環境

2017年9月30日 (土)

9月のブルーベリー農園その2

 

9月のブルーベリー農園その2

 

東広島市豊栄町にあるブルーベリー農園の9月の下旬の様子。標高が約400mあるので秋の訪れも早いようだ。

1

台風18.号が17日に四国の太平洋側を通過。次の日の18日は晴れた天気となり農園の古くからの友人それでも残っているブルーベリーの摘み取りにお見えになった。(918日)

 

2

赤とんぼもひときわ赤い。(9.18日)

3

たくさん用意している長靴を干して、新聞紙を丸めて中に入れて上からビニール袋をかぶせて片づける。(924日)

 

924日の農園の周囲の様子は

4

庭のキンモクセイ開花。辺りに香りが漂い、(924日)

5

ブルーベリー畑や庭にツルボの花が咲く。(924日)

 

6

富有柿。来月が収穫期。(924日)

 

7

ブルーベリー畑の上の山際にヒガンバナが咲く。(924日)

 

8

夕方、墓参りの折りに見る光景。林の中に秋の夕日が差し込みシダや草が輝く。(924日)

 

9

墓からの帰り道。まだ刈っていない田もある。(924日)

 

10

ススキの穂はまだ開いていない。ススキを切って持ち帰り自宅で活けて楽しむ。(924日)

2017930日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

[お願い]

 

この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

 

広島ブログ 広島ブログ

2017年9月20日 (水)

9月のブルーベリー農園その1

 

9月のブルーベリー農園その1

 

農園でのブルーベリーの実の摘み取りは、今年は中旬でもまだ可能だったが、台風18.号が17日に四国の太平洋側を通過した影響で風や雨となったため、ほぼ終わり。

農業と福祉の連携でもある安芸の郷の3つの事業所、福富町のしゃくなげファームのブルーベリーの摘み取り研修の受け入れもたくさんの摘み取りの成果を上げて、事故もなく無事6日に終了した。

 

Photo
まだ夏の香りが残る92日から。

 

Photo_2
秋の香りが立ち込める916日のコスモスへ。どんどん風景がうつろう。

 

Photo_3

92日(土)には安芸の郷で毎月1回ボランティアとして利用者と一緒に働く活動をしている「フレンドベリー」のグループの皆さんが摘み取りにお見えになった。会員のお孫さんも初体験。摘み取りもすぐ慣れた。

Photo_11

摘み取りが終わって身づくろいで欠かせないのが靴の裏の水洗い。園内の通路に落ちているブルーベリーの実を踏むのでたわしでごしごしこすって落とす。子どもたちには園主がお手伝い。

 

Photo_5

98日、ロンドンから来日した娘の大学の恩師ジャッキー先生が教え子の長谷川さんとともに広島においでになった。午後、安芸の郷の森の工房AMAと第2森の工房AMA2つの建物と利用者の作業の様子を見て頂いた。思ったより大きな規模だったようだ。型をプレスした段ボールを手でくり抜く作業ではパリッパリッといい音がするので自分から作業体験を申し出たりして利用者の笑顔を誘った。ここで森の工房みみずくに通う息子とも再会。

 

そのあと車で70分かかる農園に案内した。ブルーベリー園が見渡しやすい山側の高台に移動して全体を見ながら説明。このあと山側の農園のブルーベリーを摘み取り食べてもらう。セミの抜け殻を見つけたり「ジャパニーズハーブ」と称して赤チシャや山椒の葉を紹介。どれも珍しそうだった。その後藁屋根の上にトタンを覆っている母屋、蔵などを案内し日本の農家のたたずまいを見、私たちの娘も子どものころにこの地で毎年夏休みなどを過ごしたことも紹介。みんなで田んぼの稲穂を近くによって見ながら小麦との違いなどを話し合う。夕方安芸区の船越の我が家でお好み焼きなどを食べてエンド。

広島には8日から10日まで滞在された。9日には宮島の見学のあと夕方、平和公園で再会し、いつも行う碑めぐりの資料をもとに、学徒動員で被爆し行方不明の私の姉のことなどを自分なりに2時間かけて説明、案内させて頂いた。私たち家族との記念写真のときは、先生はドームや慰霊碑をバックにしない場所に移動して撮影された。

慰霊碑の碑文に主語がないことを補足すると、それでいいといわれる。先生の家族の中にもまた戦争の犠牲者がいるので十分伝わるとのことだった。

3日目の10日はアニメ「この世界の片隅に」の舞台の呉を2人で見物される計画だったのでこれでお別れ。

6月にロンドンの大学に在学する娘の卒業制作展に家族で行った際にジャッキー先生とお会いした。そして彼女の口から9月には仕事があるので日本、中国を訪問する予定だとおっしゃっていたが、その後娘を介して広島に立ち寄ること、安芸の郷を見学したいこと、との希望が出され再開が実現したもの。

 

Photo_6

92日にはもう稲刈りが始まる。

 

Photo_7

台風18号が広島県に来そうなので夏中張っていたテントを片づける。(916日)

 

8_2

その作業の最中テントの屋根にアマガエルが。農園で作業しているといつもどこかで生き物に思いがけなく出会う。




Photo_10

92日の白い女郎花。まだ蕾。

 

10

9.16日には開花。

 

2017920日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

[お願い]

 

この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

 

広島ブログ 広島ブログ

2017年9月11日 (月)

「線量計が鳴る」 ――中村敦夫さんの朗読劇が新たなうねりを創り出しています――

「線量計が鳴る」

――中村敦夫さんの朗読劇が新たなうねりを創り出しています――

 

中村敦夫さんについては皆さんの方が詳しく御存じだと思います。何しろ私は、一世を風靡した『木枯し紋次郎』の頃にはアメリカで生活していましたので、リアルタイムで番組を見たことがありません。また有名なセリフ「あっしにゃぁ関わりのねぇこって…」を聞いたこともないのです。でも、今日改めて「凄い人」であることを再確認できました。

親しみを込めて「敦夫さん」と呼ばせて頂きますが、最初にお会いしたのは政治家として筋の通った活動をされていた頃でした。小選挙区制の導入に反対し、彼が会長を務めていた「公共事業チェック議員の会」でも行動を共にしました。その頃から風格のあるリーダとして、また頼りになる兄貴分として私たちは敦夫さんの後を付いて行っていました。

その敦夫さんが「ライフワーク」として自ら書き下ろした朗読劇「線量計が鳴る」の全国公演を通して、またまた大ブレーク中です。

福山に続けて広島では別院での公演がありました。会場には200人ほどの熱心なファンが詰め掛けました。

 

             

Photo

               

 

朗読劇の内容紹介は、簡潔で分り易い「中村敦夫公式ページ」からお借りしてきました。

形式

一幕四場の出演者一人による朗読劇。
元・原発技師だった老人の独白が展開されます。
二場と三場の間に十五分間の休憩。
それを入れて、計二時間弱の公演です。
背景にスクリーンがあり、劇中の重要なワードなどが、
映写されます。他の舞台装置は不要。

物語

一場 
原発の町で生れ育ち、原発で働き、そして原発事故で
すべてを失った主人公のパーソナル・ヒストリー(個人史)

二場
原発が作られ、日本に入ってきた事情。
原発の仕組み。福島事故の実態。

三場 
主人公のチエルノブイリ視察体験。
被曝による医学上の諸問題と現実。
放射線医学界の謎。

四場
原発を動かしている本当の理由。
利権に群がる原子力ムラの相関図。

私たち200人ほどを釘付けにした2時間を報告できるだけの筆力がありませんので、とにかく機会を作って公演を御覧下さい、とお勧めします。スケジュールは、公式ホームページに掲載されています。

でも、ほんのチョッピリでも雰囲気をお伝えしたいので、最後の方の言葉を御紹介しましょう。

原発を推進する考え方は「オウム原発真理教」と捉えると分り易い。その表の教義は「核燃料サイクル」。永遠にタダでエネルギーを作り続けることができるというマジックの信奉だ。そして裏の教義は「ボッタクリ」、それを操っているのは「原子力ムラ」「原発マフィア」あるいは「六角マフィア」だ。

人間味あふれる2時間でもあったのですが、それは劇中、福島県須賀川市の有機農業者の死に言及されていることが象徴的に示しています。この方は、3月に開かれたひろしま・ふくしまを結ぶワンコインシンポジウムのゲスト、樽川和也さんがお話し下さった御父上のことだろうと思いましたが、改めて、日本という国家の権力がこのように理不尽な結果を数えきれないほど生んでいることに怒りを覚えました。

私の隣で熱心にメモを取っていた女性は、一言一言に頷き、「そうそう」と相槌を打ち、「そうだったんだ」と発見の喜びを表していました。

敦夫さんは最後に短い挨拶をしてくれましたが、今年中に24回の公演があり、新聞記者に何回続けるのか聞かれて「100回」と答えたと決意を述べてくれました。舞台から去る敦夫さんに一声、「ありがとう」と客席の男性から力強い感謝の言葉が発せられましたが、それは会場にいた全員の気持でもありました。

 

Photo_2

熊本県合志市議会議員 神田公司さん撮影 (次の写真も)

 

楽屋に御挨拶に伺いましたが、3年掛けて書き下ろした脚本が上手く動き出したのは、東北弁で喋ることに決めた時であることや、現在の日本の政治について憂慮していること、何とかしたいという思いを若い世代の人たちと共有することで、新たな道が開けるのではないか等、私たちの世代を代表してまだまだ活躍して頂けそうな感触を得て、今後の新展開にさらなる期待をしつつ辞去しました。

 

Photo_3

  

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年8月31日 (木)

8月のブルーベリー農園その2

8月のブルーベリー農園その2

 

安芸の郷ではブルーベリーの生食の注文受け付けが85日のブルーベリーまつりからをスタート。たくさんのブルーベリーが必要となる。そのブルーベリーの主な供給源が東広島市豊栄町のブルーベリー農園なので多くの人たちの協力で農園の摘み取りが行われている。

Photo

お盆の16日には2組の古くからの友人家族がブルーベリーの摘み取りにお見えになった。昼休みは庭のテントの下でやっつけ仕事でいつもしつらえる簡易のテーブルを囲み食べながら談笑。日陰は涼しいので広々とした空間と風がごちそう。

Photo_2

テントの側にある庭の石臼の縁にトノサマガエルがじぃーと座っている。人がいるときは蛇も来ないので安全なのかも。(まだ小さい、今年生まれらしい。816日)

Photo_3

一番下の畑のブルーベリー木の列は8列ある。申し合わせたわけではないがこの日はそれぞれの列に1~2人が散らばって摘み取りが始まった。あちこちに広がる田んぼの稲はもう黄金色染まっている(826日)

 

Photo_4

同じ畑のブルーベリーの1本の木全体にミノムシが発生。農薬を使用しないので一匹一匹取り除いて駆除した。たっぷり30分はかかる。全体の中でこれ1本だけなのでちょっと安心。(827日)

Photo_5

ブルーベリー農園の集落にある連続した田んぼ。ここは40年以上前に圃場整備をした稲田で広くては長くて高さに変化があって美しい。黄色に色づくところ、まだ青いところ。いくつかの種類のコメが植えてある。(823日)

Photo_6

稲は偉大で、農耕が始まる2千年前から同じ田んぼでも毎年嫌がることなく成長し収穫できる。ブルーベリーの寿命は植えてから30年位といわれている。

 

Photo_7

農園の山の法面に咲くイワシャジン。(820日)

 

Photo_8

農園の前の道路沿いに咲く自然に生えたテッポウユリ。(827日)

 

Photo_9

農園の庭。茎が倒れてしまって、それでも90度曲がって天をむいて咲くカクトラノオ。(827日)

 

Photo_10

農園の山裾の畑の富有柿。毎年剪定をしていないので昨年は少なかった。今年は生り年らしくたくさん実がついている。秋が楽しみ。 

 

Photo_11

午後2時。摘み取りを終わって休憩。ミキサーにかけたいつもの冷たいブルーベリージュースを味わう。9月初めで摘み取りもほぼ終わる予定。(827日)

あともう少し。

毎月出会うキジの夫婦は、今月は合わずじまい。人が多いいのでかれらも落ち着かないか?

2017831日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

[お願い]

この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ 広島ブログ

2017年8月15日 (火)

8月のブルーベリー農園その1

 

8月のブルーベリー農園その1

 

安芸の郷の3つの事業所が一緒に行う第14回森の工房AMAブルーベリーまつりは森の工房AMA、第2森の工房AMAを会場にして85日(土)に開催され1400人を超える人たちで賑わった。

 

まつりの名前が「ブルーベリー」なので、大量のブルーベリーを用意して、1キロと100gパックにして販売しないといけないので7月末からまつり前日まで東広島市豊栄町のブルーベリー農園で摘み取った実を森の工房AMAに届ける毎日だった。まつりが終わると今度は生食の1キロパックの予約注文を受け付けるので、休む間もなく摘み取りを続けるが、摘みとりは安芸の郷としゃくなげファームの利用者の研修受け入れ、安芸の郷のボランティアの皆さん、農園の友人知人の方々のご協力で進む。感謝の日々でもある。

 

1_2

農園には太陽が照つけ続け、気持ちのいい空が広がる。(813日)

 

2_2

「さあこい」と言わんばかりのブルーベリー。(ラビットアイ系ティフブルー)

 

3_2

一番下の畑に入り(812日、矢野民児協、ボランティアグループ森のくまさんの皆さん)

 

4_2

山の西側に入ってブルーベリーを摘み取る。(811日。農園の友人知人の皆さん。こちらは親子連れ)

 

5_2

昼休憩。離れ、縁側、軒先とお気にいりの場所で昼食。(812日)

 

6_2

山や畑で摘み取りをしていた皆さんが午後の休憩で摘み取ったブルーベリーをもって母屋に移動。待っているのは、

 

7_2

ブルーベリージュース。みんなで摘み取った実とグラニュー糖、氷を入れてミキサーにかけて出来上がり。暑い中の摘み取りの後のジュースは皆さん絶賛。(813日)

 

9月上旬まで多くの皆さんのご協力で収穫作業が続き、森の工房AMAに納品されていく。

 

8_2

隣の田んぼの稲は早生の品種らしくもう稲穂がたわわについている。

 

9

山のブルーベリー園の法面のナデシコ。(813日)

 

10

同じ法面にハギの花も咲きだした。(813日)

 

標高約400mの農園の周辺はそろそろ秋の気配。でもブルーベリーは40日間かけて実っていくのでまだ半分が残っている。森の工房AMAの注文もたくさんはいている。後半、もうひと頑張り。

 

2017814日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

[お願い]

 

この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

 

広島ブログ 広島ブログ

2017年8月 6日 (日)

被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議 ――なぜ日本で脱原発が進まないのか?――

被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議

――なぜ日本で脱原発が進まないのか?――

 

被爆72周年原水爆禁止世界大会の二日目は分科会と国際会議が開かれました。その他に、「ひろば・ワークショップ」等のイベントもありました。全てについての報告をするには時間がありませんし、スペースも限られていますので、以下、国際会議のホンのさわりだけです。

 

               

20170805_17_54_50

             

 

開会挨拶は世界大会実行委員長の川野浩一さん、その後のキーノートスピーチは事務局長の藤本泰成さんでした。パネル・ディスカッションのメンバーは、壇上の写真の右から、発言順でもありますが、司会の伴英幸さん(原子力資料情報室共同代表)、九州大学教授の吉岡斉さん、台湾大学教授のシュウ・グァンロンさん、そして韓国の環境省中央環境政策委員のイ・ユジンさんです。上の写真でイさんのプレゼンテーションを横で同時通訳しているのは、キム・ポンニョさんです。

 

パネリストの発言からもそしてフロアからのコメントどちらからも、これまで知らなかった多くのことを学べましたし、テーマの「なぜ日本では脱原発が進まないのか?」という現状認識そのものについても、ちょっぴり修正が必要なのかも知れないとさえ感じるようになりました。

 

日本・台湾・韓国の大きな違いはそれぞれの国のトップの姿勢です。今年の一月には「全ての原子力発電施設は2025年までに運転を停止する」という法改正を行った台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総督、選挙公約に掲げた脱原発を大統領就任後、公的に宣言した韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と比較すると、全く異質なのが、世界に原発を売り歩く安倍晋三首相です。にもかかわらず、脱原発の方向に向かっているという客観情勢を指摘してくれたのが、吉岡さんでした。

 

 再稼働される原発の数には上限がある。

まず、201255日から75日にかけての2か月間、稼働していた原発はゼロ、そして20139月から20159月までの約2年間も、原発ゼロ状態が続いた。201785日現在、運転中の原子炉は5基。今年中には玄海34号機が再稼働する見込みだが、それでも7基。

福島事故前に法的に運転可能な原子炉は54基あったが、福島第一原発の6基を含め、12基が廃止された。つまり、原子力規制委員会の審査をパスすれば運転可能な原子炉は現在42基ある。その中で、5基しか動いていない。大半は停止したままだ。

今後、再稼働する原子炉の基数は少しずつ増えると予想されるが、安全性の難点、立地自治体の反対、電力会社がコスト・リスク回避のため原子炉廃止へ動く可能性などを考えると、2020年ころに最大15基〜20基で、これがピークになるだろう。

新増設がなければ老朽化とともに減少しゼロに向って行く。

 

 行政レベルの原子力政策

民主党政権は20129月、原発の新設・増設は行わず、2030年代までに原発をゼロにするという目標を掲げた。しかし、201212月の衆議院選挙で情勢が変り、安倍内閣は原子力政策の基本を福島原発事故前に戻し、出来るだけ多くの原子炉の再稼働を目指しているが、すでに指摘したように実績は芳しくない。

 

 日本で脱原発を進める根拠――原子力は万人を不幸にしているから

以前は「多くの人を不幸にしている」と言っていたが、今は「万人」に改めたい。一部利益を得ている人々もいるが「原発さえなければ」の思いは、多くの人に共有されている。

[立地地域の住民の損害・被害についても詳しい説明がありましたが、福島のフィールドワークの報告等をお読み頂きたく、今回は省略します。フィールドワーク第一日目第二日目三日目]

都市住民も損失を被っている。過酷事故による生命・健康・財産リスクは都市住民にも及ぶが、過酷事故の後始末コストを含めたコストは火力より高く、その結果、無用の電気料金を払わされている。

電力会社は加害者だが、被害者としての面もある。東京電力は国家資金の投入がなければ存続できない会社になり、東芝は原発輸出に社運を賭けたが、子会社のウェスティングハウス社の巨額債務により存亡の危機にある。

   

 原発なしでも電力供給は問題ない

世論調査によると、国民の多数派が原発の即時または将来の脱原発を支持している。再稼働についても過半数は批判的。

脱原発世論の第一の要因は、福島の原発事故。

第二の要因は、原発の大半が停止していても電力不足に陥らない事実。それは、電力自由化前に過剰気味に発電施設が作られたことと、エネルギー消費の急速な減少による。リーマン前の電力需要のピーク時と比べると2015年には、14.4%の減少になっている。原発が電力需要の3割を賄っていたのだから、残りの約15パーセントの中、約5%は再生可能エネルギーで、残る10%は、人口減・労働力減も含む様々な省エネで圧縮できる。

 

 脱原発を進める政治体制作り

  国会の衆参両院における多数派により脱原発政権が作られ、数年以上にわたり政権を維持し、粘り強く脱原発に関連する法令体系の整備を進めることが必要。ドイツでの経験から、脱原発が政治的に決定されてから10年くらいは掛ると覚悟した方が良い。

  脱原発政権誕生前にも、また脱原発政権を作るためにも有効な手立ては多くある。

(1) 住民投票制度の活用

(2) 裁判による意思表示

(3) 国レベルでの市民の側に立つ専門家集団による政策決定権独占への挑戦

(4) 地方自治体による脱原発のための施策展開

(5) 自治体首長の活用

 

脱原発が進まない理由は政治の貧困さにある、と言ってしまうとあまりにも陳腐かつ一般的な表現でしかなくなるような気がしますが、それは、安倍政権の醜態にようやく気付いた大多数の市民が、遅かれ早かれ諦めてしまうかも知れまないという、これまで繰り返されたパターンが頭を過ぎるからかもしれません。吉岡教授が描いてくれた鳥瞰図は、流行り廃れの激しい世の中でも、希望の持てる大きな流れのあることを示してくれています。これをもっと多くの人たちに共有して貰うことで、核兵器禁止条約ができたのと同様の成果を挙げることが可能だと確信できました。

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年8月 2日 (水)

ラジコンヘリでの農薬散布 ――安全性は大丈夫?――

 

ラジコンヘリでの農薬散布

――安全性は大丈夫?――

 

数日前の昼過ぎ、近くの田圃でかなり大きな音がするので窓から見ると、ラジコンヘリが飛んでいました。しかも、時々液体を散布しているようです。恐らく農薬だと思うのですが、暑い最中、家中の窓を開けていますので、風に乗って臭いが入り込んできます。

 

               

20170801_23_06_02

             

 

安全なのかを確認しようと外に出て話をしたのですが、どうも要領を得ません。いくつもの田圃で農薬散布をしているのですから、田圃の持ち主ではないかもしれませんが、御近所さんの可能性もありますので、「厳しく追及する」のではなく、「素人なので安全なのか心配です」というくらいの調子でいくつかの点の確認をしようとしました。

以下、会話の結果分ったこと、分らなかったことです。相手の言い分をそのまま書いた部分が多くなりますが。

 

 数人の方が関わっていましたが、どなたなのか、どのような団体なのかは分りませんでした。

 「協議会を作って県の指導を受けて散布している」

 「撒いているのは農薬」

 「人畜に害がないように薄めてあるので問題はない」 (でも、稲の病虫害には効果のある農薬が、100パーセント無害だとは考えられない。農薬の種類や希釈度等のデータは提供すべきでは?)

 「ヘリが低い位置にいる時にしか散布していないので、広がらない」 (でも、写真から分るように家の屋根より高い位置で噴射はしている)

 

このような方法で農薬を散布していても、100メートルも離れていない家で農薬の被害を受けることはないのか、県でもそれ以外の主体でもデータを持っているはずなので、そのデータを見せて欲しいとリクエストしましたが、見せてくれるのかどうかの確約は取れませんでした。

 

数日待って、連絡がなければ県に問い合わせをしようと思っていますが、農薬散布について知識のある方がいらっしゃれば、安全性について御教示頂ければ幸いです。

 

田圃の近くに住む以上、稲作をしている人たちの生活にも配慮するのは当然だとは思いますが、健康にかかわる問題ですので、こちらにもそれなりの配慮があっても良いのではという気持もあります。

 

例えば、農薬が空中に止まる時間がどのくらいかは分りませんが、仮に短時間で拡散してしまうのなら、散布時間中は家の窓を閉めておくという自衛手段を取ることは可能です。しかし、それなら事前に通知する等の手続きがあっても良さそうなものなのだと思うのですが―――。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

農薬の空中散布は航空法による許可と農薬散布における申請が必要ですが、実施にあたり許可証の携帯は義務付けられていますし、近隣住民への周知徹底や人はもちろん野生生物への影響なども考慮した対策が求められています。

ただ、日本は大気汚染についての基準は甘く、そのために兵器にもなりうるほどの高性能小型無人ヘリが開発されたといわれており、基準そのものは満足していても安心できるものではないことも付け加えておきます。

メディアは花粉の飛散情報は伝えても命に関わる(年間4万人の日本人が亡くなるとされる)PM2.5の飛散情報は流しませんし、2011年3月14日から関東に大量に降り注いだ放射性物質についても報道することはなく、政治家の家族など一部の人を除き、多くの人が避けられたはずの内部被曝をしたというのが現実です。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。おっしゃる通り、大気汚染についての意識はまだまだですね。

稲に農薬を散布するのは、1000粒に2粒以上の「斑点米」が混じらないよう、カメムシ等を駆除するためだというネット情報がありました。

http://ilikeeveryone.jugem.jp/?eid=204

混じっても味は変らないそうなのですが、味は同じでも曲ったキュウリが売れないのと同じ理屈で、危険物質の空中散布につながっているのでしょうか。

その他、たばこの副流煙も含めて、大気汚染についての意識が高まるよう何かしたいですね。

2017年7月31日 (月)

7月のブルーベリー農園

 

        7月のブルーベリー農園

 

広島市豊栄町のブルーベリー農園は妻の実家であり、7月はこれまで家族でコツコツとブルーベリー栽培を続けてきた成果が約40日つづく実りの季節をもたらしてくれるのでうれしいが、気ぜわしい季節となる。

 

ブルーベリーの摘みとりは家族だけでは無理なので、安芸の郷にかかわるボランティアグループ、農園の友人知人、そのまた友人知人、職員といった方々が援農においでいただくのでにぎやかになる。


1

梅雨が明けて夏雲が暑い夏を象徴し、木々の緑は濃く青さを増す。手前のブルーベリー農園は実りの季節。717日(月)

Photo


田んぼの稲は青さをまし、どんどん伸びる。畦の草は刈ってもルドベキアの黄色い花は刈らずに残して景色にアクセントがつく。(77日)

 

P7216860


721日から安芸の郷の3事業所の摘み取り研修がこのブルーベリー農園で始まる。車で約70分かけてこの日からブルーベリーの摘みとりスタート。とった実は持ち帰り選別、加工に回される。


Photo_2

724日からはブルーベリー農園の隣町の福富町にある障害者の事業所「しゃくなげファーム」からも参加して摘み取り研修が始まる。ベニヤ板に15mmの穴をあけて大きさに迷ったらこれに合わせて点検する工夫が研修らしい。


Photo_3

ブルーベリーの実り具合が本格的になってきたのに合わせて29日、30日の土日からボランティアの皆さんが摘みとり援農においで頂く。(730日)



Photo_4

炎天下の合間の休憩時間は、みんなで摘んだとれたてのブルーベリーを使った冷たいジュースを飲んだりして会話がはずむ。


Photo_5

29日午後2時ごろの雷雨、雨が激しく降る。


Photo_6

29日の午後の雷雨の合間のブルーベリーの実。28日も午後から雷雨だった。

85日が安芸の郷の第14回森の工房AMAブルーベリーまつりが午後4時半から開催されるのでブルーベリーの実もたくさんストックしておかないといけないので、収穫後のブルーベリーは安芸の郷のコンテナ型の冷蔵庫に保管される。

摘みとりは9月上旬まで続く。

*お知らせ。安芸の郷のほかに紙屋町の地下街シャレオの本通りそばの「ふれ愛プラザ」で火曜日、金曜日の夕方100gパックを納品しており、おかげさまで好評。


Photo_7

ブルーベリー園の周囲に住むキジも元気そう。(729日雨上がりの夕方)


Photo_8

イトトンボ(717日)

2017731日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

[お願い]

 

この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

 

広島ブログ 広島ブログ

2017年7月16日 (日)

クマゼミが鳴き始めた

クマゼミが鳴き始めた

 

715日朝。8時頃「シャンシャンシャン」の音。クマゼミの夏の第一声だった。空は薄く曇っているが「梅雨は終わり!夏じゃっ!」と言われているよう。以下は狭いベランダの朝の様子。

 

P7156774

3階のベランダの前のイチョウの木でクマゼミは鳴いている。

 

P7156770

目の高さの位置にとまって鳴いている。

 

P7156772

これから盛夏中に毎朝このイチョウの木にとまっては鳴き続ける。今住んでいる船越は山が近いのでセミも多い。小学生の頃はクマゼミ取りに夢中になっていたが・・・。

 

P7156782

ベランダに咲いている花。ルリトラノオ。

 

P7156778

夏中しっぽが長く伸びながら先に向けて咲き続ける。

 

P7156779

乾燥に強いローズマリーも先週位から開花。

 

P7156781

1個だけついたオリーブの実。去年も1個だった。

 

 

2017715日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

2017年7月 6日 (木)

家族でロンドンに行ってきました。その2

 

家族でロンドンに行ってきました。その2

 

フードマーケットの禁煙ゾーン

 

1_2

2日目の午後からウインブルドンにある大学の卒業制作展の会場に行く。娘の作品はその入り口にあった。学生に示された卒業作品のテーマは「移民」だそうで、私の父の姉と母の兄もハワイに移民しておりその事実を織り込んで作られた作品となっている。移民はヨーロッパだけの問題ではないことに気づかされた。先生や学生の方に紹介されながら会場の作品を見て回った。

2_2

滞在中は毎日地下鉄を使って移動していたので、車窓からの景色の中に中国が原産地のブッドレアの花が沿線にたくさん咲いていた。写真のようにこぼれ種から生えて駅ホームの間にも咲いている。ウインブルドンの住宅の庭にもアジサイとともによく植えられていてどこか見慣れた風景を連想させる。(ウインブルドンまでの地下鉄は地上に出ている)

 

3_2

ロンドン交通局発行のオイスターカードが便利だった。滞在中の移動はこのカードを一人1枚購入していたので移動がスムースにできた。そして安い。使用エリアはロンドン中心部からゾーン制で1から6までありウインブルドンは3のゾーンになる。このゾーンの7日間のトラベルカードを38.7ポンドで購入して、写真のオイスターカードにチャージさせて使う(娘の説明)。バス、地下鉄の改札口で日本と同じようにカードを読み取り機にカードを押しあてればよかった。広島でもイコカカードがJR、広電などの電車やバスに使えるようになっているが、割引率は随分差があるようだ。

 

4_3

大英博物館のカフェ。サンドとともにたくさんのスイーツが並ぶ。飲み物と、サンドと、スイーツでお腹がいっぱいになる。特別展示会場は「北斎」展が行われていたがパス。ビッグウエーブとして人気が高いことが分かった。

館内散策の途中、階段の踊り場に展示されているコバルトブルーの大きな花瓶が突然目に入った。「ひょっとして東広島市で作陶している木村芳郎さんの作品?」と説明書きをみると確かに木村さんだった。東広島市に勤務していたので、木村さんが西条町に窯を開いたころから存じ上げていたがここで作品にお目にかかるのも旅の楽しさか。

 

5

ウインブルドンの借りている家の近くのパン屋さん。朝7時から開いている。パンの他にてんこ盛りのマフィンなど菓子パンもたくさん並べてある。

 

6

ロンドン、ヴィクトリア駅近くのカフェ(モロッコ料理)で時間つぶし。交差点を行き交う人々は様々な国のひとでいっぱいで人の流れを飽きることなく眺める。

昨夜は夜遅くまでミュージカルを見てホテルに一泊した。前々日予約で「キンキー・ブーツ」が19ポンドで一番後ろの席が取れたので鑑賞。地元の高齢女性たちが2階席に陣取ってしきりと掛け声をかけ最後は総立ちの拍手だった。歌も踊りも演奏もシッカリしていて家族全員で楽しめた。

また街中のポスターで広島を舞台にしたアニメ「この世界の片隅に」があったが、娘によるとイギリスでも好評なのだそうだ。

 

7

最終日。ヒースロー発上海行の飛行機は夜の9時20分発。バスで時間をかけていくことにして午前中から昼にかけてフードマーケットの「バラ・マーケット」に行く。線路のガード下やアーケードの中に色々な食材を扱い、すぐに食べられるものが色々ある。

 

8

マーケットに掲げられている看板には禁煙のマークもある。屋内全面禁止もまだできていない日本に比べ、ロンドンオリンピックを経験したこの都市では、このアーケードと屋外テントの店がたくさんある半屋外のエリアでも外でしかタバコは吸えなくしているので、誰もが気持ちよく利用できるマーケットになっていた。それと犬もダメとある。

2020年の東京オリンピックまでに屋内全面禁煙や、受動喫煙防止のタバコ規制の法律は間にあうのか。このブログサイトでも62日付けの「531日は世界禁煙デー」で紹介しているように、一日も早く実現しないといけない課題だと思う。そうでないと世界にたいして恥ずかしい。

 

9

8日間家族と過ごした住宅。右のドアから上がって3階の2つの窓のある部屋がそれ。ここからタクシーでロンドン市内のホテルに1泊して帰途についた。ちなみに次の借主は73日から始まるテニスのウインブルドン大会に出場する選手だそうだ。タクシーからちょっとだけセンターコートの建物が見えた。

 

10

終わりに、3つ目の花。ロンドンから100㌔あまりの国立公園内のセブンシスターズの丘に咲くバラ(たぶんハマナスの一種)

 

201776日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

[お願い]

この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ 広島ブログ

より以前の記事一覧

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31