映画・テレビ

2017年2月13日 (月)

筋トレ本格開始 ――決意表明――  


筋トレ本格開始

――決意表明――  

 

多くの高齢者と同じように、テレビショッピングで、「高い」買い物をさせられています。それなりに活用はしていますが、まだまだ不十分だったことが、一昨日のあるチャンネルを視ていて気が付きました。

 

皆さんは次のことができますか。まず、椅子に浅く座って下さい。片足を少し上げて下さい。そのままで、地に着いた方の脚だけで立つことができますか。

 

「簡単にできる」というのが、試してみる前の私の頭の中での言葉でした。でも、全くできませんでした。お尻さえ持ち上がらなかったのです。どちらの脚も不合格。その上、どの筋肉が弱っているのかも、しっかり体感することができました。

 

これは大問題ですので、今夜から新しい筋トレプログラムを実行します。

 

まずは、ワンダー・コアを使って、腹筋の鍛錬。これはショップ・ジャバ゜ンで買いました。今までと同じように、腹筋の軽・中程度の運動を30回×2セット。

      

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 それから、背筋の運動は床に寝そべって、同じくらいの回数。腕立て伏せも、30回×2

 

新たに加えるのが、トランポリン。これも、トランポリンそのものは購入済み。

 

 

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安全をモットーにまずは5分から。そしてスクワット。これは、50回×2くらいから。

 

そして、片足でのスクワット。力が弱っているのでできる回数から、というプログラムです。今までの上半身に加えて、下半身の運動も始めるということです。それに、毎朝、一時間ほどのウォーキングを続けてきていますので、これも継続です。ダンベルも買った方が良いのかもしれません。

 

筋トレの経験のある方にアドバイスをして頂ければ有難いですし、筋トレの入門書なども御紹介下さい。

 

今回は短い記事になりましたが、決意が鈍らないようここで表明しました。「思い立ったが吉日」です。これから筋トレ開始ですので、応援して下さる方は、バナーの「ポチ」で、そしてコメントで、メッセージを送ってください。

 

 

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コメント

そもそも、左足片足では立てません。
両足で立っていて、右足を浮かすと
ストンと腰が落ちてしまいます。情け
ないことです。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。今から始めれば、私の年齢になるまでには、「余裕」で、いろいろできるようになるはずです。ちりも積もれば山になる、百里の道も一歩から、です。

2017年2月11日 (土)

テレビのアンテナ端子を増設  


テレビのアンテナ端子を増設  

 

そろそろ、入学や転勤などで引っ越しの季節が始まりますが、わが家でもその準備を始めました。その一つが、テレビのアンテナ端子の増設です。これまではテレビを置いていなかった部屋でテレビを視ることになりましたので、その部屋までアンテナからの引っ込み線を延ばし、壁に端子を付ける作業です。

 

場所は、今まで電気のコンセントのあったところです。

 

             

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数年前には同じような工事を自分でしましたので、本当は今回もDIYでと思う気持はあったのですが、専門家に頼みました。屋内配線の延長となると、天井裏に潜り込むか、床下を這いずり回るのかどちらかが必要になるはずですが、どちらも今一、自信が持てなかったからです。その判断は正解でした。床下に潜っての作業、それも床の高さがかなり低い構造だったようで、見ているだけですっかり疲れたからです。

 

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左がアンテナ端子です。パネルの色が変りましたが、こちらの方が明るくて良い感じです。

 

この工事の中身は、アンテナ端子が既にあるA地点と、端子がないコンセントのあるB地点とを、同軸ケーブルでつなぐことです。素人考えでは、まず、A地点に、同軸ケーブルを二本つなげられる接続器を入れて、そこに同軸ケーブルをつなぎ、それを天井裏か床下を通してB地点まで延ばして、もう一方の先をB地点に新たに設置する端子につなげる、という手順なのですが、プロの工程は違いました。

 

まず、B地点に新しく端子を付け、それにつないだ同軸ケーブル、それもかなりの長さのものを床下に落すのです。次に、A地点でも同じことをします。すると、床下には、端がフリーの二本の線が漂っていることになります。次に床下に潜ってその二本の線をつかんで地上に戻り、その二本をつなぎます。

 

次の写真が、無事、つながれて一本になった同軸ケーブルです。二本をつないでいる金具の取り付けの写真を取り損ねましたので、その後、テープの巻かれた状態です。

 

 

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念のため、A地点、B地点両方でテレビをつなげてみましたが、全く問題ありませんでした。自分で工事をしたのではありませんが、数時間で期待していた通りの結果を見ることができてとても幸せでした。

 

核兵器の廃絶とか、社会的格差や差別をなくすことなど、難しい問題に関わっていると、なかなか思う通りの結果が目の前に見えて来ないことも多くあります。その結果、フラストレーションを感じたりすることにもなりますが、でも、もう少し時間の尺度を長く取ってみると、実は、アンテナ端子の増設と同じようなプロセスを経ているのかもしれません。

 

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コメント

テレビのアンテナケーブルって昔から邪魔だと思ってます。
スマホやPCではWi-FiやBluetoothでの無線接続あるのですから、テレビでも早くできてほしいと思います。
ついでに、USB端子付きにもされたらよかったと思います。
そういえば、最近の若い人はあまりテレビを見ないそうですね。
映像は、スマホやタブレットやPCでネット配信が多いそうですね。
地上波のテレビドラマも、ネットテレビで再配信されているのが増えて来ましたね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。アンテナまでは無線で届いているのですから、受信機まで無線にすることは技術的には問題がないはずですね。

「工場長」さんが、どうすればそのような形でテレビを見られるのか、一万円ほどかければ可能だという記事を書いてくれました。
http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/#_ga=1.181776356.214472932.1481890510

でも、私個人としては同軸ケーブルへの「愛着」があるのも事実なのです。

2017年1月15日 (日)

ジョン・ハーシー氏の孫    ――20世紀を代表するジャーナリスト――


ジョン・ハーシー氏の孫

――20世紀を代表するジャーナリスト――

 

 

3世代、つまり歴史的な人物の孫たちの中で、私がたまたまお会いすることになり、しかも強烈なインパクトを受けた三人を御紹介していますが、今回は、20世紀を代表するジャーナリストであるジョン・ハーシー氏の孫、キャノン・ハーシー氏です。今広島に来られていますので、精力的に共同事業を進めている西前拓氏とともにお会いしました。

 

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 キャノン氏と西前氏


私たちの世代に取って「ジョン・ハーシー」という名前は彼の著書『ヒロシマ』とともに、大きな存在なのですが、若い人たちの中には彼の名前を聞いたことのない人もいるかもしれません。簡単に紹介すると、ハーシー氏が1946年に広島を訪れ多くの人をインタビューし、その中から6人の被爆者を選んで彼らの体験と人間性を淡々と、しかしその結果、驚くほどの感動とともに描きました。そのレポートは1946831日号の『ニューヨーカー』という雑誌全頁を割いて掲載され、一日で30万部が売り切れたという記録が残っています。その後、そのレポートが一冊の本にまとめられたのですが、それが『ヒロシマ』です。

 

ハーシー氏1985年に再度、ひろしまを訪れ、6人の被爆者のその後を調査した上で、『ヒロシマ』に追記を加えています。その時に、広島国際文化財団等とともに取材のお手伝いをしたのですが、ハーシー氏の広島レポートは、20世紀最後の時代に、国際的なジャーナリストたちの投票によって、20世紀で最も重要なジャーナリストの仕事に選ばれています。

 

その縁でキャノン・ハーシー氏とお会いすることになりました。

 

私たちが、大切なことを人に伝えるときに、使えるあらゆる手段に頼るのは自然ですが、それが「全て」であることを強調するために、しばしば「情理を尽くして」という表現が使われます。知性と感性と言って良いと思いますが、言葉を使い克明にしかも感動的に被爆体験を伝えるのは「知性」の領域に入ります。

 

キャノン・ハーシー氏はアーティストですので、彼の仕事は「情」の部分、つまり「感性」に訴える仕事です。キャノン氏の活動の一部は、次のウェブサイト、そして1future.comのページで御覧頂けます。

彼の作品展示のレセプションのビデオも御覧下さい。




ここ数か年、キャノン氏の柱の一つになったのは、元々、黒田征太郎氏が手掛けていた「Pikadon Project」です。黒田氏を師と仰ぐ映像作家そして広範なメディア・プロデューサーとしても活躍してきた西前拓氏との共同作業です。その全体像は、クラウド・ファンディングの説明ページが分り易いのではないかと思います。

 

次のプロジェクトのキックオフは今年の4月にニューヨークまた10月頃には広島で始まる予定ですが世代や国境を越えた核なき世界」実現のための「平和円卓会議2020 Peace Round Table」を今後4年間にわたって開き2020年までに実行可能なことを積極的に推進する予定です

   

この円卓会議では、4つのテーマを決めて、できるだけ多くの人々それも、年齢・男女・国籍・専門のあるなし・宗教・職業等々、様々な点で違いを持った人々が一堂に会し、未来づくりのために知恵を出すことが目的です。企画書の一部を引用します。

平和円卓会議 2020 Peace Round Table 4つのテーマ 平和円卓会議では、国境を超えて、教育、行政、NPO、企業、メディアなど各界の有識者そして若者や市民が集まり、原爆投下75周年となる2020年に向けてこれから4年間にわたって我々に何ができるのか 、どのようなプロジェクトが考えられるか、またどのような手段があるか、 知恵を出し合います。その上で広島、長崎からどのように世界に発信していくか、また世界からの視点をどのように受け入れるか、以下の4つのテーマにそって具体的に協議していきます。

 ☆人権 Human Rights for Peace  核の問題は人権問題でもあり、各国の核被害者との連携の重要性 核被害者フォーラムや世界各地の被爆者との交流事業

☆環境  Healthy environment for Peace  核の問題は環境問題でもあり、地域社会、国際社会がいかに共同で取り組むべき問題 被爆樹木プロジェクトなど

☆コミュニティ  Community for Peace  自分たちの住むコミュニティ、町や村から平和を広げていくことの重要性 Mayors for Peace 平和首長会議

☆イノベーション  Innovation for Peace   テクノロジーの力で核問題に関する新たなコミュニケーションを生む オンラインソフトやアプリの開発Hiroshima Archive


芸術を通じて、先人たちの遺産を次の世代につなげて行くのも私たちの大切な仕事です。それぞれの分野で才能のある、そして志を持つ多くの人々、特に(私より)若い世代の皆さんに期待しています。

 

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2017年1月 7日 (土)

多作多捨


多作多捨

 

「一年の計」の追加項目として「一日一句」、つまり一日に一句は俳句を詠む、という目標を掲げようとも考えたのですが、日記もあり、ブログもある中でとてもそこまでは手が回らないだろう、という消極的な結論になっていました。

 

しかし、15日のプレバトで、夏井いつき先生が「多作多捨」の大切さを強調されていましたので、易きに付く結論を出してしまったことを少し後悔しています。俳句の世界ではこの言葉が広まっていることは初めて知ったのですが、「良いアイデアを出す方法」として、授業の中でも講演等でもこの点を繰り返してきていましたので、少し恥かしい気持にもなりました。

              

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拙著『顔を持ったコンピュータ』にも登場するコンピュータ科学者の一人がエドワード・フレドキン教授です。結構変わった人の多いMITの中でも目立つほどの人なのですが、学歴不詳、というより通常の教育はあまり受けていないにもかかわらず、コンピュータの世界では天才的な閃きで、多くの新分野を開拓した人です。

 

 

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 彼に、「それほど素晴らしいアイデアをたくさん生み出す秘訣は何なのでしょうか」と聞いてみたのですが、返ってきた答えに最初はびっくりし、後で納得しました。そしてそれは私の座右の銘にもなりました。「私は良いアイデアを生もうと努力している訳ではなくて、良くても悪くても、いや悪いアイデアをたくさん考えることにしている。その中から、たまに素晴らしいアイデアが顔を出すのだ」。これを密かに「フレドキンの法則」と呼んできました。

 

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 最初から良いアイデアを生み出そうとすると、何かに気が付いても、まずはそれを評価する気持になって、多くの場合は「つまらない」方のゴミ箱に入れてしまいます。そのアイデアに関連したことはいくつかあるはずなのですが、それらも次の候補としては顔を出すことはなくなり、私たちの限られた記憶の倉庫の中はすぐ空になってしまいます。そこから良いアイデアはまず出てこないでしょう。4字熟語としては、「多捨少作」でしょうか。

 

その反対に、とにかくアイデアが閃いたら、良くても悪くてもそれをしっかり育ててみる、その上で、拾うべきかどうかを考える、という順序にすると、仮に駄目なアイデアであってもそのアイデアから派生する全く別の畑への道が見えてきたりするということなのです。

 

「フレドキンの法則」が実は日本でも「多作多捨」として俳句の世界に独立して生きていたことを発見して、2017年がますます充実してきました。そして今年も「多作多捨」で頑張りたいと思います。その中から珠玉の真珠が見付かると素晴らしいのですが――。

 

 

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コメント

私も同じ番組のその場面で「多作多捨」と云う言葉を初めて聞き
感銘、いや、勇気を貰いました。

遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。
記事も楽しみにしてます。
プレバトを見られているとは、ちょとビックリしました。笑
広島でも、年配方で俳句をされている人は少なくないようですね。

「⑦パパ」様

自分が感じていることを短い表現で的確に言い表している言葉や作品に出会うのは嬉しいですね。「多作多捨」がその一つでしたし、結局俳句も、そういうことなのではないでしょうか。これをブログで真似しようとすると、ちょっと難しいかも知れませんね。オッと、これは明日のテーマです。

「やんじ」様

こちらこそ本年も宜しくお願い申し上げます。老若男女、誰でも簡単に楽しめるのが俳句でしょうが、芭蕉のイメージから「お年寄りの趣味」的な影も漂いますね。プレバトの良いところは、詫びとか寂とは対極にあるとさえ思われている芸能人に、俳句の良さを伝えていることなのではないでしょうか。

こんな形で芸能人の感性が研ぎ澄まされることで、底の無い下品さしか目にできないテレビの質が少しは向上するのでしょうか。

2016年12月29日 (木)

豊臣家滅亡から得る教訓

豊臣家滅亡から得る教訓

 

NHKの大河ドラマ『真田丸』が終りましたが、池波正太郎ファンとして、この機会に『真田太平記』を読み直しました。(実は1986年にこの本を元にしたNHKの連続ドラマ『真田太平記』がありました。)

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再読して強く感じたことが、この稿のタイトルなのですが、長い間、秀吉ファンを自任していたにもかかわらず、こんなに大切な点を軽んじていたのかと考えると忸怩たる思いです。跡継ぎの問題、家臣たちの間にある不満を十分に理解できなかったこと等を秀吉の老化現象の結果だと見ることも可能ですが、あえて厳しく、自分の行動の結果が自分にどう跳ね返ってきたのか、という視点から朝鮮出兵と豊臣家の滅亡を考えてみたいと思います。

 

豊臣家が滅亡したのは、家康の奸智によるとか、三成の器量が小さかったとかいうレベルの「月旦」的な説明が多くありますが、1592年と1597年の朝鮮出兵 (文禄の役・慶長の役)からどんな教訓を汲めるのか、という問と一緒に考えると答は明らかだからです。

 

国内統一は一応できた、と秀吉が考えたからこそ、それまで温めていた唐・天竺までも征服するという目標達成のための第一歩として朝鮮侵略を始めたのでしょうが、国内はまだ不安定でした。特に、類書が揃って指摘しているように、家康や彼に同調する一大勢力の権力奪取への思いを秀吉が過小評価していた点がカギになるのかもしれません。朝鮮に戦争を仕掛けることには反対する人々もかなりいたのは事実ですが、そのような冷静な判断を強引に押し切って戦争を開始したことを、秀吉は自分の力の大きさを確認したと考えていたような節さえあります。

 

この戦争でも加藤清正の虎退治のようなストーリーが流布され、侵略戦争であった側面はあまり強調されてこなかったような気がしますが、この稿で問題にしたいのは、動機は何であれ、秀吉が始めた戦争が秀吉自身にそして豊臣家にとって何をもたらしたのかという点です。

 

戦争史として詳しく何が起こったのかを知ることも大切なのですが、大きくまとめて次に進みましょう。戦争は長引き、朝鮮の被害と犠牲が大きかったことはもちろんですが、朝鮮の支援をした明も大きな被害を受けました。この点の重要性を改めて強調するまでもないと思いますが、戦争を前提として考える為政者たちにとっては、この視点から「だから海外派兵は止めましょう」と説得しても、「あのときは駄目だったけれど、次は勝つから」という言い訳を自分自身でしてしまう結果、全く耳に入らない可能性が大きくなります。

 

その代りにここで強調したいのは戦争を仕掛けた豊臣家が、この戦争の結果、滅亡したという事実です。結局は勝てなかった戦争に膨大な資金と人員を注ぎ込み、協力した大名たちには何の恩賞もなく、それぞれ疲弊し、中には離反する場合もあるという結果になりました。半面、勢力を温存し、打倒豊臣の結束力を強めていた徳川方にとっては大きな梃入れになり、関ヶ原、大坂冬の陣・夏の陣で豊臣家は滅亡する破目になったのです。

 

こんな結果になった理由の一つは、元寇からの教訓を生かせなかったからです。秀吉も、鎌倉時代の日本が強かったから元・高麗の連合軍に勝てた、という総括だけは教訓として覚えていても、当時の元の軍事力をもってしても日本軍との戦いに生かせなかったのは、それが海外侵略・海外派兵だったから、というもう一つの教訓には思い至らなかったのでしょう。兵站を考えるだけでも困難さは想像できるはずなのですが。

 

そして秀吉の残した教訓「海外派兵は滅亡に至る」が理解できないために、日中戦争そして日米戦争を始め、その結果、1945年の敗戦に至ったのがその後の歴史ですが、これも、「海外派兵は滅亡に至る」という大原則を証明している歴史的事実です。

 

このような歴史があるにもかかわらず、安倍政権はその教訓を理解できないまま、解釈改憲から、戦争法、武器禁輸原則の破棄等、戦争と海外派兵への道を歩んでいます。その方針を貫くために、「盟友」アメリカの提出した安保理決議案にさえ棄権するほど前が見えなくなっています。その結果が「滅亡に至る」ことは明らかなのですが、今ならまだ、私たちの力で軌道修正のできる可能性は残っています。

 

歴史の教訓をきちんと汲み取って未来に生かすために、まずは『真田太平記』を読んで豊臣家滅亡の経緯を知ることから始めるのも一つの選択肢だと思います。

 

 

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2016年12月26日 (月)

『さくらの花よ 泣きなさい』

『さくらの花よ 泣きなさい』

 

このブログは「タウンNEWS広島平和 大通り」をお師匠さんとして立ち上げましたので、いろいろ影響を受けています。ということで書き出しも似てしまうのですが、「数学の苦手な国?そして「算数のできない国」に触発されて浮んだ思いを文字にしたいと思います。

 

特に心に響いたのは、「日本に再び桜は咲くのでしょうか」と、三浦サリーの『桜咲く』でした。

それは、荒木とよひさ作詞・三木たかし作曲の2008年の歌『さくらの花よ 泣きなさい』 (歌は保科有里、三木たかし、黛ジュン版があります)を思い出したからです。

              

               

 

この歌は、喉頭がんで手術を受ける前、つまりやがては声を失うことになる前に三木たかしが自ら歌ってレコーディングした「最後の曲」として知られています。恐らくその時点で死を覚悟していた三木に寄り添う気持を盟友の荒木とよひさが言葉にしたのだとしか読めない美しい切ない歌詞です。

 

でも、桜は日本という国の象徴でもあります。桜の花は市民一人一人ということになるはずです。国だから国民と言っても良いのですが、この言葉はあまり使いたくありませんのであえて市民と言い換えます。その視点から、三木・荒木という素晴らしい作詞家と作曲家の友情とは全く別の文脈で、しかも歌詞の一部を変えると、理想の国を探し求めながら、自分の国の情けなさに涙する歌に聞こえてしまったのですが、これは深読みが過ぎているでしょうか。もう一つ付け加えるとすれば、『さくらの花よ 泣きなさい』を最初に耳で聞いた時の印象としてはそう感じたという、まったく主観的な思いがあります。

 

実は、そう思ったのは、次の一節が原因です。

 

「心から嘘をつき また人を傷つけて

生きることの 恥ずかしさ」

 

本来の歌詩の中では、死を目の前にした自分が人生を振り返って懺悔の気持を表す言葉です。でも、ずっと昨今の政治を考えながら、その原因を探し上手く伝えるにはどうしたら良いのかを考え続けているために、現在の為政者に欠けているのが、このように自らを振り返り謙虚に自分たちの言動を省察しそれがどのような結果を招いているのかを市民の立場から客観視することなのではないか、と閃いてしまったのだと思います。

 

これほど素晴らしい楽曲を政治批判の言葉として自己流に解釈してしまうことが、詩と音楽に対する冒涜にならないことを祈っていますが、敢えて弁明すれば、『さくらの花よ 泣きなさい』を最初に耳で聞いた時に私の心に響いたのは、一人一人の人間の生と死の大切さだったのです。大きな権力を持つ人々にもこの歌の持つ真実を常に感じながらその権力を行使して欲しいと思ってしまったのです。

 

歌詞の中には繰り返し「泣きなさい」という言葉が出てきます。政治に絶望して泣きたいほどだという表現は使われますが、それを代弁してくれているようにも読めました。勿論、泣いてばかりいても政治は変わりません。どうすれば良いのでしょうか。

 

 

そろそろ大晦日も近付き紅白歌合戦も頭の隅にあったからなのかもしれませんが、武田鉄矢の『贈る言葉』も思い出しました。「悲しみこらえて ほほえむよりも 涙枯れるまで 泣くほうがいい」のかもしれません。絶望して泣き、怒りながら、しかし同時に、したたかにエネルギーを蓄えることも必要です。本当はそれを書きたかったのですが、いつもの癖で前説が長くなってしまいました。次回に続きます。

 

 

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2016年10月27日 (木)

テレビ番組をブルーレイ・ディスク(BD)に残す


テレビ番組をブルーレイ・ディスク(BD)に残す

 

数年前に東芝のRegzaというテレビを買いました。画面がキレイなことも良かったのですが、特に惹かれたのは、外付けのハードデイスク(HDD)に録画ができて、HDD4台までつなげるという点でした。見たい番組は取り敢えず録画しておいて、後から見るかどうかを決めるという合理的な選択ができるような気がしたからです。

 

でも現実はそれ以上で、録画する番組はどんどん増える一方でした。勇気を出して削除する番組を決めて何とか削除できましたが、その中で、どうしても後、何度か見ておきたい番組や、記録として残しておきたいものが出てきました。何しろHDDの寿命は長くて10年、HDDがダメになると記録もなくなってしまいます。BDの方が寿命は長いので、そちらにダビングするのが自然です。

 

そのためにはいろいろな仕掛けが必要で、LANネットワークにテレビとパソコンをつなぎ、Diximというソフトを使うのが一番簡単でした。Diximは元々パソコン用の外付けBDレコーダーに付属していたのですが、このソフトを使うとRegzaHDDからLANネットワーク経由で、パソコンにつないだBDプレーヤーに挿入したBDに内容がダビングできました。

 

ところが、二つ問題が生じました。一つはDiximWindows10では使えなくなってしまったことです。これは、古いパソコンを持ち出してきてWindows7のまま使うことで解決しました。もう一つは、2時間を超える番組だと、この方法ではダビングができないことです。Regzaの機能を使って、HDDに録画した番組を分割できれば良いのですが、その機能は付いていません。

 

いろいろ考えた末、同じ東芝のRegzaに対応したBDレコーダーを買うことにしました。他社のレコーダーでは、Regzaで録音した番組をダビングできないからです。つまり、東芝の機器同士でしか便利な機能は使えないということです。それは他のメーカーでも同じようです。


 

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Regza TV  HDDの録画リスト画面

 

 

これで一件落着と行けば素晴らしいのですが、一つ目の問題は、Regza TVにつないだHDDからBDレコーダーに挿入したBDには直接ダビングができず、一度HDDからHDDへのダビングをして、次にレコーダー内のHDDからBDにダビングしなくてはならないこと。しかもその間にダビングの回数は一回減ってしまいます。

 

もう一つは、2時間を超えた番組の分割をレコーダーで、その度にしなくてはならないことですが、もう少し使いこなせるようになれば、ショートカットが見付かるかも知れません。あるいは、この件について良く御存知の方がいらっしゃれば教えて下さい。

 

それにしても、技術的にはごく簡単なことのはずなのですが、家電メーカーは、消費者が便利に使うことなどは念頭になく、自社製品の囲い込みが一番大切だという「サービス精神」に凝り固まっているとしか見えません。そんな姿勢では遅かれ早かれ破滅することは目に見えているはずなのに、です。

 

 

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コメント

 韓国などIT先進国では数年前からテレビ番組を録画するようなものは売っていないと聞きますが、音楽がレコードからカセット、CD,MD、HD、フラッシュストレージと変化した挙句にネットを利用した聴き放題サービスと変遷しているように、映像コンテンツも個人で持たなくても、いつでもどこでも見たいものを見たい時に見られるオンデマンドに全てのものが入るようになるでしょう。
 我が家にも8mm、ビデオ(ベータ)、DVDminiと今では再生機器のない映像コンテンツが沢山あり、DVDやBlu-rayもいつまで見られるものか疑問ですし、写真なども本棚の奥に仕舞い込まれて誰も見ないアルバムから、いつでもどこでも簡単に見ることのできるクラウドでの保存が主流になっています。

「映像マニア」様

コメント有難う御座いました。我が家にも音声そして映像の録音・録画、そして再生機器が所狭しと並んでいます。

技術の進歩を消費者のために使うのではなく、企業の短期的な利益や官僚の利権や変なプライドを優先してきた我が国のエスタブリッシュメントの責任が問われているような気がします。

大きな分岐点は、VHSとベータの闘いだったような気もするのですが、どうなのでしょうか。

2016年10月21日 (金)

明日22日は午後2時からTBSラジオ   久米宏 ラジオなんですけど


明日22日は午後2時からTBSラジオ

久米宏 ラジオなんですけど

 

今年は広島にとって特別な年になりました。カープの日本一 (もうこれは信じていますので、敢えてこう書いちゃいます)、そしてオバマ大統領の広島訪問です。どちらか一つだけでも「凄い年」だったと言えるのですが、二つも揃ったのですから、表現の仕方さえ思い付きません。

 

日本シリーズの第一戦は1022日の土曜日ですが、関東ではTBSラジオ中継のゲストとして久米宏さんが登場します。久米さんが熱烈なカープファンであることは皆さん御存じだと思いますが、テレビの中継を見ながら久米さんの解説も聞けると楽しいのではないかと思います。

            

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と言うことで、TBSラジオの放送を広島で聞けるのか、何人かの方に聞いてみました。まず、広島では当然RCCの放送がありますので、久米さんの解説は生では聞けないようです。でも、TBS Cloudのサービスを使うと、数日遅れて聞くことはできるようです。もっとも、それではテレビを見ながら久米さんの解説を聞くということにはなりません。

  

もう一つの可能性があります。月額378円払ってプレミアム会員になると、Radiko (ラジコ)で、全国ほとんどの局の放送が聞けますので、これも選択肢の一つです。

 

その日、22日、土曜日の昼ですが、久米さんはRCCのスタジオから彼のラジオ番組「久米宏 ラジオなんですけど」を生放送します。13:00から14:55です。その中で、14:00から30分間、久米さんとの対談の時間があるのですが、そこに出演します。オバマ大統領の広島訪問や、今後の核廃絶に行方等が話題になる予定です。それ以外の時間には久米さんのカープへの思いなども熱く語ってくれるはずです。

 

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 この時間帯もカープ戦中継と同じで、広島で地上波を聞くことはできません。残念なのですが、関東地方にもこのブログの読者の方もいらっしゃいますので、関東地方の皆さんぜひお聞き頂ければと思います。

  

 

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コメント

追加情報です。

今、雨ですが、日本シリーズはどうなるのでしょうか。

広島市内に住む方から、「市内では、TBSラジオはRadikoで普通に聞けますよ。プレミアム会員にならなくても大丈夫。」という情報を頂きました。試して見て下さい。

2016年10月19日 (水)

歌詞か曲か

歌詞か曲か

 

テレビの音楽番組で、次の曲を紹介する決まり文句は大体、「次は『長崎の鐘』です。歌は藤山一郎さん、作詞サトウ・ハチロー、作曲古関裕而。伴奏は○○アンサンブル。ではお願いします」辺りでしょう。

 

ここで、作曲者が作詞者より先に紹介されることはあまりありません。それは、多くの歌の作り方と関係しているのかもしれません。まず歌詞があり、それに曲が付けられるという順序です。外国曲に日本語の歌詞を付ける場合は当然曲が先ですが、そのような例外があり、他にも確かに例外はあるにしても、普通の順序は歌詞、次に曲だと言ってしまって良いでしょう。

 

駄目押しとして『野ばら』を挙げておきましょう。作詞はゲーテ。作曲したのはシューベルトとウェルナーが有名です。その他にベートーヴェンやシューマン、ブラームスも曲を付けています。詩が先にあり、それに曲を付けることで歌になるという好例です。

                             

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これは私が、親しい友人何人かとの論争で主張し続けてきたことなのですが、「歌で大切なのは、まず曲。曲の良さこそ歌の命だ」と主張して譲らないのが「主曲派」のAさんです。歌詞と曲と両方なくては成り立たない訳ですから、バランスの問題ではありますが、そのバランスをどこで取るのかが争点です。

 

例えば、カラオケに行って歌う曲に限って論じると、私の好きな曲は、どれも歌詞が好きでなくてはならない、という範疇に入ります。Aさんの言い分を極端に簡略化すると、「歌詞なんてどうでも良くて、とにかく曲が良ければ歌う」ことになります。

 

どの歌が好きでその理由はこれこれしかじか、と言ったところで所詮は好みの問題ですので結論は出ないのですが、最近、強力な味方を発見しました。五木ひろしさんです。個人的に知っている訳ではありませんので、「五木ひろし」と敬称を略しますが、彼の持論はまず歌詞があり、それに曲が付いて、最後に歌手がいる、という順序です。

 

『昭和歌謡黄金時代』という、昭和遺産である歌謡曲についての彼の経験や蘊蓄を収めた楽しい本の中で、何度も「歌詞が先」だと強調しています。歌の好きな方にはお勧めの一冊です。

 

その中のエピソードの一つですが、彼は、南こうせつとは「全日本歌謡選手権」で一緒になったことがあり、その後も交流が続いたそうなのです。そして五木ひろしを世に出すきっかけになった「よこはま・たそがれ」(作詞山口洋子、作曲平尾昌晃、1971)を初めて演奏したのが、楽屋で南こうせつを前にしてのことだったのだという話です。何だか意外な組み合わせそしてやり取りに思えますが、音楽の才能のある人にとっては、ボブ・ディランも吉田拓郎も、そして五木ひろしや南こうせつも、ジャンルを超えることにはそれほど違和感がないのかもしれません。

 

さて「歌詞か曲か」論争ですが、Aさんは五木ひろしの大ファンという訳ではないので、彼の本を持ち出しても、私に有利な展開にはなっていなかったのですが、今度はノーベル文学賞委員会も味方に付いてくれたようですので、これからは私の方が優勢になるかもしれません。

 

 

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コメント

すみません。「主曲派」です(^_^;)

確かに、クラシックの場合、ゲーテの「野ばら」のように、曲とは独立して詩人による詩が先に存在し、それに曲が付けられるケースが一般的ですが、ポップスや歌謡曲の場合は、歌詞と曲は一体のものが多く、インストゥルメンタルとして、歌詞抜きで曲のみが演奏されることも珍しくありません。逆に歌詞のみが朗読されるようなことは稀ではないでしょうか。

また、海外の歌の場合、ボブ・ディランのようにメッセージ性の強いものは別として、歌詞の内容までは把握せずに聴いていることも多いと思いますし、グローバルには言葉より音楽の方が普遍的なものだと思います。

ちなみに、井上陽水は意味不明の言葉の羅列(響きだけ)で曲を作り、あとから歌詞としての辻褄を合わせる、と聞きましたし、村下孝蔵の曲も後で歌詞だけ大幅に書き換えるということがありました。(これらは歌詞はどうでも良いわけではない、という証左にもなりますが…)

とは言え、私が主曲派なのは、言葉、言語、文学に疎く、苦手なためで、作る側も聴く側も、そうした個人的な能力、適正、嗜好にも大きく左右されることのような気がします。

面白いですね。
私は、曲か歌詞かといより、昔はLPレコードのジャケットで選んでました。(笑)
日本語の歌は、歌詞ですが、言葉の分からない国の歌は、曲とか意味のわからに言葉のフィーリングです。
そいえば、クリスマスソングでよくかかる定番の歌で、曲はノリノリなのに、歌っている英語の意味は惨めなのがありますよね。題名は忘れましたが。
カラオケでは歌が下手なので行きませんが、自分で一人で歌うときに気持ちや感情を込めるときには歌詞が優先ですが、鼻歌では曲が優先になります。

「主曲派」って呼び名が気に入っております。コメント失礼します。私も主曲派なのですが、曲先行が当然とも思っていましたので、改めて色々考える機会になりました。右脳と左脳の発達の違い?とも考えましたが、工場長さんのコメントの通りと納得しました。また、発達段階で楽器演奏の教育を受けたかそうでないかも影響するのではと思いました。私は五十音よりも楽譜を先に覚えましたし、色々な楽器も経験したので、今でも様々な場所でのBGMは苦手です。メロディや副旋律、ベース音まで頭で楽譜になりますので、人と話していてもBGMが気になり話がめちゃくちゃになります…このブログに度々登場する、日米の言語シリーズから、イライザさんが主詩派なのは大納得です。

「工場長」様

コメント有難う御座いました。歌の作り方も多様だということが良く分りました。歌詞が常に先行ではないこともきちんとインプットできました。

私の場合、内容の全く分からない中国の歌で良いものを聞いても、音としての歌詞の良し悪しが気になりますし、意味が知りたくなるのは「主詩派」の証明になるのかもしれません。

もう一つ気付いたのは、「工場長」さんも、「「主曲派」です(^^)」さんも音楽的才能の持ち主だという共通点のあることです。

「やんじ」様

コメント有難う御座いました。やんじさんは「主ジャケット派」と呼べば良いのか、それとも状況によっていろいろな顔が現れるようですので、「状況派」でしょうか。何を優先するのかの選択が固定されたものではないという点も重要ですね。

クリスマスソング、どの曲でしょうか。興味津々です。ヒントでもあれば教えて下さい。

「「主曲派」です(^^)」様

コメント有難う御座いました。脳の構造や内容によって何が優先されるのかが影響を受けることは納得です。

楽器が弾けるかどうかも大きいですね。そう言えば、ボブ・ディランの歌でハーモニカが気になったのも、そのせいだと思います。

それとBGMですが、それでは街中は歩けないのではありませんか。大変ですね。私の場合、好きなベートーベンを聞きながら仕事をするのは不可能なのですが、バロックだとかなり大丈夫になります。ことによると音楽まで左脳で処理しているのかもしれません。

2016年9月 3日 (土)

NHKの「街頭録音」    これも「昭和遺産」です

NHKの「街頭録音」

これも「昭和遺産」です

 

提案をさせて頂いた「昭和遺産」ですが、公衆電話ボックスのような「物」あるいは建物といったハードではなくて、音楽や映画テレビ番組等のソフトや、コンテンツと言われるものも入れたら良いのではないかと思っています。

 

そこでラジオ番組ですが、戦後すぐ始まった人気番組と言えば、誰でもNHKの「のど自慢」を挙げると思います。それに「紅白」もありますね。ただし、両方ともテレビ時代になってもますます視聴率は上がり、最近の視聴率はともかく、今も続いている人気番組ですので、「昭和」と限定できるのかどうか慎重に考えなくてはならないと思います。

 

少し柔らかに、「昭和に始まった」、特に「戦後始まった」と限定するのも一つの手です。でもしばらくは、もう少し狭く、昭和にはあったけれども今はない、あるいは今は昔ほど数がなかったり、人気がなかったりというところに限定しておきましょう。

 

そこで思い出すのが、「街頭録音」です。アナウンサーが街頭に出て、街の声を録音してラジオで流す時間でした。1946年から1958年頃まで続いた番組です。今では、テレビの番組で街の声を録画放映するのは当たり前ですが、民間放送のなかった戦前・戦中、NHKは聴取者の声など眼中になく、取材も「大本営発表」が典型的な例ですが、お上の言い分をそのまま伝えていました。そのた時代が過ぎ、民主主義を定着させるための一手段として、市民の声を放送し始めたという点に焦点を当てると、「昭和遺産」として記憶しておく価値があるように思います。

              

Photo_2

               

 是非、NHKのアーカイブズを御覧頂きたいのですが、URLは次の通りです。

http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009060073_00000

この録画を見て頂けると当時の様子が分ります。テーマを絞っての取材もありました。「闇に咲く花」のようなドキュメンタリーも作っていたことは、当時の雰囲気から考えると画期的なことのように思えます。

 

でも、「闇の咲く花」の一人の声が中心になっていますが、ちょっと蓮っ葉な感じはしますが、きちんとした日本語を喋っていますね。「街頭録音」の市民の言葉は言うまでもありません。昨今アナウンサーと称している人たちも顔負けかもしれません。

 

となると、近い内に「昭和遺産」の一つとして「美しい日本語」を取り上げなくてはならないような気になってきました。

 

 

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