アメリカ

2018年6月20日 (水)

ストレス解消のルーチン ――同じお題で書きましょう――


ストレス解消のルーチン

――同じお題で書きましょう――

 

[月曜日早朝の大阪北部を震源とする地震で亡くなられた方々の御冥福をお祈り致します。また被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。]

 

この言葉ですが、昔はきちんと「ルーティーン」と書き読んでいました。でもコンピュータのプログラムを勉強した時には「ルーチン」が使われていたため、それに慣れてしまったので、それから短い表記だということもあり「ルーチン」を使っています。読み方はその時の気分で「ルーティーン」だったり「ルーチン」だったりします。

 

ルーチンですぐ思い出したのは、ハワイ在住の友人Oさんのルーチンです。ビジネス界のリーターとして活躍してきた方ですが、日常のストレス解消のため、月に一度ほどノース・ショアに行くのが「ルーチン」なのだそうです。静かできれいなところなので、お勧めだという話でした。

 

ということで、家族全員で、ノース・ショアに連れて行って貰いました。子どもたちも十分に楽しむことができました。そのときの写真です。

 

Photo

 

写真の奥の方に少し緑が見えますが、もう少し右側に「秘密の場所」があるから付いておいでと言われて、Oさんの後に続きました。その「秘密の場所」に近付くと、何やら大きな声で女性が喚いている声が聞こえてきました。所謂、「four letter words」と呼ばれる普段ならなかなか使わない単語をふんだんに交えての罵詈雑言です。意味は分らないにしろ子どもたちには良くないので、その場は離れました。

 

Oさんの説明によると、いつもOさんがテントを張ってしばらく昼寝をする絶好の場所に、その女性もテントを張って、その中で、どうも小一時間はストレス解消のルーチンを定期的にこなしているようなのです。

 

アメリカの中でもハワイは気候も温暖で、住んでいる人たちの性格も暖かく、社会全体もリラックスしているという感じで理解していた裏には、やはりストレスと闘い、そして精神的なバランスを保つために、このような努力をしている人たちがいたのです。

 

「秘密の場所」でのルーチンではありませんが、私のルーチンは、広島を訪ねてくれる昔からの友人たちとカラオケで盛り上がることです。ストレス解消法としても抜群です。

 

[2018/6/19 イライザ]

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コメント

参加ありがとうございました
Oさんのルーチンはスケールがでかいですねw

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

Oさんを思い出して、またハワイに行きたくなりました。

2018年6月14日 (木)

博多での同窓会 ――半日ゆっくり楽しみました――


博多での同窓会

――半日ゆっくり楽しみました――

 

高校時代一緒にアメリカに留学した仲間4人で、同窓会、ミニ・リユニオンを開きました。一番忙しいY君の住んでいる福岡に、横浜、名古屋、広島から駆け付けたのですが、とても楽しかった一日目の報告です。長い入院生活に耐えて退院したむH君の全快祝いが目的の一つでしたが、元気になったH君の姿に一同大安心しました。いつもの幹事役Wさん、そして今回は地元の幹事・案内役のY君にも大感謝です。

 

ホテルに集合してまずは、お茶を飲んで長旅の3人の疲れを癒し、最初に訪れたのは櫛田神社です。

 

Photo

 

お目当ては、祇園祭に市内を練り歩く山笠を見ることだったのですが、一年の内、改装のために15日間だけ見られない日の一日に当って、骨組みだけしか見られませんでした。でも貴重な画像ですので、御覧頂ければ幸いです。

 

Photo_2

 

その後、中洲を歩いて福博出会い橋の近くの、旧福岡県の公会堂・貴賓館で満潮になるまで待って、リバークルーズ船に乗り、那珂川から福岡と博多湾を堪能しました。

 

4

 

Photo_3

 

Photo_2


博多湾には、中国の巨大客船が停泊していました。数日前に広島に寄港していた船かもしれません。

 

Photo

 

夜は、美味しい水炊きで満腹になり、その後、カラオケで昔懐かしい寮歌や校歌の復習をして、明日は大宰府の予定です。

 

[2018/6/12 イライザ]

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2018年6月13日 (水)

米朝首脳会談 ――当事者意識を持てなかった日本政府――


米朝首脳会談

――当事者意識を持てなかった日本政府――

 

今日はこの話題以外には考えられませんが、とにかく無事に終って良かった、というのが第一の感想です。

 

20180612beicho2018061200731

 

二人が署名した共同宣言には、4項目の合意が盛られています。

 

(1)米国と北朝鮮は、平和と繁栄を求める両国民の希望通りに、新たな米朝関係の構築に向けて取り組む。

 

 (2)米国と北朝鮮は、朝鮮半島での恒久的で安定的な平和体制の構築に向け、力を合わせる。

 

 (3)北朝鮮は、2018年4月27日の「板門店(パンムンジョム)宣言」を再確認し、朝鮮半島の完全な非核化に向け取り組む。

 

 (4)米国と北朝鮮は、戦争捕虜、戦闘時行方不明兵の遺骨の回収、すでに身元が判明している分の即時引き渡しに取り組む。

 

具体的ではないとか、CVID (complete, verifiable, irreversible denuclearization――完全、検証可能、不可逆的な核廃棄) への言及がない、等々の批判が早速出ています。

 

しかし、ほとんど言及がなされていないことが不思議なのが、昨年の夏や秋の米朝関係です。「米朝核戦争」とか、米朝が戦争を始めたらどちらが勝つか」と言った活字が躍っていたではありませんか。今日の米朝会談で真っ先に指摘されるべきなのは、それほどの危機が回避された事実なのではないでしょうか。

 

特に、「ミサイルが飛んで来たら」という想定の下、避難訓練が全国的に行われたほどの危機が回避されたことについて、政府から一言あっても良いのではないでしょうか。

 

そして朝鮮半島の完全な非核化までには時間が掛るかもしれません。でもそれは今回の会談のネガティブな側面ではなく、非核化には時間が掛るという現実を理解することの方が大切です。

 

我が国の立場を考えると、朝鮮半島の非核化だけではなく、日本も含めた北東アジアの非核化がを目指すのが一番合理的です。この点については、広島県原水禁がトランプ大統領とキム委員長に宛てた手紙の中で提案している通り、「北東アジア非核兵器地帯」の創設に向けて日本も積極的な役割を果すべき事柄です。

 

しかし、世界に現存する「非核兵器地帯」の歴史を辿ると、非核兵器地帯ができるまでには時間が掛っているのです。次の表を御覧下さい。

 

                                                                                   
 

条約名

 
 

地域

 
 

面積 km²

 
 

加盟国数

 
 

発効の日時

 
 

努力の始った年

 
 

トラテロルコ

 
 

ラテンアメリカ

 

カリブ海諸国

 
 

21,069,501

 
 

33

 
 

1969-04-25

 
 

1958

 

 

 
 

ラロトンガ

 
 

南太平洋

 
 

9,008,458

 
 

13

 
 

1986-12-11[1]

 
 

1972

 
 

バンコク

 
 

アセアン

 
 

4,465,501

 
 

10

 
 

1997-03-28[2]

 
 

1971

 
 

セメイ

 
 

中央アジア

 
 

4,003,451

 
 

5

 
 

2009-03-21[3]

 
 

1992

 
 

ペリンダバ

 
 

アフリカ

 
 

30,221,532

 
 

53

 
 

2009-07-15

 
 

1961

 
 

国連総会決議

 
 

モンゴル

 
 

1,566,000

 
 

1

 
 

1998-12-4

 
 

1992

 

 

10年くらい掛っても不思議ではないのです。アフリカの場合、半世紀近く掛っています。だから何もしなくても良いという訳ではなく、努力をしても、しかも元々核兵器を持っていない国々が非核地帯条約を結ぶのにも時間が掛るのですから、核兵器の廃棄そのものがかなり難しい問題であることは認識する必要がある、という点を指摘したかったのです。

 

それにしても、日本政府の当事者意識の欠如には驚きを通り越して呆れていますし、安倍政権には一日も早く退陣して貰う以外の選択肢がないことを改めて痛感しました。

 

拉致問題について米朝会談で発議して貰えたのは、多額の税金を費やして、要りもしない武器や軍用機や軍艦船等を買う約束をしたのですし、日本からの輸出品への関税も容認してしまい、トランプ大統領の言うことは何でも「Yes, yes」としか答えないのですから、最低限のお返しなのでしょうが、その結果、「日朝トップ会談」をしたいというのですから、何をか況やです。

 

日本にとって大事な問題であれば、それが拉致であれ、ミサイル攻撃であれ、国民を守るために総理大臣が強い意志を持って相手国に乗り込み、粘り強く交渉をするのが普通なのではないでしょうか。それが国民を代表するリーダーとしての責任なのではないでしょうか。

 

虎の威を借りて、「圧力だ圧力だ」と喚き散らし、対話の「た」の字話し合いの「は」の字も拒否してきた安倍総理はそんな勇気を持ち合わせていなかったということなのですが、そんな狐の言うことが今さら信用されるでしょうか。政権が変り、世界的にも信頼される人物が総理大臣として、真摯に交渉を始めるべきではないのでしょうか。

 

そのためにも、来年の参議院選挙、統一自治体選挙、(そして広島市長選挙も) が大切です。でも、その前にも私たちにできることがいくつもあります。その一つは、自治体毎に、「非核自治体宣言」を採択すること、既に採択している自治体ではそれを再確認する決議を採択し、姉妹都市や平和市長会議等の組織を通じて、韓国の都市と共同の日韓都市間非核地帯を設定すること等です。

 

この点については、改めて詳説したいと思います。

 

[2018/6/12 イライザ]

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コメント

今回の米朝会議が催されてのは、北朝鮮のアメリカへの核攻撃こ可能性が生じたからだと思います。アメリカに核攻撃するのは中国とロシアですか、そこに北朝鮮が加わった。しかしながら中国やロシアは驚異であっても実際に核攻撃の可能性は低いですが、北朝鮮は経済的な事もあり、核攻撃の可能性は低くなく、またアメリカに敵対するテロ組織にや敵対国に核兵器を渡す可能性も低くないですね、
今回の会議の第一目標は、アメリカは北朝鮮が核攻撃をしない事、北朝鮮はアメリカが軍事侵攻しない事だと思いますから、成功だったと思います。
それとあの短期間で、おおくのマスコミが言っているような事は無理でしょう。確かなら方向付けが得られたのが重要だと思います。
そして近いうちに、韓国と中国を交えて、韓国と北朝鮮の戦争の終結宣言を期待します。
政治家の二世三世として、のほほ〜んと大学生活をした人と、国のあり方について西側の最高教育を学び、国際政治や国際関係をしっかりと学んだ人のの差が、今回の米朝会議になったと思います。
北朝鮮の脅威を過激に印象付けて、戦争できる国を目指すために、拉致問題も全く行動しなかった。
トランプ大統領への要望は、アメリカの州知事がやるような事をしたのですから、あの人はアメリカの州知事だという事ですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

昨年は、核戦争は秒読みだという論調でマスコミが報道してきたのてすから、まずは戦争が回避され、話し合いで問題を解決するという方向性が確認できただけで、出発点としては大出来です。

アメリカの州知事の中には、後の大統領になった、カーターやクリントン、そして大統領候補にまで擬せられたバーニー・サンダースのような人たちがいますし、州の権限でトランプの違法行為を止めさせようとする知事もいますので、腰抜け宰相と一緒にするのは気の毒なような気がします。

2018年6月 6日 (水)

智恵子抄 ――「ほんとの空」はどこにある?――


智恵子抄

――「ほんとの空」はどこにある?――

 

田舎暮らしを始めてから、都会とは違う色々な発見があるのですが、その一つに、詩の意味をより切実に感じられるようになったことを挙げたいと思います。例えば高村光太郎の『智恵子抄』があります。皆さんも良く御存知の一つを引用しておきましょう。

 

あどけない話

 

智恵子は東京に空が無いといふ、

ほんとの空が見たいといふ。

私は驚いて空を見る。

桜若葉の間に在るのは、

切つても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に

毎日出てゐる青い空が

智恵子のほんとの空だといふ。

あどけない空の話である。

 

光太郎に取っては、東京の空が「むかしなじみのきれいな空」、そして智恵子に取っては、阿多多羅山の山の上の空が「ほんとの空」だという意味が、我が家から見えた冬の虹に重なって良く分るようになりました。

 

20141220_154417

 

そう言えば、はじめてアメリカの中西部で一年生活した時に見えた空は、どこまでも平らに続く大平原の上の空でした。関東平野が平らだとは言っても、アメリカの大平原の平らさとは次元が違います。水があり、遠くには富士山の見える平野を覆う空が懐かしかったことまで思い出して、今は山に囲まれ水も流れ、時には虹の美しい空に安らぎを感じています。

 

Photo

[2018/6/5 イライザ]

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2018年5月26日 (土)

Trump “Chickened Out” Again! ――人類を手玉には取らないで欲しい――


Trump “Chickened Out” Again!

――人類を手玉には取らないで欲しい――

 

トランプ大統領が、北朝鮮のキム・ジョンウン委員長との首脳会談をキャンセルしたとのニュースを見て、最初に頭に浮んだのは、英語の表現「You chickened out again!」でした。長い間アメリカに住んでいましたし、今でも英語の夢を見るくらいですので、最初に浮ぶ言葉は日本語のこともあり、英語のこともあるのです。

 

chickened out」は、元々「chicken」に由来しています。「臆病」という意味です。臆病風に吹かれた人の表情が鶏に似ている、というのが語源だとされています。それが動詞として使われるようになり、「chickened out」とは、「臆病風に吹かれて、(何かを) するのを止めた」という意味です。

 

Chickenout

 

そしてアメリカのメディアは、今年になってからほぼ毎月のようにこの表現を使ってトランプ大統領批判を繰り広げています。

 

一月には、ミュラー特別検察官による事情聴取から「chickened out」しています。選挙運動におけるロシアとの関係捜査のためなのですが、複数のメディアによると、トランプ大統領のアドバイザーたちが、自信たっぷりのトランプ大統領を説得した結果だとのことです。つまり、有能な法律家に囲まれても自分の潔白を証明できると過信している大統領の「虚言癖」や気まぐれが原因で、偽証罪その他の罪状で立件されてしまうことを恐れた側近が、ようやく事情聴取なしで済ます方向で調整したらしいのです。

 

2月には、フロリダの高校での銃乱射事件があり、アメリカ全土で悲しみに包まれていた時期ですが、トランプ大統領は銃規制について前向きな姿勢を示していました。しかし、3月になると前言を翻し、アメリカライフル協会の路線に沿った立場に方向転換をしています。その点についてはホワイトハウスでの記者会見で、「何故大統領は銃規制から「chickened out」したのか?」という質問が出たほどでした。

 

4月には、ペルーで開かれる南北・中央アメリカの首脳が集まる米州首脳会議への出席を突然キャンセルし、これも何故「chickened out」したのかという言葉が、例えばCNNの報道で使われています。

 

サウディ・アラビアや安倍総理大臣のように、トランプ大統領を王侯貴族のように扱い、トランプ大統領の言いなりになる「外交」は得意なのですが、本物の外交は手に余るようです。つまり、論理的一貫性が最低限必要とされ、かつ多様な意見の全てに配慮しつつ誠意ある発言をしなければ話に加われない多国間外交の場がその典型です。

 

「目立ちたがり」で「単純」な思考から、思い付きで受けを狙うことは口に出したがる、でもそれと矛盾する発言も平気で出てくる、という習慣からは抜け出すことはできず、でも大統領になる前のビジネスでは、その矛盾を「金の力」で捻じ伏せてきた経歴を忘れられない悲劇なのかもしれません。

 

キム委員長にすれば、とにかく「アメリカに自分の方を向いて欲しい」という願いが叶えば、それだけでも立派な成果なのですから、首脳会談は何としても実現させたい気持に変りはないでしょう。ただし「カダフィ大佐」と同列に論じられることは自らの命も関わってくるので、その点では一時的に冷静さを失ったのかもしれません。

 

しかし、世界が注目する中での首脳会談で、「力」だけに頼って、しかも「虚言癖」というマイナス要素はすぐには取り除けず、「単純」な思考回路しか持ち合わせず、中国やロシア、韓国等との関係も視野に入れて、最終的に「自己保身」ができるか、つまり中間選挙での勝利につなげられるかと考えた結果、側近たちによる「NO」という答になったのだとすると、今年に入ってからの「豹変」振りと平仄がピッタリと会うのですが--。


そして、一度「豹変」しても、世界が注目し続ければ、再度「豹変」する可能性ももちろんあります。

 

残念なリーダーたちによって、人類の未来が手玉に取られている事実には慨嘆せざるを得ませんが、それでも世界の良識ある人々が推進してきた合理的な解決策を実現するため、まだまだ諦めてはいけません。どうすれば良いのか、一緒に考えて行きましょう。

 

[2018/5/25 イライザ]

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2018年5月21日 (月)

同じお題で書きましょう・「口癖」 ――「ことによると」と「Actually」――


同じお題で書きましょう・「口癖」

――「ことによると」と「Actually」――

 

「口癖」と聞いて、すぐ家人が指摘した私の口癖は、「ことによると」でした。頻繁に使っているほどではないと思っていたのですが、意図的に使っている言葉の一つですので、同じような意味の別の表現も混ぜて使った方が良いのかなと反省しています。

 

友人に電話を架けたら眠そうな声だったので、「ことによると今海外?」とか、「ことによると、趣味の良いプレゼントを選ぶセンスは親譲り?といった感じで使っていますが、断定を避けて、話題を広げるのに効果的です。人と話をするときに上から目線にならないように、と気を付けるときにも役立ちます。


Photo

ことによると、親譲りのセンス?

 

家人が指摘したもう一つの言葉は「Actually」です。「実を言うと」「本当のところは」「事実としては」といった意味ですが、例えば、「Actually, I am the one.」 (本当は、それって私のことです。) 「Actually, you are right!」 (あなたの言う通り!) と、こちらは、断定です。しかも、何らかの疑問がクリアーできていないようなときに、「これが答だ!」というような形で使います。

 

日本語の口癖は断定を避ける言葉、英語の口癖は断定する言葉、と正反対の特徴がありますが、ことによるとこれは、日米文化の差を示し、その中でのコミュニケーションのあり方を反映しているのかもしれません。

 

[2018/5/9 イライザ]

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コメント

参加ありがとうございました。

ことによると、日本人でいる時と、国際人でいる時で
パーソナリティーを自然と使い分けてらっしゃるので
しょうかね?面白かったです。

英語の口癖もpossiblyだったら面白くないですものね

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

毎月楽しい「お題」を有難う御座います。自分の口癖は分らないものですが、言われてみると、一寸不思議な気がします。

もう一つ、未だ戦争中でしたが、良く使っていた言葉を思い出しました。次回のお題のときに御披露します。

2018年5月18日 (金)

LECTのアメリカン中華 ――日本の中華とは違いますがお気に入りの一つです――


LECTのアメリカン中華

――日本の中華とは違いますがお気に入りの一つです――

 

 

我が家から広島市内に行く途中にあるせいなのでしょうか、LECTには良く足を延ばします。駐車場への入口が混んでいても、それを迂回して待たずに中に入れる道も発見しました。蔦屋やAndersenが入口近くにあることで親しみも感じていますし、CAINZでは結構長時間、次から次へと商品を「鑑賞」しています。

 

でもやはり食べ物の魅力には勝てません。これまでも何度か報告していますが、いくつかお気に入りの店もできました。たまには新しい店の開拓もしようということになり、意を決してロンフー・ビストロに入りました。

 

「意を決して」というのは大袈裟なのですが、ショーケースの中の酢豚定食に麻婆豆腐が付いていたからというのが大きな理由かもしれません。他にも美味しそうな物が目に付きました。

 

3

ショーケース内の酢豚定食麻婆豆腐も付いています

 

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こっちも美味しそうに見えました

 

Photo

カラオケでも注文するくらいの好物です

 

そして正面から見ると、結構お洒落なレストランではありませんか。と言うことで、酢豚定食と生春巻き、ホタテ貝柱と青菜の炒め、それにビール、それもYEBISUです、を注文しました。


Photo_2

ロンフー・ビストロの正面です

 

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写真を撮る前に食べ始めてしまうのはいつもの悪い癖なのですが、酢豚と生春巻きです。

 

Photo_4

麻婆豆腐は熱々でした

 

すぐ気付いたのは、量が多いということです。そこからの結論は、ここはアメリカ風の中華なのではということです。日本で食べる中華が美味しいのは世界的にも認められていますが、アメリカの中華も私の好きな食べ物の一つです。

 

かつて住んでいたボストン近郊のアーリントン (Arlington)にあったシャンハイ・ビレッジ(Shanghai Village) や、10分程度の距離にあったペキン・ガーデン (Peking Garden)など、気軽に行けて美味しかった記憶が蘇ってきました。

 

当時の味を思い出し、懐かしさもあって、これからも病み付きになりそうです。

 

[2018/5/17 イライザ]

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2018年5月12日 (土)

追悼・福富節男先生 ――輝ける時間も御一緒させて頂きました――


追悼・福富節男先生

――輝ける時間も御一緒させて頂きました――

 

数学者・市民運動家の福富節男先生が昨年12月に98歳で亡くなられました。今から50年も前になりますが、ベトナム戦争に反対する市民運動として当時の世論を引っ張っていた「ベトナムに平和を! 市民連合」 (略してべ平連) のリーダーの一人として大活躍された方です。

 

実はそれと並行して「ベトナム問題に関する数学者懇談会」 (略称はベト数懇) を立ち上げて、数学者の良心をまとめ代弁し行動に移す役割も果して下さっていました。

 

福富先生とのお別れの会が、4月に東京で開かれたのですが、市民運動でかつて御一緒した方々や数学を教えて頂いた先生方にお会いできると思い、駆け付けました。その会で、御挨拶をさせて頂きましたが、その内容をここで紹介させて頂きたいと思います。

 


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ダグラス・ラミスさんの挨拶

 

福富先生との出会いは私の学生時代でした。先生と私はともに専門分野が位相幾何学でしたので、「トポロジー・セミナー」と呼ばれた定期的な勉強会で日常的にお会いしていました。

 

どの世界でも同じなのかもしれませんが、数学のセミナーでは、偉い先生方が一番前の席に座り、学生たちはその後ろの方に陣取るのが普通です。印象に残っているのは、福富先生が、後ろの方で、かなり年の離れた私たち学生たちと一緒に講義をお聴きになっていたことです。

 

学問の世界にも、「白い巨塔」に代表されるような力関はありますが、そんな中で一番フラットかつ民主的な組織は数学者のそれだと思います。でもそれほど純粋な数学界にもそれなりの力関係はあるのですが、それに対しての福富先生の姿勢を示されていたのかもしれません。

 

今から考えると、その頃はべ平連の活動等、市民運動面でも随分お忙しい時期だったのではないかと思いますが、同時に数学へのコミットメントも疎かにしていなかった先生には頭の下がる思いです。

 

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かつてのベト数懇のリーダーだった先輩数学者、数学も教えて頂きました。

左から齊藤先生、上野先生、笠原先生

 

1960年代の後半、ベトナム戦争に反対する世界の若者の声が一つになって、世界的に大きな変革が起きるのではないかとの期待を、私たちの世代も共有していました。そんな中で、開かれたべ平連主催の日米市民会議での福富先生の発言が今でも耳に残っています。

 

場所はサンケイホールだったと思いますが、その会議の中で、福富先生はベト数懇の報告をされました。それは世界の数学者を代表しての報告でもありました。アメリカの数学者スメールからのメッセージもあったはずなのですが、それ以上に力の入っていたのは、日本の数学界の重鎮、彌永昌吉先生の言葉を引用しながら、日本の数学者たちが真理を追究する学徒として、また人間としての責任を果していることをベト数懇の活動など具体的な事例を挙げながら、報告して下さったことです。

 

福富先生の声には、数学者たちの熱い心がしっかりと乗り移っていましたし、福富先生がその数学者たちの一員であることを如何に誇りに思っているのかが会場に伝わったのではないかと思います。

 

実は、大学生の頃から原水禁の世界大会で通訳としてお手伝いをしてきた縁で、私はその会議の同時通訳として参加していたのですが、福富先生の報告を訳しながら、私まで誇らしい気持で一杯になったことを覚えています。

 

ベトナム戦争に反対して、アメリカ軍から脱走した4人の兵士を日本から無事出国させるまでの援助をした「JATEC」という組織もべ平連と連携して活動していました。正式名称は、「Japan Technical Committee to Aid Anti War GIs (反戦脱走米兵援助日本技術委員会) ですが、その会の打ち合わせのとき、通訳としてお手伝いに行ったこともありました。福富先生からの依頼だったと思います。

 

その席では、内容も分らぬまま、とにかく「訳せ」と言われて、文脈も主語も分らないままに通訳などできないと言ったところ、福富先生から厳しく、「訳せば好いんだ」と言い渡された思い出があります。

 

福富先生と御一緒したデモや集会はその後も多くありましたが、私は大学院のときからアメリカに行きっ放しになってしまいましたので、その後、日本に戻って国会そして広島市長という政治の現場からのお付き合いになりました。

 

ベト数懇・べ平連以来の筋の通った福富先生の後塵を拝して、数学者としてまた人間として自分なりではあっても良心に従う言動を貫けたのは、福富先生という立派なお手本があったからなのではないかと信じています。

 

[2018/5/4 イライザ]

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コメント

福富節男氏。
オダ・マコトがらみのシンポジウムや小さな集会でお見かけしました。
ダグラス ・ラミスさんもなつかしい。
1987『ラディカルな日本国憲法』
帯にも記されていたのだったか、宣伝コピーの(たしか)、
〈 押しつけが たりない日本国憲法 〉 にびっくり。
それまで→〈 押しつけ 〉=改憲派の専売特許→それが対極から!?!
すぐさま購入。
国民が権力者に押しつけるもの! Σ( ̄□ ̄|||)
習ってない、教えてもらってない、考えもしなかったと、
いいトシして、うなだれてしまいました。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

ラミスさんの憲法論は、とても面白く、ためになりました。『ラディカル・デモクラシー』も勉強になりました。

2018年4月23日 (月)

友情の思い出ビール ――Heartland Beerと八八 (はちはち)――


友情の思い出ビール

――Heartland Beerと八八 (はちはち)――

 

アメリカで飲み始めて、てっきりアメリカ産のビールだと思い込んでいたのがHeartland Beer です。アメリカ各地で小規模のビール醸造が盛んになったころに出始めたので、その一つだろうと思っていました。産地はジョージア州だという刷り込みもいつの間にか出来てしまっていました。

 

味は、アメリカビールとしては出色の、切れのある清々しいビールだなという印象でした。YEBISUとは一味違いますが、YEBISU以上の評価も受けています。

 

実は、このビールはキリンが作っています。しかもHeartlandとはアメリカのハートの地域、シカゴのことですので、ジュージアとは関係ありません。そのイメージが払拭できたのは、三宅吉彦氏のお蔭です。

 

多くの人に惜しまれつつ、最近70歳で幽明境を異にした氏は、私の市長在職中に副市長として、広島市民そして世界平和のために大きな貢献をしてくれました。彼の思い出は稿を改めて書かせて頂く積りですが、堕ちるところまで堕ちた日本の政治、そして安倍政治の首謀者たち、さらにはそれ以上に、公僕たる使命を踏み躙った高級官僚たちには、三宅氏の詰めの垢でも煎じて飲ませてやりたい気持で一杯です。

 

ここで敬称についてのお断りと提案です。欧米、少なくともアメリカの習慣では、公職を退いた後でも、その人の敬称として現職時代の職名を付けるのが普通です。例えば、オバマ氏はもう大統領ではありませんが、彼を呼ぶとき、彼についての文章を書くとき等、オバマ「大統領」という風にタイトルを付けるのです。そのことで、現役時代の功績や思い出を大切にすることができますので私はこの習慣を日本でも取り入れられたらと思ってきました。今回はそれを実行します。

 

加えて、これは義務ではありませんので、総理大臣を辞めた後の安倍晋三氏を安倍総理と呼び続けなくても良いのですから、そちらの心配も必要ありません。

 

本題に戻って、その三宅副市長や彼のかつての部下たち数人と私で、年に何度か中華料理を楽しみながら、懐旧の思いを共有し、近況を交換しながら勉強する会を開いていました。場所は知る人ぞ知る中華料理の名店「八八」 (はちはち、と呼びます) です。その八八で、出てくるビールがHeartlandだったのです。談論風発、楽しい一時の数々を支えてくれたビールです。

 

このビールに愛着を感じたのは、瓶の色とも関係があります。下の写真を御覧下さい。

 

Photo

                             

 形は少し違いますし、スイング・トップではありませんが、Grolschと趣が似ていませんか? そして、ラベルに相当する部分にも同じような工夫がされています。

 

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 最後にもう一つビールを紹介します。銀河高原ビール、ヴァイツェンです。60sp」さんお勧めのビールですが、早速探して飲んでみました。確かにこれもお勧めです。

 

Photo_3

 

 好きなビールがどんどん増えて、でも飲める量は年々減っていますので、このジレンマをどう解決すべきなのか、皆さんのお知恵を拝借したいのですが――。

  

[2018/4/22イライザ]

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銀河高原ビール、有難く存じます。2016-5-8.拝見.アサヒスーパードライCM.懐かしいです。YOUTUBEで、偶に見ます。CM1作目、何で、落合さんだったのでしょううか。

知る人ぞ知ると、いう人物ですが。落合さんの、大ファンでした。2039年の真実.コレは2039年に、ケネディ大統領の捜査資料が、公開されることからの、タイトル名でした。取材力、洞察力に、ただただ感心しました。大森実さんの、戦後秘史シリーズ,凄い本だと、思っています。他の物が、物足りません。

beer can collecterでした。輸入缶集めです。500種類でしょうか。コレクターは、ダミー缶収集です。フタ付きで、中身無しの物です。30年前、アメリカのコレクター協会の日本人会員は、8名でした。当方が、9番目ですか、入会しませんでした。東京支部談。毎日のように、世界中から、当地の缶と、 日本の缶との、交換以来が来るとか。とてもじゃないですが、対処できません。ちなみに、東京支部代表は、2000種類お持ちとか。

当方は、ダミー缶集めでは、ありません。それは不可能でした。お中元コーナーのビールの陳列。中身のない空缶があります。それが、ダミー缶です。当方は、酒売り場で、購入して、飲んだ後の、空缶です・ダミー缶と、違って、フタが、開いています。ダミー缶収集でなくて、全部飲んだ缶だと、自慢していました。ダミー缶が、欲しいと、思うことは、ありませんでした。我が道、いきますと、いうことですか。

車。乗りたい車に、乗りました。米車ONLYですが。後継車が、出てきません。米車の、エンジンで、ohv型式で。v8.onlyです。こだわっています。現行車で、エンジンは、ありますが、車体の大きさが、物足りません。もう、欲しい車は、出ないと思います。.無い物ねだりですか。

軽自動車にも、乗っていました。ダイハツの、ミラ ウォークスルーバンです。3人乗りで、助手席が、ありません。当方は、3人タイプで後窓あり。2人タイプで後窓無しもありました。ミニミニバスと、いう感じです。いい車でした。傑作車でした。重宝していました。後席。折りたたみで、着座が、低すぎて難しい.それで、クラウンの後席。コレが、きつめでしたが、加工無しでなんとか、入りました。自分なりに、色々とやっていました。クラウンの、後席が、軽自動車に、細工無しで、入りました。ミラウォークスルーだからでしょうね。直線的で、丸みがありませんからですか。本当に、乗りたい車に、乗りました。他人には、車が、趣味ですからと、言っていました。

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「60sp」様

コメント有り難う御座いました。

多彩な趣味をお持ちで羨ましい限りです。それも随分深い所まで極めていらっしゃるようですね。御自分でブログかその他の発信法で、蘊蓄を傾けて下されば、多くのファンができるように思いますが、如何でしょうか。

このブログに投稿して下されば、続けてコメントとしてはアップさせて頂きますが、それでは勿体ないような気がします。

2018年4月22日 (日)

好きなビールはいくつもあります ――YEBISUだけではありません――


好きなビールはいくつもあります

――YEBISUだけではありません――

 

ビールが好きなこと、中でもYEBISUビールにはまっていることは何度も書いてきました。過去の記事の一覧から抜き出してみたら、結構の数がありました。

 

 ビール遍歴と、今はまっているビールがYEBISUで、しかも鯨飲はしなくなったことを書いています。

 ビールが民主的なお酒であることも書きました。

 東京駅のYEBISU BAR も好きな場所です。

 

その他にもありますが、ビール抜きには生きて行けない人間のような印象を与えてしまうといけませんので、割愛します。でも、その一つを読んで下さったのだと思いますが、60sp」さんが、ビールについてのコメントを寄せて下さいました。

 

銀河高原ビールのヴァイツェンを勧めて下さったのですが、それが契機になって私の中にあったビールについての懐かしい記憶が蘇ってきました。以前、毎日のように飲んでいたビールと最近亡くなった親しい友人との楽しい思い出の中に登場するビールです。

 

毎日のように飲んでいたのは、オランダのビールでGrolschと言います。日本語では最後の「lsch」の発音は無理ですので、仮名にしてみると「グロルシュ」が一番音としては近いと思います。でも、ちょっと言い難いので「グローリッシュ」の方が良いかもしれません。

 

このビールに初めて出会ったのはアメリカです。全体としてアメリカのビールは甘く、キレも鋭くはありません。日本のビールを差し置いて飲みたいかと聞かれると、「チョット」という結論になります。そこで、「imported beer(輸入ビール) を探すことになるのですが、当時はアメリカで買う日本のビールはヨーロッパのビールより高い時代でした。そこで日常的に飲めて、日本のビールに代るヨーロッパのビールを探していました。

 

アメリカの東海岸で買う、重さのある輸入品は、日本製よりヨーロッパ製の方が安価です。ヨーロッパからは大西洋を越えて直接入ってくるのですが、日本からは、パナマ運河を通ってくるので、その分コストが掛るからです。

 

そして当時は、アメリカで日本のビールを醸造することなど考えられない時代でした。今やキリンもサッポロも北アメリカで醸造しています。

 

Grolschは、日本のビール以上にコクがあり、味としては「濃い」と言ったら良いのでしょうか、「フル・ボディー」と言った感じで三次元的に体に入ってきます。飲んだ後の満足感は120パーセントです。瓶もその感じをそのまま表しています。

  

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ラベルは貼ってありませんが、それに相当するガラスの文字です。

  

Photo_4


このビールの素晴らしいところは、栓抜きがなくても蓋を開けられることです。スイング・トップ・ボトルと呼ばれますが、開けた後の蓋です。

  

日本で生活するようになって、Grolschを見付けて嬉しさの余り、毎日のように飲んでいましたが、かなりの出費になっていることに気付いて自粛しました。

 

そのGrolschの歴史はというと、1615年創業、今世紀になってアメリカのビール会社であるミラー社の傘下に入り、2016年からはアサヒビールの子会社です。そのせいで、価格はかなり下がりましたが、国産のビールと比べると値は張ります。

 

もう一つのブランドも「アメリカ」発なのですが、詳細は次に。

 

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