歴史

2017年8月16日 (水)

「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました ――コミュニティーで創る平和の温かさに包まれた一時でした――

「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました

――コミュニティーで創る平和の温かさに包まれた一時でした――

 

岡山ユネスコ協会が主催し、2000年に第一回目が開催された「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました。長泉寺は岡山市北区南方にあり、正式には真言宗御室派薬園山長泉寺です。長泉寺は寺院としての行事の他にも様々な文化活動や社会平和活動、国際交流等の活動に積極的に取り組んできたことで知られています。

 

8月のイベントですぐ気が付くのは、

 

86日(日)「平和の鐘 ~広島忌~」 815 広島原爆忌につき、犠牲者を追悼し核廃絶と平和を祈る鐘を突きます。

89日(水)「平和の鐘 ~長崎忌~」 1102 長崎原爆忌につき、犠牲者を追悼し核廃絶と平和を祈る鐘を突きます。

815日(火)「檀信徒合同お盆総供養法要」(8:3010:00) そして

815日(火)「第18回平和の鐘を鳴らそう!」(11:4514:00) です。

 

「平和の鐘を鳴らそう」のプログラムは次の通りです。

 

 1145        開会案内

 1150        開会あいさつ

 1155        『わたしの平和宣言』朗読

 1200        平和の鐘を鳴らそう:平和への想いをこめて、一人ずつ鐘をつきます

        〈小休憩・移動〉

 1230        「平和の話」 講師:秋葉忠利さん(元広島市長)

        ~ 被爆者の存命中に核廃絶を 

        混迷する世界を救うのは“The Better Angels of Our Nature

 1330        「祈りの音楽」 長泉寺合唱団 CORO NAGA(コーロナーガ)

 1400        閉会

 

「平和の鐘を鳴らす」イベントでは、鐘楼の脇に立った数人の僧侶が般若心経を唱える中、イベントの参加者が一人一人、鐘を鳴らして行きます。高齢者も多かったのですが、お母さんに抱かれて一緒に鐘の紐を引っ張る幼子も何人かいて、戦争犠牲者の追悼、さらには現在そして未来の平和のための祈りが、読経の声と鐘の音に乗って天に届くかのような雰囲気でした。

 

               

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鐘を鳴らすためには、紐を垂直に引っ張る構造になっています

 

私の話は、核兵器禁止条約成立の歴史と意味に焦点を合わせました。原水禁世界大会での報告でも同趣旨の話をしていますので、内容についてはこちらを御覧下さい。

 

「平和を歌う」をテーマに2015年に結成された長泉寺合唱団「コーロナーガ」の皆さんの歌声もとても素敵でした。

 

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何より有り難かったのは、岡山ユネスコ協会の幹部の皆さんそして長泉寺の宮本龍門住職にお会いし話のできたことでした。

 

特に龍門御住職には、私が到着してからすぐ、またイベントの後にもゆっくり時間を取って頂き、貴重な「法話」を聞かせて頂きました。話に引き込まれてしまい、メモは取れなかったのですが、何点か印象に残ったことを書き抜いておきます。長泉寺のホームページにも、同じような記述がありますので、お勧めしたいと思います。

 

l 仏教を突き詰めて行くと、人間社会のあらゆる側面との関わりが大切になる。だから政治的な事柄も避けては通れない。それ以上に、「政治的事柄だから避ける」という判断こそ政治的であって、仏教者の立場としては、それが政治的事柄でもプライベートな事柄でも、その他様々なことについても仏教的判断をして行くべきだと考えている。

l 特に「平和」は宗教とは切り離せない関係にある。宗教こそ、究極的には平和を創る力を持っている。

l お寺は地域の中に位置している。そして寺を取り巻く人々全ての関係は、上下関係ではなく、平等なものだ。そのコミュニティーの力で世界の平和にまで通じる平和が創られる。

l 世間を見るに付け、政治に関心のない人々の多さに愕然とする。その人たちに少しでも関心を持って貰うために、コミュニティーの拠点としての寺院の役割を大きくしたい。

 

長泉寺でお会いした方々は、龍門住職をはじめ、皆さん笑顔に満ち、謙虚な方ばかりでした。16世紀初めに開創されて以来の伝統なのかもしれませんが、平和活動を通じての心の平和や平穏を身に付けられたからだとも考えられます。そのせいだと思いますが、穏やかな気持ちで岡山を後にすることができました。

 

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コメント

長泉寺の住職さんのいわれる
仏教→平和→政治→地域→お寺
というコンセプトとそれに基づいての活動は素晴らしいですね。
イライザさんはそうした活動のシンボル的存在になりましたね。
これからも頑張ってください。

「シンボル」様

コメント有り難う御座いました。世の中を変えるためには、ベトナム戦争反対運動時のように、僧侶が自ら火を被ることさえ必要な場合もあることは理解できます。

でも、毎日の生活が基本になる地域の中の運動では、人を包み込む温かさや優しさが運動の幅と奥行きを創り出していることを、今回の長泉寺のイベントで実感できました。

2017年8月14日 (月)

盆灯籠 ――関東では見ることのできない美しい伝統です――


盆灯籠

――関東では見ることのできない美しい伝統です――

 

30年も前、初めて広島でお盆を迎えた時の派手やかさに驚いたことを覚えています。五色の盆灯籠の美しさは、関東でのお盆との違いを視覚的に際立たせてくれていました。

 

子どもの頃の千葉でのお盆で一番記憶に残っているのは、816日から22日まで、一週間続く千葉神社の「だらだら祭り」ですし、送り火の苧殻を家の門近くで燃やして、キュウリやナスの牛馬は近くの海まで流しに行ったことですので、広島のお盆の雰囲気とはかなり違う感じです。

 

盆灯籠はコンビニやスーパー、ホームセンターなどでも手軽に手に入るものですが、近頃では、お盆が過ぎてからの処分の大変さや過度の華美化、火災等の事故に配慮して、盆灯籠を禁止する寺院もあるとのことです。しかし、何か工夫を加えることで、広島の風物詩を続けていって欲しいと願っています。

 

我が家の御近所のお墓には、今日も盆灯籠が供えられていました。御近所さんという御縁を有り難く思って、私も「南無阿弥陀仏」と唱えさせて頂きました。

 

                 

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2017年8月12日 (土)

私たちの生きる意味 ――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

私たちの生きる意味

――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

 

86日夜、「広島を語る会」に集まった8人で共有できたことの一つは、奇しくも、722日に開かれた講演会で、講師の石川健治教授の問い掛けと同じでした。それは、「私たちの生きる意味とは何か」です。石川教授の言葉を要約すると、「物語として憲法がその意味を伝えてくれている」と要約できるように思います。

 

             

Paul_gauguin__dou_venonsnous

               

Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?

(我々はどこから来たのか?我々は何なのか?我々はどこに行くのか?)

ポール・ゴーギャン作

[By Paul Gauguin - Museum of Fine Arts Boston, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36264337]

 

フォトジャーナリストと御紹介しましたが、「核ジャーナリスト」としても知られているT氏からの問題提起も石川教授と軌を一にしていました。T氏は、被爆・被曝を合わせて「被ばく」と書いていますので、ここでもそれに倣います。広島・長崎の被ばく者、福島やチェルノブイリ等の原発事故での被ばく者、原発労働者、原水爆実験の被害者、その中には、南太平洋諸島で被ばくした人たちもいれば、「アトミック・ソールジャー」として、アメリカ本土での核実験で被ばくした兵士たち、また、核実験の風下に住んでいたために被ばくした「ダウン・ウインダー」たちもいます。さらにウラン鉱の採掘に駆り出されて被ばくした先住民たち等々、核被害を受けた人々は世界のいたるところに住んでいますし、被害の受け方も多種多様です。

 

2015年に明治学院大学で開かれた講演会T氏は、被ばくを4層に分けてその本質を説明しています。


 Nuclear Colonialization (核の植民地化)――政治的・経済的支配という面から被害を理解する。

 Nuclear Racism (核による人種差別)――ウランの採掘・精錬の75パーセントは先住民の住む土地で行われ、主要核保有国の核実験は全て先住民の住む土地で行われた。

 Nuclear Refugee (被ばく難民)――被ばくさせられた上に、難民として自分たちの住む土地から追い出されている。

 Nuclear Violation (被ばく被害は人権、生存権の侵害)――被ばく者を生むこと自体が人権侵害であり、その対応も人権という視点から考えるべきだ。

被害の受け方も、受けた場所や日時も違い、それぞれが置かれていた「被ばく」当時の状況も戦争中だったり、あるいは核実験のモルモットとしてだったりという差もある。労働者として、あるいは平穏な日常に起きた事故等、こうした背景の違いをも視野に入れると、被害者としての、そして運動としての連帯を育む上で、結局は「私たちの生きる意味」を問うという一番基本的な立場に立つことが、鍵になるのではないか。

 

最後に、ジャーナリストのI氏による、86日の広島レポートが、「リベラル21」というブログに掲載されています。優れたレポートですので一読をお勧めします。

 

 

 

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2017年8月11日 (金)

竹林の八賢 ――恒例の「広島を語る会」で盛り上がりました――

竹林の八賢

――恒例の「広島を語る会」で盛り上がりました――

 

ここ数年、86日の夜に旧知の木原省治さんの肝煎りで数人が集まり、広島の来し方行く末を論じる会が開かれてきました。半世紀以上広島・長崎や原水禁運動に関わって来た人たちだけでなく若い人も参加していますが、それでも全員50歳以上。世俗を超えた談論風発を毎回楽しんで来ましたので、「竹林の七賢」の集いとはこんな感じだったのではないかとさえ考えていたのですが、今回集った八人に敬意を表して、「八賢」と「自称」します。

 

             

Photo

               

台湾のウィキペディアから

 

そのメンバーについては、回を改めて御紹介したいと思いますが、今回は「八賢」からの問題提起をいくつかお伝えしたいと思います。高齢の方からは「膝を打って」同感!の声が上がるかも知れません。若い世代からは、「また最近の若者は---」が始まったと聞こえるかも知れません。いずれにせよ、私たちの世代の思いを書き留め表現することで、「ヒロシマの心」の一端が伝われば幸いです。「親の意見と茄子(なすび)の花は千に一つの無駄もない」という諺もありますし。

 

以下、その夜の一コマをお伝えしますが、あくまで私がメモも取らずに聞き理解したことが元になっていますので、正確さについては問題があるかもしれません。それに私も少々は酩酊していましたので、御本人から異論が出る可能性もあります。その際には、訂正をさせて頂く積りです。

 

(A) 新聞記者歴は半世紀を超えるI元記者が最近感じたことは、新聞記者そして新聞社の言語能力が落ちていること。彼がかつて仕事をしていたA新聞の記事で、「地方議会が召集された」と表記されていたことにショックを受け、新聞社に電話をしようとさえ思ったとのことでした。御存知の方は多いと思いますが、議会を「招集」する場合と「召集」する場合があります。「召集」は天皇が「招集」する場合にだけ使われる漢字です。

 

このような誤りの責任は記事を書いた記者本人だけにあるのではなく、最近は多くの新聞社で校正係がなくなっていることもその理由の一つだそうですし、新聞そのものの存続も危ぶまれている昨今、仕方のないことなのかもしれません。同時に、政治家の言語能力を問題にしなくてはならない現実を前に、もっと影響力を持って貰いたい紙媒体がその力を発揮するためには、一点一画も疎かにはできないことも事実です。

 

(B) 「八賢」の中の数人はマスコミの仕事をしていた人たちですし、その他の方々もマスコミとは切っても切れない縁で結ばれていました。今でもその縁は続いていますので、マスコミに対する期待は大きく、またそれが故に批判も厳しくなっているのかも知れませんが、人類史的に大きな意味を持つ「核兵器禁止条約」の報道についても、私たちの感じたことも共通していました。

 

(C) I元記者は、国会図書館まで足を運び、全国で発行されている日刊紙全ての報道をチェックしたそうなのですが、その結果、いろいろなことに気付きました。その一つが、「核兵器禁止条約」の成立に至るまでの経緯についての報道が、表面的なことでした。今の時点で見える現象的な説明に止まって、世界そして日本の平和運動・市民運動がどのような役割を果してきたのかについての記述がほとんどないことです。

 

(D) 実は私もこの点については同感で、第二分科会でこの点についても触れています。

 

 (E) その一つとして、「hibakusha」という表現が国際的に使われたのは、今回が初めてであるかのような誤解を生み兼ねない書き振りになっていることを指摘されました。これは、第二分科会でもフロアから発言されていますし、このブログでも以前、取り上げたことがあります。

 

(F) 長期にわたり活躍を続けてきたフォトジャーナリストのT氏からは、その場にいた私たちの思いをまとめる発言もありました。それはI元記者のように、半世紀以上ジャーナリストそして運動家として活躍してきた実績を持ち、今でも現役の記者魂を持って活動している先輩たちの持つ知識、そして世界や平和運動を見る枠組みや方法論を是非、若い世代のジャーナリストに引き継いで貰いたい、ということでした。

 

(G) それは、I元記者だけに限られることではなく、実はT氏についても当てはまることですし、「八賢」のその他の方についても言えることですので、このブログで不十分ではあっても、何人かの方のこれまでの活躍の一端をお伝えできたらという結論になりました。続きをお楽しみに。

 

 

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2017年8月 8日 (火)

NHK BS 今夜9時から  「アナザーストーリーズ」 ――オバマ大統領広島の地へ~歴史的訪問の舞台裏――

NHK BS 今夜9時から 

アナザーストーリーズ」

――オバマ大統領広島の地へ~歴史的訪問の舞台裏――

 

番組の予告から

2016527日、バラク・オバマが、現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪れ、被爆者と抱擁を交わした。あの歴史的訪問はいかにして実現したのか?その裏には、高いハードルを越えようと懸命に努力した日米両国の物語があった。思いをホワイトハウスに伝え続けた広島。核兵器を使った唯一の国として“道義的責任”に向き合おうとしたアメリカ。大統領のスピーチライターが明かす、アナザーストーリー」

より詳しくは、番組のサイトを御覧下さい。


私も取材を受けました。スピーチライターと米兵被爆者の調査を続けた御自身も被爆者の森重昭さんに焦点が合わせられるようですが、一見の価値があるテーマだと思います。

 

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被爆72周年原水爆禁止世界大会 第二分科会 ――大切な点だと思いますので補足です――

被爆72周年原水爆禁止世界大会 第二分科会

――大切な点だと思いますので補足です――

 

被爆72周年原水爆禁止世界大会のまとめで、今年は各分科会毎の報告が短かったような気がしているのですが、私が出席した第二分科会についての補足をしておきます。このブログでは何回かアップしている内容ですが、一回で読めるようにまとめておくことにも意味があるのかもしれませんので、私の発言部分を要約しておきます。「自分の喋ったことを大切だと思うのは誰でも同じ」という前提も踏まえてお読み下さい。

 

 核兵器禁止条約の成立は、歴史的出来事


 それにも比肩する「核廃絶に近付いた」出来事が31年前、1986年にあった。レイキャビックで開かれたレーガン・ゴルバチョフ会談で両首脳は、「全ての核兵器廃絶」に合意していた。

 

                   

Photo

         

 

その合意は、軍産複合体や官僚組織の反対にあい、陽の目を見ることはなかったが、核廃絶の一歩手前まで行ったという事実は、核廃絶が不可能だという人たちへの反論になる。


 「絶対的」な力を持つと信じられているアメリカ大統領やソ連の書記長でも世界を動かすことができないことの証明になるのだか、では誰が世界を動かせるのか?


 それは、「世論」だ。

世界の核弾頭数を示すグラフを見ると、1986年をピークに右肩下がりの傾向がハッキリしている。1986年にレーガン・ゴルバチョフ会談が反映していたのは、世界の世論が核廃絶を望んでいたという事実で、その後の減少は世論の力の結果だ。

 

 

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 もう一つのグラフは、核実験数の推移を示している。1996年には包括的核実験禁止条約が締結された。しかし、アメリカ等の国々が批准していないためにまだ効力はない。にもかかわらず、1996年ころから、核実験数はほぼゼロになっている。これも世論の力だ。

 

 

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 この世論の力を背景に、核兵器禁止条約は作られた。市民運動ならびに志を同じくする国々が取った作戦は次のようなシナリオに沿って実行された。

(ア) 核兵器の非人道性をアピールし、人類の生存が最優先されるべきことをせかいに広める。そのための運動を市民の力で世界的に展開する。

(イ) その運動に公的・政治的力を与えるために、非核国が中心になって、国家のレベルでも世界の世論を盛り上げる。

(ウ) その結果として、核保有国が積極的に賛成しなくても核兵器(使用・保有・脅迫に用いること等)禁止条約締結の機運を盛り上げる。

(エ) 国連の組織の中に存在する、大国の拒否権が行使できないメカニズムを上手く生かして条約を作ってしまう。

(オ) 国際世論に押されて、核保有国も究極的には、消極的であっても条約に参加せざるを得なくなる。

 

 このシナリオ通り、国連総会の多数決による決定で、何の権限も持たない「国連公開作業部会」を作り、そこで市民社会の代表と志を同じくする国々が、核保有国や核依存国(その代表が日本)の妨害にもかかわらず、人類史的なレベルでの議論を行い、2017年に核兵器禁止条約締結のための多国間交渉をするという多数派を形成した。国連総会がそれを受けて、今年の3月から7月までの交渉を行い77日に条約の成文を採択した。


 核兵器禁止条約の持つ意味を何点か指摘しておく。

(ア) 前文で「被爆者」に言及したことは、被爆体験と被爆者のメッセージが世界的に共有されたことを意味する。

(イ) 条約によって核兵器が禁止されたことは、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者のメッセージの具現化である。それは、被爆者の「使命」である「核廃絶」実現への大きなステップでもある。

 「道徳」から「法律」へという高次元化の意味も大きい。それは、市民社会の活用出来る「語彙」を増やしたともいえる。つまり、核保有国や核依存国内で進められてきた核廃絶運動が新しい説得手段を手にしたことを意味する。そのロジックは、

1. 「核兵器は国際法違反」

2. 「法律違反を犯さないためには、条約を批准すれば良い」

3. 「国会議員に働きかけよう」

というもので、例えばアメリカ国内で、子どもたちが大人に働きかける上でも効果的な道具になる。

(ウ) 50か国の批准を必要とする「発効」は今回の採択に賛成した国が122あることから時間の問題だ。

(エ) 核保有国・依存国の批准も上記のロジックとその応用で時間の問題。

 

 核兵器禁止条約が成立した背景には、二つの大きな流れがある。それがあるからこそ、核保有国・依存国の参加も自信をもって予測できる。


 一つは、世界の非核兵器地帯条約。南半球は既に、全て非核兵器地帯だ。

 

 

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その詳細は次の通り。

1 南極条約 (1959) 2013年に50か国 

2 トラテロルコ条約 (1967)  中南米の全ての国33か国プラス核保有5か国批准 

3 ラロトンガ条約  (1986)  南太平洋の13か国・地域プラスロ、中、仏、英批准--米は署名のみ

4 バンコク条約 (1997) ASEAN諸国10か国――核兵器国は全て未署名 

5 ペリンダバ条約 (2009)  アフリカ諸国54か国中、28か国批准、仏、中、英が批准、米ロは署名のみ

6 セメイ条約 (2009)  中央アジア5か国  

7 モンゴル非核兵器地帯宣言(1992)と地位の確認(1998) 核保有5か国が、「モンゴルに協力する誓約の再確認」を発行(2000)

 

 もう一つは、市民運動の歴史だ。市民運動は世界の非暴力化のために大きな成果を残してきているが、1996年に国際司法裁判所が発した「勧告的意見」で、「一般的には」という制限が付いてはいても、核兵器の使用ならびに核兵器による脅迫は「国際法違反」という判断を引き出したのは、市民運動だと言っても良い。勧告的意見に至る歴史を振り返ってみると、次のようにまとめられる。


 まずは、南太平洋で核実験を繰り返していたフランスを国際司法裁判所に提訴して、核実験を止めさせたという実績がある。

(ア) 1966年から1974年までフランスはムルロア、ファンガタウファ環礁で44回の大気圏核実験を行う。

(イ) 民衆の不安と怒りが大圧力になる。

(ウ) 1973年1月、オーストラリア政府はフランスを「核実験は違法」の廉でICJに提訴すると警告

(エ) 1973年5月NZが、翌月オーストラリアもICJに提訴

(オ) 6月、ICJは、8対6で、NZAUSの立場を認める仲裁的意見を発表。

(カ) フランスは大気中核実験の中止を決定


 この成功を元に、「世界法廷プロジェクト」と呼ばれる市民運動が立ち上げられ、国際司法裁判所に勧告的意見を求める決議を国連総会ならびにWHOが採択し、1996年の結果に至る。

(ア) 1986年、元判事のハロルド・エバンズ提案

(イ) 1989年、IPB, IALANA, IPPNW, PGA等のNGOの間でWCPへの支持が高まる。

(ウ) 1993年5月14日、WHOが総会で、ICJに勧告的意見を求めるよう決議、9月に受理された

(エ) 1994年12月15日、国連総会はICJに勧告的意見を求める決議を採択、数日で受理される

 こうした運動を国家として受け止め、市民の声を代弁したのがニュージーランド。その中心にいたのがロンギ首相。彼の言葉を引用すると「もしニュージーランドのような国が核兵器に対してノーと言えないのならば、どのような国が核兵器に対してノーと言えるのか。もしニュージーランドのような国が核抑止論なくしては安全であり得ないとするならば、どのような国がそれなくして安全であり得るのか」

 日本政府は、ニュージーランド以上に被爆者ならびに市民の声を代弁すべきだ。特に「唯一の被爆国」という言葉を頻発しているのが日本政府であることの責任は取らなくてはならない。総理大臣ならびに関係大臣は

(ア) 自分が大臣であるときに核兵器禁止条約が採択されるなどということは、一世紀に一度あるかないかの出来事として、歴史的な意味を考え、

(イ) 唯一の被爆国日本の「大臣」としての責任を果すべき。

(ウ) それは、被爆者の悲願実現を最優先することであり、「ヒロシマ」そして「唯一の被爆国」としての世界的な位置付けを考えると、核兵器禁止条約を採択した世界の圧倒的多数の市民や国々への責任も果すべき、ということでもある。

(エ) そのためには、選挙民からの発信が一番効果的

 具体的なアイデアの一つとして、トランプ大統領を説得して、北東アジア非核地帯条約締結を推進すべきだ。

(ア) そのために、トランプ氏の選挙中の約束を再確認する。それは、

 北朝鮮と話をする

 「世界の警察官」は辞める

 日本と韓国に核武装を勧めない

(イ) これを元に、安倍総理大臣あるいは外務大臣がトランプ大統領に北朝鮮に乗り込んで次の合意を取り付けるようアドバイスすべし。

 アメリカが北朝鮮には核を使わないことを保証

 ロシアが日韓に対して核を使わないことを約束

 日本・韓国・北朝鮮は核兵器を持たない

 アメリカ・ロシア・中国はこれら三カ国に対して核兵器を使わないことを   保証

(ウ) これで、北東アジア非核地帯条約ができる。


 支持率が下がり、名誉回復の手段を模索しているトランプ・安倍組に提案する価値はある。

 

 

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2017年8月 7日 (月)

被爆72周年原水爆禁止世界大会  ――事務局長によるまとめ――

被爆72周年原水爆禁止世界大会

――事務局長によるまとめ――

 

被爆72周年原水爆禁止世界大会が終りました。その全体像を理解して頂くために、大会の事務局長である藤本泰成さんの「まとめ」をアップします。昨年に続いて感動的なまとめです。私は第二分科会に参加しましたが、スペースの関係だと思いますが、私の発言への言及はありません。次回手短に補足をさせて頂きたいと思います。

 

             

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写真は開会総会のものです

 

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原水爆禁止世界大会・広島大会まとめ

被爆72周年原水爆禁止世界大会実行委員会

事務局長 藤本泰成

 核禁止条約に対する日本政府の態度が問題になっています。第2分科会の湯浅一郎ピースデポ副代表は、オバマ政権の8年間を総括しながら、「核なき世界」をめざす米国では、核兵器への巨額投資が続き、核戦力の近代化が続いた、今後10年間で核の近代化に800億ドル、運搬手段の近代化に1000億ドル、全体で1800億ドル、約18兆円が支出されることになったと指摘しています。オバマ大統領がプラハ演説で述べた「この目標は、私の存命中には実現しないかもしれない」と言う言葉は、米国社会に染みついた核依存態勢を象徴し、このことを変えるのは至難の業との思いの表れでは無いでしょうか。

 

 第1分科会で発表した、米国の平和NGOピースアクションのポール・マーチン代表は、米国で様々な問題を起こしているトランプ新大統領が、守っている唯一の公約は、軍事中心主義と軍事費の増額であると述べました。貧困層対策のプログラムの予算を削減し、軍事費を大幅に増額している事実を指摘しています。トランプ政権は、核の近代化政策においても、オバマ政権の方向性を支持しています。ただし一方で、イランとの間の核開発放棄の合意と北朝鮮の金正恩政権との対話の姿勢は保ち続けるとしています。

 

 北朝鮮は、核実験を繰り返し、ICBM・大陸間弾道弾の実験に成功し、米国内の全てを射程に入れたと主張しています。米国の核兵器とは規模も違いますが、核のにらみ合いとも言える状況が続いています。北朝鮮を対象とした、米韓軍事演習は規模を拡大し、日本を含む日・米・韓の軍事同盟強化はこれまで以上に進んでいます。米艦防護や後方支援など米国との軍事同盟を強化するために、安全保障関連法が成立しました。

 

 第1分科会で、軍事評論家の前田哲男さんが、43の民放70の新聞を使い、3億円以上をかけたと言われる「弾道ミサイル落下時の行動について」という政府公報を紹介しています。「できる限り頑丈な建物や地下街などに避難する」「物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭を守る」「窓から離れるか、窓の内部屋に移動する」と書かれていますが、前田さんは、原爆投下の直後に大本営の「防空総本部」が出した新型爆弾に対する「対策心得」に書かれている「待避壕はきわめて有効、頑丈なところに隠れること」「普通の軍服や防空ずきんおよび手袋でやけどから保護できる」「伏せるか 物陰に隠れる」と比較し、全く変わらないとして、政治が言う安全保障のキャンペーンが、いかにむなしく、いかに危険かと述べています。

 

 小野寺五典防衛大臣は、自民党の「弾道ミサイル防衛に関する検討チーム」の座長を務め、「敵基地反撃能力」が必要として、2017330日に「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」を総理に提出しています。安部首相は、すでに日本の自衛隊の役割を「抑止力」から「対処力」へと変貌させようとして、安全保障の議論を進めています。前田さんは、高高度ミサイル防衛システム(サード)や巡航ミサイルトマホークの導入などを通じた「敵基地反撃(攻撃)能力」の確保に議論が進み、安全保障政策は「憲法解釈上の議論」のレベルではなく、実際的な「防衛上の政策論」まで進んでいると警鐘をならしています。

 

 「日本が『核の傘』依存をやめること」これが、東北アジアの冷戦構造と安全保障のジレンマを解消することにつながっていく。東北アジアの非核化の問題を、第2分科会で議論していただきました。第3分科会では、核兵器の材料であるプルトニウムを創りだす核燃料サイクルの議論がありました。原子力資料情報室の伴さんからは、「再処理は崖っぷち」との報告がありました。サイクルの一翼を担う高速増殖炉もんじゅは、廃炉になっています。計画通りの実施が困難となった今こそ、核燃料サイクル計画からの脱却を実現しなくてはなりません。そのことこそが、東北アジアの平和のために、東北アジアの非核化そして共通の安全保障の道へつながっていくのです。原水禁運動が、この間主張してきた東北アジア非核地帯構想とその実現のための、日本を、プルトニウム利用政策から脱却させるためにがんばらねばなりません。

 

 事故を起こした福島第一原発は、6年を経過してもなお、事故処理の作業が全く進んでいません。政府は、除染によって避難指示区域の解除を進め、帰還を強要するかのように、これまでの支援の打ち切りを進めています。ヒロシマ・ナガサキの被爆者がそうであったように、フクシマのヒバクシャの生活再建にも、支援の手を自ら伸ばすことはありません。これまでの原水禁運動の経験に学び、福島県民と周辺県で放射能汚染を強いられた人々の健康不安、特に子どもの健康にしっかりと向き合い、生活再建・生業再建を目途に、「被爆者援護法」に準じた法整備を、国に求めていかなくてはなりません。

 

 このような中で、「脱原発」は確実に市民社会に根付いています。市民社会の声が、原発推進に戻ることはあり得ません。第4分科会では、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長が、「世界は再生可能エネルギー時代を迎えつつある」として、再生可能エネルギーが指数・関数的に増加していることを明らかにしました。原発384GW、風力490GW、太陽光300GW、原発は漸減しているが太陽光発電は昨年1年で76GW増加していることを考えると、太陽光発電が原子力を上回るのは時間の問題です。当初、1Wあたり1万円もしていた、太陽光の発電コストは、今や1Wあたり40円となっています。地域分散型の再生可能エネルギーが、新たな地域再生の大きな力になり、日本のエネルギーを支えることを、私たちは、私たちの選択として実現しなくてはなりません。エネルギー・デモクラシーの時代を、私たち自身で切り拓かなくてはなりません。

 

 今年の国際会議は、「なぜ日本で脱原発は進まないのか」と言うテーマで、開催をしました。2025年までに脱原発を決めた「台湾」から、また、ムン・ジェイン新大統領が脱原発を志向し国民的議論に入ろうとする韓国からゲストをお招きしました。

 原水禁運動は、1955年のその発足から、核兵器問題と原発問題に、運動の両輪としてとりくんできました。様々な確執があったにせよ、私たちは、「核絶対否定」「核と人類は共存できない」ことを基本に運動を進めてきました。自民党政権は、195757日の参議院予算委員会で岸信介首相(当時)が「憲法は、核兵器保有を否定していない」と発言したり、また、201641日には、安倍政権が「必要最小限度の核兵器は合憲」の閣議決定をするなど、核兵器保有を否定しないできました。

 

 日本は、エネルギー基本計画に、使用済み核燃料を再処理し、プルトニウムを利用する核燃料サイクル計画を位置づけています。結果として47トンものプルトニウムを所持しています。日本は、常に瞬時に核兵器保有国に変貌できることを、再処理で担保しています。原水禁は、商業利用の名を利用した核政策としてのプルトニウム利用に反対してきました。脱原発が確定すると、結果として核燃料サイクル計画、再処理がその意味を失います。それは、日本が真の意味で核政策を転換するために、大きな意味を持ちます。核兵器禁止条約が採択された今、日本の条約批准が求められていますが、そのためには日本の核政策の転換を図らなくてはなりません。原水禁は、脱原発の視点から、日本の核政策の転換を考えようとしました。そして、フクシマを二度と繰り返さないことの、人権としての当然のとりくみとして、脱原発を考えました。

 

 パネラーのひとり、吉岡斉九州大学教授は、「日本の原発は動いていない。稼働可能な原発の内、現在稼働中は、5基、2017年中に稼働するとしている玄海原発を入れて7基である。2020年においても稼働できるのは15基から20基程度ではないか」とし、脱原発の実現に向けては、地方自治体からも、新潟の米山知事、静岡の川田知事など、再稼働を許さない動きが出てきている。今後、重要になるのは政治家の姿勢であると指摘しました。旧民主党政権が、「2030年代、原発ゼロ」の方向性を示したことも大きな動きだったとして、国会における多数派形成は、最重要課題としています。

 

 シュウ・グァンロン台湾大学教授は、台湾の脱原発が法律に規定されていることを報告されましたが、しかし、政治家を動かすには運動の力も重要であると指摘しています。イ・ユジン韓国緑の党脱核特別委員会委員長は、「これまで、韓国には原発推進の関係法律は存在するが、原発を止める方向での法律は存在していない。このことは重要な課題だ。現在野党が多数派を形成しており、野党の議員の理解を求めることも重要である」としました。

 オーストリアは、脱原発と核兵器不保持が、憲法に規定されていると聞きました。政権が変わっても重要な政策が変更されないようにすることが目的とされています。

 原水禁運動のとりくみを通じて、脱原発の方向を確固たるものにするために、私たちのとりくみの方向は明らかになっています。

 

 

 少し話を変えたいと思います。私は、北海道の本当の田舎町で育ちました。昼は蝉の声が、夜は蛙の声で眠れないことがあるほどの、自然の中で育ちました。夏は野山を走り回り、冬は雪の中を転げ回りました。

 

 北海道の冬の夜は、冷えます。深々と音もなく雪は、静かに降り積もります。子どもの頃、覚えた詩が頭に浮かびます。三好達治のたった2行の有名な詩です。

 

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。

次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

 

 詰めたい布団に入って、最初はじっと我慢しながら、ちょっとした不安の中で眠ってしまう。朝起きた後の、朝日の中の雪のキラキした輝きが、今でも目に浮かびます。

 自然の中で、泥だらけになって、雪まみれになって、育ってゆく。日本の故郷の子どもたちの姿です。

 

 福島第一原発の事故以降、フクシマの野山はどうでしょうか。フクシマの雪の中を、転げ回ることができるのでしょうか。

 

 フランスの文学賞を受賞した、福島市在住の詩人、和合亮一さんの詩をツイッター上で読ませていただきました。

 

「石の礫」と言う作品ですが、長文ですので、その中の「悲しみ」と題された部分を、抜粋させていただきながら、一部を紹介します。

 

 

  三月十一日 悲しい 揺れ 巨大な 揺れ あれから

  私の町の駅はまだ目覚めない。囲われて、閉じられて、消されている。

 

  あなたにとって、懐かしい街がありますか。私には懐かしい街があります。

  その街はなくなってしまいました。

 

  あなたは地図を見ていますか。私は地図を見ています。その地図は正しいですか。私の地図は、昔の地図です。なぜなら今は、人影がない。…。

 

  放射能が降っています。静かな夜です。

 

  ここまで私たちを痛めつける意味はあるのでしょうか。

 

  ものみな全ての事象における意味などは、それらの事後に生ずるものなのでしょう。ならば「事後」そのものの意味とは、何か。そこに意味あるものは。

 

  この震災は何を私たちに教えたいのか。教えたいものなぞ無いなら、なおさら何を信じればいいのか。

 

  放射能が降っています。静かな静かな夜です。

 

 

 私は、自然の中で、のびのびと育ってきたことが、私にとってかけがえのない素晴らしい贈り物であったように思います。

 

 放射能が降っている。静かな静かな夜です。皆さん想像してみて下さい。

 

 雪は見えます、が、放射能は見えません。雪の中を子どもたちは転げ回ります、が、放射能の中を転げ回ることはできません。雪を口にする子どもたちがいます、が、放射能を食べることはできません。

 

 私たちが、子どもたちに残し、受け継いでいくはずの自然を、放射能は奪い取っていったのです。

 

 基調提起で申し上げました、憲法には、健康で文化的な生活を営む権利、人間らしい生活を営む権利が、しっかりと決められています。フクシマは、憲法違反です。

 

 放射能が降っています。静かな静かな夜です。

 

 そんなところに、人間らしい生活があるはずはありません

 

 

 この詩は最後を、こう結んでいます。

 

 246分に止まってしまった私の時計に、時間を与えようと思う。明けない夜は無い。

 

 さあ、私たちは、明日のために何をしますか。昨日、今日の議論から、私たちは何をしますか。

私たちの生活の場から、答を出そうではありませんか。

 それは難しくありません。

 

 最後に、実行委員会の皆さん、参加いただいた講師の皆さん、海外ゲストの皆さん、そして全国からの参加者の皆さんに、心から感謝を申し上げて、まとめといたします。

 

 

 

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2017年8月 4日 (金)

『The Face of Jizo』を読んでエッセイを書こう ――The Mainichiと毎日新聞広島支局が主催する国際コンテストです――


 

The Face of Jizo』を読んでエッセイを書こう

――The Mainichiと毎日新聞広島支局が主催する国際コンテストです――

 

井上ひさしさんの名戯曲『父と暮せば』は皆さん御存知だと思います。被爆した娘と父との二人芝居ですが、父・竹造は家の下敷きになり火にまかれて亡くなり、娘、美津江は父を助けることができなかっただけでなく、友人など多くの愛する人を失いました。その3年後の出来事という舞台設定です。美津江と、美津江の内心に潜んでいるもう一人の美津江の声を代弁する竹造の幽霊とが広島弁でやり取りをする二人芝居は、喜劇的でありながらそしてそうであるが故に、被爆体験の真実と意味をしっかり捉えて私たちに伝えてくれています。

 

               

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多くの舞台公演を通してまた映画としても私たちに感動を与えてくれた作品ですが、英・仏・独・ロ・伊等の外国語にも訳され世界的な評価も高い戯曲です。英訳は、作家、映画監督、翻訳家、劇作家、演出家として著名なロジャー・パルバース氏の手によります。

 

以前は『英文毎日』として多くの読者に知られていた毎日新聞の英語版は、現在、『The Mainichi』として、毎日新聞の英語の電子版としてのみならず独自の立場からも、世界に日本発のニュースとストーリーを届けています。そのThe Mainichiと毎日新聞広島支局との肝煎で、著作権をお持ちの井上ゆりさんとロジャー・パルバースさんの御厚意で、86日から1031日まで、『The Face of Jizo』がThe Mainichiにアップされます。幕数は14場ですので、一日一場ずつアップされる予定です。『父と暮せば』の日本語版(新潮文庫)とともに、夏休みの間に多くの若者に読んで貰いたいと思っています。

 

その上で、The Mainichと毎日新聞広島支局主催のエッセイ・コンテストに応募してみたらどうでしょうか。要領は以下の通りです。

 

応募資格は、13歳から23歳までの人。

エッセイは、『The Face of Jizo』をテーマにしたもので、英文1000語以内。

締め切りは20171031日。

The Mainichi”Contact Us”のページから送付すること。

その際、氏名、住所、生年月日、学校名、学年を明記すること。

件名は”Face of Jizo Essay”

厳正な審査によって、優秀作3名の方に各賞金$100が贈られる。

審査員は、訳者のロジャーパルバート、前広島市長の秋葉忠利、The Mainichi編集長の太田阿利佐の三氏です。

 

私たちが生きる意味や、歴史的な出来事の真実を理解し内面化する上で、第一印象はとても大切ですが、対象を一つに絞って、様々な角度からその対象を見詰め、集中することも同様に大切です。『父と暮せば』という傑作を対象に、広島弁のユーモアやユニークさを味わい、映画や芝居を通して自分とは少し違うかもしれない解釈に身を投じ、広島弁は翻訳不可能でも、井上ひさしワールドが忠実に再現されている英語に触れることで、被爆体験の意味を未来に残すために重要な鍵が見付かるはずです。今年の夏は、『父と暮せば』と一緒に暮してみませんか。

 

 

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2017年8月 1日 (火)

石川教授の講演 ③今日的課題 ――「権限」「正統性」「財源」によるコントロール――

 

石川教授の講演 ③ 今日的課題

――「権限」「正統性」「財政」によるコントロール――

 

東京大学法学部の石川健治教授による講演の最終部分です。4部の構成は次の通りです。

⓪ 導入  ①憲法論の構造  ②9条論の構造  ③今日的課題

 

 

                 

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9条をいじるということは、広島の世界的使命に密接に関わっている。それを、自衛隊のコントロールあるいは統制という面から考える。

 

それには三つの階層がある。「権限」「正統性」「財政」だ。改憲の場合、9条を変えることでどんな権限が国家に発生するのかを見極めておかなくてはならない。内閣の職務権限は73条に規定されているが、その中に軍事に関する権限はない。9条があるからだ。

 

しかし、憲法によって権限が与えられていてもその権限を行使するための「権原」、つまり法律的な根拠あるいは正統性が必要だ。例えば、81条に規定されている違憲審査権がある。それは一つの権限を定めているのだが、実際にその権限を使うための根拠が必要だ。国権の最高機関である国会が定めた法律に問題がある、と言うためにこの点が問題になる。そして、一皮むくと、やはり財源がなければ何もできないのだから、これも重要だ。

 

では軍事力の統制について見てみよう。9条の1項と2項が権限としての軍事力を否定してきた。しかし、自衛隊が作られたことで、2項は破られてしまった。それでも、正統性と財政が絡んで、「違憲」を避ける必要性が重く受け止められ、統制が行われた。例えば財務省が予算の抑制を行う際の議論として有効だった、という側面がある。自衛隊の創設で性質が変ったとしても、2項のあることで軍拡路線は抑えられた。70年間の成功の歴史と捉えて良いのではないか。そして災害救助隊としての自衛隊は愛されてきた。

 

2項が大きな役割を果してきたということなのだが、3項ができるとこの統制が外れる。つまり、uncontrollable、コントロールが効かない状態になってしまう。

 

この視点からは、「統制」が入っているという意味で自民党草案の方が少しはましだとさえ言えるが、そこまでは深く考えずにそうなっている。自民党草案で改憲することにも反対だか、統制を外す形での改憲はどうしても阻止しなくてはならない。

 

口当りは良いが本当に危険な提案がなされていることに気付いて欲しい。そしてその提案を阻止しなくてはならない。

 

時間がなくて、ネグった点が二つある。一つは、私たちが生きる意味をどう捉えるのかという点だ。憲法は、一つの物語としてその意味を示している。この視点から、広島の意味もある。

 

松元ヒロさんが憲法の前文を感動的に暗唱してくれたが、以前、憲法の集会で加藤剛さんの前座を務めたことがある。加藤さんも憲法前文を繊細に芸術的に読んでくれた。私たちの持つ夢の形見とでも言ったら良いのだろうか。そして憲法は、人類の物語のテキストであり、それなくして憲法は成り立たない。

 

憲法の持つこの側面を敵視して改憲しようとしている人たちもいるのだが、本気で関わっている人はこの点を無視しない。結局、本気度の強い少数の人たちが引っ張って、それほどでもない大勢の人たちを引き連れて法改正を行っているという事実も認識しておこう。

 

最後に日本の財政について一言。大変苦しくなっている。これまでのように積み上げ方式で予算が編成できないくらい財政は逼迫している。それは様々なところに波及しているが、結果として専制につながる。加計問題は根が深い。表面だけではなく、根の深い部分を見よう。

 

 

 

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2017年7月30日 (日)

石川教授の講演 ② 9条論の構造 ――「生活」の4層構造を元に考える――

 

石川教授の講演 ② 9条論の構造

――「生活」の4層構造を元に考える――

 

722日、東京大学法学部の石川健治教授による四部構成の講演中、今回は第三部の「9条論の構造」を報告します。念のために、4部を掲げておきます。

⓪ 導入  ①憲法論の構造  ②9条論の構造  ③今日的課題

 

 

9条は厄介な条文だ。憲法の第2章には、9条という一つの条文しかない。軍隊を持つ国では、軍隊についての多くの条文があるのだが、それがない。構造的理解が必要な所以でもあるし、9条に触ると憲法の全構造が崩れるという特徴とも関っている。実は憲法学としても扱い兼ねている。

 

日本の人文科学の特徴の一つは、巨人の肩に乗っての議論ができることにある。欧米の知見を基に、経験と研究を積み重ねて議論する。でも9条にはそれができない。特別な存在である9条の議論の出発点として、特殊性のない普通の憲法の構造から見て行きたい。

 

私たちが生きて生活をすることを階層的に見た場合、まず「個人生活」がある。その上には「社会生活」があり、それをまとめる形で「国家生活」がある。政治の場で「個人」が取り上げられたことは文明の成果だと考えて良い。そして、19世紀には「社会」が考察の対象になった。「国家」で問題にされるのは統治システムだが、地方自治もこの中に含めている。そして世界的な比較をした場合、かなりの共通点があることも事実だ。

 

20世紀になって、その上に「国際生活」が現れるが、あまり歴史がないので、国際憲法にまでは至っていない。国家と国際の中間的存在としてはEUがある。国際憲法の規定だと捉えても良いものは、今のところ国内憲法に表現されている。しかも、どの国でもそれは一方的に書かれている。例えば、ドイツでの、EU誕生の暁にはそれに主権を譲るといったような形の規定だ。また、不戦条項を憲法に入れている国もあるので、その点では日本だけが孤立しているのではない。長い目で見ると、このような形の条項が集まって国際憲法になるのかもしれない。

 

四つの階層を視覚的に縦に並べておきます。

 

国際生活

国家生活

社会生活

個人生活

 

しかし、9条については先例がないので、これからが仕事だ。出発点として、国家生活、社会生活、個人生活とどう関わるのかを考える必要がある。これは今まで行われてこなかった。

 

9条は個人生活にも大きな影響を持つ。それは風通しの良さや日常レベルでの空気感という言葉で表せば良いのかもしれない。

 

終戦後、GHQは日本政府に対して「自由の指令」を出し、政治犯の釈放等を行った。これは、批判の自由を保障する指令だった。東久邇宮内閣はこれに対応できず、総辞職した。次に、GHQは「神道指令」を出し、国家神道や神社神道を禁止した。さらに天皇の人間宣言が行われ、一連の改革の形が明らかになった。

 

         

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「国体護持」と「一億総懺悔」を掲げたが、54日で総辞職した東久邇宮内閣

 

「自由の指令」は憲法21条に盛り込まれ、「神道指令」は20条、そして人間宣言は第一章という形で、憲法に反映されている。これらはすべて軍国主義の排除を目的としており、それに止めを刺したのが、9条だ。そのことで「国家生活」が非軍事化された。それが、13条の意味だ。「個人生活」が尊重されるという条項で、戦前は否定されていた「個人生活」が保障されたのだ。

 

次回は③今日的課題です。

 

 

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