日本政府

2018年4月20日 (金)

 日本は「無法地帯」になってしまったのか? ――今起きていることをしっかり確認する――

 

日本は「無法地帯」になってしまったのか?

――今起きていることをしっかり確認する――

 

今回から、日本社会が抱えている問題について何回かに分けて考えたいと思っていますが、その根底にあるのは、次のマーティン・ニーメラーの詩が伝えたかった危機感です。

 

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 

今回の一連の出来事については、まとめるまでもなく皆さん良く御存じだと思いますが、来年、再来年になって改めて読む機会が訪れるかもしれません。その際に、他を参照しなくても、一応の復習になるよう、簡単にまとめておきたいと思います。

 

『週刊新潮』が報道した女性記者 (A記者と呼びましょう) に対するセクハラの内容について、財務省ならびに福田淳一事務次官(以下F氏と略します) は事実無根だと主張し、新潮社を提訴するとまで明言しましたが、その後、F氏は一転して辞任しました。しかしながら、セクハラ発言はなかったとの主張は変えていません。

  

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公表された録音テープの声が、F氏のものであることは声紋の照合から確認されています。また、この録音テープが何カ所での声を継ぎ接ぎしたものであることも問題視されていますが、一年半にわたってのセクハラを録音したもの全てが一つにつながっているはずはありませんし、前後の関係のない部分まで聞かされても時間の無駄ですから、継ぎ接ぎしてあるのは当然でしょう。

 

真夜中に記者会見してこの女性記者が自社の職員であること等を公表したテレビ朝日の抱える問題も大きく、そこを出発点に、今回そして次回はテレ朝だけではなく、マスコミの無責任さについて問題提起をしたいと思います。(遅まきながらA記者を守る姿勢を示したテレ朝は、他社よりは評価されるべきなのかもしれません。)


しかし、本丸が権力を握ってそれを私物化している政治家、官僚等であることは勿論です。その点も忘れずに考えて行きたいと思います。

 

まず一年半もの間、セクハラを受けていたA記者は、当然、上司に相談していたはずですが、『週刊新潮』にコンタクトする直前には、上司が彼女の言い分を聞かないほど、テレビ朝日社内のコンプライアンス違反は明確です。

 

法律的にも、整備はされています。例えば、男女雇用機会均等法等の法律を具体的に活用するための指針等も厚生労働省が公表していますし、その遵守をすることは法的義務です。一例を挙げれば、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」は、平成 28 年8月2日厚生労働省告示第 314 号として改正されたものが事業主には届いています。

 

この中でセクハラの定義もなされていますし、特に、「相談」については、「相談窓口」を作って、必要があれば外部機関への紹介も含めて対応することが定められています。さらに、セクハラが起きたのは、テレ朝の敷地内ではないでしょうが、職員が職務を行う場所であれば、またセクハラをした人間が職務として関わる必要のある立場の人であれば、それも対象にされることも明記されています。このような義務は、当然、財務省側にも課されています。

 

さらに、どのように「相談」を扱うのかについても、7ページ中の4ページにわたって詳細に説明されていますし、「適切」「迅速」「正確」等の要件も強調されていますし、被害者が二次被害を受けないようにすることもこの中で強調されています。「適切」の中には、法律違反が行われていれば、司直に通風する義務も含まれます。

 

詳しい具体的な指針ですのでこの通りの対応をする上での疑問はないはずです。テレ朝がこの指針通りに、最初の「相談」を受けていれば、A記者も少しは救われたと思います。こう書いている前提として、A記者が、今年4月という時点になって初めて相談をしたのではなく、随分前から相談をしていたとの仮定を設けています。でも、実際には、相談しようにも相談できずについ最近になって決心したという可能性ももちろんあります。

 

そうだとすると、その理由が何なのか考えなくてはなりませんが、かなり長くなってしまいましたので、その点について、また日本社会を覆っている深く淀んだ霧については、稿を改めます。

  

[2018/4/19イライザ]

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2018年4月19日 (木)

 崩れ行く日本 ――原点に戻って考えましょう――


 崩れ行く日本

――原点に戻って考えましょう――

 

『週刊新潮』そして『週刊文春』の記事が大きな役割を果しましたが、昨418日には、夕方に財務事務次官が辞任し、ほぼ同じ時刻に新潟県知事が辞任しました。二人ともセクハラあるいは買春という破廉恥な行動が原因でした。さらには、女性記者の職場であるテレビ朝日が深夜の記者会見を開くなど、異常な事態が同時進行しています。

 

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 マスコミは当然、かなり大きく取り上げていますし、国会でも野党が頑張ってはいるようなのですが、それぞれの怒りが大きくまとまって日本の政治を抜本的に変えるまでには至っていません。ようやく人々の口の端に上って来たのは、安倍内閣が退陣して次の内閣の登場を待つくらいなのですが、それで良いのでしょうか。その結果として考えられるのは、同工異曲の政治を「新たな」装いという名目で始めるくらいのシナリオだけでしょう。

 

それ以上の名案が今すぐ出せるかどうかは別にして、今の時点でハッキリしてきたことは、政治や経済、社会を動かしている、政治家・官僚・マスコミ・財界といった権力を握っている人たちによる「公共の福祉」の私物化です。法治主義が機能していない、論理的な言説がもはや意味を持たず、「暴力団」的な言動が世の中を動かす時代になってしまったのではないでしょうか。つまり力を持つものがその場限りの主張で弱者を痛め付け、自らの意思を実現してしまう世の中、「無法地帯」を指している積りですが、今起きていることを冷静に把握し、その根本原因を極めた上で、対策を立てる必要があると思います。

 

今日は、緊急提案として、崩壊しつつある日本社会を正直に見詰め、皆さんからのインプットを頂きながら一緒に考えたいと思っていますので、何でも結構です、今私たちが直面している問題についてのコメントをお願いできればと思います。

 

この稿は、当然、明日に続きます。

  

[2018/4/19イライザ]

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コメント

原発が電源としても脆弱で高コストな上に、固有安全性も多重防御もなく、何重にもウソで塗り固められたものであったように、財務省の一連の不祥事も問題は一つや二つではなく考えれば考えるほど絶望的とすら思える状況です。

「セクハラ疑惑」と報じられたこと一つとっても、福田淳一事務次官だけでなく、聞き取り調査をした担当者も、責任者である麻生財務大臣も、セクハラに対しての認識が全くズレており、これでセクハラがない方がおかしいとしか思えません。

更に、セクハラ以前に、深夜に女性を呼び出すことも、それが男性であったとしても、異常な世界です。正面から請求すれば黒塗りの資料しか出てこず、公にされたものも改ざんされ、深夜に「綺麗どころ」(マスコミ関係者自らそう呼ぶようです)を用意しなければ情報がとれないというのは、一体どういう社会なのでしょうか。

こうした問題は、いくら解体を繰り返しても解決するようには思えません。せめてキャリア制度は廃止して、公務員の新卒採用は半数にして、半数は民間からの中途採用にするとか、大幅な人材の入れ替えが必要に思えます。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

確かに、官僚制度は絶望的ですが、それと似たようなことは広島市政でも経験しました。ただし、広島市で酷かったのは市会議員で、官僚たちが夜遅く呼び出されていました。

民間からの中途採用も効果的だと思います。改善策のもう一つは、もう実現されつつありますが、公務員の半数以上を女性にしなくてはならない、という規則を作ることです。かなり効果はあるはずです。

2018年4月14日 (土)

「安倍政権は今すぐ退陣!」-広島でも街宣行動

「安倍政権は今すぐ退陣!」-広島でも街宣行動

 

戦争をさせない千人委員会も参加する「戦争をさせない・9条を壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」が、緊急行動として呼びかけた「安倍政権の退陣を求める」街宣行動が、昨日(13日)午後5時30分から1時間本通り青山前で行われました。

 

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今回の行動は、連日実施されている国会前の行動に呼応し、広島からも大きな声を上げようということで、実施されたものです。緊急の呼びかけでしたが、74名が参加し、実行委員会の世話人などを中心に次々とマイクを握り、「安倍政権の退陣」を求めるとともに、「こんな政権は今すぐ退陣!」と書かれたビラを配布し、賛同を呼びかけました。また無責任安倍総理が呼びかける改憲を許さないための3000万署名活動への協力も訴えました。

 

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公文書「改竄」。自衛隊の「日報隠し」。「『首相案件』と記した加計学園疑惑に関わる面会記録を無視し、記憶にないと強弁する元首相秘書官」。それでも、「私は関係ない」としらを切り続ける安倍首相。日付けが変われば、またもや新しい情報が出てくる毎日。

何でも隠し、平気でウソをつく。委員会が開催されても同じ答弁を延々と繰り返す安倍首相の姿には、政府の最高責任者としての責任感を見ることはできません。

そうした中で、私にとって不思議でならないのは、財務省が、公文書改竄を認め「調査をする」と言ってから、すでに1カ月がたつにもかかわらず、その調査結果が、いまだに報告されないことです。この問題は、誰しもが「民主主義の根幹にかかわる重大問題」と言いながら、1カ月もたって尚、調査が終わらないのは、本気でやらなければならないという責任感を全く欠いていると思わざるを得ません。大量すぎる「改竄・隠ぺい」とはいえ、すべて根っこは同じはず。野党も安倍首相のかかわりを追求し、退陣を求めることも大切ですが、「改竄問題」がなぜ起こったのかの深層を明らかにさせることは、この問題の本質を極めていくうえでも、まずやらなければならないことだと思います。

「自衛隊の日報隠し」問題もそうです。シビリアンコントロール(文民統制)がまさに危機に瀕している重大な問題です。その原因を明らかにすることは、すべての国会議員の責任でもあります。

もちろん加計学園問題を含め、これほどの問題が次々と起こっているその根源に安倍政権の存在があることは当然です。安倍首相が言う「膿を出し切る」というのなら、その膿を作り出す病巣である安倍首相をこそ、切除しなければ、これからも同じような事態を招くでしょう。

 

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しかし、同時に国民の政治への不信をこれほど増大させた事の重大性を強く認識しないで、問題を起こした当事者にその原因究明をさせている政治の現状にも危機感を抱くのですが、そう思うのは私だけでしょうか。当事者に、真相の究明を任せていても真実を見つけ出すことはできません。

それにしても、これほどの問題が次々と起きながら、誰一人としてその責任を取ろうとする者がいない現状をどう考えればよいのでしょうか。私は問いかけたいと思います。「安倍さん、あなた自身はこの事態に対してどう責任を取るのですか」と。

 

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2018年4月 4日 (水)

安倍改憲を許さない街頭署名

安倍改憲を許さない街頭署名


-なぜ起きる防衛省の情報隠し 安倍首相よ怒れ―

 

「戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」の呼びかけで昨年12月から始まった「安倍改憲を許さない3の日街頭署名」行動が、今月も3日の夕方5時30分から1時間、市内2か所で取り組まれました。

「戦争をさせない千人委員会」は、本通り西口(叶屋前)に52名が集まり、署名を呼びかけ85筆を集めることができました。「憲法と平和を守る広島共同センター」は、八丁堀交差点に32名が集まり、103筆の署名が集まりました。叶屋前では、準備中のところによってきて「署名を今でもできますか」と協力してくれる姿もありました。

 

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ところで、安倍首相は、先の3月25日の自民党第85回党大会の演説で、憲法9条に自衛隊を明記する改憲に意欲を表明し「自衛隊を明記し、意見論争に終止符を打とう」と呼びかけたようですが、街頭演説でも触れましたが、「その前にやることがある」ということを指摘したいと思います。

2日の午後、小野寺防衛大臣が、「存在しない」としていた「イラクに派遣されていた自衛隊の日報が見つかった」と発表しました。「森友学園問題」を巡る財務書の決裁文書改竄問題に続く、公文書のずさんな管理が、またもや明らかになりました。いずれも「政府ぐるみの隠ぺい」だと野党から厳しく追及されていますが、野党だけが怒る問題ではないはずです。

防衛省の今回の「情報隠し」は、先の南スーダンPKO部隊の日報問題と同根の問題ととらえなければならないと思います。

 

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この街頭署名活動で秋葉さんも指摘されたように、自衛隊にとって「どんな活動をしたのか」を記録する日報は、もし仮に「行動の誤り」を指摘されたとき、その行動の正当性を主張する唯一、無二のものですから、絶対に破棄されるようなことはありません。

さらに私は、次のことも指摘しまし。自衛隊にとって日報は、「その行動をその後の活動に生かすための検証を進める」ためにも欠かすことのできない、重要な資料だということです。そのことは「『陸自研究本部』に電子データで保存されていた」という事実によって証明されています。こうして考えると、そもそも「自衛隊の部隊の日報」が、保存されていないなどということは、あり得ないことです。

財務省の決裁文書改竄を大問題ですが、それ以上に実力組織の自衛隊による文書隠し問題を重大だということです。つまり、今自衛隊はシビリアンコントロール不能の状況にあると言ってもよいのではないでしょうか。私が、「安倍さん改憲より前にやるべきことがあるのでは」というのは、このことです。南スーダンPKO部隊の日報問題では、「稲田大臣だから」という雰囲気が無きにしも非ずでした。再び同じようなことが起きたのですから、単なる大臣の問題に矮小化することはできません。そして野党のみが追及すればことは足りるという次元の問題でもありません。実力組織である自衛隊をどうコントロールするのか、内閣に、そして国会の突き付けられている重大な問題だからです。内閣にすらきちんとして情報を提供しない自衛隊に対し、安倍首相こそが、もっと大きな怒りを持たなければならないのではないでしょうか。それほど深刻な問題だと言えます。

そして安倍首相は、自らが行った憲法違反の「集団的自衛権行使容認」の閣議決定が、防衛省内での自衛隊制服組の発言権を拡大させ、さらには今回のような隠ぺい体質を容認し今日の事態を招いていることをもっと自覚すべきです。その反省もないまま「憲法に自衛隊を明記」すれば、さらに自衛隊の一人歩きが始まることを私は危惧します。

 

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2018年3月18日 (日)

当事者意識が日本政治蘇生のカギ   ――おしどり ケン・マコさんが良いお手本です――


当事者意識が日本政治蘇生のカギ  

――おしどり ケン・マコさんが良いお手本です――

 

日本政治蘇生のキーワードとして「言語化」「当事者意識」の二つを選びましたが、それは311日に開催された「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」で、人見やよいさんとおしどり マコ・ケンさんたちのトークに触発されたからです。


 

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前回は人見さんの言葉を通して「言語化」の意味を探りましたが、今回はおしどりさんのパフォーマンスを通して「当事者意識」について考えて見たいと思います。

 

おしどり マコ・ケンさんは、夫婦コンビの吉本「芸人」として関西で活動していましたが、7年前の東日本大震災前から活動の舞台を東京に移しました。震災後に、子どもたちを対象にしたイベントに参加していたのですが、そのイベントに呼ばれていた芸能人たち、さらには公共広告機構での「東日本 頑張れ」のコマーシャルに出演している人たちも、どんどん関東から離れていくことに気付き、大きな違和感を持ちました。子どもたちには真実を伝えたいと考えて、お土産として渡すものの中に自分で書いたメッセージを入れることにしたそうです。子どもたちに間違ったことを伝えてはいけないと強く感じて、さらなる勉強に弾みが付き、そのプロセスで、東電の催す記者会見が大切な情報源であることに開眼します。テレビが東電の記者会見の中継を止めた後もインターネットでの中継を見続け、そして勉強のためにその内容を全部書き起こす作業を続けましたが、その内に、会見で質問のできる人が限られているパターンのあることに気付きます。

 

多く質問している人たちとは違って、フリーランスや週刊誌の記者たちの質問は、自分たちが知りたいと思っていることを鋭く付いていること、でも、良く質問に当る人たちは「そんな質問はいらない!」というような声で、質問者の発言を遮るようなことにも義憤を感じました。

 

そんな声が上がった時には「私たちは聞きたい!」とヤジるために、とは言っても実際にヤジることはなかったそうですが、東電の記者会見に出席し始めました。最初の内は100人以上いた記者たちもだんだん少なくなり、最近では23人ということもあったし、テレビのカメラが一台も入らない会見もあったということなのですが、おしどりさんは、ずっと記者会見に通い続けました。また福島にも足を運び、さらには、記者会見で得た知識、自分たちで勉強した結果を元に、分らないことは専門家に聞いたり現地に出掛けて取材・調査・研究を続けたとのことでした。

 

その結果をお二人は、地道に各種のメディアで報告し続けてきましたが、それが世界的にも伝わり外国からの講演等の招待もあるとのことでした。こうした活動の一環を今回の集会で披露してくれました。

 

2014年の86日に公表された「福島原子力事故における未確認・未解明事項の調査・検討結果~第2回進捗報告~」に添付された、「事故時に観測された中性子と燃料溶融との関連について」という資料から、メルトダウンを起こした2号機について、「中性子が出てきたタイミング」と「2号機メルトダウンのタイミング」が同じである事実を正確に読み取り、その意味を先日の集会でも分り易く説明してくれたのです。

 

これほどこだわる「理由」こそ、「当事者意識」だと思います。私たちは、森羅万象全てのことに同じような関心を持ち続けることは不可能です。今住んでいるところから離れた場所での出来事には、関心が薄れるのは、いわば自然なことです。歴史的にも少し時間が経てば忘れるのは避け難いことですし、未来のことでも明日への関心の方が一年先のことよりは強くて当然です。

 

同時に、世界の全てのことは有機的につながっています。そして、グローバル化された現在では、世界の「片隅」の出来事を、実は私たちのすぐ隣のこととして受け止めなくてはならないケースも増えてきています。さらに、私たちにとって一番身近な事柄に、究極的には影響を与える政治や経済の動きも大切です。それも私たち自身が関わることで方向を決められる場合が、実は多いのです。

 

ですから、社会全体の動きを見詰めて、未来も含めての私たちにとって本質的な影響のある事どもについて、「それは私自身の問題だ」と認識し行動する必要もあるのです。つまり、「当事者」として関わらなくてはならないケースも多いのです。おしどり マコ・ケンさんは、そのお手本を示してくれています。

 

もう一つ、マコ・ケンさんが示してくれたのが、「継続して」「長い時間」関心を持ち続けることの大切さです。東電の記者会見でも担当者が何人も変る中、マコ・ケンさんはずっと同じ場所で、継続して「取材」を続けてきました。東電の「嘘」も簡単に見破れますし、これほど「博識」の取材者を前に東電の担当者も襟を正さなくてはならなくなっています。それ以上に、東電の会見担当者がおしどりマコ・ケンさんから正しいことを学ばないと、仕事ができないレベルにまでなってしまっています。このこと自体、東電はお二人に感謝状くらい出してお礼を言うべきだと思います。そして、これだけの時間を掛けた行動自体が、東電への大きな圧力になっています。さらに、私たち、一つの問題に長い間関わって来た高齢者に取っての大きな励ましにもなっています。

 

「言語化」と「当事者意識」の意味が少しは届いたことを祈っていますが、振り返って考えると、広島でもそして長崎でも、さらに世界の至るところで、人見さんやおしどりさんたちの多くの先輩が同じように血の滲む努力をしてきたことにも思いが広がります。それも参考にすることで、私たち自身の内なるエネルギーを爆発させる準備ができればと思います。

  

[2018/3/17イライザ]

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2018年3月16日 (金)

日本政治を蘇らせるために   ――安倍内閣退陣要求を緊急街宣でアピール――


日本政治を蘇らせるために  

――安倍内閣退陣要求を緊急街宣でアピール――

 

前回は、財務省の森友問題についての対応が、改竄前の文書を元に考えると憲法違反であることを主張してきました。具体的に違反しているのは、前文、第15条、第41条そして、憲法遵守を規定している第99条です。

 

これだけでも、森友問題についての財務省の対応が如何に人を馬鹿にしているものなのか、傲慢かつ無礼なものなのかは明らかです。戦前の軍隊なら、軍事力がありますから、それを背景に、国民無視の態度を取れたかもしれませんが、今の時代にそれに匹敵するほど大きな力とは何でしょうか。それを考えるためには、もう一つの事実も視野に入れなくてはりません。

 

それは、この一連の大醜聞の中で、財務省の担当部署にいた職員が自殺したという事実です。そのような環境を作った財務省自体が「ブラック企業」として行動していたことを示していますし、憲法13条違反です。

 

13 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

公務員には労働基準法は適用されない等の技術的な議論を持ち出さないで、憲法が何を守ろうとしているのか、その基本に立ち返って考えましょう。

 

公務員である前に、誰でも人間であり個人です。その人格を尊重する職場環境を作ることは、最低限、「自分たちこそ国家である」と自らを規定している高級官僚の義務でしょう。そして今回の死の原因を辿って行けば、その大本は安倍昭恵総理大臣夫人が森友学園の名誉校長として名を連ねていたことにあるのですから、直接手を下しての殺人とは比較すべきではないとは言え、人の死を招く結果を生じさせた道義的責任は非常に重いと言わざるを得ません。

 

それだけでは問題は終りません。官僚組織は権力を行使する立場ですので、その組織が暴走する可能性が常にあります。その暴走を許さないために、各省庁のトップは生え抜きの組織の一員ではない、選挙で選ばれた国会議員、あるいは同じく選挙で選ばれた総理大臣が指名する大臣がいるのです。その立場、つまり主権者たる国民の代弁者、として踏えての省庁管理、そしてその統括を行えないのであれば、大臣失格、総理大臣失格なのです。

 

その角度から、安倍政権の退陣を要求するのは当然なのですが、この問題の責任を議論したり、分析したりしているマスコミの最大の関心事は「政局」、つまり、今後、安倍政権にとって有利になのか不利になるのか、誰が次の総裁や総理になるのかといった、権力の座がどう動くかであるようにしか映りません。ここでも、国民や憲法は蔑ろにされています。

 

権利が蔑ろにされている国民の中には、当事者中の当事者、籠池夫妻も入ります。証拠は全て検察が押収してしまっている訳ですので証拠隠滅の恐れはなし、マスコミの監視が厳しい中、逃亡の恐れもないでしょう。そして、彼らの犯した罪については、裁判で公正に判断すれば良いだけのことでしょう。にもかかわらず、籠池夫妻を拘留し続けている理由は何なのでしょうか。今起きていることについて、当事者として実際に起きたことを喋られるのが怖いという理由くらいしか頭に浮びません。

 

そもそも、国民や憲法を蔑ろにしてきた人たちが犯した罪を裁くに当って、国民や憲法を蔑ろにした議論で片が付くと思う方がおかしいはずなのですが、私たち一人一人が怒りをさらに大きくして、それを言語化して政府や与党、財務省や官僚たちを批判し、政治を変えなくてはなりません。「公務員の罷免」も憲法15条では私たちの権利なのですから。

 

でも「言うは易し行うは難し」という言葉もあります。しかし、先日の「フクシマを忘れない! さようなら原発ヒロシマ集会」での人見やよいさんとおしどりマコ・ケンさんたちの発言からは、「大丈夫、出来るんだ」という力強いメッセージを貰えたような気がします。次回はその点について述べますが、もう一つ緊急の報告です。


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 15日は、「戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会(略称:ヒロシマ総がかり行動)」(共同代表:秋葉忠利、石口俊一、石川幸枝、川后和幸、山田延廣)の主催、呼びかけで、「緊急街宣」行動を行いました。

 

呼び掛けの焦点は、「森友」公文書改ざんの徹底究明を要求する、「佐川じゃないよ 麻生が辞めろ」、「ウソつくな 責任とれよ 安倍内閣」、「安倍政権は今すぐ退陣!」ですし、「もう証人喚問しかない」、「国会は国政調査権発動を」と集まった100人に近い同志が大きな声を挙げました。

 

この活動には特に多くの皆さんが共感して下さったような実感がありました。チラシを取ってくれる人も多かったですし、電車の停留所から耳を傾けてくれた方々もいつも以上の数でした。また、私たちに声を掛けて、激励してくれる皆さんも目立ちました。

 

日本の政治が蘇り新たなパラダイムに転換する兆しなのかもしれません。

 

[2018/3/15イライザ]

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コメント

お疲れ様でした。仕事の都合で参加できませんが、わたしも、マイクは持ち歩いて、外出時には主に小さな駅の前やスーパーの前で訴えるようにしています。あちこちで「同時多発的」に声を上げられればと思います。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

公の場で声を挙げることは勇気のいる行動です。誰にでもできることではありませんので、これからも是非続けて頂きたいと思います。

そして、家庭内や学校、職場でも、率直に政治についての「思い」を一言囁くことが、やがては大きなうねりにつながります。そこから始めてくれる人が増えるよう、祈り続けています。

2018年3月14日 (水)

日本政治を蘇生させるために   ――改竄公文書と憲法――


日本政治を蘇生させるために  

――改竄公文書と憲法――

 

[まずはお断りです。「改ざん」と書く代りに、漢字を使って「改竄」と表記しているのは、「竄」という字の持つオドロオドロしさ、異様さを通して、今回の危機的状況を表せればという思いからです。]

 

ようやく国会に対して改竄を認めた財務省ですが、国民の怒りは極限に達しています。にもかかわらず、これまでその怒りが国民的な倒閣運動にまで至っていないのは、「怒り」を言語化する役割をマスコミが放棄し、知的リーダーたちがその役割を十分には果せていなかったからであるような気がしています。

 

そして、ある程度の知的訓練を受け、物事を言語化しその共有を可能にし政治的エネルギーに変える役割を負っていたはずの私も怠慢でした。その反省を込めて、言語化、そして国民的エネルギーによって政治の生命を蘇生させる一翼を担いたいと思います。

 

勿論、財務省による公文書の改竄事件は未曽有の政治スキャンダルです。改めてこれが如何に国民を蔑ろにしているかについて多言する必要はないと思いますが、とにかく腹の立つこと夥しい問題です。それでは不十分なほどの怒りが主権者の側にはあるのですが、それを表現する第一歩として、ちょっと感情的になりますが、私なりに簡単にまとめた思いを、特にその中でも憲法との関連についての言及が少ないので、その点から始めたいと思います。焦点を合わせるのは、どこが改竄されたか以前の問題として、元々の文書に何が書かれていたのかです。以下、腸の煮えくり返る思いだけでも受け止めて頂ければ幸いです。

 

まず憲法の引用です。

 

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By Wiiii (Own work) [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

 

憲法前文   「主権が国民に存することを宣言し」

 

15条  公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

2  すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

 

私人である安倍昭恵総理大臣夫人の名前が、公的な売買契約関連文書に記載されていること自体異常です。その文書は、森友学園つまり籠池夫妻に、国有地を大幅に値引きして払い下げることを決めています。

 

この点が異常なのは、官僚的文書の作り方の慣例から逸脱しているからです。その慣例、あるいは「法則」とさえ言って良いのだと思いますが、それはミニマリズムです。つまり最小限主義です。少し親切に、一言加えておけば、はるかに分り易くなるのにという場合でも、私の知る限りの国家官僚たちは、必要最小限の言葉しか使いません。口頭でもそうなのですが、ましてや文書となれば、それが何倍にも増幅されます。

 

ですから、ただ単に昭恵夫人が名誉校長だったからその事実を書いたという説明ではとても納得が行きません。それは、これまでの私自身の経験からハッキリと分ります。納得が行く説明とは、例えば、森友学園についての諸決定を滞りなく進めるために、これが総理案件だということを省内に周知する必要があったということにならなければなりません。そして、総理案件が最優先されるのは、安倍内閣では人事を首相官邸が完全に掌握していたからに他なりません。首相官邸の主が総理大臣であることは、言うだけ野暮ですね。

 

となると、これは第15条の2項違反でしょう。つまり、全体への奉仕ではなく、森友学園そしてそれに関与している一私人の利益のために官僚が動いたことになるからです。そして、その事実を改竄し、隠蔽し、嘘を吐いてまでして国民の目に触れさせなかったことは、国民主権という民主主義の大前提を踏みにじっています。同時に、国会に対して隠蔽、虚偽の説明をするなどということは、国会を「国権の最高機関」と定めている憲法41条違反でもあります。

 

さらに、重要なのは、憲法では公務員に対して遵守義務を負わせていることです。

 

99  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 

天皇にも課されている憲法遵守義務を (天皇の権威を日頃から主張し、「元首」にまで持ち上げたいと活動している人たちの集団、国民会議やその影響下にある人たちの価値観を元に表現すれば) 一介の国会議員や官僚が簡単に踏みにじって何の呵責も感じないなどということは許されません。

 

これだけでも、森友問題についての財務省の対応が如何に人を馬鹿にしているものなのか、傲慢かつ無礼なものなのかは明らかなのですが、財務省がそれほど大きな態度を取るためには、とんでもなく大きな存在が背後にあると考えなくては理屈に合いません。戦前の軍隊なら、軍事力がありますから、それが説明になります。今の時代にそれに匹敵するほど大きな力とは何でしょうか。それが何かを考えるためには、もう一つの事実も視野に入れなくてはなりません。

 

[次回に続きます]

 

[2018/3/13イライザ]

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3/4 アカデミー賞授賞式→主演男優賞→発表前
『ウィンストン・チャーチル / ヒトラーから世界を...』の1シーンが。
「私が責任をとる」←C 「本当に?」←側近らしき人
「あたり前だ!」「そのために首相の座にいるのだ」←C (もちろん字幕)

このシーン→タイミング絶好なのに宣伝に使われることは、まず、ない。(;´д`)

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

誰に対して責任を取るのかという点が現政権・与党には存在しないことも大問題です。それが独裁者のメンタリティーではあるのですが、主権者として独裁政治を止めさせなければ、今の状態は続いてしまいます。

改竄というより、私は隠蔽だと思います。消して隠しているんですから。
隠蔽するために改竄してと。
マスコミやメデイアの程度が酷すぎます。
多くの国民は、新聞に書かれていることやテレビで報道されている内容に左右されます。
それに安倍内閣になってから、テレビには政治批判を強くする人は殆どでなくなりました。
全ての行政組織の上位に内閣があるのは、何故なのか。
その理由だけで、麻生外務大臣は罷免されるべきです。安倍総理は内閣解散でなく辞任すべきです。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

政治の私物化を目論む、モラルの欠如した政治家たちのために人命が複数失われている事態になった今、内閣総辞職、そして安倍議員は、言葉通り議員も辞職すべきでしょう。

2018年3月11日 (日)

関係政党意見交換会   ――反安倍を確認して強力な結集を!――


関係政党意見交換会  

――反安倍を確認して強力な結集を!――

 

森本真治参議院議員と佐藤公治衆議院議員の呼び掛けで、310日に、「関係政党意見交換会」が開かれました。森本議員と佐藤議員はそれぞれ民進党、希望の党に属していますが、加えて社民党の代表と立憲民主党関係者では昨年の選挙に出た経緯があり、私が参加しました。

 

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 この会で表明された意見は、冒頭マスコミに公開された森本議員の挨拶が良いまとめになっています。となると、その後の会議を開いた理由がないではないかとの指摘も出てきそうですが、現在の政治状況について、ここに集まる前からしっかりした共通認識があったからだと解釈した方が正確だと思います。以下、森本議員発言の要約です。

 

安倍政権に対抗するため、国のレベルでは6党がしっかりスクラムを組んで頑張っている。今日は共産党の出席はないが、この会の内容も伝えたいと思っているし、今後の連携もして行きたい。

 

安倍政権に対抗する上で、今後の政治日程が重要になるが、来年の統一自治体選挙や参議院選挙は既定の事実だ。国民投票の可能性もある。

 

2月には民進党の党大会が開かれ、新たな党としての出発が確認されたが、大塚代表の意向は3党の再結集にある。4月末を目標に働き掛けが続く。

 

一方広島県内では、来週、社民党と民進党の県連大会がある。民進党の場合、議論される内容としては地域政党の可能性や市民を巻き込んだ緩やかな地域ネットワークの可能性等が考えられるが、とにかく、野党の結集が重要だ。

 

具体的には、9条や核廃絶は広島としては当然のことであり、なかでも核の必要性を特に強調し始めている安倍・河野路線を打破するため、広島からの強力なメッセージを発信することが喫緊の課題だ。

 

その後の意見交換で、私にとって勉強になった何点かを挙げておきましょう。複数の方々の発言をまとめています。

 

まず、現状認識として、「結集」する意味は、9条や核といった問題以前の政治の「大義」にある。日本の政治が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているという認識の下、日本の政治の命を懸けての結集が必要だ。

 

それが誇張でないのは、国会での議論もそうだが、地方自治体の議会や行政の中でも「国が作ったこの文書は改竄されていないのか」「国からの通達を信じて良いのか」といった疑問から議論が始まることから良く分る。

 

結集した結果として、市民運動や幅広い有権者にインパクトのあるものにすることが大切だ。今起きていることは右・左といった区分けではなく、上下や前後という方向性を持った高次元のものになってきている。その中身を整理し、高齢者や若者とも生活レベルでのコミュニケーションを通じて危機感を共有し、そこから生まれた目標を「ヒロシマイズム」というようなものにまとめたい。

 

そして、具体的には、統一自治体選挙や参議院選挙での結果につなげたい。

 

一回の会合ですべてが決まる訳ではないので、「結集」することを再確認し今後も協議を続けようという点では意見が一致しました。そのために月一くらいの頻度で集まること、また次回のたたき台にするために、全国的にはどのような動きが起きているのかを調べて報告すること、さらには、5月の連休明けくらいには、幅広い人たちに結集の意味を共有して貰えるようなイベントを開きたい、といった形での合意ができました。

 

[2018/3/10イライザ]

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広島3区は、すでに市民連合で、ガンガン活動してます。広島県内全体に市民、政党双方のこういう流れを強めたいですね。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

全県に広げましょう!

2018年3月 4日 (日)

「アベ9条改憲NO!3000万署名」-3の日街頭行動

「アベ9条改憲NO!3000万署名」-3の日街頭行動

 

厳しい寒さも和らいだ昨日正午から「戦争をさせない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」による3月の「3の日行動」が、市内2か所で実施され「3000万署名」への協力を呼びかけました。

 

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私たち「戦争をさせないヒロシマ1000人委員会」は、八丁堀交差点福屋横で、41名が参加し、弁士を交代しながらチラシ配布と署名を呼びかけました。「広島県9条の会ネットワーク」などの団体は、本通電停前で38名が参加し、「3の日行動」を実施しました。今回の行動では、両方合わせて180人の方たちに、署名に協力していただきました。

2月と比べるとやや少ない署名数となりましたが、若い人、高齢の人、男性、女性と幅広い階層の人たちに協力していただいたのが特徴的でした。

 

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こうした私たちの行動にもかかわらず、「9条改憲」をめざす安倍首相に応える形で、自民党内の動きも活発になり、今月中にも「自民党案」なるものを一本化するとのニュースが伝わっています。決して油断は許されない状況で自民党内の改憲論議は進んでいます。

しかし自民党内の改憲論議を見ていると不思議に思えることが、いくつかあります。その一つが、2月16日にまとめたといわれる憲法47条の選挙制度についての「改正案」です。「9条改憲」問題ではこれまでもこのブログで取り上げてきましたので、今日はこの憲法47条の「選挙制度」問題に触れてみたいと思います。現憲法では「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」となっているのですが、自民党の条文では参議院選挙に関し「都道府県単位の区割りを可能とする」規定を設け、「広域の地方公共団体」(ここでは都道府県のこと)を「選挙区」とし、「少なくとも一人を選挙すべきものとすることができる」という内容です。これを聞いて最初に疑問に感ずることは、「なぜこれが法律改正ではだめで、憲法まで変えなければならないのか」ということです。そして次に湧く疑問が、「これでは、これまで何度も最高裁が指摘してきた『一票の格差』問題はどう解決されるのか」ということです。

彼らがよく口にする「統治機構」の問題を解決するというのであれば、憲法改正よりも選挙制度そのものに真剣に向き合うことこそが求められているはずです。自らのご都合主義による、とてもまともに「憲法審査会で論議してほしい」と言えるような改憲案が、全会一致でまとまる自民党の改憲論議にただただ唖然とするばかりです。

 

こんな感覚の論議の中で自民党は、「9条改憲案」がまとめようとしていることも強くアピールしなければならないと感じた3月の「3の日行動」でした。

 

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2018年3月 1日 (木)

只管打坐 (しかんたざ)  ――ただひたすらに座ることの意味――


只管打坐 (しかんたざ) 

――ただひたすらに座ることの意味――

 

禅宗の三つの宗派の一つである曹洞宗には、宗議会という最高レベルの決定機関があるのですが、その人権学習の一環として平和運動史と今後の展望についてお話をさせて頂きました。曹洞宗の開祖は道元禅師であり、その精神は「只管打坐」という言葉に象徴されていることは知っていましたが、改めてこの言葉の意味を考える素晴らしい機会になりました。

 

               

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世界が有機的につながっていること、そして今の私が、その中でも大切な問題に関わっているという事実に気付かされたことがこれまで何度もありました。その度に身の引き締まる思いをしてきましたが、気付かされるきっかけは、いくつかの全く異なった範疇に属する事象が偶然としか思えない形で現れて、同じ方向を指し示してくれたことでした。

 

具体的には、これまで私に「只管打坐」の意味を分り易く表現してくれた人が何人かいるのですが、全く違った分野の先達でした。その一人は、昔から私淑していた、そして最近は先生の言葉を思い出しては咀嚼している岡潔先生です。数日前にも、先生についてのドラマを紹介しました。その岡先生の言葉が「スミレはただスミレのように咲けば良い」です。つまりスミレはひたすらスミレであれば良い、ということです。

 

もう一人「只管打坐」を強調していたのが、同時通訳の神様の一人と言われた故國弘正雄さんです。私にとっては良き兄貴分でしたが、通訳としてだけではなく政治家としても共に闘う機会が多くあったのは心強い限りでした。

 

その國弘先生 (政治家としての「先生」ではなく、多くの方々に取って英語の分野での素晴らしい先生であったことに改めて敬意を表したいと考えての「先生」です) は「只管打坐」を出発点にして「只管朗読」を提唱されていました。中学2年生か3年生の教科書をひたすら音読することなのですが、それも、500回から1000回という多くの回数続けるのが味噌なのです。英語を習得する上でとても効果のある方法ですが、その点について、國弘先生の言葉も引用しつつ丁寧に説明しているサイト「かつうら英語塾」がありましたので、是非そちらも御覧下さい。

 

しかし、広島で「只管打坐」を考えると一番自然に頭に浮ぶのは、慰霊碑前の「座り込み」でしょう。核実験のある度に抗議の座り込みをする伝統は、核兵器が廃絶され核実験がなくなるまで続けられると思いますが、座り込みを始められた森瀧市郎先生のお気持は、正に「只管打坐」だったのではないでしょうか。

 

森瀧先生は、その結果として「愛の連鎖反応」が起き、世界を平和に導くという、私たちにとってはとても分り易い説明をされています。座り込む皆さんの姿を見て、自然に自分も参加したいという思いに駆られるのはそのせいだと思います。でも最近強く感じるのは、元々座り込みを始められた方々は、運動としての結果を云々する以前に、どうしても核実験を止めなくては、核兵器を廃絶しなくてはという人間の存在の最も深い所から湧き出る無心の力に突き動かされたのではないかという思いです。

 

そして、曹洞宗の宗議会での講演において、「只管打坐」を日常的に実践され、道元禅師の説かれた道の先達である皆様を前に平和運動の歴史を紹介しつつ私自身が強く感じたのは、「只管論破」をし続けなくてはならないということでした。それは、被爆者に対して、またいろいろな意味で弱い立場に置かれている人たちに対して外務省や日本政府がこれまで取って来た理不尽で血も涙もない暴論に対しての「只管論破」です。私たちがこれからも続けなくてはならないのは、今まで以上に丁寧に、多くの人に分って貰えるような形で、嘘や詭弁、言い逃れ等に対して、事実を元にしてその虚妄を暴き、大きな政治力にして行くことです。どんなことを取り上げたいと思っているのか、その何点かについては別稿で取り上げたいと思います。

 

 

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