歴史

2017年3月11日 (土)

フクシマを忘れない!いのちを守れ!さようなら原発 ヒロシマ集会

フクシマを忘れない!いのちを守れ!

さようなら原発 ヒロシマ集会

 

 今日3月11日は、あの東日本大震災によって発生した東京電力・福島第1原子力発電所事故から6年が経過しました。

 

今月1日の本ブログでも参加を呼びかけました「さようなら原発 ヒロシマ集会」が、昨夜午後6時から原爆ドーム前で500人が参加し、開催されました。広島では、福島原発事故が起った翌年の2012年から、呼びかけ人を中心に、だれでも参加できる集会として開催してきました。6回目を迎えた今年も5人の皆さんの呼びかけによって開催されました。

 

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福島原発事故被害者の支援を続けている大月純子さんの司会で始まった「ヒロシマ集会」は、まず呼びかけ人を代表して森滝春子さんが、日本政府の核保有政策を厳しく批判するとともに「6年間の苦しみを背負った福島の人々に、被曝を強制し、さらなる犠牲を強いている。そして棄民政策を許してはならない。福島の人々と連帯して闘おう」とあいさつ。続いて、多忙の中わざわざこの集会のため福島から駆けつけていただいた佐々木慶子さんから福島の現状が報告されました。「3月末で自主避難者の補償が打ち切られる。差別分断の施策が進もうとしている。『速やかに通行を。立ち止まるな』との看板が立つ、国道6号線で中高生に清掃活動を呼びかけるNPOの活動が行われた。そして第2の安全神話づくりが始まろうとしている。183人の子どもたちに甲状腺がんが見つかっても、『原発事故の影響はない』という県は、本当に責任を持っているといえるのか。」と厳しい福島の状況を報告し、最後に「こうした厳しい中だが、一歩一歩あきらめずに歩み続ける」と力強く決意が述べられました。

 

 集会の最後に広島からのアピールを集会参加者全員で確認し、デモ行進へと移りました。わずか30分間という短い集会でしたが、一人ひとりの参加者が、けっして「フクシマを忘れない!」こと確認するとともに「いのちを守れ!」と、原発再稼働を許さず、脱原発社会の実現を誓い合いました。

 

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 原爆ドーム前を出発したデモ行進団は、「原発やめろ!再稼働するな!」「原発やめろ!いのちが大事!」「原発やめろ!子どもを守れ!」のシュプレヒコールで、市民にアピールしながら、中国電力本社前まで、元気に歩きました。

 

 

「原発依存率をさらに高めます」・・・中国電力の回答

 

この集会に先立ち、午前11時から呼びかけ人の山田延廣弁護士など3人が、中国電力本社を訪れ、清水希茂社長あての「島根原発再稼働及び上関原発建設中止、原子力発電からの脱却を求める」要請書を提出しました。

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中国電力の対応は、「原発事故は大変重く受け止めている。被災者の負担の重さに申し訳なく思っている」としながらも、相変わらず「バランスの取れた電源構成」を強調し、「原発政策の継続」を主張するのみでした。私たちが、「島根2号の再稼働、3号炉の稼働、そして上関原発まで推進ということになれば、原発の比率を高めることになるのだが」と問いかけたところ、臆面もなく「原発比率(これまでの最高は15%)を高めた電源構成にします。」と、福島原発事故への反省は全く見えないどころか、国民の60%を超える人たちが願う「脱原発」に逆行する中国電力の姿勢を明らかにしました。こうした中国電力の時代に逆行する政策に対し、今まで以上に厳しくチェックする運動が課題となっています。

 

 

マスコミは、今日を中心に福島の現状を伝えていますが、帰還を急ぐ政策によって、だんだんと福島で起きていることが伝わりにくくなっています。そしれフクシマが忘れられようとしています。私たちの脱原発運動の原点には、常に被害の実相に向き合うことでなければなりません。放射能被害の深刻さを最もよく広島こそ、福島と向き合い、フクシマを忘れずに、連帯していかなければなりません。

 

核のない社会を実現させるため、常に被害者の側に立って、粘り強く運動を続けなければならないと改めて決意させられる今日3月11日です。

 

「核と人類は共存できない」「核絶対否定」

 

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2017年3月 6日 (月)

ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム ――「託されたもの--大地と人と。」―  


ひろしま・ふくしまを結ぶ ワンコインシンポ2017 第5回シンポジウム

――「託されたもの--大地と人と。」―  

 

予定通り1330分に始まったシンポジウムですが、立錐の余地のないくらい多くの皆さんに御参加頂きました。心から感謝しています。 

                         

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 主催者の挨拶では、このシンポジウムも6年目を迎えて、昨年の海に焦点を合わせたシンポとは対照的に、今年は「陸」「山」をバックに大地と人を考えるイベントとして企画したこと、そのために、ゲストとして福島県須賀川市で専業農家を営む樽川和也さんをお招きした経緯の説明がありました。

 

主催者の代表である西村恵美子さんと毎回の名司会振りで多くの人を魅了している中沢晶子さんお二人が、昨年11月に福島まで樽川さんに会いに行き、樽川さんと彼の母上に歓待されたこと、その経験を通して樽川さんに広島までお出で頂くことの大切さを再確認できたとの報告でした。

 

続いて樽川さんの基調報告でしたが、原発から65キロ離れた須賀川市で東日本大震災の被害がどのようなものだったかを事実に即して生々しく描いてくれました。正に胸塞がれる思いでした。そして、お父上の言葉を交えながら、樽川さんの農業者としての原点がお父上だということが良く分るエピソードをいくつも紹介してくれました。

 

例えば、お父上は30年前から有機農業を実践してきたこと、それも「子どもに食べさせるものだから」という理由でその選択をしたこと、1988年に広島での原水禁世界大会に参加した後、原発の危険について何度も語ってくれたこと、東日本大震災後の福島第一原発事故のニュースに接して、自分の言ってきたことが正しかったと感想を漏らし「馬鹿だなこの国は」という言葉が続いたこと、それから言葉が段々少なくなって塞ぎ込むようになり「福島の野菜もこれでお終い」と言っていたことも話してくれました。

 

そして323日の夕方、県から「結球野菜の出荷停止」決定のファクスが届き、夕食になって初めてお父上にそれを見せたところ、じっとテーブルを見詰め続けた姿が瞼に残っていること、夕食後、いつもはお母上が洗っていた食器を何故かお父上が洗ったことにチョッピリ疑問を持った記憶も共有してくれました。

 

24日の朝、お父上の姿が見えないことに母と子は気付き、野菜を見回りに行ったのだろうと思っていたところ、7時になって廃材を一輪車に乗せて裏のキャベツ畑まで運ぼうとしてした樽川さんは、「畑に父が立っているような気がした」ことに気付きました。でも少し近付くと、太さ3メートルの欅の木の下、「父の足は空中にあった」ことに気付き大きなショックを受けました。

 

地震からからの被害だけなら立ち直れた、でも原発の事故が致命的だった、というのが父上の気持だったろうし自分でもそう思うと樽川さんは総括しています。また後で、お父上の知人たちからは、「子どもたちに何も残せなかった」と言っていたことも聞いたそうです。

 

前を通ると父を思い出さざるを得ない欅は伐採して貰い、出荷停止になってそのまま畑に残していた寒キャベツやブロッコリーの株、計8,000株は、凍って割れる音が聞こえるようになり、父の努力と作物の生命を悼んで線香を上げてから、トラクターで均したとのことでした。

 

二日続けて、親御さんと悲劇的な別れを告げた40代の若者が「今いるところを大切に」頑張っている姿に接して、物理的な意味での「今いるところ」と精神的な意味での「今いるところ」を重ねることで、未来の展望が新たな次元から見えること、また被爆者のメッセージの大切な側面として「今いるところを大切にする」姿勢で彼ら/彼女らが生きてきたことなども含めて議論を深めたかったのですが、オバマ大統領の功罪について樽川さん抜きのかなりヒステリックなやり取りに時間を費やすことになってしまったのはとても残念でした。

 

パネスリトとしての責任は果たせませんてほしたが、私個人としては、前日の打ち合わせとシンポ後の打ち上げで、樽川さんの話もきちんと聞けましたし、こうした深みのあるやり取りもできました。とても勉強になりましたし、マイケル・ムーア氏の「10項目アクション・プラン」PRもできましたので、これからはさらに多くの「すぐやる」チーム作りのため頑張りたいと思います。

 

 

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コメント

樽川さんのお話、心に突きささりました。西日本である広島はまるで何もなかったように日常が過ぎていきますが、出来ることはたくさんあると思いますので、日々考えて行動していかなくてはと思いました。また、秋葉さん、ビナードさんのそれぞれの視点からの発言も自分にはない視線なので大変参考になりました。ありがとうございました。

コメント有り難う御座いました。

涙に加えて、考え行動すること、私も中澤さんの言葉を噛み締めています。

今回スタッフとして参加させていただいた山根和則です。
昨年の横川シネマでの「大地を受け継ぐ」上映後に、井上淳一監督と広島に母子避難されている方や平木薫さんも交えてお話しをする機会があったので、今回樽川さんとお逢いできたのはとても嬉しいことでした。
樽川さんとは直接お話しも出来、これからの私自身の福島への取り組みにも、おおきな力と指針を与えていただけました。
つきましては、私のfacebookに、このブログの記事(前後編)をリンクさせていただきました。後からで申し訳ありませんがご了承いただけますでしょうか。もし不都合なようでしたらメールアドレスを入れておりますので連絡頂けましたら対処いたします。
コメント欄をお借りして恐縮です。よろしくお願いします。

「山根和則」様

コメント有り難う御座いました。また、リンクを張って下さったこと、感謝しています。

樽川さんが、広島に来られたことでさらなるエネルギーを得て、お父上の思いをさらに大きな形で実現してくれることになるよう祈っています。そのために、私たちも新たな連携を始められればと思います。

2017年3月 2日 (木)

民主主義の再生に向かうアメリカ ――トランプ危機が「隠された祝福」かも――  


民主主義の再生に向かうアメリカ

――トランプ危機が「隠された祝福」かも――  

 

昨年の夏、ヒラリー候補が当選することが既定事実だと考えている人も多かった時期に、敢えてトランプ候補が当選すると予言し、その根拠を5項目にまとめたマイケル・ムーア氏が、今度は「この10項目を実行しよう。そうすればトランプをやっつけられる」を発表しました。

 

まずは、その10項目です。説明の部分からも掻い摘んで引用しています。

 

1. 毎日電話しよう

毎日、連邦議会に電話するんだ。そう、そこの君!

1.起床。

2.歯磨き。

3.犬の散歩(それか猫を見つめる)。

4.コーヒーを入れる。

5.議会に電話する。

覚えておいてほしい。11回の電話でトランプ政権を倒せるんだ。

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(版権: 123RF 写真素材)

2. 月に1回訪問しよう

連邦議会の上院議員・下院議員の地元事務所を訪ねること、それと、地元の州議会の下院、上院議員の事務所を訪問することも忘れないでほしい。

3. 個人で「すぐやる」チームを作ろう

友達や家族520人くらい集めて、個人による「すぐやる」チームを作る。

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4.とにかく参加して参加して参加しまくろう!

今こそ俺たち全員が、もっと大きな団体に参加するべきだ。だから、実際にオンラインでメンバー登録をして、ちゃんとした全国組織に参加しよう。

5. ウィメンズ・マーチは終わらない

重要なのは、トランプにはっきりと見えるように、俺たちがマーチやデモ、座り込みを続けることだ。

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6.民主党を乗っ取ろう

7. ブルーステート(民主党が優位の州)のレジスタンス開催に協力しよう

8. 選挙に出馬しよう

9. 君自身がメディアになるべきだ

FacebookTwitterInstagramSnapchat、いろんなSNSを使って、ニュースや情報を拡散しよう

10. 喜劇の部隊に加わる

トランプの弱点は、とっても神経質なところだ。トランプは笑い者にされるのが我慢ならない。だから、みんなでトランプのことを思う存分笑ってやろう

 

とても具体的で、誰でもすぐできることがいくつもありますので必ず結果に結び付くはずなのですが、太平洋に向こう側の話ですので、状況の深刻さが十分に伝わっていないかもしれません。トランプ大統領を辞めさせるだけで解決しないほど問題は深刻化しているのですが、逆に考えるとトランプ大統領なら、必ずどこかで襤褸を出すから「辞めろ」運動が成功する確率は高いはずなのです。この運動を広げるプロセスで、より深刻な問題について多くの市民が学び内面化して、次の解決策を生むことにつながる、というシナリオをマイケル・ムーア監督は考えているのではないでしょうか。トランプ大統領の誕生は極めて不幸な出来事なのですが、その結果が次の希望につなげられれば、それは「隠された祝福」だと考えることも可能です。

 

これまで何度も言い続けてきたのでもうお分りだとは思いますが、念のため、トランプ候補が共和党候補になり、ヒラリー候補を破った背景を再度お浚いしておきましょう。そして、日本でもマイケル」・ムーア作戦と同じようなことをすれば政治が変るという主張も付け加えたいと思います。

 

マット・タイビ氏の現場からの報告『狂気のピエロ大統領』で描かれていたマスコミの体たらくとは、大統領選挙以前の予備選挙の段階から、トランプ候補を政治的に意味のある対象として扱うのではなく、「エンターテインメント」を提供する存在として扱い、結果としてトランプ候補の提灯持ちの役割を果してしまったということですした。この点をもう少し一般化して総括すると、マスコミは、自分たちの都合の悪いメッセージには耳を閉ざしてしまったということになります。

 

しかもそれは、マスコミに限られたことではなく、共和党のエスタブリッシュメント、さらには民主党の本流でさえ見られた傾向だということなのです。

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こんな悲惨な状態でも、市民が頑張れば何とかなるというメッセージが、9.の「君自身がメディアになるべきだ」です。しかし、それ以上に時間の掛かる問題もあります。

 

それが顕著に表れたのは、2010年の中間選挙そして2012年の選挙です。コーク兄弟の作ったネットワークが社会全体を大きく変えてきた結果が、「ラスト・ベルト」の4州、ウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニアにおける政治的な色合いの激変として顕在化しました。これら工業地帯の州は労働者人口の多いことから戦後の長い間民主党が力を持っていました。つまり民主党の色である青を冠して「ブルー・ステート」と呼ばれていました。

 

それが2010年以降、ペンシルバニアを除いた3州の知事は皆共和党、そして、4州とも州議会の上院も下院も共和党が多数派になってしまったのです。

 

それには訳があります。アメリカの選挙区の範囲は10年毎の国勢調査の結果に従って調整されるのですが、その調整を自分たちの都合の良いように恣意的に線引きを行うことを「ゲリマンダー」と言います。そしてコーク・ネットワークが金の力にものを言わせて2010年に意図的に行ったのが正にこのゲリマンダーだったのです。特に、ノース・カロライナ州に注力したことも分っているのですが、その結果が選挙結果に如実に反映されています。

 

しかも、これを修正するためには次の国勢調査が行われる2020年まで待たなくてはりません。それまでの間に、まず民主党を乗っ取り、党の力をさらに大きくしながら州単位で民主主義を復活させようというマイケル・ムーア作戦に幸あれと祈っています。同時に、応用問題として、日本の民主主義を復活させるために何ができるのかも考えたいと思います。

 

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2017年3月 1日 (水)

「さよなら原発 ヒロシマ集会」 へのお誘い ――3月10日(金)18時から原爆ドーム前――  


「さよなら原発 ヒロシマ集会」 へのお誘い

――310()18時から原爆ドーム前――  

 

「さよなら原発 ヒロシマ集会」は、310()18時から原爆ドーム前で開かれます。1830分からはデモ行進で、中国電力本社前で解散です。

 

東日本大震災、東電福島第一原発事故からもう6年になります。被災者の皆さんにとっては、何とか頑張ってようやく6年を迎えることになったというお気持でしょうか。これでは深刻さや、苦労・悲しみ・絶望といった側面について、またそんな生活を続けながらも見付けることのできた小さい喜びの意味を伝えることはできないのだろうと思います。

 

だからこそ、福島との連携・連帯が重要なのです。今の福島を知ること、これまでの6年間を振り返ること、そして未来を描くために、今年のヒロシマ集会には、福島から佐々木慶子さんをお招きしてお話を伺います。佐々木さんは、10日の集会にも出席予定ですが、11日の10時から広島弁護士会館で「「第二のフクシマ」を繰り返さないために」というタイトルでの講演があります。

                

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記者会見の様子


この集会の呼びかけ文です。お読み頂ければ幸いです。

 

「フクシマを忘れない! さようなら原発 ヒロシマ集会」

呼びかけ文

 

2011年3月11日に発生した東日本大震災・福島原発事故から6年を迎えようとしています。被災地福島では、8万人近い被災者が、いまでも苦しい避難生活を余儀なくされています。長期にわたる避難生活は、暮らしや健康、就労など多くの不安と負担を与えています。さらに保障の打ち切りは、「棄民」政策ともいえるもので被災者に寄り添う姿勢に欠けるものです。被災者の不安解消や補償、医療の充実などを早急にはからなければなりません。また、政府は、福島原発の廃炉など事故処理にかかる費用が、従来想定の約2倍となる21.5兆円と試算し、費用の一部を電気料金に上乗せすることで、消費者にツケを回そうとしています。

一方、福島原発事故以降、多くの国民は脱原発社会を求め、再生可能エネルギーへの転換を求めてきましたが、安倍政権・電力会社はこうした声を無視して、川内原発(鹿児島県)、高浜原発(福井県)、伊方原発(愛媛県)と相次いで再稼働を強行。次は、玄海原発(佐賀県)の再稼働を目論んでいます。さらに耐用年数を超えた老朽原発すら酷使しようとしています。 そのことは、福島原発事故の教訓を根本的に学ばず、事故をないがしろにするものであります。反省なき再稼働は、第二、第三の福島原発事故を招くことにつながります。あらためてフクシマの現実を見つめ、被災者に寄り添う運動が求められています。

フクシマから学ぶことは、安易な再稼働ではなく、脱原発への決断です。 福島原発事故から6年、事故の風化が言われる今日、私たちは、事故を決して忘れることなく、被災者のおかれている現状を理解し、支援と連帯をしていかなければなりません。3月10日、「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」を開催します。原発事故をなかったことにする政策に対し、放射線被害を受けた被爆地から原発も核もない未来を創るため、広島から NO!の声をあげましょう。 「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」への参加を、心より呼びかけます。

 2017年2月

 

<呼びかけ人>      

坪井  (被爆者)         

秋葉 忠利(前広島市長)   

森瀧 春子(核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表)

山田 延廣(弁護士)

岡田 和樹(ハチの干潟調査隊代表)

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2017年2月27日 (月)

論理の出発点 ――西欧流の「自由、平等、民主主義」ではなく日本の「情緒と形」――  


論理の出発点

――西欧流の「自由、平等、民主主義」ではなく日本の「情緒と形」――  

 

『国家の品格』の内容のお浚いを、ここからは駆け足で続けましょう。これまでは、「論理と合理」が諸悪の根源であることを具体例で示し、特に論理については4つの理由を挙げて、それだけでは全ての問題の解決にならないことを「証明」する段階までをお浚いしました。

 

それと同時に、「問答無用」で正しいこととして認めるべきいくつかの命題が示されています。一つは「重要なことは押し付けよ」ですし、もう一つは、「論理の出発点が大切だ」です。後者は、論理を使う上での大前提でもありますから問題はないのですが、「重要なことは押し付けよ」と組み合わせると、結局は、「重要なことは押し付けよ」を強調することになっています。

 

そして第三章では、「論理の出発点」として西欧流の「自由、平等、民主主義」を採用することには問題があるので、それに代るものが必要であるという結論が示されています。

 

第四章ではその代りに、日本文化のエッセンスである「情緒と形」の重要性が述べられます。実はこれが「日本型文明」だという特徴付けもされます。言葉の意味を大まかに説明しておくと、「情緒」とは「もののあわれ」、そして「形」とは「武士道精神」です。

 

何故「情緒と形」が大事なのかは、第六章で詳しく説明されていますが、日本という国は「情緒と形」を大切にしてきたからこんなに素晴らしい国だったのだという歴史とともに、「情緒と形」を大切にすることで未来が開けてくること、さらには、「情緒と形」の持つ意味は日本だけに限定されているのではなく、世界に共通の普遍的な価値であることも説かれます。

 

藤原氏は、特に「武士道精神」に重きを置いて第五章では「武士道精神の復活」を提唱しています。

                  

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第七章では、日本人一人一人がこの「情緒と形」を身に付けることで、日本という国家が品格を持つようになること、そして品格ある国家の指標として①独立不羈②高い道徳③美しい田園④天才の輩出、が挙げられています。そして『国家の品格』の結論は次の通りです。

 

日本は、金銭至上主義を何とも思わない野卑な国々とは、一線を画す必要があります。国家の品格をひたすら守ることです。経済的斜陽が一世紀ほど続こうと、孤高を保つべきと思います。たかが経済なのです。

大正末期から昭和の初めにかけて駐日フランス大使を務めた詩人のポール・クローデルは、大東亜戦争の帰趨のはっきりした昭和十八年に、パリでこう言いました。

「日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でただ一つ、どうしても生き残って欲しい民族をあげるとしたら、それは日本人だ」

日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務と思うのです。ここ四世紀間ほど世界を支配した欧米の教義は、ようやく破綻を見せ始めました。世界は途方に暮れています。時間はかかりますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと私は思うのです。

 

『国家の品格』はベストセラーになりましたから、この結論に感動したり賛同したりした人は多かったのだと思います。この結論について、またそれに至る議論について論じるのは別の機会に譲ることにして、本稿では内容以上に、「論理と合理性」を捨てた結果がどうなったのかという因果関係に注目しています。その視点から『国家の品格』の構成をまとめると、「論理と合理性」が駄目だということを示した上で、その代りに「情緒と形」を大事にしようという結論を導いています。しかもその結論は、「重要なことは押し付けよ」という大原理に従って、説得するというよりは押し付ける側面が強いように読めました。

 

私のまとめ方が雑すぎるのかもしれませんが、これまで一生懸命に読んできた『国家の品格』から得られた教訓は、人を説得する上で一番基本になるパターンでした。つまり、先ずダメなものを挙げて、その代りに自分が推奨している代替物を「売り込む」形だと言って良いように思います。

 

これはテレビショッピングの典型的なパターンでもあります。今までのフライパンだと焦げ付いたり、洗ってもきれいにならないといった「ダメ」な点が多くあり、それに代ってこの製品なら、油を使わなくても目玉焼きができ、洗うまでもなく汚れは落せるし、様々な料理も簡単にできる上、味も美味しいですよ、という謳い文句で「売り込む」様子は皆さん御存知の通りです。

 

これはトランプ候補の選挙運動でも有効に使われていました。「エスタブリッシュメントは駄目だ。何故なら、彼らは工場や仕事場を海外に移し、多くのアメリカ人から仕事を奪った。また多くの不法移民を受け入れ、犯罪を増やし麻薬の被害を拡大した。自分は、国境に壁を造って、仕事が海外に流出することも、違法な移民が入ってくことも許さない。」

 

これは一応、一つの「論理」になっていますが、多くの嘘を吐き、聞き逃しのできない差別発言や、「事実」の捏造等も視野に入れて考えたときに、何故、多くの女性がトランプ候補に投票したのか、あるいは差別される側の有権者がトランプ候補を支持したのか、そして何故当選できたのかについては別の枠組が必要になりそうです。

  

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2017年2月25日 (土)

論理と合理を捨てる ――その代りに「孤高の日本」そして「America First1」――  


論理と合理を捨てる

――その代りに「孤高の日本」そして「America First1」―― 

 

嘘を平気で吐きその時その時のテレビ受けを狙って過激な発言をし、差別的発言を繰り返しながらトランプ氏は大統領になりました。多くの人たちには毛嫌いされながら、それでも彼は信じられないほどの共感を得、多くの人たちの心をつかむことに成功しました。それは何故なのかを考える上で、ベストセラーになった『国家の品格』を下敷にしようと考えたのは、著者藤原正彦氏が「論理と合理」を諸悪の根源として糾弾しているからです。「論理と合理」の対極にあるような選挙運動を展開し勝利したトランプ氏の言動を理解する上でこれ以上の枠組はないかも知れないと思えたからです。それも日本的な背景を舞台に書かれ多くの人に読まれた一書ですので、私たちには分り易い材料でもあります。

              

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 『国家の品格』で、何を伝えたいのかを著者は「はしがき」で明確に述べています。

 

戦後、祖国への誇りや自信を失うように教育され、すっかり足腰の弱っていた日本人は、世界に誇るべき我が国古来の「情緒と形」をあっさり忘れ、市場経済に代表される、欧米の「論理と合理」に身を売ってしまったのです。

(中略)

欧米支配下の野卑な世界にあって、「孤高の日本」でなければいけません。「孤高の日本」を取り戻し、世界に範を垂れることこそが、日本の果たしうる、人類への世界史的貢献と思うのです。

 

このことを著者は7章にわたって情熱的に「証明」しています。論理は駄目だと主張している藤原氏が数学者であることは御存知だと思います。その結果、やはり数学者としての資質は捨て去ることはできなかったからなのだと思いますが、『国家の品格』の構成は論理的に実にしっかりしています。だからこそ、多くの人の共感を呼んだのだと思いますが、当然、藤原氏御本人もこの「矛盾」には気付いていたのではないでしょうか。

 

さて、『国家の品格』の内容を簡単にお浚いしたいのですが、第一章「近代的合理精神の限界の限界」では、現代世界の荒廃の原因が近代的合理主義の限界であることを、いくつかの例を引きながら説いています。

 

本書の構成上、それ以上に重要なのは第二章「「論理」だけでは世界が破綻する」です。そこでの主張は「どんな論理であれ、論理的に正しいからといってそれを徹底していくと、人間社会はほぼ必然的に破綻に至ります。」で、「これからそれを証明したいと思います。理由は四つあります。」との宣言の後、四つの理由が挙げられています。

 

 論理の限界

 最も重要なことは論理で説明できない

 論理には出発点が必要

 論理は長くなりえない

 

それぞれの内容については、大方御理解頂けると思いますが、③と④は少し説明が必要かもしれません。そのために、『「国家の品格」への素朴な疑問』 (吉孝也/前川征弘著・新風舎刊) に登場して貰いましょう。略して『疑問』と表記します。コメント付きの4つの理由の内容を理解して頂ければと思います。

 

「私は、人間社会は、論理だけで動いているわけではないと考えています。ですから、人間社会の問題解決にあたって、科学の問題を解くように論理を辿れば、一つの正しい解に行き着くとも思っていません。しかし、人間社会の問題解決においても、理性的・論理的に対応しないと、陰謀によって罪なき人が抹殺されるような、中世の暗黒が蘇る可能性があると怖れています。」

 

ですから、①についても②についても趣旨には問題がないという立場を取っています。『疑問』の異議は、それらの点を「証明」するに当って『国家の品格』中で取り上げられている事例の適切さと、それらが社会の中でどのような位置付けをされているのかという点が中心になっています。そして、①の結論とでもいうべき部分で『国家の品格』が主張している「重要なことは押し付けよ」については次のような反論がなされています。

 

「ところで、著者が言う重要なものとは、どのような集団の中で、誰にとって重要であり、誰に押しつけるかということです。著者は、どうやら日本という集団を意識しているようですが、あまりにも集団の規模が大きすぎるので、さまざまな問題が起きます。このような大きな集団では、重要なことを誰が決め、誰の手を借りて、どこで、どのように押しつけるのか、その合意形成が難しいでしょう。重要なものの具体的なイメージも、誰にとって重要かもいまだわかりません。」

 

「重要なことは押し付けよ」、あるいは「問答無用」と言って有無を言わさず自分の意思を通すことと、次の③とは大きな関係があります。

 

③で、藤原氏が指摘しているのは、数学なら「公理」と呼ばれる前提が必要だということです。それがなければ、「AならB」という論理の流れが作れないからです。そしてその前提が「重要なこと」である場合には「押し付けよ」が正当化される、というのが藤原氏の主張です。この点についての『疑問』のコメントの一部です。

 

「論理に出発点が必要なのは、自明のように思われます。しかし、私は、人間の現実の世の中では、論理の出発点とは何かはっきりしません。また、常に出発点が必要だとは思いませんし、仮説を立てて議論するものでもないと思います。人間社会の現実の諸問題を解決するには、論理的な帰結を求めるのではなく、現実に採りうる最善の方法の模索と、採用しようとしている方法が、関係者に最善だと思わせ、多くの人の賛同を得ることが重要だと思います。」

 

その出発点としては、次のような可能性を提案しています。

 

「ところで、著者の言う論理の出発点とは、昔、指導者に要求された仁徳や人生観
などに裏打ちされた総合判断力のことだと思うのですが、違うのでしょうか。」

 

そして④は、「風が吹けば桶屋が儲かる」式の危うい因果関係を指しているのですが、これは、誰でも理解できることでしょう。同時に藤原氏が指摘しているのは、ワンステップやツーステップという短い論理的な結論にも問題があるということです。「国際化が大切、だから英語」というような短絡的な論理に騙されてはいけない、ということです。長くてもダメ、短くてもダメ、だから論理はダメという結論だと考えられそうです。

 

さて、このようなお膳立ての後に、本論が控えています。

 

 

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2017年2月18日 (土)

3.11から6年目 フクシマの現状を学ぶ

広島県原水禁常任理事の中谷悦子さんの登場です。被爆二世として「ノーモア・ヒバクシャ」「ノーモア・ウォー」等の運動を続けてきた経験を元にした力作です。

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3.11から6年目

フクシマの現状を学ぶ

 

2月17日、原水禁学校最後の受講日。福島から角田政志さんを迎えフクシマの現状について学んだ。角田さんは福島平和フォーラムの代表で福島県教職員組合の委員長をしている。2014年に行われた広島県平和運動センター主催のフクシマ現地フィールドワークでお世話になった方だ。

 

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 1.事故収束していない福島第一原発

 

最初に語られた言葉は「福島現地の者でも現在どのような状況になっているかを汁のは難しい。原発を視察しても真実は語られないし真実をしることは難しい。報道に頼るしかない。まだ収束していないと感じる」と述べられたことが印象的だった。報道では、「汚染水の貯蔵が限界に近づいている」「凍土壁での地下水対策が困難を極めている」[炉心近くに燃料デブリの存在を確認]「炉心下の調査にロボットを投入」[炉心近くは予想以上の放射線]など収束困難な状況が断片的に伝えられるが、その最後には希望観測的な東電の決意表明がついている。国民は何が真実かわからないままに置かれたままだ。原爆の放射線被害を知っている広島・長崎の者は、収束はそんなに簡単なものではないと焦りにみちた目でこれらの報道を見ているのが現実だ。

 

【角田さんの報告】

未だに高い放射線値

◆1~3号機は原子炉内の燃料デブリの冷却を継続中で状況は不明。使用済み核燃料プールには核燃料がそのままになっていて、冷却が継続され冷温停止状態を維持している。

その理由は3号機の使用済み燃料プールからの共用プールへの取り出しは放射線量が下がらないため取り出し開始ができない。

◆燃料デブリの状況がいまだ判らない。東電が公開した画像では、圧力容器下部にある格子状のグレーチング上に厚さ数センチの堆積物が拡がっていた。破損した部分も確認できた。高温の燃料デブリに触れて溶け落ちた可能性があるという。

◆2月9日に掃除用ロボットを投入したが線量が高くて破損した。カメラの映像のノイズから分析毎時650シーベルト(速報値)の高い放射線量が推定される場所が見つかったと発表された。

◆2月16日にさそり型ロボットを投入したがこれもまた作動しなくなり放置された。

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 第一原発の事故収束の最大の問題は汚染水の処理

福島第一原発では増え続ける汚染水の処理が最大の課題となっている。地下水がどんどん流れ込んでいる。2015年末時点で、背後の山側から流れ込んでいる地下水は一日当たり約300500トン。

 

これを2016年度中に凍土壁を使って100トン未満にする計画をたてたが山側の凍土壁は凍らない。いまだに汚染水は増え続けている。くみ上げられた汚染水はタンクに保存される。敷地内にタンクが増え続けている。

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◆汚染水はアルプスで放射性核種を取り除くがセシウムは取り除くことはできるがトリチウムが取り除けない。それを海に流そうとしている。これには漁民が反発。

事故収束作業と原発労働者の被ばく問題

 

2015年8月、原子力規制委員会は緊急作業時被ばく限度をそれまでの100svから250msvに引き揚げ、緊急時対応を行った労働者が継続して仕事ができる措置を決定したという。こんな非人道的な決定が許されるのだろうか。自分の身に置き換えてみてほしい。放射線について熟知しているはずの学者たちがこんなことをして許されるはずがない。なかなか大らかな心を持てない未熟な私は政治家や官僚たちに言いたい。「あなたやあなたの家族に置き換えて考えてほしい。それでもあなたは被ばくを甘受しますか」

 

角田さんの報告

◆被ばく限度の引き上げは原発の再稼働を進めている政府や電力会社は、福島事故レベルの事故を想定・容認していることになる。

 ◆原発労働者の労災認定が困難を極めている。認定されれば次の仕事はなくなることを考えなければならない。

 ◆労災申請をした11人の内で認定されたのは2人で、3人は却下、一人は本人取り下げ。残り5人が調査中である。

 ◆認定の基準が厳しい。

  

廃炉を明言しない福島第二原発

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第二原発は第一原発廃炉作業のバックアップ施設、後方支援施設の拠点として使われているが、冷却水のポンプが停止し核燃料の冷却が停止したり問題が続出している。福島県民は県内にある全ての原子力発電書の廃炉を求めているが東電は廃炉を明言しないという。安倍首相は「県民の心情を考えると他の原発と同列に扱うのは難しい」と言いながら「廃炉については事業者が判断すると考えている」と明言を避けた。国民の税金を湯水のように注入しながら、まだ再稼働を考えているのだろうか。あれほどの事故を起こした東電を存続させる意義はどこにあるのだろうか。新会社による電力供給を考えた方が良いのではないだろうかと思う。

 

角田さんの報告

◆県民世論調査(福島民報社2016年7月13日報道)

東電福島第二原発について「廃炉にずべき」の回答は81.6

18歳、19歳の回答では「廃炉にすべき」の回答が100

 

18.19歳の回答が廃炉にすべきが100%というのが気になった。事故当時12歳、13歳だった若者だ。彼らの中には事故によって進路変更を余儀なくされ人生を変えられた者もあったはずだ。

 

◆現在、福島県平和フォーラムが中心となって「原発のない福島を!県民大集会」実行委員会で即時廃炉を求める署名を実施しているとう。2017年3月末までに10万筆を目標に集め4月に国と東電に提出し廃炉要請を行う予定。

 

2.原子力災害が奪ったフクシマの人権と避難指示解除

 

福島県から避難している子どもへのいじめが表面化し心を痛めた人もおおいはず事

故から丸5年。被災者や県民は苦しみ、それぞれの人が生活の重みを背負ってきた。生活再建についての答は簡単には出せない。角田さんの話を伺えば伺うほど被災者へかける言葉を見つけることができなくなった。簡単に「こうすれば」という答はない。被災者の心情に寄り添いながら広島の思いを伝えることしかできないのかもしれないと思いながら報告を聞いた。

 

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政府は2017年末までに被災者を帰還させるという方針をとっている。その基準が年間20svを下回ることが基準という。現在世界的な基準は年間1msvだ。原発事故で高線量の被ばくをしている人も多く、それだけにより帰還の放射線基準量については配慮しなければならないはずだ。健康を無視したこの基準に基づく避難指示解除は、「事故は収束した」と見せたい意図があからさまだ。未熟な私は政治家や官僚にもう一度言いたい。「あなたやあなたの家族に置き換えて考えてほしい。それでもあなたは被ばくを甘受しますか」

 この避難指示解除で、賠償金の支払いの打ち切りがセットにされていることを考えると非人道的な政策そのものだ。

 

角田さんの報告

◆国は「戻りたい人が戻れるようにする」というが、早期帰還を進めることによって事故の被害をできるだけ小さいものに見せようとする意図や、賠償金を早めに打ち切ろうとする目論見が見える。また、原発災害を過小に見せ、復興の名のもとに事故の収束をアピールする意図がある。

 

◆原発災害からの生活再建にはまだまだ幾多の困難があり、国と東電の責任による賠償の問題も引き続き闘っていかなければならない。

 ・帰還しない場合、自主避難の扱いになる可能性がある。

 

 ・避難を継続したいと考えている住民と、復興を掲げる自治体との間に対立が生じる。


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3.原発災害がもたらした放射性降下物下での生活

 

現在、子どもたちの甲状腺異常が取り上げられることが多いがこれからガンも含め色々な病気の発現が予想される。目には見えなくても臭いはしなくても放射線は確実に体を蝕む。この不安は広島・長崎の被爆者・被爆二世と共通している。この不安に対して国家補償の視点で恒久的な救済法を早く実現すべきだと思う。決して放置できるものではない。2月17日に全国被爆二世団体連絡協議会に加入している被爆二世が国の責任を問う裁判を提訴した。同じ日の出来事ということで、何か因縁めいたものを感じた日であった。

 

角田さんの報告

201110月から2013年3月31日までの先行検査結果

 受診者約10万人の内、二次検査受診 2,294

 二次検査の結果、異常が認められ通常診療を受けた者 1,376

 通常診療のうち、116人が悪性ないし悪性のうたがいと判定

2014年4月より2016年3月までの本格調査受診者約27万人の内、2,222人が二次判定。その内、1,553人が二次検査終了。

 二次検査の内、68人が悪性ないし悪性のうたがいと判定。

 

 角田さんの報告

◆除染が進み空間線量は低下してきた。しかしホットスポットはあちこちにあり、放射線量は雨風によって変動する。除染が済んだはずの家屋や公共施設などでも雨樋の下では5usv/hなどの高線量のホットスポットも存在する。

◆各家庭での除染物は各家庭で保管しているが、これも不安。

◆中間貯蔵施設が大熊、双葉町にまたがる帰還困難区域に設置されるが、その地域に住む者は最終的に帰還できるかさえ分からない状況。契約は進まない。国の約束は信用できないという声がある。


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4.脱原発社会の実現を!

 

福島の現実を直視すると、そこに住む人間や生き物だけでなく山も大地も樹木も植物も川も海も人間の一生と比べものにならない長い期間を汚染してしまう放射線。改めて核と人類は共存できないと思う。それが素直な感覚だと思う。それがゆがめられ潰されてしまうということが恐い。地球という視点に立ち返らなければ。日本にはプルトニウムが47,9トン保有と発表されている。プルトニウムは核兵器の材料である。このプルトニウムを増やさないためには産みだす原因の原発を一日も早く完全に止めてしまうことである。ここから地球の未来を考えていくしか生き延びる方法は見つからないのではないだろうか。

 

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秋葉校長のまとめの後で今回が最後の原水禁学校ということで全回参加者に記念品が

渡された。秋葉さんのまとめの中で印象的な言葉があった。「困難な時こそ原点に立ち返り、そこで考えた一番シンプルな言葉こそ解決へ導く道である。原発に関しての言葉が原発を廃止するということだ」

 

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2017年2月15日 (水)

バレンタイン・デーの由来 ――チョコレートの他にも大切なことがあります――  


バレンタイン・デーの由来

――チョコレートの他にも大切なことがあります――  

 

214日は、バレンタイン・デーですが、2004年に上梓した『報復ではなく和解を(旧版)(岩波書店刊)と2015年刊の『新版 報復ではなく和解を』(岩波現代文庫)  の中で、その由来に触れています。ちょっとお説教臭くなってしまいましたが、読み易い形で再録してみましたのでお読み頂ければ幸いです。

 

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バレンタイン・デーというと今では義理チョコまで登場するような大変日本的な習慣になってしまいましたが、起源を見ると意味がかなり違います。

 

いろいろな説があるのですが、通説としでほぼ定着しているのは、西暦三世紀、ローマ皇帝のクラウディウス二世、大変過酷な悪政を布いた、しかも戦争が好きだったということで不人気だった皇帝です。

 

彼の治下、戦争に行きたくない若者が多かった。なぜ若者たちが戦争に行きたくないか、皇帝が考えたら、家族とか愛する人たちがいるからだという結論になりました。そこで皇帝クラウディウス二世は結婚を禁止しました。そのときローマのキリスト教司祭だったパレンチーノという人がいたのですが、英語の名前はバレンタイン、彼は秘密裡に若者たちの結婚を執り行なっていました。秘密が漏れない聞は良かったのですが、皇帝にばれて投獄され、遂に二月十四日に処刑されたという歴史があって、それがローマ時代のずっと長い間続いていた二月のお祭りと一緒になってバレンタイン・デーになったという説があります。

 

だとすると、バレンタイン・デーというのは、本当は反戦の日ではないか、戦争に反対をするとはどんなことなのか、あるいは戦争の意味について、家族について、愛の意味について考える日なのではないでしょうか。

 

                             

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その愛の意味を非常に表面的なレベルで捉えているバレンタイン・デー、表面的なレベルといってしまってはちょっと言い過ぎかもしれませんが、もっと深い意味があることに心すべきなのではないでしょうか。

時代的に近いことで思い出すのは、ギリシャ時代のアリストパネースの『女の平和』という戯曲です。これまた、女性と平和についての非常にいい問題提起をしていると思います。芸術と平和の聞には切っても切れない関係がありますし、平和な世界を実現する上で女性の役割にもさらなる期待をしたいと思います。

 

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2017年2月 8日 (水)

日米比較   --億万長者がお金を出さなくても、自ら動くマスコミ--


日米比較  

--億万長者がお金を出さなくても、自ら動くマスコミ--

 

2010年にアメリカの最高裁判所が、「表現の自由」を守るため、選挙運動のために企業や組合の使える金額に上限はないと結論しました。その結果として巨万の富が選挙資金として流れ込み、誰もが、2012年の大統領選挙は大きな影響を受けるだろうと予測しました。

 

結果は、オバマ大統領の再選、上院は民主党、下院は共和党という勢力分布は全く変わりませんでした。しかし、人口の0.001パーセントの声が政治の方向性を決めるという大きな変化が起こりました。それは例えばウィスコンシン州やノース・カロライナ州で、それ以後どのように政治が変ったのかを視ることで理解できるのですが、その流れの辿り着いた先が、2016年のトランプ氏です。彼が共和党候補になり、大統領選挙そのものも制した背景にある、お金の存在を忘れてはなりません。

 

しかし、それは、「賄賂」とか「票の売買」という直接的な手段ではなく、テレビのコマーシャル、あるいはYouTubeへの投稿を宣伝する、または自分たちの信ずることを「正当性のある」政策としてまとめて広める、といった形で使われています。

 

「日本は常に、10年遅れでアメリカの後を追っている」と言われることがあります。もしそうなら、新しい形での金権政治の姿は日本の10年後を示しているのですから、それに対する対策を考えておく必要があることになります。

 

しかし、『ニューヨーク・タイムズ』の前東京支局長であるマーティン・ファクラーさんの『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』 (双葉社・20162月刊) で具体例として掲げられているいくつかの出来事を元に、日米の比較をする限り、アメリカなら億万長者が巨万の富を注ぎ込まないと動かせないほどのことが、日本ではマスコミ自身の「自己規制」や「空気を読む」結果として簡単にできてしまっているために、実は、事マスコミの言動そしてマスコミの作り出す世論という点では、日本の方が先行しているのではないかという気さえするほどです。

 

             

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マスコミのあり方、そして私たちが勇気をもって発言する大切さを再確認するためにも、具体的エピソード満載のファクラーさんの好著をお勧めします。その中で触れられている大切な一つの事例があります。ファクラーさんが自らも調べ、『ニューヨーク・タイムズ』誌にも掲載されたのだそうですが、私も全く知らなかった「事件」です。以下、その部分の要約です。

 

北海島宗谷郡猿払村 (そうやぐんさるふつむら) は、日本最北の村として知られているが、戦争中、ここに浅茅野 (あさじの) 飛行場を造ることになり、その作業には服役中の日本人受刑者や朝鮮半島から連行してきた500人から1000人の労働者が従事した。

 

戦後、猿払村には奇跡的に一つの記録が残されており、90人近い朝鮮人労働者と20人ほどの日本人受刑者が死亡していたことが記録されていた。彼らはいわゆるタコ部屋に入れられており、脱走しようとして捕まれば棍棒で殴り殺されるといった悲惨な目に遭ったことを目撃した村民もいた。

 

この話を聞いたことのある水口孝一氏は、有志を募り、日韓合同のチームを組織して考古学者やボランティア、学生等、数百人の力で20006年から2010年までに、亡くなった人々の遺骨を発掘し、合計59体の遺骨を収集した。

 

強制労働による犠牲者を悼み歴史を後世に残すため、水口チームや支援者等が発起人になって現場近くに石碑を建立することにした。韓国メディアは、「日本はこんなに良いことをしている」と大きく報道した。それを目にした一部のネット右翼が「北海道の村がこんなけしからんことをやっている」「強制連行というウソ、捏造を自治体自ら広めている」と騒ぎ始め、村役場に電話による電凸やメール攻撃を行った。その結果、20131126日に行われる予定だった除幕式は中止された。

 

ファクラーさんは、自治体の対応の仕方にも問題があると指摘していますが、それ以上にこのようなニュースを取り上げ・支援しなかったマスコミの責任を問題にしています。猿払村は「孤立無援」の状態に置かれて、なす術を失ったからです。

 

国家権力がマスコミに圧力を掛ける凄さという点では、アメリカの方が日本より上だとファクラーさんは考えていますが、アメリカのマスコミはそれに立派に対抗している、と言っています。それに対して今の日本のマスコミは、報道や表現の自由についての認識が本当にあるのか、記者一人一人の人権と表現の自由を守るため、イデオロギーを超えて「全マスコミ」として戦う積りがあるのかを問うています。アメリカのマスコミがメジャー・リーグだとすると日本のマスコミは高校野球なみ、だというのがファクラーさんの診断です。

 

原発についての報道一つを取っても、日本のマスコミの情けなさをそう表現したくなる気持は分ります。そして、本当のところは、私たちの目に見えないところで巨万の富が動いているからこのような結果になっているのかもしれません。

 

そうではなく、巨万の富の力など使わなくても、「権力」というより大きな力の前に、日本のマスコミはひれ伏してしまっているのだとすると、アメリカで「明日」起こるかもしれないことが日本では既に起きてしまっていると言うべきなのかもしれません。

 

 

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2017年2月 7日 (火)

もう一冊の『Dark Money』   --Citizens United と最高裁判決--

もう一冊の『Dark Money』  

--Citizens United と最高裁判決--

 

前回はジェーン・メイヤーさんの著書『Dark Money』の内容をリストにして簡単に御紹介しましたが、その一つ一つの項目をもう少し詳しく説明したいと思います。政治とお金、選挙とお金の問題はどこでもいつでも視野に入れておかなくてはなりません。特に選挙の際の「ネガティブ・キャンペーン」という形で、対立候補についてのあることないことをテレビのコマーシャルとして流すことが、アメリカの選挙では当たり前になり、それが選挙結果を左右していることは御存知だと思います。

 

そのような目的のために、企業や組合が使える金額には制限がなくなったというのが、前回の⑥でした。


 2010年にはCitizens United という団体による訴訟で、企業や組合が、選挙の際に候補者に直接の寄付をしなければ、選挙運動のために使える金額は無制限であるとの最高裁の判決を勝ち取る。このことで、選挙が金で買える状態になった。

メイヤーさんの力作Dark Money』を要約する積りだったのですが、実はもう一冊『Dark Money』という本がありました。著者はジョン・クックさん。Kindle Unlimitedに登録すると無料で読めますので、試しに読んでみたのですが、私がお伝えしたいことがそのまま書いてありましたので、クックさんのまとめた、Citizens United  (CUと略します) という団体の紹介と、CUが提訴した裁判についての最高裁の判断を私なりに要約して御紹介します。

 

               

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2002年に、「Bipartisan Campaign Reform Act (超党派キャンペーン改革法)が作られましたその内容は企業や労働組合が選挙前の一か月間はネガティブかポジティブかに関わらず候補者についてのコマーシャルなどを流すためにメディアに対してお金を払うことを禁止するという内容でしたそれ以前から非営利団体についての制限はありましたので営利団体を含めることで選挙運動についての規制が整備されたと考えられていました

 

非営利団体についての規制は、お金のない候補でも選挙で極端には不利にならないような環境を整備するという目的でした。

 

ところが、2008年にCitizens United という、コーク兄弟から膨大な資金を受け取っている団体が、ヒラリー・クリントン候補についてのネガティブ・キャンペーンの一環としてオン・デマンドのビデオを作り、そのビデオを宣伝するメディア・キャンペーンを精力的に行いました。連邦選挙委員会(FEC)は、これが超党派キャンペーン改革法違反だと判断して、中止命令を出したのですが、CU側は、表現の自由を保障している憲法の修正第一条違反であることを理由に、裁判を起こしました。

 

最終的には最高裁判所が判決を下したのですが、その判断には重要な4つのポイントがあります。

 

 FECそして、超党派キャンペーン改革法は、憲法の修正第一条違反を犯している。

 企業にも、個人と同様に「表現の自由」が与えられている。それは「表現」することが可能などのような主体についても、この自由が保障されているからである。

 巨額の資金が使われているという事実だけから、政府がそれを「腐敗」であると断定することはできない。つまり、いくら以上なら腐敗であり、それ未満ならそうではないという客観的な基準を設けることができないからである。

 支出額の制限を加えることは、市民の知る権利を侵害する可能性がある。情報を広げるのにはお金がかかるという理由で作られた規制によって、ある情報が隠されてしまうのは市民の知る権利の侵害になり得る。

 

この結果、CUそしてコーク兄弟、ならびに多くの億万長者たちは、選挙戦を勝つためには無制限に自分たちの資産を使えるようになり、アメリカ社会は大きく変りました。日本からはなかなか見えない状況のですが、トランプ大統領を生んだ社会、そしてトランプ大統領の言動を理解するために、何回かにわたって御紹介したいと思います。

 

 

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