アメリカ

2018年8月 9日 (木)

被爆73周年原水爆禁止世界大会・広島大会のまとめ ――今年も、とても勉強になる大会でした――

201889日アップ

 

被爆73周年原水爆禁止世界大会・広島大会のまとめ

――今年も、とても勉強になる大会でした――

 

84日から、3日か開かれた被爆73周年原水爆禁止世界大会・広島大会ですが、6日の昼前に無事幕を閉じました。広島県の実行委員会としては、全国から多くの皆さんをお迎えすることが出来、大変嬉しく感じています。参加者の皆さんには、炎天下、熱心に様々な活動に参加して頂きました。今年も私たちに取っては素晴らしい勉強の機会になりましたし、初めてこの大会に参加された方々に取っても、今後の活動につながる意味のある3日間になったことを確信しています。

 

広島大会の「まとめ」をこのブログにアップすることも恒例になりましたが、今年も、新たな視点から分析なども加わり、読み易く、原水禁運動の「今」を理解する上で、とても役立つ文書だと思います。

 

               

Photo

             

写真は開会総会から

 

*************************************

被爆73周年原水禁世界大会・広島大会 まとめ

原水爆禁止世界大会実行委員会

事務局長 藤本泰成

 

暑い暑い広島大会に、最後まで参加いただきありがとうございました。3日間の日程を終えようとしています。本当に様々な議論がありました。少しお時間をいただき、私なりのまとめをさせていただきます。

 

2018年になって、私たち原水禁運動をめぐる情勢は、大きく動いています。それは、朝鮮半島と福島において顕著であると言わざる得ません。被爆73周年原水禁世界大会は、その事を根幹にすえて、様々な議論が続けられたと思います。

朝鮮半島の非核化に向けた米朝首脳会談の開催、そして東電による福島第二原発の廃炉決定、2つの事実は、私たちが求めて来た「東北アジア非核地帯」と「脱原発社会」へ向けた、大きな一歩であることは間違いありません。しかし、現状がきわめて混迷していることも事実です。分科会の議論がその混迷を様々捉えていました。そして、そのことは、私たちが考える以上に深刻であると言えます。

 

5分科会では、全ての原発の廃炉が決定した福島の現状と課題が議論されました。「終わりの見えない福島第一原発」と題した、原子力資料情報室の澤井正子さんの報告は、衝撃です。すでにメディアが取り上げることも少なくなったF1の現状は、まさに「原子力緊急事態発令中」と言えます。溶融した燃料デブリの回収は30年から40年かかる、1台数億円とも言われる調査ロボットは、高放射線量の中で、迷子になり、動かなくなり、捨てられる。澤井さんは「調査さえうまくいかないのに」と現状へ懸念の声あげています。凍土壁設置で騒がれた汚染水対策も十分ではなく、1100トンとも150トンとも言われる地下水が流入し、増え続けるトリチウム汚染水のタンクは、もうすぐサイト内では設置できないような状況になります。海洋放出という話しもささやかれていますが、澤井さんの、「トリチウムは、体内の細胞の中に長く止まり、長期被爆の怖れもある」との指摘を聞くと、現状の深刻さに震える思いがします。

 

福島から参加した、福島原発告訴団団長の武藤類子さんは、除染で出た放射性廃棄物のフレコンバック2200万個と、共に暮らす福島の現状を報告されました。問題が山積し余りに多岐にわたるために、適切な対処ができず、「連鎖的に人権が侵害されていくように感じる」と表現されています。告訴団は、東電幹部の刑事責任を追及する裁判も行っています。責任の所在が全く明らかにされてこなかった原発事故。事故の原因と責任を明らかにすることが、フクシマを繰り返さない事への、「脱原発社会」への一歩につながると思います。

 

6分科会では、チェルノブイリの被害者であるジャンナ・フィロメンコさんをお呼びして、核被害の世界連帯での議論が行われました。医師でチェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西の振津かつみさんの報告にある、核利用が社会的抑圧、差別、搾取の構造の上に立つという指摘と、核の開発と利用は、核の被害なしにあり得ないと言う指摘、私たちはもう一度しっかりと胸に刻まなくてはなりません。そうした上で、子どもたちの甲状腺がんに象徴される健康被害に対して、国家賠償に基づいて「被爆者援護法」を求めて来たヒロシマ・ナガサキの原水禁運動の成果を、現在のフクシマに活かし、チェルノブイリと連帯し、そしてチェルノブイリ法に学び、私たちの運動をつくりあげていかなくてはならないと思います。

 

1分科会では、辺野古新基地建設の土砂搬入を目前にする沖縄をテーマに議論が展開されました。憂慮する科学者同盟のグレゴリー・カラキーさんは、開会総会の挨拶で「米国の核兵器をアジアに、さらには日本国内に持ち込ませたいと密かに言っている人がいる」と述べ、加えて核抑止力に言及し「核の傘は、放射性降下物、有毒な放射線、核の冬の大飢饉から私たちを守ることはできない」と述べました。第一分科会では、グレゴリーさんから、「日本政府は、新しい小型の核兵器を作るというトランプ政権の決定に拍手を送りました。日本の外務省の一部の高官は、米国の新しい核兵器を沖縄の米軍基地に配備することを歓迎すると発言しまた」との事実が指摘されています。沖縄返還時点での密約問題は、現在においても日本政府の重要な課題であることが分かります。非核三原則を遵守することが強く求められます。

 

朝鮮半島を、東北アジアを目の前に、米国の東アジア戦略の要としての沖縄では、米軍基地の存在が、様々な問題を引き起こしています。沖縄平和運動センターの岸本さんから、第1分科会で、そしてこの閉会集会で、辺野古新基地建設の現状に関しての報告がありました。翁長雄志沖縄県知事は、公有水面の埋立承認の撤回に向けて動き出しました。辺野古建設撤回に向けて、県知事選挙へ向けて、翁長知事の強い思いを感じます。沖縄防衛局は、聴聞日の延期を申し出て、埋立の既成事実をつくろうとしています。817日にも予定される、土砂搬入を決して許してはなりません。

 

国際シンポジウムでは、東北アジア非核地帯構想を中心に、朝鮮半島の非核化に関して日米の視点から議論されました。ピースアクションのハッサン・エル・ティヤブさんから、朝鮮半島の非核化を要求する米国トランプ政権の、新たな「核態勢の見直し」の中での核戦力の強化の実態が報告され、しかし、社会インフラの劣化の中で、核の近代化への1.7兆ドルもの財政支出に、大きな批判が上がっていることが紹介されました。

 

「核態勢の見直し」は、核兵器廃絶と朝鮮半島の非核化の要求に矛盾するものとして見過ごすことができません。しかし、一方で米国の拡大抑止の強化を要求する日本政府の姿勢が、例えばオバマ政権の核廃絶への歩みを進めようとする姿勢に大きな障害になっていることが、グレゴリー・カラキーさんから指摘されています。核抑止に依存する日本政府の姿勢を、正していくことが重要な課題です。

ピース・デポの湯浅一郎さんからは、朝鮮半島情勢を踏まえ「東北アジア非核地帯条約」へのとりくみを開始すべきとの提案がありました。同席した広島原水禁代表委員の元広島市長、平和市長会議のリーダーだった秋葉忠利さんから、世界の非核地帯条約は、例えばアフリカでは半世紀をかけて成立した。時間がかかることを踏まえたとりくみが大切であり、それを後押しするのは市民社会の粘り強いそしてしっかりとした意思であるとの指摘がありました。様々なアプローチから、時間をかけたとりくみが必要であると思います。

 

ある方からのメールで、2015年に刊行された「被爆者はなぜ待てないか」という本に出会いました。著者は、関東学院大学で教える奥田博子さん。福島原発事故後に書かれた本書では、「戦争被爆国日本において、なぜ再びヒバクシャ出たのか」という問いに対して、ビキニ核実験での被爆の後に、東西冷戦の中にあった日本は、「米国の核の傘に依存した平和」と「米国の原子力産業に依存した繁栄を享受する道」を進んできた。「原爆」が「平和」に書き換えられ、潜在的核抑止力を担保するために、「原子力の平和利用」が高々と掲げられ、市民社会が取り込まれてきたと述べて、福島第一原発の事故が、戦後の日本社会が原爆体験や被爆の記憶にきちんと向き合ってこなかった事にこそ、その要因があるのではないかと指摘しています。

 

全ての国の全ての核に、そして平和利用にも「核と人類は共存できない」として反対してきた私たち原水禁運動は、核兵器と核の平和利用・原発を、ヒバクシャの視点からもう一度結び直して、運動の展開を図る必要があります。

 

マーチン・ルーサー・キング牧師の「黒人はなぜ待てないのか」から引用されたであろう本書の「被爆者はなぜ待てないのか」とのテーマは、被爆73周年を迎えた今日、私たちの運動に重くのしかかってくる言葉ではないでしょうか。ヒバクシャの思いを、実現しなくてはなりません。

  

福島原発事故以降、21基の原発が廃炉になりました。再稼働も9基にとどまっています。原発の新規増設・リプレースも困難です。「脱原発社会」を求める声は、国中に充満しています。

 朝鮮半島では、非核化への動きが進み出しました。核兵器禁止条約も採択されています。今こそ、ヒバクシャの思いを実現する、格好の条件が生まれつつあります。

 

三日間の様々な声を、それぞれの生活の場に持ち帰り、新しい時代を求めて動き出そうではありません。

 

最後に、本大会の開催にご尽力いただいた広島県実行委員会の皆さまと、各中央団体・各県運動組織の皆さまに、心から感謝を申し上げて本大会のまとめと致します。

**************************************

 

[2018/8/8日 イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

2018年8月 6日 (月)

核廃絶――最大の障害は日本政府 ――原水禁世界大会・国際シンポジウムの報告――

 

核廃絶――最大の障害は日本政府

――原水禁世界大会・国際シンポジウムの報告――

 

毎年、原水禁世界大会についての報告は、会議には出席していなかい方々にも全体像を知って頂くことを目的にして、新聞報道の形をお手本にした書き方をしてきましたが、今年は趣向を変えて、特に印象に残った何点かに焦点を合せます。

 

国際シンポジウムは、85日の午後開かれました。その中でのグレゴリー・カラキーさん (アメリカの科学者によるNGO・憂慮する科学者同盟) の報告に、参加者一同溜息を吐くことになったのですが、同時に大きな疑問も湧いてきましたし、対抗手段としての私たちの声の大切さを再確認する機会にもなりました。

 

                 

Photo

           

 一番右がカラキー氏、左からモデレーターの藤本泰成原水禁事務局長、湯浅一郎ピース・デポ代表、ハッサン・エル・ティヤブ アメリカ ピース・アクション・ディレクター


カラキーさんの報告のポイントは、「オバマ大統領が、『核兵器の先制使用』宣言をしようとしたときに、それに反対をし、結果としてこの宣言を葬り去ったのは、日本政府だ」ということなのです。

 

2016年にこの事実はそれなりに報道されましたし、このブログでも三回にわたり取り上げています。第一回目第二回目第三回目を続けてお読み頂ければ幸いです。

 

新事実として、カラキーさんが私たちに伝えてくれたのは、次のようなことです――その年、つまり2016年の5月にオバマ大統領が広島訪問をした際、オバマ大統領は広島で、「核兵器先制不使用」宣言をしたかった、しかしそれができなかったのは、日本政府が妨害したからだという事実です。

 

重要な政策決定ですし、日本は同盟国だということになっていますので、もちろん、オバマ大統領の意図は事前に日本政府、特に外務省に伝えられます。それを聞いて外務省は激怒したというのです。そして、国務長官、国防長官、そしてエネルギー長官に直接電話をして、「核兵器先制不使用」宣言をしないよう、要求したのだそうです。

 

その結果、歴史を大きく変えることになったであろう、アメリカによる「核兵器先制不使用」宣言は実現しませんでした。

 

この宣言が実現していれば、米中関係は一挙に信頼度を増しました。中国は、いわば国是として、「核兵器先制不使用」を核政策の基本として採用してきたからです。さらに、アメリカの先制使用がなくなれば、北朝鮮が核開発をする必要性も減少することになって、北東アジア非核兵器地帯実現に大きな一歩にもなったのです。つまり、オバマ大統領の意思を外務省が妨害したことは、残念といった穏やかな言葉では表現できないほどの大きな損失を人類に与える結果になったのです。

 

そこで生じる疑問があります。この点は、国際シンポジウムの終了後、何人もの出席者が異口同音に口にしていたことなのですが、「いつから日本政府は、アメリカの重要政策を変えられるほどの力を持ったのか」という疑問です。

 

最近の例を取っても、日本製品をアメリカに輸出するに当って、アメリカが敵視している中国と同じ扱いで関税を引き上げるという方針が採用されました。「お友だち」だと思っている安倍総理には事前の相談もないままに、一方的な「宣言」です。そんなことが出来るのですから、「核兵器先制不使用」宣言も一方的にできたはずです。にもかかわらず、日本政府、特に外務省の意向で重要政策の実行を中止するなどというシナリオは、彼我の力関係を考慮すると、全く想定外なのです。

 

にもかかわらず、日本政府が「核兵器先制不使用」宣言潰しの立役者になっているのは、例えば、そうすることでアメリカ側には何らかのメリットがあり、日本政府にはそう立ち回って貰いたかった。そのアメリカの考え方を「忖度」して外務省が、その通りのシナリオで、アメリカが望む役割を果した、という可能性が頭に浮びます。アメリカ側の「都合」とは、一昨年「核先制不使用宣言・その3」で、指摘したように、最悪のシナリオが実現した場合に、その責任を日本に押し付けられる、ということです。

 

もう一つの可能性も考えておく必要があります。それは、アメリカが、核政策について日本の言うことを聞かなければ、日本は独自の核武装をするぞ、という脅しです。しかし、この点も、日本の内閣の首を簡単に挿げ替えられるアメリカですので、結局アメリカの描くシナリオの中で踊らされているに過ぎないかもしれません。

 

でも、こんな状況に対する特効薬も存在します。政策そのものに対する評価は別として、アメリカ政府には、日本に関連する重要案件の検討に際して、日本の世論を重んじる姿勢があるからです。例えば、極東裁判において天皇を被告にしなかったことや、オバマ大統領の広島訪問に際して、ケネディー大使を任命して日本の世論がオバマ訪問を受け入れ易いような環境を作ったことなどです。

 

楽観的過ぎるというお叱りを受けるかもしれませんが、核廃絶について、核兵器禁止条約について、また日本の核武装についても、私たちの考え方が常に明確にそして決定的に、しかも分り易くまとめられ、マスコミもその線の報道を熱心にするような世論を作り上げて行くことが大切なのではないでしょうか。

 

[2018/8/5日 イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

2018年7月23日 (月)

無抵抗降伏論・その4 ――豪雨災害からの教訓 (13)――


無抵抗降伏論・その4

――豪雨災害からの教訓 (13)――

 

「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」というパラダイム転換のための第一段階として、森嶋通夫氏の『日本の選択』の論理的帰結も加えて、次の三つの命題を説明しています。

 

(A) 軍隊としての自衛隊の適正規模は「ゼロ」である。

(B) 「国防」のための手段は、軍事力といった「ハードウェア」ではなく、外交や経済・文化等の分野における国際的な活動、つまり「ソフトウェア」ではなくてはならない。

(C) 人、知恵、金をこうしたソフト面に注入して国内では「防災省(仮称)」を創設し、防衛省は廃止するとともに、世界貢献をするために、国際的に活躍する「サンダーバード」のような組織を「防災省」内に創設する。

 

今回は、(B)の中でも、

(ア) 戦争を仕掛けられても、「降伏」する方が、その後の社会に取ってはより良い選択である。

に続いて、

(イ)  ソフトウェア的国防にこそ、力がある。それを示している事例を示す。

です。

 

 既に、第二次世界大戦におけるイギリスの軍備とその後の勝利の原因をどう考えるのかについて、森嶋氏は「軍事力」という「ハードウェア」面で勝ったというより、「ソフトウェア」面での「政治力」の勝利だと判断しています。

 「歴史の教訓から学ぶことは大事である。第二次世界大戦から学ぶべきことは、最初は劣勢ではあっても、ヨーロッパのほとんど全ての国を自分の陣営に引き止め、さらにアメリカまで巻き込み、ソ連すら参戦させたことである。イギリスに勝利をもたらしたのは、軍事力ではなく、この政治力である。」

 さらに、ポツダム宣言を受諾して降伏した日本の場合、「無条件降伏」ではなく、唯一の条件として日本側が提示したのが「国体の護持」だったと解釈されていますが、連合国側はその条件を認めたとは考えていなかったようですので、天皇の戦後の位置付けはかなり危ういものだったようです。その点について森嶋氏は、実質的に国体の護持は守られたと考えて良いだろう、そしてそれを可能にしたのは「ソフトウェア」的な実績だったと言っています。

   「しかし最初は天皇の地位は極めて危なかった。戦争犯罪人に指定される可能性すらあったのである。けれども、もし天皇が逮捕されたなら、日本では大規模な叛乱が起こり、日本に大部隊の占領軍を長期間駐留させても、なおかっ、占領業務は順調に行なわれえないであろうという理由で、天皇は免責された。この他にグルー国務次官(元駐日米大使)が天皇制存続論者で、彼がワシントンで日本を救う役割をしてくれたことや、さらに天皇御自身の皇太子殿下時代のイギリスでの交遊が、多くのイギリス人によって高く評価きれていたことが、日本に「国体護持」をもたらした重要な要因に数えられている。

これらの要因の内、最後の二つは、国際親善、国際交流、相互理解が強力な防衛手段になり得ることを明白に証明している。もっとも最初の要因、すなわち「天皇を逮捕すれば日本で叛乱が起こり、米軍自身が困るから天皇を逮捕しなかった」という推論は、関、猪木氏の「抑止力の理論」の一種であるが、彼らの理論とちがうところは、それが武器抜きの抑止力の理論であるという点である。当時の日本に武器がないことは、誰よりも占領軍自身が知っていた。武力の裏付けがなくとも抑止力は充分作用したというこの貴重な経験を、われわれは決して忘れてはならない。逆にあの時、徹底抗戦していたなら、国体護持どころか日本は全く滅亡していたであろう。」

 

               

Josephgrew

             

ジョセフ・グルー大使・国務次官

 

(ウ) その具体的なアイデアとして、森嶋氏は次のような提案をしています。論争相手の関氏や猪木氏が当時の防衛費について、GNP0.9%だったものを引き上げて3.4%にすべしとの主張を受けて、それでは、増加する2.5%をどう使うのかという点についてのものです。

   「これだけの金をタンクや飛行機やミサイルの購入に費消するのでなく、私が主張している広い意味での防衛費、すなわち文化交流や経済援助や共産諸国との関係の改善や、欧米諸国との間の貿易黒字差額の縮小用に追加するならば、単に共産固との関係だけではなく、アメリカ、EC、東南アジア諸国との関係も非常に良好になるに違いない。日本は積極外交をしやすくなり、ソ連は日本の仲介能力を評価し、日本はそれだけ安全になる。

  しかし、もし逆にこの2.5%で軍備を増強すれば、平和の風船は一挙に破れてしまうかも知れない。2.5%を算出する際の分母になる日本のGNPはそれほど大きいのである。」

 

となると、次の結論はほぼ自明なのですが、もう少し具体的にどのような活動をするのか、そして課題はどこにあるのか等、次回以降、詳しく考えて見たいと思います。

 

(C)         人、知恵、金をこうしたソフト面に注入して国内では「防災省(仮称)」を創設し、防衛省は廃止するとともに、世界貢献をするために、国際的に活躍する「サンダーバード」のような組織を「防災省」内に創設する。

 

[2018/7/22 イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

コメント

無抵抗降伏論=無抵抗幸福論
であるともいえそうですね。
そんなパラダイムシフトが起こりつつあるのは、
インターネットの力によるのでしょうね。

「コウフク」様

コメント有り難う御座いました。

うまいっ! 座布団一枚です!!

2018年7月21日 (土)

アメリカの高校のプール ――同じお題で書きましょう――


アメリカの高校のプール

――同じお題で書きましょう――

 

無抵抗降伏論はまだ続きますが、今回は、「同じお題で書きましょう」に参加のためお休みです。

 

夏になればプールです。これまで多くのプールで楽しい時間を過してきましたが、主に学校のプールや公共のプールが近いこともあって簡単に利用できました。それ以外のプライベートな場では友人の家のプール、お隣さんのプールに良く招待されました。

 

プールでカルチャー・ショックを受けた経験はかなりあるのですが、その中で最も印象に残っているのはアメリカの高校のプールです。

 

私の子どもの頃はまだプールが一般的ではなく、小学校や中学校にはプールがありませんでした。海が近かったので、「文句を言うな。海に行けば良いだろう」と親や先生から言われたのですが、高校に入ってプールで泳げたときにはとても感激しました。

 

でも、それは屋外のプールでした。今なら屋内プールがかなり普及していますので、一年中泳げるのだろうと思いますが、当時は、「プール」 = 「夏」 でした。

 

日本の高校での 「夏」 = 「プール」 という等式の中には、夏になると水泳部で活躍していた友人たちの姿が重なっていました。秋が新学年になるアメリカの高校でも、9月からしばらくの間は水泳部が活躍するだろうと思っていたのですが、そうではありませんでした。

 

Ephs

アメリカの高校のプールサイドで行われたオペレッタの一シーンです。

 

何と、水泳は冬のスポーツなのです。何で?というのがすく頭に浮んだ言葉でしたが、それは、冬季オリンピックの代表種目が水泳だと言われるのと同じくらいの衝撃でした。

 

そして部活も季節毎に変ります。秋のスポーツの花形はフットボールですし、サッカーもようやく取り入れられ始めていました。冬になると、バスケットボール、レスリング、水泳です。シカゴ近くの私の高校にはアイスホッケー部はありませんでしたが、ボストンでは、アイスホッケーが冬のスポーツの花形に加わります。そして春は野球と陸上といった具合に一年に三種類のスポーツを経験できるのが特徴です。

 

私は、秋はサッカー、冬はレスリング、春は陸上を経験しましたが、未だに水泳が冬のスポーツだと聞いた時のショックは、ハッキリ記憶しています。

 

[2018/7/20 イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

コメント

さんかありがとうございます。

う~んどうしても理解できません。なんで冬なんでしょうかね?
スキーは夏のスポーツだ!くらい変ですw

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

夏休みが長いので、夏のスポーツを他の季節に分散させなくてはいけないのと、屋内プールが原則なので、季節を選ばないということが考えられます。当時、吃驚しましたが、水泳部には入る積りがなかったので、「何故」までは聞かなかったのではないかと思います。

2018年7月20日 (金)

無抵抗降伏論・その2 ――豪雨災害からの教訓 (11)――


無抵抗降伏論・その2

――豪雨災害からの教訓 (11)――

 

『日本の選択』の出発点は、森嶋通夫氏がロンドンから東京までの日航機内で読んだ、サンケイ新聞の「正論」という欄でした。筆者は政治学者で元参議院議員の関嘉彦氏、エッセイのタイトルは、「"有事の対応は当然」でした。

 

Photo

関嘉彦氏と著書

 

森嶋氏は、関氏によるこのエッセイを簡潔に要約していますが、それをさらに短くまとめておきます。

 

 第二次世界大戦の初期、劣悪な軍備のままイギリスが優秀な装備のナチスと戦わなくてはならなかったのは、両大戦間にイギリス人たちが誤った平和主義の虜になって、しっかりとした軍備を整えなかったからだ。

 善意であっても、歴史の教訓に無知な人たちの平和思想は、「邪悪」なものを勇気付け、かえって侵略戦争を奨励している。だから政府だけではなく、民間組織も万一に備えた防衛組織、例えば核戦争に備えたシェルターなどの用意をすべきである。

 ヒトラーがスイスを攻撃しなかったのは、スイスが民兵組織ではあるが軍備を持っていたので、スイスを通ってフランスに攻め入るのは余りにも犠牲が多過ぎると考えたためだ。

 

それに対する森嶋氏の反論は197911日の北海道新聞に「何をなすべきでないか」というタイトルで発表されました。ロンドンに帰国するまで、日本でよく耳にした「カラオケ」の意味が分らなかったことにも触れている洒脱な文章で (同じ年ボストンから帰国して夏を過していた私は、カラオケに遭遇するやその魅力に取り付かれてしまったことを思い出しました――) 全文をお読み頂きたいのですが、長くなりますので以下、私なりの要約です。

 

 イギリスが強力な軍備を持っていたとすると、大戦の発生を何年か遅らせることはできたかもしれないが、ヒトラーがいる限り戦争は始まったはずだ。その何年かの間に独英両国ともさらに軍備を増強させたとなると、例えば両国が核兵器を保有するといった状態での開戦の可能性も考えられる。その結果が如何に惨憺たるものになったかとの比較もすべきだろう。

 歴史の教訓から学ぶことは大事である。第二次世界大戦から学ぶべきことは、最初は劣勢ではあっても、ヨーロッパのほとんど全ての国を自分の陣営に引き止め、さらにアメリカまで巻き込み、ソ連すら参戦させたことである。イギリスに勝利をもたらしたのは、軍事力ではなく、この政治力である。

 軍事力があるからヒトラーがスイスへの攻撃を諦めたのではなく、中立国として、敵国との交渉の通路としてスイスを利用する意図があったからだ。

 

説得力のある見事な反論だと思いますが、この論争の焦点はソ連が攻めて来た時に日本はどうすれば良いのかという点でした。関氏と、その後論争に加わった猪木氏は、「アメリカの援軍が来るまでの間――たとえば一週間程度――は日本独力で戦い続ける」のに十分な軍隊を最小限の自衛力と考え、その程度は日本が持つべきだと主張していました。

 

森嶋氏の反論は、まず、安保条約があったにしろ、現実問題としてアメリカが参戦すれば世界戦争になるであろうときに、本当にアメリが自国の若者の命を犠牲にしてまで日本防衛のために駆け付けてくれるだろうかという疑問から始まります。そして、歴史的に、他国が闘っている戦争に同盟国が参戦する場合にもかなりの時間が掛っていることを例示して、例えば半年というようなスパンで考える必要のあることを示しています。

 

ソ連が本気で日本を攻撃してきたとしたら、それは、アメリカ軍が上陸した後の沖縄戦を、今度はソ連を相手にして戦うことになる、という分り易い比較で、その困難さを説明してくれています。

 

そして、そこで持ち堪えられなくなって日本が降伏するというシナリオになるかもしれないことも頭の隅に起きながら、それでも降伏することの意味はあることを説いています。

 

その点を森嶋氏は次のようにまとめています。

 

あの時日本は無意味な勝ち目のない戦を続けたのだが、米軍が沖縄に上陸した段階で、御前会議が聞かれて終戦していたとすれば、どれ程大勢の日本人(や米人)が死ななくてすんだか、またどれだけの都市や財産を焼かなくてすんだか、またどれだけの伝統的文化財を失わずにすんだかを考えてみるがよい。

 

さらに、沖縄戦の教訓として、1945611日午後1130分に玉砕した沖縄方面根拠地隊の司令官・大田実少将が、恐らく海軍総司令長官あてに発信した長文の戦闘概報を暗号から平文に訳したのが、西海航空隊(大村基地)に勤務していた森嶋通夫氏だったのですが、その概報の中で小田少将は次のように述べています。

 

(一) 略

(二) 本土戦は、いままでのような海外占領地での戦いとは、その意義も戦い方もちがっている。住民がすべて日本人だということは、種々なる意味で慎重に考慮さるべき事柄である。沖縄の場合、一般市民は非常に勇敢に戦ってくれた。 (大田は六月六日「沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ通信力:::ナシト認メラレルニ付本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非ザレドモ現状ヲ看過スルニ忍ビズ」にはじまって、「沖縄県民斯ク戦へリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」におわる長文の電報を海軍次官に送っている。――戦史叢書十七巻『沖縄方面海軍作戦』朝雲新聞社、参照。)

(三) 沖縄のような日本固有の領土で、将兵が全員玉砕することは正しい処置の仕方とはいえない。自分(大田)は司令部の首脳部以外の者は、軍服を脱いで平服にかえ、一般市民の中にまぎれこんで、将来を期すべきであると信ずる。自分は彼らにそう命令し、彼らはすでに実行した。このような処置の全責任は自分にある。彼らは決して逃亡したのではなく、自分の命令に従ったのである。いつの日にか、日本軍が再び逆上陸した場合には、彼らは必ず武器をとって立ち上がるであろう。玉砕するのは司令部の首脳部だけで充分である。

 

「無抵抗降伏」と聞くと、戦う勇気を持たない空想的平和主義者の言辞のように捉える人がいてもおかしくはないのですが、森嶋氏の「無抵抗降伏論」は、実戦の現場で玉砕を決意した司令官が後世に残した日中・太平洋戦争の総括を、暗号から平文に訳した著者が、自らの戦争との関わりの、もう一つの総括として提起している、現実的かつ歴史的な根拠のある主張です。

 

森嶋氏は、これに関連して天皇の戦争責任や、日本国民が何故、戦争についての発言力を持てなかったのか等についても、「目から鱗」の解説をしてくれています。折角の機会ですので、こうした点についても、続けてアップしてみたいと思っています。

 

『日本の瀬選択』は、アマゾンからも注文できます。

[2018/7/19 イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

2018年7月15日 (日)

災害対策予算の大幅増額を! ――豪雨災害からの教訓 (6)――


災害対策予算の大幅増額を!

――豪雨災害からの教訓 (6)――

 

自衛隊を災害救助隊に改組して、その主たる任務を災害救助に充てるという考え方のかなり大きな理由はお金です。自衛隊の全予算は約5兆円という大雑把なイメージを頭に置いて、これからの問題提起をお読み頂けると幸いです。その予算全てを災害対策に回せとまでは言いませんが、仮に自衛隊が災害救助隊になり、現予算の半分を災害対策に回せるようになったとすると、現在よりは大幅に状況は改善されます。

 

その5兆円がどんなことに使われているのか、最近の「買い物」リストをチェックしただけでも、無駄遣いが如何に多いのかは御理解頂けると思います。

 

戦闘機としては使えない性能であることが分っているF35戦闘機は、1機あたり約130億円。それを42機の購入予定、合計5460億円。オスプレイ17機セットを1機あたり約220億円、総額3600億円で購入、以前に購入した24機と合わせると、9020億円。さらに、イージス護衛艦の弾道ミサイル対応艦を8隻態勢とする改修と建造に約1000億円、そして、ミサイルの迎撃そのものに対する疑問が多くある中でのイージスアショア2基で合計約1600億円。これだけ合わせただけで、17080億円です。

 

Photo

1220億円、事故多発のオスプレイ

 

兆を超える軍事予算に対して災害対策費は、雀の涙ほどの額しかありません。一例として、今回大規模な被害のあった倉敷市真備町を見てみましょう。真備町の被害は、高梁川に合流する小田川が決壊したことが原因ですが、その危険性は早くから理解され、対策も立てられていました。

 

簡単に図示すると、[1968年堰建設計画→2002年中止→2010年付け替え工事決定→今秋着工予定]ということなのですが、堤防の決壊を避けるために、堰を作ることが計画され、その後、小田川と高梁川との合流の仕方を変える計画が2010年に立てられたものの、結局、それから8年も経ってようやく工事に着工という手順になったのです。その原因はお金です。

 

国が、災害対策を優先する予算配分をしていれば、計画立案後すぐにも工事は始まっていたのです。それも、事業費は280億円です。オスプレイ1機とほぼ同じではありませんか。使い物にならず事故ばかり起しているオスプレイではなく、小田川の改修工事に予算を回せば、今回の被害は防げたのです。しかも真備町だけではなく、全国各地でこのような危険地域のあることは良く知られています。オスプレイで言えば約40機分、全国40ほどの地域の河川改修や災害対策ができたはずなのです。

 

それだけではありません。1999629日の広島地域の豪雨災害後、土砂災害防止法という法律が作られました。その結果、土砂災害による被害が減少するはずだったのですが、今回の豪雨災害が示したように、必ずしもそうとは言えない結果になっています。その理由の一つは勿論、お金ですし、多くの人にハザードマップの重要性が伝わらなかったことも大きいと思います。

 

長くなりましたので、これについては次回説明したいと思います。

 

[2018/7/14 イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

コメント

安倍晋三、アメリカには2000億円、加計学園には100億円、豪雨被災地には20億円

週刊金曜日7/13号(最新号)→【特集】米国の「おしつけ改憲」
”「思いやり予算」もおかしいけれど、改憲も”
で、リラン・バクレー Leland Buckley という米TEXAS州出身で
神奈川県在住の映画監督が語っています。
〈...どうしても9条を改憲したいのなら、解釈の余地が
入らないように「一切軍隊や兵器は持ちません」と
憲法で明言したらいい。防衛が心配なら、「思いやり予算」の
全額を投じ、自衛隊から武器をなくして、海外に災害があったら
真っ先に駆け付ける救援組織に変えたらどうでしょう。
そんなありがたい国を、どこが攻撃しますか。〉

こういう方がBS-TBS日曜夜10時「外国人記者は見た」に出演できて、
番組も地上波となれば、少しは空気が...。甘いか。
にしても、田中康夫さんの”自衛隊サンダーバード構想”、
なぜに広まらぬ😞

一部ですが、安倍首相の太っ腹ぶり
・ミャンマーへの債務のうち新たに2000億円を免除する
・中東・北アフリカ地域に対し新たに総額2160億円規模の支援
・シリアの女性支援に3000億円の政府開発援助
・ASEANに5年間で2兆円規模の政府開発援助
・モザンビークに700億円の政府開発援助
・インドへ円借款2000億円
・バングラデシュに6000億円支援
・パプアニューギニアに今後3年間で200億円
・インドに5年で3兆5000億円の官民投融資

「通りすがり」様

コメント有り難う御座いました。

こういうのを、本当の意味で「桁違い」と言うのですね。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

Buckley監督の言っていることは、誰にでも分りますし、説得力もあるので、皆で広げましょう。

「納税者」様

コメント有り難う御座いました。

簡潔で説得力のあるリストを有難う御座います。海外援助は大切ですが、毎年、災害で亡くなる日本国民がこれだけ多いという事実に真剣に向き合わない「日本」政府を変えましょう。

2018年7月 7日 (土)

北東アジア非核兵器地帯の創設と市民社会 ――米朝会談後、日本政府が「はぶてる」ことのないように――


北東アジア非核兵器地帯の創設と市民社会

――米朝会談後、日本政府が「はぶてる」ことのないように――

 

数十年に一度の災害が起きている、梅雨前線による大雨で亡くなられた方々にお悔やみを申し上げます。被災者の方々にはお見舞い申し上げます。そして多くの皆さんが影響を受けている今、気象庁や各メディア、自治体等からの情報に最大限の注意を行い、避難指示や勧告に従って身の安全を確保されるよう、祈っています。

 

さて、Jeju Forum for Peace and Prosperity 2018、つまり「平和と繁栄のためのチェジュ・フォーラム2018」で私が参加した分科会の一つは、「朝鮮半島の新たな平和パラダイムの形成と市民社会の役割」(司会は韓国国家統一研究所 (Korea Institute for National Unification) の上級研究員のチョー・ハンブン博士)でした。そこでの、私の発言を以下、簡単に報告させて頂きます。

 

Photo

 

米朝会談後すぐの韓国での会議ですので、当然、米朝会談を取り上げたいと思いました。その際、三つのポイントが実現できるよう内容にしたいと思っていました。

 

 米朝会談について、単なるオブザーバーとしての意見ではなく、会談の結果を生かせるよう積極的な姿勢を示す。

 日本政府がこれ以上「はぶてない」で、かつ孤立しないで済むようなシナリオを描く。

 国と国との関係が中心ではあっても、私たち市民が直接、何らかの形で関われるような具体的な提案を盛り込む。

 

そして、出発点は、米朝会談実現の暁にはこのようなシナリオで進めて下さいと、トランプ大統領に出した手紙、そして会談が実現することになってからトランプ大統領とキム委員長に出した手紙です。以下、箇条書きで、発言の内容の要点です。複数の固有名詞が並ぶところでは、アルファベット順で記します。

 

l キム委員長、トランプ大統領、ムン大統領のリーダーシップによって、南北会談、米韓会談、そして米朝会談が開かれ、朝鮮半島の非核化そして北東アジアの平和に向けた大きな扉が開かれたことを歓迎し、三人に心から敬意を示し感謝する。

l 核保有国のトップが話し合うことで、大きな進展が生れることを期待しても良いことは、1986年のレイキャビックにおけるレーガン・ゴルバチョフ会談の例がハッキリ示している。そこでは、両国が全ての核兵器を廃絶する合意が出来ていたのだ。

l それが実現しなかったのは、軍産複合体、冷戦時代を作り支えていた神職者であるかのような力を持っていたテクノクラートたちだが、もう一つ、世界の注目度が今回とは違っていた。

l 世界が見詰める中でのシンガポール会談の結果は、それほど簡単にはつぶせない。

l さらに、実現はしなかったものの、レイキャビックで両首脳が画期的な合意に至ったのは、世界の世論がそれを望んでいたからだ。それは、世界に存在する核弾頭数や、核実験の回数等の経年グラフを見れば明らかだ。

l この点については、2017年の原水爆禁止世界大会の分科会での発言に詳しいので、是非、お読み頂ければと思います。

l キム委員長、トランプ大統領への手紙で提案したのは、北東アジア非核地帯 (NEA-NWFZ) の創設だ。それは、この地域の中心になる南と北そして日本の三ヵ国は核兵器を持たない、そして米中ロの三ヵ国は、中心に存在する三カ国には核兵器を使わないという条約によって作られる。

l この枠組みこそ、北の非核化を推進する上で一番説得力があり合理的なシナリオだ。

l 昨年の分科会でも、核兵器禁止条約ができた背景には、世界の半分が既に核兵器禁止地帯になっている事実のあることを強調している。

l 米朝会談後の方向として、日本政府がリーダーシップを発揮してNEA-NWFZを主導することで、北東アジアの平和と繁栄に大きな役割を果すことができる。そんな役割に共感する外務省の官僚や保守派の政治家を育てるプログラムも必要かもしれない。

l 日本政府がそのような積極姿勢を持つことで、日本の孤立化、そして最悪の場合にはそれを口実にして日本の核保有にまで及ぶ可能性を回避できる。

l しかし、世界のNWFZの歴史を見ると、どの地域でも実現までには10年以上掛っているのが普通だ。核兵器を持たない国々がNWFZを実現するのに10年掛るのであれば、もう核兵器を持っている北朝鮮も一緒になってのNWFZにはもう少し時間が掛るかもしれない。でも、辛抱強くその実現のために努力することで、必ず目標は達成できる。

l そこで、大切なのが都市の役割だ。スコットランドの独立は、各兵器の廃棄とNATOからの離脱、そしてEUへの参加が目標だと言って良いのだが、核廃絶運動が国民投票という実定法上の制度を使って核廃絶のための意思を確認するまでに成熟しているのは、スコットランドの全都市が非核都市宣言をしていることの延長線上にある。

l それは応用問題として日本にも当てはまる。日本の自治体の多くは「非核自治体宣言」をしている。全ての都市が「非核自治体」になれば、それは核兵器禁止条約に反対している日本政府に対する強力な意思表示になる。既に宣言をしている自治体は再確認の決議を採択することで、運動を盛り上げることが可能だ。

l しかも、これは各自治体の中で、何人かの議員を巻き込めれば比較的、簡単に提案できることだ。選挙で政権をひっくり返す前段としてこのような行動は新たなエネルギー作りのために有効だ。

l さらに、日本の都市と韓国の都市の間には、姉妹都市の提携をしているところが多い。その関係を生かして、「非核兵器姉妹都市」関係を作って行くことで、NWFZへの道筋を作ることも可能だ。

l 朝鮮民主主義人民共和国でも韓国との融和が進み、統一の機運が高まれば、都市の存在が重要になる。そのときには、南北と日本の都市の間で、「非核兵器姉妹都市」関係が可能になる。

l これは、この分科会で他の発言者が予測していた北の都市の位置付けにピッタリ重なる考え方だ。

 

 

[2018/7/6 イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

2018年7月 6日 (金)

朝鮮半島の新たな平和パラダイムの形成と市民社会の役割 ――私の参加した分科会です――


朝鮮半島の新たな平和パラダイムの形成と市民社会の役割

――私の参加した分科会です――

 

私が参加した二つ目の分科会は、「朝鮮半島の新たな平和パラダイムの形成と市民社会の役割」をテーマにしたもので、司会は韓国国家統一研究所 (Korea Institute for National Unification) の上級研究員のチョー・ハンブン博士で、パネリスト・ディスカッサントは私を含めて6人でした。与えられた時間は1時間30分でしたので、一人当り約15分の発言時間でした。

 

時間は短かったのですが、ほとんどの発言者は南北の統一に関連する研究や行政に携わって来た専門家たちですので、大変深い知識を持ち、また短時間でそのエッセンスをまとめて発言してくれましたので、とても勉強になりました。

 

Photo

左の演壇にいるのが司会者のチョー・ハンブン博士

 

それぞれのプレゼンテーションには、ストーリーがあり、この問題について一人一人が持っている情熱も伝わって来たのですが、その全てを記録するだけの力がありませんでした。ここでは、特に記憶に残った点を、「bullet point」形式でまとめておきたいと思います。

 

l 今回の朝鮮半島を巡る大きな変化は、長い間の積み重ねの結果だ。特に北の内部でも大きな変革が起き、非核化への方向性は出ていたことを確認しておきたい。

l 「ロウソク革命」の意味は、代議制民主主義の欠陥を直接民主主義によって克服したということだ。今後の南北運営の基本軸もこの方向に変ることが必要だ。

l そのためには、地方政府同士の交流・協力が大切になってくる。

l そのような市民社会の役割を制度化する常設的なコミュニケーション装置を作る必要がある。そのことで、紛争を避け対話で問題解決ができるようにして行くようにしたい。

 

l 北が望んでいることは、平和と繁栄であり、一言で言えば「良い暮らし」だ。そのためには北との経済協力をどうするのかを考えなくてはならないが、それは非核化と一緒に動かなくてはならない。

l そのプロセスで、政府が全てを仕切ることはできなくなり、政府の役割が狭くなる新たなパラダイムが現れる。そのシンボルとして、南北が高速鉄道で結ばれるといったイメージが分り易いかも知れない。

l そのためには周辺諸国の理解が必要だし、それに北が乗って行けるかも課題だ。南北とも「good governance」が基本だが、その推進体制はこれからだ。そのためにも、市民社会のネットワークが重要になる。

l 北の態勢では今起きているのは上からの変化で、意識や動機の面での下からの変化が待たれる。しかし、そうなると社会の両極化が起きる恐れもある。それは、韓国に取っては心配だが、北でも必ず市民社会ができるだろう。

l 長期的にはそれを誕生させ育てることが大切になる。

 

l 統計と国連という視点から南北の未来を考えることも重要だ。例えば、北は、2013年から2015年までの国連のミレニアム事業目標を達成できなかった唯一の存在だ。

l 食糧不足は深刻で45パーセントが貧困に喘いでいる。5歳未満の子どもたちを見ると、北では25パーセントが低体重なのに対して、南では10パーセントが肥満児だ。

l 北の夢は貧困からの脱出だが、その先の課題として、南北共通の夢を持つことが未来のためには必要だ。

l また、制裁とは別建てで、国連事務総長の方針としての国連からの援助という形で北への援助をすることが大切になってくる。そのために新しい作戦、新しい構想を創り出して行きたい。

 

l Steel Rainという映画の中で、明日は核ミサイルが発射されることを知りながら平気でコーヒーを飲んでいるシーンが出て来る。それは、恐怖の日常化が進んでいることの象徴なのだが、そんな状態を変えてきたのは市民運動の努力だ。

l その市民社会の役割として、ケソンの中断が二度と起こらないような結果を残すことが必要だ。

l チェジュが果しているような市民の力を元にして国への影響力を持つことがそれにつながるはずだ。

l 市民社会の目標を、最近良く使われている言葉をもじって表現すると、CVID (complete, verifiable and irreversible disarmament--完全、検証可能、非可逆的な非核化) の代りにCVIPになる。つまり、complete, verifiable, irreversible Peace、完全、検証可能、非可逆的な平和だ。

 

最後の、CVIDは、米朝トップ会談が失敗だと論じる日本のマスコミと「専門家」が好んで使った概念です。その代りにCVIPを目指すという考え方は、ネガティブな評価をする代りに、それを未来志向の積極的なアジェンダに置き換え、なおかつ、その中で、CVIDも実現していこうとする意欲的・積極的かつ当事者意識をしっかり持った表現で、今回のJeju Forumの意味を一言で言い表してくれているように思いました。

 

私の発言ですが、このブログをお読み下さっている方々には耳にタコができている可能性もあります。とは言え、次回、御披露したいと思います。

 

大変盛り上がった分科会の後、皆で記念写真を撮りました。

 

Photo_2

 

[2018/7/5 イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

2018年7月 5日 (木)

ジョゼ・ラモス-ホルタ氏の講演 ――スピーチの最後は佐々木禎子さんでした――


ジョゼ・ラモス-ホルタ氏の講演

――スピーチの最後は佐々木禎子さんでした――

 

今回のJeju Forum for Peace and Prosperity 2018、つまり「平和と繁栄のためのチェジュ・フォーラム2018」で聞くことのできた全体講演は、ラモス・ホルタ元大統領とアズレイ事務局長の二人の話でした。アズレイ事務局長の講演は、現在の世界情勢を分析し、未来創りのために私たちがどう考え何をして行ったら良いのかを、ユネスコの立場から、つまり教育、科学、文化そして環境という視点からのアドバイスでした。軍隊を持たないという点では、都市的な感覚での話でしたので、とても説得力がありました。

 

対して、ラモス・ホルタ氏の講演は各国のリーダーの役割に焦点を合せつつ、未来への展望が明るいことを強調する内容でした。以下、要点をまとめて見ました。

 

Photo

 

まず、韓国の政治については勇気あるリーダーが行動し、市民たちが監視の目を緩めず、そして司法が決して妥協しない姿勢を取ってきたことが、現在の大きな動きの原動力だ。さらに、韓国民の英雄的な行動の一つとして挙げておきたいのは、1990年代後半のアジア金融危機において、IMFへの借金を、韓国民が、タンスの中の貴金属を初め自らの資産を銀行に持って行って返済に当った唯一の国民だった事実だ。

 

また、東ティモール独立に当っては、武力支配を続けていたインドネシアに対して、金大中韓国大統領が、アメリカのクリントン大統領と共に、日中のリーダーを説得して、独立への道を開いてくれたことに心から感謝している。彼の弟子であるキム・ジェイン大統領が今回大きな役割を果したことも、その延長線上のことだ。彼の仲介なしには今回の歴史的米朝会談は実現しなかった。

 

ノーベル平和賞には誰が相応しいかと問われれば、トランプ大統領やキム委員長ではなく、文大統領を強く推したい。

 

今後、北朝鮮の非核化は進むだろう。しかし、平和への「近道」はない。ことによると、セットバックもあるかもしれない。しかし、北と南のリーダーが今後も辛抱強く努力を続けることで必ず目標には達する。

 

文大統領は、これまでと同じように積極的に平和へのシナリオを描き関係者に働き掛けて行って欲しい。キム委員長には、北朝鮮の中の強制労働や拷問等の慣行を委員長のイニシャティプで止めさせて行く路線を取って欲しい。そして人権の分野においての主導者になって欲しい。

 

そのためには、中・日・米も協調関係を築きつつ、それぞれの役割を果して行くことが大切だ。それが一筋縄ではいかないかもしれないという指摘もある。アジアには第二次世界大戦の遺産が残っているからだ。

 

アジアは、日本の侵略によって多大な被害を被った。何よりも多くの市民が犠牲になった。しかし、アジアの国々も市民たちも、日本の天皇や首謀者たちを許した。それに対して日本のリーダーたちがどうしてもしなくてはならないことがある。それは若者たちに歴史の真実を教えることだ。

 

特に慰安婦問題について、日本は逃げずにこのことに真正面から取り組まなくてはならない。その上で、南北朝鮮と日本が揃って、アジアを21世紀という時代に引っ張り上げなくてはならない。

 

そして、日本の代弁もしておくと、日本も代価を払っている。広島・長崎の原爆による被害は、その一例だ。

 

今回の米朝会談の行き着く先は、やがて、中国、統一された朝鮮、そして日本が、これらの国々をつなぐ金の橋の上に立つことだ。その橋には、被爆し白血病に苦しみながら佐々木禎子さんが生きたいと願って折った千羽の折り鶴が飾られていることだろう。

 

とても感動的だったラモス・ホルタ氏の演説を、もっと詳しくそして心打つような形で再現できないことを申し訳なく思いますが、ランチの時間にお礼に伺った時、もう一度広島に行きたいとおっしゃっていましたので、広島で生の声をお聞き頂ければと思います。

 

ラモス・ホルタ氏へのお礼の内容ですが、一つは日本の責任についてきちんとした指摘をしてくれたことです。真実を曲げてはいけないのです。そしてもう一つは、被爆体験を理解してくれていること、そして被爆者のメッセージを佐々木禎子さんを通して、分り易く強力にアピールしてくれていることです。

 

こんなに素晴らしい仲間が「ヒロシマの心」を世界的に発信してくれているのですから百人力です。私たちも同じように頑張らなくてはなりません。

 

[2018/7/4 イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

コメント

慰安婦問題を明るみに出したのは韓国ではなく朝日新聞の捏造記事から始まった日本のメディア(=拉致問題をデッチあげだとしていたメディアや左派政党)であり韓国は未だにベトナム戦争などで韓国が行った問題については米国メディアが「韓国軍が数千人ベトナム女性を強姦し慰安婦にしていた」と報じているが韓国は自国にとって不都合な真実を無視し歴史と対峙することを拒否しておりこの点では(安倍政権は後退しているとしても)日本の方がマシ。

大東亜戦争は西欧の侵略と植民地政策からアジアを守り開放するための戦いでした。白人に寝返った中国共産軍を除き、日本軍として一緒に戦った韓国人をはじめ多くのアジア人は日本と共に戦いました。日本軍が戦った相手はアジア人ではなくアジアを植民地化していた西欧諸国でした。その後つぎつぎとアジアの植民地は独立し日本は自らは敗戦したもののアジアの開放という面では勝利したというのが事実です。戦争ですから理不尽なことはあるのは当たり前で、だから戦争はダメなのですが、小さなことばかりあげつらって大きな歴史を失ってはならないと思うわけです。

日本における最大の問題は安倍政権がこれほどダメダメだと分かっても他に選択肢がないということ。国会中継をみても山本太郎くらいしか感心するような質問はなく、野党はできもしない政権打倒ばかり掲げ、法案に対する是々非々の議論が全くないように思える。

「韓国通」様

コメント有り難う御座いました。

相対的には、日本の方がましという場合もあることは分りますが、政府としての歴史的責任は、事実に基づいて、相手の立場を尊重し、誠意をもってを果すというのが基本だと思います。

「日本男子」様

コメント有り難う御座いました。

戦争は駄目という点では、考え方が共通していますので、敢えてこのコメントも取り上げさせて頂きました。

このような歴史認識があるからこそ、ラモス・ホルタ氏は、「歴史の真実を教えるべきだ」と、日本の良き理解者として提言してくれているのです。

数行で、日本の近代史を正確に述べるのは無理ですので、それはきちんとした歴史書にお任せしますが、二点だけ指摘しておきましょう。

韓国、そして朝鮮半島は、日本の植民地だったのです。植民地からアジアの人々を解放するのが目的なら、「ダメな」戦争をするのではなく、まずは、朝鮮半島の主権を認めることから始めれば良かったのです。

日本の戦争目的が、アジアの人々を植民地から解放するというのであれば、何故、植民地主義・帝国主義の極限的な形を取っていたナチス・ドイツと同盟国になったのでしょうか。まさか、ヒトラーが植民地解放を目指して戦争をしていたと言うのではないでしょうね。

「田中」様

コメント有り難う御座いました。

安倍政権が駄目なことには賛成です。こんな状態になったのは、小選挙区制という悪しき選挙制度を採用したからです。それを直すにも、その悪しき制度で当選し、多数派になった人々の反対で上手く行かないというジレンマに陥ってしまうのですが、明日のブログで報告するように、韓国の「ロウソク革命」は、その代議制民主主義の欠陥を、直接民主主義で救った良い例です。

日本でも、その顰に倣うことは可能だと思いますが。

大東亜会議における東条英機首相の演説は「強い国が弱い国から搾取を続ける植民地政策への批判」に始まり目指すところは欧米列強の植民地支配からアジアを解放することを目指していたと思います。満州国にしても日韓併合にしても、西欧の植民地とはまるで違っており、単純に白黒つけがたい非常に複雑な状況があったことはリットン調査団も認めている通りであり、数行で語られるものではないだけに、予断を持って議論するのではなく、時間をかけた科学的な検証が必要ということです。ドイツとの同盟はいわば現在の野党連合のようなものでしょうか。小選挙区という欠陥選挙制度のもとでやむを得ない現実的な行動ですが、中選挙区の復活だけに絞った共闘はできないものかと思います。

「日本男子」様

コメント有り難う御座いました。

日本に好意的だったリットン調査団の結論を蹴った事実が多くを語っていますが、予断を排して「科学的」、つまり事実を元に多様な反論に堪える結論を論理的実証的に行うことは大切だと思います。

一つの可能性は、日韓中など関係諸国の歴史と教育の専門家が集って、各国共通の教科書を編纂することですが、部分的には実現されているようです。そのプロセスも公開しながら、教育の場を広げてくれると良いのですが。

2018年6月20日 (水)

ストレス解消のルーチン ――同じお題で書きましょう――


ストレス解消のルーチン

――同じお題で書きましょう――

 

[月曜日早朝の大阪北部を震源とする地震で亡くなられた方々の御冥福をお祈り致します。また被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。]

 

この言葉ですが、昔はきちんと「ルーティーン」と書き読んでいました。でもコンピュータのプログラムを勉強した時には「ルーチン」が使われていたため、それに慣れてしまったので、それから短い表記だということもあり「ルーチン」を使っています。読み方はその時の気分で「ルーティーン」だったり「ルーチン」だったりします。

 

ルーチンですぐ思い出したのは、ハワイ在住の友人Oさんのルーチンです。ビジネス界のリーターとして活躍してきた方ですが、日常のストレス解消のため、月に一度ほどノース・ショアに行くのが「ルーチン」なのだそうです。静かできれいなところなので、お勧めだという話でした。

 

ということで、家族全員で、ノース・ショアに連れて行って貰いました。子どもたちも十分に楽しむことができました。そのときの写真です。

 

Photo

 

写真の奥の方に少し緑が見えますが、もう少し右側に「秘密の場所」があるから付いておいでと言われて、Oさんの後に続きました。その「秘密の場所」に近付くと、何やら大きな声で女性が喚いている声が聞こえてきました。所謂、「four letter words」と呼ばれる普段ならなかなか使わない単語をふんだんに交えての罵詈雑言です。意味は分らないにしろ子どもたちには良くないので、その場は離れました。

 

Oさんの説明によると、いつもOさんがテントを張ってしばらく昼寝をする絶好の場所に、その女性もテントを張って、その中で、どうも小一時間はストレス解消のルーチンを定期的にこなしているようなのです。

 

アメリカの中でもハワイは気候も温暖で、住んでいる人たちの性格も暖かく、社会全体もリラックスしているという感じで理解していた裏には、やはりストレスと闘い、そして精神的なバランスを保つために、このような努力をしている人たちがいたのです。

 

「秘密の場所」でのルーチンではありませんが、私のルーチンは、広島を訪ねてくれる昔からの友人たちとカラオケで盛り上がることです。ストレス解消法としても抜群です。

 

[2018/6/19 イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

コメント

参加ありがとうございました
Oさんのルーチンはスケールがでかいですねw

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

Oさんを思い出して、またハワイに行きたくなりました。

より以前の記事一覧

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31