育児

2017年4月17日 (月)

宝塚市長選挙 ――中川現市長が圧倒的な支持を受け三選――

 

宝塚市長選挙

――中川現市長が圧倒的な支持を受け三選――

 

49日に告示され、16日に投票が行われた宝塚市長選挙で、中川智子現市長が圧倒的な支持を受けて三選されました。開票が始まってすぐ「当選確実」が出たほどです。

 

49日の午後1時から阪急宝塚駅前で行われた告示日の大集会には、主催者の発表では1000人近い人が参加しました。応援弁士も華やかでした。

 

               

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発言順に、穀田恵二衆議院議員、津久井進弁護士、阿部知子衆議院議員、辻元清美衆議院議員、山本太郎参議院議員、そして秋葉忠利前広島市長で、司会は元国立市長の上原公子さんでした。

 

国会中継やニュース等で顔馴染の方ばかりですし、一家言をお持ちの皆さんですから一人一人の発言時間が短く感じられるほどでしたが、合計一時間以上の集会は熱気に溢れていました。最初から最後まで、途中参加の皆さんで駅前広場は膨れ上がり、中座する人は一人もいなかったと「断言」できるほど熱心に中川さん支援の言葉に聞き入っていました。

 

国会議員としての様々な活躍についても、かつての同僚として具体的な例を挙げて中川市長の政治家としての業績が語られましたが、中でも特筆すべきなのは、東日本大震災そして熊本震災でも被災者の皆さんの立場を守った「被災者支援法」でしょう。

 

中川市長は、阪神淡路大震災後、ボランティアとして被災者の救援に当っていたのですが、当時の国の法律では被災者個人を支援することができず、あれだけの被害を受けながらそこから立ち直ることは、「個人的な責任」の範疇に入ることになっていたのです。事実、当時の村山富市首相は「自然災害により個人が被害を受けた場合には、自助努力による回復が原則」であると発言しています。

 

しかし、阪神淡路大震災の被害規模があまりに大きく、個人による生活再建では立ち直れない状況を前に、生協や多くの市民団体、オピニオン・リーダーそして政治家も動かし、1998年には議員立法として「被災者生活再建支援法」が成立しました。そのために中心的役割を果した議員の一人が中川智子さんだったのです。

 

そして8年前の宝塚市長選挙では、それまでの市長二人が汚職で逮捕されたという異常事態を前に、宝塚の汚名を挽回する目的で中川智子さんが立候補、きれいな政治と市民の立場での市政展開を期待した多くの市民の支持を受けて当選しました。

 

市長としての中川さん、つまり中川市長のこれまでの仕事振りも素晴らしいのですが、いくつか挙げておくと、市民病院の医師数を7年で75人から116人に増やし、救急車の受け入れ件数も2.2倍にすることができました。また、子どもの医療費は中学卒業まで無料にしましたし、認可保育所を8園作り定員を810人増やしました。学校給食は小中学校、養護学校の全37校で事項調理方式を採用しています。財政面でも、6年連続で正味の黒字で、実質単年度収支の合計は24億円です。そして3期目には、宝塚の文化・芸術の新拠点づくりを目指す施策を掲げています。

 

 

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今回の選挙も、これまでの二回同様応援に駆け付けましたが、多くのことを成し遂げた後の三期目ということなのだと思いますが、応援をしてくれる個人も組織も前より増えていました。特に初日の運動は盛り上げる必要があり、選挙カーの乗り手も十分すぎるほどでした。ということで、どうしても人手が必要な選挙事務所でのチラシの証書貼りを手伝ってきました。選挙中に配るチラシには、選挙管理委員会発行の証紙が貼られていないといけないのです。

 

その後、これまで行きたいと思っていた有馬温泉に

 

二日目の10日は、中川候補を推す市民団体の制作宣伝カーに乗り、市内の何か所かで中川候補のこれまでの活動や世界政治の中での都市の重要性等を訴え、中川候補への支援をお願いしてきました。

 

宝塚市民の皆さんからの反応は素晴らしいものでした。気を引き締めて投票日までこの長じて走り続ければ三選疑いなしだと確信できたのですが、結果はその通りになりました。これから4年の宝塚市の発展にさらなる期待を持っています。

 

 

 

 

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2016年12月21日 (水)

『ある家族』 12年前の『文芸ひろしま』掲載作品です


『ある家族』

12年前の『文芸ひろしま』掲載作品です

 

DVD『風よ吹け!未来はここに!!』の上映会と講演会で、中島環君の御家族のお話を伺いながら、12年前、たまたま目にしたエッセイが縁で胸に刻まれることになったもう一つの家族の記憶が蘇りました。広島平和文化センターが公募し、その中から選ばれた作品が掲載される文芸誌『文芸ひろしま』のノンフィクション部門で2位になった作品です。実はその当時、「春風夏雨」と名付けたメルマガで紹介したのですが、再度皆さんに御披露させて頂きます。佐々木家の皆さんがお元気でいらっしゃることを祈りつつ――。

 

           

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メルマガ「春風夏雨」原稿――第23

 

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秋葉忠利

 

 

『ある家族』

 

「春風夏雨」も23回目になりました。書き始めてからほぼ一年経った訳ですが、ひろしま市政のあり方や今後の方針等について理解する上で少しはお役に立ったでしょうか。今後とも、役に立つだけではなく、分り易く楽しいコラムを目指したいと思います。

 

さて全くの偶然なのですが、『文芸ひろしま』も今年3月に、堂々第23号を発行しました。財団法人広島市文化財団が、詩・短歌・俳句・川柳・小説・随筆・ノンフィクション・シナリオ・児童文学の9部門の作品を市民から公募し、入選作を一年に一度発表する場として発行し続けてきた文芸誌です。(次回からは二年に一度の発行)

 

毎年、感動的な作品に出会えることを楽しみにしてきましたが、今年も皆さんに是非読んで頂きたい作品がいくつもありました。全部紹介できると良いのですが、スペースがありませんし、それよりは『文芸ひろしま』そのものを手に取って頂きたいと思いますので、ノンフィクション部門で二席になった『ある家族』一つに絞って紹介したいと思います。

 

作者は佐々木志穂美さん。その内容は、選者の言葉を借りると「障害児三人を抱えた、肝っ玉ママと呼べばいいのか、もっぱら明るい」お母さんの「ほんのささやかな独り言」(この部分は佐々木さんの言葉)です。

 

私がこの作品を皆さんに勧める第一の理由は、文章内容共に新たな発見があり、読み始めたら最後まで止められないほどの引力があるからです。言文一致という言葉がありますが、話し言葉がそのまま文章になっているだけではなく、言葉にはならないけれども作者の頭の中に浮かんでくるイメージや思いがそのまま文章になっている面白さが、私には魅力的でした。その文章が右に行ったり左に行ったりしながらの臨場感溢れる記録なのですが、長男の洋平君が生まれてから14年間の佐々木家、特にお母さんの思いや成長振り、佐々木家の周囲の人々とのやり取りが、鮮やかに描かれています。

 

第二番目の理由は、その14年間を描くに当って、事実をもって語らしめている点です。例えば、「水分やどろどろにつぶした食事をひとさじずつ口に運ぶ作業に、長い日で一日八時間だっこしていた。知識もなく、どう育てたらいいのかわからなかったのだ。」という箇所があります。愚痴でも恨みやつらみではありません。淡々と事実があるのみなのですが、その一秒一秒の意味を考えずにはいられない一節です。

 

また、自分自身の心の動きを表現する際にも、語り手である作者はその対象になる自分自身を客観的に捉え、いわば第三者として突き放した上で、事実としての心の動きを追っています。演歌に象徴される自己憐憫の世界にはならないのです。とは言え、作者の視点は一行毎と言って良いほど変わります。いや、一つの言葉が二つの視点からの意味を伝えている箇所さえあるのです。しかし、どちらの場合でも、作者つまり観察者としての立場と観察される対象としての立場が上手く溶け合い、私には佐々木家のエネルギー源の一つになっているように思えました。少し大袈裟に表現すれば、人間の持つ可能性を信じられる箇所でもあるのですが、別の読み方も当然あるはずです。

 

第三の理由は、素直さです。外国の実話を元にしたテレビドラマの中で、ダウン症児の母が語ったという言葉を佐々木さんは引用しています。

 

「卒業旅行で、自分の乗った飛行機だけオランダに着いてしまった。みんなは、今、イタリアで何をしているだろう、そればかり考えて、今、自分の目の前にひろがっているチューリップ畑や風車のすばらしい風景を私は見てなかった。」

 

「そのとおりだと思った。――中略-―だけど、今思えば、当時はとてもそうはできてなかった。」と佐々木さんは書いています。しかし、現実を受け入れ、喜怒哀楽の全てを素直に受け止めひたむきに生きる素質が、元々、佐々木さんにはあったのか、あるいは14年という時間を経て身に付いたのか、恐らくその両方だと私は思いますが、『ある家族』を書いている佐々木さんはとても素直です。『ある家族』の清々しさは、ここに由来しています。

 

欲張っているかも知れませんが、次も期待しています。例えば、夫のヒロシさんならこの家族をどう描くのか、違った視点からの『ある家族』を読めたら素晴らしいと思っています。

 

以上、個人としての感想ですが、保育所や学校等の役割や、そこで働く職員、そして保護者等との関係、連携等についても改めて考えさせられました。『ある家族』だけでなく『文芸ひろしま』からも幾つかのヒントを得ることができました。この点については次回までにまとめて見たいと思います。

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 『文芸ひろしま』では、今も作品の公募を続けています。詳細は、こちらのサイトを御覧下さい。

 

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2016年12月18日 (日)

DVD『風よ吹け!未来はここに!!』上映会・講演会報告


DVD『風よ吹け!未来はここに!!』上映会・講演会報告

 

1217()午後1時から4時まで広島県情報プラザで開かれた、DVD『風よ吹け!未来はここに!!』の上映会と講演会の報告です。できるだけ多くの方に参加して頂きたいという思いから昨日、「お知らせ」をアップしたのですが、150人入れる会場は一杯で、主催者の皆さんが急遽、追加の椅子を並べなくてはならないほどでした。

                

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 3時間という長丁場でしたが、会場は熱気に溢れて、あっと言う間に終りの時間を迎えていました。一時間ずつの3部構成でしたが、最初は、今年完成したDVDの上映です。人工呼吸器とともに生きている6人の子ども・若者の日常生活の紹介、そして彼ら/彼女らの家族や保育園・学校の先生や同級生等、彼ら/彼女らとともに生き活動している方々の姿が「感動的」に「楽しく」描かれていることに感動しました。

 

出演者は6人ですが、会場でいただいたパンフレットを元に出演順に紹介したいと思います。

 

l 中島環君(4)――中枢性低換気症候群により、生後1か月から人工呼吸器を使用し3歳から広島市の吉島保育園に通っている。

l 巽康祐君(11)――ダンディウォーカー症候群により1歳から人工呼吸器を使用、現在は箕面市立豊川北小学校に通っている。

l 諾浦綾乃さん(11)――出産時の低酸素脳症により、出生直後から人工呼吸器を使用、滋賀県内の支援学校に通う小学生。スクーリングの回数を増やし自分の世界を拡大中。(なお、「諾浦」は「なぎうら」と読みます。)

l 平本歩さん(30)――ミトコンドリア筋症により生後6か月から人工呼吸器を使用。現在一人暮らしをしながら、ピアカウンセラーになるべく勉強中。バクバクの会・編集長。

l 岸本彩さん(28)――福山型筋ジストロフィーにより15歳から人工呼吸器を使用。現在、一人暮しを満喫しながら医療的ケア連絡協議会・代表。

l 折田涼さん(27)――脊髄性筋萎縮症I型により生後6か月から人工呼吸器を使用。現在一人暮しをしながら、医療的ケアの普及活動に取り組んでいる。NPO法人ポムハウス・代表理事。

 

60分のDVDの内容を文字でお伝えするのは無理ですので、YouTubeのダイジェスト版をまず御覧下さい。

 

第二部は二つの講演でした。最初は「地域で生きる教育とくらしをめざす会」代表の高松豊さんでした。1975年生まれの高松さんは先天性緑内障で生まれつき全盲。中学2年まで支援学級に通うが、中3で普通学校に通学。中四国地方初の点字受験で広島県立可部高校に合格。卒業後は支援学校の専門部であんま・マッサージ師の技術を習得し国家資格を取得。現在は病院に勤務しています。今年4月に結婚。

 

ユーモアあふれる前向きの講演で、機会があれば是非一度高松さんの話を聞いてみることをお勧めします。特に印象的だった言葉を三つ、そしてエピソードを一つ挙げておきたいのですが、一つは「障害は個性」だということ。ほかの個性について考えても同じ結論になるのですが、個性は制約であるのと同時に大きな機会でもあることを認識して、それをどう生かすのかが大切だという考え方です。

 

二つ目は「自立」の意味。すべてのことを自分でする、あるいはできるようになることを普通は自立と考え、高松さんもそう考えていたそうなのですが、ある時その考え方を変えた経緯をエピソードとともに話してくれました。結論だけ書くと、誰でも完全には自立できない。どこかで誰かに頼らなくてはならないことがある。そんなときに、躊躇せず自由に友だちなり周りの人に「これを頼む」と言える人間関係を作っておくことが、本当の意味での「自立」なのではないか。

 

三つめは、「ともに学ぶ」ことの大切さです。多様性を「知る」だけではなく、ともに生活し学ぶことでその意味を「体得」できる、そしてそれが誰にとっても生きる上で大きなエネルギーになるのですが、特に子どもにとって、「学ぶ」ことと「生きる」こととの重複が大きいことから、「学ぶ」を強調することが大切だという点を改めて学びました。

 

最後に、結婚して奥さんからの指摘で分かったこと。結婚前は、視覚障害のあるお母さんとの二人暮しだったので不便は感じなかったことなのだそうですが、家の中の電球があちこち切れたままになっていたこと。

 

講演の二つ目は、「たま君ファミリーのお話」でした。DVDの最初に出てくる中島環君のお父さん、お母さんそしてお兄さんの4人家族の生活について、心配だったこと、困難なことや苦労したことなどを中心に、訪問看護師の富永説子さんと一緒に語ってくれました。

 

生後すぐに、大腸が機能していない病気のあることが分り大腸摘出の大手術をしなくてはならないと医師から聞かされて失神してしまったこと。その後、今度は中枢性低換気症候群のために気管の切開手術の必要のあることも分り、その手術をすると声を失う可能性の高いことも知らされ、絶望的な思いをしたことも話してくれました。

 

保育園に通っているお兄ちゃんやその友だちと公園で楽しそうに遊んでいる環君を見て、御両親は環君も保育園に通わせたいと決意、人工呼吸器を携えての入園は例がないため、様々な困難さがあり、保育園の皆さんの努力とも相俟って、通園できるようになったこと、そして今では社会性も身に付き、一度は諦めていた声も出せるだけではなく、活発にお喋りできるようになったことなど、御両親の言葉も声音も抑制の利いていたこととも合わせて、感動的なお話でした。拙い筆では伝わらないと思いますので、中島夫妻のお話も、聞く機会があれば、是非一度お聞きになることをお勧めします。

 

3部は会場から6人の方の発言がありました。とてもユニークかつ勉強にりましたが、スペースの関係で割愛します。

 

学ぶことの大切さを再確認した会でしたが、まず「知ること」から始めるという姿勢が必要です。それを可能にしてくれた皆さん、今回の上映会・講演会のような「知らせる」努力を続けてこられた皆さんに、深く感謝しています。

  

 

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2016年9月12日 (月)

「平均的経路」も存在しません


「平均的経路」も存在しません

 

これまで「平均的○○」で取り上げてきた対象「○○」は、静的なものでした。つまり、時間という次元は抜きに、と言うより、時間的には t = a と表現したら良いのだと思いますが、その時点での身体的特徴等を対象にしてきました。しかし、現実の世界を理解する上では、時間も考慮に入れて観察することがしばしば重要になります。典型的な例は、人間の「成長」や「教育」です。

 

「経路」とは、例えば赤ちゃんが生まれてから、自分の足で立ち上がり歩くようになるまでにどのような変化を遂げるのかという、その期間の「成長」のパターンを指す言葉です。極端に単純化すれば、腹ばいになって「這い這い」をするようになり、そして「立ち上がる」そして「歩く」という経過を「経路」と言います。

 

教育とその後の仕事での経過を「標準的」な思考を元に辿ると、エンジニアとしての仕事をする人の場合、義務教育が9年、高校で3年、大学で4年の教育を受け、その後就職。まずは、見習いのエンジニア、シニア・エンジニア、プロジェクト・マネージャー、ある部門の部長、そしてエンジニア部門の副社長、といったような「経路」になるでしょう。

 

さて赤ちゃんの成長に戻ると、二本足で立って、歩き始めるまでの段階には「標準的」なモデルのあることが数十年にわたって信じられていました。多くのデータの「平均」を取ることとで、何歳何カ月頃に、先ず腹ばいになることを覚え、その後這い這いをして、立ち上がり、歩くようになるという順序もそれまでに要する時間も、疑いのないほど「明らか」だと信じられていました。

 

 

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育児書を読んで、もう今の時期には這い這いをしていなくてはいけないのに、「うちの子は少し成長が遅いのだろうか」とか、あるいは「標準より早いから、うちの子は天才かも」といった心配をしたり、誇りに思ったりした経験は多くの方が持っているはずです。

 

しかし、近年、キャーリン・アドルフという学者が、這い這いをする前の段階から立ち上がって歩くまでの赤ちゃんを詳細に分析して、このような標準的なパターンには収まらない成長のケースがほとんどであることを発見しました。例えば、這い這いする前に立ち上がる子もいますし、ある段階から次の段階に移るのに要する時間もまちまちでした。彼女は28人の赤ちゃんを観察して、25種類の異なった「経路」のあることを発見しています。

 

その詳細を説明する以上に説得力のあるケースを紹介しておきましょう。2004年に、デービッド・トレーサーという人類学者が20年以上関わってきた、パプア・ニューギニーの先住部族のAu(アウ)について発見したことです。アウの赤ちゃんたちは、這い這いをしないのです。その代り、お尻を下にして座り、上半身は立てたままの姿勢で、お尻で移動するのです。その次の段階では二本足で立ち、歩くことになるという「経路」が報告されています。

 

結論は、成長の過程での「平均的な経路」や「標準的な経路」は存在しないということです。しかし、こうした「平均的経路」や「標準的な経路」があるという前提で物事を考え、教育システムを作ってきたのが人類の歴史です。実はもう一つ、この先に大きな問題のあることも分っているのです。ローズ氏の著書でも、この点に力が入っています。

 

最後に、『The End of Average』の日本語訳を出してくれる出版社があるか、相談を始めたいと思っています。

 

 

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コメント

我が家の長男も乳幼児健康診査で、しゃべるのが「標準より遅い」と指摘されていました。もともと「平均」や「標準」を気にしないので「大器晩成」くらいに考えていましたが、幼稚園の参観日では、こちらが恥ずかしくなるくらいよくしゃべっていました。

教育制度についていえば、誕生日が1日違うだけで1年違う学年に入ることにも無理があるように思いますが、特に日本について言えば、学校教育の範囲があまりに広く、無理な平均化や標準化が行われているように感じます。

それが国家にとって都合の良い時代もあったと思いますが、もうそういう時代ではない、とも思います。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。「工場長」家とは違って、最初の子が生まれた時の我が家は日本語と英語の複数の育児書を買い込んで、我が子の育ち具合と、「標準的」な成長との比較を一生懸命にしていました。

その中でも、一番「標準的」だと言われていたゲゼル先生の本に強く影響されました。

日本と比較すると、アメリカの教育制度は、勿論完璧ではありませんが、多様な子どもたちに合わせていこうという姿勢はハッキリしていました。

2016年8月23日 (火)

子どもの貧困

子どもの貧困

 

 

NHKが放映した子どもの貧困についての番組が、実はねつ造、あるいはやらせではないかという疑惑がTwitter等で流され、片山さつき参議院議員まで登場して話題になっているようです。

 

「平和を共有するための朝鮮半島フォーラム」の報告に時間が掛かっていますので、今回は子供の貧困について、首都大学東京の「子ども・若者貧困センター」が作っている「貧困統計ホームページ」 のデータを引用して、何点かの問題提起をしておきたいと思います。

 

 私の下手な説明を付け加えるまでもなく、「貧困統計ホームページ」を見て頂ければそれで十分なのですが、そのためのPRとしてお読み頂ければ幸いです。

 

ネットでの批判は、NHKの番組に出演した高校3年生の「うらら」さんが、1000円以上するランチを食べていた等の (事実かどうかは分らない) 情報を元に、彼女が番組で「嘘をついた」そして「NHKのねつ造番組だ」という点が取り上げられています。

 

この点についてはNHKの方からきちんとした回答が片山議員に届くと思いますので、それを読んでから再度考えたいと思いますが、でも、仮に「ねつ造」だったとしても、子どもたちの6人に一人が貧困だという事実は変わりません。

 

今回はNHKの肩を持って考えたいのですが、そもそもNHKの担当者がこの番組を作ったのは、その事実がほとんど知られていない上に、対応する法律が作られたにもかかわらず事態があまり改善されていない実態を知らせたかったからなのではないでしょうか。「うらら」さんがテレビに出演したのも同じ理由でしょう。

 

例えば、東京新聞の報道 によれば、国が2億円の広報費を使って創設しようとした「子供の未来応援基金」には、個人として4億円を寄付した河野経夫さんと敏子さんの他には2億円、合計6億円しか集まっていないそうですし、新聞の記事を引用すると、河野さんは「経団連に所属するような大企業が本気になれば、年間数十億円ぐらい集まってもおかしくない。日本の将来を考えて、積極的に寄付してほしい」と話している、そうです。

 

こうした本来の意図に重きを置いて、改めて子どもたちの置かれている状況を理解し、大人として、未来の子どもたちのためにできることをするのが政府そして私たち大人社会の責任だと思います。

 

現状の把握に戻りましょう。「貧困」の定義や日本全体の貧困については「貧困統計ホームページ」を御覧頂くこととして、貧しい生活を送っている家庭、そして子どもが多くいるという事実を数字で見て見ましょう。ホームページの最初のグラフです。

             

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 6人に一人は貧困状態の生活をしているのです。しかも、この数字の出所は厚生労働省です。万一、仮にNHKの番組作りに問題があったとしても、こちらの数字には変わりはありません。それに集中すべきなのではないでしょうか。

 

それ以上の問題があることは、次のグラフが明白に示しています。

 

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「再分配後」というのは、貧富の格差を是正するために、政府が行う施策の効果によって、貧困率がどうなったのかという結果を示しています。2006年は、政府の施策の結果、貧困率がなお高くなってしまっています。ここが問題です。

 

2009年と2012年には、この逆転現象はなくなっていますが、それだけで喜んではいられません。貧困率そのものが高くなっているからです。再分配しても6人に一人という歴史上最悪の現実は変わっていないのです。

 

NHKの番組にあれほどの関心を示している片山議員は、子どもたちの置かれている貧困状況が心配で、子どもについての番組に一点の曇りもあってはならないと考えて発言されているに違いありません。そうだとすれば、今後、子どもの貧困解消のため、所属する自民党、官僚組織そして現内閣にも厳しい注文を付けて大車輪で活躍し、子どもの貧困対策の大転換を図ってくれるであろうことに期待しています。



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