環境

2017年5月23日 (火)

「絶景」(同じお題で書きましょう) ――修道大学からの帰り道に「多島美」の意味が分りました――

 

「絶景」(同じお題で書きましょう)

――修道大学からの帰り道に「多島美」の意味が分りました――

 

「絶景」と言えばこれしかないのが次の画像です。

 

                 

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「何故、こんな景色が?」と疑問を持たれて当然なのですが、実は、31年前、つまり1986年の夏、修道大学から市内へ車で帰る道、右へ曲がりすぐ左にハンドルを切った瞬間に瀬戸内海の島々目の前に現れるのです。これが「多島美」なのだと直感し大感激したのがこの地点なのです。

 

その後、マンションが建ったため、美しい瀬戸内海はこの地点からは望めなくなりました。

 

隠されてしまった美しさを再現してお伝えできればと、近くの高台まで行って同じような景色の写真を撮ってみました。

 

 

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もう少し大気の状態が違っていればもっときれいに見えるはずですし、県道71号線が下り坂に差し掛かる地点から見る島々の重なりは、この写真とはちょっと角度が違います。さらに動いている車から見るのですから、映像がぐんぐん近付いてくる迫力も加わって記憶に残ったのだと思います。

 

それだけではありません。関東で育った人間の多くにとっては平野部の景色が当り前で、大小の島々か折り重なって変化する景色そのものがとても珍しく、その美しさを想像することさえ難しいのです。

 

海から見た島、そして山の美しさとして忘れられないのは、子どものころ千葉の海で泳いでいるときに数回見るとこのできた富士山ですし伊豆大島です。普段、夏の東京湾から直接富士山が見えるのはまれなのですが、空気がきれいに澄んでいるときに見える富士山は陸から見るときよりはるかに大きく見えるのです。

 

伊豆大島はそれ以上の迫力がありました。これも数回しか見たことがないのですが、見えた時には、目の前に数百メートルの巨大な山が突然現れたような衝撃を受けました。

 

対照的に瀬戸内の島々は、特に修道からの帰りの景色は、島が自分と同じレベルまたは下に見えるのです。富士山や伊豆大島とは全く違う、関東では見ることのなかった種類の美しさなのです。

 

こう書きながらその他にも、これまでに経験することのできた多くの美しい風景が頭に浮んできました。写真として記録に残せたものもありますが、そうでないものも多く、今回の「お題」がなければその内に忘却の彼方に消え去ってしまったかもしれない美しさを記憶を辿りながら楽しんでいます。一つ思い出すともう一つ、という具合にいくつもの「絶景」が蘇り、そもそもそんな経験のできたことに感謝する機会にもなりました。⑦パパさん、有難う御座います。

 

 

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コメント

参加いただきありがとうございます。

瀬戸内生まれの瀬戸内育ちの私は
今の今まで「多島美」は当たり前の風景でした。
もっと足元の美を感じる感性を持たなければだめですね。反省です。

逆に、初めて見た延々島のない太平洋の景色には、恐怖を感じまし
た。こりゃ船が沈んだ時、どの島を目標に泳げばいいのか?とw

学生時代に毎日のように見ていた瀬戸の風景は、癒されました。
向島の高見山から見た瀬戸の多島美も絶景です。
また野呂山から眼下に見る瀬戸の風景は、時には潮の流れが見えます。
海外の高いから来る外国の方には、瀬戸の多島美や、江の川沿いの風景は、絶好の観光資源だと思います。
そういえば、昔に友人の友達親子が東京から広島に来た時に車で案内している時に、小学生の子か
「山が近くにある」と感動していたのを思い出しました。

「➆パパ」様

コメント有り難う御座いました。広島に10年住んで東京に戻った友人と、この話をしたのですが、「東京では周りに山が見えなくて、寂しい気持がした」と言っていました。

私も氷川丸で太平洋を渡った時には、最初の数日の船酔いと、船まで飲み込みそうな大波に、心細い思いをしました。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

記念切手を集めていた頃、「瀬戸内海国立公園」と言われても、瀬戸内の美しさは想像できなかったのですが、修道からの帰り道に、それが実感として分るようになりました。

家人は、関東まで初めて行ったときにデパートの屋上から見た、真っ平らな関東平野に驚いたと言っています。

子どもの頃に慣れ親しんだ景観が、人間の世界観形成にも影響を与えているのかもしれませんね。

2017年5月19日 (金)

高浜原発再稼働抗議座込み―59名参加

 

関西電力高浜原発再稼働抗議と即時停止を求める慰霊碑前座込み

 

広島県原水禁が呼びかけた「高浜原発再稼働に抗議し、即時停止を求める」原爆慰霊碑前座り込みが、昨日午後0時15分から30分間実施されました。

広島県原水禁は、これまでも鹿児島県川内原発や愛媛県伊方原発の再稼働が強行されるたびに、抗議の座り込み行動を実施してきました。今回も、関西電力高浜原発再稼働のニュースが伝わった17日夜から連絡を取り合い、緊急行動として抗議の座り込みを実施することになりました。緊急の呼びかけにもかかわらず、被爆者や被爆二世、労働組合員、そして日ごろ脱原発運動を行っている市民グループの人たちも加わり、59名の参加者がありました。

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最初に主催者を代表し広島県原水禁の秋葉忠利代表委員があいさつ。秋葉さんは「東芝の経営破たんの原因は、アメリカの原発事業に手を付けたから。原子力産業は、利益を生み出す産業ではない。原発政策を進め、改憲を狙う安倍政治を辞めさせよう」と呼びかけました。

 

つづいて「脱原発へ!中電株主行動の会」の溝田さんが次のように訴えました。

「電力会社に脱原発の議案提案をし続けて24年になります。今年の6月28日の中国電力の株主総会にも、原発を止める議案をだしました。東芝の原発に関連して9000億円もの負債がでている。電力会社も原発をもって、金がかかる負担を負っている。中電は島根原発の安全対策費に5000億円がかけるという。これは新規の原発1基建設費用をはるかに超える。また、廃炉費用に約380億円をかけると言うが、これは積立金でまかなえる費用ではない。東海原発の廃炉費用は現時点で約890億円になっている。到底この金額では廃炉はすまない。関電が高浜原発を再稼働すると電気料金が下がるというが、一時のことだ。原発は巨額な費用がかかり、負債になっていく可能性が大きい。今、原発を止めるべきだ。それが、安全で健康な社会になる。再稼働は許せないし、原発は止めることだ。共に頑張りましょう」

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二人のあいさつの後は、無言の座り込み。

座込みの終了前に「高浜原発4号機の再稼働に抗議し、運転の即時停止を求めるアピール」を藤本講治県原水禁常任理事が読み上げ、全体の拍手で確認。アピールの要旨は、次の通りです。

「①昨年2月の再稼働以降も事故を繰り返す関西電力に運転の資格なし周辺自治体住民の不安は解消されていない危険なプルサーマル運転も計画されているひとたび事故が起これば大惨事となるにもかかわらず事故対策は不十分なまま再稼働は絶対認められない福島原発事故の現実としっかり向き合うべきだ原発事故が起これば、負担は国民に押し付けられる原発に絶対の安全はない再生可能エネルギーなどの開発で原発に頼らない社会を作ろう高浜原発4号機の再稼働に強く抗議するとともに、即時に運転を中止することを求めます。

そして全員で慰霊碑に黙とうをささげ、抗議行動を終えました。このアピール文は、関西電力に郵送されます。

 

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最後に溝田さんから抗議行動の感想が寄せられていますので、それを紹介して今日のブログを終えます。

 

「12時から、原爆慰霊碑前の坐り込みで、今日は気温がぐっと上がり暑かっです。修学旅行生も多く、その中で再稼働した原発に抗議して、原発は止めれるかと無力感を感じました。が、ふと核実験実施の後、座り込みをしていた森滝市郎さんのことが脳裏に蘇りました。

『座込んで何になるのかと聞かれると、核の連鎖反応に、人間の核廃絶の英知が勝らなければならない。』と静かに坐り込んだ姿を思い出したのです。小さな力でも『核絶対否定』の哲学で動かしていけると思い直し、平和公園の樹々の緑にいやされながら、原発を止めていこうと30分の座り込みをあとにしました。」

 

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コメント

我が家では洗濯機や冷蔵庫、掃除機など、厳選した結果で東芝製を購入し満足して使っており、テレビなども評価していますが、この期に及んで監査法人の承認すら得られない状況は残念です。

それにしても、何よりの原因は原子力という米国の「軍需産業」を抱えたことで、ここまでくると東京電力と同じで、存続させても本来責任をとるべき人たちが責任を免れ、国民の負担が増えるばかりではないか、と思います。

中部電力も浜岡原発を停止させて、原発抜きで利益を増加させていると報じられています。停止しても国民負担は続きますが、それでも一部の人たちの利益のために、国民に負担ばかりを強いる原発は最低でも即時停止しかないように思います。

工場長さま、コメントありがとうございます。
指摘されている通り、原発抜きでも十分に電力会社は利益を上げていますよね。それに、原発に頼らなくても、電力はまかなわれています。
原発によって、だれかがどこかで利益を得ているとしか考えられません。福島原発事故後もそうですが、結局、国民の負担が押し付けられるだけです。脱原発には、省エネ対策も重要な気がします。
もう一度「脱原発」の声を大きくするための努力をしなければと思っています。

2017年5月 2日 (火)

渓流釣り タラの芽

    渓流釣り タラの芽

 

今年もまた、Tさんにお願いし、渓流釣りに同行しました。釣り場は昨年と同じ太田川の源流の一つ中津谷川の支流・小川川(廿日市市吉和)です。

 

昨年もちょうど同じ時期でしたが、山並みの木々はもっと若葉が芽吹いていたように思いますが、今年はちょっと遅れているようでした。それもそのはず、渓流釣りの河畔沿いの道には、所々に雪が残っていました。

 

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現地に着くとまず最初に私の目的である山菜取りです。トゲトゲのある枝の先に芽を出した「タラの芽」。皮手袋をはめて慎重に。いくつかの枝の先は、すでに採った跡。それでも、今日の夕食には十分な量を採取。

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下のほうに目を転ずれば、こごみを次々と見つけることができました。これも採取。でも昨年目にした蕨は全く芽を出していません。やっぱり今年は、冬が長かったようです。もちろんこれらの山菜は、その日の夕食でてんぷらにして味わいました。自分で採取した天然ものだけに、格別美味しい気がします。

 

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いよいよTさんの渓流釣りの開始です。この渓流は、「キャッチアンドリリース」のフライ専用の川です。川は、10か所に区切られて、それぞれの場所で釣りができるのは、1日一人だけのようです。下流のほうではすでに、2~3人の釣り師が、竿を振っていました。

この川の常連であるTさんは、最上流の区画です。

下流から、少しづつポイントを狙って、フライを投げ込み、アタリを待ちます。一か所のポイントに2,3回トライすると、次へポイントを求めて上流に移動。

何度目かのポイントで、ようやく釣り上げました。「アマゴ」です。約22cmぐらい。

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昼食をはさんで、約2時間半余り。上流に行くとかかる魚は、「アマゴからゴギ」へと変わっていきます。結局今日の釣果は、12匹。「キャッチアンドリリース」の川ですから、もちろんすべての魚はすぐ川に戻します。今日最も大きかったのは、25cmの「ゴギ」。中国地方にだけ生息する「ゴギ」ですが、近年なかなか見つからにないと言われています。しかし、この渓流では、不思議なくらい次々とヒットしました。

 

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釣りを終えての帰り道、車を止めってもらって自生しているわさびを採取。帰宅して、パソコンでレシピを検索しながら、「わさび葉のしょうゆ漬け」に挑戦しましたが、さてその結果は?

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今年もまた、Tさんのおかげで、天気にも恵まれ、きれいな空気をたっぷりと吸い込み、楽しい一日を過ごすことができました。

 

 

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2017年4月30日 (日)

4月のブルーベリー農園

         4月のブルーベリー農園

 

4月の農園の農作業は剪定や草刈りが中心だが春が呼んだ植物も生き物が変化にとんだ景色を見せてくれる。

 

 

4月のブルーベリー農園のまわりで出会った生き物たち。

 

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 オスのキジ(写真左上)。この農園が彼の縄張りでしきりに「ケーン」と鳴く。メスを呼んでいるのだろう。(411日)

 

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 ブルーベリーの木にとまるアマガエル。(422日)

 

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 ハコネウツギの葉にとまるイトトンボ。脱皮して間もないのかほとんど動かない。

 

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 鯉のぼり。こちらは人の作った景色。(422日)

 

 

23日午後、農作業の合間に息子と農園の周囲を散歩した。

 

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 農園の前の道路沿いに小さな祠が2か所ある。そのうちの一つの境内に建ててある石碑の文字に目が留まった。「牛馬神御加護」昭和9年建立とある。農家にとって大切な牛馬だったことがうかがえる。「いちにちいっぱいよもぎのなかにはたらいて」にはじまる宮沢賢二の詩集「春と修羅第2集」にある「馬(作品第123番)」の詩を思い出した。この詩の最後の部分。馬は亡くなり土に埋めて「ぼろぼろ土を落としてやって みんなもぼろぼろ泣いてゐた」で終わる。ブルーベリー農園の作業を始める頃に出会った詩で今も折に触れて読み返すと気持ちが引き締まる。(423日)

 

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 そして、現代は田んぼの代掻き(しろかき)も牛馬でなく石油を燃料にしたトラクターで行う。写真右端の山すそがブルーベリー園。(423日)

 

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 麦畑。麦秋にはまだ早い。写真左の息子の頭の上の杉林の左右がブルーベリー園。(423日)

 

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散歩の後はひたすらブルーベリーの剪定。(423日)

 

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若葉とヤマザクラ(423日)

 

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ブルーベリーの畑の下に咲くレンゲ(429日)

 

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早生のブルーベリーの花が咲き始めた。ミツバチもあちこちで飛んでいる。収穫と安芸の郷への納品が始まる6月まであと少し。(429日)

 

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年4月27日 (木)

4.26チェルノブイリデー その2

 

4.26チェルノブイリデー その2

 

「核と人類は共存できない」-エネルギー政策の転換を

 

 

昨日、県原水禁が呼びかけた「チェルノブイリデー」の平和公園慰霊碑前での行動は、雨中にも関わらず集まっていただいた原水禁加盟組織、被爆者、市民など73名の参加者によって実施されました。

 朝からの雨で、慰霊碑前の敷石がびしょぬれだったため、残念ながら座り込み行動は実施できず、ミニ集会となりました。

 

主催者を代表してあいさつした私は、「31年目のチェルノブイリデーを迎えました。その被害は、今も続いています。放射能被害の恐ろしさを最もよく知るし私たちは、被害者の痛みを忘れてはなりません。チェルノブイリ原発事故が発生した時、『原子炉の型が違い、体制が違う日本では決して事故は起こらない』と政府や電力会社は言いました。しかし6年前、チェルノブイリ原発事故に匹敵するような福島原発事故が発生しました。チェルノブイリデーの今日、原爆慰霊碑の前で『核と人類は共存できない』という私たちの理念を再確認し、原子力政策の転換を強く求めていくことを決意しましょう」と訴えました。

 そして参加者全員で、下記のアピールを確認し、慰霊碑に向かって黙とうをささげ、行動を終了しました。

 なおこの行動に先立って、午前7時半からバスセンター前で、広島地区労によるビラ配りが行われました。

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「4・26チェルノブイリデー」アピール

 チェルノブイリ原発事故から31年が過ぎた現在もなお、原発から30キロ圏内や300キロ離れた高汚染地域が永久に居住禁止となり、人が住めない廃墟となっています。そして、広範囲な放射能汚染は続き、身体への影響は、甲状腺ガン、白血病、そのほかの疾病が多数あらわれ、その苦しみは今も続いています。事故処理に参加した人々は健康を害しています。また放射性物質の飛散を防ぐために、事故後には「石棺」と呼ばれるコンクリート製の建造物が急ピッチで作られました。しかし、事故から31年を経て老朽化が進み、石棺そのものが崩壊する危険性から、さらなる被害を防ぐため、昨年11月には、全体を覆うための巨大シェルターが作られるなど、依然として原発事故の深刻な現状が続いています。

 

 一方、我が国でも、福島第一原発事故から6年が経ったいまでも事故の原因は確定できないだけでなく、現状を把握できず、収束の見通しが立っていません。子どもたちの甲状腺の問題をはじめ、汚染水や除染、原発事故処理業務にあたる労働者の被ばく、健康被害など、多くの問題が深刻化しています。政府は本年3月31日と4月1日に相次いで「帰還困難区域」を除く地域の「避難指示」を解除し、「安全」を強調しますが、依然放射能被害への不安は大きく、故郷へ戻れない住民が多くいます。

原発事故被害者の痛みを私たちは、決して忘れてはなりません。

チェルノブイリ事故も福島の事故も、あらためて「核と人類は共存できない」ことを教えています。かつて安全神話を強調して原発政策を推進してきたのは、自民党政権です。その責任を取ることもなく、安倍政権は、国民の過半数超える人々の反対の声を無視し、再び原発政策を推進し、原発の再稼働を強行しています。私たちは、すべての原発の再稼働・新増設に反対します。

 

原発事故は、新たなヒバクシャを作ります。

 人類史上はじめて原子爆弾の惨禍を被った私たちヒロシマは、放射能被害の恐ろしさを最もよく知っています。再び過ちを繰り返さないために、核兵器廃絶そして原発に反対し原子力に頼らない再生可能エネルギーへの転換を求めていきます。私たちは、このような惨禍を生み出した原発からの脱却に向けた政策転換を強く求めて、取り組みを行っていきます。

 

 ◆チェルノブイリ原発事故を忘れてはなりません!

 ◆福島第一原発のような事故を二度と起こしてはなりません!

 ◆原発の再稼働・新増設を許してはなりません!

 ◆新たなヒバクシャを生み出してはなりません!

 ◆全ての原発被害者への補償と救済を強く求めます!

 

 2017年4月26日

 

              「4・26チェルノブイリデー」行動参加者一同

 

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2017年4月26日 (水)

4.26チェルノブイリデー=今も続く核被害を忘れてはならない=

4.26チェルノブイリデー

 =今も続く核被害を忘れてはならない=

 

31年前の今日4月26日、旧ソ連・チェルノブイリで原発事故が発生しました。この原発事故は、原爆による放射能被害を上回る大被害を生み出しました。

 

チェルノブイリ原発事故から31年が過ぎた現在もなお、原発から30キロ圏内や300キロ離れた高汚染地域が永久に居住禁止となり、人が住めない廃墟となっています。そして健康への影響は、今も深刻です。また昨年11月、老朽化した「石棺」全体を覆うための巨大シェルターが作られました。依然として原発事故の深刻な現状が続いています。

 

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慰霊碑前座り込みに参加してください!

 

広島県原水禁は、翌年(1987年)から毎年4月26日をチェルノブイリデーとして、平和公園慰霊碑前座り込みや節目の年の講演会など様々な取り組みを続けてきました。また1990年には、反原発運動関係者としては日本で初めてチェルノブイリ原発事故調査と被害者との交流代表団に派遣、91年にも続けて原水禁代表団に参加し、注射器・医薬品や放射能検知器などの支援を行っています。

今年も、今日午後0時15分から30分間、平和公園慰霊碑まで「原子力政策の転換を求める」座り込みを行います。この座り込み行動は、だれでも参加することができます。ちょっと雨が心配ですが、市民の皆さんの参加を呼びかけます。

 

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                                      昨年のチェルノブイリデーの座り込み

私が毎年のチェルノブイリデーで思い起こすことは、事故の翌年1987年9月にアメリカ・ニューヨークで開かれた第1回核被害者世界大会でのスウエーデンのラップランド人(スカンジナビア半島北部に住む先住民)との出会いです。

トナカイ放牧者であるポール・ドイさんは、訴えました。

「2000km離れたところで起きた事故で大変なことになってしまった。18,000頭のトナカイを殺したが、280ベクレルから最高値18,000ベクレルも汚染されていた。最近、カモシカの汚染も見つかった。コケに放射能が濃縮され、冬の間に苔を食べたカモシカに濃縮されたもの。トナカイやカモシカを主食とする私たちはどうすればよいのか。チェルノブイリ事故のよって食生活を大きく変更しなければならなくなった。私たちは、だれも安全ではない。」「トナカイが汚染され、伝統的な放牧生活を送ることができなくなった。」

 

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福島原発事故によって起こっている、健康への被害のみならず、文化が破壊され、地域コミュニティが破壊されることを、すでにチェルブイリ事故の時に、ヨーロッパの先住民の人たちが、先駆的に訴えていたことを忘れてはなりません。

 

 

昨年のチェルノブイリデーは、30年目の節目となったため、多くのマスコミが関心を持ちました。しかし、今年は?

過去の歴史を忘れたとき、再び過ちを繰り返すことになります。

31年前どころか、わずか6年前の福島原発事故を忘れたかのごとく、原発再稼働を目指す今の政治にストップをかけるのは私たちの役割です。

 

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2017年4月23日 (日)

森の工房AMA クマバチなど

     森の工房AMA クマバチなど

 

障害者が日中働く場、森の工房AMAと第2森の工房AMAの建物の屋上には建物の工事で出た土をそのまま上に上げてブルーベリーの畑にしている。厚さは30センチある。サクラの開花が終わって4月中旬からブルーベリーの花が満開となるのでクマバチやクロマルハナバチたちがやってくる。

 

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14日の様子。

 414日天気も良くて森の工房AMAの庭にクマ蜂が今年もやってきた。縄張り争いが厳しく侵入するほかのクマ蜂はしつこく追いかける光景がこの時期。

 

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② 早生の系統の北部ハイブッシュ(ウエイマウス)は花の口が開いて受粉の準備が整っているが、

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 ③ 同じ場所に植えてある晩生のラビットアイ系の花はまだ口を開いていない。

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19日の様子

森の工房AMAの屋上のブルーベリーの晩生のラビットアイ系の花が満開。

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20日の様子

 ブルーベリーの剪定作業(毎年遅れる)をしているとクロマルハナバチに出会う。忙しく蜜を吸い受粉をしてくれる。ともに仕事モードでミツバチと妙な連帯感を感じたりする。

 

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 ② 受粉が終わると花が落ちて結実した小さな実が顔を出す。(左上にひとつ)

ミツバチが来ないとブルーベリーの実はできないし、収穫時に長雨が降ると実が摘みとれないし、いろいろ栽培管理をしていても最後は自然まかせ。昨年はミツバチが少なかったが今年はちょっと期待している。

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③ 草も伸びてきたので第2森の工房AMAの駐車場の草取り。フェンス沿いに数十種類のジャーマンアイリスがずらりと植えてある。

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背丈の低いアイリスが第2森の工房AMAの庭に咲き始めた。名前はリベッティング。

 

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

 

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2017年4月18日 (火)

回る地球儀 ――「永久」が12年であることも判明――

 

回る地球儀

――「永久」が12年であることも判明――

 

6年前に、Tufts 大学から記念品として自然に回る地球儀を貰いました。写真を添付しましたが、この地球儀が、何もしなくても回り続けるのです。中にモーターが入っているのだと思いましたが、忙しいこともあってどんなメカニズムで動き続けるのかはあまり気に掛けずに、でも動いていることは確認してその動きを楽しんでいました。子どもたちにも人気があって、遊びに来る子どもたちは必ず動く地球儀に気付いて不思議がっていました。

 

               

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何度か引っ越しをしたせいなのかもしれませんが、この地球儀が動かなくなったことに、つい最近気付きました。

 

地球儀は二層から成り立っています。外側に透明なプラスチックの容器があり、その中には透明な液体が入っています。その液体に浮ぶような感じで、表面に地球の模様を印刷した球体が収まっています。

 

恐らくその球体の中にはモーターがあるのだと思いますが、ネットで調べてみるとこの地球儀はMOVA社製で、中のメカニズムは、ソーラー電池と磁石そしてモーターがあり、磁場が上下方向を決め、光が電源、モーターが回転させているらしいことが分りました。iPocket社のホームページに説明がありますので、関心のある方は御覧下さい。

 

 

「半永久的に」自転する、という謳い文句なのですが、実際に動くパーツがあれば、それはいつかは壊れます。それでも6年ほど動き続けたのは見事だと思いますが、「半永久的」が6年だとすると、その倍の「永久」は12年ということになります。

 

ジョークはさておき、動かなくなった機械を直したい気持ちはあるのですが、内側の球体に傷を付けずに中の電池やモーターにアクセスするのは不可能なように思えます。それでは修理はできません。折角一度は動いていたのですし、動いた方が面白いことは確かなのですが、動かなくても綺麗な地球ですので、このままの状態で楽しみたいと思っています。

 

 

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2017年4月15日 (土)

森の工房AMAのサクラの様子など

        森の工房AMAのサクラの様子など

 

安芸の郷の最初に建てた建物「森の工房AMA」は200310月に知的と精神の障害者の皆さんが通所する事業所として安芸区矢野東にオープンしたが、建設時に大きめのサクラの木を8本植えた。他にも敷地の周辺に大きなサクラの木があったので開所の翌年からサクラを満喫できる環境が整っていた。今年の開花の前半は雨続きだったが、12日ころから満開となった。

 

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48日は安芸の郷の3つの事業所(森の工房みみずく・あやめ・やの)と2つの家族会と3つの事業所で活動するボランティアグループの皆さんがお昼に集まって恒例の花見。集まった160名を超える参加者はあいにくの霧雨でやむなく森の工房やのの食堂と作業室で宴をはった。弁当の後で参加者の自己紹介、そしてグループ対抗のゲームで楽しむ。

 

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外のサクラは薄墨色。

 

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9日は曇り。森の工房AMAの隣の原爆養護老人ホーム「おりづる園」では紅白幕を張ってホームの利用者の観桜の場を毎年しつらえる。

 

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11日。ヤマザクラは散り始め赤色の葉と桜色の混ざり合う姿に変化。

 

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12日からやっと青空がのぞいて満開のサクラが映える。右下の建物はおりづる園。

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12日の午後おそく森の工房AMAの入口のサクラの下で風に舞うサクラの花びらを追いかけたりして楽しむ親子ずれ。右の建物が安芸の郷の2つ目の建物「第2森の工房AMA」。

 

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13日。ソメイヨシノも若葉が伸びてくる。

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13日森の工房AMAの塔屋の周囲のサクラの満開が続く。

 

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サクラの他にも庭のフリージアは満開でスノードロップはもう終わりかけ。

 

森の工房AMAのサクラは数種類あり、4月末に満開を迎えるサクラが1本あるのでまだしばらくはサクラに囲まれて利用者は働きつづける。

 

 

2017413日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年4月12日 (水)

かき船問題を考える―その4

「かき船かなわ」は、建築物

   なぜか「船」と主張する広島市

 

広島市が、「景観審議会は必要ない」とする根拠として「『かき船』は建築基準法による建築物ではない」という理由を挙げています。今回は、本当に「『かき船』が建築物でない」と言えるのかを検証してみたいと思います。

 

広島市も言っていますが、旧建設省(現国土交通省)は、2度にわたって「従来より、建築基準法第2条にいう『土地に定着する』状態とは、単に陸地で土地に強固に結合された状態のみならず、水面、海底等に定常的に桟橋や鎖等で定着された状態を含むものであるとする判断が確立しており」とする「海洋建築物の取り扱いについて」という通達を出しています。

これを素直に読み取れば、問題となっている「かき船」が、建築物であることは明らかだと思います。

 

ところが広島市は、次のような理由を挙げて、「かき船は建築物でない」と言い張っているのです。

「事業者が提出して計画によって『随時かつ任意に移動することが可能」だとし、さらに「業者から提出された計画内容」として次の三つを挙げています。

 

 ロープ、碇が容易に取り外し可能

 

 給排水等のインフラ設備等は、容易に着脱可能

 

 随時かつ任意可能な状態を確保するため、定期的(年1回程度)に離岸させ、その報告を行う。

 

Photo                        建築物にしか見えない

この広島市の理由を検証してみたいと思います。

 

まず「随時かつ任意に移動可能」ということに大きな?がつきます。そもそもこの「かき船」は、浮揚した状況でなければ、移動できないのですから、「随時」(いつでも)というのには無理があります。さらに「かき船」が浮揚している時間は、ごく限られています。残念なことに広島市は、どういう条件になったら浮揚するかに関心がないようです。私たちの問いに答えないのですから、あきれてものも言えないきもちです。

 

1                             この状態では、動かない

私たちの調査によれば、広島湾の潮位が、330cmを越えなければ「かき船」は浮揚しません。広島市は言葉を濁していますが、国土交通省海事局検査測度課は、「提出された図面及び現物の検査結果から、水面が船底から約1.85メートル程度の高さで浮揚することがわかる」としており、私たちの調査とほぼ合致しています。

 

広島湾の潮位表をご覧になればわかりますが、満潮時であっても潮位が330cmを超えることは、ひと月の満潮時(1日に2回ある)でも、10回をわずかに超える回数で、しかも1回の満潮時でもそれを超えるのは、2~3時間程度です。このことからもとても「随時」と言えないことは明らかです。

 

 

次に「業者から出された計画内容」を検証してみます。①,②の計画は、その通りの構造になっています。問題は、③の「定期的(年1回程度)の離岸」です。

 

業者は、広島市に対し2014年8月29日に「『かき船』係留レストラン船 離岸作業に関する説明書」を提出しています。そこに示された「離岸作業の手順」は、次のようになっています。

 

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                            前後の係留用鋼管杭が抜けますか

①離岸のため、曳航用ボートを準備②ライフラインを取り外す③係連橋を取り外す④係留チェーン(4本)を取り外す⑤係留用鋼管杭を取り外す⑥ボートによる離岸及び曳航作業

 

繰り返すようですが、これは業者が提出した「離岸作業に関する説明書」です。

 

「業者が提出された計画内容」が、「かき船は建築物でない」という根拠ですなら、この計画書通りの作業が行われるのは当然のことです。ところが、かき船が営業を始めて1年半以上が過ぎましたが、そして私たちが広島市と業者に対し「る計画の実施」を要望したにもかかわらず、上記の離岸作業は一度も実施されていません。

 

それどころか広島市は、最近では「インフラ設備等が着脱可能であることが確認できればよい」というのです。なぜか通達でいう「桟橋」には触れていないのです。

Photo_2                            強固につながれた桟橋で定着している

 

「定期的に離岸させる」という約束はどこにいってしまったのでしょうか。この「定期的な離岸」は、市議会でも答弁しています。そこでは「インフラの着脱が確認できれば良い」とことは、一度も示されていません。ところがいつの間にか「離岸作業」が「インフラの着脱の確認」だけで済むことになっています。公(議会答弁、市民への情報公開)に示していたことを、説明がつかなくなったからと言って勝手に変更することは許されません。

 

業者がしめした「離岸作業説明書」に対して、さらに条件を厳しくすることがあっても、条件を緩やか(というよりいい加減)にすることなど、行政の仕事として普通には考えられないことです。今話題の例の問題ではありませんが、どこかから大ちな力が働いたのでしょうか。

 

この二つだけでも、広島市が言う「『かき船かなわ』は建築物でない」という主張に問題があることは、明白です。

 

もちろん「かき船」の基本的な問題は「世界遺産原爆ドームのバッファゾーンにふさわしくない」ということです。

 

しかし私が、それと同等はむしろそれ以上に問題だと思っていることは、「かき船移転・新設」問題の経過の中に、国やとりわけ広島市が、もあまりにもずさんな手続きによってこの計画を進めてきたことです。それも市民の声が全く無視され続けてです。

 

それぞれが少し長くなりましたが、今回4回にもわたって「かき船問題」の問題点を訴えたのは、このことが理由です。

 

これを機会に一人でも多くの皆さんにこの問題に関心を持っていただければ幸いです。

 

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