日本政府

2017年8月20日 (日)

高校生平和大使の演説中止 ――子どもたちには勝てないことを認めた外務省――


高校生平和大使の演説中止

――子どもたちには勝てないことを認めた外務省――

 

 

まずは、819日の朝アップされた共同通信47NEWSの記事をお読み下さい。

 

         

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これと併せて、「ユース非核特使」の活動報告をしている外務省のホームページもお読み下さい。


 

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今回は中止されましたが、2015年の軍縮会議ではスピーチができました。

 

このページの最後には、「「核兵器のない世界」の実現に向けて,日本はこれからも「非核特使」「ユース非核特使」と連携しながら,引き続きリーダーシップを発揮していきます」と高らかに決意表明しています。その口の乾かぬ内に「毎年必ずやると決まっているわけではない」なんて良く言えたものです。

 

仮に高校生が核兵器禁止条約に賛成だと言ったとしても、大人としてフェアに受け止めれば良いだけではないのでしょうか。政府がそれに反対しているのなら、プロの外交官として世界の外交官に向けて自分の立場を説明すれば済む話です。それとも、世界の良識を持つ国々を説得できないことだけは自覚しているのでしょうか。

 

高校生に発言させなかったのは、高校生たち――外務省のお偉いさんたちから見ればまだ子どもでしょ――のスピーチには説得力があるけれども、自分たちの理屈は通用しないことを認めたからなのだとしか思えません。

 

高校生の皆さん!  外務笑 (済みません、変換ミスでこんな漢字になってしまいました。訂正します。外務省です。) が負けを認めたくらい皆さんの言葉そして行動には大きな力があるのです。自信を持って、世界中に核兵器廃絶を呼び掛けましょう。

 

そして、「チョッピリ」勇気のある発言をしたばかりの河野外務大臣勇気ある発言を続けて下さい。大臣は、就任直後の記者会見でテレビ朝日の小池記者の質問に答えて、

 

「今や外務省の大臣でございますから,外務省がいい,頑張っているという印象を持っていただけるようにするのが私の責任だと思いますので,外務省頑張ってるねと言われるようにしていきたい,そうならなければそれは私の責任でございますので,しっかり責任を果たしてまいりたいと思います。」

 

と言っています。その責任を果して下さい。

 

天下の外務省が、子どもたちにはない権力を使って子どもたちの足を引っ張っるのでは、「いじめをしている」と見られたとしても仕方がありません。そんなところで「頑張って」も自慢にもならないでしょう。

 

日本や世界の子どもたちのために、そして未来のために「頑張ってるね」と認めて貰いたいのなら、せめて、外務大臣の指示によって、ジュネーブでの演説を復活させるくらいのことは必要だと思うのですが――。

 

 

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コメント

河野大臣頑張れ!

「セキニン」様

コメント有り難う御座いました。頑張って欲しいですね。

≪一日遅れですが≫
連日の外務省がらみ → 恥ずかしながら知りませなんだ。
前の日にはトップのチョッピリ勇気がほめられたのに、ねえ。
こういう見え見えのやり方は反発を招く。
それをあえてって。もう、ナメられている私たち。
河野3世 → 3.11のあと、いち早く反原発を唱え、
おお!と思わせたのものの、その後はダンマリ。
それが帳消しとなる仕事ぶりを見せてくれぇ、です。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

弱い者いじめは外務省の「伝統」です。1996年、国際司法裁判所が「核兵器は国際法違反かどうか」という勧告的意見を出すに当り、関係者が陳述する機会を作ったのですが、その際に「国際法違反だ」と主張しようとした広島・長崎両市長に陳述させないよう妨害活動をしています。

結局、良識を持った他の国の枠で両市長は感動的な陳述をしました。外務省は、「あれは国としての考え方ではない」という趣旨の反論をしましたが、国際的な説得力はありませんでした。今回は、その教訓を生かす積りだったのかもしれません。

大臣としてその「伝統」を変える心意気を持って欲しいのですが--。

河野さんは、大臣なる前には、ブログで普通は知り得ないことをたくさん発信されてました。
大臣になられて期待はしたいですが、内閣の一員になれば、自由には発信できないでしょうね。
今回の事は、政府に反する事は抑えつけるとする安倍内閣の意思なんでしょうが、今のネット時代には通じないでしょうに。
国連で外務省が高校生ほ発言をさせたら、安倍内閣の不一致になると思ったのでしょうね。
平和首長会議や広島市長や広島県知事は、外務省に対して強い非難をしてもらいたいですね。
安倍内閣により、戦争の音が聞こえそうになっています。その犠牲になるのは今の高校生なのですから。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

外務省にも外務大臣にも、勿論、安倍内閣そして総理大臣にも、「それじゃダメでしょ」と言い続けましょう。

2017年8月 9日 (水)

被爆72周年原水爆禁止世界大会国際会議 ――フロアからの発言も凄かった――

被爆72周年原水爆禁止世界大会国際会議

――フロアからの発言も凄かった――

 

国際会議の報告を続けますが、今回はフロアからの発言を取り上げます。

 

 脱原発について、野党の姿勢がしっかりしていないが、その理由の一つは連合の方針にあると思う。しかし、労働組合の中での議論が私たちには伝わってこない。説明して貰えるだろうか。

 (A) これに対しては、藤本事務局長から丁寧な説明がありましたし、イさんからは労働組合が中心になって闘っていること、また日本からの情報や激励が力になっていること、労働者数では原発関連の仕事より再生エネルギー関連の方が多くの人を雇うまでになったことも報告されました。詳細は割愛します。

 

 

 選挙で勝つためには、原発を争点にすることが効果的だと思うが、台湾や韓国では、どのようにして争点化に成功したのか。

 

(A) シューさんとイさんからは、簡潔な歴史的説明がありました。両国の歴史や現在についての知識が私にはあまりないため、正確にお伝えするだけの理解には至っていませんので、割愛します。

 

 大阪府立大学名誉教授の方から、いくつかのコメントがありました。私の知らないことも含まれていましたので、とても勉強になりました。会場にいた方で、この名誉教授のお名前を御存知の方がいらっしゃいましたら、教えて頂けますでしょうか。

 

東電に21兆円もの負債があることは良く知られているが、最終的には電気代に上乗せして払う以外の道はない。(筆者注税金を投入するという理不尽な選択肢はないという前提での話だと理解しました)

 

しかも、それをさらに悪くする状況がある。東電には、送電用の鉄塔が24.8万基ある。これまでの計画では、老朽化した鉄塔を毎年1000基ずつ建て替えて行くことになっていた。しかし、これでは248年も掛るので、最近1年あたり5000基建て替えることにした。となると、コストは5倍になる。その上、廃炉費までということになると東電の破産は既成の事実だ。問題はこれを税金から出すことにするのかどうかだ。(筆者注送電用の鉄塔のことは初耳でした。コストがいくらになるのかは聞き逃しましたので、何方か教えて下さい。)

 

             

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東電のホームページから

 

 

「トイレのないマンション」であることも、具体的に明らかになってきている。原発を再稼働すると、当然使用済みの核燃料をどこに保管するのかが問題になる。最終処分場がないのだから、それぞれの原発の貯蔵プールに保管することになるが、それも4,5年で一杯になる。その時点で原発は運転できなくなる。

 

 最後にこのような発言を踏まえて、新潟の有田さんから柏崎・刈羽の現状と新潟の政治状況についての力強い報告がありました。

 

その後、たまたま目にした『産経デジタル』には、「トイレのないマンション」についての事実に即した報告がありました。推進派も認めざるを得ない状況だということなのです。

 

 

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コメント

核弾頭が減り、核実験はほぼゼロになったということ、
そしてそれがヒバクシヤそして市民の活動の世論によるということは大変素晴らしいことですが、
核実験が減ったというのは、コンピューターシミュレーションにより、改めて爆発させずとも充分な成果が得られるようになったということも大きいようですね。
英国はそのためのシミュレーターを購入したとのことですし、
http://businessnewsline.com/news/201707071753110000.html
中国は、日本は核実験なしでも、そうしたシミュレーションによりすぐにでも核開発ができ、米ロに次ぐ世界3位の核保有国になれる能力があると警戒しているそうです。
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20150812/1439363542
北朝鮮が核爆発実験を繰り返しているなんてことは、それだけ核に関する技術が遅れているという証明だともいえそうですね。
弱い犬がキャンキャン吠えるのと同じかもしれません。
そんなに目くじらたてるほどのことではないと思いますが、
でも噛まれたら痛いでしょうから、嫌ですね。

「シミュレーション」様

コメント有り難う御座いました。鶏と卵論争になるかもしれませんが、そもそも、実際には核実験をしないでシミュレーションで済まそうと考えた動機が、世論の批判をかわしたいからだった、という可能性もあるのかもしれません。

そして、地下核実験でもかなりのコストも掛りますので、コスト削減という全く別の理由もあるのかもしれません。

しかも、最近では、本当の地下実験なのか、シミュレーションなのかの区別が付かないようなシミュレーションもあるようですので、事はますます複雑です。

2017年8月 8日 (火)

被爆72周年原水爆禁止世界大会 第二分科会 ――大切な点だと思いますので補足です――

被爆72周年原水爆禁止世界大会 第二分科会

――大切な点だと思いますので補足です――

 

被爆72周年原水爆禁止世界大会のまとめで、今年は各分科会毎の報告が短かったような気がしているのですが、私が出席した第二分科会についての補足をしておきます。このブログでは何回かアップしている内容ですが、一回で読めるようにまとめておくことにも意味があるのかもしれませんので、私の発言部分を要約しておきます。「自分の喋ったことを大切だと思うのは誰でも同じ」という前提も踏まえてお読み下さい。

 

 核兵器禁止条約の成立は、歴史的出来事


 それにも比肩する「核廃絶に近付いた」出来事が31年前、1986年にあった。レイキャビックで開かれたレーガン・ゴルバチョフ会談で両首脳は、「全ての核兵器廃絶」に合意していた。

 

                   

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その合意は、軍産複合体や官僚組織の反対にあい、陽の目を見ることはなかったが、核廃絶の一歩手前まで行ったという事実は、核廃絶が不可能だという人たちへの反論になる。


 「絶対的」な力を持つと信じられているアメリカ大統領やソ連の書記長でも世界を動かすことができないことの証明になるのだか、では誰が世界を動かせるのか?


 それは、「世論」だ。

世界の核弾頭数を示すグラフを見ると、1986年をピークに右肩下がりの傾向がハッキリしている。1986年にレーガン・ゴルバチョフ会談が反映していたのは、世界の世論が核廃絶を望んでいたという事実で、その後の減少は世論の力の結果だ。

 

 

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 もう一つのグラフは、核実験数の推移を示している。1996年には包括的核実験禁止条約が締結された。しかし、アメリカ等の国々が批准していないためにまだ効力はない。にもかかわらず、1996年ころから、核実験数はほぼゼロになっている。これも世論の力だ。

 

 

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 この世論の力を背景に、核兵器禁止条約は作られた。市民運動ならびに志を同じくする国々が取った作戦は次のようなシナリオに沿って実行された。

(ア) 核兵器の非人道性をアピールし、人類の生存が最優先されるべきことをせかいに広める。そのための運動を市民の力で世界的に展開する。

(イ) その運動に公的・政治的力を与えるために、非核国が中心になって、国家のレベルでも世界の世論を盛り上げる。

(ウ) その結果として、核保有国が積極的に賛成しなくても核兵器(使用・保有・脅迫に用いること等)禁止条約締結の機運を盛り上げる。

(エ) 国連の組織の中に存在する、大国の拒否権が行使できないメカニズムを上手く生かして条約を作ってしまう。

(オ) 国際世論に押されて、核保有国も究極的には、消極的であっても条約に参加せざるを得なくなる。

 

 このシナリオ通り、国連総会の多数決による決定で、何の権限も持たない「国連公開作業部会」を作り、そこで市民社会の代表と志を同じくする国々が、核保有国や核依存国(その代表が日本)の妨害にもかかわらず、人類史的なレベルでの議論を行い、2017年に核兵器禁止条約締結のための多国間交渉をするという多数派を形成した。国連総会がそれを受けて、今年の3月から7月までの交渉を行い77日に条約の成文を採択した。


 核兵器禁止条約の持つ意味を何点か指摘しておく。

(ア) 前文で「被爆者」に言及したことは、被爆体験と被爆者のメッセージが世界的に共有されたことを意味する。

(イ) 条約によって核兵器が禁止されたことは、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者のメッセージの具現化である。それは、被爆者の「使命」である「核廃絶」実現への大きなステップでもある。

 「道徳」から「法律」へという高次元化の意味も大きい。それは、市民社会の活用出来る「語彙」を増やしたともいえる。つまり、核保有国や核依存国内で進められてきた核廃絶運動が新しい説得手段を手にしたことを意味する。そのロジックは、

1. 「核兵器は国際法違反」

2. 「法律違反を犯さないためには、条約を批准すれば良い」

3. 「国会議員に働きかけよう」

というもので、例えばアメリカ国内で、子どもたちが大人に働きかける上でも効果的な道具になる。

(ウ) 50か国の批准を必要とする「発効」は今回の採択に賛成した国が122あることから時間の問題だ。

(エ) 核保有国・依存国の批准も上記のロジックとその応用で時間の問題。

 

 核兵器禁止条約が成立した背景には、二つの大きな流れがある。それがあるからこそ、核保有国・依存国の参加も自信をもって予測できる。


 一つは、世界の非核兵器地帯条約。南半球は既に、全て非核兵器地帯だ。

 

 

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その詳細は次の通り。

1 南極条約 (1959) 2013年に50か国 

2 トラテロルコ条約 (1967)  中南米の全ての国33か国プラス核保有5か国批准 

3 ラロトンガ条約  (1986)  南太平洋の13か国・地域プラスロ、中、仏、英批准--米は署名のみ

4 バンコク条約 (1997) ASEAN諸国10か国――核兵器国は全て未署名 

5 ペリンダバ条約 (2009)  アフリカ諸国54か国中、28か国批准、仏、中、英が批准、米ロは署名のみ

6 セメイ条約 (2009)  中央アジア5か国  

7 モンゴル非核兵器地帯宣言(1992)と地位の確認(1998) 核保有5か国が、「モンゴルに協力する誓約の再確認」を発行(2000)

 

 もう一つは、市民運動の歴史だ。市民運動は世界の非暴力化のために大きな成果を残してきているが、1996年に国際司法裁判所が発した「勧告的意見」で、「一般的には」という制限が付いてはいても、核兵器の使用ならびに核兵器による脅迫は「国際法違反」という判断を引き出したのは、市民運動だと言っても良い。勧告的意見に至る歴史を振り返ってみると、次のようにまとめられる。


 まずは、南太平洋で核実験を繰り返していたフランスを国際司法裁判所に提訴して、核実験を止めさせたという実績がある。

(ア) 1966年から1974年までフランスはムルロア、ファンガタウファ環礁で44回の大気圏核実験を行う。

(イ) 民衆の不安と怒りが大圧力になる。

(ウ) 1973年1月、オーストラリア政府はフランスを「核実験は違法」の廉でICJに提訴すると警告

(エ) 1973年5月NZが、翌月オーストラリアもICJに提訴

(オ) 6月、ICJは、8対6で、NZAUSの立場を認める仲裁的意見を発表。

(カ) フランスは大気中核実験の中止を決定


 この成功を元に、「世界法廷プロジェクト」と呼ばれる市民運動が立ち上げられ、国際司法裁判所に勧告的意見を求める決議を国連総会ならびにWHOが採択し、1996年の結果に至る。

(ア) 1986年、元判事のハロルド・エバンズ提案

(イ) 1989年、IPB, IALANA, IPPNW, PGA等のNGOの間でWCPへの支持が高まる。

(ウ) 1993年5月14日、WHOが総会で、ICJに勧告的意見を求めるよう決議、9月に受理された

(エ) 1994年12月15日、国連総会はICJに勧告的意見を求める決議を採択、数日で受理される

 こうした運動を国家として受け止め、市民の声を代弁したのがニュージーランド。その中心にいたのがロンギ首相。彼の言葉を引用すると「もしニュージーランドのような国が核兵器に対してノーと言えないのならば、どのような国が核兵器に対してノーと言えるのか。もしニュージーランドのような国が核抑止論なくしては安全であり得ないとするならば、どのような国がそれなくして安全であり得るのか」

 日本政府は、ニュージーランド以上に被爆者ならびに市民の声を代弁すべきだ。特に「唯一の被爆国」という言葉を頻発しているのが日本政府であることの責任は取らなくてはならない。総理大臣ならびに関係大臣は

(ア) 自分が大臣であるときに核兵器禁止条約が採択されるなどということは、一世紀に一度あるかないかの出来事として、歴史的な意味を考え、

(イ) 唯一の被爆国日本の「大臣」としての責任を果すべき。

(ウ) それは、被爆者の悲願実現を最優先することであり、「ヒロシマ」そして「唯一の被爆国」としての世界的な位置付けを考えると、核兵器禁止条約を採択した世界の圧倒的多数の市民や国々への責任も果すべき、ということでもある。

(エ) そのためには、選挙民からの発信が一番効果的

 具体的なアイデアの一つとして、トランプ大統領を説得して、北東アジア非核地帯条約締結を推進すべきだ。

(ア) そのために、トランプ氏の選挙中の約束を再確認する。それは、

 北朝鮮と話をする

 「世界の警察官」は辞める

 日本と韓国に核武装を勧めない

(イ) これを元に、安倍総理大臣あるいは外務大臣がトランプ大統領に北朝鮮に乗り込んで次の合意を取り付けるようアドバイスすべし。

 アメリカが北朝鮮には核を使わないことを保証

 ロシアが日韓に対して核を使わないことを約束

 日本・韓国・北朝鮮は核兵器を持たない

 アメリカ・ロシア・中国はこれら三カ国に対して核兵器を使わないことを   保証

(ウ) これで、北東アジア非核地帯条約ができる。


 支持率が下がり、名誉回復の手段を模索しているトランプ・安倍組に提案する価値はある。

 

 

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2017年8月 6日 (日)

被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議 ――なぜ日本で脱原発が進まないのか?――

被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議

――なぜ日本で脱原発が進まないのか?――

 

被爆72周年原水爆禁止世界大会の二日目は分科会と国際会議が開かれました。その他に、「ひろば・ワークショップ」等のイベントもありました。全てについての報告をするには時間がありませんし、スペースも限られていますので、以下、国際会議のホンのさわりだけです。

 

               

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開会挨拶は世界大会実行委員長の川野浩一さん、その後のキーノートスピーチは事務局長の藤本泰成さんでした。パネル・ディスカッションのメンバーは、壇上の写真の右から、発言順でもありますが、司会の伴英幸さん(原子力資料情報室共同代表)、九州大学教授の吉岡斉さん、台湾大学教授のシュウ・グァンロンさん、そして韓国の環境省中央環境政策委員のイ・ユジンさんです。上の写真でイさんのプレゼンテーションを横で同時通訳しているのは、キム・ポンニョさんです。

 

パネリストの発言からもそしてフロアからのコメントどちらからも、これまで知らなかった多くのことを学べましたし、テーマの「なぜ日本では脱原発が進まないのか?」という現状認識そのものについても、ちょっぴり修正が必要なのかも知れないとさえ感じるようになりました。

 

日本・台湾・韓国の大きな違いはそれぞれの国のトップの姿勢です。今年の一月には「全ての原子力発電施設は2025年までに運転を停止する」という法改正を行った台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総督、選挙公約に掲げた脱原発を大統領就任後、公的に宣言した韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と比較すると、全く異質なのが、世界に原発を売り歩く安倍晋三首相です。にもかかわらず、脱原発の方向に向かっているという客観情勢を指摘してくれたのが、吉岡さんでした。

 

 再稼働される原発の数には上限がある。

まず、201255日から75日にかけての2か月間、稼働していた原発はゼロ、そして20139月から20159月までの約2年間も、原発ゼロ状態が続いた。201785日現在、運転中の原子炉は5基。今年中には玄海34号機が再稼働する見込みだが、それでも7基。

福島事故前に法的に運転可能な原子炉は54基あったが、福島第一原発の6基を含め、12基が廃止された。つまり、原子力規制委員会の審査をパスすれば運転可能な原子炉は現在42基ある。その中で、5基しか動いていない。大半は停止したままだ。

今後、再稼働する原子炉の基数は少しずつ増えると予想されるが、安全性の難点、立地自治体の反対、電力会社がコスト・リスク回避のため原子炉廃止へ動く可能性などを考えると、2020年ころに最大15基〜20基で、これがピークになるだろう。

新増設がなければ老朽化とともに減少しゼロに向って行く。

 

 行政レベルの原子力政策

民主党政権は20129月、原発の新設・増設は行わず、2030年代までに原発をゼロにするという目標を掲げた。しかし、201212月の衆議院選挙で情勢が変り、安倍内閣は原子力政策の基本を福島原発事故前に戻し、出来るだけ多くの原子炉の再稼働を目指しているが、すでに指摘したように実績は芳しくない。

 

 日本で脱原発を進める根拠――原子力は万人を不幸にしているから

以前は「多くの人を不幸にしている」と言っていたが、今は「万人」に改めたい。一部利益を得ている人々もいるが「原発さえなければ」の思いは、多くの人に共有されている。

[立地地域の住民の損害・被害についても詳しい説明がありましたが、福島のフィールドワークの報告等をお読み頂きたく、今回は省略します。フィールドワーク第一日目第二日目三日目]

都市住民も損失を被っている。過酷事故による生命・健康・財産リスクは都市住民にも及ぶが、過酷事故の後始末コストを含めたコストは火力より高く、その結果、無用の電気料金を払わされている。

電力会社は加害者だが、被害者としての面もある。東京電力は国家資金の投入がなければ存続できない会社になり、東芝は原発輸出に社運を賭けたが、子会社のウェスティングハウス社の巨額債務により存亡の危機にある。

   

 原発なしでも電力供給は問題ない

世論調査によると、国民の多数派が原発の即時または将来の脱原発を支持している。再稼働についても過半数は批判的。

脱原発世論の第一の要因は、福島の原発事故。

第二の要因は、原発の大半が停止していても電力不足に陥らない事実。それは、電力自由化前に過剰気味に発電施設が作られたことと、エネルギー消費の急速な減少による。リーマン前の電力需要のピーク時と比べると2015年には、14.4%の減少になっている。原発が電力需要の3割を賄っていたのだから、残りの約15パーセントの中、約5%は再生可能エネルギーで、残る10%は、人口減・労働力減も含む様々な省エネで圧縮できる。

 

 脱原発を進める政治体制作り

  国会の衆参両院における多数派により脱原発政権が作られ、数年以上にわたり政権を維持し、粘り強く脱原発に関連する法令体系の整備を進めることが必要。ドイツでの経験から、脱原発が政治的に決定されてから10年くらいは掛ると覚悟した方が良い。

  脱原発政権誕生前にも、また脱原発政権を作るためにも有効な手立ては多くある。

(1) 住民投票制度の活用

(2) 裁判による意思表示

(3) 国レベルでの市民の側に立つ専門家集団による政策決定権独占への挑戦

(4) 地方自治体による脱原発のための施策展開

(5) 自治体首長の活用

 

脱原発が進まない理由は政治の貧困さにある、と言ってしまうとあまりにも陳腐かつ一般的な表現でしかなくなるような気がしますが、それは、安倍政権の醜態にようやく気付いた大多数の市民が、遅かれ早かれ諦めてしまうかも知れまないという、これまで繰り返されたパターンが頭を過ぎるからかもしれません。吉岡教授が描いてくれた鳥瞰図は、流行り廃れの激しい世の中でも、希望の持てる大きな流れのあることを示してくれています。これをもっと多くの人たちに共有して貰うことで、核兵器禁止条約ができたのと同様の成果を挙げることが可能だと確信できました。

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2017年7月27日 (木)

石川教授の講演・導入 ――共和制と専制政治――

 

石川教授の講演・導入

――共和制と専制政治――

 

722日に広島弁護士会主催で開かれた講演会の報告をさせて頂きますが、一人目はスダンダップコメディアンの松元ヒロさんでした。スタンダップコメディーの良さを味わうには、その場でリズムや躍動感、即興のセリフや間の取り方等、内容を要約したのでは伝わらない要素が多いので、是非、YouTubeで御覧下さい。その内の一つを貼り付けておきます。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=rw69U0ocvgM

 

東京大学法学部の石川健治教授の講演は、私の勉強不足の結果かも知れないのですが、これまで聞いたり読んだりしてきた憲法論とは違った次元からの内容で正に「目から鱗」でした。

 

           

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石川教授の言葉を拾いながら説明すると、キーワードは、「人類の英知」「物語」「構造」「生活」です。

 

まず、憲法には人類の英知がまとめられている、ということなのですが、「押し付けられたから変えるべき」という主張と対極にある考え方だと言っても良いように思います。次にその人類の英知をどう表現するのかを考えると、それは「物語」である、ということに注目したいと石川教授は述べています。実は、アインシュタインの方程式「E = mc2」も同様に物語なのですが、それについては機会を改めましょう。

 

その物語を詳しく理解するために、憲法の構造的な分析を見事にして下さいました。これは講演の中でさらに詳しく論じられます。その構造の一つが重層構造です。その中で今回の講演で取り上げられたのが、「生活」という視点です。憲法が働き掛ける対象、あるいは主体になる存在等、憲法に関わる「世界」を「個人生活」「社会生活」「国家生活」「世界生活」という4層に整理した上で、それぞれの生活と憲法がどう関わるのかを理解することで、憲法の存在や意義、その位置付けがしっかりと伝わってきました。

 

冒頭で、石川教授は講演アウトラインとして4つの項目を掲げました。

 

⓪ 導入

 憲法論の構造

 9条論の構造

 今日的課題

 

まず導入部です。今私たちが直面している問題点を整理して、安倍総理が憲法記念日に提案した「自衛隊の存在を明記」の本質は、私たちが思っている以上に深刻であることを指摘してくれました。

 

これまでの改憲論は、「何かを変える」ためだった。例えば「戦後レジームからの脱却」。しかし、今回は「変えない」という方針に変った。しかし、何かが変わるはずだ。その何かを探そう。そのためにカントが重要だ。

 

[ここで、『恒久平和論』が書かれた背景、構成についての興味深い話がありましたが、長くなりますので省略します。]

 

カントは、恒久平和のためには共和制が必要だと言っている。実はアリストテレスの頃から、政治の形態は「君主制」、「貴族制」そして「民主制」と定式化されてきた。しかし、統治の仕方から整理すると、「専制」(despotic)と「共和制」(republican)だ。[:専制とは独裁制とも訳される。]

 

共和制とは、執行権と立法権が分離されていることを指す。つまり、立憲的だということだ。民主制との違いは、民主制が専制(despotic)になり得る点だ。それは、公的決定を私的に扱う場合に発生する。そして、権力の私物化は平和を害する。これがカントの言い分だが、9条を認めた上で一部を付け加えるという提案を考えるに当って、「変えないのなら問題はない」と簡単に結論付けてしまわないで、「専制」か「共和制」かという視点から、背景を理解することが重要だ。

 

次回は、①憲法論の構造、です。

 

 

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2017年7月26日 (水)

憲法施行70周年、今、ヒロシマができること ――松元ヒロ、石川健治お二人は圧巻でした――

 

憲法施行70周年、今、ヒロシマができること

――松元ヒロ、石川健治お二人は圧巻でした――

 

               

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722日の土曜日、広島弁護士会館で素晴らしいパーフォーマンスと講演を聞くことができました。お一人は、スタンダップコメディアンの松元ヒロさん、そしてもう一人は東大法学部教授の石川健治さんです。

 

 

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そのレポートを、広教組の有田智樹さんが寄稿してくれました。もう一人のスター・ライターの登場です。

 

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日本国憲法くんに聞いてみたい

 

以前、ある活動家の方が次のようにおっしゃられた。

 

「私たちは護憲勢力ではない。憲法第9条をはじめ、生存権などを今、変えてはいけない条文を恒久法へと改正していく、いわば『改憲勢力』でなければならない」と。

 

確かに、今の内閣に、今の与党に憲法を「改悪」されたくはない。しかし、だからといって「良い方向へ」といえど、「改憲」してもよいのだろうか?その言葉が、ずっとどこかに「引っかかり」を残していた。

 

7月22日(土)、広島弁護士会館にて、「憲法施行70周年、今、ヒロシマができること」と銘打って集会が開かれた。日本弁護士連合会と中国地方弁護士会連合会の共催で開かれた集会に、市民、民間団体等、大勢の人が集まった。

 

集会では、元ニュースペーパーの一員で、スタンダップコメディアンとしてソロ活動されている松元ヒロさんが、ステージに立たれた。松元ヒロさんは、今の内閣総理大臣、防衛大臣をはじめ、政治の正解を痛快に笑い飛ばしてくれた。また、ステージ最終盤には、自らを「日本国憲法」となって演じ、それはまるで「参加者への改憲への警鐘」であった。歯切れの良さ、スピード感、そして、最終盤の「憲法くん」では日本国憲法前文を、一言一句間違わず、暗唱した。その姿は圧巻そのもの。会場は静まりかえり、そして拍手喝さいだった。

 

次に「日本国憲法施行70年の今、考えるべきこと」と題し、東京大学法学部教授の石川健治さんより講演を受けた。石川さんは、憲法のもつ理念とその構造、そして私たちの個人生活に密着している憲法9条とその背景にあるものについて話しをされた。石川さんは、現在の改憲論のポイントとして、憲法の現状を変えないと言いながらも、9条に自衛隊の正統性を盛り込もうとしている事を見過ごしてはならず、私たちが阻まなくてはならないとした。聞き心地の良い言葉を用いての改憲提案であるが、9条がどのような役割を果たし、またどのような役割を果たさなければならないのかという事。その中で、9条を守るヒロシマの役割はとても大きいものであると論じた。改めて、憲法をもっと身近に感じられ、また重要性を考えさえられる集会になった。

 

皆さんよくご存じの古舘伊知郎さん。この方が、某局の報道番組を降板される前に、ある特集を番組内でオンエアーした。内容はドイツのワイマール地方を訪れ、当時世界各国から「最も民主主義的な憲法」として讃えられた、かの有名な「ワイマール憲法」についての特集であった。当時世界の中で「最も民主主義的」な憲法であったにもかかわらず、なぜ第2次世界大戦という戦争の引き金を引くことになったのかを、わかりやすく解説された内容であった。理由はいたってシンプル。政権を持つナチスに、国家発動権を議会で付与してしまったことだ。それは、ファシズムという亡霊に国民が引きずられ、一握りの権力に「主権」を「明け渡した」瞬間であった。その後、どのようになっていったのかは、誰もが知る事実である。

 

どこか、今の日本にそっくりではないか?まったくもって、戦前復古の道が再び開きかけてはいまいか。私たちが許してしまえば、この国の「危うさ」はもはや思い過ごしではなくなる。今、30代を終えようとしている人生だが、憲法くんはその倍を生きてきた。本当に憲法くんが、しゃべるとしたら、今の私たちに、今のこの世界になんと語るだろうか? 

 

[by 広教組 有田智樹]

 

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石川教授の講演を敷衍したインタビューがWebRonzaに掲載されています。有料のサイトですが、憲法問題の重さを伝えたい朝日の心意気でしょうか、石川教授のインタビューは無料で読めます。URL

http://webronza.asahi.com/free/list.html

 

それだけで十分だと言っても良いのですが、やはり私がどう咀嚼・理解しているのかもお伝えしたいので、次回から、石川教授の講演内容を報告したいと思います。

 

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2017年7月 8日 (土)

核兵器禁止条約の案文がまとまります ――そこに至る道を振り返ってみましょう――

 

核兵器禁止条約の案文がまとまります

――そこに至る道を振り返ってみましょう――

 

ニューヨーク時間の77日、国連で開かれている核兵器禁止条約交渉会議で、条約の案文が採択される予定です。その後、世界中の国々が署名できることになり、署名後、各国はそれを自国に持ち帰り、議会での批准を経て条約に正式に加盟し、一定数の国の批准を待って正式に発効ということになります。批准国の中に、どこそこの国が入らなくてはならない等の条件が設けられることもあります。

 

最終の条約文は日本時間の8日にならないと確定しませんので、その後、報告したいと思いますが、まずはこの段階にまで世界が動いたことを確認し、条約の案文をしっかりと理解し、次の段階でどんな行動をすべきなのか、中でも世界や未来から笑われるであろう信じられない判断・行動をしている日本政府に翻意を促すにはどうすれば良いのかを考えるための集会が、今日8日の午後3時から原爆ドームの東側の広場で開かれます。多くの皆さんの御参加をお待ちしています。

 

核兵器禁止条約案採択を歓迎する原爆ドーム前集会

日時  7月8日(土) 15:00~15:30 

雨天決行(注意報・警報が出ている場合は中止。午前10時に決行か中止かをメーリ

ングリストで連絡)

場所  原爆ドーム東側(キャンドルメッセージと同じ場所)

主催  核兵器禁止条約のためのヒロシマ共同行動実行委員会

 

趣旨  国連の核兵器禁止条約交渉会議で7日(現地時間、日本時間では8日)禁止条

約案が採択され、世界は核兵器廃絶へ向けて歴史的な一歩を踏み出す。核被害の原点

であるヒロシマから条約案の成立を熱烈に歓迎するメッセージを世界に先駆けて発

し、秋の国連総会での条約採択に向け、条約制定に反対する日本政府に翻意を促し、制定に賛成するよう迫る。

 

             

Photo

               

 

ここまでに至ったのは、「こんな思いを他の誰にもさせてはならぬ」と決意し、世界的な運動を展開してきた被爆者の皆さんそして被爆者とともに生きてきた多くの方々の努力の成果ですが、それは同時に「世界」という場を民主的に動かそうという運動の成果でもあります。これまでの道筋を振り返って、今後のエネルギーを創り出す一助にしたいのですが、中でも「世界法廷運動」に注目したいと思います。1996年に国際司法裁判所が、「核兵器の使用または威嚇は一般的には国際法違反である」という勧告的意見を出しましたが、それを実現したのは実は世界の市民たちによる運動の力だったのです。

 

その歴史を簡単にまとめたものを、数学の先生方が発行している月刊誌『数学教室』(国土者刊)の連載として2年前に掲載しました。次回から、それを何回かに分けてお届けしたいと思います。

 

 

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2017年6月30日 (金)

政治は言葉です ――マスコミの責任放棄も重大です――

 

政治は言葉です

――マスコミの責任放棄も重大です――

 

言葉の通じない人にその事実を言葉で説明する矛盾を感じつつ、それでも、政治が言葉であることを繰り返したいと思います。

 

言葉を大切にすることから始めなくてはなりませんが、「有言実行」と「嘘を吐かない」はその大前提です。客観的な事実を認めなかったり、約束を勝手に反故にしたり、相矛盾することを平気で言い続けたりすることを前提にして言葉を使うのであれば、結果的に何を言っても良いことになってしまいますし、何を真実と取り何を無視すれば良いのかの区別が付かず、言葉によるコミュニケーションが成り立たないからです。

 

そして政治とは言葉です。勿論、犯罪を犯したり法律で定められていることを守らなかった場合には、権力によって罰を与えたり強制する力は認められていますし、議会での議決は多数決ですので数の力も関わってきます。その視点から、究極的に政治とは数だ、あるいは力だと主張することも可能です。

 

しかし、政治が理想としている姿は力を使わずに合理的な判断がなされ、最大多数の最大幸福が実現されることなのではないでしょうか。力を使わずに合意を形成しそれを実行するためには、言葉による以外の道はありません。

 

しかし、最近報道されている政治家の言動は目に余ると言っただけではとても表すことのできないレベルに達しています。

 

テレビ等で何度も繰り返し放映・報道された豊田真由子議員の言葉を上手くまとめられる語彙をお持ちの方は少ないのではないでしょうか。「言語道断?」「傍若無人?」「厚顔無恥?」と四字熟語を並べてもその酷さは伝わりません。一人の人間の言動として許される最低限度を超えているのではないでしょうか。j

 

しかし、稲田防衛大臣の発言は、何度も繰り返して酷いレベルの言葉が続いていることを考えると、それ以上に容認できないとも言えそうです。

 

                 

Photo

           

 

都議会議員選挙中、板橋区で開かれた集会で、「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としても、お願いしたいと思っているところだ」と述べたようですが、これは明確に憲法違反、自衛隊法違反、そして公職選挙法違反です。

 

憲法第15条2項では「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と規定しています。

 

自衛隊法の第61条は次の通りです。

 

隊員は、政党又は政令で定める政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法をもつてするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除くほか、政令で定める政治的行為をしてはならない

 

公職選挙法の第136条の2です。

 

次の各号のいずれかに該当する者は、その地位を利用して選挙運動をすることができない。
 国若しくは地方公共団体の公務員又は特定独立行政法人若しくは特定地方独立行政法人の役員若しくは職員
 沖縄振興開発金融公庫の役員又は職員(以下「公庫の役職員」という。)
 前項各号に掲げる者が公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)を推薦し、支持し、若しくはこれに反対する目的をもつてする次の各号に掲げる行為又は公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)である同項各号に掲げる者が公職の候補者として推薦され、若しくは支持される目的をもつてする次の各号に掲げる行為は、同項に規定する禁止行為に該当するものとみなす。公務員の地位を利用した選挙運動を禁止。自衛隊員は自衛隊法第61条によって、選挙権の行使を除く政治的行為が制限されている。

 

つまり、自衛隊員は自衛隊法第61条によって選挙権の行使を除く政治的行為が制限されていますし、自衛隊員を含む公務員は公職選挙法第136条の2で公務員の地位を利用した選挙運動を禁止されています。

 

それ以上に、「自衛隊」として自民党の候補をお願いするという意味は、戦争が起きた際、あるいは災害による被害者を救済する場合、自民党支持者以外は見捨てますよ、といったメッセージの発信だとも受け止められ兼ねないことです。こんな発言は、自衛隊員にとっては大きな侮辱です。そのことに反発しない自衛隊員は少ないのではないでしょうか。

 

発言は撤回されたようですが、一度発せられた言葉やイメージを完全に拭い去り忘れ去ることはできません。

 

このことについて記者団から質問された安倍総理の返答は「おはよう」だと報道されています。つまり、稲田防衛大臣の発言には問題はなく、いつも通りの挨拶で事足りるという意思表示です。任命責任について考える姿勢など全くないどころか、総理大臣も同じ考え方を持っていることの証明になってしまっています。

 

さらに、マスコミの追及も大甘です。例えば、「大臣としての資質があると思うか」と官房長官に聞いている記者がいるのですが、資質があってもなくても、きちんとした言葉で職務を果たすことが第一なのではないでしょうか。資質がなくても責任を全うすれば、それは公務員として合格です。資質があってもそれができなければ失格です。問うべきはその点です。

 

稲田発言は、どう言い訳をしても撤回をしても、大臣としてまた国会議員として失格だということを自らの言葉によって天下に示してしまったのですから、それに対する答は決っています。手遅れにならない内に自らの判断で出処進退を明らかにすべきです。

 

 

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コメント

最近は何があっても『都議会選挙への影響』が語られ嫌になります。

「広島市民」様

コメント有り難う御座いました。同感です。そのうちに、「スポーツや勝負事への影響」「オリンピックへの影響」なども現れて、政治についての議論は、陰に隠されてしまうかもしれません。

それにしても自己防衛も出来ない人が防衛大臣とはシャレにもなりません。

「ポッポ」様

コメント有り難う御座いました。おっしゃる通りですね。

その上、不用意な言葉で相手を怒らせてしまうようなことをしょっちゅうしている人が防衛大臣なのですから、それれが原因で戦争に突入などという最悪のシナリオさえ頭に浮んでしまいます。

2017年6月27日 (火)

福島原発被災地フィールドワーク➂ ――浪江町・大熊町・双葉町・富岡町・楢葉町の視察――

 

福島原発被災地フィールドワーク

――浪江町・大熊町・双葉町・富岡町・楢葉町の視察――

 

フィールドワーク最終日の626日(月)は8:30にホテルを出発し、昨日は霧のため十分には見ることのできなかった浪江町から始めて、大熊町・双葉町・富岡町・楢葉町(福島第一原発近くの線量の高い地域)を視察しました。バスから降りて現地に触れ、また高線量の場所ではバスからの視察も含めて広範囲を訪れることができました。

 

案内役はいわき市議会議員の狩野光昭さんです。昼食(弁当)は、時間の関係でいわき市から郡山市への移動中のバスの中で、その後「まとめ」を行い、13時過ぎに郡山駅で解散しました。

 

浪江町では、避難指定解除後、帰還の準備をする中で必要性が強くアピールされた商店街を役場の敷地内に公設民営の形で作った「浪江町マルシェ」を視察しました。担当の係長さんの説明によると、飲食店は需要があり黒字だがその他の店は苦しい経営状況であること、日曜日にも開店していて欲しいという要望も強いことなどの現状が分りました。

 

             

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開店前のマルシェ

 

また、全部で10店がこのマルシェには開店してくれたけれど、必要な商品全てが揃っている訳ではなく、薬局は町外に出て買い物をするしかないこと、生鮮食料品を扱うスーパーがないこと、そして本格的ホームセンターのないことで、帰還のための条件が必ずしも整っていないことにも言及されました。

 

その後国道6号線を南下して福島第一原発のある双葉町に入り、できだけ原発に近い場所までバスで入る予定だったのですが、6号線から原発に至る道が閉ざされていて残念ながらその場からの写真を撮るだけに終りました。

 

次に、楢葉町の太平洋に近い場所にある天神岬公園から海を臨み、また、除染物質の減容施設と自治体毎にまとめてフレコンバッグの集積を行っている施設を上から俯瞰しました。

 

 

20170626_16_01_34

 

今日通過した地域の中にはまだ帰還困難区域の指定のあるところもあり、信号機とともに表示されている線量も2.00を超えているなど、昨日とは桁の違う数字を現実として目の前にして、緊張感が走りました。残念ながら高線量を示しているモニターの写真は上手く撮れませんでした。

 

次に、自治労はつかいちユニオンの生永裕行さんが、最終日の案内人、狩野光昭いわき市議による原発作業員についての報告をまとめてくれました。

  

いわき市議会議員の狩野さんからは、原発で働く人々の健康被害や労働条件の酷さについての話がありました。現在、廃炉作業と除染作業にそれぞれ毎日6000人の作業員が従事しています。

 

作業員の中には、ごく一部ですが、賃金未払いや雇用契約に悩む作業員もおり、原発労働者相談センターを20152月に立ち上げ、労働問題の解決に取り組んでおられました。 作業員は全国から福島県に集まっており、福島県だけでなく、全国で労働者教育に取り組む必要があると感じました。

 

ボランティアとして調査活動を行いながら、原発労働者の相談センターを運営していることから得られた貴重なお話を伺うこともできました。

 

また、黒いフレコンバッグが山積みになっている様子を見ると、街が元の姿を取り戻すまでには、相当な時間を要すると思いますが、これからが本当の復興の正念場だと感じました。

 

 

さらに狩野議員からは、原発の建設、運営で膨大な利益を上げてきたゼネコンが、原発事故後も除染や防潮堤の建設、その他の様々な建築工事でさらなる利益を得ている構造についての指摘もありました。

 

今回の3日間にわたるフィールドワークで感じたことの一つは、チームワークの大切さです。一人で経験したのではなく、10人が福島で時間を共にすることで理解や共感が深まり、より豊かな全体像を把握することが可能になりました。

 

その全体像は現地での「体感」「体得」に基づいています。例えば、避難指定が解除されている地域で民家の9割方には誰も住んでいない様子を直接目にすることで、また物を買える店も周りにはない上、子どもたちの姿も見えないことから、帰還の難しさを肌で感じることが可能になったのです。

 

帰還できないのは、放射線量の高さが主な原因ですが、これも線量計の数値を現地で確認しながら問題の深刻さや理不尽さを共有できたと思います。

 

20170626_17_02_42


そしてこれほど大規模かつ長期的、深刻な状況を創り出してしまった責任についての国や東電、原子力ムラの言動は許しがたいこと、またこうした事態がこれからも続くことが明白であるにもかかわらず、「収束化」を図ろうとする国や東電、原子力ムラに対して、私たちが声を上げ続けなくてはならないことを改めて強く感じました。

 

今回、福島で私たちのフィールドワークのために貴重な時間を割いて下さった多くの皆様に心から感謝しつつ、新たな決意を固めたことを再度、強調します。

 

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2017年6月26日 (月)

福島原発被災地フィールドワーク② ――飯館村、浪江町、南相馬市の視察――

 

福島原発被災地フィールドワーク

――飯館村、浪江町、南相馬市の視察――

 

フィールドワーク2日目の625()は、朝 8:30 にホテルを出発して飯館村役場へ。

 

研修IIは、飯館村の視察でした。視察させて頂いたのは、331日に居住制限区域解除された地域、そして除染物質集積作業です。案内役は前福島地方平和フォーラム事務局次長の菅野幸一さんでした。

 

飯館村では、今年の331日に、帰還困難区域である長泥地区を除いて「避難指示解除準備区域・居住制限区域」の避難指定が解除されました。今日の視察では、その一番南の端にある「減容化施設」の前――それは帰還困難地域としての指定が続いている浪江町との境界近くなのですが――まで、飯館村内の状況をつぶさに見ることができました。

 

                 

Photo

           

 

減容施設からの帰り道は「飯館発電」という名前で、村民の皆さんが中心になって進めているソーラー発電事業の現場を体感することができました。

 

20170625_16_28_13

 

視察後の参加メンバーの報告と感想です。最初に私鉄広電支部の木村浩隆さんの寄稿です。

 

バスで飯館村南側半分を視察しました。ここは村の中でも線量の高い地域です。村全体の避難状況は人口約6000人、1800所帯で、被災当時と大きな変化はありません。日曜日のため除染作業は行われていませんでしたが、住民不安に対応するために設置されていた線量計が目立ちました。

 

Photo_2

目盛りは0.619マイクロシーベルト/時です

 

これも大切なのですが、国が昨年8月に、「ネットで確認できる」という理由で線量データの定期的公開を止めてしまったため、地域ごとの比較や総蓄積量の把握等、困難・不便になったことも多くあります。

農作物についても線量の測定は行われていますが、特筆すべきなのは、コウダケ等のきのこ類の数値です。特に高いことが問題なのですが、高齢者の中には「仮に害が出ても、もう残り少ない人生だから」と言って食べる人も多いとのことでした。

大きな問題の一つは、医療です。市の診療所は、市外から医師が「往診」という形で週二回、午前中だけ来てくれて存続されている状況です。また、役場横にある老人ホームは、震災後避難はさせませんでした。移動に伴う身体的負担が大きいので、そのリスクを避けるためでした。さらに役場の裏には全国初の市営の本屋が作られていました。

減容施設のある蕨平地区は、村内で最も線量の高いところで、今は立ち入り禁止区域になっていますが、ここで減容化された放射線汚染物の再利用についても検討されています。

除染そのものは、昨年12月で一応完了されたことになっており、現在はスポット的に線量の高い場所についてのフォローアップ除染が行われています。また、除染された土やゴミを入れるフレコンバッグは数年しか持たず、今後、除染されたものをどう処理するのかという大問題には答が出ていません。

 

20170625_21_48_10_2

現地に来て、テレビで視たときとは違う現実を目の当たりにして、問題の大きさを改めて実感しました。広島に持ち帰り、一人でも多くの人に認識を高めて貰い、私たちでできることをもっと広範に共有し頑張りたいと思いました。

 

同じく広電支部の松本知孝さんの追加のコメントです。

 

飯館村に入った時、震災前はのどかで平和な暮しがあったのだなと感じました。そして震災から6年経った今も、「復興」は見た目には感じられませんでした。それは、村内の至る所に除染物の仮置き場があることとも深く関わっています。

阪神淡路大震災の際は、6年経過した時点である程度の復興が見て取れました。しかし福島では原発事故故の大きな負担があり、被災地の復興を妨げています。

「原発さえなければ」という思いで、脱原発そして核なき世界を実現すべく訴え行動して行きたいと思います。

 

午後は13:00から、浪江町の331日に居住制限区域から解除された地域そして津波被害の視察、その後南相馬市の201721日に居住制限区域から解除された地域、ならびに津波被害を視察しました。案内役は相馬地方平和フォーラム代表の寺田亮さんです。

 

広島県原水禁常任理事、広教祖の石岡修さんは午後の視察を次のようにまとめてくれました。

 

浪江町請戸漁港を見下ろす震災慰霊碑に花を手向けながら、瞬時に日常を飲み込んだ深い悲しみに思いを寄せていました。

 

20170625_21_46_12

 

そして午後に視察した二つの地域、困難を抱えながらも復興に向けて進み始めたかに見える南相馬と、見通しが立たないまま避難指示だけが解除された浪江町の現実を目の当たりにしました。

誰もが故郷に帰りたいと思うだろう。しかし、帰還率1.5%の浪江には、帰ることをためらわせる現実が横たわっていました。

6年の月日を経た我が家に愕然とし、動物に奪われた家を取り戻すためには解体を決意せざるを得ないのですが、その決断をためらう人の多いことも理解できます。子どもの声が聞こえない場所に未来を描けない、あるいは人が住まない土地で仕事が再開できるのか等、不安の種には事欠きません。その不安を何より増大させているのが、廃炉への見通しが全く立たない原発の存在そのものです。

「避難解除が復興の証」などと決して言わせてはなりません。そのためには多くの人が原発事故の引き起こした現実を確認し、証言することが不可欠です。そのことを何より強く感じた一日でした。

 

広島県原水禁常任理事・前事務局長の藤本講治さんによる追加のコメントです。

 

  浪江町と南相馬市は、大震災と大津波によって起こされた原発事故が元で放射線への不安が続き、未だに日常の暮しが取り戻せない地域です。

 

 

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津波で破壊され今でも取り残されている家

 

 27カ月ぶりに訪れた被災地は行政や地域住民の復興に向けた並々ならぬ営みの中で復興への道筋が出来上がりつつありました。

  しかし、除染物質集積の仮置き場が至る所にあるという現実にも心が痛みましたし、津波に流された街なみ、荒れ果てた田畑、子どものいない学校(廃校)など、原発震災の傷跡を目の当たりにして原発事故が終っていないことを痛切に感じました。

  「浪江町東日本大震災慰霊碑」に参加者一同献花をし、震災で亡くなられた方々の御冥福をお祈りするのと同時に、被災地の早期復旧・復興を願いました。「原発事故さえなかったら」という被災者の叫びを心に刻み、脱原発の取り組みを強めて行こうと決意を新たにした一日でした。

 

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