平和

2017年6月20日 (火)

核も戦争もない平和な21世紀を!

      核も戦争もない平和な21世紀を!

被爆72周年原水爆禁止世界大会広島県実行委員会結成総会

 

広島県原水禁は、昨日「被爆72周年原水爆禁止世界大会広島県実行委員会結成総会」を自治労会館で開催し、8月4日から6日まで開催される広島大会の成功に向けて現地の取り組みを強化することを確認しました。結成総会には、被爆者団体や反原発の市民グループ、労働組合代表など、約40人余りが参加しました。

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今年の原水禁世界大会のメイン・スローガンは、

 

核も戦争もない平和な21世紀を!

 

くり返すな原発震災!めざそう!脱原発社会

 

です。

 

今年の大会の大きな柱は、

 

Ⅰ 核兵器廃絶の課題・・・

    歴史的な核兵器禁止条約交渉と東北アジアの平和と安定に向けた現状と課題の認識を 共有する

 

 

Ⅱ 脱原発の課題・・・

   原子力政策の根本的な転換をめざし、原発に頼らないエネルギー政策の展開を提起する

 

Ⅲ ヒバクシャの課題・・・

  広島・長崎の原爆被害者の残された課題(原爆症認定、在外被爆者、被爆体験者、被爆二世・三世など)の解決をめざす。世界に広がる核被害者との連帯を深める。福島原発事故での労働者や住民被曝問題を考える。

 

 

 

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実行委員会結成総会では、主に次のような広島大会の日程を確認しました。

 

主な大会日程は、

 

8月4日(金) 16時00分 折り鶴平和行進

             17時15分 被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会開会総会

 

8月5日(土)  9時30分 「平和と軍縮」「脱原子力」など7分科会

              14時00分 「ヒバクを許さないつどい」など自主的な交流会 

        13時30分 国際会議「なぜ日本で脱原発が進まないのか?」

 

8月6日(日)  9時30分 被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会まとめ集会

 

また7月27日から8月3日までの日程で、県内3コースで「平和行進」を実施します。

 

現在、ニューヨークの国連本部で開催されている「核兵器禁止条約第2回交渉会議」は、被爆者の願いである「核兵器廃絶」への道を大きく切り開く「核兵器禁止条約」が、圧倒的多数の国々の賛成で、承認される歴史的な年となることは間違いありません。

今改めて、1955年に開催された「第1回原水爆禁止世界大会」の「大会宣言」を思い起こしてみたいと思います。

「原水爆被害者の不幸な実相は、ひろく世界に知られなければなりません。その救済は世界的な救済運動を通じて急がなければなりません。それがほんとうの原水爆禁止運動の基礎であります。原水爆が禁止されてこそ、真に被害者を救うことができます。」

 

宣言は訴えています。核兵器が禁止されなければ、真の原爆被害者の救済はありません 原水禁運動の原点を改めて再確認するのも今年の原水禁大会の大きな課題です。

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2017年6月19日 (月)

「ビリョクだけど ムリョクじゃない!」第20代高校生平和大使結団式

「ビリョクだけど ムリョクじゃない!」第20代高校生平和大使結団式

 

昨日午前10時からアステールプラザ(広島市中区)で、節目となる「第20代高校生平和大使」の結団式が行われました。「高校生平和大使」は、1998年に長崎で選ばれた2名が、初めて国連本部(200年からは欧州本部)を訪問して「核兵器廃絶と世界平和の実現」を訴えて以来、毎年続く活動です。

今年も「高校生平和大使派遣実行委員会」の呼びかけに応えて応募した高校生から、北海道や福島、東京など全国15都道府県で22名が選出され、この結団式に集まり、これから1年間の活動を誓い合いました。

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第18代高校生平和大使を務めた脇原華怜さんの司会で始まった結団式は、まず最初に「派遣実行委員会」の小早川実行委員長が「皆さんからは、輝く希望のようなものを感じた。選考委員は、この子たちは必ず『核兵器廃絶、広島長崎の思いを伝えてくれる』と確信して、皆さんを選びました。署名に込められた思い、それを支えている多くの高校生たちの思いを受け止めてください。そして被爆者の皆さんの希望の星になってください。」と激励。そして一人ひとりに委任状が手渡されました。

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続いて22人の高校生平和大使の決意表明。

広島で選ばれた船井木奈美さん(英数学館2年)は、「学生の平和活動の中で、同世代の関心のなさを痛感します。被爆者の方たちが、『二度とヒバクシャを出さないでほしい。』と言われる思い、そして72年前の事実、平和の大切さを、同世代や次世代の人たちに伝えたい。そのためにも1万人署名活動をより活発にするよう努力します。」と決意を述べました。

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同じく広島の小林美晴さん(広島大学付属高校2年)も「被爆者の思いを伝えることが大切。そのためにも被爆体験を風化させてはならない。署名に込められた思い、集める活動に加わってくれた仲間の思いを届けたい。」と語り、同じ広島の久永風音さん(広島皆実高校3年)は、「被爆者の体験を聞いたことが、平和活動のスタートでした。人と人とのつながりが平和の基礎です。人は誰も大切な人。そのためにも核兵器も戦争もない世界を作らなければなりません。」と決意を述べました。

他の高校生平和大使からも次々とそれぞれの思いが伝わる力強い決意が述べられました。

前日広島入りした高校生平和大使たちは、柳川良子さんの被爆体験を聞き、慰霊碑への献花、被爆二世の案内で平和公園を中心とした「碑めぐり」、さらに原爆資料館見学など、被爆の実相を学ぶ活動を行いました。その中でも特に、柳川さんの被爆体験が強く印象に残ったようです。

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今回選ばれた第20代高校生平和大使は、1年間地元での平和活動を続けるとともに、8月19日から26日の日程で、スイス・ジュネーブにある国連欧州本部を訪れ、国連軍縮局に全国の高校生が集めた「高校生1万人署名」を提出することになっています。

そのための署名活動は、全国で取り組まれており、すでに広島でも平和公園元安橋などで、多くの高校生が集まり、取り組まれています。

 

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今年は、「核兵器禁止条約交渉」が国連で行われている画期的な年です。この高校生平和大使たちが、国連欧州本部を訪れる時期には、「核兵器禁止条約」がまとまっていると思われます。「核兵器禁止条約交渉」に参加しない日本政府に代わって、高校生平和大使の皆さんが、被爆者や被爆地広島、そして全国の人々が願っている「核兵器禁止条約の制定によって核兵器廃絶へ」の強い思いを伝える大きな役割を果たしてくれるものと確信しています。

 

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2017年6月18日 (日)

テキにカツ ――験を担いで、勝つためのエネルギーを蓄積――

 

テキにカツ

――験を担いで、勝つためのエネルギーを蓄積――

 

敵は明らかですので、その敵を選挙で破るためにできることは何でもしたいと思っています。その一つとして「ゲン担ぎ」も勿論です。ビフテキを食べて「テキを食う」、豚カツを食べて「敵にカツ」辺りは当然です。

 

という言い訳もあり、豚カツを食べに行きました。でも選択肢が多過ぎていつも予想外の注文をしてしまいます。とは言え、最初に大盛のキャベツが出てきますので、取り敢えず、キャベツを食べつつ生ビールです。

 

             

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キャベツと豚カツ、そしてビールの相性は抜群です。何故なのかなどという愚問は捨て置いて専ら味わいました。

 

メインには、ヒレカツ二つと、野菜の揚げ物のを載せた丼です。純粋のかつ丼の美味しさとは別の味ですが、これまたなかなかイケました。

 

 

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別の角度から撮っても美味しそうに見えませんか?

 

 

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そして次回は家人と同じように素直にストレートにヒレカツかロースカツの定食が良いのかもしれません。

 

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2017年6月16日 (金)

「BAN NUKES NOW!」原爆ドーム・キャンドル・メッセージ

BAN NUKES NOW!」原爆ドーム・キャンドル・メッセージ

&「共謀罪」強行採決抗議の街宣

 

今日(現地時間15日)からニューヨークの国連本部で、「核兵器禁止条約第2回交渉会議」が始まります。この会議の成功を願う広島の声を、国連に・世界に届けるため、昨晩午後7時半から原爆ドーム横に市民200人余りが参加し、「核兵器禁止条約のためのヒロシマ緊急共同行動・そのⅡ」として、原爆ドーム・キャンドル・メッセージの集いが、開催されました。

 

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渡辺朋子さんの司会で始まった集いで、森滝春子核兵器禁止条約のためのヒロシマ共同行動実行委員会(6月6日現在22団体参加)事務局長は「市民が参加し、市民の思いをキャンドル・メッセージの込めて、世界の人々に伝えましょう。そして日本政府を変えることが大事です」と訴えるとともに、「このキャンドル・メッセージは、国連事務局の日本人スタッフや、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)などの努力によって、国連や世界の人々の届けられます。」と今日の行動の意義を訴えました。

 

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続いて参加者の手によって「BAN NUKES NOW! 2017」の文字に並べられた1000個のキャンドルに次々と火がともされました。並行して被爆者、若者、原爆小頭症と家族の会きのこ会の代表から、「核兵器禁止条約の成立」を願うとともに、自らが署名活動や平和公園ボランティアガイドを通じて訴えていくなどの決意が語られました。

 

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完成したキャンドル・メッセージの後ろに全員が集合した写真撮影があり、最後に秋葉忠利原水禁代表委員から閉会のあいさつがありました。秋葉さんは、「国連であるから始まる会議で必ず、核兵器禁止条約を成立させなければなりません。そのためにさらに広島から声をあげましょう。」と訴えるとともに、「昨夜から今朝にかけての国会の状況は以上です。こんな政治が許され続けることはありません。安倍政権を変えましょう、歴史的にこんな政治が長く続くことはありません。そのためにも力を尽くしましょう」と強く訴え。約1時間余りの集いは終了しました。

 

この集いに参加した中億垂穂さん(中学1年:昨年の広島市平和記念式典で子ども代表として「平和への誓い」を発表)は、「こうした場所には初めて参加しましが、沢山の人に出会え、そして一緒に平和のアピールができて本当によかったです。」と私に感想を述べてくれました。

 

 

3日連続の抗議行動に80名超える人たちが参加

 

このキャンドル・メッセージの集いに先立つ午後5時30分から3日目となる「共謀罪廃止」を求める街頭活動が、本通り青山前で行われました。

 

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もちろん昨日は、その日早朝に行われた参議院本会議における「異常な強行採決に抗議」する行動となりました。委員会での採決を行わず、本会議採決を行うことなど、国会の民主的ルールを踏みにじる行為であり断じて許されるものではありません。良識の府と言われる参議院の自殺行為ともいえる今回の採決強行は、「加計学園問題」で窮地に追い込まれた安倍政権が、国会を早く終え、「加計学園問題」をうやむやにし、国民の目からそらすための数の力による暴挙以外の何物でもありません。このように「数さえあれば何をやってもよい」という力による政治を進める人々が、「共謀罪法」を手にすれば、これからどんなことが起きるかは明らかです。たとえ成立したとはいえ、容易にこの危険な法案を認めることはできません。そんな危惧と怒りの思いが、参加者の急増となって現れました。

 

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安芸太田町からこの行動に駆け付けた田島安芸太田町会議員と法正寺住職の城山大賢さんは、「私たちは決してあきらめない。明日の町議会に、『共謀罪の廃止を求める意見書』を提出します。必ず採択されるはずです」と強い決意を語っていただきました。

 

昨日は、いつも以上に若い人たちがビラを受け取ったり、ビラ配布者の話しかけに耳を傾ける姿が目につきました。あきらめることはできません。こうした若い人たちの姿に希望を持ちながら、粘りづよく「共謀罪廃止」と安倍政権に終止符を打つ活動を強めなければと改めて決意しています。

 

 

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2017年6月15日 (木)

「共謀罪」は許さない!

 

「共謀罪」は許さない!

 

今回は怒りに燃えたYOKOさんの報告です。怒りを新たなエネルギーに変えて、次の行動を起こしましょう。

 

           

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「監視社会をつくる」「現代版の治安維持法だ」と反対の声が多い「共謀罪」。

アベ政権は、この法案を、法務委員会での採決をすっ飛ばして、参議院本会議に「中間報告」を提出して採決するという。

 

重要法案をろくな審議もしないで、14日深夜~15日早朝にかけて、徹夜してでも採決強行!!

こんなひどい国会、今まで見た事も聞いたこともない! こんなひどい政治がまかり通っていいのだろうか?

 

アベ内閣NO!と訴えるために、市民も国会前に集結し、徹夜の構えという。

 

「ストップ!戦争法 ヒロシマ実行委員会」は、13日と14日夕、広島市・本通り青山前で、「共謀罪」反対!の街宣行動で市民に訴えた。

 

オリンピックのためにテロ防止が必要という理由そのものがウソ。

「一般人が対象になることはありません」「国民のみなさまに丁寧に説明していきます」・・・こんなこと言ってたけど、一度もきちんとした説明はなかった!

 

アーサー・ビナードさんは「ぼくが最初に日本に来たころと、今の日本は全く違ってしまった」と、戦争法、改憲の動きなど、危険な道を歩もうとしている日本政府を批判。

 

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安倍首相は、多数で何でもかんでも自由にできると思っているようだけど、国民をないがしろにして、続くわけないよ!!と思い知らせてやりたい!!!

 

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YOKO

 

 

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コメント

妻が今日の朝日新聞の読者投稿欄「声」に赤川次郎の投稿をみつけて驚き、共感していました。ただ、危機感を持つ人の多くが年配で、ネットでは安倍政権を支持している若者が多いようにも思えます。それだけに、色々な形で「声」を上げることが重要だと改めて思いました。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。おっしゃる通り、特に若い世代の人たちに権力者の恐ろしさを伝える必要があると思います。続けて声を上げて行きたいと思います。

伝え方の一つとして、お金、経済と政治との関係からのアプローチも有効なのではないかと思います。その点についても、また触れてみたいと考えています。

2017年6月 7日 (水)

「核と人類は共存できない」-関西電力高浜原発3号機の再稼働に抗議する座込み

「核と人類は共存できない」-関西電力高浜原発3号機の再稼働に抗議する座込み

 

広島県原水禁は、昨日午後6時から30分間、平和公園・原爆慰霊碑前で「関西電力高浜原発3号機の再稼働に抗議」をするとともに「2基の原発の即時停止」を求める座り込みを実施しました。5月18日の4号機再稼働に続く抗議行動でしたが、仕事を終えた労組員や被爆二世、市民運動グループの人など54名が参加し、抗議の意思を表しました。

 

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アピールに立った秋葉忠利県原水禁代表委員は、まず「日米の核協力関係が強まっているが、核兵器禁止条約が成立すれば、これらを変える大きな力になる」と現在の核をめぐる世界の動きに触れながら、今日の座り込みの意義について「日本の原発政策は、周回遅れの行動といえる。その陰には、核保有国への強い思いが隠されている。プルトニウムの大量保有が、そのことを示している。原発の再稼働は、環境の面からも多くの市民の声に反する。私たちが、声を上げ続けることで大多数の市民の声を作っていかなければならない。森滝市郎さんが訴えた座り込みの教え、Chain reaction・連鎖反応を作ろう。これからも頑張りましょう」と訴えました。

Photo                      
座込みの最後に「高浜原発3号機の再稼働に抗議し、すべての原発運転の即時停止を求めるアピール」を、参加者全体で確認するとともに、同内容の「抗議と要請文」を関西電力格式会社・岩根茂樹取締役社長に送付することも決めました。

 

今回の抗議文では、とりわけMOX燃料を使用するプルサーマル発電の危険性を強調し、再生可能エネルギーのさらなる再開発など、危険な原発に頼らないエネルギーへの転換を求めています。

 

 

安倍政権は、福島の原発事故の現実に向き合うことなく、原発再稼働推進の政策を強行しています。この流れを止めるためには、市民一人ひとりが、もう一度2011年3月11日以降に起こった原発事故によってもたされて深刻な事実と今も続く被害の実相に向き合い、原発事故の危険性を思い起こすことです。

 

そして、秋葉さんも訴えられてように、常に声を上げ続け、反対の意思を粘り強く表し続けることです。

 

06_a1            日本原子力研究開発機構の大洗研究開発センター

「座込み」を終えて帰宅すると新たなニュースが飛び込んできました。「日本原子力研究開発機構の大洗研究開発センター(茨城県大洗町)で6日午前11時ごろ、燃料研究棟と呼ばれる施設で核燃料物質の保管容器を点検していた作業員5人が放射性物質に汚染される事故があった。」というニュースです。5人の作業員が被爆させられたのです。被曝線量など詳細はまだわかりませんが、また新たな被曝者を生み出してしまったのです。何度過ちを繰り返せばよいのでしょうか。

 

核の使用に絶対の安全はなりません。

 

「核と人類は共存できない」この言葉をもう一度声を大にして訴えたいと思います。

 

 

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2017年6月 5日 (月)

共謀罪反対集会とデモ ――広島弁護士会主催のテーマは「私の心を探るな」――

 

共謀罪反対集会とデモ

――広島弁護士会主催のテーマは「私の心を探るな」――

 

527日に衆議院で強行採決された共謀罪新設法案は今、参議院で審議されていますが、どうしてもこの法案の成立を阻止しなくてはならないと、広島弁護士会の呼び掛けで、午後2時から原爆ドーム前の集会が開かれました。炎天下にもかかわらず、500名の参加者があり、集会後は原爆ドームから八丁堀、本通りを通って平和公園までのデモを通じて多くの人々に呼び掛けました。

 

集会は、最初に主催者を代表して下中奈美広島弁護士会会長の挨拶があり、続いて民進党の森本真治参議院議員の国会報告、そして連合事務局長を含む3人から市民の立場を代弁するアピールがあり、最後に弁護士会の共謀罪担当の前川弁護士から閉会の挨拶がありました。以下、アイ女性会議の佐藤奈保子さんにまとめて頂いたレポートです。

 

             

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下中会長の挨拶

  

下中会長は「これまで『テロ等準備罪』は3回廃案となっている。2020東京オリンピック・パラリンピックでテロを未然に防止するためと提案しているが、すでに国際犯罪防止条約にプラスして国際・国内法の整備がされているにもかかわらず、今回、277の対象犯罪を盛り込んだ「共謀罪」を提出しました。一般市民も「話し合い」や「計画」をしていたとして恣意的に犯罪対象にされかねない。安倍首相は一貫して「戦争のできる国」づくりのために急いでいる。今国会で通そうと必死だ。弁護士会はみなさんと一緒に廃案にむけてがんばります。」と力強いあいさつ。

 

 

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森本参議院議員の国会報告

 

民進党の森本真治参議院議員からは「法案は不明な点(180の論点)が次々と出ているが、十分な整理もされていないにもかかわらず、審議を拒否すると「質問なし」として強行採決されるので審議を徹底して迫る。みなさんの声とともに国会でがんばる」と国会内の状況報告。

 

広島市立大学の湯浅正恵教授は「『安保法案』に次いで危機感を感じてこの場に来た。安全・秩序と銘打って当局が問題ありと思ったら何もしていなくても監視強化され、表現・言論・集会の自由を奪い、脅かされる。当局に睨まれないために自己規制することに始まって、結局は私たち一人一人が言葉を奪われる。私は『秘密保護法』の時も言ったが、1人の人間として生きる自由・権利を放棄したくないから反対する」と力強い反対の意思表明。

 

写真家の藤岡あやさん(呉出身)は「『共謀罪』がよく分からなくて勉強した。2020オリンピック・パラリンピックのテロ対策で一般市民は対象外と言うが、私が護衛艦やデモを撮っていたら、犯罪の対象にされるかも。生きる喜びや表現が制限されるとしたらいやだ!」と具体的な表現手段に沿っての説得力ある反対論。

 

連合広島の山﨑幸治事務局長が「連合としても重要な問題と捉えている。大きくまとめると4つの問題点がある。

  適用する対象があいまい 

 「犯罪」の構成要件が好い加減 

  捜査等の手法が拡大され監視社会が作られてしまう 

  人間相互の不信感を高める(密告等により)

このような法案は何としても撤回させなくてはならない。連合広島もがんばります」と決意表明。

 

デモのシュプレヒコールも共謀罪の本質を突く鋭くかつ記憶に残るもので、500人の参加者の熱い思いが伝わりました。

 

「戦争反対」「共謀罪は廃案に」「テロ対策と嘘つくな」「話し合いは人間生活の基本」「告げ口を奨励する法案に反対」「憲法を変えるな、政治を変えろ」

 

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2017年6月 3日 (土)

「資料館に一度も入ったことがないんですよ」-安楽寺前住職・登世岡浩治さん

「資料館に一度も入ったことがないんですよ」-安楽寺前住職・登世岡浩治さん

 

昨日、広島宗教者平和協議会が、安楽寺(広島市東区牛田本町1丁目5-29)本堂で開催した「登世岡浩治さんからお聞きする被爆体験談」の会に参加しました。

 

登世岡さん(87)のお話の最初はこうでした。「私は、本願寺別院の平和活動の中心的な役割も担ってきたのですが、自分自身の被爆体験は、断片的にしか話しかしてこなかったのですよ。話ができなかったのです。話すと怖くなるのです。資料館にも一度も入ったことがないんですよ。見れば思い出して怖くなるからです。しかし、子どもたちには行きなさいといっています。」ちょっとびっくりです。

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続いて被爆体験を語るきっかけとなった話に移りました。「1994年、平成6年の3月の終わりです。被爆49周年ですが、仏教では50回忌です。初めてタイのバンコクで原爆体験を話しました。日タイ友好協会の平和シンポジウムに参加した時、どうしても話してくれと繰り返し頼まれて、ようやく原稿に書いてみました。」「200人ぐらいの人がいるところで、被爆体験と平和の願いを話しました。」「終わると20から30人くらいの人が集まってきて、次々と質問が出てきました。」

 

この体験がきっかけとなって登世岡さんは、日本でも話そうと思われてということです。

国内で被爆体験を話された最初は、近くの小学校の子どもたちでした。

 

「その4年後に、牛田小学校の先生から『被爆の話を子どもたちにしてほしい』と依頼をされて平成10年(1998年)6月、3年生の子どもたちがお寺に来てくれて、話をしました。毎年続いています。今は早稲田小学校でも話しています。今年は、192名にも増えたものですから、本堂の床が抜けてもならないと、小学校の体育館で話すことになっています。」

いよいよ被爆体験です。

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「72年前。私は中学校4年生、15歳でした。被爆地は、江波の軍需工場です。学徒動員で働いていました。製缶工場で鉄板のガス切断や溶接の作業をしている時でした。」当時の模様が続きます。「お日さんが出るときの何倍もの明るさ。窓から飛び出して広島の中心部を見ると、白い雲が立ち上り、ピンク色の雲が上がってと思ったら、今度は黒い雲が上がった。」実に鮮明なお話です。「工場から逃げようとした時であった『顔は焼け、服はボロボロ手を挙げて歩いてくる人たち』。幽霊とはこんなものかと思った」

 

「さらに逃げる途中で黒い雨にあった。一旦古江のおばさんの家に行ったが、家が気になるので帰ることにした。線路伝いに歩きながら、白島の工兵橋で見た黒焦げの死体。焼けてしまった牛田の街の姿。何とか庫裏が残った家にたどり着いたが、小網町の建物疎開に行っていた中1の弟の純治さんは帰っていなかった。」

 

さらに話は続きます。「ずぶ濡れの服のままお母さんと二人で、白島線をたどりながら京口門付近まで弟さんを探しに行った。『水を下さい、水をください』という女学生に出会ったが、何もできなかった。京口門から先には行けず、弟さんを見つけることもできず、家に帰ってきた。」

Photo_3                             被爆後の安楽寺 中心から左側に本堂の骨組みや銀杏が映っている

ようやく弟さんと出会うことができたのは「工兵橋たもとの田所さんから連絡が入り、ようやく純治を見つける。顔がむくれ上がってみてもわからないほどやけどを負っていたが、ベルトのバックルを見て確信した。夕方担架に載せて寺まで連れ帰った。」

そして弟さんとの悲しい別れ。「なくなる2日前には、枕元で両親と2番目の姉と一緒にお経を唱えた。純治さんも一緒に口を動かしていたが、途中で止まり、4人に『ありがとう』の言葉を最後に、意識は途絶え、12日昼過ぎに亡くなった。庫裏の天井をはがし、棺桶を作り、近くの公園で火葬した。弟を火葬にする。これほどむごいことはない。」

 

最後に「核兵絶ということを真剣に考えて欲しい。」と呼びかけて約1時間半余りの被爆体験が終わりました。

改めて、被爆者一人ひとりに重い体験があるのだということを実感させられました。

 

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ここ安楽寺は、爆心地から2キロ余りありますが、本堂は骨組みだけを残して全壊しました。その後その残った木を使って本堂は、再建されたそうです。

 

安楽寺に近づくと、門の屋根を突き破る形で上に伸びた被爆銀杏の巨樹が元気に葉を茂らせています。この銀杏のおかげで、お寺から北側は、延焼を免れたともいわれています。安楽寺の前の小路には、「いちょう小経」の名がつけられています。

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少し早めについた私は、本堂裏に広がっている墓地に入ってみました。私が目にしただけでも、いくつものお墓に「昭和20年8月6日」の文字が刻まれていました。中には「原爆死」という言葉も。

 

6月15日からニューヨークの国連では、2回目の「核兵器禁止条約交渉会議」が始まります。語りたくない被爆体験を語る被爆者の思いが、この交渉会議の参加者に伝わることを強く望まずにはいられません。

 

そして、今度こそ「核兵器廃絶への道」を確かなものにしなければなりません。それは広島にいる私たちの役割だと改めて決意した一日でした。

 

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2017年5月31日 (水)

5月のブルーベリー農園

                     5月のブルーベリー農園

 

5月の農園の農作業も4月と一緒で剪定や草刈りが中心だが、自然の様子は季節に合わせてどんとん変化し、人はそのあとを追いかける。

 5月のブルーベリー農園のまわりで出会った生き物たち。

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 ブルーベリーの木の下のトカゲ。メスだろう、お腹がすこし膨らんでいる。(57日)

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 シオカラトンボ。(522日)

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 スズメバチ。捕獲をする仕掛けの中の液体は食用酢やリンゴ酢、砂糖。匂いにつられて入ってくる。

 キジの撮影はできなかったが、今も「ケーン」と鳴いている。自治会会費の集金にお見えになった役員の方と話をするうちキジの話題になった。「メスと2羽で一緒にいるのをよくみる」とのこと。嫁さんが来てくれて雛をきっとどこかで育てているのだろう。一年中農園を中心としたエリアで生きていくらしいので声を頼りにご健勝を確認できればいい。

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土日の2日間ブルーベリーの下草を刈る作業。あと1日かかりそう。この後で剪定を始める。(528日)

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早生の北部ハイブッシュ系のチャンドラー。6月半ばから収穫が始まる(528日)

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帰り際に畑でできたサヤインゲンを収穫。つくるでなく、植えてできたものを頂く。(528日)

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夕方の散歩。麦畑と田んぼの水の輝き。麦秋まであと少し。息子の頭の上の杉林の左右がブルーベリー園。(527日夕方)

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稲田の様子。(527日夕方)

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山のブルーベリー園の草刈りを行う時に出会ったアザミ。草刈り機を止めて撮影。(528日)

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農園の林に咲くシライイトソウ。この一輪だけが咲く。(528)

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庭のジャーマンアイリス。開く前の蕾が印象的な品種(ヘレンコーリングウッド)。

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ハコネウツギ。唱歌「夏は来ぬ」にある「卯の花の 匂う垣根に・・」の花。(527日)

2017530日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2017年5月28日 (日)

「核兵器廃絶!ヒロシマ市民集会」開催

「核兵器廃絶!ヒロシマ市民集会」開催

 

昨日午後3時から広島市役所前の平和ビルで、核兵器禁止条約のためのヒロシマ共同行動実行委員会主催の「核兵器廃絶!ヒロシマ市民集会」が、120人(受付名簿)を超える参加を得て開催されました。

 

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この集会は、6月15日から国連で開催される「核兵器禁止条約についての第2回交渉会議」を成功させ「核兵器禁止条約」の成案を何としても採択させることを目的とした緊急行動として実施されたものです。

 

核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)の呼びかけに応えた広島で活動をする反核・平和団体18団体が賛同してこの実行委員会は結成されました。広島県原水禁は、4月28日の三役会議で参加を決定しました。そして第1回の実行委員会が開催されてからわずかにひと月の短い期間でしたが、「核兵器の廃絶と核兵器禁止条約の実現」を願うそれぞれの団体の熱い思いが結集し、昨日の集会が実現しました。

 

 

第9条の会ヒロシマの藤井純子さんの司会で始まった集会は、まず最初に実行委員会を代表して青木克彦HNWA共同代表が、開会のあいさつ。

 

青木さんは、「核兵器禁止条約交渉会議に欠席した日本政府の態度に強い失望と怒りを感ずる。核兵器禁止条約制定のため、広島の決意を世界に発信しよう」と集会の意義を強調。

 

続いて広島市長と広島県知事からのメッセージを紹介。

 

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そして今日のメインである川崎哲さん(ICAN国際運営委員、ピースボート代表、核兵器廃絶日本NGO連絡会協同世話人)が、「核兵器禁止条約交渉の現状と展望」をテーマにした基調講演。

 

川崎さんは、パワーポイントを使いながら、これまでの経過や5月22日に提案された議長の条約案などのついて詳しく報告されました。

 

まず最初に「今歴史的な条約が出来ようとしている。高揚した気分です。しかし、政府レベルでは、広島、長崎の実態が知られるようになって来たが、世界の市民レベルではまだまだ」と現状を報告しながら「ヒロシマの役割」を強調とともに「1946年に成立した国連決議第1号は、核兵器廃絶決議だった」ことを紹介。

 

さらにオバマ前大統領の昨年の広島訪問の意義に触れながら、これまでの国連を中心とする国際社会における核兵器廃絶への動きを説明。2012年以降「核軍縮の人道的側面」からの動きが強まり、有志国連合により「NPT条約の第6条の効果的な措置のためには、核兵器禁止条約を作ることの必要性」が強調され、昨年秋の国連総会で「核兵器禁止条約交渉会議」を行うことが確認されたと経緯が話された。

 

その中で、日本政府が「核兵器国と非核兵器国の間の対立を一層助長する」という理由で反対したことを厳しく批判。日本政府は、今も同じ態度を続けている。

 

そうして経過を経て示された議長の条約案を解説。ただ議長案は、今後も変わる可能性があると指摘。

 

その中で「核兵器禁止条約への懐疑論」について詳しく解説と反論。

 

NPTと矛盾する:NPT第6条(核軍縮)履行=禁止条約だから矛盾しない 

 

②安全保障を軽視している:もし使用されたら、非人道的な破壊に至る。本当の意味で安全を考えているのはどちらか 

 

➂核保有国の入らない禁止条約は意味がない:保有国が入らなくても、規範となり圧力になる。ますます使えない兵器となることによって、核兵器開発に投資をする意味がなくなる

 

そして最後に、「ヒバクシャ国際署名を7月に国連に提出する予定なので6月7月に、これをしっかりと取り組んでほしい」と私たちの活動への示唆を与えて報告は終わりました。

 

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続いて共同行動実行委員会森滝春子事務局長が、共同行動の目的と今後の行動スケジュールを提起。「核兵器廃絶にとって正念場のこの時期、この実行委員会にさらに幅広く結集し、核兵器禁止条約キャンペーン・ヒロシマ緊急共同行動を展開する」

 

次に二名の被爆者のアピールと反核団体を代表して二名が決意表明。

 

第2回会議に参加される被爆者の箕牧智之さんは、「人間のいのちは一つしかない。いのちには重い軽いはない。失ったいのちは返ってこない。核兵器の非人道性を知るために資料館にぜひ来てほしい。被爆者のいのちがあるうちに核兵器をなくさなければならない。」と訴えました。

 

そして「第2回交渉会議が進展し、核兵器禁止条約が策定され秋の国連総会で採択されることを強く求める。日本政府が、これまでの態度を改め、会議に出席し、被爆国として積極的な役割を果たすことを求める。」「ヒバクシャを先頭とする先人の血のにじむような戦いを引き継ぎ、核兵器の非人道性を最もよく知るヒロシマから声を一つにして、核兵器禁止条約を実現することを強く求め、世界に訴える。」緊急行動宣言を採択しました。

 

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閉会のあいさつで秋葉忠利原水禁代表委員(前広島市長)は、「日本政府が広島1区選出の岸田衆議院議員を外務大臣に選んだ責任と岸田さん自身が『広島1区を選んだ重みを自覚しなければならない』」ことを指摘しながら、アメリカ国内の世論調査で「原爆投下は正しかった」とする人たちが、1945年の90%から徐々に低下し、2016年には45%にまで低下していることを紹介し、「アメリカの核政策も根本的に変り得る」ことを強調しながら「歴史的なこの時、未来に対して責任を持とう」と訴え、集会は終了しました。

 

Photo_6                                         わが家で咲いた花

 

なお次回の行動は、6月15日(木)午後7時30分から原爆ドーム横で開催されるキャンドル・メッセージの集いです。

 

 

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