映画・テレビ

2018年2月23日 (金)

『天才を育てた女房』  ――「セックス、スクリーン、スポーツ」への警告には触れられていないかもしれませんが――


『天才を育てた女房』 

――「セックス、スクリーン、スポーツ」には触れられていないかもしれませんが――

 

今夜、223日の夜9時からNTV、広島では広テレの金曜ロードショウが素晴らしい番組を放映します。『天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛』です。モデルは、私が尊敬する数学者、岡潔先生と先生の奥様みちさんです。

 

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岡先生の簡単な紹介と、先生が警鐘を鳴らし続けた問題点については、「セックス、スクリーン、スポーツ」というタイトルで、昨年の5に御紹介しましたが、その中でも注目に値するのが、1965年に出版されたエッセイ集『春風夏雨』の中の次の一節です。

 

進駐軍が初めて来たとき「進駐軍は日本を骨抜きにするため、三つのSをはやらせようとしている」という巷説があった。セックス、スクリーン、スポーツである。今やこの三つのSはこの国に夏草のごとく茂りに茂っている。私に全くわからないのはこの国の人たちはこれをどう見ているのであろうかということである。

 

それに続けての先生の60年後の予測は、このような努力を行ったとしても、「六十年後には日本に極寒の季節が訪れることは、今となっては避けられないであろう。教育はそれに備えて、歳寒にして顕れるといわれている松柏のような人を育てるのを主眼にしなくてはならないであろう」でした。

 

安倍政権という「極寒」の時代に、「松柏」は既に現れているのでしょうか。松柏に期待しつつ昨年を振り返ってみると、岡先生の予言が60年を待たずして的中してしまった感さえあります。ではどうすれば良いのかを考えていたのですが、そこで閃いたのが、先生の当時の状況分析では「悪の権化」とでも言って良いかもしれない「アメリカのスポーツ」を検証してみたらどうかというアイデアです。それが、アメリカ社会やアメリカ文化、そしてその中での「スポーツ」に注目する理由です。日本社会を毒する最悪のものの一つが、岡先生流に表現すればスポーツ、特にアメリカ流のスポーツだとすると、「悪」そのものを理解することから新たに見えてくるものがあるかもしれないからです。

 

そのために、モハメッド・アリを手始めに、メキシコ・オリンピックの三人のヒーローオーストラリア政府の謝罪女子学生のトニー・スミスフットボール選手のキャパ―ニック等を取り上げ、アメリカ社会とスポーツの歴史を見てきました。そうすることで、我が国のスポーツのあり方、そして社会との関連についてを考える上でも参考になることがあるのではないかという問題提起の積りだったのです。

 

これも老化現象なのかも知れませんが、岡先生とアメリカのスポーツの関係について、きちんと説明した積りでいたのですが、今回チェックしてみたところ、数学教育の専門誌『数学教室』 (国土社刊、20184月号) には書いたものの、このブログには書いた積りになってしまっていて一言も触れていなかったことが分りました。説明不足も良いところなのですが、今回特にその部分だけをお読み頂くために、本稿をアップしています。

 

私の問題提起はともかく、キャストも豪華陣が揃っていますので、『天才を育てた女房~世界が認めた数学者と妻の愛』は是非御覧下さい。

 

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2018年1月 2日 (火)

『開運!なんでも鑑定団』に出品の掛け軸 ――お正月には欠かせません――


『開運!なんでも鑑定団』に出品の掛け軸

――お正月には欠かせません―

 

お正月の親戚の集まりの際、家人の実家T家の床の間には必ず元浅野藩主浅野長勲の書が掛けられます。実は、この掛け軸はずいぶん前に『開運!なんでも鑑定団』で鑑定して貰ったことのある由緒ある一品です。

 

               

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当時、仕事の関係でこの番組への出演を打診され、妻の実家からこの掛け軸を借りることになりました。そして、東京の事務所まで鑑定のために来てくれたのが、鑑定士として大人気の安河内眞美さんと、今や『笑点』の司会者として大活躍している春風亭昇太さんでした。今にして思うと色紙でも書いて貰えば良かったのですが、そこまで頭が回りませんでした。鑑定結果は最後にして、とても助かったのは、この軸の読み方が分ったことです。

 

「礼をもって己を処し、恕をもって物を持す」だったと思うのですが、きちんとメモを取っておかなかったので、うろ覚えです。「礼」とは、法とか、規則、物事の理(ことわり)等の意味だそうですし、「恕」とは思いやりや情を意味しますので、自分の身の処し方、そしてその他の存在や社会との付き合い方として、「情理を尽す」必要性を説いているのではないかと考えています。正確な意味を御存知の方がいらっしゃれば、是非御教示下さい。

 

そして署名は「源長勲」です。「源」が本姓、「浅野」が苗字、「長勲」が名という説明がありました。

 

この掛け軸は廃藩置県の際に藩主長勲公から数代前のT家の当主に下賜されたものですので、これが本物であることは分っていました。ただし、『開運!なんでも鑑定団』では掛け軸で高額の値が付くものは余りありませんでしたし、全国的に超有名な人の書でもありませんので、相談の上、「一万円」と「本人評価額」を決めたのですが、結果は、「本物」そして「三万円」でした。長勲の書が多いことと、政治家の書はそれほど高くは評価されないという理由だったのですが、保存状態が良かったことは評価されました。。

 

評価額はともかく、私たちにとってはお正月になくてはならない伝統ですので、これからも大切に、この書を鑑賞して行きたいと思っています。

 

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2017年12月 3日 (日)

『われ御身を愛す』 ――愛新覚羅慧生と大久保武道の遺簡集――


『われ御身 (おんみ) を愛す』

――愛新覚羅慧生と大久保武道の遺簡集――

 

あと一週間で、19571210日から60年になります。そのタイミングで再び注目されているのが、「天国で結ぶ恋」とも呼ばれた、愛新覚羅慧生さんと大久保武道さんの心中です。2017121日(金)放送、TBS系列「爆報!THEフライデー」でも取り上げられています。

 

60年前の1210日、二人は天城の山中で発見されましたが、4日の夕方に姿を消し、捜査願いが出されていました。捜索隊によって発見されたのが6日後なのですが、二人は学習院大学の同級生で、慧生さんは19歳、武道さんは20歳の若さでした。

 

               

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天城山

 

この事件は「天城山心中」と呼ばれ、「天国に結ぶ恋」とも評されて大々的に報道されました。それは、愛新覚羅慧生さんが清朝最後の皇帝で満州国の皇帝になった愛新覚羅溥儀の姪 (溥儀の弟溥傑の長女) であり、母は、旧侯爵の嵯峨浩 (さが ひろ) という身分が大きく影を落していたようです。溥儀については、映画「ラスト・エンペラー」がヒットしましたので、今の方が60年前よりは良く知られている存在かも知れません。

 

大久保武道さんは、青森県八戸の旧家の出身ですし、当時、アルバイトもせずに学習院大学に通っていたのですから、掛け値なしの「庶民」とは言えないような気もしますが、嵯峨家から見ると「身分」格差が大き過ぎたのかもしれません。

 

当時、私は中学生でしたが、高校2年の時に、二人の遺簡集『われ御身を愛す』が出版され、ベストセラーになりました。高校生の間でも、特に同級生女子たちの間では大きな話題になりました。

 

愛し合う二人の迎えた死はあまりにも悲し過ぎるのですが、マスコミを中心に「純愛」の物語として受け止める人たちが多かったように思います。今なら、石川さゆりの「天城越え」と結び付ける人もいるかも知れません。


「心中」の真相は二人にしか分りませんが、武道さんの遺族は、せめて天国で二人が安らかな一時を過ごしてくれたらと祈っているようですし、嵯峨家の関係者や友人たちは、慧生さんが最後まで武道さんを翻意させようと説得を続けたと信じているようです。

 

「心中」に使われたのは武道さんの父が憲兵時代に携帯していた拳銃ですが、もし、拳銃が身近になければ、このような悲劇は起きなかったかもしれないと考えてしまうのは短絡的な結論でしょうか。

 

そして、さらに大きな背景としては国家主義と戦争を考えない訳には行きません。満州国の存在抜きでは語れない昭和史が少し違った形を取っていれば、と考えるのも論理の飛躍かもしれません。こんな感慨をセンチメンタルな溜息としてのみ記憶するのではなく、次の世代への責任を果すためのエネルギーに変えられたらと思っています。

 

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2017年11月24日 (金)

選挙時のマスコミ調査票 ――内容は同じ ⇒ 全社の統一調査票にすれば――


選挙時のマスコミ調査票

――内容は同じ ⇒ 全社の統一調査票にすれば――

 

公示日のブログで触れたことですが、第48回総選挙で大変だったことの一つは、マスコミの調査票でした。 (以下、その時の引用が続きます)

 

「特に大変だったのは、調査票の書き込みです。初めて自分で書くという経験をしましたが、細かく色々なことを書き込まなくてはなりません。しかもかなりプライベートなことまで、そして、生れてから今までの歴史を全て網羅しなくてはなりません。

 

まずは朝日新聞社の調査用紙を御覧下さい。

             

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1社の用紙に記入するだけでも大変なのですが、マスコミ関係の全社からの依頼がありますので、総量はかなりあります。多くの人が手伝ってくれている場合でも、調査用紙の記入の大変さは聞いていましたが、家人と二人で手分けして掛っても、疲労困憊でした。しかも、内容は各社ほとんど同じです。時間が勿体ないとは思いましたが、とにかく午後までには済ませることができました。改善のための提案を選挙後にできればと思っています。」

 

ということで、問題提起です。調査票の内容は、朝日新聞社の物を示しましたが、大同小異です。そこからの提案

 

 マスコミの統一調査にして候補者の負担を少なくする――各社毎に別の調査票を配りその一つ一つを候補者に書かせるのではなく、マスコミの方で書式を統一して、候補者は一枚だけ書き込む。それを各社が必要に応じてコピーして使う。

 候補者の個人情報は、必要最小限にする――例えば、子どもの通う学校名まで必要だとは思えませんし、三親等以内の(故人も含まれる)国会議員、首長等の経験者も、世襲制の助長にはなってもあまり意味のある情報とは思えません。

 趣味や感銘を受けた書物、配偶者とのなれそめ、武勇伝、エピソード等、仮に候補者紹介の際に使うにしろ、調査票に書かれていたからという理由だけで使うのでは、官僚的にコピペをする結果にはなっても、血肉のある候補者像にはつながらないように思います。

 さらに、候補者の自己申告をそのまま載せることにはならず、必ず裏を取る必要があるはずですので、そちらの取材中心にすべきではないでしょうか。あれだけ大変な思いをして書き込んだ調査票について、ある記者からは「学歴詐称」の疑いを掛けられましたので、この点は深刻だと思います。

 過去の調査票を活用する--過去に選挙に出た人については、調査票のかなりの部分はすでに何度となく情報を提供している事柄です。その中で、生年月日などは変りません。以前にマスコミが集めているデータを打ち出して、それに加筆訂正をする形にすれば、お互いずいぶん時間を節約できるように思います。

 

さて、このような問題提起をした理由の一つは、これだけの情報を提供していても、これまでの何回もの選挙の最中、そして選挙後にしつこいほどマスコミが直接、または電話で聞いてきた事柄があるからです。それは、新聞の発行日、あるいははテレビの放映の日に、候補者である私が何歳なのかという問合わせです。

 

調査票の一番最初に、名前と生年月日は明記してあります。にもかかわらず、何月何日には何歳ですか、と問い合わせてくる意味が全く分りません。時間を掛けて調査票に書き込んでも、こんな基本的情報さえ無視されてしまうのですから、他の事柄も有効に使われているとは思えません。いっそのこと、調査票そのものを止めてしまっても良いのではないでしょうか、とまで言いたくなってしまうのです。

 

 

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2017年9月26日 (火)

久し振りに酔心 ――定番料理を堪能しました――


久し振りに酔心

――定番料理を堪能しました――

 

 

不用意にテレビを点けると、どこかの局で必ず食べ物・レストラン・料理関係の番組を放映しています。昔と比べて、番組数は何十倍にも増えているのではないでしょうか。食べ物にはあまりこだわらないことを自覚しているが故に、私は「Z級グルメ」を僭称していますが、それでもテレビで美味しそうな寿司やステーキ、それにワインやお酒が出てくるシーンを見ると、やはり同じようなものを食べ、飲みたくなります。

 

先日はあるドラマの中で、「近江屋 数寄屋橋本店」という鉄板焼きの高級店でワインとともに俳優たちの食べるステーキが、想像を絶するような美味しさであることが伝わって来ました。それ以来、「次に外で食べるときにはステーキを」と思い詰めていましたが、その機会がやってきました。

 

恐らく数年振りの酔心なのですが、スタンダードなお店での夕食が心まで癒してくれることは良く知られています。暖簾を潜ってテーブルに着きメニューを見ると、なんということでしょう。「広島県産牛ステーキ定食」があるではありませんか。さらに、ビールはカープ優勝記念で半額でした。さいさき善しとビールを注文。それもアサヒの「氷点下のスーパードライ」です。

 

                 

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ことビールになると心が急いて、まず一口飲んでからの写真になってしまいました。そしてしばらくして届いたステーキ定食。

 

 

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家人が注文したのは、旬彩・酔心御膳です。

 

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注文してから釜飯に火を入れる、という伝統通り、20分ほどで釜飯が出てきました。

 

 

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テレビ番組の中に出てくる鉄板焼き屋さんのロケ地は、銀座うかい亭や六本木モンシェルトントンらしいのですが、酔心のステーキもなかなか良い味でした。もちろん釜飯ではこちらの方が本場です。

 

そしてコスパまで視野に入れると、久し振りの酔心は大満足の一時になりました。

 

 

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2017年9月18日 (月)

スマートフォン・サム ――世界に広がる謎の痛み――

スマートフォン・サム

――世界に広がる謎の痛み――

 

NHKの「ガッテン」で紹介された「謎の痛み」。症状は主に手首に現れるのですが、その原因が謎だということで、原因を究明した番組でした。そして世界的に広がるこの症状には名前の方が早く付けられていました。「スマートフォン・サム」です。略して「スマホ・サム」。スマートフォンには問題がないと思いますが、「サム」とは何でしょうか。

 

           

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この疑問を敢えてここに記しているのは、「ガッテン」のゲストの3人ともその意味を当てられなかったからです。「サム」は「thumb」、つまり親指です。そして「スマートフォン・サム」とは、スマホを使う時に親指を酷使した結果として生じる腱鞘炎その他の炎症を指す言葉でした。

 

スマホでメールやラインの入力をするとき、両手の親指を使って猛烈な速さで入力している若い女性 (何故か早いのは女性だという印象です) を見て、「カッコいいなー」と思ってきたのですが、言われてみると、あれだけの速さで親指を動かすのは、手首や腕の筋肉や腱にはかなりの負担です。炎症が起きても不思議ではありません。

 

私もスマホやPCを頻繁に使う方ですが、手首や腕の痛みでは苦労していません。恐らくそれは、音声入力に頼っているからなのだろうと思います。「工場長」さんに教えて頂いてから病み付きになり、今では、人前でも恥ずかし気なく囁くような声で、メールやラインの返信をしています。周りの人に気付かれたことはほとんどありません。

 

 

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PCで、音声入力を促す画面です

 

その時添付する写真は、「サムネイル」表示で出て来ますので、選ぶのは簡単です。

 

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スマホのサムネイル表示

 

「サムネイル」は「親指の爪」の意味ですが、大きな写真の縮小画面を指す言葉としてピッタリです。ついでに、親指の他の指を英語で何と呼ぶか御存じですか。忘れた方もいらっしゃるかもしれませんので、復習です。

 

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人差し指 ⇒ index finger

中指   ⇒ middle finger

薬指   ⇒ ring finger

小指   ⇒ little finger

 

覚えていた方もいらっしゃるでしょう。そんな方には、「Thumbs up!」です。

 

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コメント

私の印象では、ブラックベリーの頃に、テキストサム(texting thumb pain、text thumb injury)という言葉が出て、iPhoneやAndroidになってスマートフォン・サムになったような気がするのですが、いずれもスマートフォンが出来る前からドケルバン病、ばね指(弾撥指)と呼ばれていた症状です。

ブラックベリーの頃はボタンを押していましたが、今のスマホは触れるだけですし、ホームボタンさえなくなる方向なので、力を入れて押すという作業はなくなりますが、いずれにしても、ピアノの鍵盤を押す力とパソコンのキーボードですら筋肉への負担は桁違いですから、スマホで腱鞘炎になるというのは、確かにそういう論文もありますが実験は力の入るゲームで行われており、文字入力で起きるとは考え難いと思います。

ちなみにサムネイルというのはコンピュータだけでなく印刷や写真の関係でも使われていますが、本来の意味まで知っている人は少なく、言われてもピンとこない人が多いようです。アメリカでは指によるサインやジェスチャーも日本より多用されますが、その違いでしょうか。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

ブラックベリーの頃の動きはほとんどパスしてしまっていましたので、御教示有難う御座いました。

確かに、キーにタッチするのと押すことの違いは大きいと思います。それを飛び越して「ガッテン」の説明に納得してしまったのは、スマホを高速でタッチして入力している人たちを見ていると、自分にはできないからかも知れませんが、相当、指や手首に負担になっているではと思い込んでしまっていたからです。

そして、御指摘のように「サムズアップ」や「サムズダウン」、中指を立てて人を侮辱する等、英語圏では指や手によるコミュニケーションがかなりあるようですね。握手もその好例かも知れません。

2017年9月17日 (日)

「反面教師」としての豊田語録 ――特に「ババア」はいただけません――


「反面教師」としての豊田語録

――特に「ババア」はいただけません――

 

豊田真由子議員の暴言については、テレビでもネットでも多くのコメントが飛び交っていますので、屋上屋を架すことになるかも知れませんが、少しでも前向きのベクトルに変えられないか考えて見ました。それは、日本中、誰でも一度は聞くことになった暴言を「反面教師」にして、私たちの言語能力を少しでも高めることです。

 

             

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文部科学大臣政務官就任に際して公表された肖像写真

 

書き出すのも憚られる言葉ばかりですので、省略しますが、その中で敢えて一つの単語に注目したいと思います。「ババア」です。

 

何故、この言葉なのかという理由は、あるテレビのワイドショー中、女性ジャーナリストとゲストの女性二人が、「この言葉は許容範囲だ」と平気で発言していたからです。

 

この人たちは、2001年に石原慎太郎都知事 (当時) が「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものは「ババア」なんだそうだ」という形で、松井孝典東大名誉教授の言葉を引用したという触れ込みで引き起こした、いわゆる「ババア発言事件」のことは覚えていないのでしょうか。念のため、ウイキペディアの記事です。

 

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石原慎太郎元都知事

By MC1 Michael Gomez [Public domain], via Wikimedia Commons

 

もう一つ、私が「ババア」に強い違和感を持っていたのは、「プレバト」の俳句部門での梅沢富美男の度重なる「ババア」発言に嫌悪感を抱いていたからです。この番組の魅力は、芸能人たちの俳句の査定と添削をする夏井いつき先生の的確な言葉にあります。だから人気があるのですが、自分の俳句が思ったような評価をされない場合に、梅沢は夏井先生に対して「ババア」という野卑かつ大変失礼な言葉を投げ掛け続けていました。TBSに対して抗議をしようと考えていた矢先に、恐らく全国で同じように思っていた人の抗議が先になったのだと思いますが、最近、梅沢の「ババア」発言はなくなりました。

 

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梅沢冨美男公式ページから

 

ここで梅沢富美男に敬称を付けていないのは意図的です。先生に対する言葉として「ババア」はあり得ませんし、この番組は俳句の番組です。その中で、「ババア」呼ばわりをすることは、美しい日本語、そして日本文化の精髄を継承し自分の句に反映させるべく俳句を詠んでいる多くの人たちに対する侮辱でもあります。そんな言葉を公衆の面前で多発する人間に対する最小限の抗議として、敬称を略することくらいはしないと、私たちは舐め続けられます。

 

私に取って、「ババア」は、それを使うことで相手と対等な関係を作ることとか、相手の中の最善のものを引き出すとか、人間の尊厳を尊び、明日への希望を創り出すといったこととは対極にある言葉です。


ですから、二人の女性が「ババア」容認発言をした理由が私には分りませんでしたが、梅沢冨美男は芸能界ではそれなりの影響力があるようですし、番組中に平気で「ババア」を使うのですから、誰にも見えない舞台裏で後輩たちそして女性たちに対してそれと同等、あるいはそれ以下の言葉遣いをしていても不思議ではありません。彼が直接の原因ではないでしょうが、芸能界の中の力関係が影響している可能性は考えられます。

 

そこで頭に浮んだのが「ストックホルム・シンドローム」です。元々は、誘拐事件や監禁事件等で人質に取られた人が、犯人に対して同情や好意等を抱き、犯人の持つ価値観を一時的にせよ共有することなのですが、ここではもう少し幅を広げて、権力のある人間とその支配下にある人間との関係で、支配される側が、権力者の価値観を受容することまで含めて考えたいと思います。

 

となると、これは最近の政治問題として大きく取り上げられた「忖度」との関係も考えなくてはなりません。ここまで議論を広げると、もう芸能界に限らず、権力者とマスコミの側が垂れ流す言葉によって私たちが洗脳され、知らず知らずの内にスタプリッシュメントを支持して行くプロセスの象徴、差別や事件侵害を正当化しそれを被害者にまで受け入れさせようとする流れを表す言葉が「ババア」だと言っても良いような気さえしてきます。

 

それに対抗するために、「豊田語録」は、私たちが使ってはいけない日本語のリスト、陥ってはならない人間関係の罠を示す「反面教師」として、「放送禁止用語」の応用編として活用することはできないでしょうか。皆さん、如何でしょうか。

 

そんなことは言われるまでもなく最初から分っている、今さら何を言っているのだ、あるいは、自分の言葉を豊田議員の言葉と比べられるだけで嫌悪感を催す、という方が大多数だったら嬉しいのですが。

 

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コメント

政治家と芸能人を同じように扱うのには、ちょと違和感があります。
プレバトは楽しく見てますが、言葉遣いなら司会の浜田氏も梅沢氏と同じです。
テレビで見えてるものと、実情は違うのかもしれませんね。
表で罵倒しても、裏ではしっかりと敬う事をしている。だからこそ、大きな問題にもならないのだと思います。
また、年上にタメ口ではなすタレントのローラさんは、テレビでは見えない所で周りを気遣っているそうですね。
多くの人が見るテレビだから、出演者の言葉遣いは大事だと思います。
しかしながら、昔からバラエティー番組はこんな文化だと思います。演じているのですから。
豊田議員のあの言葉遣いは、他の政治家にも似たような人もいるでしょう。
私はこの事で議員でなく、あの秘書はもしかしたら公設秘書なら、国家資格で国から給与を貰っているのでしょう。あんなレベルの低そうな人が国の安全に関わっているのかと思うとゾッとします。
被害者かもしれませんが、あの秘書はやめるべきですね。自分の都合悪いことには裏切るような行為をし、もし力がある政治家が不正をしていても見て見ぬ振りをするでしょう。それも自分に益があれば。

ババー、
バーバ、
大違いですね。

バーバは子供が使い、
ババーは大人が使うという違いもありますね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

私の問題意識が十分に伝わらなかったようですので、再度説明させて下さい。

ここで問題にしたのは「ババア」という言葉です。その中でも指摘したように、「私に取って、「ババア」は、それを使うことで相手と対等な関係を作ることとか、相手の中の最善のものを引き出すとか、人間の尊厳を尊び、明日への希望を創り出すといったこととは対極にある言葉」なのです。

しかもそれを女性が容認してしまうこと、あるいは美しい日本語を追求する番組の中で使うことで、女性差別を助長したり美しい言葉追及を阻害したりする可能性があると思いましたので、その背景を考える必要にも思い至りました。そして、これを社会的に広がる大きな問題として捉えられることも大切だと考えた次第です。すぐに結論の出る問題ではありませんが、豊田語録を「反面教師」にすることくらいは、すぐにでもできるのではと考えています。

「バーバ」様

コメント有り難う御座いました。

その違いもありますし、悪意のあるなしという違いもあると思います。

2017年8月22日 (火)

身近なヒーロー [同じお題で書きましょう] ――ドラマ 警視庁・捜査一課長――

身近なヒーロー [同じお題で書きましょう]

――ドラマ 警視庁・捜査一課長――

 

 

アップするのが遅くなりましたが、「身近」と言えばテレビもその一つです。私はミステリー番組のファンですが、録画して視ることが多く、『警視庁・捜査一課長』のシーズン2・第一話も最近になってようやく「鑑賞」する時間が取れました。

 

           

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テレビ朝日のホームページから

 

ヒーローは捜査一課長大岩純一、あるいはそれを演じている内藤剛志なのかもしれませんし、セリフを書いた脚本の安井国穂と言った方が良いのかもしれません。

 

嘘が嘘とは報道されず、その責任も取らない政治が頭にあったせいだと思いますが、捜査一課長の言葉で描かれたいくつかの嘘の典型が見事でした。記憶力がかなり衰えていますので、正確ではないかも知れませんが、捜査一課長のセリフです。

 

人間は弱い存在だからだれでも嘘を吐く。しかし絶対に許せないのが、権力を持つ人間の吐く嘘だ。

 

私も小さい嘘は吐いたことはある。例えば、同僚と飲んで遅くなった時、家に帰って「残業だった」と言ったことがある。

 

(犯人だと嘘の自白をした渡辺えり演じる静江について、そして犯人の男女に対して)  彼女のついた嘘は、誰かを庇うための悲しい嘘だ。自分の欲望のために吐く醜い嘘ではない。

 

捜査一課としては絶対に嘘は吐かない。

 

憲法99条で、憲法遵守義務があると列挙されている「国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」には、拳拳服膺して欲しい言葉です。そしてマスコミにも。

 

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コメント

「私は嘘を吐いた事はない」という設問は典型的な虚偽判定質問で「はい」と答えると「嘘を吐いた」と判定されるくらい人は嘘を吐くものですが、日本の政治家の「記憶にない」というのも「典型的な嘘」と言えそうです。

妻が、アルツハイマーの父親が殺人の濡れ衣を着せられるという韓国ドラマをみていますが、人生を左右するような言動であれば「記憶」になくても、自分がそういう言動をするのか考えればわかることで、政治家が国政に関わる重要な言動を「記憶」に頼らないと分からないのであれば、それはそれで問題があります。

それにしても「息を吐くように嘘を吐く」というのは論外ですが…

毎回の参加、本当にありがとうございます。

ドラマで来られましたかw 嘘はどうしてもついてしまいますよね
自己防衛、自己顕示欲、笑かそうと思って、男女間の駆け引き、
悪戯心。これらの嘘は大目に見てくださいw

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

「息を吐くように嘘を吐く」は、昨年、工場長さんが書かれたブログ記事のタイトルですが、再度多くの皆さんに読み視て頂きたいと思っています。

http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2016/12/post-0a69.html#_ga=2.60360362.644640835.1503204644-621647660.1495004861

改めて、権力者の嘘は許せませんね。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

大目に見られるかどうか、捜査一課長に聞いてみたいです。

2017年4月14日 (金)

Amazon の Fire TV Stick ――長押し「30秒」と、なぜ最初の画面で教えてくれないのか――


Amazon Fire TV Stick

――長押し「30秒」と、なぜ最初の画面で教えてくれないのか――

 

喜ぶべきか、悲しむべきか、はたまた怒るべきなのか良く分りませんが、このブログのネタに困るとコンピュータやインターネット関連のトラブルが起きて、それにどう対応したのかを報告する回数が多くなっています。

 

今回のトラブルのそもそもの原因は、我が家のテレビRegzaで、YouTubeが見られないことでした。RegzaYouTubeが見られたのは、東芝が自前のサービスを提供していたのではなく、Google社のYouTubeXLというサービスにつなげていたからに過ぎません。そのサービスをGoogle社が止めたために、古いRegzaではYouTubeから見られなくなったのです。ネット上には「いつ終了するか分からない他社のサービスでテレビの機能を提供しているとは思いもよりませんでした」という反応がありました。

 

とは言っても、背に腹は代えられません。有料の代替策を探したのですが、候補として残ったのが二つでした。Chromecastという機器を買って、それをテレビに付けるか、Amazonfire TV stickにするのかのどちらかという選択です。

 

結局、Amazon Prime会員になっていますので、Amazon ビデオの見放題、という特典を優先してfire TV stickを買いました。

              

Fire_tv_stick

fire TV stickです

     

Chromecast

こちらが買わなかったChromecast

 

設定は簡単だということでしたので、テレビのHDMI端子につなぎ、電源にもつないでテレビを付けて現れるであろう設定画面を待っていたのですが、なかなか現れません。電源コードを抜いたり差したり、またHDMI端子への抜き差しを繰り返して、ようやく画面が現れました。

 

そこでのプロンプトは「リモートを探しています。🏠をタップしてください」というものでした。リモコンの「🏠」をタップ(軽く叩く)したのですが、何も起こらず、次に画面が変わり、「次のことを試して見て下さい」になり、三つの選択肢が示されました。

 

一つは、リモコンの電池を変えてみること。二つ目は、stickの電源を入れ直すこと。もう一つは、「🏠」を10秒間長押しすること、でした。それでも同じ画面が出続けて、次に進みません。仕方なく、夜でしたが、Amazonのサービスセンターに電話をしました。Appleの電話サービスも丁寧でお勧めしますが、Amazonのサービスセンターも同じように丁寧かつ忍耐強く対応してくれました。

 

ただし、その結果は、ちょっと残念な点が残りました。設定の最初からやり直したのですが、結局何も変らず、長押しを10秒くらいで諦めよぅとしたときに電話の向こうからの指示は「長押しは30秒ですから10秒で止めないでください」でした。

 

えっ!!!????----画面のプロンプトは確かに「10秒」と書いてあります。「タップ」は「軽く叩く」そして、それがだめなら「10秒」ですから、何回も試みたときにはそれより長く押した積りではいたのですが、「30秒」までは行かなかったのでしょう。30秒なら最初からそう書いてくれれば、気長に押し続けたはずです。そうして貰えていれば、何も電話をしなくても良かったのに――。

 

とは言え設定は終りました。次はAmazonの見放題映画のどれを見ようか、リストを眺めています。

 

 

 

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2017年4月13日 (木)

違和感のある日本語 ――「やんちゃ」と「いじる」――



違和感のある日本語

――「やんちゃ」と「いじる」――

 

気になり始めたのは、ここ数年のような気がしますが、このところ「やんちゃ」の使われ方が大きく変ってしまいました。

 

昔は――と言い始めるのは老化現象の典型なのですが、敢えて使います――「やんちゃ」というのは、「子供のわがまま勝手なこと。だだをこねたりいたずらをしてりすること」(広辞苑 第六版)ですし、大辞林の第三版には、「子供が活発で大人の言うことをきかないこと。いたずらやわがままをすること。また、そのさま。また、そのような人をもいう。」という定義が載せられていて、例としては 「やんちゃをする」 「やんちゃな子」 「やんちゃ坊主」 「やんちゃ盛り」が挙げられています。

 

「良い子」と比べて、奨励されているのではなくても、先ず犯罪性はありませんし、「困った子だよ」というレベルの親のため息があっても、特に周りの人に飛んでもない迷惑を掛けるまでは行かない、男の子の性質を表していたような気がします。

              

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「いじめ」?「やんちゃ」?

 

「お茶目な女の子」という表現もありました。その「お茶目」より少しは飛び出していることは

認めるとして、「やんちゃ坊主」に対して「お茶目な女の子」という対照ができるというくらいのレベルだったのではないでしょうか。

 

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「やんちゃ」の域を超えている?

 

 

しかし、最近での使われ方では、昔は「やんちゃ」だったと言えば、昔は不良少年だった、ぐれていた、犯罪行為に手を染めた、といったレベルのかなり問題のある行動をしていたことを示しているようです。

 

この線引きを曖昧にすることで、例えば「いじめ」も「やんちゃ」な行為なのだから許される、というニュアンスで許容されてしまう傾向さえあるような気がしているのですが、これは、不正確でしょうか。

 

それに関連して、「いじる」という言葉が大手を振って市民権を得てしまったようです。この言葉の語源にはいろいろな説があるようですが、落語の世界の「客いじり」という表現が元で、「いじる」が「いじめる」の代りに使われるようになったと考えている人たちもいるようです。

 

私は、単純に「いじめる」の「め」を抜いて隠語的に使われていた言葉が、これまた線引きの曖昧さとテレビの好い加減さとの相乗効果で、無害化されてしまった結果なのではないかと思っています。

 

この両方に共通しているのは、人格の否定や無視といった犯罪性のある行為や言葉が、新しい曖昧な言葉に置き換えらることで、こうした卑劣な言動に対する批判が「無粋」なこととでもいうようなラベルを張られ、益々広まることなのですが、正にそのような傾向が顕著になっているように思えます。私が心配症で、単なる「老の繰り言」であるのならまだ良いのですが。

 

 

 

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コメント

「やんちゃ」い関しては、子供から少年、大人になっていても
子供のレベルの善悪の曖昧さで悪いことをしてしまう、少年
大人に対して使う場合「ワル」の意味が加わっているのでは
ないかと思っています。

「いじる」に関しては、「=いじめる」の意味で使うのはマスコミ
だけではと思っています。普通は(私はかな)「おちょくる」って
意味でしか使いませんから。しかし、マスコミが使ってはいけま
せんよね。正しい言葉になって行ってしまいます。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。世代的な違いかもしれませんし、関東、関西の違いもあるのかもしれませんが、私の中では「やんちゃ」は、小学生くらいまで、せいぜい中学の低学年までで、それより上のそれなりに善悪や、自他の差が分る人に対しては使わない言葉なのです。

それがまずあるので、「不良少年」や「ぐれる」の代りの「やんちゃ」には違和感があるのだと思います。

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