芸能・アイドル

2017年1月16日 (月)

広島音楽芸能文化懇話会 ――2017新年互礼交流会――


広島音楽芸能文化懇話会

――2017新年互礼交流会――

 

 

広島音楽芸能文化懇話会恒例の、新年互礼交流会に行ってきました。毎年楽しみにしている会で、数年前にお誘い頂いてからほぼ毎年、出席してきました。

 

この会は音楽、特に歌の好きな人たちの集まりで、プロもアマも、音楽教室の先生も生徒も、さらには作詞や作曲の専門家も一堂に集い、好きな歌得意な歌を披露することで時間の経つのも忘れる一日イベントです。傾向としては演歌が圧倒的に多いのですが、クラシックやジャズの演奏も混じり、今回はソプラノ独唱や浪曲そしてクラシック・ギターの独奏等、バラエティーに富んだプログラムでした。

 

主宰しているのは、上村和博さん。中国新聞時代から数々の企画をこなして、文字通り広島の音楽や芸能、文化の仕掛け人として活躍してきた方です。

              

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上村さん


一つ訂正です。後ろの看板の「喰って」は間違いで本当は「唸って」です。つまり、浪曲もありますよという意味なのです。

 

そしてこの会の参加者の皆さんに感謝しなくてはならないのは、一昨年、被爆70年を記念して開催された「市民がつくる被爆7024時間チャリティー・コンサート」を支えて下さったことです。その中でも、上村さんが中心になって出演者とのコミュニケーションを初め舞台設営その他、専門的なところを一手に引き受けて下さったことですし、またこの会のメンバーの皆さんがボランティアとして出演しまた当日会場に足を運んで下さったことです。

 

それだけでも特筆に値するのですが、2005年に、被爆60年を記念して市民の力でバッハのマタイ受難曲の全曲演奏コンサートを開催した時にも大きな力を発揮して下さり、またそれ以後、市民の力で毎年平和コンサートを開くという継続的な活動の中心にもなって下さってもいます。このような「縁の下の力持ち」にスポットライトを当てる賞があれば、第一に推薦しなくてはならない存在です。

 

その他に御紹介したいのは、「被爆7024時間チャリティー・コンサート」にもボランティアとして長崎から来広、出演して下さった、ギタリストの平山ヒデアキさんです。今回は、パッヘルベルのカノンと、ラベルのボレロを演奏して下さいました。カノンがギターで演奏されるのは定番の内に入りますが、あの情熱的なボレロをギター一本でという演奏は聴き応えがありました。

 

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平山ヒデアキさん

 

また、歌と笑いでこの会の山場を作って下さったのは、胡浜三郎(えびすはまさぶろう)さんでした。1970年に、読売テレビの全日本歌謡選手権で、初代の10週勝ち抜きチャンピオンになり、その後プロデビューをした方ですが、最近は故郷の安芸高田市に戻って活動を続けています。実は、風貌が森進一に似ていることもあって、森進一の「物真似」さん「森進伍」としても人気のあるパフォーマーです。今回は、私たちにもすぐ森進一の物真似ができるテクニックを二つ教えてくれました。

 

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胡浜三郎 (森進伍) さん

 

もう後期高齢者になった上村さんですが、「それを機会にもう少し活動を控えめにしようか」とも考えられたのだそうですが、結局、元気な内はまだまだ頑張る決意に変えられたそうですので、今年も上村さんの呼び掛けで楽しい音楽やパフォーマンスのイベントが続くことになりました。そして上村さんのプロデュースで、多くの新人の皆さんが広島から巣立つ年にもなりそうです。

 

 

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2016年12月26日 (月)

『さくらの花よ 泣きなさい』

『さくらの花よ 泣きなさい』

 

このブログは「タウンNEWS広島平和 大通り」をお師匠さんとして立ち上げましたので、いろいろ影響を受けています。ということで書き出しも似てしまうのですが、「数学の苦手な国?そして「算数のできない国」に触発されて浮んだ思いを文字にしたいと思います。

 

特に心に響いたのは、「日本に再び桜は咲くのでしょうか」と、三浦サリーの『桜咲く』でした。

それは、荒木とよひさ作詞・三木たかし作曲の2008年の歌『さくらの花よ 泣きなさい』 (歌は保科有里、三木たかし、黛ジュン版があります)を思い出したからです。

              

               

 

この歌は、喉頭がんで手術を受ける前、つまりやがては声を失うことになる前に三木たかしが自ら歌ってレコーディングした「最後の曲」として知られています。恐らくその時点で死を覚悟していた三木に寄り添う気持を盟友の荒木とよひさが言葉にしたのだとしか読めない美しい切ない歌詞です。

 

でも、桜は日本という国の象徴でもあります。桜の花は市民一人一人ということになるはずです。国だから国民と言っても良いのですが、この言葉はあまり使いたくありませんのであえて市民と言い換えます。その視点から、三木・荒木という素晴らしい作詞家と作曲家の友情とは全く別の文脈で、しかも歌詞の一部を変えると、理想の国を探し求めながら、自分の国の情けなさに涙する歌に聞こえてしまったのですが、これは深読みが過ぎているでしょうか。もう一つ付け加えるとすれば、『さくらの花よ 泣きなさい』を最初に耳で聞いた時の印象としてはそう感じたという、まったく主観的な思いがあります。

 

実は、そう思ったのは、次の一節が原因です。

 

「心から嘘をつき また人を傷つけて

生きることの 恥ずかしさ」

 

本来の歌詩の中では、死を目の前にした自分が人生を振り返って懺悔の気持を表す言葉です。でも、ずっと昨今の政治を考えながら、その原因を探し上手く伝えるにはどうしたら良いのかを考え続けているために、現在の為政者に欠けているのが、このように自らを振り返り謙虚に自分たちの言動を省察しそれがどのような結果を招いているのかを市民の立場から客観視することなのではないか、と閃いてしまったのだと思います。

 

これほど素晴らしい楽曲を政治批判の言葉として自己流に解釈してしまうことが、詩と音楽に対する冒涜にならないことを祈っていますが、敢えて弁明すれば、『さくらの花よ 泣きなさい』を最初に耳で聞いた時に私の心に響いたのは、一人一人の人間の生と死の大切さだったのです。大きな権力を持つ人々にもこの歌の持つ真実を常に感じながらその権力を行使して欲しいと思ってしまったのです。

 

歌詞の中には繰り返し「泣きなさい」という言葉が出てきます。政治に絶望して泣きたいほどだという表現は使われますが、それを代弁してくれているようにも読めました。勿論、泣いてばかりいても政治は変わりません。どうすれば良いのでしょうか。

 

 

そろそろ大晦日も近付き紅白歌合戦も頭の隅にあったからなのかもしれませんが、武田鉄矢の『贈る言葉』も思い出しました。「悲しみこらえて ほほえむよりも 涙枯れるまで 泣くほうがいい」のかもしれません。絶望して泣き、怒りながら、しかし同時に、したたかにエネルギーを蓄えることも必要です。本当はそれを書きたかったのですが、いつもの癖で前説が長くなってしまいました。次回に続きます。

 

 

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2016年9月18日 (日)

高校最後の体育祭

高校最後の体育祭

 

土曜日は、下の息子の高校最後の体育祭でした。気合を入れて練習や準備をしていましたので、楽しみにして出かけました。体育祭日和と言ったらよいくらいの完璧なお天気で、リレー、騎馬戦、綱引き等、体育祭定番の出し物、そして少し趣向を凝らした試み等、中学生から高校生までの演技を堪能しました。

 

中でも特に楽しめたのは6年生 (中高一貫校なので、高校3年生はこう呼ばれます) の仮装行列でした。でも私たちの時代の仮装行列は、本当に「行列」だったのですが、今は違います。ステージがあり、舞台の背景は手作りの、とは言えかなり凝った移動式の大道具でした。全部で8組が登場しましたが、テーマはおとぎ話あり、映画やテレビをモチーフにしたパロディーあり、ゴジラやお祭りまでとバラエティーに富んでいました。

 

共通していたのは、音楽と踊りです。そして何よりも「ライブ」ですので、つまらないテレビ番組など足元にも及ばない迫力、そしてエンターテインメント性に溢れていました。その様子を、この記事でお伝えしようと最初は考えていたのですが、高品質のPAシステムに乗ったセリフと音楽、切れの良い踊り、その源である若いエネルギーを言葉で紡ぐだけの能力がありません。プログラムを見たら、業者の撮影したDVDがあるようですので、興味のある方はお問い合わせ下さい。

 

もう一つ、昔と今と大きく変わったのは、Tシャツです。これも今の言葉ではTシャツではなく、スポーツウエアなのかもしれません。とにかく、個性の表現の仕方も大きく変わっているのですね。「何でも鑑定団」に出演したことを紹介 した「亀仙人」もこうしたトレンドの仕掛人の一人だと思いますが、カラフルでメッセージ性のあるTシャツも、体育祭の主役の一角を占めていました。

 

色は勿論ですし、贔屓のタレントやグループ、スポーツチームや選手等の名前、背番号等をテーマにしてプリントし、それに自分のアイデンティティーを加えたメッセージがユニークです。それにちょっぴりユーモアも加味した楽しいTシャツも、素晴らしい一日に花を添えてくれていました。

            

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色もメッセージも多様です。髪の毛も一日だけ「特例」だとか。


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こんなに素晴らしいパフォーマンスのできる若者たちの創る未来に「祝福あれ!」。

 

そして最後に、ちょっとセンチメンタルになった親子のツーショットです。

 

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コメント

自由な校風は昔から有名でしたが、ブログ拝見して自由さが想像以上でした!存分に楽しんで、終わったらパッと切り替えるんでしょうね。親子バックショット、素敵です。

私も体育祭に最初から最後まで見ていました。体育祭での感動を文章にして頂き感激です。写真やDVDと一緒にこのブログも大切にファイルさせて頂きます。

「読者」様

コメント有り難う御座いました。自由な校風を大切にしている学校は昔も今も輝いているように見えます。受験にも役立つのかもしれません。

「体育祭」様

「親離れ」する時期と一緒なのかもしませんが、お母さんたちにとっては、特に意味のある体育祭だったようです。記録を保存しておくことも大切にしたいと思います。

2016年7月11日 (月)

十分条件的に考える

十分条件的に考える

  

 

予測のできた悪い結果を受け入れなくてはならない時、それも未練がましく、できれば予期せぬ事態が発生することも祈りながら確定的瞬間を迎え、嫌々ながら現実と向かい合うことになるのは、いくつになっても憂鬱です。しかも今回は、憲法改正の発議に必要な2/3の壁が崩れてしまったのですから、この結果はさらにじわじわと社会全体を侵食して行くことになるのかもしれません。

 

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だからと言って手を束ねている場合ではありません。戦争への道を直走りにしかも破廉恥に追い求める政権に対抗する世論を作らなくてはなりません。こんな事態になってしまったのは、主権者たる国民、その代表として力を行使できる立場にある議員をはじめとする公務員、様々な手段で多くの人に対する働きかけをしているオピニオン・リーダー、子どもたちに正確な知識を与え考える力を涵養する立場の教育者、多くの人の目に触れるという意味で、その言動が常に多くの人々に影響を与える芸能人をはじめとするマスコミやスポーツ界の人気者等々、多くの人々のこれまでの考え方や行動の結果だと言って良いと思います。

 

私自身、もっと違った手段であるいは表現方法で、あるいは違った仕事を通して、もっと大きな影響力を発揮できなかったのか等、特に公職を離れてから反省することしきりです。そして、改めて来し方を振り返ってみて愕然としたのは、憲法について、あるいは憲法をめぐる事態の深刻さに十分気付いていなかったことです。

 

とは言え、いわゆる護憲派の一人として、それぞれの時代に自らに与えられた立場からはみ出てまで、頑張ってきたという自負はありました。その私が深刻さを十分に認識していなかったと考えざるを得ないのですから、毎日新聞の調査で「2/3の意味を知らない」と答えた6割以上の人たちは勿論、知っている人でも、憲法をめぐる情勢がこれほど深刻であることに気付いている人は恐らく少数派なのだと思います。

 

もちろん、私も長い間「深刻」だとは思っていたのです。でもそんな言葉では到底表現できないほどの深刻さなのです。

 

私の悪い癖で、本題に入る前の口上が長くなってしまっています。それは、私自身深刻さに気付くのに、どのようなことをどう考えていたのかを説明したいからです。そのカギが、前回の命題についての図式ですし、「十分条件的な考え方」なのです。

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「衆議院・参議院とも改憲派が2/3以上を占めた」を命題「p」としましょう。「憲法改正の発議ができる」が「q」です。すると、今回の選挙の意味は「p q」が成り立つことなのですが、その先を考えて見ましょう。96条の規定では、国会での改正の発議を受けて、国民投票が行われ、過半数が賛成すると憲法が改正されることになります。

 

恐らく最初は、誰も反対しないようなマイルドな改正を行い、「憲法改正って、反対するほどのことはない」という印象を作る作戦が取られることになるでしょう。良く引き合いに出されるのが「環境権」です。そして、国民投票そのものに対する違和感がなくなり、投票率も下がったところで、本番の9条改正が出てくるというシナリオは、複数の人が予測しています。

 

このシナリオに待ったをかけるためには、世論が大切です。前に掲げた様々なプレーヤーの役割も大切になります。そのためにも、かつての失敗を振り返って、何ができたのか、中でも私たち一人一人には何ができたのかを考えられればと思います。

 

そのために今度は、「q」としては、「衆議院・参議院とも改憲派が2/3以上を占めた」を取り上げたいと思います。「p」の可能性はいろいろありますし、まさにその点が重要だと言いたいのですが、先ず、「小選挙区制が導入された」を「p」にしましょう。

 

次回は本題に入ります。

 

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