旅行・地域

2017年8月16日 (水)

「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました ――コミュニティーで創る平和の温かさに包まれた一時でした――

「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました

――コミュニティーで創る平和の温かさに包まれた一時でした――

 

岡山ユネスコ協会が主催し、2000年に第一回目が開催された「第18回 平和の鐘を鳴らそう in 長泉寺」に参加してきました。長泉寺は岡山市北区南方にあり、正式には真言宗御室派薬園山長泉寺です。長泉寺は寺院としての行事の他にも様々な文化活動や社会平和活動、国際交流等の活動に積極的に取り組んできたことで知られています。

 

8月のイベントですぐ気が付くのは、

 

86日(日)「平和の鐘 ~広島忌~」 815 広島原爆忌につき、犠牲者を追悼し核廃絶と平和を祈る鐘を突きます。

89日(水)「平和の鐘 ~長崎忌~」 1102 長崎原爆忌につき、犠牲者を追悼し核廃絶と平和を祈る鐘を突きます。

815日(火)「檀信徒合同お盆総供養法要」(8:3010:00) そして

815日(火)「第18回平和の鐘を鳴らそう!」(11:4514:00) です。

 

「平和の鐘を鳴らそう」のプログラムは次の通りです。

 

 1145        開会案内

 1150        開会あいさつ

 1155        『わたしの平和宣言』朗読

 1200        平和の鐘を鳴らそう:平和への想いをこめて、一人ずつ鐘をつきます

        〈小休憩・移動〉

 1230        「平和の話」 講師:秋葉忠利さん(元広島市長)

        ~ 被爆者の存命中に核廃絶を 

        混迷する世界を救うのは“The Better Angels of Our Nature

 1330        「祈りの音楽」 長泉寺合唱団 CORO NAGA(コーロナーガ)

 1400        閉会

 

「平和の鐘を鳴らす」イベントでは、鐘楼の脇に立った数人の僧侶が般若心経を唱える中、イベントの参加者が一人一人、鐘を鳴らして行きます。高齢者も多かったのですが、お母さんに抱かれて一緒に鐘の紐を引っ張る幼子も何人かいて、戦争犠牲者の追悼、さらには現在そして未来の平和のための祈りが、読経の声と鐘の音に乗って天に届くかのような雰囲気でした。

 

               

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鐘を鳴らすためには、紐を垂直に引っ張る構造になっています

 

私の話は、核兵器禁止条約成立の歴史と意味に焦点を合わせました。原水禁世界大会での報告でも同趣旨の話をしていますので、内容についてはこちらを御覧下さい。

 

「平和を歌う」をテーマに2015年に結成された長泉寺合唱団「コーロナーガ」の皆さんの歌声もとても素敵でした。

 

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何より有り難かったのは、岡山ユネスコ協会の幹部の皆さんそして長泉寺の宮本龍門住職にお会いし話のできたことでした。

 

特に龍門御住職には、私が到着してからすぐ、またイベントの後にもゆっくり時間を取って頂き、貴重な「法話」を聞かせて頂きました。話に引き込まれてしまい、メモは取れなかったのですが、何点か印象に残ったことを書き抜いておきます。長泉寺のホームページにも、同じような記述がありますので、お勧めしたいと思います。

 

l 仏教を突き詰めて行くと、人間社会のあらゆる側面との関わりが大切になる。だから政治的な事柄も避けては通れない。それ以上に、「政治的事柄だから避ける」という判断こそ政治的であって、仏教者の立場としては、それが政治的事柄でもプライベートな事柄でも、その他様々なことについても仏教的判断をして行くべきだと考えている。

l 特に「平和」は宗教とは切り離せない関係にある。宗教こそ、究極的には平和を創る力を持っている。

l お寺は地域の中に位置している。そして寺を取り巻く人々全ての関係は、上下関係ではなく、平等なものだ。そのコミュニティーの力で世界の平和にまで通じる平和が創られる。

l 世間を見るに付け、政治に関心のない人々の多さに愕然とする。その人たちに少しでも関心を持って貰うために、コミュニティーの拠点としての寺院の役割を大きくしたい。

 

長泉寺でお会いした方々は、龍門住職をはじめ、皆さん笑顔に満ち、謙虚な方ばかりでした。16世紀初めに開創されて以来の伝統なのかもしれませんが、平和活動を通じての心の平和や平穏を身に付けられたからだとも考えられます。そのせいだと思いますが、穏やかな気持ちで岡山を後にすることができました。

 

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コメント

長泉寺の住職さんのいわれる
仏教→平和→政治→地域→お寺
というコンセプトとそれに基づいての活動は素晴らしいですね。
イライザさんはそうした活動のシンボル的存在になりましたね。
これからも頑張ってください。

「シンボル」様

コメント有り難う御座いました。世の中を変えるためには、ベトナム戦争反対運動時のように、僧侶が自ら火を被ることさえ必要な場合もあることは理解できます。

でも、毎日の生活が基本になる地域の中の運動では、人を包み込む温かさや優しさが運動の幅と奥行きを創り出していることを、今回の長泉寺のイベントで実感できました。

2017年8月15日 (火)

8月のブルーベリー農園その1

 

8月のブルーベリー農園その1

 

安芸の郷の3つの事業所が一緒に行う第14回森の工房AMAブルーベリーまつりは森の工房AMA、第2森の工房AMAを会場にして85日(土)に開催され1400人を超える人たちで賑わった。

 

まつりの名前が「ブルーベリー」なので、大量のブルーベリーを用意して、1キロと100gパックにして販売しないといけないので7月末からまつり前日まで東広島市豊栄町のブルーベリー農園で摘み取った実を森の工房AMAに届ける毎日だった。まつりが終わると今度は生食の1キロパックの予約注文を受け付けるので、休む間もなく摘み取りを続けるが、摘みとりは安芸の郷としゃくなげファームの利用者の研修受け入れ、安芸の郷のボランティアの皆さん、農園の友人知人の方々のご協力で進む。感謝の日々でもある。

 

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農園には太陽が照つけ続け、気持ちのいい空が広がる。(813日)

 

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「さあこい」と言わんばかりのブルーベリー。(ラビットアイ系ティフブルー)

 

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一番下の畑に入り(812日、矢野民児協、ボランティアグループ森のくまさんの皆さん)

 

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山の西側に入ってブルーベリーを摘み取る。(811日。農園の友人知人の皆さん。こちらは親子連れ)

 

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昼休憩。離れ、縁側、軒先とお気にいりの場所で昼食。(812日)

 

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山や畑で摘み取りをしていた皆さんが午後の休憩で摘み取ったブルーベリーをもって母屋に移動。待っているのは、

 

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ブルーベリージュース。みんなで摘み取った実とグラニュー糖、氷を入れてミキサーにかけて出来上がり。暑い中の摘み取りの後のジュースは皆さん絶賛。(813日)

 

9月上旬まで多くの皆さんのご協力で収穫作業が続き、森の工房AMAに納品されていく。

 

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隣の田んぼの稲は早生の品種らしくもう稲穂がたわわについている。

 

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山のブルーベリー園の法面のナデシコ。(813日)

 

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同じ法面にハギの花も咲きだした。(813日)

 

標高約400mの農園の周辺はそろそろ秋の気配。でもブルーベリーは40日間かけて実っていくのでまだ半分が残っている。森の工房AMAの注文もたくさんはいている。後半、もうひと頑張り。

 

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年8月14日 (月)

盆灯籠 ――関東では見ることのできない美しい伝統です――


盆灯籠

――関東では見ることのできない美しい伝統です――

 

30年も前、初めて広島でお盆を迎えた時の派手やかさに驚いたことを覚えています。五色の盆灯籠の美しさは、関東でのお盆との違いを視覚的に際立たせてくれていました。

 

子どもの頃の千葉でのお盆で一番記憶に残っているのは、816日から22日まで、一週間続く千葉神社の「だらだら祭り」ですし、送り火の苧殻を家の門近くで燃やして、キュウリやナスの牛馬は近くの海まで流しに行ったことですので、広島のお盆の雰囲気とはかなり違う感じです。

 

盆灯籠はコンビニやスーパー、ホームセンターなどでも手軽に手に入るものですが、近頃では、お盆が過ぎてからの処分の大変さや過度の華美化、火災等の事故に配慮して、盆灯籠を禁止する寺院もあるとのことです。しかし、何か工夫を加えることで、広島の風物詩を続けていって欲しいと願っています。

 

我が家の御近所のお墓には、今日も盆灯籠が供えられていました。御近所さんという御縁を有り難く思って、私も「南無阿弥陀仏」と唱えさせて頂きました。

 

                 

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2017年7月31日 (月)

7月のブルーベリー農園

 

        7月のブルーベリー農園

 

広島市豊栄町のブルーベリー農園は妻の実家であり、7月はこれまで家族でコツコツとブルーベリー栽培を続けてきた成果が約40日つづく実りの季節をもたらしてくれるのでうれしいが、気ぜわしい季節となる。

 

ブルーベリーの摘みとりは家族だけでは無理なので、安芸の郷にかかわるボランティアグループ、農園の友人知人、そのまた友人知人、職員といった方々が援農においでいただくのでにぎやかになる。


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梅雨が明けて夏雲が暑い夏を象徴し、木々の緑は濃く青さを増す。手前のブルーベリー農園は実りの季節。717日(月)

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田んぼの稲は青さをまし、どんどん伸びる。畦の草は刈ってもルドベキアの黄色い花は刈らずに残して景色にアクセントがつく。(77日)

 

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721日から安芸の郷の3事業所の摘み取り研修がこのブルーベリー農園で始まる。車で約70分かけてこの日からブルーベリーの摘みとりスタート。とった実は持ち帰り選別、加工に回される。


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724日からはブルーベリー農園の隣町の福富町にある障害者の事業所「しゃくなげファーム」からも参加して摘み取り研修が始まる。ベニヤ板に15mmの穴をあけて大きさに迷ったらこれに合わせて点検する工夫が研修らしい。


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ブルーベリーの実り具合が本格的になってきたのに合わせて29日、30日の土日からボランティアの皆さんが摘みとり援農においで頂く。(730日)



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炎天下の合間の休憩時間は、みんなで摘んだとれたてのブルーベリーを使った冷たいジュースを飲んだりして会話がはずむ。


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29日午後2時ごろの雷雨、雨が激しく降る。


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29日の午後の雷雨の合間のブルーベリーの実。28日も午後から雷雨だった。

85日が安芸の郷の第14回森の工房AMAブルーベリーまつりが午後4時半から開催されるのでブルーベリーの実もたくさんストックしておかないといけないので、収穫後のブルーベリーは安芸の郷のコンテナ型の冷蔵庫に保管される。

摘みとりは9月上旬まで続く。

*お知らせ。安芸の郷のほかに紙屋町の地下街シャレオの本通りそばの「ふれ愛プラザ」で火曜日、金曜日の夕方100gパックを納品しており、おかげさまで好評。


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ブルーベリー園の周囲に住むキジも元気そう。(729日雨上がりの夕方)


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イトトンボ(717日)

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2017年7月25日 (火)

東京での発見 ――「横丁」を曲ると「つぶし餡」の「到来物」がある――

 

東京での発見

――「横丁」を曲ると「つぶし餡」の「到来物」がある――

 

最近、上京することが多い家人なのですが、子どもたちの下宿の掃除などもこなしながら、いろいろ楽しい時間を過しているようです。楽しみの一つは、広島や関西とは違う言葉や仕種を発見することらしく、それを聞くことで、東京生れの私にとっては別の意味で勉強になっています。発見するのは、主に高齢の女性の言葉が多いというのも面白いのですが、最初に御紹介したいのは、飯田橋のあるお店の店番をしていたおばあさんの言葉です。

 

道順を聞かれたらしいのですが、その答えが、「その先の横丁を曲るとすぐだよ」だったのだそうです。なめくじ横丁とか法善寺横丁、それから加藤周一作詞・中田喜直作曲の「さくら横ちょう」といった「横丁」は知っていても、歩いている道を曲って小さな路地に入る、という行動としての「横丁」、「横丁を曲る」とが結び付いていなかったようです。

 

これが関東と西日本との違いなのか、家人だけの感覚なのかは分りませんが、興味深い指摘でした。

 

横道に逸れて、私の注釈を点けさせて頂きたいのですが、「横丁」は「横町」とも書きます。元々は「横町」だったようなのですが、「町」の略字「丁」の方が簡単なので多用されてきたのかもしれません。ちなみに、藤島恒夫さんが歌ってヒットした『月の法善寺横町』は、「町」が正しい曲名です。また、加藤周一さんの詩『さくら横ちょう』について、加藤さんは著書『羊の歌』の中で、「横町」と書いています。

 

二番目は「つぶし餡」です。新宿の近くのお店でこれもおばあさんが「うちのはつぶし餡だから美味しいよ」と言っているのを聞いて、「粒あん」は知っているけれど「つぶし餡」て「粒あん」のこと(?)、と疑問を持ったようです。これも地域的な差ではなく、粒の状態が残っているのが粒あんで、皮は残っていても小豆が潰れている物をつぶし餡と呼ぶだけなのかもしれませんが、家人にとっては新鮮な響きだったようです。

 

そして「到来物」。お中元で頂いたお菓子をお茶請けとしてお客様に出すときに、「到来物ですが、お口に合いますでしょうか」という風に使います。これも広島や関西では聞いたことがなかったようです。

 

といったような話をしながら、今日の暑さを吹き飛ばすために、「到来物」のビールで乾杯です。

 

             

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2017年7月23日 (日)

八王子平和・原爆資料館(2) ――竹内良男さん・佐藤あずささんの案内で見学しました――

 

八王子平和・原爆資料館(2)

――竹内良男さん・佐藤あずささんの案内で見学しました――

 

八王子市役所から通り一本隔てたビルの二階にある八王子平和・原爆資料館は、東京圏内で原爆に焦点を合わせた資料館としては唯一の存在ではないかと思われます。しかも、19977月に開館して以来20年間、市民・ボランティアの皆さんの手によって維持・管理されてきました。資料館の入口です。

 

           

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広さは約30平米ですが、中に入ると資料の多さに圧倒されます。案内を買って出てくれた竹内さん()と佐藤市議()です、

 

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この資料館の歴史は、ホームページに載せられています。

 

1996年、八王子市内に住む原爆被爆者の会(八六九会)の会員から、原爆に関する文献・資料の寄贈を受けました。

 

そこで八六九会や地域で働く市民の手作りで資料館の開設の準備をすすめ、19977月にこの資料館を開設することができました。

 

広島・長崎の被爆者の手記や原爆に関する評論、写真集などのほかに、子ども向けの絵本や、各地の中学・高校などの修学旅行の実践記録集なども含めて、その数は、現在およそ2,000冊。

 

ほかに、原爆瓦や溶けた皿、また特筆すべき原爆の遺品として、被爆死した中学生の服があります。

 

さらにまた、広島在住の美術家から寄贈されたオブジェなども展示されています。

 

戦争の記憶が風化しつつある今日、ぜひ一度来館されて、あらためて、戦争と原爆の悲惨さ、平和の尊さを実感してください。

192-0051 東京都八王子市元本郷町3-17-5    電話 042(627)5271

 

この資料館の「訪問記」を書く積りでいたのですが、素晴らしい訪問記をブログにアップしている人がいました。竹内さんの案内で資料館と八王子市を巡った記録を、「しのさん」が「継承ブログ」というブログにアップしてくれています。「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」の運営するブログですが、詳細かつ正確で読み易い報告です。とにかく感心しました。是非お読み下さい。

 

実は、竹内さんは駒込で2016年から「トークセッション<ヒロシマ・2016連続講座>」を月に一回から三回、開いています。今年は<ヒロシマ・2017連続講座>に変っています。しのさんはその12回目に参加して竹内さんから八王子平和・原爆資料館の存在を聞き、取材に訪れたということのようです。こちらの記録も一読に値します。

 

竹内さんからは、駒込の講座は高齢者が多いのだけれど、高校生が一人来てくれたり、若い人の参加もあってとても嬉しいという言葉を聞いていました。

 

私の資料館についての感想も二つだけ付け加えておきたいと思います。一つは、2000点以上の資料のほとんどを運営委員の皆さんが手分けして確認し、きちんとした目録を作成されたことです。私の蔵書と重なるものも多くありましたので、書名を見るだけで内容は分りますが、これからこの資料館を利用する人たちは原爆についての関心はあっても、時代が変って、私たちには常識だったことについても知識はそれほどではない人が増えるはずです。その人たちが利用する上で、目録は必要です。でも手間が掛かります。

 

もう一つは、私たちの時代の常識が100パーセント次の世代の常識として引き継がれることはない、という点です。原爆観・平和観もそれにつれて変るでしょう。でも大切な根幹部分はぶれることなく伝える必要があります。そのためにも、「広島・長崎講座」のような形で学問化、定式化して未来に伝える努力が必要だと私は考えてきたのですが、八王子平和・原爆資料館でその思いが一層強くなりました。

 

最後に、竹内さんに負けず劣らず凄い人だと思ったのが、市会議員の佐藤あずささんです。経歴や政策、そして個人的な思いなどは、公式ブログをお読み頂きたいのですが、今の時代に社民党公認候補として保守的な八王子の市議会議員選挙に出るだけでも勇気のいることですし、トップ当選したことも凄いです。

 

 

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2017年7月22日 (土)

八王子平和・原爆資料館 ――竹内良男さん・佐藤あずささんの案内で見学しました――

 

八王子平和・原爆資料館

――竹内良男さん・佐藤あずささんの案内で見学しました――

 

昨年の9月、「忘れられた」金輪島、というタイトルで竹内良男さんが掘り起こした金輪島の歴史を紹介しましたが、今回は同じく竹内さんに教えて貰った八王子の歴史、そして市民の手で20年間活動を続けてきた「八王子平和・原爆資料館」を御紹介したいと思います。

 

八王子平和・原爆資料館に近いJRの駅は西八王子でした。改札口で出迎えてくれたのは、竹内さんと八王子市市議会議員の佐藤あずささんでした。二人がまず案内してくれたのは、資料館のすぐ隣の市役所周辺です。実は、八王子市は、今話題になっている萩生田光一官房副長官の地元ですので、かなり保守的な土地柄なのです。でも平和をテーマにした石碑や像も多く、また194582日には死者450人、被災人口約77000人と言われる八王子空襲があり、その爪痕が今でも残っています。

 

               

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 このブロンズ像は圓鍔勝三氏による「平和な朝」です。皆さん御存知のように圓鍔氏は尾道市出身の彫刻家で文化勲章受章者です。広島駅の新幹線口にある「朝」を思わせるテーマです。

 

また、八王子市の主要な公園である冨士森公園には「平和の像」があります。これは、八王子市が非核平和都市宣言を行った10周年を記念して1993年に建立された「平和の像」です。これも圓鍔勝三氏の作品です。

 

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八王子市の平和と原爆に関連する史跡はそれだけではありません。時間があれば案内しますと、竹内さんには言われたのですが、私が知らなかった多くの場所とそれぞれの簡潔な説明を付した地図を頂きました。その表紙です。

 

 

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どこかで見たことのあるデザインですね。そうです、金輪島の島めぐり案内冊子の表紙と同じデザインです。ということはこれも竹内さんの作品だということです。次にこの小さなパンフレットを開くと、八王子の平和関連の場所がいくつも紹介されています。

 

 

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左上の説明を大きくしてみると、「ランドセル地蔵」の紹介があります。

 

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左下は浅川地下壕の説明です。

 

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なかなか平和・原爆資料館に辿り着きませんが、それは次回に回したいと思います。

 

 

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2017年7月20日 (木)

浄水器    一生、縁がないと思い込んでいましたが――

 

浄水器

一生、縁がないと思い込んでいましたが――

 

本格的な暑さの季節になり、冷たく美味しい水の有り難さを身に沁みて感じています。それも、二三日前から、水を飲む度に痛感するようになりました。浄水器を買ったからです。

 

実は、十数年前からもう一生、浄水器とは縁がないのだろうと思い込んでいました。それは、広島市の水道水がとても美味しいからです。広島市の水道は1898(明治31)に牛田の浄水場が竣工して以来、119年の歴史があります。その間、1945年の86日にも、職員の必死の努力で全市域の断水を避けることができました。その結果、「水道の歴史」 イコール 「不断水の歴史」という、正に市民サービスのお手本となる金字塔を打ち立てています。

 

広島の水道水は太田川から取っていますが、吉和に水源涵養林を確保するなどの努力もその一因になっているはずです。また、その美味しさについても、全国的に評価されています。毎年、フラワーフェスティバルには、「水のひろば」を開いて、冷水のサービスや利き水体験を通して、水の美味しさのアピールをしています。ここにその報告があります。

 ゆるキャラ「じゃぐっちー」によるPRもかなり広まっていますし、じゃぐっちーが手にしている、500mlの水道水を詰めたボトル「飲んでみんさい!広島の水」も、10年ほど前から売られています。

 

               

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広島市の水道水に対して水道局職員の抱く思いも強く、「広島の水道に浄水器を付ける必要はありません」という言葉は何回も聞かされました。事実、東京の水道水の不味さに辟易して広島に戻った時には、何杯も水を飲んでしまうほどでした。強く意識した訳ではありませんでしたが、浄水器とは縁がなくなったなぁ、と漠然とは感じていたように思います。

 

事情が変わったのは、広島市の外に引っ越したからです。美しい自然や田畑に囲まれ、空気は澄んで、夏でも平地よりは涼しい素晴らしいところです。Z級グルメを自認する私ですから気付かなくて当然なのですが、今年の春から夏、生活全般についての改善を少しずつ進めている中で水の話になりました。家人は、飲み物用の氷はスーパーやコンビニで買っていたのですが、その原因は水道水にありました。カルキ臭が強過ぎるということなのです。

 

水源は同じ太田川なのだと思いますが、その後の処理の仕方が違うのかもしれません。水道局のホームページには、安全面から考えて浄水器は必要ない、と書かれていますし、雑菌が繁殖する可能性についての言及もありましたが、物は試しで、浄水器を買いました。据え置き型で、フィルターは、直径10cm、高さ17cmの本体の方にあります。

 

 

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写真を撮るために本体は動かしました。ホースが長いので調理等の邪魔にはなりません。

 

 

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浄水と原水との使い分けも簡単です。

 

カルキ臭は消え、「美味しい」水が飲めるようになりました。これで、水のボトルも氷も買わなくて済みます。梅雨明け後は気象も安定して、これ以上の災害が起きないよう祈りつつ、夏の暑さを乗り切る上での力強い援軍に感謝しています。

 

 

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2017年7月 7日 (金)

ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町 ――Sky Gallery Lounge Levita が最高でした――

 

ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町

――Sky Gallery Lounge Levita が最高でした――

 

昔から略称の「アカプリ」で知られている赤坂プランスホテルには色々な御縁がありました。個人的な思い出を辿り始めるときりがありませんので省略しますが、近くで食事をした後ということもあり、最近オープンした「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町」に行ってきました。

 

夕食後の時間でしたので、ゆっくり寛げるバーかラウンジということになるのですが、昔の「アカプリ」にも、夜景で有名なラウンジが最上階にありました。

 

ザ・プリンスギャラリーの中での配置は最上階ではなく、その一階下の35階のLEVITA(レビータ)です。

 

                   

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でも、35階に直接エレベーターで昇るのではなく、まず36階まで行ってから一階下に降りるという構造になっていました。

 

さて36階で降りると、エレベーター前の雰囲気は、ボストンのプルデンシャル・ビルとほぼ同じといって良いお洒落な空間になっていました。実は「プルデンシャル」とのお付き合いも長く、いつか思い出のいくつかは言葉にしておきたいのですが、まずは35階に降りなくてはなりません。それが簡単に行かなかったのは、下に続く階段の上からの景色に見惚れたからです。

 

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真正面に東京タワーが見えます。さて35階まで降りて席に着くと、そこからも東京タワーが目の前でした。下の写真の左下の方です。

 

 

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視線を右に移すと壁があるのですが、光を大胆に使ったデザインが見事でした。写真ではその立体感まではお伝えできませんが、近似値として御覧下さい。

 

 

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お絞りや水にも感激したのですが、次には飲み物の注文です。特別な夜には特別な飲み物ということで、紙のメニューではなくタブレットのメニューから選びました。

 

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「アカプリ」時代もそうでしたが、束の間とは言えども「非日常」の時を異次元空間で過すことができました。

 

 

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コメント

池原先生についてふれていただき、ありがとうございます。
私の担当で作った丹下先生設計の赤プリももう今はありません。
世の中、どんどん変わっていくのですね。
・・・・・

6/28 からの”久し振り”第3弾?!
都内在住ながら、こもりっきりのシニアには楽しくありがたい情報でした。
銀座編→老化現象か。 いえいえ。成熟都市から遠く離れて感がマックス 、なだけでは。日産ビルと松坂屋あとを、こうして同時に眺めますとその感は強まるばかり。ソニー・ビルあとはせめて”いつまでも右肩上がりが続くと思うなよ”的であってほしい。
赤坂編→わ、素晴らし。けど、今も昔もおハイソすぎて敷居は高いまま。ホテル関連は映画で味わうことにしよ。

先日、元安川さんから、20年前に作られた広島プリンスホテル(今のグランドプリンスホテル広島)のプロモーションビデオを見せて頂き、色々と思い出に耽っていたところでした。

ちなみに、私が初めてアカプリに泊まったのは30年以上前のことですが、Apple社の新製品「Apple III」の発表会で、それは東レの招待でした。

当時、Apple社の日本の総代理店は東レで、新製品発表会に地方の代理店まで交通費や宿泊費まで負担する、それも赤坂プリンスホテルという一流ホテルへの宿泊という時代でした。

「元安川」様

コメント有り難う御座いました。

「アカプリ」の設計は丹下健三先生でしたね。御指摘有難う御座います。「グランドプリンスホテル 広島」の設計をされたのが池原先生で先生の愛弟子の貴兄が、「アカプリ」と「グランドプリンスホテル 広島」と両方の担当をされたということから、勘違いをしてしまいました。間違った記述の部分は、早速削除させて頂きました。

丹下先生、池原先生ともに、広島には深い思いを寄せて下さり、大きな貢献をして下さいました。そのことをより詳しく、別稿で元安川さんに取り上げて頂ければ幸いです。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。赤ゲットの東京見聞記を、東京にお住まいの方にお読み頂き光栄です。また銀座についての感想を御理解頂けたことも大変嬉しく読ませて頂きました。

昔はただ忙しく走り回っていたところを、ゆっくり味わえる年齢になったのですから、これからも懐かしい場所を「再発見」して歩きたいと思っています。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

広島プリンスホテルができたのは、広島にとって画期的な出来事でした。それは「アカプリ」をはじめとするプリンス・ホテルの全国的評価があったからに違いはないのですが、美しい海岸線を工場が独占してしまい、市民にはアクセスできなかった時代の終りを告げていたことも大きかったのではないでしょうか。

そしてバブルの時代も今となると懐かしいですね。

2017年7月 6日 (木)

家族でロンドンに行ってきました。その2

 

家族でロンドンに行ってきました。その2

 

フードマーケットの禁煙ゾーン

 

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2日目の午後からウインブルドンにある大学の卒業制作展の会場に行く。娘の作品はその入り口にあった。学生に示された卒業作品のテーマは「移民」だそうで、私の父の姉と母の兄もハワイに移民しておりその事実を織り込んで作られた作品となっている。移民はヨーロッパだけの問題ではないことに気づかされた。先生や学生の方に紹介されながら会場の作品を見て回った。

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滞在中は毎日地下鉄を使って移動していたので、車窓からの景色の中に中国が原産地のブッドレアの花が沿線にたくさん咲いていた。写真のようにこぼれ種から生えて駅ホームの間にも咲いている。ウインブルドンの住宅の庭にもアジサイとともによく植えられていてどこか見慣れた風景を連想させる。(ウインブルドンまでの地下鉄は地上に出ている)

 

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ロンドン交通局発行のオイスターカードが便利だった。滞在中の移動はこのカードを一人1枚購入していたので移動がスムースにできた。そして安い。使用エリアはロンドン中心部からゾーン制で1から6までありウインブルドンは3のゾーンになる。このゾーンの7日間のトラベルカードを38.7ポンドで購入して、写真のオイスターカードにチャージさせて使う(娘の説明)。バス、地下鉄の改札口で日本と同じようにカードを読み取り機にカードを押しあてればよかった。広島でもイコカカードがJR、広電などの電車やバスに使えるようになっているが、割引率は随分差があるようだ。

 

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大英博物館のカフェ。サンドとともにたくさんのスイーツが並ぶ。飲み物と、サンドと、スイーツでお腹がいっぱいになる。特別展示会場は「北斎」展が行われていたがパス。ビッグウエーブとして人気が高いことが分かった。

館内散策の途中、階段の踊り場に展示されているコバルトブルーの大きな花瓶が突然目に入った。「ひょっとして東広島市で作陶している木村芳郎さんの作品?」と説明書きをみると確かに木村さんだった。東広島市に勤務していたので、木村さんが西条町に窯を開いたころから存じ上げていたがここで作品にお目にかかるのも旅の楽しさか。

 

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ウインブルドンの借りている家の近くのパン屋さん。朝7時から開いている。パンの他にてんこ盛りのマフィンなど菓子パンもたくさん並べてある。

 

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ロンドン、ヴィクトリア駅近くのカフェ(モロッコ料理)で時間つぶし。交差点を行き交う人々は様々な国のひとでいっぱいで人の流れを飽きることなく眺める。

昨夜は夜遅くまでミュージカルを見てホテルに一泊した。前々日予約で「キンキー・ブーツ」が19ポンドで一番後ろの席が取れたので鑑賞。地元の高齢女性たちが2階席に陣取ってしきりと掛け声をかけ最後は総立ちの拍手だった。歌も踊りも演奏もシッカリしていて家族全員で楽しめた。

また街中のポスターで広島を舞台にしたアニメ「この世界の片隅に」があったが、娘によるとイギリスでも好評なのだそうだ。

 

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最終日。ヒースロー発上海行の飛行機は夜の9時20分発。バスで時間をかけていくことにして午前中から昼にかけてフードマーケットの「バラ・マーケット」に行く。線路のガード下やアーケードの中に色々な食材を扱い、すぐに食べられるものが色々ある。

 

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マーケットに掲げられている看板には禁煙のマークもある。屋内全面禁止もまだできていない日本に比べ、ロンドンオリンピックを経験したこの都市では、このアーケードと屋外テントの店がたくさんある半屋外のエリアでも外でしかタバコは吸えなくしているので、誰もが気持ちよく利用できるマーケットになっていた。それと犬もダメとある。

2020年の東京オリンピックまでに屋内全面禁煙や、受動喫煙防止のタバコ規制の法律は間にあうのか。このブログサイトでも62日付けの「531日は世界禁煙デー」で紹介しているように、一日も早く実現しないといけない課題だと思う。そうでないと世界にたいして恥ずかしい。

 

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8日間家族と過ごした住宅。右のドアから上がって3階の2つの窓のある部屋がそれ。ここからタクシーでロンドン市内のホテルに1泊して帰途についた。ちなみに次の借主は73日から始まるテニスのウインブルドン大会に出場する選手だそうだ。タクシーからちょっとだけセンターコートの建物が見えた。

 

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終わりに、3つ目の花。ロンドンから100㌔あまりの国立公園内のセブンシスターズの丘に咲くバラ(たぶんハマナスの一種)

 

201776日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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