トランプ関連

2017年3月 6日 (月)

ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム ――「託されたもの--大地と人と。」―  


ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム

――「託されたもの--大地と人と。」―  

 

予定通り1330分に始まったシンポジウムですが、立錐の余地のないくらい多くの皆さんに御参加頂きました。心から感謝しています。 

                         

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 主催者の挨拶では、このシンポジウムも6年目を迎えて、昨年の海に焦点を合わせたシンポとは対照的に、今年は「陸」「山」をバックに大地と人を考えるイベントとして企画したこと、そのために、ゲストとして福島県須賀川市で専業農家を営む樽川和也さんをお招きした経緯の説明がありました。

 

主催者の代表である西村恵美子さんと毎回の名司会振りで多くの人を魅了している中沢晶子さんお二人が、昨年11月に福島まで樽川さんに会いに行き、樽川さんと彼の母上に歓待されたこと、その経験を通して樽川さんに広島までお出で頂くことの大切さを再確認できたとの報告でした。

 

続いて樽川さんの基調報告でしたが、原発から65キロ離れた須賀川市で東日本大震災の被害がどのようなものだったかを事実に即して生々しく描いてくれました。正に胸塞がれる思いでした。そして、お父上の言葉を交えながら、樽川さんの農業者としての原点がお父上だということが良く分るエピソードをいくつも紹介してくれました。

 

例えば、お父上は30年前から有機農業を実践してきたこと、それも「子どもに食べさせるものだから」という理由でその選択をしたこと、1988年に広島での原水禁世界大会に参加した後、原発の危険について何度も語ってくれたこと、東日本大震災後の福島第一原発事故のニュースに接して、自分の言ってきたことが正しかったと感想を漏らし「馬鹿だなこの国は」という言葉が続いたこと、それから言葉が段々少なくなって塞ぎ込むようになり「福島の野菜もこれでお終い」と言っていたことも話してくれました。

 

そして323日の夕方、県から「結球野菜の出荷停止」決定のファクスが届き、夕食になって初めてお父上にそれを見せたところ、じっとテーブルを見詰め続けた姿が瞼に残っていること、夕食後、いつもはお母上が洗っていた食器を何故かお父上が洗ったことにチョッピリ疑問を持った記憶も共有してくれました。

 

24日の朝、お父上の姿が見えないことに母と子は気付き、野菜を見回りに行ったのだろうと思っていたところ、7時になって廃材を一輪車に乗せて裏のキャベツ畑まで運ぼうとしてした樽川さんは、「畑に父が立っているような気がした」ことに気付きました。でも少し近付くと、太さ3メートルの欅の木の下、「父の足は空中にあった」ことに気付き大きなショックを受けました。

 

地震からからの被害だけなら立ち直れた、でも原発の事故が致命的だった、というのが父上の気持だったろうし自分でもそう思うと樽川さんは総括しています。また後で、お父上の知人たちからは、「子どもたちに何も残せなかった」と言っていたことも聞いたそうです。

 

前を通ると父を思い出さざるを得ない欅は伐採して貰い、出荷停止になってそのまま畑に残していた寒キャベツやブロッコリーの株、計8,000株は、凍って割れる音が聞こえるようになり、父の努力と作物の生命を悼んで線香を上げてから、トラクターで均したとのことでした。

 

二日続けて、親御さんと悲劇的な別れを告げた40代の若者が「今いるところを大切に」頑張っている姿に接して、物理的な意味での「今いるところ」と精神的な意味での「今いるところ」を重ねることで、未来の展望が新たな次元から見えること、また被爆者のメッセージの大切な側面として「今いるところを大切にする」姿勢で彼ら/彼女らが生きてきたことなども含めて議論を深めたかったのですが、オバマ大統領の功罪について樽川さん抜きのかなりヒステリックなやり取りに時間を費やすことになってしまったのはとても残念でした。

 

パネスリトとしての責任は果たせませんてほしたが、私個人としては、前日の打ち合わせとシンポ後の打ち上げで、樽川さんの話もきちんと聞けましたし、こうした深みのあるやり取りもできました。とても勉強になりましたし、マイケル・ムーア氏の「10項目アクション・プラン」PRもできましたので、これからはさらに多くの「すぐやる」チーム作りのため頑張りたいと思います。

 

 

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コメント

樽川さんのお話、心に突きささりました。西日本である広島はまるで何もなかったように日常が過ぎていきますが、出来ることはたくさんあると思いますので、日々考えて行動していかなくてはと思いました。また、秋葉さん、ビナードさんのそれぞれの視点からの発言も自分にはない視線なので大変参考になりました。ありがとうございました。

コメント有り難う御座いました。

涙に加えて、考え行動すること、私も中澤さんの言葉を噛み締めています。

今回スタッフとして参加させていただいた山根和則です。
昨年の横川シネマでの「大地を受け継ぐ」上映後に、井上淳一監督と広島に母子避難されている方や平木薫さんも交えてお話しをする機会があったので、今回樽川さんとお逢いできたのはとても嬉しいことでした。
樽川さんとは直接お話しも出来、これからの私自身の福島への取り組みにも、おおきな力と指針を与えていただけました。
つきましては、私のfacebookに、このブログの記事(前後編)をリンクさせていただきました。後からで申し訳ありませんがご了承いただけますでしょうか。もし不都合なようでしたらメールアドレスを入れておりますので連絡頂けましたら対処いたします。
コメント欄をお借りして恐縮です。よろしくお願いします。

「山根和則」様

コメント有り難う御座いました。また、リンクを張って下さったこと、感謝しています。

樽川さんが、広島に来られたことでさらなるエネルギーを得て、お父上の思いをさらに大きな形で実現してくれることになるよう祈っています。そのために、私たちも新たな連携を始められればと思います。

2017年3月 3日 (金)

民意を反映しない選挙制度 ――反映できる制度に変えよう――  



民意を反映しない選挙制度

――反映できる制度に変えよう――  

 

トランプ大統領の誕生とその背景を理解する上で一番の問題は、大統領選挙が間接選挙だということです。市民一人一人が投ずる一票は、大統領候補者の名前を書くようにはなっていますが、実際上は各州毎の「選挙人」と呼ばれる人を選ぶという結果にしかなりません。その結果、総得票数では勝っても、大統領にはなれないケースが結構出てしまうのです。次の表はクリックして頂くと大きくなります。                                                                                                                                                                           

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ここで見て頂きたいのは、当選した候補の総得票率(A)と、民主党候補の総得票率(B)です。不等号を使って、 (A) > (B) が成り立つのは、2004年だけです。共和党の方が総得票数・率で勝っている唯一の年です。その他の年では、民主党候補が当選しているか (だとすると (A) = (B) が成り立ちます)、共和党候補が当選したけれども総得票数では民主党候補が多かった、つまり ((A) < (B) )が成り立つ)、ということになります。

 

まとめると、1992年以来、昨年までの24年間に行われた7回の大統領選挙で、共和党が総得票数で民主党を破ったのは、ただの一度、2004年だけだという数字です。にもかかわらず、選挙そのものでは3回勝っているのですから、選挙制度を変えようという声が上って当然です。

 

民意を反映させる上での理想的な制度は比例代表制なのですが、日本の場合、小選挙区制度を採用してから、得票率と議席獲得率の乖離が大きくなり、政治そのものが大きく歪んでしまったことは皆さんお気付きだと思います。

 

最近の選挙結果を元に、得票率では過半数を取れていないにもかかわらず、議席は3分の2以上、つまり憲法改正が発議できるほどの力を持ってしまっていること、その力を元に、形振り構わず国家主義的・軍国主義的な道を直走りしている体たらくを見てみましょう。

   

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 この乖離を見ただけで、選挙制度を何とかしたいと考えられたとしたら、それは極めて健全な反応なのですが、ではどうすれば良いのでしょうか。そう考えた人たちが集まって、マイケル・ムーア作戦3.4.9.に関連しますが、2014年から活発に活動を続けています。選挙制度改革の素案を作り関連法案も改正することで政治を変えて行こうと頑張っている人たちです。名称は「公正・平等な選挙改革に取り組むプロジェクト」です。

 

会員になって、具体的な活動に参加することもできますので、検討して頂けると幸いです。

 

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2017年3月 2日 (木)

民主主義の再生に向かうアメリカ ――トランプ危機が「隠された祝福」かも――  


民主主義の再生に向かうアメリカ

――トランプ危機が「隠された祝福」かも――  

 

昨年の夏、ヒラリー候補が当選することが既定事実だと考えている人も多かった時期に、敢えてトランプ候補が当選すると予言し、その根拠を5項目にまとめたマイケル・ムーア氏が、今度は「この10項目を実行しよう。そうすればトランプをやっつけられる」を発表しました。

 

まずは、その10項目です。説明の部分からも掻い摘んで引用しています。

 

1. 毎日電話しよう

毎日、連邦議会に電話するんだ。そう、そこの君!

1.起床。

2.歯磨き。

3.犬の散歩(それか猫を見つめる)。

4.コーヒーを入れる。

5.議会に電話する。

覚えておいてほしい。11回の電話でトランプ政権を倒せるんだ。

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(版権: 123RF 写真素材)

2. 月に1回訪問しよう

連邦議会の上院議員・下院議員の地元事務所を訪ねること、それと、地元の州議会の下院、上院議員の事務所を訪問することも忘れないでほしい。

3. 個人で「すぐやる」チームを作ろう

友達や家族520人くらい集めて、個人による「すぐやる」チームを作る。

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4.とにかく参加して参加して参加しまくろう!

今こそ俺たち全員が、もっと大きな団体に参加するべきだ。だから、実際にオンラインでメンバー登録をして、ちゃんとした全国組織に参加しよう。

5. ウィメンズ・マーチは終わらない

重要なのは、トランプにはっきりと見えるように、俺たちがマーチやデモ、座り込みを続けることだ。

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6.民主党を乗っ取ろう

7. ブルーステート(民主党が優位の州)のレジスタンス開催に協力しよう

8. 選挙に出馬しよう

9. 君自身がメディアになるべきだ

FacebookTwitterInstagramSnapchat、いろんなSNSを使って、ニュースや情報を拡散しよう

10. 喜劇の部隊に加わる

トランプの弱点は、とっても神経質なところだ。トランプは笑い者にされるのが我慢ならない。だから、みんなでトランプのことを思う存分笑ってやろう

 

とても具体的で、誰でもすぐできることがいくつもありますので必ず結果に結び付くはずなのですが、太平洋に向こう側の話ですので、状況の深刻さが十分に伝わっていないかもしれません。トランプ大統領を辞めさせるだけで解決しないほど問題は深刻化しているのですが、逆に考えるとトランプ大統領なら、必ずどこかで襤褸を出すから「辞めろ」運動が成功する確率は高いはずなのです。この運動を広げるプロセスで、より深刻な問題について多くの市民が学び内面化して、次の解決策を生むことにつながる、というシナリオをマイケル・ムーア監督は考えているのではないでしょうか。トランプ大統領の誕生は極めて不幸な出来事なのですが、その結果が次の希望につなげられれば、それは「隠された祝福」だと考えることも可能です。

 

これまで何度も言い続けてきたのでもうお分りだとは思いますが、念のため、トランプ候補が共和党候補になり、ヒラリー候補を破った背景を再度お浚いしておきましょう。そして、日本でもマイケル」・ムーア作戦と同じようなことをすれば政治が変るという主張も付け加えたいと思います。

 

マット・タイビ氏の現場からの報告『狂気のピエロ大統領』で描かれていたマスコミの体たらくとは、大統領選挙以前の予備選挙の段階から、トランプ候補を政治的に意味のある対象として扱うのではなく、「エンターテインメント」を提供する存在として扱い、結果としてトランプ候補の提灯持ちの役割を果してしまったということですした。この点をもう少し一般化して総括すると、マスコミは、自分たちの都合の悪いメッセージには耳を閉ざしてしまったということになります。

 

しかもそれは、マスコミに限られたことではなく、共和党のエスタブリッシュメント、さらには民主党の本流でさえ見られた傾向だということなのです。

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こんな悲惨な状態でも、市民が頑張れば何とかなるというメッセージが、9.の「君自身がメディアになるべきだ」です。しかし、それ以上に時間の掛かる問題もあります。

 

それが顕著に表れたのは、2010年の中間選挙そして2012年の選挙です。コーク兄弟の作ったネットワークが社会全体を大きく変えてきた結果が、「ラスト・ベルト」の4州、ウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニアにおける政治的な色合いの激変として顕在化しました。これら工業地帯の州は労働者人口の多いことから戦後の長い間民主党が力を持っていました。つまり民主党の色である青を冠して「ブルー・ステート」と呼ばれていました。

 

それが2010年以降、ペンシルバニアを除いた3州の知事は皆共和党、そして、4州とも州議会の上院も下院も共和党が多数派になってしまったのです。

 

それには訳があります。アメリカの選挙区の範囲は10年毎の国勢調査の結果に従って調整されるのですが、その調整を自分たちの都合の良いように恣意的に線引きを行うことを「ゲリマンダー」と言います。そしてコーク・ネットワークが金の力にものを言わせて2010年に意図的に行ったのが正にこのゲリマンダーだったのです。特に、ノース・カロライナ州に注力したことも分っているのですが、その結果が選挙結果に如実に反映されています。

 

しかも、これを修正するためには次の国勢調査が行われる2020年まで待たなくてはりません。それまでの間に、まず民主党を乗っ取り、党の力をさらに大きくしながら州単位で民主主義を復活させようというマイケル・ムーア作戦に幸あれと祈っています。同時に、応用問題として、日本の民主主義を復活させるために何ができるのかも考えたいと思います。

 

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2017年2月27日 (月)

論理の出発点 ――西欧流の「自由、平等、民主主義」ではなく日本の「情緒と形」――  


論理の出発点

――西欧流の「自由、平等、民主主義」ではなく日本の「情緒と形」――  

 

『国家の品格』の内容のお浚いを、ここからは駆け足で続けましょう。これまでは、「論理と合理」が諸悪の根源であることを具体例で示し、特に論理については4つの理由を挙げて、それだけでは全ての問題の解決にならないことを「証明」する段階までをお浚いしました。

 

それと同時に、「問答無用」で正しいこととして認めるべきいくつかの命題が示されています。一つは「重要なことは押し付けよ」ですし、もう一つは、「論理の出発点が大切だ」です。後者は、論理を使う上での大前提でもありますから問題はないのですが、「重要なことは押し付けよ」と組み合わせると、結局は、「重要なことは押し付けよ」を強調することになっています。

 

そして第三章では、「論理の出発点」として西欧流の「自由、平等、民主主義」を採用することには問題があるので、それに代るものが必要であるという結論が示されています。

 

第四章ではその代りに、日本文化のエッセンスである「情緒と形」の重要性が述べられます。実はこれが「日本型文明」だという特徴付けもされます。言葉の意味を大まかに説明しておくと、「情緒」とは「もののあわれ」、そして「形」とは「武士道精神」です。

 

何故「情緒と形」が大事なのかは、第六章で詳しく説明されていますが、日本という国は「情緒と形」を大切にしてきたからこんなに素晴らしい国だったのだという歴史とともに、「情緒と形」を大切にすることで未来が開けてくること、さらには、「情緒と形」の持つ意味は日本だけに限定されているのではなく、世界に共通の普遍的な価値であることも説かれます。

 

藤原氏は、特に「武士道精神」に重きを置いて第五章では「武士道精神の復活」を提唱しています。

                  

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第七章では、日本人一人一人がこの「情緒と形」を身に付けることで、日本という国家が品格を持つようになること、そして品格ある国家の指標として①独立不羈②高い道徳③美しい田園④天才の輩出、が挙げられています。そして『国家の品格』の結論は次の通りです。

 

日本は、金銭至上主義を何とも思わない野卑な国々とは、一線を画す必要があります。国家の品格をひたすら守ることです。経済的斜陽が一世紀ほど続こうと、孤高を保つべきと思います。たかが経済なのです。

大正末期から昭和の初めにかけて駐日フランス大使を務めた詩人のポール・クローデルは、大東亜戦争の帰趨のはっきりした昭和十八年に、パリでこう言いました。

「日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でただ一つ、どうしても生き残って欲しい民族をあげるとしたら、それは日本人だ」

日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務と思うのです。ここ四世紀間ほど世界を支配した欧米の教義は、ようやく破綻を見せ始めました。世界は途方に暮れています。時間はかかりますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと私は思うのです。

 

『国家の品格』はベストセラーになりましたから、この結論に感動したり賛同したりした人は多かったのだと思います。この結論について、またそれに至る議論について論じるのは別の機会に譲ることにして、本稿では内容以上に、「論理と合理性」を捨てた結果がどうなったのかという因果関係に注目しています。その視点から『国家の品格』の構成をまとめると、「論理と合理性」が駄目だということを示した上で、その代りに「情緒と形」を大事にしようという結論を導いています。しかもその結論は、「重要なことは押し付けよ」という大原理に従って、説得するというよりは押し付ける側面が強いように読めました。

 

私のまとめ方が雑すぎるのかもしれませんが、これまで一生懸命に読んできた『国家の品格』から得られた教訓は、人を説得する上で一番基本になるパターンでした。つまり、先ずダメなものを挙げて、その代りに自分が推奨している代替物を「売り込む」形だと言って良いように思います。

 

これはテレビショッピングの典型的なパターンでもあります。今までのフライパンだと焦げ付いたり、洗ってもきれいにならないといった「ダメ」な点が多くあり、それに代ってこの製品なら、油を使わなくても目玉焼きができ、洗うまでもなく汚れは落せるし、様々な料理も簡単にできる上、味も美味しいですよ、という謳い文句で「売り込む」様子は皆さん御存知の通りです。

 

これはトランプ候補の選挙運動でも有効に使われていました。「エスタブリッシュメントは駄目だ。何故なら、彼らは工場や仕事場を海外に移し、多くのアメリカ人から仕事を奪った。また多くの不法移民を受け入れ、犯罪を増やし麻薬の被害を拡大した。自分は、国境に壁を造って、仕事が海外に流出することも、違法な移民が入ってくことも許さない。」

 

これは一応、一つの「論理」になっていますが、多くの嘘を吐き、聞き逃しのできない差別発言や、「事実」の捏造等も視野に入れて考えたときに、何故、多くの女性がトランプ候補に投票したのか、あるいは差別される側の有権者がトランプ候補を支持したのか、そして何故当選できたのかについては別の枠組が必要になりそうです。

  

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2017年2月25日 (土)

論理と合理を捨てる ――その代りに「孤高の日本」そして「America First1」――  


論理と合理を捨てる

――その代りに「孤高の日本」そして「America First1」―― 

 

嘘を平気で吐きその時その時のテレビ受けを狙って過激な発言をし、差別的発言を繰り返しながらトランプ氏は大統領になりました。多くの人たちには毛嫌いされながら、それでも彼は信じられないほどの共感を得、多くの人たちの心をつかむことに成功しました。それは何故なのかを考える上で、ベストセラーになった『国家の品格』を下敷にしようと考えたのは、著者藤原正彦氏が「論理と合理」を諸悪の根源として糾弾しているからです。「論理と合理」の対極にあるような選挙運動を展開し勝利したトランプ氏の言動を理解する上でこれ以上の枠組はないかも知れないと思えたからです。それも日本的な背景を舞台に書かれ多くの人に読まれた一書ですので、私たちには分り易い材料でもあります。

              

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 『国家の品格』で、何を伝えたいのかを著者は「はしがき」で明確に述べています。

 

戦後、祖国への誇りや自信を失うように教育され、すっかり足腰の弱っていた日本人は、世界に誇るべき我が国古来の「情緒と形」をあっさり忘れ、市場経済に代表される、欧米の「論理と合理」に身を売ってしまったのです。

(中略)

欧米支配下の野卑な世界にあって、「孤高の日本」でなければいけません。「孤高の日本」を取り戻し、世界に範を垂れることこそが、日本の果たしうる、人類への世界史的貢献と思うのです。

 

このことを著者は7章にわたって情熱的に「証明」しています。論理は駄目だと主張している藤原氏が数学者であることは御存知だと思います。その結果、やはり数学者としての資質は捨て去ることはできなかったからなのだと思いますが、『国家の品格』の構成は論理的に実にしっかりしています。だからこそ、多くの人の共感を呼んだのだと思いますが、当然、藤原氏御本人もこの「矛盾」には気付いていたのではないでしょうか。

 

さて、『国家の品格』の内容を簡単にお浚いしたいのですが、第一章「近代的合理精神の限界の限界」では、現代世界の荒廃の原因が近代的合理主義の限界であることを、いくつかの例を引きながら説いています。

 

本書の構成上、それ以上に重要なのは第二章「「論理」だけでは世界が破綻する」です。そこでの主張は「どんな論理であれ、論理的に正しいからといってそれを徹底していくと、人間社会はほぼ必然的に破綻に至ります。」で、「これからそれを証明したいと思います。理由は四つあります。」との宣言の後、四つの理由が挙げられています。

 

 論理の限界

 最も重要なことは論理で説明できない

 論理には出発点が必要

 論理は長くなりえない

 

それぞれの内容については、大方御理解頂けると思いますが、③と④は少し説明が必要かもしれません。そのために、『「国家の品格」への素朴な疑問』 (吉孝也/前川征弘著・新風舎刊) に登場して貰いましょう。略して『疑問』と表記します。コメント付きの4つの理由の内容を理解して頂ければと思います。

 

「私は、人間社会は、論理だけで動いているわけではないと考えています。ですから、人間社会の問題解決にあたって、科学の問題を解くように論理を辿れば、一つの正しい解に行き着くとも思っていません。しかし、人間社会の問題解決においても、理性的・論理的に対応しないと、陰謀によって罪なき人が抹殺されるような、中世の暗黒が蘇る可能性があると怖れています。」

 

ですから、①についても②についても趣旨には問題がないという立場を取っています。『疑問』の異議は、それらの点を「証明」するに当って『国家の品格』中で取り上げられている事例の適切さと、それらが社会の中でどのような位置付けをされているのかという点が中心になっています。そして、①の結論とでもいうべき部分で『国家の品格』が主張している「重要なことは押し付けよ」については次のような反論がなされています。

 

「ところで、著者が言う重要なものとは、どのような集団の中で、誰にとって重要であり、誰に押しつけるかということです。著者は、どうやら日本という集団を意識しているようですが、あまりにも集団の規模が大きすぎるので、さまざまな問題が起きます。このような大きな集団では、重要なことを誰が決め、誰の手を借りて、どこで、どのように押しつけるのか、その合意形成が難しいでしょう。重要なものの具体的なイメージも、誰にとって重要かもいまだわかりません。」

 

「重要なことは押し付けよ」、あるいは「問答無用」と言って有無を言わさず自分の意思を通すことと、次の③とは大きな関係があります。

 

③で、藤原氏が指摘しているのは、数学なら「公理」と呼ばれる前提が必要だということです。それがなければ、「AならB」という論理の流れが作れないからです。そしてその前提が「重要なこと」である場合には「押し付けよ」が正当化される、というのが藤原氏の主張です。この点についての『疑問』のコメントの一部です。

 

「論理に出発点が必要なのは、自明のように思われます。しかし、私は、人間の現実の世の中では、論理の出発点とは何かはっきりしません。また、常に出発点が必要だとは思いませんし、仮説を立てて議論するものでもないと思います。人間社会の現実の諸問題を解決するには、論理的な帰結を求めるのではなく、現実に採りうる最善の方法の模索と、採用しようとしている方法が、関係者に最善だと思わせ、多くの人の賛同を得ることが重要だと思います。」

 

その出発点としては、次のような可能性を提案しています。

 

「ところで、著者の言う論理の出発点とは、昔、指導者に要求された仁徳や人生観
などに裏打ちされた総合判断力のことだと思うのですが、違うのでしょうか。」

 

そして④は、「風が吹けば桶屋が儲かる」式の危うい因果関係を指しているのですが、これは、誰でも理解できることでしょう。同時に藤原氏が指摘しているのは、ワンステップやツーステップという短い論理的な結論にも問題があるということです。「国際化が大切、だから英語」というような短絡的な論理に騙されてはいけない、ということです。長くてもダメ、短くてもダメ、だから論理はダメという結論だと考えられそうです。

 

さて、このようなお膳立ての後に、本論が控えています。

 

 

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2017年2月24日 (金)

トランプ大統領の精神状態 ――専門家の意見が分れています――  


トランプ大統領の精神状態

――専門家の意見が分れています――  

 

「『国家の品格』 ――諸悪の根源は「論理」と「合理的精神」――」では、トランプ候補が論理と合理性の両者を捨てたことで選挙戦に勝利し、アメリカ社会は藤原正彦氏の著書『国家の品格』が理想とする社会に向かうとも考えられるのではないかという問題提起をしました。また、論理と合理性を捨てたトランプ氏を熱狂的に支持した人が多かった事実についても考える必要のあることを指摘しました。そのために、『国家の品格』とそれに対する反論である『「国家の品格」への素朴な疑問』(吉孝也/前川征弘著・新風舎刊)を取り上げる予定でしたが、その前に、論理と合理性を捨ててはいけないことを精神医学や心理学の立場から訴えている専門家たちの声をお届けしたいと思います。

 

恐らく最も注目されたのは、213日付のニュー・ヨーク・タイムズ(NYT)電子版に掲載された、精神医学の専門家35人による警告です。大きな波紋を呼んだ投稿のタイトルは「精神衛生の専門家がトランプ氏についての警告をする」です。専門家としての観察は次のような内容です。

「トランプ氏の発言や行動は、異なる意見を受容する能力に欠けることを示し、その結果、怒りという反応を示す。彼の言葉や行動は他者への共感能力に著しく欠けることを示している。こうした特徴を持つ個人は、自分の精神状況に合うように現実を歪めて捉え、事実と事実を伝えようとする人物(ジャーナリストや科学者)を攻撃する」

 

そして結論としては、次のように述べています。

 

「トランプ大統領の言動が示す重大な情緒的不安定さから、私たちは彼が大統領職を瑕疵なく務めることは不可能だと信じる」

 

NYTへの手紙の中で、これら35人の専門家は、1973年にアメリカ精神学会が制定した「ゴールドウォーター・ルール」を破っての行動であることを宣言しています。そのルールの内容は、精神科医がニュース・メディアと精神医学についての話をすることは許されるけれど、自分が直接診察したことのない人について、さらにその人の合意なく、精神医学的な診断を行い公開することは許されない、というものです。

 

このルールが作られた背景には、1964年の大統領選挙で、『ファクト』という雑誌が、共和党のバリー・ゴールドウォーター候補の精神状態について、精神医学の専門家の意見調査を行いその結果を掲載したことがあります。ゴールドウォーター候補に取って大変不本意な内容でしたので、同氏は名誉棄損で訴え勝訴したのです。

 

このルールを守らない理由として、35人の専門家は次のような見解を示しています。

 

「これまでこのルールを守って沈黙を続けてきたことによって、今という危機的状況にある時に、不安に駆られているジャーナリストや国会議員に専門家としての力を貸すことができなかった。しかし私たちは、これ以上沈黙を続けるにはあまりにも重大な危機に瀕していると考える。」

 

それだけではありません。以前にも報告したChange.orgを使っての署名運動が展開されています。35000人の精神衛生の専門家の賛同を呼び掛けてこの運動を始めたのは、心理学者・精神科医のジョン・ガルトナー博士です。現在、28000人を超える署名が寄せられています。まずはそのページです。

 

               

Changeorg

             

 呼び掛け文を訳しておきましょう。

 

「私たち、精神衛生の専門家として下記のごとく署名をした者たち (署名に際して、御自分の持つ資格を明記して下さい) は、ドナルド・トランプがアメリカ合衆国の大統領としての義務を適切に果す上で、心理学的な能力に欠けることを明確に示す精神疾患を患っているとの判断が正しいと信じている。よって、「(大統領としての) 権限を行使したり義務を果たすことが不可能な場合には」大統領の職務から解任される、と述べている米国憲法修正25条の第3項に従って、彼が大統領職から解任されることを謹んで要請します。」

 

ガルトナー博士はゴールドウォーター・ルールについても、それが制定された時とは条件が変わってきていることを、『フォーブズ』誌のエミリー・ウィリングハムさんの記事で指摘しています。

 

大きな違いの一つは、その後、アメリカの精神医学会がDSM (精神疾患の診断・統計マニュアル) と呼ばれるマニュアルを採用した結果、個人の言動についてのいくつかの客観的に判断できる基準を満たせば特定の精神疾患に罹っていることを判断できるようになったことだと主張しています。それに従えば、ある人物について直接の診察をしなくても精神疾患についての判断が出来ようになったから、ゴールドウォーター・ルールの適用はあまり意味がなくなったという結論です。

 

参考までに、ガルトナー博士がトランプ大統領の疾患として特定している「自己愛性パーソナリティー障害」をDSMの第4版では次のように規定しています。

 

誇大性(空想または行動における)、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

1. 自分が重要であるという誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)

2. 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。

3. 自分が特別であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達(または団体)だけが理解しうる、または関係があるべきだ、と信じている。

4. 過剰な賛美を求める。

5. 特権意識(つまり、特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)

6. 対人関係で相手を不当に利用する(すなわち、自分自身の目的を達成するために他人を利用する)。

7. 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。

8. しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。

9. 尊大で傲慢な行動、または態度

— アメリカ精神医学会DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル]][9]

 

この意見に対する反論も当然あるのですが、このDSMの筆者の一人であるアレン・フランシス博士は、トランプ氏の言動に問題のあることは認めるが、例えば何人かの人たちが主張しているような「悪性の自己愛性パーソナリティー障害」としての認定はできない、と述べています。

 

その他の反論もあります。もう一つ、仮に精神疾患があったとしても、そのこと自体が大統領としての不適格性を示すことにはならないという指摘もあります。それは過去の大統領の言動を、DSMに従って篩に掛けると、精神疾患があると認められる人が何人もいるにもかかわらず、大統領としての職務はこなしている、という指摘です。例えばリンカーンはうつ病だったと信じられていますが、偉大な大統領の一人としても不動の地位を占めています。

 

また別の面からの批判もあります。ニュー・ヨーク・タイムズのリチャード・フリードマン氏は、人間としてのモラルの欠如や政治家としての不適格性を「精神疾患」だからと言ってしまうことで、その本人の政治的・倫理的・人間的等の責任を免除してしまうことになる危険性のあることを指摘しています。

 

難しい議論なのですが、マスコミを通して日本で政治家の評価をする際に、このような知的なレベルでのやり取りにはほとんどお目に掛かったことがないような気がします。『国家の品格』の視点からは、どう判断すべきなのでしょうか。そして、アメリカでトランプ大統領が誕生したことは事実ですが、アメリカ社会はまだ「論理」も「合理性」も捨ててはいない、と言って良いのでしょうか。

 

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2017年2月19日 (日)

『国家の品格』 ――諸悪の根源は「論理」と「合理的精神」――  


『国家の品格』

――諸悪の根源は「論理」と「合理的精神」――  

 

最初にお詫びです。217日は「2016原水禁学校の最終日」で、福島から福島平和フォーラムの代表で福島県教職員組合の委員長をなさっている角田政志さんを迎えてフクシマの現状について学びました。広島県原水禁常任理事の中谷悦子さんが、詳しく報告して下さっているのですが、アップするのが遅くなってしまいました。まだお読みでない方には、是非御一読頂きたく、再度御案内致させて頂きます。

 

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マイケル・ムーア監督が、トランプ大統領の当選を予言したことは良く知られていますが、実はもう一人しかも10年以上前に、こんな動きが起るべきだと熱く説いていた人がいます。藤原正彦氏です。ベストセラーになった彼の著書『国家の品格』の中で、氏が諸悪の根源として糾弾していたのが「西欧流の論理」そして「近代的合理精神」です。この二大悪が昨年のアメリカ大統領選挙でどう捨てられていったのかを見ることで、アメリカ社会が藤原氏の理想に近付いていることが分るはずなのですが、果たしてそれが人類の目指している方向に沿うものなのかどうか、考えて見たいと思います。。

 

トランプ大統領が「論理」と「合理性」を捨てていることについては信頼するに足る証言者がいます。2015年から選挙の時までトランプ候補に密着取材をした『ローリング・ストーン』誌の記者マット・タイビ氏です。彼の記事を集めた『Insane Clown President (狂気のピエロ大統領)――2016年のサーカスからの報告』 (Spiegel & Grau社刊) が秀逸です。そこから、大切なポイントをいくつか拾っておきましょう。

 

                 

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 選挙中 (そして選挙後、大統領就任後も続いていますが) のトランプ候補の言動の内、誰にとっても明らかだったのは、トランプ氏が嘘を言う、あるいは矛盾した内容を臆面もなく言い続ける、前に言ったことを平気で否定する、しかもそれに対する説明や謝罪は一切ない、ということです。マスコミを通じて私たちもそのことは良く知っていたはずです。例えば、就任式の会場に何人の人が集まったのかについて、マスコミ報道ではオバマ大統領の最初の就任式では180万人、それに対して今回は70から90万人とのことでした。トランプ大統領の反応は、マスコミは嘘をついている、自分には150万人くらいに見えたと報道されています。

 これまでの大統領選挙の報道では、これほど明白な嘘が並べられれば、マスコミが一斉に叩き、その結果、候補は陳謝に追い込まれ選挙戦から撤退するというシナリオしか想定されていなかったのだそうです。しかし、トランプ候補は自分の嘘は認めずマスコミに対する反撃をすることでさらにマスコミから注目されるというパターンを繰り返してきただけではなく、マスコミはそんなトランプ氏をさらに取り上げ、注目度を上げることに貢献してきたということなのです。

 つまり、政治という重要なトピックの当事者としての扱いではなく、あくまでも視聴率を稼げる「エンターテインメント」としてトランプ候補を取り上げ続けたということです。

 自分でコマーシャル代は出さずにマスコミに取り上げられ、その結果支持率が上がる現実を見て、共和党の他の候補もトランプ候補の真似をし始めます。その結果、選挙戦の実質的内容はなくなり、いかにセンセーショナルなことを言ってマスコミに注目して貰えるかの競争になりました。最終的にはマスコミの操縦術に長けたトランプ氏が勝利を収める結果になったことは、皆さん御存知の通りです。

 嘘が罷り通ったということは、論理を捨てたということですし、マスコミに取り上げられるために広く社会全体そしてその構成員である市民の立場を尊重するのではなく、また歴史を謙虚に振り返ることもなく、どれほど突飛な発言ができるのかに走ってしまった共和党候補だけが残ったということは、アメリカ政治に残されていた合理性を捨て去ってしまったことでもあります。より広く捕らえれば、知性まで捨ててしまったのです。

 

しかし、それでもトランプ候補の演説に涙し、就任式で感涙に咽んでいた人が多かったのは何故なのでしょうか。

 

次回は『国家の品格』とそれに対する見事な反論である『「国家の品格」への素朴な疑問』(吉孝也/前川征弘著・新風舎刊)を取り上げて、この問に答えるのと同時に、これからどうすべきなのかについても考えて見たいと思います。

 

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2017年2月 7日 (火)

もう一冊の『Dark Money』   --Citizens United と最高裁判決--

もう一冊の『Dark Money』  

--Citizens United と最高裁判決--

 

前回はジェーン・メイヤーさんの著書『Dark Money』の内容をリストにして簡単に御紹介しましたが、その一つ一つの項目をもう少し詳しく説明したいと思います。政治とお金、選挙とお金の問題はどこでもいつでも視野に入れておかなくてはなりません。特に選挙の際の「ネガティブ・キャンペーン」という形で、対立候補についてのあることないことをテレビのコマーシャルとして流すことが、アメリカの選挙では当たり前になり、それが選挙結果を左右していることは御存知だと思います。

 

そのような目的のために、企業や組合が使える金額には制限がなくなったというのが、前回の⑥でした。


 2010年にはCitizens United という団体による訴訟で、企業や組合が、選挙の際に候補者に直接の寄付をしなければ、選挙運動のために使える金額は無制限であるとの最高裁の判決を勝ち取る。このことで、選挙が金で買える状態になった。

メイヤーさんの力作Dark Money』を要約する積りだったのですが、実はもう一冊『Dark Money』という本がありました。著者はジョン・クックさん。Kindle Unlimitedに登録すると無料で読めますので、試しに読んでみたのですが、私がお伝えしたいことがそのまま書いてありましたので、クックさんのまとめた、Citizens United  (CUと略します) という団体の紹介と、CUが提訴した裁判についての最高裁の判断を私なりに要約して御紹介します。

 

               

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2002年に、「Bipartisan Campaign Reform Act (超党派キャンペーン改革法)が作られましたその内容は企業や労働組合が選挙前の一か月間はネガティブかポジティブかに関わらず候補者についてのコマーシャルなどを流すためにメディアに対してお金を払うことを禁止するという内容でしたそれ以前から非営利団体についての制限はありましたので営利団体を含めることで選挙運動についての規制が整備されたと考えられていました

 

非営利団体についての規制は、お金のない候補でも選挙で極端には不利にならないような環境を整備するという目的でした。

 

ところが、2008年にCitizens United という、コーク兄弟から膨大な資金を受け取っている団体が、ヒラリー・クリントン候補についてのネガティブ・キャンペーンの一環としてオン・デマンドのビデオを作り、そのビデオを宣伝するメディア・キャンペーンを精力的に行いました。連邦選挙委員会(FEC)は、これが超党派キャンペーン改革法違反だと判断して、中止命令を出したのですが、CU側は、表現の自由を保障している憲法の修正第一条違反であることを理由に、裁判を起こしました。

 

最終的には最高裁判所が判決を下したのですが、その判断には重要な4つのポイントがあります。

 

 FECそして、超党派キャンペーン改革法は、憲法の修正第一条違反を犯している。

 企業にも、個人と同様に「表現の自由」が与えられている。それは「表現」することが可能などのような主体についても、この自由が保障されているからである。

 巨額の資金が使われているという事実だけから、政府がそれを「腐敗」であると断定することはできない。つまり、いくら以上なら腐敗であり、それ未満ならそうではないという客観的な基準を設けることができないからである。

 支出額の制限を加えることは、市民の知る権利を侵害する可能性がある。情報を広げるのにはお金がかかるという理由で作られた規制によって、ある情報が隠されてしまうのは市民の知る権利の侵害になり得る。

 

この結果、CUそしてコーク兄弟、ならびに多くの億万長者たちは、選挙戦を勝つためには無制限に自分たちの資産を使えるようになり、アメリカ社会は大きく変りました。日本からはなかなか見えない状況のですが、トランプ大統領を生んだ社会、そしてトランプ大統領の言動を理解するために、何回かにわたって御紹介したいと思います。

 

 

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2017年2月 5日 (日)

トランプ大統領の詭弁 --カギはDark Money--


トランプ大統領の詭弁

--カギはDark Money--

 

戦後70年総理大臣談話 (以下「談話」と略す) が、詭弁の典型であることはそれなりに御理解頂けたと思っていますが、私たちがその意識を共有し安倍政治に自分の言葉で反論して行くことがこれからの課題の一つだと思います。

 

トランプ大統領の詭弁を説明するには、その前提としてアメリカ社会の現状そして歴史をより詳しく理解する必要のあることは既に指摘しましたが、数回にわたって、その中でもあまり知られていない「Dark Money」、つまり「黒い金」あるいは「汚い金」を概観したいと思います。トランプ大統領誕生の裏には、巨万の富を操り、しかもその実態は公表されることなく、アメリカの政治風土を30年以上にわたって右傾化させることに情熱を燃やし、ついに成功させた億万長者のグループがいたのです。

 

そのリーダーは、チャールズ・コークとデービッド・コークの二人、まとめてコーク兄弟と呼ばれますが、二人の資産を合わせると世界第一位の富を手中にしています。Forbes誌によると、世界一はMicrosoftのビル・ゲーツで750億ドルですが、チャールズとデイビッドはそれぞれ395億ドルですので、二人合わせると800億近くになり、合わせて一位になります。(日本円にすると、1ドル110円として、88000億円)

 

その二人を中心に、アメリカの「Dark Money」の真相を明らかにしているのが、雑誌『ニューヨーカー』の記者だったジェーン・メイヤーさんの『Dark Money』という力作です。日本語訳も出ていますので、それをお読み頂けば十分ではあるのですが、私なりの感想文を書く積りで「さわり」を御紹介したいと思います。

            

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Dark Money』は詳細な調査によって明らかになった事実を元に, 1970年代からこれまでアメリカのスーパー・リッチなごく少数の人々がアメリカの政治を事実上動かすほどの力を持つようになった歴史を描いていますその内特に重要な何点かを最初にまとめておきましょう

 

 デービッド・コークは1980年の大統領選挙にリバタリアン党の副大統領候補として出馬したが、総得票の1パーセントしか取れず、政治の表舞台で活躍することを諦める。その代りに自分たちの保守主義あるいは自由至上主義 (リバタリアンをこう訳していますが、政治のあらゆる場面で政府の関与を否定、特に課税権を縮小すること、環境問題についての関与をなくすこと等を主張している) を広め、選挙を応援することで政治的な影響力を増すことを中心に活動を始める。


 まず、保守的なシンク・タンクや研究所の後押しをしたり新たに設立したり、大学等の研究者にも経済的支援を行うことで、理論武装をし、さらに具体的な政策が説得力を持つような啓蒙方法等についても補助を行った。


 保守的なマスコミを抱き込み、自分たちの主張を広範に広め、リベラルなメディアに対する影響力も「飴と鞭」で拡大する。


 自分たちが寄付をしている慈善団体をトンネルさせるなどして、多額の選挙資金を自分たちの意のままになる候補者のために支出する。その際に、自分たちの名前は公にされないシステムを構築する。


 2003年に、コーク兄弟がそのためのネットワーク作りを始めた。最初集まった億万長者は十数人だったが、その後、このネットワークに招待されることがステータスになるくらい、組織は大きくなった。


 2010年にはCitizens United という団体による訴訟で、企業や組合が、選挙の際に候補者に直接の寄付をしなければ、選挙運動のために使える金額は無制限であるとの最高裁の判決を勝ち取る。このことで、選挙が金で買える状態になった。


 その結果、2016年の選挙では、コーク兄弟とそのネットワークで88900万ドルの資金を提供するようになった。1972年の選挙では、200万ドル(現在の価値では約1100万ドル)の選挙資金がその高額さ故にスキャンダルになったことを考えると、今昔の感がある。


 このような活動で億万長者の側が手に入れた「利益」は大きい。例えば、様々な税制改革では、高額所得者に対する課税や課税率が下がり、例えばレーガン時代には高額所得者の税率が70パーセントから28パーセントになった。


 2012年の選挙戦では、共和党は、最も貧しい人々から厳しく税を取る、という政策を掲げた。


 [追加の項目] 政府がビジネスに関わること、特に環境面などからの規制を行うことや法人税や所得税相続税等については強く反対しているのが、コーク・ネットワークの特徴だが、政府の防衛その他の事業の契約者として、莫大な利益を上げている事実にも注目すべし。

 



何度かにわたり、もう少し詳しく『Dark Money』の中身を紹介して行きます。

 

 

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2017年2月 1日 (水)

詭弁の技法 --トランプ大統領就任演説も戦後70年総理大臣談話も駆使しています――


詭弁の技法

--トランプ大統領就任演説も戦後70年総理大臣談話も駆使しています――

 

トランプ大統領の就任演説が不愉快だったのは、スケープゴートをでっち上げてそのスケープゴートを執拗に攻撃する破壊的かつネガティブな姿勢が、私たちの中にある「The Better Angels of Our Natureつまり私たちの中にある最善の資質と相容れないからなのだと思います

 

自然に思い出したのが、安倍晋三総理大臣が2015814日に読んだ「戦後70年総理大臣談話 (以下「談話」と略す) です。トランプ大統領の攻撃的なトーンとの比較で表現すれば「猫撫で声」のような調子でしたが、どちらにも共通していたのは、詭弁術を駆使していたことです。

 

               

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アメリカ議会で演説する安倍総理

 

 

「詭弁」については、以前御紹介した『数学で未来を予測する』 (PHPサイエンス・ワールド新書) の著者、野崎昭弘先生による『詭弁論理学』と『逆説論理学』(両方とも中公新書)が夙に有名です。楽しい本ですのでお勧めしますが、両書で取り上げられている詭弁はかなり高級です。対して、トランプ・安倍両氏の詭弁は初歩的と言っても良いレベルなのですが、社会的影響の大きさからは看過できません。

 

 

両者に共通しているのは、「不都合な真実」は隠して「自分に都合の良い」ことだけを強調していることです。つまり「全ての真実」を述べていないことです。このような考え方が大切なのは、「宣誓」という形で真実を述べる際の言葉が示しています。その点については「総理大臣も宣誓を」で触れていますので、お読み下さい。

 

何を隠しているのかの説明をする上で、アメリカの場合には背景の説明をより詳しくしなくてはなりませんので、先ずは「談話」から、いくつかの具体例を取り上げたいと思います。

 

「具体的」を強調するために、その典型である「数字」に注目したいと思います。客観性という点からも大切です。

 

「談話」中には4つの数字が使われています。第一次世界大戦における戦死者数1,000万人。先の大戦中に亡くなった日本人300万余。600万人を超える引揚者数。中国残留孤児約3,000人です。

 

さて、この「談話」が、戦後70年という節目に出されたことは、先の大戦、つまり第二次世界大戦が基本テーマです。でも、第一次世界大戦の戦死者数については1000万人という数字が挙げられているにもかかわらず、第二次世界大戦における総犠牲者数や戦死者数には全く言及がありません。

 

改めておさらいしておくと、全世界では、5,000万から8,000万の人が亡くなっていますし、国別ではソ連が一番多くて2,600万以上と言われています。中国も1,000万から2,000万と言われています。ナチスドイツが600万から900万、ホロコーストの犠牲になったユダヤ人は約600万と言われています。ある程度の不正確さはあるとしても、第二次世界大戦中の犠牲者数は、ほぼ常識になっています。

 

仮に第一次世界大戦まで遡る必要があったとしても、第二次世界大戦における戦死者数に言及しない理由はありません。これらの数字を示さずに、第一次世界大戦の戦死者数だけを掲げる意図は奈辺にあるのでしょうか。

 

一つには、世界では1,000万、日本は300万という対比から、時間枠を無視すれば、日本の被害が大きかったという印象を与えることは可能です。20世紀最後の時期に生まれた若者たちにとって、第一次世界大戦と第二次世界大戦の時間的な差はそれほど大きくはないでしょうから、「類推」によって、この数字が「先の大戦」の数字に近いと思い込んでしまう可能性まで考えてのことだとすると、その罪はさらに大きくなります。

 

また、1000万の代りに中国の犠牲者数として1,000万とか2,000万という数字が出てくれば、そのかなりの部分は対日戦での犠牲ですから、日本側の加害責任の大きさに誰でも気付いてしまうから、という理由だと考えることも可能です。さらに、日本の戦死者300万人を対比させれば、中国側の犠牲の大きさが浮き彫りになります。

 

「談話」の起草者の意図を推測したのは、第二次世界大戦における戦死者数や犠牲者数を明示的に使うことで、日本の戦争責任が「自然に」浮き彫りになることを示したかったのですが、その意図がどうであれ、第二次世界大戦をテーマにした「談話」で、第一次世界大戦の戦死者数には言及しながら、第二次世界大戦のそれを省略することは許されないはずです。

 

「談話」で使われた「詭弁」の具体例は続きます。

  

 

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コメント

第2次大戦中の中国の死者数が2000~3000万人ということは知りませんでした。

「元安川」様

コメント有り難う御座いました。第二次世界大戦中の中国の死者数は、手元の資料をそのまま写したのですが、コメントを頂いてwiki等を調べてみると、1000万から2000万という数字が標準的なようです。本文はそれに直しました。

江沢民が1998年に発表した数字は3500万ですが、これを疑問視する声もありますので、多くの資料で使われている1000万から2000万に訂正しました。

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