芸能・アイドル

2018年5月13日 (日)

「プレバト」に感謝 ――俳句で感動できるとは!――


「プレバト」に感謝

――俳句で感動できるとは!――

 

「プレバト」ファンの方は多いようですが、TBSの木曜日午後7時からの番組です。芸能人が出演して、俳句や花、水彩画や料理、絵手紙等の腕前を披露し、それを専門家が評価、「才能あり」「凡人」「才能なし」の三つのレベルの格付けをする番組です。特に才能のある人は、「特待生」や「名人」と、ワンランク上の査定をされ、最終的には「師範」を目指します。

 

私が特に好きなのは、俳句のコーナーで、先生は「いつき組」を主宰する夏井いつき師匠です。名人のトップは、9段の梅沢富美男、8段の藤本敏史、そして7段の東国原英夫の三人ですが、三人三様の名句には感心しています。また、「才能なし」に評価された俳句を夏井先生がどう添削するのか、「before」と「after」を読み比べることで随分勉強になっています。

 

でも、53日のプレバトでは、新しい発見がありました。東国原7段の俳句を夏井先生が添削した結果に感動したのです。今まで、俳句を読んで感動した記憶がほとんどなかったので、本当に驚きました。

 

勿論、俳句の美しさは、多くの作品から十分に受け止めてきたのですが、それを「感動」と呼べるかというとちょっと違うという気がしています。

 

例えば、加賀の千代女の「朝顔につるべ取られてもらい水」や中村草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」、一茶の「これがまあ終のすみかか雪五尺」、蕪村の「菜の花や月は東に陽は西に」等々、私が好きな句は多くありますが、これらの句から私が受けた心の動きは「感動」とは少し違うのではないかと思っています。

 

さて、プレバトで感動した句のお題は、「鯉幟」。

 

添削前の東国原英夫7段の句は、

 

こいのぼり さいのかわらに かがむ吾子

 

でした。夏井先生の添削後は二句あったのですが、私が感動したのは次の句です。

 

鯉幟さいのかわらの空如何

 

Photo

プレバトのワン・カットです

 

賽の河原とは、親に先立って亡くなった幼な子が、親不孝の罪で苦しみを受けると言われる三途の川の河原です。「地蔵和讃」には、そこでの幼な子の苦しみが語られています。小さい石を拾って仏塔を完成させることが功徳になり、その結果、罪を許されることを目的に、子どもは毎日、河原で石を積み上げます。でも夕方には鬼がやってきてその塔を崩してしまいます。次の日には最初から積み上げることになり幼な子の苦しみは続くのですが、やがて地蔵尊が現れて子どもを救う、という物語です。

 

和讃にはいくつものバージョンがありますが、共通しているのは、子どもを亡くした親の悲しみが子どもの苦しみの元になっているという因果関係です。それを良く示しているバージョンには、親が涙を流すたびに、それが熱湯の雨となって賽の河原の幼な子に降り注ぐという下りがあります。こんなに無情かつ悲惨な物語が地蔵和讃なのですが、お地蔵様の有り難さを示しているのと同時に、お地蔵さまが救ってくれることを信じて前を向きなさい、という親たちへのメッセージだという解釈もなされています。

 

東国原・夏井ペアの句では、鯉幟と空との連想が、意外にも賽の河原に飛び、そこで石を積んでいる子どもの視線が空を向いて欲しいという気持や、そこには鯉幟が翻っているのだろうかという想像力、そして熱湯の雨はもう降っていないだろうなとまで整理できた親の心さえ感じることができました。

 

この句を詠んだときには7段だった東国原氏は次の週、510日には昇段して8段になりました。改めて東国原8段、そして夏井先生に感謝です。

 

[2018/5/12 イライザ]

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コメント

毎週観ては、見事な添削に感動しています。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

そうですね。私もいつも感動していますし、夏井先生の切り返しの見事さにも、その度に「スカッと」しています。

2018年4月16日 (月)

 百均のハンカチが世界的な活躍 ――久し振りにN響の定期演奏会で気付いたこと――

 

百均のハンカチが世界的な活躍

――久し振りにN響の定期演奏会で気付いたこと――

 

友人宅での夕食後、ワインを飲みながら、久し振りにN響の定期演奏会の録画を視ることになりました。

1878回の定期のAプログラムです。指揮者はピーター・ウンジャン、演目は、ベートーベンの「エグモント」序曲と、本邦初演のジョン・アダムズ作曲、「アブソリュート・ジェスト」、そしてホルストの組曲「惑星」です。

 

私たちは、二曲目の「アブソリュート・ジェスト」から見始めたのですが、弦楽四重奏は、トロントから出発し今は、スタンフォード大学のアンサンブル・イン・レジデンスを務めているセント・ロレンス弦楽四重奏団でした。オケとの共演ですが、「ジェスト」(道化、からかい)を現代音楽として弾くとこんな感じになるのかなと、納得しながら、そして第一バイオリンと第二バイオリンの動き、それを引き出す指揮者のタクトや表情も十分楽しめる楽曲でした。

 

でもそれ以上の発見に、テレビの前の私たちは釘付けになりました。テレビのスクリーンを写メしたので、動きがあり、ズレているところはありますが、第一と第二バイオリンはお分り頂けると思います。手前が第一バイオリンのジェフ・ナットールさん、そして紫のシャツを着ているのが第二バイオリンのオーウェン・ダルビーさんです。

 

Photo

                             

 釘付けになったのは、ダルビーさんの「肩当て」です。バイオリンと顎の間に挟んで、隙間や硬さの調節等に使うことが多いようです。実は、肩当てについても、掘り下げるといろいろと議論があるようなのですが、それは省略して、ダルビーさんの使っている肩当てを見て下さい。

 

私が日常的に、そしてその夜もワインのコースターとして使っていた、百均のハンカチと同じ柄の色違いだったのです。私のハンカチはこちらです。

  

Photo_2


テレビの画面では何回もこの「肩当て」が映りましたので、確認できたのですが、縁取りの縫い目も同じでした。

 

ワインのコースターとしても気に入っていたのですが、世界のバイオリン界のトップの一人が、それも国際的な舞台で私と同じハンカチを使っていたのです! これも「ジェスト」の一環なのかもしれませんが、そうだとしたら、「お主、相当の遣い手よな」くらいの言葉を掛けて上げなくてはいけないかもしれません。

 

そして、写真を撮るために脱線してしまったN響の定期演奏会鑑賞なのですが、最後の曲、ホルストの「惑星」でも、音楽とは違うもう一つの発見がおまけに付いてきました。

 

先ずは、横からの全体像を御覧下さい。

 

Photo_3

 

 チェロ奏者の前の床を見ると、そこに線が走っています。そして、その延長戦がどこに届くのかを見ると、舞台袖よりかなり前だということが分ります。ホルストの「惑星」には管楽器の数が多くなるのですが、舞台を広げて管の人たちが座れるようにしたのではないでしょうか。それを舞台の前面から確認しましょう。

 

Photo_4

 

 元々のステージの前の客席を取り払って、臨時の舞台を「迫り出し」として造っているのです。一番前の席は20人弱の人しか座っていませんが、それは「せり出し」の結果です。

 

私の愛用する百均のハンカチが、世界の舞台で活躍していることを見て、世界が多様な次元でつながっていること、そしてこのような日常的品物もその一部であると、まとめてみたくなったのですが、こんなことでも世界が平和になる上で、チョッピリかもしれませんが貢献しているのではないかと思いました。

 

[2018/4/9イライザ]

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日本の著名な音楽家のインタビューをNHKラジオの番組でちょくちょく聴きますが、色々と工夫されて使わられているものには、有名だから高級品かと思いがちですが、けっこう100均の商品を使われているみたいですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

音楽家や学者、俳優さんたちが、様々な楽しい工夫をしていることは知っていましたが、テレビの画面で視たハンカチが今目の前にある私のものと同じものだという偶然は、かなり確率が低いはずですので、「大発見」のような気持になりました。

2018年2月23日 (金)

『天才を育てた女房』  ――「セックス、スクリーン、スポーツ」への警告には触れられていないかもしれませんが――


『天才を育てた女房』 

――「セックス、スクリーン、スポーツ」には触れられていないかもしれませんが――

 

今夜、223日の夜9時からNTV、広島では広テレの金曜ロードショウが素晴らしい番組を放映します。『天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛』です。モデルは、私が尊敬する数学者、岡潔先生と先生の奥様みちさんです。

 

Photo


岡先生の簡単な紹介と、先生が警鐘を鳴らし続けた問題点については、「セックス、スクリーン、スポーツ」というタイトルで、昨年の5に御紹介しましたが、その中でも注目に値するのが、1965年に出版されたエッセイ集『春風夏雨』の中の次の一節です。

 

進駐軍が初めて来たとき「進駐軍は日本を骨抜きにするため、三つのSをはやらせようとしている」という巷説があった。セックス、スクリーン、スポーツである。今やこの三つのSはこの国に夏草のごとく茂りに茂っている。私に全くわからないのはこの国の人たちはこれをどう見ているのであろうかということである。

 

それに続けての先生の60年後の予測は、このような努力を行ったとしても、「六十年後には日本に極寒の季節が訪れることは、今となっては避けられないであろう。教育はそれに備えて、歳寒にして顕れるといわれている松柏のような人を育てるのを主眼にしなくてはならないであろう」でした。

 

安倍政権という「極寒」の時代に、「松柏」は既に現れているのでしょうか。松柏に期待しつつ昨年を振り返ってみると、岡先生の予言が60年を待たずして的中してしまった感さえあります。ではどうすれば良いのかを考えていたのですが、そこで閃いたのが、先生の当時の状況分析では「悪の権化」とでも言って良いかもしれない「アメリカのスポーツ」を検証してみたらどうかというアイデアです。それが、アメリカ社会やアメリカ文化、そしてその中での「スポーツ」に注目する理由です。日本社会を毒する最悪のものの一つが、岡先生流に表現すればスポーツ、特にアメリカ流のスポーツだとすると、「悪」そのものを理解することから新たに見えてくるものがあるかもしれないからです。

 

そのために、モハメッド・アリを手始めに、メキシコ・オリンピックの三人のヒーローオーストラリア政府の謝罪女子学生のトニー・スミスフットボール選手のキャパ―ニック等を取り上げ、アメリカ社会とスポーツの歴史を見てきました。そうすることで、我が国のスポーツのあり方、そして社会との関連についてを考える上でも参考になることがあるのではないかという問題提起の積りだったのです。

 

これも老化現象なのかも知れませんが、岡先生とアメリカのスポーツの関係について、きちんと説明した積りでいたのですが、今回チェックしてみたところ、数学教育の専門誌『数学教室』 (国土社刊、20184月号) には書いたものの、このブログには書いた積りになってしまっていて一言も触れていなかったことが分りました。説明不足も良いところなのですが、今回特にその部分だけをお読み頂くために、本稿をアップしています。

 

私の問題提起はともかく、キャストも豪華陣が揃っていますので、『天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛』は是非御覧下さい。

 

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歴史探偵の気分になれるウェブ小説「北円堂の秘密」を知ってますか。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索すればヒットし、小一時間で読めます。その1からラストまで無料です。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレに最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。

法隆寺・夢殿と同じ八角円堂の
北円堂を知らない人が多いですね。

岡潔が後半生を暮らした奈良が舞台の小説です。

「omachi」様

北円堂について、また面白そうなウェブ小説を教えて下さり、有難う御座います。時代小説も探偵小説も好きなので、楽しめそうな予感がしています。

早速読んでみたいと思います。

2018年2月18日 (日)

アスリートの労働組合  ――アスリートの権利を守るため憲法が勧めている団体です――


アスリートの労働組合

――アスリートの権利を守るため憲法が勧めている団体です――

 

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2016910日、巨人戦出らリーグ優勝した時黒田投手

(この記事とは関係ありませんが、この写真を自慢したくて載せました)

 

覚えていらっしゃる方は少ないかもしれませんが、日本のプロ野球でストライキの行われたことがあります。近鉄バッファローズとオリックス・ブルウェーブの合併、ひいては2リーグ12球団制度から1リーグ制への移行までを見込んだ球界再編の動きに反対して、2004年の918日と19日の土日にストライキを決行しました。

 

その結果、2リーグ制は維持され、その他のプロ野球界の改革も進んだのですが、こんなことができたのは、日本プロ野球選手会が労働組合として認められ、団体交渉権を保障されているからです。そしてこの団体交渉権、そしてストライキを決行する権利は憲法第28条で保障されています。

 

28条  勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

 

日本プロ野球選手会は1980年に設立され、1985年に東京都地方労働委員会に認められ、正式に「労働組合」としての登記をしています。

 

日本プロ野球選手会の活動は、ホームページで御覧頂けますので、そちらに譲ることにしたいと思います。そして、最近問題になっている大相撲の力士会についても、簡単な比較をしたいと思います。

 

Ryogoku_kokugikan_tsuriyane_0521200

 

By Goki (Own work) [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html), CC-BY-SA-3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/) or CC BY-SA 2.5 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.5)], via Wikimedia Commons

 

まず力士会は労働組合ではありません。親睦組織です。ウイキペディアでは、簡単な歴史が紹介されています。

 

昨年11月に開かれた力士会の内容は、日馬富士の暴力事件に隠れてあまり大きく報道はされていませんが、スポーツ報知の電子版では、かなり深刻な悩みの吐露されていたことが分ります。サワリの部分を引用します。

 

横綱・白鵬(32)=宮城野=は、元幕内の幕下・翔天狼(35)=藤島=ががんで闘病中だと明かし、人間ドック受診の義務化などが必要だと主張した。横綱・鶴竜(32)=井筒=は相次ぐ故障者の減少を願い、新年に関取衆全員で神社に出かけ、お祓(はら)いや必勝祈願を提案。会合では巡業の食住改善要求も出た。

 

「食住改善」とは、巡業中にビジネスホテルに宿泊することなどもあるようなのですが、例えばその際の食事を普通の宿泊者と同じ分量ではなく、多くして欲しい、部屋やベッドも大きなものが必要といった内容だと報じられています。力士の食べる食事の量が多いことは常識だと思いますが、力士会でこのような要望が出ること自体、呆れて物が言えません。これって人権侵害なのでは。

 

しかし、それ以上に相撲協会と力士会の関係を如実に示している報告がネット上にありました。「シジフォス」というブログです。このブログのユニークなのは、八百長を正式に認めることが力士の人権上の問題だという主張にあるのですが、それはブログを直接お読みの上判断して頂くことにして、力士会を労働組合にすべきだという点は傾聴に値すると思います。

 

シジフォスに引用されていた201121日付の毎日新聞の議事を、以下孫引きしますが、力士会の「要望」に対する協会側の「ゼロ回答」を見ると、対等な立場での交渉ができる労働組合として力士会を認めることが――そのためには世論の力が必要です――出発点なのではないかと思います。

 

大相撲の十両以上でつくる力士会と日本相撲協会執行部との初めての意見交換会が1日、東京・両国国技館であった。

力士会から会長の横綱・白鵬をはじめ70人中67人が出席し、放駒理事長ら4人の理事と約30分間話し合った。会は非公開で行われ、力士会から出された要望について、協会側が回答する形で進行したという。

協会側の説明によると、現在禁止されている自動車の運転を許可してほしいとの要望があったが、事故防止の見地から「これまで通り認めない」と回答。また、野球賭博への関与で昨年7月に協会を解雇された元大関・琴光喜が引退相撲をする場合に力士会として協力することへの是非の確認があり、「参加は各自の判断に委ねる」と答える一方、国技館の使用は認めないとした。

この他、力士会側から公傷制度(本場所の土俵でのけがによる休場は救済する)復活を求める声が上がったが、協会側は「すぐに復活させることはない」と説明した。

初場所中、幕内力士2人が酒に酔って飲食店内の備品を壊すトラブルがあったことから、席上、放駒理事長が力士会側へ注意した。会合後、白鵬は「協会の看板である関取として、自覚と責任を持ってやっていきたい」と語った

 

その他に、不祥事を起こした力士の処分に力士会の意見を述べる機会を与えてほしいとの要望は却下されたとのことで、結局力士会側からの要望で認められたのは協会と力士会との協議の継続だけ、というのでは、力士たちの声がいかに認められていないかが如実に分る「意見交換会」ではありませんか。これで思い出すのは、かつての社会党の代議士会です。どんな提案をしても、ほとんどすべて却下でしたが、執行部の報告ではそれなりの理屈が付けられていたのです。

 

そして、それから6年経った2017年に、巡業中に与えられる食事ではお腹が一杯にならないという悲鳴が出てくるのでは、あまりにも力士たちが可哀相だと思うのは、私だけでしょうか。

 

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2018年2月 1日 (木)

2018新年互礼交流会 ――弾いて、歌って、踊って、唸って楽しく♪―


2018新年互礼交流会

――弾いて、歌って、踊って、唸って楽しく♪―

 

今年も、ひろしま音楽芸能文化懇話会主催の新年互礼交流会が、アークホテル広島南駅前で、開かれました。この会を主宰する上村和博さんは、このブログでも何回か取り上げさせて頂いています。昨年は、2017新年互礼会開催時に、そしてその前には、二葉あきこ歌碑建立一周年記念イベントの際にも登場して頂きました。

 

             

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上村さん挨拶

 

二葉あきこさんは、多くの方も御存知だと思いますが、広島の生んだ歌謡界の大スターです。上村さんは二葉さんの歌碑建立のためにリーダーとして活躍されましたが、それだけではなく、音楽や芸能の分野を中心に、多くの方々の活躍の場を拓き若手を育成するという、縁の下の力持ち的な役割を長く務めて来られました。

 

今年も120人以上の参加者が、一日たっぷりと音曲の世界を展開してくれて、楽しい一時を過すことができました。そして、今まで私の胸の中で何となく「未解決問題」の中に振り分けていたことに、「なるほど」と納得できる答が見付かりました。

 

そのためにも、まずは今年の会のメイン・ゲスト浪曲師の真山隼人さんの紹介が必要です。隼人さんは、真山一郎の孫弟子です。真山一郎の名前を憶えている方もだんだん少なくなってきていますが、浪曲師としてまた「演歌浪曲」とも呼ばれたジャンルを立ち上げ一派を率いたことで有名です。従来の浪曲は、曲師として三味線の伴奏で語るのが定番だったのですが、真山はオーケストラ伴奏のみで浪曲を語ったのです。

 

隼人さんの演目は『刃傷松の廊下』でしたが、浪曲としてもまた歌としても真山一郎の十八番の一つです。「刃傷松の廊下」は、映画にもなっていますので、ストーリーは皆さん御存知だと思います。浪曲ですから当然映像はありません。また伴奏は三味線を復活させ、沢村さくらさんが担当、真山流の『刃傷松の廊下』ではありますが、真山隼人さんの若さも十分に生かされ、聞き応えのある「古典芸能」の一場を作ってくれました。

 

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真山隼人さんと沢村さくらさん

 

映画や舞台でも必ず使われる、一夜での畳替えや大紋立烏帽子に着換えるシーンなど、浪曲や講談を通して伝わる迫力にも改めて気付かせてくれました。

 

その真山隼人紹介の弁が最初にあったのですが、その中で上村さんについての「未解決問題」が解決したのです。実は、上村さんはとても歌の上手い方です。最近はあまり歌われませんが、以前、何曲か聞かせて貰った時には、プロかと思うくらい別格の歌唱力でした。とにかく強烈な印象が残っています。「何故こんなに上手いのか?」というのが当時からの疑問だったのです。この日に上村さんが披露してくれたのは、彼が実は真山一郎の弟子だったこと、そして芸名が「真山二郎」だったことです。プロかと思ったのは失礼な話で、プロだったのです。

 

しかし、ジャーナリストとしての道を捨てることはなかった上村さんの人生を、出来れば若い人も交えて一度ゆっくりと聞かせて頂きたいと思いました。私たちの糧になることは間違いないはずです。

 

 

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コメント

お忙しいところ寒い中お越し下さり、心温まる激励のご挨拶、素晴らしい歌声を届けて頂きありがとうございました!歌がお上手になられたですねと好評でした。

コメント有り難う御座いました。

いつも、とても楽しい会になるのは、やはり上村さん、いや、真山二郎さんのお人柄そして実力故です。弟子入りするのにはどうすれば良いのでしょうか。

2018年1月25日 (木)

相撲協会の世界観 ――外国人差別は残っている?――


相撲協会の世界観

――外国人差別は残っている?――

 

昨年からワイドショーのネタとして頻繁に取り上げられているのが日本相撲協会ですが、あれだけ多くの女性ファンがいながら、未だに女性は土俵に上がらせない「伝統」は守っています。これを「差別」と捉える人も多くいますが、それで思い出すのが、小錦の現役時代に大問題になった「外国人差別」です。しかし、その時には、相撲協会の差別体質が批判されたと言うよりは、相撲協会を批判した小錦へのバッシングのように見えました。当時、この点について『アキバ・ウィークリー』で触れていますので、まずそれをお読み下さい。

 

                             

Photo

KONISHIKIのホームページから

 

 

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小錦差別事件について

――日本社会での人種差別に対する対応は十分だろうか――

[アキバ・ウィークリー第13号 (1992 57日収録)]

 

皆さん、こんにちは。衆議院議員の秋葉忠利です。アキバ・ウィークリー第13号をお届けします。5月の第2週号です。

 黒人ドライバーに対して集団暴行を加えた件で起訴されていた、ロスアンゼルス市警察の白人警察官4人が29日全員無罪になりましたが、この無罪判決に怒った黒人を中心とする市民が暴動を起こしたことは皆さんご存知の通りです。

 あれほどはっきりしたビデオの映像があるにも拘わらず、何で無罪になってしまうのか疑問を感じた方も多いのではないかと思います。アメリカ社会に根強く残っている人種差別を追放するのが如何に難しいかを改めて目の前に突きつけてくれた事件であり評決でした。

 さて、ひるがえって、私たち自身、日本社会における人種差別に対して十分な対応をしているかどうかを考えると、残念ながらまだまだだという気がします。

 例えば、小錦発言が良い例です。先月20日付けの日本経済新聞、22日付けのニュヨーク・タイムズ紙に小錦の発言として、「横綱になれないのは人種差別のせい」という言葉が掲載されてから、ずっと小錦がこの発言をしたのかどうかが問題にされました。折角貴重な発言をしてくれた小錦が、あたかも悪者であるかのような扱いさえ受けたことも問題だと思いますが、しかしマスコミを含めて私たちが問題にすべきだったのは、小錦が横綱になれなかったのは、本当に人種差別のせいかどうか、もしそうなら、それをどう変えていくのかという点であって、だれがその問題提起をしたかではない筈です。

 この点について「文芸春秋」4月号に掲載された、小島襄氏の「"外人横綱"は要らない」を読む限り、横綱審議委員会、少なくともその委員の一人が外国人差別をしていることは明白です。横綱審議委員会としては、この小島氏の考え方に対する公式見解を示していないのですから、これを黙認している、あるいは、これが審議委員会の見解だと取られても仕方がないと感じるのは私だけではないと思います。これを裏付けるデータがあることも皆さんご存知の通りです。

 第一に、大関で二場所連続優勝またはそれに準ずる好成績という原則ですが、小錦より強さの点で劣る力士が過去横綱になっていることは皆さんご存知のとおりです。

 第二に、小島氏自身認めているように、横綱昇進の審議で過去人格が問題にされたことは、殆どありません。外国人力士の場合にだけ「品格」が問題にされるのであれば、これは立派な差別です。

 新弟子が少なくなった挙げ句の果てに、強くなれば横綱になれると外国人力士をリクルートし、その上、これほどあからさまに差別を行うことが許されるのでしょうか。横綱審議委員会ならびに相撲協会の品格ある対応を心から望みます。

 

 これで、アキバ・ウィークリー第13号を終わります。次号は515日にお届けします。皆さんのご意見、反論をお聞かせ下さい。

 

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1992年から四半世紀以上経った今、外国人が横綱になることは当り前どころか、日本人が横綱になれるかの心配 (その理由は外国人差別と全く関係はありませんが) をしなくてはならないほどになりましたが、相撲協会の外国人差別はなくなったのでしょうか。

 

次回はこの点について考えて見たいと思います。

 

 

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2018年1月15日 (月)

あゝモンテンルパの夜は更けて ――キリノ大統領の決断――


あゝモンテンルパの夜は更けて

――キリノ大統領の決断――

 

フィリピン、歴史、歌 (「昭和の歌を守る会」があったので) という三つの言葉から思い出したのが、渡辺はま子の『あゝモンテンルパの夜は更けて』ですし、フィリピンのアキノ大統領でした。

 

この歌は、作詞代田銀太郎、作曲伊藤正康によるもので、1952年に渡辺はま子と宇都美清が歌って、20万枚の大ヒットになりました。

 

 

作詞・作曲をした二人は、当時フィリピンのモンテンルパにあった刑務所に戦犯として収容されていた死刑囚でした。そこには、戦争犯罪者として100人以上の旧軍人が、あるいは死刑を前にあるいは刑期を全うするため生活していたのですが、既に14人は処刑され、望郷の念が増す日々を送っていたことが記録されています。

 

代田・伊藤による『モンテンルパの歌』という曲を受け取った渡辺はま子は、タイトルを『あゝモンテンルパの夜は更けて』に変えレコーディングし、紅白歌合戦にも取り上げられました。そしてこの年に渡辺はま子はモンテンルパを訪問し、戦犯たちのために往年のヒット曲を披露し、最後に『あゝモンテンルパの夜は更けて』を歌っています。

 

渡辺はま子をこれほどまでに駆り立てたのは、モンテンルパで教誨師として戦犯たちの助命嘆願の活動をしていた真言宗の僧侶加賀尾秀忍の熱意でした。彼は、マッカーサー元帥や日本の指導者、ローマ法王等に、人道的立場からの助命嘆願書を送り、ついには、フィリピンのエルピディオ・キリノ大統領とも会見します。

 

その際に、『あゝモンテンルパの夜は更けて』を奏でるオルゴールを贈呈しています。その曲と説明を聞いてキリノ大統領が心を動かされたとも言われています。

 

最終的にキリノ大統領は、195377日の独立記念日に、大統領令によって、モンテンルパ刑務所に収容されていた戦犯114名全てに特赦を与え日本への帰国が実現することになりました。

 

特赦の理由としてキリノ大統領は感動的な言葉を残しています。

 

個人的な立場だけからなら、私が日本に対して最も強い恨みを持っているのかもしれない。妻と三人の子どもたちが日本軍による機関銃で殺されているからだ。

 

しかし、私はこの気持ちを私の子どもたちや孫たち、そしてフィリピン国民に持って欲しくはない。それは、日本との友好関係を築き、輝かしい未来をフィリピンにもたらす可能性を摘んではいけないからだ。

 

反日感情がまだ強く残っていた時期に特赦を与える行為は勇気のいることでしたが、蒋介石の「以徳報怨-怨みに報いるに徳を以てなす」も併せて考えると、このようなアジア的な平和の思想こそ危機的状況にある世界を救う上で、私たちが拳拳服膺しなくてはならない哲学のような気がしています。

 

そして、この寛容さを受け止める我々の側では、最高度の謙虚さを身に付けること、そして己を律するに当っては最大限の厳しさが必要とされることは言を俟ちません。

 

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コメント

その最高度の謙虚さのあらわれが、
憲法前文の誓いであり9条であったはず。

昨年4月刊岩波『私にとっての憲法』で保阪正康氏が
...この憲法は、いってみれば非軍事憲法である。...
(...この非軍事憲法を平和憲法に格上げするには...と続きますが)
非軍事憲法。このnamingはsimpleかつpowerful(変換可能なものでつい)。
加憲だ何だを蹴散らすにはこれに限る。もっと広まってくれれば。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

「非軍事憲法」という捉え方には「平和憲法」とは違う力を感じます。"simple" and "powerful"は、ICANのフィーンさんも強調していました。

それは、オーウェルの『1984年』の中の「戦争は平和だ」を進めている安陪政権に対抗する上で、大切だと思います。

2017年9月 3日 (日)

プロはいなくなったのか ――それも政治の腐敗や劣化の一因になっているのでは――


プロはいなくなったのか

――それも政治の腐敗や劣化の一因になっているのでは――

 

「凄い八十代」のタダさんについて報告しましたが、やはり彼のカラオケ歌唱の素晴らしさについてもう少しスペースを割かなくてはなりません。彼のかつての職場や業界の仲間たちからは「オオトリのタダ」、つまり「タダさんの後では歌えない」と言われるほど上手い、とはユキコさんの言葉ですが、その通りでした。

 

             

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松山善三作詞『一本の鉛筆』の一節です。

 

そのタダさんが最初に歌ってくれたのは美空ひばりさんの『一本の鉛筆』でした。「広島に敬意を表して」とのことでしたが、実はこの歌、正確に歌うのが難しいことで有名です。美空ひばりさんの歌い方は深みがあって感動的なのですが、それを真似て素人が歌うと不正確さだけが際立ちます。タダさんの歌は正確かつ心を打つものでした。

 

レパートリーも広く、オオトリには『オー・ソレ・ミオ』をパバロッティ・バージョンで歌ってくれました。これもお見事の一言に尽きたのですが、もう一つ、どんなカラオケの会でも盛り上げられる良い歌を教えて貰いました。『大人の懐かしい歌』のパート1とパート2です。DAMの中に入っていますが、「DKオリジナルメドレー」で検索すると出てくるはずです。れぞれ10曲くらい、誰でも歌える懐かしい歌が、一番だけ入っています。

 

パート1は、『故郷』から始まって『荒城の月』、途中には『ゴンドラの歌』や『サンタルチア』もあり、マイクを順に回して行くだけで、あるいは全員で歌うことでその場が盛り上がります。

 

ここでハタと気付いたのが、人をカラオケに誘う側の「プロとしての要件」です。自分だけ気持良く歌っていれば済む話ではなく、その場にいる人全てが楽しく参加できるお膳立てをする責任も果さなくてはならないということです。

 

こんなことを考えたのは、その夜、感動したもう一つの歌が山口百恵さんの『さよならの向こう側』だったからです。本人が最後のコンサートで歌い終えて、マイクをステージのフロアに敷かれた白い布の上に置くまでの映像が使われていました。

 

彼女が活躍していた時代はアメリカに住んでいたために彼女の歌も映画もほとんど知らなかったのですが、ポピュラーな歌だけは、カラオケ等で聞いていました。でも最近のテレビ画面には出てきません。カラオケの映像ではありましたが、ステージで歌う姿を全部見たのは今回が初めてだったような気がします。阿木燿子・宇崎竜童コンビの作詞作曲による名曲の一つですが、とにかく泣かせる歌です。英語の部分の言葉「last song for you」の繰り返しと、最後の「Thank you for your ****」の五つのリフレインで歌い手自身、胸が詰まってしまっても不思議でもありません。

一般的風潮としても、プロの歌手が引退に当ってのコンサートや、紅白歌合戦であられもなく泣く姿も当り前になっています。そして「引退」した後で、復帰することも。

 

でも、山口百恵さんは、本当に「最後の」コンサートで、一筋の涙こそ流れはしましたが、最後までプロとして歌い切りました。しかも感動的に。これこそプロの歌手だとしか言いようがありませんでした。そして彼女は床にマイクを置いたきり、その後は歌手としてファンの前で直接歌うことは一切していません。それもプロとしての潔さです。

 

引退した1980年、彼女は21歳でした。男女差別用語がまだ平気で使われていた時代です。「小娘」という言葉を使うおっさんがいても良い年齢です。その彼女がプロとしての矜持を保ちプロとしての出処進退の見事さを示してくれました。そんな行動の取れた「公人」がその後何人いたのかを考えると、山口百恵さんの凄さを前に、「プロ」と自称していたり、マスコミがそう遇してきた人たちの多くは、「プロ」失格と言われても仕方ないように思えてきます。

 

比較するのも気が引けますが、特に、政治家の体たらくは、目を覆うものかあります。本物の政治家、プロの政治家はどこに行ったのでしょうか。山口百恵さんの爪の垢を煎じて飲んだくらいで、紛い物性が改善されるとは思えませんが、それでも、カラオケに行き、山口百恵さんが『さよならの向こう側』を歌い切る姿を何度か見ることから始めて欲しいと思います。

 

カラ出張の説明ができずに号泣した県議、不倫の挙句に印刷物の架空請求がばれて雲隠れした市議、聞くも憚れる言葉や言い回しでネチネチと部下を虐める国会議員、防衛省や自衛隊を私物化・政治利用した元防衛大臣、同・総理大臣等々、リストは増えるばかりですが、カラオケを通しての山口百恵さん詣でを「処方」します。こんな形でも利用者が増えることで、ちょっと影が差しているカラオケ産業に活気が戻るという余得も期待できるかもしれません。

 

でも一番見習って欲しいのは、政権というマイクをそっと床の上に置き、表舞台から静かに立ち去ることなのですが---。

 

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コメント

百恵さんは同学年です。
大学生の時、テレビは学食にしかなく、
引退画像も結婚式の画像も、
学食でみました。
彼女の潔さが
私どもの世代のスタート地点です。

日野皓正がコンサートで中学生に手を上げたことが報じられましたが、そもそもジャズという音楽はルールから外れること、掟を破ること、規則から逸脱することが前提であり、それこそが面白味であり醍醐味だと思います。ただ、聴く人を感動させるためには、逸脱する度胸と同時に、逸脱の限界を読んで、回帰する技能が重要です。

野田聖子総務相が異次元の金融緩和の出口を考えると「空恐ろしい」とアベノミクスを批判したということですが、安倍政権のレベルは、まさに中学生レベルということでしょうか。中学生なら許されるとは思いますが、これが日本の長期政権というのはあまりに情けないことです。

「緩和ケア薬剤師」様

コメント有り難う御座いました。

「学食」の響き、懐かしいです。そして、自分たちの世代を象徴し誇りに思える人物がいるって幸せなことだと思います。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

メディアには日野皓正氏弁護の意見が多いようですが、子どもを指導するためでも、いやそうであればなおさら、暴力は正当化できないと思います。

安倍政権の酷さを上手い一言で表現出来ないのがもどかしい限りですが、早く舞台を去って欲しい気持をとにかく繰り返し言い続けましょう。

金正恩もトランプも安倍も、みんな仲間ですね。
http://blog.livedoor.jp/ai_tokunaga2014/

ついでに日本では安倍、小池、前原と従米保守の仲間が揃った。これからどんな茶番劇を見せられるのだろうか。

日野皓正についてはお笑いの太田光が「コミュニケーションするのにビンタしなきゃいけないんだったら、大した音楽家じゃない」「お笑いでお客を笑わせるのに、客をくすぐるようなもので、自分のやっていることの否定になる」と言っていましたが、教育者が手を上げたら失格ですね。
と言うものの、この一両日だけでも元総理や自民党総務会長の耳を疑うような失言が続いており政治の劣化は他の分野の比ではないようですね。

「仲間」様

コメント有り難う御座いました。

「従米保守の仲間が揃った」舞台での茶番劇を止めさせる機会が近く訪れるという予言もありますね。10月か11月に衆議院の解散、総選挙があれば、その機会を逃さないように、私たちが直接頑張らなくてはいけないのかもしれません。

「キム」様

コメント有り難う御座いました。

芸能界でも、しっかり発言している人がいるのは心強い限りです。

「法の支配」を無視して「力の支配」を信奉する人たちは、どうしても「言葉」に対しての姿勢が好い加減になるようです。逆かもしれませんが--。

2017年1月16日 (月)

広島音楽芸能文化懇話会 ――2017新年互礼交流会――


広島音楽芸能文化懇話会

――2017新年互礼交流会――

 

 

広島音楽芸能文化懇話会恒例の、新年互礼交流会に行ってきました。毎年楽しみにしている会で、数年前にお誘い頂いてからほぼ毎年、出席してきました。

 

この会は音楽、特に歌の好きな人たちの集まりで、プロもアマも、音楽教室の先生も生徒も、さらには作詞や作曲の専門家も一堂に集い、好きな歌得意な歌を披露することで時間の経つのも忘れる一日イベントです。傾向としては演歌が圧倒的に多いのですが、クラシックやジャズの演奏も混じり、今回はソプラノ独唱や浪曲そしてクラシック・ギターの独奏等、バラエティーに富んだプログラムでした。

 

主宰しているのは、上村和博さん。中国新聞時代から数々の企画をこなして、文字通り広島の音楽や芸能、文化の仕掛け人として活躍してきた方です。

              

20170115_18_24_23

上村さん


一つ訂正です。後ろの看板の「喰って」は間違いで本当は「唸って」です。つまり、浪曲もありますよという意味なのです。

 

そしてこの会の参加者の皆さんに感謝しなくてはならないのは、一昨年、被爆70年を記念して開催された「市民がつくる被爆7024時間チャリティー・コンサート」を支えて下さったことです。その中でも、上村さんが中心になって出演者とのコミュニケーションを初め舞台設営その他、専門的なところを一手に引き受けて下さったことですし、またこの会のメンバーの皆さんがボランティアとして出演しまた当日会場に足を運んで下さったことです。

 

それだけでも特筆に値するのですが、2005年に、被爆60年を記念して市民の力でバッハのマタイ受難曲の全曲演奏コンサートを開催した時にも大きな力を発揮して下さり、またそれ以後、市民の力で毎年平和コンサートを開くという継続的な活動の中心にもなって下さってもいます。このような「縁の下の力持ち」にスポットライトを当てる賞があれば、第一に推薦しなくてはならない存在です。

 

その他に御紹介したいのは、「被爆7024時間チャリティー・コンサート」にもボランティアとして長崎から来広、出演して下さった、ギタリストの平山ヒデアキさんです。今回は、パッヘルベルのカノンと、ラベルのボレロを演奏して下さいました。カノンがギターで演奏されるのは定番の内に入りますが、あの情熱的なボレロをギター一本でという演奏は聴き応えがありました。

 

Photo

平山ヒデアキさん

 

また、歌と笑いでこの会の山場を作って下さったのは、胡浜三郎(えびすはまさぶろう)さんでした。1970年に、読売テレビの全日本歌謡選手権で、初代の10週勝ち抜きチャンピオンになり、その後プロデビューをした方ですが、最近は故郷の安芸高田市に戻って活動を続けています。実は、風貌が森進一に似ていることもあって、森進一の「物真似」さん「森進伍」としても人気のあるパフォーマーです。今回は、私たちにもすぐ森進一の物真似ができるテクニックを二つ教えてくれました。

 

20170115_18_25_09

胡浜三郎 (森進伍) さん

 

もう後期高齢者になった上村さんですが、「それを機会にもう少し活動を控えめにしようか」とも考えられたのだそうですが、結局、元気な内はまだまだ頑張る決意に変えられたそうですので、今年も上村さんの呼び掛けで楽しい音楽やパフォーマンスのイベントが続くことになりました。そして上村さんのプロデュースで、多くの新人の皆さんが広島から巣立つ年にもなりそうです。

 

 

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2016年12月26日 (月)

『さくらの花よ 泣きなさい』

『さくらの花よ 泣きなさい』

 

このブログは「タウンNEWS広島平和 大通り」をお師匠さんとして立ち上げましたので、いろいろ影響を受けています。ということで書き出しも似てしまうのですが、「数学の苦手な国?そして「算数のできない国」に触発されて浮んだ思いを文字にしたいと思います。

 

特に心に響いたのは、「日本に再び桜は咲くのでしょうか」と、三浦サリーの『桜咲く』でした。

それは、荒木とよひさ作詞・三木たかし作曲の2008年の歌『さくらの花よ 泣きなさい』 (歌は保科有里、三木たかし、黛ジュン版があります)を思い出したからです。

              

               

 

この歌は、喉頭がんで手術を受ける前、つまりやがては声を失うことになる前に三木たかしが自ら歌ってレコーディングした「最後の曲」として知られています。恐らくその時点で死を覚悟していた三木に寄り添う気持を盟友の荒木とよひさが言葉にしたのだとしか読めない美しい切ない歌詞です。

 

でも、桜は日本という国の象徴でもあります。桜の花は市民一人一人ということになるはずです。国だから国民と言っても良いのですが、この言葉はあまり使いたくありませんのであえて市民と言い換えます。その視点から、三木・荒木という素晴らしい作詞家と作曲家の友情とは全く別の文脈で、しかも歌詞の一部を変えると、理想の国を探し求めながら、自分の国の情けなさに涙する歌に聞こえてしまったのですが、これは深読みが過ぎているでしょうか。もう一つ付け加えるとすれば、『さくらの花よ 泣きなさい』を最初に耳で聞いた時の印象としてはそう感じたという、まったく主観的な思いがあります。

 

実は、そう思ったのは、次の一節が原因です。

 

「心から嘘をつき また人を傷つけて

生きることの 恥ずかしさ」

 

本来の歌詩の中では、死を目の前にした自分が人生を振り返って懺悔の気持を表す言葉です。でも、ずっと昨今の政治を考えながら、その原因を探し上手く伝えるにはどうしたら良いのかを考え続けているために、現在の為政者に欠けているのが、このように自らを振り返り謙虚に自分たちの言動を省察しそれがどのような結果を招いているのかを市民の立場から客観視することなのではないか、と閃いてしまったのだと思います。

 

これほど素晴らしい楽曲を政治批判の言葉として自己流に解釈してしまうことが、詩と音楽に対する冒涜にならないことを祈っていますが、敢えて弁明すれば、『さくらの花よ 泣きなさい』を最初に耳で聞いた時に私の心に響いたのは、一人一人の人間の生と死の大切さだったのです。大きな権力を持つ人々にもこの歌の持つ真実を常に感じながらその権力を行使して欲しいと思ってしまったのです。

 

歌詞の中には繰り返し「泣きなさい」という言葉が出てきます。政治に絶望して泣きたいほどだという表現は使われますが、それを代弁してくれているようにも読めました。勿論、泣いてばかりいても政治は変わりません。どうすれば良いのでしょうか。

 

 

そろそろ大晦日も近付き紅白歌合戦も頭の隅にあったからなのかもしれませんが、武田鉄矢の『贈る言葉』も思い出しました。「悲しみこらえて ほほえむよりも 涙枯れるまで 泣くほうがいい」のかもしれません。絶望して泣き、怒りながら、しかし同時に、したたかにエネルギーを蓄えることも必要です。本当はそれを書きたかったのですが、いつもの癖で前説が長くなってしまいました。次回に続きます。

 

 

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