平和

2017年4月23日 (日)

森の工房AMA クマバチなど

     森の工房AMA クマバチなど

 

障害者が日中働く場、森の工房AMAと第2森の工房AMAの建物の屋上には建物の工事で出た土をそのまま上に上げてブルーベリーの畑にしている。厚さは30センチある。サクラの開花が終わって4月中旬からブルーベリーの花が満開となるのでクマバチやクロマルハナバチたちがやってくる。

 

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14日の様子。

 414日天気も良くて森の工房AMAの庭にクマ蜂が今年もやってきた。縄張り争いが厳しく侵入するほかのクマ蜂はしつこく追いかける光景がこの時期。

 

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② 早生の系統の北部ハイブッシュ(ウエイマウス)は花の口が開いて受粉の準備が整っているが、

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 ③ 同じ場所に植えてある晩生のラビットアイ系の花はまだ口を開いていない。

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19日の様子

森の工房AMAの屋上のブルーベリーの晩生のラビットアイ系の花が満開。

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20日の様子

 ブルーベリーの剪定作業(毎年遅れる)をしているとクロマルハナバチに出会う。忙しく蜜を吸い受粉をしてくれる。ともに仕事モードでミツバチと妙な連帯感を感じたりする。

 

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 ② 受粉が終わると花が落ちて結実した小さな実が顔を出す。(左上にひとつ)

ミツバチが来ないとブルーベリーの実はできないし、収穫時に長雨が降ると実が摘みとれないし、いろいろ栽培管理をしていても最後は自然まかせ。昨年はミツバチが少なかったが今年はちょっと期待している。

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③ 草も伸びてきたので第2森の工房AMAの駐車場の草取り。フェンス沿いに数十種類のジャーマンアイリスがずらりと植えてある。

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背丈の低いアイリスが第2森の工房AMAの庭に咲き始めた。名前はリベッティング。

 

2017422日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

 

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2017年4月21日 (金)

「広島・長崎の記憶を伝える」-藤登弘郎・水彩画展

「広島・長崎の記憶を伝える」-藤登弘郎・水彩画展

= 旧日銀広島支店 4月20日から23日=

 

昨日(20日)から、旧日本銀行広島支店で藤登弘郎(1936年生れ)さんの「ヒロシマ・ナガサキの記憶を伝える―被爆建物・被爆樹木・慰霊碑―」水彩画展が、開催されました。私もさっそく見に行きました。

 

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藤登さんは、定年退職後水彩画を始められ、最初は全国の近代建築や町並みを描いてこられましたが、その後「失われゆく被爆の‟証人を、自分なりに後世に残したい」と広島と長崎にある被爆建物や被爆遺構を水彩画で描き残そうと描き続けてこられました。さらに「被爆した兄から幾度も聞いた当時の光景を想像しながら絵筆を握りました」(自費出版「水彩画集・被爆建物は今」発刊にあたり)とも述べておられます。

 

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藤登さんの水彩画展は、今回が3度目ですが、これまでは「被爆建物」と「被爆樹木」を描いたものでした。今回は、最近描いてこられた「慰霊碑」を中心とした展示となっています。藤登さんは、「すでに86の慰霊碑を描いてきましたので、ぜひ多くの人に見てもらいたいと思って今回開催しました。今回はそのうち35枚を展示しています。その慰霊碑の多くは、学校や職場の慰霊碑となっています」と話しながら、さらに慰霊碑を描く思いを「特に、学校の慰霊碑を回るたびに、どんなに多くの若い人たちが、夢や希望をもちながら、無念の死を迎えただろうかと思わずにはいられません。」と話していただきました。今回展示された作品の中には、山王神社の片足の鳥居など長崎の被爆遺構を描いた絵5枚も展示されています。このいずれの作品にも藤登さんの「平和への願いと祈り」の強い思いと「次の世代への伝承の願い」が込められています。また開催期間中の22日(土)午後1時から、同じ会場で「被爆ピアノ平和コンサート」が開催されます。藤登さんによれば、被爆ピアノを管理されている矢川光則さんから「一度は水彩画展とコラボした被爆ピアノ演奏会をしたいですね」と言っていただいていたことが今回ようやく実現したとのことです。

 

この展示会は、23日まで開催されています。被爆ピアノ演奏会はもちろん、ぜひ一人でも多く参観していただければと思います。

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実は、藤登さんと私の出会いは、ちょうど10年前の2007年のことです。当時私は、写真家の鈴木賢士さんから「広島でぜひ東京大空襲写真展を開催したいので協力してほしい」という依頼を受けていました。写真展をやるなら「東京大空襲のあった3月10日中心に、会場は被爆建物である旧日銀で開催したい」と思い、広島市に会場の使用申し込みに行きました。同じ時期に自分の水彩画展を開こうと申し込みに来られていたのが、藤登さんでした。そして私の「どうしても3月10日を外せないのです」というわがままを聞いて、日程を変更していただいたのです。その縁で、今回の水彩画展の案内もいただいていました。

 

 

展覧会の成功を祈られずにはいられません。

 

 

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2017年4月20日 (木)

バーバラ・レイノルズさんとフェニックス号 ――川底に沈んでいる船を引き上げる運動が始まりました――

 

バーバラ・レイノルズさんとフェニックス号

――川底に沈んでいる船を引き上げる運動が始まりました――

 

私たちの世代の人間にとって、「バーバラさん」、つまりバーバラ・レイノルズさんは神懸った存在でした。彼女の信仰心の篤さと平和への献身的な姿勢から、私たちが近寄り難いほどのオーラを感じ取っていたからだと思います。

 

今日、バーバラさんの娘であるジェシカ・レンショーさんからメールを頂きました。川底に沈んでいるヨット、フェニックス号を引き上げ、再び世界平和のための航海ができる形に復元するプロジェクトが始まっているのだそうです。フェニックス号はバーバラさんが家族とともに乗り込み世界を駆け巡って平和を訴えたヨットです。

 

Phoenix of Hiroshima Project(ヒロシマのフェニックス号プロジェクト) と名付けられていますが、先ずは、ホームページのURLを御紹介しておきます。

 

https://phoenixofhiroshima.org/

 

                 

Raisingthephoenix

           

フェニックス号プロジェクトのホームページから

 

ここまで書いてきて、若い世代の皆さんの中にはバーバラさんやフェニックス号についてあまり御存知でない方も多そうだと気付きました。バーバラさんの思いやフェニックス号の活躍を若い世代の皆さんに引き継いで貰うために、何回かに分けてバーバラさんや御家族の皆さん、そしてバーバラさんの撒いた種について、さらにその種がどのように成長しているのかについて説明したいと思います。

 

今回はまずバーバラさんの記念碑を取り上げます。平和公園の100メートル道路に近い、平和大橋寄りにある記念碑です。

 

 

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広島市のホームページから

 

記念碑は2011612日に除幕されました。建立の目的は「被爆後60年以上が経過し被爆体験の風化が懸念される中、「私の心はいつもヒロシマとともにある」という信念のもと、ヒロシマの世界化に尽力したバーバラ・レイノルズ氏の功績を顕彰するとともに、広島市民及び修学旅行生をはじめとする国内外の来広者に彼女の核廃絶への願いを継承することを目的とする」と記されています。建立したのは、バーバラさんが創設したワールド・フレンドシップ・センターです。

 

碑文は英文併記なのですが、ここでは日本語だけを掲げておきましょう。

 

私もまた被爆者です 
私の心は いつも ヒバクシャ ヒロシマ とともにあります

 

バーバラ・レイノルズ (1915-1990)
広島市特別名誉市民 

ワールド・フレンドシップ・センター創立者

 

1990年に亡くなられた時、まだ75歳という若さでした。でも彼女の生涯を振り返ると、その何倍もの時間を生き世界平和のために尽してくれていたような気がしてきます。それほど存在感のある人でした。

 

広島市の平和記念資料館の記述を借りて、バーバラさんの生涯を振り返っておきましょう。

 

アメリカの平和運動家。1951(昭和26)に当時、原爆傷害調査委員会(現、放射線影響研究所)研究員だった夫とともに広島を訪れ、原爆被害の悲惨さを知った。1958年に、太平洋エニウェトク環礁の立ち入り禁止海域にヨットで乗り入れ、米国の水爆実験に抗議した。1962年から「ヒロシマ平和巡礼」、1964年には「広島・長崎世界平和巡礼」を実施。被爆者や学者等と共に世界各国を平和行脚した。

1965年に、南観音に「ヒロシマの世界への窓口」として、“ワールド・フレンドシップ・センター”を創設。 日本及び世界各国で平和運動に尽力した功績により、 19751015日に広島市の特別名誉市民に推挙された。

 

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バーバラさんの活動や「広島のフェニックス号プロジェクト」について、これから何回かに分けて取り上げて行きます。お付き合い頂ければ幸いです。

 

 

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2017年4月19日 (水)

イギリスの解散・総選挙 ――どちらに転んでも損をしない選択肢かも知れません――

 

イギリスの解散・総選挙

――どちらに転んでも損をしない選択肢かも知れません――

 

イギリスのメイ首相が下院を解散し、68日に総選挙を行う意向を記者会見で表明しました。解散・総選挙の目的はEU離脱 (Brexit とも呼ばれています。イギリスの別名Britainと、離脱を意味するexitを合わせた言葉です) を遂行するための国民的合意を取り付けることだと言明し、今後、安定した政権運営をするためには今、選挙をすることが必要だとも述べています。

 

             

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一応の説明にはなっていますが、これまで官邸筋は解散・総選挙を否定してきていますので、それを踏まえるとすんなり受け入れられるシナリオでもありません。いろいろな論評が出てくると思いますが、日本のマスコミがあまり注目していない観点からの解説をしておきたいと思います。

 

そのための大前提ですが、保守的な政治家や力の支配を信奉している人々にとって核兵器の存在こそが最大の切り札だという事実です。例えば前にも言及しましたが、就任直後の議会でメイ首相は次のような発言をしています。

スコットランド国民党のジョージ・ケレバン議員が次のような質問をしました。「メイ首相は自ら、10万人の罪のない男女や子どもの命を奪う核兵器の使用を許可する覚悟があるのか」でした。それに対してメイ首相は、まず、躊躇することもなく「Yes」と言った後で、「核抑止で重要なのは、敵に我々が核を使用する用意があると知らしめることだ」と述べています。

(ニューズウィーク日本語版電子版2016721)

 

最近の北朝鮮を巡る緊迫した状況とも関係しているのかもしれませんが、「核を使用する用意があると知らしめる」ためには、先ず核を持っていなくてはなりません。しかしイギリスの場合、スコットランドが独立してしまうと、核兵器はなくなってしまいます。この点については何度か取り上げていますので、再度お読み頂ければ幸いです。

 

イギリスの保守派の主張通り、Brexitが実現すると、スコットランドの独立派は再度の住民投票で今度は勝つという作戦を立てていますので、ただ単に「離脱の手続きを粛々と進める」だけでは、イギリスが非核保有国になり下がるという「窮地」に追い込まれる可能性があるのです。それもかなり高い確率での話です。

 

となると、今、保守党の人気が高い内に選挙を行い、スコットランドでも保守勢力に勢いを付けておく、という作戦はあり得るだけでなくとても重要です。

 

しかし、私は敢えてもう一つの可能性に賭けたい気持です。それは、総選挙の結果にかかわらずスコットランド独立の意志は変らず、今度は独立が実現するというものです。そうなるとイギリスは非核保有国に「転落」します。

 

その時になって、保守派や力の支配信奉派は、Brexitを後悔し、その手続きを行ったメイ首相も、「Brexitを推進した」というラベルを張られて非難されることになるでしょう。でもそれに対する「反論」として、あれは「総選挙の結果だった」「国民の意志だった」と言えれば非難は国民にそのままブーメラングすることになります。

 

意地悪く考えると、このような「言い訳」を作っておくための選挙だということになるでしょうし、善意の解釈をすると、それだけ重みのある手続きだということを国民に周知し、EU離脱という結果になった国民投票後での「後悔」と同じ轍を踏まないようにするための選挙だと考えらます。

 

そのどちらになっても、解散・総選挙の意味があるとメイ首相は判断したのではないでしょうか。

 

 

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2017年4月16日 (日)

「Xデー」に何が起きるか ――4月15日午後9時時点では大事に至ってはいませんが――

 

Xデー」に何が起きるか

――415日午後9時時点では大事に至ってはいませんが――

 

415日は北朝鮮では金日成生誕105周年イベントが開かれ、韓国では大統領選挙の候補者登録、そしてアメリカの空母カール・ヴィンソンが北朝鮮を睨む公海に展開といった緊迫した状況下、この日を「Xデー」とみる予測が目立ちました。

 

             

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空母カール・ヴィンソン (米海軍省のホームページから)


北朝鮮が核実験をするあるいはミサイルを発射する、アメリカが北朝鮮に対して攻撃を行う等の可能性の指摘でしたが、幸いなことに15日の午後9時時点ではこれらの可能性のどれも現実にはなっていません。

 

とは言え、一触即発の状態であることは論を俟ちません。以前も御紹介した平和活動家のジョン・ハラン氏は最悪のシナリオとして次のような可能性のあることを、発信しています。

 

北朝鮮が核実験を行いそれに反応してアメリカが北朝鮮を攻撃、さらにそれに対抗して北朝鮮が①通常兵器でソウルを攻撃する、あるいは②核兵器で、ソウル、上海、東京あるいはその距離にある他都市を攻撃する、という可能性を指摘しています。それに対してアメリカ、中国、あるいはロシアが何らかの対応をすることになり、北朝鮮が全面的に破壊される結末を迎えるという、絶対に起きては欲しくないシナリオです。

 

軍事行動とともにアメリカが歴史的に手を染めてきたのは、「暗殺」ですが、それを踏まえて考えると、「緩和ケア医」さんの予想にはそれなりの説得力があるように思います。とは言え、それで「問題解決」ということにはにはなりそうもありません。

 

しかし、北朝鮮はICBMの「保有」を誇示するという愚を続けていますし、対するアメリカ側は軍事力や経済力で相手を捻じ伏せようという姿勢を変えていません。

 

しかし、こんな時だからこそ頭を冷やして、ことによると億の単位の人たちが被害を受けるシナリオを、ハラン氏の表現を借りれば「正気の洪水」によって元に戻す努力をしなくてはならないのではないでしょうか。

 

東京新聞の412日の社説で、半田滋氏が説いているのも正にこの点です。

 

「トランプ米政権は北朝鮮に対する先制攻撃を否定していないが、日本や韓国が受ける被害はだれが攻撃しても変わりない。日本がとるべき道は米国に対し「北朝鮮との対話に乗り出し、その過程で核・ミサイルの放棄を求め、見返りに平和協定を結んで北朝鮮に『米国は攻撃しない』という保障を与えるべきだ」と強く進言することである。」

 

今の時点で対話の必要性を説いても手遅れだ、と言われるかもしれません。でも、まだ手の打てるときにでさえ何もして来なかった付けが今になって回ってきたのですから、これ以上の被害が出る前に、事態を平和裡に解決する努力をしても罰は当らないはずです。

 

 

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コメント

恥ずかしながらコメントいたします。
nancyです。

「正気の洪水」によって元に戻す努力をしなくてはならない。
本当にその通りだと思います。

戦争も経済も環境問題も
その根幹は人の心が
国や民族や宗教で分断され
バランスを失っているから起こること。

命も心もつながっているイメージを持つことが大事なのではないかな…
と思っています。

甘い夢想家だと笑われるかもしれませんが…

「Nancy」様

コメント有り難う御座いました。おっしゃる通りです。

9mm Parabellum Bulletというロックバンドも、Wanderlandという曲の中で同じことを歌っています。

「正気の洪水」が世界を包み込むよう、頑張りましょう。

「正気の洪水」。その手でしたね!
ついつい、「狂気」を批判することにばかり、エネルギーを取られてしまうので、反省です。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。「言うは易し」という側面もありますが、言い続けることの大切さを噛み締め、小さな波作りのための努力から始めましょう。

私たちが勘違いしていることは、北朝鮮は中国やロシア以外にもたくさんの国と国交があることです。国際的に孤立していないのですね。
どうしても戦いたいのなら、中国も含めて兵糧攻めしかないのでしょうが。
トランプ政権で北朝鮮対策が強行的になっているように感じますが、私はそれ以前から強化されていたと思ってます。それは岩国基地の在日米軍の強化です。
その岩国基地の強化を岩国市民が選挙で選んだことで、岩国市はミサイルの標的になってしまってますね。
軍事強化は、平和への道のりには含まれないということですね。
戦争で利益を得るのは、軍需産業とその株主だけであり、北朝鮮にも韓国にも日本にも国民にはなんの利益はないでしょうね。
今回の件で日本とアメリカの利害は一致してますね。戦争をすることでなくその危機を煽ることで、トランプ大統領と安倍首相は絶対政権を作ることに。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

沖縄の負担を軽くするために、米軍の一部を沖縄から岩国に移すのだという説明もされていますが、総量は多くなっていることを隠すために使われていてもおかしくはありません。

かつて、「列強」が「帝国主義」で先頭を切っていることだけを見て、「追い付け追い越せ」で頑張った日本が、時代の変化を読み取れずに周回遅れの破滅に陥ったのと同じことを今また繰り返していることに気付かず、同じ轍を踏んでいるのは残念ですね。

2017年4月15日 (土)

森の工房AMAのサクラの様子など

        森の工房AMAのサクラの様子など

 

安芸の郷の最初に建てた建物「森の工房AMA」は200310月に知的と精神の障害者の皆さんが通所する事業所として安芸区矢野東にオープンしたが、建設時に大きめのサクラの木を8本植えた。他にも敷地の周辺に大きなサクラの木があったので開所の翌年からサクラを満喫できる環境が整っていた。今年の開花の前半は雨続きだったが、12日ころから満開となった。

 

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48日は安芸の郷の3つの事業所(森の工房みみずく・あやめ・やの)と2つの家族会と3つの事業所で活動するボランティアグループの皆さんがお昼に集まって恒例の花見。集まった160名を超える参加者はあいにくの霧雨でやむなく森の工房やのの食堂と作業室で宴をはった。弁当の後で参加者の自己紹介、そしてグループ対抗のゲームで楽しむ。

 

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外のサクラは薄墨色。

 

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9日は曇り。森の工房AMAの隣の原爆養護老人ホーム「おりづる園」では紅白幕を張ってホームの利用者の観桜の場を毎年しつらえる。

 

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11日。ヤマザクラは散り始め赤色の葉と桜色の混ざり合う姿に変化。

 

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12日からやっと青空がのぞいて満開のサクラが映える。右下の建物はおりづる園。

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12日の午後おそく森の工房AMAの入口のサクラの下で風に舞うサクラの花びらを追いかけたりして楽しむ親子ずれ。右の建物が安芸の郷の2つ目の建物「第2森の工房AMA」。

 

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13日。ソメイヨシノも若葉が伸びてくる。

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13日森の工房AMAの塔屋の周囲のサクラの満開が続く。

 

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サクラの他にも庭のフリージアは満開でスノードロップはもう終わりかけ。

 

森の工房AMAのサクラは数種類あり、4月末に満開を迎えるサクラが1本あるのでまだしばらくはサクラに囲まれて利用者は働きつづける。

 

 

2017413日 

 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年4月12日 (水)

かき船問題を考える―その4

「かき船かなわ」は、建築物

   なぜか「船」と主張する広島市

 

広島市が、「景観審議会は必要ない」とする根拠として「『かき船』は建築基準法による建築物ではない」という理由を挙げています。今回は、本当に「『かき船』が建築物でない」と言えるのかを検証してみたいと思います。

 

広島市も言っていますが、旧建設省(現国土交通省)は、2度にわたって「従来より、建築基準法第2条にいう『土地に定着する』状態とは、単に陸地で土地に強固に結合された状態のみならず、水面、海底等に定常的に桟橋や鎖等で定着された状態を含むものであるとする判断が確立しており」とする「海洋建築物の取り扱いについて」という通達を出しています。

これを素直に読み取れば、問題となっている「かき船」が、建築物であることは明らかだと思います。

 

ところが広島市は、次のような理由を挙げて、「かき船は建築物でない」と言い張っているのです。

「事業者が提出して計画によって『随時かつ任意に移動することが可能」だとし、さらに「業者から提出された計画内容」として次の三つを挙げています。

 

 ロープ、碇が容易に取り外し可能

 

 給排水等のインフラ設備等は、容易に着脱可能

 

 随時かつ任意可能な状態を確保するため、定期的(年1回程度)に離岸させ、その報告を行う。

 

Photo                        建築物にしか見えない

この広島市の理由を検証してみたいと思います。

 

まず「随時かつ任意に移動可能」ということに大きな?がつきます。そもそもこの「かき船」は、浮揚した状況でなければ、移動できないのですから、「随時」(いつでも)というのには無理があります。さらに「かき船」が浮揚している時間は、ごく限られています。残念なことに広島市は、どういう条件になったら浮揚するかに関心がないようです。私たちの問いに答えないのですから、あきれてものも言えないきもちです。

 

1                             この状態では、動かない

私たちの調査によれば、広島湾の潮位が、330cmを越えなければ「かき船」は浮揚しません。広島市は言葉を濁していますが、国土交通省海事局検査測度課は、「提出された図面及び現物の検査結果から、水面が船底から約1.85メートル程度の高さで浮揚することがわかる」としており、私たちの調査とほぼ合致しています。

 

広島湾の潮位表をご覧になればわかりますが、満潮時であっても潮位が330cmを超えることは、ひと月の満潮時(1日に2回ある)でも、10回をわずかに超える回数で、しかも1回の満潮時でもそれを超えるのは、2~3時間程度です。このことからもとても「随時」と言えないことは明らかです。

 

 

次に「業者から出された計画内容」を検証してみます。①,②の計画は、その通りの構造になっています。問題は、③の「定期的(年1回程度)の離岸」です。

 

業者は、広島市に対し2014年8月29日に「『かき船』係留レストラン船 離岸作業に関する説明書」を提出しています。そこに示された「離岸作業の手順」は、次のようになっています。

 

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                            前後の係留用鋼管杭が抜けますか

①離岸のため、曳航用ボートを準備②ライフラインを取り外す③係連橋を取り外す④係留チェーン(4本)を取り外す⑤係留用鋼管杭を取り外す⑥ボートによる離岸及び曳航作業

 

繰り返すようですが、これは業者が提出した「離岸作業に関する説明書」です。

 

「業者が提出された計画内容」が、「かき船は建築物でない」という根拠ですなら、この計画書通りの作業が行われるのは当然のことです。ところが、かき船が営業を始めて1年半以上が過ぎましたが、そして私たちが広島市と業者に対し「る計画の実施」を要望したにもかかわらず、上記の離岸作業は一度も実施されていません。

 

それどころか広島市は、最近では「インフラ設備等が着脱可能であることが確認できればよい」というのです。なぜか通達でいう「桟橋」には触れていないのです。

Photo_2                            強固につながれた桟橋で定着している

 

「定期的に離岸させる」という約束はどこにいってしまったのでしょうか。この「定期的な離岸」は、市議会でも答弁しています。そこでは「インフラの着脱が確認できれば良い」とことは、一度も示されていません。ところがいつの間にか「離岸作業」が「インフラの着脱の確認」だけで済むことになっています。公(議会答弁、市民への情報公開)に示していたことを、説明がつかなくなったからと言って勝手に変更することは許されません。

 

業者がしめした「離岸作業説明書」に対して、さらに条件を厳しくすることがあっても、条件を緩やか(というよりいい加減)にすることなど、行政の仕事として普通には考えられないことです。今話題の例の問題ではありませんが、どこかから大ちな力が働いたのでしょうか。

 

この二つだけでも、広島市が言う「『かき船かなわ』は建築物でない」という主張に問題があることは、明白です。

 

もちろん「かき船」の基本的な問題は「世界遺産原爆ドームのバッファゾーンにふさわしくない」ということです。

 

しかし私が、それと同等はむしろそれ以上に問題だと思っていることは、「かき船移転・新設」問題の経過の中に、国やとりわけ広島市が、もあまりにもずさんな手続きによってこの計画を進めてきたことです。それも市民の声が全く無視され続けてです。

 

それぞれが少し長くなりましたが、今回4回にもわたって「かき船問題」の問題点を訴えたのは、このことが理由です。

 

これを機会に一人でも多くの皆さんにこの問題に関心を持っていただければ幸いです。

 

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2017年4月10日 (月)

かき船問題を考える―その3

世界遺産原爆ドームの景観は守られたのか

   =なぜか開催されなかった広島市景観審議会=

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「かき船かなわ」が、平和大橋下流から400m上流の現在地(元安橋下流・原爆ドームから200m の近さ)に移動すること明らかになった2015年1月日本イコモス国内委員会は、調査団を派遣し「世界遺産原爆ドームバッファゾーン内における牡蠣船移動設置への懸念表明」を広島市に提出しました。その中で、バッファゾーンの役割について「単に世界遺産周辺の景観を規制し整えるゾーンというだけでなく、この資産の持つ鎮魂と平和への祈念の意味との深いつながりを持ったエリアと認識されるべきです」と指摘し、かき船移設への強い懸念を表明ました。特に「鎮魂と平和への祈念」ということを指摘していることは、原爆ドームが他の世界遺産と違う「負の遺産」という性格を持っていることを示しています。しかし、残念なことに広島市は、この日本イコモス国内委員会の懸念表明に答えることなく、計画を推進してしまいました。

 

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そもそも世界遺産のバッファゾーン(緩衝地帯)は、その遺産を適切に保護するため、世界遺産登録申請とともに申請者によって明示したものです。それは、申請した日本政府、そして広島市の共同の意思だったはずです。しかし、今回の「かき船」問題では、最初に検討されるべき「世界遺産原爆ドームの景観について」は、十分な検討がなされていないばかりか、むしろそれをないがしろにして推進されてきたのです。

 

情報公開によって入手した資料などからいくつか指摘したいと思います。

 

「かき船の元安橋すぐ下への移転」問題が行政の具体的テーマとなったのは、2013年度(平成25年度)からです。バッファゾーン内への移設の問題は、その年の9月19日に行われた国土交通省太田川河川事務所と広島市の協議の中で「景観への配所について」が議題となり、国側の問いに対し広島市は「原爆ドームのバッファゾーンの場合は、重要事項に該当するので景観審議会にかけるべきだと判断している」と明確に答えています。ところが開示文書を見ると「バッファゾーン」のことについて広島市の担当部局(観光ビズネス)が初めて市民局平和推進担当に問い合わせが行ったのは、翌年の5月になってからです。平和担当は、無視されたままだったようです。しかも、広島市は、国に「景観審議会に諮る」と約束しながら、実際には景観審議会には一度も諮っていません。広島市は、景観審議会に諮らなかった理由を「かき船は『船』だから」と理屈にならない理由を挙げていますが、あまりにも不自然です。

広島市は、事前の協議で約束したことを無視したばかりでなく、国土交通省には「景観審議会を開催しなかった」ことを知らせていません。ですから太田川河川事務所は、私の指摘によってはじめてその事実を知ることになったのです。ところが国土交通省は、広島市が明らかに約束違反をしているのもかかわらず、許可を取り消そうとはしなかってのです。何か取り消せば不都合なことがあったのでしょうか。こうした広島市に遠慮する(無批判な)姿勢は、その後も続きます。

問題はそれだけではありません。国土交通省は、「景観への配慮」について独自の検討を行う責任があったにもかかわらず、その検討を全く行っていません。これは許されないことです。1996年に国が行った原爆ドームの世界遺産登録申請にあたって、国は、ユネスコに対し、文化財保護法などとともに、河川法を明示し、原爆ドームとその周辺を含め保存し、保護することを約束しています。そのことは、今回の問題で国は、むしろ河川法によって「世界遺産の景観を保護する」責務を果たすべきだったはずです。

 

当時広島市は、「広島市景観計画」を策定するため、何度も景観審議会を開催していたのですから、景観審議会の意見を求めることは、できる環境にありました。だから余計に「なぜ景観審議会に諮らなかったのか」という疑問がわきます。

 

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ところで2014年7月4日に広島市長名で「広島市景観計画」が公示されました。その中では、この原爆ドームのバッファゾーン中心とした地域が「平和都市ひろしまを象徴する景観づくり」の「景観計画重点地区」となっています。かき船が設置された地域は、その中でも最も重要な「A地区(平和記念公園地区)」に指定され「景観形成の方針」として「平和記念公園と平和大通りなどの道路、橋りょう、河川、河岸緑地を含む地区とし、平和記念公園の役割にふさわしい良好な景観保全及び形成を図ります。」としています。「かき船は平和公園の役割にふさわしいのですか」「河川を含めるのであれば当然、船も該当するはず」「保全って今の景観を大切にということでは」と疑問がわくのは当然のことです。市長自らが定めた「景観計画」になぜ自らが反するようなことをするのでしょうか。

 

結局広島市は、かき船問題で景観審議会をはじめ第三者の意見を全く聞いていません。イコモスの懸念表明にも同じ説明を繰り返すのみですした。これでは理解を得ることはできません。

 

確かにこれまで何度か世界遺産原爆ドームの景観をめぐる問題が起きています。ただ今回大きく違うのは、「原爆ドームとバッファゾーンを保存整備し、世界的価値を後世に伝える役割を持つ」国や広島市が所有し管理する場所で起こっていることです。

 

原爆ドームの世界遺産化は、165万筆を超える市民の署名が大きな力となって実現したことを忘れてはなりません。国や広島市は、市民から原爆ドームを後世に正しく伝える責務を負っているはずです。世界遺産原爆ドームは、世界の人々の共有の財産であることを忘れてはなりません。

 

 

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2017年4月 9日 (日)

「4・8 共謀罪法案反対! ヒロシマ行動」

「4・8 共謀罪法案反対! ヒロシマ行動」

      共謀罪法は、現代版「治安維持法」です

 

ストップ戦争法ひろしま実行委員会が呼びかけた「4・8 共謀罪法案反対! ヒロシマ行動」が、心配された雨も上がった昨日午後2時から実施されました。呼びかけに答えて参加した人たちは、戦争をさせない千人委員会や市民グループなど500名を数えました。

 

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ヒロシマ行動は、まず原爆ドーム前での集会からスタート。集会の司会者は、「安保法制に反対するママの会・広島」の近松直子さん。最初に主催者を代表して難波健治・事務局長があいさつ。続いて紹介されたのは、「共謀罪反対」の声をいち早く挙げ、学習会、講演会など、さまざまな取り組みを積極的に繰り広げてこられた広島弁護士会の下中奈美(しもなか・なみ)会長。この4月1日に会長に就任されたばかりの下中新会長は、力強く次のようにあいさつされました。「弁護士会は、この法案に絶対反対です。この法案は、安倍首相不在の閣議で決定されました。計画する・相談する・話し合いをする。ここで処罰の対象になります。刑法は、実行行為があって初めて処罰される法律にもかかわらず。まさに個人の思想・信条を犯すものに他なりません。こうした法律を弁護士会は、絶対に許しません。オリンピック対策といいますが、日本政府は、オリンピック招致演説で『最も安全な国』と言って招致を呼びかけたはずです。テロ防止といっても、法案にはその記述がありません。これ以上の法制定はする必要がありません。戦前『国体変革を取り締まるため。市民には影響はない』といって成立させた治安維持法。しかし、その後市民の生活はどうなったでしょうか。共謀罪法案は、治安維持法の現代版そのものです。弁護士会は、市民の皆さんとともに法案反対の諸行動を続けます。」(文責は、筆者)

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続いて、民進党、共産党、社民党、新社会党など法案に反対する野党の代表が、それぞれ「共謀罪法案廃案のため全力で共に戦う」決意を表明。都合で参加できなかった自由党からのメッセージ紹介。最後に参加者全員で「共謀罪は、絶対廃案!」をアピールし、30分間の集会を終了しました。

 

集会を終えた参加者は、3つのグループに分かれ、原爆ドーム前、相生通を東進、福屋の西から金座街そして本通アーケード街を西進し、平和公園折り鶴の塔前までシュプレヒコールと協力を呼びかるアピールを繰り返しデモ行進。

 

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今回の行動では、土曜日の昼下がりで人通りの多いアーケード街では、シュプレヒコールを行わず、秋葉忠利前広島市長や山田延廣弁護士が次々とマイクを握り「共謀罪の危険性」を訴えるとともに、市民の協力を呼びかけました。

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「テロ等準備罪法案」と名称を変えてもその本質は変わるものではありません。一人でも多くの市民への理解を広げ、戦争への道につながる「共謀罪法案」を4度目の廃案に追い込むため、全力を挙げる決意を共有し、固めあった「4・8共謀罪廃案 ヒロシマ行動」でした。

なお会場カンパでは112,438円集まったそうです。ご協力をいただいた皆さんありがとうございました。

 

 

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2017年4月 7日 (金)

かき船問題を考える―その2 水の都ひろしま推進協議会での承認には瑕疵がある

かき船問題を考える―その2

 

水の都ひろしま推進協議会での承認には瑕疵がある

 

今日は、4月4日の「なぜ延長された『かき船かなわ』の占用使用?」で触れました「水の都ひろしま推進協議会」で、何がどう審議されたかを考察してみたいと思います。

 

Photo_6                かき船が撤去された元安川・平和大橋下流 

 

「かき船かわな」の占用使用には、あらかじめその場所を「都市・地域再生等利用区域」に指定しておく必要があります。その前段の手続きとして3月9日に開催されたのが「第37回水の都ひろしま推進協議会」です。この協議会は、有識者3名、市民団体等3名、経済・観光等3名、行政4名(国2名、県1名、市1名)の13名で構成されています。ここでちょっと注意していただきたいのは、行政側から4名参加していることです。当日の会議の経過は、水の都ひろしま推進協議会のホームページに掲載されている「議事録」から知ることができます。

 

当日の審議事項は、「河川敷地占用許可準則に基づく都市・地域再生等利用区域の指定などの継続及び都市・地域再生など占用方針の一部変更について」となっており、会議では、事務局(広島市)から「これまでの経過」などとともに「事業者の取り組みについて」など5項目が、提案・報告されています。

 

ここで第一の疑問がわいてきます。「事業者の取り組みについて」は報告されていますが、前回「かき船かなわ」の問題が協議された第29回の協議会以降に起こった「日本イコモスの懸念表明、広島弁護士会会長談話、大手町2丁目町内会の反対決議、パークハウス紙屋町管理組合の申し入れ、日本被団協・広島県の両被団協からの申し入れ、かき船問題を考える会の再三にわたる抗議と申し入れ」などの反対の声(いずれも広島市の説明を受けて以降出されている)は、全く報告されていません。パークハウス紙屋町マンションへの住民説明は、やっと昨年12月に実施されるという状況です。

 

Photo_7             手前の黒いボックスがガスボンベ庫 左奥の緑の屋根がマンションの玄関

 

もちろん工事中に何度もトラブルが発生したことも、6万筆を超える「反対署名」が広島市に届けられたことも、裁判で係争中のこともです。なぜ広島市は、こうした重要な経過を説明しなかったのでしょうか。これで、きちんと審議を尽くしたとはいえないはずです。まさに「継続ありき」の結論を導き出すための協議会であったとしか考えられません。「協議会の承認に瑕疵がある」と言われるのは当然のことです。市民団体等から選ばれた委員の一人は、後に問われて「裁判で係争中であることなど全く知らなかった」といっておられるのです。

 

 

第二の問題は、地域住民の声が、無視されていることです。議事録によれば、委員からの「周辺住民のトラブルはなかったのか」の質問に対し、事務局(広島市観光ビズネス課)はこう答えています。「一部住民から苦情があった。中味は搬入業者が不法駐車しているとかゴミの処理がきちんと行われていないといったことである。」としさらに「市の環境局にも確認したが、そのようなゴミに関する苦情はなく、事業者もきちんと処理している」と。二つの疑念が浮かんできます。その一つは、マンション管理組合からの苦情でも「一部住民」として切り捨てようとする広島市の姿勢です。さらにこの答弁では、「ゴミ」問題については触れられていますが、「不法駐車」問題については、全く触れていません。それはそのはずです。パークハウス紙屋町管理組合への文書回答では、「不法駐車は警察に言ってくれ」という無責任な回答を出しているのですから。不法駐車問題は、今も続いています。下の写真が昨日写した現実の状況です。

 

Photo_8                 路肩に違法駐車をし、車道を横断する納入業者

 

第三は、事業者の取り組みとして報告された「原爆瓦を店内に展示することは、かき船設置作業中に出てこなかったため実施できませんでした」ということです。このことは、なぜか議事録には記載されていません。事業者も「よく言ったものだ」と思いますが、広島市も、こんなことを臆面もなく協議会で報告したものだと思います。原爆瓦は「出てこなかった」のではなく、「見つけ出せるような作業をしなかった」というべきです。作業当時、当初私たちに、広島市が説明したような「手作業」によるのではなく、ショベルカーによって川底をさらうという作業を行ったのですから、原爆瓦を見つけることなどできるはずがありません。そのことは、当日現場に駆け付けた広島市の担当者、太田川河川事務所の担当者も私たちともに確認したことです。その一人は、委員としてこの協議会にも参加しています。

 第四は、生け垣を壊して通行した納入業者の行為です。下の写真で何か所か見ることのできる竹垣は、それを防ぐために広島市の予算を使って設置されたものです。広島市は、「通行人も通るから必ずしも納入業者だけではない」といいます。もちろんそのことをすべて否定するつもりはありません。しかしはっきりしていることは、この場所に「かき船」が設置される以前にはなかったということです。

 

Photo_9                 こうした竹垣が、他にも数か所設置された

こうした問題点が、正しく報告されないままの「水の都ひろしま推進協議会」の結論に「瑕疵がある」と考えるは当然のことです。

ところでこのブログに掲載する写真を撮るため元安川河岸を歩いている時、偶然にも太田川河川事務所の占用調整課長と出会いました。先日、抗議と公開質問状を出すため太田川河川事務所で話し合った最後に、「ぜひ一緒に現地を見に行きましょう」と要望したのが、4月1日の人事異動で着任されたばかりの占用調整課長でした。今回の現地訪問が、問題解決に向けて良い方向に進む契機となることを願わずにはおれません。同行しての現地訪問とはなりませんでしたが、間をおかずに現地を訪れた行動には、一定の評価をしたいと思います。

次回は、世界遺産原爆ドームの景観問題を考えてみたいと思います。

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