日本政府

2019年7月14日 (日)

「いじめ」は世界的問題です (2) ――データで国際比較をしよう――

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』(法政大学出版局刊)の紹介はこれからも続きますが、今回は、昨日に続いて「いじめ」を考えましょう。マスコミの役割に注目します。

イギリスの人気テレビ番組「Britain’s Got Talent (私訳: イギリスの隠れた才能発掘!)」は、「いじめ」について、積極的に関わり、「いじめはいけない」「いじめを受けた子どもたち、受けている子どもたちよ、頑張れ」といったメッセージを出し続けています。

一寸穿った見方をして、仮にこのような姿勢が、「「涙もろい」視聴者の心理に付け込んで視聴率を上げるための商業的な意図」に基づいていたとしても、「いじめ」についての正しい考え方を発信し続けること、特に「いじめ」を受けている子どもたちに寄り添おうとすることには、大きな意義があります。

それは、日本の子どもたちが日常的にテレビからどんなメッセージを受けているのかと比較することで、ハッキリと浮び上ります。その比較をする前に、まずは「いじめ」についての事実を何点か、統計を見ることで確認しておきましょう。

記憶を辿って最近の傾向を振り返ると、「いじめ」が原因で自殺した子どもたちのニュースが如何に多いのかに、改めて愕然とします。でも、これは主観的な感想です。もう少し客観的なデータはないのでしょうか。あります。その一つが、ユニセフ・イノチェンティ研究所(UNICEF Innocenti Research Centre)が2007年2月14日に公表した研究報告書『Child Poverty in Perspective: An Overview of Child Well-being in Rich Countries』です。その中に、「いじめ」についてのデータがあるのです。グラフ化されています。「いじめ」についての調査はWHO(世界保健機構)による、『学齢児童の健康動態調査(Health Behaviour in School-age Children: HBSC) 2001』です。

Unicef

過去2か月に「いじめ」を受けたと答えた、11歳、13歳、15歳児の割合ですが、多いのは、ポルトガル、オーストリア、スイス等で、40パーセントを超えています。日本の数字はありませんが、国立教育政策研究所が行った追跡調査の結果を見て下さい。

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調査の方法も対象も違いますので、一概に比較はできませんが、「仲間はずれ、無視、陰口、」といった項目について、HBSC調査に近い2001年6月を見ると、男子も女子も40パーセントは軽く超えています。となると、世界的にも「いじめ」の多い国だと考えてもあながち不正確だとは言えない数字です。

これらの数字から何が読めるのかを考えたいのですが、その際に、これらの数字がどのように集められたのか、そしてもう一つの問題、「いじめ」の傍観者はどのような行動を取ったのかについても、グラフがありますので、見ておきましょう。

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「いじめ発見のきっかけ」は圧倒的に、「アンケートなど学校の取り組み」なのです。「本人からの訴え」と「本人の保護者からの訴え」を合せた数の倍です。つまり、いじめられている本人がそのことを誰かに訴える環境が整っていないということなのです。日常レベルで「いじめ」に気付くべき担任やカウンセラー、養護教諭もほとんど「いじめ」には気付いていないという驚くべき数字です。マスコミの役割と合わせて次回取り上げますが、もう一つ、周りにいる子どもたちはどのような対応をしているのでしょうか。まず、被害者はどのような対応を期待しているのでしょうか。

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当然ですが、一番身近にいる友人と学級担任ですよね。では、それらの人たちはどう対応しているのでしょうか。

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テレビ番組BGTが「いじめ」を取り上げているイギリスで、仲裁者の出現率が多いのは偶然かも知れませんが、そうでない可能性についても次回考えたいと思います」

[2019/7/14 イライザ]

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2019年7月12日 (金)

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』 (3) ――何故「数学書」として読みたいと思ったのか――

私が、憲法をあたかも「数学書として読む」試みをしたいと思ったのには、いくつかの理由があるのですが、それを一言で言い尽してくれている至言があります。心理学者アブラハム・マズローの言葉です。

もしあなたが金槌なら、世界は釘に見える。

同様に数学を勉強した人間にとって、世界は数学システムのように見えてもおかしくはないのです。

それを、他の言葉を使って説明しておきましょう。その結果として、「数学」とはどんな学問なのかが少しは見えてくるような気がします。

一つには、数学書では、書かれている言葉は素直にその通り読みます。例えば、「Nは整数である」と書かれていれば、「本当のところは、Nは無理数でも良いんだ」という読み方はしません。しかし、憲法については、例えば99条で、天皇や公務員には憲法を遵守する「義務」があると書かれてはいるのですが、その解釈についての定説では、これは「義務」ではなく「道徳的要請」なのです。それを素直に。「義務である」と読んだらどのような結果が生じるのか、知りたいとは思いませんか?そのように素直に読んでみた結果の報告が『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』なのです。

次に、憲法には、「自衛権」という言葉は使われていません。数学書であれば、そこに使われていない言葉を引っ張り出してきて、それを根拠に定理を証明することなどありません。それと同じように、憲法の中には現れない概念や言葉は、憲法を解釈する上では使わないことにしたらどんな結果になるのか、その結論についての報告にもなっています。

さらに、数学書では、仮にNが整数であって、加えて、Mも整数だとすると、N+Mは整数になります。それは論理的な議論によって証明できます。それと同じような簡単かつ論理的な議論をすることで得られる結論もあります。例えば、このような論理的な読み方をすると、憲法は死刑を禁止しています。しかしながら、現実の世界では、「死刑は合憲である」ということが定説になっています。最高裁判所の判決があるからです。本当にそれで良いのか、敢て問題提起をすることも、『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』では行っています。

その他の理由もありますが、それらをまとめて、なぜこの本を読むべきなのかをアピールしているチラシを法政大学出版局の方が作って下さいましたので、最後にそれを掲げて置きます。

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[2019/7/12 イライザ]

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2019年7月11日 (木)

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』 (2) ――前口上も楽しさ一杯です――

単行本でも文庫本でも、多くの場合、カバーが掛っています。そのカバーを本から外すと、内側に書いてある部分も同時に読めますので、本の内容を一瞥して理解する上では役に立ちます。とは言え、やはり目次が大切であることは言うまでもありません。その目次の部分を御覧下さい。クリックすると大きくなります。

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裏表紙に目次が載っていますが、最初の「章」は「前口上」です。タイトルは、「なぜ前広島市長が憲法を語るのか」です。その前に、「数学書として憲法を読む」がメインのタイトルですので、そちらの説明が必要ですが、それは次回に回すことにして、後半にあるサブタイトル、「前広島市長の憲法・天皇論」の説明としての「なぜ前広島市長が憲法を語るのか」を要約しておきましょう。とは言え、これは小著の中に書いた視点とは少し違ってくるかもしれません。

まず、なぜこのような本を書こうと思ったのか、を自問自答している内に、「市長」という仕事をしていなかったら、このような本を書くエネルギーは生まれなかったのではないか、と思うようになりました。それは、議員と違って、市長は市民全ての代表だからです。

衆議院議員の場合が分り易いのですが、その略称としてよく使われるのが「代議士」です。これは市民に代って議論をする、代弁をするという議員の立場を強調する言葉です。つまり、自分に一票を投じてくれた選挙民の代表として、支持者の代弁をするのが代議士だと言えるのではないでしょうか。

対照的に、市長の場合は、全市に一人しか存在しない仕事ですから、全市民の代表として仕事をしなくてはなりません。自分に投票してくれた人たちだけではなく、対立候補の支持者の代表でもあるのですから、その点もしっかり踏まえた姿勢が求められます。このことを憲法では、第15条の第2項として明文化しています。

 

15条  (一項は略)

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

 

その公務員には、重い義務が課されています。99条です。

 

99条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 

地方公務員も公務員ですから、この条文に縛られます。そして市長も当然、公務員の一人ですので、憲法遵守義務があります。

この義務を果す上で、では憲法は具体的にどのような義務を課しているのかを知るために、憲法を字義通り、あるがままに読むことが大切だと思ったのです。

[2019/7/11 イライザ]

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2019年7月10日 (水)

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』 ――いよいよ発売です――

まずは、本の表紙から御覧下さい。このブログを読んで下さっている皆さんには、こっそり耳打ちしますが、書店に並ぶときには帯の部分がちょっと変っているかもしれません。さてどこでしょうか。そして書店に並ぶのは、配送等の事情にも依りますので、恐らく、17日か18日くらいになると思います。Amazonで予約して頂くのが一番早いかもしれません。

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何年も掛って書いた本ですので、できるだけ多くの皆さんに読んで頂きたいのですが、そのためにこの本の効能もお知らせしておくべきですね。この本を読むと、お金持ちになるとか、運が向いてくるというのも「効能」ですが、私たちは知的動物ですから、その面からの効能も大切です。「この本」と言い続けるのも煩いので、「小著」を使います。

例えば、安倍総理は改憲論者です。それも第9条を「改正」したいと言っています。ところで、9条を変えるのは「改正」ではなく「改悪」だと考える人が多いのですが、憲法に出てくる言葉を使うと「改正」ですので、「改める」という意味でこちらを使います。そして、安倍総理の意図は小著を読まなくても分ることです。

でも恐らく、多くの皆さんは、憲法9条を改正すること自体が憲法違反であることまでは、御存知ではないのではないでしょうか。それは、「憲法には96条という規定があって、その手続きを踏めば改正することは構わないのだ」という主張をどこかで、恐らく「専門家」だと称する人から聞いて、「そうなのか」と思ってしまったからなのではないでしょうか。

小著では、この考え方は間違いで、9条の改正はできないことを証明しています。しかも、その「証明」はそんなに難しくはないのです。それだけならまだ他の本を読んでも理解できることなのですが、小著の特徴は、この証明の仕方を誰でも身に付けることが出来るという点です。

昔、高校一年になったとき、微分と積分の勉強をしたことがあります。そのとき読んだ教科書には「馬にも分る」と書いてありました。読んでみたら本当に良く分って、二晩で微分と積分はマスターすることが出来ました。大感激しました。それ以来、私が本を書くとき、講演をするときの目標は「馬にも分る」なのですが、小著も分り易さを目指しているからです。

「証明の仕方」が「身に付く」のは、証明をパターン化して、「憲法改正不可テスト」としてまとめてあるからです。たった2行のテストですが、そのテストをどのように使うのかを、今度は5行にまとめてあります。いわば「憲法改正不可テスト」のマニュアルです。このマニュアルに従ってテストをそのまま使うことで、誰でも「改正はできない」ことを「証明」できるのです。

しかも、このテストもマニュアルも「論理」という鎧に守られていますから、専門家を相手にしてもこのマニュアルを使えば、相手が専門家でも簡単に説得できるという利点があります。もっとも「専門家」の中にも強情な人はいますので、注意は必要です。

その他の「効能」はまたの機会に説明したいと思います。次回をお楽しみに!

 [2019/7/10 イライザ]

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2019年7月 5日 (金)

「論理チェック」と公務員の知的誠実さ

私たちが、例えば参議院議員選挙で誰に投票するのかを決める上で大切なことの一つは公約ですが、その公約を判断する上でカギになるのが、まずは「事実」そしてもう一つが「論理」です。

前回は、大航海時代が始まったのは、「事実」と「論理」がそれぞれの役割を果したことを指摘しました。再度掲げておきます。

「地球は丸い」は真実です。人類は、それまでの「地球は平ら」という「フェイクニュース」(と言わせて下さい)を、「ファクトチェック」によって否定し、この真実に辿り着いたのでした。この真実を元に、だとすると、西に向って航海して、もやがては東にある東洋に辿り着ける、という「論理チェック」の結果、大航海時代が始まったのです。

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複雑多様になった社会や政治が、出来るだけ多くの人の幸福のために機能する上で、憲法が最重要だと言い切ってしまっても良いと思うのですが、その憲法を「あるがままに読んでみよう」とした結果をまとめたものが、『数学書として憲法を読む--前広島市長の憲法・天皇論』です。憲法を論理的にかつ自己完結的に読んでみようという試みです。今月中には発売になりますので、少しずつ紹介をして行きます。

「ファクトチェック」という表現をお借りして、「○○チェック」という形で小著の特徴をまとめると、「論理チェック」と言えるかもしれないことは既に述べたのですが、そう思った時に頭に浮んだ「定理」があるのです。ここで、「定理」という言葉を使っているのは、憲法を「公理」の集りだと考えた上で、そこから導かれる結論を数学の言葉を使って「定理」と表現しているからです。

それは、公務員が守らなくてはならない義務を述べた「知的誠実さ定理」です。これは憲法15条から簡単に導かれる「定理」なのですが、数学の言葉では、「15条の系」という言い方もできますので、それも使っています。以下、小著からの抜粋です。

まず、憲法15条の第2項を掲げておきます。

第15条 (略)

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

[第15条の系] (知的誠実さ定理) 公務員は知的に誠実でなければならない。人類がこれまで獲得してきた真実を重んじ、それを元に事実を確認し共有するステップを論理的・科学的に冷静にしかも慎重に踏んで結論に至るべきである。

   憲法には、「公務員は知的に誠実であれ」という表現は明示的には使われていませんが、これまで何度も述べてきた、いわば科学的であることの基盤をこのような形で整理できたことこそ、憲法の強みなのだと言いたい気持です。

この系の証明は繰り返さなくても良いと思いますが、念のためにまとめておきましょう。公務員が、全体の奉仕者という役割を果すためには、意見や価値観、宗教等の異なる人たちの声を傾聴し、必要があれば特定の政策について違う立場の人たちの調整を行わなくてはなりません。その際に必要なのは、まず事実を事実として認め、それに対する判断は違っても何が事実であるかという点については合意することです。そしてその先は、言葉の意味を丁寧に素直に理解しながら、論理的推論を重ねて、それも誰それが言ったからという外からの権威を持ち出すのではなく、自立した個人として自分の頭で考えての結論を重んじつつ、次のステップに進むことです。このような最低限必要なプロセスを、通常私たちは「科学的」だと呼んでいます。そしてこのような議論の仕方が全体の奉仕者としての役割を果すための出発点であることも御理解いただけると思います。

そして、政治の場でこのような当り前のことを実現する上で、一番役立つのが、憲法そのものをあるがままに、しかもこのような姿勢で読むことです。つまり、「憲法を数学書として読む」ことです。

人類はこのような手続きの有効性を長い間掛って発見し、それを元に科学その他の学問を発達させ、人類を滅亡から救うだけでなく、より豊かで平和な社会を作ってきました。

現在の政治状況と官僚の実態、そして憲法99条との間の密接な関係については御理解いただけたとして、このような状況を改善することは、一定レベルの知的な能力を与えられている私たち人類の義務ではないかとも思います。次の世代の社会・世界がより豊かでより平和なものになるよう知的能力を活用することは、特に権力を持っている人たち――彼ら/彼女らは知的能力も高い人が多いはずなのですが――にとって最重要な知的責任の一つであると言って良いのではないでしょうか。

 

「公務員」の中には、総理大臣等の国会議員や、官僚そして裁判官も入ります。そして「知的誠実さ定理」の出発点が「真実」あるいは「事実」であることから、「ファクトチェック」の重要性も強調されていることも大切です。

[2019/7/5 イライザ]

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2019年7月 4日 (木)

「ファクトチェック」と「論理チェック」

昨日の続き、第二弾です。『ファクトチェック最前線』が、如何に楽しい、しかもためになる本なのかは、目次にざっと目を通すだけで分って頂けると思いますので、まずは目次です。

まえがき

1章 ファクトチェックとは何か

    ファクトチェックの定義

    フェイクニュースとファクトチェック

    ネットのフェイクニュース

    筆者のネットギーク取材体験

    誰でもできるファクトチェック

 

2章 ファクトチェックをリードするFIJの取り組み

    ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)の設立

    FIJ設立の趣旨

    ファクトチェックのガイドライン

    ファクトチェックへのメディアの参加

    「問題ある情報」を幅広く収集するために

 

3章 総選挙でのファクトチェック

    スマホでの問い合わせ

    総選挙をファクトチェック

    消費税2%の増税でなぜ5兆円強の税収なのか

    正社員になりたい人がいれば、かならずひとつ以上の正社員の仕事はある?

    野党党首の発言のファクトチェック

    内部留保300兆円は事実か

    ネットやメディアの情報もファクトチェック

 

4章 沖縄県知事選挙でのファクトチェック

    普天間基地をめぐる痛恨の記憶

    「沖縄にアメリカ軍基地は集中しているのか?」をチェック

    ファクトチェックは地味、されど大切な作業です

    NHK記者として沖縄赴任していた時のこと

    沖縄一括交付金の創設をめぐるファクトチェック

    調査報道から見える沖縄のファクト

    本土米軍の沖縄移転のファクト

 

5章 大阪ダブル選挙でのファクトチェック

    善悪を議論するのは止めましょう

    吉村候補「マニフェスト9割達成」発言のファクトチェック

    二重行政と都構想

    都構想をファクトチェック

    東京都創立の歴史的経緯

    ファクトチェック記事への反応

    飛び交うネットでの偽情報

    巧みなフェイクニュース

 

6章 ファクトチェックの国際的な潮流

    国際ファクトチェックネットワークと世界ファクトチェック大会

    ヨーロッパのファクトチェック

    世界がモデルとするアメリカのファクトチェック

    活発化するアジアのファクトチェック

    そのほかの地域

あとがき

著者紹介

 

この中に出てくる「FIJ」とは、「ファクトチェック・イニシャティブ・ジャパン」の略で、ウエブ・サイトには、「ファクトチェック」の訳が、「真偽検証」だという説明が付いています。

また、「ファクトチェック」を要領よく紹介しているコミックも掲載されていますので、そちらもクリックしてみて下さい。

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『ファクトチェック最前線』のテーマは当然「ファクトチェック」つまり、真実かどうか、事実かどうかをチェックすることなのですが、拙著『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』を「○○チェック」という風に特徴付けるとなると、「論理チェック」と言ったら良いのかもしれません。もちろん世の中の様々な事どもは、この両者がないと動かないのですが、それは例えば、次のようなシナリオで理解して頂くのが手っ取り早いかもしれません。

「地球は丸い」は真実です。人類は、それまでの「地球は平ら」という「フェイクニュース」(と言わせて下さい)を、「ファクトチェック」によって否定し、この真実に辿り着いたのでした。この真実を元に、だとすると、西に向って航海して、もやがては東にある東洋に辿り着ける、という「論理チェック」の結果、大航海時代が始まったのです。

私の悪い癖で、本論に入るまでに時間が掛っていますが、『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』と『ファクトチェックの最前線』との関係については次回に。

 [2019/7/4 イライザ]

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2019年6月26日 (水)

自動車運転の安全性を高めるために (5) ――自動運転が普及するまで――

前回は、急発進防止装置の「ペダルの見張り番」を国内の全車に取り付けるべきだという問題提起をしました。費用は、何の役にも立たない、ということは人の命を助ける上でも役に立っていないということなのですが、オスプレイとイージスアショアを止めてそれを充てればお釣りの来ることを説明しました。

でも、それで十分かと言われると、そうではありません。人命を守る上で効果のあるのは、「自動ブレーキ」です。ペダルの踏み違いによる事故だけが事故なのではないのですから、その他の事故でも、自動車のフロントの部分が、人間や他の車に近付いたことをセンサーが察知すれば、自動的に防レーキが掛るような装置は必要不可欠です。

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費用面では、現在でも、自動ブレーキを搭載したモデルとそうでないモデルとの価格差は5万円くらいらしいので、個人的に自動ブレーキを採用することも可能です。しかし、全車に搭載した方が効果的ですので、その線で考えましょう。日本全国で一年間の新規登録される自動車数は約500万です。現在の価格、一台5万は、大量生産や技術革新等で、2万円くらいに下げるのは難しくないでしょう。となると、全部で1,000億円です。

そこですぐ頭に浮ぶのが、「思いやり予算」です。アメリカ軍が日本に居続けるために、そしてアメリカ国内より豊かな生活をし、基地でアメリカ軍のために働く労務者の費用も、私たちの税金で払うということになってしまっているのですが、「思いやり予算」というニックネームが付いているくらいですから、どうしても必要な支出ではなく、相手を「思いやる」ための予算です。

この「思いやり予算」が一年約2,000億円ですので、その半分で多くの日本人の命が、交通事故から守られます。それ以前の問題として、これまで、技術的には可能ではあっても、ヨーロッパに売る車には搭載しても日本国内の車には搭載して来なかった自動車メーカーが、罪滅ぼしのために、内部留保の一部、それもほんの一部を使って、日本人の命を守るための「社会的責任」を果しても罰は当りません。

これを10年続けると、国内で走っている車のほとんどには自動ブレーキが搭載されることになります。それまでには自動運転車も普及してくるはずですので、それと合わせると、これから10年経つと、国内での自動車事故は激減するでしょう。

自動運転車の装備の一部になるであろう、その他の機能の一つは、赤信号で車が自動的に停車することです。人間は赤信号を見ても交差点に突っ込みます。でも赤信号をセンサーが感知したら自動的に車を止めることは技術的には簡単です。

そして、自動運転車の普及のための中間的な措置として、高齢者の住む割合が多い団地で、自動運転バスサービスを5年から10年の間、提供すべきです。アイデアは簡単です。バスが団地内を一巡するコースを決めて自動運転車を走らせ、公共交通機関の駅まで輸送するのですが、鍵は固定ルートに限った、しかも時刻表に従ったサービスだという点です。これを実現するのはそれほど難しいことではありません。

実現可能なのは、団地から駅までのバスサービスが次々と廃止された理由にあります。それは、運転手さんの人件費が賄えなくなったからです。自動運転バスは、人件費の問題がありませんので、つまり、「無人」のサービスになれば、そのコスト上の問題がクリア―されますので、高齢者に取っては素晴らしい環境が出現します。

「高齢者の免許返納」キャンペーンよりはこちらのキャンペーンの方が、希望に満ちていると思いますし、こんなサービスがあれば、自分で自動車を運転しなくても済むことになりますので、それこそ「自動的」に免許返納をする高齢者が増えるというボーナスも期待できそうです。

 

 [2019/6/26 イライザ]

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2019年5月19日 (日)

死刑制度 (4) ――被害者――

これまで、死刑制度について、憲法がどう判断しているのかを検証する準備として、世論や国際比較といった背景を見てきました。しかしながら、犯罪の被害者の視点を抜きにして死刑制度は論じられません。今回は、そこに焦点を合せます。

《死刑しかない》

かつて毎日新聞の社会部記者として数々の事件を取材し、また警視庁キャップとして勇名を馳せた友人A氏から聞いた忘れられない一言があります。「自分は死刑制度は廃止されるべきだと信じている。でも、たくさんの犯罪者を取材する中で、こいつは死刑になっても仕方がない、それ以外の選択は考えられないと言いたくなるくらい悪い奴のいることも事実なんだ。」私の何倍もの幅広さで社会を見てきたであろうA氏の感想に私は返す言葉もありませんでした。

事件記者としての情熱だけではなく、様々な事件の背景等についても冷静に分析ができ、人間的な優しさも持ち合わせているA氏でも、こんな思いに駆られることがあるのは、それほど死刑の正当性が社会に浸透しているからなのだと思います。そして、このA氏の頭に、死刑の可能性がある意味自然に浮かぶこと自体、死刑という制度の廃止と存続との間の線引きが難しいことを示しているのではないかと思います。

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確かに、子どもを殺された親の気持は私たちの魂を揺さぶります。共に泣き嘆き糾弾したい気持になるのも情のなせる業かもしれません。内閣府のホームページにあった、息子さんを失った一人の母、尾松智子さんの言葉です。

初公判が八月四日と決まりました。口を二度と利くことの出来ない信吾、無念の中で命を奪われてしまった信吾のために、私に出来るたった一つのこと、それはこうやって裁判を進めていただく関係者の方々に、許されれば私共の今の気持ちを伝えさせていただくこと、それが精一杯のことです。

加害者の一人が、「生きているのが辛い。」と私共に手紙の中で述べておりました。辛いと感じる命があなたにはあるし、もう一度社会を歩んでいけるチャンスが命ある限り訪れることでしょう。正直なところどんな言葉も私共には響くことはありません。罪の無い人間の命が奪われたのに、どうして罪を犯した人間がこの世に生きているのでしょう。私共は出来ることなら、許されることなら、四人の加害者に、信吾と同じ状況下で、信吾の受けた痛みや苦しみを同じように体験して欲しい。そして私たちが生きている限り、加害者の命がある限り、この社会には出てきて欲しくはない。出来ることなら極刑に処して欲しい。そう願わずにはおれません。信吾や私たちの受けた、又これからも受け続けなければならない、精神的ストレス、そして苦しみを、この四人の加害者に与えたい。それが出来るのは、極刑、死刑しかない、そう考えています。

生きている限り、加害者と言えども、その人の人権が守られることでしょう。しかし命が無くなった信吾の人権は一体どうなったのでしょう。こんなに悲しいことがあるでしょうか。命は二度と取り返すことが出来ません。犯した罪は本当に償うことが出来るのでしょうか。命有るものに対し行った残虐な行為。与えた精神的な苦痛。罪の無い人の命まで奪ったと言う事実に対し、取り返しがつかないことなのだと厳しく厳しく法の下、裁き追求していただくことを心からお願い申し上げます。

 

真正面から受け止めなくてはならない、でも受け止めることさえ難しい言葉です。ではどうすれば良いのでしょうか。簡単な解決策はないのですが、これまでの人類史を振り返ると、数えきれないほど多くの人が悲劇に遭遇し、悲しみ嘆き、持って行きどころのない気持を抱えながら生き続けてきています。そうした多くの人たちの経験の積み重ねから、私たちが学び取ることはできないのでしょうか。

例えばほとんどの宗教は、悲劇に遭遇した人々とともに存在してきました。芸術を通して悲しみが癒されることもあったはずです。そして、社会制度としての法的な枠組みにも、長い間、人類が歩んできた経験から学び未来を拓くための知恵が込められています。憲法の97条には、簡単ではありますが、人類の歩みが記されています。基本的人権の中には、「幸福追求の権利」も含まれています。抽象的なレベルでは、尾松さんに応えることにはならないと思います。それでも法治国家としてのわが国では、このような難しい問題についても憲法を元にして考えて行く必要があります。

この点については7月に法政大学出版局から刊行予定の『天皇と憲法――数学書として憲法を読む――』をお読み下さい。憲法を、あるがままに読むとどのような結論に至るのかを詳しく論じています。

しかしながら、死刑についての憲法の考え方を理解したからといって、殺人によって愛する家族を奪われた遺族の気持が自動的に癒されることにはならないでしょう。

ようやく社会的な関心も、この面に向けられるようになり、国も重い腰を上げることになりました。救済のための国の施策は始まったばかりですが、主に二つあります。経済的な支援策としては「犯罪被害者給付制度」があり、精神的社会的支援については「犯罪被害者等基本法」があるのですが、被爆者援護法と同じように、運用面でさらなる工夫も必要ですし、制度的・法的な拡充も必要でしょう。また、法律面だけではなく、より包括的な支援システムが必要なことは言うまでもないと思います。

そして、広島・長崎の被爆者たちの歩んできた道からも社会全体として教訓を汲み取り、苦しい悲しい運命を背負わされた犯罪被害者やその遺族たちのために役立てることも可能なのではないかと思います。その視点から被爆体験を生かすための調査や研究の行われることを期待しています。

[2019/5/19 イライザ]

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2019年5月14日 (火)

ロスからの訪問者 ――トランプ大統領は戦争を始める?――

核廃絶を目標に、懸命な努力を続けている友人が世界中にいるのですが、ニューヨークに住むG氏とは、長い間かなり親しく活動を共にしてきました。今年の3月に、その彼からメールが来ました。親しい友人、そして平和や環境の分野で精力的な運動を続けてきたJ夫妻が日本を訪問するので会って話をして欲しいとのことでした。J夫妻にとっても君にとっても有意義な時間になるはずだということも強調してありました。

その後、J夫妻と直接連絡を取り合ったのですが、かなり過密なスケジュールで、広島には日帰りの時間しか割けないとのことでした。私も5月はかなり忙しくなってしまいましたので、結局、午後一時過ぎに宮島で落ち合いランチを共にすることにしました。予約をしたのは、Les Clos (レ・クロ) というお店です。

しかも、何とオーナー・シェフは、黒越勇さんではありませんか。全日空ホテル時代の2000年、ドイツで開催された世界料理五輪にて金メダルを獲得されています。その際にお祝いの言葉を掛ける機会があったので、特に印象に残っています。楽しみが何倍か増えました。

久し振りの宮島でしたので、フェリーからの眺めがとても新鮮でした。普段住んでいるところは、標高200メートルはありますので、いわば、山から海に降りて来たのですが、フェリーの上で感じる海風は、子どもの頃の夏を思い起させてくれました。そして宮島の大きさもこの目で改めて確認できました。

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そして、フェリーから撮る大鳥居の写真は、鳥居が小さ過ぎて良い写真にはならないことを承知の上で、それでも久し振りの気分で撮っていました。

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桟橋で、世界遺産航路から降り立ったJ夫妻を迎えて、すぐにレストランへ。風情のある入口です。

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実は、桟橋から大変面白い会話が続いて、レストランでもこの写真を撮るのがようやっとの程、話が弾みました。

もちろん、トランプ大統領の言動がアメリカだけではなく世界に大きな脅威になっていることが話題の中心でした。具体的な指摘としては、次のようなシナリオをアメリカ人は心配しているとのことでした。

トランプ大統領の最大の目的は来年の大統領選挙で当選することだろう、そしてこれまでのアメリカの歴史を見ると、当選するために一番確実なのは、戦争をすることだ。となると、今トランプ大統領がイランに対して起こしている軍事的な動きは、戦争を始めるための口実作りに使われる可能性がある。さらに、戦争が起きれば戦術核を使うとトランプ大統領は広言している。この流れを何としても変えなくてはならない。

また北朝鮮についても、国内でどのような政治が行われているのかがアメリカ人の多くに知られるようになり、北の脅威とどのように対峙・対応するのかがアメリカ人の関心事だとのことでした。さらに、トランプ・キム会談とその後の両国の関係についても、楽観的に見るだけではいけないことも、アメリカでは指摘されているとのことでした。つまり、国内では人権侵害を続け、非人道的かつ過酷な政治を行っている上に、経済的にも大きな貢献をしていない北朝鮮が、あたかも大国のような影響力を持つに至ったのは、トランプ大統領がキム委員長と会ったせいで、これからの北朝鮮との関係が一層難しくなった原因なのではないか、とのことなのです。

私が時間を割かざるを得なかったのは、安倍政権による目茶苦茶な政治の実態については具体的な知識のないアメリカからの訪問者に、その事実を説明することでした。そして、アメリカには少なくとも「諸悪の根源」とでも言える「トランプ」という存在があって、批判をそこに集中できるけれど、日本の場合には、安倍総理という存在は会っても、日本というシステムそのものが深刻に劣化してしまっているので、問題は大きいのかもしれないことも指摘しておきました。

いくら政治に関心のある私たちでも、一時間の会話ですべての問題を片づけられるはずがありません。しかしながら、久し振りに「アメリカの知的良心」とでも言ったら良い考え方を直接聞くことのできたランチは素晴らしいことときでした。

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もちろん、Les Closのランチが美味しかったことは言うまでもありません。

 [2019/5/14 イライザ]

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2019年5月10日 (金)

幸せな日本のお金持ち ――世界に冠たる優遇税制――

昨年の8月2日の本ブログでは、立命館大学の大田英明教授の論文を取り上げて、「アベノミクスに騙されるな」そして、「経済成長を促すためには累進課税が効果的だ」という点をお伝えしました。

理論的にはそれで十分なのですが、今回は、もう少し単純に日本のお金持ちが、世界的にも幸せであること、つまり、税金という面で如何に優遇されているかをいくつかの数字でお伝えしておきたいと思います。

アメリカでも同様の長期的な傾向がありますし、それが、トランプ政権を誕生させたという考え方もあるのですが、日本の場合、アメリカ以上の優遇措置があるにもかかわらず、それに対しての市民レベルの反発があまり見られないのが不思議だと思います。

1970年代から80年代にかけて、特に、エズラ・ヴォーゲル著の『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』でも称賛されたように、日本社会が均質で貧富の差も欧米ほどは酷くないことが、我が国の誇りであった時代がありました。それは数字で理解できます。しかし、現在は、アメリカに追随した結果、アメリカとほぼ同じくらいの貧富の差が生じています。先ずは税率です。

所得が1億円の場合の税率

1980年 所得税75% 住民税13% 合計88%

2015年 所得税45% 住民税10% 合計55%

アメリカの場合ですが、

高額所得者の最高税率は、

1980年代で、              70%

現在は                        40%

です。住民税は入っていませんので、日本とドッコイドッコイです。

しかし、問題なのは、株式譲渡や配当利益に対する課税率です。

日本の場合は、分離課税、つまり他の所得とは別に課税されることになっていて、その税率は20%です。

それに対して欧米の場合はどうなのかというと、

アメリカ          30%

イギリス         28%

ドイツ            26%

フランス         60%

です。日本が一番低いことに注目して下さい。

この点を分り易く示したグラフがあります。東洋経済誌On Lineに『所得1億円超の金持ちほど税優遇される現実』と題して掲載された梶原一義氏による記事の中のグラフです。

 

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グラフ中の説明が読めればそれで十分なのですが、青線は、合計所得金額中に株式譲渡等、分離課税で税率が低い所得の割合を示しています。1億円を超えると、指数函数的にその割合が増えています。それと意味はほぼ同じなのですが、一億円を超えると、所得税の負担率が急激に下がっています。

累進性の低いことがこのようにドラマチックに示されているのですが、最後に改めて、何故「累進課税」が正当化され得るのかという理屈をごく単純化された形でまとめておきましょう。

たとえば、月給が10万円の人がいたとして一年では、120万円の所得になるとしましょう。その人に対する税率が10%だとすると、12万円税金を払わなくてはなりませんので、手元に残るお金は108万円です。

一方年収4億円の人がいたとして、仮に、税率は75%だったとしましょう。税金は3億円ですから手元には1億円残ります。

一年間108万円で暮すのが大変なことは、誰にでも分ります。一方、税率が高くても、一年1億円で暮したとしても随分ぜいたくな暮しのできることは、言うまでもありません。すべての人が、それなりに人間的な生活が送れるようなシステムとしては、このように「累進性」が加味されたものが必要であることは理解して頂けたのではないかと思います。

[2019/5/10 イライザ]

 

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コメント

今の資本主義経済では、科学技術の進歩は、生産性の向上を促し、それは所得格差の拡大を招きますが、今後、AIの実用化、普及で、あらゆることの自動化=生産性の向上の加速が予想され、それに伴い、益々所得格差は拡がりますので、富の再分配こそが最も重要な課題になると思います。

ただ、現実をみると、今の政治は、こうした時代の変化に対応できていないばかりか、日本は逆行しているとすら思えます。50種類もある税金のうち、累進性が採用されているのは僅かであり、その他にも、年金や保険、NHK受信料、あるいは有料道路のように、強制的に一律徴収されるものも少なくありません。「社会保障と税の一体改革」では、とても間に合わず、(あくまで例ですが)ベーシック・インカムのような、まるで違うものへの移行しかないように思えますし、かつて民主党政権が主張していたように、捕捉率の低い徴収より、給付によって再分配する方が効率的にも思えます。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

御指摘のような傾向のあることを前提にして、大きな未来像を描くといった種類のことは、御指摘のように、現在の日本政府やリーダーたちには無理なような気がします。

もう一つの学習形態である、歴史から教訓を得ることも、世界レベルで放棄してしまったようです。第二次世界大戦後のシステムがうまく機能したのは、ケインズらを中心に、いわゆるブレトンウッズ体制という画期的な青写真が描かれたからですが、その中に盛り込まれた、優れたアイデアを破壊することが、1970年代以降の世界の歴史に他ならないからです。

 

 

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