生活

2017年10月 8日 (日)

庭に咲いた花々 ――十分な手入れができてはいないのですが――


庭に咲いた花々

――十分な手入れfできかったのですが――

 

 

今日御紹介するのは、我が家の庭に咲いた花々です。十分な手入れができていませんし、風が強かったり、温度の変化がかなり激しかったりというあまり良くない環境で、それでも綺麗に咲いてくれました。

 

             

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最初はバラです

 

最近また蕾が付いています。

 

 

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朝顔

 

朝顔もそろそろ終りですが、来年はもっとたくさん咲いてくれると思います。

 

 

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コスモス1

 

 

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コスモス2

 

秋播きのコスモスもこれから花が咲きます。総選挙も、こんなに美しい花に喩えらる結果になれば嬉しいのですが。

 

 

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2017年9月26日 (火)

久し振りに酔心 ――定番料理を堪能しました――


久し振りに酔心

――定番料理を堪能しました――

 

 

不用意にテレビを点けると、どこかの局で必ず食べ物・レストラン・料理関係の番組を放映しています。昔と比べて、番組数は何十倍にも増えているのではないでしょうか。食べ物にはあまりこだわらないことを自覚しているが故に、私は「Z級グルメ」を僭称していますが、それでもテレビで美味しそうな寿司やステーキ、それにワインやお酒が出てくるシーンを見ると、やはり同じようなものを食べ、飲みたくなります。

 

先日はあるドラマの中で、「近江屋 数寄屋橋本店」という鉄板焼きの高級店でワインとともに俳優たちの食べるステーキが、想像を絶するような美味しさであることが伝わって来ました。それ以来、「次に外で食べるときにはステーキを」と思い詰めていましたが、その機会がやってきました。

 

恐らく数年振りの酔心なのですが、スタンダードなお店での夕食が心まで癒してくれることは良く知られています。暖簾を潜ってテーブルに着きメニューを見ると、なんということでしょう。「広島県産牛ステーキ定食」があるではありませんか。さらに、ビールはカープ優勝記念で半額でした。さいさき善しとビールを注文。それもアサヒの「氷点下のスーパードライ」です。

 

                 

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ことビールになると心が急いて、まず一口飲んでからの写真になってしまいました。そしてしばらくして届いたステーキ定食。

 

 

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家人が注文したのは、旬彩・酔心御膳です。

 

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注文してから釜飯に火を入れる、という伝統通り、20分ほどで釜飯が出てきました。

 

 

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テレビ番組の中に出てくる鉄板焼き屋さんのロケ地は、銀座うかい亭や六本木モンシェルトントンらしいのですが、酔心のステーキもなかなか良い味でした。もちろん釜飯ではこちらの方が本場です。

 

そしてコスパまで視野に入れると、久し振りの酔心は大満足の一時になりました。

 

 

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2017年9月25日 (月)

英語で見る夢 ――田英夫さんを懐かしく思い出します――


英語で見る夢

――田英夫さんを懐かしく思い出します――

 

 

昔よく見た夢の一つは空を飛ぶ夢でした。子どもの時だけではなく大人になってからも良く見ましたが、最近はあまり見なくなりました。手を翼のように広げて動かし、体の角度を変えることで方向やスピードが自由に変えられますし、どこにでも行けるので楽しい夢でした。夢の中で飛んでいるのは自分ですので、その姿は見えません。ネットで見付けた、飛ぶ男性のイメージから想像するとこんな感じなのかもしれません。

 

               

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版権:robeo / 123RF 写真素材

 

もう一つ良く見た夢は、空港での乗り継ぎトラブルの夢です。出発ゲートが変ったり、時間が変更になって何とか間に合うケースなのですが、具体的なイメージでは昔の羽田空港、そしてニューヨークからボストンへの乗り継ぎの場合が多かったような気がします。

 

夢の中では、空港の係員やキャビン・アテンダントとのやり取りもするのですが、もちろん英語です。そして飛ぶ夢、空港の乗り継ぎだけではなく、私の見る夢の半分くらいは英語の夢だということに気付いたことがあります。

 

20年以上も前になりますが、そんな話をとても面白がってくれた人がいました。当時参議院議員だった田英夫さんです。元々は、TBSの人気報道番組のキャスターとして活躍しその後、社会党・社民党・その他護憲派のリベラル政党を立ち上げる等、市民派議員のリーダーとして活躍されました。特に、小選挙区制導入に反対するために超党派、つまり自民党の議員たちも仲間に加わっての活動で御一緒できたことは私にとっては貴重な経験でした。

 

政治家として尊敬してきた方ですが、頭のてっぺんから爪先まで「gentleman」つまり「紳士」という言葉がピッタリの方でもありました。

 

 

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参議院議員時代の田さん

 

ゴルフやスキーもお好きで、市民運動結集のためのイメージとして田さんが強調していた「南斜面の政治」がとても印象的でした。市民の作る政治は「南斜面」のように日が差し、明るさと希望に満ちている、そのイメージで市民運動を作って多くの人に集まって貰おうという呼び掛けです。

 

時代を先取りした政治感覚を共有できる人がもっと多ければ、田さんをリーダーとする大きな政治的な動きができたのだと思いますが、時代の変化は田さんの先見性に付いて行けなかったような気がしています。

 

田さんの先見性で思い出すのが、キャリーバッグです。海外旅行だけでなく、国内旅行でも今なら当り前になりましたが、私の使っていたのは、パイロット用のフライトバッグの時代です。スーツケースに滑車の付いた、しかも手で引くことのできるキャリーバッグが便利だと教えてくれたのが田さんです。

 

そして、私が英語で夢を見ることをとても面白がってくれたことも忘れられません。なじみのない人たちも交えた集まりでは、「アイスブレーカー」として、つまりその場の和やかさを作りだすために、「彼は英語で夢を見るんだよ」と話を切り出して、その場のぎこちなさを解消するネタに使ってくれていました。

 

田さんが亡くなられてから10年近くになりましたが、家人から「昨夜の寝言は英語だったよ」と言われるたびに田さんを懐かしく思い出しています。

 

 

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2017年9月23日 (土)

ちょっと良い話 ――スーパーでの「神」対応に感激しました――


ちょっと良い話

――スーパーでの「神」対応に感激しました――

 

 

         

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版権iconicbestiary / 123RF 写真素材

 

生活に欠かせない存在のスーパーですが、多くの利用者がいますし、混雑時のトラブルには仕方のない面もあるのですが、先日、あるスーパーで体験した店員さんの対応に大感激しました。

 

あまりお客さんは多くない時間帯だったのですが、お店はアルクの廿日市店。良く使うスーパーですが、何時も快適な接客で満足度の高い店です。

 

その日は、グレープフルーツ・ジュースやヨーグルトなど、朝食用の品を何点か買って全部で795円。ポケットに小銭が溜っていましたので、それを出して支払いましたが、795円を出した後、手元が狂って一円玉を落してしまいました。

 

 

Photo_2

 

 

床を見たのですが、見付からずレジ係の女性も一緒に見てくれました。でもどこにもありません。「一円ですので諦めますから、会計をお願いします」と言ったのですが、レジ係の人は諦めずに、レジのカウンターを動かし、下に敷いてあったマットを上げて一円玉を探してくれました。

 

私の後ろに並んでいる人はいなかったのですが、一円のためにこれ以上無駄な時間を費やさせるのは申し訳がありません。申し訳なさそうにレジを離れて、一円のために次のアクションに移りそうな店員さんに「本当に、大丈夫ですから」と言って、会計を済ますことができました。

 

私が感激した理由を説明するまでもないと思いますが、その時私の頭を過ったのは、次のようなことです。

 

 アメリカだったら、「落したのはあなただから、あなたの問題」という態度で対応されたであろうということ。しかもその通りですので、それでも全く問題はありません。

 でもこのスーパーでは、「私」の問題を、店員さんが、自分のこととして一円玉を探すという対応をしてくれたのです。とても有り難かった。

 金額が問題ではなく、「客」の立場に立って、店の中ではどんなことでも「客」の満足を優先するという姿勢が読み取れました。

 

一円玉が、心に灯を点してくれたような気になりましたが、店の外に出ると、そこには爽やかな秋空が広がっていました。

 

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2017年9月12日 (火)

「コストコ」の不思議 ――長い間の疑問が氷解。そして駐車は前入れ後ろ出しに!――

「コストコ」の不思議

――長い間の疑問が氷解。そして駐車は前入れ後ろ出しに!――

 

コストコ、ローマ字表記だとCOSTCOに初めて行ったのは、20年ほど前のホノルルでした。ホノルルに住む友人が安くて良い店がある、「コスコ―」というところ、会員だからと、ハワイ・カイにある店に連れて行ってくれました。たくさん買い物をしましたが、その時に買ったスーツケースの5点セットは未だに使っているほどです。以来、ホノルルはじめアメリカの都市ではCOSTCOに行くのが当り前になりましたので、日本に出店すると聞いた時にはとても嬉しく思いました。

 

でも、新聞に出ていた店の名前は「コストコ」。エッー、「コスコ」じゃないの? 「ト」は黙字なのにと吃驚しました。

 

                     

Photo

       

 

でも、英語の固有名詞でも日本に来ると、発音が違ってしまうものもありますので (例えば、Billy  Joelですが、日本ではビリー・ジョエルと「エ」が入ってしまう。アメリカではビリー・ジョゥル)、その一つなのかなと、気になりつつ、でも大問題でもありませんのでそのままになっていました。それが偶然、最近になって答が分りました。

 

日本に上陸時には、「コスコ」で社名登録をしようとしたのですが、既に「コスコ」という会社があり、黙字である「t」を復活させて「コストコ」にしたそうなのです。ウイキペディアにもその説明が出ています。

 

もう一つ、ずっと不思議に思っていたのは、コストコの駐車場での車のとめ方です。買い物をしてから大きな段ボール箱か、バッグに入れて、それをカートで運ぶ場合が多いのですが、隣の車を擦りそうになりながら、後ろに回って、後ろのハッチを開けようとしても開けられない場合もあるのに、バックで駐車して前から出るという日本では普通の駐車法が続いています。周りが皆そういう風にとめていると、前入れも何となくし難いですよね。

 

ところが、「コストコでは前入れ、後ろ出しに徹底しよう」、いやルール化しようと提唱しているブログがありました。100パーセント賛成です。このブログに勇気を得て次回から試してみますが、どのくらいの速さで前入れが普及するのかも楽しみです。

 

 

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コメント

日本でも明らかに前向き駐車の方が良い場所には「前向き駐車でお願いします」という表示がありますが、私の経験では、欧米だけでなく、日本でも地方に行くと前向き駐車ばかりというところが多いという印象があります。

おそらく、駐車場の広さや混み具合などの関係だと思っていましたが、私などは他人がどうあれ、その時の停めやすさ、出しやすさと、駐車場の混み具合、それからトランクに入れるものなどと、あくまで自分中心で決め、せいぜいガソリン車に乗っていたころは、その排気ガスの影響を考えるくらいでした。

ところで、日産リーフの新型は自動駐車もセールスポイントの一つですが、今のところ欧米の自動駐車もバック駐車しか見たことがありません。ドライバーが乗っていれば前駐車を自動にする必要もありませんが、ドイツ車などは人が降りてクルマだけで駐車させる自動もあるので、駐車方向の指定などできるのだろうかと、改めて思いました。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。そう言えば、昔は自分の好きな方向で駐車していました。周りに気を遣うようになったは最近のことのような気がしてきました。

自動駐車についてまで話を広げて頂き、有難う御座います。そこまで考えるとまた別の面白さが加わりますね。

2017年9月11日 (月)

「線量計が鳴る」 ――中村敦夫さんの朗読劇が新たなうねりを創り出しています――

「線量計が鳴る」

――中村敦夫さんの朗読劇が新たなうねりを創り出しています――

 

中村敦夫さんについては皆さんの方が詳しく御存じだと思います。何しろ私は、一世を風靡した『木枯し紋次郎』の頃にはアメリカで生活していましたので、リアルタイムで番組を見たことがありません。また有名なセリフ「あっしにゃぁ関わりのねぇこって…」を聞いたこともないのです。でも、今日改めて「凄い人」であることを再確認できました。

親しみを込めて「敦夫さん」と呼ばせて頂きますが、最初にお会いしたのは政治家として筋の通った活動をされていた頃でした。小選挙区制の導入に反対し、彼が会長を務めていた「公共事業チェック議員の会」でも行動を共にしました。その頃から風格のあるリーダとして、また頼りになる兄貴分として私たちは敦夫さんの後を付いて行っていました。

その敦夫さんが「ライフワーク」として自ら書き下ろした朗読劇「線量計が鳴る」の全国公演を通して、またまた大ブレーク中です。

福山に続けて広島では別院での公演がありました。会場には200人ほどの熱心なファンが詰め掛けました。

 

             

Photo

               

 

朗読劇の内容紹介は、簡潔で分り易い「中村敦夫公式ページ」からお借りしてきました。

形式

一幕四場の出演者一人による朗読劇。
元・原発技師だった老人の独白が展開されます。
二場と三場の間に十五分間の休憩。
それを入れて、計二時間弱の公演です。
背景にスクリーンがあり、劇中の重要なワードなどが、
映写されます。他の舞台装置は不要。

物語

一場 
原発の町で生れ育ち、原発で働き、そして原発事故で
すべてを失った主人公のパーソナル・ヒストリー(個人史)

二場
原発が作られ、日本に入ってきた事情。
原発の仕組み。福島事故の実態。

三場 
主人公のチエルノブイリ視察体験。
被曝による医学上の諸問題と現実。
放射線医学界の謎。

四場
原発を動かしている本当の理由。
利権に群がる原子力ムラの相関図。

私たち200人ほどを釘付けにした2時間を報告できるだけの筆力がありませんので、とにかく機会を作って公演を御覧下さい、とお勧めします。スケジュールは、公式ホームページに掲載されています。

でも、ほんのチョッピリでも雰囲気をお伝えしたいので、最後の方の言葉を御紹介しましょう。

原発を推進する考え方は「オウム原発真理教」と捉えると分り易い。その表の教義は「核燃料サイクル」。永遠にタダでエネルギーを作り続けることができるというマジックの信奉だ。そして裏の教義は「ボッタクリ」、それを操っているのは「原子力ムラ」「原発マフィア」あるいは「六角マフィア」だ。

人間味あふれる2時間でもあったのですが、それは劇中、福島県須賀川市の有機農業者の死に言及されていることが象徴的に示しています。この方は、3月に開かれたひろしま・ふくしまを結ぶワンコインシンポジウムのゲスト、樽川和也さんがお話し下さった御父上のことだろうと思いましたが、改めて、日本という国家の権力がこのように理不尽な結果を数えきれないほど生んでいることに怒りを覚えました。

私の隣で熱心にメモを取っていた女性は、一言一言に頷き、「そうそう」と相槌を打ち、「そうだったんだ」と発見の喜びを表していました。

敦夫さんは最後に短い挨拶をしてくれましたが、今年中に24回の公演があり、新聞記者に何回続けるのか聞かれて「100回」と答えたと決意を述べてくれました。舞台から去る敦夫さんに一声、「ありがとう」と客席の男性から力強い感謝の言葉が発せられましたが、それは会場にいた全員の気持でもありました。

 

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熊本県合志市議会議員 神田公司さん撮影 (次の写真も)

 

楽屋に御挨拶に伺いましたが、3年掛けて書き下ろした脚本が上手く動き出したのは、東北弁で喋ることに決めた時であることや、現在の日本の政治について憂慮していること、何とかしたいという思いを若い世代の人たちと共有することで、新たな道が開けるのではないか等、私たちの世代を代表してまだまだ活躍して頂けそうな感触を得て、今後の新展開にさらなる期待をしつつ辞去しました。

 

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2017年9月 4日 (月)

これでは知事失格、退場ですよ、小池さん! ――それとも、世界の目が朝鮮人犠牲者に向くようにするため?――

これでは知事失格、退場ですよ、小池さん!

――それとも、世界の目が朝鮮人犠牲者に向くようにするため?――

 

91日の「防災の日」は、1923(大正12)91日に起きた関東大震災に由来しています。今年の91日がこれまでとは違う形で注目されたのは、43回を迎える「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典」に、小池百合子・都知事や山本亨・墨田区長が追悼文を送付しないと決めたからです。

 

その理由として小池知事が挙げたのは、310(1945年の東京大空襲の日)91日に東京都慰霊堂で毎年営まれる「遭難者慰霊大法要」に都知事が出席すること、そして、「関東大震災で犠牲となられた全ての方々への追悼の意を表し、全ての方々への慰霊を行なってきた」ので、その中の特別な人たちへの追悼も含まれる、というものでした。さらに、「民族差別という観点というよりは、災害の被害、さまざまな被害によって亡くなられた方々に対しての慰霊をしていくべき」だとも言っています。

 

集合論の演習問題の解答としても問題はありますが、一応、誤りではないとも解釈できます。しかし、都知事としては問題があります。敢えて「失格」あるいは「退場」という言葉まで持ち出して問題提起をしているのは、世界の趨勢が「国家」から「都市」へと舵を切りつつあるときに、周回遅れだけではなく、「逆走」していることをアピールしたいからです。

 

           

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版権: <a href='https://jp.123rf.com/profile_freehandz'>freehandz / 123RF 写真素材</a>

 

この点について書き始めるときりがありませんので、良く知られた「箴言」や法律を援用しながら、ポイントを絞りたいと思います。

 

まず、国家と都市との違いです。ここが一番面白いところなのですが、今回は簡単に、地方自治法を引用して、法律がその違いの一部をはっきりと規定している事実を確認します。以後、お役所言葉の「自治体」の代りに「都市」という言葉をできるだけ使うようにしますし、「東京都」と「都市」も混乱のない範囲で同一視します。

 

第10条  市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。

 住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う。

つまり、日本国民の中には外国人は含まれませんが、都民、あるいは市民の中には外国人も入るということですし、都政・市政の恩恵も受ける権利があるということです。(負担の義務も果さなくてはならないことは勿論です)。だからこそ、広島市をはじめ、多くの都市の住民投票条例では、外国人も一票投じられるような規定になっているのです。もっとも、国のレベルになれば外国人の人権を軽く見て良いという意味ではありません、念のため。

 

とは言え、どの都市でも外国人の数は多数派ではないでしょうし、差別の対象としての外国人も少数派です。しかし、少数派であるが故に、その権利を侵害して良いことにはなりませんし、権利の侵害が起き易いことを考えれば、行政としては特に外国人の権利を守るために力を入れる必要のあることは自明の理です。しかし、それだけでは十分ではありません。リンカーンはもっと過激に少数派の権利を守れ、と私たちに檄を飛ばしています。

 

もし、多数派がその数の力だけによって、憲法で保障された少数派の持つ権利を奪うようなことがあれば、それは、道義的には革命を正当化する。その権利が基本的な物であればなおさらだ。(第一次就任演説)

 

その少数派の権利が関東大震災後には、多数派によって (とは言え、多数派の中では少数派であったことを信じたいのですが) 残虐な形で蹂躙されたのですから、未来永劫その過ちが繰り返されないように努力するのは当然です。それは、広島・長崎の被爆者たちの願いである「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」と軌を一にしています。

 

過去のマイナスを繰り返さないためには、過去をきちんと記憶しそこからの教訓を生かさなくてはなりません。ハーバード大学の哲学者だったジョージ・サンタヤーナは次のように言っています。

 

過去を記憶できない者は、その過去を繰り返す宿命を背負わされる。

 

時が経つに連れて、人間の記憶は薄れて行きます。東京オリンピックの3年後には、100周年を迎える関東大震災ですが、私たちが何もしなければ、震災後の混乱の中で虐殺された多くの朝鮮人についての記憶も薄れて行きます。そんな時間の流れに拍車を掛けるのではなく、未来の都民が同じような被害を受けないよう、しっかりと当時の記憶を次の世代に手渡すのが、都市のリーダーの役割なのではないでしょうか。

 

国家としての立場とは違って、都市の役割は市民・都民の生活を一番大切にすることにあります。その年の使命と直結しているこんな簡単な理屈が分らないのでは、「都知事失格・退場!」と言われても反論できないでしょう、小池さん。

 

でも、もしかして―――。こんな形での論争を起こすことで、日本だけでなく、世界の人々の目が、今という時に、関東大震災後の朝鮮人の虐殺に注がれることになるよう、自らへの厳しい批判が起る道を選んだのだとしたら、「小池さん、お主も相当の悪(わる)よのう!!

 

 

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コメント

もっともっと言ってください。
2005年郵政選挙でわが豊島区・東京10区に
刺客・落下傘候補として、いえ、ブルドーザー、
いえいえ、キャタピラ戦車のごとく押し寄せて来て、
小林興起氏を蹴散らせてしまいました。
”女性が輝く社会”の女性とは、望月衣塑子記者や
ぼうごなつこ(漫画家)さんのような方なのです。
にしても、これほどモロに→こちらに驚いています。
彼女の頭のなか→そんなもんでしょで驚きませんもの。

今回の件は、
なんとなくトランプ大統領のシャーロッツビルでの発言に似ていますね。

コメント有り難う御座いました。

小池百合子都知事の「政局」を重視する考え方は、小沢一郎、小泉純一郎との共通点ですし、「右翼」的発想は、石原慎太郎、安倍晋三以上かもしれません。それに「NO」を突き付けられるのは、生活・生命を基本に行動する市民です。

「シャーロッツビル」様

コメント有り難う御座いました。

両者に共通しているのは、「論理」を盾に本音を隠す「詭弁」ですね。野崎昭弘先生の『詭弁論理学』が参考になるかもしれません。

2017年8月31日 (木)

8月のブルーベリー農園その2

8月のブルーベリー農園その2

 

安芸の郷ではブルーベリーの生食の注文受け付けが85日のブルーベリーまつりからをスタート。たくさんのブルーベリーが必要となる。そのブルーベリーの主な供給源が東広島市豊栄町のブルーベリー農園なので多くの人たちの協力で農園の摘み取りが行われている。

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お盆の16日には2組の古くからの友人家族がブルーベリーの摘み取りにお見えになった。昼休みは庭のテントの下でやっつけ仕事でいつもしつらえる簡易のテーブルを囲み食べながら談笑。日陰は涼しいので広々とした空間と風がごちそう。

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テントの側にある庭の石臼の縁にトノサマガエルがじぃーと座っている。人がいるときは蛇も来ないので安全なのかも。(まだ小さい、今年生まれらしい。816日)

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一番下の畑のブルーベリー木の列は8列ある。申し合わせたわけではないがこの日はそれぞれの列に1~2人が散らばって摘み取りが始まった。あちこちに広がる田んぼの稲はもう黄金色染まっている(826日)

 

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同じ畑のブルーベリーの1本の木全体にミノムシが発生。農薬を使用しないので一匹一匹取り除いて駆除した。たっぷり30分はかかる。全体の中でこれ1本だけなのでちょっと安心。(827日)

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ブルーベリー農園の集落にある連続した田んぼ。ここは40年以上前に圃場整備をした稲田で広くては長くて高さに変化があって美しい。黄色に色づくところ、まだ青いところ。いくつかの種類のコメが植えてある。(823日)

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稲は偉大で、農耕が始まる2千年前から同じ田んぼでも毎年嫌がることなく成長し収穫できる。ブルーベリーの寿命は植えてから30年位といわれている。

 

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農園の山の法面に咲くイワシャジン。(820日)

 

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農園の前の道路沿いに咲く自然に生えたテッポウユリ。(827日)

 

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農園の庭。茎が倒れてしまって、それでも90度曲がって天をむいて咲くカクトラノオ。(827日)

 

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農園の山裾の畑の富有柿。毎年剪定をしていないので昨年は少なかった。今年は生り年らしくたくさん実がついている。秋が楽しみ。 

 

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午後2時。摘み取りを終わって休憩。ミキサーにかけたいつもの冷たいブルーベリージュースを味わう。9月初めで摘み取りもほぼ終わる予定。(827日)

あともう少し。

毎月出会うキジの夫婦は、今月は合わずじまい。人が多いいのでかれらも落ち着かないか?

2017831日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年8月28日 (月)

宮島口の古今菓 ――「あん」が美味しいお洒落な店でした――


宮島口の古今菓

――「あん」が美味しいお洒落な店でした――

 

友人が宮島の藤い屋に勤めているので、もみじ饅頭等を買ったり送ったりには良く買い物をしていますが、その藤い屋が宮島口にお洒落なカフェと菓子工房をオープンしました。一度お茶にでもと思っていましたが、関東の友人にもみじ饅頭を送るついでに寄ることができました。

 

 

               

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入口のファサードです。お洒落ですね。

 

 

 

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入口は和風でこれも良い感じです。

 

 

 

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一階の菓子工房と美味しそうなお菓子です。

 

 

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二階のカフェへの入口です。

 

 

 

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大きなテーブルに座ると窓から庭木が見えます。

 

 

 

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とにかく暑かったので宇治金時を注文しました。量より質が光る味で大満足しました。

 

 

 

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家人はレモンタルトです。

 

 

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そして温かいコーヒーがピッタリでした。

 

 

 

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階段から見えた溽暑の街も、ちょっぴり涼し気に感じることができました。

 

 

近い内にまた、リピートしたいと思っています。

 

 

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2017年8月25日 (金)

Oishi吉山でヘルシーなランチ ――お昼でしたが、本物のビールも飲みました――


Oishi吉山でヘルシーなランチ

――お昼でしたが、本物のビールも飲みました――

 

まだ暑さは厳しかったのですが、何となく「秋晴れ」といった感じの空が見えた午前中、庭仕事を片付けた後、家人が以前からマークしていた「Oishi吉山」に寄って見ました。ネットの書き込みには「農家さんマルシェ」というタイトルもありましたが、とてもお洒落なカフェと、食に特化したお店でした。外には景観グリーンライフの吉山店「鉢庭」があります。

 

               

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逆光なので十分には伝わりませんが、入口からお洒落です。

 

中に入ると、広々としたスペースからは少し日常を離れながら、でも親しみのある場所であることが分ります。

 

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広角レンズではないので、左右の広がりが伝わりません

 

この左側にあるのは、マルシェ、自家栽培の野菜類のお店です。

 

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そして右側には、キッチン用のあれやこれやが並んでいます。我が家で使えそうな物もたくさんありましたが、それはまたの機会に。

 

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ランチはビュッフェのみ。大人は1,620円。70歳以上は1,290円でした。店の一番奥には、温度調節ができているサラダ・バーがあり、美味しそうなものが並んでいました。私たちが選んだのは、ヘルシーでバラエティーに富んだお料理です。

 

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まだお昼でしたが、一仕事は終えた後の寛ぎの時間です。エビスビールの誘惑には勝てませんでした。

 

そして、椅子に座ってから気付いたのが、梁と天井のデザインです。木の美しさが外光の明るさに映えて、床はコンクリートでしたが、音も上手く吸収された空間になっていました。

 

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ここでも広角レンズではないのが残念です

 

そしてテーブルの上にあったのは、ビュフェの利用時間とドリンクの引換券です。70分だと短いのかもしれませんが、昼ですし、私たちには十分の時間でした。

 

 

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美味しさに釣られたのでしょうか、普段は決して手も触れないデザートまで注文してしまいました。もっとも半分は家人に食べて貰いましたが。

 

 

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帰りにワインショップを覗きましたが、ここは目で楽しむだけにする自制心は残っていました。

 

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最後にクイズです。ほぼ完璧なランチだったのですが、一つだけ改善できるのかなと思えた点がありました。何でしょうか。Z級グルメの私の感想ですので、無視して頂くのが正解なのかもしれませんし、95点は悠々取れているお店で、残る5点を問題にするのもどうかと思います。結論は、皆さんにOishi吉山に行って頂いた上で、御判断頂ければと思います。

 

 

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コメント

Oishi吉山は、河野美代子先生もブログに書かれていた鉄炮町のビストロ・ド・イベントス、鯉城会館の吉山ビュッフェやブーケ、他にもOishi吉山の近くにある吉山BIANCOやワインショップのグラン・ヴァン18区などと同じEVENTOSの経営ですが、どの店も素材に拘り、特に最近では地産地消に務め「顔の見える生産者からの食材」を追求するなど期待できる地元企業です。

そう言えば、秋葉忠利前広島市長がマグサイサイ賞、オットー・ハーン平和メダル、国際平和賞などに続いて受賞された谷本清平和賞の受賞式で出された料理もEVENTOSからのケータリングでした。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

EVENTOSの頑張りを御紹介頂き有難う御座います。それに、もう閉店していますが、新天地には「クチーナ BIANCO」もありましたね。

ところで、県民文化センターの中の「Bouquet」の前ここにあった「イルヴェント」も、系列店だったのでしょうか。

イルヴェントは、広島駅弁当株式会社(通称「 ひろしま駅弁」)の経営でした。こちらも地元企業で、ケータリング、レストラン経営などを行い、農業経営にまで参加しているという点では似ています。

「工場長」様

有難う御座いました。そうでした。思い出しました。

ついでに書くと、私が初めてEVENTOSを知ったのは、もう30年以上前で、谷本清平和賞の受賞式会場になっていた広島工業大学広島校舎の一階にあったフレンチレストランでした。

当時は広島のフレンチと言えば、小川シェフのラ・マルミットや今は江波だけになったヤマライ・ヌーヴォーなどが頂点でしたが、それらとは違い、当時フランスでも流行りかけていた、和食のように素材を活かしたフレンチを目指していたのが印象的でした。

最近は歳のせいか、こんな古いことを良く思い出します。

「工場長」様

熱いメッセージを有難う御座います。そのレストラン覚えています。懐かしいですね。

そして昔のことは一つ思い出すと次々に関連したことが頭に浮んできます。老化現象と言えばそれまでですが、脳の活性化のためには大切なのかもしれません。

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