言葉

2017年6月 5日 (月)

共謀罪反対集会とデモ ――広島弁護士会主催のテーマは「私の心を探るな」――

 

共謀罪反対集会とデモ

――広島弁護士会主催のテーマは「私の心を探るな」――

 

527日に衆議院で強行採決された共謀罪新設法案は今、参議院で審議されていますが、どうしてもこの法案の成立を阻止しなくてはならないと、広島弁護士会の呼び掛けで、午後2時から原爆ドーム前の集会が開かれました。炎天下にもかかわらず、500名の参加者があり、集会後は原爆ドームから八丁堀、本通りを通って平和公園までのデモを通じて多くの人々に呼び掛けました。

 

集会は、最初に主催者を代表して下中奈美広島弁護士会会長の挨拶があり、続いて民進党の森本真治参議院議員の国会報告、そして連合事務局長を含む3人から市民の立場を代弁するアピールがあり、最後に弁護士会の共謀罪担当の前川弁護士から閉会の挨拶がありました。以下、アイ女性会議の佐藤奈保子さんにまとめて頂いたレポートです。

 

             

20170604_21_23_24_2

下中会長の挨拶

  

下中会長は「これまで『テロ等準備罪』は3回廃案となっている。2020東京オリンピック・パラリンピックでテロを未然に防止するためと提案しているが、すでに国際犯罪防止条約にプラスして国際・国内法の整備がされているにもかかわらず、今回、277の対象犯罪を盛り込んだ「共謀罪」を提出しました。一般市民も「話し合い」や「計画」をしていたとして恣意的に犯罪対象にされかねない。安倍首相は一貫して「戦争のできる国」づくりのために急いでいる。今国会で通そうと必死だ。弁護士会はみなさんと一緒に廃案にむけてがんばります。」と力強いあいさつ。

 

 

20170604_21_23_58

森本参議院議員の国会報告

 

民進党の森本真治参議院議員からは「法案は不明な点(180の論点)が次々と出ているが、十分な整理もされていないにもかかわらず、審議を拒否すると「質問なし」として強行採決されるので審議を徹底して迫る。みなさんの声とともに国会でがんばる」と国会内の状況報告。

 

広島市立大学の湯浅正恵教授は「『安保法案』に次いで危機感を感じてこの場に来た。安全・秩序と銘打って当局が問題ありと思ったら何もしていなくても監視強化され、表現・言論・集会の自由を奪い、脅かされる。当局に睨まれないために自己規制することに始まって、結局は私たち一人一人が言葉を奪われる。私は『秘密保護法』の時も言ったが、1人の人間として生きる自由・権利を放棄したくないから反対する」と力強い反対の意思表明。

 

写真家の藤岡あやさん(呉出身)は「『共謀罪』がよく分からなくて勉強した。2020オリンピック・パラリンピックのテロ対策で一般市民は対象外と言うが、私が護衛艦やデモを撮っていたら、犯罪の対象にされるかも。生きる喜びや表現が制限されるとしたらいやだ!」と具体的な表現手段に沿っての説得力ある反対論。

 

連合広島の山﨑幸治事務局長が「連合としても重要な問題と捉えている。大きくまとめると4つの問題点がある。

  適用する対象があいまい 

 「犯罪」の構成要件が好い加減 

  捜査等の手法が拡大され監視社会が作られてしまう 

  人間相互の不信感を高める(密告等により)

このような法案は何としても撤回させなくてはならない。連合広島もがんばります」と決意表明。

 

デモのシュプレヒコールも共謀罪の本質を突く鋭くかつ記憶に残るもので、500人の参加者の熱い思いが伝わりました。

 

「戦争反対」「共謀罪は廃案に」「テロ対策と嘘つくな」「話し合いは人間生活の基本」「告げ口を奨励する法案に反対」「憲法を変えるな、政治を変えろ」

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年6月 2日 (金)

5月31日は世界禁煙デー ――5月31日から6月6日までは禁煙週間です――

 

531日は世界禁煙デー

――531日から66日までは禁煙週間です――

 

2020年を目標年に、国際オリンピック委員会や世界保健機構(WHO) は、日本政府に国の主導で「屋内全面禁煙」を実施するよう勧告しています。それに対して、厚生労働省は「喫煙室」を設ければ「分煙」を認めるという立場を取り、自民党内の喫煙支持派は、飲食店などの判断を尊重する立場のようです。つまり、どちらも屋内全面禁煙には反対ということです。

 

しかし、塩崎泰久大臣は、自民党の強硬派に対して26日、閣議後の記者会見で「建物内の原則禁煙という前提を譲るのは、なかなか難しい」と強調するなど、それなりに頑張っています。「原則禁煙」の「原則」が曲者ですが、恐らく厚生労働省官僚たちの言いなりになれば、そのまま自民党案を飲むことにもなり兼ねないような気がしますので、そんな環境下、大臣が頑張っていると考えるのは、贔屓目に過ぎているでしょうか。

 

でも、これまでの厚労省が喫煙問題に如何に後ろ向きだったのかの歴史を振り返ると、こう考えたくなる気持もお分り頂けるように思います。そのために、毎年WHOが世界禁煙デーに発表する煙草についてのスローガンと、厚労省が禁煙週間に発表するテーマとを比較してみましょう。世界禁煙デーのスローガンは英語ですが、その下のカッコの中の訳は、2017年と2016年は日本禁煙学会によるもの、2015年以前は厚労省によるものです。

 

2017 Tobacco – a threat to development

              (たばこは成長の妨害者)

2016 Get ready for plain packaging

             (プレーン・バケッジを目指そう)

 

2017年の標語は、いわゆる先進国では禁煙が進んでいるために、たばこ産業は開発途上国を新たな市場として煙草を売り込んでいる状況に対する言葉です。2016年のスローガンは、たばこの箱には健康被害を正確に伝える表現以外のどんなメッセージも使ってはいけない、もちろん色も使わないプレーンなものにすることで、たばこを魅力的なものであるというメッセージを伝えないようにしましょう、という呼び掛けです。

 

この2年とも、厚労省は次のスローガンを採用しています。

 

              2020年、受動喫煙のない社会を目指して~たばこの煙から子ども達をまもろう~

 

                     

Photo

       

 

オリンピックを念頭に置くと理解できなくはないのですが、2015年より前の対比とも関連付けると、別の意図も見えてきます。そしてこの標語は、恐らく2020年まで変えない積りなのだと思いますが、「目指して」は「実現します」ではなくあくまで目指せばそれで良いのですから、強い決意は伝わってきません。「屋内全面禁煙」にならなくても、約束違反にはならないのです。

 

2015 Stop illicit trade of tobacco products

 (たばこ製品の不正な取引をなくそう)

 

[日本政府] 2020年、スモークフリーの国を目指して ~東京オリンピック・パラリンピックへ向けて~

 

日本社会ではあまり知られていませんが、世界的に売られているたばこの1割は不正な取引によるものだと推計されています。税を払わない分だけ安くなること、法律には従わないパケッジなので健康上の問題が表記されていないなどの弊害があります。

 

2014 Raise taxes on tobacco

 (たばこ税の引き上げを!)

 

[日本政府]  オールジャパンで、たばこの煙のない社会を

 

この辺りから、日本政府の本音が見えてきます。元々は、国有の会社なのですから、税を上げるのは簡単なはずですし、その効果についても十分分っている日本政府が音頭を取って税の引き上げをするのは簡単なことです。でも、「目指して」という緩やかな形さえ取らずに「無視」です。

 

2013 Ban tobacco advertising, promotion and sponsorship

 (たばこの広告、販売促進、スポンサーシップを禁止しよう)

 

[日本政府]  たばこによる健康影響を正しく理解しよう

 

確かに、広告や販売促進、スポンサーシップを禁止する目的の一つは健康被害の正確な理解ですが、具体的に何をすれば良いのかを提案しているのがWHOのメッセージです。それを薄めて、これまた日本政府がその気になれば明日からでもできる提案を抽象的なお題目に摩り替えています。

 

2012 Stop Tobacco industry interference

 (たばこ産業の干渉を阻止しよう)

 

[日本政府]  命を守る政策を!

 

『たばこ産業の干渉』とは、WHOが発行したパンフレットです。この中で、WHOは世界のたばこ産業が、たばこについての規制をさせないように、様々な形で干渉していることを報告しています。そのような干渉を止めさせようという呼び掛けです。「干渉」とは次のような行為を指しています。

 政治的あるいは立法についてのプロセスを乗っ取ろうと企んでいる。

 たばこ産業の経済的な重要性を誇張している。

 たばこに正統性があるかのように装うための世論操作をしている。

 やらせの団体等を使って、たばこ支持派がいると見せかけている。

 確立された科学的事実の信頼を損なうようなことをしている。

 規制しようとする政府を訴訟によって、あるいは訴訟を起こすと脅すことで圧力を掛けている。

 

これまた、日本政府がその気になれば、かなりの改善がすぐにできることなのですが、この年の禁煙週間で厚労省は「平成24年度においては、喫煙及び受動喫煙による健康被害等についての普及啓発に加え、今年度の世界禁煙デーのテーマである「たばこ産業の干渉を阻止しよう」についても、普及啓発を積極的に行うものである」と述べ、その年に開いたシンポジウムで取り上げられたテーマは、たばこ産業の干渉には触れていません。

「政府における主なたばこ対策」

「次期健康日本21と受動喫煙対策(仮)」

「命を守る政策を!(仮)」

「パネルディスカッション「受動喫煙からみんなの命を守るために(仮)」

 

簡単に比較が終り、納得して貰えると思っていたのですが、結構長くなってしまいました。実は、これ以前にはもっと酷い乖離があるのですが、それは次回に回します。


そしてもう一つ大切なのは、この傾向を逆の方向から見ると、つまり、昔は酷かったけれど今はそれほどでもない、と読むと、厚労省のたばこに対する施策や考え方が少しは改善されている、ということにもなるのです。そして塩崎大臣はその傾向を加速化させ、真面目にたばこ対策に取り組もうとしているように私には見えるのですが、それは私が贔屓目に見過ぎているからなのでしょうか。そのどちらであっても、大臣にはもっと頑張って貰わなくてはなりません。そのために何ができるのかも考えて見たいと思います。

  

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

日本は食べるものに関する規制は厳しいが、大気汚染に関しては甘いと言われています。私は喘息なので気象庁が出しているPM2.5などの予測データを見て暮らしていますが、花粉や黄砂の情報は広報しても、より命に関わるPM2.5については非常に消極的な公開に留まっているように感じます。

福島の原発事故後は放射線についてもそうですが、食中毒などに比べ「直ちに影響のない」大気汚染については規制も緩い上に、情報も十分ではなく、かかりつけの呼吸器科の医師も、いつも憤っています。

日本の大気汚染は世界でも上位であり、WHOの調査でも、日本で大気汚染のために死亡する人の数は交通事故死の5倍以上で年間2万5千人と言われています。

肺に毒物を入れることが如何に危険なことなのか、基本的な認識=教育から必要な気がします。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

私たちは胃に入れるものについては敏感でも、肺になると鈍感だという基本的な違いを御指摘下さり、有難う御座います。なぜ日本社会がそんな価値観を持つに至ったのかも知りたいと思います。その辺も含めて、一度、ブログで論じて頂けるとさらに有り難いのですが。

2017年5月11日 (木)

セックス・スクリーン・スポーツ ――数学者、岡潔先生の警告――

 

セックス・スクリーン・スポーツ

――数学者、岡潔先生の警告――

 

英国のEU離脱、トランプ大統領の誕生と、きな臭い政治的な動きが続いた後、フランスではマクロン大統領、韓国では文大統領が誕生しました。イデオロギーや政策はさておいて、手続き的には無難な手法を採用するようですので、少しは安定化への流れが始まっているのかもしれません。とは言え、不安定要素がなくなった訳ではありません。今という時代を理解するために、1960年代に遡って、大数学者、岡潔(おかきよし)先生の言葉からヒントを得られればと思います。

 

数学者、岡潔博士は、多変数解析函数の分野で世界的業績を挙げ、1960年に文化勲章を受章した天才数学者です。同時に1963年に毎日新聞社から刊行された『春宵十話』(しゅんしょうじゅうわ)を手始めに、日本と日本人についてまた日本と人類の未来についての多くのエッセイを発表しました。これらのエッセイを通して、私たちの生き方について、また教育の重要性について「警鐘」を鳴らしたことでも高い評価を受けています。

 

1965年に出版されたエッセイ集『春風夏雨』の中には、「60年後の日本」という随筆があります。1965年の60年後は2025年ですので、もうそろそろ岡先生の憂えた状況に近付いていてもおかしくありません。それを検証するために、まず、このエッセイを要約しておきましょう。

 

               

20170510_22_08_35

             

 

岡先生は、人を中心に物事を考えるべきだという持論を述べた後、そのためには教育に力を入れなくてはならないことを強調しています。さらに、その年に発表された厚生省の調査で、「4歳児の3割までが問題児だ」と報告されていたことにショックを受け、この状態を改善するために三つの努力が必要だと説いています。

 

一つは、「戒律を守らせる教育」を行うこと。二つ目は、「国の心的空気を清らかに保って欲しい」こと。最後に男女問題について、「何を目標に」教育すべきなのか国は全力を挙げて究明すべきだが、時間が掛かるようなら当面は男女別学にすべきだ、と主張してます。

 

そして、この中で、次のような問題についても言及しています。

 

進駐軍が初めて来たとき「進駐軍は日本を骨抜きにするため、三つのSをはやらせようとしている」という巷説があった。セックス、スクリーン、スポーツである。今やこの三つのSはこの国に夏草のごとく茂りに茂っている。私に全くわからないのはこの国の人たちはこれをどう見ているのであろうかということである。

 

60年後の予測は、このような努力を行ったとしても、「六十年後には日本に極寒の季節が訪れることは、今となっては避けられないであろう。教育はそれに備えて、歳寒にして顕れるといわれている松柏のような人を育てるのを主眼にしなくてはならないであろう。」

 

1965年の時点で日本が崖っぷちに立っていることを指摘した岡先生の最後の文章は「もし転落し始めたら、今度こそ国の滅亡が待つばかりであろう」です。

 

「セックス、スクリーン、スポーツ」の内、「スクリーン」は今ならテレビとスマホなどの通信機器を指すのだろうと思います。それ以上に私たちが問わなくてはならないのは、今の日本の状況を「転落し始めている」と見るのか、その一歩手前と見るのか、いやまだまだ大丈夫と見るのかです。いくつかの可能性がありますが、皆さんはどう御覧になっているのでしょうか。

 

1965年とは時代も大きく変っていますし、岡先生の世界観、社会観、人間観はかなりユニークですので、私たち自身の頭と心を通して再吟味する必要がありそうです。特に処方箋の部分については、別の枠組からの検討も必要だろうと思います。同時に、岡先生が警鐘を鳴らさざるを得ないと思い詰めたほどの危機感の何分の一でも、私たちも持てないものだろうかと憂えてもいます。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年5月 7日 (日)

総理大臣には憲法遵守義務があります ――しかし、私たちの想像以上に事態は深刻です――

 

総理大臣には憲法遵守義務があります

――しかし、私たちの想像以上に事態は深刻です――

 

2020年には改憲し新憲法を施行すると総理大臣が明言しました。主目的は9条に項目を追加して自衛隊を明文化することですが、自衛隊を合憲化するには、自衛隊の任務から軍事的側面を削除すれば良いことは、すでに述べた通りです。

 

それ以上に問題なのは、総理大臣がこのような発言をすること自体、憲法違反だということです。総理大臣だけではなく、全ての公務員は憲法遵守義務を負っています。この点については、昨年の憲法記念日にも言及していますが、改めて憲法遵守の規定である憲法第99条の条文を掲げます。


99条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 

ここで使われているのは「尊重」と「擁護」ですが、簡単に「遵守(じゅんしゅ)」とまとめて、「遵守義務」と書くことにします。これが大変重い規定であることはお分り頂けると思います。何しろ、天皇にまで憲法遵守義務があるのですから。

 

             

Photo

               

文部省の『あたらしい憲法のはなし』から

 

自衛隊の「明文化」がそれほど重要なら、すでに明文化されている憲法99条の規定を忠実に守るべきはずなのですが、この点についての論理は一貫していません。

 

また憲法を「尊重し擁護する」ことイコール「改憲」では辻褄が合いません。改憲せずに憲法を「そのまま」尊重し擁護することだと読むのが自然なのではないでしょうか。

 

しかし、先日指摘したように、これまで憲法を蔑ろにしてきた人たちの常套手段は、憲法に明文化されていないこと、あるいは明文化されていることでもそれを無視して、戦争を正当化し軍国主義路線を実現することでした。自衛隊が明文化された暁には、まだ明文化されていないより大きな次の目標が待ち構えています。それは、核兵器を持つことです。そのための第一歩を踏み出す企みに同調することこそ無責任です。

そして戦争を美化し戦意を高揚、軍事路線こそが唯一の選択肢であるかのようなデマで多くの人々を洗脳するために自民党・公明党政権が恥も外聞も忘れて採用してきたのが、戦争放棄を謳った憲法第9条を無視し、軍隊を保持、さらには海外派兵まで可能にするシナリオでした。

 

しかし、これが憲法遵守を定めた99条違反であることは疑う余地もありません。しかし、「敵」もしたたかです。これも何回か指摘していることですが、憲法を遵守することは「法的義務」ではなく「道徳的要請」であるという判決が確定しています。

 

1977217日、水戸地方裁判所による百里基地訴訟の第一審判決では、「憲法遵守・擁護義務を明示しているが、これは、道義的な要請であり」法的義務ではない、との判断が示されていますし、198177日に東京高等裁判所による控訴審判決では、憲法99条は「憲法を尊重し擁護すべき旨を宣明したにすぎない」と述べられています。

 

こんな御託宣があれば、総理大臣が良心の呵責はほとんどなく、とは言え道徳的には問題のあることくらいは理解してくれていると思いたいのですが、期限付きの改憲を「宣明」できるのかもしれません。

 

事態がこれまで私たちが考えていた以上に深刻なことは御理解頂けたと思いますが、さてどうすれば良いのでしょうか。当面思い付くのは、既に多くの皆さんが行動に移していることです。

 

改憲を許さない野党が協力して統一候補を立て、次の選挙で勝利すること、そして安倍内閣を退陣に追い込むことが急務です。選挙に勝つための作戦を立て、できるだけ多くの市民が参加できる体制を作って、動き始めましょう。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年5月 6日 (土)

憲法解釈の違いは何に由来するのか ――リベラル派は理想の実現が可能だと考えている――

 

憲法解釈の違いは何に由来するのか

――リベラル派は理想の実現が可能だと考えている――

 

日米の憲法について、それぞれどのような点が問題になっているのかを比較して見ることで、立憲政治と民主主義の擁護について何らかの示唆が得られるかもしれないと思っていたのですが、「2020年までに改憲」という安倍発言から頭に浮んだ何点かを先ず文字にすることになりました。

 

そこで書き散らしたことを敷衍しながら整理すると、先ず、我が国では個人の自由を制限する特定秘密保護法や共謀罪の動きがあり、アメリカでも同様に、特定国の国民を入国させないといった方針が示されるなど、個人の基本的人権を狭める動きが顕著になっています。

 

同時に、トランプ大統領の誕生を可能にした条件の一つである2010年の最高裁判所の判断は、企業も表現の自由を持つことを確定しました。この判決も含めて企業の権利を大幅に広げる動きにも注目する必要があります。我が国でも、武器禁輸三原則が反故にされ防衛装備移転三原則が取って代るなど企業の権利をより大きくする方向の施策が取られています。

 

少し乱暴ですが、個人の権利は尊重し企業の権利は制限するという立場をリベラル派と呼ぶなら、正反対の立場、つまり個人の権利を制限し企業の権利を尊重するトランプ・安倍両政権は超保守派、あるいは反動派とでも呼べば良いのでしょうか。

 

リベラル派のもう一つの特徴は、知性を活用することによって人類の生きる環境を変え改善することができると信じていること、特に理想を目指す政治的な立場の持つ価値を重んじていることかもしれません。

 

その立場から、日米の憲法に関わる問題点をもう一度検証して見ましょう。

 

アメリカの最高裁が、「企業が選挙に使う金額には上限を設けてはいけない」と判断した理由は、

  企業にも、個人と同様に「表現の自由」が与えられている。それは「表現」することが可能などのような主体についても、この自由が保障されているからである。

  巨額の資金が使われているという事実だけから、政府がそれを「腐敗」であると断定することはできない。つまり、いくら以上なら腐敗であり、それ未満ならそうではないという客観的な基準を設けることができないからである。

  支出額の制限を加えることは、市民の知る権利を侵害する可能性がある。情報を広げるのにはお金がかかるという理由で作られた規制によって、ある情報が隠されてしまうのは市民の知る権利の侵害になり得る。

だったのですが、仮に、この中の①、つまり、企業も表現の自由を持つことを認めたとしても、それを実現する手段として「企業が選挙に使う金額には上限を設けてはいけない」という結論にはならないのではないかと思います。

 

   1787年のアメリカ憲法署名式

 

Scene_at_the_signing_of_the_const_2

 

特に、②では、支出金額が多いからと言ってそれを腐敗として認めようとすると、その客観的な「線引き」ができないから、という理由が述べられています。

 

確かに、抽象的な議論をすればそれには一理あるのですが、現実の世の中では利益の追求を最優先する企業あるいはビジネスと、生活する主体としての個人との間には明確な違いがあり、それを対立関係と捉えられる場合の多いことも事実です。

 

そして、選挙の際にビジネス側が使える選挙資金と個人とが支出できる金額には大きな差があります。公正な選挙と表現の自由との間のバランスをどう取るのかの問題になりますが、個人の使える額には当然上限がありますので、それに見合った上限を企業・ビジネスに課すことこそ、民主的な政治を維持する上での重要事項の一つになるのではないでしょうか。

 

つまり、企業の使える金額の条件は抽象的レベルで「客観的」に決めるべき事柄ではなく、公正な選挙により民意ができるだけ忠実に反映されるためにはどの程度の支出なら許されるのかを、これまでの選挙についてのデータや今後の動きの推定を元に、「合理的」に決定すべきことなのではないでしょうか。

 

「自衛隊の明文化」についての考察も続けて行いたいと思います。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ  

2017年5月 4日 (木)

憲法記念日は改憲阻止の日になりました ――まずは野党共闘で安倍内閣を退陣に追い込む――

 

憲法記念日は改憲阻止の日になりました

――まずは野党共闘で安倍内閣を退陣に追い込む――

 

こともあろうに憲法記念日を選んで、2020年までの改憲、そして改悪された憲法の施行を、安倍総理が明言しました。憲法9条の第一項、第二項はそのままにして、自衛隊の存在を許容する旨明文化するのが目的だそうです。

 

             

20170503_22_13_08

               

 

自衛隊の存在を「合憲化」することが目的なら、もっと簡単な方法があります。自衛隊の任務から、軍事的側面を取り除き、自然災害その他の災害救助を主任務とすれば良いのです。この考え方については、またの機会に詳しく述べたいと思いますが、今、頭に浮んだ二三の思いをお読み頂ければ幸いです。

 

 まず、改憲を許さない野党が協力して統一候補を立て、次の選挙で勝利すること、そして安倍内閣を退陣に追い込むことが急務です。選挙に勝つための作戦を立て、できるだけ多くの市民が参加できる体制を作って、動き始めましょう。

 

 また安倍総理は改憲派に向けたビデオの中で、言うに事欠いて「多くの憲法学者や政党には自衛隊を違憲とする議論が今なお存在する。あまりにも無責任だ」とまで宣っています。しかし、これには世論を誘導する意図があります。

 

災害等で自衛隊に助けられた人、救助活動の報道を見て感動した人たちは多くいます。そのこととは別の次元で、自衛隊の存在を認めないという議論には確固とした法的な根拠があります。その点を誤魔化して、「あんなに立派な活動をしている自衛隊を『違憲』だというのは無責任だ」と糾弾する摩り替えを行い改憲に好意的な世論を作る、という意図です。

 

 「自衛隊の明文化」という言葉に騙されないで下さい。これまで憲法を蔑ろにしてきた人たちの常套手段は、憲法に明文化されていないこと、あるいは明文化されていることでもそれを無視して、戦争を正当化し軍国主義路線を実現することでした。自衛隊が明文化された暁には、まだ明文化されていないより大きな次の目標が待ち構えています。それは、核兵器を持つことです。そのための第一歩を踏み出す企みに同調することこそ無責任でしょう。これについても、再度取り上げたいと思います。

 

 「周回遅れの世界観」は破滅への道です。かつての歴史を振り返っても、「大日本帝国」は世界の変化を認識することができず、周回遅れで自分が先頭を走っている積りになっていました。1939年にナチスがポーランドに攻め込んで第二次世界大戦が始まり、日本はその翌年1940年にそのナチスならびにイタリアと三国同盟を締結し、1941年にはアメリカとの戦争を始めました。当時の為政者たちには、それが時代の最先端の動きに乗っていると見えたのかもしれません。でも、その4年後、1945年には原爆そして終戦が待っていました。

 

2020年は3年後ですが、4年後、5年後も一緒に考えて見たらどうでしょうか。かつての日本が「ナチス」と組んでから5年後には、周回遅れの現実が突き付けられたのですが、2017年版の「ナチス」は何を指すのかをしっかり見据えなくてはなりません。この点についても再度、詳説したいと思います。

 

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ  

2017年4月19日 (水)

イギリスの解散・総選挙 ――どちらに転んでも損をしない選択肢かも知れません――

 

イギリスの解散・総選挙

――どちらに転んでも損をしない選択肢かも知れません――

 

イギリスのメイ首相が下院を解散し、68日に総選挙を行う意向を記者会見で表明しました。解散・総選挙の目的はEU離脱 (Brexit とも呼ばれています。イギリスの別名Britainと、離脱を意味するexitを合わせた言葉です) を遂行するための国民的合意を取り付けることだと言明し、今後、安定した政権運営をするためには今、選挙をすることが必要だとも述べています。

 

             

Brexit1462470592zsa

               

 

一応の説明にはなっていますが、これまで官邸筋は解散・総選挙を否定してきていますので、それを踏まえるとすんなり受け入れられるシナリオでもありません。いろいろな論評が出てくると思いますが、日本のマスコミがあまり注目していない観点からの解説をしておきたいと思います。

 

そのための大前提ですが、保守的な政治家や力の支配を信奉している人々にとって核兵器の存在こそが最大の切り札だという事実です。例えば前にも言及しましたが、就任直後の議会でメイ首相は次のような発言をしています。

スコットランド国民党のジョージ・ケレバン議員が次のような質問をしました。「メイ首相は自ら、10万人の罪のない男女や子どもの命を奪う核兵器の使用を許可する覚悟があるのか」でした。それに対してメイ首相は、まず、躊躇することもなく「Yes」と言った後で、「核抑止で重要なのは、敵に我々が核を使用する用意があると知らしめることだ」と述べています。

(ニューズウィーク日本語版電子版2016721)

 

最近の北朝鮮を巡る緊迫した状況とも関係しているのかもしれませんが、「核を使用する用意があると知らしめる」ためには、先ず核を持っていなくてはなりません。しかしイギリスの場合、スコットランドが独立してしまうと、核兵器はなくなってしまいます。この点については何度か取り上げていますので、再度お読み頂ければ幸いです。

 

イギリスの保守派の主張通り、Brexitが実現すると、スコットランドの独立派は再度の住民投票で今度は勝つという作戦を立てていますので、ただ単に「離脱の手続きを粛々と進める」だけでは、イギリスが非核保有国になり下がるという「窮地」に追い込まれる可能性があるのです。それもかなり高い確率での話です。

 

となると、今、保守党の人気が高い内に選挙を行い、スコットランドでも保守勢力に勢いを付けておく、という作戦はあり得るだけでなくとても重要です。

 

しかし、私は敢えてもう一つの可能性に賭けたい気持です。それは、総選挙の結果にかかわらずスコットランド独立の意志は変らず、今度は独立が実現するというものです。そうなるとイギリスは非核保有国に「転落」します。

 

その時になって、保守派や力の支配信奉派は、Brexitを後悔し、その手続きを行ったメイ首相も、「Brexitを推進した」というラベルを張られて非難されることになるでしょう。でもそれに対する「反論」として、あれは「総選挙の結果だった」「国民の意志だった」と言えれば非難は国民にそのままブーメラングすることになります。

 

意地悪く考えると、このような「言い訳」を作っておくための選挙だということになるでしょうし、善意の解釈をすると、それだけ重みのある手続きだということを国民に周知し、EU離脱という結果になった国民投票後での「後悔」と同じ轍を踏まないようにするための選挙だと考えらます。

 

そのどちらになっても、解散・総選挙の意味があるとメイ首相は判断したのではないでしょうか。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年4月13日 (木)

違和感のある日本語 ――「やんちゃ」と「いじる」――



違和感のある日本語

――「やんちゃ」と「いじる」――

 

気になり始めたのは、ここ数年のような気がしますが、このところ「やんちゃ」の使われ方が大きく変ってしまいました。

 

昔は――と言い始めるのは老化現象の典型なのですが、敢えて使います――「やんちゃ」というのは、「子供のわがまま勝手なこと。だだをこねたりいたずらをしてりすること」(広辞苑 第六版)ですし、大辞林の第三版には、「子供が活発で大人の言うことをきかないこと。いたずらやわがままをすること。また、そのさま。また、そのような人をもいう。」という定義が載せられていて、例としては 「やんちゃをする」 「やんちゃな子」 「やんちゃ坊主」 「やんちゃ盛り」が挙げられています。

 

「良い子」と比べて、奨励されているのではなくても、先ず犯罪性はありませんし、「困った子だよ」というレベルの親のため息があっても、特に周りの人に飛んでもない迷惑を掛けるまでは行かない、男の子の性質を表していたような気がします。

              

007

           

「いじめ」?「やんちゃ」?

 

「お茶目な女の子」という表現もありました。その「お茶目」より少しは飛び出していることは

認めるとして、「やんちゃ坊主」に対して「お茶目な女の子」という対照ができるというくらいのレベルだったのではないでしょうか。

 

062

「やんちゃ」の域を超えている?

 

 

しかし、最近での使われ方では、昔は「やんちゃ」だったと言えば、昔は不良少年だった、ぐれていた、犯罪行為に手を染めた、といったレベルのかなり問題のある行動をしていたことを示しているようです。

 

この線引きを曖昧にすることで、例えば「いじめ」も「やんちゃ」な行為なのだから許される、というニュアンスで許容されてしまう傾向さえあるような気がしているのですが、これは、不正確でしょうか。

 

それに関連して、「いじる」という言葉が大手を振って市民権を得てしまったようです。この言葉の語源にはいろいろな説があるようですが、落語の世界の「客いじり」という表現が元で、「いじる」が「いじめる」の代りに使われるようになったと考えている人たちもいるようです。

 

私は、単純に「いじめる」の「め」を抜いて隠語的に使われていた言葉が、これまた線引きの曖昧さとテレビの好い加減さとの相乗効果で、無害化されてしまった結果なのではないかと思っています。

 

この両方に共通しているのは、人格の否定や無視といった犯罪性のある行為や言葉が、新しい曖昧な言葉に置き換えらることで、こうした卑劣な言動に対する批判が「無粋」なこととでもいうようなラベルを張られ、益々広まることなのですが、正にそのような傾向が顕著になっているように思えます。私が心配症で、単なる「老の繰り言」であるのならまだ良いのですが。

 

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

「やんちゃ」い関しては、子供から少年、大人になっていても
子供のレベルの善悪の曖昧さで悪いことをしてしまう、少年
大人に対して使う場合「ワル」の意味が加わっているのでは
ないかと思っています。

「いじる」に関しては、「=いじめる」の意味で使うのはマスコミ
だけではと思っています。普通は(私はかな)「おちょくる」って
意味でしか使いませんから。しかし、マスコミが使ってはいけま
せんよね。正しい言葉になって行ってしまいます。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。世代的な違いかもしれませんし、関東、関西の違いもあるのかもしれませんが、私の中では「やんちゃ」は、小学生くらいまで、せいぜい中学の低学年までで、それより上のそれなりに善悪や、自他の差が分る人に対しては使わない言葉なのです。

それがまずあるので、「不良少年」や「ぐれる」の代りの「やんちゃ」には違和感があるのだと思います。

2017年4月 3日 (月)

お節介なアプリを二つ削除 ――このブログの乱れも減るはずです――


お節介なアプリを二つ削除

――このブログの乱れも減るはずです――

 

このブログの「読者」の中には、たまに、ページのレイアウトが乱れていることに気付かれた方がいらっしゃると思います。気付き次第、苦労して変てこな改行やマージンの取り方を元に直してきてはいたのですが、何故そんなことが起きるのか分らずにいました。

 

今週末、ようやく犯人が分りました。

                

Ginger

             

 ブログを書くときの編集画面に、G) から始まって、英文の現れるときがあったのですが、これが「Ginger Page」という英文チェックのためのアプリで、私の使っているブラウザーでもなぜか拡張機能として、ブログ編集の時だけ顔を出していたのです。

 

Ginger_page_2

 

ワープロやメールを使うときには、それぞれスペルチェックの機能が付いていますし、提案機能もそれなりにあり、「Ginger Page」は顔を出さなかったので気付き難かったのですが、ブログの編集をするとき、つまりブラウザーを使っているとき、しかも日本語で書いているときに勝手にしゃしゃり出て、句読点やカギ括弧があると悪さをしていたのです。

 

早速、拡張機能から削除し、ソフトそのものも削除しました。今後はレイアウトの乱れは、ほとんどなくなるはずです。英文のチェックをするソフトですので、英文の時だけ顔を出してくれるのならそれなりに使えるとは思いますが、日本語で書いているのに勝手に英文のルールで、しかもこちらでは変えて欲しいとは一言も言っていないのに、勝手なことをするとは呆れてものが言えません。もし同じような現象で悩まれている方がいらっしゃれば、こんな可能性も考えて下さい。

 

もう一つは、Intel security 提供の「True Key」です。こちらもある日突然、起動画面に表れて、「パスワードなしで起動しませんか」とアピールしてきました。「Intel」社だから問題はないのかと思い、また「顔認証」でパスワードの入力が不必要になるのなら便利かもしれないと思い、登録しようとしたのですが、それが間違いの元でした。

 

True_key

 

まず、顔の認証ができません。Skypeを使っての通話や会議をしたときにカメラを通してお互いの顔を見ることがありましたので、カメラもあり、それは今まで普通に使えていたにもかかわらず、何回試しても顔を認識して貰えません。

 

それでも、他の仕方があるのかと思いきや、一つのアプリから他のアプリに飛ぶ度に、今までは、保存してあったパスワードで簡単に入れたにもかかわらず、登録画面のようなところに入らされ、もう一度すべての情報を入力するように求められました。さすがにこれは、「フィッシング」の可能性が高いと思い、その時点で中止しました。

 

後で調べてみると、ホームページもきちんとしているようなので、問題はないのかもしれませんが、そもそも、「フィッシング」かもしれない、と思わせるようなアプリをIntelが提供するのは問題なのではないでしょうか。

 

私の誤解もあるのかもしれませんので、良く御存じの方がいらっしゃいましたら、御教示のほどお願い致します。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

機能拡張では便利がお節介になることもありがちなことで、ワープロソフトですら Microsoft の Word をはじめ殆どが英語圏で開発されたものなので、日本語では便利な機能がお節介になることも多く、DTPソフトを使う出版業界に限らず、文章を多く書く人も最終的な割付までシンプルなエディターで行う人が多いようです。

True Key は Intel が競合していた Password Box を買収して不評でしたが、iPhone版もあるので私も一時期使ってみたものの、特に Apple純正の Touch ID や Apple Watch を使ったログインに比べて優位性は感じられなかったので、あまり使いませんでしたが、特に Windows では他のセキュリティソフトとの絡みなどで不具合が起きやすく、そうなると面倒だろうということは想像できます。

不精な私は何でも自動が好きですが、高度な自動化は不具合が出た時の対応が大変で、True Key は、まだアンインストールが楽なことが救いですが、削除すら苦労するものも少なくないので、そうしたものを使う時には必ず削除の方法から先にチェックしています。

もう一つ捕捉しますと、True Key をすぐに使わなくなったのは無料で使えるのが15のIDまでで、私の場合、軽く100を超えていますし、有料サービスを一定期間無料で使える制度はあるものの、それこそNTTやdocomoですら、契約は簡単なのに解約には何十倍もの手間がかかることは良くあることなので、そこまでは試しませんでした。

「工場長」様

二つのコメント有り難う御座いました。便利さと安全性とは相反する方向を向いているのですから、上手い着地点がなかなか見付からないのも仕方のないことなのかもしれません。試行錯誤の末に、少しでも良い解決策が現れることを祈っています。

2017年3月25日 (土)

『MYB』新装第3号 ――特集は「日本人が変わり始めている 劣化か進化か」――  


MYB』新装第3

――特集は「日本人が変わり始めている 劣化か進化か」―― 

 

あまり耳にしたことのない雑誌名だと思いますが、今回は『MYB』を紹介したいと思います。発行しているのは「みやび出版」ですから、「MYB」が「miyabi」から母音を抜いた結果であると説明されれば納得して頂けるのではないでしょうか。「みやび」はその出版社の代表、伊藤雅昭氏の「雅」です。

 

私の『MYB』への思い入れが深いのは、伊藤氏とのお付き合いが30年以上になるからです。お会いしたのは、三省堂の優れた広報誌『三省堂 ぶっくれっと』の編集者時代でした。縦18.5センチ、横11.5センチほどの小冊子なのですが、多彩な書き手による読み応えのあるエッセイが集められていること、「辞書の三省堂」の名前通り、辞書や言葉についての、辞書の編纂者を初め専門家による蘊蓄を傾けた評論等に魅了されていました。

 

           

20170324_22_20_22

                 

 

やがて私も書き手の一人としてお仲間に加えて頂きました。さらには、拙稿をまとめる形で『夜明けを待つ政治の季節に』を出版して頂くなど、永年にわたってお世話になりました。その後、伊藤氏は独立してみやび出版を設立、『三省堂 ぶっくれっと』と同じ大きさの『MYB』が世に出ました。

 

Myb_20170324_22_20_53

 

今回御紹介しているのは、その進化形で、B5叛、300ページ近い分量で、活字も大きくなり年二回出版される新装版です。

 

Myb_20170324_17_35_57

 

新装第3号の特集は「日本人が変わり始めている――劣化か進化か」ですが、政治的な局面だけではなく思想史的、文化的、人類史的等のより大きな枠組みから、団塊の世代というもう一つの角度も大切にしつつ、今という「時」を見つめ直す企画です。

 

掻い摘んで内容をお伝えしたいのですが、先ずは目次を御覧下さい。(クリックすると画面が大きくなります。)

 

20170324_22_45_50

 

お馴染みの加藤典洋、橋本一、吉岡忍、樋口恵子、岸田秀等、とても深みのある論考が揃っています。私も、「憲法の『内面化』から始めよう――『数学書』として憲法を読む」というタイトルで、このブログでも取り上げ、これからも取り上げる予定の「憲法論」を書かせて頂きました。

 

そして、新装版第3号の後半は「再録・辞書のはなし」です。言葉に関心のある方にはお勧めの特集です。

 

2_20170324_22_46_17

 

MYB』はこれまでは、予約購読だけしかできませんでしたが、これからは書店でも買うことができるようになりました。一度手に取って見て頂ければ幸いです。定期購読を希望され方は、次のメールアドレスにお問い合わせ下さい。

 

books.miyabi@outlook.jp

 

または、☎/Fax  044-855-5723 までお願いします。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

より以前の記事一覧

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30