平和

2017年7月19日 (水)

核兵器禁止条約に至る道 ――世界法廷プロジェクト⑥ 市民によるロビー活動・(3)――

 

核兵器禁止条約に至る道

――世界法廷プロジェクト⑥ 市民によるロビー活動・(3)――

 

以下、『数学教室』連載”The Better Angels”20154月号から転載

 

前回まで説明してきた諸々の活動は立派な「ロビー活動」ですが、具体的な内容は千差万別です。どのような可能性があるのか、できるだけ具体的な活動が分るように、WPCのメンバーがどのようなことをして来たのかを整理した形で説明しましょう。

 

例えば、NGOのメンバーがかなりのレベルの専門家(A氏と呼びましょう)で、B国の国連代表部の新任の軍縮担当官で関心は持っていても軍縮については抽象レベルでの知識に留まっているC氏と話をしたとしましょう。これまでのWCPの活動を説明するだけではなく、フランスの核実験から始まる歴史や、これから国連内で予定されている活動等を説明することになるはずです。話の内容から表現すると「教育活動」と言っても良いでしょう。

 

一方、A氏とは様々な場で同席した経験があり自分自身も核廃絶のために努力してきたベテランの外交官D氏との会談は、これから他の国を交えてどのような会合が開かれるのか、その会合ではどの国がどんな主張をするのか、最終的にスケジュールはどうなり、「勧告的意見」実現のためにそのスケジュールが役立つのかどうか、そのように時間的制限の中でのこれからのD氏の動きはどうなるのか、といった内容になっても不思議ではありません。となると、これは、「戦略会議」だと言うと分り易いはずです。

 

それだけではありません。ある国Eが、核兵器についてはこれまで決まっていた方針に従って国連では活動してきたとして、世界情勢が変わってきたので、それに合わせて国連での動きを元にE国の方針を微調整すべきか、あるいはかなり大きく変えるべきなのかといった判断に迫られることもあります。そのE国の担当者F氏と日頃から情報の交換をしているA氏に、情勢判断の基礎になる最新情報の提供を依頼することも稀ではありません。その際に大切なのは、その情報が客観的なものであり、手に入り易い公開情報であることです。

 

しかし、核廃絶とは反対の立場をとる人たちも、自分たちに有利な情報を提供するはずです。その際に、矛盾する内容をどう解釈するのかまで、十分な勉強をしていないと、役に立ちません。善意があり熱意があり、知的にも体力的にも優れている人がボランティア活動に飛び込んだとしても、NGOとしての実質的な活動を続けるためには、人並み以上の勉強が必要なのです。

 

また、複数の国を対象にセミナーを開いたり、複数の国と共に文字通りの「作戦会議」を開いたりということも必要です。核廃絶には反対している国からの妨害活動について市民への情報提供をし、市民の力を借りて反論したり、マスコミを通してきちんとした対応をすることも時には必要です。

 

また逆に、エキスパートである外交官や学者、政治家等からから専門的な知識やそれぞれの立場の人たちが持っている深い知識についてのレクチャーを受けることになる場合もあります。

 

もう一つ、ロビー活動で大切なことがあります。これも人を説得する仕事をしたことのある人たちの間では常識なのですが、説得するのは、目の前にいる人だけではないのです。前に挙げた、C氏やF氏に戻れば、C氏やF氏は説得できたとしても、次にはC氏やF氏の上司や本国の担当者の説得をする必要があります。本国の大統領の説得が必要になることもあります。その説得をするのはC氏でありF氏です。その際に役立つ情報や説得のための材料を提供することで、何歩も前に進めるという点も大切です。

 

NGOの仕事の中には、活動費、有能なスタッフに助けて貰うための人件費を含む事務所の維持費等の資金を調達する仕事、そのための準備等も必要ですし、NGO内部での方針決定やそのための会議、多くの市民との間の連携の仕事、マスコミとの連携や広報等々、まだまだ多くの仕事があり、それらの総体が、「結果」として現れるのです。

 

こうした活動を何年か続け、多くの国の支持を取り付けた結果が、WHOや国連総会での、市民の声を反映した決議になりました。1993年5月14日、WHOが総会で、ICJに勧告的意見を求めるよう決議、9月にはICJに受理され、次いで、1994年12月15日には、国連総会はICJに勧告的意見を求める決議を採択、数日で受理されました。

 

WHOの付託した問題については、33か国が陳述書を提出、国連総会の付託した問題については、28か国が陳述書を提出、1995年10月30日から11月15日まで、22か国および、WHOICJの法廷で口頭陳述--歴史的多数の陳述だったのですが、日本からは、政府だけではなく、広島・長崎両市の市長が陳述したことには既に触れました。

 

日本ではあまり報道されなかった、NGOの努力とその具体的姿の一端、そして勧告的意見の持つ意味について、少しでもお伝えすることができたでしょうか。

 

改めてここでお伝えしたかったことを二つに整理しておきたいと思います。一つは、核兵器の廃絶にしろ、地雷の禁止にしろ、国際的な場で政治を動かす仕組みの中で、市民としてどのような活動ができるのかを少しは具体的に知って頂きたかったのです。国際政治を動かすことは可能ですし、成功した事例から、それがどのような活動の結果なのかを知って頂きたかったのです。もう一つは、このような地道な活動の結果として、例えば国際司法裁判所での感動的な陳述が行われたのですが、その舞台を作る仕事があって初めて、それが可能になったことにも注目して欲しいのです。特に若い人たちには、この舞台作りの場で活躍して欲しいと思いつつ、今回の報告を行った積りです。

 

最後に、時期的には2005年とWCP後の活動ですが、NPT再検討会議の際の「ロビー活動」の写真をアップしておきます。最初はオノ・ヨーコさんに銀の折り鶴の贈呈をしました。そして国連の本会議場での写真です。

 

           

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2017年7月17日 (月)

核兵器禁止条約に至る道 ――世界法廷プロジェクト⑤ 市民によるロビー活動・(2)――

 

核兵器禁止条約に至る道

――世界法廷プロジェクト⑤ 市民によるロビー活動・(2)――

 

以下、『数学教室』連載”The Better Angels”20154月号から転載

 

WCPに戻って、国際的なロビー活動の具体的な姿を描いてみたいと思います。まず、ニュージーランドの市民と政府が一体となってICJの勧告的意見を求めようと決意をしたのですが、それを実現するためには、次のステップとして国連あるいは専門機関での決議が必要になります。その決議を実現するためには、当然、世界各国に賛成して貰わなくてはならず、そのためにはICJの勧告的意見が何故必要なのかから始まって、最後には、決議に賛成して貰えるように説得しなくてはなません。

 

国際社会に働きかけるのは、建前として国が行うことになっています。国としてのニュージーランドが動くという形を取るのですが、その実質を考えると随分難しい仕事でもあります。なにしろ国連加盟国だけでも200近くあるのですから、その一つ一つの国の代表と会い説得をすることにはエネルギーも時間もかかります。

 

その全てを、人口500万に満たない国の責任で行うだけでも大変です。しかも国の中の外務省というお役所が形式的には全てを仕切るとは言っても、ニュージーランドは小さな国です。ニュージーランドという国の存亡に関わるという問題意識もあったはずですが、それ以上に、世界・人類の存亡に関わる問題でもあります。他の国々の協力があって当然なのですが、それでも政府のお役人という立場で仕事をする人たちが使える「資源」つまり能力がありこの問題に精通している人たち、さらにその人たちを支える環境や資金には限りがあります。

 

さらに、国の外交の仕事にはWCPの他にも大切な「日常業務」も含まれています。それらを熟しながら、新たに付け加わったWPCの仕事を世界の200か国を相手に精力的に行うには、時間と人手そしてお金が必要だということです。

 

           

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ニュージーランド外務省のスタッフ数は約1400人--同省ホームページから

 

そこに登場するのが、国境を越えた集団であり、かつ専門的な知識やノウハウを提供することのできるNGOです。事実、WCPでは、その支援をするためのNGOが誕生し、実質的にこの運動を引っ張って行くことに成功しました。

 

国際平和ビューロー、核戦争防止国際医師会議、国際反核法律家協会という核廃絶に熱心なNGOが中心になって、ケイト・デュース、ロバート・グリーン、そしてアラン・ウエアというニュージーランドきっての活動家3人が加わった、WPCの国際運営委員会が1992年に作られ、ここから実に効果的に国連大使を含む外交官、各国の外交担当者や議員、マスコミ等に最新の情報と市民からのメッセージを発信する仕事を分担したのです。

 

最後に何か国かの外務省職員数の比較グラフを掲げておきます。外務省が作成したものです。人口当たりの職員数の少ないことが日本の特徴です。人口一万人当たりの職員数では、日本が0.42であるのに対して、ニュージーランドは、2.8で、約7倍です。ただし、ニュージーランドは貿易の仕事も外務省の管轄ですので、それも考慮すると、数値はかなり下がります。

  

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2017年7月14日 (金)

核兵器禁止条約に至る道 ――世界法廷プロジェクト④ 市民によるロビー活動――

 

核兵器禁止条約に至る道

――世界法廷プロジェクト④ 市民によるロビー活動――

 

以下、『数学教室』連載”The Better Angels”20154月号から転載

 

国際的なレベルでのロビー活動と聞くと、かなり高級なことをしているような感じを受けますが、ロビー活動はもっと日常的な存在です。国際的な活動だけでなく、国内でも、それも国会だけではなく地方議会等でも、多くの人が毎日のようにロビー活動をしています。ロビー活動の主体、つまり誰がこの活動をするのかというと、個人、企業、業界、NGO、圧力団体等々、ほとんどの人が何らかの形で、どこかでロビー活動をしているとさえ言えそうです。

 

ロビー活動をもう少し幅広く捉えると、地方自治体、国さえもこうした活動をしています。地方自治体と国との関係では「陳情」と言った方が分り易いかもしれませんし、力関係の違いが大きかった時代背景の下に行われた「直訴」も広い意味での「ロビー活動」だったと言って良いのではないでしょうか。

 

             

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直訴する田中正造--野州日報から

 

「陳情」をするのが地方自治体だけではないことは言うまでもないのですが、「清々しい」といったイメージと結び付かないのは、これが上下関係を前提にした言葉で、権力を持つ者に対して、下々が実情を陳べ善処を要請することを指しているからです。もっとも近年では、官僚社会も上下関係を余りにもあからさまに表現している言葉であることに気付いて、「提案」とか「パブリックコメント」といった表現を使ったりしています。

 

長い間の因習として私たちの頭の中に、「陳情」と切っても切り離せない存在としてインプットされているのが賄賂です。公務員に便宜を図って貰うために金品等を贈る行為ですが、「贈収賄」「汚職」「疑獄」といった文字がマスコミで報道される頻度の高いことから、陳情そのもの、政治家や官僚に働きかけること自体に問題があるかのような雰囲気も作り出されてしまいました。

 

しかし、「陳情」の本来の目的である政策面での「提案」、それ以前の問題として、主権者である市民の主張や知見を立法・行政・司法のあらゆるレベルに反映させることは、健全な民主主義を創るためには必要不可欠ですし、それこそ、民主主義そのものだと言っても良いくらいの重みがあるのではないでしょうか。こうした本来の、民主主義の働きの一環としての活動を表す言葉として、当面「ロビー活動」という言葉を使いたいと思います。

 

過去の、汚れた面が目に付いたロビー活動とは袂を分かって、あるべき姿のロビー活動を展開し、世界規模での民主主義を手作りで実現し始めたのが、新しい世代の、環境や人権、福祉、平和等の世界的な活動を行って来たNGOです。献金をしたり、裏取引によって自分たちの言い分を通すという旧来のやり方ではなく、客観的なデータを元に、論理的・合理的な筋道を辿って結論に至るプロセスを、ある時は極めて知的に、またある時は情に訴えて、市民レベルでの支持を増やしつつ、民主的な政治に理解のある官僚や政治家たちを仲間に加え、その結果、多くの分野で成果を挙げてきました。

 

最近の良く知られた例では、対人地雷禁止条約締結のために大きな力を発揮したICBL(International Campaign to Ban Landmines――地雷禁止国際キャンペーン)があります。ダイアナ妃が応援したことでも有名ですが、彼女の果した役割は、彼女なりの「ロビー活動」だと言えるのではないかと思います。そして数回にわたって取り上げてきたWCPは、ICBLの先駆けとして、同じように効果的かつ大きな足跡を残しました。

  

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対人地雷埋設地域でのダイアナ妃

 

 


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2017年7月12日 (水)

核兵器禁止条約に至る道 ――世界法廷プロジェクト③ 市民から政府へ――

 

核兵器禁止条約に至る道

――世界法廷プロジェクト③ 市民から政府へ――

 

以下、『数学教室』連載”The Better Angels" 20153月号から転載

 

《草の根の「非核宣言」と政府》

 

核兵器の使用あるいは使用すると脅すことは国際法違反であることを国際司法裁判所に認めて貰うために、市民たちは力強く、効果的に動きました。

 

目標は、国際司法裁判所に「勧告的意見」を出して貰うことなのですが、そのためには国連総会か専門機関、例えば世界保健機構(WHO)が、その要請をする必要があります。現実には、この両方が要請をしたのですが、それもただ見ているだけで起ったのではありません。まずは運動の発祥地、ニュージーランドの政府を説得し、ニュージーランド政府とともに国連加盟国の中でも、志を同じくする国々に働きかけて、国連総会やWHOで、勧告的意見を国際司法裁判所に要請する決議を採択して貰うというシナリオを描いてその通りの結果を作り上げたのです。

 

この流れを簡単に整理しておきましょう。

 

l 1986年、元判事のハロルド・エバンズ氏が世界法廷プロジェクトを提案

l 1989年、IPB(国際平和ビューロー), IALANA(国際反核法律家協会), IPPNW(核戦争防止国際医師会議), PGA(世界的活動のための国会議員連盟)等のNGOの間でWCPへの支持が高まる

l 1993年5月14日、WHOが総会で、ICJに勧告的意見を求めるよう決議、9月に受理された

l 1994年12月15日、国連総会はICJに勧告的意見を求める決議を採択、数日で受理される

 

このような結果を出すために、市民たちは署名集めや集会、街頭からの呼び掛けという世界共通の手段も使いました。同時に、自分の属している組織毎の「非核地帯宣言」運動では、各家庭から始まって、職場、学校、教会、趣味の集まり等々、あらゆるレベルの団体に協力を呼び掛け、非核地帯宣言を出して貰うことに成功しています。

 

日本の自治体でも非核自治体宣言を積極的に出した時期がありました。しかし、その後の活動がどう続いているのかも大切です。庁舎や自治体内の目立つところに看板を立てることや、周年記念行事を催すことも続ける価値はあるのですが、ニュージーランドで行われたように、学校や家庭での「非核宣言」の場合には、子どもたちも巻き込んでの意見の交換や意思表示になります。子どもたちにとっては多くの場合、言葉だけ「非核」と言えばそれでことが済んだことにはなりません。次には何をすれば放射線の被害から身を守れるのかを考え問い詰めます。そこから次の行動が生まれるのです。

 

その影響だと考えて良いのだと思いますが、私が参加したニュージーランドでの平和集会には、驚くほど多くの若者の姿がありました。しかも、大切な役割を担っている人が多く、自らの考えもしっかりしていますし、明るく積極的かつごく自然に平和集会と向き合っていたのです。

 

ニュージーランド政府が動いた背景には、こうした世論がありました。でも世論の通りに政府が動いてくれないことも、世界の至る所で見られます。その点でもニュージーランドは特筆に値するのかもしれません。特にロンギ首相の果たした役割の大きさはもっと評価されるべきだと思います。彼の言葉を引用しておきましょう。

 

               

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ロンギ首相

 

「もしニュージーランドのような国が核兵器に対してノーと言えないのならば、どのような国が核兵器に対してノーと言えるのか。もしニュージーランドのような国が核抑止論なくしては安全であり得ないとするならば、どのような国がそれなくして安全であり得るのか。」

 

日本政府の言葉であっても良いくらいの内容です。残念なことに、(別の意味では幸運なことに、とも言っておきましょう)、日本ではなくニュージーランドで、国民と政府とが一体になって核兵器のない世界を創るために努力をしたということなのです。

 

さて、国から世界への広がりには、ニュージーランドと同じ志を持つ国々、その中でもNAMという略称で呼ばれる非同盟諸国、そして多くのNGOが力を発揮しました。

 

国際社会に働きかける上では、国単位の枠組みが尊重されますので、国としてのニュージーランドが中心に動くという形を取るのですが、そこから先も大変です。国連加盟国だけでも200近くあるのですから、その一つ一つの国の代表と会い説得をすることはエネルギーも時間もかかる仕事です。政府の仕事を全てNGOが請け負うなどということは、当然不可能なのですが、NGOが政府の支援をするという立場で出来る仕事、それが政府の負担を減らすことになる種類のものもたくさんあるのです。市民の立場や視点を世界に広める、そしてその立場からまとめた核廃絶や勧告的意見等についての最新情報を、多くの国の外交官たちの伝えることはその一つです。

 

そのために、国際平和ビューロー、核戦争防止国際医師会議、国際反核法律家協会が中心になって、ケイト・デュース、ロバート・グリーン、そしてアラン・ウエアの3人が加わった、WPCの国際運営委員会が1992年に作られ、ここから効果的に国連大使を含む外交官、各国の外交担当者や議員、マスコミ等に最新の情報と市民からのメッセージを発信するだけでなく、ICJでの勧告的意見につながることはできる限り何でも引き受けて対応するという超人的な仕事を分担しました。

 

(次回はロビー活動について)

 

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2017年7月11日 (火)

核兵器禁止条約に至る道 ――世界法廷プロジェクト② 仏核実験――

 

核兵器禁止条約に至る道

――世界法廷プロジェクト② 仏核実験――

 

以下、『数学教室』連載”The Better Angels 20153月号から転載

 

《フランスの核実験》

 

世界法廷プロジェクトの前段階として、フランスの南太平洋における核実験に対する大きな反対運動がおこり、それが成功したことを特筆したいと思います。

 

そもそもフランスは、1963年の部分核実験禁止条約は批准せずに大気中の核実験を続け、サハラ砂漠での実験に対する反対が大きくなると、ヨーロッパから離れた南太平洋に実験場を移しました。1966年から1974年の間に、ムルロア環礁、ファンガタウファ環礁で44回の大気圏核実験を行い、それに反対する多くの市民不安と怒りが大圧力を作り出し、反対運動は1972年から急速に広がりました。一つのピークは、フランスの核実験に抗議する「平和船団」にフランスの海軍の船の衝突でした。このことが報道されると、国際的な世論にも一気に火が点いたのです。

 

市民の声に応えてニュージーランド政府はフランスを国際司法裁判所に提訴して、フランスに核実験を止めさせることに成功しました。もっとも当初、ニュージーランド外務省はICJへの提訴には反対だったのですが、世界的世論の後押し、特に、放射能の害に対して母親たちをはじめとする女性の声が大きな圧力となり、1973年5月と6月に、ニュージーランドとオーストラリア政府がICJに提訴、6月にICJは、8対6で、ニュージーランドとオーストラリアの立場を認める仲裁的意見を発表し、フランスは大気中核実験の中止を決定、1974年12月、ICJは訴訟の継続を打ち切る、という一連の動きがあったのです。

 

しかし、それからもフランスは核実験を続けます。1985年には、フランスの諜報機関が抗議船を爆破し、死者まで出す騒ぎになっています。それでも、大気中核実験を続け、ICJの勧告的意見が出た後に包括的核実験禁止条約に調印するといった形で、一応終止符は打ったものの、フランスの拘りは並大抵のものではありませんでした。

 

穿った見方になりますが、ICJの勧告的意見が実現した裏には、フランスが「悪玉」として、完膚なきまでにその役割を果した点も一つのポイントではあった、と歴史的な分析をしておくこともどこかで役立つかもしれません。「勧善懲悪」の映画のように、核実験については、誰から見ても――とはいってもフランス政府はそう考えていなかったのでしょうから、そこが怖いのですが――理不尽な態度を取り続け、どちらの「味方」になるべきかは誰にでも明らかだったからです。

 

フランスに対して効果のあったICJへの提訴と、その背後に控えていた世論を合わせて考えた時に、「勧告的意見」という制度を使おうというアイデアが浮かんだとしても不思議ではありません。

 

こうして核実験は中止されましたが、その被害者が今でも苦しんでいることは、昨年何回かにわたって報告した通りです。昨年はフランスの核実験が開始されてから50年の節目の年でした。核実験による被害者を救済するために立ち上がった若い世代そして宗教家たちを中心にタヒチのパペーテで集会が開かれました。その背景と運動の今後について、下記の記事を再度お読み頂ければ幸いです。

 

               

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パペーテでの集会

 

「モルロアでの仏核実験から50年」

「モルロアの課題」

「核実験被害者の記念碑」

193の会とキリスト教」

「タヒチの独立」

「独立 = 平和」

 

次回は、フランスの核実験を中止させた市民運動がさらに大きな「世界法廷プロジェクト」に取り組み様子を復習します。

 

 

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コメント

フランスと言えば、ドゴールが、アルジェリア戦争でも核実験を威嚇に使ったことを思い出しました。そしてソ連の軍拡を招いたことも含め、フランスが、「脇役の悪役」として歴史の流れをつくっているという感想を懐きました。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

核保有国の中で、特にフランスが注目されることはあまりないように見えますが、御指摘のように十分「悪役」としての活動をしています。

同時に、核実験被害者に対しての無責任さはどの核保有国も同じですし、自分勝手な理屈を平気で主張し続けることについても、どの核保有国も引けを取りません。

「核」がこうした国々の良識や正常な思考力を奪っていると考えると、核の罪深さが一層際立ちます。

2017年7月 9日 (日)

核兵器禁止条約の採択を歓迎する原爆ドーム前集会開催

 

核兵器禁止条約の採択を歓迎する原爆ドーム前集会開催

 

 

ニューヨーク国連本部で「核兵器禁止条約」が採択された昨日午後3時から原爆ドーム横で「核兵器禁止条約のためのヒロシマ緊急共同行動そのⅢ」として「核兵器禁止条約案採択を歓迎する原爆ドーム前集会」が開催されました。

この集会は、「核兵器禁止条約」が、世界の圧倒的多くの国々、市民の努力によって採択されたことを歓迎している意思を出来るだけ早く、広島からのメッセージとして伝えることが必要だとの思いから、この時間が設定されました。広島県原水禁も実行委員会の中で、「8日しかない」ということを強調し、開催を積極的に支持してきました。

心配された雨も降らず集会が始まる時間には日も差しはじめ、蒸し暑い中での集会となりましたが、100名を超える被爆者や市民が集まり、ヒロシマの思いを世界に発信しました。

 

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渡部朋子さんの司会で始まった集会は、最初に青木克明(HANWA共同代表)の開会あいさつ、続いて国連交渉会議の現地行動に参加された箕牧智之広島県被団協(坪井理事長)副理事長、大中伸一広島県被団協(佐久間理事長)事務局次長の「活動報告」と「核兵器禁止条約採択歓迎」への強いメッセージと今後の決意が語られました。

 

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                   報告・アピールする箕牧智之さん

 

続いて、共同行動実行委員会の森滝春子事務局長から「核兵器禁止条約採択に際してヒロシマ共同声明」が読みあがられ提案されました。この「ヒロシマ共同声明」は、多くの参加者の心を打ち、参加者全員が、手にした折り鶴を高く掲げ、賛同の意思を表すとともに、力強い拍手で確認されました。

 

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                  共同声明を提案する森滝春子事務局長

 

最後に秋葉忠利広島県原水禁代表委員から閉会のあいさつ。秋葉さんは「今日は歴史的ない日。それは新たな出発でもある。その気持ちはこのアピールに込められている。」と訴えるとともに「1996年に出されたICJ(国際司法裁判所)の勧告的意見では、核兵器を違法とする法律がなかったため、明確は判断を示すことができず、核保有を許してきたが、この道を閉ざす条約が出来た。」と、「核兵器禁止条約」の持つ法的役割を強調し、集会は終了しました。

最後に参加者全員が、改めて折り鶴を高く掲げ、広島は、今日を出発点に、これからも核兵器廃絶を実現させるまでまで、頑張りぬくことを誓い合いました。

 

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          閉会のあいさつを述べる秋葉忠利広島県原水禁代表委員

 

秋葉忠利県原水禁代表委員も強調されているように、「ヒロシマ共同声明」に、参加者の思いや集会での発言者の願いがきちんと盛り込まれていますので、ここでは一人ひとりの発言は紹介せずに、少し長いですが以下に全文を掲載します。

なお、この「ヒロシマ共同声明」は、首相官邸、外務省、そして岸田外務大臣事務所へと直ちにFAX送信するとともに本日郵送されました。

 

 
 

   核兵器禁止条約採択に際してヒロシマ共同声明

 

  核兵器禁止条約の採択をヒロシマは心から歓迎する

 

 

 

20177月7日、ヒロシマ・ナガサキ原爆被爆の未曾有の非人間的惨禍から72年目の今日、世界の生きんとする人々の悲願である核兵器禁止条約が国連で122ヵ国の賛成と反対1、棄権1と圧倒的多数で採択されました。

まさに世界に人類生存への希望をもたらした歴史的な日を迎えたのです。

 

 ここヒロシマで、アメリカによる原爆投下によって無残に命を奪われた十数万の人々、被爆後72年の間、家族関係を原爆により破壊され辛酸をなめながら、放射能の後遺症に苦しめられ「遅れた死」をもたらされた二十数万人の人々、そして今なお、病魔や生活苦を背負わされている多くの人々と共に私たちは核廃絶を求めてきました。

 そのことについては、核兵器禁止条約前文において、ヒバクシャの受け入れがたい苦難と被害、核廃絶への貢献を特記して表しています。

 

その実現のための最も現実的な法的規範である「核兵器禁止条約」は、「核と人類は共存できない」という理念を掲げた私たち世界民衆とその代表者である志を持つ国々の連帯の力で勝ち取ることができました。市民社会に解放された禁止条約国連交渉会議のあり方が、人類英知の結晶を生み出したのです。

 採択された「核兵器禁止条約」は、核の非人道性を問い糺し、核が人類生存の道を阻む「悪」であるという烙印を押した国際規範です。核兵器の開発、実験、保有、移譲、使用及び使用の威嚇が禁止されました。特に、爆発を伴わない核実験も禁止したことは新たな核開発の防止の実効性を高めるものです。さらにこれらの行為をいかなる形でも援助、奨励、勧誘することも禁止されました。核兵器使用の威嚇が禁止されたということは、核抑止力依存を国策とする国家にとっては深刻な打撃を与え、国際法で禁じられる故に安全保障策の根底的な転換を迫るものになります。

 

 また、核廃絶の原点である世界の核被害者に目を向け、その国家と被害をもたらした加害国の被害者への支援及び核汚染地の環境回復という責任と義務を明記したこと、核被害が特に弱き側の先住民の上に押し付けられていること、放射能の影響が母体である女性や将来の世代に及ぶことを明示し、核被害の及ぼす放射能の脅威を強調したことは、私たちが長年、核被害実態の解明と被害の救援に取り組んできたことの反映です。

 

 一方、原子力利用による核被害の実態に踏まえ、「核と人類は共存できない」という理念を掲げてきたわたしたちにとって、NPT(核不拡散条約)にもとずく「核の平和利用の権利」の保障に言及した点は今後の大きな課題と言えます。

 

この条約はさらに、核保有国が条約に加入したうえで保有核兵器を時間枠の伴う検証可能かつ不可逆的な方法で解体していく道筋も定めています。
 アメリカ等が関係諸国に不参加や反対投票をするよう圧力をかけている中で、また核の傘に依存する被爆国日本が反対表明や不参加の態度をとるなど妨害が続く中、確固とした信念に基づき採択を実現させたホワイト議長をはじめとする人々、国々に深い敬意を表します。

 

 私たちは日本政府に要求します。直ちに被爆国としての責任ある態度を持って締約国となるよう署名、批准を果して、国際社会の信頼を取り戻すべきです。日本政府がアメリカの核の傘に依存する政策は、すでに国際法によって違法となったことを肝に銘じなければなりません。

 

 9月20日の署名開始から50ヵ国の批准が行われて90日経つと核兵器禁止条約はいよいよ発効します。日米両政府などの抵抗妨害を市民の力で無力にして自国の署名批准を推し進めましょう。禁止条約を実現した大きな力を私たちは持っています。

 

核兵器の最後の一つをこの世界から無くするまで、ヒロシマも世界の市民も声を一つに頑張りぬくことを誓います。

 

             2017年7月8日

 

 

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2017年7月 8日 (土)

核兵器禁止条約の案文がまとまります ――そこに至る道を振り返ってみましょう――

 

核兵器禁止条約の案文がまとまります

――そこに至る道を振り返ってみましょう――

 

ニューヨーク時間の77日、国連で開かれている核兵器禁止条約交渉会議で、条約の案文が採択される予定です。その後、世界中の国々が署名できることになり、署名後、各国はそれを自国に持ち帰り、議会での批准を経て条約に正式に加盟し、一定数の国の批准を待って正式に発効ということになります。批准国の中に、どこそこの国が入らなくてはならない等の条件が設けられることもあります。

 

最終の条約文は日本時間の8日にならないと確定しませんので、その後、報告したいと思いますが、まずはこの段階にまで世界が動いたことを確認し、条約の案文をしっかりと理解し、次の段階でどんな行動をすべきなのか、中でも世界や未来から笑われるであろう信じられない判断・行動をしている日本政府に翻意を促すにはどうすれば良いのかを考えるための集会が、今日8日の午後3時から原爆ドームの東側の広場で開かれます。多くの皆さんの御参加をお待ちしています。

 

核兵器禁止条約案採択を歓迎する原爆ドーム前集会

日時  7月8日(土) 15:00~15:30 

雨天決行(注意報・警報が出ている場合は中止。午前10時に決行か中止かをメーリ

ングリストで連絡)

場所  原爆ドーム東側(キャンドルメッセージと同じ場所)

主催  核兵器禁止条約のためのヒロシマ共同行動実行委員会

 

趣旨  国連の核兵器禁止条約交渉会議で7日(現地時間、日本時間では8日)禁止条

約案が採択され、世界は核兵器廃絶へ向けて歴史的な一歩を踏み出す。核被害の原点

であるヒロシマから条約案の成立を熱烈に歓迎するメッセージを世界に先駆けて発

し、秋の国連総会での条約採択に向け、条約制定に反対する日本政府に翻意を促し、制定に賛成するよう迫る。

 

             

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ここまでに至ったのは、「こんな思いを他の誰にもさせてはならぬ」と決意し、世界的な運動を展開してきた被爆者の皆さんそして被爆者とともに生きてきた多くの方々の努力の成果ですが、それは同時に「世界」という場を民主的に動かそうという運動の成果でもあります。これまでの道筋を振り返って、今後のエネルギーを創り出す一助にしたいのですが、中でも「世界法廷運動」に注目したいと思います。1996年に国際司法裁判所が、「核兵器の使用または威嚇は一般的には国際法違反である」という勧告的意見を出しましたが、それを実現したのは実は世界の市民たちによる運動の力だったのです。

 

その歴史を簡単にまとめたものを、数学の先生方が発行している月刊誌『数学教室』(国土者刊)の連載として2年前に掲載しました。次回から、それを何回かに分けてお届けしたいと思います。

 

 

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2017年6月29日 (木)

第36回反核平和の火リレー出発式

 

「語り継ごう 走り継ごう ヒロシマの心を」

 

第36回反核平和の火リレーが出発

 

広島県青年女性平和友好祭実行委員会が主催し、今年で36回目を迎えた「反核平和の灯リレー」が、昨日(28日)原爆投下時刻の午前8時15分、平和公園慰霊碑前を出発しました。

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雨上がりの午前7時45分、平和友好祭実行委員会吉浪泰祐副実行委員長の司会で始まった「反核平和の灯リレー出発式」は、まず慰霊碑への献花、全員で黙祷、続いて「平和の灯」からの採火が行われ、その火は、新田康弘実行委員長の持つトーチに点火されました。

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         激励のあいさつをする佐古正明県原水禁代表委員(右端)

続いて激励の言葉。最初のあいさつに立った佐古正明県原水禁代表委員(広島県平和運動センター議長)は、「安倍政権によって危険な方向への政治が進んでいます。そして憲法9条を変えるといっています。憲法改悪を許さない運動が求められています。戦争を知らない世代が、9割を超えている今、どう戦争の被害を伝えるのかが大きな課題となっています。この反核平和の火リレーがその大きな役割を果たすことを期待しています。」と激励。前田耕一郎広島県被団協事務局長は「戦争をなくし、核兵器廃絶を強く願っています。それを引き継いだくれる人々となっていただくことを望んでいます。」と期待を込めたあいさつ。

 

スタートを前に新田康弘第1走者は「24全市町を走り継ぎ、戦争への危機感が薄れているが、核兵器の絶対悪、戦争反対を訴え、一人でも多くの人に、ヒロシマの心を届けていきます。」と決意を表明。

 

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そして広島県音楽サークル協議会の皆さんが歌うテーマソング「平和の火よ走れ」に送られて一般公募に応募したランナーを含め5人が元気に慰霊碑前をスタートしました。

このリレーは、県内各地の青年女性に引き継がれ、県内を一周した後、7月21日の午後6時に慰霊碑前に到着します。

 

このリレーに対する期待を込めて、広島県被団協は、各地の被爆者団体に対し「私たち被爆者は一緒に走れませんが、リレーを温かく迎え見送るにあたって、一声青年女性を励ましてください」と案内をしていただいています。

 

このリレーが取り組まれている最中の7月7日(ニューヨーク時間)には、「核兵器禁止条約」が採択される予定とです。「核兵器廃絶・被爆者援護」を訴えて続けてきた「反核平和の火リレー」にとっても、節目の年のリレーと言えます。そして一人でも多くの人々に「ヒロシマの心」が届くことを願わずにはいられません。

 

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2017年6月20日 (火)

核も戦争もない平和な21世紀を!

      核も戦争もない平和な21世紀を!

被爆72周年原水爆禁止世界大会広島県実行委員会結成総会

 

広島県原水禁は、昨日「被爆72周年原水爆禁止世界大会広島県実行委員会結成総会」を自治労会館で開催し、8月4日から6日まで開催される広島大会の成功に向けて現地の取り組みを強化することを確認しました。結成総会には、被爆者団体や反原発の市民グループ、労働組合代表など、約40人余りが参加しました。

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今年の原水禁世界大会のメイン・スローガンは、

 

核も戦争もない平和な21世紀を!

 

くり返すな原発震災!めざそう!脱原発社会

 

です。

 

今年の大会の大きな柱は、

 

Ⅰ 核兵器廃絶の課題・・・

    歴史的な核兵器禁止条約交渉と東北アジアの平和と安定に向けた現状と課題の認識を 共有する

 

 

Ⅱ 脱原発の課題・・・

   原子力政策の根本的な転換をめざし、原発に頼らないエネルギー政策の展開を提起する

 

Ⅲ ヒバクシャの課題・・・

  広島・長崎の原爆被害者の残された課題(原爆症認定、在外被爆者、被爆体験者、被爆二世・三世など)の解決をめざす。世界に広がる核被害者との連帯を深める。福島原発事故での労働者や住民被曝問題を考える。

 

 

 

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実行委員会結成総会では、主に次のような広島大会の日程を確認しました。

 

主な大会日程は、

 

8月4日(金) 16時00分 折り鶴平和行進

             17時15分 被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会開会総会

 

8月5日(土)  9時30分 「平和と軍縮」「脱原子力」など7分科会

              14時00分 「ヒバクを許さないつどい」など自主的な交流会 

        13時30分 国際会議「なぜ日本で脱原発が進まないのか?」

 

8月6日(日)  9時30分 被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会まとめ集会

 

また7月27日から8月3日までの日程で、県内3コースで「平和行進」を実施します。

 

現在、ニューヨークの国連本部で開催されている「核兵器禁止条約第2回交渉会議」は、被爆者の願いである「核兵器廃絶」への道を大きく切り開く「核兵器禁止条約」が、圧倒的多数の国々の賛成で、承認される歴史的な年となることは間違いありません。

今改めて、1955年に開催された「第1回原水爆禁止世界大会」の「大会宣言」を思い起こしてみたいと思います。

「原水爆被害者の不幸な実相は、ひろく世界に知られなければなりません。その救済は世界的な救済運動を通じて急がなければなりません。それがほんとうの原水爆禁止運動の基礎であります。原水爆が禁止されてこそ、真に被害者を救うことができます。」

 

宣言は訴えています。核兵器が禁止されなければ、真の原爆被害者の救済はありません 原水禁運動の原点を改めて再確認するのも今年の原水禁大会の大きな課題です。

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2017年6月19日 (月)

「ビリョクだけど ムリョクじゃない!」第20代高校生平和大使結団式

「ビリョクだけど ムリョクじゃない!」第20代高校生平和大使結団式

 

昨日午前10時からアステールプラザ(広島市中区)で、節目となる「第20代高校生平和大使」の結団式が行われました。「高校生平和大使」は、1998年に長崎で選ばれた2名が、初めて国連本部(200年からは欧州本部)を訪問して「核兵器廃絶と世界平和の実現」を訴えて以来、毎年続く活動です。

今年も「高校生平和大使派遣実行委員会」の呼びかけに応えて応募した高校生から、北海道や福島、東京など全国15都道府県で22名が選出され、この結団式に集まり、これから1年間の活動を誓い合いました。

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第18代高校生平和大使を務めた脇原華怜さんの司会で始まった結団式は、まず最初に「派遣実行委員会」の小早川実行委員長が「皆さんからは、輝く希望のようなものを感じた。選考委員は、この子たちは必ず『核兵器廃絶、広島長崎の思いを伝えてくれる』と確信して、皆さんを選びました。署名に込められた思い、それを支えている多くの高校生たちの思いを受け止めてください。そして被爆者の皆さんの希望の星になってください。」と激励。そして一人ひとりに委任状が手渡されました。

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続いて22人の高校生平和大使の決意表明。

広島で選ばれた船井木奈美さん(英数学館2年)は、「学生の平和活動の中で、同世代の関心のなさを痛感します。被爆者の方たちが、『二度とヒバクシャを出さないでほしい。』と言われる思い、そして72年前の事実、平和の大切さを、同世代や次世代の人たちに伝えたい。そのためにも1万人署名活動をより活発にするよう努力します。」と決意を述べました。

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同じく広島の小林美晴さん(広島大学付属高校2年)も「被爆者の思いを伝えることが大切。そのためにも被爆体験を風化させてはならない。署名に込められた思い、集める活動に加わってくれた仲間の思いを届けたい。」と語り、同じ広島の久永風音さん(広島皆実高校3年)は、「被爆者の体験を聞いたことが、平和活動のスタートでした。人と人とのつながりが平和の基礎です。人は誰も大切な人。そのためにも核兵器も戦争もない世界を作らなければなりません。」と決意を述べました。

他の高校生平和大使からも次々とそれぞれの思いが伝わる力強い決意が述べられました。

前日広島入りした高校生平和大使たちは、柳川良子さんの被爆体験を聞き、慰霊碑への献花、被爆二世の案内で平和公園を中心とした「碑めぐり」、さらに原爆資料館見学など、被爆の実相を学ぶ活動を行いました。その中でも特に、柳川さんの被爆体験が強く印象に残ったようです。

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今回選ばれた第20代高校生平和大使は、1年間地元での平和活動を続けるとともに、8月19日から26日の日程で、スイス・ジュネーブにある国連欧州本部を訪れ、国連軍縮局に全国の高校生が集めた「高校生1万人署名」を提出することになっています。

そのための署名活動は、全国で取り組まれており、すでに広島でも平和公園元安橋などで、多くの高校生が集まり、取り組まれています。

 

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今年は、「核兵器禁止条約交渉」が国連で行われている画期的な年です。この高校生平和大使たちが、国連欧州本部を訪れる時期には、「核兵器禁止条約」がまとまっていると思われます。「核兵器禁止条約交渉」に参加しない日本政府に代わって、高校生平和大使の皆さんが、被爆者や被爆地広島、そして全国の人々が願っている「核兵器禁止条約の制定によって核兵器廃絶へ」の強い思いを伝える大きな役割を果たしてくれるものと確信しています。

 

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