文化・芸術

2018年6月26日 (火)

東西四大学合唱演奏会 ――第67回目の演奏会ですが、若者の心意気を感じました――


東西四大学合唱演奏会

――第67回目の演奏会ですが、若者の心意気を感じました――

 

京都市北山の京都コンサートホールで開かれた東西四大学合唱演奏会に行ってきました。四大学とは、早稲田大学、関西学院大学、慶應義塾大学、同志社大学の4で、各校の男声合唱団が集うイベントです。今回で67回ですから、戦争の記憶が生々しい1950年代に始まったと考えて良さそうです。

 

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その歴史があってのことだと思いますが、各校とも意欲的な楽曲を取り上げ、それぞれのグループの個性にあった演奏をしてくれた、と総括したいと思います。

 

詳細にわたってのコメントをするだけの力が私にはありませんし、早稲田大学グリークラブ、関西学院グリークラブ、慶應義塾ワグネルソサエティー、同志社グリークラブ、それぞれ一流の大学男声合唱団の特徴を簡単に記すことだけでも、かなりのスペースが必要です。

 

演奏会の大まかな構成と、それぞれ一行くらいのコメントを付けさせて頂いて、関心を持っていただけた皆さんには、次回是非、この演奏会に足を運んで下さいとお願いすることにしたいと思います。

 

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大学の合唱団ですから、第一部では、全員が舞台に上って、順番に4校の校歌を歌います。国歌というと、どの国の歌でも戦争と切っても切り離せない存在になってしまうので、躊躇してしまうのですが、大学のレベルでは、純粋に仲間意識と未来を創ろうとする若者のエネルギーを感じることができるので、校歌や応援歌は文句なく大好きです。

 

第二部では、各校が、この一年間の活動のシンボルとも言って良いような楽曲を選んでの演奏をします。各校の特色が一番確かに感じられる一時です。プログラムの内容は、慶應義塾大学ワグネルソサエティーのホームページからお借りしました。

 

  1. 男声合唱組曲『岬の墓』

演奏 早稲田大学グリークラブ

作曲  團伊玖磨

作詩  堀田善衛

編曲  福永陽一郎

指揮  小久保大輔

ピアノ 清水新

 

  1. 男声合唱組曲『アイヌのウポポ』

演奏  関西学院グリークラブ

作曲  清水脩

作詩  近藤鏡二郎(採譜)

指揮  広瀬康夫

 

  1. Trinklieder und Lieder der Freundschaft ~「酒と友情」~

1.Wein und Liebe(酒と愛) 作曲:F.Schubert

2.Liebe und Wein(愛と酒) 作曲:F.Mendelssohn

3.Des Hauptmanns Wunsch(親方の願い) 作曲:A.Lortzing

4.Lied der Freundschaft(友情の歌) 作曲:R.Strauss

演奏  慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団

指揮  佐藤正浩

 

  1. 男声とピアノのための『帆を上げよ、高く』

演奏  同志社グリークラブ

作曲  信長貴富

作詩  みなづきみのり

指揮  伊東恵司

ピアノ 萩原吉樹

 

そして、第三部は、4大学のメンバーたちによる合同ステージです。

 

ここで演奏されたのは、みなづきみのりの構成で、”若き芸術家とのダイアローグ”による 男声合唱とパーカッションとナレーターのための 『エスノ・ラップ・ミサ Ethno-Rap-Mass』【委嘱初演作品】

演奏 東西四大学合唱連盟

作曲 千原英喜

 

作詞 みなづきみのり


男声合唱という美しくも力強い音楽に身を委ねながら、私はやはり、汚濁と混乱の極みに陥っただけでなく、理性は否定され虚妄のレトリックしか生き残れない今の日本社会・政治を思いつつ、何とか若い力が、そこから私たちを広い希望の広場へそして青き空に導き出してくれる術はないものかと夢想していました。

 

早稲田グリークラブの『岬の墓』は、白い船が赤い花の象徴する真実を新たな世界に運ぶイメージとして私の希望を述べていてくれたように感じました。関西学院グリークラブの『アイヌのウポポ』は、アイヌの言葉を日本語には訳さずに、自然と人間の仲介をする鳥の声を劇的に表現する若者たちの声も交えて、権力者によって蹂躙されながら、それに勝つ人間の声を、自然とともに、そしてその中には美しい恋の力も交えて表現していてくれました。

 

慶応義塾のワグネルソサエティーの『Trinklieder und Lieder der Freundschaft ~「酒と友情」~』は、ロマン派の作曲家たちの楽曲から酒と友情をテーマにしたものを4曲選んでの演奏でしたが、当時の背景から分るような完成度の高い構成から流れ出る若者特有の心意気が、十分に味わえる演奏でした。

 

そして同志社グリークラブの『帆を上げよ、高く』は、同志社の創設者である新島襄が若者たちに寄せた期待を3つの曲として構成されたバランスの取れた演奏でした。

 

最後の合同演奏では、こうした4大学の個性を上手く取り入れて、より大きな歴史の流れの中に浮べ、さらにそこから未来を展望する楽曲になっていました。

 

最後にはアンコールと各大学ごとの、仕上げの一曲を聞かせて貰うことができました。

 

でもそれ以上に私たち観客にとって嬉しかったのは、演奏会終了直後に、ロビーで4大学の学生たちが、仕上げの一曲を再度演奏してくれたことです。斜め後ろの階段からの画像でその雰囲気を感じて頂ければ幸いです。

 

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この一時があったせいもあり、若者への期待がさらに大きく膨らみました。

 

 

[2018/6/25 イライザ]

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2018年6月15日 (金)

都府楼跡と観世音寺 ――博多の同窓会の二日目(1)――


都府楼跡と観世音寺

――博多の同窓会の二日目(1)――

 

博多での同窓会の二日目は、大宰府に足を延ばしました。菅原道真の天満宮はMUSTですが、その前に、Y君が強く勧めてくれたのが、都府楼跡と観世音寺です。

 

都府楼とは、当時の太宰府の政庁のことですが、今は広い野原になっています。当時の礎石のレプリカがあるのだそうですが、そこまでは行かず、野原を前に、Y君とH君の古代史についての蘊蓄に耳を傾けました。

 

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神功皇后時代の日本と百済の関係について、それぞれ豊かな知識を披露してくれたのですが、何しろ私自身の知識が付いて行きません。参考書はと聞いたところ、H君からは古田武彦氏の古代史についての一連の著作が面白いとのことでした。何冊かを読んだ上で、さらに、報告したいと思います。あるいは、H君あるいはY君に「初歩の古代史」を短く書いて貰うのも一つの可能性かもしれません。お願いしてみたいと思います。

 

次に訪れたのは、西戒壇です。どんなところなのかについての説明版を御覧下さい。

 

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戒壇院とも呼ばれ、僧尼として守るべき戒を受ける場所で、それなしには正式の総尼とは認められなかったのだそうです。鑑真によって開山されました。その山門です。前に立っているのがH君とY君です。ここには戒壇院と書かれた門札が掛っています。

 

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そして本尊の盧舎那仏です。お寺としては、江戸時代に観世音寺を離れていて現在は禅宗に属しているそうです。

 

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その後に隣の観世音寺を拝観するのが順序だろうとは思いますが、Y君の先導で、観世音寺の梵鐘(国宝)に見入りました。京都の妙心寺の梵鐘と兄弟の関係にあり、7世紀末に造られた日本最古の梵鐘として知られています。

 

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その隣にある観世音寺の宝蔵には一見の価値あり、というY君のガイドで、宝蔵でもゆっくり時間を過しました。中での写真は禁止されていますので、宝蔵の概観と、収蔵された仏像いくつかの写真を載せたポスターをここでは紹介します。

 

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多くの人の背中越しではあっても、ルーブル美術館のモナリザや、著名な仏像を自分の目で見ることは大切だと思いますが、観世音寺のように、人波に揉まれることなく、ゆっくりと古代の仏像の前に佇む時間も貴重でした。

 

年齢のせいもあるとは思いますが、若かった頃は、ずいぶん昔の時代に属している仏様という感じで今の時代との関連が実感としては捉えられなかったのですが、今、こうして目の前にある馬頭観音や千手観音、地蔵菩薩や阿弥陀如来坐像と面と向うとき、当時の人々の息吹まで感じることができるようになりました。観世音寺は、ずっと記憶に残るはずです。

 

そしてつぎに向ったのが天満宮です。

 

[2018/6/14 イライザ]

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2018年6月 4日 (月)

ラブリーシンガーズフレンド ――サマーフェスティバル’18に参加しました――


ラブリーシンガーズフレンド

――サマーフェスティバル’18に参加しました――

 

「ラブリーシンガーズフレンド」とは、歌と踊りの研鑽を続ける方々と、指導者の皆さん、プロの歌手や舞踏家の皆さんが集われている会ですが、中心になってこの会を主宰されているのは青野治子先生です。

 

この会の「サマーフェスティバル’18」が、ここ数年恒例の会場であるアステールプラザ中ホールで開かれました。今年で31回目になる伝統ある催しです。

 

青野先生とサマーフェスティバルの実行委員長である松本喜展さんからのお声掛りで、毎年、ゲスト参加させて頂いています。

 

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来賓として挨拶をさせて頂きましたが、やはり昨今の嘘に嘘を重ねる安倍政権が頭を離れず、言わずもがなかとは思いましたが、次のような趣旨の言葉でこの会の大切さを強調しました。

 

嘘が横行し、社会全体が歪んでしまっているような時代ですが、それに対して歌を愛する私たちのできることは、歌詞と曲とを大切にしつつ歌の美しさを通して、言葉によって真実を語る風潮を強く出来るのではないでしょうか。その真実を基本にして人間の未来を考えるときに、より良き社会像が浮かび上がってくることを信じています。

 

司会を務めて下さった、三原みず江さん西孝恵さんにも、様々な会でお手伝い頂いてきましたが、今回は三原さんのインタビューも交えて、『蘇州夜曲』とウェスト・サイド・ストーリーから『Tonight』を歌わせて頂きました。

 

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青野先生は、私より少しお年を召していらっしゃるのだと思いますが、先生の名唱には完全に脱帽です。力強く、特に表現力では素晴らしいお手本を聴かせて頂きましたし、バックのダンスもとてもお洒落でした。

 

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実行委員長・松本さんの歌も、年を重ねてますます円熟味を加えて来たように思います。「熱唱」という言葉が相応しいかもしれません。100人ほどの出演者の皆さんの歌や踊りにも魅了されましたが、その他にも、衣装の大切さ、中でも靴の意味などについてもとても勉強になる機会でした。皆さんお元気でこれからもこの会を続けることで、広島の音楽文化、そして平和を支えて行って下さい。

 

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[2018/6/3 イライザ]

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コメント

〈 またもアンコ椿 〉
♪蘇州夜曲♪ → ♡♡♡
次回→♪この素晴らしき世界 What A Wonderful World♪はいかが。
落合恵子さんが『一冊の本』6月号で、
...この季節になると、繰り返し聴きたくなる歌...
...この歌に*彼は反戦のメッセージをこめたという記事をどこかで読んだことが...
と『グッドモーニング・ベトナム』1987でこの曲が使われたことにも触れておられる。

映画はたいして面白くもなかったが、
青々とした水田が映り、そこにこの曲が流れる。
このシーンには涙が出た。
: コメを作ってつつましく生活しているアジアの小国に、
遥か遠くの大国が大量の兵器を持って殺しに来る :
を、何分かの曲で訴える。

日曜夜BS-TBS 9時「週刊報道LIFE」👏 10時「外国人記者は見た」もなかなか。
openingにこの曲がちょっと流れ、番組の終わりに曲のendingも流れる。
*Louis Armstrongでない誰ぞがアップテンポで歌っている。
最後の oh,yeah~(←ですよね)まできちんと。これが素晴らし。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

What a Wonderful World!は良いですね。練習しておきたいと思います。

同名の曲で、Sam Cookeが1960年に歌っとヒットした軽快な曲もあります。高校生の歌ですが、「三角関数は分らないけれど、あなたを愛していることは良く分っている」というように趣旨の歌詞が高校生にアピールしたのだと思います。

2018年5月27日 (日)

ドイツリートの夕べ ――岡野泰子先生の下に集う皆さんによる好演でした――


ドイツリートの夕べ

――岡野泰子先生の下に集う皆さんによる好演でした――

 

526日の午後、廿日市市のさくらぴあ小ホールで、第26回、広島ドイツリート協会の皆さんによる、ドイツリートの夕べが開催されました。声楽家の岡野泰子先生の門下生を中心にした、ドイツリートをこよなく愛する皆さんの集団です。

 

独唱をされたのは11人。最後には岡野先生の「夜曲」 (シューベルト) が圧巻でしたが、その他の10人の皆さんの歌唱からも、ドイツリートの素晴らしさと、天地の間に存在する人間の思いが切々と伝わってきました。

 

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クラリネットの翁優子さん、ビアノの小嶋素子先生と小川百合子さん

 

ピアノ独奏は三島良子さんによるモーツァルトのアダージョ (K.540) が、全体の真ん中に位置付けられていたことで、全体を俯瞰するポイントになりました。ピアノで強調しておきたいのは、伴奏をされた方々のレベルの高さです。萩原麻未さんを育てた小嶋素子先生をはじめ、これだけのピアニストに伴奏をして歌える機会に恵まれた歌手の皆さんは幸せだなぁと思いました。

 

合唱は、四つのグループに分かれて、最初にヒロシマドイツリート協会合唱団初級部、中頃にコール・ウィスタリアと広島ドイツリート協会合唱団混声部、そして最後に、広島ドイツリート協会合唱団女性部という構成でした。

 

女性部は2005年の「85 慰霊の夕べコンサート」のマタイ受難曲の全曲演奏に当って、市民合唱団の中核としてこのコンサートの成功に大きく貢献したことでも知られています。もちろん、その時の合唱の指導は岡野先生でした。

 

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岡野先生指揮するコール・ウィスタリア

 

今回のコンサートの出演者の皆さんのバックグラウンドも興味深いのですが、もちろん皆さん音楽、そして歌うことの好きなかたばかりなのですが、大学で声楽を専攻した方々の他にも、「第九ひろしま」への参加が切っ掛けになった方、ドイツ語と歌が好きで、自然にドイツリートへの道が開けてきた方、経済を勉強しながら音楽との二足の草鞋を選ばれた唯一の男性である寺島巨史さんなど、志の高さ、そして進境の著しさに敬意を抱かざるを得ません。

 

そんな皆さんをより高い音楽性へと導いているのが今年76歳になられた岡野先生ですが、私も僭越ながら御指導頂いた経験から、門下生の皆さんが研鑽を積む上での目標であり、そして「師」という言葉の相応しい存在であることを改めて実感しました。

 

次回にも、さらなる境地に達していらっしゃるであろう皆さんの、今まで以上の精進に期待しています。

 

[2018/5/26 イライザ]

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2018年5月19日 (土)

カラオケで誕生日会 ――バースデーケーキのサービスもありました――


カラオケで誕生日会

――バースデーケーキのサービスもありました――

 

少し前になってしまいましたが、東京に住んでいる友人が広島に滞在している間、久し振りにカラオケにでもということになりました。場所はいつも利用しているシダックスの本通りクラブ。60歳以上の割引があり、ルーム料金30%引きというクーポンも使いました。そして、友人Aの誕生月だと伝えると、お店のスタッフの方が、事前予約してあればバースデーケーキのサービスがあったのにと、一緒に残念がってくれました。

 

でも少し経ってから、「二時間待って貰えれば、バースデーケーキのサービスが可能ですけど」とわざわざ知らせてくれました。ケーキ屋さんと打ち合わせをしてくれたようです。元々3時間の予定でしたので、こんなに嬉しい気遣いは大歓迎かつ大感激。シャンメリーと記念写真のサービスもありました。

 

時間は前後しますが、2時間も待たずに届いたバースデーケーキです。Aさんは今年76歳になったのですが、数え年で祝うのが習いだとすると「喜寿」になりますので、とてもお目出度い一時になりました。

 

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高齢者が3人並んだ写真、しかも印画紙から写メしたので、あまり美しくはありませんが、それでもサービスして貰った、私たちの幸福感も共有したくてアップさせて頂きます。

 

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いつも採点するのが恒例なのですが、今回はスキップ。それでもレパートリーは増えていて、一人カラオケで練習しているのか、カラオケ教室で先生に付いているのか、歌唱力も見違えるようでした。

 

誕生日ボーイのAさんのレパートリーには、内藤やす子の『六本木レイン』が加わっていましたし、情緒たっぷりに歌ってくれている姿から、やはり、カラオケ教室の先生の影響だとしか考えられない、とBさんと私とは確信しています。

 

そのBさんは、車を運転しているときには必ずチャゲアスのCDを掛けていると宣うだけあって、連続してチャゲアスの曲を披露してくれました。とは言え、その時代に私は日本に住んでいなかったせいで、ほとんど初めて聞く曲ばかり、それでもBさんの上手さにはいつものように痺れました。

 

そして私は、最近機会があると披露させて頂く渡辺はま子の『蘇州夜曲』と、ウエスト・サイド・ストーリーから『Tonight』の練習をさせて頂きました。

 

数えで考えると、Aさんも私も後2年で今度は傘寿です。2年後も私たちは元気な積りですが、それまで、シダックスも元気で営業を続けていて欲しい、そのためにはシダックスに何度も足を運んで応援しなくてはならないと、固い決意までした誕生日会でした。

 

[2018/5/18 イライザ]

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コメント

素敵なお友達ですね。

「トモ」様

コメント有り難う御座いました。

良い友達に恵まれることが人生で本当に大切なことだと、年を重ねるごとに痛感しています。

2018年5月16日 (水)

5・15事件と『父と暮せば』 ――道草懇話会のテーマ――


515事件と『父と暮せば』

――道草懇話会のテーマ――

 

詩人・作家で教育者の平塩清種さんが主宰する道草懇話会が、昨515日に開かれました。気の合う仲間と昼食を共にして、折角の機会ですので、どなたかの話を聴く、あるいは演奏を楽しむという趣旨の会ですが、今回は井上ひさしさんの『父と暮せば』を天野達志さんが一人芝居として演じるプログラムがメインでした。

 

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平塩清種主宰者

 

でも、私たちの世代に取って、515日は、515事件の日であり、沖縄の日本復帰の日でもあります。その日に『父と暮せば』を鑑賞するのには何か意味があるのではないかと思っていたのですが、私なりの結論を5分ほどで皆さんに披露させて頂くことになりました。

 

515事件とは、1932515日に起きた海軍の青年将校たちによる反乱事件で、「話せば分る」と説得を試みた犬養毅総理大臣が殺害されるという結果になりました。海軍刑法には反乱罪の規定もありましたので、それに従って検察側は首謀者たちに死刑を求刑しました。しかしながら、世界大恐慌の影響もあり多くの国民が貧困に喘いでいた当時、政治不信が広まっていたため、若手将校たちに共感する人々による熱心な嘆願運動が起き、判決は禁固以下の刑罰でした。

 

海軍刑法があまりにも緩く解釈された結果だと考える人も多く、その結果、政治問題を軍人が直接、武力行使によって解決することへの抵抗感が薄まりました。この風潮が226事件誘発の一因になったと論じる人たちも多くいます。

 

その226事件は、1936226日に起きました。陸軍の青年将校を中心に下士官や兵たちも巻き込んでのクーデター未遂事件です。総理大臣の岡田啓介は難を逃れることができましたが、5人が死亡しました。

 

側近の政治家が殺されたことで天皇は激怒し、この事件の裁判は、陸軍刑法の枠をはみ出して、非公開で、弁護士は付けられず、上訴もできないという異例のものになりました。当然、首謀者たちは死刑に処せられました。515事件では、陸・海軍刑法の解釈が甘い方向に揺れて文字通りの適用がされず、226事件では、厳しい方向に揺れて陸・海軍刑法を逸脱した適用が行われました。

 

こうした背景を前に、1941年には陸軍大臣東条英機が戦陣訓を示達します。その中で有名なのは「生きて虜囚の辱めを受けず」です。陸・海軍刑法では、軍人が敵に投降することを奨励してはいませんが、その可能性のあることを認めるという前提での規定が設けられています。しかるに、戦陣訓では投降を認めず、自決せよとの方針が、しかもこれは天皇の意思であるというようなニュアンスで強力に伝えられました。

 

しかも、この価値観を強制されたのは、軍人だけではなく、沖縄の多くの民間人・非戦闘員も、この言葉に縛られて、アメリカ軍に捕われないために身投げまでしたケースが多くあったことは、多くの皆さん御存知の通りです。

 

こうして、515事件と沖縄とは切っても切れない関係にあるのですが、その515日に、井上ひさしさんの『父と暮せば』を観る意味は何でしょうか。一言でまとめると、「政治は言葉だ」ということです。

 

法律は、言葉によって社会を律することを大前提にした法治主義の根幹です。公平・公正に法律を遵守することから逸れて、権力者の意向に屈したり、ポピュリズムに流されて大甘の判断をすることは許されません。増してや、政治の最高責任を託されている人々が、平気で嘘を吐き、時間の経過によってその嘘さえ忘れ去られていくことが当り前だと考えている風潮は、私たち全ての未来を危機に陥れます。

 

言葉を大切にして、今を、そして過去を通して未来を考える上で、素晴らしい仕事を残した井上ひさしさんの作品に今日触れることの意味は、そこにあります。

 

天野達志さんの一人芝居は、中村敦夫さんの『線量計が鳴る』を彷彿とさせる迫力がありましたし、会場の一同、涙なしでは聞けいほどの感動を与えてくれました。


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毎日新聞の英語版The Mainichiによる、『父と暮せば』の英語訳を読んでのエッセイ・コンテスト等も含めて様々な形で、井上さんの作品がこれからも国内外で多くの人々に政治の本質、人間の生きる意味を伝え続けてくれることを期待できた一時でした。

 

[2018/5/15 イライザ]

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コメント

秋葉忠利さま
昨日は、“ひとり読み語りしばい”『父と暮せば』をご覧頂きましてありがとうございました。その上、秋葉さまのブログにもご紹介頂き、感謝の念に堪えません。今後も応援して頂けるよう精進して参ります。どうぞ宜しくお願い致します。
松風の会 天野達志
matsukazenokai.com

憲法改正反対の方にお伺いしたい

個人的には自衛隊が憲法9条2項に違反してるのは紛れも無い事実であると思っているし、自衛隊を合憲と主張する人ですら自衛隊の存在がグレーであるという事は認めている
政府は国民の生命財産を守るために明らかに違憲だと分かっていても、そして嫌でも合憲だと言い貼らなければならないのは理解するが2項の文を読んだ時に今の自衛隊が戦力に当たらないとするのは不可能であるのは誰でも理解できよう
だからこそ自衛隊の違憲を解消するために改憲するべきだと思っている
この問題に関しては違憲の自衛隊を解隊するか9条2項を改正及び削除の二者択一になると思っているわけだが…

国民に対する自衛隊のアンケートでは自衛隊は必要ないという回答は2%にも満たなかった
つまり憲法改正反対派のほぼすべての人間が9条はそのままにするべきだが自衛隊も必要だと考えている事になる
ここが分からない
9条と自衛隊のような矛盾した関係はむしろ憲法の力を弱めてしまうものであって憲法について力説している改憲反対派はこのような憲法を蔑ろにした現状を解消する為に積極的に自衛隊解隊について主張するのが筋だと思うのだが何故か憲法改正反対派の中からは自衛隊を解隊という声は聞いた事がない
これはアンケートからも見て取れるだろう
普段は憲法を守れ!と声を高らかに上げているがこと自衛隊に関しては9条に違憲の可能性が非常に高い自衛隊を放置する事を何故自ら選んでいるのかが分からない

「松風の会 天野達志」様

コメント有り難う御座いました。

感動した点はいくつもありましたが、裸足の力強さには圧倒されました。

「セビキャン」様

コメント有り難う御座いました。

整理されたコメントから、冷静な議論をしたいという気持が伝わってきて感心しています。

短いコメント欄で全ての点を網羅できないのが残念ですし、専門家の説得力ある説明もありますので、基本的な問題はそちらに任せるとして、東大の石川先生の講演の要約は、以前に紹介しています。参考にして頂ければ幸いです。

http://kokoro2016.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-85b4.html

改憲について、法治主義についてですが、5・15事件の教訓の一つは、十分に議論されていない案件について多くの人々がある方向に流されたとしても、それで法律を曲げてはならない、ということです。

また、戦陣訓からは、人類史的な世界の流れを見ずに、ある方向に捉われて法を曲げることの愚かさが浮び上ります。

また、自衛隊が必要である、あるいはその存在意義があるという意見を持っている人たちの多くは、災害救助等の面での自衛隊を評価しているのではないかと思います。自衛隊を災害救助を中心に活動する組織に改組することは、それほど問題があるようには見えませんし、9条に手を加える必要もありません。

戦争をするための軍隊、海外に出て行って武力行使をするための軍隊が必要だと言っている人たちの多くは、戦争の実態を知らないのではないかと思います。「セビキャン」さんはその中に入らないと思いますが、そんな無知を元にして戦争のできる装置の良し悪しを論じるのは論外です。

イライザ様 ご返信いただきありがとうございます

平成30年1月に行われた自衛隊・防衛に関する世論調査では「自衛隊の防衛力を増強した方が良いか?」との質問に対し[増強した方が良い]が30%、[今の程度で良い]が59%、[縮小した方が良い]が4.5%という結果でした。
つまり、この世論調査から見て取れることは憲法改正反対派のほとんどの方が「自衛隊は必要である」と考えると同時に「防衛力は現状維持が望ましい」と考えている事が見て取れます。
先のコメントで申し上げた通り今日の自衛隊を9条2項に違憲ではないとするのはあまりにも無理があり、またそれが通るのであればアメリカ軍ですら戦力には当たらないと言える日が来てもおかしくないレベルです。
本来このような状況は異常であり9条と自衛隊が同時に存在しているような矛盾している状況はどんどん憲法の空洞化、そして憲法の力を弱めていくことに他ならず、むしろ憲法について敏感である左派の人達が率先して改憲の動きを見せてもおかしくないと思っているくらいです。

イライザ様の場合は自衛隊の防衛力を縮小するべきだとお考えのようですので憲法改正反対である事に疑問は抱かないのですが、世論調査を見る限り、憲法改正反対派は何故憲法についてあれだけ敏感であるのに9条、自衛隊の問題を自ら放置しそして自ら憲法を蔑ろにしようとするのかが理解できないのです。

「セビキャン」様

コメント有り難う御座いました。

確かに、改憲反対の人たちがこのように答えているとすると、かなりの矛盾になりますね。

しかし、世論調査が誰によってどんな目的のために行われたのか、そしてこの問が全体の中でどんな位置付けになっているのかも把握した上でないと説得力のあるコメントをするのは難しいような気がします。

この問だけからの印象ですので、間違っている可能性はありますが、「自衛隊の存続を前提として」とか「自衛隊が合憲だと考えている方に伺いますが」というような、文章の後の質問のように読めてしまうのですが--。

「嘘と大ウソと統計」という言葉があるくらい、世論調査や統計は恣意的に使われてきましたので、これまでの経験上からの心配です。

2018年5月13日 (日)

「プレバト」に感謝 ――俳句で感動できるとは!――


「プレバト」に感謝

――俳句で感動できるとは!――

 

「プレバト」ファンの方は多いようですが、TBSの木曜日午後7時からの番組です。芸能人が出演して、俳句や花、水彩画や料理、絵手紙等の腕前を披露し、それを専門家が評価、「才能あり」「凡人」「才能なし」の三つのレベルの格付けをする番組です。特に才能のある人は、「特待生」や「名人」と、ワンランク上の査定をされ、最終的には「師範」を目指します。

 

私が特に好きなのは、俳句のコーナーで、先生は「いつき組」を主宰する夏井いつき師匠です。名人のトップは、9段の梅沢富美男、8段の藤本敏史、そして7段の東国原英夫の三人ですが、三人三様の名句には感心しています。また、「才能なし」に評価された俳句を夏井先生がどう添削するのか、「before」と「after」を読み比べることで随分勉強になっています。

 

でも、53日のプレバトでは、新しい発見がありました。東国原7段の俳句を夏井先生が添削した結果に感動したのです。今まで、俳句を読んで感動した記憶がほとんどなかったので、本当に驚きました。

 

勿論、俳句の美しさは、多くの作品から十分に受け止めてきたのですが、それを「感動」と呼べるかというとちょっと違うという気がしています。

 

例えば、加賀の千代女の「朝顔につるべ取られてもらい水」や中村草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」、一茶の「これがまあ終のすみかか雪五尺」、蕪村の「菜の花や月は東に陽は西に」等々、私が好きな句は多くありますが、これらの句から私が受けた心の動きは「感動」とは少し違うのではないかと思っています。

 

さて、プレバトで感動した句のお題は、「鯉幟」。

 

添削前の東国原英夫7段の句は、

 

こいのぼり さいのかわらに かがむ吾子

 

でした。夏井先生の添削後は二句あったのですが、私が感動したのは次の句です。

 

鯉幟さいのかわらの空如何

 

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プレバトのワン・カットです

 

賽の河原とは、親に先立って亡くなった幼な子が、親不孝の罪で苦しみを受けると言われる三途の川の河原です。「地蔵和讃」には、そこでの幼な子の苦しみが語られています。小さい石を拾って仏塔を完成させることが功徳になり、その結果、罪を許されることを目的に、子どもは毎日、河原で石を積み上げます。でも夕方には鬼がやってきてその塔を崩してしまいます。次の日には最初から積み上げることになり幼な子の苦しみは続くのですが、やがて地蔵尊が現れて子どもを救う、という物語です。

 

和讃にはいくつものバージョンがありますが、共通しているのは、子どもを亡くした親の悲しみが子どもの苦しみの元になっているという因果関係です。それを良く示しているバージョンには、親が涙を流すたびに、それが熱湯の雨となって賽の河原の幼な子に降り注ぐという下りがあります。こんなに無情かつ悲惨な物語が地蔵和讃なのですが、お地蔵様の有り難さを示しているのと同時に、お地蔵さまが救ってくれることを信じて前を向きなさい、という親たちへのメッセージだという解釈もなされています。

 

東国原・夏井ペアの句では、鯉幟と空との連想が、意外にも賽の河原に飛び、そこで石を積んでいる子どもの視線が空を向いて欲しいという気持や、そこには鯉幟が翻っているのだろうかという想像力、そして熱湯の雨はもう降っていないだろうなとまで整理できた親の心さえ感じることができました。

 

この句を詠んだときには7段だった東国原氏は次の週、510日には昇段して8段になりました。改めて東国原8段、そして夏井先生に感謝です。

 

[2018/5/12 イライザ]

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コメント

毎週観ては、見事な添削に感動しています。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

そうですね。私もいつも感動していますし、夏井先生の切り返しの見事さにも、その度に「スカッと」しています。

2018年4月26日 (木)

南禅寺水路閣から ――「疎水」に沿って蹴上の発電所まで――


南禅寺水路閣から

――「疎水」に沿って蹴上の発電所まで――

 

ゴールデン・ウイークの前、未だ混んでいないはずの京都に行ってきました。でも、八坂神社や円山公園、祇園の辺りは猛混雑、一つ用事を済ませて人込みから脱出しました。行き先は南禅寺です。

 

                       

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南禅寺には方丈庭園や如心庭、六道庭もあり襖絵も豪華で魅力に満ちたお寺なのですが、中でも私が好きなのは三門です。「三門」とは、「三解脱(さんげだつ)門」の略で、「三解脱」とは「空」「無相」「無作」の三つだそうですが、説明は略します。門の姿そのものも好きですし、階段を上って楼上から見る京都の景色も正に「絶景」です。という訳で、「人込みを避ける」ために南禅寺に行くというのは口実で、実は京都で時間があると自然に南禅寺に足が向いています。

 

その理由の一つは「疎水」です。南禅寺の境内には、ローマ時代の水路を思わせるアーチ形の橋脚、「水路閣」があります。

 

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様々な角度から見ると美しさが良く分ります。

 

 

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この疎水は、琵琶湖から京都まで水を引き、発電をして市電を走らせたり、水道用水や防火用水として使われてきています。南禅寺の近くの蹴上に発電所と疎水公園があり、そこから分水された流れは南禅寺の脇を通って、京大近くの哲学の道の流れになり、堀川に至っています。疎水の流れもきれいです。

 

 

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疎水公園には、設計者・推進者・市電の創設者であった田辺朔朗博士の像があります。説明文には、疎水の通水時に、田辺博士は若干28歳だったと書かれています。21歳でこの仕事に携わり、アメリカなど海外の視察も行ったのですが、江戸時代から、我が国には治水の高い技術があったとは言え、この若さで欧米と肩を並べる偉業を達成した田辺博士には完全に脱帽です。

 

 

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南禅寺シリーズは続きます。

 

[2018/4/25イライザ]

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2018年3月 7日 (水)

広島の音楽危機  ――良く考えると教育そのものの危機では?――


広島の音楽危機

――良く考えると教育そのものの危機では?――

 

ベンジャミン・フリス氏のリサイタル会場で音楽に関心のある人達の間で話題になったことの一つは、広島の音楽教育が危機的状況にあるのではないかということでした。

 

初めて広島に定住することになって驚きとともに発見したこと、かつ嬉しく思ったのは広島が音楽の盛んな街であるということでした。コンサートに出掛けたときにプログラムと共に手渡される公演のチラシの数は東京と同じくらいの枚数がありましたし、もちろん、広響の存在そのものが大きかったのですが、それ以上に広島の「本気」度が伝わってきたのは、音楽高校があり、音楽大学まであるという事実でした。

 

しかし、音高として親しまれてきた広島音楽高等学校は昨年休校するに至りました。また、伝統のあるエリザベト音楽大学もより幅広い分野での人材育成のための教育課程を創設するなど、音楽大学としての存在意義を踏まえた展開をして頑張ってはいるのですが、でも、ピアノとか声楽といった「専科」を専攻する人数は減っているとのことです。音楽以外の分野まで視野に入れれば、京大で哲学科がなくなり、数学科が数理科学科になってしまうことと同根なのかもしませんが、次の世代に活躍する音楽家を広島で養成し続けることは難しくなってしまっているのでしょうか。

 

             

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エリザベト音楽大学のホームページから

 

確かに、部活としての吹奏楽やマーチング・バンド、そして合唱などの分野では頑張っている中高校、そして大学も多いのですが、正面から「専攻」するという形での若い世代の教育にもっと地域や国として力を入れることも大切なのではないでしょうか。その形を追求したいと考えている若者も多いはずなのですが、ネックの一つは就職です。

 

例えば、音楽大学を卒業しても、小・中・高の音楽の先生は余っていて、教師としての可能性は狭き門のようです。エリザベト音大でも、学生に幼稚園教諭の資格を取るためのコースを作りモンテッソーリ教育に力を入れたりと可能性を広げる努力はしています。さらに楽器店や一般企業への就職も広がっているようです。しかし、音楽専攻の強みが100パーセント生かされる選択肢をもっと増やす知恵をどなたかお持ちではないでしょうか。

 

この点を理解して頂くために、スポーツの世界と比べてみたいと思います。スポーツ専攻を正面に掲げた大学は日本体育大学くらいかもしれませんし、高校レベルでは部活が中心になっているのは、音楽と似たような状況なのかもしれません。しかし、大学のレベルでスポーツの専攻を選ばなくても、スポーツ関係の多くの部活が大学の存在の中でも重んじられています。そして卒業後は、スポーツとは全く関係のない職種の企業が、例えばヤマダ電機や天満屋などがすぐ頭に浮びますが、駅伝に出場できる程の層の厚い選手たちを雇用しスポーツ活動の支援をしています。

 

それ以上、あるいは同等の同じレベルの支援を音楽家にも、とまで言う積りはありませんが、企業も国も自治体も、そしてマスコミも、もう少しバランスの取れた支援策を採用したり推進したりはできないものでしょうか。

 

圧倒的多数の子どもたちがスポーツ選手を目指し、スポーツの面で芽の出ない若者たちはお笑い芸人を目指すような国にしてしまって良いとはとても思えないのですが―――。

 

さらに、もう少し幅広く考えて見ると、これは教育全てに関わる問題なのだということも分ります。それについては稿を改めて考えたいと思います。

 

[2018/2/17イライザ]

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コメント

バークレイ音楽院ではジャズもおしえているそうですが、
エリザベート音大では、ジャズだけでなく、ポップス、民謡、演歌も教えたらどうでしょうか。
漫画を教える大学もできてる時代です。
およそ音楽と名のつくものはなんでも教えたらいいと思いますし、
その発表会を8.6、8.9に開催したらどうでしょうか。

冬季オリンピックの種目も、
かって20種目くらいだったのが、
今では100種目を超えています。
おかげで選手層も極めて多様化しています。

「オンガク」様

コメント有り難う御座いました。

そうですね。多様化はエネルギーを得るための出発点ですから。

ボストンで羨ましいのは、バークリーはジャズに強く、New England Conservatory of Music はクラシックと、棲み分けができるほど層が厚いということかもしれません。その上、ハーバードやタフツ、MIT等の大学でも音楽で学士号が取れるような専攻科目が揃っていることです。

音楽大学だけの多様化ではなく、全ての大学での多様化が自然なのかもしれません。

音楽もそうですが、美術も同じような状況だと聞きます。
先日も東京芸大の受験者が減っていると聞いたばかりです。
東京芸大がそうなのだから、他の大学はもっと深刻でしょうね。
数年間をただただ芸術のために費やす…そんな余裕のようなものが
この国からなくなっていくような気がします。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

美術でも同じことか起きているのは想像が付きます。予算がなくなるとまず切られるのは音楽や美術そして外国語、というのは世界共通の現象のようだからです。

一方、巨額の投資が行われているAIの分野では、将棋や碁のマスターを破るソフトが創られるのと同時に、藤井聡太6段のような俊才が現れています。

音楽や芸術の世界でも、バッハよりバッハ的な作曲をするAIソフトや、ミケランジェロよりうまくミケランジェロを描けるソフトなどについての報道はありますが、そうした存在を凌駕するような人間のしかも若き音楽家や美術家が躍り出て来ないように思えるのは何故なのでしょうか。

私が無知なだけかもしれませんので、どなたか御教示下さい。

ジャズ、ポップス、演歌等の新しいジャンルの音楽学部をつくるにあたっては、
スポンサーにシダックス、第一興商、ヤマハ、パナソニック、ヤマダ電機、RCC等にお願いし、
校舎には、今までの広島音楽高等学校の敷地、建物を活用するということも考えられますね。
「音楽で世界を平和に」というテーマのもと、
イライザさん、上村さんが呼びかけ人になって、狼煙をあげれば、
賛同者は世界中にひろがるのではないでしょうか。

憚りながら…
日本の大学の芸術教育が出発点が間違っているし、現在の多様性にまったく合っていないと私は思っています。そしてクラシックをなぞるだけでしたら、AIにすぐに凌駕されるでしょう。
そもそも芸術には優劣がないと思いますし、
真の芸術家の思考は未来から現在を見るという視点ですから
変化に寛容ですし、逆に今まで人間には不可能だったことをテクノロジーで補いながら、進化させていると思います。例えば本日私が紹介したBrad MehldauのAFTER BACHなど面白いちょっとした"事件"だと思います。路上アーティストのバンクシーなど、アナログで犯罪的でありながら、現代のネット社会で爆速で広がったことを思えば、面白い"事件"はこれからもどんどん出てくると思います。
一言でいうなら、日本の芸術に向き合う姿勢はあまりにもお上品でエリート的だからダメなんですよね。

「オンガク」様

コメント有り難う御座いました。

スポーツの世界では、誰かが呼び掛ける前に多くの企業が自発的に動いていますね。芸術の世界でも、そんな動きがもっと活発になっても良いと思うのですが。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

「事件」として芸術を捉える感覚が凄いですね。ヨーコ・オノ的と言っても良いのでしょうか。それと重ねると、「芸術は爆発だ」といった岡本太郎の言葉の意味が、何となく分ってきたような気がします。「人生、即、芸術」も。

2018年2月25日 (日)

ベンジャミン・フリス・ピアノ・リサイタル  ――小規模リサイタルの魅力を満喫――


ベンジャミン・フリス・ピアノ・リサイタル

――小規模リサイタルの魅力を満喫――

 

音響の優れた大ホールで聴くオーケストラやオペラ、合唱や吹奏楽の魅力については言うまでもないのですが、小規模のアンサンブルや室内楽、こじんまりした会場での音の近さの魅力には独特の迫力があります。

 

今回、目の前で演奏を堪能する機会のあったベンジャミン・フリスさんのビアノ・リサイタルもその一つでした。


 

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6年前のイェルク・デムス先生のリサイタルでは、結果的には、最後に駆け付けてくれた萩原麻未さんのジョイント・リサイタルを聴いたことにもなったのですが、その時の感激を懐かしく思い出しながらの愉悦の一時になりました。

 

デムス・萩原ジョイント・リサイタルは、ピアノは一台でピアニストが二人だったのですが、今回は一人のピアニストが二台のピアノを弾くという趣向でした。一台は「明子さんのピアノ」と呼ばれる被爆ピアノで、もう一台は以前デムス先生が所有していたベヒシュタインです。

 

「明子さんのピアノ」は、1926年にアメリカのBaldwin社で作られたもので、ロスアンゼルス生まれの河本明子さんと同じ年。1933年に広島に帰ってきた河本家の皆さんと共に広島に。明子さんは良くショパンを弾いていたそうですが、194586日に被爆、翌日19歳の若さで亡くなられました。ビアノも、ガラスの破片が突き刺さるなど大きな傷を負いましたが、2005年、河本さんの御両親からこのピアノを譲り受けたHOPEプロジェクトの二口(ふたくち)先生と調律師坂井原浩氏の献身的な修復作業により復活し、その後、平和を奏でるピアノとして活躍しています。

 

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明子さんのピアノとフリスさん二口さん、そして、主催者の渡辺さん

 

M.C.S YOUNG ARTISTS主催、坂井原ピアノ調律事務所で開かれたリサイタルでは、前半、フリス氏がこのビアノで、スカルラッティ、フィールド、ショパンを弾いてくれました。その時点で吃驚したことがいくつかあったのですが、その一つは、このピアノでこんなに凄い音が出るのだという驚きです。Baldwinのアップライトはアメリカでも良くお目にかかりましたが、これほどのダイナミックさと繊細さとを聴けるとは思ってもいませんでした。フリスさんそして坂井原さんに脱帽です。

 

ジョン・フィールドを聴いたのは初めてでしたが、アイルランド出身でノクターンの創始者的な存在であるフィールドももっと聴いてみたいと思いましたし、ショパンと併せて聞くことで、ポーランドとアイルランドの対比をしたくなったり、私に作曲の才能があれば、ジャポネーゼのような雰囲気を出せたのかもしれないなどと妄想を膨らますことになり、より豊かなショパン鑑賞ができたような気がしています。

 

後半は、ベヒシュタインの力を存分に使いこなしてのプゾーニの『カルメン幻想曲』とベートーベンのソナタ「田園」でした。プゾーニの『カルメン幻想曲』も初めてでしたが、カルメンに羽根を付けて躍らせたら、ということはチョッピリ、コミカルな味も加えてピアノで演奏したらこうなる、という感覚で楽しめましたし、ベートーベンは文句なく陶酔の境地でした。

 

演奏後にフリスさん自身の言葉で、若い頃はベヒシュタインを弾いていたとの紹介がありましたが、それは、御両親がナイトクラブに置いてあったものを買ってくれたものだったというエピソードも披露してくれました。ベヒシュタインの素晴らしさは、音の多様性にあること、オーケストラの楽器が全て奏でられるほどの豊かさを持った楽器だという点を強調されていたことも印象的でした。

 

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 自分で弾いてその素晴らしさを味わえないのが残念ですが、「このベヒシュタインに出会えたことだけでラッキーだよ」と慰めてくれました。確かに、デムス先生所縁の一台には、家人もそうですが、多くの人に弾いて貰うことでまだまだ活躍して貰わなくてはなりません。

 

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そして、もう一つ、私は整理の付かないほど多くのLPCDを持っていますが、ピアノ演奏のものはほとんどありません。特にCDで聞くピアノの音には大きな違和感があるのですが、その理由を改めて確認できました。ピアノは生で聴くべきなのです。仮にCDを聴くにしろ、先ずは生演奏の記憶があって、その記憶を脳内で再現するための助けとして使うのがCDの役割なのではないでしょうか。

 

となると、もっと身近に室内楽そしてビアノの演奏が聴ける場を探さなくてはなりません。かくして、またもう一つ、手掛けなくてはならないプロジェクトの誕生です。

 

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コメント

ハイファイと呼ばれるオーディオシステムに凝り、自宅に専用のリスニングルームまで作っていた知人が最後に辿り着いたのが、「音楽を聴くものではない」と馬鹿にしていたラジカセでした。それはヨーロッパなどにも頻繁に行って「生の音が頭に蓄積された結果だ」と言っていたことを思い出しました。

映像もハイビジョンから4Kに移り、更に8K時代も目前ですが、風景などは、どんなに精緻な映像でも、実際に自分の目で見た記憶の量によって感じるものが随分違うということを、特に最近になって思うようになりました。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

人間が実人生で経験することの大切さを改めて噛み締めています。音の世界、色の世界もそうですが、言葉の世界もあり、さらには心の世界まで広げて考える必要もありそうですね。

それが原因で、高校生の時に写真を撮るのを止めたことがあります。今でもそれは、正しい判断だったと思っています。

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