環境

2017年3月21日 (火)

彼岸入りの森の工房AMA・第2AMAの花

    彼岸入りの森の工房AMA・第2AMAの花

 

安芸の郷の3つの事業所は18日から20日まで3連休で、利用者も職員もお休みだが、森の工房のAMAと第2AMA2つの建物の庭では春の花がいろいろ咲いている。

 

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彼岸の入りの3月19日日曜日の朝の第2森の工房AMAはひっそりとしているが、春に咲く花をあちこちに見ることができる。一回りしてみると、

 

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caféさくらの庭の鉢植えのトサミズキ

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庭に入ると真ん中あたりの利用者の花壇にスイセンがたくさん。背丈の低い矮性のラッパズイセン。

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さらに進む白いとニホンズイセン。これは頂き物で昨年春に植えたもの。中区の江波からやってきた。

 

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その隣の庭の一部を畑にしている。玉ねぎの葉がどんどん伸びる。

 

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庭の右の一番端っこの隅のミモザ。この時期になると一輪一輪打ち上げ花火のようにぱっと開く。

 

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建物の山側の庭にはツバキがあって

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ブルーベリーの挿し木の苗床が並べられている。ぼつぼつと芽が伸びる。画面の奥にミモザが見える。

 

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一回りしてcafeさくらの入口に鉢植えのツバキ。

 

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森の工房AMAの庭の二本のサンシュは植えて14年目。春は葉が出る前に花の咲く花木が利用者の目を和ませてくれる。

 

 

2017319日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

 

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2017年3月11日 (土)

フクシマを忘れない!いのちを守れ!さようなら原発 ヒロシマ集会

フクシマを忘れない!いのちを守れ!

さようなら原発 ヒロシマ集会

 

 今日3月11日は、あの東日本大震災によって発生した東京電力・福島第1原子力発電所事故から6年が経過しました。

 

今月1日の本ブログでも参加を呼びかけました「さようなら原発 ヒロシマ集会」が、昨夜午後6時から原爆ドーム前で500人が参加し、開催されました。広島では、福島原発事故が起った翌年の2012年から、呼びかけ人を中心に、だれでも参加できる集会として開催してきました。6回目を迎えた今年も5人の皆さんの呼びかけによって開催されました。

 

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福島原発事故被害者の支援を続けている大月純子さんの司会で始まった「ヒロシマ集会」は、まず呼びかけ人を代表して森滝春子さんが、日本政府の核保有政策を厳しく批判するとともに「6年間の苦しみを背負った福島の人々に、被曝を強制し、さらなる犠牲を強いている。そして棄民政策を許してはならない。福島の人々と連帯して闘おう」とあいさつ。続いて、多忙の中わざわざこの集会のため福島から駆けつけていただいた佐々木慶子さんから福島の現状が報告されました。「3月末で自主避難者の補償が打ち切られる。差別分断の施策が進もうとしている。『速やかに通行を。立ち止まるな』との看板が立つ、国道6号線で中高生に清掃活動を呼びかけるNPOの活動が行われた。そして第2の安全神話づくりが始まろうとしている。183人の子どもたちに甲状腺がんが見つかっても、『原発事故の影響はない』という県は、本当に責任を持っているといえるのか。」と厳しい福島の状況を報告し、最後に「こうした厳しい中だが、一歩一歩あきらめずに歩み続ける」と力強く決意が述べられました。

 

 集会の最後に広島からのアピールを集会参加者全員で確認し、デモ行進へと移りました。わずか30分間という短い集会でしたが、一人ひとりの参加者が、けっして「フクシマを忘れない!」こと確認するとともに「いのちを守れ!」と、原発再稼働を許さず、脱原発社会の実現を誓い合いました。

 

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 原爆ドーム前を出発したデモ行進団は、「原発やめろ!再稼働するな!」「原発やめろ!いのちが大事!」「原発やめろ!子どもを守れ!」のシュプレヒコールで、市民にアピールしながら、中国電力本社前まで、元気に歩きました。

 

 

「原発依存率をさらに高めます」・・・中国電力の回答

 

この集会に先立ち、午前11時から呼びかけ人の山田延廣弁護士など3人が、中国電力本社を訪れ、清水希茂社長あての「島根原発再稼働及び上関原発建設中止、原子力発電からの脱却を求める」要請書を提出しました。

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中国電力の対応は、「原発事故は大変重く受け止めている。被災者の負担の重さに申し訳なく思っている」としながらも、相変わらず「バランスの取れた電源構成」を強調し、「原発政策の継続」を主張するのみでした。私たちが、「島根2号の再稼働、3号炉の稼働、そして上関原発まで推進ということになれば、原発の比率を高めることになるのだが」と問いかけたところ、臆面もなく「原発比率(これまでの最高は15%)を高めた電源構成にします。」と、福島原発事故への反省は全く見えないどころか、国民の60%を超える人たちが願う「脱原発」に逆行する中国電力の姿勢を明らかにしました。こうした中国電力の時代に逆行する政策に対し、今まで以上に厳しくチェックする運動が課題となっています。

 

 

マスコミは、今日を中心に福島の現状を伝えていますが、帰還を急ぐ政策によって、だんだんと福島で起きていることが伝わりにくくなっています。そしれフクシマが忘れられようとしています。私たちの脱原発運動の原点には、常に被害の実相に向き合うことでなければなりません。放射能被害の深刻さを最もよく広島こそ、福島と向き合い、フクシマを忘れずに、連帯していかなければなりません。

 

核のない社会を実現させるため、常に被害者の側に立って、粘り強く運動を続けなければならないと改めて決意させられる今日3月11日です。

 

「核と人類は共存できない」「核絶対否定」

 

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2017年3月 9日 (木)

森の工房AMA春のブルーベリーフェア


森の工房AMA春のブルーベリーフェア

安芸の郷はいつもは障害者の皆さんが働いているところなので、ふだん地域の方々とふれあうのはcaféさくらでのお客様としての利用と、事業所の見学にお見えになる方々に大別される。この日常の合間に事業所内で4つの大きなイベントを開催して地域の皆さんとふれあう場づくりを行っている。3月と10月のブルーベリーフェア、8月のブルーベリーまつり、12月のクリスマスコンサートがそれで、利用者と職員で生産する製品販売や食の提供、ブルーベリーの楽しみ方の相談会、コンサートなどを事業所内外の空間をいろいろにしつらえて、ふれあいの場としてしばしの間楽しんで頂いている。

 

311日(土)は午前10時から午後1時半まで安芸の郷の建物森の工房AMAで春のブルーベリーフェアが開催される。

 

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森の工房みみずく、あやめ、やのの3つの事業所で作られる

 

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天然酵母のパンや、(当日もパンを焼くので焼き立ても購入できる)

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クッキー、ブルーベリージャムや苗木、工芸品に加えてこの日は10種類ものショートケーキなどのスイーツ、ブルーベリージュース、サンドなどを揃えて

 

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お客さんや利用者家族が食堂やデッキのある庭で食べながら買い物ができるフェアになっている。そして、

 

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冬から春はブルーベリーの剪定時期なので実演と育て方の相談も行われる。剪定の実際はブルーベリーの先進地大崎上島町での農家を対象とした剪定講習会以外にはあまり行われていないので毎回喜んで頂いている。もちろんブルーベリーの苗木と土の販売も行われる。このようにブルーベリーに関しては食べる、育てるトータルな楽しみ方を発信している。

 

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工芸品ではもう20年以上前から作っている広島カープ球団のカープ坊や、スライリーなどの絵ぞうきんや木工、藍染の製品が揃えてある。(球団のご厚意でライセンス使用料は無料の許可を頂いている)

 

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安芸の郷のパンの種類のチラシ。フェアの日はこの中から人気のパンの何種類かとフェア限定でブルーベリージャムと生クリーム入りのコッペパンを製造予定。なおこのパンは紙屋町の地下街シャレオの本通り側の「ふれあいプラザ」で火曜日と金曜日の夕方納品、販売している。

 

日本の春色の始まりは黄色からやってくる。それから桜色、紫色がつづく。事業所内でも春の黄色い花が咲いてきた。フェアでも楽しむことができる。

 

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森の工房AMAの庭のサンシュの花。

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2森の工房AMAの温室のミズナの花。

 

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2森の工房AMAのミモザの花。

 

幸い311日は晴れの天気のようなので利用者、職員、ボランティアグループで気持ちよくお向かえしたいと思っている。

 

201737日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良


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2017年3月 7日 (火)

ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 続編 ――「託されたもの--大地と人と。」―  

ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 続編

――「託されたもの--大地と人と。」―  

 

お父上の亡くなられた後、樽川さんは父上の残された詳細な日誌を読みながら自力で農業を続ける決心をしました。何故、農業を止めないのかという問には、「父が死んだら何もできなかった」と言われたくなかったからと答えたそうなのですが、それは自問自答によって決意を固める意味もあったのではないでしょうか。自力で努力して結果を出すまでには10年掛かるのかもしれないけれど頑張っている、「今」の報告にも多くのことを考えさせられました。

             

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発言する樽川さん(中央)。左から中澤、ビナード、樽川、秋葉

 

分らないところは人に聞けば教えて貰えるだろうが、できるだけ他人には頼らず、父のノートを参考に工夫を重ねたい。

 

売ることのできなかったキャベツは3週間後の検査で、セシウム134137合わせて86べクレルあることが分り、500ベクレル以下という基準は満たしていたけれど、県が出荷停止の決定をしたので売れなくなった。でも賠償請求ができることが分った。結局、一株200円×8000株で、160万円は取れた、でもそれは一年ぽっきりで、次の年からは販売実績がないと賠償は受けられない。

 

売るためには、放射能が残っている畑で栽培をし、低価格で出荷しなくてはならない。売れた値段と震災前の値段との差額を補償して貰える。でも、少しでも放射線のある作物を出荷する農家の気持は複雑だ。

 

国と東電への抗議行動も続けている。未だに、帰宅ができない人もいる。その人たちは、一人当たり月20万円貰っている。5人家族なら100万円。その人たちは文句を言わない。そして県内でも隔たりがある。私たちには、事故後一人当り8万円の賠償があった、そして次の年に4万円、合計12万円。それ以外には何もない。それでは納得が行かない。このような理不尽さを許してはならない、繰り返してはならないと考えている人たち4000人が集って、訴訟を起こした。「生業(なりわい)を返せ!地域を返せ!」訴訟だ。315日には判決が下る。

 

我慢できないことはまだまだある。うちでは五右衛門風呂を使っている。薪を燃やして風呂を沸かすのだが、燃やした後の灰の放射線量は高い。一キロ当たり18000ベクレルあった。薪のおが屑を調べて貰ったら、キロ当たり600ベクレルだった。燃やすと濃縮されるということだ。

 

これまでは、自分で取ってきた薪を使えたのに、それが出来なくなったのだ。汚染されていない薪を提供して欲しいと要請したが、それはできないということで、汚染されていない薪を買わなくてはならない。そのためには2年間で20万は掛かる。それもずっと続く。しかし、一時金として30万を提示されて、結局それで手を打つしかなかった。

 

自分で8代目になる農家として、今農業を止めて土地を売ることなど到底できない。拘束時間は長いができることは限られている上、自営業の限界もある。その中で生き延びるためには、父とは違う発想も必要になってくる。父は、少しでも多くの株を育てて数で稼ぐという方針で頑張った。でもそれはできないので、ハウスでの栽培を導入して、作物の時期をずらすことで独自性を持たせている。

 

まだ結婚はしていないが、結婚する気はある。でも毎日、農作業に明け暮れているので出会いがない。

 

最後のコメントは、シンポジウム後の打ち上げの席で、主催者側の一人が「結婚は?」と聞いた時の答です。良き伴侶を得ることで、樽川さんの闘いに新たなエネルギーが注入されることは間違いないと思います。そして年配者の一人として、そのためのお手伝いもできればと思いますが、それ以前の課題として、私たちがフクシマを忘れずに、被災者一人一人の立場に立って、寄り添い考え行動し続けなくてはならないことを肝に銘じたいと思います。

 

涙なくしては聴くことのできない樽川さんのお話でしたが、司会の中澤さんの一言「涙を流すより考えて欲しい」が耳に残っています。

 

 

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2017年3月 6日 (月)

ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム ――「託されたもの--大地と人と。」―  


ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム

――「託されたもの--大地と人と。」―  

 

予定通り1330分に始まったシンポジウムですが、立錐の余地のないくらい多くの皆さんに御参加頂きました。心から感謝しています。 

                         

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 主催者の挨拶では、このシンポジウムも6年目を迎えて、昨年の海に焦点を合わせたシンポとは対照的に、今年は「陸」「山」をバックに大地と人を考えるイベントとして企画したこと、そのために、ゲストとして福島県須賀川市で専業農家を営む樽川和也さんをお招きした経緯の説明がありました。

 

主催者の代表である西村恵美子さんと毎回の名司会振りで多くの人を魅了している中沢晶子さんお二人が、昨年11月に福島まで樽川さんに会いに行き、樽川さんと彼の母上に歓待されたこと、その経験を通して樽川さんに広島までお出で頂くことの大切さを再確認できたとの報告でした。

 

続いて樽川さんの基調報告でしたが、原発から65キロ離れた須賀川市で東日本大震災の被害がどのようなものだったかを事実に即して生々しく描いてくれました。正に胸塞がれる思いでした。そして、お父上の言葉を交えながら、樽川さんの農業者としての原点がお父上だということが良く分るエピソードをいくつも紹介してくれました。

 

例えば、お父上は30年前から有機農業を実践してきたこと、それも「子どもに食べさせるものだから」という理由でその選択をしたこと、1988年に広島での原水禁世界大会に参加した後、原発の危険について何度も語ってくれたこと、東日本大震災後の福島第一原発事故のニュースに接して、自分の言ってきたことが正しかったと感想を漏らし「馬鹿だなこの国は」という言葉が続いたこと、それから言葉が段々少なくなって塞ぎ込むようになり「福島の野菜もこれでお終い」と言っていたことも話してくれました。

 

そして323日の夕方、県から「結球野菜の出荷停止」決定のファクスが届き、夕食になって初めてお父上にそれを見せたところ、じっとテーブルを見詰め続けた姿が瞼に残っていること、夕食後、いつもはお母上が洗っていた食器を何故かお父上が洗ったことにチョッピリ疑問を持った記憶も共有してくれました。

 

24日の朝、お父上の姿が見えないことに母と子は気付き、野菜を見回りに行ったのだろうと思っていたところ、7時になって廃材を一輪車に乗せて裏のキャベツ畑まで運ぼうとしてした樽川さんは、「畑に父が立っているような気がした」ことに気付きました。でも少し近付くと、太さ3メートルの欅の木の下、「父の足は空中にあった」ことに気付き大きなショックを受けました。

 

地震からからの被害だけなら立ち直れた、でも原発の事故が致命的だった、というのが父上の気持だったろうし自分でもそう思うと樽川さんは総括しています。また後で、お父上の知人たちからは、「子どもたちに何も残せなかった」と言っていたことも聞いたそうです。

 

前を通ると父を思い出さざるを得ない欅は伐採して貰い、出荷停止になってそのまま畑に残していた寒キャベツやブロッコリーの株、計8,000株は、凍って割れる音が聞こえるようになり、父の努力と作物の生命を悼んで線香を上げてから、トラクターで均したとのことでした。

 

二日続けて、親御さんと悲劇的な別れを告げた40代の若者が「今いるところを大切に」頑張っている姿に接して、物理的な意味での「今いるところ」と精神的な意味での「今いるところ」を重ねることで、未来の展望が新たな次元から見えること、また被爆者のメッセージの大切な側面として「今いるところを大切にする」姿勢で彼ら/彼女らが生きてきたことなども含めて議論を深めたかったのですが、オバマ大統領の功罪について樽川さん抜きのかなりヒステリックなやり取りに時間を費やすことになってしまったのはとても残念でした。

 

パネスリトとしての責任は果たせませんてほしたが、私個人としては、前日の打ち合わせとシンポ後の打ち上げで、樽川さんの話もきちんと聞けましたし、こうした深みのあるやり取りもできました。とても勉強になりましたし、マイケル・ムーア氏の「10項目アクション・プラン」PRもできましたので、これからはさらに多くの「すぐやる」チーム作りのため頑張りたいと思います。

 

 

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コメント

樽川さんのお話、心に突きささりました。西日本である広島はまるで何もなかったように日常が過ぎていきますが、出来ることはたくさんあると思いますので、日々考えて行動していかなくてはと思いました。また、秋葉さん、ビナードさんのそれぞれの視点からの発言も自分にはない視線なので大変参考になりました。ありがとうございました。

コメント有り難う御座いました。

涙に加えて、考え行動すること、私も中澤さんの言葉を噛み締めています。

今回スタッフとして参加させていただいた山根和則です。
昨年の横川シネマでの「大地を受け継ぐ」上映後に、井上淳一監督と広島に母子避難されている方や平木薫さんも交えてお話しをする機会があったので、今回樽川さんとお逢いできたのはとても嬉しいことでした。
樽川さんとは直接お話しも出来、これからの私自身の福島への取り組みにも、おおきな力と指針を与えていただけました。
つきましては、私のfacebookに、このブログの記事(前後編)をリンクさせていただきました。後からで申し訳ありませんがご了承いただけますでしょうか。もし不都合なようでしたらメールアドレスを入れておりますので連絡頂けましたら対処いたします。
コメント欄をお借りして恐縮です。よろしくお願いします。

「山根和則」様

コメント有り難う御座いました。また、リンクを張って下さったこと、感謝しています。

樽川さんが、広島に来られたことでさらなるエネルギーを得て、お父上の思いをさらに大きな形で実現してくれることになるよう祈っています。そのために、私たちも新たな連携を始められればと思います。

2017年3月 1日 (水)

「さよなら原発 ヒロシマ集会」 へのお誘い ――3月10日(金)18時から原爆ドーム前――  


「さよなら原発 ヒロシマ集会」 へのお誘い

――310()18時から原爆ドーム前――  

 

「さよなら原発 ヒロシマ集会」は、310()18時から原爆ドーム前で開かれます。1830分からはデモ行進で、中国電力本社前で解散です。

 

東日本大震災、東電福島第一原発事故からもう6年になります。被災者の皆さんにとっては、何とか頑張ってようやく6年を迎えることになったというお気持でしょうか。これでは深刻さや、苦労・悲しみ・絶望といった側面について、またそんな生活を続けながらも見付けることのできた小さい喜びの意味を伝えることはできないのだろうと思います。

 

だからこそ、福島との連携・連帯が重要なのです。今の福島を知ること、これまでの6年間を振り返ること、そして未来を描くために、今年のヒロシマ集会には、福島から佐々木慶子さんをお招きしてお話を伺います。佐々木さんは、10日の集会にも出席予定ですが、11日の10時から広島弁護士会館で「「第二のフクシマ」を繰り返さないために」というタイトルでの講演があります。

                

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記者会見の様子


この集会の呼びかけ文です。お読み頂ければ幸いです。

 

「フクシマを忘れない! さようなら原発 ヒロシマ集会」

呼びかけ文

 

2011年3月11日に発生した東日本大震災・福島原発事故から6年を迎えようとしています。被災地福島では、8万人近い被災者が、いまでも苦しい避難生活を余儀なくされています。長期にわたる避難生活は、暮らしや健康、就労など多くの不安と負担を与えています。さらに保障の打ち切りは、「棄民」政策ともいえるもので被災者に寄り添う姿勢に欠けるものです。被災者の不安解消や補償、医療の充実などを早急にはからなければなりません。また、政府は、福島原発の廃炉など事故処理にかかる費用が、従来想定の約2倍となる21.5兆円と試算し、費用の一部を電気料金に上乗せすることで、消費者にツケを回そうとしています。

一方、福島原発事故以降、多くの国民は脱原発社会を求め、再生可能エネルギーへの転換を求めてきましたが、安倍政権・電力会社はこうした声を無視して、川内原発(鹿児島県)、高浜原発(福井県)、伊方原発(愛媛県)と相次いで再稼働を強行。次は、玄海原発(佐賀県)の再稼働を目論んでいます。さらに耐用年数を超えた老朽原発すら酷使しようとしています。 そのことは、福島原発事故の教訓を根本的に学ばず、事故をないがしろにするものであります。反省なき再稼働は、第二、第三の福島原発事故を招くことにつながります。あらためてフクシマの現実を見つめ、被災者に寄り添う運動が求められています。

フクシマから学ぶことは、安易な再稼働ではなく、脱原発への決断です。 福島原発事故から6年、事故の風化が言われる今日、私たちは、事故を決して忘れることなく、被災者のおかれている現状を理解し、支援と連帯をしていかなければなりません。3月10日、「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」を開催します。原発事故をなかったことにする政策に対し、放射線被害を受けた被爆地から原発も核もない未来を創るため、広島から NO!の声をあげましょう。 「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」への参加を、心より呼びかけます。

 2017年2月

 

<呼びかけ人>      

坪井  (被爆者)         

秋葉 忠利(前広島市長)   

森瀧 春子(核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表)

山田 延廣(弁護士)

岡田 和樹(ハチの干潟調査隊代表)

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2017年2月28日 (火)

2月のブルーベリー農園


2月のブルーベリー農園


安芸の郷は2つの建物の屋上と、近隣の農家の休耕田で栽培しているが、それでは足りないので東広島市豊栄町のブルーベリー園と提携して夏の収穫時期には摘み取りの研修を行っている。冬から春の農園はブルーベリーの剪定作業が続いている。この作業で実の大きさと樹勢のコントロールを行うことができる。

 

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211日の農園。雪がしっかり残っている畑の剪定作業。寒そうだが陽がさすと結構暖かさを感じることができる。

 

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212日。青空を背景に膨らんできたブルーベリーの花芽を時折眺めながら黙々と枝を切る。

 

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219日。畑は雪がすっかり溶けた。剪定したブルーベリーの枝を片づけるため、作業の合間で野焼きをする。

 

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225日。ブルーベリーの枝先の花芽が赤く色づくので園全体がもやっーとした色合いになる。

 

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226日。キジのオスと出合う。田んぼからブルーベリー園をゆっくり横断していった。(写真真ん中のあぜ道にいる)

 

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226日。ブルーベリーの先端まで3m位ある(ラビットアイ系ティフブルー)。たくさんの枝に花芽がついている。実がなると弓状にたわむので摘み取るときに手は届く。今年は花芽が多い予感。あとはミツバチ次第。

 

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足元のシュートを200本くらい切って3種類別にくくった。ブルーベリーの増殖は挿し木で行うので安芸の郷に提供して苗木を栽培して販売するのが目的。

 

春の息づかいのする景色を探す。

 

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 もぐら塚。地面のそこから暖かくなって外に出てつくる穴。土が盛り上がったりしているところもある。(226日)

 

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 枯葉を取り除くとクリスマスローズの花が顔を出す。(226)

 

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 伸びてきたラッパズイセンの葉とオオイヌノフグリの花。(225日)

 

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良


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2017年2月26日 (日)

第5回ワンコインシンポジウム ――ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017――  


5回ワンコインシンポジウム

――ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017――  

 

来週の日曜日、35日の午後1時半から、福島と広島をつなぐ、もみのきの会」主催の第5回シンポジウムが開かれます。テーマは「託されたもの――大地と人と。」です。袋町にあるひと・まちプラザの6階、マルチメディアスタジオでのシンポジウムのメイン・スピーカーは、ふくしまの樽川和也さんです。

 

             

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樽川さんの略歴は、1975年、専業農家の8代目として福島県須賀川市に生まれる。青森の大学で機械工学を学び、いわき市で会社勤めを経験。10年前から実家に戻り、父とともに農業に従事。原発事故後も放射能汚染と闘いながら、先祖から受け継いだ4haの農地を守って米を作り、胡瓜やブロッコリーなどの野菜作りに勤しむ。「生業を返せ、地域を返せ! J福島原発訴訟に原告として参加している。

 

樽川さんのメッセージは次の通りです。

 

わたしたちは、農の民です。

土を耕し、土からの恵みを受け、

土とともに生きてきました。

その土が理不尽にも汚された今、

わたくしたちは、どのように

生きていけばよいのでしょうか。

答えはありません。

ない答えを探すため、

わたしたちは、きょうも

土を耕し、土とともに

生きています。

 

ない答えを探すために、ひろしまからは、詩人でオピニオン・リーダーとして力強い活動を続けているアーサー・ビナードさんそして私が参加します。

 

福島と広島をつなぐ、もみの木の会のホームページも御覧下さい。

 

再度、シンポジウムについての情報をまとめておきます。

 

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ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム

テーマ:  「託されたもの--大地と人と。」

201735() 13:30 ~~ 16:30

合人社ウェンディひと・まちプラザ

北棟6Fマルチメディアスタジオ

入場料  前売り券は500円。当日券は600円です。

主催 福島と広島をつなぐ、もみのきの会

 

 

沢山の皆さんの御参加をお待ち致しております。

 

 

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2017年2月18日 (土)

3.11から6年目 フクシマの現状を学ぶ

広島県原水禁常任理事の中谷悦子さんの登場です。被爆二世として「ノーモア・ヒバクシャ」「ノーモア・ウォー」等の運動を続けてきた経験を元にした力作です。

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3.11から6年目

フクシマの現状を学ぶ

 

2月17日、原水禁学校最後の受講日。福島から角田政志さんを迎えフクシマの現状について学んだ。角田さんは福島平和フォーラムの代表で福島県教職員組合の委員長をしている。2014年に行われた広島県平和運動センター主催のフクシマ現地フィールドワークでお世話になった方だ。

 

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 1.事故収束していない福島第一原発

 

最初に語られた言葉は「福島現地の者でも現在どのような状況になっているかを汁のは難しい。原発を視察しても真実は語られないし真実をしることは難しい。報道に頼るしかない。まだ収束していないと感じる」と述べられたことが印象的だった。報道では、「汚染水の貯蔵が限界に近づいている」「凍土壁での地下水対策が困難を極めている」[炉心近くに燃料デブリの存在を確認]「炉心下の調査にロボットを投入」[炉心近くは予想以上の放射線]など収束困難な状況が断片的に伝えられるが、その最後には希望観測的な東電の決意表明がついている。国民は何が真実かわからないままに置かれたままだ。原爆の放射線被害を知っている広島・長崎の者は、収束はそんなに簡単なものではないと焦りにみちた目でこれらの報道を見ているのが現実だ。

 

【角田さんの報告】

未だに高い放射線値

◆1~3号機は原子炉内の燃料デブリの冷却を継続中で状況は不明。使用済み核燃料プールには核燃料がそのままになっていて、冷却が継続され冷温停止状態を維持している。

その理由は3号機の使用済み燃料プールからの共用プールへの取り出しは放射線量が下がらないため取り出し開始ができない。

◆燃料デブリの状況がいまだ判らない。東電が公開した画像では、圧力容器下部にある格子状のグレーチング上に厚さ数センチの堆積物が拡がっていた。破損した部分も確認できた。高温の燃料デブリに触れて溶け落ちた可能性があるという。

◆2月9日に掃除用ロボットを投入したが線量が高くて破損した。カメラの映像のノイズから分析毎時650シーベルト(速報値)の高い放射線量が推定される場所が見つかったと発表された。

◆2月16日にさそり型ロボットを投入したがこれもまた作動しなくなり放置された。

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 第一原発の事故収束の最大の問題は汚染水の処理

福島第一原発では増え続ける汚染水の処理が最大の課題となっている。地下水がどんどん流れ込んでいる。2015年末時点で、背後の山側から流れ込んでいる地下水は一日当たり約300500トン。

 

これを2016年度中に凍土壁を使って100トン未満にする計画をたてたが山側の凍土壁は凍らない。いまだに汚染水は増え続けている。くみ上げられた汚染水はタンクに保存される。敷地内にタンクが増え続けている。

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◆汚染水はアルプスで放射性核種を取り除くがセシウムは取り除くことはできるがトリチウムが取り除けない。それを海に流そうとしている。これには漁民が反発。

事故収束作業と原発労働者の被ばく問題

 

2015年8月、原子力規制委員会は緊急作業時被ばく限度をそれまでの100svから250msvに引き揚げ、緊急時対応を行った労働者が継続して仕事ができる措置を決定したという。こんな非人道的な決定が許されるのだろうか。自分の身に置き換えてみてほしい。放射線について熟知しているはずの学者たちがこんなことをして許されるはずがない。なかなか大らかな心を持てない未熟な私は政治家や官僚たちに言いたい。「あなたやあなたの家族に置き換えて考えてほしい。それでもあなたは被ばくを甘受しますか」

 

角田さんの報告

◆被ばく限度の引き上げは原発の再稼働を進めている政府や電力会社は、福島事故レベルの事故を想定・容認していることになる。

 ◆原発労働者の労災認定が困難を極めている。認定されれば次の仕事はなくなることを考えなければならない。

 ◆労災申請をした11人の内で認定されたのは2人で、3人は却下、一人は本人取り下げ。残り5人が調査中である。

 ◆認定の基準が厳しい。

  

廃炉を明言しない福島第二原発

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第二原発は第一原発廃炉作業のバックアップ施設、後方支援施設の拠点として使われているが、冷却水のポンプが停止し核燃料の冷却が停止したり問題が続出している。福島県民は県内にある全ての原子力発電書の廃炉を求めているが東電は廃炉を明言しないという。安倍首相は「県民の心情を考えると他の原発と同列に扱うのは難しい」と言いながら「廃炉については事業者が判断すると考えている」と明言を避けた。国民の税金を湯水のように注入しながら、まだ再稼働を考えているのだろうか。あれほどの事故を起こした東電を存続させる意義はどこにあるのだろうか。新会社による電力供給を考えた方が良いのではないだろうかと思う。

 

角田さんの報告

◆県民世論調査(福島民報社2016年7月13日報道)

東電福島第二原発について「廃炉にずべき」の回答は81.6

18歳、19歳の回答では「廃炉にすべき」の回答が100

 

18.19歳の回答が廃炉にすべきが100%というのが気になった。事故当時12歳、13歳だった若者だ。彼らの中には事故によって進路変更を余儀なくされ人生を変えられた者もあったはずだ。

 

◆現在、福島県平和フォーラムが中心となって「原発のない福島を!県民大集会」実行委員会で即時廃炉を求める署名を実施しているとう。2017年3月末までに10万筆を目標に集め4月に国と東電に提出し廃炉要請を行う予定。

 

2.原子力災害が奪ったフクシマの人権と避難指示解除

 

福島県から避難している子どもへのいじめが表面化し心を痛めた人もおおいはず事

故から丸5年。被災者や県民は苦しみ、それぞれの人が生活の重みを背負ってきた。生活再建についての答は簡単には出せない。角田さんの話を伺えば伺うほど被災者へかける言葉を見つけることができなくなった。簡単に「こうすれば」という答はない。被災者の心情に寄り添いながら広島の思いを伝えることしかできないのかもしれないと思いながら報告を聞いた。

 

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政府は2017年末までに被災者を帰還させるという方針をとっている。その基準が年間20svを下回ることが基準という。現在世界的な基準は年間1msvだ。原発事故で高線量の被ばくをしている人も多く、それだけにより帰還の放射線基準量については配慮しなければならないはずだ。健康を無視したこの基準に基づく避難指示解除は、「事故は収束した」と見せたい意図があからさまだ。未熟な私は政治家や官僚にもう一度言いたい。「あなたやあなたの家族に置き換えて考えてほしい。それでもあなたは被ばくを甘受しますか」

 この避難指示解除で、賠償金の支払いの打ち切りがセットにされていることを考えると非人道的な政策そのものだ。

 

角田さんの報告

◆国は「戻りたい人が戻れるようにする」というが、早期帰還を進めることによって事故の被害をできるだけ小さいものに見せようとする意図や、賠償金を早めに打ち切ろうとする目論見が見える。また、原発災害を過小に見せ、復興の名のもとに事故の収束をアピールする意図がある。

 

◆原発災害からの生活再建にはまだまだ幾多の困難があり、国と東電の責任による賠償の問題も引き続き闘っていかなければならない。

 ・帰還しない場合、自主避難の扱いになる可能性がある。

 

 ・避難を継続したいと考えている住民と、復興を掲げる自治体との間に対立が生じる。


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3.原発災害がもたらした放射性降下物下での生活

 

現在、子どもたちの甲状腺異常が取り上げられることが多いがこれからガンも含め色々な病気の発現が予想される。目には見えなくても臭いはしなくても放射線は確実に体を蝕む。この不安は広島・長崎の被爆者・被爆二世と共通している。この不安に対して国家補償の視点で恒久的な救済法を早く実現すべきだと思う。決して放置できるものではない。2月17日に全国被爆二世団体連絡協議会に加入している被爆二世が国の責任を問う裁判を提訴した。同じ日の出来事ということで、何か因縁めいたものを感じた日であった。

 

角田さんの報告

201110月から2013年3月31日までの先行検査結果

 受診者約10万人の内、二次検査受診 2,294

 二次検査の結果、異常が認められ通常診療を受けた者 1,376

 通常診療のうち、116人が悪性ないし悪性のうたがいと判定

2014年4月より2016年3月までの本格調査受診者約27万人の内、2,222人が二次判定。その内、1,553人が二次検査終了。

 二次検査の内、68人が悪性ないし悪性のうたがいと判定。

 

 角田さんの報告

◆除染が進み空間線量は低下してきた。しかしホットスポットはあちこちにあり、放射線量は雨風によって変動する。除染が済んだはずの家屋や公共施設などでも雨樋の下では5usv/hなどの高線量のホットスポットも存在する。

◆各家庭での除染物は各家庭で保管しているが、これも不安。

◆中間貯蔵施設が大熊、双葉町にまたがる帰還困難区域に設置されるが、その地域に住む者は最終的に帰還できるかさえ分からない状況。契約は進まない。国の約束は信用できないという声がある。


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4.脱原発社会の実現を!

 

福島の現実を直視すると、そこに住む人間や生き物だけでなく山も大地も樹木も植物も川も海も人間の一生と比べものにならない長い期間を汚染してしまう放射線。改めて核と人類は共存できないと思う。それが素直な感覚だと思う。それがゆがめられ潰されてしまうということが恐い。地球という視点に立ち返らなければ。日本にはプルトニウムが47,9トン保有と発表されている。プルトニウムは核兵器の材料である。このプルトニウムを増やさないためには産みだす原因の原発を一日も早く完全に止めてしまうことである。ここから地球の未来を考えていくしか生き延びる方法は見つからないのではないだろうか。

 

**

秋葉校長のまとめの後で今回が最後の原水禁学校ということで全回参加者に記念品が

渡された。秋葉さんのまとめの中で印象的な言葉があった。「困難な時こそ原点に立ち返り、そこで考えた一番シンプルな言葉こそ解決へ導く道である。原発に関しての言葉が原発を廃止するということだ」

 

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2017年2月10日 (金)

追悼  藤田裕幸君  


追悼  藤田裕幸君  

 

2011311日、東日本大震災で東京電力福島第一原子力発電所が被災、どのくらいの規模の被害を受けていたのかは、被災地のみならず全国民が固唾をのんで見守っていたはずです。なかなか、はっきりした情報が届かない中、その夜、テレビではっきりと「冷却装置が止まって6時間も経過しており、すでに炉心のメルトダウンが始まっているんじゃないでしょうか」とコメントした物理学者がいました。それが、高木仁三郎、小出裕章、広瀬隆、槌田敦といった人たちと一緒に、原発やエネルギーについての啓蒙活動をリードし、反原発の流れを作ってきたリーダーたちの一人、藤田裕幸(ふじたゆうこう)君です。

 

詳しくは、彼の活動を軸に原発の本質についても分り易く語ってくれている『「修羅」から「地人」へ――物理学者・藤田裕幸の選択――』(福岡賢正著・南方新社)をお勧めします。反原発運動が大切なことは言うまでもありませんが、それはより大きな自然の中で私たち人間がどう生きて行くべきなのかという問への答の一部であることを藤田君は、自らの生活を通して示してくれました。

             

Photo

               

 過去形で語っているのは、昨年2016年の7月に藤田君は多くの人に惜しまれつつ幽明境を異にすることになってしまったからなのですが、彼の仲間の何人かの呼び掛けで、ネット上で彼の追悼文集を編纂しようということになりました。

 

私も一文を寄稿しましたが、それは、藤田君と私は中学の同級生、しかも3年間、同じ組だったからなのです。だから今でも、藤田「君」なのです。以下、拙文を通して彼の知られていない一面に触れて頂ければと思います。

 

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藤田祐幸君を偲ぶ

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藤田君とは千葉大学教育学部付属中学校の同級生として、3年間同じクラスで学びました。教室内では物静かで温厚な人柄でしたが、こと理科になると彼の存在が輝いていました。私たちの知らないことも良く知っていましたし、休み時間や放課後、彼と彼の仲間はいつも理科室で楽しそうに実験や研究をしていたのが印象的でした。

 

1957年の10月にスプートニク号が打ち上げられたときにも、ちょうど日本上空を夜通過する時間に何人かが集まって観察をした記憶があります。理科の先生と藤田君たちが中心になってその会をオーガナイズしてくれたのです。

 

私たちの学年は結束力があって、今でも頻繁に同窓会を開いていますが、そんな中で、恐らく同窓生一同にとって一番記憶に残っているのが30年ほど前、私たちが40代の頃のある年の同窓会です。

 

夏の暑い日でしたが、担任の先生や英語の先生等、数人の先生方も参加して下さり昼食会という形で、二三時間いつものように盛り上がりました。その後まだ陽は高かったのですが、幹事が計画していたのは近くの料理屋の二階を借り切っての二次会でした。先生方は二次会にまではお付き合い頂けないことが多かったのですが、その日は私たちに英語を叩き込んで下さったC先生が二次会にも参加して下さいました。

 

幹事たちはとても緊張して、お店の方には何度か電話で「今日は私たちの恩師も参加して下さるので、くれぐれも失礼のないように」と念を押していました。私たち一同がその店に到着するや否や、店の従業員何人かが「先生こちらへ」という感じで甲斐甲斐しく藤田君を「御案内」。

 

当時の藤田君は、長く白い髭を蓄え、知らない人が見れば誰でも彼が「恩師」だと思って不思議ではない風格がありました。一方、C先生は昔から若く見られる風貌の持ち主で、「同級生」だと紹介してもそれで通るくらいの雰囲気でした。幹事が何とか店の人に誰が先生なのかを伝え一同大爆笑の裡に二次会が始まりましたが、記憶に残る楽しい日になりました。

 

2007年には、それまで住んでいた神奈川県三浦市から長崎県西海市に移り住むとの知らせを貰いました。「日本中のどの原発より西にある」ということと、雪浦という地域の魅力が決定的だったという説明がありましたが、原発事故の可能性がリアルであることをこのような形で私たちに啓蒙してくれていることに気付いて、新たな感動に包まれました。

 

そして、福島の原発事故後の活動については私が述べるまでもありません。最後に彼と話をしたのは2014年、広島市での講演会後の短い時間でした。日本の原子力政策が変わらないことを憂慮しながら、彼が運動からは引退する気持であることを聞きました。その理由は、「もう自分にできることは全てやり尽くした。これ以上なすべきことはない」という潔いものでした。「できることは全てやり尽した」と自信を持って言い切れるほどの凄まじくそして素晴らしい活動を続けてきた藤田君の面目躍如たる発言でした。

 

私はあと数年の間は活動を続ける積りですが、「できることは全てやり尽した」と言える境地にはなれそうもありません。しかし、現実にそこまで到達した藤田君を目標に、少しでも彼に近付けるよう努力したいと思っています。

藤田君の御冥福を心からお祈り致します。

 

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コメント

40代の同窓会の記念撮影で、禿で白髪のK君は
「先生は真ん中に」とカメラマンさんに言われました。

そういえば、
彼は、いつも悲しそうな顔をしてましたね。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。40代でそんな経験をした人は多いのではないかと思います。その結果、ある意味「本当」の「大人」の仲間入りをしたんだ、もう少しハッキリ言うと、「歳を取った」という気持も実感として持つようになった時期なのかもしれません。

「元安川」様

コメント有り難う御座いました。彼は、中学時代にもう『原子力読本』を読んでいたくらいですので、人類の行方を憂えていたのかもしれません。

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