教育

2018年1月14日 (日)

兵庫教育大学での講義 ――今年も熱心に聞いて貰いました――


兵庫教育大学での講義

――今年も熱心に聞いて貰いました――

 

一年ぶりに兵庫教育大学の大学院で話をしました。今回も、教育現場で教員として働きながら大学院でグローバル・リーダー育成の専門家としてさらなる研鑽を積んでいる皆さんが、熱心に話を聞いてくれました。昨年は、3人の学生諸君とじっくり議論ができましたし、それに加えての一般講演もあったのですが、今年の学生は9名(うち女性7名)で、小学校の先生が5人、高校が3人、教育委員会の方が1人でした。

 

昨年と今年の大きな違いは、核兵器禁止条約ができたことです。成立の経緯や、今後の展望等も講義に加えたのですが、かなりの時間を割いて説明することになったのが、原爆という大きな悲劇を体験した日本が、何故原発に走ってしまったのかという歴史です。一人の学生からの質問に対する回答でした。

 

念のために付け加えておきたいのは、一部の論者による事実誤認と被害者非難です。つまり、「ヒロシマ」が核兵器廃絶には熱心なのに、原発については無関心だった、あるいは推進する側に回っていたのは怪しからん、という調子での論難です。機会があれば、詳しく調べた上で反論をすべきなのだとは思っていますが、それだけの時間が取れるかも問題ですので、今回は問題意識の共有だけにしておきます。

 

学生の質問から分ったのは、戦後の時代には生れていなかった人たちが勉強を続ける中で、原爆による被害からは、さらにそのかなりの部分は放射線被害であるという事実からは、原発という選択はあり得ないという因果関係を理解していること、にもかかわらず原発が推進されている現状には納得ができないと強く感じていることでした。

 

「フクシマ」後にも、原発が再稼働され政策の変更がないのはなぜかという疑問と重ねての質問だということも理解した上で、終戦直後には専門家といえども放射線についての理解には限界があったこと、被爆体験の意味を苦しみながら模索していた人たちに取っての「平和利用」という名の「夢」が大きな意味を持っていたこと等を話しました。同時に、少数のリーダーたちが警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、「原子力 ムラ」が作られて行った背景を、日米それぞれに分けて説明しました。

 

合計約3時間話をしましたが、最後の方は駆け足になってしまいました。パワーポイントを映すのは、スクリーンではなく、大型の液晶装置でしたしHD画像でしたので、細かい字も良く読めたようです。

 

               

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そして、昨年は友人との話に夢中になって気付かなかった、ハーバーランド・キャンパス前のキリンのオブジェ (頭が切れてしまいましたが――) と、キャンパスのある建物の写真も撮れました。

 

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こちらにはキリンの全体が写っています

 

「来年は、政治の世界の話をもっと聞きたい」というリクエストを貰って、神戸を後にしました。

 

 

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2018年1月12日 (金)

馬から落ちて落馬して ――重言、ら抜き言葉等を再考――


馬から落ちて落馬して

――重言、ら抜き言葉等を再考――

 

「古 (いにしえ) の昔の武士が、山の中の山中で、馬から落ちて落馬して、女の婦人に笑われて----」と続くのですが、重言、あるいは二重表現を戒める言葉として有名です。確かに、「馬から落ちて落馬して」と言えば、嘲笑され笑われても仕方がないような気がします。

 

               

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こんな馬からは落馬しないでしょうが――

 

とは言え、重言の中でも「好き好んで」等は、「誰が好き好んでこんなことをすると思っているんだ!」という調子で使う分には、市民権を得ていますし、長嶋茂雄氏が引退したときの言葉「巨人軍は永遠に不滅です」は、それ以外の言い方は考えられないほど不滅の表現として残っています。

 

これほど定着はしていない上に、かなり違和感の大きい表現に「今の現状」があります。しかし、最近政治関係の人と話をする機会があって、この「誤用」についても、違った解釈があるのかなという気がし始めています。

 

つまり「現状」というのは、誰でも共通認識として持っている「政治状況一般」という意味合いで使い、「今の現状」とは、そんな背景の下、今現在、実際に起きている生々しい政治劇を指すのだ、と解釈すると、こんな使い方にも一理あるのかなと思えたのです。

 

今までと比べると随分、寛容になってしまっているような気がしますが、それは、老化現象なのか、朱に交わって赤くなった結果なのかは良く分りません。どちらなのかを確認するため、かつては嫌悪していた「乱れた日本語」のいくつかについて、再度考え直してみたのですが、いくつかのものには存在理由があるような気がしてきました。

 

一番古いものでは、「見れる」ですが、自分では使わないものの、昔ほどの嫌悪感はなくなりました。それは、多くの人が心配した、ら抜き言葉の氾濫が思ったほどではなかったこととも関連があるのかもしれません。

 

そして、「マジ」です。「真面目に考えろ」とか「真面目な話」というように、「真面目」の省略形ですが、次のようなやり取りがあったとして、その中の「マジ」の代りになる上手い言い方があるでしょうか。

 

「退職後はハワイに住もうと思っている」

「エッマジで?

 

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「真面目にそんなこと考えているの」と言ってしまっては、「ハンタイ」のニュアンスが出過ぎていますので、重過ぎます。意外な言葉に対して、軽い驚きとともに疑問符を付ける、でも最初から反対の意思表示をしているのではない辺りのニュアンスを表すのには上手い言葉だと思います。もちろん、「マジで」を使って、同時にイントネーション等の付け方に依っては「反対」も表現することは可能でしょう。

 

「こんな乱れをお前はマジで認めるのか」と、お叱りを受けるかもしれません。この「マジ」も、「糾弾」とはちょっとニュアンスが違っていますし、「今の現状では認めても良いと思う」と答えたい気持なのですが、如何でしょうか。

 

 

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コメント

まじ卍、私も許容範囲が広がっていますw

「マジで!」は、真面目に考えている?というより、「本当に?」と、嘘じゃないよね?かなと思います。
言葉の乱れというか変遷は、若い世代からはいつの時代もですね。
それよりも民放アナウンサーの言葉遣いの酷さは気になります。
日頃にNHKラジオを聴いていると、言葉の教育の違いを感じます。

前に父親が言ったことに驚いて「嘘じゃろ〜⁈」と言うと「嘘は言わん」と言われたので、「マジで〜⁈」と言うと、「マジがわからん」と言われたことがあります。
父親には「本当⁈」と言うようにしました。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

「まじ卍」なんて、洒落ていますね。俳句のセンスとも通じている感じです。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

「マジ」の語源は「真面目」で、楽屋用語としてかなり古くから使われていたとのことですが、語源とは違う広がりを持つ言葉になって、日本語が豊かになったと言いたかったのですが--。

「和」様

コメント有り難う御座いました。

私は昔、「本当?」と言ってそれに文句を付けられたことがあります。言葉は難しいですね。

2018年1月11日 (木)

気になる日本語 ――不必要な一文字、二文字――


気になる日本語

――不必要な一文字、二文字――

 

新年はやはり年賀状から始まる、と言う人が多いのではないかと思います。その最初に目にするフレーズについて、「新年あけましておめでとうございます」は誤用だという点を、池上彰・林修の両権威を引いて一年ほど前に強調しました。

 

           

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これほどの知名人がハッキリ述べていてくれるのですから、今年は正しい用法が広まっていると思いきや、「正しい挨拶の仕方、ビジネスレターの書き方を教えます」という趣旨の複数のサイトで、例文として「新年あけましておめでとうございます」を採用しています。一例を示しておきます。

 

 

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「教える」立場なのですから、せめてこの程度の誤用を避けるくらいの勉強は必要不可欠なのではないでしょうか。

 

「不必要な二文字」から始まってしまいましたが、不必要な一文字が散見されたのは、暮に頂いた喪中はがきです。その中の一例です。

 

「○○が永眠いたしました。故人生前中にひとかたならぬご厚情を頂きましたこと厚く御礼申し上げます」

 

これも良く使われていますので、慣例としては許されているのかもしれませんが、「生前中」は「生前」のことではないでしょうか。事実、辞書の定義は「その人が生きていたとき。死ぬ前。在世中。しょうぜん。」です。それに「中」を付けると「在世中中」になってしまいます。「中」が不必要な一文字です。

 

新年会や就職活動の面会等で、若い人の自己紹介に多用される表現も気になります。「若輩者ですが、宜しくお願い申し上げます。」といった種類の言葉です。「若輩者」は一時マスコミ関係者がとにかく良く使っていたという記憶があるのですが、それはともかく、「者」は不必要な一文字です。

 

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「若輩」の「輩」の意味は、「なかま。ともがら。やから。 「同輩・先輩・後輩・年輩・軽輩・俗輩・我輩(わがはい)・余輩・弱輩・朋輩(ほうばい)・末輩(まっぱい)」」で、「若輩」の意味は、「1 年が若い者。2 未熟で経験の浅いこと。また、そのさま。自分を卑下していう語。他人に用いれば軽蔑の意になる。」なのです。

 

ネット上のビジネス用の言葉の使い方では、「2」の意味を強調しているのですが、若者が使っているのは主に「1」の意味です。となると、「年が若い者」者、と重なってしまいます。

 

さらに、「先輩」という使い方は、先輩に呼び掛けるときにも使いますし、何々さんは先輩ですとか、○○君は後輩です、という感じでも使います。つまりこれらの単語は既に「人」についての言葉なのです。「我輩」も自分のことですから、それに「者」は付けません。と考えると、「者」は不必要な一文字です。

 

言葉遣いくらいに一々文句を言うな、自分の好きな言葉を使って何が悪い、という反論もあって当然ですし、誤った使い方から言葉が豊かになった例も多くあります。ですから言葉の使い方の正誤は絶対的なものではないのですが、言葉の成り立ちを知って、先人たちの、つまり先輩の培ってきた感性を受け継ぐのも私たちの役割の一つなのではないでしょうか。そして、若者たちには、私たちの受け継いだ美しい日本語を引き継いで貰えるよう、肌理細かな指導をする必要もあるのではないでしょうか。

 

 

その「肌理細か」ですが、最近は「肌理細やか」という表現が広く使われています。これは、誤用です。「や」は不必要なのです。「肌理細か」の「肌理」とは「木目」とも書くのですが、「もくめ」のこと、つまり年輪です。「木目の細かい」に対して「木目の粗い」という言葉がありますので、対で覚えておけば間違わないのですが、混同されるにはそれなりの理由があります。

 

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「肌理細か」の意味は、「配慮が行き届いており懇切丁寧な様子」なのですが、「細やか」の方は、「細部まで行き届いているさま。特に気遣い・配慮がすみずみまで届いている様子。「細やかな配慮」などのように言うことが多い。」のですから、意味が似通っていることから混同され易いのだと思われます。

 

しかし、元々の意味を考えて使い分けるくらいの「木目細か」な配慮をすることが、巡り巡って、政治の世界の目茶苦茶な言葉の乱用を抑えることにさえつながるような気がしています。

 

 

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2018年1月 5日 (金)

トランプ大統領を窮地に追い込むのは ――フットボール選手その他のアスリートかもしれません――


トランプ大統領を窮地に追い込むのは

――フットボール選手その他のアスリートかもしれません――

 

暮に御紹介した、デーブ・ズィリンの著書『アメリカのスポーツと抵抗運動』は2005年に出版されていたのですが、そのオーディオ版がつい最近リリースされ、それを聞くことで新たな展望が開けてきました。そこで学んだことを復習しながらお伝えしてきたのですが、この本は10年以上前までしか触れていません。最後の方で取り上げられている2003年の出来事とその後のアメリカスポーツ界はどうなっているのかにも興味を持ちましたので、調べて見ました。

 

その結果、私にとっては驚くべき発見がありました。我が国のマスコミは取り上げていませんが、今でもアメリカのスポーツ界はアメリカ社会全体を動かすほどの大きな運動を展開しるのです。それに真っ向から対峙しているのがトランプ大統領なのですが、ことによると最後のジョーカーをつかまされるのは大統領かもしれないと思えるほどの広がりを持ちつつあります。

 

何回かに分けて、その動きを御紹介します。その前に、それに至る歴史から始めましょう。

 

2001年のアメリカ同時多発テロ以後、スポーツ界そしてアメリカ中で大きなニュースになったのは、NFLのスター・プレーヤーだったパット・ティルマンがフットボールとその後の巨額の契約を捨てて軍に志願し、イラク戦争に従軍したことでした。(残念なことに2004年には、友軍の弾に当って、ティルマンは戦死します。)

 

しかし、アメリカのメディアは、ティルマンの行動を英雄的なものとして褒め称えました。そして、2004年の戦死も同様の扱いで取り上げられました。

 

でも、アメリカのスポーツ界も多様です。2003年には、ニューヨークにあるマンハッタンビル・カレッジという小さな大学の女子バスケットボール・チームのシニアだった、トニー・スミスはゲームの始まる前の国歌の演奏の際にアメリカ国旗に背を向けました。彼女はイラク戦争は正義に反していると感じ、そんなことをしているアメリカという国家の国旗そして国歌に敬意を表すことはできないと考えたのです。

 

             

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ニューヨーク・デイリー・ニュースから

 

両隣の二人の選手も手をつないで頭を垂れ、国旗に背は向けてはいませんが、スミスを支持しています。

 

この行動を心配した大学の学長は、言論の自由・表現の自由という立場からスミスを守ろうとしますが、マスコミは徹底的に彼女と学長の批判に明け暮れました。「この行動はゴミだ。アメリカよ消えてしまえと言っているに等しい。そしてこれから国のために命を捧げようとしている人たち、そして既に国のために究極の貢献をした人たちに背を向け、彼らを愚弄する行為だ」といった調子の言葉が二人に浴びせられました。

 

そんな批判が起ることなど全く考えてもいなかったスミスは傷付きますが、それでも自分の考え方を変えることはありませんでした。その後彼女はマンハッタンの、子どもたちを犯罪に向わせ兼ねない環境を改善する仕事に現場で関わっています。

 

同時に彼女の行動は、1968年のメキシコ・オリンピックの際のトニー・スミスとジョン・カーロスの勇気と重ねて語られることも多く、多くの若者の間に浸透したことも事実です。そして2003年から10年以上経った2016年に、再び、彼女の勇気の再来だと言われる事件が起ります。

 

 

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2017年12月16日 (土)

若者の視野を広げるにはどうすれば良いのか ――答は難しいのですが、先ずは疑問から――


若者の視野を広げるにはどうすれば良いのか

――答は難しいのですが、先ずは疑問から――

 

もうかなり昔のように思えてしまいますが、1022日の総選挙の前に、東京都内の某大学でのエピソードです。政治学なのか、部活なのか、一グループ10人くらいになってどの政党を支持するのかの話し合いをしたのだそうです。

 

最後に各グループでのディスカッションの総括をしたのだそうですが、圧倒的に自民党支持が多かったということでした。全部のグループについての詳細は分りませんが、あるグループでは、10人中8人が自民党支持、その主な理由は「高等教育の無償化」を掲げているからだったそうです。

 

一部の大学を除いて、昔なら「苦学生」と呼ばれたであろう学生のイメージはなくなっていますが、それでも私立大学の学費は高く、アルバイトをしても親の負担はかなり大きいと言わなくてはなりません。それを実感している学生が多いということらしいのですが、今の若者のものの考え方の一端を窺い知ることになり、複雑な気持です。

 

「今どきの若い者は」と目くじらを立てる積りはありませんし、時代背景の違う若者たちの持つ新しい視点や完成には期待もしています。

 

               

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同時に、人類がこれまで辿って来た歴史、それは様々な経験の知的整理であり、その過程で生まれる教訓の集積でもあるのですが、それをきちんと引き継ぐことも、人類の生存のためには欠かせないことだと思います。そのくらいは見える目を持って欲しいのですが、「視野を広げて欲しい」と言っても良いと思います。

 

そして「視野」の中には、時間軸があるということです。さらに地理的な広がりも勿論必須です。加えて、知的な広がりも大切です。それが内面化されて、私たちの日々の生活と共鳴しつつ、生命となり、人生を紡ぐということになるのだと思いますが、その全体像を若者たちに理解して貰う必要があります。

 

抽象的になりましたが、これが高等教育の目的とするところなのではないかと思います。就職に役立つかどうかも大切ですが、人類の生存そのものについて、広い視野からの教育が行われているのかどうか、たまには、疑問を投げ掛けることも必要かもしれません。疑問を持つことから始めないと答には行き付かないのですから。

 

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コメント

力士の暴行報道が収まったと思ったら今度は神主の殺人事件、それも終わったら又々松居一代の離婚騒動、その間に選挙中には出なかった大増税。これでも怒らない国民って何でしょう。

若者ではないですが 視野を広げる⇒視野が狭い
といわれると耳が痛くなります笑

教育現場においては多種多様な方面から物事を捉えれるような発問の工夫も必要なのかもしれませんね。

様々な情報が飛び交う中 自分のニーズに合うものだけを選び、興味関心の無いことは削除されるのでしょうか?笑
そこへの疑問を持たないこと疑わないこと学ばないことも視野を狭くしているのかもしれません。
情報操作されていると何が本当なのかわからなくなりますが、正しい情報を見誤ることなく選ぶ能力もこれからは必要だと思います。

「谷口」様

コメント有り難う御座いました。

もっと多くの人に「危機感」を持って貰いたい、怒って欲しいと思います。そのためにも、日本がこんな状況になってしまうことを、1960年代に予言していた数学者の岡潔先生の言葉も参考になるかもしれません。5月に書いた「セックス・スポーツ・スクリーン」です。

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-6733.html

「和」様

コメント有り難う御座いました。

マスコミ、特にテレビの情報は偏っていますが、インターネット上では多様かつ事実に基づいた報告や分析が手に入ります。

しかし、それが雪だるま式に増えて行くのは、事実であるかどうかが基準ではなく、多くの人がクリックしたかどうかが反映されるというシステムだからです。嘘でも本当でも多くの人が見ているサイトを見るだけでは真実には辿り着きません。

それに対抗するために役立つ方法の一つは「定点観測」です。例えば、早稲田大学の水島朝穂教授のホームページはお勧めです。他のサイトも随時、御紹介します。

http://www.asaho.com/jpn/index.html#this-week

2017年11月26日 (日)

広島の被爆遺構、被服支廠で「戦争の終わり」を学ぶ   

原水禁学校の第二回の報告です。

報告は本ブログのスター・ライターの一人中谷悦子さんです。

 

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2017年度2回目の原水禁学校は、被服支廠での被爆者の証言から始まった。被爆者は中西巌さん。原爆が投下された当時15歳。広島高等師範学校附属中学校の生徒だった。学徒動員で被服支廠での連日の作業に動員されていた。賃金はなし。文字通りただ働きだった。

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被服支廠は1913年に竣工され、南北500m、東西300mの広大な敷地に1号から13号までの倉庫、作業を行う建物、従業員のための保育所などが建造されていた。ここでは、兵士が戦場で使用する軍服、軍靴、ベルト、毛布、一人用のテントが作られていた。中西さんの言では六尺褌も作られていたそうだ。まるで兵士の死装束を作っているようだと思った。

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中西さんから面白い話を聞いた。動員学徒がストライキを決行したというのだ。戦争末期になると、布や靴下などの生活必需品が不足し、中には工場から品物が消えることもあったそうだ。そのため従業員の身体検査が行われた。それが学生たちまで拡大されるということに立腹し仕事をするのを止めたそうだ。軍人は弾圧しようとしたが 肝のすわった学生二人の訴えがみとめられたそうだ。お咎めはなし。逆に彼等の言葉は廠長の心を動かした。 

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8月6日。中西さんの命を救った3つの幸運とは。一つは市内中心部に荷物の運搬に出かけることになっていたがトラックが遅れたので出かけなかった。二つは建物の近くにいたため30度の角度で襲った熱線を浴びなくてすんだ。3つは実家が郊外で、爆心地から離れていったこと。

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次から次へと運ばれてきた被爆者たちのうめき声-水!水!これは地獄だと思った。「おかあさん、死にたくないよ」という女学生の声を未だに憶えていると語ってくれた。自分の名前や自宅の住所を叫び、家への連絡を頼む声も忘れられない。亡くなった人は穴を掘ってそこで焼かれた。

 

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 広島城では中国軍管区司令部跡と大本営跡で金子哲夫さんの話を聞いた。大本営跡に立つ明治二七二八戦役廣嶋大本営の碑を前に、日本と広島が歩んだ戦争の歴史を学んだ。明治二七二八戦とは日清戦争のこと。ここに大本営が置かれ、9月15日から翌4月27日まで明治天皇が滞在し帝国議会が開催された。東京ではなかなか決まらなかった戦費一億五千万円が一日で決まったという。

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大本営跡にある石碑はなぜか塗りつぶされている。この碑文を解明した人がいるらしい。「史蹟名勝天然記念物保存法に依り 大正十五年十月内務大臣指定」の文字を占領軍が広島に入った時あわてて塗りつぶした。あった歴史を隠し、真実が伝えられないのは現在も同じ?

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ここで面白い話を聞いた。広島市の水道の歴史だ。1899年1月に市水道として給水を開始している。広島市の水道は天皇の勅令により軍用の水道という形で敷設された。これはそれまで例がないことだったという。日清戦争が起こると多くの軍人が広島市に集まったことも大きな要因になった。疫病を防ぐにはきれいな水の確保が大切だったということであろうか。こんなところにも軍と歩んできた歴史がのぞく。

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[中谷悦子]


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2017年11月22日 (水)

修学旅行 (日光) ――二日遅れですが、「同じお題で書きましょう」――


修学旅行 (日光)

――二日遅れですが、「同じお題で書きましょう」――

 

小・中・高と修学旅行には楽しい思い出がたくさんありますが、きちんと記録として残っているのが、小学校の5年と6年の修学旅行です。5年生は鎌倉・江之島、そして6年生になると日光というのが当時の定番でした。

 

修学旅行の後には、そのまとめを作文や絵として提出することになっていたのですが、私は「楽しかったことをおとなになっても思いだせるように」という「崇高な」目的のために、「旅行記」を作りました。

 

随分力を入れて作ったものですので、それから〇〇年、大切に取っておきました。今読み返してみて、改めて「楽しかったこと」を懐かしく「思い出して」います。旅行記の表紙もかなりの出来です。

 

                 

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そして「はしがき」には、525日と26日に日光に行ったこと、また修学旅行の二日間をぼんやり過してしまってはいけないことも、先生に言われた通りに守って色々調べるという決意も述べられていて、「真面目さ」の片鱗が窺えます。

 

 

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コピー機などなかった時代ですので、自分で書いた日光の地図を最初に綴じ込んであります。

 

 

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全部で、141ページの大作ですが、一ページは、200字の原稿用紙ですので、全部で2万字以上になります。父のカメラで撮った写真も添えてありますので、このブログの原型はこんなところにあるのかもしれません。

 

 

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糊がはがれていますので、近い内に修理しなくてはいけません

 

修学旅行と直接関係はありませんが、小学校6年の時に、母と一緒にマリリン・モンロー主演の「ナイアガラ」を観ていたことが分ります。

 

もう一つ、有り難かったのは、修学旅行中の同級生たちとの会話や、どんなことをして遊んだかがかなり詳しく記録されていることでした。先生方がどんな話をしてくれたのかも、そして何度も叱られていることなど、旅行記を書くときに苦労した思い出があるだけに、でも書き残しておいて良かったと、今、一人感慨に耽っています。

 

大切に取ってはあっても、何かの切っ掛けがないとなかなかページを繰るまでには行きません。「旅行記」を開く良い機会を作って下さった⑦パパに、大感謝です。

 

 

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コメント

先生、すごいですね。小学6年生で原稿用紙141枚がかけたことに
ただただ驚愕、信じられない秀才ですよね。文章も今の私より上手いw

まさに、栴檀は双葉より...。ですね。
にしても、お母さまが小6のお子に『ナイアガラ』とは、大胆な。
負けました。
私も小4あたりから母に連れられて(ま、ダシですね)、でしたが、
恋愛もの解禁?1は小6→『サヨナラ』や『晩鐘』(墺)を
見たあとの昂揚感は忘れられません。
長じては喜劇が一番、となりましたけど。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。自分でも良く頑張ったと思います。そして、俳句の名人から褒められて光栄です。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。「ナイアガラ」は、字幕でしたしサスペンス映画だったので内容は良く分りませんでした。でも良い映画だと、楽しめるのは勿論ですが、そこから結構いろいろなことを勉強しているものですね。「何度も見た映画」を紹介するシリーズも面白いかもしれません。

2017年11月 6日 (月)

選挙権を賢明に行使するには ――マスコミの役割は大切です――


選挙権を賢明に行使するには

――マスコミの役割は大切です――

 

 

                             

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昨日の続きです。

 

安古市高校の生徒さんたちの質問は素晴らしかったのに、十分には答えられなかったことも補足しての「回答」です。

 

質問をしたのは3年生でした。

 

18歳になったので投票はしたけれど、日常の生活の中で詳しく政治について知ることも考えることもないまま、曖昧な態度で投票をしてしまった。でも、政治について詳しく知っている人と同じ一票だということに違和感を持っている。それをどう考えたら良いのか、また次の機会にはより良い投票をするのにどうしたら良いのだろうか。

 

講演後、船津校長先生から伺ったのは、3年生は選挙についてグループに分かれてディスカッションをするなど、しっかりと勉強をしていたということでした。政治について詳しく知っている人、あるいは真面目に考えている人は、恐らく少数だと思いますが、安古市高校の3年生は、その少数の中に入っていると言って良いのではないかと思いました。

 

にもかかわらず、こんなに謙虚に自分の立場を見詰めて考えられること自体素晴らしいと思いますし、一票の価値についての疑問は民主主義の基本であるのと同時に、「多様性」の意味そのものへの問い掛けでもあるのです。

 

私が十分に答えられなかったと反省している点は、まず、この3年生が「自分なりにしっかり勉強して投票したこと自体、素晴らしい」ときちんと言って上げられなかったことです。そしてもう一つは、仮に、政治のついての知識が十分にないということが本当だとして、それでも投票することには大きな意味があるという点です。全ての人が日常レベルで政治に関心を持ちしかもある程度の時間を使って勉強した上で投票することになればそれは素晴らしいのですが、現実的にはそれほどのことは望めないと思います。

 

しかし、少数派の、政治に詳しい人だけが投票することによって政治が良くなるとは考えられません。関心を持ちつつも十分には分らない、しかし漠然とした思いだけはあるのが普通でしょう。そんな人々がもっと多く投票することで、つまり投票率が高くなることで、いわば「無意識」の内に、あるいは「意識下」に感じている社会に対する思いが、「多様な」結果として現れることが期待できるからです。

 

この視点からは、投票を義務化する、つまり、投票に行かない人には罰金を科する制度さえ必要だと主張しても良さそうです。ブラジルやオーストラリアでは義務制が取られていますので、これらの国の先例からも学びつつ、検討しても良いのではないかと思います。

 

しかし、ここまで述べたことで質問に対して十分に答えたことにはならないのです。私が受け止めた質問の内容は、ある程度の関心があり真面目に取り組んでも、日常的な情報だけでは自信を持って投票できないという現実です。

 

高校生は学校で勉強できますし、先生の質問することも日常的にできるのですが、それ以上に、そして社会人の場合、最大の情報源はマスコミです。そのマスコミの情報が不十分だという点が問題なのではないか、というのが私の率直な感想でした。その点については再度取り上げたいと思っています。

 

それを補完できるのがネット情報ですが、それも玉石混交です。しかし、出発点としてお勧めなのが、早稲田大学の水島朝穂教授のホームページです。特にその中の「直言」は必読です。

 

こうしたネット情報を出発点に、日常的な「自分のためのネットワーク」を作ることで、効率的な勉強を続けるのも一つの可能性です。

 

最後に、生徒代表からお礼の言葉がありました。講演の中で、「都市の特徴として、多様性を生かすために、市民がお互いの違いに寛容で、上手く折り合って生活していることが重要」だという点に注目したこと、そしてこれは都市だけに限った話ではなく、学校の中でも同級生たちとの間で、自分から積極的に発言するのと同時に、相手の言葉にも耳を傾け、それを自分の考え方に取り入れることでより豊かな内容にできると思った、という感想を述べてくれました。

 

このような問や感想を貰ったことで、スピーカー冥利に尽きる、という感慨を覚えましたし、改めて若い世代への期待に胸膨らんだ午後になりました。

 

 

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コメント

日本人には昔から性善説があって、人間は生まれながらにして皆善人であるは
最近の事件事故を見ていると当てはまらないのではないか。選挙についても考え
方の修正が必要ではないか。多様性や数の論理と言った言葉が卒業の時期に
来ているといいたい。前回のメールでも書きましたが、欧州の選挙は各政党が
独自の主張(中には極右や極左という怖い政党もある)を展開し、フリーハンドで
戦って民意の結果により一つの政党が過半数を取れなければ連立を模索すると
いった制度です。国民からは解り易いので投票率の上昇は期待出来ます!

「鯉の応援団」様

コメント有り難う御座いました。

自民・公明与党の「数の論理」を振りかざして、何の議論もせず、丁寧に説明すると口では言いながら議会も開かずに解散するようなことは「卒業」すべきだと思いますが、これは性善説ではなく、弱い者いじめの範疇に入るのではないでしょうか。

「多様性」については、LGBTについての理解もようやく広がり始まったばかりですし、多様性の出発点であるはずの女性の地位についても、世界経済フォーラムによる2017年「ジェンダー・ギャップ指数」において、日本は調査対象144カ国のうち、114位と前年より3つ順位を落とし、過去最低でした。これで「卒業」はないでしょう。まだ真剣な努力さえ始まっていない、としか考えられません。

2017年11月 5日 (日)

「多様性」を中心に選挙制度を考える ――今の制度では民意が反映されていないと8割の人が考えています――


「多様性」を中心に選挙制度を考える

――今の制度では民意が反映されていないと8割の人が考えています――

 

昨日の続きです。「多様性」を確保するという視点から政治を考えて見ることが、今の時代を生きる上での基本になって欲しいという思いです。

 

                 

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多様性を最大限に保障する政治制度は、全員参加制度です。100人の集団で、100人すべてが最終決定に関われば、最も多様な意見が反映されることになるからです。その対極にあるのはその中の「一人」による独裁制であることも分って貰えると思います。

 

しかし、国という大きな単位で、常に全員参加の決定を行うのは難しいので、選挙で代表を決めることになります。そのためには、何らかの基準を設けて選挙制度を整備する必要がありますが、何のために選挙を行うのかの再確認から始めるべきだと思います。

 

「政治改革」の名の下に導入された小選挙区比例代表並立制というシステムを推進した人たちは、「政権交代のできる制度」こそ最優先されるべきだと主張しました。そのためには、民意の忠実な反映、特に多様性を確保することは二の次三の次という価値観をあからさまに表明して、マスコミもこぞってその考え方を支持しました。こんな暴論で事が進んだ背景にあったマスコミの驕り、そして一部の学者の知的不誠実さを忘れてはなりません。

 

もし政権交代をすること自体が、多様性以上に尊重されるべきであるのなら、選挙など行わずにジャンケンで決めることにした方がお金もかからず、確率的には半々で権力が変りますので、その方が良いという議論さえ可能です。

 

しかし、政権交代を実現するために選挙制度のデザインをすることは本末転倒です。元々の母集団でも大切だった「多様性」が選挙の結果にも保障されることが本則でなくてはなりません。つまり、選挙の本来の目的とは「多様性」の確保であり、それこそ最優先されるべきなのです。そして母集団と同じように、その多様性を生かすためには寛容さがなくてはなりません。力の強い側が、力を恃みにして弱者を押し除けてはいけないのです。つまり、話し合いと創造的な折り合いを付けることが基本です。

 

そのための選挙制度としては、少数派の意見も投票結果に反映される比例代表制度が当然の選択です。実は、この点を理解するためには、その正反対のことが起きればどうなるのかを考えて見ることが役に立ちます。

 

極端なケースとして独裁制を考えると、そこで否定されている最大の要素は「多様性」だと言って良いでしょう。もう一つ、独裁制の下では、独裁者が全てを決めることになるので、当然、時間は掛りません。時間の有効活用等、時間を持ち出して話し合いを拒否する、あるいは話し合いの時間を短くすることは、独裁制につながる道であることもしっかり確認しておく必要があります。

 

もう一つ、多くの政治家や政党が「自らの身を切っての改革」といった旗印の下、推進しようとしている「議員数削減」も、「多様性」の視点から考えると決して陥ってはいけない落とし穴です。

 

数学ではしばしば、物事の本質を理解するために、「極端な」ケースを想定して、つまり「思考実験」として物事を考えることが有効です。議員削減の極端なケースとは、議員数を極限まで減らして一人にしてしまうことです。それは、独裁制ですので、「議員削減」が何を目指しているのかはこのことだけからも明らかでしょう。

 

しかも、多くの場合、「身を切る」あるいは「身を切られる」のは、少数派、あるいは弱者の代表で、議員数削減に賛成する人たちは、削られることはなく身分は安泰である場合がほとんどです。「身を切る」改革とは結局、弱者を排除し切り捨てるための口実として使われていることが分ります。

 

最後に二つのグラフを御覧下さい。最初は内閣府が2014年に行った世論調査で、今の政策に民意が反映されているかどうかを聞いています。大雑把に総括すると、8割ほどの人は「反映されていない」と考えています。そして残りの2割くらいが「反映されている」という意見ですが、小選挙区比例代表並立制が導入された1994年くらいから急激に乖離が進んだことは記憶しておくべきでしょう。

 

 

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そして民意が反映されないのは、小選挙区制が原因です。5割に満たない得票率で、8割もの議席を占有する結果に多くの有権者が不満を持っているということなのですが、得票率と議席占有率の大きな乖離もグラフとして見ておきましょう。

 

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安古市高校の生徒さんたちの質問は次回に回さざるを得なくなりましたが、質問は素晴らしかったのに、十分には答えられなかったことも補足しての「回答」を、次回アップします。

 

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コメント

多様性は別の見方をすれば解りにくいと言う事も出来ます。投票率の
低さもこの辺が原因ではないでしょうか。私は欧州の選挙制度の方が
良い様に思う。各政党が旗の色を鮮明に出しフリーハンドで選挙戦を
行い、民意の結果によって一つの政党が過半数を取れなければ初めて
連立を模索するという事です。国民には解り易い選挙といえます!

「鯉の応援団」様

コメント有り難う御座いました。

ここで言及されているのはフランスの過半数当選式小選挙区制のことでしょうか。それとも国会における総理大臣の指名についてなのでしょうか。

後者だとすると、例えばドイツでも日本でも下院における投票で過半数を得た人が指名され、日本の場合は参議院との関係はありますが、過半数を得た人がいない場合は決選投票になります。ここで、「連立」の可能性が出てきますが、基本的にドイツと日本の間で制度的な違いはないと考えた方が良いように思います。

前者だとすると、ドイツは小選挙区当選優先拘束名簿式比例代表制で、フランスとは違います。基本的には比例代表で、小選挙の当選者が多いと「超過議席」が与えられるという仕組みです。

政党色を出して選挙を行っている政党は、日本にもあります。「フリーハンド」で選挙という意味が私には良く分りません。

わたしは、市民連合が「多様性重視」のこういう方向の議論を提起し、各野党の統一綱領として提案していくことが大事だと思っており、すでに内部的に提起しています。各野党が変に合併せずに、それぞれの良さを活かしたほうが、野党全体のパイも伸びるでしょう(参院一人区と衆院小選挙区では次回一回限りの棲み分けは仕方がないですが)。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

野党全体として推進できる共通の指針を一つか二つ明確に示せれば、政治の状況はかなり変ってくると思います。そのためには「多様性」のように少し抽象的でも、これからの社会の本質をハッキリ召している概念が大切だと思います。

市民連合、頑張って下さい。

2017年11月 4日 (土)

明治維新の原動力は藩の多様性 ――安古市高校での講演から――


明治維新の原動力は藩の多様性

――安古市高校での講演から――

 

多様性が大きな力になった例として、司馬遼太郎は「明治維新」を挙げています。

 

                   

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つまり、明治維新の原動力になったのは、当時300ほどあった藩の多様性だということなのです。今の時代では、人口で考えると、都市といっても良いと思いますが、各藩にそれぞれ特色のあったことは時代劇などにも反映されています。その中で注文すべきなのが、教育制度だというのが司馬の指摘です。(文春文庫『この国のかたち 一』「14 江戸期の多様さ」参照)

 

例えば、大隈重信の出身地、佐賀藩では、

 

 

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 67歳で藩校に入校、25, 6歳で卒業。

 「不出来のため学齢に即した段階に進めない者に対しては役人にしないばかりか、家禄の10分の8を削った」

 

西郷隆盛を輩出した薩摩藩では、それと対照的な教育をしていたようです。

 

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 「意識的に学問を軽んじた」

 藩士の教育など、初等ていど。学問をすると、理屈っぽくなり峻烈果敢な士風が鈍磨する、考えられていた

 その代り、若衆宿である「郷中(ごじゅう)」を組織し、「郷中頭」が若者を統御・訓練する制度を作っていた

 

このような教育の結果、藩のリーダーたる人材が特定され、政治や経済の方針を決めたのですが、そのリーダー、今で言えば官僚でしょうが、の登用の仕方が長州藩では一風変っていました。長州藩の出身者で有名なのは伊藤博文ですが、彼はこの制度によって武士になりました。

 

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長州藩で、藩士士分に取り立てて貰う方法

 「ハグクミ」では家士が誰かを扶養し、弟分とみなすだけで武士

 家士が「手附き」つまり家来だと届けることで、藩士として扱われる

 のちの伊藤博文は、こうして藩士として扱われることになった

 

多様性が現在の世界にどう生きているのかは、フロリダ教授の研究成果を引用して説明しましたが、続いて、政治を考える際、特に選挙のあるべき姿をデザインする上でも最優先されなくてはならないことを、歴史的な事例も含めて説明しました。

 

一人一票という選挙の大原則は、人権という立場からとても大切なのですが、それを含めて、「多様性」という立場から見直すことも重要です。

 

多様性を最大限に保障する政治制度は、全員参加制度です。100人の集団で、100人すべてが最終決定に関われば、最も多様な意見が反映されることになるからです。その対極にあるのはその中の「一人」による独裁制であることも分って貰えると思います。

 

しかし、国という大きな単位で、常に全員参加の決定を行うのは難しいので、選挙で代表を決めることになります。そのためには、何らかの基準を設けて選挙制度を整備する必要がありますが、何のために選挙を行うのかの再確認から始めるべきだと思います。そこで、多様性を生かすことを優先する制度が登場します。

 

随分長くなりましたので、選挙制度については次回に回します。

 

最後に、司馬遼太郎の代表作の一つ『坂の上の雲』について、今年の初めに総理大臣談話を分析した一環として取り上げています。多くの司馬ファンの考え方とは違っていますが、こちらも参考のためにお読み頂ければと思います。

 

 

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