心と体

2018年4月19日 (木)

 崩れ行く日本 ――原点に戻って考えましょう――


 崩れ行く日本

――原点に戻って考えましょう――

 

『週刊新潮』そして『週刊文春』の記事が大きな役割を果しましたが、昨418日には、夕方に財務事務次官が辞任し、ほぼ同じ時刻に新潟県知事が辞任しました。二人ともセクハラあるいは買春という破廉恥な行動が原因でした。さらには、女性記者の職場であるテレビ朝日が深夜の記者会見を開くなど、異常な事態が同時進行しています。

 

Photo

                             

Photo_2

 

 マスコミは当然、かなり大きく取り上げていますし、国会でも野党が頑張ってはいるようなのですが、それぞれの怒りが大きくまとまって日本の政治を抜本的に変えるまでには至っていません。ようやく人々の口の端に上って来たのは、安倍内閣が退陣して次の内閣の登場を待つくらいなのですが、それで良いのでしょうか。その結果として考えられるのは、同工異曲の政治を「新たな」装いという名目で始めるくらいのシナリオだけでしょう。

 

それ以上の名案が今すぐ出せるかどうかは別にして、今の時点でハッキリしてきたことは、政治や経済、社会を動かしている、政治家・官僚・マスコミ・財界といった権力を握っている人たちによる「公共の福祉」の私物化です。法治主義が機能していない、論理的な言説がもはや意味を持たず、「暴力団」的な言動が世の中を動かす時代になってしまったのではないでしょうか。つまり力を持つものがその場限りの主張で弱者を痛め付け、自らの意思を実現してしまう世の中、「無法地帯」を指している積りですが、今起きていることを冷静に把握し、その根本原因を極めた上で、対策を立てる必要があると思います。

 

今日は、緊急提案として、崩壊しつつある日本社会を正直に見詰め、皆さんからのインプットを頂きながら一緒に考えたいと思っていますので、何でも結構です、今私たちが直面している問題についてのコメントをお願いできればと思います。

 

この稿は、当然、明日に続きます。

  

[2018/4/19イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

  

広島ブログ
広島ブログ

コメント

原発が電源としても脆弱で高コストな上に、固有安全性も多重防御もなく、何重にもウソで塗り固められたものであったように、財務省の一連の不祥事も問題は一つや二つではなく考えれば考えるほど絶望的とすら思える状況です。

「セクハラ疑惑」と報じられたこと一つとっても、福田淳一事務次官だけでなく、聞き取り調査をした担当者も、責任者である麻生財務大臣も、セクハラに対しての認識が全くズレており、これでセクハラがない方がおかしいとしか思えません。

更に、セクハラ以前に、深夜に女性を呼び出すことも、それが男性であったとしても、異常な世界です。正面から請求すれば黒塗りの資料しか出てこず、公にされたものも改ざんされ、深夜に「綺麗どころ」(マスコミ関係者自らそう呼ぶようです)を用意しなければ情報がとれないというのは、一体どういう社会なのでしょうか。

こうした問題は、いくら解体を繰り返しても解決するようには思えません。せめてキャリア制度は廃止して、公務員の新卒採用は半数にして、半数は民間からの中途採用にするとか、大幅な人材の入れ替えが必要に思えます。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

確かに、官僚制度は絶望的ですが、それと似たようなことは広島市政でも経験しました。ただし、広島市で酷かったのは市会議員で、官僚たちが夜遅く呼び出されていました。

民間からの中途採用も効果的だと思います。改善策のもう一つは、もう実現されつつありますが、公務員の半数以上を女性にしなくてはならない、という規則を作ることです。かなり効果はあるはずです。

2018年4月13日 (金)

 ポルシェに乗って見えたこと ――何事も経験してみるものですね――

 

ポルシェに乗って見えたこと

――何事も経験してみるものですね――

 

友人から「一度ポルシェに乗ってみる?」とお誘いを受けました。そう言えば、昔、助手席に乗せて貰ったことはあったのですが、運転した経験はありません。「何事も経験」と、喜んでお誘いを受けました。市内をゴチャゴチャ走るのでは醍醐味が味わえないと思って、広島高速3号線から2号線に入り、一号線を経て山陽道を飛ばして宮島まで、というルートを運転してみました。

 

友人の車ですから近くで見たことは何度もあるのですが、いざ自分で運転するという立場になると、以前は見えていなかったことにいくつも気付きました。

 

最初に驚いたのは、車幅が大きいことです。スポーツカーですし、デザインもまとまっていますので、一見それほど大きい車には見えないのですが、住宅街の道路の端に留めてあったポルシェは、道の半分以上を占めていました。車幅が180センチということですので、まあ当然なのでしょうが、まずは大きさが違いました。

 

左ハンドルであることは知っていましたが、運転席に座るとメーター類の多さに戸惑いました。もっと若いときなら、ドキドキの仕方が違ったはずですが、どれが何を示しているメーターなのかが一瞬では把握できず、安全運転に必要ないくつかはチェックして高速に乗りました。


 

Photo

                             

目を瞑っていますが、停車中に撮った写真です。

  

普段から軽い車に乗りつけているせいだと思いますが、運転してみるととても重い車です。でも、加速は素晴らしいですし、ようやく100キロを出した辺りでの安定性の良さは、マイカーとは比べものになりません。あまり速く走っている、という感じではなくなるので、スピード違反をする人が多くなるのはこのせいもあるのだ、と納得です。

 

車の性能以上の発見は、ポルシェを見掛けた人たちの反応の仕方です。ポルシェに対する偏見のようなものがあって、それを元にしての行動なのか、ポルシェを運転している人たちが特別の運転をするような人たちばかりなので、それに対する条件反射的な反応なのかは分りませんが、気付いたことを二つほど報告しておきたいと思います。

 

天気の良い日でしたので、ゆっくり走りながら景色も楽しむ積りで、走行車線を法定速度内、他の車の流れに合せて走っていたのですが、後続車の反応で気付いたことがありました。私の車のスピードがなかなか上がらないので、追い越す人も多かったのですが、ムキになって加速しているような感じを受けました。エンジン音が特大になり、「ざまあみろ」とか「敵を取ったぜ」みたいなメッセージを発しながらの追い越し方でした。

 

もう一つの方の「吃驚度」は半端ではありませんでした。直線が続くところで、少しスピードを出してみようかなと思って、追い越し車線に車を移したのですが、そこでの吃驚です。追い越し車線を走っていた前の二台の車が、瞬時に左側の走行車線に移動してしまったのです。

 

ポルシェが後ろに来ると煽られる、というインプットがされているような感じでした。その二台を追い越して一旦、走行車線に戻りましたが、これがポルシェに乗ることなのだ、という現実を見た思いでした。そしてこんな経験を日常的にしているポルシェ・オーナーの中には勘違いをする人が出てきてもおかしくはないということも実感できました。

  

Photo_2

  

[2018/3/20イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 広島ブログ

広島ブログ

コメント

私がバブル期に勤めていた会社は社用車としてポルシェやNSX(当時の国産車で最高額)がありましたが、同じスーパーカーでも普通に雨漏りするフェラーリなどとは違い機械としての完成度の高さは群を抜いていたものの、日本で走るクルマではないとも感じていました。

EV(電気自動車)に乗り慣れると、そのポルシェでも「トロい」と感じますが、それは低速域(100キロ以下)でのことで、ポルシェやBMWに乗る人にとっては150キロからの加速が問題ですから、EVでは150キロからの加速が不十分だと感じるようです。

欧州車にディーゼルが多い一因もストップ&ゴーが少なく、普通に200キロ以上で走れる道路があることだとも聞いたことがあります。

いつかは乗ってみたいですね、ポルシェ。若い頃は「いつかはクラウン」というキャッチフレーズがありましたが、高級車というイメージと同時に、ヤクザが乗っているとか、暴走族が乗っているというイメージもありました。今は土建屋の社長はレクサスかベンツというイメージです。偏見かも知れませんけど。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

200キロで走るのはやはり勇気がいることだと思います。ドイツのアウトバーンでは160キロでも長距離は無理でしたので。

「後期中年」様

コメント有り難う御座いました。

自分で持つのも良いのですが、友人の車をたまに運転するという形も悪くないなと、今回感じました。そうなるといろいろの経験ができますし。

そう言えば思い出したのがテスラの自動運転に乗った時ですが、説明ではAIも付近にいる自動車の車種やドライバーの年齢や性別による挙動の傾向は分析し考慮しているそうです。

確かに私自身もガソリン車とハイブリッド車とEVの3台が自宅にあった時期、それぞれの自動車の性能というより気持ちの問題で運転の仕方が随分違うと妻にも指摘されていました。

今は街乗りのEVのみで長距離はレンタカーですが、地方では東京のようにグレードの高い車種がないのが残念です。

デミオEVに乗っていますが、飛ばしているポルシェやBMWあるいはRX-8、NSX、GTR、フェラーリなどを見ると本能的に追い抜いてしまい、音もなく追い抜くコンパクトカーに唖然とするドライバーを横目で見ながら我ながら大人げないと苦笑しています(笑)
ただし既に書かれているように150キロ以上になるとかないませんので、それ以上は出せない場所での勝負ですけど(汗)

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

高速で左に寄ってくれた車は、こちらの年齢や「イザっ!」みたいな気持を瞬間的に察知したのかもしれませんね。

私がレンタカーで借りてみたいのは、最近乗っていないアメリカ車です。でも。アメ車の需要はそんなに多くないような気もします。

「若輩者」様

コメント有り難う御座いました。

「音もなく追い抜くコンパクトカー」、さぞ気持がいいでしょうね。次はEV車を借りて、それに挑戦してみます。

アメ車のレンタカーは東京や沖縄なら専門店もあるようですし、民泊のように個人の自家用車をレンタルする仕組みもあり、以下は私も数年前に利用したことがあります。

http://cafore.jp

また、高速道路のスポーツカーを楽に追い抜くとなるとテスラやBMWのEVですが、ディーラーに行けば試乗できますし、キャンペーンで一週間とか、数日の貸出しもあり、私も広島のバルコムでBMWのEVを3日間、充電カードと一緒に借りて九州まで行きましたし、福岡ではテスラの試乗で高速道路を走りました。ディーラーなら無料です。

車高が低くてかまぼこ型の踏切が渡れない、急な勾配の
駐車場に入れないなど、ポルシェ大好き(3台所有、クラ
シックカー、レス用、普段用)の知人(開業医)がいってい
ました。1回だけ乗せてもらったけど、ウルサクテ、イヤ。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

カフォレのようなサービスが昔あれば、ずいぶん重宝したと思います。最近は、誘われたり必要に迫られないとなかなか動けなくなっています。齢ですかね。

「➆パパ」様

コメント有り難う御座いました。

ポルシェではなく、軽自動車ですが、車高が高くて立体駐車場に入れて貰えないので、ポルシェ・オーナーの気持もちょっとは分ります。

プレジデントにベンツに乗るといくらかかるかという記事があり、安いCクラスで地方都市でも一生50年で5500万円都市部なら6700万円という結果でした。ベンツでも上のクラスならもっとでしょうしポルシェなら億はいくのでしょうね。

キャデラック ブロアム1995年式 2020kg軽やかでした、、セルシオ 1800余kg重く感じました。。。単純には、味付けだろうと思います。ブロアム。長さ5725全幅1990センチ.認知度.無し。高速道。追い越し車線。譲る車少なし。 60sp.ふざけている訳ではありません。cadillac60special 昔に乗っていました.60spもブロアムも好きで乗っていました。両車共まだあります.メールは苦手です。ポルシェは1500kgぐらいでは、ないでしょうか。

「60sp」様

コメント有り難う御座いました。

'59年のキャデラックや'60年のキャデラックは、超懐かしいです。昔、友だちが父親の60年キャデラックで、シカゴのダウンタウンに連れて行ってくれたことがありました。帰りに追突されて大変でしたが--。

その後はほとんどフォローして来なかったので、キャデラック ブロアム1995年式は、初めて写真を見ました。やはりキャデラックですね。私ならバックミラーでフロントを見ただけで譲ります。

送信できたようなのでビールの話,させてください。。私もエビスにおちつきました、エビスは幾缶でも味が変わりません…スーパーフレスタ.。銀河高原ビール。。ヴァイツェン。コレは1本めだけは美味です。。2本めはうまくありません。。でも1本めは美味です。。エビスより濃いめです。広島県特約店は、、フレスタです。。3種類の1本です。。。。。ビールは。イオンが他店より安価です。。銀河高原ビールの。。ヴァイツェンという名の銘柄です。以前BEERCANコレクター.輸入缶。収集していました。。。大原亨さん、、師範で父の先輩でした。。秋葉先生とは。。何の接点もありませんが。。。。うちは大原氏とは。。そういうことでした。倉庫。物入。収納のお話.したいのですが未定です、、手前勝手で申し訳ありませんでした

「庶民」様

コメント有り難う御座いました。

こだわって、一生、○○以外は乗らないという人もいるようですが、それだけ掛けるのは、やはりお金には換えられない価値を見出している人たちだと思います。(それにそれだけのお金のあることが大前提ですが。)

そんな友だちが周りに何人かいると楽しいと思います。

「60sp」様

コメント有り難う御座いました。

ビールについての話は楽しいですね。銀河高原ビールのヴァイツェン、試してみます。他のヴァイツェンとも比べてみたいです。それと、ビールについてはまたまだ書きたいことがありますので、ここで楽しいやり取りができると嬉しいです。

音楽ではAmazon、Apple、Googleの聴き放題サービスが定着し、自動車も乗り放題=サブスクリプションサービスがアウディ、ボルボ、ポルシェ、そしてメルセデス・ベンツにまで拡がっていますが、日本でも月額19,800円から600もの車種に乗り換えられるというサービスがあるようです。

https://norel.jp

以上、参考まで

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

リースだと一年縛りのところ、もう少し柔軟に乗り換えられるというのが良いですね。これも昔、存在していれば、使ったサービスだと思います。

2018年4月10日 (火)

 中垣顕實法師から・その2 ――4月1日の質問に、ニューヨークからの返信です――

 

中垣顕實法師から・その2

――41日の質問に、ニューヨークからの返信です――

 

「グローバル・ヒロシマ」というテーマで41日に開かれた中垣顕實法師と私の対談の最後に頂いた質問の中に、中垣法師を指名してのものが二つありました。ニューヨークに戻られた師から丁寧な回答がありましたので、前回に続いて二つ目を御紹介します。


 

Photo

                             

 

以下、中垣師の答を引用します。

**********************************

「9・11以降、アメリカは内向きになっていったときかれますが、25年NYで布教されてきて、その平和活動をされている中で、どのようにその変化を感じておられますか。それはどのどのようなものですか。3・11のちの日本の変化をNYからどのように見ておられますか。」

 

アメリカといっても広いのでその考え方は地域によってまちまちですので、私の場合、基本的にニューヨークというアメリカの中でも特殊な立ち位置になると思います。

 

アメリカは内向きになってきたということですが、ニューヨークに関する限りはそれは必ずしもそうとは思われません。例えば私よく関わるインターフェイス(超宗教)関係などでは、9・11以降、より盛んになり、今までそれぞれの宗教で行っていたことを様々な宗教者たちが協力して行う傾向が一挙に増えました。宗教と自由ということからイスラム教やユダヤ教といった一宗教を差別することは間違っているということでニューヨークの宗教者たちが一緒に彼らを守ろうという行動にでましたが、これらは内向きではなく、外向きの行動です。実際、9・11の報道は報復賛成ばかりが報道され、報復反対を訴える多くの運動は報道されませんでした(そのあたりは私の著書『マンハッタン坊主つれづれ日記』をお読みください。この本は9・11の時に私のまわりでおこっていたことを書いています。それらは報道制限がなされていた一般の新聞やニュースには報道されなかったことです)。ある9・11の被害者の遺族会は広島や長崎を訪れ、その体験を学ぼうという外に向かう行動をとっていました。

 

もちろん、ニューヨークも9・11の前と後とを比べるとそのバイタリティーは変わりましたが、内に向かっていると感じたことはあまりありません。むしろ宗教間、また仏教間ともにより親しくなり、ともに協力して社会にはたらきかけていく機会が多くなってきたと思います。現在のトランプ政権に関しても、ニューヨーク州の立場は移民問題などに関しても正反対の立場をとっています。

 

3・11は私の半世紀の誕生日でしたので、アメリカにいながら自分とは切り離せないような感じがしています。ただ3・11に関して思うことは、報道は本当のことは公表できないようだし 、放射能汚染にしてもそんな簡単に解決できていないはずだが、まるで問題はないかのように扱われている、また、そのことを持ち出すと非国民のように取られるような変な体制ができているようです。福島原発の事故処理も完全にできていないのに、地震の多い日本でまだ原発にこだわるなど、何か論理にあわない行動が満ちあふれているように思われる。 また憲法第9条の問題にしても、現代に合わない憲法のように取り扱われ、本来第9条こそどんどん輸出して、諸外国もこのような憲法を作るように働きかければいいものを、その反対に軍事国家に近づこうとしている姿は、唯一の被爆国である日本が取る立場なのかと耳を疑う。他にもいろいろとありますが、個人的には、世界の流れについていこうとばかり気にしている日本ですが、唯一の被爆国である日本が世界の平和をリードしていくような立場をとれる国になってほしいものだと思います。

 

講演の時にもいいましたが、福島も広島も長崎も海外からみればすべて日本で起きたことです。日本ではそれらが県外で起きたことで自分には関係ないと思われる出来事であるかもしれませんが、世界的な目でみれば、すべて日本で起きたことであり、日本はそれらをしっかり代表した立場を表明し、行動していくべきなのだと考えます。

 

[ニューヨーク平和PRFファンデーション創始者・会長 中垣顕實]

  

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

  

広島ブログ
広島ブログ

2018年3月22日 (木)

「当事者意識」と言えば「原爆記者」   ――懐かしい方々ばかりです――


「当事者意識」と言えば「原爆記者」  

――懐かしい方々ばかりです――

 

かつては「原爆記者」という言葉が生きていて、しかもそう呼ばれていた方々が元気に活躍されていた時代がありました。今でもお元気で活躍されている方はいらっしゃいますが、その数は減っています。

 

おしどり マコ・ケンさんの精力的な仕事振りを伺って、広島・長崎なら「原爆記者」に相当するのではないかと思いました。それに呼応する言葉として「原発記者」があるのかどうかは知りませんが、両者に共通する「当事者意識」を軸に、今回はお二人の思い出を綴ってみたいと思います。

 

1970年代の後半から、毎年夏になると数週間は広島と長崎で過すようになりました。そのときに一番お世話になったのが、中国新聞の大牟田稔さんと中国放送の秋信利彦さんでした。このお二人の足跡を辿るときにABCC (原爆傷害調査委員会、米国の研究機関で、原爆が人体に与える影響を調査研究する目的で設立された。後に日米共同で運営する、RERF--放射線影響研究所に改組された。) の存在抜きには語れません。

 

Photo

                             

秋信さん・「タウンNEWS広島 平和大通り」から

 

Photo_2

 

大牟田さん・中国新聞平和メディアセンターから

 

被爆者の中で一番若い人々は、「胎内被爆者」と呼ばれます。当時、3週齢から17週齢の間に母親の胎内で被爆した人たちだからです。出生後、この年齢の被爆者には、放射線の影響が小頭症その他の障害として現れました。この事実をABCCの研究者は1950年代に始まった調査で把握していたのですが、その事実は隠して、母親たちには「栄養が足りないから」といったような虚偽の説明をしていました。

 

しかし、秋信さんの辛抱強い調査で、胎内被爆者の存在が知られるようになり、1965年に内部告発によって全ての真実が明るみに出されました。時を同じくして、秋信さんと大牟田さんは、胎内被爆者とその家族を支える「きのこ会」を立ち上げ、その事務局してのお世話を始めます。さらに、この会を通して胎内被爆者が公的に「被爆者」として認定され国の補償を得られるようにするため、さらに核兵器の廃絶を実現するための運動も強力に進めています。大切なのは、このための時間は、中国新聞記者・中国放送記者としての仕事ではなく、あくまで「個人」の資格で行われていたボランティア活動だったという点です。

 

また、胎内被爆者やその家族がマスコミの報道で傷付いた経験を元に、きのこ会のメンバーのプライバシーを尊重する立場を貫き、他の報道関係者にもそれを尊重するように求めました。「プライバシーを優先すること、特ダネは書かないこと」という立場なのですが、後に大牟田さんは、「他社に特ダネを書くなという以上は、私自身も特ダネ報道はできません。だが、それでよかったと思います」と語っています。被爆者関連報道で、プライバシーが尊重されるようになったきっかけの一つはこうした「きのこ会」の方針だと考えられています。

 

これこそ、私が「当事者意識」という言葉でお伝えしたいことなのですが、5文字の漢字ではお二人の思いは十分には伝わらないような気がしてきました。

 

そして秋信さんを語るときに、19751031日に皇居で行われた昭和天皇の記者会見を避けては通れません。中国放送記者として、「戦争終結に当たって、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたのでしょうか」と質問し、昭和天皇から歴史に残る「遺憾には思うが、戦争中のことであり、広島市民には気の毒であるが、やむを得ないことと思う」との発言を引き出したのです。

 

その後、昭和天皇の記者会見で原爆について触れられることはありませんでしたので、この質問の貴重さが分ります。

 

大牟田さんは1991年に当時の平岡市長に請われて、中国新聞社を退き1999年まで広島平和文化センターの理事長としてヒロシマの平和行政をリードし、2001年に71歳で逝去されました。

 

秋信さんは、大牟田さんの亡き後は、一人できのこ会のお世話を続け、2010年に75歳で亡くなっています。秋信さんについては河野美代子先生が最近のブログで取り上げていますが、「タウンNEWS広島 平和大通り」でも、2010年に秋信さんの追悼記事を、当時の首席執筆者だった故「グランパ」さんが書かれています。

  

また大牟田さんについては次男の聡さんが、広島市立大学に寄せられた『〝表現者〟としてのジャーナリスト~ヒロシマと大牟田稔の関わり』に詳しい記述がありますので、お読み頂ければ幸いです。

  

  

[2018/3/20イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2018年3月17日 (土)

日本政治の蘇生は私たちの力で   ――言語化と当事者意識がカギなのかも――


日本政治の蘇生は私たちの力で  

――言語化と当事者意識がカギなのかも――

 

311日に開催された「フクシマを忘れない!さようなら原発ヒロシマ集会」については、「いのちとうとし」さんの報告がありましたが、ここでは、第一部の集会での人見やよいさんとおしどり マコ・ケンさんたちのトークに焦点を合わせてみましょう。それは、フクシマや原発に対して私たちがどう向き合うべきかという点だけではなく、政治をどう変えて行けば良いのか、そのために私たちがどう考え行動すべきなのかについての、貴重な提言でもあったからです。

 

キーワードは「言語化」「当事者意識」の二つを選びました。人見さん、おしどりさんともに、「言語化」「当事者意識」の両方についてのお手本を示してくれているのですが、それぞれの意味を強調するために、今回は人見さんの言葉を通して「言語化」の意味を考えて見ましょう。

 

人見さんは、福島第一原発から約50キロ離れた郡山市に住むフリー・ライターですが、福島原発告訴団役員として活躍しています。

 

               

Photo

             

福島原発刑事訴訟支援団のホームページから

 

311日、人見さんの家のテレビ・アンテナは吹っ飛び、当時の模様を「リアル・タイム」では見ていないこと、その後の放射線に汚染された地域で生活しつつ、「安全キャンペーン」や「除染」の欺瞞や矛盾、「風評被害」の実情等、現地での体験を全国そして全世界に発信する中でガンに罹ったこと、そして、最終的には東電の幹部たちの刑事責任を問う裁判を起こすことで真実を明らかにし、未来への責任を果したいと考えるに至った歴史を、説得力のある言葉で語ってくれました。

 

特に印象的だったのは、いくつかの比喩を通してフクシマの現実、そして私たちが理解すべき構造を描いてくれたことでした。

 

「フクシマはガンと同じだ」という言葉で、御自分のフクシマの体験とガンの体験から、当事者にどう寄り添えば良いのかについて、ストンと胸に落ちるアピールを頂きました。そして「フクシマはいじめと同じ」という言葉からは、権力が弱者をいじめの循環に陥れる構図も解明してくれました。

 

「殴る」という行為でいじめを表現すれば、一回殴られることがいじめだ。でも、国は、誰でも認めていたそのいじめの定義を変えて、「20回殴られなければいじめではない」と宣言した。その結果、19回殴り続けられている人たちはいじめられていないことになり、100回殴られている人は、さすがにいじめと認められて救済策は曲りなりにも存在するけれど、それが19回に減ると、もういじめではないから殴られ続けても良いと平気で言い、「19回はいじめだ」と主張する人たちには、「風評被害を広げるな」というような形での新たないじめが始まる。

 

そして最後に、「取り返しのつかないことが起きる前に・・・」と題して、

 

自分で調べる

自分で考える

自分で判断する

自分で意思表示する

政治の話を日常にする

二度と過ちを繰り返さないように学びを伝える

 

目先のことではなく、100年後の未来を考えて

 

というまとめをしてくれました。これは全て人見さんがこの7年間実行してきたことを言葉にしたものですが、その先には、東電幹部の刑事責任を問う裁判という形での具体的行動がありました。その裁判の様子も手短に語ってくれましたが、武黒一郎元副社長は「権限はない」から、武藤栄元副社長は「シミュレーションに信頼性はないと思ったから」、また勝俣恒久元会長は「権限はなく」という理由で、それぞれ「責任はない」と主張しているとのことでした。

 

「政治は言葉」だと言われます。私たち一人一人が感じる世の中の矛盾や、怒り、過酷な状況に対する涙やフラストレーションは、人類史の中で多くの人々の努力によって、100年先の人々が同じような悲劇を繰り返さない方向に修正され、法律として権力を縛り、暴力を規制してきました。そして、その究極的手段の一つが裁判です。それは、「言語化」の最先端にある制度としての裁判の力を使って、社会正義を実現しようとすることに他なりません。厳正な裁判が行われるよう見守り、このようなプロセスを通して日本の政治が蘇る可能性を広げて行きましょう。

 

書き始めると、どんどん長くなってしまいます。おしどり マコ・ケンさんについては次回、お読み下さい。

  

[2018/3/16イライザ]

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2018年2月 4日 (日)

「ウォンツ」の神対応  ――財布を忘れたことはなかったのですが――


「ウォンツ」の神対応 

             

Photo

               

――財布を忘れたことはなかったのですが――

 

長い間に習慣になっていて、何も考えなくても自動的にこなしている「ルーティーン」って、誰にでもかなりあるはずです。朝の洗面所でのルーティーン、机に座って仕事を始めるまでのウォームアップ、得意な料理を作る前準備等々、人によって多種多様なものがあると思いますが、私の場合、とても助かっているのが外出時に身に付ける小物の選択です。

 

昔友人からプレゼントされた小さいトレイに必要なものを全て置いてありますので、外出時にはそれを身に付ければ、忘れ物をすることがないのです。財布、時計、ハンカチ、名刺入れ、鍵、ペン、メモ帳、老眼鏡、小銭等ですが、目の前のものを取れば良いのですから簡単です。

 

 

20180202_10_52_16

 

でもそれ以上に大切なのは、帰宅時に、身に付けていたものを全部そのトレイに戻すことなのだ、とまでは思いが至りませんでした。それはつい最近の「大失敗」の結果、認識することになりました。風邪のせいでぼんやりしていたのだと思いますが、前日トレイに戻していなかった物があったのです。次の日、何時もと同じようにトレイにあるもの全てを身に付けて外出しました。買い物をする段になって、財布のないことに気付いて大パニックになりました。

 

家に戻って探したのですが見付かりません。その日、最後に買い物をしたのはウォンツ(Wants)でしたので、夕方でしたが、店まで行って「財布の落し物が届いていないか」を問い合わせました。「落し物の届けはありませんが、念のため防犯カメラの映像をチェックしましょう」ということで、昼過ぎに買い物に来たことと、どのカウンターで支払いをしたかを伝えました。

 

10分後、戻ってきた係の方から説明がありました。「1230分頃、お客様はそちらのカウンターで支払いを済ませています。その後、財布は左の内ポケットにお仕舞いになっていることが確認できました。」

 

落し物の届けがないという段階で、それ以上のことをする責任はウォンツ(Wants)にはないはずですが、防犯カメラの録画をチェックしてくれたことは、「神対応」としか言いようがありません。その結果、私の行動が再確認でき、財布は家の中にしかありえないことも分りました。

 

もう一度家中を徹底的に探して、財布は見付かりました。ベッドのマットレスとヘッドボードの間の隙間から床に落ちていました。

 

ウォンツ(Wants)まで巻き込んでしまい、家人にも心配をさせた原因は、身の回り品トレイに財布の載っていないことを認識できなかったからです。これは、ルーティーンに慣れてしまった結果の見落としかもしれませんし、老化の一部としての視力の低下のせいかもしれません。でも風邪による身体機能の低下が大きいのだと思っています。

 

 

20180202_10_52_50

財布の載っていないトレイですが、違いに気付きませんでした

 

でも、ウォンツ(Wants)の神対応を経験できたことで、(そして財布が見付かったことも勿論ですが)、「爽やかな」気分になってしまったのは、あまりにも身勝手過ぎるでしょうか。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2018年2月 3日 (土)

風邪でダウンしています  ――ずいぶん長引いているのに治りません―


風邪でダウンしています 

――ずいぶん長引いているのに治りません―

 

風邪を引いてしまったようだ、と感じたのはもう10日も前のような気がするのですが、喉がいがらっぽい、気管支まで入り込みそうだ、鼻水が垂れる、咳が出る、頭が痛いのではなくその直前の症状等々、何となく現れては消えて行く中で、少しは体調が良さそうだと思って外出するとその後にはぶり返すことを繰り返していました。

 

もう治るだろうと思っていたところ、家人に移してしまったようで、二人でダウンです。頼りにしたのは葛根湯です。最初は粒剤でした。

 

               

20180201_19_25_22

             

 

今日からはドリンクに変更。

 

 

20180201_19_24_42

 

家人は昨夜、寝る前に粒剤を服用して、寝ている内にかなり汗が出たようで、今日は順調に良くなっています。でも私は頭がハッキリせず、判断ミスなどもするようになっていて、まだまだ快方に向っているとは言えません。

 

とは言え、水分を摂る、睡眠を確保する、そしてバランスの取れた食事をする、そして身体を温めることは大切ですので、それなら鍋焼きうどんという短絡的な衝動で注文したのが、写真の二点です。

 

 

20180201_19_26_13

 

食べ始めてから気が付いて撮った写真ですので、食欲はそそらないかもしれませんが、身体は温まりました。今夜は早めに寝て、明日は完治となれば良いのですが、風邪の影響を受けた大失敗もありました。それに対する「神対応」も経験できましたので、それは別稿で報告したいと思います。

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

私も熱は出なかったのですが、食欲不振、倦怠感が長く続きました。睡眠がクスリぬなりました?お大事になさって下さい!

「かずひろし」様

コメント有り難う御座いました。

一寸良くなると、無理をしてしまうのが問題かもしれません。ゆっくり寝るようにします。

まだまだ寒さは続きそうですので、お互い健康第一で頑張りましょう!

くれぐれもお大事になさって下さい。
私も同様の症状に昨秋と年末年始の2回かかりました。
今シーズンの風邪はかなりしつこいようです。

「ふぃーゆパパ」様

コメント有り難う御座いました。

皆さん、それぞれ頑張っていらっしゃるのに、なかなか治らないので、ここで弱音を吐いてしまいました。「風邪は外」と叫んで豆をまいてみたいと思います。

お忙しいとは思いますが、インフルエンザや胃腸風邪も流行っているので、治ったかな?ではなく、しっかり身体を休めてあげてください(´∀`)

お大事になさってください。今年はインフルエンザも凄いが、風邪もしつこいものが流行っていますね。やはり完治させた方が良いと思います。わたしが勤務している介護施設でも風邪が昨晩秋流行し、肺炎というケースも見られましたので。

「和」様

コメント有り難う御座いました。

無理は避けて、今夜は早寝の予定です。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

確かに、風邪を甘く見ていたかもしれません。今夜は早寝です。これをお読みの皆さんも風邪やインフルエンザに十分御注意下さい。

ちょうど年末年始のお疲れが出る頃ですものね。
ゆっくり休まれることが一番だと思います。
くれぐれもご無理なさいませんように。
私たちは風邪っぽい時はリポソームビタミンCと睡眠と決めております。
病は気からと言って、プラセボ効果もあるのでしょうね。単純ですから。
結構効いてくれます。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

葛根湯が定番だったのですが、家人には利いても私には今一でした。風邪を甘く見ているのが、一番悪かったようです。ゆっくり寝ます。

2018年1月23日 (火)

『Wishful Thinking』 ――アメリカ流のユーモア――

Wishful Thinking

――アメリカ流のユーモア――

 

タイトルの『Wishful Thinking』は、私の好きな漫画集のタイトルなのですが、短い言葉でニュアンスまで含めてその意味を訳すのはちょっと難しい言葉です。直訳すると「夢想」です。「wishful」とは願いの度合いが大きいこと、つまり、「夢見るような」くらいの意味ですし、「thinking」は想いですから、「夢想」なのですが、この二文字だけで夢のようなことを自分勝手に願っている甘ちゃんの状態まで正確に描けてはいないような気がします。

 

それを、100ページほどの漫画で、自分も同じようなことをしていますよというメッセージとともに笑い飛ばしているのが、デービッド・サイプレス著の『Wishful Thinking』です。

 

                   

Wishful_thinking_20180122_18_18_07

         

コインランドリーでの「夢想」が表紙です

 

100枚ほどの漫画の中で、サイプレスの伝えようとしている「夢想」を一番よく表現しているだろうと思われるのが、第一ページ目の次の一枚です。

 

 

20180122_18_18_49

 

全てが、彼の頭の中の呟きなのですが、その意味をざっと訳しておきましょう。

 

郵便受けが叶えてくれていると好いんだけど~~。もう僕は完全に忘れてしまっている人からの手紙が着いていて、でも彼女は僕のことをずっと忘れられずにいる。もう一度会いたいだって。やがて僕は彼女と恋に落ち、結婚して一生、幸福に暮らすことになる~~~~

 

最近は、「あなたに100万ドルの遺産を贈呈します」のような詐欺メールもあるようですが、付け込まれるのは、この漫画のような「夢想」が結構あるからなのかもしれません。そんな世俗的な考えを捨て去るためには座禅やメディテーションが有効かもしれませんが、それについての漫画もありました。

 

20180122_21_25_09

 

こんな具合に自分を客観視することを教えてくれる漫画です。それもユーモアを通してですので、すんなり呑み込めるのがサイプレス漫画が好きな理由です。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年12月26日 (火)

大人のためのクリスマス会 ――多彩なプログラムでした――


大人のためのクリスマス会

――多彩なプログラムでした――

 

道草懇話会とLC生涯学習教養講座主催の「大人のためのクリスマス会」がANAクラウンプラザホテル広島で開かれました。

 

まずは日本福音ルーテル大江教会の立野泰博牧師によるクリスマス礼拝から始まりました。讃美歌も交えて、クリスマスの意味を聖書の言葉を中心に、讃美歌も交えての祈りの一時でした。

 

                 

20171225_23_16_51

           

 

改めて心打たれたのは、アッシジの聖フランシスコによる「平和の祈り」です。

 

主よ、私たちを平和の使者として送り出し、

憎しみのあるところに愛を、

争いのあるところに赦しを

分裂のあるところに一致を

疑いのあるところに信仰を

絶望のあるところに希望を

闇のあるところに光を

哀しみのあるところに喜びを伝える者にして下さい。

私は、慰められることよりは慰めることを

理解されることよりは理解することを

愛されることよりは愛することを求めます。

それは赦すが故に赦され、死するが故に永遠のいのちに生きるからです。

 

その後、石原有希子さんとジュニアマリンバアンサンブルのメンバーによる、「くるみ割り人形メドレー」とクリスマスに因んだ曲、最後にはコーヒー・ルンバの演奏がありました。もう長い間、演奏を聴いてきたマリンバアンサンブルですが、そのメンバーの一人である石原さんがこんなに成長していることを目の当たりにして、感慨一入でした。

 

20171225_23_17_39

 

そして、恒例になったジャズシンガー木本いず美さんの歌で締め括られました。スタンダードな「Over the Rainbow」や「Tea for Two」の他に圧巻だったのは、「越天楽」そして「美しい青い地球(ほし)」でしたが、最後に「きよしこの夜」を合唱しました。

 

 

20171225_23_18_29

 

1225日は、やはり美しい言葉と音楽に触れるのが一番です。

 

おっと、美味しいランチも忘れてはいけません。

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年12月18日 (月)

夜の梅 ――有り難い、労いの一品を頂きました――


夜の梅

――有り難い、労いの一品を頂きました――

 

「沖縄と核」は、夜の10時からの放映ですので、その後に感想をまとめるには時間が足りません。それは明日以降に回したいと思いますが、寒空の下、ブログを丁寧に読んで下さっている方から労いの一品が届きました。私の大好物「夜の梅」です。羊羹の老舗、虎屋の定番です。「夜の梅」という名称から梅の花や梅干を連想し勝ちですが、これは多くの人に共通の感覚のようです。

 

               

Photo

             

 

渋谷の虎屋でアルバイトをしていた息子がお客さんから良く聞かれたことの一つが「夜の梅は、梅の味がするのですか」だったのだそうです。それに対する答はマニュアルにも載せてあり上司からも教わったそうなのですが、「梅は入っておりません」だそうです。

 

Photo_2

 

実は私の人生の中で、毎日、羊羹を食べていた時期があります。約12年間、午後4時頃になるとお茶と羊羹を出して貰っていました。夕方になると血糖値が下り、機嫌の悪くなることが分っていましたので、部下への迷惑を減らすためにその時間にごく少量、甘いものを食べることにしていました。それなりの効果があったと信じていますが、ことによると反論が出てくるかもしれません。

 

家に到来物の羊羹があるときには、それをオフィスに持って行って秘書に渡していましたが、手持ちが小さくなると秘書から、「羊羹がなくなりそうですが、どうしましょうか」という「伺い」が出てくることしばしばでした。事前に渡してある「petty cash」で、適当に補充しておいてくれれば良いのですが、少額でも現金となるとそうも行かなかったのかもしれません。

 

明日のおやつには「夜の梅」を楽しんで、安倍内閣打倒、そして核廃絶の実現と、このところ不必要に作り出されてしまっている、人工的緊張緩和のために何ができるか、作戦を練りたいと思います。

 

Photo_3

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

アパレル業界からIT業界に転職した時、最初に驚いたのは、仕事の後の同僚が、流川でお酒を飲むのではなく、ファミレスでスイーツを食べることでした。
主に感性(心)を使う仕事と数理を中心とする頭脳労働(頭)の差だと思いましたが、当時は甘いものが苦手だった私はストレートにブドウ糖をコーヒーに入れて飲んだりしていました。

今やIT業界でも感性が重視されますので、今なら「とらや」で心も頭も回復できそうな気もします。

お疲れ様です(´∀`)

皆様考えあっての糖分補給なのですね。
私は食いしん坊補給です 笑

聞いた話ですが、パリパリしたモノを欲する時はストレスがたまっているらしいです‼︎

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

業種によって、癒しの種は違うのですね。私もお酒は飲みますが、確かに、一日終って、「ホット」する気分で味わうことが多かったような気がします。

甘いものでは後、最中が良いですね。

「和」様

コメント有り難う御座いました。お煎餅とかかき揚、ポテトチップスなども好きですが、ストレス対策だったのかもしれません。

後はアイスクリーム、ソフトクリームが良いですね。

より以前の記事一覧

2018年4月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30