が難しい、教師への「恩」を強制している、立身出世主義を奨励している等の意見があるようですが、確かに歌詞は今の子どもたちには難しいかも知れません。教師への恩を強制していると読むことも可能ですが、歴史的事実として、多くの人たちがこれまで「師」に感謝してきたことを、若い世代にも受け継いで欲しい、そし教師の側からは、生徒たちにそう感じて貰うための努力を教師としてしっかりするという決意表明の歌として受け止められないものでしょうか。

 

「身を立て 名を上げ やよ励めよ」は、自立し、自分の名前に恥じない人間になるように努力して欲しいという、独立して行く子どもたちへの餞の言葉と考えてはいけないのでしょうか。

 

歌詞の解釈も大切ですが、それ以上に大切だと思うのは、この歌詞が日本語として美しいことです。日本語の美しさを若い世代に理解して貰いその美しさを伝え続けて貰うために、この歌を覚え歌い続けて欲しいのです。

 

美しさを表現している個所を挙げておきたいと思います。

 

一つは「今こそ別れめ」です。係り結びであることは、古文の時に習ったはずですが、「別れめ」は「別れむ」の已然形です。「こそ」は強調なのですが、「は」と同じような意味を持つとも言われていますので、「今は別れるけれど、再会しよう」という情緒を言葉としては言わないながらも伝えています。そんな気持ちを言外に美しく伝えられる係り結びを、日本語の中に残しておきたいと思うのですが、センチメンタル過ぎるでしょうか。

 

後は一つにまとめてしまいますが、「いと」「やよ」「いざ」といった詩語の美しさです。日本語の特徴の一つは、俳句や短歌といった短い詩の持つ美しさにあることは論を俟たないと思いますが、そのことは、ここに掲げた二音節の言葉の持つ美しさと切り離せないように思います。その美しさを感じて貰うために、そして日本語の美しさを大切にして貰うために、若い人たちに『仰げば尊し』を歌い続けて貰いたいと願っています。いや祈っています。

 

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

本日「気まぐれ辛口」卒業します。長い間有り難うございました。

私の小学校の卒業式で
人類のためにがんばる子どもたちに
「身を立て名をあげ」
はなじまないので2番は歌わない。
という説明があり、
保護者はびっくりした、
というのを母から聞きました。

「気まぐれ辛口」様

コメント有り難う御座いました。お礼が遅くなりましたが、長い間楽しませて頂き有難う御座いました。今後も「気まぐれ」振りを発揮して、気の向いたときに「辛口」をお寄せ下さい。

「緩和ケア薬剤師」様

コメント有り難う御座いました。お礼が遅くなりました。

それも一つの考え方ではありますが、別の解釈成り立つのではないかと思って書かせて頂きました。

良い歌は歌い継いで行きたいですね。

2017年3月 6日 (月)

ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム ――「託されたもの--大地と人と。」―  


ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム

――「託されたもの--大地と人と。」―  

 

予定通り1330分に始まったシンポジウムですが、立錐の余地のないくらい多くの皆さんに御参加頂きました。心から感謝しています。 

                         

Photo


 主催者の挨拶では、このシンポジウムも6年目を迎えて、昨年の海に焦点を合わせたシンポとは対照的に、今年は「陸」「山」をバックに大地と人を考えるイベントとして企画したこと、そのために、ゲストとして福島県須賀川市で専業農家を営む樽川和也さんをお招きした経緯の説明がありました。

 

主催者の代表である西村恵美子さんと毎回の名司会振りで多くの人を魅了している中沢晶子さんお二人が、昨年11月に福島まで樽川さんに会いに行き、樽川さんと彼の母上に歓待されたこと、その経験を通して樽川さんに広島までお出で頂くことの大切さを再確認できたとの報告でした。

 

続いて樽川さんの基調報告でしたが、原発から65キロ離れた須賀川市で東日本大震災の被害がどのようなものだったかを事実に即して生々しく描いてくれました。正に胸塞がれる思いでした。そして、お父上の言葉を交えながら、樽川さんの農業者としての原点がお父上だということが良く分るエピソードをいくつも紹介してくれました。

 

例えば、お父上は30年前から有機農業を実践してきたこと、それも「子どもに食べさせるものだから」という理由でその選択をしたこと、1988年に広島での原水禁世界大会に参加した後、原発の危険について何度も語ってくれたこと、東日本大震災後の福島第一原発事故のニュースに接して、自分の言ってきたことが正しかったと感想を漏らし「馬鹿だなこの国は」という言葉が続いたこと、それから言葉が段々少なくなって塞ぎ込むようになり「福島の野菜もこれでお終い」と言っていたことも話してくれました。

 

そして323日の夕方、県から「結球野菜の出荷停止」決定のファクスが届き、夕食になって初めてお父上にそれを見せたところ、じっとテーブルを見詰め続けた姿が瞼に残っていること、夕食後、いつもはお母上が洗っていた食器を何故かお父上が洗ったことにチョッピリ疑問を持った記憶も共有してくれました。

 

24日の朝、お父上の姿が見えないことに母と子は気付き、野菜を見回りに行ったのだろうと思っていたところ、7時になって廃材を一輪車に乗せて裏のキャベツ畑まで運ぼうとしてした樽川さんは、「畑に父が立っているような気がした」ことに気付きました。でも少し近付くと、太さ3メートルの欅の木の下、「父の足は空中にあった」ことに気付き大きなショックを受けました。

 

地震からからの被害だけなら立ち直れた、でも原発の事故が致命的だった、というのが父上の気持だったろうし自分でもそう思うと樽川さんは総括しています。また後で、お父上の知人たちからは、「子どもたちに何も残せなかった」と言っていたことも聞いたそうです。

 

前を通ると父を思い出さざるを得ない欅は伐採して貰い、出荷停止になってそのまま畑に残していた寒キャベツやブロッコリーの株、計8,000株は、凍って割れる音が聞こえるようになり、父の努力と作物の生命を悼んで線香を上げてから、トラクターで均したとのことでした。

 

二日続けて、親御さんと悲劇的な別れを告げた40代の若者が「今いるところを大切に」頑張っている姿に接して、物理的な意味での「今いるところ」と精神的な意味での「今いるところ」を重ねることで、未来の展望が新たな次元から見えること、また被爆者のメッセージの大切な側面として「今いるところを大切にする」姿勢で彼ら/彼女らが生きてきたことなども含めて議論を深めたかったのですが、オバマ大統領の功罪について樽川さん抜きのかなりヒステリックなやり取りに時間を費やすことになってしまったのはとても残念でした。

 

パネスリトとしての責任は果たせませんてほしたが、私個人としては、前日の打ち合わせとシンポ後の打ち上げで、樽川さんの話もきちんと聞けましたし、こうした深みのあるやり取りもできました。とても勉強になりましたし、マイケル・ムーア氏の「10項目アクション・プラン」PRもできましたので、これからはさらに多くの「すぐやる」チーム作りのため頑張りたいと思います。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

  

広島ブログ
広島ブログ

コメント

樽川さんのお話、心に突きささりました。西日本である広島はまるで何もなかったように日常が過ぎていきますが、出来ることはたくさんあると思いますので、日々考えて行動していかなくてはと思いました。また、秋葉さん、ビナードさんのそれぞれの視点からの発言も自分にはない視線なので大変参考になりました。ありがとうございました。

コメント有り難う御座いました。

涙に加えて、考え行動すること、私も中澤さんの言葉を噛み締めています。

今回スタッフとして参加させていただいた山根和則です。
昨年の横川シネマでの「大地を受け継ぐ」上映後に、井上淳一監督と広島に母子避難されている方や平木薫さんも交えてお話しをする機会があったので、今回樽川さんとお逢いできたのはとても嬉しいことでした。
樽川さんとは直接お話しも出来、これからの私自身の福島への取り組みにも、おおきな力と指針を与えていただけました。
つきましては、私のfacebookに、このブログの記事(前後編)をリンクさせていただきました。後からで申し訳ありませんがご了承いただけますでしょうか。もし不都合なようでしたらメールアドレスを入れておりますので連絡頂けましたら対処いたします。
コメント欄をお借りして恐縮です。よろしくお願いします。

「山根和則」様

コメント有り難う御座いました。また、リンクを張って下さったこと、感謝しています。

樽川さんが、広島に来られたことでさらなるエネルギーを得て、お父上の思いをさらに大きな形で実現してくれることになるよう祈っています。そのために、私たちも新たな連携を始められればと思います。

2017年3月 5日 (日)

感動的な卒業式 ――若い世代への期待がさらに大きく膨らみました―  


感動的な卒業式

――若い世代への期待がさらに大きく膨らみました―  

 

考えて見ると、感動的ではない卒業式に出席した記憶はないように思います。それぞれ特色のある、時代を反映し巣立つ子どもたちへの思い溢れる、そして見守る親や保護者たちにとって感慨無量な一時です。

 

今日は下の息子の高校卒業式でした。上の子から通算すると9年間お世話になった学校ですが、二人とも「スク―ルバンド班」に属して楽しく豊かな青春を謳歌することができた年月でした。先生方、同級生の皆さん、そして保護者や同窓会の皆さんにも感謝の言葉あるのみなのです。

              

20170304_23_22_05

式後の校門付近


式は体育館で行われ、君が代、卒業証書の授与、校長先生の式辞、来賓挨拶、在校生の送辞、そして卒業生の答辞、記念品贈呈、賞の授与、校歌、蛍の光の順でした。最後には卒業生の飛び入りで、先生への感謝の気持が表明されました。ただ私たち世代から見ると「仰げば尊し」が、最近は歌われなくなっていることが残念です。

 

その後、組毎に教室に戻り、担任の先生から一人ずつ卒業証書を手渡され、一人ずつ卒業の言葉を保護者の前で披露してくれました。笑いが途切れないほどの素晴らしい雰囲気で、「このクラスで良かった」という全員の気持ちが伝わってきたような気がします。

 

最後に担任の先生の餞の言葉がありました。これから大人の仲間入りをして生きて行く上で、自分として感じている大切なことを三つ伝えておきたい、というテーマでした。

 

第一は、今いるところを大切にすること。理想を掲げるのももちろん大切だが、世の中には思い道理にならないことも沢山ある。そんなとき、理想を捨てて諦めるのという意味でもなく、不貞腐れて開き直るのでもなく、素直に今いるところを大切にすること。そのことを、今卒業生の多くが直面している受験と心学、あるいは就職後の仕事等、子どもたちの立場からの実例を挙げながら、しっかりと伝えてくれました。

 

二つ目は、親を大切にすること。自分は母を事故で失った。そのとき最初に浮かんだ言葉が「ごめん」だった。母への気持を素直に伝えていなかったことを悔やんだからだ。君たちには同じ経験をさせたくない。両親への感謝の気持ちを直接言えなければ、親の手伝いをすることで表しても良いし、手紙でも良い。場合によっては親から離れるという選択が最善の親孝行だという可能性もある。そんな場合も含めて親を大切に。

 

三つ目は、元気で。これは説明するまでもないと思ってしまいましたし、それ以上にその前の母上についてなされたときには、先生の声が詰まり私たちもほとんど涙で聞いていたために、耳では聞いていても内容まで聞き取れませんでしたので、報告はここまでしかできません。

 

子どもたちには勿論、先生のメッセージは伝わりましたし、私たち保護者も感動したのは、御自分の経験を元に、今子どもたちにとって一番大切なことを分かり易く説いて下さったからなのだと思います。

 

その先生は40代です。私から見れば「若者」世代なのです。その若者が、さらに若い子どもたちに人生の先輩として、私たち世代も教えられるような言葉を贈ってくれたことで、若い世代への私の期待は一段と大きく膨らみました。

 

 

 

そして、ワンコインシンポジウムにもお出で下さい。

 

 

20170225_19_58_22

 

ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム

テーマ:  「託されたもの--大地と人と。」

201735() 13:30 ~~ 16:30

合人社ウェンディひと・まちプラザ

北棟6Fマルチメディアスタジオ

入場料  前売り券は500円。当日券は600円です。

主催 福島と広島をつなぐ、もみのきの会

 

  

 [お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

卒業おめでとうございます
うちの子も、いまだに学校と担任のことが
大好きです。
今は校長の、当時は一国語の先生も(笑)

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。人生のどこかで、尊敬できる「師」に巡り合えるって有難いですね。全ての若者がそんな「師」に出会えますよう。

2017年2月17日 (金)

私のお宝(1) ――英単語カード――  


私のお宝(1)

――英単語カード――  

 

アメリカでの高校時代、自分で作った単語カードです。一枚目は授業中に先生の指示に従って作り、それに加えて30枚くらい、宿題として出されていた単語のペアを一枚のカードに書き写して作りました。

 

まず、「3-by-5 card」、つまり3インチ×5インチの大きさのインデックスカードを半分に切ります。角を斜めに切って、裏表と上下が手で触っただけで分るようにします。表には、スペリングが紛らわしくて、アメリカ人でも良く間違う単語 (このリストは宿題として渡されていました) の一対を書き込み、ひっくり返して裏には、それぞれの単語の意味を書きます。私はそれに日本語の意味も書き加えました。

 

宿題に出された単語についての試験もありましたので、とにかくカードを持ち歩いて何度も繰り返しましたので、全部覚えることができました。懐かしくて最近、このカードを取り出して何枚かを復習してみましたが、老化現象でしょうか忘れている単語があって、それはちょっとショックでした。

              

Photo

               

Photo_2

 

さて、今の時代、高校生はどんな単語カードを使っているのか聞いてみると、きれいに印刷され、例文付きの覚え易いものが出てきました。自分で作ると手間が掛かります。同時にその手間が記憶のためのカギになって覚えやすいという側面はあるものの、分り易いフレーズが一緒になっていたり、例文が添えられていることも大切ですので、どちらがベターなのかは一概には言えないのかもしれません。

  

Photo_3

Photo_4

 

 かつて、覚えていた単語を忘れていることのショックに加えて実はもう一つショックがありました。最近の子どもたちは英語の時間に「筆記体」を教わらないのだそうです。国際化が進んで、ハンコの代りに自筆のサインが必要になる時代だけに心配なのですが、サインくらいは練習次第で書けるようになるでしょうから杞憂かもしれません。

 

でも、アップルの創始者であるスティーブ・ジョブズ氏が大学生の時にカリグラフィーに魅せられたことから、美しいコンピュータができた史実を思い起こすと、筆記体を学ぶことには創造性を育むというもう一つの大切な役割もあるような気がするのですが――。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

ペンでは筆記体でしかかけないので、筆記体で書いたら
「そごっ、書けるん?」と子供に言われましたw

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

消えつつある筆記体を守るために、「昭和の歌を守る会」を真似て、「筆記体を守る会」でも立ち上げましょうか。

20年ぐらい前に通信添削の仕事をしていました。
その当時から、ブロック体オンリーでした。

最近、ある掲示板で、英語圏在住に方々に質問しました。
オバマ大統領のメッセージが筆記体だったので、果たして今でも使われているのか疑問に思ったからです。
複数のアメリカ在住の方々から回答があり、大体30〜40代が境目で、やはり若い方々はブロック体を使うとか。でも、おばあちゃんの手紙を孫が読めないなど、不都合があり、州によって違うようですが、筆記体復活のところが増えているそうです。
なお、signatureだけは各自が工夫した筆記体みたいなものだそうです。

「komitan」様

コメント有り難う御座いました。筆記体についての貴重な調査結果も教えて頂き、感激です。おばあちゃんの手紙が読めないのは、そう言われてみれば分りますが、気が付きませんでした。「筆記体を守る会」も立ち上げたいですね。

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30