経済・政治・国際

2019年7月15日 (月)

『テニアン』の著者・吉永直登さんにお会いしました ――熱い思いを聞かせて頂きました――

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』(法政大学出版局刊)の紹介と、「いじめ」については、これからも続くのですが、今回は、緊急レポートです。7月2日に御紹介した『テニアン』の著者である吉永直登さんにお会いしてきたのです。

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吉永直登さんと『テニアン』

私も、テニアンの歴史についてはほとんど何も知らなかったのですが、『テニアン』の中に描かれている歴史のお浚いを簡単にしておきましょう。初期の歴史は飛ばして、テニアンは、17世紀にはスペイン領になりますが、19世紀の末には、450万ドルでドイツに売られています。第一次世界大戦でドイツが負けると、統治権は日本に移り、1920年には、国際連盟の委任統治領として日本が統治することになります。それから、1944年にアメリカ軍がこの島を占拠するまで、砂糖やコーヒー、綿花の栽培によって南方の一台生産拠点になります。

1945年8月6日に、この島から離陸したB29「エノラ・ゲイ号」が広島に原爆を落としたことは良く知られています。戦後はアメリカの信託統治領になり、その後、アメリカの領土の格付けでは「コモンウェルス」と呼ばれる北マリアナ諸島の一員になっています。

さて、吉永さんがこの本を書くきっかけになったのは、8年前に、小学生だったお子さんと一緒に行った図書館の児童コーナーで、テニアンと戦争について書かれた本を手にしたことだったそうです。子供向きに書かれた本とは言え、余りにも知らないことが多く、テニアンについて関心を持つのと同時に、色々調べ始めたのは、吉永さんが、ジャーナリストとしてテニアンという島の持つ歴史的意味を見抜いた結果なのではないかと思います。

その歴史的意味とは、テニアンで生きて来た人たちの息吹によって吉永さんに伝えられたようです。「あとがき」から抜粋すると、「なぜか島のことが気になり、ある時、東京都内に住むテニアンの元住民の方に会った。その人がとても親切で、当時の思い出をいろいろ話してくれた。それからだ。テニアンの存在がどんどん自分の中で大きくなり、次第に引き込まれていった」プロセスが、『テニアン』の中には具体的に描かれています。

吉永さんに一番強烈な印象を残したのは、山崎コウさんでした。今年99歳になる女性ですが、1928年に家族とともに福島県からテニアンに渡りました。南洋興発という会社との契約で入植し、農地の開墾を行うことになったからです。当時7歳だったにもかかわらず、ジャングルを開墾するために闘う父母や、現地で南洋興発から派遣された人夫の食事係として、一人前の仕事をしていたとのことでした。一年後には、数キロ離れたところに尋常小学校ができ、山崎少女は妹とともにジャングルの中を学校に通ったとのことでした。彼女は1938年に東京に戻りましたが、吉永さんが会った元入植者の中でももっとも初期の入植時代を知っていること、また記憶力が抜群で当時の生活について詳細に語ることが出来た、大変貴重な存在だったとのことでした。

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山崎コウさんのページ

『テニアン』には、山崎さんの他にも何人かの元入植者が登場しますが、彼らの言葉で特徴的なのは「あの戦争がなければ」と「貧しかったが、楽しかった」だと吉永さんはまとめています。そしてテニアンの歴史をざっと眺めただけでも「苦しかった」時期のあったことも分るのですが、その点も含めて、『テニアン』では重層的に、そしてあくまでも人間的にテニアンの歴史を語ってくれています。

この本をまとめた結果をどのような言葉としてまとめられるのかを聞いてみたのですが、一つには、「日本人て凄いな」と強く印象付けられたそうです。そしてもう一つは、「戦争はいけない」です。テニアンに住んだ人々が抱いているテニアンへの思いと吉永さんの思いとが見事に重なっていることが分かります。

そして、吉永さんは謙虚に、『テニアン』を書くことが出来たのは、自分がお会いして取材できた人たちからの話があったからだし、沖縄県や市町村で、テニアンに入植した人たちの歴史を詳細にまとめてあったことから、それらの文書の記述を元に当時の生活を再現できた、と話してくれました。「このようなアナログ資料はやがて消えて行く運命にあるのかもしれないが、その中から、将来に残しておきたい歴史の真実を掘り起す仕事は、大変だけれど続ける必要がある」という言葉も、私たち広島の歴史を後世に伝える使命のある人間としても重く受け止めることが出来ました。

そして、『テニアン』を通して私が感じたのは、人間の未来に希望を持って良いこと、人類の未来は輝き続けるであろうというメッセージでした。

『テニアン』を是非読んで下さい。お勧めします。

[2019/7/15 イライザ]

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2019年7月12日 (金)

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』 (3) ――何故「数学書」として読みたいと思ったのか――

私が、憲法をあたかも「数学書として読む」試みをしたいと思ったのには、いくつかの理由があるのですが、それを一言で言い尽してくれている至言があります。心理学者アブラハム・マズローの言葉です。

もしあなたが金槌なら、世界は釘に見える。

同様に数学を勉強した人間にとって、世界は数学システムのように見えてもおかしくはないのです。

それを、他の言葉を使って説明しておきましょう。その結果として、「数学」とはどんな学問なのかが少しは見えてくるような気がします。

一つには、数学書では、書かれている言葉は素直にその通り読みます。例えば、「Nは整数である」と書かれていれば、「本当のところは、Nは無理数でも良いんだ」という読み方はしません。しかし、憲法については、例えば99条で、天皇や公務員には憲法を遵守する「義務」があると書かれてはいるのですが、その解釈についての定説では、これは「義務」ではなく「道徳的要請」なのです。それを素直に。「義務である」と読んだらどのような結果が生じるのか、知りたいとは思いませんか?そのように素直に読んでみた結果の報告が『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』なのです。

次に、憲法には、「自衛権」という言葉は使われていません。数学書であれば、そこに使われていない言葉を引っ張り出してきて、それを根拠に定理を証明することなどありません。それと同じように、憲法の中には現れない概念や言葉は、憲法を解釈する上では使わないことにしたらどんな結果になるのか、その結論についての報告にもなっています。

さらに、数学書では、仮にNが整数であって、加えて、Mも整数だとすると、N+Mは整数になります。それは論理的な議論によって証明できます。それと同じような簡単かつ論理的な議論をすることで得られる結論もあります。例えば、このような論理的な読み方をすると、憲法は死刑を禁止しています。しかしながら、現実の世界では、「死刑は合憲である」ということが定説になっています。最高裁判所の判決があるからです。本当にそれで良いのか、敢て問題提起をすることも、『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』では行っています。

その他の理由もありますが、それらをまとめて、なぜこの本を読むべきなのかをアピールしているチラシを法政大学出版局の方が作って下さいましたので、最後にそれを掲げて置きます。

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[2019/7/12 イライザ]

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2019年7月11日 (木)

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』 (2) ――前口上も楽しさ一杯です――

単行本でも文庫本でも、多くの場合、カバーが掛っています。そのカバーを本から外すと、内側に書いてある部分も同時に読めますので、本の内容を一瞥して理解する上では役に立ちます。とは言え、やはり目次が大切であることは言うまでもありません。その目次の部分を御覧下さい。クリックすると大きくなります。

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裏表紙に目次が載っていますが、最初の「章」は「前口上」です。タイトルは、「なぜ前広島市長が憲法を語るのか」です。その前に、「数学書として憲法を読む」がメインのタイトルですので、そちらの説明が必要ですが、それは次回に回すことにして、後半にあるサブタイトル、「前広島市長の憲法・天皇論」の説明としての「なぜ前広島市長が憲法を語るのか」を要約しておきましょう。とは言え、これは小著の中に書いた視点とは少し違ってくるかもしれません。

まず、なぜこのような本を書こうと思ったのか、を自問自答している内に、「市長」という仕事をしていなかったら、このような本を書くエネルギーは生まれなかったのではないか、と思うようになりました。それは、議員と違って、市長は市民全ての代表だからです。

衆議院議員の場合が分り易いのですが、その略称としてよく使われるのが「代議士」です。これは市民に代って議論をする、代弁をするという議員の立場を強調する言葉です。つまり、自分に一票を投じてくれた選挙民の代表として、支持者の代弁をするのが代議士だと言えるのではないでしょうか。

対照的に、市長の場合は、全市に一人しか存在しない仕事ですから、全市民の代表として仕事をしなくてはなりません。自分に投票してくれた人たちだけではなく、対立候補の支持者の代表でもあるのですから、その点もしっかり踏まえた姿勢が求められます。このことを憲法では、第15条の第2項として明文化しています。

 

15条  (一項は略)

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

 

その公務員には、重い義務が課されています。99条です。

 

99条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 

地方公務員も公務員ですから、この条文に縛られます。そして市長も当然、公務員の一人ですので、憲法遵守義務があります。

この義務を果す上で、では憲法は具体的にどのような義務を課しているのかを知るために、憲法を字義通り、あるがままに読むことが大切だと思ったのです。

[2019/7/11 イライザ]

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2019年7月10日 (水)

『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』 ――いよいよ発売です――

まずは、本の表紙から御覧下さい。このブログを読んで下さっている皆さんには、こっそり耳打ちしますが、書店に並ぶときには帯の部分がちょっと変っているかもしれません。さてどこでしょうか。そして書店に並ぶのは、配送等の事情にも依りますので、恐らく、17日か18日くらいになると思います。Amazonで予約して頂くのが一番早いかもしれません。

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何年も掛って書いた本ですので、できるだけ多くの皆さんに読んで頂きたいのですが、そのためにこの本の効能もお知らせしておくべきですね。この本を読むと、お金持ちになるとか、運が向いてくるというのも「効能」ですが、私たちは知的動物ですから、その面からの効能も大切です。「この本」と言い続けるのも煩いので、「小著」を使います。

例えば、安倍総理は改憲論者です。それも第9条を「改正」したいと言っています。ところで、9条を変えるのは「改正」ではなく「改悪」だと考える人が多いのですが、憲法に出てくる言葉を使うと「改正」ですので、「改める」という意味でこちらを使います。そして、安倍総理の意図は小著を読まなくても分ることです。

でも恐らく、多くの皆さんは、憲法9条を改正すること自体が憲法違反であることまでは、御存知ではないのではないでしょうか。それは、「憲法には96条という規定があって、その手続きを踏めば改正することは構わないのだ」という主張をどこかで、恐らく「専門家」だと称する人から聞いて、「そうなのか」と思ってしまったからなのではないでしょうか。

小著では、この考え方は間違いで、9条の改正はできないことを証明しています。しかも、その「証明」はそんなに難しくはないのです。それだけならまだ他の本を読んでも理解できることなのですが、小著の特徴は、この証明の仕方を誰でも身に付けることが出来るという点です。

昔、高校一年になったとき、微分と積分の勉強をしたことがあります。そのとき読んだ教科書には「馬にも分る」と書いてありました。読んでみたら本当に良く分って、二晩で微分と積分はマスターすることが出来ました。大感激しました。それ以来、私が本を書くとき、講演をするときの目標は「馬にも分る」なのですが、小著も分り易さを目指しているからです。

「証明の仕方」が「身に付く」のは、証明をパターン化して、「憲法改正不可テスト」としてまとめてあるからです。たった2行のテストですが、そのテストをどのように使うのかを、今度は5行にまとめてあります。いわば「憲法改正不可テスト」のマニュアルです。このマニュアルに従ってテストをそのまま使うことで、誰でも「改正はできない」ことを「証明」できるのです。

しかも、このテストもマニュアルも「論理」という鎧に守られていますから、専門家を相手にしてもこのマニュアルを使えば、相手が専門家でも簡単に説得できるという利点があります。もっとも「専門家」の中にも強情な人はいますので、注意は必要です。

その他の「効能」はまたの機会に説明したいと思います。次回をお楽しみに!

 [2019/7/10 イライザ]

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2019年7月 5日 (金)

「論理チェック」と公務員の知的誠実さ

私たちが、例えば参議院議員選挙で誰に投票するのかを決める上で大切なことの一つは公約ですが、その公約を判断する上でカギになるのが、まずは「事実」そしてもう一つが「論理」です。

前回は、大航海時代が始まったのは、「事実」と「論理」がそれぞれの役割を果したことを指摘しました。再度掲げておきます。

「地球は丸い」は真実です。人類は、それまでの「地球は平ら」という「フェイクニュース」(と言わせて下さい)を、「ファクトチェック」によって否定し、この真実に辿り着いたのでした。この真実を元に、だとすると、西に向って航海して、もやがては東にある東洋に辿り着ける、という「論理チェック」の結果、大航海時代が始まったのです。

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複雑多様になった社会や政治が、出来るだけ多くの人の幸福のために機能する上で、憲法が最重要だと言い切ってしまっても良いと思うのですが、その憲法を「あるがままに読んでみよう」とした結果をまとめたものが、『数学書として憲法を読む--前広島市長の憲法・天皇論』です。憲法を論理的にかつ自己完結的に読んでみようという試みです。今月中には発売になりますので、少しずつ紹介をして行きます。

「ファクトチェック」という表現をお借りして、「○○チェック」という形で小著の特徴をまとめると、「論理チェック」と言えるかもしれないことは既に述べたのですが、そう思った時に頭に浮んだ「定理」があるのです。ここで、「定理」という言葉を使っているのは、憲法を「公理」の集りだと考えた上で、そこから導かれる結論を数学の言葉を使って「定理」と表現しているからです。

それは、公務員が守らなくてはならない義務を述べた「知的誠実さ定理」です。これは憲法15条から簡単に導かれる「定理」なのですが、数学の言葉では、「15条の系」という言い方もできますので、それも使っています。以下、小著からの抜粋です。

まず、憲法15条の第2項を掲げておきます。

第15条 (略)

2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

[第15条の系] (知的誠実さ定理) 公務員は知的に誠実でなければならない。人類がこれまで獲得してきた真実を重んじ、それを元に事実を確認し共有するステップを論理的・科学的に冷静にしかも慎重に踏んで結論に至るべきである。

   憲法には、「公務員は知的に誠実であれ」という表現は明示的には使われていませんが、これまで何度も述べてきた、いわば科学的であることの基盤をこのような形で整理できたことこそ、憲法の強みなのだと言いたい気持です。

この系の証明は繰り返さなくても良いと思いますが、念のためにまとめておきましょう。公務員が、全体の奉仕者という役割を果すためには、意見や価値観、宗教等の異なる人たちの声を傾聴し、必要があれば特定の政策について違う立場の人たちの調整を行わなくてはなりません。その際に必要なのは、まず事実を事実として認め、それに対する判断は違っても何が事実であるかという点については合意することです。そしてその先は、言葉の意味を丁寧に素直に理解しながら、論理的推論を重ねて、それも誰それが言ったからという外からの権威を持ち出すのではなく、自立した個人として自分の頭で考えての結論を重んじつつ、次のステップに進むことです。このような最低限必要なプロセスを、通常私たちは「科学的」だと呼んでいます。そしてこのような議論の仕方が全体の奉仕者としての役割を果すための出発点であることも御理解いただけると思います。

そして、政治の場でこのような当り前のことを実現する上で、一番役立つのが、憲法そのものをあるがままに、しかもこのような姿勢で読むことです。つまり、「憲法を数学書として読む」ことです。

人類はこのような手続きの有効性を長い間掛って発見し、それを元に科学その他の学問を発達させ、人類を滅亡から救うだけでなく、より豊かで平和な社会を作ってきました。

現在の政治状況と官僚の実態、そして憲法99条との間の密接な関係については御理解いただけたとして、このような状況を改善することは、一定レベルの知的な能力を与えられている私たち人類の義務ではないかとも思います。次の世代の社会・世界がより豊かでより平和なものになるよう知的能力を活用することは、特に権力を持っている人たち――彼ら/彼女らは知的能力も高い人が多いはずなのですが――にとって最重要な知的責任の一つであると言って良いのではないでしょうか。

 

「公務員」の中には、総理大臣等の国会議員や、官僚そして裁判官も入ります。そして「知的誠実さ定理」の出発点が「真実」あるいは「事実」であることから、「ファクトチェック」の重要性も強調されていることも大切です。

[2019/7/5 イライザ]

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2019年7月 4日 (木)

「ファクトチェック」と「論理チェック」

昨日の続き、第二弾です。『ファクトチェック最前線』が、如何に楽しい、しかもためになる本なのかは、目次にざっと目を通すだけで分って頂けると思いますので、まずは目次です。

まえがき

1章 ファクトチェックとは何か

    ファクトチェックの定義

    フェイクニュースとファクトチェック

    ネットのフェイクニュース

    筆者のネットギーク取材体験

    誰でもできるファクトチェック

 

2章 ファクトチェックをリードするFIJの取り組み

    ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)の設立

    FIJ設立の趣旨

    ファクトチェックのガイドライン

    ファクトチェックへのメディアの参加

    「問題ある情報」を幅広く収集するために

 

3章 総選挙でのファクトチェック

    スマホでの問い合わせ

    総選挙をファクトチェック

    消費税2%の増税でなぜ5兆円強の税収なのか

    正社員になりたい人がいれば、かならずひとつ以上の正社員の仕事はある?

    野党党首の発言のファクトチェック

    内部留保300兆円は事実か

    ネットやメディアの情報もファクトチェック

 

4章 沖縄県知事選挙でのファクトチェック

    普天間基地をめぐる痛恨の記憶

    「沖縄にアメリカ軍基地は集中しているのか?」をチェック

    ファクトチェックは地味、されど大切な作業です

    NHK記者として沖縄赴任していた時のこと

    沖縄一括交付金の創設をめぐるファクトチェック

    調査報道から見える沖縄のファクト

    本土米軍の沖縄移転のファクト

 

5章 大阪ダブル選挙でのファクトチェック

    善悪を議論するのは止めましょう

    吉村候補「マニフェスト9割達成」発言のファクトチェック

    二重行政と都構想

    都構想をファクトチェック

    東京都創立の歴史的経緯

    ファクトチェック記事への反応

    飛び交うネットでの偽情報

    巧みなフェイクニュース

 

6章 ファクトチェックの国際的な潮流

    国際ファクトチェックネットワークと世界ファクトチェック大会

    ヨーロッパのファクトチェック

    世界がモデルとするアメリカのファクトチェック

    活発化するアジアのファクトチェック

    そのほかの地域

あとがき

著者紹介

 

この中に出てくる「FIJ」とは、「ファクトチェック・イニシャティブ・ジャパン」の略で、ウエブ・サイトには、「ファクトチェック」の訳が、「真偽検証」だという説明が付いています。

また、「ファクトチェック」を要領よく紹介しているコミックも掲載されていますので、そちらもクリックしてみて下さい。

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『ファクトチェック最前線』のテーマは当然「ファクトチェック」つまり、真実かどうか、事実かどうかをチェックすることなのですが、拙著『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』を「○○チェック」という風に特徴付けるとなると、「論理チェック」と言ったら良いのかもしれません。もちろん世の中の様々な事どもは、この両者がないと動かないのですが、それは例えば、次のようなシナリオで理解して頂くのが手っ取り早いかもしれません。

「地球は丸い」は真実です。人類は、それまでの「地球は平ら」という「フェイクニュース」(と言わせて下さい)を、「ファクトチェック」によって否定し、この真実に辿り着いたのでした。この真実を元に、だとすると、西に向って航海して、もやがては東にある東洋に辿り着ける、という「論理チェック」の結果、大航海時代が始まったのです。

私の悪い癖で、本論に入るまでに時間が掛っていますが、『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』と『ファクトチェックの最前線』との関係については次回に。

 [2019/7/4 イライザ]

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2019年7月 3日 (水)

『ファクトチェック最前線』を読んで「ファクトチェッカー」になろう

昨日の続きです。

『テニアン』の他にも、あけび書房は「今」私たちが必要としている情報やスキルを提供してくれる多くの良書を出しているのですが、最近出版されたものの内から、特にお勧めする一冊を取り上げたいと思います。立岩陽一郎氏著の『ファクトチェック最前線』です。

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その理由の一つは、近く発売になる小著『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』で取り上げたトピックと、ピッタリ平仄のあっている書物だからです。

そもそも、嘘によって人を騙すこと、また洗脳によって多くの人を惑わし操ること、さらにこうしたことの結果として人心を掌握し権力者になること等は古くからおこなわれてきています。トランプ大統領以前から「フェイクニュース」はあったのです。しかし、コンピュータとインターネットの発達によって、例えばSNSといった形で、誰でも手軽にフェイクニュースの発信者になれる時代になりました。そんな時代背景を生かして力を握ったのが、「ドナルド・トランプ」という特異なキャラクターです。トランプ大統領の場合は、匿名ではありませんが、それ以上に問題にしなくてはならないのは、発信者がどのくらい信頼できる人間なのかは全く隠されたまま、フェイクニュースだけが独り歩きする現実です。

幸いなことにこれは両刃の剣です。SNSはフェイクニュースに対抗する手段でもあるのです。だから「アラブの春」や「オキュパイ」、そして今の香港でも多様なエネルギーをまとめる力になっています。多くの市民が協力することで、技術的にも組織的にも不可能に近い結果を残したという具体例もあります。

2003年にスペースシャトル「コロンビア」が大気圏突入後に空中分解し、7人の宇宙飛行士が死亡した事故がありました。その調査に当って、大気圏突入後のコロンビアの航跡を確定する必要があったのですが、それが正確にできたのは、全米で天体観測、特にスペースシャトルの観測を行っていた数えきれないくらい多くのアマチュアの撮った写真、しかも時間と撮影地点の情報が付いたものがあったからです。

こうした市民の力を生かして「フェイクニュース」に対抗するために、私たちが身に付けるべき具体的な方法を教えてくれるのと同時に、それを実践した著者の立岩氏がどのような成果を挙げて来たのかを報告してくれているのが『ファクトチェック最前線』です。彼の基本的なスタンスを見事に表している一節が「まえがき」の中にありました。ちょっと長いのですが、引用します。

 

 「立岩陽一郎って馬鹿なの? 国連の登録名が「北朝鮮」「南朝鮮」」


 最近、ツイッターで批判されることの多い私ですが、これはそのひとつです。このツイートは、私が日刊ゲンダイに連載している「ファクトチェック・ニッポン」で、「北朝鮮」という呼称を使うことを止めるべき、と書いたことに対する意見かと思われます。

 この記事で私は次の点を指摘しました。

 北朝鮮とは朝鮮民主主義人民共和国を略したものとして使われていること。その国の人々は、この北朝鮮という呼称を好ましく思っていないこと。通常、正式名称を略する場合、「北」といった新たな言葉を加えることはないこと。また、北朝鮮という国名は、かつての西ドイツと東ドイツのように、南朝鮮という国名があって初めて意味をなすこと。そして、日本では南朝鮮とは言わず、韓国と言っていること。

 そのうえで、略するなら「朝鮮」が妥当である、と書きました。

 時あたかも、安倍総理が日朝交渉に前向きな姿勢を示した時でしたから、「安倍総理は日本テレビの取材に、無条件で日朝交渉に応じる考えだと語ったそうだ。では、ひとつアドバイスしたい。まず、北朝鮮との呼称をやめるべきだ。そうした小さな取り組みもできないようでは、相手側に対話の機運は生まれない」と指摘しました。

 前記のツイートをされた方は、その内容が気に入らなかったのでしょう。もちろん、私の意見を批判するのは自由ですし、批判は歓迎します。しかし、「国連の登録名が「北朝鮮」「南朝鮮」」というのは事実ではありません。

 これは、国連のウエブサイトを確認すればすぐにわかることです。国連の加盟国のところには、「Democratic People’s Republic of Korea」と書かれています。これが登録名です。

ちなみに、自由奔放な発言で知られるアメリカのトランプ大統領は時折、DPRKを使います。これが正しい略だからです。もちろん、North Koreaとも言いますが、これは西ドイツ、東ドイツのケースと同じで、英語では、普通に朝鮮半島の南北を、South Korea とNorth Korea と言い分けているので、自然なことです。

 

実は、この考え方や論理の進め方が、『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論』を書く上での私の基本的なスタンスと一致しているのです。長くなりましたので、次回に続きます。

[2019/7/1 イライザ]

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コメント


の前に、まずはご著書『数学者として憲法を読む』をと、
amazon予約しました。
↑注文のたびに、町の本さんスミマセン🙇と。
(が、都心にいても老体には大助かりではあります)

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。そして、Amazonで予約して下さったのも、感謝・感謝です。

『数学書として憲法を読む--前広島市長の憲法・天皇論』を読むとどんな良いことがあるのかを、これから何回かに分けて説明しますので、多くの皆さんにお読み頂きたいと思っています。

 

 

 

2019年7月 2日 (火)

あけび書房から労作『テニアン』が発売されます

広島の人なら、「テニアン」と聞いて、「ああ、あの島だ」とすぐ分るはずです。B29爆撃機「エのラ・ゲイ」号が、8月6日の未明に飛び立った島です。そして8時15分に広島に原爆が投下されました。

現在では観光地として人気があるようですが、この「テニアン」にも歴史がありました。歴史とは人間が生きてきた軌跡を様々な形でまとめた結果の総称ですが、私がそうであったように、原爆投下との関係以外の、しかもそれ以前の歴史については知識のない人が多いのではないでしょうか。

共同通信社の記者である吉永直登さんが8年にわたる取材の結果、出版に辿り着いた労作です。まずはチラシと、本の表紙を御覧下さい。「類書のない大労作」は誇張ではないのです。

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できるだけ多くの人に読んで頂きたいのですが、この素晴らしい本の内容の「はしがき」から抜粋した文章が裏表紙に載っています。

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私たち人類は、今、世界が直面している危機的状況を誰にでも分るような形で表現するだけの能力を持っていません。別の言葉で言えば、激動する社会の動きを正確にかつ誰にでも分るような形で表せる語彙を持っていないのです。それを少しずつでも補い、新たな語彙を増やして行くためには、例えば『テニアン』のような形で、人類全体からすれば小さい地域である一つの島に生活してきた、しかも人数としてもそれほど多くはない日本人の生の姿を胸に刻むことで、より大きな歴史の流れを理解し表現できるようになるのではないでしょうか。

この力作を刊行するのは、あけび書房です。大手の出版社ではありませんが、2015年には「梓会出版文化賞」を受賞しています。「一貫して福祉・貧困をテーマにして、しかも気骨ある出版活動」を31年(当時)続けてきた姿勢が認められたのですが、その姿勢は、あけび書房が誕生したときに採用した「あけび憲章」に盛り込まれています。私たちが、社会と向き合う時の参考にもなりますので、その憲章をここに掲げさせて頂きます。

あけび憲章

  • あけび書房の出版活動は、読者・筆者とともに「今日を生きる勇気と明日への夢を広げる共同事業」である。 
  • 私たちは、「人間の幸福」につながる出版活動のみを追い求める。 
  • そのために私たちは、ささやかであろうがヒューマニズムに満ちあふれた営みを出版をとおして広め合う。また、非人道的な事象をするどく告発し、同時に告発にとどまることなくその背景を正しく問題提起する本づくりを進める。 
  • 私たちの出版物は、明るさとのびやかさと骨太な素朴さに満ちあふれた「国民的な読み物」であるように努める。そのために、「手にとりやすく、読みやすく、わかりやすく、おもしろい」出版物を創り出すことに筆者等とともに努める。 
  • 私たちは「だれのために、何のために出版するのか」を常に自らに問い続ける。そして、私たちは出版物を通じて、幸福と平和と自由のための闘いに参加する。 
  • 私たちは「読者が主人公」の精神を堅持する。そして、私たちが最も大切にする読者は、「苦悩から歓喜へ(ベートーヴェン)」を希求する人々である。 
  • 私たちは、その読者の生活の現実と彼らの出版物への必要性のみに依拠し、その他の一切の権威からは自由であり、その他の一切の誘惑からは無縁である。 
  • 私たちは、私たち自身の良心と出版人としての理想にのみ忠実であり、その他の一切の束縛からは自由である。 
  • そのためには、私たちは学ばなければならない。生きた現実から、生活する人々から、幸福と平和と自由のための闘いから謙虚に学ばなければならない。 
  • 私たちの出版理念を阻害する自らの怠惰と自らのうすっぺらな感性と、そして外からの抑圧には、真正面から闘わなければならない。 
  • 「謙虚に学ぶことと、真正面から闘うこと」に対する私たち自身の確信の拠りどころは、出版人としての理念の原点にもどる以外にない。 
  • 私たちの合い言葉は、「科学とヒューマニズム」「熱い心と冷めた頭脳」である。 
  • あけび書房が理念を持ちつづけ、その出版活動を発展させることのできる物質的条件は健全経営である。 
  • 私たちは「あけび憲章」にかなった出版活動を「アジタート・マ・ノン・トロッポ(激しく、しかし、穏やかに)」で追求する

もう一つ、あけび書房は数学教育協議会が編集している『数学教室』も発行して下さっています。数学の先生方が苦労して編集し、お互いに刺激し合って勉強するため、何よりも数学や算数を学ぶ子どもたちのために作ってきた雑誌です。私も、「the Better Angels」というシリーズを毎号掲載させて頂いています。こちらも応援して頂ければ幸いです。

[2019/7/1 イライザ]

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2019年6月28日 (金)

広島をどう発信するのか

私たちが政治家やオピニオン・リーダーと呼ばれる人たちに期待していることの一つには、自分では分っていてもいざ言葉にしようとするとそこで行き詰ってしまうような事柄について、スパッと分り易い言葉で、解決の方法を示してくれることがあります。あるいは自分でもあちらこちらで言い続けてきたことを、「これは自分が言ってきた事そのままではないか」という感じで、その上説得力がさらに大きくなった形で公にしてくれることも、その一つなのではないかと思います。

良く考えてみるとこれは、「政治家やオピニオン・リーダー」だけに期待していることではありません。若い世代の人たちにも同じような期待を持っていますし、加えて、自分たちの世代には考えもしなかったような視点が付け加わっていると、「驚き」や「爽快さ」とともに、次世代への信頼が大きく増してくるように思います。

実は最近そんな経験をしました。『週刊金曜日』の5月24日号、「論争」欄に掲載されていた「ヒロシマを発信して行く広島の役割」が期待に沿った内容でした。県職員の菅島章文さんの問題提起ですが、広島県・市がこのような姿勢で仕事をし、議会もそれを応援するという体制があれば、広島が日本一の地域として評価され続けても不思議ではなかったと思います。加えて、かつては「原爆記者」に代表される良識ある報道が特徴だった広島のマスコミが、その心意気を失わずにいてくれたら――、と無い物ねだりになってしまいましたが、まだまだ希望を捨ててはいけません。菅島さんと同じ気持ちの若い世代のリーダーたちが必ず立ち上がってくれることを信じています。

これ以上の多言は必要ではありません。『週刊金曜日』の当該ページをお読み下さい。

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 [2019/6/28 イライザ]

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コメント


心打たれる文章ですね。

「ココロ」様

コメント有り難う御座いました。

「文は人なり」と言われる所以ですね。

 

『月刊金曜日』から購読していながら、大いに恥じ入る次第です。
タイトルは読みましたがスルーしてしまいました。
言い訳しますれば、
同人雑誌的な面が多分にあるため(がため目減りの一途😢)、
「論争」「投書」欄も、そうだ!そうだ!!そのとおり!!!
の内容が多いので、つい...。
飛んで火に入る...的タイトルですと、ん!?→👀となるのですが。
にしても投稿された方、これだけでも相当の勇気がいったことと
思います。

 

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃるように、自分の意見を思う通りに公表することに勇気が必要な時代になりつつあります。もうなっているのかもしれません。だからこそ、勇気を持って発言することがより一層大切なのだと思います。

 

読んでいて胸が熱くなる気がしました。無料から有料、しかも50円とか200円とか…そこで単純計算される収支とは比較にならない大きなものを失ってしまうことに何故気付かないのでしょうか。
きわめて表面的な価値観に基づいて換算された金銭的な数値ばかりが必要以上に重視され、理念や理想といった換算不可能なものは「無かったもの」「無価値なもの」にされてしまう。そんな極端に振り切れてしまったバランスの振り子を、なんとかまともなものに戻したいものです。

 

「うみねこ」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃるように、心と心をつなぐための仕組み作りが理解されていない現状を変えなくてはなりませんね。

難しい理由の一つは、「反対のための反対」といった、「ネガティブな心」同士を結び付けて権力を動かすメカニズムが生きていることかもしれません。それに対する有効な対抗手段が、菅島さんの勇気ある投稿であり、それに応えるこのような皆さんのコメントなのだと思います。

2019年6月26日 (水)

自動車運転の安全性を高めるために (5) ――自動運転が普及するまで――

前回は、急発進防止装置の「ペダルの見張り番」を国内の全車に取り付けるべきだという問題提起をしました。費用は、何の役にも立たない、ということは人の命を助ける上でも役に立っていないということなのですが、オスプレイとイージスアショアを止めてそれを充てればお釣りの来ることを説明しました。

でも、それで十分かと言われると、そうではありません。人命を守る上で効果のあるのは、「自動ブレーキ」です。ペダルの踏み違いによる事故だけが事故なのではないのですから、その他の事故でも、自動車のフロントの部分が、人間や他の車に近付いたことをセンサーが察知すれば、自動的に防レーキが掛るような装置は必要不可欠です。

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費用面では、現在でも、自動ブレーキを搭載したモデルとそうでないモデルとの価格差は5万円くらいらしいので、個人的に自動ブレーキを採用することも可能です。しかし、全車に搭載した方が効果的ですので、その線で考えましょう。日本全国で一年間の新規登録される自動車数は約500万です。現在の価格、一台5万は、大量生産や技術革新等で、2万円くらいに下げるのは難しくないでしょう。となると、全部で1,000億円です。

そこですぐ頭に浮ぶのが、「思いやり予算」です。アメリカ軍が日本に居続けるために、そしてアメリカ国内より豊かな生活をし、基地でアメリカ軍のために働く労務者の費用も、私たちの税金で払うということになってしまっているのですが、「思いやり予算」というニックネームが付いているくらいですから、どうしても必要な支出ではなく、相手を「思いやる」ための予算です。

この「思いやり予算」が一年約2,000億円ですので、その半分で多くの日本人の命が、交通事故から守られます。それ以前の問題として、これまで、技術的には可能ではあっても、ヨーロッパに売る車には搭載しても日本国内の車には搭載して来なかった自動車メーカーが、罪滅ぼしのために、内部留保の一部、それもほんの一部を使って、日本人の命を守るための「社会的責任」を果しても罰は当りません。

これを10年続けると、国内で走っている車のほとんどには自動ブレーキが搭載されることになります。それまでには自動運転車も普及してくるはずですので、それと合わせると、これから10年経つと、国内での自動車事故は激減するでしょう。

自動運転車の装備の一部になるであろう、その他の機能の一つは、赤信号で車が自動的に停車することです。人間は赤信号を見ても交差点に突っ込みます。でも赤信号をセンサーが感知したら自動的に車を止めることは技術的には簡単です。

そして、自動運転車の普及のための中間的な措置として、高齢者の住む割合が多い団地で、自動運転バスサービスを5年から10年の間、提供すべきです。アイデアは簡単です。バスが団地内を一巡するコースを決めて自動運転車を走らせ、公共交通機関の駅まで輸送するのですが、鍵は固定ルートに限った、しかも時刻表に従ったサービスだという点です。これを実現するのはそれほど難しいことではありません。

実現可能なのは、団地から駅までのバスサービスが次々と廃止された理由にあります。それは、運転手さんの人件費が賄えなくなったからです。自動運転バスは、人件費の問題がありませんので、つまり、「無人」のサービスになれば、そのコスト上の問題がクリア―されますので、高齢者に取っては素晴らしい環境が出現します。

「高齢者の免許返納」キャンペーンよりはこちらのキャンペーンの方が、希望に満ちていると思いますし、こんなサービスがあれば、自分で自動車を運転しなくても済むことになりますので、それこそ「自動的」に免許返納をする高齢者が増えるというボーナスも期待できそうです。

 

 [2019/6/26 イライザ]

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