経済・政治・国際

2018年2月 8日 (木)

アメリカの核態勢見直し  ――日本政府を動かすために――


アメリカの核態勢見直し

――日本政府を動かすために――

 

核態勢見直しを撤回させるためにアメリカでも活発な動きが起きていますが、日本政府の果せる役割が大きいにもかかわらず、トランプ政権そしてアメリカの軍産複合体に迎合する声しか出せない今の安倍政権は情けない限りです。

 

それを支えている河野外務大臣や岸田前外務大臣の罪については前回言及しましたが、ではどうすれば良いのでしょうか。一緒に考えて行きましょう。

 

国政選挙で、野党、特に安倍政権による軍事国家化や改憲に効果的に立ち向かってくれる政党に勢力を伸ばして貰いたいのは勿論ですが、それが、日常的な様々な努力の総合的な結果として実現できるよう、取り敢えず実行可能で少しは効果がありそう (だと私には思える) なアイデアを二つ三つ提案してみたいと思います。このような活動を既に実行されている方がいらっしゃれば、どうすればこのような活動を立ち上げられるのか、御自身の活動強化につながる協力の仕方にはどんなものがあるのか等について具体的なアドバイスを頂ければ幸いです。

 

 「外務大臣ウォッチ」を組織して、外務大臣ならびに外務省の活動についての市民レベルからの批判と提言を行う――特に、岸田氏や河野氏は、大臣就任前から広島の被爆者やPNNDの代表として、核兵器問題についての発言をしてきていますので、過去の発言と、大臣就任後の発言との整合性をチェックし、外務省ならびに外務大臣が、被爆者や平和を求める市民の立場から真摯に仕事をするように、タイミング良く提言をしたらどうでしょうか。

 

同時に、何よりも大切なのは、日本の外務大臣が日本の国民の利害関係のみならず、日本国民の意思を代弁して仕事をしているかどうかです。「核抑止論」というような抽象的お題目を究極的な目的として掲げることが、具体的な個々の政策として実施された場合、日本国民の意思を踏みにじっているかどうかを検証し、その結果をきちんとまとめた上での提言をすることは、憲法の精神を守るためにも、国民の人権擁護のためにも必要不可欠です。

 

そのためには、複数の市民や専門家のイニシャティブと協力が必要です。まず何人かで組織を立ち上げ、活動を始め、少しずつ活動を広げられれば、効果は挙がると思います。マスコミの協力も大きな力になるはずです。何方か手を挙げて頂けると素晴らしいのですが――。

 

                 

Ministryofforeignaffairsjapan03

           

外務省のホームページから

 

 「核軍縮・核不拡散議員連盟」の地方版を組織する――PNNDは国会議員の集まりですが、市町村などの自治体単位で、同じような趣旨の議員の集まりがあれば、その地域の平和活動家や平和運動組織と一体になって、強力な発信ができるのではないかと思います。「平和首長会議」や「非核宣言自治体協議会」との連携も考えられますし、PNNDを支えての世界的な連携も可能になると思います。そのためには、現職の自治体議員何人かの方が、最初に動いて下されば理想的ですが、議員の忙しさを考えると、複数の市民や専門家が何人かの議員に働き掛け、協力して組織を立ち上げ、なお活動のサポートをするという道筋でも良いのではないでしょうか。何方か手を挙げて頂けると素晴らしいのですが――。

 

 「○○から平和を発信するマスコミOBのブログ」のような、インターネット活用の平和情報の発信や意見交換を、職種別のグループで始める――一人でブログを書くのは大変ですが、何人かで分担すれば内容的にも面白く、多角的なアプローチのできる発信ができるはずです。もちろん、現職の皆さんが、核廃絶に絞った活動をして下さっても良いのですが、OBの皆さんの持つ時間を有効に活用して頂ければ素晴らしいと思います。

 

 上記のようなアイデアを元に、SNSを活用してのより効果的な発信を行う――私の力では、ブログが精一杯ですが、その他のインターネット・メディアを活用することで効果的な情報収集や発信ができるのではないかと思います。知恵を貸して下さい。

 

以上、夏井いつき先生の「多作多捨」の精神で、とにかくアイデアを書き出してみました。皆さんの御意見をお聞かせ頂ければ幸いです。

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2018年2月 7日 (水)

アメリカの核態勢見直し  ――NPRを撤回させるためのアメリカの動き――


アメリカの核態勢見直し

――NPRを撤回させるためのアメリカの動き――

 

アメリカ政府の「核態勢見直し」 (略してNPR) が、核兵器使用への道を大きく開き、核戦争の可能性を増すこと、ひいては人類滅亡へ転がり落ちるかもしれないという危機感は、被爆者は勿論、世界中の平和団体が共有しています。一度は発表されてしまっていても、それを撤回させ核廃絶の方向に舵を切り直させるための努力が必要です。

 

アメリカでは、NPRならびにトランプ大統領の核兵器に対する姿勢が、核の先制使用に直接つながらないように、議会が宣戦布告の決議をしない限り大統領といえども核兵器は使えない、という趣旨の法案を、エド・マーキー上院議員とテッド・リュー下院議員が提出しています。

 

             

Edward_markey_official_portrait_114

               

By U.S. Senate Photographic Studio-Rebecca Hammel [Public domain or Public domain], via Wikimedia Commons

 

さらに、マーキー上院議員とアール・ブルーメナウアー下院議員が、SANE Act (Smarter Approach to Nuclear Expenditure--核関連支出についてのより賢明なアプローチ法) を提案しています。「sane」は、正気のという意味もありますので、それを略称として使うことでこの法案の意味を伝えています。 内容としては、今後10年間で、核関連予算を1,000億ドル削り、同額を環境関連分野に使うというものです。

 

議会では少数派である民主党議員による提案ですから、過半数の賛成を得るのは難しいにしろ、NPRの内容があまりにも絶望的であるだけに、共和党の良識ある議員たちの中からはこれらの法案に賛成する人が現れてもおかしくはありません。そのために、自分たちの選挙区・州選出の議員たちに働き掛ける運動がアメリカでは起きています。

 

こうした法案を提出してアメリカ議会でリーダーシップを発揮しているマサチューセッツ州選出のマーキー上院議員は、核軍縮・核廃絶を目指す世界的組織である「PNND(核軍縮・核不拡散議員連盟)の共同議長です。PNNDは、核兵器禁止条約の採択に当っても大きな役割を果しました。

 

国際組織ですから、日本支部もありますが、それは「核軍縮・核不拡散議員連盟(PNND)日本」です。その会長は河野太郎外務大臣なのですが、彼は、NPRが核抑止力を強化するものとして歓迎する見解を直ちに発表しました。「PNND日本」の立場とは相容れないどころか、その対極に位置する考え方です。そして、世界の核状況を悪化させました。終末時計は過去最悪の「二分前」まで進んでいますが、それをさらに悪化させている罪は計り知れません。

 

 

Taro_kono_201510

官邸ホームページから

 

爆心地が自らの選挙区の一部である岸田文雄代議士も外務大臣になると、被爆者や被爆地を裏切って、核兵器禁止条約に反対する等の言動を続けてきました。これも終末時計が「人類滅亡2分前」までになった原因の一つです。河野太郎代議士も外務大臣になると自分が会長を務め、核廃絶のための様々な活動をしてきた「PNND日本」を裏切っています。それほど外務省の力が強いのかも知れませんし、外務省は単にアメリカ追従をしているだけなのかもしれませかが、それも視野に入れて、安倍政権の核政策を変えさせるための努力を続けなくてはなりません。

 

ではどうすれば良いのか、次回は、思い付くままにいくつかのアイデアを皆さんと共に検討してみたいと思います。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

 

広島ブログ
広島ブログ

2018年2月 6日 (火)

アメリカの核態勢見直し  ――「使いたい」という思いをブロックできるのは――


アメリカの核態勢見直し

――「使いたい」という思いをブロックできるのは――

 

アメリカ政府が「核態勢見直し」(米・国防省の訳では「核態勢検討」ですが、略して「NPR)を公表しました。その内容は少し前から知られており、125日に『原子科学者会報』が、毎年発表する「終末時計」の針を「人類滅亡2分前」と、過去最悪の状況として表現したのも、このNPRの内容が元になっていました。

 

一言でその内容を要約すれば、トランプ政権は核兵器を使いたくてしようがないことを滲ませつつ、そのための口実作りと核兵器予算全ての膨張と核政策の拡大を明確にした文書だと言えるでしょう。北朝鮮の核やミサイル開発、そして安倍政権の支援が視野に入っていることは、国防省のホームページに用意されているエグゼクティブ・サマリーが、ロシア語、中国語、韓国語、フランス語の他に日本語にも訳されていることに反映されています。(国連の公用語であるスペイン語やアラブ語が入っていないことにも注意して下さい。)

 

                   

Photo

         

 

日本語のページに行くには、次のURLをクリックして下さい。

 

https://media.defense.gov/2018/Feb/02/2001872891/-1/-1/1/EXECUTIVE-SUMMARY-TRANSLATION-JAPANESE.PDF

 

NPRの内容については既にマスコミの詳しい報道が出ていますので、「口実」として使われている部分は省略して、アメリカ政府の意図と今後どんなことをしようとしているのかに絞ってまとめておきたいと思います。

 

まず、「抑止力」を強化するという名目ですが、そのために、核の小型化や柔軟な対応ができるようなシステムの開発・導入を謳っています。そのために必要とあればいつでも地下核実験を再開できるような態勢を続行、さらに、1メガトンを超える最大級の核兵器のお蔵入りも延期する方針です。

 

「小型化」の一例として、0.1キロトン級の「ミニ・ニューク」の使用が挙げられます。広島・長崎の原爆は十数キロトンですので、その100分の一の大きさです。都市全体ではなく、一ブロックだけの破壊、戦車隊の殲滅と言った規模の力を持つ核兵器です。つまり大都市全て、あるいは一国、あるいは電子コミュニケーション機能の壊滅、という規模の核兵器の使用ではなく、戦況を有利にする兵器という意味で「戦術核兵器」と呼ばれます。

 

こうした規模の核兵器を「使用可能」と呼んで使うという方向性がNPRには盛り込まれています。しかし、「使用可能」という思い込みに反して、小さい核兵器でもそれを使えば、核兵器を使ったという事実は残ります。となると、核の先制使用はしないと明言している国、例えば中国が核兵器を「正当に」使って良いという口実を与えてしまいます。

 

そして、北朝鮮が「仮に」そんな攻撃を受けたと仮定すると、大陸間弾道ミサイルの技術が完成していればアメリカを攻撃するでしょうし、完成していなければ、そして最終的に勝ち目はないと分っていても「腹いせ」に、より近い国々、つまり韓国、日本、オーストラリア等を攻撃目標にする可能性は十分にあります。

 

さらに、一度核兵器を使ってしまえば、それがエスカレートして行くことは通常兵器と同じです。いやそれ以上だと考えた方が良いでしょう。行き着く先は、最終的に人類が滅亡する規模の核兵器のやり取りだということは、お分り頂けると思います。

 

通常兵器による戦争を奨励する積りは毛頭ありませんが、都市の一ブロックを破壊するのが目的なら、核兵器ではなく通常兵器で十分です。そして太平洋戦争では、原始的な焼夷弾で事足りたではありませんか。

 

このように、人類全体が巻き込まれ、滅亡の危機に晒される可能性の原因になっているNPRをアメリカ政府に撤回させ、「正気の」世界観を取り戻させるためには、特に日本政府の役割が重要です。日本政府が、トランプ大統領に対して「唯一の被爆国としての提言は、NPRを撤回して、核兵器禁止条約を署名・批准することしかない」と建言すれば、世界は動きます。

 

しかし、日本政府の頑なな姿勢は皆さん御存知の通りです。それを変えるためには何ができるのか、次回から皆さんと一緒考え見たいと思います。アメリカでは何が起きているのかもお浚いしたいと思います。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

JAXAは3kgの衛星を乗せた長さ9.54mの電信柱ほどの大きさの小型ロケットの打ち上げに成功したそうです。
それもキャノン電子が参加し民生品を使ったことで、5億円の制作費で済んだそうです。

またアメリカの物理学者は「プルトニウム原爆は最新技術では1.5kg、途上国の技術でも2kgでの超臨界が可能である。
またウラン原爆は爆縮方式なら3-5kgでの超臨界が可能と見られている」
と発表したそうです。

衛星の落下速度はメチャクチャ早く、とてもミサイルでは撃ち落せないそうですから、
その2つを組み合わせて、原発に打ち込めば、世界を簡単に破滅させることができるということになりますね。

そんな面倒くさいことをしなくとも、
直接小型ロケットを原発に打ち込んだ方が簡単か。
世界中の原発が射程距離に入りますね。

あな恐ろしや、恐ろしや・・・

「ロケットマン」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃる通り、本当に攻撃したいのであれば、手段はいくつもありますし、お金を掛けなくても済むものも多くあります。にもかかわらず、「戦争教」とでも言ったら良いかもしれない世界観で世界支配をしている人たちには、大きな利益があるということでしょう。それに対抗出来るのは、私たちのはずなのですが---。

戦争教、
確かに、そんな感じもありますね。
韓国には原発が4ヶ所、約40基くらいあり、電力の30%くらいをまかなっているようですが、
北朝鮮がその気になれば、通常ミサイルで簡単に破壊することは可能でしょうが、
そうなれば、韓国は破滅するでしょうね。
それをやったら、北朝鮮はアメリカ、それこそ中国からも報復を受け、破綻するのは目に見えています。
戦争になりそうだといいつのることが、アメリカ、北朝鮮、韓国、日本の企業にとってもベストだいうことと、
同時に時の政権を維持するにはベストだという思いがあるのではないでしょうか。
それはまさに戦争教といっていいでしょうね。

「戦争教」様

コメント有り難う御座いました。

「戦争になりそうだ」「敵の攻撃から国民を守らなくてはならない」と言った掛け声で、高価な戦争用の兵器や機器を調達し、あり得ない事故で数十億、数百億の単位のお金が飛んで行ってしまうという無駄もあります。

ここ数週間の出来事を振り返ると、今、私たちの生活を脅かしているのは、気候変動による雪や寒さの被害であり、地震や噴火の被害ですね。可能性の低い軍事的侵略に備えるためだという名目で軍隊を正当化するのではなく、必要性は疑う余地のない、そしてあまりお金を掛けて来なかった、自然災害の救援を主な仕事にする強力な組織こそ必要なのではないかと思います。

それを整備するのには改憲の必要も全くないですし。

2018年1月28日 (日)

野中さんの思い出 ――衣鉢を継ぐ政治家は誰か――


野中さんの思い出

――衣鉢を継ぐ政治家は誰か――

 

野中広務さんが逝去されました。92歳ですが、出来れば100歳までも生きて、厳しくも的確なアドバイスをし続けて欲しかったという気持です。

 

1990年に私が衆議院選挙で初当選した時に、社会党の一年生議員30人ほどの仲間が集まって政治を新しくするための政策集団「ニューウエーブの会」を立ち上げました。最初にしたことの一つが、「先生と呼ばない呼ばせない」運動です。政治家だという理由だけで、「先生」になってはいけないし、そう呼ぶ人がいたら、自分たちは対等の関係で仕事をする決意だという説明をするという趣旨でした。

 

しかし、政治の世界でも、自然に「先生」と呼びたくなるような人格者や、後に付いて行きたくなるお師匠さんのような人が沢山いました。例えば、元衆議院議長だった故田村元「先生」ですし、野中広務さんも立派な先生でした。でも、野中さんは「さん」なのです。

 

             

Hiromu_nonaka_199807

               

 

人情味あふれる人柄で、同時に戦争と平和、憲法の価値、弱者とともに歩むといった基本的姿勢については揺るがぬ信念を貫き通す頑固な人でもありました。大物政治家の持つべき資質として必要不可欠な「政治力」については、万人の認めるところですので、多言はしなくても良さそうです。

 

私たち、当時、社民党の議員として行動を共にしていた何人かが野中さんの下へ集まるようになったのは、彼が、1997年4月に「日米安保条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員長」として、委員会報告を本会議でした後でした。沖縄の米軍基地確保のための特別措置法でしたが、報告が形の上では終ってから野中さんは、かつて沖縄を訪れたときに宜野湾市の嘉数の丘で、タクシー運転手から聞かされた言葉「お客さん、あそこで、あそこで、私の妹は殺されたのです。アメリカ軍じゃないんです」を前置きにして、最後に、「この法律がこれから沖縄県民の上に軍靴で踏みにじるような、そんな結果にならないようことを、そして、私たちのような古い苦しい時代を生きてきた人間は、再び国会の審議が、どうぞ大政翼賛会のような形にならないように若い皆さんにお願いをして、私の報告を終わります。」で締め括りました。

 

この一節は、国会の議事録から削除されてしまうのですが、削除すること自体、国会として恥ずべきことだと思います。それはさておき、演説中の「若い皆さん」に私たちも入るはずだと考えて、現宝塚市長の中川智子さんたち一緒に野中さんに会いに行ったのが、始まりでした。

 

何度かお会いする内に御自分の体験を元にいろいろなことを教えて下さいました。「自分たち子どもたちの子守をしてくれたのは、朝鮮人の女性だった。当時、忙しく立ち働いていた両親が子どもたちのためにと考えた結果だった。この女性がとても優しい人で、いっしょにご飯を食べたり、いっしょに寝たりもしたことが、朝鮮の人たちへの私の原点だ。」

 

そんな雰囲気で、野中「先生」ではなく、兄貴分的な感じで野中「さん」と呼び続けましたし、相談事にも乗って貰いました。

 

議員を辞めて広島市長選挙に出るときも相談しましたが、まず、強く引き止められました。私としては、広島市長の世界的な意味や被爆者のメッセージを後世に残す意味などを説明したのですが、その後に、「選挙には勝てるのか?」という厳しい一言がありました。「勝てます!」と答えましたが、勝つためには何でもするという決意を固めさせるための戒めだったのかもしれません。

 

そして、選挙が始まると、「内閣官房長官 野中広務」という銘の入った自筆の檄文を贈って下さいました。

 

そして当選後にはお祝いの一席を設けて下さったのですが、そこでのアドバイスは「議員と首長は違う。議員の立場での発言はいくら鋭くても問題はない。でも、首長の発言で最も気を付けなくてはならないのは、議員を侮辱してしまうことだ。本人にそう聞えてしまったら、それは侮辱になってしまっている。君ならし兼ねないから、注意すること。」でした。

 

これは、首長と議員との関係だけではなく、私の対人関係についての兄貴からの親身の諫言でした。でも、なかなか野中さんの意に沿うのは難しく、ようやく最近になって少しずつ改善の徴が見えてきたような気がしています。

 

数多の思い出を噛みしめつつ、野中さんの御冥福を心からお祈り申し上げます。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

野中広務氏とそのような接点がおありだったとは。
アキバ・ウィークリーにニューウエーブの会、なつかしいです。
あの頃のことなら「社会党」表記のほうが。
(昔の名前でいいじゃん=党名もどしなよ派、なもので)
今日のTBSサンデーモーニング→ 野中氏ミニミニミニ追悼。
国会でのVTR『...若い皆さんにお願いをして... 』→ これですかしら。
その前を映す気骨が局側に、あるわきゃないかTBSでも。
2003『渡邉恒雄 メディアと権力』by魚住昭がおもしろかったので、
2004『野中広務 差別と権力』を。
ナベツネと比べること自体ナンセンスながら、読み物としては少々地味でした。
それがかえって野中氏らしいか。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。紛らわしい書き方をしてしまい、申し訳ありません。「ニューウェーブの会」の時は社会党でしたし、その頃の仲間も多くいて一緒に行動していました。中川さんたちが当選したのは、社民党に変ってからですので、そのあたりの線引きをきちんとしておくべきでした。御指摘に沿って、社会党と社民党の違いが分るよう、少し書き直しました。有難う御座いました。

『渡邉恒雄 メディアと権力』by魚住昭と『野中広務 差別と権力』の御紹介、有難う御座います。追悼のためにも、野中さんについてのこの二冊、読んで見る積りです。

風貌からタカ派に見えていましたが、ハト派でしたよね。
好き嫌いは別にして、政治家らしい方が減りましたよね。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

そうですね。小選挙区という酷い制度のせいもありますが、小粒で個性のない政治家ばかりという感じさえします。

2018年1月27日 (土)

世界終末時計 ――1947年からの71年間で、一番滅亡に近い年が2018年です――


世界終末時計

――1947年からの71年間で、一番滅亡に近い年が2018年です――

 

「世界終末時計」は、英語の「Doomsday Clock」の意訳です。「Doomsday」とは、人類滅亡の日を指しますので、「人類滅亡時計」でも良いのですが、一般的には「世界終末時計」が定着しているようです。それは、今現在が、人類滅亡の日・世界終末の日にどのくらい近いのかを示す時計です。

 

今年は人類滅亡二分前です。昨年、核兵器禁止条約ができたとはいえ、北朝鮮の核兵器やミサイルの開発、そしてトランプ大統領の挑発的な言動等を併せて考えると、いつ何が起きても不思議ではない状況だということを示している「二分前」だと思います。そして最近の荒天と気候変動との関係も示しているように、そちらの影響が人類を終末の方向に押しやっているという点も、指摘されています。

 

               

2_minues_to_midnight

             

 

1947年以来、人類が共有し、ある年には危機的状況であることに絶望感を持ち、それでも事態の改善に努力し、またある年には雪融けの訪れにチョッピリは安堵したりという、多くの人々の思いを代弁するシンボルとしてのこのアイコンは、『The Bulletin of the Atomic Scientists (原子力科学者会報) という、原子力科学者たちの専門誌が創りました。

 

毎年125日に発表するのが恒例になっていますが、1989年からは、環境面からの影響も勘案して、どのくらい終末に近付いているのかを決定しているそうです。

 

昨年は、世界の終末2分半前でしたので、今年の方がより危機的な年になったことが分ります。そして、1947年以来、「2分前」になったのは一度だけ、米ソの核軍拡競争が激しかった1953年しかありません。

 

念のために、71年の間に人類はどのくらい「滅亡」に近付いたのか、振り返ってみましょう。

 

 

Photo

 

国際的な緊張が一番緩んだのは1991年、終末時計は、終末まで17分を示しています。ベルリンの壁崩壊に象徴されるソ連邦の解体と、東西の雪融けに多くの人が期待した結果ですが、その後、終末時計は右肩下がりで、人類滅亡に近付いていることを示しています。

 

その理由の一つは、ただ単に核兵器の危険性だけではなく、気候変動による地球環境の激変もカウントされていますし、新たな技術による人類滅亡の可能性等も考慮されています。

 

より詳しくは、『The Bulletin of the Atomic Scientists』のホームページをお勧めします。定期的にアップデートも送って貰えます。記事を一つ読むだけでもかなりの勉強になりますので、その活動を支援するための寄付も検討して頂ければ幸いです。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2018年1月26日 (金)

相撲協会評議員会議長の思考 ――モンゴルは平和を大切にする国です――


相撲協会評議員会議長の思考

――モンゴルは平和を大切にする国です――

 

公益財団法人では、評議員会が法人の最高議決機関ですので、その議長はその法人の最高責任者と言って良いでしょう。理事会と理事長は業務執行の責任者です。ということから公益財団法人・日本相撲協会の評議員会議長は、相撲協会の「意思決定」の最高責任者です。つまり、議長の言葉は相撲協会としての公式の考え方を示していると考えられます。

 

その池坊議長が『週刊文春』のインタビューで、白鵬の張り手やかち上げについて「理事会で取り上げるべきこと」という見解を示した上で、

 

「(モンゴル人は)狩猟民族だからね。勝ってもダメ押ししないと殺されちゃう。良い悪いは別にして、DNAかもしれないわ」

 

と述べています。張り手やかち上げについて、相撲協会としてのきちんとした対応を理事会で決めるべきだという点には賛成ですが、その理事会を指導する立場の評議員会として、その後のモンゴル人についての断定は頂けません。最低限、無知に基づいた決め付けは避けるべきでしょう。その視点からの問題提起です。

 

池坊議長の決め付けをまとめると、一つの国や民族の行動の原理原則は、DNA、つまり、その国や民族を構成する人々の生物学的特性によって動かし難く決まっているという前提があります。だから、その集団に属する個人の言動もそれに縛られている、という結論になります。

その延長線上で、「○○人種は劣っている」とか「××人種は他のどの人種より優れている」といった主張が歴史的には何度も現れてきました。ヒットラーがその典型です。池坊発言には、それほどの悪意も意図もなかったと信じていますが、DNAやモンゴルについての無知は指摘しておかなくてはなりません。

   

Dna_2

        

By Forluvoft (File:DNA simple2.svg) [Public domain], via Wikimedia Commons

         
   

 その前に、相撲協会として自覚できなかった、それ以上に協会そのものに浸み付いてしまっているかのように見える「暴力容認」体質から目を逸らさせ、「暴力容認」は相撲協会や親方、そして各部屋の「伝統」とは無関係、という印象を作りだすことになっている点も問題です。

 

さて、DNAを問題にするのなら、これは科学的に検証可能な事柄なのですから、そちらの知見を活かさなくてはなりません。

 

モンゴルと言えばチンギス・カンや彼の孫のフビライ・ハーンが有名ですが、彼らとDNAとを合わせて考えると、次の事実が頭に浮びます。それは、世界の男性の中で、チンギス・カンのDNAを受け継いでいる人の率が高い、そしてその人たちは日本にも住んでいる、という遺伝学者の主張です。だとすると、日本人の中にも狩猟民族の血が流れていることになるのですから、白鵬だけを特別視するのはおかしいということになります。

 

さらにある国の特徴を一言で表現する場合、「狩猟民族」か「農耕民族」かという、概念化や定義の難しい基準を使うのではなく、例えば選挙によって選ばれた政府が一国の政策としてどんな立場を取っているのか、それも国連という比較可能な場を通しどのような主張をしているのかを物差しにした方が信頼度は高いと思うのですが、如何でしょうか。

 

例えば、現在のモンゴルの外交政策で世界的に注目されているのは、一国で「非核兵器地帯」として国連に認定されている事実です。世界的に、南半球は全て非核兵器地帯条約を批准していますが、北半球では、中央アジアと東南アジア、そしてモンゴルだけです。一国だけではあっても、条約と同じ強制力を伴った形で核兵器反対の立場を明確にしている国、そしてそれを支持している国民や民族は、核兵器を保有したり、核兵器を使うという前提で国際問題に対処している国より「非暴力的」かつ「平和的」だと言って良いのではないでしょうか。

 

Photo_3

青の地域は、非核兵器地帯です

By Original uploader: JWB (File:BlankMap-World6.svg with recoloring.) [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

 

そして、モンゴルは、201777日に採択された核兵器禁止条約にも賛成票を投じています。御存知のように「唯一の被爆国」であることを標榜している日本は、これに反対しましたし、条約案をまとめるための努力に対する積極的な妨害もしてきました。

 

こうした結果だけを見て、非暴力支持のモンゴル、暴力を肯定する日本、と結論付けることも可能です。

 

もちろん、平和憲法の下に国際的な立ち振る舞いを規制してきた日本という国家が、平和国家だという主張も、(安倍政権でそれが崩れつつあることを差し引いても) 世界的にはまだ認められていると考えられます。

 

となると、平和憲法による評価では世界が一目置いていた日本を、核兵器禁止条約という画期的な出来事を通して眺めると、その影が薄れ、一国非核地帯を宣言したモンゴルの方が、非暴力・平和という分野では先んじていると見られているというまとめは、かなり正確な国際的評価の要約になります。

 

仮に、個人個人の行動が、一国の「社会」や「民族」の特性の結果であるという因果関係が存在すると仮定すれば、非暴力・平和というレベルではそれほど差がない、あるいはより非暴力的な国出身の力士が、土俵の上では、日本人力士より暴力的だという結論にはなりません。

 

ましてや、「狩猟民族」だからという「原因」によって、土俵の上での暴力的行動が生れる、という「因果関係」が存在するとの主張には無理があります。

 

最後に付け加えておくと、1990年代から、ジャック・ウエザーフォードという人類学者・歴史学者によって、各地に散逸していた多数のモンゴルの歴史文書の比較考量・読み解きが行われました。その結果、チンギス・カンについての多くの新事実が発見されています。例えば、女性の能力を高く買って、政治的にも高い立場に登用したことや、宗教の自由という概念もチンギス・カンが、自ら支配した地域に導入した法的な概念で、それが、アメリカにまで伝わって、トマス・ジェファソンの力でアメリカの憲法に取り入れられた、といった歴史です。

 

となると、モンゴルの歴史からは、寛容で多様性を尊重するという価値観を大切にしていた民族だ、と考えることも可能です。ジャック・ウエザーフォードの調査・研究の成果については稿を改めて御紹介します。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

最近の相撲協会をみると公益法人より指定暴力団の方が相応しいように思えます。

この方の考え方なら、家元制の中で生まれ育った人が、平等な立場で判断すべき評議会に所属するのは間違っているとなるでしょうね。
評議会にしても横綱審議会にしても、とても偏っているように感じます。
相撲協会は、税金対策のためだけの公益法人に見えます。
認可を取り消すべきですね。
国民から税金のように徴収されたNHKの受信料金が、放映料として使われているのですから、儲かったお金は税金として徴収し、社会に還元すべきです。

相撲協会もNHKも国から様々の保護を受けているようですが、
もう限界ですね。
トランプさんはメデイアを目の敵にしていますが、
日本のメディアは権力とベッタリのようです。
いずれ新聞社は潰れ、
そのときには相撲協会も消えるのでしょうね。
それによって困る人は、そこに住んでいる人たちと自民党の議員だけでしょうね。

「ハト派」様

コメント有り難う御座いました。

これだけ、暴力の歴史があるのですから、相撲界からは「全ての暴力追放」という目標が出てきても良さそうなものですが、そこには行き着かないですね。

そしてほかのスポーツでも隠すのではなく、表に出して「暴力追放」をすべきですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

評議員会というのは公益財団法人の最高議決機関です。それなのに、まるっきり当事者意識がない言動を繰り返しているのは問題ですね。もっとも、他の関係者も似たり寄ったりというところがもっと大きな問題かもしれません。

力士、特に若い人たちの基本的人権を守るための組織が相撲協会の中には必要なのではないでしょうか。

「民営化」様

コメント有り難う御座いました。

そうなると良いのですが、ちょっと悲観的です。誰にも得にならないタバコ事業は続き、人類の未来を危うくする原発も政府が肩入れして続いています。NHKや御用新聞も同じように続く可能性が高いとも考えられますが--。

2018年1月18日 (木)

一太郎からワードへ ――昔の未整理ファイルを整理しています――


一太郎からワードへ

――昔の未整理ファイルを整理しています――

 

今日アップしようと考えていた内容が、既に「タウンNEWS広島 平和大通り」のタイトルに使われていて朝から吃驚したのですが、かなり前に一太郎で作った文書を整理しています。

 

かつて、衆議院議員として活動していた頃、国会での見聞・活動をできる多だけ多くの皆さんに報告するために、週末には、広島市内の街角で一回一時間、計二時間の街頭演説をしていたのですが、その他に、週一回、A4判一枚の『アキバ・ウィークリー』を発行していました。

 

電話のメッセージとして、固定電話に架けて貰えばメッセージを聞いて貰える仕組みにしていました。それに加えて、FAX番号を登録して頂ければ毎週一回、FAXで、このウイークリーをお届けしていました。また、プリントアウトして郵送することも同時に行っていました。その記念すべき第一号です。1992年の130日に収録、そしてFAXでお送りしました。クリックして頂ければ、大きくなります。

 

               

Page001

             

 

ずいぶん古臭い手段ばかりですが、1990年の総選挙で、携帯電話を使っていたのは私だけ、その結果、それがニュースになった時代ですから、これでも先端を走っていたのです。

 

ワープロソフトも一太郎のシェアが大きく、使い勝手も悪くはなかった記憶があります。その結果、合計300号以上発行した『アキバ・ウィークリー』は全て一太郎で作り、その後、混乱があったのですが、スタッフの努力で現在保管されている (しかし未整理のままの) ファイルは一太郎文書なのです。

 

ファイルを開いて内容を確認、目次から作り始めていますが、結構時間が掛かります。一太郎ファイルからワード・ファイルへ変換して保存することも同時にしていますが、ワード・ファイルにしてしまうと、文字情報は問題ないのですが、レイアウトが保てず、時間を掛けて段組み設定をしなくてはならないので、それは、また先のことにする積りです。

 

 

013

 

自分で言うのも変なのですが、読み返してみて、やはり現場から一週間毎に書いていた報告には迫力がありますし、今でも新鮮に聞える主張も結構残っています。マスコミ報道は別にあるという前提で書いていますので、その部分を「注」として補えば、若い世代の皆さんにも読んで頂けそうな気がしています。

 

そしてこんな風に、何かに手を付けると必ず仕事が増える、いや、増やす癖はなかなか治りそうもありません。

  

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

私が一太郎を使った期間は極短いのですが、ATOKには長い間お世話になりました。

知人によると国交省地方整備局の配布している様式が未だに一太郎で、その知人は変換ソフトで使っているということでした。また、OpenOfficeにはIchitaro Document Filterというプラグインがあり、どの程度様式が保てるのか分かりませんが、徳島県庁は一太郎からワードではなく、OpenOfficeに移行し、更に今はセキュリティー重視でLibraOfficeに移行していると聞いたことがあります。

いずれにしてもアキバ・ウィークリーは価値のあるものだと思いますので、是非ともデジタル・アーカイブとして残して頂きたいと思います。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

御教示有難う御座いました。Open Office のプラグインを試してみます。もう一つ、PDFに変換して残しておくのが良いかもしれません。

2018年1月17日 (水)

勉強するジャーナリストは輝いている ――過去と未来をつなぐ力を実感しました――


勉強するジャーナリストは輝いている

――過去と未来をつなぐ力を実感しました――

 

20178月に開かれた原水禁の世界大会の分科会で、私がかねてから尊敬している元朝日新聞記者の岩垂弘氏が、核兵器禁止条約についてフロアから発言してくれました。この条約が7月に採択された歴史的背景と平和運動の役割についての言葉にも重みがありましたが、この条約についての評価を知るために国会図書館に足を運んで、全国各地で発効されている日刊紙全てに目を通したことにもさらりと触れられました。

 

もう40年近くにもなる付き合いですが、現役を退いた後も、このような努力を続けられていることに敬服すると同時に、大きな感動に包まれました。私は、日頃からマスコミに対しては厳しい批判を続けていますが、それは、若い世代のマスコミ人たちにも、岩垂さんのような偉大なジャーナリスト、さらにはかつて「原爆記者」と呼ばれた多くの広島のジャーナリストたちと同じレベルでの仕事をして欲しいという期待を持っているからです。

 

批判をしながらも、若いジャーナリストたちの中で優れた仕事をしている人たちの頑張りには声援を送ってきましたが、今日は久し振りに、「勉強振り」では先輩たちにも引けは取らないだろうと思える若手のジャーナリストに取材を受けました。仮に、「Aさん」と呼んでおきましょう。

 

 

 

               

088

             

 

 

東京から取材に来てくれたAさんとは、プリンスホテルでお会いしました。良い天気で海が綺麗でした。

 

 

Am72018010280426m_2

 

取材の目的や具体的質問については昨年の内にメールで、詳しく丁寧に書かれたものを受け取っていました。それに返信する形で、関連する未公開の資料等もお送りしておきました。

 

送ったものを読んで貰えるだろうとの期待はありましたが、それだけではありませんでした。テーマに関連する拙著もすべて読んでいてくれただけではなく、国会図書館で私の書いた関連論文を調べ、その中でも関連の深いものを読み込んだ上での質問が続いたのです。中には私が忘れていたインタビュー記事もあり、またテーマを語る上では必須のデータをエクセル等の図表、リストとしてしかも見易く色分けして作ってきてくれていましたので、より鮮明に記憶を辿ることができました。

 

Aさんは、岩垂さんや私たちの世代と比べるとはるかに若い世代に属しますが、国会図書館の有効活用という点では、ジャーナリスト魂、研究者魂をしっかり受け継いでくれているようでした。そして、私が記憶の糸を紡ぎながら話している最中、話の腰は折らずに、テーマとは関連のない事柄についてもメモを取り続け、タイミングを見て自分の質問を発してくれました。とてもリラックスして話せましたので、記憶の再生にも役立ちました。そして恐らく「ここは使える」と考えたであろう箇所については、私の記憶だけではなく、それをサポートする「物証」を確かめるというジャーナリストの基本も踏まえてのやり取りでした。

 

特にテレビが問題ですが、最近はあまりにも政府誘導型の言説が多くて、テレビもマスコミも敬遠する日々が続いていましたが、久し振りに、多くを学ぶことのできる報道が生れるであろうとの予感がしています。それは、私たちの世代が経験してきた過去を未来につなぎ、次の世代その先の世代の政治や社会が輝かしいものになる上で、大きな貢献をすることになるだろうと信じています。

 

最後にもう一つ。東京からのお土産として私の大好物である、とらやの羊羹まで頂きました。ことによると、このブログも読んでくれていたのかもしれません。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2018年1月16日 (火)

ICANのベアトリス・フィーン事務局長の来広 ――受賞をバネに、厳しい現実を変えるための作戦へ――


ICANのベアトリス・フィーン事務局長の来広

――受賞をバネに、厳しい現実を変えるための作戦へ――

 

核兵器禁止条約実現への貢献が評価されノーベル平和賞を受賞したICAN (核兵器廃絶国際キャンペーン) のベアトリス・フィーン事務局長が、長崎大学から招かれて来日しました。長崎での講演等を終え、15日には広島に足を延ばしてくれました。平和公園・資料館を見学の後、午後には広島の若者との対話集会があり、夜は、核兵器禁止条約のためのヒロシマ共同行動実行委員会の主催で、「核兵器禁止条約の早期発効に向けたNGO意見交換会」が開かれました。

 

核兵器の廃絶をしなくてはならないことは十分理解している人たちの集まりだから、早期発効のため、そして批准をしようとしない国にどう働き掛けるのかを中心に意見交換をするという合意で始まりましたが、それでも様々な思いが飛び交い、元気一杯の集いになりました。

 

                 

20180115_23_18_53

           

開会前に通訳の小泉直子さんと打ち合わせをするフィーン事務局長(右から二人目)

 

行動優先の意見交換会で最初に披露されたのは、この稿がアップされる16日には、フィーンさんとICANの国際運営委員の川崎さんとが東京で、各党の代表と会い、国会で核兵器禁止条約についての討論を行うよう提言するということでした。

 

「国民に丁寧に説明する」と口だけでは曰わっても (のたまわって)、何もしない安倍総理・安倍政権ですが、日本社会特有の「外圧に弱い」ことまでは克服できていないようですので、正論に反駁はできない可能性がかなりあります。フィーン・川崎両氏に頑張って貰いたいと思います。

 

「討論」の内容は、核兵器禁止条約に日本政府は反対しているが、その姿勢を取るのであれば、最低限、この条約に参加する場合、しない場合それぞれのメリット・デメリットを事実に基づいて客観的に議論をした上で、その内容を国民に知らすべきだ、というものです。

 

フィーンさんの講演内容等は新聞やテレビでも報道されると思いますので、ここでは会場の参加者から出された意見を簡単にまとめておきます。発言者が誰なのかは省略します。

 

 イランで若者の平和グループを組織したが、全く関心を持たない人たちもいる。そのひとたちをどう巻き込んだら良いのか。

 対話は大切だが、対話をする際には方向性をハッキリさせる必要がある。そしてその方向とは核兵器の廃絶だ。

 被爆者国際署名に協力して欲しい。

 世界各地で行われているICANの活動を教えて欲しい。

 被爆の歴史や被爆体験について、日本は無知だ。そこから活動を始めなくてはならない。

 

フィーンさん・川崎さんからは次のようなコメントがありました。まず、議論は「シンプル」に徹すること、そして新たな、クリエーティブなアプローチを採用すること。例えばポップ・スターや宗教家の協力なども効果的なはずだ、加えて、インターネットなどあらゆるメディアを効果的に使う必要がある。

 

最後の閉会の言葉として、10月の総選挙で、得票数は伸びなかった改憲与党が議席の3分の2以上を占めたことを反省し新たな力を生むために、まず、2003年の平和宣言を読んで欲しいとお願いをした上で、3点を強調しました。ここではスペースがありますので、2003年の平和宣言の一部を引用しておきます。

 

世界中の人々、特に政治家、宗教者、学者、作家、ジャーナリスト、教師、芸術家やスポーツ選手など、影響力を持つリーダーの皆さんに呼び掛けます。いささかでも戦争や核兵器を容認する言辞は弄(ろう)せず、戦争を起こさせないために、また絶対悪である核兵器を使わせず廃絶させるために、日常のレベルで祈り、発言し、行動していこうではありませんか。

 

3点の一つ目は、改憲をしようとしている安倍政権の描いているシナリオを知り、その結果生まれる怒りを広げて力にしよう、ということです。9条改憲と言っても、もう存在している自衛隊を明記するだけだから何も変わらない、という説得が行われていますし、それをそのまま受け止めて「納得」している人も多くいます。でも、これまでの政府のやり方を歴史的事実に基づいて検証すれば、安倍政権の意図しているのは、その先の目標、つまり核兵器の保有だということはすぐ分ります。それを理解することで、改憲容認派を説得することが可能になります。

 

二つ目は、そのためにも必要なのですが、歴史を勉強し直すこと。私たちが教えられてきた歴史には間違いも多いのです。例えば聖徳太子は存在しなかったことが今では歴史的事実として教えられています。それと同じように国家としての日本を考えるにしても、明治維新や戦争ばかりしていた明治から昭和の時代、特に1895年から1945年を賛美する歴史ではなく、徳川時代そして1945年以降も含めての日本の本質を理解することが大切です。大河ドラマで西郷さんが取り上げられても、彼は征韓論者だったこともしっかり覚えておかなくてはなりません。

 

三つめは、社会党の最盛期に「社会党潰し」のために使われ、今でも信奉者の多い、「反対ばかりする政党は無責任」というプロパガンダに乗らないこと。人権を無視し、戦争を始めよう、環境はどうでもいい、貧富の格差がもっと広がるような施策を、国民を騙して行おうとしている政権には「NO」としか言いようがないではありませんか。正々堂々と、平和のため、正義のために「NO」と言い続けましょう。

 

明日、フィーンさんと川崎さんは国会で頑張ります。私たちは広島で頑張りましょう。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

ノーベル賞受賞でのスピーチそして記念講演で興味を持ち、普段は殆ど読まない小説を読みました。カズオ・イシグロの「日の名残り」です。記憶を辿る物語の展開にも感心しましたが、意見を言わないことの責任など、民主主義の根幹に関わる問題提起も多く、長崎生まれのイシグロ氏が「平和のための賞」と聞かされて育ったノーベル賞に相応しい作品だと思いました。

それにしても安倍首相はベアトリス・フィーン事務局長との面会を断ったということですが、日本政府の対応は本当に残念なことです。

今でも信奉者の多い、「反対ばかりする政党は無責任」というプロパガンダに乗らないこと。 これは大事だと思います。今なら「日本共産党や立憲民主党は無責任(非現実的)」というプロパガンダでしょう。そりゃあ、無茶苦茶をやる政権にはNOというのが「責任ある対応」であり「現実的対応」であると切り返していくべきですね。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

カズオ・イシグロ氏の作品も読まなくてはと思いつつ、読みたい本・読まなくてはと自分に言い聞かせている本のリストばかりが長くなっています。

安倍総理には、市民の声が聞こえるように、マギー審司のびっくりデカ耳をプレゼントしてみましょうか。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

権力者側が、弱者に対して取り続けている態度は、基本的な部分では全て「NO」なのですが、「騙す」側は、ちょっぴりの「Yes」を前面に掲げ、「NO」は「Yes」なんだよと信じ込ませる詐術を使います。オーウェルは、そのような構造を良く見ていました。「hiroseto」さんも頑張っているように、その点も突いて行きましょう。

2018年1月15日 (月)

あゝモンテンルパの夜は更けて ――キリノ大統領の決断――


あゝモンテンルパの夜は更けて

――キリノ大統領の決断――

 

フィリピン、歴史、歌 (「昭和の歌を守る会」があったので) という三つの言葉から思い出したのが、渡辺はま子の『あゝモンテンルパの夜は更けて』ですし、フィリピンのアキノ大統領でした。

 

この歌は、作詞代田銀太郎、作曲伊藤正康によるもので、1952年に渡辺はま子と宇都美清が歌って、20万枚の大ヒットになりました。

 

 

作詞・作曲をした二人は、当時フィリピンのモンテンルパにあった刑務所に戦犯として収容されていた死刑囚でした。そこには、戦争犯罪者として100人以上の旧軍人が、あるいは死刑を前にあるいは刑期を全うするため生活していたのですが、既に14人は処刑され、望郷の念が増す日々を送っていたことが記録されています。

 

代田・伊藤による『モンテンルパの歌』という曲を受け取った渡辺はま子は、タイトルを『あゝモンテンルパの夜は更けて』に変えレコーディングし、紅白歌合戦にも取り上げられました。そしてこの年に渡辺はま子はモンテンルパを訪問し、戦犯たちのために往年のヒット曲を披露し、最後に『あゝモンテンルパの夜は更けて』を歌っています。

 

渡辺はま子をこれほどまでに駆り立てたのは、モンテンルパで教誨師として戦犯たちの助命嘆願の活動をしていた真言宗の僧侶加賀尾秀忍の熱意でした。彼は、マッカーサー元帥や日本の指導者、ローマ法王等に、人道的立場からの助命嘆願書を送り、ついには、フィリピンのエルピディオ・キリノ大統領とも会見します。

 

その際に、『あゝモンテンルパの夜は更けて』を奏でるオルゴールを贈呈しています。その曲と説明を聞いてキリノ大統領が心を動かされたとも言われています。

 

最終的にキリノ大統領は、195377日の独立記念日に、大統領令によって、モンテンルパ刑務所に収容されていた戦犯114名全てに特赦を与え日本への帰国が実現することになりました。

 

特赦の理由としてキリノ大統領は感動的な言葉を残しています。

 

個人的な立場だけからなら、私が日本に対して最も強い恨みを持っているのかもしれない。妻と三人の子どもたちが日本軍による機関銃で殺されているからだ。

 

しかし、私はこの気持ちを私の子どもたちや孫たち、そしてフィリピン国民に持って欲しくはない。それは、日本との友好関係を築き、輝かしい未来をフィリピンにもたらす可能性を摘んではいけないからだ。

 

反日感情がまだ強く残っていた時期に特赦を与える行為は勇気のいることでしたが、蒋介石の「以徳報怨-怨みに報いるに徳を以てなす」も併せて考えると、このようなアジア的な平和の思想こそ危機的状況にある世界を救う上で、私たちが拳拳服膺しなくてはならない哲学のような気がしています。

 

そして、この寛容さを受け止める我々の側では、最高度の謙虚さを身に付けること、そして己を律するに当っては最大限の厳しさが必要とされることは言を俟ちません。

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

その最高度の謙虚さのあらわれが、
憲法前文の誓いであり9条であったはず。

昨年4月刊岩波『私にとっての憲法』で保阪正康氏が
...この憲法は、いってみれば非軍事憲法である。...
(...この非軍事憲法を平和憲法に格上げするには...と続きますが)
非軍事憲法。このnamingはsimpleかつpowerful(変換可能なものでつい)。
加憲だ何だを蹴散らすにはこれに限る。もっと広まってくれれば。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

「非軍事憲法」という捉え方には「平和憲法」とは違う力を感じます。"simple" and "powerful"は、ICANのフィーンさんも強調していました。

それは、オーウェルの『1984年』の中の「戦争は平和だ」を進めている安陪政権に対抗する上で、大切だと思います。

より以前の記事一覧

2018年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28