経済・政治・国際

2017年8月22日 (火)

身近なヒーロー [同じお題で書きましょう] ――ドラマ 警視庁・捜査一課長――

身近なヒーロー [同じお題で書きましょう]

――ドラマ 警視庁・捜査一課長――

 

 

アップするのが遅くなりましたが、「身近」と言えばテレビもその一つです。私はミステリー番組のファンですが、録画して視ることが多く、『警視庁・捜査一課長』のシーズン2・第一話も最近になってようやく「鑑賞」する時間が取れました。

 

           

Photo

                 

テレビ朝日のホームページから

 

ヒーローは捜査一課長大岩純一、あるいはそれを演じている内藤剛志なのかもしれませんし、セリフを書いた脚本の安井国穂と言った方が良いのかもしれません。

 

嘘が嘘とは報道されず、その責任も取らない政治が頭にあったせいだと思いますが、捜査一課長の言葉で描かれたいくつかの嘘の典型が見事でした。記憶力がかなり衰えていますので、正確ではないかも知れませんが、捜査一課長のセリフです。

 

人間は弱い存在だからだれでも嘘を吐く。しかし絶対に許せないのが、権力を持つ人間の吐く嘘だ。

 

私も小さい嘘は吐いたことはある。例えば、同僚と飲んで遅くなった時、家に帰って「残業だった」と言ったことがある。

 

(犯人だと嘘の自白をした渡辺えり演じる静江について、そして犯人の男女に対して)  彼女のついた嘘は、誰かを庇うための悲しい嘘だ。自分の欲望のために吐く醜い嘘ではない。

 

捜査一課としては絶対に嘘は吐かない。

 

憲法99条で、憲法遵守義務があると列挙されている「国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」には、拳拳服膺して欲しい言葉です。そしてマスコミにも。

 

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2017年8月20日 (日)

高校生平和大使の演説中止 ――子どもたちには勝てないことを認めた外務省――


高校生平和大使の演説中止

――子どもたちには勝てないことを認めた外務省――

 

 

まずは、819日の朝アップされた共同通信47NEWSの記事をお読み下さい。

 

         

Photo_4

                   

これと併せて、「ユース非核特使」の活動報告をしている外務省のホームページもお読み下さい。


 

Photo_5

今回は中止されましたが、2015年の軍縮会議ではスピーチができました。

 

このページの最後には、「「核兵器のない世界」の実現に向けて,日本はこれからも「非核特使」「ユース非核特使」と連携しながら,引き続きリーダーシップを発揮していきます」と高らかに決意表明しています。その口の乾かぬ内に「毎年必ずやると決まっているわけではない」なんて良く言えたものです。

 

仮に高校生が核兵器禁止条約に賛成だと言ったとしても、大人としてフェアに受け止めれば良いだけではないのでしょうか。政府がそれに反対しているのなら、プロの外交官として世界の外交官に向けて自分の立場を説明すれば済む話です。それとも、世界の良識を持つ国々を説得できないことだけは自覚しているのでしょうか。

 

高校生に発言させなかったのは、高校生たち――外務省のお偉いさんたちから見ればまだ子どもでしょ――のスピーチには説得力があるけれども、自分たちの理屈は通用しないことを認めたからなのだとしか思えません。

 

高校生の皆さん!  外務笑 (済みません、変換ミスでこんな漢字になってしまいました。訂正します。外務省です。) が負けを認めたくらい皆さんの言葉そして行動には大きな力があるのです。自信を持って、世界中に核兵器廃絶を呼び掛けましょう。

 

そして、「チョッピリ」勇気のある発言をしたばかりの河野外務大臣勇気ある発言を続けて下さい。大臣は、就任直後の記者会見でテレビ朝日の小池記者の質問に答えて、

 

「今や外務省の大臣でございますから,外務省がいい,頑張っているという印象を持っていただけるようにするのが私の責任だと思いますので,外務省頑張ってるねと言われるようにしていきたい,そうならなければそれは私の責任でございますので,しっかり責任を果たしてまいりたいと思います。」

 

と言っています。その責任を果して下さい。

 

天下の外務省が、子どもたちにはない権力を使って子どもたちの足を引っ張っるのでは、「いじめをしている」と見られたとしても仕方がありません。そんなところで「頑張って」も自慢にもならないでしょう。

 

日本や世界の子どもたちのために、そして未来のために「頑張ってるね」と認めて貰いたいのなら、せめて、外務大臣の指示によって、ジュネーブでの演説を復活させるくらいのことは必要だと思うのですが――。

 

 

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コメント

河野大臣頑張れ!

「セキニン」様

コメント有り難う御座いました。頑張って欲しいですね。

≪一日遅れですが≫
連日の外務省がらみ → 恥ずかしながら知りませなんだ。
前の日にはトップのチョッピリ勇気がほめられたのに、ねえ。
こういう見え見えのやり方は反発を招く。
それをあえてって。もう、ナメられている私たち。
河野3世 → 3.11のあと、いち早く反原発を唱え、
おお!と思わせたのものの、その後はダンマリ。
それが帳消しとなる仕事ぶりを見せてくれぇ、です。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

弱い者いじめは外務省の「伝統」です。1996年、国際司法裁判所が「核兵器は国際法違反かどうか」という勧告的意見を出すに当り、関係者が陳述する機会を作ったのですが、その際に「国際法違反だ」と主張しようとした広島・長崎両市長に陳述させないよう妨害活動をしています。

結局、良識を持った他の国の枠で両市長は感動的な陳述をしました。外務省は、「あれは国としての考え方ではない」という趣旨の反論をしましたが、国際的な説得力はありませんでした。今回は、その教訓を生かす積りだったのかもしれません。

大臣としてその「伝統」を変える心意気を持って欲しいのですが--。

河野さんは、大臣なる前には、ブログで普通は知り得ないことをたくさん発信されてました。
大臣になられて期待はしたいですが、内閣の一員になれば、自由には発信できないでしょうね。
今回の事は、政府に反する事は抑えつけるとする安倍内閣の意思なんでしょうが、今のネット時代には通じないでしょうに。
国連で外務省が高校生ほ発言をさせたら、安倍内閣の不一致になると思ったのでしょうね。
平和首長会議や広島市長や広島県知事は、外務省に対して強い非難をしてもらいたいですね。
安倍内閣により、戦争の音が聞こえそうになっています。その犠牲になるのは今の高校生なのですから。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

外務省にも外務大臣にも、勿論、安倍内閣そして総理大臣にも、「それじゃダメでしょ」と言い続けましょう。

2017年8月19日 (土)

チョッピリの勇気 ――チャップリンの言葉を実行する人たち――


チョッピリの勇気

――チャップリンの言葉を実行する人たち――

 

チャーリー・チャップリンの名言はたくさんありますが、私が好きなのは「人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして少しのお金だ」です。お金に「少し」が付いているのは、他の二つとのバランスのためですが、本当は、勇気も想像力も「チョッピリ」で良いのです。

 

そんな勇気の持ち主が、立場は違っても、勇気をもって発言している様子が最近多くなってきているようです。私の「希望的観測」だけではないことを祈りつつ、二つ取り上げたいと思います。

 

一つは、アメリカ時間の17日、河野太郎外務大臣がアメリカのティラーソン国務長官に、包括的核実験禁止条約 (CTBT) の早期批准のため努力するよう要請したことです。その結果として、アメリカが明日にでも批准することにはならないかもしれませんが、被爆者や日本の大多数の人々の声を伝えたことには大きな意味があります。

 

             

Photo

               

河野太郎公式サイトから

 

でも、残念なのは、これが被爆地を代弁する立場の岸田前外務大臣の発言ではなかったことです。被爆者が如何に勇気付けられたであろうかを考えるだけでも、「チョッピリ」の差が大きいことに胸が痛みます。

 

もう一つは、ナチスの旗を掲げている隣人に「何故」と尋ねる女性の動画です。ことによるとこれも、「チョッピリ」どころではなく、とても大きな勇気が必要なのかもしれませんが――。

 

結果としては、まともには答えて貰えず、ナチスの旗はそのままですが、「チョッピリ」の勇気が重なることで、自分の立場を考える人の増える可能性はあります。圧倒的多数の人々が「横並び」を選んで、自分は目立たないような言動を選択し始めたときに、「チョッピリ」想像力を働かせて、「チョッピリ」勇気を奮うことが、もっと多くの勇気を引き出すことにつながるのではないでしょうか。

 

 

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2017年8月16日 (水)

「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました ――コミュニティーで創る平和の温かさに包まれた一時でした――

「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました

――コミュニティーで創る平和の温かさに包まれた一時でした――

 

岡山ユネスコ協会が主催し、2000年に第一回目が開催された「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました。長泉寺は岡山市北区南方にあり、正式には真言宗御室派薬園山長泉寺です。長泉寺は寺院としての行事の他にも様々な文化活動や社会平和活動、国際交流等の活動に積極的に取り組んできたことで知られています。

 

8月のイベントですぐ気が付くのは、

 

86日(日)「平和の鐘 ~広島忌~」 815 広島原爆忌につき、犠牲者を追悼し核廃絶と平和を祈る鐘を突きます。

89日(水)「平和の鐘 ~長崎忌~」 1102 長崎原爆忌につき、犠牲者を追悼し核廃絶と平和を祈る鐘を突きます。

815日(火)「檀信徒合同お盆総供養法要」(8:3010:00) そして

815日(火)「第18回平和の鐘を鳴らそう!」(11:4514:00) です。

 

「平和の鐘を鳴らそう」のプログラムは次の通りです。

 

 1145        開会案内

 1150        開会あいさつ

 1155        『わたしの平和宣言』朗読

 1200        平和の鐘を鳴らそう:平和への想いをこめて、一人ずつ鐘をつきます

        〈小休憩・移動〉

 1230        「平和の話」 講師:秋葉忠利さん(元広島市長)

        ~ 被爆者の存命中に核廃絶を 

        混迷する世界を救うのは“The Better Angels of Our Nature

 1330        「祈りの音楽」 長泉寺合唱団 CORO NAGA(コーロナーガ)

 1400        閉会

 

「平和の鐘を鳴らす」イベントでは、鐘楼の脇に立った数人の僧侶が般若心経を唱える中、イベントの参加者が一人一人、鐘を鳴らして行きます。高齢者も多かったのですが、お母さんに抱かれて一緒に鐘の紐を引っ張る幼子も何人かいて、戦争犠牲者の追悼、さらには現在そして未来の平和のための祈りが、読経の声と鐘の音に乗って天に届くかのような雰囲気でした。

 

               

20170815_18_56_08

             

鐘を鳴らすためには、紐を垂直に引っ張る構造になっています

 

私の話は、核兵器禁止条約成立の歴史と意味に焦点を合わせました。原水禁世界大会での報告でも同趣旨の話をしていますので、内容についてはこちらを御覧下さい。

 

「平和を歌う」をテーマに2015年に結成された長泉寺合唱団「コーロナーガ」の皆さんの歌声もとても素敵でした。

 

20170815_18_56_46

 

何より有り難かったのは、岡山ユネスコ協会の幹部の皆さんそして長泉寺の宮本龍門住職にお会いし話のできたことでした。

 

特に龍門御住職には、私が到着してからすぐ、またイベントの後にもゆっくり時間を取って頂き、貴重な「法話」を聞かせて頂きました。話に引き込まれてしまい、メモは取れなかったのですが、何点か印象に残ったことを書き抜いておきます。長泉寺のホームページにも、同じような記述がありますので、お勧めしたいと思います。

 

l 仏教を突き詰めて行くと、人間社会のあらゆる側面との関わりが大切になる。だから政治的な事柄も避けては通れない。それ以上に、「政治的事柄だから避ける」という判断こそ政治的であって、仏教者の立場としては、それが政治的事柄でもプライベートな事柄でも、その他様々なことについても仏教的判断をして行くべきだと考えている。

l 特に「平和」は宗教とは切り離せない関係にある。宗教こそ、究極的には平和を創る力を持っている。

l お寺は地域の中に位置している。そして寺を取り巻く人々全ての関係は、上下関係ではなく、平等なものだ。そのコミュニティーの力で世界の平和にまで通じる平和が創られる。

l 世間を見るに付け、政治に関心のない人々の多さに愕然とする。その人たちに少しでも関心を持って貰うために、コミュニティーの拠点としての寺院の役割を大きくしたい。

 

長泉寺でお会いした方々は、龍門住職をはじめ、皆さん笑顔に満ち、謙虚な方ばかりでした。16世紀初めに開創されて以来の伝統なのかもしれませんが、平和活動を通じての心の平和や平穏を身に付けられたからだとも考えられます。そのせいだと思いますが、穏やかな気持ちで岡山を後にすることができました。

 

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コメント

長泉寺の住職さんのいわれる
仏教→平和→政治→地域→お寺
というコンセプトとそれに基づいての活動は素晴らしいですね。
イライザさんはそうした活動のシンボル的存在になりましたね。
これからも頑張ってください。

「シンボル」様

コメント有り難う御座いました。世の中を変えるためには、ベトナム戦争反対運動時のように、僧侶が自ら火を被ることさえ必要な場合もあることは理解できます。

でも、毎日の生活が基本になる地域の中の運動では、人を包み込む温かさや優しさが運動の幅と奥行きを創り出していることを、今回の長泉寺のイベントで実感できました。

2017年8月12日 (土)

私たちの生きる意味 ――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

私たちの生きる意味

――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

 

86日夜、「広島を語る会」に集まった8人で共有できたことの一つは、奇しくも、722日に開かれた講演会で、講師の石川健治教授の問い掛けと同じでした。それは、「私たちの生きる意味とは何か」です。石川教授の言葉を要約すると、「物語として憲法がその意味を伝えてくれている」と要約できるように思います。

 

             

Paul_gauguin__dou_venonsnous

               

Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?

(我々はどこから来たのか?我々は何なのか?我々はどこに行くのか?)

ポール・ゴーギャン作

[By Paul Gauguin - Museum of Fine Arts Boston, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36264337]

 

フォトジャーナリストと御紹介しましたが、「核ジャーナリスト」としても知られているT氏からの問題提起も石川教授と軌を一にしていました。T氏は、被爆・被曝を合わせて「被ばく」と書いていますので、ここでもそれに倣います。広島・長崎の被ばく者、福島やチェルノブイリ等の原発事故での被ばく者、原発労働者、原水爆実験の被害者、その中には、南太平洋諸島で被ばくした人たちもいれば、「アトミック・ソールジャー」として、アメリカ本土での核実験で被ばくした兵士たち、また、核実験の風下に住んでいたために被ばくした「ダウン・ウインダー」たちもいます。さらにウラン鉱の採掘に駆り出されて被ばくした先住民たち等々、核被害を受けた人々は世界のいたるところに住んでいますし、被害の受け方も多種多様です。

 

2015年に明治学院大学で開かれた講演会T氏は、被ばくを4層に分けてその本質を説明しています。


 Nuclear Colonialization (核の植民地化)――政治的・経済的支配という面から被害を理解する。

 Nuclear Racism (核による人種差別)――ウランの採掘・精錬の75パーセントは先住民の住む土地で行われ、主要核保有国の核実験は全て先住民の住む土地で行われた。

 Nuclear Refugee (被ばく難民)――被ばくさせられた上に、難民として自分たちの住む土地から追い出されている。

 Nuclear Violation (被ばく被害は人権、生存権の侵害)――被ばく者を生むこと自体が人権侵害であり、その対応も人権という視点から考えるべきだ。

被害の受け方も、受けた場所や日時も違い、それぞれが置かれていた「被ばく」当時の状況も戦争中だったり、あるいは核実験のモルモットとしてだったりという差もある。労働者として、あるいは平穏な日常に起きた事故等、こうした背景の違いをも視野に入れると、被害者としての、そして運動としての連帯を育む上で、結局は「私たちの生きる意味」を問うという一番基本的な立場に立つことが、鍵になるのではないか。

 

最後に、ジャーナリストのI氏による、86日の広島レポートが、「リベラル21」というブログに掲載されています。優れたレポートですので一読をお勧めします。

 

 

 

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2017年8月11日 (金)

竹林の八賢 ――恒例の「広島を語る会」で盛り上がりました――

竹林の八賢

――恒例の「広島を語る会」で盛り上がりました――

 

ここ数年、86日の夜に旧知の木原省治さんの肝煎りで数人が集まり、広島の来し方行く末を論じる会が開かれてきました。半世紀以上広島・長崎や原水禁運動に関わって来た人たちだけでなく若い人も参加していますが、それでも全員50歳以上。世俗を超えた談論風発を毎回楽しんで来ましたので、「竹林の七賢」の集いとはこんな感じだったのではないかとさえ考えていたのですが、今回集った八人に敬意を表して、「八賢」と「自称」します。

 

             

Photo

               

台湾のウィキペディアから

 

そのメンバーについては、回を改めて御紹介したいと思いますが、今回は「八賢」からの問題提起をいくつかお伝えしたいと思います。高齢の方からは「膝を打って」同感!の声が上がるかも知れません。若い世代からは、「また最近の若者は---」が始まったと聞こえるかも知れません。いずれにせよ、私たちの世代の思いを書き留め表現することで、「ヒロシマの心」の一端が伝われば幸いです。「親の意見と茄子(なすび)の花は千に一つの無駄もない」という諺もありますし。

 

以下、その夜の一コマをお伝えしますが、あくまで私がメモも取らずに聞き理解したことが元になっていますので、正確さについては問題があるかもしれません。それに私も少々は酩酊していましたので、御本人から異論が出る可能性もあります。その際には、訂正をさせて頂く積りです。

 

(A) 新聞記者歴は半世紀を超えるI元記者が最近感じたことは、新聞記者そして新聞社の言語能力が落ちていること。彼がかつて仕事をしていたA新聞の記事で、「地方議会が召集された」と表記されていたことにショックを受け、新聞社に電話をしようとさえ思ったとのことでした。御存知の方は多いと思いますが、議会を「招集」する場合と「召集」する場合があります。「召集」は天皇が「招集」する場合にだけ使われる漢字です。

 

このような誤りの責任は記事を書いた記者本人だけにあるのではなく、最近は多くの新聞社で校正係がなくなっていることもその理由の一つだそうですし、新聞そのものの存続も危ぶまれている昨今、仕方のないことなのかもしれません。同時に、政治家の言語能力を問題にしなくてはならない現実を前に、もっと影響力を持って貰いたい紙媒体がその力を発揮するためには、一点一画も疎かにはできないことも事実です。

 

(B) 「八賢」の中の数人はマスコミの仕事をしていた人たちですし、その他の方々もマスコミとは切っても切れない縁で結ばれていました。今でもその縁は続いていますので、マスコミに対する期待は大きく、またそれが故に批判も厳しくなっているのかも知れませんが、人類史的に大きな意味を持つ「核兵器禁止条約」の報道についても、私たちの感じたことも共通していました。

 

(C) I元記者は、国会図書館まで足を運び、全国で発行されている日刊紙全ての報道をチェックしたそうなのですが、その結果、いろいろなことに気付きました。その一つが、「核兵器禁止条約」の成立に至るまでの経緯についての報道が、表面的なことでした。今の時点で見える現象的な説明に止まって、世界そして日本の平和運動・市民運動がどのような役割を果してきたのかについての記述がほとんどないことです。

 

(D) 実は私もこの点については同感で、第二分科会でこの点についても触れています。

 

 (E) その一つとして、「hibakusha」という表現が国際的に使われたのは、今回が初めてであるかのような誤解を生み兼ねない書き振りになっていることを指摘されました。これは、第二分科会でもフロアから発言されていますし、このブログでも以前、取り上げたことがあります。

 

(F) 長期にわたり活躍を続けてきたフォトジャーナリストのT氏からは、その場にいた私たちの思いをまとめる発言もありました。それはI元記者のように、半世紀以上ジャーナリストそして運動家として活躍してきた実績を持ち、今でも現役の記者魂を持って活動している先輩たちの持つ知識、そして世界や平和運動を見る枠組みや方法論を是非、若い世代のジャーナリストに引き継いで貰いたい、ということでした。

 

(G) それは、I元記者だけに限られることではなく、実はT氏についても当てはまることですし、「八賢」のその他の方についても言えることですので、このブログで不十分ではあっても、何人かの方のこれまでの活躍の一端をお伝えできたらという結論になりました。続きをお楽しみに。

 

 

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2017年8月10日 (木)

『広島のおばあちゃん』をタヒチに贈ります ――東芝国際交流財団から助成金を貰うことができました――

『広島のおばあちゃん』をタヒチに贈ります

――東芝国際交流財団から助成金を貰うことができました――

 

昨年7月に、タヒチを訪れました。フランスが南太平洋で核実験を始めてから50年経ち、実験で被害を受けた多くの人たちの存在さえ未だ十分に認められていない現実があり、またその結果として補償どころか十分な医療さえ受けられない窮状を前にしての50周年です。しかし、こんな状態を放置してはいけないと被害者の皆さんは立ち上がりました。

 

原水禁そしてヒロシマは長い間、このような核被害者の皆さんに寄り添い、出来るだけの支援をしてきましたが、昨年はその絆をさらに強めるという目的で訪問団が派遣されました。その報告は719から730までの間に数回にわたってお届けしました。

  

その中でも言及しましたが、タヒチの人々を支援するための一つの可能性として、広島では容易に手に入る基礎的な情報をタヒチに届けて共有することが役立つのではないかと思いました。報告からその部分を抜粋します。

 

広島・長崎の原爆についての基礎的な事実をタヒチの人たちに伝えることで、運動も次の段階にステップアップできるのではないかということです。例えば鎌田七男先生の書かれた『広島のおばあちゃん』そしてその英訳『One Day in Hiroshima』のような、被爆の実相についての医学的な解説を中心にした分り易い入門書をフランス語にも訳し、それをさらにタヒチ語に訳すことも、被曝者・被爆者の連帯から新たなエネルギーを創り出す上での有効なプロジェクトになるのではないかと思います。


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 実はこのアイデアをその後、実行に移しています。それはまず、日本語版と英語版を元にフランス語への翻訳を行い、それを出版して貰う。そのフランス語版を買い取り、被害者の救済に力を入れているタヒチの反核市民団体「モルロアと私たち」に贈り、被害者や支援者に配布して貰って運動強化の一助にする、というものです。

 

具体化するためにはお金も必要です。どうすれば良いのかを考えているときに、公益財団法人東芝国際交流財団が助成金を出してくれる可能性のあることを知り、応募することにしました。それまでに相談に乗って貰っていたいくつかの団体があったのですが、私が顧問を務めるNPO法人「文化の多様性を支える技術ネットワーク」(理事長は山崎芳男早稲田大学名誉教授)も賛同してくることになり、同法人のプロジェクトとして採用してくれました。そして東芝国際交流財団への助成金申請も行ってくれました。

 

報告が遅くなってしまったのですが、東芝国際交流財団からは、今年3月に「助成金を供与する」という通知を頂きました。

 

知らせを受けて、現在はフランス語への翻訳作業が進行中です。それが完成すると、原著者の鎌田七男先生の主宰する「シフトプロジェクト」がフランス語版を出版してくれることになっています。2000部を購入した後、「モルロアと私たち」に送るのですが、全て上手く進行すると、今年中にはタヒチに『広島のおばあちゃん』のフランス語版を届けられそうです。

 


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2017年8月 9日 (水)

被爆72周年原水爆禁止世界大会国際会議 ――フロアからの発言も凄かった――

被爆72周年原水爆禁止世界大会国際会議

――フロアからの発言も凄かった――

 

国際会議の報告を続けますが、今回はフロアからの発言を取り上げます。

 

 脱原発について、野党の姿勢がしっかりしていないが、その理由の一つは連合の方針にあると思う。しかし、労働組合の中での議論が私たちには伝わってこない。説明して貰えるだろうか。

 (A) これに対しては、藤本事務局長から丁寧な説明がありましたし、イさんからは労働組合が中心になって闘っていること、また日本からの情報や激励が力になっていること、労働者数では原発関連の仕事より再生エネルギー関連の方が多くの人を雇うまでになったことも報告されました。詳細は割愛します。

 

 

 選挙で勝つためには、原発を争点にすることが効果的だと思うが、台湾や韓国では、どのようにして争点化に成功したのか。

 

(A) シューさんとイさんからは、簡潔な歴史的説明がありました。両国の歴史や現在についての知識が私にはあまりないため、正確にお伝えするだけの理解には至っていませんので、割愛します。

 

 大阪府立大学名誉教授の方から、いくつかのコメントがありました。私の知らないことも含まれていましたので、とても勉強になりました。会場にいた方で、この名誉教授のお名前を御存知の方がいらっしゃいましたら、教えて頂けますでしょうか。

 

東電に21兆円もの負債があることは良く知られているが、最終的には電気代に上乗せして払う以外の道はない。(筆者注税金を投入するという理不尽な選択肢はないという前提での話だと理解しました)

 

しかも、それをさらに悪くする状況がある。東電には、送電用の鉄塔が24.8万基ある。これまでの計画では、老朽化した鉄塔を毎年1000基ずつ建て替えて行くことになっていた。しかし、これでは248年も掛るので、最近1年あたり5000基建て替えることにした。となると、コストは5倍になる。その上、廃炉費までということになると東電の破産は既成の事実だ。問題はこれを税金から出すことにするのかどうかだ。(筆者注送電用の鉄塔のことは初耳でした。コストがいくらになるのかは聞き逃しましたので、何方か教えて下さい。)

 

             

Photo

               

東電のホームページから

 

 

「トイレのないマンション」であることも、具体的に明らかになってきている。原発を再稼働すると、当然使用済みの核燃料をどこに保管するのかが問題になる。最終処分場がないのだから、それぞれの原発の貯蔵プールに保管することになるが、それも4,5年で一杯になる。その時点で原発は運転できなくなる。

 

 最後にこのような発言を踏まえて、新潟の有田さんから柏崎・刈羽の現状と新潟の政治状況についての力強い報告がありました。

 

その後、たまたま目にした『産経デジタル』には、「トイレのないマンション」についての事実に即した報告がありました。推進派も認めざるを得ない状況だということなのです。

 

 

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コメント

核弾頭が減り、核実験はほぼゼロになったということ、
そしてそれがヒバクシヤそして市民の活動の世論によるということは大変素晴らしいことですが、
核実験が減ったというのは、コンピューターシミュレーションにより、改めて爆発させずとも充分な成果が得られるようになったということも大きいようですね。
英国はそのためのシミュレーターを購入したとのことですし、
http://businessnewsline.com/news/201707071753110000.html
中国は、日本は核実験なしでも、そうしたシミュレーションによりすぐにでも核開発ができ、米ロに次ぐ世界3位の核保有国になれる能力があると警戒しているそうです。
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20150812/1439363542
北朝鮮が核爆発実験を繰り返しているなんてことは、それだけ核に関する技術が遅れているという証明だともいえそうですね。
弱い犬がキャンキャン吠えるのと同じかもしれません。
そんなに目くじらたてるほどのことではないと思いますが、
でも噛まれたら痛いでしょうから、嫌ですね。

「シミュレーション」様

コメント有り難う御座いました。鶏と卵論争になるかもしれませんが、そもそも、実際には核実験をしないでシミュレーションで済まそうと考えた動機が、世論の批判をかわしたいからだった、という可能性もあるのかもしれません。

そして、地下核実験でもかなりのコストも掛りますので、コスト削減という全く別の理由もあるのかもしれません。

しかも、最近では、本当の地下実験なのか、シミュレーションなのかの区別が付かないようなシミュレーションもあるようですので、事はますます複雑です。

2017年8月 8日 (火)

NHK BS 今夜9時から  「アナザーストーリーズ」 ――オバマ大統領広島の地へ~歴史的訪問の舞台裏――

NHK BS 今夜9時から 

アナザーストーリーズ」

――オバマ大統領広島の地へ~歴史的訪問の舞台裏――

 

番組の予告から

2016527日、バラク・オバマが、現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪れ、被爆者と抱擁を交わした。あの歴史的訪問はいかにして実現したのか?その裏には、高いハードルを越えようと懸命に努力した日米両国の物語があった。思いをホワイトハウスに伝え続けた広島。核兵器を使った唯一の国として“道義的責任”に向き合おうとしたアメリカ。大統領のスピーチライターが明かす、アナザーストーリー」

より詳しくは、番組のサイトを御覧下さい。


私も取材を受けました。スピーチライターと米兵被爆者の調査を続けた御自身も被爆者の森重昭さんに焦点が合わせられるようですが、一見の価値があるテーマだと思います。

 

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被爆72周年原水爆禁止世界大会 第二分科会 ――大切な点だと思いますので補足です――

被爆72周年原水爆禁止世界大会 第二分科会

――大切な点だと思いますので補足です――

 

被爆72周年原水爆禁止世界大会のまとめで、今年は各分科会毎の報告が短かったような気がしているのですが、私が出席した第二分科会についての補足をしておきます。このブログでは何回かアップしている内容ですが、一回で読めるようにまとめておくことにも意味があるのかもしれませんので、私の発言部分を要約しておきます。「自分の喋ったことを大切だと思うのは誰でも同じ」という前提も踏まえてお読み下さい。

 

 核兵器禁止条約の成立は、歴史的出来事


 それにも比肩する「核廃絶に近付いた」出来事が31年前、1986年にあった。レイキャビックで開かれたレーガン・ゴルバチョフ会談で両首脳は、「全ての核兵器廃絶」に合意していた。

 

                   

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その合意は、軍産複合体や官僚組織の反対にあい、陽の目を見ることはなかったが、核廃絶の一歩手前まで行ったという事実は、核廃絶が不可能だという人たちへの反論になる。


 「絶対的」な力を持つと信じられているアメリカ大統領やソ連の書記長でも世界を動かすことができないことの証明になるのだか、では誰が世界を動かせるのか?


 それは、「世論」だ。

世界の核弾頭数を示すグラフを見ると、1986年をピークに右肩下がりの傾向がハッキリしている。1986年にレーガン・ゴルバチョフ会談が反映していたのは、世界の世論が核廃絶を望んでいたという事実で、その後の減少は世論の力の結果だ。

 

 

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 もう一つのグラフは、核実験数の推移を示している。1996年には包括的核実験禁止条約が締結された。しかし、アメリカ等の国々が批准していないためにまだ効力はない。にもかかわらず、1996年ころから、核実験数はほぼゼロになっている。これも世論の力だ。

 

 

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 この世論の力を背景に、核兵器禁止条約は作られた。市民運動ならびに志を同じくする国々が取った作戦は次のようなシナリオに沿って実行された。

(ア) 核兵器の非人道性をアピールし、人類の生存が最優先されるべきことをせかいに広める。そのための運動を市民の力で世界的に展開する。

(イ) その運動に公的・政治的力を与えるために、非核国が中心になって、国家のレベルでも世界の世論を盛り上げる。

(ウ) その結果として、核保有国が積極的に賛成しなくても核兵器(使用・保有・脅迫に用いること等)禁止条約締結の機運を盛り上げる。

(エ) 国連の組織の中に存在する、大国の拒否権が行使できないメカニズムを上手く生かして条約を作ってしまう。

(オ) 国際世論に押されて、核保有国も究極的には、消極的であっても条約に参加せざるを得なくなる。

 

 このシナリオ通り、国連総会の多数決による決定で、何の権限も持たない「国連公開作業部会」を作り、そこで市民社会の代表と志を同じくする国々が、核保有国や核依存国(その代表が日本)の妨害にもかかわらず、人類史的なレベルでの議論を行い、2017年に核兵器禁止条約締結のための多国間交渉をするという多数派を形成した。国連総会がそれを受けて、今年の3月から7月までの交渉を行い77日に条約の成文を採択した。


 核兵器禁止条約の持つ意味を何点か指摘しておく。

(ア) 前文で「被爆者」に言及したことは、被爆体験と被爆者のメッセージが世界的に共有されたことを意味する。

(イ) 条約によって核兵器が禁止されたことは、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者のメッセージの具現化である。それは、被爆者の「使命」である「核廃絶」実現への大きなステップでもある。

 「道徳」から「法律」へという高次元化の意味も大きい。それは、市民社会の活用出来る「語彙」を増やしたともいえる。つまり、核保有国や核依存国内で進められてきた核廃絶運動が新しい説得手段を手にしたことを意味する。そのロジックは、

1. 「核兵器は国際法違反」

2. 「法律違反を犯さないためには、条約を批准すれば良い」

3. 「国会議員に働きかけよう」

というもので、例えばアメリカ国内で、子どもたちが大人に働きかける上でも効果的な道具になる。

(ウ) 50か国の批准を必要とする「発効」は今回の採択に賛成した国が122あることから時間の問題だ。

(エ) 核保有国・依存国の批准も上記のロジックとその応用で時間の問題。

 

 核兵器禁止条約が成立した背景には、二つの大きな流れがある。それがあるからこそ、核保有国・依存国の参加も自信をもって予測できる。


 一つは、世界の非核兵器地帯条約。南半球は既に、全て非核兵器地帯だ。

 

 

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その詳細は次の通り。

1 南極条約 (1959) 2013年に50か国 

2 トラテロルコ条約 (1967)  中南米の全ての国33か国プラス核保有5か国批准 

3 ラロトンガ条約  (1986)  南太平洋の13か国・地域プラスロ、中、仏、英批准--米は署名のみ

4 バンコク条約 (1997) ASEAN諸国10か国――核兵器国は全て未署名 

5 ペリンダバ条約 (2009)  アフリカ諸国54か国中、28か国批准、仏、中、英が批准、米ロは署名のみ

6 セメイ条約 (2009)  中央アジア5か国  

7 モンゴル非核兵器地帯宣言(1992)と地位の確認(1998) 核保有5か国が、「モンゴルに協力する誓約の再確認」を発行(2000)

 

 もう一つは、市民運動の歴史だ。市民運動は世界の非暴力化のために大きな成果を残してきているが、1996年に国際司法裁判所が発した「勧告的意見」で、「一般的には」という制限が付いてはいても、核兵器の使用ならびに核兵器による脅迫は「国際法違反」という判断を引き出したのは、市民運動だと言っても良い。勧告的意見に至る歴史を振り返ってみると、次のようにまとめられる。


 まずは、南太平洋で核実験を繰り返していたフランスを国際司法裁判所に提訴して、核実験を止めさせたという実績がある。

(ア) 1966年から1974年までフランスはムルロア、ファンガタウファ環礁で44回の大気圏核実験を行う。

(イ) 民衆の不安と怒りが大圧力になる。

(ウ) 1973年1月、オーストラリア政府はフランスを「核実験は違法」の廉でICJに提訴すると警告

(エ) 1973年5月NZが、翌月オーストラリアもICJに提訴

(オ) 6月、ICJは、8対6で、NZAUSの立場を認める仲裁的意見を発表。

(カ) フランスは大気中核実験の中止を決定


 この成功を元に、「世界法廷プロジェクト」と呼ばれる市民運動が立ち上げられ、国際司法裁判所に勧告的意見を求める決議を国連総会ならびにWHOが採択し、1996年の結果に至る。

(ア) 1986年、元判事のハロルド・エバンズ提案

(イ) 1989年、IPB, IALANA, IPPNW, PGA等のNGOの間でWCPへの支持が高まる。

(ウ) 1993年5月14日、WHOが総会で、ICJに勧告的意見を求めるよう決議、9月に受理された

(エ) 1994年12月15日、国連総会はICJに勧告的意見を求める決議を採択、数日で受理される

 こうした運動を国家として受け止め、市民の声を代弁したのがニュージーランド。その中心にいたのがロンギ首相。彼の言葉を引用すると「もしニュージーランドのような国が核兵器に対してノーと言えないのならば、どのような国が核兵器に対してノーと言えるのか。もしニュージーランドのような国が核抑止論なくしては安全であり得ないとするならば、どのような国がそれなくして安全であり得るのか」

 日本政府は、ニュージーランド以上に被爆者ならびに市民の声を代弁すべきだ。特に「唯一の被爆国」という言葉を頻発しているのが日本政府であることの責任は取らなくてはならない。総理大臣ならびに関係大臣は

(ア) 自分が大臣であるときに核兵器禁止条約が採択されるなどということは、一世紀に一度あるかないかの出来事として、歴史的な意味を考え、

(イ) 唯一の被爆国日本の「大臣」としての責任を果すべき。

(ウ) それは、被爆者の悲願実現を最優先することであり、「ヒロシマ」そして「唯一の被爆国」としての世界的な位置付けを考えると、核兵器禁止条約を採択した世界の圧倒的多数の市民や国々への責任も果すべき、ということでもある。

(エ) そのためには、選挙民からの発信が一番効果的

 具体的なアイデアの一つとして、トランプ大統領を説得して、北東アジア非核地帯条約締結を推進すべきだ。

(ア) そのために、トランプ氏の選挙中の約束を再確認する。それは、

 北朝鮮と話をする

 「世界の警察官」は辞める

 日本と韓国に核武装を勧めない

(イ) これを元に、安倍総理大臣あるいは外務大臣がトランプ大統領に北朝鮮に乗り込んで次の合意を取り付けるようアドバイスすべし。

 アメリカが北朝鮮には核を使わないことを保証

 ロシアが日韓に対して核を使わないことを約束

 日本・韓国・北朝鮮は核兵器を持たない

 アメリカ・ロシア・中国はこれら三カ国に対して核兵器を使わないことを   保証

(ウ) これで、北東アジア非核地帯条約ができる。


 支持率が下がり、名誉回復の手段を模索しているトランプ・安倍組に提案する価値はある。

 

 

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