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歴史

2019年7月20日 (土)

1964年東京オリンピック ――同じお題で書きましょう――

若い世代の皆さんはまだ生まれていなかったのですから、1964年の第18回東京オリンピックを見ることはできなかったのは当然ですが、当時も人気が高くチケットを手に入れるのは至難の業でした。私も競技上のチケットは手に入らず、生で見られた種目はありません。

でもそれで良かったのかもしれません。なぜなら、私はその時、アメリカ選手団を応援していたからです。周りの人たちから袋叩きになっていたかもしれないではありませんか。と言ってもそれほど深刻ではなく、応援していたのは全種目ではなく、クロスカントリーに出場した、クラスメート、そして陸上のチームメートだったのです。競技場は東大の検見川総合運動場で、当時私が住んでいたところから二駅しか離れていませんでした。

クロスカントリーのチケットは当らず、競技を見ることはできませんでしたが、競技場まで出掛けて、アメリカの選手を見付けて貰い、私のチームメートの「トム・カリー」に差し入れを渡して貰うように頼みました。

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東大検見川総合運動場

実は、その年の5年前から一年間、イリノイ州の小さな町の高校に留学していたのですが、シーズンごとに選べる部活のスポーツの内、春のスポーツには陸上を選んで、短距離、幅跳び、高跳びといろいろ練習したのです。そんなチームメートの中で頭抜けて優秀だったのがトム・カリーで、イリノイ州の高校大会でも優勝したほどでした。彼がオリンピックに出ることになったのも、その町では大騒ぎでしたし、私も直に応援したかったのですが、チケットが手に入らなくては仕方がありません。

結果は残念でした。そして、彼に会えなかったのはもっと心残りでした。

でも、このオリンピックでは思いがけず、閉会式のチケットには当たっていたのです。その閉会式で印象的だったのは、入場するときに選手たちがバラバラに入ってきたことが一つ。会場が温かい自然な雰囲気に包まれました。そして最後に讃美歌の「神ともにいまして(また会う日まで)」が演奏されたことです。選手も観客も一つになったときでした。

それから55年が経ちましたが、オリンピックだけではなく様々な場面で多くの人に会い、また別れてきました。そんな場面で、今でも1964年のオリンピックの閉会式の「神ともにいまして」が蘇ってきます。来年のオリンピックの閉会式にもそんな感慨を催す人がいるのかもしれません。

[2019/7/20 イライザ]

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コメント


参加ありがとうございます。

 

おそらく、今回の同じお題で、チームメイトがオリンピックに
出たなんて話は出てきませんよ。応援出来ていれば良い
思い出だったでしょうね。それにしても羨ましいです。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

そして、トムのその後はあまり良く分りません。同窓会にも出てきていませんし、同窓会誌にも消息が載っていません。また会えたら良いのですが――。

 

 

2019年7月15日 (月)

『テニアン』の著者・吉永直登さんにお会いしました ――熱い思いを聞かせて頂きました――

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』(法政大学出版局刊)の紹介と、「いじめ」については、これからも続くのですが、今回は、緊急レポートです。7月2日に御紹介した『テニアン』の著者である吉永直登さんにお会いしてきたのです。

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吉永直登さんと『テニアン』

私も、テニアンの歴史についてはほとんど何も知らなかったのですが、『テニアン』の中に描かれている歴史のお浚いを簡単にしておきましょう。初期の歴史は飛ばして、テニアンは、17世紀にはスペイン領になりますが、19世紀の末には、450万ドルでドイツに売られています。第一次世界大戦でドイツが負けると、統治権は日本に移り、1920年には、国際連盟の委任統治領として日本が統治することになります。それから、1944年にアメリカ軍がこの島を占拠するまで、砂糖やコーヒー、綿花の栽培によって南方の一台生産拠点になります。

1945年8月6日に、この島から離陸したB29「エノラ・ゲイ号」が広島に原爆を落としたことは良く知られています。戦後はアメリカの信託統治領になり、その後、アメリカの領土の格付けでは「コモンウェルス」と呼ばれる北マリアナ諸島の一員になっています。

さて、吉永さんがこの本を書くきっかけになったのは、8年前に、小学生だったお子さんと一緒に行った図書館の児童コーナーで、テニアンと戦争について書かれた本を手にしたことだったそうです。子供向きに書かれた本とは言え、余りにも知らないことが多く、テニアンについて関心を持つのと同時に、色々調べ始めたのは、吉永さんが、ジャーナリストとしてテニアンという島の持つ歴史的意味を見抜いた結果なのではないかと思います。

その歴史的意味とは、テニアンで生きて来た人たちの息吹によって吉永さんに伝えられたようです。「あとがき」から抜粋すると、「なぜか島のことが気になり、ある時、東京都内に住むテニアンの元住民の方に会った。その人がとても親切で、当時の思い出をいろいろ話してくれた。それからだ。テニアンの存在がどんどん自分の中で大きくなり、次第に引き込まれていった」プロセスが、『テニアン』の中には具体的に描かれています。

吉永さんに一番強烈な印象を残したのは、山崎コウさんでした。今年99歳になる女性ですが、1928年に家族とともに福島県からテニアンに渡りました。南洋興発という会社との契約で入植し、農地の開墾を行うことになったからです。当時7歳だったにもかかわらず、ジャングルを開墾するために闘う父母や、現地で南洋興発から派遣された人夫の食事係として、一人前の仕事をしていたとのことでした。一年後には、数キロ離れたところに尋常小学校ができ、山崎少女は妹とともにジャングルの中を学校に通ったとのことでした。彼女は1938年に東京に戻りましたが、吉永さんが会った元入植者の中でももっとも初期の入植時代を知っていること、また記憶力が抜群で当時の生活について詳細に語ることが出来た、大変貴重な存在だったとのことでした。

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山崎コウさんのページ

『テニアン』には、山崎さんの他にも何人かの元入植者が登場しますが、彼らの言葉で特徴的なのは「あの戦争がなければ」と「貧しかったが、楽しかった」だと吉永さんはまとめています。そしてテニアンの歴史をざっと眺めただけでも「苦しかった」時期のあったことも分るのですが、その点も含めて、『テニアン』では重層的に、そしてあくまでも人間的にテニアンの歴史を語ってくれています。

この本をまとめた結果をどのような言葉としてまとめられるのかを聞いてみたのですが、一つには、「日本人て凄いな」と強く印象付けられたそうです。そしてもう一つは、「戦争はいけない」です。テニアンに住んだ人々が抱いているテニアンへの思いと吉永さんの思いとが見事に重なっていることが分かります。

そして、吉永さんは謙虚に、『テニアン』を書くことが出来たのは、自分がお会いして取材できた人たちからの話があったからだし、沖縄県や市町村で、テニアンに入植した人たちの歴史を詳細にまとめてあったことから、それらの文書の記述を元に当時の生活を再現できた、と話してくれました。「このようなアナログ資料はやがて消えて行く運命にあるのかもしれないが、その中から、将来に残しておきたい歴史の真実を掘り起す仕事は、大変だけれど続ける必要がある」という言葉も、私たち広島の歴史を後世に伝える使命のある人間としても重く受け止めることが出来ました。

そして、『テニアン』を通して私が感じたのは、人間の未来に希望を持って良いこと、人類の未来は輝き続けるであろうというメッセージでした。

『テニアン』を是非読んで下さい。お勧めします。

[2019/7/15 イライザ]

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2019年7月 6日 (土)

扇ひろ子さんのコンサート・二葉あき子さんの歌碑

このブログにも何回か登場して頂いた、広島音楽芸能文化懇話会を主宰する上村和博さんから連絡がありました。扇ひろ子さんが広島に来られているとのこと。すぐ駆け付けたいところでしたが、次の日には安芸高田市のイベントで歌われると聞き、久し振りにステージを見せて頂けたらという思いに駆られて、安芸高田市まで行ってきました。イベントは合併15周年記念・安芸高田市社会福祉大会の記念公演会でした。

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公演会の目玉は綾小路きみまろさんだったようですが、私はその前のミニ・コンサートがお目当てでした。最初に安芸高田市出身の真木洋介さんが登場しました。真木さんは、美空ひばりさんの反戦歌『一本の鉛筆』を歌い続けてきた事でも有名ですが、菅原洋一さんの弟子として、あらゆるジャンルの歌が歌える歌手としても人気があります。故郷である安芸高田市で特に熱が入ったのは、今年4月に開港した愛郷小学校の校歌でした。可愛(えの)小学校と郷野(ごうの)小学校が合併して新しい小学校になったのですが、校章も新しくなりました。そして新しい校歌は真木洋介さんの作詞・作曲でした。これは褒めているのですが、校歌らしくない、ちょっとシャンソンぽい、洒落た歌でした。

この日は真木さんの持ち歌ではなく、会場に多かった高齢者にもお馴染みの歌ということで、岡晴夫さんの『憧れのハワイ航路』と伊藤久男さんの『イヨマンテの夜』を聞かせてくれました。どちらも声量がカギなのですが、会場の全員、大拍手で熱演に応えていました。

扇さんは、1967年の大ヒット『新宿ブルース』で、私たちの世代なら誰でも知っている歌手ですが、「ヒロシマ」との縁も大切です。生後6か月ほどのとき段原で被爆した被爆者ですし、1964年、19歳のときに平和記念式典で大竹出身の石本美由起さんが作詞、遠藤実さんが作曲した『原爆の子の像』を歌っています。この日は、その次の年にヒットした『哀愁海峡』、『華の女道』、そしてもちろん『新宿ブルース』を披露してくれました。最後に、一番最近のリリース『おんな流れ花』でした。フランク・シナトラの『My Way』の演歌バージョンとも言われているようですし、しかも女性版ということですので、そのうち爆発的な人気が出てくるのではないでしょうか。

扇さんも真木さんも、広島市、広島市民のために手弁当で貢献して下さっています。最近では2015年の「被爆70年 24時間チャリティーコンサート」でも、プロの音楽家として出演して下さり、このコンサートを盛り上げ成功へと導いて下さいました。広島の姉妹都市であるホノルルとの交流では真木洋介さんが頑張って、姉妹都市50周年の記念式典で会場を盛り上げて下さいました。広島市制120周年記念の際には、扇さんが『原爆の子の像』を心を込めて歌って下さいました。

安芸高田市のコンサートの後、真木さんと扇さんと一緒に写真を撮って貰いました。男性陣もまだまだ元気ですが、扇さんが数年前にガンの手術をなさっているとはとても信じられないくらいです。

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その後、広島市内の二葉の里で、二葉あき子さんの歌碑にお参りしました。戦前から人気歌手として活躍していた二葉さんは、原爆のとき広島市にいたのですが、乗っていた列車が中山トンネルに入っていたため、直爆は免れたという経験の持ち主です。戦後ヒットした歌の中には、『夜のプラットフォーム』や『水色のワルツ』があります。なかでも『夜のプラットフォーム』は戦前に作られた反戦歌なのですが、軍部から禁止されたことでも知られています。

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二葉あき子歌碑建立委員会の皆さんとともに、扇さんの平和に寄せる思いや二葉あき子さんとの交流等についてお話を伺うことが出来ました。歌を通して平和を考え、人生を辿る素晴らしい一日になりました。

[2019/7/7 イライザ]

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2019年7月 5日 (金)

「論理チェック」と公務員の知的誠実さ

私たちが、例えば参議院議員選挙で誰に投票するのかを決める上で大切なことの一つは公約ですが、その公約を判断する上でカギになるのが、まずは「事実」そしてもう一つが「論理」です。

前回は、大航海時代が始まったのは、「事実」と「論理」がそれぞれの役割を果したことを指摘しました。再度掲げておきます。

「地球は丸い」は真実です。人類は、それまでの「地球は平ら」という「フェイクニュース」(と言わせて下さい)を、「ファクトチェック」によって否定し、この真実に辿り着いたのでした。この真実を元に、だとすると、西に向って航海して、もやがては東にある東洋に辿り着ける、という「論理チェック」の結果、大航海時代が始まったのです。

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複雑多様になった社会や政治が、出来るだけ多くの人の幸福のために機能する上で、憲法が最重要だと言い切ってしまっても良いと思うのですが、その憲法を「あるがままに読んでみよう」とした結果をまとめたものが、『数学書として憲法を読む--前広島市長の憲法・天皇論』です。憲法を論理的にかつ自己完結的に読んでみようという試みです。今月中には発売になりますので、少しずつ紹介をして行きます。

「ファクトチェック」という表現をお借りして、「○○チェック」という形で小著の特徴をまとめると、「論理チェック」と言えるかもしれないことは既に述べたのですが、そう思った時に頭に浮んだ「定理」があるのです。ここで、「定理」という言葉を使っているのは、憲法を「公理」の集りだと考えた上で、そこから導かれる結論を数学の言葉を使って「定理」と表現しているからです。

それは、公務員が守らなくてはならない義務を述べた「知的誠実さ定理」です。これは憲法15条から簡単に導かれる「定理」なのですが、数学の言葉では、「15条の系」という言い方もできますので、それも使っています。以下、小著からの抜粋です。

まず、憲法15条の第2項を掲げておきます。

第15条 (略)

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

[第15条の系] (知的誠実さ定理) 公務員は知的に誠実でなければならない。人類がこれまで獲得してきた真実を重んじ、それを元に事実を確認し共有するステップを論理的・科学的に冷静にしかも慎重に踏んで結論に至るべきである。

   憲法には、「公務員は知的に誠実であれ」という表現は明示的には使われていませんが、これまで何度も述べてきた、いわば科学的であることの基盤をこのような形で整理できたことこそ、憲法の強みなのだと言いたい気持です。

この系の証明は繰り返さなくても良いと思いますが、念のためにまとめておきましょう。公務員が、全体の奉仕者という役割を果すためには、意見や価値観、宗教等の異なる人たちの声を傾聴し、必要があれば特定の政策について違う立場の人たちの調整を行わなくてはなりません。その際に必要なのは、まず事実を事実として認め、それに対する判断は違っても何が事実であるかという点については合意することです。そしてその先は、言葉の意味を丁寧に素直に理解しながら、論理的推論を重ねて、それも誰それが言ったからという外からの権威を持ち出すのではなく、自立した個人として自分の頭で考えての結論を重んじつつ、次のステップに進むことです。このような最低限必要なプロセスを、通常私たちは「科学的」だと呼んでいます。そしてこのような議論の仕方が全体の奉仕者としての役割を果すための出発点であることも御理解いただけると思います。

そして、政治の場でこのような当り前のことを実現する上で、一番役立つのが、憲法そのものをあるがままに、しかもこのような姿勢で読むことです。つまり、「憲法を数学書として読む」ことです。

人類はこのような手続きの有効性を長い間掛って発見し、それを元に科学その他の学問を発達させ、人類を滅亡から救うだけでなく、より豊かで平和な社会を作ってきました。

現在の政治状況と官僚の実態、そして憲法99条との間の密接な関係については御理解いただけたとして、このような状況を改善することは、一定レベルの知的な能力を与えられている私たち人類の義務ではないかとも思います。次の世代の社会・世界がより豊かでより平和なものになるよう知的能力を活用することは、特に権力を持っている人たち――彼ら/彼女らは知的能力も高い人が多いはずなのですが――にとって最重要な知的責任の一つであると言って良いのではないでしょうか。

 

「公務員」の中には、総理大臣等の国会議員や、官僚そして裁判官も入ります。そして「知的誠実さ定理」の出発点が「真実」あるいは「事実」であることから、「ファクトチェック」の重要性も強調されていることも大切です。

[2019/7/5 イライザ]

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2019年7月 4日 (木)

「ファクトチェック」と「論理チェック」

昨日の続き、第二弾です。『ファクトチェック最前線』が、如何に楽しい、しかもためになる本なのかは、目次にざっと目を通すだけで分って頂けると思いますので、まずは目次です。

まえがき

1章 ファクトチェックとは何か

    ファクトチェックの定義

    フェイクニュースとファクトチェック

    ネットのフェイクニュース

    筆者のネットギーク取材体験

    誰でもできるファクトチェック

 

2章 ファクトチェックをリードするFIJの取り組み

    ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)の設立

    FIJ設立の趣旨

    ファクトチェックのガイドライン

    ファクトチェックへのメディアの参加

    「問題ある情報」を幅広く収集するために

 

3章 総選挙でのファクトチェック

    スマホでの問い合わせ

    総選挙をファクトチェック

    消費税2%の増税でなぜ5兆円強の税収なのか

    正社員になりたい人がいれば、かならずひとつ以上の正社員の仕事はある?

    野党党首の発言のファクトチェック

    内部留保300兆円は事実か

    ネットやメディアの情報もファクトチェック

 

4章 沖縄県知事選挙でのファクトチェック

    普天間基地をめぐる痛恨の記憶

    「沖縄にアメリカ軍基地は集中しているのか?」をチェック

    ファクトチェックは地味、されど大切な作業です

    NHK記者として沖縄赴任していた時のこと

    沖縄一括交付金の創設をめぐるファクトチェック

    調査報道から見える沖縄のファクト

    本土米軍の沖縄移転のファクト

 

5章 大阪ダブル選挙でのファクトチェック

    善悪を議論するのは止めましょう

    吉村候補「マニフェスト9割達成」発言のファクトチェック

    二重行政と都構想

    都構想をファクトチェック

    東京都創立の歴史的経緯

    ファクトチェック記事への反応

    飛び交うネットでの偽情報

    巧みなフェイクニュース

 

6章 ファクトチェックの国際的な潮流

    国際ファクトチェックネットワークと世界ファクトチェック大会

    ヨーロッパのファクトチェック

    世界がモデルとするアメリカのファクトチェック

    活発化するアジアのファクトチェック

    そのほかの地域

あとがき

著者紹介

 

この中に出てくる「FIJ」とは、「ファクトチェック・イニシャティブ・ジャパン」の略で、ウエブ・サイトには、「ファクトチェック」の訳が、「真偽検証」だという説明が付いています。

また、「ファクトチェック」を要領よく紹介しているコミックも掲載されていますので、そちらもクリックしてみて下さい。

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『ファクトチェック最前線』のテーマは当然「ファクトチェック」つまり、真実かどうか、事実かどうかをチェックすることなのですが、拙著『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』を「○○チェック」という風に特徴付けるとなると、「論理チェック」と言ったら良いのかもしれません。もちろん世の中の様々な事どもは、この両者がないと動かないのですが、それは例えば、次のようなシナリオで理解して頂くのが手っ取り早いかもしれません。

「地球は丸い」は真実です。人類は、それまでの「地球は平ら」という「フェイクニュース」(と言わせて下さい)を、「ファクトチェック」によって否定し、この真実に辿り着いたのでした。この真実を元に、だとすると、西に向って航海して、もやがては東にある東洋に辿り着ける、という「論理チェック」の結果、大航海時代が始まったのです。

私の悪い癖で、本論に入るまでに時間が掛っていますが、『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』と『ファクトチェックの最前線』との関係については次回に。

 [2019/7/4 イライザ]

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2019年7月 2日 (火)

あけび書房から労作『テニアン』が発売されます

広島の人なら、「テニアン」と聞いて、「ああ、あの島だ」とすぐ分るはずです。B29爆撃機「エのラ・ゲイ」号が、8月6日の未明に飛び立った島です。そして8時15分に広島に原爆が投下されました。

現在では観光地として人気があるようですが、この「テニアン」にも歴史がありました。歴史とは人間が生きてきた軌跡を様々な形でまとめた結果の総称ですが、私がそうであったように、原爆投下との関係以外の、しかもそれ以前の歴史については知識のない人が多いのではないでしょうか。

共同通信社の記者である吉永直登さんが8年にわたる取材の結果、出版に辿り着いた労作です。まずはチラシと、本の表紙を御覧下さい。「類書のない大労作」は誇張ではないのです。

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できるだけ多くの人に読んで頂きたいのですが、この素晴らしい本の内容の「はしがき」から抜粋した文章が裏表紙に載っています。

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私たち人類は、今、世界が直面している危機的状況を誰にでも分るような形で表現するだけの能力を持っていません。別の言葉で言えば、激動する社会の動きを正確にかつ誰にでも分るような形で表せる語彙を持っていないのです。それを少しずつでも補い、新たな語彙を増やして行くためには、例えば『テニアン』のような形で、人類全体からすれば小さい地域である一つの島に生活してきた、しかも人数としてもそれほど多くはない日本人の生の姿を胸に刻むことで、より大きな歴史の流れを理解し表現できるようになるのではないでしょうか。

この力作を刊行するのは、あけび書房です。大手の出版社ではありませんが、2015年には「梓会出版文化賞」を受賞しています。「一貫して福祉・貧困をテーマにして、しかも気骨ある出版活動」を31年(当時)続けてきた姿勢が認められたのですが、その姿勢は、あけび書房が誕生したときに採用した「あけび憲章」に盛り込まれています。私たちが、社会と向き合う時の参考にもなりますので、その憲章をここに掲げさせて頂きます。

あけび憲章

  • あけび書房の出版活動は、読者・筆者とともに「今日を生きる勇気と明日への夢を広げる共同事業」である。 
  • 私たちは、「人間の幸福」につながる出版活動のみを追い求める。 
  • そのために私たちは、ささやかであろうがヒューマニズムに満ちあふれた営みを出版をとおして広め合う。また、非人道的な事象をするどく告発し、同時に告発にとどまることなくその背景を正しく問題提起する本づくりを進める。 
  • 私たちの出版物は、明るさとのびやかさと骨太な素朴さに満ちあふれた「国民的な読み物」であるように努める。そのために、「手にとりやすく、読みやすく、わかりやすく、おもしろい」出版物を創り出すことに筆者等とともに努める。 
  • 私たちは「だれのために、何のために出版するのか」を常に自らに問い続ける。そして、私たちは出版物を通じて、幸福と平和と自由のための闘いに参加する。 
  • 私たちは「読者が主人公」の精神を堅持する。そして、私たちが最も大切にする読者は、「苦悩から歓喜へ(ベートーヴェン)」を希求する人々である。 
  • 私たちは、その読者の生活の現実と彼らの出版物への必要性のみに依拠し、その他の一切の権威からは自由であり、その他の一切の誘惑からは無縁である。 
  • 私たちは、私たち自身の良心と出版人としての理想にのみ忠実であり、その他の一切の束縛からは自由である。 
  • そのためには、私たちは学ばなければならない。生きた現実から、生活する人々から、幸福と平和と自由のための闘いから謙虚に学ばなければならない。 
  • 私たちの出版理念を阻害する自らの怠惰と自らのうすっぺらな感性と、そして外からの抑圧には、真正面から闘わなければならない。 
  • 「謙虚に学ぶことと、真正面から闘うこと」に対する私たち自身の確信の拠りどころは、出版人としての理念の原点にもどる以外にない。 
  • 私たちの合い言葉は、「科学とヒューマニズム」「熱い心と冷めた頭脳」である。 
  • あけび書房が理念を持ちつづけ、その出版活動を発展させることのできる物質的条件は健全経営である。 
  • 私たちは「あけび憲章」にかなった出版活動を「アジタート・マ・ノン・トロッポ(激しく、しかし、穏やかに)」で追求する

もう一つ、あけび書房は数学教育協議会が編集している『数学教室』も発行して下さっています。数学の先生方が苦労して編集し、お互いに刺激し合って勉強するため、何よりも数学や算数を学ぶ子どもたちのために作ってきた雑誌です。私も、「the Better Angels」というシリーズを毎号掲載させて頂いています。こちらも応援して頂ければ幸いです。

[2019/7/1 イライザ]

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2019年6月28日 (金)

広島をどう発信するのか

私たちが政治家やオピニオン・リーダーと呼ばれる人たちに期待していることの一つには、自分では分っていてもいざ言葉にしようとするとそこで行き詰ってしまうような事柄について、スパッと分り易い言葉で、解決の方法を示してくれることがあります。あるいは自分でもあちらこちらで言い続けてきたことを、「これは自分が言ってきた事そのままではないか」という感じで、その上説得力がさらに大きくなった形で公にしてくれることも、その一つなのではないかと思います。

良く考えてみるとこれは、「政治家やオピニオン・リーダー」だけに期待していることではありません。若い世代の人たちにも同じような期待を持っていますし、加えて、自分たちの世代には考えもしなかったような視点が付け加わっていると、「驚き」や「爽快さ」とともに、次世代への信頼が大きく増してくるように思います。

実は最近そんな経験をしました。『週刊金曜日』の5月24日号、「論争」欄に掲載されていた「ヒロシマを発信して行く広島の役割」が期待に沿った内容でした。県職員の菅島章文さんの問題提起ですが、広島県・市がこのような姿勢で仕事をし、議会もそれを応援するという体制があれば、広島が日本一の地域として評価され続けても不思議ではなかったと思います。加えて、かつては「原爆記者」に代表される良識ある報道が特徴だった広島のマスコミが、その心意気を失わずにいてくれたら――、と無い物ねだりになってしまいましたが、まだまだ希望を捨ててはいけません。菅島さんと同じ気持ちの若い世代のリーダーたちが必ず立ち上がってくれることを信じています。

これ以上の多言は必要ではありません。『週刊金曜日』の当該ページをお読み下さい。

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 [2019/6/28 イライザ]

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コメント


心打たれる文章ですね。

「ココロ」様

コメント有り難う御座いました。

「文は人なり」と言われる所以ですね。

 

『月刊金曜日』から購読していながら、大いに恥じ入る次第です。
タイトルは読みましたがスルーしてしまいました。
言い訳しますれば、
同人雑誌的な面が多分にあるため(がため目減りの一途😢)、
「論争」「投書」欄も、そうだ!そうだ!!そのとおり!!!
の内容が多いので、つい...。
飛んで火に入る...的タイトルですと、ん!?→👀となるのですが。
にしても投稿された方、これだけでも相当の勇気がいったことと
思います。

 

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃるように、自分の意見を思う通りに公表することに勇気が必要な時代になりつつあります。もうなっているのかもしれません。だからこそ、勇気を持って発言することがより一層大切なのだと思います。

 

読んでいて胸が熱くなる気がしました。無料から有料、しかも50円とか200円とか…そこで単純計算される収支とは比較にならない大きなものを失ってしまうことに何故気付かないのでしょうか。
きわめて表面的な価値観に基づいて換算された金銭的な数値ばかりが必要以上に重視され、理念や理想といった換算不可能なものは「無かったもの」「無価値なもの」にされてしまう。そんな極端に振り切れてしまったバランスの振り子を、なんとかまともなものに戻したいものです。

 

「うみねこ」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃるように、心と心をつなぐための仕組み作りが理解されていない現状を変えなくてはなりませんね。

難しい理由の一つは、「反対のための反対」といった、「ネガティブな心」同士を結び付けて権力を動かすメカニズムが生きていることかもしれません。それに対する有効な対抗手段が、菅島さんの勇気ある投稿であり、それに応えるこのような皆さんのコメントなのだと思います。

2019年6月25日 (火)

自動車運転の安全性を高めるために (4) ――お金の問題ではありません――

締め切りが迫っている仕事があって時間がままならず、一日遅れになりましたが、自動車運転の安全性を高めるために何ができるのかを考えたいと思います。

自動車運転の安全性を高めるという大目標に関連のある、マスコミ報道、ネットでのやり取り、学者や専門家の意見、警察等の発表や統計等を眺めていても、「絶対に」出て来ないのが、自動車そのものが事故の発生にどのくらい関わっているのか、という点です。

「プリウス・ロケット」とか「プリウス・ミサイル」というような言葉で表現される、プリウスの急発進が原因が主要原因かもしれないという、問題提起が多くの人によって行われています。例えば、「タウンNEWS 広島平和大通り」の最近の記事へのコメントで、「工場長」さんが分り易い説明をしてくれています。

プリウスだけではなく、他の車種でも、車の構造を変えることで防げる事故は多いのかもしれません。そう考えたのは、1966年のベストセラーになった、ラルフ・ネーダーの名著『Unsafe at Any Speed』(どんな速度でも危険)の問題提起を思い出したからです。

GMの人気者だった、Corvairという車に構造的な欠陥があることを告発したばかりでなく、計器パネルやダッシュボードに隠れている危険性や、車ごとにギアの配置が違うことによる混乱等についても問題提起をしています。事故が起きた際に、車中の人間にどのような力が加わるのかについても分析をした上で、安全性を高めるための提案も行っています。

私が特に注目したのは、メーカーが中心になって1920年代に、交通事故について考える上での「枠組み」を作って、マスコミも消費者もそれに従って事故を考えるという風潮が出来上がっていたという点でした。その元になった事故についての「標語」は、「Engineering, Enforcement and Education」、つまり、技術と、法律と教育という意味ではあるのですが、この標語が伝えていたのは、「法律と教育」とはドライバーの責任ついてであり、「技術」とは道路を意味していたとのことです。シートベルトを付けたり、エアバッグを装備したりするといった抜本的な対策の阻害要因になっていたのが、このような標語に代表される世の中の「常識」だったのです。

現在の標語「高齢者が運転しなければ安全」に共通しているのは、自動車そのものの安全性より、ドライバーの責任が過度に強調されている点です。

しかし、複数の合理的解決策があるのですから、それを迅速に採用することが喫緊の課題だと思います。そのための、財源としては防衛費を充てるのが手っ取り早いことは言うまでもありません。一機で212億円して、墜落する以外には役に立たないオスプレイ購入額が3600億円ですし、役に立たないことが良く知られているイージスアショア―は6,000億円ですから、りょうほうあわせて約1ちょうえんです。でも現実には戦争で死んだ人はこの74年間いないのに、交通事故では昨年、3532人亡くなっているのですから、どちらが優先度が高いのかは言うまでもありません。

例えば、東京都が補助金を出すことに決めた急発進防止装置、オートバックスでは、「ペダルの見張り番」として売っています。現在は取り付け費込みで、約3万円ちょっとします。自動車の保有台数も、免許証所有者数も大体8,000万ですので、それを基に推計してみましょう。

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仮に、「ペダルの見張り番」の値段が1万円に下がったとしましょう。これは、大量生産・大量販売、同時に技術改良で実現可能でしょうから、夢のような話ではありません。これを国内にある全車両に付けたとしても、8.000億円です。オスプレイとイージスアショアを買う代りに、事故による死者、年間3,500人すべてまでは難しいとしても、仮にその3分の一の1,000人の日本人の命を救えるのであれば、こちらの方が賢いだけでなく、人道的なお金の使い方になるではないでしょうか。

なかなか本論に行き着きません。この稿続きます。

 [2019/6/25 イライザ]

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2019年6月 2日 (日)

息子たちと観た「日本美術の名品」

アルティメット練習で汗を流している息子Sを江戸川河川敷に残して、息子Jと目指したのは、上野です。まずは、推理ドラマに良く出てくる上野駅の正面の写真を撮りました。何度も見ている場所なのですが、自分で写真を撮っておきたいとずっと思いこんでいたからです。

190601

ついでに内部の写真も撮りました。

190601_1

階段を下りて、外に出てから、混んでいる店を避けてランチを食べ、その後、もう一人の息子Yと上野駅前で落ち合いました。三人で相談して、国立博物館の特別展、「日本美術の名品」を見ることになりました。会場が四つに分かれているのですが、展示作品はそれほど多くはなく、ゆっくり回れそうな展示でした。国立博物館の中で、インスタ映えのするようなキャラがあったので、二人を説得して写真を撮りました。

190601_2

太さの違いが原因かもしれないのですが、「モザイクをかけても似ている」ことの証明にはなりませんでした。

特別展示そのものは、ほどほどに賑やかで、でもゆっくり鑑賞していても他の人の邪魔にはならない良い雰囲気でした。

190601_3

入ってすぐ目に付くのが狩野永徳の「唐獅子図屏風」です。教科書等にも良く載っている有名な屏風ですが、それを右側に、そして後に曽孫の狩野常信が描いた唐獅子が「左隻」として置かれていました。

190601_4

その他の作品も、選りすぐりのものばかりでしたので、三人とも「来て良かった」と感じた展示会でした。

会場を出てから、閉館まで座ってお茶を飲んだのですが、三人の感想をざっと記録しておきましょう。

息子Jが気に入ったのは、「芦穂蒔絵鞍鐙」でした。馬の鞍(くら)と鐙(あぶみ)ですが、物造りの仕事をしていることと関係があるのかもしれません。もう一つ気に入ったのが、芦沢芦雪の「花鳥遊漁図」でした。長い巻物なのですが、縦は36.7センチ、そして横は11メートルを超えています。「最後の最後でミスをしたら、11メートル全部を書き直さなくてはならない」ことも心配していました。

息子Yにとっては、教科書などで見ている絵と、実物との大きさの違いが強く印象に残ったようです。永徳の「唐獅子図屏風」は、思っていたより大きいことに驚いたようです。それと、「七宝富嶽図額」が、「七宝」だと言われなければ、一見、普通の絵と同じ材質で描かれていたように見えたことにも、感動していました。

私は、例えば「唐獅子図屏風」その他の絵を近くで見たときに、細かい筆の跡が写真とは違ってかなり「荒っぽい」ことに驚きました。写真では、スムーズな曲線に見えるのに、実際の絵では、角のあるギザギザのように見えるのが意外でした。

こうして、一流の美術品にゆっくり触れる時間を親子で共有できたことだけでも、今回上京した甲斐があったと言って良いような気持ちです。

 [2019/6/2 イライザ]

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2019年5月 4日 (土)

生前退位と憲法

[以下、憲法の枠組み内の話ですので、マスコミ等でよく使われる「天皇陛下」ではなく、憲法で使われている「天皇」と表記します。]

前回は、5月1日の朝見の儀における「おことば」、そして「国民代表の辞」を、1989年1月9日の朝見の儀の「おことば」と「奉答文」と比較しました。そして、今回の朝見の儀では、竹下内閣時代とは違って、憲法99条に規定されている憲法遵守の精神がすっぽり抜け落ちていることを確認しました。さらに、「朝見の儀」が国事行為であることが法的に決められていることから、憲法3条に従うと、この違いの全責任が内閣にあることも確認しました。

今回は、その続きですが、この違いが意図的であるとしか考えられないことをいくつかの事実を元に検証しておきたいと思います。

① 通常、いわゆる公的な行事において、「トップ」と位置付けられている人の読む「挨拶」の原稿は、担当のお役所が起草します。その際、何より前例を重んずるのが官僚です。前回の「挨拶」と全く同じ文言を平気で読ませることなど、朝飯前です。たとえば、8月6日、広島市の平和記念式典、そして8月9日の長崎市平和記念式典における総理大臣挨拶は、広島と長崎でほぼ同じ、そして毎年、前年と同じ内容・言葉です。この点については、「タウンNEWS広島平和大通り」さんが鋭く指摘していますので、それをお読み下さい。

 

190503

官邸のホームページから

つまり、竹下内閣と安倍内閣との間の憲法に対する姿勢の違いは官僚の意図に依るものではないと考えた方が良いようです。もっとも、官僚が総理大臣の意図を忖度したのなら話は別ですし、総理大臣が自らの意志で発言すること、あるいは行事の内容について指示をすることはあり得ます。ここで、主張しているのは正にこのことです。

 

② 現天皇が、憲法99条の意味を理解していることを示す言葉は沢山ありますが、2014年、誕生日を迎えるに当っての記者会見での発言を取り上げておきましょう。それは、「今後とも,憲法を遵守する立場に立って,必要な助言を得ながら,事に当たっていくことが大切だと考えております。」です。「必要な助言を得ながら」は、第3条を頭に置いて、国事行為について内閣の助言と承認が必要なことからの言葉です。しかし、その前に、「憲法を遵守する立場に立って」があることで、99条において、天皇にも憲法遵守義務が課せられていることを踏まえての言葉です。

 

つまり、現天皇が自ら「おことば」の内容を決めたのであれば、当然、これと同一線上の言葉になるでしょうし、現上皇が天皇として即位したときと同じ内容を踏襲することには問題がなかったはずなのです。従って、何度も繰り返しますが、責任は内閣にあるという結論になるのです。

 

③ 2016年8月8日の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」に、安倍首相周辺が介入して、一部を削除するという結果になったことを、毎日新聞の伊藤智永論説委員著の『「平成の天皇」論』(講談社現代新書)が具体的に記述しています。その一部の引用です。ここで、「衛藤氏」とは、同書で「首相の指示で衛藤晟一首相補佐官が文言の点検を担当した」と説明が付いている衛藤晟一首相補佐官です。

「関係者によると、原案には欧州の王室における生前退位の近況を引用した部分が二ヵ所あった。王室は国民に語り掛ける機会が多く、先代が亡くなった後、喪に服す期間が日本ほど長くないことが書かれていたという。衛藤氏はこれを「神話から生まれた万世一系の天皇が、権力闘争の末に登場した欧州の王室の例に倣う必要はない」という理由で削除し、宮内庁も受け入れた。」

 

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30年もの間に政治的圧力に抵抗したり妥協したりするという経験をお持ちの当時の天皇 (現上皇) でさえ、「首相の指示」に基づいた圧力に負けているのですから、天皇に即位したばかりの新天皇に圧力を掛けることくらい、何でもなかったのではないかと考えられます。

以上、安倍内閣が朝見の儀を憲法抜きの儀式にしてしまったという主張です。これまでの説明には説得力があると思いますが、状況証拠だと言われてしまえばそれまでです。しかし、安倍政権が憲法を軽んじている事実は、認めざるを得ないのではないでしょうか。今後もその圧力は続くはずです。新天皇も99条通りに、憲法を最優先しようとしていることは、皇太子時代の言葉から読み取れるのですが、その天皇を圧力から守れるのは、私たち主権者です。そのために何ができるのか、より具体的なレベルで皆さんと一緒に考えられればと思います。

 [2019/5/3 イライザ]

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コメント

一連のもの、見ず読まずでしたので、
5/3朝日川柳で、やっぱりねと。
すぐにこちらコラムを。より理解が深まりました。

ジョン・フランケンハイマーの『五月の七日間』Seven Days in May 米1963
「国を守るのなら、憲法にのっとって守るべきではないのかね」
大統領が、米軍制服組トップ(←確か)に言うセリフ(字幕)。
さらに、こんなやりとりも!
大統領「君は憲法を尊重するわけだな」
何とか大佐「はい。立派な憲法であり変える必要はない」
大統領「私もそう思う」
(封切時見逃し2002年wowowで)

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

アメリカの大統領は、就任式の宣誓で、ただ一つ、憲法を守ることを誓うのですから、心構えが違うのだと思います。

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