教育

2017年9月28日 (木)

2017原水禁学校の開催決定 ――昨年と同じように充実した内容です――


2017原水禁学校の開催決定

――昨年と同じように充実した内容です――

 

 

2017年9月広島県原水禁常任理事会が開かれました。地道な活動報告もありましたが、今回の目玉は、「2017原水禁学校」の開催です。昨年に続いて二度目ですが、プログラムの基本は変えずに少し応用問題にも踏み込んだ感じです。

 

             

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常任理事会

 

まず「将来の原水禁運動の担い手づくりを進めるため」という開催趣旨の下、今年も10月から2月にかけて月1回の日程で学習会を開催します。参加者としては、原水禁、平和運動センターの構成員の皆さん約80人を中心に、多くの市民の皆さんにも参加して頂けると良いのですが――。関心のある方は、このブログのコメントとして連絡先をお教え下さい。非公開にしますが、こちらから詳細をお知らせします。

 

日程ですが、次の表を御覧下さい。

 

開催日程

 

                                   
 

月 日

 
 

時間・会場

 
 

      内 容

 
 

1025()

 
 

18:30

 

自治労会館

 

 大会議室

 
 

「原水禁運動の歴史に学ぶ」

   講師:金子哲夫さん
 

 (広島県原水禁代表委員)

 

 

 
 

1125

 

()

 

フィールドワーク

 
 

13:0016:00

 

広島城・被服支廠

 

 

 
 

「被爆建物見学と被爆体験を聞く」

 

 

 
 

1213

 

()

 
 

18:30

 

自治労会館

 

 大会議室

 
 

「核兵器禁止条約と日本の役割」

  講師:秋葉忠利さん
 

(広島県原水禁代表委員)

 

 
 

127

 

()

 
 

15:00

 

自治労会館

 

 大会議室

 
 

「被爆二世裁判の意義と課題」

   講師:足立修一さん (弁護団)
 

 

 
 

29

 

()

 
 

18:30

 

 自治労会館

 

  大会議室

 
 

 「エネルギー基本計画と脱原発」

  講師:木原省治さん
 

 (広島県原水禁常任理事)

 

 

 

 

皆さんからの御連絡をお待ち致しています。

 

 

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2017年9月10日 (日)

フォトジャーナリスト・豊崎博光さん (2) ――拓殖大学での講義「科学・技術と社会」です――


フォトジャーナリスト・豊崎博光さん (2)

――拓殖大学での講義「科学・技術と社会」です――

 

フォトジャーナリスト・豊崎博光さんの紹介を続けます。かつて私も同じようなタイトルで講義をしたことがありますが、豊崎さんの講義のテーマは「核」です。授業計画を見て私も聴講したくなるような内容でしたが、豊崎さんからお送り頂いた授業用の資料を是非お読み頂きたいと思います。まず目的からですが、概要を見るだけで豊崎さんの熱意が伝わってきます。

 

               

Photo

             

拓殖大学正門 (同大学ホームページより)

 

講義題目――科学・技術と社会 (Science/Technology and Society)

講師豊崎博光 (TOYOSAKI  Hiromitsu)  文京キャンパスにて開講

(A) 授業の目的

世界はいま、科学技術が生みだした核兵器と原子力発電(原発)が併存する核の時代ですが、核実験や原発事故の放射能による被ばくの時代でもあります。本授業では、核兵器と原発の実像と被ばく被害の実相を深めます。

(B) 授業の到達目標

核兵器や原発の開発、被ばく被害を世界や日本の歩みの中で考えることで多角的に見る能力、議論できるカを得ることです。また、小論文を書くことで自分の意思を伝える力を養うことができるようになることです。

(C) 授業計画

 ガイダンス

授業の進め方、成績評価の方法について説明後、今日の世界と日本の核、原子力の時代、被曝被害を学ぶ問う授業の意義について解説します。

 原爆の投下と報道管制

広島、長崎への原爆投下による衝撃、原爆投下を日本や海外のメディアがどのように伝え、何が報道されなかったなどを検証し、原爆投下の実相について学びます。

 核軍拡競争のはじまり

第二次世界大戦後のアメリカとソ連(ロシア)についでイギリスも始めた核兵器開発と実験、核軍拡競争とそれによる影響について学びます。

 水爆の登場と原水爆禁止運動

原爆の1000倍以上の威力がある水爆の開発、アメリカの水爆実験によるマグロ漁船第五福竜丸などの被災事件をきっかけに始まった日本と世界の原水爆禁止運動について学びます。

 部分的核実験禁止条約の意義

米ソ英についでフランス、中国の核実験による”死の灰による地球規模の被害と、部分的核実験禁止条約成立の意義について学びます。課題の小論文の提出を求めます。

 ウラン採掘と核兵器製造、原子力発電

核兵器や原子炉の核燃料の製造はウラン鉱石の採掘から始まります。採掘から精錬、濃縮、核兵器や核燃料製造、核廃棄物の処理までの工程の被害や影響について学びます。

 原子力発電

原子力発電(原発)の始まりとその実像、原発が日本と世界に広がった政治的、社会的背景、そして核拡散防止条約などによる原子カの国際管理について学びます。

 原発事故の衝撃

アメリカのスリーマイル島原発、ソ連のチェルノブイリ原発と福島第一原発事故から原発事故被害とその影響の実相について学びます。課題の小論文の提出を求めます。

 反核・非核運動と反原発運動

米ソの中距離核ミサイル配備から始まったョーロッパの反核運動、太平洋の人々の非核運動と原発事故をきっかけに始まった反原発運動について学びます。

 被爆者からヒバクシャ

広島、長崎の原爆被爆者のほかにウラン採掘や核実験、原発の運転や事故などで生みだされる放射線被ばく者(ヒバクシャ)とそれらの入々に対する補償法について学びます。

 核が生みだす差別

核兵器開発や原発事故の被害、核廃棄物の処分などを世界の先住民族の人々に押しつけるニュークリア・レイシズムという事実、人権を無視した放射能人体実験について学びます。

 地球被ばく

核実験の死の灰や核兵器製造施設、チェルノブイリ原発や福島第一原発事故などで放出された放射能による地球規模の被害と影響について学びます。課題の小論文の提出を求めます。

 兵器廃絶の道

国際司法裁判所の核兵器違法判決、全面的核実験禁止条約の採択、非核地帯化条約の成立など眼に見える核兵器廃絶の道について検証し、核なき未来について学びます。

 核の負の遺産

核兵器の開発や実験、原発事故による被害、大最の核廃棄物の処分、放置される被ばく者など核開発の負の遺産について検証し、改めて核兵器、原発について考えます。

 まとめ

これまでの核兵器の開発と実験と製造、原発の運転と事故などとその被害の授業内容を振り返り、核・原子力ユネルギー利用の将来について討論します。

(D) 授業の方法

講義形式で進めます。各回の授業のキーワードを示して関心を持ってもらい、私が撮影した写真や取材で得た資料、新聞や雑誌の記事などをパワーポイントで見て学ぶことで各回の授業のテーマの理解を深めます。

(E) 予習・復習

授業の冒頭で、次回授業の課題と内容を提示し、参考図書や資料映像などを明示します。また、授業後はリアクションペーパーの提出を求め、リアクションペーパーの質間や疑問に答えることで理解度を深めます。

(F) 成績評価の方法

講義の内容に関して3回、課題の小論文の提出を求めます。成績評価は、小論文の内容についての評価が80パーセント、リアクションペーパーの内容評価が20パーセントです。

(G) 教科書・参考書

教科書は使用しない。授業ごとに講義内容を要約したプリントを配布し、その中で適宜、参考図書や参考文献などを紹介し、また資料映像の視聴を勧めます。

 

被爆体験と被爆者の哲学をできるだけ正確に後世に残すため、広島市では国内外の多くの大学と協力して「広島・長崎講座」の開講のお手伝いをしてきましたが、豊崎さんのコースは、そんな講座の一つのお手本として、もっと多くの大学に広まって欲しい内容です。

 

さらに、こんな内容の教科書、しかも豊崎さんの写真やデータもふんだんに使ってあるものが出版されれば、それを使って授業をしたいと考える人も増え、「広島・長崎講座」によって、次の世代への継承に勢いが付くのではないでしょうか。

 

「凄い人」シリーズは、不定期に続きます。

 

 

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2017年9月 9日 (土)

フォトジャーナリスト・豊崎博光さん ――凄い人シリーズの続きです――


フォトジャーナリスト・豊崎博光さん

――凄い人シリーズの続きです――

 

傘寿を過ぎ米寿に近い方々が元気で活躍されている姿に大いに刺激を受けて、その報告何度かさせて頂きましたが、一応「高齢者」の一員ではあってもまだ若い方々の中に、それに負けず劣らずの活動を続けている皆さんが多くいます。

 10代、20代そして30代の若い世代の皆さんが素晴らしい活躍をしている姿にも希望を感じていますし、それより上の壮年期の皆さんの力強い活動にはもちろん大いなる期待を持っているのですが、出来れば、私たちの世代が経験し積み重ねてきた土台をしっかりと踏み締めた上でのさらなる高い境地の開拓をして貰えればと、「老爺心」ながら、「凄い人」たちの紹介を続けたいと思います。順不同で、敬称も略す時があると思いますが、尊敬している気持に変りはありません。今回はフォトジャーナリストの豊崎博光さんです。

                  

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 前に報告した「竹林の八賢」のお一人ですが、私が豊崎さんから学んだ多くのことの内、四つを強調しておきたいと思います。

 念のためここでお断りしておきたいのですが、「月旦」をする積りはありません。しかし、限られたスペースでの紹介ですので、失礼な言い回しや説明の行き届かない部分、あるいは不十分な表現等があるかもしれません。その全ては、書き手である私の限界や勉強不足のせいですので、コメント欄で加筆・訂正等して頂ければ幸いです。

「核」は大変複雑なテーマですので、一人の人間が短時間でその全てを理解するのは至難の業です。理解を助けるための一つの手法として、その全体像をある角度から切り取ってその断面から理解することは有効です。医学で使われるCTスキャンで使われている方法でもあります。豊崎さんが強調してきたのは、核被害者という角度です。二つ目は、その被害の総体を問題にしている点です。つまり、「核」の核心をなす核物質の発掘から、加工、使用、廃棄というライフサイクル全ての段階で人間がどう関わりどのような被害が生じ、それに対してどんな対策が講じられているのか(多くの場合放置されているのですが)、そして二次、三次被害がどう絡まってくるのかを検証しています。

三つめは、それらの被害が生じている現場に飛んで、被害者の人間的な次元を捉えていることですし、四つ目は文字だけではなく、その場その場での真実をカメラを通して私たちに視覚的に伝えてくれていることです。

前置きが長くなりましたが、まずは、豊崎さんの略歴を御覧下さい。

194819481月、神奈川県横浜市生まれ。1968年に東京写真専門学院(現、東京ビジュアルアーツ)報道写真科ニ部を卒業後、フリーとなる。復帰前の沖縄、在日朝鮮人と韓国人、アメリカの先住民族インディアンなどを取材後、1978年にアメリカの核実験場となったマーシャル諸島を取材。以後、ウラン鉱石の採掘場や核実験場、事故を起こした原子力発電所など核兵器の製造開発や原子力発電などによる人間の健康と心への影響、暮らしや環境への被害、反核・非核運動や核被害者大会の取材のために世界各地を訪れる。

取材地は、マーシャル諸島やポナぺ、トラック、パラオ、サイパン、テニアン島などのミクロネシア全域、ハワイ、ジョンストン島、バヌアツ、オーストラリアなどの太平洋からアメリカ、カナダ、スウェーデン、ドイツ、オーストリア、イタリア、ベラルーシ、ウクライナ、カザフスタン、ロシアの北極圏にいたる。各地には繰り返し訪れ、とくにマーシャル諸島には1978年から2006年までに20回以上訪れて被害者や被害状況の変遷を取材しつづける。

199211月に横浜市で開かれた「第6回国際非核自治体会議」では、会議のコーディネーター兼スピーカーを務める。拓殖大学、中央大学で非常勤講師として「核の時代史」の授業を行う。

私たちにとってラッキーなのは、こうした広範な取材の成果を、まとまった著作として読み、写真として見られるということです。是非、一冊でも手に取ってみて頂ければ幸いです。

著書:

 『核よ騒るなかれ』(1982年、講談社)

 『グッドバイ・ロンゲラップ』(1986年、築地書館)

 『蝕まれる星・地球』(1995年、平和のアトリエ)

 『アトミック・エイジ』(1995年、築地書館)――1995年の第1 回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞(この賞については別稿で説明します)

 『核の影を追って』(1996 年、NTP 出版)

 『マーシャル諸島 核の世紀』(2005 年、日本図書センター)――2005 年に日本ジャーナリスト会議賞受賞

 『写真記録 原発・核の時代』(2014年、日本図書センター)

 共著に、『水爆ブラボー 31日ビキニ環礁・第五福竜丸』(草の根出版会)、『核の20 世紀』(平和のアトリエ)、『原発・核』(日本図書センター)など。

長くなりましたので、次回は豊崎さんの大学での講義内容を通して、核時代を振り返ってみたいと思います。

 

  

 

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2017年9月 8日 (金)

法政大学山口ゼミ(3) ――指導教官・山口二郎教授のコメント――


法政大学山口ゼミ(3)

――指導教官・山口二郎教授のコメント――

 

法政大学山口ゼミの広島合宿について報告してきましたが、やはり最後を飾るのは、指導教官・山口二郎教授の言葉です。

私も「理念」を重んじて現実を変えるという立場で頑張ってきた。しかし、最近、特に昨日は核実験があったばかりですが、現実主義からのアプローチが脚光を浴びている。とは言え、冷戦時代には大国の指導者たちはそれなりの枠組みの中での「合理的」判断をしてきたと言えるのではないか。

しかし、北朝鮮の言動、さらには非国家主体が核兵器を持つ可能性なども視野に入れなくてはならない時代になっている。それを受けて、力によるコントロール、威嚇等が必要だと論じる人たちも増えている。こういう東アジアの現実に対して、あなたはどう感じているのか。

 

               

Photo

             

山口教授と二人で

 

それに対しての私のコメントです。

核兵器を使わせない、戦争を始めさせない、ということを最優先課題にすると、話し合いしか選択肢はないのですが、実はもっと前からその努力をして来なくてはならなかったのです。そうしなかった付けが今の状況なのですが、例えば、一つの可能性として、トランプ大統領が金委員長と会って話し合いをするのが一番効果的なのではないかと今でも信じています。その具体的な話し合いの内容として、トランプ大統領の就任直前に「北東アジア非核地帯条約」を推進すべきだという手紙を送りました。

その内容は二回にわたってこのブログにアップしましたのでそちらをお読み下さい。アメリカの有力紙も手紙の一部を取り上げてくれました。それからかなり時間が経っていますが、このアプローチは、トランプ大統領、あるいは安倍総理がその気になれば今でも実現可能です。勿論そのためには、世界の世論を味方に付けなくてなりません。話し合いの目的は当然、核兵器を使わない・使わせない、そして戦争はしないことですし、そのための話し合いであることを前面に掲げればそれは可能です。さらに、核の独占体制を強化することではなく核廃絶が視野に入ってないと説得力は大幅に減じます。話し合いでの問題解決を提唱し実行すること、初めてトランプ大統領も安倍首相も歴史に名を残すことができるのではないでしょうか。

最後に山口教授の素晴らしいまとめがありました。

まず、「核兵器は使えない」という現実を日本が伝えることを出発点にすべきだ。日本がそう言うことにこそ一番説得力がある。北朝鮮問題の解決には、軍事的オプションはあり得ない。それはハッキリしている。このところ、「軍事的オプション」という言葉を使う人も出てきたが、それはあくまでも強がりと見るべきだ。

「使えない」ことを確認した上で、使えないのなら核兵器の保有には意味がなくなるのだから、なくして行きましょうという流れにならざるを得ない。北を核保有国として認めたら、という意見も出てきているが、そうなると、韓国も核武装したいと言うだろうし、となると日本も、という結果になる。しかし、「東アジアの非核化」という旗を、日本は降ろしてはいけない。

独裁者に言葉で立ち向かったって無力だと現実主義者たちは言うけれど、力で向っても無力だ。制裁を強化するという手段では今まで全く効果は挙がっていない。それなら、交渉によってまず緊張のレベルを下げるという方向が賢明な選択肢だ。

「田舎の学問より京の昼寝」と言われますが、山口教授そしてゼミ生の皆さんから大きな刺激を頂きました。最後に山口教授はカープの大ファンです。合宿の後、マツダ・スタジゥムで対阪神線の応援をして帰京されました。カープの勝利にまで貢献して下さり、再度、お礼を申し上げます。

 

 

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2017年9月 7日 (木)

法政大学山口ゼミ合宿(2) ――広島の魅力も味わって帰ってくれたことと思います――


法政大学山口ゼミ合宿(2)

――広島の魅力も味わって帰ってくれたことと思います――

 

法政大学の山口二郎教授ゼミの合宿が広島で開かれました。ゼミ生との意見交換から、彼ら/彼女たちの勉強振りが良く分り、明日の日本や世界への希望を新たにしました。

 

昨日に続いて、ゼミの皆さんの質問と私の回答のポイントを整理したものをお読みください。

 

               

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ゼミ生たち

 

 

 

Photo

山口教授を囲むゼミ生たち

 

 

 核兵器禁止条約ができることで世界の子どもたちの力を通して、核兵器廃絶に弾みが付くという考え方について、子どもたちに被爆体験や核兵器禁止条約をどう理解させれば良いのか、またどのように彼らの力を生かせば良いのか。

 

(ポイント) 子どもと言っても、就学前から高校生まで幅は広いが、私が小学生の時に原爆についての映画を観てショックを受けたように、子どもたちに伝わるメディアで原体験を伝える努力は大切だと思う。そして、子どもたちの力が一番生きるのは、家庭内だ。頑固な父親が子どものアピールで考えを変えた例は、例えばアメリカ社会ではかなり多い。

 

 高校時代、アメリカの高校で「原爆投下は正しかった」と聞いてショックを受けた時、同級生たちとは具体的にどんなやり取りをしたのか。

 

(ポイント) 具体的なやり取りは覚えていない。でも、40年以上たって、シカゴで講演した時にはその同級生たちが聞きに来てくれた。昔の問題提起が役立ったのかもしれない。

 

 原爆投下という文脈で考えると、当事者は日米で、その他の国々は当事国ではないにもかかわらず、核兵器の廃絶に賛同してくれていると考えられる。当事者ではない人たちは、どのような形で被爆体験や核廃絶のメッセージを受け止め、核廃絶に取り組んでいるのか。

 

(ポイント) 核兵器については、冷戦時代には、一旦核兵器が使われれば、その時点での破壊だけではなく、「核の冬」という形で全人類が消滅するという科学的予測が行われた。大規模の破壊に加えて、地球全体が放射性物質そして爆発による破砕物によって覆われ、太陽の光が地表に届かなくなって地球の温度が下がる。その結果、食べ物がなくなって人類は滅亡するというシナリオだ。小規模の核戦争でも、それに近い結果になることが最近では分っている。つまり、核兵器が使われれば、当事者でない人はいなくなる。また、世界の都市はほとんど戦争の被害を受けている。その結果、「Never again!」、つまりもう二度と、同じような体験はしたくない、と強く願っている。そのような、都市としての経験と重ね合わせることで、核兵器の廃絶への気持は自然に生まれてくる。

 

 平和市長会議に加盟している都市や市長もいろいろな考えを持っていると思うが、あなたに取っての平和とはどのようなことなのか。

 

(ポイント) 積極的な平和とか消極的な平和という抽象的な整理の仕方もあるが、自分の置かれている立場や環境で、例えば一日も早くこの難民キャンプから出て平和な暮らしをしたい、と思う人もいるし、平穏な生活を続けている人が子どもたちのために実現したいと思う平和もある。自分の生活、今の時間の中で感じる大切なことから始めて、世界や未来を考えて理想像を描くことが大切なのだと思う。一緒に原水禁運動をしていた女性通訳たちから聞いた言葉で忘れられないのが「世界の平和は家庭の平和から」だ。

 

 都市は軍隊を持たないという立場から、核廃絶や戦争のない世界実現に向けての努力は自然にできるという話だったと思う。対して国のレベルでは、どちらが正しかったか、つまり加害や被害の立場からの議論が中心にはなる傾向があるにしても、国としても当然、努力をしなくてはならないと思う。その中で、日本政府としては何をすることが一番大切なのか。

 

(ポイント) 簡単に言ってしまうと、憲法に則った政治を行うこと。「力の支配」ではなく「法の支配」を尊重するという立場で一番大切なのは憲法だ。特に日本国憲法では99条の憲法遵守義務にもっと注目して欲しい。

 

 原爆についても記憶の継承が問題になっているが、福島の記憶についても震災遺構をどうするのかの議論がある。あるいは戦災遺構を残して行くべきなのか、ではどのように、といった議論が行われている。広島の経験からはどのような教訓が汲めるのか。

 

(ポイント) 原爆ドームが残されたのも、「あの日を忘れたい」と考える人たち、残して欲しくないと思う人たちが、消極的にではあっても賛成してくれたからだ。しかし、ドームは残されたが、劣化して行く。地震対策も必要だ。どうするのかを検討した結論として、最小限の修復をしながら自然に任せる、という方針になった。しかし、考えて見ると広島市内の至る所で深く掘れば遺構の出てくるところはたくさんある。ボルゴグラードでは、第二次世界大戦中には150万人もが亡くなり、完全な廃墟と化したが、復興のために、市全体を数メートルの土で覆ってから作業が始まった。ベルギーのイーペル市は第一次世界大戦で廃墟と化したが、戦後の復興は、戦前の街を再現する形で行われている。それぞれの地域で記憶を残す手法は違っているが、地域毎にその特性を考え、市民の生活を元に未来への想像力を働かせた結果だ。

 

広島では、平和についての体験をし、考え議論するのに加えて、広島の魅力も楽しんで帰って貰えたのではないかと愚考しています。

 

 

 

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2017年9月 6日 (水)

法政大学山口ゼミ合宿(1) ――大学生もしっかり勉強しています――


法政大学山口ゼミ合宿(1)

――大学生もしっかり勉強しています――

 

今の時期にゼミ合宿を行う大学も多いようですが、旧知の山口二郎・法政大学教授からゼミ合宿を広島で開くので協力して欲しいと連絡があってからほぼ二月、山口教授とゼミの学生諸君にお会いしてきました。

 

ゼミ生が自主的に広島を選んだそうなのですが、その熱意は最初の一時間余りの「講義」の後の質問とコメントとにしっかり反映されていました。準備段階で小著『新版 報復ではなく和解を』(岩波現代文庫)も読み込み、ゼミ生同士でのやり取りのあった上でのものであることを感じられる発言でした。

 

最初の「講義」の内容は、原水禁の分科会での発言に広島市政の柱をいくつか付け加えたものですで、省略しますが、9人のゼミ生の皆さんの質問・コメントをお読み下さい。日本、そして世界の未来に希望が持てるようになります。少なくとも私はそう感じました。私の回答のポイントも、当日言いたかったことを整理した上で短く付け加えました。

           


           

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山口教授(右端)とゼミ生たち――写真の掲載は全員からOKを頂いています。

 

 

 日本が今、核兵器を持つ必要はないけれど、将来、持つ必要が生じたときにはそれが可能になるよう、原発等は残して潜在的な核保有能力を保持すべしという議論があるが、どう考えるべきか。

 

(回答のポイント) 被爆者の結論は、今も将来にわたっても核兵器は必要ないし、当然、日本が持つべきでもないということだ。核保有の潜在能力を云々する人たちは、一つには、原発を続ける意味と核兵器の保有が表裏一体であることを認めていることになるし、経済的な正当化ができなくなった原発の存続を図るための苦しい言い訳にしか過ぎない。

 

 片仮名の「ヒロシマ」と今の「広島」の間の違いをどう考えたら良いのだろうか。片仮名の「ヒロシマ」は、1945年を起点にしていることは分るが、そちらに固定化されてしまっているような感じがある。

 

(ポイント) 広島はとても保守的な地域だ。2009年の総選挙で、各都道府県の一区で民主党ではなく、自民党が当選したのは、福井一区の稲田朋美以外は全て西日本で、中国5県、そして四国の愛媛と高知だ。その保守的な地盤の中で、核兵器についての考え方だけは、進歩的かつ世界的な普遍性を持っているという特徴がある。それは広島市長選挙で、自民党の推した候補がほとんど選ばれていないことに反映されている。そのような環境下、それでも地域としての合意が存在する事実をはっきり表明する目的で生まれたのが、「ヒロシマ」という片仮名表記だという解釈ができる。

 

 東京出身だが、広島とそれ以外の地域で、被爆体験や核兵器のついての温度差を感じている。

 

(ポイント) 確かに地域差はある。広島から離れた所に住んでいる被爆者が未だに差別を感じていたり、県外の大学に進学した若者が、自分たちの受けた平和教育が全国的には行われていないことに気付く等の例がある。差別に焦点を合わせると、被爆直後の広島で被爆者が差別を受けたという事実を知った時、私は大きな衝撃を受けた。また、外国で、被爆者であることを理由に結婚を許されなかった女性もいる。そして、時間と空間の互換性を視野に入れると、これは時間が経つと被爆体験が風化することと同根だと思う。

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

熱が入ってかなり長くなりましたので、二つに分けたいと思います。次回もお読み頂ければ幸いです。

 

 

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2017年8月10日 (木)

『広島のおばあちゃん』をタヒチに贈ります ――東芝国際交流財団から助成金を貰うことができました――

『広島のおばあちゃん』をタヒチに贈ります

――東芝国際交流財団から助成金を貰うことができました――

 

昨年7月に、タヒチを訪れました。フランスが南太平洋で核実験を始めてから50年経ち、実験で被害を受けた多くの人たちの存在さえ未だ十分に認められていない現実があり、またその結果として補償どころか十分な医療さえ受けられない窮状を前にしての50周年です。しかし、こんな状態を放置してはいけないと被害者の皆さんは立ち上がりました。

 

原水禁そしてヒロシマは長い間、このような核被害者の皆さんに寄り添い、出来るだけの支援をしてきましたが、昨年はその絆をさらに強めるという目的で訪問団が派遣されました。その報告は719から730までの間に数回にわたってお届けしました。

  

その中でも言及しましたが、タヒチの人々を支援するための一つの可能性として、広島では容易に手に入る基礎的な情報をタヒチに届けて共有することが役立つのではないかと思いました。報告からその部分を抜粋します。

 

広島・長崎の原爆についての基礎的な事実をタヒチの人たちに伝えることで、運動も次の段階にステップアップできるのではないかということです。例えば鎌田七男先生の書かれた『広島のおばあちゃん』そしてその英訳『One Day in Hiroshima』のような、被爆の実相についての医学的な解説を中心にした分り易い入門書をフランス語にも訳し、それをさらにタヒチ語に訳すことも、被曝者・被爆者の連帯から新たなエネルギーを創り出す上での有効なプロジェクトになるのではないかと思います。


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 実はこのアイデアをその後、実行に移しています。それはまず、日本語版と英語版を元にフランス語への翻訳を行い、それを出版して貰う。そのフランス語版を買い取り、被害者の救済に力を入れているタヒチの反核市民団体「モルロアと私たち」に贈り、被害者や支援者に配布して貰って運動強化の一助にする、というものです。

 

具体化するためにはお金も必要です。どうすれば良いのかを考えているときに、公益財団法人東芝国際交流財団が助成金を出してくれる可能性のあることを知り、応募することにしました。それまでに相談に乗って貰っていたいくつかの団体があったのですが、私が顧問を務めるNPO法人「文化の多様性を支える技術ネットワーク」(理事長は山崎芳男早稲田大学名誉教授)も賛同してくることになり、同法人のプロジェクトとして採用してくれました。そして東芝国際交流財団への助成金申請も行ってくれました。

 

報告が遅くなってしまったのですが、東芝国際交流財団からは、今年3月に「助成金を供与する」という通知を頂きました。

 

知らせを受けて、現在はフランス語への翻訳作業が進行中です。それが完成すると、原著者の鎌田七男先生の主宰する「シフトプロジェクト」がフランス語版を出版してくれることになっています。2000部を購入した後、「モルロアと私たち」に送るのですが、全て上手く進行すると、今年中にはタヒチに『広島のおばあちゃん』のフランス語版を届けられそうです。

 


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2017年5月11日 (木)

セックス・スクリーン・スポーツ ――数学者、岡潔先生の警告――

 

セックス・スクリーン・スポーツ

――数学者、岡潔先生の警告――

 

英国のEU離脱、トランプ大統領の誕生と、きな臭い政治的な動きが続いた後、フランスではマクロン大統領、韓国では文大統領が誕生しました。イデオロギーや政策はさておいて、手続き的には無難な手法を採用するようですので、少しは安定化への流れが始まっているのかもしれません。とは言え、不安定要素がなくなった訳ではありません。今という時代を理解するために、1960年代に遡って、大数学者、岡潔(おかきよし)先生の言葉からヒントを得られればと思います。

 

数学者、岡潔博士は、多変数解析函数の分野で世界的業績を挙げ、1960年に文化勲章を受章した天才数学者です。同時に1963年に毎日新聞社から刊行された『春宵十話』(しゅんしょうじゅうわ)を手始めに、日本と日本人についてまた日本と人類の未来についての多くのエッセイを発表しました。これらのエッセイを通して、私たちの生き方について、また教育の重要性について「警鐘」を鳴らしたことでも高い評価を受けています。

 

1965年に出版されたエッセイ集『春風夏雨』の中には、「60年後の日本」という随筆があります。1965年の60年後は2025年ですので、もうそろそろ岡先生の憂えた状況に近付いていてもおかしくありません。それを検証するために、まず、このエッセイを要約しておきましょう。

 

               

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岡先生は、人を中心に物事を考えるべきだという持論を述べた後、そのためには教育に力を入れなくてはならないことを強調しています。さらに、その年に発表された厚生省の調査で、「4歳児の3割までが問題児だ」と報告されていたことにショックを受け、この状態を改善するために三つの努力が必要だと説いています。

 

一つは、「戒律を守らせる教育」を行うこと。二つ目は、「国の心的空気を清らかに保って欲しい」こと。最後に男女問題について、「何を目標に」教育すべきなのか国は全力を挙げて究明すべきだが、時間が掛かるようなら当面は男女別学にすべきだ、と主張してます。

 

そして、この中で、次のような問題についても言及しています。

 

進駐軍が初めて来たとき「進駐軍は日本を骨抜きにするため、三つのSをはやらせようとしている」という巷説があった。セックス、スクリーン、スポーツである。今やこの三つのSはこの国に夏草のごとく茂りに茂っている。私に全くわからないのはこの国の人たちはこれをどう見ているのであろうかということである。

 

60年後の予測は、このような努力を行ったとしても、「六十年後には日本に極寒の季節が訪れることは、今となっては避けられないであろう。教育はそれに備えて、歳寒にして顕れるといわれている松柏のような人を育てるのを主眼にしなくてはならないであろう。」

 

1965年の時点で日本が崖っぷちに立っていることを指摘した岡先生の最後の文章は「もし転落し始めたら、今度こそ国の滅亡が待つばかりであろう」です。

 

「セックス、スクリーン、スポーツ」の内、「スクリーン」は今ならテレビとスマホなどの通信機器を指すのだろうと思います。それ以上に私たちが問わなくてはならないのは、今の日本の状況を「転落し始めている」と見るのか、その一歩手前と見るのか、いやまだまだ大丈夫と見るのかです。いくつかの可能性がありますが、皆さんはどう御覧になっているのでしょうか。

 

1965年とは時代も大きく変っていますし、岡先生の世界観、社会観、人間観はかなりユニークですので、私たち自身の頭と心を通して再吟味する必要がありそうです。特に処方箋の部分については、別の枠組からの検討も必要だろうと思います。同時に、岡先生が警鐘を鳴らさざるを得ないと思い詰めたほどの危機感の何分の一でも、私たちも持てないものだろうかと憂えてもいます。

 

 

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2017年4月18日 (火)

回る地球儀 ――「永久」が12年であることも判明――

 

回る地球儀

――「永久」が12年であることも判明――

 

6年前に、Tufts 大学から記念品として自然に回る地球儀を貰いました。写真を添付しましたが、この地球儀が、何もしなくても回り続けるのです。中にモーターが入っているのだと思いましたが、忙しいこともあってどんなメカニズムで動き続けるのかはあまり気に掛けずに、でも動いていることは確認してその動きを楽しんでいました。子どもたちにも人気があって、遊びに来る子どもたちは必ず動く地球儀に気付いて不思議がっていました。

 

               

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何度か引っ越しをしたせいなのかもしれませんが、この地球儀が動かなくなったことに、つい最近気付きました。

 

地球儀は二層から成り立っています。外側に透明なプラスチックの容器があり、その中には透明な液体が入っています。その液体に浮ぶような感じで、表面に地球の模様を印刷した球体が収まっています。

 

恐らくその球体の中にはモーターがあるのだと思いますが、ネットで調べてみるとこの地球儀はMOVA社製で、中のメカニズムは、ソーラー電池と磁石そしてモーターがあり、磁場が上下方向を決め、光が電源、モーターが回転させているらしいことが分りました。iPocket社のホームページに説明がありますので、関心のある方は御覧下さい。

 

 

「半永久的に」自転する、という謳い文句なのですが、実際に動くパーツがあれば、それはいつかは壊れます。それでも6年ほど動き続けたのは見事だと思いますが、「半永久的」が6年だとすると、その倍の「永久」は12年ということになります。

 

ジョークはさておき、動かなくなった機械を直したい気持ちはあるのですが、内側の球体に傷を付けずに中の電池やモーターにアクセスするのは不可能なように思えます。それでは修理はできません。折角一度は動いていたのですし、動いた方が面白いことは確かなのですが、動かなくても綺麗な地球ですので、このままの状態で楽しみたいと思っています。

 

 

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2017年4月13日 (木)

違和感のある日本語 ――「やんちゃ」と「いじる」――



違和感のある日本語

――「やんちゃ」と「いじる」――

 

気になり始めたのは、ここ数年のような気がしますが、このところ「やんちゃ」の使われ方が大きく変ってしまいました。

 

昔は――と言い始めるのは老化現象の典型なのですが、敢えて使います――「やんちゃ」というのは、「子供のわがまま勝手なこと。だだをこねたりいたずらをしてりすること」(広辞苑 第六版)ですし、大辞林の第三版には、「子供が活発で大人の言うことをきかないこと。いたずらやわがままをすること。また、そのさま。また、そのような人をもいう。」という定義が載せられていて、例としては 「やんちゃをする」 「やんちゃな子」 「やんちゃ坊主」 「やんちゃ盛り」が挙げられています。

 

「良い子」と比べて、奨励されているのではなくても、先ず犯罪性はありませんし、「困った子だよ」というレベルの親のため息があっても、特に周りの人に飛んでもない迷惑を掛けるまでは行かない、男の子の性質を表していたような気がします。

              

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「いじめ」?「やんちゃ」?

 

「お茶目な女の子」という表現もありました。その「お茶目」より少しは飛び出していることは

認めるとして、「やんちゃ坊主」に対して「お茶目な女の子」という対照ができるというくらいのレベルだったのではないでしょうか。

 

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「やんちゃ」の域を超えている?

 

 

しかし、最近での使われ方では、昔は「やんちゃ」だったと言えば、昔は不良少年だった、ぐれていた、犯罪行為に手を染めた、といったレベルのかなり問題のある行動をしていたことを示しているようです。

 

この線引きを曖昧にすることで、例えば「いじめ」も「やんちゃ」な行為なのだから許される、というニュアンスで許容されてしまう傾向さえあるような気がしているのですが、これは、不正確でしょうか。

 

それに関連して、「いじる」という言葉が大手を振って市民権を得てしまったようです。この言葉の語源にはいろいろな説があるようですが、落語の世界の「客いじり」という表現が元で、「いじる」が「いじめる」の代りに使われるようになったと考えている人たちもいるようです。

 

私は、単純に「いじめる」の「め」を抜いて隠語的に使われていた言葉が、これまた線引きの曖昧さとテレビの好い加減さとの相乗効果で、無害化されてしまった結果なのではないかと思っています。

 

この両方に共通しているのは、人格の否定や無視といった犯罪性のある行為や言葉が、新しい曖昧な言葉に置き換えらることで、こうした卑劣な言動に対する批判が「無粋」なこととでもいうようなラベルを張られ、益々広まることなのですが、正にそのような傾向が顕著になっているように思えます。私が心配症で、単なる「老の繰り言」であるのならまだ良いのですが。

 

 

 

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コメント

「やんちゃ」い関しては、子供から少年、大人になっていても
子供のレベルの善悪の曖昧さで悪いことをしてしまう、少年
大人に対して使う場合「ワル」の意味が加わっているのでは
ないかと思っています。

「いじる」に関しては、「=いじめる」の意味で使うのはマスコミ
だけではと思っています。普通は(私はかな)「おちょくる」って
意味でしか使いませんから。しかし、マスコミが使ってはいけま
せんよね。正しい言葉になって行ってしまいます。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。世代的な違いかもしれませんし、関東、関西の違いもあるのかもしれませんが、私の中では「やんちゃ」は、小学生くらいまで、せいぜい中学の低学年までで、それより上のそれなりに善悪や、自他の差が分る人に対しては使わない言葉なのです。

それがまずあるので、「不良少年」や「ぐれる」の代りの「やんちゃ」には違和感があるのだと思います。

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