文化・芸術

2017年11月28日 (火)

続々閉店するカラオケ店 ――「ゆったりランチ」が楽しみだったのですが――


続々閉店するカラオケ店

――「ゆったりランチ」が楽しみだったのですが――

             

Photo

             

「絶滅種」になってしまうのか心配な「シダックス」。

これは本通りクラブ。

(グーグルマップ)

 

唯一の趣味とも言えるカラオケなのですが、その趣味を続けられるのかどうか心配しています。これまで足繁く通っていたシダックスの店舗が次々と閉店になっているからです。

 

最初に閉ったのは、シダックス流川クラブでした。それまでウォーキングの目的地として重宝していました。実は、長い間、朝起きてすぐウォーキングをしていたのですが、勤めが変って、朝早くから東広島での講義をしなくてはならなくなりました。朝のウォーキングをするためにはとんでもない時間に起きなくてはなりません。でも昼過ぎの時間はありますので、その時間帯を生かそうと考えていた時に、シダックスに「ゆったりランチ」というプログラムのあることを知りました。

 

午後の一時間、部屋代とメニューのランチと合わせて580円というサービスです。ランチだけでも580円なら安いものですし、カラオケの練習もできるのですから使わない手はありません。しかも、当時住んでいた場所からは歩いて片道30分です。ウォーキングの代りにもなるのですから一石三鳥です。ゆったりランチの時間帯に流川クラブに通うこと約二年、スタッフの皆さんとも仲良くなったのですが、ある日突然、「閉店」ということになりました。

 

その後は近くの本通りクラブにも通っていましたが、田舎に引っ越すことになりました。一番近くのカラオケ店はシダックスの五日市クラブ。ここでも「ゆったりランチ」のサービスがありました。ただし、田舎から出てきますので、片道車で30分掛ります。とは言え、買い物もありますので、スーパーや酒屋、薬屋等々と合わせると、少なくともガソリン代の節約にはなります。

 

でも、料金は580円から620円に値上げされ、それも仕方ないと諦めて通っていたのですが、今年の831日をもって閉店になりました。流石にショックでした。仕方なく、自宅に、精密な採点機能のあるカラオケシステムを導入できないか検討中です。

 

それには、もう一つの目的が関係しています。一人で歌う時のインセンティブは、カラオケ機の採点機能を使って、少しでも上手くなるための努力をすることです。それも、例えば「95点を出す」という目標を決めて頑張ることなのですが、最新の機械のあるカラオケボックス店が近くになくなってしまい、このままだと当分、お預けになってしまいそうだからです。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

業界でダントツトップであったシダックスの大量閉店ですが、カラオケ業界は微増が続いているので業界再編成のようにも思え、「絶滅」ではなく「進化」になるのかも知れません。

ところで町内会の忘年会も例年は設備にある古いカラオケマシンではなく最新機種を業者からレンタルしていましたが、今年はスマホで「DAM」のアプリか、Wiiで「JOYSOUND」のどちらかを使うことを検討しています。

また知人は「Sing!」というカラオケのSNSのようなアプリで、世界中の人とデュエットを楽しんでいます。
https://www.smule.com/songs

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。以前「DAM」のアプリを使ってみたのですが、曲名の入力に時間が掛って、諦めました。せめて、50音が一つの表になって出てくると助かるのですが--。

Singはダウンロードしましたので、使ってみます。有難う御座いました。

町内会で使うカラオケについては、いくつか試してみてもらっていますが、DAMもJOYSOUNDもスマホなら音声入力できるので、カラオケ店のリモコンより使い易いと言われています。スマホのアプリはアップデートが頻繁にありますから、以前のバージョンとは違うかも知れません。

ちなみに、JOYSOUNDはスマホからのテレビ出力に制限がかけてあったため、DAMが候補になっていますが、個人利用ならJOYSOUNDのアプリだけでも何種類ものアプリがあり、選ぶのも大変そうでした。

「工場長」様

再度のコメント有り難う御座いました。

DAMを使って、出力はテレビ画面と独立のスピーカーという組み合わせで使えるのでしょうか。リモコンはスマホで、しかも音声入力も使えるということだと便利ですね。

DAMの現在のバージョンでは、テレビ画面はミラーリングになるので、演奏中にスマホをリモコンとして使って予約をすることはできませんし、曲が始まる前の再生準備画面が長いのが不評でした。

JOYSOUNDもミラーリングになるのは同じですが、再生は早かったものの、スマホ版は録画を防ぐために外部出力を禁止しているので、テレビに出せるWii版が候補になっています。

他に、SmartKaraoke(スマカラ)というアプリでは、スマホをリモコンのように使え、テレビ画面で演奏しながら、スマホの方で予約操作などが可能でした。

ただ、スマホのアプリはいずれもバージョンアップが頻繁に行わるので、それぞれにまだまだ変わっていくようにも思いますし、他にもありますので、色々試されると良いと思います。

また、私がみた Sing! では、若い女性はiPhone付属のマイク付きイヤホンで歌っている人が多く、男性はスマホに繋がるマイクで歌っている人が多いように思いました。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。スマホを使ってのカラオケについても詳細な情報を有難う御座いました。カラオケボックスには良く行くのですが、その知識を元にネットでのカラオケを楽しもうとしていたので、奥の深さに驚いています。

もう少し勉強して、歌っている画像をアップしたいと思います。

2017年11月13日 (月)

慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 ――第142回定期演奏会に「ブラボー」――


慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団

――第142回定期演奏会に「ブラボー」――

 

1111日東京芸術劇場で開かれた、通称ワグネルの第142回定期演奏会を堪能してきました。昨年とは違った魅力を見付けたり、一人一人の団員の一生といった視点から演奏を聴けたことなど、自己流ではあってもワグネルを通しての合唱と音楽への理解がチョッピリ膨らんだような気がしています。

 

                 

20171112_15_26_28

           

コンサート開始前の大ホール

 

まず、プログラムですが、前半は日本の詩人3人の詞に合唱のための曲が付けられた形の作品でした。これで、3つのステージ。そして後半、最後のステージはオーケストラと共にワーグナーの『タンホイザー』からの抜粋です。

 

 

20171112_15_36_01

 

会場で渡されたプログラムには、ステージ毎に、団員の手になる分り易いかつ専門的な解説が掲載されています。ということは曲、詞、そして演奏についての立体的なイントロだということですので、実はそれをお読み頂きたいのですが、少しでも雰囲気をお伝えするために、私にとって印象に残った曲二つ三つを取り上げたいと思います。

 

1ステージの高野喜久雄作詞、高田三郎作曲の『ひたすらな道』の歌詞は、とても幾何学的な雰囲気を持っていると思ったのですが、高野が数学教諭でもあることを知って納得が行きました。例えば、I.「姫」ですが、「池」という入り口を通して、こちら側とあちら側との間とに通路があり、その通路は無限の彼方でつながっているというイメージで考えると、池に投げ込んだ石が私の中に没する比喩も分るような気がします。そして、曲にもそんな幾何学的なフレーズがあるように聞こえたのですが、どうでしょうか。常任指揮者の佐藤正浩、ピアノ伴奏の前田勝則、ヴォイス・トレーナーの小貫岩夫の日頃からの指導力を最初から実感することができました。

 

2ステージの『吹雪の街を』の最後の曲、VI. 『吹雪の街を』は、男声合唱の美しさと優しさ、切なさが「歩いて来たよ 吹雪の街を。」というレフレーンを軸として胸に響いてくる曲ですし詞なのですが、平田亮学生指揮者が、旭川の出身ではなく、例えば沖縄やハワイの出身だったらこんな風には聞こえなかったのではないかと、思わず考えてしまいました。それほど冬と雪、吹雪と19歳の乙女とが一体になった曲に仕上がっていました。

 

3ステージ、『Enfance finie~過ぎ去りし少年時代』は、私の好きな詩人三好達治の詩に木下牧子が男声合唱曲の組曲として作曲したものですが、ここでもしっかり伝わってきたのは客演指揮者・清水敬一の技量でありパッションでした。それは、三好が振り返る過去が、今ここにいる若き団員たちの過去、そしてこれからの未来にいくばくかの時を過した後に振り返る過去をも重ねつつ、人の生きる道程を音として聞かせたくれたからなのではないでしょうか。

 

そして第4ステージのタンホイザーは文句なく楽しませて貰いました。ソプラノの小川里美、バリトンの谷口伸の素晴らしさは言うまでもないのですが、オーケストラがワグネル・ソサィエティー・OBオーケストラ、賛助出演が慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・OB合唱団と慶應義塾志木高等学校ワグネル・ソサィエティー男声合唱団という豪華編成で、常任指揮者の佐藤正浩の下、現役のワグネリアンたちの日頃の練習の成果が遺憾なく発揮されました。

 

現役の合唱団が約70名であるのに、OB合唱団の参加者は200人にもなり、また高校生も交じっての、老・壮・青の多世代の合唱には感動するばかりでした。

 

最近は子どもたちの部活を中心に吹奏楽を聴くことが多かったのですが、改めて合唱の意味も、世代を超えての多層性を目の前にして、新たな視点が加わりました。それは、私が「歌詞」と「曲」の2項対立では、「歌詞」派であること、そして今回の演奏会の「歌詞」にこれまで以上の親近感を持ったこととも関係があります。さらに昨年の演奏会では、多言語を跨いでの歌詞を記憶して暗譜した上での演奏だったことも思い起こしながらの感慨でもあります。

 

自分の子どもが団員だからなのですが、「ワグネルの団員たちは何て幸せなのだろうか」というつぶやきが出発点なのですが、美しい歌詞を覚え、それに付けられた心を揺さぶる曲とともに歌うことは、「歌詞」つまり「詩」の心を内面化することに他なりません。若い時代にこのような機会を与えられることで、その後の人生はどれほど豊かになるのかを考えると、その答が、背後で歌っていたOB団員たちそのものなのです。

 

こうして現在から未来へのベクトルが豊かになるのと同時に、ある時点から過去を振り返ることで、これまで辿った道の豊かさにもそれが重なり、同時に非可逆的な時の過酷さもあの世とこの世との境界の曖昧さにも思いが至るのですが、しかし、これまでの人類の来し方からの教訓は、それでも希望はあるということになるような気がします。

 

そんなことさえ考えながら帰途に就いた池袋には、少し季節を先取りした木枯しが吹いていました。

 

 

20171112_15_27_29

終演後のエスカレーターから

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

あのダークダックスもワグネルソサエティのOBですよね。
ワグネルソサエティの実力はプロれべるだといわれていますが、
それだけ練習も凄まじいのではないでしょうか。
早稲田にはグリークラブがありますが、
友人はほとんど授業に出てきませんでした。
頑張ってください。

「ゲン」様

コメント有り難う御座いました。

今回の独唱者、バリトンの谷口伸三もワグネル出身です。確かに練習は大変なようですが、大学でも部活を通して良い友達のできることは素晴らしいと思います。

2017年11月12日 (日)

関東の魅力は富士山 ――たまたま日没前と日没後の美しさを記録できました――


関東の魅力は富士山

――たまたま日没前と日没後の美しさを記録できました――

 

今回上京したのは、1111日東京芸術劇場で開かれた慶應義塾ワグネル・ソサエティー男声合唱団第142回定期演奏会のためですが、その感想は明日アップしたいと思っています。

 

今日、お届けしたいのは近くのホテルから見た日没前と日没後の富士山の画像です。赤く丸い夕日の像が撮れればと思っていたのですが、それは無理でした。日没直前はこちらです。

 

                 

20171112_8_57_43

           

 

これも美しいのですが、日没後の富士山のシルエットはそれ以上です。でも時間的にはこの姿をゆっくり楽しむ余裕のある人は少ないのかもしれません。

 

 

20171112_9_00_12

 

でも短時間ではあっても、朝夕に富士山を眺められる環境は、大袈裟に言えば人生観に影響を与えているのかもしれません。高校大学と、総武線で通学していた時に、ラッシュ時に西側の吊革が確保でき、空気がきれいで富士山が見えたときの嬉しさは、その日の初めにあるいは一日の締めくくりに新たなエネルギーになりました。

 

瀬戸内の多島美を日常的に目にしながら育った広島の皆さんとの違いは、大袈裟に言えば、東日本と西日本の違いといったことにまとめられるのかもしれません。これについては以前、「同じお題で」のお誘いに書かせて頂きました

 

そして、美しさについてのこんな思いの延長線上にワグネルのコンサートがピッタリ収まりました。若さの素晴らしさ、そして多様性の創り出す豊かさについて、咀嚼しながら過ごした一夕の報告は次回に。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

同じお題でをご紹介くださります、ありがとうございます。
また参加してください。よろしくお願いいたします。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

「同じお題で」にはできるだけ参加したいと思っています。いつも楽しいお題を有難う御座います。

2017年10月28日 (土)

キャノン・ハーシー展示会「未来樹」 ――彼のプロジェクトが始まりました――


キャノン・ハーシー展示会「未来樹」

――彼のプロジェクトが始まりました――

 

一月に二度にわたってお伝えした、キャノン・ハーシー氏のプロジェクトが始まりました。第一弾は彼と、藤元明氏による展示会「未来樹:Resilience」です。場所はコマチ・アート・プレースでした。

 

その展示会で私にとって一番印象深かったのが、キャノン氏による二枚のシルクスクリーンでした。

 

                 

20171027_23_05_09

           

 

私には、川のように見えたのですが、真ん中の少し黒みがかっているのは、被爆樹の映像です。冬に写した写真を元にしているので、葉っぱがほとんどついていません。それが、川を中心にした広島の地図のように見えたのですが、キャノン氏がここに切り取った形の持つ意味が、その二重性にあるような気がしてきました。

 

樹も川も水の通路という性格を持っています。そして194586日には、その川は、水を求める人たちに一時の安らぎを与えました。その後私たちはその川に灯篭を浮かべ、水を求めて亡くなられた人を初め多くの被爆者の霊を慰めるのと同時に、川を見つめ、川の畔に佇みながら、核のない世界を創る決意を新たにしてきました。

 

被爆樹は、原爆にも負けずにそこに立ち続け、木陰に涼を取る私たちを慰め、大きく茂る枝と葉を見上げる私たちに新たなエネルギーを与え続けてくれました。また、地中から吸い上げた水を糧に種を生み、その種が広がることで、過去を未来につなげています。

 

三次元的存在である樹木を地面に射影した結果が地図のように見えるのは、両者に共通している「水」そして水の創る生命の力の投影であるように私には感じられました。

 

科学や数学においては、このような「多義性」のある解釈は許されません。それはそれで大切なのですが、被爆体験を元にした未来へのメッセージをもっと多くの人に伝える上で、芸術の持つ多義性も大きな力を発揮するだろうことを確信できる一時になりました。

 

 

 [お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年10月27日 (金)

「高齢者 = カナリア」説 ――危機的状況に一番敏感に反応しているのかもしれません――


「高齢者 = カナリア」説

――危機的状況に一番敏感に反応しているのかもしれません――

 

今回の選挙で有り難かったことや元気を貰ったことはいくつもあるのですが、その一つが高齢者からの熱い応援でした。千葉に住んでいる中学の同級生や高校時代、一緒に留学した仲間たち、その他、多くの高齢者からの激励のメッセージの真剣さ、そしてそこに込められていた切迫感は尋常ではありませんでした。

 

私も高齢者ですので、ただ単に私の友人・知人たちが熱心に応援してくれただけではないのかという可能性もあります。でもこれまで何度も経験してきた選挙とは次元が違っていた、というのが率直な気持ちです。そして、友人・知人たちが寄せてくれたメッセージは、今回私が立候補しなくてはならないと感じた思いとピッタリ重なっていました。

 

枝野代表の言葉を借りれば、「右や左からのメッセージではなく、今の危機を回避して、前、つまり未来を確保すること、そして輝ける平和な未来を創るために、過去の知恵を生かすという決意」とまとめられるような気がします。

 

勿論、枝野・福山チームがその象徴であるように、若い世代が成長し同様のメッセージを発信してくれていることを心強く思いますし大きな期待を持っています。しかし、私たちの世代との違いは、第二次世界大戦との距離ですし、残された時間です。

 

被爆者の言葉を使えば「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」ですが、戦争の残虐さ悲惨さを次の世代には絶対にさせてはならないという強い思いは、私たちの世代が共有している基本的な価値観です。また、高齢期に達し、友人たちが幽明境を異にする経験も増えている私たちの立場は、今の内に、出来るだけ効果的に私たちのメッセージを伝えておかなくては、という「使命感」に基づいています。

 

そう考えながら思い出したのが、かつてカート・ボネガット氏や大江健三郎氏が必死に唱えていた「文学者はカナリアだ」という言葉です。昔、炭坑内での有毒ガスをできるだけ早く検知するために、微量のガスにも反応するカナリアを籠に入れて坑内に持ち込んだことを元に、芸術家の役割、小説家の役割をカナリアに準えたのです。

 

                 

Gelber_kanarienvogel

           

By 4028mdk09 (Own work) [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

 

それを今の状況に当て嵌めると、高齢者の果している役割は、炭坑内のカナリアに他なりません。「国難選挙」の結果は、小選挙区制という歪を生む装置によって与党が大勝しました。しかし、ここで諦めてしまっては全てがお終いです。安倍政権、そして彼らの目指す改憲こそ「国難」、つまり有毒ガスなのだと懸命に囀っている高齢者の声に耳を傾けることで、戦争への道を突っ走っている日本という国を、まっとうな国へ方向転換することはまだ可能だと信じています。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年9月18日 (月)

スマートフォン・サム ――世界に広がる謎の痛み――

スマートフォン・サム

――世界に広がる謎の痛み――

 

NHKの「ガッテン」で紹介された「謎の痛み」。症状は主に手首に現れるのですが、その原因が謎だということで、原因を究明した番組でした。そして世界的に広がるこの症状には名前の方が早く付けられていました。「スマートフォン・サム」です。略して「スマホ・サム」。スマートフォンには問題がないと思いますが、「サム」とは何でしょうか。

 

           

20170917_15_40_55

                 

 

この疑問を敢えてここに記しているのは、「ガッテン」のゲストの3人ともその意味を当てられなかったからです。「サム」は「thumb」、つまり親指です。そして「スマートフォン・サム」とは、スマホを使う時に親指を酷使した結果として生じる腱鞘炎その他の炎症を指す言葉でした。

 

スマホでメールやラインの入力をするとき、両手の親指を使って猛烈な速さで入力している若い女性 (何故か早いのは女性だという印象です) を見て、「カッコいいなー」と思ってきたのですが、言われてみると、あれだけの速さで親指を動かすのは、手首や腕の筋肉や腱にはかなりの負担です。炎症が起きても不思議ではありません。

 

私もスマホやPCを頻繁に使う方ですが、手首や腕の痛みでは苦労していません。恐らくそれは、音声入力に頼っているからなのだろうと思います。「工場長」さんに教えて頂いてから病み付きになり、今では、人前でも恥ずかし気なく囁くような声で、メールやラインの返信をしています。周りの人に気付かれたことはほとんどありません。

 

 

20170917_16_43_27

PCで、音声入力を促す画面です

 

その時添付する写真は、「サムネイル」表示で出て来ますので、選ぶのは簡単です。

 

20170917_17_00_02

スマホのサムネイル表示

 

「サムネイル」は「親指の爪」の意味ですが、大きな写真の縮小画面を指す言葉としてピッタリです。ついでに、親指の他の指を英語で何と呼ぶか御存じですか。忘れた方もいらっしゃるかもしれませんので、復習です。

 

20170917_16_11_07

 

人差し指 ⇒ index finger

中指   ⇒ middle finger

薬指   ⇒ ring finger

小指   ⇒ little finger

 

覚えていた方もいらっしゃるでしょう。そんな方には、「Thumbs up!」です。

 

20170917_17_15_21



[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

私の印象では、ブラックベリーの頃に、テキストサム(texting thumb pain、text thumb injury)という言葉が出て、iPhoneやAndroidになってスマートフォン・サムになったような気がするのですが、いずれもスマートフォンが出来る前からドケルバン病、ばね指(弾撥指)と呼ばれていた症状です。

ブラックベリーの頃はボタンを押していましたが、今のスマホは触れるだけですし、ホームボタンさえなくなる方向なので、力を入れて押すという作業はなくなりますが、いずれにしても、ピアノの鍵盤を押す力とパソコンのキーボードですら筋肉への負担は桁違いですから、スマホで腱鞘炎になるというのは、確かにそういう論文もありますが実験は力の入るゲームで行われており、文字入力で起きるとは考え難いと思います。

ちなみにサムネイルというのはコンピュータだけでなく印刷や写真の関係でも使われていますが、本来の意味まで知っている人は少なく、言われてもピンとこない人が多いようです。アメリカでは指によるサインやジェスチャーも日本より多用されますが、その違いでしょうか。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

ブラックベリーの頃の動きはほとんどパスしてしまっていましたので、御教示有難う御座いました。

確かに、キーにタッチするのと押すことの違いは大きいと思います。それを飛び越して「ガッテン」の説明に納得してしまったのは、スマホを高速でタッチして入力している人たちを見ていると、自分にはできないからかも知れませんが、相当、指や手首に負担になっているではと思い込んでしまっていたからです。

そして、御指摘のように「サムズアップ」や「サムズダウン」、中指を立てて人を侮辱する等、英語圏では指や手によるコミュニケーションがかなりあるようですね。握手もその好例かも知れません。

2017年9月17日 (日)

「反面教師」としての豊田語録 ――特に「ババア」はいただけません――


「反面教師」としての豊田語録

――特に「ババア」はいただけません――

 

豊田真由子議員の暴言については、テレビでもネットでも多くのコメントが飛び交っていますので、屋上屋を架すことになるかも知れませんが、少しでも前向きのベクトルに変えられないか考えて見ました。それは、日本中、誰でも一度は聞くことになった暴言を「反面教師」にして、私たちの言語能力を少しでも高めることです。

 

             

Mayuko_toyota_cropped_1_mayuko_toyo

               

文部科学大臣政務官就任に際して公表された肖像写真

 

書き出すのも憚られる言葉ばかりですので、省略しますが、その中で敢えて一つの単語に注目したいと思います。「ババア」です。

 

何故、この言葉なのかという理由は、あるテレビのワイドショー中、女性ジャーナリストとゲストの女性二人が、「この言葉は許容範囲だ」と平気で発言していたからです。

 

この人たちは、2001年に石原慎太郎都知事 (当時) が「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものは「ババア」なんだそうだ」という形で、松井孝典東大名誉教授の言葉を引用したという触れ込みで引き起こした、いわゆる「ババア発言事件」のことは覚えていないのでしょうか。念のため、ウイキペディアの記事です。

 

Shintaro_ishihara_2009828

石原慎太郎元都知事

By MC1 Michael Gomez [Public domain], via Wikimedia Commons

 

もう一つ、私が「ババア」に強い違和感を持っていたのは、「プレバト」の俳句部門での梅沢富美男の度重なる「ババア」発言に嫌悪感を抱いていたからです。この番組の魅力は、芸能人たちの俳句の査定と添削をする夏井いつき先生の的確な言葉にあります。だから人気があるのですが、自分の俳句が思ったような評価をされない場合に、梅沢は夏井先生に対して「ババア」という野卑かつ大変失礼な言葉を投げ掛け続けていました。TBSに対して抗議をしようと考えていた矢先に、恐らく全国で同じように思っていた人の抗議が先になったのだと思いますが、最近、梅沢の「ババア」発言はなくなりました。

 

Photo

梅沢冨美男公式ページから

 

ここで梅沢富美男に敬称を付けていないのは意図的です。先生に対する言葉として「ババア」はあり得ませんし、この番組は俳句の番組です。その中で、「ババア」呼ばわりをすることは、美しい日本語、そして日本文化の精髄を継承し自分の句に反映させるべく俳句を詠んでいる多くの人たちに対する侮辱でもあります。そんな言葉を公衆の面前で多発する人間に対する最小限の抗議として、敬称を略することくらいはしないと、私たちは舐め続けられます。

 

私に取って、「ババア」は、それを使うことで相手と対等な関係を作ることとか、相手の中の最善のものを引き出すとか、人間の尊厳を尊び、明日への希望を創り出すといったこととは対極にある言葉です。


ですから、二人の女性が「ババア」容認発言をした理由が私には分りませんでしたが、梅沢冨美男は芸能界ではそれなりの影響力があるようですし、番組中に平気で「ババア」を使うのですから、誰にも見えない舞台裏で後輩たちそして女性たちに対してそれと同等、あるいはそれ以下の言葉遣いをしていても不思議ではありません。彼が直接の原因ではないでしょうが、芸能界の中の力関係が影響している可能性は考えられます。

 

そこで頭に浮んだのが「ストックホルム・シンドローム」です。元々は、誘拐事件や監禁事件等で人質に取られた人が、犯人に対して同情や好意等を抱き、犯人の持つ価値観を一時的にせよ共有することなのですが、ここではもう少し幅を広げて、権力のある人間とその支配下にある人間との関係で、支配される側が、権力者の価値観を受容することまで含めて考えたいと思います。

 

となると、これは最近の政治問題として大きく取り上げられた「忖度」との関係も考えなくてはなりません。ここまで議論を広げると、もう芸能界に限らず、権力者とマスコミの側が垂れ流す言葉によって私たちが洗脳され、知らず知らずの内にスタプリッシュメントを支持して行くプロセスの象徴、差別や事件侵害を正当化しそれを被害者にまで受け入れさせようとする流れを表す言葉が「ババア」だと言っても良いような気さえしてきます。

 

それに対抗するために、「豊田語録」は、私たちが使ってはいけない日本語のリスト、陥ってはならない人間関係の罠を示す「反面教師」として、「放送禁止用語」の応用編として活用することはできないでしょうか。皆さん、如何でしょうか。

 

そんなことは言われるまでもなく最初から分っている、今さら何を言っているのだ、あるいは、自分の言葉を豊田議員の言葉と比べられるだけで嫌悪感を催す、という方が大多数だったら嬉しいのですが。

 

 [お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

政治家と芸能人を同じように扱うのには、ちょと違和感があります。
プレバトは楽しく見てますが、言葉遣いなら司会の浜田氏も梅沢氏と同じです。
テレビで見えてるものと、実情は違うのかもしれませんね。
表で罵倒しても、裏ではしっかりと敬う事をしている。だからこそ、大きな問題にもならないのだと思います。
また、年上にタメ口ではなすタレントのローラさんは、テレビでは見えない所で周りを気遣っているそうですね。
多くの人が見るテレビだから、出演者の言葉遣いは大事だと思います。
しかしながら、昔からバラエティー番組はこんな文化だと思います。演じているのですから。
豊田議員のあの言葉遣いは、他の政治家にも似たような人もいるでしょう。
私はこの事で議員でなく、あの秘書はもしかしたら公設秘書なら、国家資格で国から給与を貰っているのでしょう。あんなレベルの低そうな人が国の安全に関わっているのかと思うとゾッとします。
被害者かもしれませんが、あの秘書はやめるべきですね。自分の都合悪いことには裏切るような行為をし、もし力がある政治家が不正をしていても見て見ぬ振りをするでしょう。それも自分に益があれば。

ババー、
バーバ、
大違いですね。

バーバは子供が使い、
ババーは大人が使うという違いもありますね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

私の問題意識が十分に伝わらなかったようですので、再度説明させて下さい。

ここで問題にしたのは「ババア」という言葉です。その中でも指摘したように、「私に取って、「ババア」は、それを使うことで相手と対等な関係を作ることとか、相手の中の最善のものを引き出すとか、人間の尊厳を尊び、明日への希望を創り出すといったこととは対極にある言葉」なのです。

しかもそれを女性が容認してしまうこと、あるいは美しい日本語を追求する番組の中で使うことで、女性差別を助長したり美しい言葉追及を阻害したりする可能性があると思いましたので、その背景を考える必要にも思い至りました。そして、これを社会的に広がる大きな問題として捉えられることも大切だと考えた次第です。すぐに結論の出る問題ではありませんが、豊田語録を「反面教師」にすることくらいは、すぐにでもできるのではと考えています。

「バーバ」様

コメント有り難う御座いました。

その違いもありますし、悪意のあるなしという違いもあると思います。

2017年9月15日 (金)

道草懇話会 ――「セブン銀行」の声の持ち主にお会いできました――


道草懇話会

――「セブン銀行」の声の持ち主にお会いできました――

 

道草懇話会は、詩人の平塩清種さんが主宰する文化交流の場です。その例会にお誘いを受け、会場のANAクラウン・プラザ・ホテルでの昼食・懇話・卓話・コンサートを楽しんで来ました。

 

                 

Ana_20170914_20_23_59

           

 

大変嬉しかったのは、ここ数年お会いしていなかった旧知の方々にお会いできたことです。政治の世界でお世話になったAさん、市の職員として苦楽を共にしたBさん、マスコミ界では良く知られているCさん、邦楽家のDさん等々、短い時間ではありましたが、近況を知ることができましたし、思いがけない方の訃報を耳にすることにもなりました。

 

卓話のゲストはフリーアナウンサーの丸子ようこさんでした。童話やコミュニケーションについて巧みな話術と美声に魅せられたのですが、何より吃驚したのは、彼女が「セブン銀行」の声だったことです。セブンイレブンの中の「セブン銀行」でカードを差し込むと「いらっしゃいませ」という声が聞こえてきますが、それが彼女なのです。「今お手続きをしております」「お取り忘れのないよう」「有難う御座いました」等、今まで何百回も聞いたメッセージの声の持ち主を目の当たりにして、感激一入でした。勿論、帰り道にはセブンイレブンに寄って、お金を引き出しながら、「同じ声だ」と確認をしてきました。

 

コンサートはジャズシンガーの水木いず美さんの三曲で、しばらく時を忘れました。スタンダードで水木さんの十八番から、"Somewhere Over the Rainbow" (虹の彼方に)”The Girl from Ipanema” (イパネマの娘)。そして三曲目は、地球の未来を憂いつつ愛の力でそれを乗り越えようと歌い掛けるメッセージ性の強い『美しい青い地球(ほし)』でした。特にこの曲には、元広島平和文化センター理事長のスティーブン・リーパーさんが感動とともに訳した英語版が付けられています。

 

20170914_20_24_49

逆光なのですが、少しでも雰囲気が伝わることを祈りつつ

 


錚々たるメンバーの揃った懇話会なのですが、その中の4人の方からミニ卓話がありました。それぞれ印象深い内容でしたが、ランチを食べながらでしたのでメモを取る暇もありませんでした。うろ覚えで申し訳ないのですが、私にとって勉強になった何点かを書かせて頂きます。

 

l Eさん今、お寺を離れて「フリーランスの僧侶」として庵を編み活動している。できるだけ多くの方々の人生に寄り添うべく、特に傾聴に力を入れている。

l Fさん:  80歳になるまで社会貢献をしたいと思って日数で数えたら、後、残されているのは2000日ほどだった。でも今所属している会や団体は64あり、その整理が難しい。

l 北京から帰られてすぐのGさんどこにでも乗り捨てられてスマホで予約のできるレンタル自転車のお陰で北京の渋滞が改善され、ウーバーのようなサービスや、企業と個人が駐車場をシェアするシステムで、駐車場不足も解消されている。

l 眼科医のHさん学校医をしている高校では女子学生の8割がコンタクトを装着していて、彼女たちの感覚だと、眼鏡をかけて街を歩くのはパジャマで街を歩くのに等しいらしい。

 

次回も楽しみですが、出来ればもう少し詳しくお一人お一人の話を再現したいと思っています。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年9月14日 (木)

何故「カルバン・クライン」なのですか? ――本拠はニューヨークです――


何故「カルバン・クライン」なのですか?

――本拠はニューヨークです――

                

Calvin_klein_ad_in_manhattan

             

ニューヨークで物議を醸したCalvin Kleinの広告

版権: <a href='https://jp.123rf.com/profile_zhukovsky'>zhukovsky / 123RF 写真素材</a>

 

外国の固有名詞の片仮名表記で一番長くモヤモヤが続いていたのは、「カルバン・クライン」です。元々は「Calvin Klein」なのですが、何故「カルバン」?

 

ウイキペディアでも「カルバン・クライン」ですし、ネットで検索してもほとんど全て「カルバン・クライン」で統一されています。

 

御丁寧にYahoo!知恵袋での質問には、次のような回答もありました。「カルバン・クライン」と「ミッシェル・クラン」とどちらも「Klein」なのに、なぜ表記が違うのか、に対する「ベストアンサー」は、「カルバン・クライン」は英語読み、「ミッシェル・クラン」はフランス語読みだからというものなのです。「カルバン」は英語読み?という疑問符が付きます。

 

疑問を解くために、「Calvin Klein」の日本語公式サイトで確かめてみました。それが一番手っ取り早いはずですので、見てみると  Calvin Klein Japan – Official Online Storeは次のような感じです。つまり、目次を除いて日本語表記はありません。

 

Calvin_klein_official_online_shop

 

このサイトでも、本拠はアメリカであることが分りますし、ウイキペディアでも「Calvin Klein」の本拠はアメリカで、Calvin Klein氏本人もアメリカ人であると書かれています。となると、読み方はアメリカ英語の発音に従うのが自然でしょう。

 

では、アメリカ英語で「Calvin」をどう読むのかですが、このファースト・ネームを持つもう一人の有名人がいます。アメリカの第30代大統領の「Calvin Coolidge」です。その読み方ですが、「カルヴィン」または「カルビン」が普通です。今まで、クーリッジ大統領関連の片仮名表記で、「カルバン」は見たことがありません。

 

もうこれで十分だと思いますが、「Calvin Klein」は「カルビン・クライン」が元の発音に近く、「カルバン・クライン」は、それよりかなり離れています。耳でも確かめて下さい。困ったときのYouTubeのお出ましです。



 

 

まだ、納得が行かない方のために、「多数決原理」を採用してみます。複数のスピーカーが、どう発音しているのかを録音しているサイトがあります。矢印を次々に押してみて下さい。御自分の発音を残すこともできます。

 

 

最後に発音とは関係がないのですが、ちょっと目を引く「トリヴィア」です。「Calvin Klein」社のホームページで「About Calvin Klein」の説明を読んで初めて知ったことなのですが、「Calvin Klein」のブランドは「PVH Corporation」が所有し、世界中に製品を販売しているそうです。自社ブランドの他にライセンスされたブランドとして多くの名前で製品を供給しているのですが、その一つに「Donald J. Trump Signature Collection」、つまり、「ドナルド・J・トランプ コレクション」があるのです。

 

「カルバン」と「カルビン」の違いが大きいと感じるのは私だけかもしれませんし、「コスコ」と「コストコ」のような経緯があるのかも知れません。何か御存じの方がいらっしゃれば御教示下さい。

 

さて三回にわたって、英語の固有名詞を片仮名でどう表記するのかについてお読み頂き有難う御座いました。このシリーズは、続けて行きたいと思います。

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

企業名やブランドの場合、イメージ=印象ということも大きな要素です。例えばメルセデス・ベンツの場合、欧米では「メルセデス」、日本や韓国では「ベンツ」とだけ呼ぶことが一般的で、それはベンツという名前が如何にもドイツを連想させるため、かつての欧米では印象(ドイツ=ナチス)が悪く、日本や韓国では印象(ドイツ=技術や医療の最先端)が良い、という理由ということでした。(最近は日本でもなるべくメルセデスに統一しようとしています)

Calvin Kleinは確かにアメリカの企業であり、創業者のCalvin Kleinもアメリカ生まれのアメリカ人ですが、日本のファッション業界ではアメリカよりフランスの方がイメージが良い、という意図もあって、敢えてフランス読みにしているのかも知れません。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

デザインではフランスの方が格が上、という理由は十分にあり得ますね。あるいは、フランス語を齧ったことのあるワンマン社長の思い込みとか、発音の難しさ易しさに配慮したとか、可能性としてはあり得るのですが、確証がないものでしょうか。

こういう場合、当事者に聞くのが一番確かだろうと、直接、と言ってもアメリカ人に聞いても仕方ないと思い、日本サイドで聞いてみました。

日本でCalvin Kleinを製造・販売しているのはオンワード樫山ですが、ブランドを管理しているのはPVHジャパンなので、そちらのカルバン・クライン担当からの回答です。

回答は「本人の発音も、アメリカで使われている発音も、カルビンよりカルバンに近かったので、当初からカルバンという表記にしており、それ以上の意図はない」ということでした。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。またPVHジャパンに問い合わせて下さり、有難う御座います。

YouTubeにアップされている発音から、片仮名表記だとどちらに近いのかは明らかだと思いますが、発声の段階を客観的に測ることはできても、それが耳でどう聞こえるのかの客観的なデータを取るのはかなり難しそうですので、そう言われてしまうとそれでお終いですね。

でも、片仮名表記に関わらず、英語の発音を正確に再現する努力はし続けても良いのかもしれません。

2017年9月 3日 (日)

プロはいなくなったのか ――それも政治の腐敗や劣化の一因になっているのでは――


プロはいなくなったのか

――それも政治の腐敗や劣化の一因になっているのでは――

 

「凄い八十代」のタダさんについて報告しましたが、やはり彼のカラオケ歌唱の素晴らしさについてもう少しスペースを割かなくてはなりません。彼のかつての職場や業界の仲間たちからは「オオトリのタダ」、つまり「タダさんの後では歌えない」と言われるほど上手い、とはユキコさんの言葉ですが、その通りでした。

 

             

1_20170902_16_25_27

               

松山善三作詞『一本の鉛筆』の一節です。

 

そのタダさんが最初に歌ってくれたのは美空ひばりさんの『一本の鉛筆』でした。「広島に敬意を表して」とのことでしたが、実はこの歌、正確に歌うのが難しいことで有名です。美空ひばりさんの歌い方は深みがあって感動的なのですが、それを真似て素人が歌うと不正確さだけが際立ちます。タダさんの歌は正確かつ心を打つものでした。

 

レパートリーも広く、オオトリには『オー・ソレ・ミオ』をパバロッティ・バージョンで歌ってくれました。これもお見事の一言に尽きたのですが、もう一つ、どんなカラオケの会でも盛り上げられる良い歌を教えて貰いました。『大人の懐かしい歌』のパート1とパート2です。DAMの中に入っていますが、「DKオリジナルメドレー」で検索すると出てくるはずです。れぞれ10曲くらい、誰でも歌える懐かしい歌が、一番だけ入っています。

 

パート1は、『故郷』から始まって『荒城の月』、途中には『ゴンドラの歌』や『サンタルチア』もあり、マイクを順に回して行くだけで、あるいは全員で歌うことでその場が盛り上がります。

 

ここでハタと気付いたのが、人をカラオケに誘う側の「プロとしての要件」です。自分だけ気持良く歌っていれば済む話ではなく、その場にいる人全てが楽しく参加できるお膳立てをする責任も果さなくてはならないということです。

 

こんなことを考えたのは、その夜、感動したもう一つの歌が山口百恵さんの『さよならの向こう側』だったからです。本人が最後のコンサートで歌い終えて、マイクをステージのフロアに敷かれた白い布の上に置くまでの映像が使われていました。

 

彼女が活躍していた時代はアメリカに住んでいたために彼女の歌も映画もほとんど知らなかったのですが、ポピュラーな歌だけは、カラオケ等で聞いていました。でも最近のテレビ画面には出てきません。カラオケの映像ではありましたが、ステージで歌う姿を全部見たのは今回が初めてだったような気がします。阿木燿子・宇崎竜童コンビの作詞作曲による名曲の一つですが、とにかく泣かせる歌です。英語の部分の言葉「last song for you」の繰り返しと、最後の「Thank you for your ****」の五つのリフレインで歌い手自身、胸が詰まってしまっても不思議でもありません。

一般的風潮としても、プロの歌手が引退に当ってのコンサートや、紅白歌合戦であられもなく泣く姿も当り前になっています。そして「引退」した後で、復帰することも。

 

でも、山口百恵さんは、本当に「最後の」コンサートで、一筋の涙こそ流れはしましたが、最後までプロとして歌い切りました。しかも感動的に。これこそプロの歌手だとしか言いようがありませんでした。そして彼女は床にマイクを置いたきり、その後は歌手としてファンの前で直接歌うことは一切していません。それもプロとしての潔さです。

 

引退した1980年、彼女は21歳でした。男女差別用語がまだ平気で使われていた時代です。「小娘」という言葉を使うおっさんがいても良い年齢です。その彼女がプロとしての矜持を保ちプロとしての出処進退の見事さを示してくれました。そんな行動の取れた「公人」がその後何人いたのかを考えると、山口百恵さんの凄さを前に、「プロ」と自称していたり、マスコミがそう遇してきた人たちの多くは、「プロ」失格と言われても仕方ないように思えてきます。

 

比較するのも気が引けますが、特に、政治家の体たらくは、目を覆うものかあります。本物の政治家、プロの政治家はどこに行ったのでしょうか。山口百恵さんの爪の垢を煎じて飲んだくらいで、紛い物性が改善されるとは思えませんが、それでも、カラオケに行き、山口百恵さんが『さよならの向こう側』を歌い切る姿を何度か見ることから始めて欲しいと思います。

 

カラ出張の説明ができずに号泣した県議、不倫の挙句に印刷物の架空請求がばれて雲隠れした市議、聞くも憚れる言葉や言い回しでネチネチと部下を虐める国会議員、防衛省や自衛隊を私物化・政治利用した元防衛大臣、同・総理大臣等々、リストは増えるばかりですが、カラオケを通しての山口百恵さん詣でを「処方」します。こんな形でも利用者が増えることで、ちょっと影が差しているカラオケ産業に活気が戻るという余得も期待できるかもしれません。

 

でも一番見習って欲しいのは、政権というマイクをそっと床の上に置き、表舞台から静かに立ち去ることなのですが---。

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

百恵さんは同学年です。
大学生の時、テレビは学食にしかなく、
引退画像も結婚式の画像も、
学食でみました。
彼女の潔さが
私どもの世代のスタート地点です。

日野皓正がコンサートで中学生に手を上げたことが報じられましたが、そもそもジャズという音楽はルールから外れること、掟を破ること、規則から逸脱することが前提であり、それこそが面白味であり醍醐味だと思います。ただ、聴く人を感動させるためには、逸脱する度胸と同時に、逸脱の限界を読んで、回帰する技能が重要です。

野田聖子総務相が異次元の金融緩和の出口を考えると「空恐ろしい」とアベノミクスを批判したということですが、安倍政権のレベルは、まさに中学生レベルということでしょうか。中学生なら許されるとは思いますが、これが日本の長期政権というのはあまりに情けないことです。

「緩和ケア薬剤師」様

コメント有り難う御座いました。

「学食」の響き、懐かしいです。そして、自分たちの世代を象徴し誇りに思える人物がいるって幸せなことだと思います。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

メディアには日野皓正氏弁護の意見が多いようですが、子どもを指導するためでも、いやそうであればなおさら、暴力は正当化できないと思います。

安倍政権の酷さを上手い一言で表現出来ないのがもどかしい限りですが、早く舞台を去って欲しい気持をとにかく繰り返し言い続けましょう。

金正恩もトランプも安倍も、みんな仲間ですね。
http://blog.livedoor.jp/ai_tokunaga2014/

ついでに日本では安倍、小池、前原と従米保守の仲間が揃った。これからどんな茶番劇を見せられるのだろうか。

日野皓正についてはお笑いの太田光が「コミュニケーションするのにビンタしなきゃいけないんだったら、大した音楽家じゃない」「お笑いでお客を笑わせるのに、客をくすぐるようなもので、自分のやっていることの否定になる」と言っていましたが、教育者が手を上げたら失格ですね。
と言うものの、この一両日だけでも元総理や自民党総務会長の耳を疑うような失言が続いており政治の劣化は他の分野の比ではないようですね。

「仲間」様

コメント有り難う御座いました。

「従米保守の仲間が揃った」舞台での茶番劇を止めさせる機会が近く訪れるという予言もありますね。10月か11月に衆議院の解散、総選挙があれば、その機会を逃さないように、私たちが直接頑張らなくてはいけないのかもしれません。

「キム」様

コメント有り難う御座いました。

芸能界でも、しっかり発言している人がいるのは心強い限りです。

「法の支配」を無視して「力の支配」を信奉する人たちは、どうしても「言葉」に対しての姿勢が好い加減になるようです。逆かもしれませんが--。

より以前の記事一覧

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31