教育

2018年4月 7日 (土)

 卒業式・入学式 ――子どもたち・学ぶ側の視線ではいけないのでしょうか?――

 

卒業式・入学式

――子どもたち・学ぶ側の視線ではいけないのでしょうか?――

 

34月は、卒業そして入学のシーズンです。卒業や入学を祝う行事があり、感動的な歌もいくつも作られています。『仰げば尊し』もその一つですが、何時までも歌い続けて欲しい歌の一つです。

 

今回、トピックとして取り上げたいのは「卒業式」と「入学式」という言葉です。実は、この卒業式と入学式について、長い間、気付かなかったことで、50代になってからハッと気づいたことがあるのです。その頃から、公立学校の卒業・入学式に招かれることが多くなり、何だか変だなと思いつつ、ずっと気になっていたことなのですが、恐らく皆さんの中でも気付かなれていない方の方が多いのかもしれません。まずは次の写真を御覧下さい。

  

Photo


手元に手頃な写真がなかったので、ネットからお借りしましたが、「卒業式」ではなく「卒業証書授与式」なのです。ほとんどの公立学校では、少なくとも広島市内の公立学校では、「証書授与」という麗々しい4文字を加えて式典が取り行われています。

 

「卒業証書授与式」の方が古くからある使い方のようなのですが、私が違和感を持ったのは、「卒業式」と「卒業証書授与式」の視線の違いです。「卒業式」は「入学式」と同じく、学校に入る、卒業するという子どもたち、学ぶ側の視線の言葉です。それに対して「卒業証書授与式」は、卒業証書を「授与」する学校側、上から目線の言葉です。

 

それだけではありません。『仰げば尊し』で歌われているような、学ぶことによって培われる師弟の愛や、同じ学び舎で学ぶ若者たちの友情、そして同じ時期に同じ環境で暮すことのできた子どもたちを取り巻く同時代意識など、学校教育の本質を「証書授与」という官僚的な一言でバッサリ切り捨ててしまう、という野蛮な結果までもたらすことになっています。

 

「入学式」のほうには「入学許可式」などという野暮な言い換えはありませんので、両方とも統一して「入学式」「卒業式」にできないものでしょうか。

 

Photo_2

 

 

これもネットからお借りしましたが、「卒業証書授与式」などという変てこな、かつ無理な言葉を使わなくてはならないのは、やはり文部科学省の差し金ではないか、と私も思ったのですが、そうではありませんでした。文部科学省に問い合わせた人がいるのです。その結果、文部科学省では「卒業式」を使っている上、学習指導要領にもそう書かれているとのことです。詳しくはこちらのブログを御覧下さい。

 

だったら、広島市内や県内でも、子どもや学ぶ側の視線に立って、来年からは「卒業式」にできないものでしょうか。

 

広島市内でも私立校では「卒業式」を使っているところもあるのは当然ですが、証拠写真も添付しておきます。

 

20170304_23_09_17

 

 

[2018/3/22イライザ]

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コメント

① 長い方がかっこいいから。
② 3月末日まで籍があるので、それまでは卒業していないから「授与式」
こんなんじゃないでしょうか

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

① それで、加計学園・岡山理科大学では、「入学宣誓式」にしたのですね!!

② こちらはかなり「官僚的」視点からの理由付けですが、それを卒業ではなく、入学に当てはめると、通常4月1日には入学していることになっていますので、「入学」式ではなく、「入学宣誓式」「入学許可式」とかにすべき、ということになりませんか??

色々、理屈を考えて見るのも一興ですね。

2018年3月29日 (木)

 『仮説実験授業――授業書<ばねと力>によるその具体化』 ――追悼 板倉聖宜先生 (3)――


 『仮説実験授業――授業書<ばねと力>によるその具体化

――追悼 板倉聖宜先生 (3)――

 

201827日に逝去された板倉聖宜先生のお仕事の中核をなすのが、『仮説実験授業――授業書<ばねと力>によるその具体化』(仮説社) です。普段はあまり考えないことが取り上げられているかもしれませんが、一度疑問を持つと答を知りたくなりますよね。そのスピリットでお付き合い下さい。

 

Photo_3

                             

 

まずはこの本が入ってきた箱の裏に書かれている「著者のことば」です。

 

仮説実験授業は、広い意味での科学教育に関する一つの思想だということができます。これまでに科学と教育の両方にわたる新しい考え方を提出し、教材の組織の仕方や教育研究運動の進め方についても具体的なプランを提出してきました。科学教育を体系的

に変革しつつあるといってよいでしょう。

本書では<ばねとカ>という一つの授業書を前面に出しながら、いたるところで仮説実験授業の考え方を、細かなことについてまで具体的に論じています。〈ばねとカ〉に限らず、仮説実験授業に関心をもつすべての人によって検討されることを願っています。

 

さて、ここで「授業書」という耳慣れない言葉が登場しますが、これは、授業に際して生徒たちに配布される印刷物を指します。同時に先生方の「授業の指導案」の役割も果しています。この授業書に提示されている通りに授業を進めて行くことで、生徒たちは、例えば「ばねと力」についての理解をすることができ、「力」といった概念を使いこなせるようになります。それは、板倉先生に協力する形で実際の授業を行ってきた多くの先生方の報告や生徒たちの質問への答、またアンケート等から確認されています。

 

授業書の中心は「問題」です。「すべての生徒が一人で予想をたて、自分自身で考えて討論に参加し、実験に訴えてその真否を明らかにすることを要求するもの」と定義されています。この問題は、問題文・予想・討論・実験の4段階から成り立っています。

 

抽象的な説明が続いても具体的イメージが湧かないと、「仮説実験授業」の楽しさは伝わらないと思いますので、一つ、この本の中から最初の問題を見てみましょう。この前に「質問1」がありますが、スペースの都合もありますので省略します。

 

1_2

 

 

予想をした上で、実験をしてみると答は分りますが、ここから出発して、問題2、質問2を経て、「力の原理」に至ります。

 

力の原理とは

 

1. ものに力が加わると、その力の方向にうごきだします。

2. 反対向きの二つの力が加わっていて、一方の力が大きければ、大きな力のほうに動きだします。

3. 止まっているものに加わる二つの力が反対向きで大きさが同じならば、そのものは動きません。

 

この後に「例題」があって、力の原理を応用する練習ができるようになっていますが、省略します。

 

楽しみながら、そして実際に参加しながら学ぶことで、大きな成果が上がるようにデザインされているのが「仮説実験授業」ですが、板倉先生はその目標を次の三つにまとめています。

 

目標①: すべての子どもたちがそこで教育目的とされている科学上の概念・原理・法則を理解し使いこなせるようにする。

目標②: クラスのすべての子どもたちが科学とこの授業とが好きになるように、授業を組織する。

目標③: 以上のような授業がとくべつベテラン教師でなくても、授業について一通りの能力をもち、この新しい仮説実験授業の考え方を自らとり入れようとする熱意を持った教師なら、だれでも実施できるように一切の準備だてをする。

 

凄い目標ばかりなのですが、特に「目標③」は有り難いですね。そして、本書が書かれるまでに実施された数十の授業では、その全てが見事に達成されているという報告も付いています。しかも、単なる自画自賛ではなく、一次資料付きの評価です。

 

先生の著書の中で、面白そうなものが多過ぎて、その全てを読むまでにはなっていませんが、良い機会ですので、手に取ってみたいと思います。先生の御冥福をお祈り致します。

 

先生の著書は仮説社からお求め頂けます。アマゾンでも扱っています。それと、先生のお弟子さんのサイトだと思いますが、「板研情報局」でも役に立つ情報を読むことができます。

 

[2018/3/9イライザ]

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2018年3月27日 (火)

 『生類憐みの令――道徳と政治』 ――追悼 板倉聖宜先生 (2)――

 

『生類憐みの令――道徳と政治』

――追悼 板倉聖宜先生 (2)――

 

201827日に逝去された板倉聖宜先生が手掛けた分野の一つ、そして私自身が大きな影響を受けた歴史や社会の見方についての名著には、『生類憐みの令――道徳と政治』と『差別と迷信――被差別部落の歴史』(共に仮説社)、さらには『禁酒法と民主主義――道徳と政治と社会』があるのですが、恐らく知られていない事実も多く盛り込まれている『生類憐みの令――道徳と政治』を御紹介しましょう

 

「生類憐みの令」とは、江戸時代の第5代将軍徳川綱吉 (1646~1709) が発した一連の法令の総称で、特に犬を大切にすることが強調されたと、私たちは教わってきました。そのため、綱吉は「犬公方 (いぬくぼう)」というあだ名まで付けられました。このことは御存知かもしれません。ちなみに、「公方」というのは征夷大将軍の別称です。

 

Photo

                             

By 日本語: 土佐光起 English: Tosa Mitsuoki ("歴代徳川将軍の肖像") [Public domain or Public domain], via Wikimedia Commons

 

綱吉が何故「生類憐みの令」を出すに至ったのかという理由として「俗説」では次のようなストーリーが流布されています。『生類憐みの令』の説明を少し変えて引用します。

 

世継ぎを病気で失った綱吉は,何とか子どもが欲しいと思っていましたが、隆光という僧侶が,「上様に子どもができないのは,前世で犯した殺生の罪の報いです。ですから生類、つまり生き物を憐れんで殺さないようにするのが一番大切です。特に上様は戊年生まれだから犬を大切にしなさい」と勧め、その結果、綱吉は「生類憐みの令」という一連の法令を出し,犬を殺したり傷つけたりしたものを厳罰に処するようにした。

 

その結果、犬を虐待したことを理由に島流しや死刑といった重い刑罰を下された人も多く、今でも「悪法」の典型だ、と考えている人たちも多くいます。

 

その一方、「生類憐みの令」文字通り現代的に訳してみると、「動物愛護法」ということになるのですから、世界史的に見ても、17世紀にそんな素晴らしい法律があった日本は世界に誇る動物愛護国だったという解釈も成り立つはずです。

 

この「生類憐みの令」を取り上げる板倉聖宜先生の姿勢はと言うと、裏表紙の言葉が分り易いと思います。

 

道徳的にせよ政治的にせよ,正しいこと,正義を広め実現していくには,社会の運動法則をきちんと見極めてかからないと,とんでもない逆効果をおこしかねません。

本書は,問題を予想しながら楽しく読み進むうちに,「生類燐みの令」の本当のすがたが,はっきりと理解できるようになっています。また,「生類憐みの令」という歴史的事件の実態を追っていくことによって,道徳や政治の問題を社会の法則とからめながら考えることができるようになるでしょう。

また,学校での授業ですぐに使えるように「授業書」も収録してあります。本書があれば,道徳や在会科の時間にすぐに授業にかけることができます。

 

現代語の訳は「動物愛護法」なのですから、犬以外の動物も保護の対象になっていたと考えらますが、本当はどうなのでしょうか。「予想」しながら考え、そして資料に当って事実を確認する板倉方式の特徴である「問題」を一つ二つ見てみましょう。問題の前の解説も引用します。

 

魚の中でも<生きたまま売られていて比較的大衆的な食べ物>もありました。ウナギとドジョウです。ウナギとドジョウは生きたものをザルなどに入れて運び歩いて,注文があるとお客の目の前で生きたまま料理したのです。これも残酷といえば残酷です。[中略]

 

〔問題6 )

では,このときに,ウナギやドジョウを生きたまま売ることは許されたでしょうか。どうでしょう。

 

予想一一ウナギやドジョウを生きたまま売ることは,

 

.禁止された。

.例外とされて,許可されていた。

 

答は、バナーの後に。

 

今でもそうですが、江戸時代も犬は身近な動物でしたから、犬を大切に、という綱吉の政策が多くの市民に影響を与えたことは事実です。そして、その実を上げるために綱吉は「犬小屋」を設置するまでになりました。そこで問題です。

 

〔問題4 )

綱吉は,いまの東京都中野区のJR線中野駅近くに,幕府直営の犬小屋を建てさせて,江戸中の野犬をそこに集めて育てることにしました。

それなら,その犬小屋ができてまもなくして,その幕府

の直営の犬小屋に収容された野犬は何匹くらいになったと

おもいますか。

 

(参考〉当時の江戸の町人の人口は40~50万人でした。

 

予想

ア· 100匹ぐらい

イ· 1000匹ぐらい

ウ· 1万匹ぐらい

10万匹ぐらい

.その他(       匹くらい)

 

答は、バナーの後に掲載しますが、『生類憐みの令』という本の楽しさを少しは伝えることができたでしょうか。

 

こんなに楽しい本を子どもたちが小さい頃に、どの予想が正しいのかをワイワイガヤガヤ話しながら、一緒に読むことができなかったことは、子どもたちに申し訳なかったと思っていますし、私自身そんなに楽しい時間を味わえなかったことを残念に思っています。

 

先生の著書は仮説社でお求めになれます。アマゾンでも扱っています。それと、先生のお弟子さんのサイトだと思いますが、「板研情報局」でも役に立つ情報を読むことができます。

 

[2018/3/8イライザ]

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[]  ウナギやドジョウももちろん禁止されていました。でもそれでは生きて行けない魚屋たちは、例えば「アナゴ」と称して売るという手段で何とか法の目を逃れていたようです。

次の問題ですが、『徳川実紀』によると「エ」の10万匹です。別の資料では、82000匹はいただろうと書かれているとのことです。

 

 

2018年3月26日 (月)

追悼 板倉聖宜先生   ――私見では、クイズ番組を面白くしてくれた先生です――


追悼 板倉聖宜先生  

――私見では、クイズ番組を面白くしてくれた先生です――

 

201827日に板倉聖宜 (いたくらきよのぶ) 先生が逝去されました。御冥福をお祈り致します。板倉聖宜先生と聞いて、「あゝ、あの先生」と答えて下さる方は少ないと思いますが、教育者、科学史家、哲学者として、科学教育の根本的な見直しを提案・実践して来られた先駆者です。その先生の残された足跡を簡単ですが、御紹介したいと思います。

 

板倉先生の数ある著作の中で、「誰もが知っている」一冊を挙げろと言われると、『仮説実験授業』(仮説社)になるだろうと思います。その内容についても、御紹介する積りですが、先ずは親しみを感じて頂くために、板倉先生が手掛けたもう一つの分野、そして私自身が大きな影響を受けた歴史や社会の見方について、を取り上げましょう。

 

そして、これは全く私の独断と偏見に基づいた評価ですが、テレビのクイズ番組の質を上げ、面白いものにした最大の功労者は板倉先生だということも御理解頂ければと思います。

 

まず、最初に最近のクイズ番組の問題から、本稿に関係のあるものを紹介します。

 

[問題] 硬貨の重さについての問題です。次の三つの硬貨の内、一番重いのはどれか?

 100円玉

 50円玉と10円玉を合わせたもの

 500円玉

 

Photo

                             

        ②       ③

 

硬貨の重さは法律で決められており、次の通りです。

 

1円玉  1g

5円玉 3.75g

10円玉 4.5g

50円玉 4.0g

100円玉 4.8g

500円玉 7.0g

 

Photo_2

 

 

ですから、①は4.8g、②は8.5g、③は7.5gで、正解は②なのです。

 

このクイズ問題を最近テレビで視て、板倉先生の『おかねと社会』という本を思い浮べていました。貨幣の歴史を分り易く解説した本ですが、この問題はそれの現代版とも言えそうです。

  

板倉先生が、歴史を理解しようとする基礎にあるのは「理科的な見方・考え方」です。その特徴はできるだけ一次資料に当って事実を元に考える、そして論理的に考えることなのですが、これなら歴史学者も当然実践していることです。板倉先生がそれに加えて重んじているのが、出来るだけ「数値化」して物事を捉える、さらに「仮説」を立ててそれを実験で確かめながら一歩ずつ理解を進める、という手法です。

 

これも、「科学」と名前の付いている学問では、一応、建前として掲げられていることなのですが、先生の名著の一つである『おかねと社会』のはしがきで、さらに踏み込んでその意味を強調されています。ちょっと長くなりますが、引用します。

 

 おかね(貨幣)は人間の経済活動の主役のようなものです。そこで、貨幣制度は、政治の中心ともなります。しかし、おかねは政治権力者の意のままになるとは限りません。おかねにはおかねの、経済には経済の法則があるのです。しかも、おかねはものですから、のちのちの時代まで伝わります。書かれた文書には、それを書いた人の主観が大きく反映しますが、おかねにはそんなことはほとんどありません。

 じつは、私は「おかねの歴史をしらべてみてはじめて、<経済法則と支配者と被支配者との関係>といったものがよく理解できるようになった」と思いました。そして、「日本の歴史の大きな流れといったものもよくわかるようになった」思ったのです。そこで、私は、そのよろこびをみんなとわかち合いたくて、この本を作ったというわけです。

 

この本でも、「仮説」「実験」という姿勢が貫かれています。小学生にも読んで貰うという理由もあったのだと思いますが、「問題」が提示され、それを考えて「予想」つまり「仮説」を立てることから始めて、その答が出てくるという順序になっています。大切なのは「問題」そのものが既に政治と経済の本質を抉る内容を持っていることです。例えば、これをお読みの皆さんの中で、次のような疑問を「自然に」持たれた方はそれほど多くはないのでないかと思います。私も持っていませんでした。以下引用です。

 

[問題 2]

古代の天皇政府がはじめておかねを作ったとき,人々はそのおかねをよろこんで使うようになったと思いますか。

 

予想

. おかねというものを使い慣れていないので,ものをおかねにかえるのをいやがった。


. おかねは米や布などで物々交換するよりずっと便利なので,人々はよろこんで使うようになった。

 

. 政府の作るおかねにはあまり価値がないので,ものをおかねにかえるのをいやがった。

 

江戸時代の物語には必ず出てくる大判や小判とか、落語の二八蕎麦などを元に考えると「イ」が答だと考える方も多いでしょう。ネタをばらしてしまうのは、推理小説と同じくらいルール違反なのですが、おかねを使う人は多くなかったようなのです。この問題ではその理由も一緒に考えることが必要です。「ア」が正解なのか「ウ」が正解なのか、その両方なのかという問題も提示されていますので、それは次の問を考えることにつながり、さらにその先に発展するという面白みがあるのです。

 

そして、このような視点から、面白いクイズ番組の問題が作られるようになったのは、板倉先生の著書が広まり始めた頃だったという記憶があるので、「クイズ番組が面白くなったのは板倉先生のお陰だ」と、敢えて主張しています。

 

実は、私が読んだ先生の本の中で一番印象的だったのは『生類憐みの令』と『差別と迷信』(共に仮説社)なのですが、次回はその紹介です。

 

先生の著書は仮説社でお求めになれます。アマゾンでも扱っています。それと、先生のお弟子さんのサイトだと思いますが、「板研情報局」でも役に立つ情報を読むことができます。

 

[2018/03/07イライザ]

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2018年3月 7日 (水)

広島の音楽危機  ――良く考えると教育そのものの危機では?――


広島の音楽危機

――良く考えると教育そのものの危機では?――

 

ベンジャミン・フリス氏のリサイタル会場で音楽に関心のある人達の間で話題になったことの一つは、広島の音楽教育が危機的状況にあるのではないかということでした。

 

初めて広島に定住することになって驚きとともに発見したこと、かつ嬉しく思ったのは広島が音楽の盛んな街であるということでした。コンサートに出掛けたときにプログラムと共に手渡される公演のチラシの数は東京と同じくらいの枚数がありましたし、もちろん、広響の存在そのものが大きかったのですが、それ以上に広島の「本気」度が伝わってきたのは、音楽高校があり、音楽大学まであるという事実でした。

 

しかし、音高として親しまれてきた広島音楽高等学校は昨年休校するに至りました。また、伝統のあるエリザベト音楽大学もより幅広い分野での人材育成のための教育課程を創設するなど、音楽大学としての存在意義を踏まえた展開をして頑張ってはいるのですが、でも、ピアノとか声楽といった「専科」を専攻する人数は減っているとのことです。音楽以外の分野まで視野に入れれば、京大で哲学科がなくなり、数学科が数理科学科になってしまうことと同根なのかもしませんが、次の世代に活躍する音楽家を広島で養成し続けることは難しくなってしまっているのでしょうか。

 

             

Photo

               

エリザベト音楽大学のホームページから

 

確かに、部活としての吹奏楽やマーチング・バンド、そして合唱などの分野では頑張っている中高校、そして大学も多いのですが、正面から「専攻」するという形での若い世代の教育にもっと地域や国として力を入れることも大切なのではないでしょうか。その形を追求したいと考えている若者も多いはずなのですが、ネックの一つは就職です。

 

例えば、音楽大学を卒業しても、小・中・高の音楽の先生は余っていて、教師としての可能性は狭き門のようです。エリザベト音大でも、学生に幼稚園教諭の資格を取るためのコースを作りモンテッソーリ教育に力を入れたりと可能性を広げる努力はしています。さらに楽器店や一般企業への就職も広がっているようです。しかし、音楽専攻の強みが100パーセント生かされる選択肢をもっと増やす知恵をどなたかお持ちではないでしょうか。

 

この点を理解して頂くために、スポーツの世界と比べてみたいと思います。スポーツ専攻を正面に掲げた大学は日本体育大学くらいかもしれませんし、高校レベルでは部活が中心になっているのは、音楽と似たような状況なのかもしれません。しかし、大学のレベルでスポーツの専攻を選ばなくても、スポーツ関係の多くの部活が大学の存在の中でも重んじられています。そして卒業後は、スポーツとは全く関係のない職種の企業が、例えばヤマダ電機や天満屋などがすぐ頭に浮びますが、駅伝に出場できる程の層の厚い選手たちを雇用しスポーツ活動の支援をしています。

 

それ以上、あるいは同等の同じレベルの支援を音楽家にも、とまで言う積りはありませんが、企業も国も自治体も、そしてマスコミも、もう少しバランスの取れた支援策を採用したり推進したりはできないものでしょうか。

 

圧倒的多数の子どもたちがスポーツ選手を目指し、スポーツの面で芽の出ない若者たちはお笑い芸人を目指すような国にしてしまって良いとはとても思えないのですが―――。

 

さらに、もう少し幅広く考えて見ると、これは教育全てに関わる問題なのだということも分ります。それについては稿を改めて考えたいと思います。

 

[2018/2/17イライザ]

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コメント

バークレイ音楽院ではジャズもおしえているそうですが、
エリザベート音大では、ジャズだけでなく、ポップス、民謡、演歌も教えたらどうでしょうか。
漫画を教える大学もできてる時代です。
およそ音楽と名のつくものはなんでも教えたらいいと思いますし、
その発表会を8.6、8.9に開催したらどうでしょうか。

冬季オリンピックの種目も、
かって20種目くらいだったのが、
今では100種目を超えています。
おかげで選手層も極めて多様化しています。

「オンガク」様

コメント有り難う御座いました。

そうですね。多様化はエネルギーを得るための出発点ですから。

ボストンで羨ましいのは、バークリーはジャズに強く、New England Conservatory of Music はクラシックと、棲み分けができるほど層が厚いということかもしれません。その上、ハーバードやタフツ、MIT等の大学でも音楽で学士号が取れるような専攻科目が揃っていることです。

音楽大学だけの多様化ではなく、全ての大学での多様化が自然なのかもしれません。

音楽もそうですが、美術も同じような状況だと聞きます。
先日も東京芸大の受験者が減っていると聞いたばかりです。
東京芸大がそうなのだから、他の大学はもっと深刻でしょうね。
数年間をただただ芸術のために費やす…そんな余裕のようなものが
この国からなくなっていくような気がします。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

美術でも同じことか起きているのは想像が付きます。予算がなくなるとまず切られるのは音楽や美術そして外国語、というのは世界共通の現象のようだからです。

一方、巨額の投資が行われているAIの分野では、将棋や碁のマスターを破るソフトが創られるのと同時に、藤井聡太6段のような俊才が現れています。

音楽や芸術の世界でも、バッハよりバッハ的な作曲をするAIソフトや、ミケランジェロよりうまくミケランジェロを描けるソフトなどについての報道はありますが、そうした存在を凌駕するような人間のしかも若き音楽家や美術家が躍り出て来ないように思えるのは何故なのでしょうか。

私が無知なだけかもしれませんので、どなたか御教示下さい。

ジャズ、ポップス、演歌等の新しいジャンルの音楽学部をつくるにあたっては、
スポンサーにシダックス、第一興商、ヤマハ、パナソニック、ヤマダ電機、RCC等にお願いし、
校舎には、今までの広島音楽高等学校の敷地、建物を活用するということも考えられますね。
「音楽で世界を平和に」というテーマのもと、
イライザさん、上村さんが呼びかけ人になって、狼煙をあげれば、
賛同者は世界中にひろがるのではないでしょうか。

憚りながら…
日本の大学の芸術教育が出発点が間違っているし、現在の多様性にまったく合っていないと私は思っています。そしてクラシックをなぞるだけでしたら、AIにすぐに凌駕されるでしょう。
そもそも芸術には優劣がないと思いますし、
真の芸術家の思考は未来から現在を見るという視点ですから
変化に寛容ですし、逆に今まで人間には不可能だったことをテクノロジーで補いながら、進化させていると思います。例えば本日私が紹介したBrad MehldauのAFTER BACHなど面白いちょっとした"事件"だと思います。路上アーティストのバンクシーなど、アナログで犯罪的でありながら、現代のネット社会で爆速で広がったことを思えば、面白い"事件"はこれからもどんどん出てくると思います。
一言でいうなら、日本の芸術に向き合う姿勢はあまりにもお上品でエリート的だからダメなんですよね。

「オンガク」様

コメント有り難う御座いました。

スポーツの世界では、誰かが呼び掛ける前に多くの企業が自発的に動いていますね。芸術の世界でも、そんな動きがもっと活発になっても良いと思うのですが。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

「事件」として芸術を捉える感覚が凄いですね。ヨーコ・オノ的と言っても良いのでしょうか。それと重ねると、「芸術は爆発だ」といった岡本太郎の言葉の意味が、何となく分ってきたような気がします。「人生、即、芸術」も。

2018年2月23日 (金)

『天才を育てた女房』  ――「セックス、スクリーン、スポーツ」への警告には触れられていないかもしれませんが――


『天才を育てた女房』 

――「セックス、スクリーン、スポーツ」には触れられていないかもしれませんが――

 

今夜、223日の夜9時からNTV、広島では広テレの金曜ロードショウが素晴らしい番組を放映します。『天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛』です。モデルは、私が尊敬する数学者、岡潔先生と先生の奥様みちさんです。

 

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岡先生の簡単な紹介と、先生が警鐘を鳴らし続けた問題点については、「セックス、スクリーン、スポーツ」というタイトルで、昨年の5に御紹介しましたが、その中でも注目に値するのが、1965年に出版されたエッセイ集『春風夏雨』の中の次の一節です。

 

進駐軍が初めて来たとき「進駐軍は日本を骨抜きにするため、三つのSをはやらせようとしている」という巷説があった。セックス、スクリーン、スポーツである。今やこの三つのSはこの国に夏草のごとく茂りに茂っている。私に全くわからないのはこの国の人たちはこれをどう見ているのであろうかということである。

 

それに続けての先生の60年後の予測は、このような努力を行ったとしても、「六十年後には日本に極寒の季節が訪れることは、今となっては避けられないであろう。教育はそれに備えて、歳寒にして顕れるといわれている松柏のような人を育てるのを主眼にしなくてはならないであろう」でした。

 

安倍政権という「極寒」の時代に、「松柏」は既に現れているのでしょうか。松柏に期待しつつ昨年を振り返ってみると、岡先生の予言が60年を待たずして的中してしまった感さえあります。ではどうすれば良いのかを考えていたのですが、そこで閃いたのが、先生の当時の状況分析では「悪の権化」とでも言って良いかもしれない「アメリカのスポーツ」を検証してみたらどうかというアイデアです。それが、アメリカ社会やアメリカ文化、そしてその中での「スポーツ」に注目する理由です。日本社会を毒する最悪のものの一つが、岡先生流に表現すればスポーツ、特にアメリカ流のスポーツだとすると、「悪」そのものを理解することから新たに見えてくるものがあるかもしれないからです。

 

そのために、モハメッド・アリを手始めに、メキシコ・オリンピックの三人のヒーローオーストラリア政府の謝罪女子学生のトニー・スミスフットボール選手のキャパ―ニック等を取り上げ、アメリカ社会とスポーツの歴史を見てきました。そうすることで、我が国のスポーツのあり方、そして社会との関連についてを考える上でも参考になることがあるのではないかという問題提起の積りだったのです。

 

これも老化現象なのかも知れませんが、岡先生とアメリカのスポーツの関係について、きちんと説明した積りでいたのですが、今回チェックしてみたところ、数学教育の専門誌『数学教室』 (国土社刊、20184月号) には書いたものの、このブログには書いた積りになってしまっていて一言も触れていなかったことが分りました。説明不足も良いところなのですが、今回特にその部分だけをお読み頂くために、本稿をアップしています。

 

私の問題提起はともかく、キャストも豪華陣が揃っていますので、『天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛』は是非御覧下さい。

 

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歴史探偵の気分になれるウェブ小説「北円堂の秘密」を知ってますか。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索すればヒットし、小一時間で読めます。その1からラストまで無料です。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレに最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。

法隆寺・夢殿と同じ八角円堂の
北円堂を知らない人が多いですね。

岡潔が後半生を暮らした奈良が舞台の小説です。

「omachi」様

北円堂について、また面白そうなウェブ小説を教えて下さり、有難う御座います。時代小説も探偵小説も好きなので、楽しめそうな予感がしています。

早速読んでみたいと思います。

2018年1月14日 (日)

兵庫教育大学での講義 ――今年も熱心に聞いて貰いました――


兵庫教育大学での講義

――今年も熱心に聞いて貰いました――

 

一年ぶりに兵庫教育大学の大学院で話をしました。今回も、教育現場で教員として働きながら大学院でグローバル・リーダー育成の専門家としてさらなる研鑽を積んでいる皆さんが、熱心に話を聞いてくれました。昨年は、3人の学生諸君とじっくり議論ができましたし、それに加えての一般講演もあったのですが、今年の学生は9名(うち女性7名)で、小学校の先生が5人、高校が3人、教育委員会の方が1人でした。

 

昨年と今年の大きな違いは、核兵器禁止条約ができたことです。成立の経緯や、今後の展望等も講義に加えたのですが、かなりの時間を割いて説明することになったのが、原爆という大きな悲劇を体験した日本が、何故原発に走ってしまったのかという歴史です。一人の学生からの質問に対する回答でした。

 

念のために付け加えておきたいのは、一部の論者による事実誤認と被害者非難です。つまり、「ヒロシマ」が核兵器廃絶には熱心なのに、原発については無関心だった、あるいは推進する側に回っていたのは怪しからん、という調子での論難です。機会があれば、詳しく調べた上で反論をすべきなのだとは思っていますが、それだけの時間が取れるかも問題ですので、今回は問題意識の共有だけにしておきます。

 

学生の質問から分ったのは、戦後の時代には生れていなかった人たちが勉強を続ける中で、原爆による被害からは、さらにそのかなりの部分は放射線被害であるという事実からは、原発という選択はあり得ないという因果関係を理解していること、にもかかわらず原発が推進されている現状には納得ができないと強く感じていることでした。

 

「フクシマ」後にも、原発が再稼働され政策の変更がないのはなぜかという疑問と重ねての質問だということも理解した上で、終戦直後には専門家といえども放射線についての理解には限界があったこと、被爆体験の意味を苦しみながら模索していた人たちに取っての「平和利用」という名の「夢」が大きな意味を持っていたこと等を話しました。同時に、少数のリーダーたちが警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、「原子力 ムラ」が作られて行った背景を、日米それぞれに分けて説明しました。

 

合計約3時間話をしましたが、最後の方は駆け足になってしまいました。パワーポイントを映すのは、スクリーンではなく、大型の液晶装置でしたしHD画像でしたので、細かい字も良く読めたようです。

 

               

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そして、昨年は友人との話に夢中になって気付かなかった、ハーバーランド・キャンパス前のキリンのオブジェ (頭が切れてしまいましたが――) と、キャンパスのある建物の写真も撮れました。

 

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こちらにはキリンの全体が写っています

 

「来年は、政治の世界の話をもっと聞きたい」というリクエストを貰って、神戸を後にしました。

 

 

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2018年1月12日 (金)

馬から落ちて落馬して ――重言、ら抜き言葉等を再考――


馬から落ちて落馬して

――重言、ら抜き言葉等を再考――

 

「古 (いにしえ) の昔の武士が、山の中の山中で、馬から落ちて落馬して、女の婦人に笑われて----」と続くのですが、重言、あるいは二重表現を戒める言葉として有名です。確かに、「馬から落ちて落馬して」と言えば、嘲笑され笑われても仕方がないような気がします。

 

               

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こんな馬からは落馬しないでしょうが――

 

とは言え、重言の中でも「好き好んで」等は、「誰が好き好んでこんなことをすると思っているんだ!」という調子で使う分には、市民権を得ていますし、長嶋茂雄氏が引退したときの言葉「巨人軍は永遠に不滅です」は、それ以外の言い方は考えられないほど不滅の表現として残っています。

 

これほど定着はしていない上に、かなり違和感の大きい表現に「今の現状」があります。しかし、最近政治関係の人と話をする機会があって、この「誤用」についても、違った解釈があるのかなという気がし始めています。

 

つまり「現状」というのは、誰でも共通認識として持っている「政治状況一般」という意味合いで使い、「今の現状」とは、そんな背景の下、今現在、実際に起きている生々しい政治劇を指すのだ、と解釈すると、こんな使い方にも一理あるのかなと思えたのです。

 

今までと比べると随分、寛容になってしまっているような気がしますが、それは、老化現象なのか、朱に交わって赤くなった結果なのかは良く分りません。どちらなのかを確認するため、かつては嫌悪していた「乱れた日本語」のいくつかについて、再度考え直してみたのですが、いくつかのものには存在理由があるような気がしてきました。

 

一番古いものでは、「見れる」ですが、自分では使わないものの、昔ほどの嫌悪感はなくなりました。それは、多くの人が心配した、ら抜き言葉の氾濫が思ったほどではなかったこととも関連があるのかもしれません。

 

そして、「マジ」です。「真面目に考えろ」とか「真面目な話」というように、「真面目」の省略形ですが、次のようなやり取りがあったとして、その中の「マジ」の代りになる上手い言い方があるでしょうか。

 

「退職後はハワイに住もうと思っている」

「エッマジで?

 

Myhawaiiwhyhawaiiholiday

 

「真面目にそんなこと考えているの」と言ってしまっては、「ハンタイ」のニュアンスが出過ぎていますので、重過ぎます。意外な言葉に対して、軽い驚きとともに疑問符を付ける、でも最初から反対の意思表示をしているのではない辺りのニュアンスを表すのには上手い言葉だと思います。もちろん、「マジで」を使って、同時にイントネーション等の付け方に依っては「反対」も表現することは可能でしょう。

 

「こんな乱れをお前はマジで認めるのか」と、お叱りを受けるかもしれません。この「マジ」も、「糾弾」とはちょっとニュアンスが違っていますし、「今の現状では認めても良いと思う」と答えたい気持なのですが、如何でしょうか。

 

 

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コメント

まじ卍、私も許容範囲が広がっていますw

「マジで!」は、真面目に考えている?というより、「本当に?」と、嘘じゃないよね?かなと思います。
言葉の乱れというか変遷は、若い世代からはいつの時代もですね。
それよりも民放アナウンサーの言葉遣いの酷さは気になります。
日頃にNHKラジオを聴いていると、言葉の教育の違いを感じます。

前に父親が言ったことに驚いて「嘘じゃろ〜⁈」と言うと「嘘は言わん」と言われたので、「マジで〜⁈」と言うと、「マジがわからん」と言われたことがあります。
父親には「本当⁈」と言うようにしました。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

「まじ卍」なんて、洒落ていますね。俳句のセンスとも通じている感じです。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

「マジ」の語源は「真面目」で、楽屋用語としてかなり古くから使われていたとのことですが、語源とは違う広がりを持つ言葉になって、日本語が豊かになったと言いたかったのですが--。

「和」様

コメント有り難う御座いました。

私は昔、「本当?」と言ってそれに文句を付けられたことがあります。言葉は難しいですね。

2018年1月11日 (木)

気になる日本語 ――不必要な一文字、二文字――


気になる日本語

――不必要な一文字、二文字――

 

新年はやはり年賀状から始まる、と言う人が多いのではないかと思います。その最初に目にするフレーズについて、「新年あけましておめでとうございます」は誤用だという点を、池上彰・林修の両権威を引いて一年ほど前に強調しました。

 

           

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これほどの知名人がハッキリ述べていてくれるのですから、今年は正しい用法が広まっていると思いきや、「正しい挨拶の仕方、ビジネスレターの書き方を教えます」という趣旨の複数のサイトで、例文として「新年あけましておめでとうございます」を採用しています。一例を示しておきます。

 

 

Photo

 

「教える」立場なのですから、せめてこの程度の誤用を避けるくらいの勉強は必要不可欠なのではないでしょうか。

 

「不必要な二文字」から始まってしまいましたが、不必要な一文字が散見されたのは、暮に頂いた喪中はがきです。その中の一例です。

 

「○○が永眠いたしました。故人生前中にひとかたならぬご厚情を頂きましたこと厚く御礼申し上げます」

 

これも良く使われていますので、慣例としては許されているのかもしれませんが、「生前中」は「生前」のことではないでしょうか。事実、辞書の定義は「その人が生きていたとき。死ぬ前。在世中。しょうぜん。」です。それに「中」を付けると「在世中中」になってしまいます。「中」が不必要な一文字です。

 

新年会や就職活動の面会等で、若い人の自己紹介に多用される表現も気になります。「若輩者ですが、宜しくお願い申し上げます。」といった種類の言葉です。「若輩者」は一時マスコミ関係者がとにかく良く使っていたという記憶があるのですが、それはともかく、「者」は不必要な一文字です。

 

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「若輩」の「輩」の意味は、「なかま。ともがら。やから。 「同輩・先輩・後輩・年輩・軽輩・俗輩・我輩(わがはい)・余輩・弱輩・朋輩(ほうばい)・末輩(まっぱい)」」で、「若輩」の意味は、「1 年が若い者。2 未熟で経験の浅いこと。また、そのさま。自分を卑下していう語。他人に用いれば軽蔑の意になる。」なのです。

 

ネット上のビジネス用の言葉の使い方では、「2」の意味を強調しているのですが、若者が使っているのは主に「1」の意味です。となると、「年が若い者」者、と重なってしまいます。

 

さらに、「先輩」という使い方は、先輩に呼び掛けるときにも使いますし、何々さんは先輩ですとか、○○君は後輩です、という感じでも使います。つまりこれらの単語は既に「人」についての言葉なのです。「我輩」も自分のことですから、それに「者」は付けません。と考えると、「者」は不必要な一文字です。

 

言葉遣いくらいに一々文句を言うな、自分の好きな言葉を使って何が悪い、という反論もあって当然ですし、誤った使い方から言葉が豊かになった例も多くあります。ですから言葉の使い方の正誤は絶対的なものではないのですが、言葉の成り立ちを知って、先人たちの、つまり先輩の培ってきた感性を受け継ぐのも私たちの役割の一つなのではないでしょうか。そして、若者たちには、私たちの受け継いだ美しい日本語を引き継いで貰えるよう、肌理細かな指導をする必要もあるのではないでしょうか。

 

 

その「肌理細か」ですが、最近は「肌理細やか」という表現が広く使われています。これは、誤用です。「や」は不必要なのです。「肌理細か」の「肌理」とは「木目」とも書くのですが、「もくめ」のこと、つまり年輪です。「木目の細かい」に対して「木目の粗い」という言葉がありますので、対で覚えておけば間違わないのですが、混同されるにはそれなりの理由があります。

 

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「肌理細か」の意味は、「配慮が行き届いており懇切丁寧な様子」なのですが、「細やか」の方は、「細部まで行き届いているさま。特に気遣い・配慮がすみずみまで届いている様子。「細やかな配慮」などのように言うことが多い。」のですから、意味が似通っていることから混同され易いのだと思われます。

 

しかし、元々の意味を考えて使い分けるくらいの「木目細か」な配慮をすることが、巡り巡って、政治の世界の目茶苦茶な言葉の乱用を抑えることにさえつながるような気がしています。

 

 

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2018年1月 5日 (金)

トランプ大統領を窮地に追い込むのは ――フットボール選手その他のアスリートかもしれません――


トランプ大統領を窮地に追い込むのは

――フットボール選手その他のアスリートかもしれません――

 

暮に御紹介した、デーブ・ズィリンの著書『アメリカのスポーツと抵抗運動』は2005年に出版されていたのですが、そのオーディオ版がつい最近リリースされ、それを聞くことで新たな展望が開けてきました。そこで学んだことを復習しながらお伝えしてきたのですが、この本は10年以上前までしか触れていません。最後の方で取り上げられている2003年の出来事とその後のアメリカスポーツ界はどうなっているのかにも興味を持ちましたので、調べて見ました。

 

その結果、私にとっては驚くべき発見がありました。我が国のマスコミは取り上げていませんが、今でもアメリカのスポーツ界はアメリカ社会全体を動かすほどの大きな運動を展開しるのです。それに真っ向から対峙しているのがトランプ大統領なのですが、ことによると最後のジョーカーをつかまされるのは大統領かもしれないと思えるほどの広がりを持ちつつあります。

 

何回かに分けて、その動きを御紹介します。その前に、それに至る歴史から始めましょう。

 

2001年のアメリカ同時多発テロ以後、スポーツ界そしてアメリカ中で大きなニュースになったのは、NFLのスター・プレーヤーだったパット・ティルマンがフットボールとその後の巨額の契約を捨てて軍に志願し、イラク戦争に従軍したことでした。(残念なことに2004年には、友軍の弾に当って、ティルマンは戦死します。)

 

しかし、アメリカのメディアは、ティルマンの行動を英雄的なものとして褒め称えました。そして、2004年の戦死も同様の扱いで取り上げられました。

 

でも、アメリカのスポーツ界も多様です。2003年には、ニューヨークにあるマンハッタンビル・カレッジという小さな大学の女子バスケットボール・チームのシニアだった、トニー・スミスはゲームの始まる前の国歌の演奏の際にアメリカ国旗に背を向けました。彼女はイラク戦争は正義に反していると感じ、そんなことをしているアメリカという国家の国旗そして国歌に敬意を表すことはできないと考えたのです。

 

             

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ニューヨーク・デイリー・ニュースから

 

両隣の二人の選手も手をつないで頭を垂れ、国旗に背は向けてはいませんが、スミスを支持しています。

 

この行動を心配した大学の学長は、言論の自由・表現の自由という立場からスミスを守ろうとしますが、マスコミは徹底的に彼女と学長の批判に明け暮れました。「この行動はゴミだ。アメリカよ消えてしまえと言っているに等しい。そしてこれから国のために命を捧げようとしている人たち、そして既に国のために究極の貢献をした人たちに背を向け、彼らを愚弄する行為だ」といった調子の言葉が二人に浴びせられました。

 

そんな批判が起ることなど全く考えてもいなかったスミスは傷付きますが、それでも自分の考え方を変えることはありませんでした。その後彼女はマンハッタンの、子どもたちを犯罪に向わせ兼ねない環境を改善する仕事に現場で関わっています。

 

同時に彼女の行動は、1968年のメキシコ・オリンピックの際のトニー・スミスとジョン・カーロスの勇気と重ねて語られることも多く、多くの若者の間に浸透したことも事実です。そして2003年から10年以上経った2016年に、再び、彼女の勇気の再来だと言われる事件が起ります。

 

 

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