環境

2017年4月23日 (日)

森の工房AMA クマバチなど

     森の工房AMA クマバチなど

 

障害者が日中働く場、森の工房AMAと第2森の工房AMAの建物の屋上には建物の工事で出た土をそのまま上に上げてブルーベリーの畑にしている。厚さは30センチある。サクラの開花が終わって4月中旬からブルーベリーの花が満開となるのでクマバチやクロマルハナバチたちがやってくる。

 

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14日の様子。

 414日天気も良くて森の工房AMAの庭にクマ蜂が今年もやってきた。縄張り争いが厳しく侵入するほかのクマ蜂はしつこく追いかける光景がこの時期。

 

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② 早生の系統の北部ハイブッシュ(ウエイマウス)は花の口が開いて受粉の準備が整っているが、

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 ③ 同じ場所に植えてある晩生のラビットアイ系の花はまだ口を開いていない。

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19日の様子

森の工房AMAの屋上のブルーベリーの晩生のラビットアイ系の花が満開。

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20日の様子

 ブルーベリーの剪定作業(毎年遅れる)をしているとクロマルハナバチに出会う。忙しく蜜を吸い受粉をしてくれる。ともに仕事モードでミツバチと妙な連帯感を感じたりする。

 

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 ② 受粉が終わると花が落ちて結実した小さな実が顔を出す。(左上にひとつ)

ミツバチが来ないとブルーベリーの実はできないし、収穫時に長雨が降ると実が摘みとれないし、いろいろ栽培管理をしていても最後は自然まかせ。昨年はミツバチが少なかったが今年はちょっと期待している。

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③ 草も伸びてきたので第2森の工房AMAの駐車場の草取り。フェンス沿いに数十種類のジャーマンアイリスがずらりと植えてある。

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背丈の低いアイリスが第2森の工房AMAの庭に咲き始めた。名前はリベッティング。

 

2017422日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

 

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2017年4月18日 (火)

回る地球儀 ――「永久」が12年であることも判明――

 

回る地球儀

――「永久」が12年であることも判明――

 

6年前に、Tufts 大学から記念品として自然に回る地球儀を貰いました。写真を添付しましたが、この地球儀が、何もしなくても回り続けるのです。中にモーターが入っているのだと思いましたが、忙しいこともあってどんなメカニズムで動き続けるのかはあまり気に掛けずに、でも動いていることは確認してその動きを楽しんでいました。子どもたちにも人気があって、遊びに来る子どもたちは必ず動く地球儀に気付いて不思議がっていました。

 

               

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何度か引っ越しをしたせいなのかもしれませんが、この地球儀が動かなくなったことに、つい最近気付きました。

 

地球儀は二層から成り立っています。外側に透明なプラスチックの容器があり、その中には透明な液体が入っています。その液体に浮ぶような感じで、表面に地球の模様を印刷した球体が収まっています。

 

恐らくその球体の中にはモーターがあるのだと思いますが、ネットで調べてみるとこの地球儀はMOVA社製で、中のメカニズムは、ソーラー電池と磁石そしてモーターがあり、磁場が上下方向を決め、光が電源、モーターが回転させているらしいことが分りました。iPocket社のホームページに説明がありますので、関心のある方は御覧下さい。

 

 

「半永久的に」自転する、という謳い文句なのですが、実際に動くパーツがあれば、それはいつかは壊れます。それでも6年ほど動き続けたのは見事だと思いますが、「半永久的」が6年だとすると、その倍の「永久」は12年ということになります。

 

ジョークはさておき、動かなくなった機械を直したい気持ちはあるのですが、内側の球体に傷を付けずに中の電池やモーターにアクセスするのは不可能なように思えます。それでは修理はできません。折角一度は動いていたのですし、動いた方が面白いことは確かなのですが、動かなくても綺麗な地球ですので、このままの状態で楽しみたいと思っています。

 

 

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2017年4月15日 (土)

森の工房AMAのサクラの様子など

        森の工房AMAのサクラの様子など

 

安芸の郷の最初に建てた建物「森の工房AMA」は200310月に知的と精神の障害者の皆さんが通所する事業所として安芸区矢野東にオープンしたが、建設時に大きめのサクラの木を8本植えた。他にも敷地の周辺に大きなサクラの木があったので開所の翌年からサクラを満喫できる環境が整っていた。今年の開花の前半は雨続きだったが、12日ころから満開となった。

 

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48日は安芸の郷の3つの事業所(森の工房みみずく・あやめ・やの)と2つの家族会と3つの事業所で活動するボランティアグループの皆さんがお昼に集まって恒例の花見。集まった160名を超える参加者はあいにくの霧雨でやむなく森の工房やのの食堂と作業室で宴をはった。弁当の後で参加者の自己紹介、そしてグループ対抗のゲームで楽しむ。

 

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外のサクラは薄墨色。

 

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9日は曇り。森の工房AMAの隣の原爆養護老人ホーム「おりづる園」では紅白幕を張ってホームの利用者の観桜の場を毎年しつらえる。

 

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11日。ヤマザクラは散り始め赤色の葉と桜色の混ざり合う姿に変化。

 

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12日からやっと青空がのぞいて満開のサクラが映える。右下の建物はおりづる園。

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12日の午後おそく森の工房AMAの入口のサクラの下で風に舞うサクラの花びらを追いかけたりして楽しむ親子ずれ。右の建物が安芸の郷の2つ目の建物「第2森の工房AMA」。

 

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13日。ソメイヨシノも若葉が伸びてくる。

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13日森の工房AMAの塔屋の周囲のサクラの満開が続く。

 

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サクラの他にも庭のフリージアは満開でスノードロップはもう終わりかけ。

 

森の工房AMAのサクラは数種類あり、4月末に満開を迎えるサクラが1本あるのでまだしばらくはサクラに囲まれて利用者は働きつづける。

 

 

2017413日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年4月12日 (水)

かき船問題を考える―その4

「かき船かなわ」は、建築物

   なぜか「船」と主張する広島市

 

広島市が、「景観審議会は必要ない」とする根拠として「『かき船』は建築基準法による建築物ではない」という理由を挙げています。今回は、本当に「『かき船』が建築物でない」と言えるのかを検証してみたいと思います。

 

広島市も言っていますが、旧建設省(現国土交通省)は、2度にわたって「従来より、建築基準法第2条にいう『土地に定着する』状態とは、単に陸地で土地に強固に結合された状態のみならず、水面、海底等に定常的に桟橋や鎖等で定着された状態を含むものであるとする判断が確立しており」とする「海洋建築物の取り扱いについて」という通達を出しています。

これを素直に読み取れば、問題となっている「かき船」が、建築物であることは明らかだと思います。

 

ところが広島市は、次のような理由を挙げて、「かき船は建築物でない」と言い張っているのです。

「事業者が提出して計画によって『随時かつ任意に移動することが可能」だとし、さらに「業者から提出された計画内容」として次の三つを挙げています。

 

 ロープ、碇が容易に取り外し可能

 

 給排水等のインフラ設備等は、容易に着脱可能

 

 随時かつ任意可能な状態を確保するため、定期的(年1回程度)に離岸させ、その報告を行う。

 

Photo                        建築物にしか見えない

この広島市の理由を検証してみたいと思います。

 

まず「随時かつ任意に移動可能」ということに大きな?がつきます。そもそもこの「かき船」は、浮揚した状況でなければ、移動できないのですから、「随時」(いつでも)というのには無理があります。さらに「かき船」が浮揚している時間は、ごく限られています。残念なことに広島市は、どういう条件になったら浮揚するかに関心がないようです。私たちの問いに答えないのですから、あきれてものも言えないきもちです。

 

1                             この状態では、動かない

私たちの調査によれば、広島湾の潮位が、330cmを越えなければ「かき船」は浮揚しません。広島市は言葉を濁していますが、国土交通省海事局検査測度課は、「提出された図面及び現物の検査結果から、水面が船底から約1.85メートル程度の高さで浮揚することがわかる」としており、私たちの調査とほぼ合致しています。

 

広島湾の潮位表をご覧になればわかりますが、満潮時であっても潮位が330cmを超えることは、ひと月の満潮時(1日に2回ある)でも、10回をわずかに超える回数で、しかも1回の満潮時でもそれを超えるのは、2~3時間程度です。このことからもとても「随時」と言えないことは明らかです。

 

 

次に「業者から出された計画内容」を検証してみます。①,②の計画は、その通りの構造になっています。問題は、③の「定期的(年1回程度)の離岸」です。

 

業者は、広島市に対し2014年8月29日に「『かき船』係留レストラン船 離岸作業に関する説明書」を提出しています。そこに示された「離岸作業の手順」は、次のようになっています。

 

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                            前後の係留用鋼管杭が抜けますか

①離岸のため、曳航用ボートを準備②ライフラインを取り外す③係連橋を取り外す④係留チェーン(4本)を取り外す⑤係留用鋼管杭を取り外す⑥ボートによる離岸及び曳航作業

 

繰り返すようですが、これは業者が提出した「離岸作業に関する説明書」です。

 

「業者が提出された計画内容」が、「かき船は建築物でない」という根拠ですなら、この計画書通りの作業が行われるのは当然のことです。ところが、かき船が営業を始めて1年半以上が過ぎましたが、そして私たちが広島市と業者に対し「る計画の実施」を要望したにもかかわらず、上記の離岸作業は一度も実施されていません。

 

それどころか広島市は、最近では「インフラ設備等が着脱可能であることが確認できればよい」というのです。なぜか通達でいう「桟橋」には触れていないのです。

Photo_2                            強固につながれた桟橋で定着している

 

「定期的に離岸させる」という約束はどこにいってしまったのでしょうか。この「定期的な離岸」は、市議会でも答弁しています。そこでは「インフラの着脱が確認できれば良い」とことは、一度も示されていません。ところがいつの間にか「離岸作業」が「インフラの着脱の確認」だけで済むことになっています。公(議会答弁、市民への情報公開)に示していたことを、説明がつかなくなったからと言って勝手に変更することは許されません。

 

業者がしめした「離岸作業説明書」に対して、さらに条件を厳しくすることがあっても、条件を緩やか(というよりいい加減)にすることなど、行政の仕事として普通には考えられないことです。今話題の例の問題ではありませんが、どこかから大ちな力が働いたのでしょうか。

 

この二つだけでも、広島市が言う「『かき船かなわ』は建築物でない」という主張に問題があることは、明白です。

 

もちろん「かき船」の基本的な問題は「世界遺産原爆ドームのバッファゾーンにふさわしくない」ということです。

 

しかし私が、それと同等はむしろそれ以上に問題だと思っていることは、「かき船移転・新設」問題の経過の中に、国やとりわけ広島市が、もあまりにもずさんな手続きによってこの計画を進めてきたことです。それも市民の声が全く無視され続けてです。

 

それぞれが少し長くなりましたが、今回4回にもわたって「かき船問題」の問題点を訴えたのは、このことが理由です。

 

これを機会に一人でも多くの皆さんにこの問題に関心を持っていただければ幸いです。

 

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2017年4月10日 (月)

かき船問題を考える―その3

世界遺産原爆ドームの景観は守られたのか

   =なぜか開催されなかった広島市景観審議会=

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「かき船かなわ」が、平和大橋下流から400m上流の現在地(元安橋下流・原爆ドームから200m の近さ)に移動すること明らかになった2015年1月日本イコモス国内委員会は、調査団を派遣し「世界遺産原爆ドームバッファゾーン内における牡蠣船移動設置への懸念表明」を広島市に提出しました。その中で、バッファゾーンの役割について「単に世界遺産周辺の景観を規制し整えるゾーンというだけでなく、この資産の持つ鎮魂と平和への祈念の意味との深いつながりを持ったエリアと認識されるべきです」と指摘し、かき船移設への強い懸念を表明ました。特に「鎮魂と平和への祈念」ということを指摘していることは、原爆ドームが他の世界遺産と違う「負の遺産」という性格を持っていることを示しています。しかし、残念なことに広島市は、この日本イコモス国内委員会の懸念表明に答えることなく、計画を推進してしまいました。

 

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そもそも世界遺産のバッファゾーン(緩衝地帯)は、その遺産を適切に保護するため、世界遺産登録申請とともに申請者によって明示したものです。それは、申請した日本政府、そして広島市の共同の意思だったはずです。しかし、今回の「かき船」問題では、最初に検討されるべき「世界遺産原爆ドームの景観について」は、十分な検討がなされていないばかりか、むしろそれをないがしろにして推進されてきたのです。

 

情報公開によって入手した資料などからいくつか指摘したいと思います。

 

「かき船の元安橋すぐ下への移転」問題が行政の具体的テーマとなったのは、2013年度(平成25年度)からです。バッファゾーン内への移設の問題は、その年の9月19日に行われた国土交通省太田川河川事務所と広島市の協議の中で「景観への配所について」が議題となり、国側の問いに対し広島市は「原爆ドームのバッファゾーンの場合は、重要事項に該当するので景観審議会にかけるべきだと判断している」と明確に答えています。ところが開示文書を見ると「バッファゾーン」のことについて広島市の担当部局(観光ビズネス)が初めて市民局平和推進担当に問い合わせが行ったのは、翌年の5月になってからです。平和担当は、無視されたままだったようです。しかも、広島市は、国に「景観審議会に諮る」と約束しながら、実際には景観審議会には一度も諮っていません。広島市は、景観審議会に諮らなかった理由を「かき船は『船』だから」と理屈にならない理由を挙げていますが、あまりにも不自然です。

広島市は、事前の協議で約束したことを無視したばかりでなく、国土交通省には「景観審議会を開催しなかった」ことを知らせていません。ですから太田川河川事務所は、私の指摘によってはじめてその事実を知ることになったのです。ところが国土交通省は、広島市が明らかに約束違反をしているのもかかわらず、許可を取り消そうとはしなかってのです。何か取り消せば不都合なことがあったのでしょうか。こうした広島市に遠慮する(無批判な)姿勢は、その後も続きます。

問題はそれだけではありません。国土交通省は、「景観への配慮」について独自の検討を行う責任があったにもかかわらず、その検討を全く行っていません。これは許されないことです。1996年に国が行った原爆ドームの世界遺産登録申請にあたって、国は、ユネスコに対し、文化財保護法などとともに、河川法を明示し、原爆ドームとその周辺を含め保存し、保護することを約束しています。そのことは、今回の問題で国は、むしろ河川法によって「世界遺産の景観を保護する」責務を果たすべきだったはずです。

 

当時広島市は、「広島市景観計画」を策定するため、何度も景観審議会を開催していたのですから、景観審議会の意見を求めることは、できる環境にありました。だから余計に「なぜ景観審議会に諮らなかったのか」という疑問がわきます。

 

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ところで2014年7月4日に広島市長名で「広島市景観計画」が公示されました。その中では、この原爆ドームのバッファゾーン中心とした地域が「平和都市ひろしまを象徴する景観づくり」の「景観計画重点地区」となっています。かき船が設置された地域は、その中でも最も重要な「A地区(平和記念公園地区)」に指定され「景観形成の方針」として「平和記念公園と平和大通りなどの道路、橋りょう、河川、河岸緑地を含む地区とし、平和記念公園の役割にふさわしい良好な景観保全及び形成を図ります。」としています。「かき船は平和公園の役割にふさわしいのですか」「河川を含めるのであれば当然、船も該当するはず」「保全って今の景観を大切にということでは」と疑問がわくのは当然のことです。市長自らが定めた「景観計画」になぜ自らが反するようなことをするのでしょうか。

 

結局広島市は、かき船問題で景観審議会をはじめ第三者の意見を全く聞いていません。イコモスの懸念表明にも同じ説明を繰り返すのみですした。これでは理解を得ることはできません。

 

確かにこれまで何度か世界遺産原爆ドームの景観をめぐる問題が起きています。ただ今回大きく違うのは、「原爆ドームとバッファゾーンを保存整備し、世界的価値を後世に伝える役割を持つ」国や広島市が所有し管理する場所で起こっていることです。

 

原爆ドームの世界遺産化は、165万筆を超える市民の署名が大きな力となって実現したことを忘れてはなりません。国や広島市は、市民から原爆ドームを後世に正しく伝える責務を負っているはずです。世界遺産原爆ドームは、世界の人々の共有の財産であることを忘れてはなりません。

 

 

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2017年4月 7日 (金)

かき船問題を考える―その2 水の都ひろしま推進協議会での承認には瑕疵がある

かき船問題を考える―その2

 

水の都ひろしま推進協議会での承認には瑕疵がある

 

今日は、4月4日の「なぜ延長された『かき船かなわ』の占用使用?」で触れました「水の都ひろしま推進協議会」で、何がどう審議されたかを考察してみたいと思います。

 

Photo_6                かき船が撤去された元安川・平和大橋下流 

 

「かき船かわな」の占用使用には、あらかじめその場所を「都市・地域再生等利用区域」に指定しておく必要があります。その前段の手続きとして3月9日に開催されたのが「第37回水の都ひろしま推進協議会」です。この協議会は、有識者3名、市民団体等3名、経済・観光等3名、行政4名(国2名、県1名、市1名)の13名で構成されています。ここでちょっと注意していただきたいのは、行政側から4名参加していることです。当日の会議の経過は、水の都ひろしま推進協議会のホームページに掲載されている「議事録」から知ることができます。

 

当日の審議事項は、「河川敷地占用許可準則に基づく都市・地域再生等利用区域の指定などの継続及び都市・地域再生など占用方針の一部変更について」となっており、会議では、事務局(広島市)から「これまでの経過」などとともに「事業者の取り組みについて」など5項目が、提案・報告されています。

 

ここで第一の疑問がわいてきます。「事業者の取り組みについて」は報告されていますが、前回「かき船かなわ」の問題が協議された第29回の協議会以降に起こった「日本イコモスの懸念表明、広島弁護士会会長談話、大手町2丁目町内会の反対決議、パークハウス紙屋町管理組合の申し入れ、日本被団協・広島県の両被団協からの申し入れ、かき船問題を考える会の再三にわたる抗議と申し入れ」などの反対の声(いずれも広島市の説明を受けて以降出されている)は、全く報告されていません。パークハウス紙屋町マンションへの住民説明は、やっと昨年12月に実施されるという状況です。

 

Photo_7             手前の黒いボックスがガスボンベ庫 左奥の緑の屋根がマンションの玄関

 

もちろん工事中に何度もトラブルが発生したことも、6万筆を超える「反対署名」が広島市に届けられたことも、裁判で係争中のこともです。なぜ広島市は、こうした重要な経過を説明しなかったのでしょうか。これで、きちんと審議を尽くしたとはいえないはずです。まさに「継続ありき」の結論を導き出すための協議会であったとしか考えられません。「協議会の承認に瑕疵がある」と言われるのは当然のことです。市民団体等から選ばれた委員の一人は、後に問われて「裁判で係争中であることなど全く知らなかった」といっておられるのです。

 

 

第二の問題は、地域住民の声が、無視されていることです。議事録によれば、委員からの「周辺住民のトラブルはなかったのか」の質問に対し、事務局(広島市観光ビズネス課)はこう答えています。「一部住民から苦情があった。中味は搬入業者が不法駐車しているとかゴミの処理がきちんと行われていないといったことである。」としさらに「市の環境局にも確認したが、そのようなゴミに関する苦情はなく、事業者もきちんと処理している」と。二つの疑念が浮かんできます。その一つは、マンション管理組合からの苦情でも「一部住民」として切り捨てようとする広島市の姿勢です。さらにこの答弁では、「ゴミ」問題については触れられていますが、「不法駐車」問題については、全く触れていません。それはそのはずです。パークハウス紙屋町管理組合への文書回答では、「不法駐車は警察に言ってくれ」という無責任な回答を出しているのですから。不法駐車問題は、今も続いています。下の写真が昨日写した現実の状況です。

 

Photo_8                 路肩に違法駐車をし、車道を横断する納入業者

 

第三は、事業者の取り組みとして報告された「原爆瓦を店内に展示することは、かき船設置作業中に出てこなかったため実施できませんでした」ということです。このことは、なぜか議事録には記載されていません。事業者も「よく言ったものだ」と思いますが、広島市も、こんなことを臆面もなく協議会で報告したものだと思います。原爆瓦は「出てこなかった」のではなく、「見つけ出せるような作業をしなかった」というべきです。作業当時、当初私たちに、広島市が説明したような「手作業」によるのではなく、ショベルカーによって川底をさらうという作業を行ったのですから、原爆瓦を見つけることなどできるはずがありません。そのことは、当日現場に駆け付けた広島市の担当者、太田川河川事務所の担当者も私たちともに確認したことです。その一人は、委員としてこの協議会にも参加しています。

 第四は、生け垣を壊して通行した納入業者の行為です。下の写真で何か所か見ることのできる竹垣は、それを防ぐために広島市の予算を使って設置されたものです。広島市は、「通行人も通るから必ずしも納入業者だけではない」といいます。もちろんそのことをすべて否定するつもりはありません。しかしはっきりしていることは、この場所に「かき船」が設置される以前にはなかったということです。

 

Photo_9                 こうした竹垣が、他にも数か所設置された

こうした問題点が、正しく報告されないままの「水の都ひろしま推進協議会」の結論に「瑕疵がある」と考えるは当然のことです。

ところでこのブログに掲載する写真を撮るため元安川河岸を歩いている時、偶然にも太田川河川事務所の占用調整課長と出会いました。先日、抗議と公開質問状を出すため太田川河川事務所で話し合った最後に、「ぜひ一緒に現地を見に行きましょう」と要望したのが、4月1日の人事異動で着任されたばかりの占用調整課長でした。今回の現地訪問が、問題解決に向けて良い方向に進む契機となることを願わずにはおれません。同行しての現地訪問とはなりませんでしたが、間をおかずに現地を訪れた行動には、一定の評価をしたいと思います。

次回は、世界遺産原爆ドームの景観問題を考えてみたいと思います。

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2017年4月 5日 (水)

なぜ延長された「かき船かなわ」の占用使用?

なぜ延長された「かき船かなわ」の占用使用?

 

3月31日国土交通省中国地方整備局は、地元住民や被爆者団体などの反対の声を無視して、原爆ドームのバッファゾーンである元安川の元安橋下流で営業を続ける「かき船かなわ」に対し、今後10年間占用を許可する決定を行いました。

 

「かき船の移転問題」が明らかないなって以降、「かき船かなわ」の占用使用に反対し取り消しを求めて取り組みを進めてきた「原爆ドーム・平和公園地区へのかき船(水上レストラン)移転・新設を考える会」(以下「かき船問題を考える会」という)は、この決定に抗議し、昨日の昼休み、太田川河川工事事務所前で緊急の抗議集会を行いました。集会後、代表者5名が、許可権者である中国地方整備局丸山隆英局長あての抗議文と公開質問状を提出しました。

 

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「かき船かなわ」の占用使用期間が終了する3月31日に向け「かき船問題を考える会」は、去る3月13日に、大手町2丁目町内会やパークハウス紙屋町管理組合、広島県被団協などともに「元安川占用許可の延長更新を行わない」よう申し入れを行ってきました。

 

しかし、こうした住民や被爆者団体の声が無視された形で、「占用使用許可」が出されたわけです。

 

「世界遺産原爆ドームバッファゾーン」内のしかも従来よりもはるかに原爆ドームの近い位置への「かき船」の移転・新設には、日本イコモスなどからも懸念表明が出されるなど、多くの問題が指摘されてきました。こうした基本的問題は今も続いていますが、今日は、今回の「延長手続き」での問題点の一つである「地域の合意」ということについて考えてみたいと思います。

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国土交通省は、昨年5月「河川敷地占用許可準則」の一部改正を行いました。そこでは、占用期間満了後の継続にあたっては、「新たに指定する場合と同様に、公募による新規参入希望者の確認や所要の審査、地域の合意など適正に処理すること」としています。さらに国土交通省は、地域合意の大切さについて「河川敷地が基本的にその周辺住民の利用されることであるから、占用の許可にあたっては、地域の意見を聞いたうえで河川管理者が判断する必要がある」(2005年3月28日国河政第140号通達)としてきたのです。

 

私が特に指摘したいことは、今回の「占用使用許可継続」にあたって、国土交通省自らが求めている「地域の合意」形成が本当に図られたのかということです。「水の都ひろしま推進協議会で合意された」(ここでの審議のあり方にも大きな問題がありますが、それは別の機会に指摘します)では済みません。

 

3月13日の申し入れでも明らかなように、「かき船かなわ」が設置されている場所に最も隣接している大手町2丁目町内会や玄関先10mの場所に900Kgの「LPガスボンベ庫」が設置されたパークハウス紙屋町管理組合が、明確に反対の意思を示されているにもかかわらず、新たな10年という長期の「占用使用許可」決定に至る過程の中で、こうした住民の声は全く無視されてしまいました。今日の申し入れの際にも住民代表の一人からはそのことが、最も強く指摘されたのは当然のことです。昨年5月に改正された「河川敷地占用許可準則」が正しく解釈され適用されておれば、「占用使用許可の延長」は、なかったはずです。この点については、公開質問状でも第一に問いかけています。明快な回答が、示されることを強く望んでいます。

 

 

「かき船かなわ」の占用使用をめぐっては、これまで様々な問題点が指摘されてきました。私自身どうしても疑問に思うことは、「かき船文化」を否定するものではありませんが、広島市や国土交通省は、世界の人々の共有財産である「世界遺産原爆ドーム」が果たしている役割や価値よりも、説明もつかないような無理を通してまで、一民間企業の事業を優先させようとするのだろうかということです。私がそう考える理由のいくつかについて、これからもこのブログの中で明らかにしていきたいと思っています。

 

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2017年4月 2日 (日)

「ヒロシマ・ナガサキ ZERO Project」 ――着々と準備が進んでいます――



「ヒロシマ・ナガサキ ZERO Project

――着々と準備が進んでいます――

 

原爆や核兵器についての歴史の中で、重要な役割を果した三人の著名人のお孫さんが3人とも核兵器廃絶のために頑張っていることを報告しましたが、その一人は『ヒロシマ』の著者ジョン・ハーシー氏の孫、キャノン・ハーシー氏でした。1月に来日されたときには芸術やフィルム、テレビ・プログラム等の分野でともにリーダーとして活躍中の西前拓氏と一緒でしたが、今回は西前氏一人での来広でした。

 

話が弾んで、写真を撮るのを忘れてしまいましたので、前回の写真を使わせて頂きます。キャノン・ハーシー氏と西前拓氏です。

 

                 

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1月にお会いしたときに伺った、プロジェクトは「平和円卓会議2020 Peace RoundTable(仮称)でしたが、「核なき世界」実現のための円卓会議を今後4年間にわたって開き、2020年までに実行可能なことを積極的に推進するという目的が掲げられていました。その計画がかなり進んで、今年の1029日に、「ヒロシマ・ナガサキ ZERO Project」として開かれることになりました。

 

クラウド・ファンディングを通して、支援者も募っていますので、こちらのページも御覧下さい。今日から始まったばかりなのですが、目標額100万円に対して、今これを書いている時点では、3000円の申し込みがありました。皆さんも御協力宜しくお願いします。

 

当日のプログラムですが、先ず袋町小学校の校庭を使って、黒田征太郎氏やキャノン・ハーシー氏がリーダーになって、遊んだりアート作成をすることから始まります。一つの目標は壁画作成ですが、それは皆さんに、黒田征太郎氏が準備したハガキ大の枠組をダウンロードして貰い、それに自らの手で絵や文字を描いたものを事前に送って頂くという準備が必要になります。それらのハガキを貼り付けながら壁画を作るという予定です。

 

その後、隣にある人まち交流プラザで、4つの分科会に分かれて、パネル・ディスカッションそしてワークショップを開きます。テーマは前回も御紹介しましたが、再度掲げます。

 

☆人権  Human Rights for Peace  核の問題は人権問題でもあり、各国の核被害者との連携が重要。 例;核被害者フォーラムや世界各地の被爆者との交流事業

 

☆環境  Healthy environment for Peace  核の問題は環境問題でもあり、地域社会、国際社会がいかに共同で取り組むべき問題である。 例;被爆樹木プロジェクトなど

 

☆コミュニティ  Community for Peace  自分たちの住むコミュニティ、町や村から平和を広げていくことが重要。 例;Mayors for Peace 平和首長会議

 

☆イノベーション  Innovation for Peace   テクノロジーの力で核問題に関する新たなコミュニケーションを生む。 例;オンラインソフトやアプリの開発、Hiroshima Archive

 

最後の「イノベーション」を考える上で、急速に変る社会を元にして新たな行動を考える必要のあること、そのためには「パラダイムの転換」という視点から社会を見直さないと間に合わないのではないかという感想を西前氏と共有することができました。

 

例えば、インターネットを通して使われるビットコインやアップルペイその他のアプリやシステムが進化しつつあって、銀行の必要ない経済さえ議論されている時代になり、私たちを取り巻く経済の枠組みそのものも大きく変わるであろうということ、自動運転やドローン等の技術の実用化は時間の問題で、そうなるとこれまでの政治の枠組で人類的な問題に対応しようとしている「今」の問題意識では解決が難しくても、解決への道筋が生まれるかもしれないこと、しかし、その中心にあるのは多くの人々の生命と生活であり、「都市」の本質的な役割を大切にして行かなくてはならないこと等が、話題になりました。

 

ワークショップのリーダーになるのは、以下のパネリストやゲストたちです。

 

■主なゲスト&パネリスト■

田上 富久/長崎市長・平和首長会議副議長

秋葉 忠利/前広島市長  

ウィリアム・ペリー/元アメリカ国防長官

渡部 朋子/ANT-Hiroshima (NPO)

近藤 紘子/谷本平和財団

中村 桂子/長崎大学RECNA准教授 

黒田 征太郎/アーティスト

加用 雅信/広島妙慶院住職 

スティーブ・リーパー/Peace Culture Village

キャノン・ハーシー/1Future (NPO) 代表    

西前 拓 /1Future (NPO) 代表                  

ドロシー・マスーカ/南アフリカの国民的歌手  

順不同

 

一日の最後はコンサートとプレゼンテーションです。ワークショップでの成果を、プレゼンテーションとしてまとめ、またコンサートのために駆け付けてくれるアーティストたちとともに、歌、踊り、プレゼン、展示等で盛り上がるフィナーレになりそうです。

 

このイベントに先立って、ニューヨークでも同じ趣旨のイベントが開かれるようですので、できたら参加したいと思い、先ずは旅費捻出のために宝くじを買うことから始めたいと思っています。

 

 

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2017年3月31日 (金)

3月のブルーベリー農園

             3月のブルーベリー農園

 

3月は標高が約400mある農園は雪がなくなり景色にあまり変化はない。それでも地面が緑色にだんだんおおわれてくる。田んぼは作っていないが、周辺ではトラクターで土を耕起して田植えまで太陽と空気を吸わせていて田がデコボコした様子になっている。ブルーベリーは主な作業は剪定だが油粕の肥料の施肥や、枯れたブルーベリーの植え替え、ブルーベリーの枝の野焼きなども行う。昨年夏に安芸の郷に収めたブルーベリーの実は冷凍されて、ジャムや冷凍の実を選別して1キロ単位で販売しており、目にいいのとおいしいとの評判で地域の方々が森の工房AMAの事務所やcafeさくらに買い求めてお見えになる。写真は326日撮影。

 

Photo

ブルーベリー園の畦や法面には草が生えてきてうっすらと緑の色をのせる。

 

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ブルーベリーの剪定作業が続くが毎年5月にずれ込む。今年もそうなりそう。

 

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剪定作業でまじかに見るブルーベリーの花芽(ラビットアイ系ウッダード)。伸びた枝の花芽がつきすぎなので5~7つ位にとどめると実が大きくなる。

 

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農園の入り口の道沿いにスイセンが植えられている。たくさんの花芽が上へ上へと伸びている。

 

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伸びきってから首をかしげていよいよ口を開くのだが、3月のブルーベリー農園の様子はここまで。ちなみに品種はラッパズイセン。

 

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このスイセンも種を飛ばしてあちこちのブルーベリーの中に進出している。植物の移動スピードというものがあるが、農園に散らばっている場所からして10mから30m位の範囲に移動している。年数にして15~6年というところ。

 

Photo_7

3段あるブルーベリー園が見渡せる小高い山すその畑に植えているジャーマンアイリスも葉っぱが伸びてきた。

 

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その周りにはオオイヌノフグリがびっしりと咲く。(319日撮影)

 

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庭の花壇のヒヤシンス。花数は少ないが毎年咲いてくれる。

 

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庭の白色の馬酔木(アシビ)。25日に安芸区船越の障害者の会の行事で宮島にいったが厳島神社や千畳閣周辺の馬酔木は薄いピンク色だった。ブルーベリー園の畔に植えているサクラはまだ咲かない。4月半ばだろう。

 

 

2017326日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年3月21日 (火)

彼岸入りの森の工房AMA・第2AMAの花

    彼岸入りの森の工房AMA・第2AMAの花

 

安芸の郷の3つの事業所は18日から20日まで3連休で、利用者も職員もお休みだが、森の工房のAMAと第2AMA2つの建物の庭では春の花がいろいろ咲いている。

 

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彼岸の入りの3月19日日曜日の朝の第2森の工房AMAはひっそりとしているが、春に咲く花をあちこちに見ることができる。一回りしてみると、

 

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caféさくらの庭の鉢植えのトサミズキ

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庭に入ると真ん中あたりの利用者の花壇にスイセンがたくさん。背丈の低い矮性のラッパズイセン。

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さらに進む白いとニホンズイセン。これは頂き物で昨年春に植えたもの。中区の江波からやってきた。

 

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その隣の庭の一部を畑にしている。玉ねぎの葉がどんどん伸びる。

 

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庭の右の一番端っこの隅のミモザ。この時期になると一輪一輪打ち上げ花火のようにぱっと開く。

 

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建物の山側の庭にはツバキがあって

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ブルーベリーの挿し木の苗床が並べられている。ぼつぼつと芽が伸びる。画面の奥にミモザが見える。

 

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一回りしてcafeさくらの入口に鉢植えのツバキ。

 

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森の工房AMAの庭の二本のサンシュは植えて14年目。春は葉が出る前に花の咲く花木が利用者の目を和ませてくれる。

 

 

2017319日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

 

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