文化・芸術

2017年9月18日 (月)

スマートフォン・サム ――世界に広がる謎の痛み――

スマートフォン・サム

――世界に広がる謎の痛み――

 

NHKの「ガッテン」で紹介された「謎の痛み」。症状は主に手首に現れるのですが、その原因が謎だということで、原因を究明した番組でした。そして世界的に広がるこの症状には名前の方が早く付けられていました。「スマートフォン・サム」です。略して「スマホ・サム」。スマートフォンには問題がないと思いますが、「サム」とは何でしょうか。

 

           

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この疑問を敢えてここに記しているのは、「ガッテン」のゲストの3人ともその意味を当てられなかったからです。「サム」は「thumb」、つまり親指です。そして「スマートフォン・サム」とは、スマホを使う時に親指を酷使した結果として生じる腱鞘炎その他の炎症を指す言葉でした。

 

スマホでメールやラインの入力をするとき、両手の親指を使って猛烈な速さで入力している若い女性 (何故か早いのは女性だという印象です) を見て、「カッコいいなー」と思ってきたのですが、言われてみると、あれだけの速さで親指を動かすのは、手首や腕の筋肉や腱にはかなりの負担です。炎症が起きても不思議ではありません。

 

私もスマホやPCを頻繁に使う方ですが、手首や腕の痛みでは苦労していません。恐らくそれは、音声入力に頼っているからなのだろうと思います。「工場長」さんに教えて頂いてから病み付きになり、今では、人前でも恥ずかし気なく囁くような声で、メールやラインの返信をしています。周りの人に気付かれたことはほとんどありません。

 

 

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PCで、音声入力を促す画面です

 

その時添付する写真は、「サムネイル」表示で出て来ますので、選ぶのは簡単です。

 

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スマホのサムネイル表示

 

「サムネイル」は「親指の爪」の意味ですが、大きな写真の縮小画面を指す言葉としてピッタリです。ついでに、親指の他の指を英語で何と呼ぶか御存じですか。忘れた方もいらっしゃるかもしれませんので、復習です。

 

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人差し指 ⇒ index finger

中指   ⇒ middle finger

薬指   ⇒ ring finger

小指   ⇒ little finger

 

覚えていた方もいらっしゃるでしょう。そんな方には、「Thumbs up!」です。

 

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コメント

私の印象では、ブラックベリーの頃に、テキストサム(texting thumb pain、text thumb injury)という言葉が出て、iPhoneやAndroidになってスマートフォン・サムになったような気がするのですが、いずれもスマートフォンが出来る前からドケルバン病、ばね指(弾撥指)と呼ばれていた症状です。

ブラックベリーの頃はボタンを押していましたが、今のスマホは触れるだけですし、ホームボタンさえなくなる方向なので、力を入れて押すという作業はなくなりますが、いずれにしても、ピアノの鍵盤を押す力とパソコンのキーボードですら筋肉への負担は桁違いですから、スマホで腱鞘炎になるというのは、確かにそういう論文もありますが実験は力の入るゲームで行われており、文字入力で起きるとは考え難いと思います。

ちなみにサムネイルというのはコンピュータだけでなく印刷や写真の関係でも使われていますが、本来の意味まで知っている人は少なく、言われてもピンとこない人が多いようです。アメリカでは指によるサインやジェスチャーも日本より多用されますが、その違いでしょうか。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

ブラックベリーの頃の動きはほとんどパスしてしまっていましたので、御教示有難う御座いました。

確かに、キーにタッチするのと押すことの違いは大きいと思います。それを飛び越して「ガッテン」の説明に納得してしまったのは、スマホを高速でタッチして入力している人たちを見ていると、自分にはできないからかも知れませんが、相当、指や手首に負担になっているではと思い込んでしまっていたからです。

そして、御指摘のように「サムズアップ」や「サムズダウン」、中指を立てて人を侮辱する等、英語圏では指や手によるコミュニケーションがかなりあるようですね。握手もその好例かも知れません。

2017年9月17日 (日)

「反面教師」としての豊田語録 ――特に「ババア」はいただけません――


「反面教師」としての豊田語録

――特に「ババア」はいただけません――

 

豊田真由子議員の暴言については、テレビでもネットでも多くのコメントが飛び交っていますので、屋上屋を架すことになるかも知れませんが、少しでも前向きのベクトルに変えられないか考えて見ました。それは、日本中、誰でも一度は聞くことになった暴言を「反面教師」にして、私たちの言語能力を少しでも高めることです。

 

             

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文部科学大臣政務官就任に際して公表された肖像写真

 

書き出すのも憚られる言葉ばかりですので、省略しますが、その中で敢えて一つの単語に注目したいと思います。「ババア」です。

 

何故、この言葉なのかという理由は、あるテレビのワイドショー中、女性ジャーナリストとゲストの女性二人が、「この言葉は許容範囲だ」と平気で発言していたからです。

 

この人たちは、2001年に石原慎太郎都知事 (当時) が「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものは「ババア」なんだそうだ」という形で、松井孝典東大名誉教授の言葉を引用したという触れ込みで引き起こした、いわゆる「ババア発言事件」のことは覚えていないのでしょうか。念のため、ウイキペディアの記事です。

 

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石原慎太郎元都知事

By MC1 Michael Gomez [Public domain], via Wikimedia Commons

 

もう一つ、私が「ババア」に強い違和感を持っていたのは、「プレバト」の俳句部門での梅沢富美男の度重なる「ババア」発言に嫌悪感を抱いていたからです。この番組の魅力は、芸能人たちの俳句の査定と添削をする夏井いつき先生の的確な言葉にあります。だから人気があるのですが、自分の俳句が思ったような評価をされない場合に、梅沢は夏井先生に対して「ババア」という野卑かつ大変失礼な言葉を投げ掛け続けていました。TBSに対して抗議をしようと考えていた矢先に、恐らく全国で同じように思っていた人の抗議が先になったのだと思いますが、最近、梅沢の「ババア」発言はなくなりました。

 

Photo

梅沢冨美男公式ページから

 

ここで梅沢富美男に敬称を付けていないのは意図的です。先生に対する言葉として「ババア」はあり得ませんし、この番組は俳句の番組です。その中で、「ババア」呼ばわりをすることは、美しい日本語、そして日本文化の精髄を継承し自分の句に反映させるべく俳句を詠んでいる多くの人たちに対する侮辱でもあります。そんな言葉を公衆の面前で多発する人間に対する最小限の抗議として、敬称を略することくらいはしないと、私たちは舐め続けられます。

 

私に取って、「ババア」は、それを使うことで相手と対等な関係を作ることとか、相手の中の最善のものを引き出すとか、人間の尊厳を尊び、明日への希望を創り出すといったこととは対極にある言葉です。


ですから、二人の女性が「ババア」容認発言をした理由が私には分りませんでしたが、梅沢冨美男は芸能界ではそれなりの影響力があるようですし、番組中に平気で「ババア」を使うのですから、誰にも見えない舞台裏で後輩たちそして女性たちに対してそれと同等、あるいはそれ以下の言葉遣いをしていても不思議ではありません。彼が直接の原因ではないでしょうが、芸能界の中の力関係が影響している可能性は考えられます。

 

そこで頭に浮んだのが「ストックホルム・シンドローム」です。元々は、誘拐事件や監禁事件等で人質に取られた人が、犯人に対して同情や好意等を抱き、犯人の持つ価値観を一時的にせよ共有することなのですが、ここではもう少し幅を広げて、権力のある人間とその支配下にある人間との関係で、支配される側が、権力者の価値観を受容することまで含めて考えたいと思います。

 

となると、これは最近の政治問題として大きく取り上げられた「忖度」との関係も考えなくてはなりません。ここまで議論を広げると、もう芸能界に限らず、権力者とマスコミの側が垂れ流す言葉によって私たちが洗脳され、知らず知らずの内にスタプリッシュメントを支持して行くプロセスの象徴、差別や事件侵害を正当化しそれを被害者にまで受け入れさせようとする流れを表す言葉が「ババア」だと言っても良いような気さえしてきます。

 

それに対抗するために、「豊田語録」は、私たちが使ってはいけない日本語のリスト、陥ってはならない人間関係の罠を示す「反面教師」として、「放送禁止用語」の応用編として活用することはできないでしょうか。皆さん、如何でしょうか。

 

そんなことは言われるまでもなく最初から分っている、今さら何を言っているのだ、あるいは、自分の言葉を豊田議員の言葉と比べられるだけで嫌悪感を催す、という方が大多数だったら嬉しいのですが。

 

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コメント

政治家と芸能人を同じように扱うのには、ちょと違和感があります。
プレバトは楽しく見てますが、言葉遣いなら司会の浜田氏も梅沢氏と同じです。
テレビで見えてるものと、実情は違うのかもしれませんね。
表で罵倒しても、裏ではしっかりと敬う事をしている。だからこそ、大きな問題にもならないのだと思います。
また、年上にタメ口ではなすタレントのローラさんは、テレビでは見えない所で周りを気遣っているそうですね。
多くの人が見るテレビだから、出演者の言葉遣いは大事だと思います。
しかしながら、昔からバラエティー番組はこんな文化だと思います。演じているのですから。
豊田議員のあの言葉遣いは、他の政治家にも似たような人もいるでしょう。
私はこの事で議員でなく、あの秘書はもしかしたら公設秘書なら、国家資格で国から給与を貰っているのでしょう。あんなレベルの低そうな人が国の安全に関わっているのかと思うとゾッとします。
被害者かもしれませんが、あの秘書はやめるべきですね。自分の都合悪いことには裏切るような行為をし、もし力がある政治家が不正をしていても見て見ぬ振りをするでしょう。それも自分に益があれば。

ババー、
バーバ、
大違いですね。

バーバは子供が使い、
ババーは大人が使うという違いもありますね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

私の問題意識が十分に伝わらなかったようですので、再度説明させて下さい。

ここで問題にしたのは「ババア」という言葉です。その中でも指摘したように、「私に取って、「ババア」は、それを使うことで相手と対等な関係を作ることとか、相手の中の最善のものを引き出すとか、人間の尊厳を尊び、明日への希望を創り出すといったこととは対極にある言葉」なのです。

しかもそれを女性が容認してしまうこと、あるいは美しい日本語を追求する番組の中で使うことで、女性差別を助長したり美しい言葉追及を阻害したりする可能性があると思いましたので、その背景を考える必要にも思い至りました。そして、これを社会的に広がる大きな問題として捉えられることも大切だと考えた次第です。すぐに結論の出る問題ではありませんが、豊田語録を「反面教師」にすることくらいは、すぐにでもできるのではと考えています。

「バーバ」様

コメント有り難う御座いました。

その違いもありますし、悪意のあるなしという違いもあると思います。

2017年9月15日 (金)

道草懇話会 ――「セブン銀行」の声の持ち主にお会いできました――


道草懇話会

――「セブン銀行」の声の持ち主にお会いできました――

 

道草懇話会は、詩人の平塩清種さんが主宰する文化交流の場です。その例会にお誘いを受け、会場のANAクラウン・プラザ・ホテルでの昼食・懇話・卓話・コンサートを楽しんで来ました。

 

                 

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大変嬉しかったのは、ここ数年お会いしていなかった旧知の方々にお会いできたことです。政治の世界でお世話になったAさん、市の職員として苦楽を共にしたBさん、マスコミ界では良く知られているCさん、邦楽家のDさん等々、短い時間ではありましたが、近況を知ることができましたし、思いがけない方の訃報を耳にすることにもなりました。

 

卓話のゲストはフリーアナウンサーの丸子ようこさんでした。童話やコミュニケーションについて巧みな話術と美声に魅せられたのですが、何より吃驚したのは、彼女が「セブン銀行」の声だったことです。セブンイレブンの中の「セブン銀行」でカードを差し込むと「いらっしゃいませ」という声が聞こえてきますが、それが彼女なのです。「今お手続きをしております」「お取り忘れのないよう」「有難う御座いました」等、今まで何百回も聞いたメッセージの声の持ち主を目の当たりにして、感激一入でした。勿論、帰り道にはセブンイレブンに寄って、お金を引き出しながら、「同じ声だ」と確認をしてきました。

 

コンサートはジャズシンガーの水木いず美さんの三曲で、しばらく時を忘れました。スタンダードで水木さんの十八番から、"Somewhere Over the Rainbow" (虹の彼方に)”The Girl from Ipanema” (イパネマの娘)。そして三曲目は、地球の未来を憂いつつ愛の力でそれを乗り越えようと歌い掛けるメッセージ性の強い『美しい青い地球(ほし)』でした。特にこの曲には、元広島平和文化センター理事長のスティーブン・リーパーさんが感動とともに訳した英語版が付けられています。

 

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逆光なのですが、少しでも雰囲気が伝わることを祈りつつ

 


錚々たるメンバーの揃った懇話会なのですが、その中の4人の方からミニ卓話がありました。それぞれ印象深い内容でしたが、ランチを食べながらでしたのでメモを取る暇もありませんでした。うろ覚えで申し訳ないのですが、私にとって勉強になった何点かを書かせて頂きます。

 

l Eさん今、お寺を離れて「フリーランスの僧侶」として庵を編み活動している。できるだけ多くの方々の人生に寄り添うべく、特に傾聴に力を入れている。

l Fさん:  80歳になるまで社会貢献をしたいと思って日数で数えたら、後、残されているのは2000日ほどだった。でも今所属している会や団体は64あり、その整理が難しい。

l 北京から帰られてすぐのGさんどこにでも乗り捨てられてスマホで予約のできるレンタル自転車のお陰で北京の渋滞が改善され、ウーバーのようなサービスや、企業と個人が駐車場をシェアするシステムで、駐車場不足も解消されている。

l 眼科医のHさん学校医をしている高校では女子学生の8割がコンタクトを装着していて、彼女たちの感覚だと、眼鏡をかけて街を歩くのはパジャマで街を歩くのに等しいらしい。

 

次回も楽しみですが、出来ればもう少し詳しくお一人お一人の話を再現したいと思っています。

 

 

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2017年9月14日 (木)

何故「カルバン・クライン」なのですか? ――本拠はニューヨークです――


何故「カルバン・クライン」なのですか?

――本拠はニューヨークです――

                

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ニューヨークで物議を醸したCalvin Kleinの広告

版権: <a href='https://jp.123rf.com/profile_zhukovsky'>zhukovsky / 123RF 写真素材</a>

 

外国の固有名詞の片仮名表記で一番長くモヤモヤが続いていたのは、「カルバン・クライン」です。元々は「Calvin Klein」なのですが、何故「カルバン」?

 

ウイキペディアでも「カルバン・クライン」ですし、ネットで検索してもほとんど全て「カルバン・クライン」で統一されています。

 

御丁寧にYahoo!知恵袋での質問には、次のような回答もありました。「カルバン・クライン」と「ミッシェル・クラン」とどちらも「Klein」なのに、なぜ表記が違うのか、に対する「ベストアンサー」は、「カルバン・クライン」は英語読み、「ミッシェル・クラン」はフランス語読みだからというものなのです。「カルバン」は英語読み?という疑問符が付きます。

 

疑問を解くために、「Calvin Klein」の日本語公式サイトで確かめてみました。それが一番手っ取り早いはずですので、見てみると  Calvin Klein Japan – Official Online Storeは次のような感じです。つまり、目次を除いて日本語表記はありません。

 

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このサイトでも、本拠はアメリカであることが分りますし、ウイキペディアでも「Calvin Klein」の本拠はアメリカで、Calvin Klein氏本人もアメリカ人であると書かれています。となると、読み方はアメリカ英語の発音に従うのが自然でしょう。

 

では、アメリカ英語で「Calvin」をどう読むのかですが、このファースト・ネームを持つもう一人の有名人がいます。アメリカの第30代大統領の「Calvin Coolidge」です。その読み方ですが、「カルヴィン」または「カルビン」が普通です。今まで、クーリッジ大統領関連の片仮名表記で、「カルバン」は見たことがありません。

 

もうこれで十分だと思いますが、「Calvin Klein」は「カルビン・クライン」が元の発音に近く、「カルバン・クライン」は、それよりかなり離れています。耳でも確かめて下さい。困ったときのYouTubeのお出ましです。



 

 

まだ、納得が行かない方のために、「多数決原理」を採用してみます。複数のスピーカーが、どう発音しているのかを録音しているサイトがあります。矢印を次々に押してみて下さい。御自分の発音を残すこともできます。

 

 

最後に発音とは関係がないのですが、ちょっと目を引く「トリヴィア」です。「Calvin Klein」社のホームページで「About Calvin Klein」の説明を読んで初めて知ったことなのですが、「Calvin Klein」のブランドは「PVH Corporation」が所有し、世界中に製品を販売しているそうです。自社ブランドの他にライセンスされたブランドとして多くの名前で製品を供給しているのですが、その一つに「Donald J. Trump Signature Collection」、つまり、「ドナルド・J・トランプ コレクション」があるのです。

 

「カルバン」と「カルビン」の違いが大きいと感じるのは私だけかもしれませんし、「コスコ」と「コストコ」のような経緯があるのかも知れません。何か御存じの方がいらっしゃれば御教示下さい。

 

さて三回にわたって、英語の固有名詞を片仮名でどう表記するのかについてお読み頂き有難う御座いました。このシリーズは、続けて行きたいと思います。

 

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コメント

企業名やブランドの場合、イメージ=印象ということも大きな要素です。例えばメルセデス・ベンツの場合、欧米では「メルセデス」、日本や韓国では「ベンツ」とだけ呼ぶことが一般的で、それはベンツという名前が如何にもドイツを連想させるため、かつての欧米では印象(ドイツ=ナチス)が悪く、日本や韓国では印象(ドイツ=技術や医療の最先端)が良い、という理由ということでした。(最近は日本でもなるべくメルセデスに統一しようとしています)

Calvin Kleinは確かにアメリカの企業であり、創業者のCalvin Kleinもアメリカ生まれのアメリカ人ですが、日本のファッション業界ではアメリカよりフランスの方がイメージが良い、という意図もあって、敢えてフランス読みにしているのかも知れません。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

デザインではフランスの方が格が上、という理由は十分にあり得ますね。あるいは、フランス語を齧ったことのあるワンマン社長の思い込みとか、発音の難しさ易しさに配慮したとか、可能性としてはあり得るのですが、確証がないものでしょうか。

こういう場合、当事者に聞くのが一番確かだろうと、直接、と言ってもアメリカ人に聞いても仕方ないと思い、日本サイドで聞いてみました。

日本でCalvin Kleinを製造・販売しているのはオンワード樫山ですが、ブランドを管理しているのはPVHジャパンなので、そちらのカルバン・クライン担当からの回答です。

回答は「本人の発音も、アメリカで使われている発音も、カルビンよりカルバンに近かったので、当初からカルバンという表記にしており、それ以上の意図はない」ということでした。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。またPVHジャパンに問い合わせて下さり、有難う御座います。

YouTubeにアップされている発音から、片仮名表記だとどちらに近いのかは明らかだと思いますが、発声の段階を客観的に測ることはできても、それが耳でどう聞こえるのかの客観的なデータを取るのはかなり難しそうですので、そう言われてしまうとそれでお終いですね。

でも、片仮名表記に関わらず、英語の発音を正確に再現する努力はし続けても良いのかもしれません。

2017年9月 3日 (日)

プロはいなくなったのか ――それも政治の腐敗や劣化の一因になっているのでは――


プロはいなくなったのか

――それも政治の腐敗や劣化の一因になっているのでは――

 

「凄い八十代」のタダさんについて報告しましたが、やはり彼のカラオケ歌唱の素晴らしさについてもう少しスペースを割かなくてはなりません。彼のかつての職場や業界の仲間たちからは「オオトリのタダ」、つまり「タダさんの後では歌えない」と言われるほど上手い、とはユキコさんの言葉ですが、その通りでした。

 

             

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松山善三作詞『一本の鉛筆』の一節です。

 

そのタダさんが最初に歌ってくれたのは美空ひばりさんの『一本の鉛筆』でした。「広島に敬意を表して」とのことでしたが、実はこの歌、正確に歌うのが難しいことで有名です。美空ひばりさんの歌い方は深みがあって感動的なのですが、それを真似て素人が歌うと不正確さだけが際立ちます。タダさんの歌は正確かつ心を打つものでした。

 

レパートリーも広く、オオトリには『オー・ソレ・ミオ』をパバロッティ・バージョンで歌ってくれました。これもお見事の一言に尽きたのですが、もう一つ、どんなカラオケの会でも盛り上げられる良い歌を教えて貰いました。『大人の懐かしい歌』のパート1とパート2です。DAMの中に入っていますが、「DKオリジナルメドレー」で検索すると出てくるはずです。れぞれ10曲くらい、誰でも歌える懐かしい歌が、一番だけ入っています。

 

パート1は、『故郷』から始まって『荒城の月』、途中には『ゴンドラの歌』や『サンタルチア』もあり、マイクを順に回して行くだけで、あるいは全員で歌うことでその場が盛り上がります。

 

ここでハタと気付いたのが、人をカラオケに誘う側の「プロとしての要件」です。自分だけ気持良く歌っていれば済む話ではなく、その場にいる人全てが楽しく参加できるお膳立てをする責任も果さなくてはならないということです。

 

こんなことを考えたのは、その夜、感動したもう一つの歌が山口百恵さんの『さよならの向こう側』だったからです。本人が最後のコンサートで歌い終えて、マイクをステージのフロアに敷かれた白い布の上に置くまでの映像が使われていました。

 

彼女が活躍していた時代はアメリカに住んでいたために彼女の歌も映画もほとんど知らなかったのですが、ポピュラーな歌だけは、カラオケ等で聞いていました。でも最近のテレビ画面には出てきません。カラオケの映像ではありましたが、ステージで歌う姿を全部見たのは今回が初めてだったような気がします。阿木燿子・宇崎竜童コンビの作詞作曲による名曲の一つですが、とにかく泣かせる歌です。英語の部分の言葉「last song for you」の繰り返しと、最後の「Thank you for your ****」の五つのリフレインで歌い手自身、胸が詰まってしまっても不思議でもありません。

一般的風潮としても、プロの歌手が引退に当ってのコンサートや、紅白歌合戦であられもなく泣く姿も当り前になっています。そして「引退」した後で、復帰することも。

 

でも、山口百恵さんは、本当に「最後の」コンサートで、一筋の涙こそ流れはしましたが、最後までプロとして歌い切りました。しかも感動的に。これこそプロの歌手だとしか言いようがありませんでした。そして彼女は床にマイクを置いたきり、その後は歌手としてファンの前で直接歌うことは一切していません。それもプロとしての潔さです。

 

引退した1980年、彼女は21歳でした。男女差別用語がまだ平気で使われていた時代です。「小娘」という言葉を使うおっさんがいても良い年齢です。その彼女がプロとしての矜持を保ちプロとしての出処進退の見事さを示してくれました。そんな行動の取れた「公人」がその後何人いたのかを考えると、山口百恵さんの凄さを前に、「プロ」と自称していたり、マスコミがそう遇してきた人たちの多くは、「プロ」失格と言われても仕方ないように思えてきます。

 

比較するのも気が引けますが、特に、政治家の体たらくは、目を覆うものかあります。本物の政治家、プロの政治家はどこに行ったのでしょうか。山口百恵さんの爪の垢を煎じて飲んだくらいで、紛い物性が改善されるとは思えませんが、それでも、カラオケに行き、山口百恵さんが『さよならの向こう側』を歌い切る姿を何度か見ることから始めて欲しいと思います。

 

カラ出張の説明ができずに号泣した県議、不倫の挙句に印刷物の架空請求がばれて雲隠れした市議、聞くも憚れる言葉や言い回しでネチネチと部下を虐める国会議員、防衛省や自衛隊を私物化・政治利用した元防衛大臣、同・総理大臣等々、リストは増えるばかりですが、カラオケを通しての山口百恵さん詣でを「処方」します。こんな形でも利用者が増えることで、ちょっと影が差しているカラオケ産業に活気が戻るという余得も期待できるかもしれません。

 

でも一番見習って欲しいのは、政権というマイクをそっと床の上に置き、表舞台から静かに立ち去ることなのですが---。

 

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コメント

百恵さんは同学年です。
大学生の時、テレビは学食にしかなく、
引退画像も結婚式の画像も、
学食でみました。
彼女の潔さが
私どもの世代のスタート地点です。

日野皓正がコンサートで中学生に手を上げたことが報じられましたが、そもそもジャズという音楽はルールから外れること、掟を破ること、規則から逸脱することが前提であり、それこそが面白味であり醍醐味だと思います。ただ、聴く人を感動させるためには、逸脱する度胸と同時に、逸脱の限界を読んで、回帰する技能が重要です。

野田聖子総務相が異次元の金融緩和の出口を考えると「空恐ろしい」とアベノミクスを批判したということですが、安倍政権のレベルは、まさに中学生レベルということでしょうか。中学生なら許されるとは思いますが、これが日本の長期政権というのはあまりに情けないことです。

「緩和ケア薬剤師」様

コメント有り難う御座いました。

「学食」の響き、懐かしいです。そして、自分たちの世代を象徴し誇りに思える人物がいるって幸せなことだと思います。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

メディアには日野皓正氏弁護の意見が多いようですが、子どもを指導するためでも、いやそうであればなおさら、暴力は正当化できないと思います。

安倍政権の酷さを上手い一言で表現出来ないのがもどかしい限りですが、早く舞台を去って欲しい気持をとにかく繰り返し言い続けましょう。

金正恩もトランプも安倍も、みんな仲間ですね。
http://blog.livedoor.jp/ai_tokunaga2014/

ついでに日本では安倍、小池、前原と従米保守の仲間が揃った。これからどんな茶番劇を見せられるのだろうか。

日野皓正についてはお笑いの太田光が「コミュニケーションするのにビンタしなきゃいけないんだったら、大した音楽家じゃない」「お笑いでお客を笑わせるのに、客をくすぐるようなもので、自分のやっていることの否定になる」と言っていましたが、教育者が手を上げたら失格ですね。
と言うものの、この一両日だけでも元総理や自民党総務会長の耳を疑うような失言が続いており政治の劣化は他の分野の比ではないようですね。

「仲間」様

コメント有り難う御座いました。

「従米保守の仲間が揃った」舞台での茶番劇を止めさせる機会が近く訪れるという予言もありますね。10月か11月に衆議院の解散、総選挙があれば、その機会を逃さないように、私たちが直接頑張らなくてはいけないのかもしれません。

「キム」様

コメント有り難う御座いました。

芸能界でも、しっかり発言している人がいるのは心強い限りです。

「法の支配」を無視して「力の支配」を信奉する人たちは、どうしても「言葉」に対しての姿勢が好い加減になるようです。逆かもしれませんが--。

2017年9月 2日 (土)

同級生たちの水彩画展に行ってきました ――絵心のある人たちを羨ましく思います――

同級生たちの水彩画展に行ってきました

――絵心のある人たちを羨ましく思います――

 

八月の初めに高校の同級生から、水彩画の展示会の案内を貰いました。このところ、同窓会にも出られない時が多かったので、久し振りに久闊を叙する積りで足を運びました。

 

会の名前は「日本橋粋彩会」で、同級生を中心に14人のメンバーが、高校の5年先輩をお師匠さんとして3年前に始めた水彩画のグループだとのことでした。

 

「女性のメンバーはお喋りが楽しいらしく、絵筆が動いているのは30分くらい。その後は、先生も一緒にディナータイム」とは男性メンバーのコメントですが、如何にも楽しそうな会の様子が頭に浮びます。

 

京橋の会場には、50点ほどの作品が展示されていましたが、静物や風景、孫や人物等、何年も会っていなかった同級生の人生の一コマそして息遣いが伝わってきました。そんな表現のできる友人たちを羨ましく思いながら、ゆっくり会場を巡りましたが、水彩画の素晴らしさを皆さんにもお伝えしたくなり、何回かに分けて、同級生たちの作品を御紹介したいと思います。

 

最初に、招待状を送ってくれた安田芳子さんの作品です。高校生としてアメリカ留学をするときに、彼女のお父上に推薦状を書いて頂きました。今日の私があるのはそのお陰です。未だに感謝してもし切れません。

一言お断りさせて頂きたいのは、写真が正確には長方形ではないことです。天井の照明が画面に反射しないように角度を調整したからなのですが、原画の雰囲気が損なわれていないことを祈っています。

 

               

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河童橋

 

 

 

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妹 誕生

 

 

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碌山美術館

(安曇野)

 

 

TBSテレビ木曜日のプレバトでも水彩画の美しさ、素晴らしさを勉強していますが、こうして直に、しかも友人たちの作品に触れられる幸せは掛け替えのないものです。

 

 

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コメント

家族全員「才能なし」です。
本当に羨ましいかぎりです。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

絵についての才能はなくても、一人一人、また別の才能を持っているのが人間の素晴らしさだと思います。

2017年8月14日 (月)

盆灯籠 ――関東では見ることのできない美しい伝統です――


盆灯籠

――関東では見ることのできない美しい伝統です――

 

30年も前、初めて広島でお盆を迎えた時の派手やかさに驚いたことを覚えています。五色の盆灯籠の美しさは、関東でのお盆との違いを視覚的に際立たせてくれていました。

 

子どもの頃の千葉でのお盆で一番記憶に残っているのは、816日から22日まで、一週間続く千葉神社の「だらだら祭り」ですし、送り火の苧殻を家の門近くで燃やして、キュウリやナスの牛馬は近くの海まで流しに行ったことですので、広島のお盆の雰囲気とはかなり違う感じです。

 

盆灯籠はコンビニやスーパー、ホームセンターなどでも手軽に手に入るものですが、近頃では、お盆が過ぎてからの処分の大変さや過度の華美化、火災等の事故に配慮して、盆灯籠を禁止する寺院もあるとのことです。しかし、何か工夫を加えることで、広島の風物詩を続けていって欲しいと願っています。

 

我が家の御近所のお墓には、今日も盆灯籠が供えられていました。御近所さんという御縁を有り難く思って、私も「南無阿弥陀仏」と唱えさせて頂きました。

 

                 

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2017年8月 4日 (金)

『The Face of Jizo』を読んでエッセイを書こう ――The Mainichiと毎日新聞広島支局が主催する国際コンテストです――


 

The Face of Jizo』を読んでエッセイを書こう

――The Mainichiと毎日新聞広島支局が主催する国際コンテストです――

 

井上ひさしさんの名戯曲『父と暮せば』は皆さん御存知だと思います。被爆した娘と父との二人芝居ですが、父・竹造は家の下敷きになり火にまかれて亡くなり、娘、美津江は父を助けることができなかっただけでなく、友人など多くの愛する人を失いました。その3年後の出来事という舞台設定です。美津江と、美津江の内心に潜んでいるもう一人の美津江の声を代弁する竹造の幽霊とが広島弁でやり取りをする二人芝居は、喜劇的でありながらそしてそうであるが故に、被爆体験の真実と意味をしっかり捉えて私たちに伝えてくれています。

 

               

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多くの舞台公演を通してまた映画としても私たちに感動を与えてくれた作品ですが、英・仏・独・ロ・伊等の外国語にも訳され世界的な評価も高い戯曲です。英訳は、作家、映画監督、翻訳家、劇作家、演出家として著名なロジャー・パルバース氏の手によります。

 

以前は『英文毎日』として多くの読者に知られていた毎日新聞の英語版は、現在、『The Mainichi』として、毎日新聞の英語の電子版としてのみならず独自の立場からも、世界に日本発のニュースとストーリーを届けています。そのThe Mainichiと毎日新聞広島支局との肝煎で、著作権をお持ちの井上ゆりさんとロジャー・パルバースさんの御厚意で、86日から1031日まで、『The Face of Jizo』がThe Mainichiにアップされます。幕数は14場ですので、一日一場ずつアップされる予定です。『父と暮せば』の日本語版(新潮文庫)とともに、夏休みの間に多くの若者に読んで貰いたいと思っています。

 

その上で、The Mainichと毎日新聞広島支局主催のエッセイ・コンテストに応募してみたらどうでしょうか。要領は以下の通りです。

 

応募資格は、13歳から23歳までの人。

エッセイは、『The Face of Jizo』をテーマにしたもので、英文1000語以内。

締め切りは20171031日。

The Mainichi”Contact Us”のページから送付すること。

その際、氏名、住所、生年月日、学校名、学年を明記すること。

件名は”Face of Jizo Essay”

厳正な審査によって、優秀作3名の方に各賞金$100が贈られる。

審査員は、訳者のロジャーパルバート、前広島市長の秋葉忠利、The Mainichi編集長の太田阿利佐の三氏です。

 

私たちが生きる意味や、歴史的な出来事の真実を理解し内面化する上で、第一印象はとても大切ですが、対象を一つに絞って、様々な角度からその対象を見詰め、集中することも同様に大切です。『父と暮せば』という傑作を対象に、広島弁のユーモアやユニークさを味わい、映画や芝居を通して自分とは少し違うかもしれない解釈に身を投じ、広島弁は翻訳不可能でも、井上ひさしワールドが忠実に再現されている英語に触れることで、被爆体験の意味を未来に残すために重要な鍵が見付かるはずです。今年の夏は、『父と暮せば』と一緒に暮してみませんか。

 

 

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2017年7月 7日 (金)

ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町 ――Sky Gallery Lounge Levita が最高でした――

 

ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町

――Sky Gallery Lounge Levita が最高でした――

 

昔から略称の「アカプリ」で知られている赤坂プランスホテルには色々な御縁がありました。個人的な思い出を辿り始めるときりがありませんので省略しますが、近くで食事をした後ということもあり、最近オープンした「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町」に行ってきました。

 

夕食後の時間でしたので、ゆっくり寛げるバーかラウンジということになるのですが、昔の「アカプリ」にも、夜景で有名なラウンジが最上階にありました。

 

ザ・プリンスギャラリーの中での配置は最上階ではなく、その一階下の35階のLEVITA(レビータ)です。

 

                   

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でも、35階に直接エレベーターで昇るのではなく、まず36階まで行ってから一階下に降りるという構造になっていました。

 

さて36階で降りると、エレベーター前の雰囲気は、ボストンのプルデンシャル・ビルとほぼ同じといって良いお洒落な空間になっていました。実は「プルデンシャル」とのお付き合いも長く、いつか思い出のいくつかは言葉にしておきたいのですが、まずは35階に降りなくてはなりません。それが簡単に行かなかったのは、下に続く階段の上からの景色に見惚れたからです。

 

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真正面に東京タワーが見えます。さて35階まで降りて席に着くと、そこからも東京タワーが目の前でした。下の写真の左下の方です。

 

 

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視線を右に移すと壁があるのですが、光を大胆に使ったデザインが見事でした。写真ではその立体感まではお伝えできませんが、近似値として御覧下さい。

 

 

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お絞りや水にも感激したのですが、次には飲み物の注文です。特別な夜には特別な飲み物ということで、紙のメニューではなくタブレットのメニューから選びました。

 

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「アカプリ」時代もそうでしたが、束の間とは言えども「非日常」の時を異次元空間で過すことができました。

 

 

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コメント

池原先生についてふれていただき、ありがとうございます。
私の担当で作った丹下先生設計の赤プリももう今はありません。
世の中、どんどん変わっていくのですね。
・・・・・

6/28 からの”久し振り”第3弾?!
都内在住ながら、こもりっきりのシニアには楽しくありがたい情報でした。
銀座編→老化現象か。 いえいえ。成熟都市から遠く離れて感がマックス 、なだけでは。日産ビルと松坂屋あとを、こうして同時に眺めますとその感は強まるばかり。ソニー・ビルあとはせめて”いつまでも右肩上がりが続くと思うなよ”的であってほしい。
赤坂編→わ、素晴らし。けど、今も昔もおハイソすぎて敷居は高いまま。ホテル関連は映画で味わうことにしよ。

先日、元安川さんから、20年前に作られた広島プリンスホテル(今のグランドプリンスホテル広島)のプロモーションビデオを見せて頂き、色々と思い出に耽っていたところでした。

ちなみに、私が初めてアカプリに泊まったのは30年以上前のことですが、Apple社の新製品「Apple III」の発表会で、それは東レの招待でした。

当時、Apple社の日本の総代理店は東レで、新製品発表会に地方の代理店まで交通費や宿泊費まで負担する、それも赤坂プリンスホテルという一流ホテルへの宿泊という時代でした。

「元安川」様

コメント有り難う御座いました。

「アカプリ」の設計は丹下健三先生でしたね。御指摘有難う御座います。「グランドプリンスホテル 広島」の設計をされたのが池原先生で先生の愛弟子の貴兄が、「アカプリ」と「グランドプリンスホテル 広島」と両方の担当をされたということから、勘違いをしてしまいました。間違った記述の部分は、早速削除させて頂きました。

丹下先生、池原先生ともに、広島には深い思いを寄せて下さり、大きな貢献をして下さいました。そのことをより詳しく、別稿で元安川さんに取り上げて頂ければ幸いです。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。赤ゲットの東京見聞記を、東京にお住まいの方にお読み頂き光栄です。また銀座についての感想を御理解頂けたことも大変嬉しく読ませて頂きました。

昔はただ忙しく走り回っていたところを、ゆっくり味わえる年齢になったのですから、これからも懐かしい場所を「再発見」して歩きたいと思っています。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

広島プリンスホテルができたのは、広島にとって画期的な出来事でした。それは「アカプリ」をはじめとするプリンス・ホテルの全国的評価があったからに違いはないのですが、美しい海岸線を工場が独占してしまい、市民にはアクセスできなかった時代の終りを告げていたことも大きかったのではないでしょうか。

そしてバブルの時代も今となると懐かしいですね。

2017年6月28日 (水)

久し振りの銀座 ――「銀座らしさ」が失われて行くのでしょうか?――


 

久し振りの銀座

――「銀座らしさ」が失われて行くのでしょうか?――

 

高校生の頃から銀座には良く足を運んでいました。理由は簡単で、当時の地下鉄は銀座線と丸ノ内線の二本しかなく、通学定期を持っていれば簡単に銀座に出られたからです。それからずっと銀座との付き合いが続いているのですから、自分自身に取っての「銀座」というイメージはかなりはっきりと形作られています。

 

今回、久し振りに銀座で時間を過ごすことになり、その変貌に戸惑っています。もちろん、時代とともに町は変って行きます。かつては銀座のシンボルだった森永の地球儀広告塔がなくなったり、松屋の前にAppleが登場したり、ディオールやブルガリといった一流ブランドが進出してくる等、変化する街には新しい魅力が付け加わっていたような気がします。

 

単に私の好みが独り善がりなだけなのかもしれませんが、今回気付いた大きな変り様に、我が目を疑いました。私の抱いている「銀座」のイメージとはずいぶん違うのです。一つは、4丁目の角の日産ビルです。写真も上手くは撮れていませんが、まずは御覧下さい。

 

             

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そしてもう一つが、松坂屋の後にできたGINZA SIX(ギンザシックス)です。これも写真を御覧下さい。

 

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こちらも、単に私の老化現象のせいで新しいデザインを受け付ける柔軟性が失われただけなら良いのですが、如何でしょうか。

 

でも、まだまだ「銀座」らしい雰囲気はあちこちに残っていました。和光のショー・ウインドーもお洒落でした。反対側にある日産ビルの影が写ってしまっているのが残念なのですが――。

 

 

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それといつも刺激を受ける松屋の吹き抜けのディスプレーです。梅雨の季節の傘から、7月には七夕をテーマにした美しさが登場するのでしょうか。

 

 

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特にお勧めの新発見は、数寄屋橋交差点にリニューアル・オーブンした東急プラザ6階のフリー・スペースです。数寄屋橋茶房の隣のスペースで、数寄屋橋交差点や4丁目交差点を眼下にゆっくり寛げるのが特徴です。こんな贅沢を許してくれる銀座や数寄屋橋であり続けてくれることを祈りつつ、銀座を後にしました。

 

 

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東急プラザからの眺め

上の方に見えるのが、銀座三越と4丁目交差点です

 

  

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