環境

2018年8月25日 (土)

北海道の自然 ――洞爺湖と昭和新山――


北海道の自然

――洞爺湖と昭和新山――

 

北海道を訪ねて、改めて自然の素晴らしさに言及するのは、余りにも定番過ぎて顰蹙を買うことになる物の言い方です。でも、西日本の豪雨災害があり、台風19号と20号による被害も大きかった季節には、自然の「脅威」に注目するのは当然ですので、その脅威も含めての自然という存在全体を考えることに意味があるかもしれません。

 

一日に何度も見る機会のあった洞爺湖と中の島、中島です。機構が変り易いときだと、数文で姿が全く違って見えてきます。先ずは雲に巻かれている洞爺湖です。

 

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夕方が近付いてくるとこんな具合に見えました。

 

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陽の当る洞爺湖ですが、私はこんな感じが好きになりました。

 

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そしてちょっと幻想的な洞爺湖にも魅力を感じました。

 

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洞爺湖だけでも「百聞は一見に如かず」の恒例なのですが、昭和新山でもその感を強くしました。

 

ウイキペディアによると、「1943年(昭和18年)12月から1945年(昭和20年)9月までの2年間に17回の活発な火山活動を見せた溶岩ドーム」だとのことですが、戦時中だったため、この活動は伏せられ、それを自費で記録した当時の郵便局長三松正夫氏の業績が高く評価されています。また、昭和新山の地域で農業や酪農を営んでいた人々の生活の糧が失われたため、三松氏はこの土地を買い取ることで支援活動も行ったとのことです。この火山が私有財産である事実は知っていましたが、ほんの少しではありますが歴史を学んだことで、自然と人間との関りに新たな目を見開くことにもなりました。

 

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[2018/8/24 イライザ]

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2018年8月16日 (木)

手動式芝刈り機 ――昔懐かしい機械です――


手動式芝刈り機

――昔懐かしい機械です――

 

田舎の夏は、朝早くから始まります。まだ、陽が差さない内に、あちこちから草刈り機の音が聞こえて来るのです。「草刈り」の代りに「刈り払い」とも呼ばれるようです。田圃の畔は勿論のこと、田圃に降りる土手も、道路の縁まできれいに刈るのが決りになっているようです。公的スペースだと思われるところは、農事組合法人の仕事なのでしょうか、何人かの方からなるチームで素早く刈って行きます。頼もしい限りの姿です。その結果はこんな具合に美しい「田園」です。

 

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ここまで本格的ではありませんが、我が家でも、庭とその周辺の草刈りは定期的にしています。少し伸び過ぎると、親切な御近所さんが「ついでに刈っておきましたよ」というようなことになってしまいますので、「あまり伸びない内に」が鉄則です。

 

刈り払い機の定番はエンジン式です。プロの皆さんは大体こちらを使っているようですが、それも、2サイクルか4サイクルかで使う燃料が違います。4サイクルはガソリン、2サイクルは混合油だそうです。しかも、エンジンですからスパークプラグ等が必需品ですし、メンテには手間が掛ります。

 

出来るだけ簡単な機械をということで、電動式、しかも充電式ではなく、コードで電源につなぐ有線方式のものを買いました。広い田圃の草刈りには使えませんが、我が家のような庭とその周辺では全く問題がありません。

 

というのは、実は強がりで、何年も使っていると、そして年を取ってくるとコードを引っ張っての草刈りが、ちょっと面倒臭くなってきます。面倒臭さの理由の一つは、機械の重さです。(写真を撮るためだけに持っていますので、コードはつないでありません。)

 

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モーターを地面から少し離して持たなくてはなりませんので、その分の力が必要です。筋力増強も一つの解決法なのですが、それとは違う方式で欠陥を補える芝刈り機がありました。回転式、または手動式の芝刈り機です。

 

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これを押すだけで、回転する刃が草を刈ってくれます。しかも、刃の部分を手で持つ必要はなく、両側にある車輪が支えてくれていますので、必要なのは押す力だけなのです。こんなにエレガントな古典的芝刈り機は、1950年代のアメリカ映画にも登場していたくらいの実績があります。

 

斜面に使えないという不便さはありますが、一番広い平面の部分は問題なく芝が刈れます。ということで、その部分は手動式を使っての家人の担当ということになり、御近所さんを心配させることなく、綺麗な芝生を楽しんでいます。

 

[2018/8/13 イライザ]

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2018年8月 9日 (木)

被爆73周年原水爆禁止世界大会・広島大会のまとめ ――今年も、とても勉強になる大会でした――

201889日アップ

 

被爆73周年原水爆禁止世界大会・広島大会のまとめ

――今年も、とても勉強になる大会でした――

 

84日から、3日か開かれた被爆73周年原水爆禁止世界大会・広島大会ですが、6日の昼前に無事幕を閉じました。広島県の実行委員会としては、全国から多くの皆さんをお迎えすることが出来、大変嬉しく感じています。参加者の皆さんには、炎天下、熱心に様々な活動に参加して頂きました。今年も私たちに取っては素晴らしい勉強の機会になりましたし、初めてこの大会に参加された方々に取っても、今後の活動につながる意味のある3日間になったことを確信しています。

 

広島大会の「まとめ」をこのブログにアップすることも恒例になりましたが、今年も、新たな視点から分析なども加わり、読み易く、原水禁運動の「今」を理解する上で、とても役立つ文書だと思います。

 

               

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写真は開会総会から

 

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被爆73周年原水禁世界大会・広島大会 まとめ

原水爆禁止世界大会実行委員会

事務局長 藤本泰成

 

暑い暑い広島大会に、最後まで参加いただきありがとうございました。3日間の日程を終えようとしています。本当に様々な議論がありました。少しお時間をいただき、私なりのまとめをさせていただきます。

 

2018年になって、私たち原水禁運動をめぐる情勢は、大きく動いています。それは、朝鮮半島と福島において顕著であると言わざる得ません。被爆73周年原水禁世界大会は、その事を根幹にすえて、様々な議論が続けられたと思います。

朝鮮半島の非核化に向けた米朝首脳会談の開催、そして東電による福島第二原発の廃炉決定、2つの事実は、私たちが求めて来た「東北アジア非核地帯」と「脱原発社会」へ向けた、大きな一歩であることは間違いありません。しかし、現状がきわめて混迷していることも事実です。分科会の議論がその混迷を様々捉えていました。そして、そのことは、私たちが考える以上に深刻であると言えます。

 

5分科会では、全ての原発の廃炉が決定した福島の現状と課題が議論されました。「終わりの見えない福島第一原発」と題した、原子力資料情報室の澤井正子さんの報告は、衝撃です。すでにメディアが取り上げることも少なくなったF1の現状は、まさに「原子力緊急事態発令中」と言えます。溶融した燃料デブリの回収は30年から40年かかる、1台数億円とも言われる調査ロボットは、高放射線量の中で、迷子になり、動かなくなり、捨てられる。澤井さんは「調査さえうまくいかないのに」と現状へ懸念の声あげています。凍土壁設置で騒がれた汚染水対策も十分ではなく、1100トンとも150トンとも言われる地下水が流入し、増え続けるトリチウム汚染水のタンクは、もうすぐサイト内では設置できないような状況になります。海洋放出という話しもささやかれていますが、澤井さんの、「トリチウムは、体内の細胞の中に長く止まり、長期被爆の怖れもある」との指摘を聞くと、現状の深刻さに震える思いがします。

 

福島から参加した、福島原発告訴団団長の武藤類子さんは、除染で出た放射性廃棄物のフレコンバック2200万個と、共に暮らす福島の現状を報告されました。問題が山積し余りに多岐にわたるために、適切な対処ができず、「連鎖的に人権が侵害されていくように感じる」と表現されています。告訴団は、東電幹部の刑事責任を追及する裁判も行っています。責任の所在が全く明らかにされてこなかった原発事故。事故の原因と責任を明らかにすることが、フクシマを繰り返さない事への、「脱原発社会」への一歩につながると思います。

 

6分科会では、チェルノブイリの被害者であるジャンナ・フィロメンコさんをお呼びして、核被害の世界連帯での議論が行われました。医師でチェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西の振津かつみさんの報告にある、核利用が社会的抑圧、差別、搾取の構造の上に立つという指摘と、核の開発と利用は、核の被害なしにあり得ないと言う指摘、私たちはもう一度しっかりと胸に刻まなくてはなりません。そうした上で、子どもたちの甲状腺がんに象徴される健康被害に対して、国家賠償に基づいて「被爆者援護法」を求めて来たヒロシマ・ナガサキの原水禁運動の成果を、現在のフクシマに活かし、チェルノブイリと連帯し、そしてチェルノブイリ法に学び、私たちの運動をつくりあげていかなくてはならないと思います。

 

1分科会では、辺野古新基地建設の土砂搬入を目前にする沖縄をテーマに議論が展開されました。憂慮する科学者同盟のグレゴリー・カラキーさんは、開会総会の挨拶で「米国の核兵器をアジアに、さらには日本国内に持ち込ませたいと密かに言っている人がいる」と述べ、加えて核抑止力に言及し「核の傘は、放射性降下物、有毒な放射線、核の冬の大飢饉から私たちを守ることはできない」と述べました。第一分科会では、グレゴリーさんから、「日本政府は、新しい小型の核兵器を作るというトランプ政権の決定に拍手を送りました。日本の外務省の一部の高官は、米国の新しい核兵器を沖縄の米軍基地に配備することを歓迎すると発言しまた」との事実が指摘されています。沖縄返還時点での密約問題は、現在においても日本政府の重要な課題であることが分かります。非核三原則を遵守することが強く求められます。

 

朝鮮半島を、東北アジアを目の前に、米国の東アジア戦略の要としての沖縄では、米軍基地の存在が、様々な問題を引き起こしています。沖縄平和運動センターの岸本さんから、第1分科会で、そしてこの閉会集会で、辺野古新基地建設の現状に関しての報告がありました。翁長雄志沖縄県知事は、公有水面の埋立承認の撤回に向けて動き出しました。辺野古建設撤回に向けて、県知事選挙へ向けて、翁長知事の強い思いを感じます。沖縄防衛局は、聴聞日の延期を申し出て、埋立の既成事実をつくろうとしています。817日にも予定される、土砂搬入を決して許してはなりません。

 

国際シンポジウムでは、東北アジア非核地帯構想を中心に、朝鮮半島の非核化に関して日米の視点から議論されました。ピースアクションのハッサン・エル・ティヤブさんから、朝鮮半島の非核化を要求する米国トランプ政権の、新たな「核態勢の見直し」の中での核戦力の強化の実態が報告され、しかし、社会インフラの劣化の中で、核の近代化への1.7兆ドルもの財政支出に、大きな批判が上がっていることが紹介されました。

 

「核態勢の見直し」は、核兵器廃絶と朝鮮半島の非核化の要求に矛盾するものとして見過ごすことができません。しかし、一方で米国の拡大抑止の強化を要求する日本政府の姿勢が、例えばオバマ政権の核廃絶への歩みを進めようとする姿勢に大きな障害になっていることが、グレゴリー・カラキーさんから指摘されています。核抑止に依存する日本政府の姿勢を、正していくことが重要な課題です。

ピース・デポの湯浅一郎さんからは、朝鮮半島情勢を踏まえ「東北アジア非核地帯条約」へのとりくみを開始すべきとの提案がありました。同席した広島原水禁代表委員の元広島市長、平和市長会議のリーダーだった秋葉忠利さんから、世界の非核地帯条約は、例えばアフリカでは半世紀をかけて成立した。時間がかかることを踏まえたとりくみが大切であり、それを後押しするのは市民社会の粘り強いそしてしっかりとした意思であるとの指摘がありました。様々なアプローチから、時間をかけたとりくみが必要であると思います。

 

ある方からのメールで、2015年に刊行された「被爆者はなぜ待てないか」という本に出会いました。著者は、関東学院大学で教える奥田博子さん。福島原発事故後に書かれた本書では、「戦争被爆国日本において、なぜ再びヒバクシャ出たのか」という問いに対して、ビキニ核実験での被爆の後に、東西冷戦の中にあった日本は、「米国の核の傘に依存した平和」と「米国の原子力産業に依存した繁栄を享受する道」を進んできた。「原爆」が「平和」に書き換えられ、潜在的核抑止力を担保するために、「原子力の平和利用」が高々と掲げられ、市民社会が取り込まれてきたと述べて、福島第一原発の事故が、戦後の日本社会が原爆体験や被爆の記憶にきちんと向き合ってこなかった事にこそ、その要因があるのではないかと指摘しています。

 

全ての国の全ての核に、そして平和利用にも「核と人類は共存できない」として反対してきた私たち原水禁運動は、核兵器と核の平和利用・原発を、ヒバクシャの視点からもう一度結び直して、運動の展開を図る必要があります。

 

マーチン・ルーサー・キング牧師の「黒人はなぜ待てないのか」から引用されたであろう本書の「被爆者はなぜ待てないのか」とのテーマは、被爆73周年を迎えた今日、私たちの運動に重くのしかかってくる言葉ではないでしょうか。ヒバクシャの思いを、実現しなくてはなりません。

  

福島原発事故以降、21基の原発が廃炉になりました。再稼働も9基にとどまっています。原発の新規増設・リプレースも困難です。「脱原発社会」を求める声は、国中に充満しています。

 朝鮮半島では、非核化への動きが進み出しました。核兵器禁止条約も採択されています。今こそ、ヒバクシャの思いを実現する、格好の条件が生まれつつあります。

 

三日間の様々な声を、それぞれの生活の場に持ち帰り、新しい時代を求めて動き出そうではありません。

 

最後に、本大会の開催にご尽力いただいた広島県実行委員会の皆さまと、各中央団体・各県運動組織の皆さまに、心から感謝を申し上げて本大会のまとめと致します。

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[2018/8/8日 イライザ]

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2018年7月31日 (火)

7月のブルーベリー農園(東広島市豊栄町)・作業など

7月のブルーベリー農園(東広島市豊栄町)・作業など

76日に安芸の郷のある広島市安芸区、安芸郡一円でかってない集中豪雨で河川の決壊、山崩れ、土砂くずれの災害が起きた。安芸の郷の2つ目の建物第2森の工房AMAも後ろの山から大量の土砂、岩、流木が建物と庭に押し寄せた。728日森の工房AMAのブルーベリーまつりも中止にして復旧作業と利用者の支援の日々が続いている(これらの日々の様子は安芸の郷のブログ「アキノサトの日記」に掲載)。

安芸の郷にブルーベリーを納品している農園のある場所には、住んでいる船越からは国道2号線、県道375号線を通るのだが、あちこちが寸断された。14日にようやく農園にいくことができて、早速周囲を巡回したが、畑の法面が23か所小さく崩れた程度で済んだ。723日からは安芸の郷と福富町のしゃくなげファームから摘み取りの研修、ボランティア、友人、知人のみなさんの摘み取りが始まるので農園の環境整備を急いだ。

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714日。里山のブルーベリー園の草刈りと畑の防草シートを敷く作業を行う。

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718日。農園の家の前にテント設営、テーブルや椅子の設営。

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721日の農園から見る青空。豪雨の6日の翌日が梅雨明けでそれから暑い日が続いた。

 

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728日。安芸の郷のボランティアグループ「フレンドベリー」の皆さんや、農園の友人が摘みとりの援農にお見えになった。一年ぶりの農園訪問。籠を首にかけコンテナをもって摘み取りへ。

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728日。田んぼからブルーベリーに転作した畑が3段に分かれている。最初に一番下の畑にみんな入ってスタート。

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728日昼休み。畳の部屋で休む人、縁側やたたきで休む人。この日は台風12号の影響で風があり、雲もあってわりと涼しかった。収穫したブルーベリーを安芸の郷に納品できた。安芸の郷では選別した1キロパックの生食ブルーベリーとして主に販売される。

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夏の農園周囲の様子。

 青々とした田が広がる。721日。

 

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 ラビットアイ系のブルーベリーの青い実。722

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 農園の裏庭のホタルブクロ。718

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 728日。山のブルーベリー園のワイヤーメッシュの間からのぞくヒオウギズイセン

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2018年7月16日 (月)

土砂災害防止法と予算 ――豪雨災害からの教訓 (7)――


土砂災害防止法と予算

――豪雨災害からの教訓 (7)――

 

1999629日に広島地方を襲った豪雨災害の惨状を検証した結果、今後、同じような被害を繰り返さないようにという趣旨で土砂災害防止法として知られる法律が翌2000年に作られました。立法措置としてはかなり迅速に対応が行われた例ではないかと思います。

 

その概要ですが、次のようにまとめておきたいと思います。

 

この法律では、土砂災害を次の三つに分類しています。

 

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国土交通省のホームページから (以下同様)

黄色で示してあるところが「警戒区域」、赤が「特別警戒区域」です。

 

急傾斜地の崩壊、地滑り、そして土石流です。国ならびに地方自治体は、これら三種類の危険のある地域について調査を行い、危険地帯の中でも深刻なケースについては次の二つの要警戒地域として指定するというのが、第一の段階です。二つとは、「土砂災害警戒区域」  (以下、警戒区域) と「土砂災害特別警戒区域」 (以下、特別警戒区域) です。

 

前者の指定をされた地域では、災害発生時に迅速に避難できるような体制を整備することが義務付けられています。つまり、「警戒区域」に指定された地域に住んでいる人たちにその事実を周知し、災害発生時の避難準備を日頃から心掛け、その結果として、いざという時には避難勧告や避難指示に従い、被害が最小限で済むようにする、ということが目的です。簡単にまとめると、「警戒区域」は、ソフト的な概念である避難に焦点を合せた考え方で、避難によって被害の軽減を図るために指定する、という意味があります。

 

「警戒区域」の周知はハザードマップによって行われています。ネット上のハザードマップを拡大して見ないと、特に「警戒区域」とそうでない区域の境界周辺では分り難いので、ネット情報を御覧になることをお勧めします。ちなみに我が家は、ギリギリのところで「警戒区域」から外れています。

 

それに対して、「特別警戒区域」は、「警戒区域」の中でも特に危険度が高い地域において、ハードに焦点を合せて事前に被害を少なくしようという目的を持っています。

 

つまり、この地域には新たに住居を建てる際には特別の規制があって、①土砂災害に対して一定の強度を持つ建物しか建築できないのです。②また、既にこの区域に建てられている建築物で、十分な強度を持たないものについては、強度を上げるような改修を行う、あるいは、その建物は諦めて、安全な地域に新たに建物を建築するといった対応を行うよう、行政が勧奨しそのための経済的・制度的な支援を行う、というものです。

 

 については、建築費用が区域外の場合より高くなるかもしれませんが、安全性のための投資ですから、それなりに納得して貰えるのではないと思います。

 

問題は②の場合です。現在の住宅の除却 (取り壊してゴミとして処理する) そして新たな住宅の新築にはかなりのお金が掛ります。しかも「特別警戒区域」外に住んでいれば全く必要のない支出なのですし、特に高齢者の場合、それだけの貯えのない人がほとんどだと思います。となると、行政からの「支援」のあるなしで、この施策の現実性が決ってくることになります。

 

では実際、いくらくらいの補助金が出るのか、広島市の場合を見てみましょう。

 

(a) 改修の場合――改修金額の23%までで、補助限度額は759,000円です。

(b) 今住んでいる住宅を除却し、安全な地域に新築する場合――除却費用としては、上限802,000円まで、そして新築の際には、建設費または購入費に充てる借入金の利子相当額に補助がでますが、通常は建物に対しては上限が319万円、土地に対しては96万円です。

 

結局、危険な区域に住んでいる人が借金をして危険でない場所に移住するという制度です。特に高齢者の場合、生きている内に借金を返せるかどうかという問題もあり、支援が基本的には利子だけにしかない、という制度ではほとんど使えないという結果になっています。

 

さらに、「長く住み続けてきた家からいまさら離れることは心理的にも難しい。万一の場合には、住み慣れた今の家で最期を迎える覚悟で住み続ける」とハッキリおっしゃった方もいました。

 

この補助金の利用者数等、具体的な数字を持ち合わせていませんし、担当部署に問い合わせるなどということは、一番忙しく重要な仕事をしている方々に、今の時期とてもお願いできることではありません。国土交通省の統計で、この法律・制度だけではなく、国が直接整備をした箇所も含めて、急傾斜地で危険な個所数とその中で整備が行われた箇所の割合を見ることで、全体的な傾向を推測してみましょう。

 

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ここで重要なのは、H9年、つまり1997年の広島の豪雨災害前、ということは土砂災害防止法施行以前と、H14年、つまり2002年、施行後2年経ってからの比較です。

 

1997年には、整備箇所は危険箇所の19.8%だったのですが、2002年には18.1%と比率で言えば整備がある意味では後退していることを示しています。新たな開発地などが増えたことと、土砂災害防止法に依って詳細な調査が進み、危険箇所は31%増えたことが大きいのかもしれませんが、それだけ危険なところに市民が住んでいる実態が分った訳ですから、政府としては、この時点で抜本的な土砂災害対策に乗り出すべきだったのではないでしょうか。

 

残念ながら、「抜本的な」見直しは行われず、予算措置も一向に進まず、不必要な軍事費や海外への大盤振る舞いだけは増え、市民生活を危険から解放するという、ごく当り前の、つまり「普通」の施策には至らなかった結果は前回お伝えした通りですし、また新たな情報をコメントとしても頂きました。

 

さて、どうすれば良いのか、答が自衛隊の改組であることは既にお知らせしていますが、こんなに素晴らしいアイデアを考え付いたのは、当然私が初めてではありません。これまでの提案も復習しながら考えて見たいと思います。

 

[2018/7/15 イライザ]

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コメント

 土砂災害危険区域に該当する地域の高齢者の場合は、老人ホームなど介護サービスを利用できるほどの介護度は無い、さりとて、日常生活に不便を感じておられる場合は多いと思います。マイホームの移転よりも、県や市で、安全な場所(なおかつ生活にそこそこ便利)の空き家を賃貸住宅で斡旋するのが良いかと思います。住宅セーフティネット法もできてはいるが、現実には、民間は高齢者に貸さない。となると、安全な場所の空き家を借り上げて公営住宅にする方式が落としどころだと思います。街頭演説等でもわたしは時々指摘しているのですが、さらに踏み込めば、日本の賃貸住宅政策の貧困(と裏腹の過剰なマイホーム主義)もこの問題の根本にあると思います。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

御指摘のように、「マスホーム主義」に疑問を持たず、苦労して一戸建ての「我が家」を建てたのに、災害のために賃貸に移る、とスイッチを切り替えられる人は少数でしょう。

でも、その選択肢もあるのだという事実はきちんと提示し続ける必要があると思います。

すべての災害から、身だけでなく住居も守るのは無理があると思います。
たとえ、法に従って改築等をしても万全になるという保証はありえないでしょうね。
まずは、命を守る、そして災害によって被災したら、生活をもとに戻すために個人として必要となるお金がどれくらい少なくできるかが需要だと思います。
災害の危険地域に住宅を建設するときには、融資する方にもリスクを課せるべきですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

土砂災害救助法の目的はあくまでも人命救助です。助からないところに住む危険を減少する上で、住居の移転というラディカルな代替案を提示してまで、危険度を晒せるという側面もあります。そして、「setohiro」さんが指摘してくれたように、マイホーム主義をある意味変えられない、という制限の元に少しでも、事態を改善するのが目的です。

2018年7月15日 (日)

災害対策予算の大幅増額を! ――豪雨災害からの教訓 (6)――


災害対策予算の大幅増額を!

――豪雨災害からの教訓 (6)――

 

自衛隊を災害救助隊に改組して、その主たる任務を災害救助に充てるという考え方のかなり大きな理由はお金です。自衛隊の全予算は約5兆円という大雑把なイメージを頭に置いて、これからの問題提起をお読み頂けると幸いです。その予算全てを災害対策に回せとまでは言いませんが、仮に自衛隊が災害救助隊になり、現予算の半分を災害対策に回せるようになったとすると、現在よりは大幅に状況は改善されます。

 

その5兆円がどんなことに使われているのか、最近の「買い物」リストをチェックしただけでも、無駄遣いが如何に多いのかは御理解頂けると思います。

 

戦闘機としては使えない性能であることが分っているF35戦闘機は、1機あたり約130億円。それを42機の購入予定、合計5460億円。オスプレイ17機セットを1機あたり約220億円、総額3600億円で購入、以前に購入した24機と合わせると、9020億円。さらに、イージス護衛艦の弾道ミサイル対応艦を8隻態勢とする改修と建造に約1000億円、そして、ミサイルの迎撃そのものに対する疑問が多くある中でのイージスアショア2基で合計約1600億円。これだけ合わせただけで、17080億円です。

 

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1220億円、事故多発のオスプレイ

 

兆を超える軍事予算に対して災害対策費は、雀の涙ほどの額しかありません。一例として、今回大規模な被害のあった倉敷市真備町を見てみましょう。真備町の被害は、高梁川に合流する小田川が決壊したことが原因ですが、その危険性は早くから理解され、対策も立てられていました。

 

簡単に図示すると、[1968年堰建設計画→2002年中止→2010年付け替え工事決定→今秋着工予定]ということなのですが、堤防の決壊を避けるために、堰を作ることが計画され、その後、小田川と高梁川との合流の仕方を変える計画が2010年に立てられたものの、結局、それから8年も経ってようやく工事に着工という手順になったのです。その原因はお金です。

 

国が、災害対策を優先する予算配分をしていれば、計画立案後すぐにも工事は始まっていたのです。それも、事業費は280億円です。オスプレイ1機とほぼ同じではありませんか。使い物にならず事故ばかり起しているオスプレイではなく、小田川の改修工事に予算を回せば、今回の被害は防げたのです。しかも真備町だけではなく、全国各地でこのような危険地域のあることは良く知られています。オスプレイで言えば約40機分、全国40ほどの地域の河川改修や災害対策ができたはずなのです。

 

それだけではありません。1999629日の広島地域の豪雨災害後、土砂災害防止法という法律が作られました。その結果、土砂災害による被害が減少するはずだったのですが、今回の豪雨災害が示したように、必ずしもそうとは言えない結果になっています。その理由の一つは勿論、お金ですし、多くの人にハザードマップの重要性が伝わらなかったことも大きいと思います。

 

長くなりましたので、これについては次回説明したいと思います。

 

[2018/7/14 イライザ]

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コメント

安倍晋三、アメリカには2000億円、加計学園には100億円、豪雨被災地には20億円

週刊金曜日7/13号(最新号)→【特集】米国の「おしつけ改憲」
”「思いやり予算」もおかしいけれど、改憲も”
で、リラン・バクレー Leland Buckley という米TEXAS州出身で
神奈川県在住の映画監督が語っています。
〈...どうしても9条を改憲したいのなら、解釈の余地が
入らないように「一切軍隊や兵器は持ちません」と
憲法で明言したらいい。防衛が心配なら、「思いやり予算」の
全額を投じ、自衛隊から武器をなくして、海外に災害があったら
真っ先に駆け付ける救援組織に変えたらどうでしょう。
そんなありがたい国を、どこが攻撃しますか。〉

こういう方がBS-TBS日曜夜10時「外国人記者は見た」に出演できて、
番組も地上波となれば、少しは空気が...。甘いか。
にしても、田中康夫さんの”自衛隊サンダーバード構想”、
なぜに広まらぬ😞

一部ですが、安倍首相の太っ腹ぶり
・ミャンマーへの債務のうち新たに2000億円を免除する
・中東・北アフリカ地域に対し新たに総額2160億円規模の支援
・シリアの女性支援に3000億円の政府開発援助
・ASEANに5年間で2兆円規模の政府開発援助
・モザンビークに700億円の政府開発援助
・インドへ円借款2000億円
・バングラデシュに6000億円支援
・パプアニューギニアに今後3年間で200億円
・インドに5年で3兆5000億円の官民投融資

「通りすがり」様

コメント有り難う御座いました。

こういうのを、本当の意味で「桁違い」と言うのですね。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

Buckley監督の言っていることは、誰にでも分りますし、説得力もあるので、皆で広げましょう。

「納税者」様

コメント有り難う御座いました。

簡潔で説得力のあるリストを有難う御座います。海外援助は大切ですが、毎年、災害で亡くなる日本国民がこれだけ多いという事実に真剣に向き合わない「日本」政府を変えましょう。

2018年7月11日 (水)

大雨災害からの教訓 (2)


大雨災害からの教訓 (2)

 

災害時に情報が不可欠なことは言うまでもありませんが、今回の私の経験から感じたのは、「非常事態」という概念を変える必要がありのではないかということです。「非常事態」ですから、日常的ではなく、例外的に起きること、その事態への対応も、例外的な体制で行えば良い、というような前提で捉えられている「思考の枠組み」そのものを変えるということです。

 

大局的に考えると、地震や火山、台風から大雨、豪雪に極限的寒さ等、自然の脅威は、「非常事態」が日常化してしまっている時代に私たちが生きていることを示しているのではないかと思います。その事実を自覚した上で、それに対してどんな行動を取るのかという判断基準について、個人から、様々な組織、そして国というレベルまで、自然災害が「日常」の一部だという前提で組み立て直す必要があるのではないかと思います。

 

土石流で御自宅が押し潰されたり、河川が決壊して二階まで水が押し寄せ屋根に避難した方々、御家族を亡くされた方々など、テレビでの報道に接するたびに胸が痛みます。実は、7日の土曜日、かなりの時間をテレビの前でこうした報道を見続けていました。その内に、何とも遣り切れない気持になり、何もしないよりとにかく動いてみよう、と決意して外に出ました。

 

それは、6日の夜に広島空港に到着しても、広島市内までの交通手段がなく東広島のホテルに一泊後、新幹線の復旧を待っていた家人を「救出」すると言うと大袈裟ですが、東広島まで迎えに行こうという決意です。

 

カーナビとグーグル・マップの情報では、国道2号線は使えなくても、県道276号経由で東広島まで通行可能だとのことだったので、渋滞状況を見て途中で引き返すことを覚悟で出発しました。

 

テレビに釘付けになって、またPCとスマホから得たいと思っていた情報は、新幹線がいつ復旧するのか、また山陽道あるいは2号線、はたまたその代替路線が通行可能かということだったのですが、テレビを見ている限り、この情報を得るには物凄い辛抱が必要でした。

 

広島県には大雨特別警報が出されていること、避難指示や様々な警報、雨量等は、頻繁に何度も伝えられるのですが、新幹線情報は、テロップで10分おきに一度くらい、しかも数秒しか映りません。注意していないと見落としてしまうので、集中力が必要です。別のテレビ局にチャンネルを変えても、同じことでした。それに輪を掛けて、報道される画面は同じ被害の様子が何度も映され必要な情報が出てきません。

 

JRのホームページでは、新幹線の復旧については15時までは見込みが立たない、それ以降もどうなるか分らない、と数行書かれているだけで、これではほとんど役に立ちません。結局は、午後7時頃にこだまが運行を始めたのですが、②それなりの予測を知らせておいてくれることはできなかったのかと思いました。

 

生活道路の状況もテレビの報道では全く分らず、ツイッターやfacebookには情報が上っていたのかもしれませんが、私のアクセスできた情報源は限られたものでした。もっともそれは時間の問題なのかもしれません。10日の火曜日には、生活に必要な情報、特に給水所の情報は確実に報じられていましたので。とは言え、まだ改善して欲しいところはありますので、一つ二つ、提案です。

 

③ テレビ局同士で分業体制を取り、A局は警報を中心に、B局は道路状況、C局は鉄道と飛行機等、重点的に取り扱うことにはできないものでしょうか。分業によるデメリットもあると思いますが、社会が多様化していますので、それに対応した情報を送る側としても、多様化した体制の方が状況にマッチした情報を送れるように思えるのですが。

 

Yahooマップではこのサービスをしているとの報道がありました。また黒瀬のセブンではこのような手書きの地図を配布してくれていたようです。Yahooやセブンに任せておけば良いことなのかもしれません。

 

Photo

黒瀬のセブンが配布していた地図

 

そのサービスとは、個々別々の道路情報を実際に通れたかどうかの経験を元に、たくさんの人から送って貰い、それを元にした詳細な道路状況マップを公開するものです。しかし、道路の管理をしているのは国、都道府県、市や町です。道路状況を把握しその情報を提供することも守備範囲に入るのではないかと思います。10日には、ようやくテレビを通しての情報が伝わり始めましたが、自前の情報収集だけではなく、現地からのリアルタイム情報を活用することで、もっと早く対応することが可能だったのではなかと思います。

 

私はと言うと、カーナビとグーグル・マップ情報を元に、東広島バイパスの渋滞に巻き込まれましたが、東広島方面がどうなっているのか、ノロノロ運転でも事故は起こせませんので、車の中からアクセスできる情報は限られていました。結局3時間我慢して、10キロも進めませんでしたので、引き返すことになりました。

 

問題提起はまだ続きます。

 

[2018/7/10 イライザ]

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コメント

支援物資やボランティアを拒否している自治体もありますが、よほど正確に細かい情報を得ていない限り避難する人以外は下手に被災地には近づかない方がいいです。ネットには通れた道路情報などもありますが、そうした道路には車が殺到し消防や警察など緊急車両の通行の妨げにもなります。

以前から、報道各社でそれぞれにヘリコプターを飛ばして、その音が救助作業の邪魔になると言うことでしたが、今回も各社がヘリコプターを飛ばして、とてもうるさかったです。こんな調整すらできないオールドメディアには期待できません。

渋滞のイライラ、ストレスは1人で運転しているからですよね
連休に家族で何十キロの渋滞に巻き込まれてもさほど苦痛
ではないですから。

「通りすがり」様

コメント有り難う御座いました。

大切な点をリマインドして下さり、有難う御座います。

「視聴者」様

コメント有り難う御座いました。

こんな時にこそ、ドローンが活躍しても良かったのにと思います。ドローンの方が音は静かですし。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

物流トラックは無理かもしれませんが、災害時にどうしても運転しなくてはならない場合の、新対策として検討すべきかもしれませんね。

2018年7月 9日 (月)

大雨災害からの教訓 (1)


大雨災害からの教訓 (1)

 

数十年に一度という大規模な大雨災害によって亡くなられた方々の数、被災された方々の数も増え続けていますし、被災地も時間と共に移り、全体としては予想をはるかに超える広い範囲に住んでいる方々に影響を与えています。心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。そして、これ以上被害が増えないことを祈るばかりですが、台風8号も近付いていますので心配は続きます。

 

今回は、「タヒチへの贈り物」は先に延ばして、大雨災害について考えたいと思います。「広島ブログ」に参加されているブロガーの皆さんもそれぞれ、今回の大雨で色々とと経験されたことを書かれていますが、我が家の経験も報告させて頂いた上で、感想を一つ二つ付け加えられればと思ったからです。

 

自治体も国も災害対策に力を入れてきたことは否定しません。しかし、地震、火山、台風、大雨とこれほど大きな災害が定常的に起きている現状を考えると、国家的規模で「災害対策」の枠組みから考え直す必要があるのではないかと思います。その全てを論ずるだけの準備ははありませんが、何回かに分けて、気が付いた範囲での提言をさせて頂ければ幸いです。

 

 最初は「被災地に人を送り込むな」です。

 

我が家では、息子二人が東京で生活していますので、定期的に上京して子どもたちの世話をしたり一緒に行動したりしています。今回も家人が、そのために上京していたのですが、帰広の切符は6日金曜日の夜の便でした。その時点で空港から市内のリムジンバスは運転中止、JRの在来線もとまり、新幹線も動いていない状況でした。山陽道も通行禁止状態でした。

 

Photo_2

通行できなくなった志和トンネル、だから山陽道は通行不可だったのです。


Photo_3

山陽本線瀬野と八本松の間です。在来線も不通です。

 

仕方がありませんので、タクシーに頼るということで東広島市内のホテルに予約を取っていました。フライトがキャンセルされる可能性もあったのですが、とにかく飛びましたので、広島空港に着陸、長い時間待って、タクシーで、東広島まで辿り着きました。

 

家人の場合は、事前に空港到着後の情報が分っていましたので、それなりに準備をすることができたのですが、悲惨だったのは外国人観光客の皆さんでした。

 

タクシー乗り場も長い列ができ、空港内の事務所を開放するのでそこに留まって欲しいという対応もなされたようなのですが、ある外国人家族に取っては衝撃的なニュースだったようです。

 

その家族のお母さんと飛行機の中で隣り合わせになった家人が聞いた話では、空港でのレンタカー予約をしていて、到着後は広島まで車で行き一泊、次の日には宮島を見て、それから四国に研修のため滞在しているお子さんを訪ねる予定だったとのことでした。お母さんは両手に障害があり、恐らくお父さんが運転も、家族の世話もするという状況だったのでしょう。

 

到着した6日には、車で広島市内まで行くのは不可能、結局空港で一泊というようなことになり、次の7日にも事態は一向に変わらず、宮島にも行けずお子さんにも会えずに、もし飛行機が飛んでいれば東京に戻るというシナリオになってしまったようです。

 

家人も自分の足も確保しなくてはならず、最後までお世話できなかったようなのですが、わざわざ広島まで来なくても、この情報は東京で把握できたはずですので、東京で対応できていれば、二日間の時間のロスと、東京・広島間の航空運賃のロスは防げたのではないでしょうか。

 

さらに、外国人に限らず、広島に住んでいる人ならそれなりの知識はあったとしても、それ以外の人たちには、「白市まではリムジンバスが出ています」という情報からは、そこまで行けばあとは何とかなるだろう、というくらいの想像力しか働きません。そんな状態になることが分っていて、東京から広島まで善意のお客さんを送り込んで良いのでしょうか。

 

航空会社にすれば、切符は発行した、飛行機は飛べたのだから飛ばしした、後は乗客の責任ということになるのかもしれませんが、到着後には、空港の事務所の床に寝るという選択肢しかないところに、それも到着して初めてそれが分るという前提で乗客を運べば、それで済む話なのでしょうか。

 

福岡市の場合のように、仮に災害があったとしても空港と市内とが近い場合には、それほど大きな問題にはならないのかもしれません。そうだとする、わざわざ遠隔地に飛行場を移設した広島県や広島市が、このような場合の責任の一端を負うべきなのではないでしょうか。

 

そして、航空会社も、キャンセル不可・返金不可の切符であっても、災害時には到着地の状況をきちんと把握して、災害地には目的地に着けばそこで孤立無援になってしまう乗客を、送り込まないというくらいの責任を持つべきなのではないかと思います。そのために、私企業だけに負担を強いて乗客の安全と安心を確保するのではなく、国全体のシステムとして、このような場合の対応も含めた施策があれば、災害時の不安の種は、少なくとも一つは減ると思うのですが如何でしょうか。。

 

「タヒチへの贈り物」を挟んでこの件についての問題提起は続きます。

 

[2018/7/8 イライザ]

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コメント

旅客業務をしている会社に、どこまで責任を負わせるかという問題ですから、とても難しい問題ですね。
バスにしろ電車にしろタクシーにしろそして飛行機と、利用する前と利用後まで責任を負わせるのは不可能だと思います。
ただし、目的地の情報を発信する努力はすべきですね。
そのためには、これらの従事している人が正しい情報を得て判断できる力が必要ですね。
そして利用する人も、情報収集する努力も必要ですね。
私は日頃から、飛行機を利用する人には、リムジンバスは高速道路の状況で運行停止になる事があるので、朝にホテルのフロントで確認する事を勧めています。
また、国は外国人観光客の誘致を積極的に薦めているのですから、早急に国がやるべきですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

もう少し正確に言うと、まずは、「災害で孤立している空港に何の対策もせずに飛行機で善意のお客さんを送り込むな」という原則を関係者一同で確認して、次の段階で、誰がどのような負担をしてこれを実現するのか、ということを相談するという順序になるのだろうと思います。

現状では、結局、責任を取らされているのは、行きどころのないお客さんですので、これは問題でしょう。

そして努力義務だけではないシステムづくりには、国や自治体等の関与は当然必要です。

2018年7月 8日 (日)

タヒチへの贈り物 ――フランスの核実験による被害者に――


タヒチへの贈り物

――フランスの核実験による被害者に――

 

[数十年に一度という大規模な大雨災害によって亡くなられた方々にお悔やみを申し上げたいと存じます。又甚大な被害を受けられた被災者の方々には心からお見舞いを申し上げます。]

 

さて、2017年の8月に報告させて頂いたのですが、東芝国際交流財団から助成金を頂けることになり、フランスの核実験で被害を受けたタヒチの人々に、鎌田七男著『広島のおばあちゃんの』フランス語版を贈るプロジェクトが昨年春にスタートしました。

 

当初の予定では、昨年中にタヒチまで、贈り物を届けられる積りだったのですが、いくつか予期しない問題が生じて、ようやく今月になって、タヒチまで本を届けることができました。

 

東芝国際交流財団への事業報告を提出する必要も当然ありますので、そのための事業報告書をこのプロジェクトを中心になって引っ張って下さった、真下俊樹さんに書いて頂きました。真下さんは、國學院大學の講師ですが、同時にフランス領ポリネシアだけではなく、南太平洋地域の核実験とその被害についての専門家で、フランス語の翻訳・通訳等でも活躍している国際的な平和活動家として著名です。

 

詳細な報告書ですので、二回に分けてお読み頂ければ幸いです。

 

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プロジェクト: 鎌田七男・箸『広島のおばあちゃん』仏語版翻訳とフランスによる核実験被害者に向けての配布

 

財団法人東芝国際交流財団の助成金受給(¥1,600,000)により実施

 

  1. このプロジェクトの背景と目的

 

フランスは196696年に仏領ポリネシアのモルロア、ファンガタウファ両環礁で計193回の核実験(大気圏46回、地下147回)を行ないました。実験には、フランス軍関係者、民間企業派遣員のほかに、現地採用のポリネシア人労働者5千〜1万人(正確な人数は不明)が動員され、その多くが放射線を被ばくした可能性があります。また、大気圏核実験の放射性降下物による汚染は仏領ポリネシア全体に広がっており、元労働者以外の一般住民やその子孫への影響も懸念されています。

 

フランス核実験による被害者の存在は、最近までほとんど表面に出ることがありませんでした。そのおもな理由は、被害者の多くが「核実験について口外すれば、フランスの国防機密漏えい罪に問われる」と恐れ、口を閉ざしてきたためでした。しかし、1990年代になって被害者を支援する市民活動に支えられて被害者の掘り起こしが進み、2001年に仏領ポリネシアで初めて被害者団体が結成されました。これは、アメリカやイギリスの核実験被害者の運動に比べて、かなり遅い出発と言えます。

 

被害者の権利回復運動を効果的に進めるためには、被害の実態の正確な把握が土台になります。しかし、放射線の健康影響についてポリネシア人が得られる情報は、フランス政府、とくにフランス国防省から出される「フランスの核実験はクリーンで、影響はない」とするものがほとんどで、多くのポリネシア人は不信感を払拭できないのが実情です。反面、放射線被害の実相が正確に知られていないために、自分が苦しんでいる健康問題と過去の放射線被曝と関係があるかも知れないとは思いもよらない元核実験労働者や、逆にあらゆる健康障害を核実験と結びつけ、自らや子や孫の健康への不安や、罪悪感に苛まれているポリネシア人も少なくない現実もあります。このため、放射線の健康影響に関する科学的な情報が、核実験を行なったフランス当局ではなく、この問題について利益相反のない第三者的立場にある専門家から提供されることがポリネシア住民の間で望まれてきました。

 

20167月に「フランス核実験50周年記念事業」が仏領ポリネシアで行なわれたさいに、日本から秋葉忠利前広島市長、振津かつみ医師(放射線医学)、大島秀利毎日新聞論説委員、真下俊樹國學院大学講師の4名が参加しました。現地市民団体との交流のなかで、秋葉氏より「『広島のおばあちゃん』というリーフレットがあるので、そのフランス語版を作成して仏領ポリネシア市民に配布してはどうか」との提案があり、現地市民団体からも「是非お願いしたい」との期待が表明されました。『広島のおばあちゃん』(鎌田七男・広島大学名誉教授著)は、広島で被爆した「おばあちゃん」が、学童の質問に答える形で原爆の実相を語ると同時に、投下された原爆による放射線の健康影響を、科学的根拠に基づいて、中高校生にも分かりやすく解説した本です。上記のような現在の仏領ポリネシア市民の必要にも合致していることから、帰国後、具体化に向けて動き出しました。


Photo

2016628E.フリッチ仏領ポリネシア大統領と面談:写真右からB.バリオ前DSCEN部長(故人)、振津かつみ医師、E.フリッチ仏領ポリネシア大統領、秋葉忠利前広島市長、真下俊樹國學院大学講師、R.オルダム仏核実験被害者団体「モルロア・エ・タトゥ」代表

 

  1. プロジェクトの経緯

 

 

必要な資金については、公益財団法人東芝国際交流財団から助成を受ける可能性があることがわかり、プロジェクトの受け皿として秋葉氏が顧問を務めるNPO法人「文化の多様性を支える技術ネットワーク」(理事長:山崎芳男早稲田大学名誉教授)に引き受けてもらえることになり、東芝国際交流財団への助成金申請も同NPOで行っていただけることになりました。

 

仏語版『広島のおばあちゃん』の版権等について、著者の鎌田氏に相談した結果、本プロジェクトを契機に、氏の主催する「シフトプロジェクト」が仏語版の製作を行い、完成した本を「文化の多様性を支える技術ネットワーク」が東芝財団からの助成金の許す範囲で買い取り、仏領ポリネシアへ送付することになりました。当初、2000部を購入する計画でしたが、諸経費の関係で最終的に1000部を送ることになりました。

 

フランス語への翻訳は、フランソワーズ・ジャン東京工業大学リベラルアーツ研究教育院外国人教員が行いました。翻訳作業はおもに日本語版を底本とし、随時英語版を参照する形で行われました。また、同仏語版がより長く読まれるよう、原著者との合意の上で一部内容をアップデートするとともに、フランス語読者の理解を助けるための各種情報を追加しました。最終的な訳文を日本語原文とチェックする作業を真下が行いました。翻訳完了は、当初20174月頃の予定でしたが、訳者の健康上の都合により、予定から約半年遅れの20179月になりました(仏語版タイトルはLa vielle dame d’Hiroshima — Éducation à la paix)。その後、2017年末に版下作成、校正、索引作成等の最終作業が終わり、翌20181月に印刷が完了しました。

 

La_vielle_dame_dhiroshima

仏語版『広島のおばあちゃん』La vieille dame d’Hiroshima 表紙

 

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ここからが読みどころなのですが、次回をお楽しみに!!

 

[2018/7/7 イライザ]

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2018年7月 1日 (日)

6月のブルーベリー農園(東広島市豊栄町)・花など

6月のブルーベリー農園(東広島市豊栄町)・花など

 

標高約400mある農園にはほぼ年間を通して休みの日に広島市安芸区からブルーベリー農園に家族と一緒に通園して作業に当たっている。安芸の郷に少しでもいいブルーベリーを安定的に納品できるよう今年の剪定は太くてたくさんなっている枝も思い切って切って再生を図ることを目的にして作業が続いている。いつも作業の合間に出会う折々の農村の景色や花や生き物の変化に気持ちをほぐされる。そのたびにポケットのカメラを取り出してつい撮影してしまう。

001

ブルーベリー農園と同じ集落にある麦畑(610日)。ブルーベリー農園のある地域は豊栄町の乃美という地域だが小さな川を挟んで広い田園が広がっている。写真の後ろの集落がこの地区の学校や郵便局、商店街などのメイン通りだ。

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家のすぐ前がブルーベリーの畑が3段あるが、家とブルーベリー畑の間の道に沿って小さな花壇がある。隅っこにヤマアジサイが植えている。昨年強い剪定をしなかったので今年は背が高くなった。6月の1か月の農作業の合間に色の変化を撮影。

 6月3日

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621日。ブルーベリー畑の隣の田んぼ。まだ稲の間に水面が見える。

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67日。家の前のジャーマンアイリスの花壇の中から間を縫うようにショウブが開花。

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621日、同じ場所からフランネルソウから顔を出す。6月中たくさんの花軸をのばして咲いている。

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621日。早生のブルーベリーの実。房状の青くなった実から比較的大きいものだけを摘み取ると甘い実に出会える。

 

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627日。里山と畑の間の法面に植えている大好きな富有柿の青い実。今年は少ない。

2018630

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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