言葉

2018年5月22日 (火)

犯罪を犯してはいけない ――重言でないと伝わらないこともある――


犯罪を犯してはいけない

――重言でないと伝わらないこともある――

 

 

これまでも何度か繰り返してきましたが、「馬から落ちて落馬した」とか「注目を集める」といったような、無駄な、その上、美しいとは言えない表現に対しては、違和感のあることを私たちが発言し続けることで、より美しい日本語に満ちた社会ができて行くことを信じています。そう言った後で、正反対の主張をするのは気が引けますが、それでも現実には、明らかに重言だと言われている言葉、しかも、変換ソフトが必ず疑問符を付ける表現でも、正確に意味を伝えるためには使わざるを得ないものがかなりあります。今回はその一つを取り上げたいと思います。

 

それは、「犯罪を犯す」です。「犯」の字が既に使われていますので、「犯す」は重なってしまう、だから「犯罪を行う」とか「罪を犯す」に言い換えろという人もいます。でも、「罪を犯す」と「犯罪を犯す」では、意味が違います。

 

「罪を犯す」の方は、道徳的な意味合いが強く、極端な場合には、心の中で罪深いことを考えただけで「自分は罪を犯してしまった」、と思ってしまう人がいてもおかしくはない表現です。こんな場合に、「犯罪を犯してしまった」と思い込んで反省する人は多くはないでしょう。

 

対して、「犯罪」の方は、法律的に罪であると規定されていることがその意味ですので、それを犯すということは法律違反をすることです。

 

さらに、ある行為が「犯罪」であるためには、事実を元にそれが法律違反であることが立証されなくてはなりません。

 

今、世間を賑わしている日大のアメフト部の選手による「Kwansei Gakuin (ローマ字の綴りが「Kansei」でないこと、「西」が「せい」であるのは、漢音を採用しているからです。関心のない人にはどうでも良いことなのかもしれませんが) 大学の選手に対する傷害事件について、この視点を採用すると大切なことが分ってきます。

 

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日大の内田正人監督は、「責任は全部自分にある」「だから辞任する」ということは言っていますが、何故、傷害事件が起きたのかについては何も語ろうとはしていません。

 

しかし、この事件が「罪を犯した」という内容ではなく「犯罪を犯した」という範疇の出来事なのだと、多くの人がビデオを見て感じているのですから、それが真実なのかどうかを確かめる必要があります。当事者である内田監督が自発的に説明するのが一番手っ取り早いのですが、司法の場では、「自分に不利になる証言をしなくても良い」そして「自分に不利になる証拠を出さなくても良い」という原則がありますから、それも尊重されなくてはなりません。

 

となると、真実を究明するためには、被害者が被害届を出して、裁判の場でたたかう必要がありそうです。そして、最新のニュースでは、被害者の父親が被害届を出したようですので、その方向に舵は切られています。

 

そして、裁判になれば、より真実に近付ける可能性が大きくなります。タックルをした選手 (A選手と呼んでおきましょう) が、いやいやながら、「NO」とは言えない監督に強制されてタックルをしたのか、それとも、自分の判断で、あるいは監督に「そんなことはしてはいけない」と強く教えられていたにもかかわらず犯行に及んだのかでは、犯罪の性質が全く違います。また監督自身が刑事責任を問われるかどうかも違ってきます。

 

監督や大学の権威が怖くて、真実を述べられなかったA選手が、刑事罰を前に、真実を話す可能性は大きくなるでしょうし、他の選手も、A選手だけが人身御供にされてしまう状況だと判断すれば、正直な証言をする可能性も増えるのではないでしょうか。

 

「犯罪」で大切なのは、裁判の結果として、法律違反が行われたという事実が確認されることです。事実確認なしでは「犯罪」かどうかの認定はできないのです。事実を述べずに「責任は自分にある」と述べることの無責任さは正にここにあります。そしてそれは、自らが犯罪行為に手を染め、自らの不利益を避けるために黙秘していることと、ほぼ同じことになります。

 

あるいは、全く別の可能性のあることも指摘しておかなくてはりません。内田監督が暴力を憎む素晴らしい監督だ、ということが明確に証明される結果になる可能性もあります。

 

「犯罪を犯す」という表現の背後には、こうした状況が存在します。頭の中の妄想だけで「罪を犯す」ことになるケースとの違いはお分り頂けたと思います。重言も大切な場合があり、責任を取ると言っても、真実が明らかにならないままでは責任を取ったことにはならない点も伝わったでしょうか。

 

でも、内田監督の場合は、「責任を取って辞任する」と言っているのですから、何も説明せずに、嘘の上塗りを重ね、辞めようともしない安倍内閣よりは、チョッピリましだと言っても良いのかもしれません。

 

[2018/5/21 イライザ]

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2018年5月21日 (月)

同じお題で書きましょう・「口癖」 ――「ことによると」と「Actually」――


同じお題で書きましょう・「口癖」

――「ことによると」と「Actually」――

 

「口癖」と聞いて、すぐ家人が指摘した私の口癖は、「ことによると」でした。頻繁に使っているほどではないと思っていたのですが、意図的に使っている言葉の一つですので、同じような意味の別の表現も混ぜて使った方が良いのかなと反省しています。

 

友人に電話を架けたら眠そうな声だったので、「ことによると今海外?」とか、「ことによると、趣味の良いプレゼントを選ぶセンスは親譲り?といった感じで使っていますが、断定を避けて、話題を広げるのに効果的です。人と話をするときに上から目線にならないように、と気を付けるときにも役立ちます。


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ことによると、親譲りのセンス?

 

家人が指摘したもう一つの言葉は「Actually」です。「実を言うと」「本当のところは」「事実としては」といった意味ですが、例えば、「Actually, I am the one.」 (本当は、それって私のことです。) 「Actually, you are right!」 (あなたの言う通り!) と、こちらは、断定です。しかも、何らかの疑問がクリアーできていないようなときに、「これが答だ!」というような形で使います。

 

日本語の口癖は断定を避ける言葉、英語の口癖は断定する言葉、と正反対の特徴がありますが、ことによるとこれは、日米文化の差を示し、その中でのコミュニケーションのあり方を反映しているのかもしれません。

 

[2018/5/9 イライザ]

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コメント

参加ありがとうございました。

ことによると、日本人でいる時と、国際人でいる時で
パーソナリティーを自然と使い分けてらっしゃるので
しょうかね?面白かったです。

英語の口癖もpossiblyだったら面白くないですものね

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

毎月楽しい「お題」を有難う御座います。自分の口癖は分らないものですが、言われてみると、一寸不思議な気がします。

もう一つ、未だ戦争中でしたが、良く使っていた言葉を思い出しました。次回のお題のときに御披露します。

2018年5月16日 (水)

5・15事件と『父と暮せば』 ――道草懇話会のテーマ――


515事件と『父と暮せば』

――道草懇話会のテーマ――

 

詩人・作家で教育者の平塩清種さんが主宰する道草懇話会が、昨515日に開かれました。気の合う仲間と昼食を共にして、折角の機会ですので、どなたかの話を聴く、あるいは演奏を楽しむという趣旨の会ですが、今回は井上ひさしさんの『父と暮せば』を天野達志さんが一人芝居として演じるプログラムがメインでした。

 

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平塩清種主宰者

 

でも、私たちの世代に取って、515日は、515事件の日であり、沖縄の日本復帰の日でもあります。その日に『父と暮せば』を鑑賞するのには何か意味があるのではないかと思っていたのですが、私なりの結論を5分ほどで皆さんに披露させて頂くことになりました。

 

515事件とは、1932515日に起きた海軍の青年将校たちによる反乱事件で、「話せば分る」と説得を試みた犬養毅総理大臣が殺害されるという結果になりました。海軍刑法には反乱罪の規定もありましたので、それに従って検察側は首謀者たちに死刑を求刑しました。しかしながら、世界大恐慌の影響もあり多くの国民が貧困に喘いでいた当時、政治不信が広まっていたため、若手将校たちに共感する人々による熱心な嘆願運動が起き、判決は禁固以下の刑罰でした。

 

海軍刑法があまりにも緩く解釈された結果だと考える人も多く、その結果、政治問題を軍人が直接、武力行使によって解決することへの抵抗感が薄まりました。この風潮が226事件誘発の一因になったと論じる人たちも多くいます。

 

その226事件は、1936226日に起きました。陸軍の青年将校を中心に下士官や兵たちも巻き込んでのクーデター未遂事件です。総理大臣の岡田啓介は難を逃れることができましたが、5人が死亡しました。

 

側近の政治家が殺されたことで天皇は激怒し、この事件の裁判は、陸軍刑法の枠をはみ出して、非公開で、弁護士は付けられず、上訴もできないという異例のものになりました。当然、首謀者たちは死刑に処せられました。515事件では、陸・海軍刑法の解釈が甘い方向に揺れて文字通りの適用がされず、226事件では、厳しい方向に揺れて陸・海軍刑法を逸脱した適用が行われました。

 

こうした背景を前に、1941年には陸軍大臣東条英機が戦陣訓を示達します。その中で有名なのは「生きて虜囚の辱めを受けず」です。陸・海軍刑法では、軍人が敵に投降することを奨励してはいませんが、その可能性のあることを認めるという前提での規定が設けられています。しかるに、戦陣訓では投降を認めず、自決せよとの方針が、しかもこれは天皇の意思であるというようなニュアンスで強力に伝えられました。

 

しかも、この価値観を強制されたのは、軍人だけではなく、沖縄の多くの民間人・非戦闘員も、この言葉に縛られて、アメリカ軍に捕われないために身投げまでしたケースが多くあったことは、多くの皆さん御存知の通りです。

 

こうして、515事件と沖縄とは切っても切れない関係にあるのですが、その515日に、井上ひさしさんの『父と暮せば』を観る意味は何でしょうか。一言でまとめると、「政治は言葉だ」ということです。

 

法律は、言葉によって社会を律することを大前提にした法治主義の根幹です。公平・公正に法律を遵守することから逸れて、権力者の意向に屈したり、ポピュリズムに流されて大甘の判断をすることは許されません。増してや、政治の最高責任を託されている人々が、平気で嘘を吐き、時間の経過によってその嘘さえ忘れ去られていくことが当り前だと考えている風潮は、私たち全ての未来を危機に陥れます。

 

言葉を大切にして、今を、そして過去を通して未来を考える上で、素晴らしい仕事を残した井上ひさしさんの作品に今日触れることの意味は、そこにあります。

 

天野達志さんの一人芝居は、中村敦夫さんの『線量計が鳴る』を彷彿とさせる迫力がありましたし、会場の一同、涙なしでは聞けいほどの感動を与えてくれました。


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毎日新聞の英語版The Mainichiによる、『父と暮せば』の英語訳を読んでのエッセイ・コンテスト等も含めて様々な形で、井上さんの作品がこれからも国内外で多くの人々に政治の本質、人間の生きる意味を伝え続けてくれることを期待できた一時でした。

 

[2018/5/15 イライザ]

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コメント

秋葉忠利さま
昨日は、“ひとり読み語りしばい”『父と暮せば』をご覧頂きましてありがとうございました。その上、秋葉さまのブログにもご紹介頂き、感謝の念に堪えません。今後も応援して頂けるよう精進して参ります。どうぞ宜しくお願い致します。
松風の会 天野達志
matsukazenokai.com

憲法改正反対の方にお伺いしたい

個人的には自衛隊が憲法9条2項に違反してるのは紛れも無い事実であると思っているし、自衛隊を合憲と主張する人ですら自衛隊の存在がグレーであるという事は認めている
政府は国民の生命財産を守るために明らかに違憲だと分かっていても、そして嫌でも合憲だと言い貼らなければならないのは理解するが2項の文を読んだ時に今の自衛隊が戦力に当たらないとするのは不可能であるのは誰でも理解できよう
だからこそ自衛隊の違憲を解消するために改憲するべきだと思っている
この問題に関しては違憲の自衛隊を解隊するか9条2項を改正及び削除の二者択一になると思っているわけだが…

国民に対する自衛隊のアンケートでは自衛隊は必要ないという回答は2%にも満たなかった
つまり憲法改正反対派のほぼすべての人間が9条はそのままにするべきだが自衛隊も必要だと考えている事になる
ここが分からない
9条と自衛隊のような矛盾した関係はむしろ憲法の力を弱めてしまうものであって憲法について力説している改憲反対派はこのような憲法を蔑ろにした現状を解消する為に積極的に自衛隊解隊について主張するのが筋だと思うのだが何故か憲法改正反対派の中からは自衛隊を解隊という声は聞いた事がない
これはアンケートからも見て取れるだろう
普段は憲法を守れ!と声を高らかに上げているがこと自衛隊に関しては9条に違憲の可能性が非常に高い自衛隊を放置する事を何故自ら選んでいるのかが分からない

「松風の会 天野達志」様

コメント有り難う御座いました。

感動した点はいくつもありましたが、裸足の力強さには圧倒されました。

「セビキャン」様

コメント有り難う御座いました。

整理されたコメントから、冷静な議論をしたいという気持が伝わってきて感心しています。

短いコメント欄で全ての点を網羅できないのが残念ですし、専門家の説得力ある説明もありますので、基本的な問題はそちらに任せるとして、東大の石川先生の講演の要約は、以前に紹介しています。参考にして頂ければ幸いです。

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-85b4.html

改憲について、法治主義についてですが、5・15事件の教訓の一つは、十分に議論されていない案件について多くの人々がある方向に流されたとしても、それで法律を曲げてはならない、ということです。

また、戦陣訓からは、人類史的な世界の流れを見ずに、ある方向に捉われて法を曲げることの愚かさが浮び上ります。

また、自衛隊が必要である、あるいはその存在意義があるという意見を持っている人たちの多くは、災害救助等の面での自衛隊を評価しているのではないかと思います。自衛隊を災害救助を中心に活動する組織に改組することは、それほど問題があるようには見えませんし、9条に手を加える必要もありません。

戦争をするための軍隊、海外に出て行って武力行使をするための軍隊が必要だと言っている人たちの多くは、戦争の実態を知らないのではないかと思います。「セビキャン」さんはその中に入らないと思いますが、そんな無知を元にして戦争のできる装置の良し悪しを論じるのは論外です。

イライザ様 ご返信いただきありがとうございます

平成30年1月に行われた自衛隊・防衛に関する世論調査では「自衛隊の防衛力を増強した方が良いか?」との質問に対し[増強した方が良い]が30%、[今の程度で良い]が59%、[縮小した方が良い]が4.5%という結果でした。
つまり、この世論調査から見て取れることは憲法改正反対派のほとんどの方が「自衛隊は必要である」と考えると同時に「防衛力は現状維持が望ましい」と考えている事が見て取れます。
先のコメントで申し上げた通り今日の自衛隊を9条2項に違憲ではないとするのはあまりにも無理があり、またそれが通るのであればアメリカ軍ですら戦力には当たらないと言える日が来てもおかしくないレベルです。
本来このような状況は異常であり9条と自衛隊が同時に存在しているような矛盾している状況はどんどん憲法の空洞化、そして憲法の力を弱めていくことに他ならず、むしろ憲法について敏感である左派の人達が率先して改憲の動きを見せてもおかしくないと思っているくらいです。

イライザ様の場合は自衛隊の防衛力を縮小するべきだとお考えのようですので憲法改正反対である事に疑問は抱かないのですが、世論調査を見る限り、憲法改正反対派は何故憲法についてあれだけ敏感であるのに9条、自衛隊の問題を自ら放置しそして自ら憲法を蔑ろにしようとするのかが理解できないのです。

「セビキャン」様

コメント有り難う御座いました。

確かに、改憲反対の人たちがこのように答えているとすると、かなりの矛盾になりますね。

しかし、世論調査が誰によってどんな目的のために行われたのか、そしてこの問が全体の中でどんな位置付けになっているのかも把握した上でないと説得力のあるコメントをするのは難しいような気がします。

この問だけからの印象ですので、間違っている可能性はありますが、「自衛隊の存続を前提として」とか「自衛隊が合憲だと考えている方に伺いますが」というような、文章の後の質問のように読めてしまうのですが--。

「嘘と大ウソと統計」という言葉があるくらい、世論調査や統計は恣意的に使われてきましたので、これまでの経験上からの心配です。

2018年5月13日 (日)

「プレバト」に感謝 ――俳句で感動できるとは!――


「プレバト」に感謝

――俳句で感動できるとは!――

 

「プレバト」ファンの方は多いようですが、TBSの木曜日午後7時からの番組です。芸能人が出演して、俳句や花、水彩画や料理、絵手紙等の腕前を披露し、それを専門家が評価、「才能あり」「凡人」「才能なし」の三つのレベルの格付けをする番組です。特に才能のある人は、「特待生」や「名人」と、ワンランク上の査定をされ、最終的には「師範」を目指します。

 

私が特に好きなのは、俳句のコーナーで、先生は「いつき組」を主宰する夏井いつき師匠です。名人のトップは、9段の梅沢富美男、8段の藤本敏史、そして7段の東国原英夫の三人ですが、三人三様の名句には感心しています。また、「才能なし」に評価された俳句を夏井先生がどう添削するのか、「before」と「after」を読み比べることで随分勉強になっています。

 

でも、53日のプレバトでは、新しい発見がありました。東国原7段の俳句を夏井先生が添削した結果に感動したのです。今まで、俳句を読んで感動した記憶がほとんどなかったので、本当に驚きました。

 

勿論、俳句の美しさは、多くの作品から十分に受け止めてきたのですが、それを「感動」と呼べるかというとちょっと違うという気がしています。

 

例えば、加賀の千代女の「朝顔につるべ取られてもらい水」や中村草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」、一茶の「これがまあ終のすみかか雪五尺」、蕪村の「菜の花や月は東に陽は西に」等々、私が好きな句は多くありますが、これらの句から私が受けた心の動きは「感動」とは少し違うのではないかと思っています。

 

さて、プレバトで感動した句のお題は、「鯉幟」。

 

添削前の東国原英夫7段の句は、

 

こいのぼり さいのかわらに かがむ吾子

 

でした。夏井先生の添削後は二句あったのですが、私が感動したのは次の句です。

 

鯉幟さいのかわらの空如何

 

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プレバトのワン・カットです

 

賽の河原とは、親に先立って亡くなった幼な子が、親不孝の罪で苦しみを受けると言われる三途の川の河原です。「地蔵和讃」には、そこでの幼な子の苦しみが語られています。小さい石を拾って仏塔を完成させることが功徳になり、その結果、罪を許されることを目的に、子どもは毎日、河原で石を積み上げます。でも夕方には鬼がやってきてその塔を崩してしまいます。次の日には最初から積み上げることになり幼な子の苦しみは続くのですが、やがて地蔵尊が現れて子どもを救う、という物語です。

 

和讃にはいくつものバージョンがありますが、共通しているのは、子どもを亡くした親の悲しみが子どもの苦しみの元になっているという因果関係です。それを良く示しているバージョンには、親が涙を流すたびに、それが熱湯の雨となって賽の河原の幼な子に降り注ぐという下りがあります。こんなに無情かつ悲惨な物語が地蔵和讃なのですが、お地蔵様の有り難さを示しているのと同時に、お地蔵さまが救ってくれることを信じて前を向きなさい、という親たちへのメッセージだという解釈もなされています。

 

東国原・夏井ペアの句では、鯉幟と空との連想が、意外にも賽の河原に飛び、そこで石を積んでいる子どもの視線が空を向いて欲しいという気持や、そこには鯉幟が翻っているのだろうかという想像力、そして熱湯の雨はもう降っていないだろうなとまで整理できた親の心さえ感じることができました。

 

この句を詠んだときには7段だった東国原氏は次の週、510日には昇段して8段になりました。改めて東国原8段、そして夏井先生に感謝です。

 

[2018/5/12 イライザ]

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コメント

毎週観ては、見事な添削に感動しています。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

そうですね。私もいつも感動していますし、夏井先生の切り返しの見事さにも、その度に「スカッと」しています。

2018年5月12日 (土)

追悼・福富節男先生 ――輝ける時間も御一緒させて頂きました――


追悼・福富節男先生

――輝ける時間も御一緒させて頂きました――

 

数学者・市民運動家の福富節男先生が昨年12月に98歳で亡くなられました。今から50年も前になりますが、ベトナム戦争に反対する市民運動として当時の世論を引っ張っていた「ベトナムに平和を! 市民連合」 (略してべ平連) のリーダーの一人として大活躍された方です。

 

実はそれと並行して「ベトナム問題に関する数学者懇談会」 (略称はベト数懇) を立ち上げて、数学者の良心をまとめ代弁し行動に移す役割も果して下さっていました。

 

福富先生とのお別れの会が、4月に東京で開かれたのですが、市民運動でかつて御一緒した方々や数学を教えて頂いた先生方にお会いできると思い、駆け付けました。その会で、御挨拶をさせて頂きましたが、その内容をここで紹介させて頂きたいと思います。

 


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ダグラス・ラミスさんの挨拶

 

福富先生との出会いは私の学生時代でした。先生と私はともに専門分野が位相幾何学でしたので、「トポロジー・セミナー」と呼ばれた定期的な勉強会で日常的にお会いしていました。

 

どの世界でも同じなのかもしれませんが、数学のセミナーでは、偉い先生方が一番前の席に座り、学生たちはその後ろの方に陣取るのが普通です。印象に残っているのは、福富先生が、後ろの方で、かなり年の離れた私たち学生たちと一緒に講義をお聴きになっていたことです。

 

学問の世界にも、「白い巨塔」に代表されるような力関はありますが、そんな中で一番フラットかつ民主的な組織は数学者のそれだと思います。でもそれほど純粋な数学界にもそれなりの力関係はあるのですが、それに対しての福富先生の姿勢を示されていたのかもしれません。

 

今から考えると、その頃はべ平連の活動等、市民運動面でも随分お忙しい時期だったのではないかと思いますが、同時に数学へのコミットメントも疎かにしていなかった先生には頭の下がる思いです。

 

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かつてのベト数懇のリーダーだった先輩数学者、数学も教えて頂きました。

左から齊藤先生、上野先生、笠原先生

 

1960年代の後半、ベトナム戦争に反対する世界の若者の声が一つになって、世界的に大きな変革が起きるのではないかとの期待を、私たちの世代も共有していました。そんな中で、開かれたべ平連主催の日米市民会議での福富先生の発言が今でも耳に残っています。

 

場所はサンケイホールだったと思いますが、その会議の中で、福富先生はベト数懇の報告をされました。それは世界の数学者を代表しての報告でもありました。アメリカの数学者スメールからのメッセージもあったはずなのですが、それ以上に力の入っていたのは、日本の数学界の重鎮、彌永昌吉先生の言葉を引用しながら、日本の数学者たちが真理を追究する学徒として、また人間としての責任を果していることをベト数懇の活動など具体的な事例を挙げながら、報告して下さったことです。

 

福富先生の声には、数学者たちの熱い心がしっかりと乗り移っていましたし、福富先生がその数学者たちの一員であることを如何に誇りに思っているのかが会場に伝わったのではないかと思います。

 

実は、大学生の頃から原水禁の世界大会で通訳としてお手伝いをしてきた縁で、私はその会議の同時通訳として参加していたのですが、福富先生の報告を訳しながら、私まで誇らしい気持で一杯になったことを覚えています。

 

ベトナム戦争に反対して、アメリカ軍から脱走した4人の兵士を日本から無事出国させるまでの援助をした「JATEC」という組織もべ平連と連携して活動していました。正式名称は、「Japan Technical Committee to Aid Anti War GIs (反戦脱走米兵援助日本技術委員会) ですが、その会の打ち合わせのとき、通訳としてお手伝いに行ったこともありました。福富先生からの依頼だったと思います。

 

その席では、内容も分らぬまま、とにかく「訳せ」と言われて、文脈も主語も分らないままに通訳などできないと言ったところ、福富先生から厳しく、「訳せば好いんだ」と言い渡された思い出があります。

 

福富先生と御一緒したデモや集会はその後も多くありましたが、私は大学院のときからアメリカに行きっ放しになってしまいましたので、その後、日本に戻って国会そして広島市長という政治の現場からのお付き合いになりました。

 

ベト数懇・べ平連以来の筋の通った福富先生の後塵を拝して、数学者としてまた人間として自分なりではあっても良心に従う言動を貫けたのは、福富先生という立派なお手本があったからなのではないかと信じています。

 

[2018/5/4 イライザ]

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コメント

福富節男氏。
オダ・マコトがらみのシンポジウムや小さな集会でお見かけしました。
ダグラス ・ラミスさんもなつかしい。
1987『ラディカルな日本国憲法』
帯にも記されていたのだったか、宣伝コピーの(たしか)、
〈 押しつけが たりない日本国憲法 〉 にびっくり。
それまで→〈 押しつけ 〉=改憲派の専売特許→それが対極から!?!
すぐさま購入。
国民が権力者に押しつけるもの! Σ( ̄□ ̄|||)
習ってない、教えてもらってない、考えもしなかったと、
いいトシして、うなだれてしまいました。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

ラミスさんの憲法論は、とても面白く、ためになりました。『ラディカル・デモクラシー』も勉強になりました。

2018年4月24日 (火)

高齢者も意気軒昂です ――Wingの会も恒例化――


高齢者も意気軒昂です

――Wingの会も恒例化――

 

昨年2017年の9月には、二度にわたって「凄い」高齢者お二人の紹介をさせて頂きました。一度目はタダさんとユキコさんについて、二度目はタダさんのカラオケ帝王振りについてでした。

 

そして、今年は、このお二人とお会いする機会が恒例化していることの報告です。この会の名称もタダさんが付けて下さったのですが、広島では他の組織の名称と間違えられる可能性がありますので、それはプライベートな範囲に限ることにして、ここでは仮称の「Wingの会」と呼ぶことにします。

 

先ずは、プロ並みのお料理から始まったのですが、三田牛のすき焼きがメインディッシュでした。オードブルも素晴らしい味でしたし、ユキコさんの亡き御主人がクロアチアから買って来られたDingac (ディンガチ) も味あわせて頂きました。味の深みそして色の濃さは、すき焼きとピッタリでした。

 

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Wingの会、今回の参加者は5人でしたが、撮影者は除いて4人の写真です。

 

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全員、政治には深い関心を持っていますので、政治談議で話は弾みましたが、その全てを報告するにはスペースが足りません。しかし、全員一致の思いをまとめると、それはタダさんが強調していた「政治は言葉だ」ということに尽きると思います。その言葉を理解できない人たちが、いつまでも政治の表舞台に居続けることの弊害・惨状は目を覆うばかりであること、そしてあれほどの嘘が平気で通用し続けている倫理性の欠如等、あまりにも劣化した政治の現状を何とかしたいという強い気持も共有できました。

 

さらに、相撲協会の女性差別の根拠のなさ、対応全般についてのレベルの低さ、考えられないほどの視野の狭さに憤慨しつつ、時代とともにどんな組織もそして個人も変って行くことが自然だという認識も同じでした。それについての今後の働き掛けも続きそうです。

 

改めて振り返ってみると、私たちが社会を変えようと日夜頑張っていても、その結果が毎日のように目に見える成果につながっていないことは、ある意味仕方のないことです。そして、私たちが変えようとしている方向とは正反対の道を歩んでいる人たちの力が大きくなり、私たちの行く道を阻む壁も高く頑強に見えることもあります。でも、その壁を越えるためには、先ず後ろに下がってから、より長い距離の助走をすることが必要なのかもしれませんし、冷たい風が吹付けるときには、頭を低くしてそれを遣り過すことが賢明な選択です。たまには、世の憂さを忘れてリラックスすることも大切です。

 

ということから、Wingの会の二次会は、カラオケWingになるのですが、ここでもタダさんの美声、ユキコさんとのデュエット、トモコさんの十八番の初披露等、時間を忘れて楽しむことができました。

 

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[2018/4/23イライザ]

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2018年4月23日 (月)

友情の思い出ビール ――Heartland Beerと八八 (はちはち)――


友情の思い出ビール

――Heartland Beerと八八 (はちはち)――

 

アメリカで飲み始めて、てっきりアメリカ産のビールだと思い込んでいたのがHeartland Beer です。アメリカ各地で小規模のビール醸造が盛んになったころに出始めたので、その一つだろうと思っていました。産地はジョージア州だという刷り込みもいつの間にか出来てしまっていました。

 

味は、アメリカビールとしては出色の、切れのある清々しいビールだなという印象でした。YEBISUとは一味違いますが、YEBISU以上の評価も受けています。

 

実は、このビールはキリンが作っています。しかもHeartlandとはアメリカのハートの地域、シカゴのことですので、ジュージアとは関係ありません。そのイメージが払拭できたのは、三宅吉彦氏のお蔭です。

 

多くの人に惜しまれつつ、最近70歳で幽明境を異にした氏は、私の市長在職中に副市長として、広島市民そして世界平和のために大きな貢献をしてくれました。彼の思い出は稿を改めて書かせて頂く積りですが、堕ちるところまで堕ちた日本の政治、そして安倍政治の首謀者たち、さらにはそれ以上に、公僕たる使命を踏み躙った高級官僚たちには、三宅氏の詰めの垢でも煎じて飲ませてやりたい気持で一杯です。

 

ここで敬称についてのお断りと提案です。欧米、少なくともアメリカの習慣では、公職を退いた後でも、その人の敬称として現職時代の職名を付けるのが普通です。例えば、オバマ氏はもう大統領ではありませんが、彼を呼ぶとき、彼についての文章を書くとき等、オバマ「大統領」という風にタイトルを付けるのです。そのことで、現役時代の功績や思い出を大切にすることができますので私はこの習慣を日本でも取り入れられたらと思ってきました。今回はそれを実行します。

 

加えて、これは義務ではありませんので、総理大臣を辞めた後の安倍晋三氏を安倍総理と呼び続けなくても良いのですから、そちらの心配も必要ありません。

 

本題に戻って、その三宅副市長や彼のかつての部下たち数人と私で、年に何度か中華料理を楽しみながら、懐旧の思いを共有し、近況を交換しながら勉強する会を開いていました。場所は知る人ぞ知る中華料理の名店「八八」 (はちはち、と呼びます) です。その八八で、出てくるビールがHeartlandだったのです。談論風発、楽しい一時の数々を支えてくれたビールです。

 

このビールに愛着を感じたのは、瓶の色とも関係があります。下の写真を御覧下さい。

 

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 形は少し違いますし、スイング・トップではありませんが、Grolschと趣が似ていませんか? そして、ラベルに相当する部分にも同じような工夫がされています。

 

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 最後にもう一つビールを紹介します。銀河高原ビール、ヴァイツェンです。60sp」さんお勧めのビールですが、早速探して飲んでみました。確かにこれもお勧めです。

 

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 好きなビールがどんどん増えて、でも飲める量は年々減っていますので、このジレンマをどう解決すべきなのか、皆さんのお知恵を拝借したいのですが――。

  

[2018/4/22イライザ]

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コメント

銀河高原ビール、有難く存じます。2016-5-8.拝見.アサヒスーパードライCM.懐かしいです。YOUTUBEで、偶に見ます。CM1作目、何で、落合さんだったのでしょううか。

知る人ぞ知ると、いう人物ですが。落合さんの、大ファンでした。2039年の真実.コレは2039年に、ケネディ大統領の捜査資料が、公開されることからの、タイトル名でした。取材力、洞察力に、ただただ感心しました。大森実さんの、戦後秘史シリーズ,凄い本だと、思っています。他の物が、物足りません。

beer can collecterでした。輸入缶集めです。500種類でしょうか。コレクターは、ダミー缶収集です。フタ付きで、中身無しの物です。30年前、アメリカのコレクター協会の日本人会員は、8名でした。当方が、9番目ですか、入会しませんでした。東京支部談。毎日のように、世界中から、当地の缶と、 日本の缶との、交換以来が来るとか。とてもじゃないですが、対処できません。ちなみに、東京支部代表は、2000種類お持ちとか。

当方は、ダミー缶集めでは、ありません。それは不可能でした。お中元コーナーのビールの陳列。中身のない空缶があります。それが、ダミー缶です。当方は、酒売り場で、購入して、飲んだ後の、空缶です・ダミー缶と、違って、フタが、開いています。ダミー缶収集でなくて、全部飲んだ缶だと、自慢していました。ダミー缶が、欲しいと、思うことは、ありませんでした。我が道、いきますと、いうことですか。

車。乗りたい車に、乗りました。米車ONLYですが。後継車が、出てきません。米車の、エンジンで、ohv型式で。v8.onlyです。こだわっています。現行車で、エンジンは、ありますが、車体の大きさが、物足りません。もう、欲しい車は、出ないと思います。.無い物ねだりですか。

軽自動車にも、乗っていました。ダイハツの、ミラ ウォークスルーバンです。3人乗りで、助手席が、ありません。当方は、3人タイプで後窓あり。2人タイプで後窓無しもありました。ミニミニバスと、いう感じです。いい車でした。傑作車でした。重宝していました。後席。折りたたみで、着座が、低すぎて難しい.それで、クラウンの後席。コレが、きつめでしたが、加工無しでなんとか、入りました。自分なりに、色々とやっていました。クラウンの、後席が、軽自動車に、細工無しで、入りました。ミラウォークスルーだからでしょうね。直線的で、丸みがありませんからですか。本当に、乗りたい車に、乗りました。他人には、車が、趣味ですからと、言っていました。

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「60sp」様

コメント有り難う御座いました。

多彩な趣味をお持ちで羨ましい限りです。それも随分深い所まで極めていらっしゃるようですね。御自分でブログかその他の発信法で、蘊蓄を傾けて下されば、多くのファンができるように思いますが、如何でしょうか。

このブログに投稿して下されば、続けてコメントとしてはアップさせて頂きますが、それでは勿体ないような気がします。

2018年4月20日 (金)

 日本は「無法地帯」になってしまったのか? ――今起きていることをしっかり確認する――

 

日本は「無法地帯」になってしまったのか?

――今起きていることをしっかり確認する――

 

今回から、日本社会が抱えている問題について何回かに分けて考えたいと思っていますが、その根底にあるのは、次のマーティン・ニーメラーの詩が伝えたかった危機感です。

 

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 

今回の一連の出来事については、まとめるまでもなく皆さん良く御存じだと思いますが、来年、再来年になって改めて読む機会が訪れるかもしれません。その際に、他を参照しなくても、一応の復習になるよう、簡単にまとめておきたいと思います。

 

『週刊新潮』が報道した女性記者 (A記者と呼びましょう) に対するセクハラの内容について、財務省ならびに福田淳一事務次官(以下F氏と略します) は事実無根だと主張し、新潮社を提訴するとまで明言しましたが、その後、F氏は一転して辞任しました。しかしながら、セクハラ発言はなかったとの主張は変えていません。

  

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公表された録音テープの声が、F氏のものであることは声紋の照合から確認されています。また、この録音テープが何カ所での声を継ぎ接ぎしたものであることも問題視されていますが、一年半にわたってのセクハラを録音したもの全てが一つにつながっているはずはありませんし、前後の関係のない部分まで聞かされても時間の無駄ですから、継ぎ接ぎしてあるのは当然でしょう。

 

真夜中に記者会見してこの女性記者が自社の職員であること等を公表したテレビ朝日の抱える問題も大きく、そこを出発点に、複数回、テレ朝だけではなく、マスコミの無責任さについて問題提起をしたいと思います。(遅まきながらA記者を守る姿勢を示したテレ朝は、他社よりは評価されるべきなのかもしれません。)


しかし、本丸が権力を握ってそれを私物化している政治家、官僚等であることは勿論です。その点も忘れずに考えて行きたいと思います。

 

まず一年半もの間、セクハラを受けていたA記者は、当然、上司に相談していたはずですが、『週刊新潮』にコンタクトする直前には、上司が彼女の言い分を聞かないほど、テレビ朝日社内のコンプライアンス違反は明確です。

 

法律的にも、整備はされています。例えば、男女雇用機会均等法等の法律を具体的に活用するための指針等も厚生労働省が公表していますし、その遵守をすることは法的義務です。一例を挙げれば、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」は、平成 28 年8月2日厚生労働省告示第 314 号として改正されたものが事業主には届いています。

 

この中でセクハラの定義もなされていますし、特に、「相談」については、「相談窓口」を作って、必要があれば外部機関への紹介も含めて対応することが定められています。さらに、セクハラが起きたのは、テレ朝の敷地内ではないでしょうが、職員が職務を行う場所であれば、またセクハラをした人間が職務として関わる必要のある立場の人であれば、それも対象にされることも明記されています。このような義務は、当然、財務省側にも課されています。

 

さらに、どのように「相談」を扱うのかについても、7ページ中の4ページにわたって詳細に説明されていますし、「適切」「迅速」「正確」等の要件も強調されていますし、被害者が二次被害を受けないようにすることもこの中で強調されています。「適切」の中には、法律違反が行われていれば、司直に通風する義務も含まれます。

 

詳しい具体的な指針ですのでこの通りの対応をする上での疑問はないはずです。テレ朝がこの指針通りに、最初の「相談」を受けていれば、A記者も少しは救われたと思います。こう書いている前提として、A記者が、今年4月という時点になって初めて相談をしたのではなく、随分前から相談をしていたとの仮定を設けています。でも、実際には、相談しようにも相談できずについ最近になって決心したという可能性ももちろんあります。

 

そうだとすると、その理由が何なのか考えなくてはなりませんが、かなり長くなってしまいましたので、その点について、また日本社会を覆っている深く淀んだ霧については、稿を改めます。

  

[2018/4/19イライザ]

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コメント

いつも不思議に思うのは、安倍首相の「福島は完全にコントロールできている」を筆頭に、今回の一連の問題についても、どうしてあれほど堂々と嘘がつける人達がトップに上り詰めているのかということです。

以前、読んだ社会科学の論文で、10年毎の道徳観・倫理観の調査の結果、社会全体では変化しているが、ある年代だけでみると、今の50代も30年前の20代も殆ど変わっていない、成人してから現役世代の間に道徳観・倫理観を変えられる人は僅かであり、社会の変化は人口の構成が変わる変化でしかない、というものがありました。

つまり、こうしたモラルの問題は、組織の変化を求めるためには、人を入れ替えないとダメだということではないかと思うわけで、先の公務員の採用などもそうですが、東大などの入試も三分の一は従来の試験、三分の一は面接のみ、三分の一はくじ引き、とか異なる基準で多様な人を選ぶことも必要ではないかと思ったりもします。

問題なのは法律を守るということを含めて社会倫理の変化に対してエライ人ほどズレているということではないかと思います。エライ人達は成功体験しかなく変わる必要を感じないのも当たり前でエライ人の集まる組織はまさに財務省のようになるのでしょう。ゴミを分別してもゴミはゴミですから財務省の3分の2は女性と障害者と生活保護受給者くらいで占めるのが良いかも知れません。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

「平気で嘘のつける」人だから権力を手にすることができるのか、権力の座に着くと「平気で嘘がつける」ようになるのか、という問も意味があるのでしょうか。これも、結局は同じことの両面かもしれませんし。

東大の入試改革は名案だと思います。

理想としてはどんな集団でも、「多様性」が尊重されることのような気がします。「集団」は二人から始まりますが、その二人の間でも、多様性の尊重は難しいのですから、大きな集団ではなお困難なのだろうと思います。それを乗り越えて、多様性確保のシステム作りのための知恵ですね。

「トット」様

コメント有り難う御座いました。

「ゴミを分別してもゴミはゴミ」は今の状況をピッタリ言い当てている表現ですね。

御提案のような、「多様性」確保のためのアイデアをどんどん出して行きましょう。改革につながる可能性もありますし、代替案を通して、今、何が起きているのかの本質がストンと胸に落ちることも大切です。

2018年4月19日 (木)

 崩れ行く日本 ――原点に戻って考えましょう――


 崩れ行く日本

――原点に戻って考えましょう――

 

『週刊新潮』そして『週刊文春』の記事が大きな役割を果しましたが、昨418日には、夕方に財務事務次官が辞任し、ほぼ同じ時刻に新潟県知事が辞任しました。二人ともセクハラあるいは買春という破廉恥な行動が原因でした。さらには、女性記者の職場であるテレビ朝日が深夜の記者会見を開くなど、異常な事態が同時進行しています。

 

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 マスコミは当然、かなり大きく取り上げていますし、国会でも野党が頑張ってはいるようなのですが、それぞれの怒りが大きくまとまって日本の政治を抜本的に変えるまでには至っていません。ようやく人々の口の端に上って来たのは、安倍内閣が退陣して次の内閣の登場を待つくらいなのですが、それで良いのでしょうか。その結果として考えられるのは、同工異曲の政治を「新たな」装いという名目で始めるくらいのシナリオだけでしょう。

 

それ以上の名案が今すぐ出せるかどうかは別にして、今の時点でハッキリしてきたことは、政治や経済、社会を動かしている、政治家・官僚・マスコミ・財界といった権力を握っている人たちによる「公共の福祉」の私物化です。法治主義が機能していない、論理的な言説がもはや意味を持たず、「暴力団」的な言動が世の中を動かす時代になってしまったのではないでしょうか。つまり力を持つものがその場限りの主張で弱者を痛め付け、自らの意思を実現してしまう世の中、「無法地帯」を指している積りですが、今起きていることを冷静に把握し、その根本原因を極めた上で、対策を立てる必要があると思います。

 

今日は、緊急提案として、崩壊しつつある日本社会を正直に見詰め、皆さんからのインプットを頂きながら一緒に考えたいと思っていますので、何でも結構です、今私たちが直面している問題についてのコメントをお願いできればと思います。

 

この稿は、当然、明日に続きます。

  

[2018/4/19イライザ]

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コメント

原発が電源としても脆弱で高コストな上に、固有安全性も多重防御もなく、何重にもウソで塗り固められたものであったように、財務省の一連の不祥事も問題は一つや二つではなく考えれば考えるほど絶望的とすら思える状況です。

「セクハラ疑惑」と報じられたこと一つとっても、福田淳一事務次官だけでなく、聞き取り調査をした担当者も、責任者である麻生財務大臣も、セクハラに対しての認識が全くズレており、これでセクハラがない方がおかしいとしか思えません。

更に、セクハラ以前に、深夜に女性を呼び出すことも、それが男性であったとしても、異常な世界です。正面から請求すれば黒塗りの資料しか出てこず、公にされたものも改ざんされ、深夜に「綺麗どころ」(マスコミ関係者自らそう呼ぶようです)を用意しなければ情報がとれないというのは、一体どういう社会なのでしょうか。

こうした問題は、いくら解体を繰り返しても解決するようには思えません。せめてキャリア制度は廃止して、公務員の新卒採用は半数にして、半数は民間からの中途採用にするとか、大幅な人材の入れ替えが必要に思えます。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

確かに、官僚制度は絶望的ですが、それと似たようなことは広島市政でも経験しました。ただし、広島市で酷かったのは市会議員で、官僚たちが夜遅く呼び出されていました。

民間からの中途採用も効果的だと思います。改善策のもう一つは、もう実現されつつありますが、公務員の半数以上を女性にしなくてはならない、という規則を作ることです。かなり効果はあるはずです。

2018年4月17日 (火)

 中国のワインをお土産に頂きました ――ワイン造りには紀元前からの歴史があるそうです――

 

中国のワインをお土産に頂きました

――ワイン造りには紀元前からの歴史があるそうです――

 

北京に住んでいる友人が一時帰国しましたので、最近の中国事情など、興味ある話を聞くことになりました。何度か北京に行ったことはありますが、そのときの印象を元にした私のイメージでは、自転車が水平線を覆って動いている街、ホテルの前の川で日がな一日釣をしている老人の姿、訪ねる度に舗装が進んでいる高速道路、近代的なビルの屋上に載っている中国風の屋根、といった雑多なものなのですが、テレビで見ているだけでも、これらがもう「古臭い」時代のものになっていることが分ります。

 

「北京での生活はどう?」と軽い気持で聞いたのですが、即座に「とても快適」という答が返ってきました。これは意外でした。その理由とは、とにかく、どこへ行くのも何をするにも、「カード一枚」で済む生活だからということでした。もう慣れっこになってしまっているので、広島市内の公共交通機関を使うのにも複数のカードが必要で、買い物にはまた別のカードという生活に、たまには不満のあるものの、極めて不便とは感じていない日々を送る身として感じたのは、それでも「カード一枚」で全てが済んでしまえば、ウォレットの膨らみから解放されることは間違いないだろうという点でした。

 

そんな生活ができるのも、中央集権政治が徹底している中国ならではのことなのだと思いますが、日本で日常的に悩まされている、PM2.5や黄砂、その他の中国発の環境面での問題です。それについても、黄砂は自然相手になるので、様子が違うけれど、PM2.5対策はかなり進んでいるとのことでした。これも政府が力を入れればすぐ効果につながる例だとのこと。

 

会っているのに会っていないと言ったり、保存してある文書なのに「存在しない」と言ったり、取っておかなくてはならない文書を破棄するように指示したり、嘘がばれそうになると口裏を合わせ、自分が膿であることも自覚できずに、あるいは自覚していても、「膿を出し切る」とだけ言い張って何も責任を取らない政治、そして世界の動きについて行けず、周回遅れの時代観だけが目立つ外交が横行している様子に毎日付き合わされている目から見ると、良し悪しは別として、中国では政治が動いているという違いがあるように思えました。

 

極め付きはワインでした。ウイグル産のワインで、北京でも人気のあるブランドなのだそうですが、英語名は「Skyline」。漢字では「天塞」です。

 

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 ラベルも見て頂くと分りますが、「Skyline of Gobi」、つまりゴビ砂漠のスカイラインです。そして、品種は、カベルネ・ソビニョーンとメルローのブレンドです。

 

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 中国全体のワインの消費量は急激に伸びていて、2016年から2020年までの増加量、率ともに世界一になり、2020年には18,000万ケースになるとのことです。ちなみに、アメリカが一番多くて、33,400万ケース、日本は約4,000万ケースという予想です。

 

2016年の実績でも日本の3,700万ケースに対して、中国は15,000万ケースですから正に桁違いです。消費量が多ければ、その品質も高くなって当然です。

 

という背景を考えて、特別な機会に「天塞」を開けたいと思っています。美味しいワインであることを祈っています。

 

[2018/4/14イライザ]

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コメント

カードについては韓国も一枚で済みますが、日本はJR各社ですら違うとか、クレジット・カードとは別にETCカードがあったり、PASPYのように意味なくカードの種類が増えているように思います。

PM2.5については日本も結構酷いのですが、報道は中国のことばかりで、国連の調査でも日本で大気汚染のために交通事故の5倍もの日本人が亡くなっているというのに警告も対策も殆どありません。

外交も内政も民間の技術も、日本だけが停まっているように思えます。

昔から中華料理には張裕解百納(チャンユー・カベルネ)の特選級をよく飲みます。それほど重くはありませんが結構辛口でタンニンが強く中華料理など脂っこい料理に合います。正直なところ結構バラツキがあるようにも感じます。天塞は知りませんでしたが感想を楽しみにしています。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

政治・経済・環境・技術等々、停滞している日本ですが、マスコミの能力や気骨も大きな問題です。流されてしまっている庶民の側から変えるための知恵が必要ですね。

「中華好き」様

コメント有り難う御座いました。

張裕解百納(チャンユー・カベルネ)は、良く知られているワインですね。今まで中国のワインを飲んだことがないので、今度、中華料理と一緒に注文してみます。

Z級グルメを自認していますので、天塞について正確に表現できるかどうか自信はありませんが、報告はします。

中国ではお年玉や賽銭すらスマホ決済そうですから、カード自体も時代遅れになるのだと思います。

「トット」様

コメント有り難う御座いました。

便利になるのは良いのですが、大切な情報が一元化され、権力を握る人たちの自由にされかねない点にも要注意ですね。

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