日本政府

2018年2月12日 (月)

「東アジアの戦争危機と日本の進路」-紀元節復活反対!平和・民主主義、人権を守る2・11ヒロシマ集会

「東アジアの戦争危機と日本の進路」-紀元節復活反対!平和・民主主義、人権を守る2・11ヒロシマ集会

 

昨日(2月11日)は、「紀元節復活反対!平和・民主主義・人権を守る2・11ヒロシマ集会」と「2018年全国被爆二世団体連絡協議会総会」が開催されました。いずれも、広島県原水禁にとって重要な取り組みでしたので、今日と明日の2回に分けて、その模様を報告します。今日は、午前中に行われた「2・11ヒロシマ集会」について報告します。

 

憲法を守る広島県民会議、広島県平和運動センター、戦争をさせないヒロシマ千人委員会、そして広島県原水禁の4団体が主催し、毎年この日(2月11日)に開催してきた「紀元節復活反対!平和・民主主義・人権を守る2・11ヒロシマ集会」が、会場いっぱいとなる124名の参加で開催されました。毎年その時々の情勢に合った講演を行っていますが、今年は、安倍政権による「安保法制」に強い危惧をいただき、警鐘を鳴らし続け全国を駆け回っておられる柳澤協二さんを講師に招き、「東アジアの戦争危機と日本の進路―平和のための戦争額の視点から―」と題する記念講演が行われました。

 

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柳澤さんは、きちんと整理されたレジュメに沿いながら、今の情勢をわかり易く分析しながら、しかし問題点、特に安倍政治について、厳しく指摘をされました。

「久しぶりに広島弁を聞いて懐かしく思う。30年前、呉の防衛施設局に施設部長として、家族とともに呉に家族とともに住んでいた。資料館や江田島も見学したこと、息子がはだしのゲンの大ファンだったこと。そして呉線に乗っていた時、息子が一緒に乗っていた自衛官を見て『戦争をする悪い人たちだよね』と言った時、ことばに詰まった」。こんなエピソードから柳澤さんの話がスタートしました。「最近『日本の政治はどこに行ったのか』という疑問を持つ。」「防衛の仕事を40年。その経験を活かし『戦争とは何か』を考えたい。『平和とは何か』『戦争とは何か』をきちんと考えることが大事だ。」続いて「護憲派の人たちもしっかりとした考え方を持つべきだ」と。そしていよいよ本題です。

残念ながら、私の文章で、その全体を伝えることは不可能です。そこで、ちょっと長くなりますが、以下にレジュメのタイトルのいくつかを掲載することで、報告にしたいと思います。

「日本に広がる戦争の不安」単純な答えは、だいたい間違っている

「戦争とは何か、平和とは何か?」平和を望むなら戦争を理解する

抑止は、より強い暴力の示威による抑圧 和解は、戦争のもとになる対立をなくすこと

「戦争要因からみた現代」グローバル社会と国家・戦争・人間

「政治は、なぜ戦争を選択するのか?」戦争は他の手段による政治の継続

 政治の役割:戦争を起こさないために国民の感情を鎮めること

「人はなぜ戦争をするのか?」煽られる大衆になるのか、考える市民になるか

「日本が直面する三つの戦争」誰の、何のための戦争か、どうかかわるか?

 自分の戦争をどう防ぐのか・他人の戦争にどうかかわるか

「『アメリカの抑止力』はどこまで?」抑止と安全・安心は両立しない

「領土を守るとはどういうことか?」無駄な戦争をしないために政治がある

 無駄な戦争は、政治の失敗

「対テロ戦争にどうかかわるか?」自衛隊だけが答えではない

イラクの自衛隊―「一発も打たなかった」という成果・犠牲者が出なかったことが重要

戦争しない日本のブランド

「安倍改憲の罠」国民が支持する自衛隊は、どんな自衛隊か

大多数の国民が自衛隊を支持しているのは、一人も殺さない・戦死しない自衛隊

そして最後の「憲法と安全保障」では、憲法の前文「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して生存を保持」「先生と隷従、圧迫と偏狭を永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位」を強調し「非戦という名誉」を勝ち取ることが強調されました。

 

このタイトルだけでも十分に、柳澤さんの講演の中味を想像できたのではないかと思います。

私がこの講演を聞いて、特に強く印象に残ったことは、私も常々「もし戦争が起こるようなことになれば、それは政治の失敗。政治家は、そのことをもっと考えなければならない」ということを言ってきましたが、柳澤さんの講演でも、ことばを変えながら何度もそのことが強調されたことです。

 

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                                      集会アピールを提案する佐藤奈保子さん

 

最後に「私たちは、平和と民主主義、人権の尊重される社会を築くため、憲法を守り生かすこと、そして、戦争加害国の国民としての重責と被爆地ヒロシマの被った惨禍を忘れることなく、歴史と向き合い、アジア諸国を中心とする諸外国との協調・和解を進めることに全力をあげます。再び過ちを繰り返さないために、戦争につながる一切の動きを許さない運動を『被爆地ヒロシマ』から発信していくことを改めて誓い、集会のアピールとします。」という集会アピールを参加者全員で採択し、集会を終えました。

 

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2018年2月10日 (土)

「被爆二世集団訴訟の意義と課題」-第5回原水禁学校

「被爆二世集団訴訟の意義と課題」-第5回原水禁学校

 

2017年度原水禁学校の最終回となる「第5回原水禁学校」が、2月9日自治労会館で開催されました。

今回は、「被爆二世国賠訴訟弁護団」の足立修一弁護士に「被爆二世集団訴訟の意義と課題」をテーマに講演していただきました。足立弁護士と広島県原水禁は、1995年に提訴した三菱広島徴用工裁判以来の長い付き合いがあり、今回の講師をお願いしました。

 

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                              被爆二世の岸本さん

 

原水禁学校は、足立弁護士の話に先立ち「被爆二世訴訟団」の原告で広島県原水禁の常任理事でもある岸本伸三さんから「なぜ被爆二世問題の解決が重要なのか?」を提起していただきました。特に強調されたのは「国が一度戦争を始めれば、そのすべての被害に対して、国としての責任を取らなければならないことを知らしめることー国に戦争がいかに高くつくかを身にしみて分からせることによって、戦争を抑止する―ことをはっきりとさせることが、私たち被爆二世の運動である」ということでした。

 

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             足立修一弁護士

 

足立弁護士はまず最初に、自らがかかわってきた「被爆者だけど被爆者として扱われてこなかった人たち」の被爆者裁判に触れながら「在外被爆者、原爆症認定訴訟」など普通では考えられないほどの勝利を勝ち取った。何故か?「被爆の被害は、他の戦争被害と比べて大きな被害である」ことを指摘しながら、「放射能被害は、他の被害と違い元に戻ろうとしても元に戻ることはできない特殊性があり、長く続く被害なのだと」と被爆者問題の特殊性を指摘。さらに被爆二世の問題については「確かに被爆者ほどには、健康被害は顕著でないかもしれない。」しかし被爆二世の人の話を聞くと、「子どものことの健康状態は、普通の人よりも多く病気にかかったりしている」が、「それはたまたまの不運であった」では済まされない問題だと強調。そして今回の裁判は「核戦争の影響は無限に続くということをはっきりさせ、これを証明すること」だとその意義を強調されました。そして「被爆の実相を明らかにさせることを通じて、被爆二世問題の課題を明らかにさせる」と、裁判の課題が提起されました。

今後の裁判は、「①立法不作為の違法性―国が被爆二世に対して法律を作ることを怠ったため、被爆二世が不利益を被ったこと②放射線の遺伝的影響―植物や動物実験においては、放射線の遺伝的影響が証明されている」ことを具体的に証明することを通じて、この裁判を勝訴に持ち込みたいとの思いが語られました。

特に国の「人についての遺伝的影響は現時点で認められない」という主張に対して「被爆二世への遺伝的影響を調査し続けるとしたら、その結果が出るのは被爆二世がいなくなったあと。それでは遅い。その前に解決しなければ何の意味もないことになる」と繰り返し強調されました。

「行政の責任をどの段階で果たさせるのかは、運動の広がりと世論の盛り上がりしかありません。」と参加者への期待を込めた訴えで、講演は終わりました。

足立弁護士、ありがとうございました。

 

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「被爆二世集団訴訟」第4回口頭弁論は、2月13日午後1時30分から広島地裁302号法廷で行われます。一人でも多く傍聴に参加ください。

 

私は、被爆者問題かかわるときいつも思っていることがあります。まず「どんなに少量であっても放射能被害を受けた人は、被爆者(被害者)として認められる」ことが重要だということです。そして被害者である被爆者は、「放射能被害の恐れがある限り、救済されなければなりません」ということです。それを否定するのであれば、国が個々の被害者に対して「放射能の影響はない」ことを証明すべきです。戦争による原爆投下さえなければ、被爆をすることはなかったのですから。この考え方は、なにも原爆被害の問題だけではありません。原発事故による被害もそうです。そして水俣をはじめとする公害被害者の問題もそうです。「被害者は救済されなければなりません」

今日の講座に参加しながら、改めてそのことを感じました。

 

2017年原水禁学校は、今回で終了しました。今年の反省を生かしながら、新たなテーマで次年度と言っても今年の秋になりますが、第3回原水禁学校を開校することにしています。

 

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2018年2月 8日 (木)

アメリカの核態勢見直し  ――日本政府を動かすために――


アメリカの核態勢見直し

――日本政府を動かすために――

 

核態勢見直しを撤回させるためにアメリカでも活発な動きが起きていますが、日本政府の果せる役割が大きいにもかかわらず、トランプ政権そしてアメリカの軍産複合体に迎合する声しか出せない今の安倍政権は情けない限りです。

 

それを支えている河野外務大臣や岸田前外務大臣の罪については前回言及しましたが、ではどうすれば良いのでしょうか。一緒に考えて行きましょう。

 

国政選挙で、野党、特に安倍政権による軍事国家化や改憲に効果的に立ち向かってくれる政党に勢力を伸ばして貰いたいのは勿論ですが、それが、日常的な様々な努力の総合的な結果として実現できるよう、取り敢えず実行可能で少しは効果がありそう (だと私には思える) なアイデアを二つ三つ提案してみたいと思います。このような活動を既に実行されている方がいらっしゃれば、どうすればこのような活動を立ち上げられるのか、御自身の活動強化につながる協力の仕方にはどんなものがあるのか等について具体的なアドバイスを頂ければ幸いです。

 

 「外務大臣ウォッチ」を組織して、外務大臣ならびに外務省の活動についての市民レベルからの批判と提言を行う――特に、岸田氏や河野氏は、大臣就任前から広島の被爆者やPNNDの代表として、核兵器問題についての発言をしてきていますので、過去の発言と、大臣就任後の発言との整合性をチェックし、外務省ならびに外務大臣が、被爆者や平和を求める市民の立場から真摯に仕事をするように、タイミング良く提言をしたらどうでしょうか。

 

同時に、何よりも大切なのは、日本の外務大臣が日本の国民の利害関係のみならず、日本国民の意思を代弁して仕事をしているかどうかです。「核抑止論」というような抽象的お題目を究極的な目的として掲げることが、具体的な個々の政策として実施された場合、日本国民の意思を踏みにじっているかどうかを検証し、その結果をきちんとまとめた上での提言をすることは、憲法の精神を守るためにも、国民の人権擁護のためにも必要不可欠です。

 

そのためには、複数の市民や専門家のイニシャティブと協力が必要です。まず何人かで組織を立ち上げ、活動を始め、少しずつ活動を広げられれば、効果は挙がると思います。マスコミの協力も大きな力になるはずです。何方か手を挙げて頂けると素晴らしいのですが――。

 

                 

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外務省のホームページから

 

 「核軍縮・核不拡散議員連盟」の地方版を組織する――PNNDは国会議員の集まりですが、市町村などの自治体単位で、同じような趣旨の議員の集まりがあれば、その地域の平和活動家や平和運動組織と一体になって、強力な発信ができるのではないかと思います。「平和首長会議」や「非核宣言自治体協議会」との連携も考えられますし、PNNDを支えての世界的な連携も可能になると思います。そのためには、現職の自治体議員何人かの方が、最初に動いて下されば理想的ですが、議員の忙しさを考えると、複数の市民や専門家が何人かの議員に働き掛け、協力して組織を立ち上げ、なお活動のサポートをするという道筋でも良いのではないでしょうか。何方か手を挙げて頂けると素晴らしいのですが――。

 

 「○○から平和を発信するマスコミOBのブログ」のような、インターネット活用の平和情報の発信や意見交換を、職種別のグループで始める――一人でブログを書くのは大変ですが、何人かで分担すれば内容的にも面白く、多角的なアプローチのできる発信ができるはずです。もちろん、現職の皆さんが、核廃絶に絞った活動をして下さっても良いのですが、OBの皆さんの持つ時間を有効に活用して頂ければ素晴らしいと思います。

 

 上記のようなアイデアを元に、SNSを活用してのより効果的な発信を行う――私の力では、ブログが精一杯ですが、その他のインターネット・メディアを活用することで効果的な情報収集や発信ができるのではないかと思います。知恵を貸して下さい。

 

以上、夏井いつき先生の「多作多捨」の精神で、とにかくアイデアを書き出してみました。皆さんの御意見をお聞かせ頂ければ幸いです。

 

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2018年2月 7日 (水)

アメリカの核態勢見直し  ――NPRを撤回させるためのアメリカの動き――


アメリカの核態勢見直し

――NPRを撤回させるためのアメリカの動き――

 

アメリカ政府の「核態勢見直し」 (略してNPR) が、核兵器使用への道を大きく開き、核戦争の可能性を増すこと、ひいては人類滅亡へ転がり落ちるかもしれないという危機感は、被爆者は勿論、世界中の平和団体が共有しています。一度は発表されてしまっていても、それを撤回させ核廃絶の方向に舵を切り直させるための努力が必要です。

 

アメリカでは、NPRならびにトランプ大統領の核兵器に対する姿勢が、核の先制使用に直接つながらないように、議会が宣戦布告の決議をしない限り大統領といえども核兵器は使えない、という趣旨の法案を、エド・マーキー上院議員とテッド・リュー下院議員が提出しています。

 

             

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By U.S. Senate Photographic Studio-Rebecca Hammel [Public domain or Public domain], via Wikimedia Commons

 

さらに、マーキー上院議員とアール・ブルーメナウアー下院議員が、SANE Act (Smarter Approach to Nuclear Expenditure--核関連支出についてのより賢明なアプローチ法) を提案しています。「sane」は、正気のという意味もありますので、それを略称として使うことでこの法案の意味を伝えています。 内容としては、今後10年間で、核関連予算を1,000億ドル削り、同額を環境関連分野に使うというものです。

 

議会では少数派である民主党議員による提案ですから、過半数の賛成を得るのは難しいにしろ、NPRの内容があまりにも絶望的であるだけに、共和党の良識ある議員たちの中からはこれらの法案に賛成する人が現れてもおかしくはありません。そのために、自分たちの選挙区・州選出の議員たちに働き掛ける運動がアメリカでは起きています。

 

こうした法案を提出してアメリカ議会でリーダーシップを発揮しているマサチューセッツ州選出のマーキー上院議員は、核軍縮・核廃絶を目指す世界的組織である「PNND(核軍縮・核不拡散議員連盟)の共同議長です。PNNDは、核兵器禁止条約の採択に当っても大きな役割を果しました。

 

国際組織ですから、日本支部もありますが、それは「核軍縮・核不拡散議員連盟(PNND)日本」です。その会長は河野太郎外務大臣なのですが、彼は、NPRが核抑止力を強化するものとして歓迎する見解を直ちに発表しました。「PNND日本」の立場とは相容れないどころか、その対極に位置する考え方です。そして、世界の核状況を悪化させました。終末時計は過去最悪の「二分前」まで進んでいますが、それをさらに悪化させている罪は計り知れません。

 

 

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官邸ホームページから

 

爆心地が自らの選挙区の一部である岸田文雄代議士も外務大臣になると、被爆者や被爆地を裏切って、核兵器禁止条約に反対する等の言動を続けてきました。これも終末時計が「人類滅亡2分前」までになった原因の一つです。河野太郎代議士も外務大臣になると自分が会長を務め、核廃絶のための様々な活動をしてきた「PNND日本」を裏切っています。それほど外務省の力が強いのかも知れませんし、外務省は単にアメリカ追従をしているだけなのかもしれませかが、それも視野に入れて、安倍政権の核政策を変えさせるための努力を続けなくてはなりません。

 

ではどうすれば良いのか、次回は、思い付くままにいくつかのアイデアを皆さんと共に検討してみたいと思います。

 

 

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2018年2月 5日 (月)

「ヒロシマ総がかり行動実行委員会」街頭署名活動

「ヒロシマ総がかり行動実行委員会」街頭署名活動

 

一日遅れとなりましたが、「戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり実行委員会」が、一昨日(2月3日)に実施した街頭署名活動の報告です。

 

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今年初めてとなった「3日行動」は、市内2か所で、街頭署名活動を取り組みました。私たち「戦争させないヒロシマ千人委員会」は、午後2時から1時間、43名(もう一か所の福屋前は41名)が参加し、本通り青山前で街宣をしながら「安倍9条改憲NO!憲法を生かす全国統一」3000万署名への協力を呼びかけました。少し寒さが和らいだとはいえ、防寒着に身を固めて歩く人たちの反応は今一つという感じでしたが、それでも私たちの呼びかけに応えて101名(福山前は126名)の方たちに、署名に協力していただきました。そんな中に、女子高生の署名する姿もありました。

 

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昨年5月3日に、安倍首相が突然「新たに憲法9条に自衛隊の存在を書き込む」「2020年に新憲法施行をめざす」と発言して以降、改憲への動きが急速に強まりましたが、1月22日に開会された第196回通常国会でも、憲法改正問題が大きな政治課題の一つとなろうとしています。すでに開会された衆・参の予算委員会でも、突っ込んだ論議にはなっていませんが、何人かの委員から安倍首相に対し、見解が求められています。

そもそも行政府の長が、「憲法改正」を述べることが許されるのかという問題は、このブログでも何度か指摘されていますので、今日は今国会での奇妙な安倍首相の答弁を取り上げておきたいと思います。

 

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1月30日の衆院予算委員会で、安倍首相は、「自民党内の憲法改正議論をめぐり9条2項の削除論がある」ことを指摘する質問に対し、「2項を変えることになれば、書き込み方でフルスペック(全面的)の集団的自衛権が可能になる」と答えるとともに「(2項を維持したまま自衛隊の存在を明記する)私の提案では2項の制限がかかる」とも語り、「2項を維持したままであれば、集団的自衛権は現行と同じように一部容認にとどまる」と強調しました。都合のよい論法だと思います。「集団的自衛権の行使は、憲法に違反する」としてきた従来の政府見解を閣議決定だけで、いとも簡単に「憲法解釈を変更」してしまうような政治をまかり通らせた安倍首相。「憲法を尊重擁護」しない政治家に「私の提案では制限がかかる」など言われても、それを信じることができないのは私だけでしょうか。

 

そんなことを考えながらの2月3日の街頭署名行動でした。

 

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2018年1月30日 (火)

広島県原水禁第87回理事総会と第4回原水禁学校

    広島県原水禁第87回理事総会と第4回原水禁学校

 

今日は、昨日に続き1月27日に開催された「広島県原水禁第87回理事総会」と「第4回原水禁学校」について報告します。

 

広島県原水禁は、毎年1月27日に「広島県原水禁理事総会」を開催し、昨年一年間の活動の総括と新年度の活動方針を決めます。土曜日の今年は、昼の「ネバダ・デー座り込み」を終えて、午後2時から自治労会館で来賓に連合広島の久光会長をお招きし「第87回理事総会」を開催しました。

 

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昨年の活動については、このブログでも紹介していますので、2018年度の特徴的な活動方第針をここでは掲載します。

第1は、「核兵器禁止条約」の批准に向けて、特に日本政府の核政策を変えさせる運動を強化することです。そのために、国会議員への働きかけや県内自治体議会で批准に向けての決議を採択させることです。そのためにも被爆者団体から提起されている「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶署名」を積極的に取り組むことも決めました。

第2は、2018年「原水禁学校」を開催し、若い人たちへの運動を継承する努力を続けることです。

第3は、昨年2月に広島地裁に提訴した「被爆二世への国家補償と援護」を求める被爆二世裁判への支援を強化することです。

第4は、安倍政権が進めようとしている「憲法改悪」を許さない活動を多団体と協力して、原水禁としても強化することです。

もちろん、これまで取り組んできた様々な課題を今年も強化することは当然です。

最後に「理事総会決議」を採択し、終了しました。

 

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「第87回理事総会」終了後、第4回原水禁学校が始まりました。

今回の講師は、県原水禁常任理事で原発はゴメンダヒロシマ市民の会代表の木原省治さんで、テーマは「エネルギー基本計画と脱原発」でした。

いくつか印象に残ったことを記します。

その一つは、木原さんは、脱原発運動に関わることになったきっかけです。

1978年、初めて訪れたアメリカで、交流した各地の市民団体の人たちから「ヒロシマ・ナガサキデーを、原発の施設前で非暴力運動として行っている」と言われたことが、原発問題と関わるきっかけとなり、その年の10月に「原発はゴメンダヒロシマ市民の会」を結成し、脱原発の活動を開始したということです。何よりその行動力のすばらしさに脱帽です。

二つ目は、「電力供給は過剰な状況が続いている」ことを、中国電力が作成している資料から具体的に、説明されたことです。ここ最近非常に厳しい寒さが続き、ニュース番組などでは「節電」を呼びかけていますが、それでも十分すぎるほど電力は供給されているとのことです。島根3号機も上関原発も全く必要がないことが数字をもって示されました。

 

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              原発建設反対運動を続ける祝島から上関原発予定地を見る

三つめは、今回のテーマでもある「エネルギー基本計画」への私たちの態度です。昨年から、「エネルギー基本計画」の見直し論議が始まり、今年には新たな「基本計画」が策定されることになりますが、「原発をベースロード電源」とする現在の基本計画を「骨格を変えないまま」では、当然済みそうにない状況にあることを「①核燃料サイクルの破たん②安全対策費の高騰と福島原発事故処理の見通しが立たない③実効ある避難計画が立たない」ことなどを具体的数字も含めて問題提起されました。

そして私たちの運動によって新「エネルギー基本計画」で「新増設はしない」ことを明記させれば、島根原発3号機は運転できず、上関原発計画も断念させることができることが強調されました。

今回の講演は、参加者40名にとっても「ストン」と気持ちの中に納まる中味で、今後の私たちの運動の大きな力となる内容でした。

次回第5回原水禁学校は、2月9日に講師:足立修一弁護士、テーマ「被爆二世裁判の意義と課題」で実施します。

 

 

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2018年1月28日 (日)

野中さんの思い出 ――衣鉢を継ぐ政治家は誰か――


野中さんの思い出

――衣鉢を継ぐ政治家は誰か――

 

野中広務さんが逝去されました。92歳ですが、出来れば100歳までも生きて、厳しくも的確なアドバイスをし続けて欲しかったという気持です。

 

1990年に私が衆議院選挙で初当選した時に、社会党の一年生議員30人ほどの仲間が集まって政治を新しくするための政策集団「ニューウエーブの会」を立ち上げました。最初にしたことの一つが、「先生と呼ばない呼ばせない」運動です。政治家だという理由だけで、「先生」になってはいけないし、そう呼ぶ人がいたら、自分たちは対等の関係で仕事をする決意だという説明をするという趣旨でした。

 

しかし、政治の世界でも、自然に「先生」と呼びたくなるような人格者や、後に付いて行きたくなるお師匠さんのような人が沢山いました。例えば、元衆議院議長だった故田村元「先生」ですし、野中広務さんも立派な先生でした。でも、野中さんは「さん」なのです。

 

             

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人情味あふれる人柄で、同時に戦争と平和、憲法の価値、弱者とともに歩むといった基本的姿勢については揺るがぬ信念を貫き通す頑固な人でもありました。大物政治家の持つべき資質として必要不可欠な「政治力」については、万人の認めるところですので、多言はしなくても良さそうです。

 

私たち、当時、社民党の議員として行動を共にしていた何人かが野中さんの下へ集まるようになったのは、彼が、1997年4月に「日米安保条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員長」として、委員会報告を本会議でした後でした。沖縄の米軍基地確保のための特別措置法でしたが、報告が形の上では終ってから野中さんは、かつて沖縄を訪れたときに宜野湾市の嘉数の丘で、タクシー運転手から聞かされた言葉「お客さん、あそこで、あそこで、私の妹は殺されたのです。アメリカ軍じゃないんです」を前置きにして、最後に、「この法律がこれから沖縄県民の上に軍靴で踏みにじるような、そんな結果にならないようことを、そして、私たちのような古い苦しい時代を生きてきた人間は、再び国会の審議が、どうぞ大政翼賛会のような形にならないように若い皆さんにお願いをして、私の報告を終わります。」で締め括りました。

 

この一節は、国会の議事録から削除されてしまうのですが、削除すること自体、国会として恥ずべきことだと思います。それはさておき、演説中の「若い皆さん」に私たちも入るはずだと考えて、現宝塚市長の中川智子さんたち一緒に野中さんに会いに行ったのが、始まりでした。

 

何度かお会いする内に御自分の体験を元にいろいろなことを教えて下さいました。「自分たち子どもたちの子守をしてくれたのは、朝鮮人の女性だった。当時、忙しく立ち働いていた両親が子どもたちのためにと考えた結果だった。この女性がとても優しい人で、いっしょにご飯を食べたり、いっしょに寝たりもしたことが、朝鮮の人たちへの私の原点だ。」

 

そんな雰囲気で、野中「先生」ではなく、兄貴分的な感じで野中「さん」と呼び続けましたし、相談事にも乗って貰いました。

 

議員を辞めて広島市長選挙に出るときも相談しましたが、まず、強く引き止められました。私としては、広島市長の世界的な意味や被爆者のメッセージを後世に残す意味などを説明したのですが、その後に、「選挙には勝てるのか?」という厳しい一言がありました。「勝てます!」と答えましたが、勝つためには何でもするという決意を固めさせるための戒めだったのかもしれません。

 

そして、選挙が始まると、「内閣官房長官 野中広務」という銘の入った自筆の檄文を贈って下さいました。

 

そして当選後にはお祝いの一席を設けて下さったのですが、そこでのアドバイスは「議員と首長は違う。議員の立場での発言はいくら鋭くても問題はない。でも、首長の発言で最も気を付けなくてはならないのは、議員を侮辱してしまうことだ。本人にそう聞えてしまったら、それは侮辱になってしまっている。君ならし兼ねないから、注意すること。」でした。

 

これは、首長と議員との関係だけではなく、私の対人関係についての兄貴からの親身の諫言でした。でも、なかなか野中さんの意に沿うのは難しく、ようやく最近になって少しずつ改善の徴が見えてきたような気がしています。

 

数多の思い出を噛みしめつつ、野中さんの御冥福を心からお祈り申し上げます。

 

 

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コメント

野中広務氏とそのような接点がおありだったとは。
アキバ・ウィークリーにニューウエーブの会、なつかしいです。
あの頃のことなら「社会党」表記のほうが。
(昔の名前でいいじゃん=党名もどしなよ派、なもので)
今日のTBSサンデーモーニング→ 野中氏ミニミニミニ追悼。
国会でのVTR『...若い皆さんにお願いをして... 』→ これですかしら。
その前を映す気骨が局側に、あるわきゃないかTBSでも。
2003『渡邉恒雄 メディアと権力』by魚住昭がおもしろかったので、
2004『野中広務 差別と権力』を。
ナベツネと比べること自体ナンセンスながら、読み物としては少々地味でした。
それがかえって野中氏らしいか。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。紛らわしい書き方をしてしまい、申し訳ありません。「ニューウェーブの会」の時は社会党でしたし、その頃の仲間も多くいて一緒に行動していました。中川さんたちが当選したのは、社民党に変ってからですので、そのあたりの線引きをきちんとしておくべきでした。御指摘に沿って、社会党と社民党の違いが分るよう、少し書き直しました。有難う御座いました。

『渡邉恒雄 メディアと権力』by魚住昭と『野中広務 差別と権力』の御紹介、有難う御座います。追悼のためにも、野中さんについてのこの二冊、読んで見る積りです。

風貌からタカ派に見えていましたが、ハト派でしたよね。
好き嫌いは別にして、政治家らしい方が減りましたよね。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

そうですね。小選挙区という酷い制度のせいもありますが、小粒で個性のない政治家ばかりという感じさえします。

2018年1月16日 (火)

ICANのベアトリス・フィーン事務局長の来広 ――受賞をバネに、厳しい現実を変えるための作戦へ――


ICANのベアトリス・フィーン事務局長の来広

――受賞をバネに、厳しい現実を変えるための作戦へ――

 

核兵器禁止条約実現への貢献が評価されノーベル平和賞を受賞したICAN (核兵器廃絶国際キャンペーン) のベアトリス・フィーン事務局長が、長崎大学から招かれて来日しました。長崎での講演等を終え、15日には広島に足を延ばしてくれました。平和公園・資料館を見学の後、午後には広島の若者との対話集会があり、夜は、核兵器禁止条約のためのヒロシマ共同行動実行委員会の主催で、「核兵器禁止条約の早期発効に向けたNGO意見交換会」が開かれました。

 

核兵器の廃絶をしなくてはならないことは十分理解している人たちの集まりだから、早期発効のため、そして批准をしようとしない国にどう働き掛けるのかを中心に意見交換をするという合意で始まりましたが、それでも様々な思いが飛び交い、元気一杯の集いになりました。

 

                 

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開会前に通訳の小泉直子さんと打ち合わせをするフィーン事務局長(右から二人目)

 

行動優先の意見交換会で最初に披露されたのは、この稿がアップされる16日には、フィーンさんとICANの国際運営委員の川崎さんとが東京で、各党の代表と会い、国会で核兵器禁止条約についての討論を行うよう提言するということでした。

 

「国民に丁寧に説明する」と口だけでは曰わっても (のたまわって)、何もしない安倍総理・安倍政権ですが、日本社会特有の「外圧に弱い」ことまでは克服できていないようですので、正論に反駁はできない可能性がかなりあります。フィーン・川崎両氏に頑張って貰いたいと思います。

 

「討論」の内容は、核兵器禁止条約に日本政府は反対しているが、その姿勢を取るのであれば、最低限、この条約に参加する場合、しない場合それぞれのメリット・デメリットを事実に基づいて客観的に議論をした上で、その内容を国民に知らすべきだ、というものです。

 

フィーンさんの講演内容等は新聞やテレビでも報道されると思いますので、ここでは会場の参加者から出された意見を簡単にまとめておきます。発言者が誰なのかは省略します。

 

 イランで若者の平和グループを組織したが、全く関心を持たない人たちもいる。そのひとたちをどう巻き込んだら良いのか。

 対話は大切だが、対話をする際には方向性をハッキリさせる必要がある。そしてその方向とは核兵器の廃絶だ。

 被爆者国際署名に協力して欲しい。

 世界各地で行われているICANの活動を教えて欲しい。

 被爆の歴史や被爆体験について、日本は無知だ。そこから活動を始めなくてはならない。

 

フィーンさん・川崎さんからは次のようなコメントがありました。まず、議論は「シンプル」に徹すること、そして新たな、クリエーティブなアプローチを採用すること。例えばポップ・スターや宗教家の協力なども効果的なはずだ、加えて、インターネットなどあらゆるメディアを効果的に使う必要がある。

 

最後の閉会の言葉として、10月の総選挙で、得票数は伸びなかった改憲与党が議席の3分の2以上を占めたことを反省し新たな力を生むために、まず、2003年の平和宣言を読んで欲しいとお願いをした上で、3点を強調しました。ここではスペースがありますので、2003年の平和宣言の一部を引用しておきます。

 

世界中の人々、特に政治家、宗教者、学者、作家、ジャーナリスト、教師、芸術家やスポーツ選手など、影響力を持つリーダーの皆さんに呼び掛けます。いささかでも戦争や核兵器を容認する言辞は弄(ろう)せず、戦争を起こさせないために、また絶対悪である核兵器を使わせず廃絶させるために、日常のレベルで祈り、発言し、行動していこうではありませんか。

 

3点の一つ目は、改憲をしようとしている安倍政権の描いているシナリオを知り、その結果生まれる怒りを広げて力にしよう、ということです。9条改憲と言っても、もう存在している自衛隊を明記するだけだから何も変わらない、という説得が行われていますし、それをそのまま受け止めて「納得」している人も多くいます。でも、これまでの政府のやり方を歴史的事実に基づいて検証すれば、安倍政権の意図しているのは、その先の目標、つまり核兵器の保有だということはすぐ分ります。それを理解することで、改憲容認派を説得することが可能になります。

 

二つ目は、そのためにも必要なのですが、歴史を勉強し直すこと。私たちが教えられてきた歴史には間違いも多いのです。例えば聖徳太子は存在しなかったことが今では歴史的事実として教えられています。それと同じように国家としての日本を考えるにしても、明治維新や戦争ばかりしていた明治から昭和の時代、特に1895年から1945年を賛美する歴史ではなく、徳川時代そして1945年以降も含めての日本の本質を理解することが大切です。大河ドラマで西郷さんが取り上げられても、彼は征韓論者だったこともしっかり覚えておかなくてはなりません。

 

三つめは、社会党の最盛期に「社会党潰し」のために使われ、今でも信奉者の多い、「反対ばかりする政党は無責任」というプロパガンダに乗らないこと。人権を無視し、戦争を始めよう、環境はどうでもいい、貧富の格差がもっと広がるような施策を、国民を騙して行おうとしている政権には「NO」としか言いようがないではありませんか。正々堂々と、平和のため、正義のために「NO」と言い続けましょう。

 

明日、フィーンさんと川崎さんは国会で頑張ります。私たちは広島で頑張りましょう。

 

 

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コメント

ノーベル賞受賞でのスピーチそして記念講演で興味を持ち、普段は殆ど読まない小説を読みました。カズオ・イシグロの「日の名残り」です。記憶を辿る物語の展開にも感心しましたが、意見を言わないことの責任など、民主主義の根幹に関わる問題提起も多く、長崎生まれのイシグロ氏が「平和のための賞」と聞かされて育ったノーベル賞に相応しい作品だと思いました。

それにしても安倍首相はベアトリス・フィーン事務局長との面会を断ったということですが、日本政府の対応は本当に残念なことです。

今でも信奉者の多い、「反対ばかりする政党は無責任」というプロパガンダに乗らないこと。 これは大事だと思います。今なら「日本共産党や立憲民主党は無責任(非現実的)」というプロパガンダでしょう。そりゃあ、無茶苦茶をやる政権にはNOというのが「責任ある対応」であり「現実的対応」であると切り返していくべきですね。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

カズオ・イシグロ氏の作品も読まなくてはと思いつつ、読みたい本・読まなくてはと自分に言い聞かせている本のリストばかりが長くなっています。

安倍総理には、市民の声が聞こえるように、マギー審司のびっくりデカ耳をプレゼントしてみましょうか。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

権力者側が、弱者に対して取り続けている態度は、基本的な部分では全て「NO」なのですが、「騙す」側は、ちょっぴりの「Yes」を前面に掲げ、「NO」は「Yes」なんだよと信じ込ませる詐術を使います。オーウェルは、そのような構造を良く見ていました。「hiroseto」さんも頑張っているように、その点も突いて行きましょう。

2018年1月14日 (日)

兵庫教育大学での講義 ――今年も熱心に聞いて貰いました――


兵庫教育大学での講義

――今年も熱心に聞いて貰いました――

 

一年ぶりに兵庫教育大学の大学院で話をしました。今回も、教育現場で教員として働きながら大学院でグローバル・リーダー育成の専門家としてさらなる研鑽を積んでいる皆さんが、熱心に話を聞いてくれました。昨年は、3人の学生諸君とじっくり議論ができましたし、それに加えての一般講演もあったのですが、今年の学生は9名(うち女性7名)で、小学校の先生が5人、高校が3人、教育委員会の方が1人でした。

 

昨年と今年の大きな違いは、核兵器禁止条約ができたことです。成立の経緯や、今後の展望等も講義に加えたのですが、かなりの時間を割いて説明することになったのが、原爆という大きな悲劇を体験した日本が、何故原発に走ってしまったのかという歴史です。一人の学生からの質問に対する回答でした。

 

念のために付け加えておきたいのは、一部の論者による事実誤認と被害者非難です。つまり、「ヒロシマ」が核兵器廃絶には熱心なのに、原発については無関心だった、あるいは推進する側に回っていたのは怪しからん、という調子での論難です。機会があれば、詳しく調べた上で反論をすべきなのだとは思っていますが、それだけの時間が取れるかも問題ですので、今回は問題意識の共有だけにしておきます。

 

学生の質問から分ったのは、戦後の時代には生れていなかった人たちが勉強を続ける中で、原爆による被害からは、さらにそのかなりの部分は放射線被害であるという事実からは、原発という選択はあり得ないという因果関係を理解していること、にもかかわらず原発が推進されている現状には納得ができないと強く感じていることでした。

 

「フクシマ」後にも、原発が再稼働され政策の変更がないのはなぜかという疑問と重ねての質問だということも理解した上で、終戦直後には専門家といえども放射線についての理解には限界があったこと、被爆体験の意味を苦しみながら模索していた人たちに取っての「平和利用」という名の「夢」が大きな意味を持っていたこと等を話しました。同時に、少数のリーダーたちが警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、「原子力 ムラ」が作られて行った背景を、日米それぞれに分けて説明しました。

 

合計約3時間話をしましたが、最後の方は駆け足になってしまいました。パワーポイントを映すのは、スクリーンではなく、大型の液晶装置でしたしHD画像でしたので、細かい字も良く読めたようです。

 

               

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そして、昨年は友人との話に夢中になって気付かなかった、ハーバーランド・キャンパス前のキリンのオブジェ (頭が切れてしまいましたが――) と、キャンパスのある建物の写真も撮れました。

 

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こちらにはキリンの全体が写っています

 

「来年は、政治の世界の話をもっと聞きたい」というリクエストを貰って、神戸を後にしました。

 

 

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2018年1月10日 (水)

雪景色・その1 ――肉眼で見た通りには写らないのが残念ですが――


雪景色・その1

――肉眼で見た通りには写らないのが残念ですが――

 

朝から雪でした。日課にしているウォーキングの最中、西に向って歩くと、身体の前面が真っ白になるくらい降っていたのですが、昼過ぎにはちょっと小休止した感じになりました。しばらく経って、近くの山々 (丘と言った方が良いのでしょうか?) の写真を撮ってみました。

 

雪の量が少ないので、木々の上の方だけ白くなっていて、元々三次元の存在である山が、より立体的に見えたのですが、それが伝わっているでしょうか。

 

             

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これは、江戸期から大地主で庄屋だった八田家の長屋門と米蔵の跡です

 

 

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我が家の楓の木にもこんなに雪が積っていました。今夜から明日の天気が心配です。大きな雪害が起きませんように。

 

 

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コメント

うちの方も今朝は雪景色でした。
紅葉が終わった山々は 寂しさを感じますが、雪景色で心浮かれます♬
八田家の前を以前はよく通っていました。

「和」様

コメント有り難う御座いました。

吹雪や豪雪等は困りますが、静かに降る雪は心を落ち着かせてくれますね。八田家の中は一般公開はしていないようなのですが、外観だけでも歴史を感じます。

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