言葉

2018年8月26日 (日)

初心に帰る ――執筆陣が揃ってから再出発したいと思っています――


初心に帰る

――執筆陣が揃ってから再出発したいと思っています――

 

このブログは、2016年の4月に始めたのですが、「予告」は3月の末にアップさせて頂きました。そこで予定していた「世話人」が正式に決まらないままの出発でした。

 

ブログの趣旨も再度お読み頂ければ幸いです。

 

第一回の記事は「原点は五円玉」と題しての五円玉の思い出でした。

 

Photo_6

 

「執筆陣」として当初お願いできると考えていた方々は皆忙しい方ばかりだということも分りましたし、「世話人」が決らないままに、テーマ等の設定もきちんとした方針を打ち出せず、「仮世話人」の私が、とにかく毎日ブログをアップすることを目的化してしまった嫌いがありました。


にもかかわらず、多くの皆さんに御支援・御協力頂いたお蔭でこれまで続けることが出来ました。感謝の気持で一杯です。特に、ブログを読んで下さった皆さん、コメントをお寄せ下さった皆さんには心から御礼申し上げます。

 

その大半は身辺雑記になりましたが、それなりに内容を吟味した積りです。とは言え、この際、初心に帰り、交代制で「世話人」をお願いした上で、執筆陣も無理のない人数の方々に再度お願いして珠玉のエッセイをお寄せ頂ければと考えています。

 

その準備ができるまで、暫くはお休みさせて頂きます。御寛恕下さい。

 

[2018/8/25 イライザ]

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コメント

帰って来れれる日を待っています。

ブログ 毎日 とても 面白く拝読 していました 。
お休みとは とても残念です 。
なるべく早く 再開した 下さいませ。

「⑦パパ」様、「Cihiro」様

大変温かいコメント有り難う御座いました。

楽しくためになるエッセイをお届け出来るようになると思いますので、再開したらまた宜しくお願いします。

出来るだけ早く準備をします。

再開されることをお待ちしています。
どこかで仕切り直しをするのは結構勇気が必要だとは思いますが、
それでまたパワーアップされることを期待しております。

コメント有り難う御座いました。

パワーアップした上で、再開したいと思っています。

イライザさんらしい決断ですね。
平和についてのことと、個人的なことのバランスは絶妙でした。
なんとか再開してください。
楽しみにしています。

「元安川」様

コメント有り難う御座いました。

何とか10月くらいには再開できると良いのですが。頑張ります。

再開はきりのよい9/1から、とばかり。
広島県・市の教育委員会、岸田某と、
これらのヘタレを払拭するには、
”ヒロシマの心”の発信きりなかとです。←ヘンな九州??弁...
総裁選の前とは言わない、
せめて沖縄県知事選前までに!

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

執筆陣へのお願いはそれなりに時間が掛りますので、今のところ、10月1日に再開できればと考えています。再開後も、宜しくお願いします。

2018年8月12日 (日)

憲法調査会での金子発言 ――無抵抗降伏論を独自に表明――

 

憲法調査会での金子発言

――無抵抗降伏論を独自に表明――

 

西日本豪雨災害からの教訓のまとめとして、防災省の設置を提案してきましたが、組織的には、自衛隊を災害救助隊に改組するという説明が分り易いと思います。これが可能である大きな前提として、仮に海外からの侵略があったとして、自衛隊が武力に依って抵抗するのではなく、威厳を持った降伏によってできるだけ多くの人の命を守ることが大切であること、またその後の日本社会において、ソフト面を生かしての非暴力抵抗運動を通して、原状回復を行うことこそ、より良い選択であるという、「森嶋通夫理論」を御紹介しました。

 

今回は、これと同様の考え方を国会の中の憲法調査会で披歴した、金子哲夫衆議院議員(当時)の発言をお読み頂きたいと思います。森嶋理論とは全く独立した形で、自前の提案をきちんとされている姿は立派ですし、国会の議事録にその発言が残されていることにも意味があります。以下、議事録の一部です。読み易いように改行等を行っています。

 

               

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********************************

第154回国会 憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会 第4号
平成十四年(2002)六月六日(木曜日)
    午後二時二十九分開議

 

金子(哲)小委員 社民党の金子でございますけれども、私は、非核三原則にかかわって少し発言をしたいと思います。

 

先生のおられるところでもぜひ発言をしたかったのですけれども、最後は、宗教的信念などと核兵器廃絶の問題がとらえられているということについて極めて驚きを持っております。

 

我が国が、政府が、非核三原則のみならず、国連においてたびたび国連決議の中で核兵器廃絶のための提案をしていることは事実でありまして、それは世界から核兵器をなくそうということ、我が国が非核三原則を持っているからということだけではないと言わなければなりません。そもそも、ただ被爆国であるということでもありません。

 

つまりは、その被爆の体験の中から、核兵器の非人間性というものについて、既に国際司法裁判所でもその点については明確に規定をされているわけでありますけれども、そういった核兵器の持つ非人間性とそのことによる被害というものに着目をして、再びそういうことがこの地上の中に起きてはならないということで核兵器の廃絶というものを訴えてきたし、また、そのことによってその説得力を持つという意味においても非核三原則というものが提起をされているように私は思えるわけです。

 

そうしませんと、万々が一のときにということをお話しになりましたけれども、万々が一のときというのは一体どう考えればいいのか。それは、つまりは、核兵器が一日にしてつくられるわけではありませんから、そのことを想定しておれば、いずれ非核三原則を否定して政策を変換しなければ、万々が一に備えることはできないということになるわけでありまして、そういうことに論点が行くこと自身も私にとってはある種の驚きでもあります。

 

ですから、私は、やはり核兵器というものについて、核兵器の持つ本質的な意味、また核兵器の破壊力、放射線障害の持つ意味ということを実体験として知っている我が国だからこそそのことが言えるというふうに思うので、むしろ私は、日本の外交姿勢の中にあって、唯一の被爆国というまくら言葉は国連の中でも何度も表明をされますけれども、広島や長崎で起きた事実に対して、そのことを世界にどれだけ知らしめる努力をしてきたのかといえば、極めて残念ながらそれは行われていない。

 

例えば、被爆者の皆さんや平和団体の皆さんが原爆写真展などを通じて被爆体験を広げようという努力をしてきたわけでありますけれども、それすらも、日本政府がたった一度も国連においてそういうことをやったということを私は知りません。そういう努力というものこそが、今唯一の被爆国としての役割だと思います。

 

憲法とのかかわりにおいても、憲法九条の論議のみならず、憲法にうたわれております国際条約との関係の中において、NPT体制の中に日本も批准をして入っている限りこれをむしろ促進していく役割というものがあるわけでありまして、そういう点からもありますし、憲法上からいっても、これは国会の中で、園田外務大臣も随分前の国会ですけれども発言をされておりますように、日本国憲法全体の中に、国民の生命を守っていくという憲法精神からいっても、この非人間的な核兵器を日本が持つということ、非核三原則を変えて核兵器を持つということはあり得ないということをおっしゃっておりますけれども、私もそのとおりだと思います。

 

そういう意味で、やはりもう一度、唯一の被爆国、また被爆体験をした国家としての被爆というものの意味について、私は、国会の中でも改めて論議をした方がいいのではないかということを強く思っております。

 

以上です。

 

赤松(正)小委員 公明党の赤松正雄です。

 

先ほど、ちょっと時間が足らなくて、私が申し上げたことが少し中途半端に終わったんじゃないかと思いますので、その補足と、それから、今金子委員がおっしゃったことに関係すること等について二、三お話をしたいと思います。

 

まず、先ほど、日本の国がこれから直面するであろうというか、今もうしているんですけれども、選択肢が二つある。一つは、憲法を改正して普通の国になるという選択肢と、もう一つは、今のまま憲法のいわば解釈改憲の道を続けて特殊な国の道を歩んでいく、この二つが我々の前に横たわっているだろう。ここは一にかかって国民世論の動向と深くかかわってくると私は思います。日本の国の多くの人々が、今申し上げた大きく分けて二つの道のどちらをとろうとするのか、これはやはり真剣に国民世論の動向というものを見定めていかなくちゃいけない、そんなふうに思っています。

 

私は個人的には、憲法第九条については、第一項はもちろんそのままですが、二項については整理する必要があるだろうなという考え方でおりますけれども、公明党は現時点で、二つ目の、憲法第九条については改正をしない。問い詰めてみたことはありませんが、今の私の仕分け方でいくと、恐らく二つ目の方向を行こうとしているんだろうな、こんなふうに思っております。これが先ほど言い残した部分でございます。

 

それから、今、非核三原則にまつわる話ですけれども、いわゆる核をつくらず、持たず、持ち込ませず、この非核三原則については、私ども公明党は、私が政策形成にかかわった時点で、三原則ではなくて、もう一つ、いわば運動論的につけ加えないと話が決着しないというふうに言って盛り込んだことがあります。それは、持たせずということであります。

 

つまり、持たない、つくらない、持ち込ませないといっても、つくって、それをやろうとする、持つという意思を持つ国があるわけだから、そこに対して持たないようにという働きかけ、つくらせずでもいいんですけれども、そういうことが運動として起こってこないと、自分たちはつくらない、持たない、持ち込ませないと言っていても何も現実的な意味を持たない、そういうふうなことを主張いたしました。

 

一方では、全く逆ではありませんけれども、持たず、つくらずはいいけれども、持ち込ませずというのを掲げるのは日本もおかしい、だから非核三原則ではなくて非核二原則でいいのではないかというふうなことを指摘される向きがあるということについても、私は、その人のそういう主張があるという立場は十分に理解できるつもりでおります。

 

今回の福田官房長官の発言は、恐らく、政府首脳という立場を少しお忘れになって、評論家的に、純理論的に核の問題についてお話をされたのだろう。その辺はもう少ししっかり、用心深くお話をされた方がよかったのではないのかなという印象を持っております。

 

最後、三つ目に、社民党の金子さんに聞きたいんですけれども、実は共産党の山口さんに聞きたかったんですが、おられないので、別に疑似的相手だということではないんですけれども、この調査会は大いに論争した方がいいと思うので言います。

 

実はきのう、有事法制の地方公聴会で仙台へ行ってきました。要するに、万が一、僕は、万が九千九百九十九、平和外交的努力をすることは当然だ。九千九百九十九までやって、あとの一に対して使っちゃいけない有事法制だけれども、つくって、その用意は最低限する必要はあるんじゃないのかというスタンスなんです。

 

だから、そういう意味合いで、日本共産党から推薦された方、あるいは社会民主党から推薦された方のお話を聞いていて思ったのは、要するに、九千九百九十九のことだけで、万が一のことについては触れられない。だから、詰めていけばどうなるんですか、こう聞いたら、いわば非暴力抵抗主義というかそういうことを、現実にその言葉をおっしゃいました。

 

要するに、日本共産党の方に聞きたかったのは、二年前に、必要なときは自衛隊を使うということを彼らは決めているわけですね。それに対して、今は使わないときと決めておられるのかどうか、その辺がよくわからないということを聞きたかったんですけれども。

 

金子さんは、万が一の場合、やはり非暴力抵抗主義というんですか、そういう格好でいかざるを得ないと思っておられるんでしょうか。自衛隊のありようというものと絡めて言っていただきたいと思います。

 

金子(哲)小委員 では、もう私の持ち時間ありませんので、短くお答えしたいと思います。

 

自衛隊の問題については、この委員会でも私ども社民党の政策について御意見が出たことはありますので、その点については今質問が直接ありませんので、とりあえずおきまして、万々が一のお話。

 

実は私のホームページにもその点について、あえてと問われればということで書かせていただいておりますけれども、私は、非暴力抵抗でいい。といいますのは、その中につけ加えておりますのは、もし万々が一のときに想定をされる軍事的な紛争により命を失うこと、そのことと、万が一のときに非暴力抵抗によって仮に失う命とはどちらが多いかと、本当に考えてみたとき、戦争、紛争によって、いわば軍事衝突によって失われる命の方がはるかに多いというふうに私自身は思っております。それは日本国民のみならず相手の国を含めて、そういうふうに思っております。

 

ですから私はそのことを書いておりますけれども、それでもそれに対する批判は確かにあります。私の考え方としては、暴力、軍事的な力によって紛争を解決して失う命よりも、特に近代戦争においては、軍人軍属の失われる命よりも一般の非戦闘員と言われる人たちが、とりわけ第二次世界大戦以降、ベトナム戦争もそうですけれども、近代兵器の中で失われる命の方がはるかに多い状況を考えてみますと、そういう非暴力抵抗によって失われる命の方が少ない。そしてまたそのことは、もし仮にそういうことが起きたとしたら、国際社会の中にあってそのことが永続的に続くとは到底思えないというふうに私は思っておりますので、そういう見解を持っております。

 

藤島小委員 今の件に関してですけれども、戦争になったときに軍人軍属の犠牲者が多いか、一般の国民の犠牲者が多いかというふうに置きかえることがちょっと問題があるんじゃないかと思うんですね。

 

侵略されることで国民の権利とか自由が全く侵害され、あるいは婦女子が全部犯される、そういうことに対して、本当にそのままほって、見ていていいのか。例えば湾岸戦争にしてもそうですけれども、ヨーロッパのいろいろな紛争にしてもそうなんですけれども、それをほっておいていいのかということがやはり一番問題じゃないかなと私は思います。

 

[2018/8/10日 イライザ]

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2018年7月23日 (月)

無抵抗降伏論・その4 ――豪雨災害からの教訓 (13)――


無抵抗降伏論・その4

――豪雨災害からの教訓 (13)――

 

「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」というパラダイム転換のための第一段階として、森嶋通夫氏の『日本の選択』の論理的帰結も加えて、次の三つの命題を説明しています。

 

(A) 軍隊としての自衛隊の適正規模は「ゼロ」である。

(B) 「国防」のための手段は、軍事力といった「ハードウェア」ではなく、外交や経済・文化等の分野における国際的な活動、つまり「ソフトウェア」ではなくてはならない。

(C) 人、知恵、金をこうしたソフト面に注入して国内では「防災省(仮称)」を創設し、防衛省は廃止するとともに、世界貢献をするために、国際的に活躍する「サンダーバード」のような組織を「防災省」内に創設する。

 

今回は、(B)の中でも、

(ア) 戦争を仕掛けられても、「降伏」する方が、その後の社会に取ってはより良い選択である。

に続いて、

(イ)  ソフトウェア的国防にこそ、力がある。それを示している事例を示す。

です。

 

 既に、第二次世界大戦におけるイギリスの軍備とその後の勝利の原因をどう考えるのかについて、森嶋氏は「軍事力」という「ハードウェア」面で勝ったというより、「ソフトウェア」面での「政治力」の勝利だと判断しています。

 「歴史の教訓から学ぶことは大事である。第二次世界大戦から学ぶべきことは、最初は劣勢ではあっても、ヨーロッパのほとんど全ての国を自分の陣営に引き止め、さらにアメリカまで巻き込み、ソ連すら参戦させたことである。イギリスに勝利をもたらしたのは、軍事力ではなく、この政治力である。」

 さらに、ポツダム宣言を受諾して降伏した日本の場合、「無条件降伏」ではなく、唯一の条件として日本側が提示したのが「国体の護持」だったと解釈されていますが、連合国側はその条件を認めたとは考えていなかったようですので、天皇の戦後の位置付けはかなり危ういものだったようです。その点について森嶋氏は、実質的に国体の護持は守られたと考えて良いだろう、そしてそれを可能にしたのは「ソフトウェア」的な実績だったと言っています。

   「しかし最初は天皇の地位は極めて危なかった。戦争犯罪人に指定される可能性すらあったのである。けれども、もし天皇が逮捕されたなら、日本では大規模な叛乱が起こり、日本に大部隊の占領軍を長期間駐留させても、なおかっ、占領業務は順調に行なわれえないであろうという理由で、天皇は免責された。この他にグルー国務次官(元駐日米大使)が天皇制存続論者で、彼がワシントンで日本を救う役割をしてくれたことや、さらに天皇御自身の皇太子殿下時代のイギリスでの交遊が、多くのイギリス人によって高く評価きれていたことが、日本に「国体護持」をもたらした重要な要因に数えられている。

これらの要因の内、最後の二つは、国際親善、国際交流、相互理解が強力な防衛手段になり得ることを明白に証明している。もっとも最初の要因、すなわち「天皇を逮捕すれば日本で叛乱が起こり、米軍自身が困るから天皇を逮捕しなかった」という推論は、関、猪木氏の「抑止力の理論」の一種であるが、彼らの理論とちがうところは、それが武器抜きの抑止力の理論であるという点である。当時の日本に武器がないことは、誰よりも占領軍自身が知っていた。武力の裏付けがなくとも抑止力は充分作用したというこの貴重な経験を、われわれは決して忘れてはならない。逆にあの時、徹底抗戦していたなら、国体護持どころか日本は全く滅亡していたであろう。」

 

               

Josephgrew

             

ジョセフ・グルー大使・国務次官

 

(ウ) その具体的なアイデアとして、森嶋氏は次のような提案をしています。論争相手の関氏や猪木氏が当時の防衛費について、GNP0.9%だったものを引き上げて3.4%にすべしとの主張を受けて、それでは、増加する2.5%をどう使うのかという点についてのものです。

   「これだけの金をタンクや飛行機やミサイルの購入に費消するのでなく、私が主張している広い意味での防衛費、すなわち文化交流や経済援助や共産諸国との関係の改善や、欧米諸国との間の貿易黒字差額の縮小用に追加するならば、単に共産固との関係だけではなく、アメリカ、EC、東南アジア諸国との関係も非常に良好になるに違いない。日本は積極外交をしやすくなり、ソ連は日本の仲介能力を評価し、日本はそれだけ安全になる。

  しかし、もし逆にこの2.5%で軍備を増強すれば、平和の風船は一挙に破れてしまうかも知れない。2.5%を算出する際の分母になる日本のGNPはそれほど大きいのである。」

 

となると、次の結論はほぼ自明なのですが、もう少し具体的にどのような活動をするのか、そして課題はどこにあるのか等、次回以降、詳しく考えて見たいと思います。

 

(C)         人、知恵、金をこうしたソフト面に注入して国内では「防災省(仮称)」を創設し、防衛省は廃止するとともに、世界貢献をするために、国際的に活躍する「サンダーバード」のような組織を「防災省」内に創設する。

 

[2018/7/22 イライザ]

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コメント

無抵抗降伏論=無抵抗幸福論
であるともいえそうですね。
そんなパラダイムシフトが起こりつつあるのは、
インターネットの力によるのでしょうね。

「コウフク」様

コメント有り難う御座いました。

うまいっ! 座布団一枚です!!

2018年7月18日 (水)

非武装中立論 ――豪雨災害からの教訓 (9)――


非武装中立論

――豪雨災害からの教訓 (9)――

 

前回は、自衛隊を災害救助隊に進化させる上で、国際災害救助隊「サンダーバード」を創設しようという水島朝穂先生たちのアイデアについて御紹介しましたが、具体的にどのようプロセスで自衛隊からサンダーバードへの改革が行われるのかについて、私はまだ勉強不足ですので、知識が追い付いた時点でまた報告させて頂きます。

 

プロセスについて限って考えることもできますが、その点で分り易い議論になっているのが、石橋政嗣氏の「非武装中立論」です。内容は同名の書籍として、1980年に社会党から出版され、ベストセラーにもなりました。1983年から1986年までは社会党の委員長として敏腕を振い、その後土井たか子さんにバトンを渡しています。

 

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石橋論が分り易いのは、自衛隊の縮小と災害救助隊の創設とは切り離して、いわば二本立てで [自衛隊 ⇨ 災害救助隊] のプロセスを考えているからです。後者については、これを「平和国土建設隊」と呼んで、次のような形で創設すると述べています。

 

高度の技術を駆使して、国土改造計画に基づく調査、建設、開発、あるいは救援活動、復旧作業に従事することを目的とした平和国土建設隊は、自衛隊とは全く別のものとして創設し、その隊員は主として一般から募集し、本人の希望によって、自衛隊からの配置転換をもはかるというようにしたいと思っています」

 

この考え方は、1958年に社会党から党の政策の柱の一つとして「平和国土建設隊設置要綱」という形で公表されています。ですから石橋構想では、自衛隊をどう縮小・解体 (という言葉を使ってはいませんが、分り易く表現しました) するのかに焦点が合わされています。こちらが説得力を持てば、平和国土建設隊を強力に後押しすることになりますので、石橋構想を簡単に紹介しておきましょう。

 

非武装中立論の前提として、非武装中立の方が、武装同盟よりベターであることが述べられています。

 

 まず第一の理由として、周囲を海に囲まれた日本は、自らが紛争の原因をつくらない限り、他国から侵略されるおそれはないという点を指摘したいと思います。

 第二は、原材料の大半、食糧の60%、エネルギー資源の90%余を外国に依存し、主として貿易によって、経済の発展と国民生活の安定向上を図る以外に生きる道のない日本は、いかなる理由があろうと、戦争に訴えることは不可能だということです。

 

これに対して当然出てくる「戸締り論」、つまり、泥棒に入られないように事前に入口にはカギを掛けておく必要がある、という主張への反論も説得力があります。詳しくは、『非武装中立論』をお読み頂きたいと思いますし、ネット上にもその紹介がありますので、そちらで御覧下さい。

 

しかし、重要なのは、「攻めるとか、攻められるとかいうような、トゲトゲしい関係にならないように、あらゆる国、とくに近隣の国々との間に友好的な関係を確立して、その中で国の安全を図るのだ」という点です。

 

さらに、歴史的な事例からの教訓として、19458月に、日本は戦争の結果として降伏していることを指摘しています。降伏したことが誤りだったと主張している人はほとんどいないという事実も、仮に戦争という事態になったとしても、その決着の付け方を短絡的に考えてはいけないことを示しています。

 

そして、非武装中立を実現する上で特に重要なのが、そのプロセスであることを強調し、どんな考え方で自衛隊の縮小を進めて行くべきなのかを説いています。

 

自衛隊についていうならば、われわれは、最低つぎの四つの条件を勘案しながら、これを漸減したいと考えています。

 

 条件の第一は、政権の安定度であります。換言すれば、彼我の力関係です。

 隊員の掌握度であります。

 われわれの政権が推進する、平和中立外交の進展度です。

 以上三つの条件が充たされるなかで、われわれは、はじめて第四の条件である、国民世論の支持をも得ることができるのだと思うのです。

 

石橋構想の説明中、特に注目すべき点は、1945年の「降伏」を歴史的にどう捉えるのか、なのではないかと思います。改憲論者が主張するのは、極東裁判は間違っていた、現行憲法はその延長線上で押し付けられたのだから、「押し付け」を受け入れてはいけない、ということですが、確かに、「降伏」そのものが誤りだったという主張にはなっていないようです。

 

その点も踏まえて、経済学者の立場から日本という国家を捉え直した森嶋通夫氏著の『国家の選択』も、災害救助隊を考える上での参考になりますので、次回、取り上げたいと思います。

 

[2018/7/17 イライザ]

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2018年6月20日 (水)

ストレス解消のルーチン ――同じお題で書きましょう――


ストレス解消のルーチン

――同じお題で書きましょう――

 

[月曜日早朝の大阪北部を震源とする地震で亡くなられた方々の御冥福をお祈り致します。また被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。]

 

この言葉ですが、昔はきちんと「ルーティーン」と書き読んでいました。でもコンピュータのプログラムを勉強した時には「ルーチン」が使われていたため、それに慣れてしまったので、それから短い表記だということもあり「ルーチン」を使っています。読み方はその時の気分で「ルーティーン」だったり「ルーチン」だったりします。

 

ルーチンですぐ思い出したのは、ハワイ在住の友人Oさんのルーチンです。ビジネス界のリーターとして活躍してきた方ですが、日常のストレス解消のため、月に一度ほどノース・ショアに行くのが「ルーチン」なのだそうです。静かできれいなところなので、お勧めだという話でした。

 

ということで、家族全員で、ノース・ショアに連れて行って貰いました。子どもたちも十分に楽しむことができました。そのときの写真です。

 

Photo

 

写真の奥の方に少し緑が見えますが、もう少し右側に「秘密の場所」があるから付いておいでと言われて、Oさんの後に続きました。その「秘密の場所」に近付くと、何やら大きな声で女性が喚いている声が聞こえてきました。所謂、「four letter words」と呼ばれる普段ならなかなか使わない単語をふんだんに交えての罵詈雑言です。意味は分らないにしろ子どもたちには良くないので、その場は離れました。

 

Oさんの説明によると、いつもOさんがテントを張ってしばらく昼寝をする絶好の場所に、その女性もテントを張って、その中で、どうも小一時間はストレス解消のルーチンを定期的にこなしているようなのです。

 

アメリカの中でもハワイは気候も温暖で、住んでいる人たちの性格も暖かく、社会全体もリラックスしているという感じで理解していた裏には、やはりストレスと闘い、そして精神的なバランスを保つために、このような努力をしている人たちがいたのです。

 

「秘密の場所」でのルーチンではありませんが、私のルーチンは、広島を訪ねてくれる昔からの友人たちとカラオケで盛り上がることです。ストレス解消法としても抜群です。

 

[2018/6/19 イライザ]

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コメント

参加ありがとうございました
Oさんのルーチンはスケールがでかいですねw

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

Oさんを思い出して、またハワイに行きたくなりました。

2018年6月 6日 (水)

智恵子抄 ――「ほんとの空」はどこにある?――


智恵子抄

――「ほんとの空」はどこにある?――

 

田舎暮らしを始めてから、都会とは違う色々な発見があるのですが、その一つに、詩の意味をより切実に感じられるようになったことを挙げたいと思います。例えば高村光太郎の『智恵子抄』があります。皆さんも良く御存知の一つを引用しておきましょう。

 

あどけない話

 

智恵子は東京に空が無いといふ、

ほんとの空が見たいといふ。

私は驚いて空を見る。

桜若葉の間に在るのは、

切つても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に

毎日出てゐる青い空が

智恵子のほんとの空だといふ。

あどけない空の話である。

 

光太郎に取っては、東京の空が「むかしなじみのきれいな空」、そして智恵子に取っては、阿多多羅山の山の上の空が「ほんとの空」だという意味が、我が家から見えた冬の虹に重なって良く分るようになりました。

 

20141220_154417

 

そう言えば、はじめてアメリカの中西部で一年生活した時に見えた空は、どこまでも平らに続く大平原の上の空でした。関東平野が平らだとは言っても、アメリカの大平原の平らさとは次元が違います。水があり、遠くには富士山の見える平野を覆う空が懐かしかったことまで思い出して、今は山に囲まれ水も流れ、時には虹の美しい空に安らぎを感じています。

 

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[2018/6/5 イライザ]

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2018年6月 4日 (月)

ラブリーシンガーズフレンド ――サマーフェスティバル’18に参加しました――


ラブリーシンガーズフレンド

――サマーフェスティバル’18に参加しました――

 

「ラブリーシンガーズフレンド」とは、歌と踊りの研鑽を続ける方々と、指導者の皆さん、プロの歌手や舞踏家の皆さんが集われている会ですが、中心になってこの会を主宰されているのは青野治子先生です。

 

この会の「サマーフェスティバル’18」が、ここ数年恒例の会場であるアステールプラザ中ホールで開かれました。今年で31回目になる伝統ある催しです。

 

青野先生とサマーフェスティバルの実行委員長である松本喜展さんからのお声掛りで、毎年、ゲスト参加させて頂いています。

 

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来賓として挨拶をさせて頂きましたが、やはり昨今の嘘に嘘を重ねる安倍政権が頭を離れず、言わずもがなかとは思いましたが、次のような趣旨の言葉でこの会の大切さを強調しました。

 

嘘が横行し、社会全体が歪んでしまっているような時代ですが、それに対して歌を愛する私たちのできることは、歌詞と曲とを大切にしつつ歌の美しさを通して、言葉によって真実を語る風潮を強く出来るのではないでしょうか。その真実を基本にして人間の未来を考えるときに、より良き社会像が浮かび上がってくることを信じています。

 

司会を務めて下さった、三原みず江さん西孝恵さんにも、様々な会でお手伝い頂いてきましたが、今回は三原さんのインタビューも交えて、『蘇州夜曲』とウェスト・サイド・ストーリーから『Tonight』を歌わせて頂きました。

 

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青野先生は、私より少しお年を召していらっしゃるのだと思いますが、先生の名唱には完全に脱帽です。力強く、特に表現力では素晴らしいお手本を聴かせて頂きましたし、バックのダンスもとてもお洒落でした。

 

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実行委員長・松本さんの歌も、年を重ねてますます円熟味を加えて来たように思います。「熱唱」という言葉が相応しいかもしれません。100人ほどの出演者の皆さんの歌や踊りにも魅了されましたが、その他にも、衣装の大切さ、中でも靴の意味などについてもとても勉強になる機会でした。皆さんお元気でこれからもこの会を続けることで、広島の音楽文化、そして平和を支えて行って下さい。

 

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[2018/6/3 イライザ]

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コメント

〈 またもアンコ椿 〉
♪蘇州夜曲♪ → ♡♡♡
次回→♪この素晴らしき世界 What A Wonderful World♪はいかが。
落合恵子さんが『一冊の本』6月号で、
...この季節になると、繰り返し聴きたくなる歌...
...この歌に*彼は反戦のメッセージをこめたという記事をどこかで読んだことが...
と『グッドモーニング・ベトナム』1987でこの曲が使われたことにも触れておられる。

映画はたいして面白くもなかったが、
青々とした水田が映り、そこにこの曲が流れる。
このシーンには涙が出た。
: コメを作ってつつましく生活しているアジアの小国に、
遥か遠くの大国が大量の兵器を持って殺しに来る :
を、何分かの曲で訴える。

日曜夜BS-TBS 9時「週刊報道LIFE」👏 10時「外国人記者は見た」もなかなか。
openingにこの曲がちょっと流れ、番組の終わりに曲のendingも流れる。
*Louis Armstrongでない誰ぞがアップテンポで歌っている。
最後の oh,yeah~(←ですよね)まできちんと。これが素晴らし。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

What a Wonderful World!は良いですね。練習しておきたいと思います。

同名の曲で、Sam Cookeが1960年に歌っとヒットした軽快な曲もあります。高校生の歌ですが、「三角関数は分らないけれど、あなたを愛していることは良く分っている」というように趣旨の歌詞が高校生にアピールしたのだと思います。

2018年5月26日 (土)

Trump “Chickened Out” Again! ――人類を手玉には取らないで欲しい――


Trump “Chickened Out” Again!

――人類を手玉には取らないで欲しい――

 

トランプ大統領が、北朝鮮のキム・ジョンウン委員長との首脳会談をキャンセルしたとのニュースを見て、最初に頭に浮んだのは、英語の表現「You chickened out again!」でした。長い間アメリカに住んでいましたし、今でも英語の夢を見るくらいですので、最初に浮ぶ言葉は日本語のこともあり、英語のこともあるのです。

 

chickened out」は、元々「chicken」に由来しています。「臆病」という意味です。臆病風に吹かれた人の表情が鶏に似ている、というのが語源だとされています。それが動詞として使われるようになり、「chickened out」とは、「臆病風に吹かれて、(何かを) するのを止めた」という意味です。

 

Chickenout

 

そしてアメリカのメディアは、今年になってからほぼ毎月のようにこの表現を使ってトランプ大統領批判を繰り広げています。

 

一月には、ミュラー特別検察官による事情聴取から「chickened out」しています。選挙運動におけるロシアとの関係捜査のためなのですが、複数のメディアによると、トランプ大統領のアドバイザーたちが、自信たっぷりのトランプ大統領を説得した結果だとのことです。つまり、有能な法律家に囲まれても自分の潔白を証明できると過信している大統領の「虚言癖」や気まぐれが原因で、偽証罪その他の罪状で立件されてしまうことを恐れた側近が、ようやく事情聴取なしで済ます方向で調整したらしいのです。

 

2月には、フロリダの高校での銃乱射事件があり、アメリカ全土で悲しみに包まれていた時期ですが、トランプ大統領は銃規制について前向きな姿勢を示していました。しかし、3月になると前言を翻し、アメリカライフル協会の路線に沿った立場に方向転換をしています。その点についてはホワイトハウスでの記者会見で、「何故大統領は銃規制から「chickened out」したのか?」という質問が出たほどでした。

 

4月には、ペルーで開かれる南北・中央アメリカの首脳が集まる米州首脳会議への出席を突然キャンセルし、これも何故「chickened out」したのかという言葉が、例えばCNNの報道で使われています。

 

サウディ・アラビアや安倍総理大臣のように、トランプ大統領を王侯貴族のように扱い、トランプ大統領の言いなりになる「外交」は得意なのですが、本物の外交は手に余るようです。つまり、論理的一貫性が最低限必要とされ、かつ多様な意見の全てに配慮しつつ誠意ある発言をしなければ話に加われない多国間外交の場がその典型です。

 

「目立ちたがり」で「単純」な思考から、思い付きで受けを狙うことは口に出したがる、でもそれと矛盾する発言も平気で出てくる、という習慣からは抜け出すことはできず、でも大統領になる前のビジネスでは、その矛盾を「金の力」で捻じ伏せてきた経歴を忘れられない悲劇なのかもしれません。

 

キム委員長にすれば、とにかく「アメリカに自分の方を向いて欲しい」という願いが叶えば、それだけでも立派な成果なのですから、首脳会談は何としても実現させたい気持に変りはないでしょう。ただし「カダフィ大佐」と同列に論じられることは自らの命も関わってくるので、その点では一時的に冷静さを失ったのかもしれません。

 

しかし、世界が注目する中での首脳会談で、「力」だけに頼って、しかも「虚言癖」というマイナス要素はすぐには取り除けず、「単純」な思考回路しか持ち合わせず、中国やロシア、韓国等との関係も視野に入れて、最終的に「自己保身」ができるか、つまり中間選挙での勝利につなげられるかと考えた結果、側近たちによる「NO」という答になったのだとすると、今年に入ってからの「豹変」振りと平仄がピッタリと会うのですが--。


そして、一度「豹変」しても、世界が注目し続ければ、再度「豹変」する可能性ももちろんあります。

 

残念なリーダーたちによって、人類の未来が手玉に取られている事実には慨嘆せざるを得ませんが、それでも世界の良識ある人々が推進してきた合理的な解決策を実現するため、まだまだ諦めてはいけません。どうすれば良いのか、一緒に考えて行きましょう。

 

[2018/5/25 イライザ]

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2018年5月24日 (木)

諸悪の根源は安倍政権 ――でも、「真実」を語ることでその根は絶てる――


諸悪の根源は安倍政権

――でも、「真実」を語ることでその根は絶てる――

 

日大アメリカンフットボール部の選手だった宮川泰介君の記者会見で真実は明らかになりましたが、内田監督、井上コーチらの責任者は未だに自らの関与は否定し、日大も公式の見解を明らかにしていません。そして、このパターンがそっくりそのまま安倍政権のこれまでのやり口を踏襲していることは、馬でも分るほど単純明快です。

 

この件について、私も数回、憤懣やるかたない気持をお伝えしてきましたが、大変嬉しかったのは、コメントを寄せて下さった方々が、正鵠を射る言葉でしっかりと批判をして下さったことです。まず、お浚いをさせて頂きます。

 

l 「アレは、試合中の、プレーでは、ありません。監督の、指示が、あろうと、なかろうと実際に起こした、暴力です。それも、悪質です」 (60sp」さん)

l 「極めて悪質なパワハラですね。81日まで、自粛するとのことですが、即刻クビですね。」 (「カチ」さん)

l (安倍政権と日大アメフト部の監督・コーチについて) 「目くそと鼻くそくらい違いそうですね」 (「⑦パパ」さん)

l (政権と官僚、そして日大事件とを比べて) 「嘘、隠す、改竄し、真実を語らずに辞める。全く同じですね」 (「やんじ」さん)

l 「宮川選手の記者会見を見ましたが、これはかなり悪質なパワハラですね」 (「パワハラ」さん)

l 「日大や前監督の対応は、警察に追い詰められる暴力団の対応と同じですね」 (「やんじ」さん)

 

その他にもコメントを頂いていますが、コメントをお寄せ下さり、心から感謝しています。

 

時を同じくして、愛媛県が国会に提出した文書よって、安倍総理大臣の大嘘が再び暴露されました。この文書には、総理が2015225日に加計孝太郎理事長と面談し、「新しい獣医大学の考えはいいね」と述べた、つまり獣医学部新設構想に同意を示していたことが記されていました。これは安倍首相のこれまでの主張「加計氏から獣医学部の新設について相談や依頼があったことは一切ない」「計画を知ったのは2017120日」が嘘であることを証明しています。

 

Shinz_abe_official

総理官邸のホームページから

 

そして、ネット上には「獣医学部がいいねと安倍が言ったから、225日は加計学園記念日」といった「狂歌」も投稿されています。健全な市民意識が蘇りつつあると考えるのは単純過ぎるでしょうか。

 

しかし、22日に安倍総理は、この日に加計孝太郎氏と会ったことを全面否定し、その根拠として「念のため、昨日、官邸の記録を調べたが、確認できなかった」を挙げています。でも、以前の答弁では複数の側近も総理本人もこのような記録は廃棄していると明言しています。

 

このパターンを整理すると、次のようなことの繰り返しです。

 

 不都合な真実や事実を突きつけられると「全面否定」する。

 その根拠については「発言を控えさせて頂きます」と言って無視する、あるいは「丁寧に説明する」といってその場を凌ぐがその後は何もしない、あるいは嘘を言ってごまかす。

 根拠として公開される文書があれば、廃棄するか、廃棄したと言って誤魔化す、あるいは文書を改竄する。

 「責任は自分が取る」とは言うが、実際は何もしない。

 時間が経つことで、追及する側が疲れてしまったり、他の重要案件が現れてマスコミや市民の目が逸れることを待つ。

 

内田元監督や井上コーチのえげつないやり方で、このパターンが今まで以上に克明に認識されましたし、「雨後の筍」のように、同じパターンのスキャンダルが続出していることから、政治面で起きていることについても、多くの市民の心を動かすきっかけになるのではないかと思います。

 

もう記憶の彼方に消えかかっているようにさえ思える、財務事務次官のテレ朝女性記者に対するセクハラがあり、柳瀬元秘書官の「記憶の限り」で消えてしまっていた記憶が戻ったり、狛江市長はセクハラを全面否定し続けた挙句の果てに事実を認めざるをえなかったり、日本社会全体が同じパターンで覆い尽されています。

 

それもそうでしょう。ある意味、全国民のお手本にならなくてはならない立場の安倍総理大臣、麻生副総理、そして自民党・公明党の幹部たちがこのパターンを自ら作り出し演じ、その嘘や虚構を守るために必死になってマスコミやオピニオン・リーダーたちを駆り出し、操作しているのですから。

 

でも、その嘘や虚構を暴いて、腐敗や堕落、妄奸邪曲・専横驕奢・傲岸不遜を一掃することは可能です。真実を知っている人たちの何人かが、勇気を持って真実を述べれば良いのです。反省と謝罪、そして真実のために記者会見に臨んだ宮川泰介君のように。

 

勇気ある行動をしている人たちがまだ他にもいることは皆さん御存知の通りです。レープ被害を実名で公表し正義を貫こうとしている伊藤詩織さん、セクハラを告発したテレ朝の記者や狛江市の職員、愛媛県知事の中村時弘さんがすぐ頭に浮びますが、多くの人々の勇気ある行動によって、日本も人類も何とか生き続けることができたのです。

 

財務省その他の省庁のお役人の中にも真実を知りながら躊躇している人がいるはずです。改めて、未来は、そのあなたの決断に掛っています。是非勇気をもって前に出て下さい。

 

[2018/5/23 イライザ]

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コメント

昨夜の日大の会見は広報担当者まで加わりよくもアレほどの醜態を晒せるものだと感心しました。人からどう思われようが刑事責任は免れたいのでしょうね。この国はいつからこれほど腐っていたのでしょうか。

「荻野」様

コメント有り難う御座いました。

元監督やコーチの会見は本当にひどかったですね。国会での安倍答弁とドッコイドッコイという声もありました。

その酷さですが、安倍政権になってから、政治の劣化が加速したとは感じています。でも、かなり長い間、日本社会の通奏低音は、これに近いものだったような気もします。

2018年5月23日 (水)

アメフトと特攻隊 ――若者を欺いてはいけない――


アメフトと特攻隊

――若者を欺いてはいけない――

 

日大アメリカンフットボール部の選手だった宮川泰介君の記者会見を生中継で視ました。関西学院大学のクォーターバック (QB) に、故意に怪我をさせた「加害者」ですが、自らの行為を反省し、まずは被害者やその家族、そして関学大の関係者に謝罪をすること、そして真実を語るために、日本記者クラブで自ら望んで記者会見を開きました。

 

Photo_2

  {「顔を出さない謝罪はあり得ない」と言って顔を出した宮川君について、「まだ若いことに配慮して顔をアップ で映し続けることは配慮して欲しい」と要請したにもかかわらずアップが続いたテレビですが、ここでは、弁護士の画像をビデオからお借りしています。}


最初に弁護士から経過の説明があり、次いで宮川君から陳述書という形でのお詫びと事実関係の説明がありました。驚くべき真実が述べられましたが、まずは何点か重要だと思われる事柄を箇条書きでまとめておきます。

 

l 宮川君は昨年日大が全国制覇をする上でも貢献した優秀選手である。

l 事件のあった56日の一週間くらい前から、内田監督と井上コーチから様々な圧力が掛るようになった。例えば、①日本選手権には出ないと辞退するよう言われた②髪型も変えるように言われた③6日の数日前から練習にも参加させて貰えなくなった。

l この状態を変えたいなら関学のQB1プレー目で潰して来いと監督に言われた。

l 先輩からは、関学のQBが怪我をして、来シーズン出て来られなくなれば我々にとっては得だよなと言われた。

l 「潰してきますから出して下さい」と自分から監督に頼むくらいの気持じゃないと駄目だとコーチに言われた。

l 試合前にはコーチから「できませんでした」で済むとは思うなと念押しをされた。

l 言葉通りに実行したが、退場後、とんでもないことをしてしまったと後悔し、それ以来反省している。

l 被害者と家族には、自分の家族に伴われて個人の立場で謝罪に行った。一時間くらい話をした。

l 日大のアメフト部からの事情聴取はない。

l アメフト部からは退部した。今後、自分がアメフトをする権利があるとは思っていない。

 

質疑の中で内田監督や井上コーチに対する批判的な言葉を引き出そうとするマスコミに対しては、「自分が何かを言う立場ではありません」という形で、批判は避けていましたが、宮川君が何度も強調したのは、「指示があってもなくても、怪我をさせたのは自分ですから」ということでした。そして、今回の事件での教訓として、「何を言われても、自分の意思に反するようなことをしてはいけないということです」とハッキリと答えていた姿がとても印象的でした。

 

でも、監督やコーチなどの言動は教育者としてとても許せるものではありませんし、若者の未来のために力を合わせる立場の「大人」としても失格です。それどころか、これは、心理的物理的に一人の人間を追い詰めて意に反する行動を強制する「いじめ」あるいは「パワハラ」そのものです。監督やコーチに対しての厳しい社会的制裁が下されなくてはなりません。

 

いじめやパワハラが分り難ければ、暴力団という比喩が適切かもしれません。組長の強い意向があり、それを若頭が仕切って、「鉄砲玉」に手を下させる。タテ社会ではどこにでも見られる構造なのかもしれませんが、それが未だに、こんなにハッキリと機能している事実を見せられるのはやり切れません。

 

それだけではありません。宮川君が追い詰められ、その他の選択肢はないとまで信じ込まされて行動したパターンは、私の中では、かつて「志願」して特攻隊として出撃した若者たちの姿と重なりました。そんな形で若者を追い詰めてしまう環境を大人社会が作ってはいけないのです。

 

そんな情けない大人の中で育って行く若者たちに対して、第二次世界大戦を経験した大人たちが残したメッセージは、全人類的に共有されています。「上官の命令でも、力のある人の指示でも、自分の意思に反することをしてはいけない」です。

 

一度は、力に捻じ伏せられてしまった宮川君ですが、今日、自らの過ちを認め反省・謝罪した上で真実を述べてくれました。勇気ある行動だと思います。刑事事件として立件されるかもしれませんが、その場合にも反省と謝罪の姿勢を貫いて欲しいと思います。そして今回の教訓を生かした人生を歩んで欲しいと願っています。

 

宮川君の勇気に倣って私たち、大人社会も現在の政治を変えるために、チョッピリ勇気を出してみようではありませんか。その点については、次回、取り上げたいと思います。

 

[2018/5/22 イライザ]

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コメント

人間のクズというのはこういう大人たち(日大関係者)のことを言うのでしょうね。こういう奴等は特攻隊のことも未だに美化している連中です。

‪日大広報部の対応に欺瞞を感じるのに、安倍政権のモリカケ対応やセクハラ事件対応には欺瞞を感じないのだとしたら、その人には相当な欺瞞があると思います。‬

「小田」様

コメント有り難う御座いました。

若者の命、未来、人生を守るために、国も大学も大人社会も機能しなくてはならないのに、それとは正反対のこと、つまり自分たちのために若者を犠牲にするのは許されませんね。

「想」様

コメント有り難う御座いました。

総理大臣が、自らの言動を通して悪いお手本になっているのですから、何をかいわんやです。

彼の言っていることが事実ならば、真実でしょうが。
監督やコーチとの会話は、まるでヤクザ映画のセリフですね。
対立する組織の幹部を殺るために、若い衆を鉄砲玉として使う時のセリフと全く同じです。
そして、日大や前監督の対応は、警察に追い詰められる暴力団の対応と同じですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃる通りです。でも、監督やコーチが記者会見をしても全く反省しているとは思えません。

次から次へと悪い手本が表に出てきてますが、よくそういう人たちが上に立てたものだ…
そういう人たちだからこそ上に立てたのか…
嫌な世の中です。

「和」様

コメント有り難う御座いました。

残念なことに、平気で他人を蹴落とせないと、競争に勝てないという側面も現実にはありますからね。同時にそんな風潮に負けないで頑張っている貴重な人たちもいます。皆で応援して行きましょう。

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