学問・資格

2017年4月28日 (金)

二冊以上持っている本 ――最初は、リアン・アイスラーの『ゼロから考える経済学』――


 

二冊以上持っている本

――最初は、リアン・アイスラーの『ゼロから考える経済学』――

 

自慢ではありませんが、かなり多くの本を持っています。(これって「自慢」なのですが、でも持っている本全てを棺の中には入れて貰えませんからどこかで整理しておかなくてはなりません。その手間を考えると、とても自慢にはならないのも事実なのです。)

 

仕事柄必要な本、純粋に楽しむための本、貰った本、義理があって購入したもの等、とにかく冊数ではそんじょそこらの本屋さんには負けないかもしれません。冊数は数えたことがありませんが、万の単位にはなると思います。

 

それに、これも仕事に関連した多くの書類も取ってあります。捨てるべきものと取っておくべきものをいつか選別したいのですが、そのための時間がなかなか取れません。

 

沢山の本がある理由の一つは、かなりの本について同じ本を何冊かずつ所有しているからです。整理が悪くて、必要な時に必要な本が見付からず、それならもう一冊買ってそれを使おうという切羽詰まって再度買ってしまった場合もありますし、この本はできるだけ多くの人に読んで貰いたいという気持から、贈呈用に何冊か買っておいた本もあります。もちろん、前に買ったことを忘れていて、面白そうだと思ってまた買ってしまったものもあります。

 

このシリーズでは、たくさんの人に読んで貰いたいと思って何冊か買い込み、機会があると友人たちに配っていた本の何冊かを御紹介して行きたいと思います。中でも、『The Better Angels of Our Nature』は、一番熱心に勧めてきましたが、何しろ大部ですので買って配るより、内容を様々なところで紹介することが中心になりました。これから御紹介するのは、ボリュームも内容もそれよりもう少し手頃な本なのですが、何度かお付き合い下さい。

 

今回御紹介するのは、リアン・アイスラー著の『ゼロから考える経済学』です。原題は『The Real Wealth of Nations』、直訳すると、「本当の国富論」です。内容は経済学の範疇を超えていますので、直訳のタイトルの方が好きですが、内容は、これまでの経済学の依って立つ枠組みを見直して、新しい経済学を創ろう、それは「caring economics」つまり、人に優しい、さらに人を中心にした枠組みの中での経済学だ、という随分ラディカルなものです。

 

             

20170425_15_19_53

               

 

まず、これまでの経済学が、縦社会構造という枠組みの中で考えられ、その枠組み自体は変革の対象にはしてこなかったこと、その結果として、社会を捉える視野が限られたものになり、社会の持つ複雑さや多様さ、そして未来を創り出す上で大切になるエネルギーの源等を対象にできなかった事実が説得力を持って示されます。これまでの経済学にはいくつかの流派があります。例えば資本主義、社会主義、共産主義ですが、これらの全てが、「支配-被支配」という関係性だけに注目していることがその限界だという指摘がなされています。

 

それに対して、人間社会を、パートナーシップという関係を元に見直し、その全体像が浮び上るような経済学を構築する必要性が説かれます。その経済学の特徴は「caring」あるいは「care」という言葉で表されますが、「優しい」「思いやりのある」「世話をする」といった姿勢を人間関係の基本的な価値として認めている点が特徴です。

 

それだけではなく、新たな経済学が、これまでは無視してきた、しかし大切な人間活動のどのような分野を対象にするのかについても具体的な提案をしています。

 

新しい経済学は次のような人間的活動についての学問になる。

 

中核分野 家事経済

第二分野 無報酬の地域(コミュニティー)経済

第三分野 市場経済

第四分野 違法経済

第五分野 政府経済

第六分野 自然経済

 

現在の経済学が対象にしているのは第三分野の市場経済だけなのですが、人間社会全体を視野に入れると、その他の五つの分野がとても大切だということがデータとともに提示されています。

 

この本の中でもう一つ感動的なのは、そのデータの多くが市民たちの手によって集められまとめられたものであること、さらに、国連の専門機関がルーチンとして集めているものだということです。

 

つまり、国連そのものが既に「caring economics」の価値観を自分たちの組織の運営原則として採用しているに等しい活動を行っているということです。毎日のニュースだけを見ると、絶望的になりかねない昨今ですが、どっこい、人類全体としては素晴らしい未来のための地道な活動もしっかり行われているということなのです。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

2017年3月27日 (月)

仰げば尊し ――美しい日本語を継承して欲しい――


仰げば尊し

――美しい日本語を継承して欲しい――

 

卒業式の季節ですが、かつてはどの学校でも歌っていた『仰げば尊し』が最近では歌われなくなってきたようです。その代りに最近歌われているのは、例えば、『旅立ちの日に』や『YELL (いきものがかり)』、『3月9日 (レミオロメン)』等だそうです。どれも良い歌ですし、時代の変化を反映しているのだとは思いますが、今回は、『仰げば尊し』が復権することを願っている理由を述べてみたいと思います。

 

その前に、まずYouTubeにアップされている『仰げば尊し』を聞いて下さい。


 

 さらに歌詞も復習しておきましょう。

 

1. 仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば

2. 互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
別(わか)るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば

3. 朝夕 馴(な)れにし 学びの窓
蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば

 

歌われない理由として、歌詞が難しい、教師への「恩」を強制している、立身出世主義を奨励している等の意見があるようですが、確かに歌詞は今の子どもたちには難しいかも知れません。教師への恩を強制していると読むことも可能ですが、歴史的事実として、多くの人たちがこれまで「師」に感謝してきたことを、若い世代にも受け継いで欲しい、そし教師の側からは、生徒たちにそう感じて貰うための努力を教師としてしっかりするという決意表明の歌として受け止められないものでしょうか。

 

「身を立て 名を上げ やよ励めよ」は、自立し、自分の名前に恥じない人間になるように努力して欲しいという、独立して行く子どもたちへの餞の言葉と考えてはいけないのでしょうか。

 

歌詞の解釈も大切ですが、それ以上に大切だと思うのは、この歌詞が日本語として美しいことです。日本語の美しさを若い世代に理解して貰いその美しさを伝え続けて貰うために、この歌を覚え歌い続けて欲しいのです。

 

美しさを表現している個所を挙げておきたいと思います。

 

一つは「今こそ別れめ」です。係り結びであることは、古文の時に習ったはずですが、「別れめ」は「別れむ」の已然形です。「こそ」は強調なのですが、「は」と同じような意味を持つとも言われていますので、「今は別れるけれど、再会しよう」という情緒を言葉としては言わないながらも伝えています。そんな気持ちを言外に美しく伝えられる係り結びを、日本語の中に残しておきたいと思うのですが、センチメンタル過ぎるでしょうか。

 

後は一つにまとめてしまいますが、「いと」「やよ」「いざ」といった詩語の美しさです。日本語の特徴の一つは、俳句や短歌といった短い詩の持つ美しさにあることは論を俟たないと思いますが、そのことは、ここに掲げた二音節の言葉の持つ美しさと切り離せないように思います。その美しさを感じて貰うために、そして日本語の美しさを大切にして貰うために、若い人たちに『仰げば尊し』を歌い続けて貰いたいと願っています。いや祈っています。

 

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

本日「気まぐれ辛口」卒業します。長い間有り難うございました。

私の小学校の卒業式で
人類のためにがんばる子どもたちに
「身を立て名をあげ」
はなじまないので2番は歌わない。
という説明があり、
保護者はびっくりした、
というのを母から聞きました。

「気まぐれ辛口」様

コメント有り難う御座いました。お礼が遅くなりましたが、長い間楽しませて頂き有難う御座いました。今後も「気まぐれ」振りを発揮して、気の向いたときに「辛口」をお寄せ下さい。

「緩和ケア薬剤師」様

コメント有り難う御座いました。お礼が遅くなりました。

それも一つの考え方ではありますが、別の解釈成り立つのではないかと思って書かせて頂きました。

良い歌は歌い継いで行きたいですね。

2017年3月26日 (日)

軍事研究について学術会議が新声明 ――過去二回の声明を「継承」――



軍事研究について学術会議が新声明

――過去二回の声明を「継承」――

 

昨年9月に、軍学共同反対連絡会への参加呼びかけについて報告しました。その後、多くの皆さんの目には触れていなかったのかもしれませんが、大学や研究機関に属する専門家の皆さんは素晴らしい運動を展開して下さいました。


また学術会議の「学術会議の軍事研究拒否声明」見直し反対! 軍事研究解禁反対!の署名を集めていた「change.org」の運動についても報告しました。

 

学術会議は1950年と1967年の二回にわたって、「軍事研究拒否声明」、つまり軍事研究はしませんという決議を行い、その方針を守ってきたのですが、それを投げ捨てて軍事研究に走ろうとしている「科学者・専門家」の一部の動き、またその背後にある防衛省や政府の意図に対して市民の側から明確なメッセージを伝えることが目的でした。

 

学術会議でも当然重大問題として議論が続けられていましたが、昨324日に、新声明が決定されました。

            

Photo

                 

 その内容は、これまでの二つの声明を継承することが中心なのですが、それらが総会での決議によって採択されたのに対して、今回は幹事会での決定という形が取られています。詳しくは、前回も引用した東京新聞の望月衣塑子記者が、検討委員会の段階でまとめた記事をお読み頂きたいのですが、9月と同様に、新声明についての分り易い図が付けられています。

 

 

Photo_2


 また、学術会議の新声明全文は、次のサイトに掲げられています。

http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/pdf23/170324-seimeikakutei.pdf

 

 [お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年2月24日 (金)

トランプ大統領の精神状態 ――専門家の意見が分れています――  


トランプ大統領の精神状態

――専門家の意見が分れています――  

 

「『国家の品格』 ――諸悪の根源は「論理」と「合理的精神」――」では、トランプ候補が論理と合理性の両者を捨てたことで選挙戦に勝利し、アメリカ社会は藤原正彦氏の著書『国家の品格』が理想とする社会に向かうとも考えられるのではないかという問題提起をしました。また、論理と合理性を捨てたトランプ氏を熱狂的に支持した人が多かった事実についても考える必要のあることを指摘しました。そのために、『国家の品格』とそれに対する反論である『「国家の品格」への素朴な疑問』(吉孝也/前川征弘著・新風舎刊)を取り上げる予定でしたが、その前に、論理と合理性を捨ててはいけないことを精神医学や心理学の立場から訴えている専門家たちの声をお届けしたいと思います。

 

恐らく最も注目されたのは、213日付のニュー・ヨーク・タイムズ(NYT)電子版に掲載された、精神医学の専門家35人による警告です。大きな波紋を呼んだ投稿のタイトルは「精神衛生の専門家がトランプ氏についての警告をする」です。専門家としての観察は次のような内容です。

「トランプ氏の発言や行動は、異なる意見を受容する能力に欠けることを示し、その結果、怒りという反応を示す。彼の言葉や行動は他者への共感能力に著しく欠けることを示している。こうした特徴を持つ個人は、自分の精神状況に合うように現実を歪めて捉え、事実と事実を伝えようとする人物(ジャーナリストや科学者)を攻撃する」

 

そして結論としては、次のように述べています。

 

「トランプ大統領の言動が示す重大な情緒的不安定さから、私たちは彼が大統領職を瑕疵なく務めることは不可能だと信じる」

 

NYTへの手紙の中で、これら35人の専門家は、1973年にアメリカ精神学会が制定した「ゴールドウォーター・ルール」を破っての行動であることを宣言しています。そのルールの内容は、精神科医がニュース・メディアと精神医学についての話をすることは許されるけれど、自分が直接診察したことのない人について、さらにその人の合意なく、精神医学的な診断を行い公開することは許されない、というものです。

 

このルールが作られた背景には、1964年の大統領選挙で、『ファクト』という雑誌が、共和党のバリー・ゴールドウォーター候補の精神状態について、精神医学の専門家の意見調査を行いその結果を掲載したことがあります。ゴールドウォーター候補に取って大変不本意な内容でしたので、同氏は名誉棄損で訴え勝訴したのです。

 

このルールを守らない理由として、35人の専門家は次のような見解を示しています。

 

「これまでこのルールを守って沈黙を続けてきたことによって、今という危機的状況にある時に、不安に駆られているジャーナリストや国会議員に専門家としての力を貸すことができなかった。しかし私たちは、これ以上沈黙を続けるにはあまりにも重大な危機に瀕していると考える。」

 

それだけではありません。以前にも報告したChange.orgを使っての署名運動が展開されています。35000人の精神衛生の専門家の賛同を呼び掛けてこの運動を始めたのは、心理学者・精神科医のジョン・ガルトナー博士です。現在、28000人を超える署名が寄せられています。まずはそのページです。

 

               

Changeorg

             

 呼び掛け文を訳しておきましょう。

 

「私たち、精神衛生の専門家として下記のごとく署名をした者たち (署名に際して、御自分の持つ資格を明記して下さい) は、ドナルド・トランプがアメリカ合衆国の大統領としての義務を適切に果す上で、心理学的な能力に欠けることを明確に示す精神疾患を患っているとの判断が正しいと信じている。よって、「(大統領としての) 権限を行使したり義務を果たすことが不可能な場合には」大統領の職務から解任される、と述べている米国憲法修正25条の第3項に従って、彼が大統領職から解任されることを謹んで要請します。」

 

ガルトナー博士はゴールドウォーター・ルールについても、それが制定された時とは条件が変わってきていることを、『フォーブズ』誌のエミリー・ウィリングハムさんの記事で指摘しています。

 

大きな違いの一つは、その後、アメリカの精神医学会がDSM (精神疾患の診断・統計マニュアル) と呼ばれるマニュアルを採用した結果、個人の言動についてのいくつかの客観的に判断できる基準を満たせば特定の精神疾患に罹っていることを判断できるようになったことだと主張しています。それに従えば、ある人物について直接の診察をしなくても精神疾患についての判断が出来ようになったから、ゴールドウォーター・ルールの適用はあまり意味がなくなったという結論です。

 

参考までに、ガルトナー博士がトランプ大統領の疾患として特定している「自己愛性パーソナリティー障害」をDSMの第4版では次のように規定しています。

 

誇大性(空想または行動における)、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

1. 自分が重要であるという誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)

2. 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。

3. 自分が特別であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達(または団体)だけが理解しうる、または関係があるべきだ、と信じている。

4. 過剰な賛美を求める。

5. 特権意識(つまり、特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)

6. 対人関係で相手を不当に利用する(すなわち、自分自身の目的を達成するために他人を利用する)。

7. 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。

8. しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。

9. 尊大で傲慢な行動、または態度

— アメリカ精神医学会DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル]][9]

 

この意見に対する反論も当然あるのですが、このDSMの筆者の一人であるアレン・フランシス博士は、トランプ氏の言動に問題のあることは認めるが、例えば何人かの人たちが主張しているような「悪性の自己愛性パーソナリティー障害」としての認定はできない、と述べています。

 

その他の反論もあります。もう一つ、仮に精神疾患があったとしても、そのこと自体が大統領としての不適格性を示すことにはならないという指摘もあります。それは過去の大統領の言動を、DSMに従って篩に掛けると、精神疾患があると認められる人が何人もいるにもかかわらず、大統領としての職務はこなしている、という指摘です。例えばリンカーンはうつ病だったと信じられていますが、偉大な大統領の一人としても不動の地位を占めています。

 

また別の面からの批判もあります。ニュー・ヨーク・タイムズのリチャード・フリードマン氏は、人間としてのモラルの欠如や政治家としての不適格性を「精神疾患」だからと言ってしまうことで、その本人の政治的・倫理的・人間的等の責任を免除してしまうことになる危険性のあることを指摘しています。

 

難しい議論なのですが、マスコミを通して日本で政治家の評価をする際に、このような知的なレベルでのやり取りにはほとんどお目に掛かったことがないような気がします。『国家の品格』の視点からは、どう判断すべきなのでしょうか。そして、アメリカでトランプ大統領が誕生したことは事実ですが、アメリカ社会はまだ「論理」も「合理性」も捨ててはいない、と言って良いのでしょうか。

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年1月21日 (土)

軍学共同反対運動 --その後も頑張っています--

軍学共同反対運動

--その後も頑張っています--

 

9月に二回にわたって 報告した軍学共同反対連絡会を軸にした運動ですが、その後も素晴らしい活動を続けています。そして、この運動は、歴史的著名人の三世の活動との関連で考えるに至った、「今、私たちは戦争への道を歩む為政者にどう向き合えば良いのか」、という問への一つの回答になっています。

 

軍学共同反対連絡会の最近の活動は、次のサイトで御覧になれますが、その一つは、署名運動です。内容は、防衛装備庁に「安全保障技術研究推進制度」の廃止を要請すること、全国の大学・研究機関にこの制度に応募することのないよう求めること、その両方を盛り込んだ要望書に賛同する署名です。WEB署名と署名用紙による署名の両方ありますが、軍学共同反対連絡会事務局が責任を持って集約してくれるそうです。第一次署名集約は2017228日の予定です。要望内容は以下の三点です。

 

1. 防衛装備庁は「安全保障技術研究推進制度」を廃止する

 

2. 各大学・研究機関は「安全保障技術研究推進制度」への応募を行わない

 

3. 各大学・研究機関は軍事的研究資金の受け入れを禁止する規範や指針の策定、平和宣言の制定を検討する

 

その他にも、様々な活動が多くの大学や研究機関その他の組織、そして市民レベルで行われているのですが、詳しくは、軍学共同反対連絡会に参加して、ニュースレターなどをお読み頂くのが正確かつ迅速です。


それでも、ざっとお浚いをしておくと、例えば115日には、明治大学が全国紙三紙に「人権と平和を探求する明治大学」というタイトルの全面広告を出しています。その中で、大学としての方針として「軍事利用・人権抑圧等、平和に反する内容を目的とする研究・社会連携活動を一切禁止」していることを高らかに宣言しています。また、明治大学付属明治中学校の入試問題には、「平和憲法を守るために何ができるか」という趣旨のものがあったそうです。しかもそれが、日能研の車内広告に出ていたというのですから、感動ものです。

 

Photo

 
 それだけではありません。明治大学のホームページのトップには、こんなメッセージも。知的リーダーの役割をこのようにしっかり果すのが大学本来の姿です。

            

Photo_2


 慶應義塾大学では、軍学共同問題研究会を設立して活発な活動を続けています。また大学や駅前等で、シール投票をしながらこの問題についてのアピールをしている人たちもいますし、大小の規模のシンポジウム、研究会、勉強会などが開かれています。

 

2014年には武器禁輸三原則が捨てられ、その代りに「死の商人」としての役割を果せるように「防衛装備移転原則」が採用されました。日本製の電気製品や車が世界で評価されたのは、品質が高く値段も低く抑えられていたからです。武器を売るためにも、今まで以上の効率的に戦争をし、人を殺し物を壊すための技術がなければ売れません。その技術を生むための研究を奨励している制度を廃止するために、是非、多くの皆さんの協力をお願いします。

 

  

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年1月18日 (水)

歴史的人物たちの真実 (2) ――学者は戦争とどう向き合うべきなのか――


歴史的人物たちの真実 (2)

――学者は戦争とどう向き合うべきなのか――

 

 

オットー・ハーン博士 (以下略してOHと表記します。他の科学者についてもタイトルは略します。) のナチス・ドイツ時代の立場、「オットー・ハーン博士の孫 その2」で説明しましたが、OHにとっての核分裂は純粋に化学的な出来事であって、それを元に核爆弾を造るということなど考えてもいなかったし、不可能だと予測していたようです。核分裂発見直後に、アメリカで核爆弾が作れるはずだと予測した核物理学者たちに対しても、「あんなことで騒げるのは物理学者だからだ」といった評価だったようです。

 

そして、1933年にナチスに支配されたドイツを離れアメリカに行ったものの、その後ドイツに戻って研究を続けています。このことは、同じ年にアメリカに亡命したアインシュタインとの対比で批判的に語られることもありますが、1938年の核分裂発見、またそれ以前の多くの新元素や放射性同位体の発見当の流れを考えると、研究環境と共同研究者としてのリーゼ・マイトナーやフリッツ・シュトラスマンがいたという点で恵まれていたことが大きかったのではないでしょうか。

              

041

               

リーゼ・マイトナーとオットー・ハーン

 

その後、ユダヤ人のリーゼ・マイトナーにはナチスの迫害の危険が迫り、OHも含む科学者たちの助けでスエーデンに亡命します。1943年にマイトナーは、原爆の開発に参加して欲しいとイギリスから誘われますが、「爆弾に関わる気はない」と言って断っています。戦後マイトナーは、ナチス時代の科学者の役割について、「科学者がもっとナチスに対抗すべきだったし、その点についての反省も行うべきだ」と主張し、OHをも含めて批判していますが、OHとの交流は続けていましたし、ドイツからの様々な賞等も受賞しています。

 

ナチスによって強制収容所に送り込まれ大きな被害を受け、それでも生き残った人たちからはもっと強い非難の声があっても当然なのですが、それを考える上でもう一人、ナチス時代のドイツの科学界のリーダーだった、ヴェルナー・ハイゼンベルクの役割にも注目したいと思います。連合国側の諜報組織であるアルソス・ミッションがドイツに侵入して集めた資料で、1944年の時点では、ナチス・ドイツが原爆を所有していないことが明らかになりましたし、そのあと、短期間で開発に成功する見込みもないことが分っていました。

 

ハイゼンベルクは、理論的には十分だが、実際に爆弾を作るのには人も資材もお金も足りないと考えていたようなのですが、この時期を巡って、いくつかの興味ある「噂」があります。例えば、ハイゼンベルクの役割について、彼ほどの力のある物理学者が率いる研究チームが原爆を製造できないはずがない、という前提で考えると、ハイゼンベルクはナチスが原爆を持てないように、内部で画策したのではないかという説です。製造に必要な理論を導くのに3次元モデルを使わなくてはならないにもかかわらず、ハイゼンベルクは仲間たちに2次元モデルでの解決を求めた、というのです。もしそれが本当なら、問題は解けず、原爆は造れないことになります。この話をしてくれた同僚は、それも科学者としての一つの選択肢だと語っていました。

 

Photo

ヴェルナー・ハイゼンベルク

 

真実は藪の中ですが、歴史的事実を謙虚に振り返ることが大切なのは言うまでもありません。しかし、それ以上に大切なのは、今、私たちが同じような問題に直面したときにどう考えどう行動するのか、という点です。過去の事実がそれに役立つのであれば、賢い選択を行うために活用すべきでしょうし、そうでなければ、自分の頭で考えることになるのではないでしょうか。「過去」 = 「昔のこと」 = 「自分には関係ない」こととして、上から目線での評論をしていれば事足りるのではないことを再確認しておきたいと思います。

 

 [お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

広島ブログ
広島ブログ

2017年1月17日 (火)

歴史的人物たちの真実 ――いわれなき誹謗中傷に晒させることも――


歴史的人物たちの真実

――いわれなき誹謗中傷に晒されることも――

 

 

「歴史的人物」で真っ先に頭に浮ぶのは、湯川秀樹博士です。子どもの頃、日本人で初めてノーベル賞を受賞したというニュースが、日本全国を歓喜の嵐で包んだことと無関係ではありません。そして、中学に入ってからだと思いますが、湯川先生の自伝『旅人』が、ラジオで毎日か週一だったのか記憶は定かではありませんが、朗読される番組がありました。それを聴くために、午後6時には必ず家に帰っていたほどでした。

 

その中のエピソードで良く覚えているのは、夢の中で思い付いたアイデアを忘れないようにするため、枕元にノートと鉛筆を置いておき、目が覚めると忘れないうちにそのアイデアを書き留めていたということです。確か、中間子の理論もそのノートのお蔭で完成したということだったので印象が強かったのだと思います。

 

天才的数学者岡潔博士もエッセイ集の『春宵十話』等の中で、数学的問題を解決するために、台風の接近する海を見たくて危険を承知でフェリーに乗ったとか、北海道大学の研究室では寝てばかりいて「嗜眠性脳炎」という綽名を付けられたといったエピソードを披露しています。

              

Photo

 

「歴史的人物」や「偉人」と呼ばれる人たちの、こうした浮世離れしたエピソードばかり読んでいたせいなのかもしれませんが、彼ら/彼女らが社会との接点を持ち、そして中にはその接点が、御本人に取っては必ずしも好ましいものだけではなかったことさえ、長い間想像できませんでした。特に私が尊敬していた人物についてはその傾向が強かったような気がします。

 

勿論、成長するに連れ「偉人」や「歴史的人物」のリアルな側面についても学ぶことができましたので、子ども時代のような偶像崇拝には縁がなくなっていました。でも最近、改めて現実の厳しさを感じることがあり、「偉人」や「歴史的人物」の「偉大さ」を考える上で、そのような厳しさを乗り越えた事実も合わせての「偉大さ」なのだということを痛感しています。

 

きっかけを作ってくれたのはキャノン氏です。その前に、戦後のアメリカを振り返っておきましょう。

 

1946年の夏、彼の祖父ジョン・ハーシー氏のレポートが『ニューヨーカー』に掲載されたのは、アメリカの世論の9割は「原爆投下が正しかった」と考えていた頃です。一日に30万部も売れたのですから、多くのアメリカ市民があるいは直接そのレポートを読み、あるいはそのレポートの報道や抄録に触れ、音声化された番組を聞いてショックを受けたことは当然です。その結果、原爆についての疑問が生じたのも自然だったはずです。

 

それは、原爆投下を正当化しなくてはならない立場だった米政府や軍産複合体 (当時この言葉はまだありませんでしたが) にとっては「不都合な真実」でした。正当化のために当時のエスタブリシュメントは、真珠湾攻撃の悪辣さの誇張、対ソ連戦略としての力の外交の強調、原子力の「平和利用」の積極的推進、そして「不都合な真実」のメッセンジャーだったハーシー氏の抹殺等の手段を取りました。

 

ハーシー氏に対する脅迫や嫌がらせは勿論、マスコミ界からも一部を除いて距離を置かれることになり、CIAその他の諜報機関の監視下に置かれ、家族も含めて精神的にも痛め付けられることになりました。

 

そのくらいのことをするのが当り前なのは、真珠湾攻撃と原爆投下の正当化についてのアメリカ政府や関係者そしてマスコミの説明が、だんだん膨らんでいったことからも明白です。前にも述べたように、トルーマン大統領の原爆投下直後の記者会見で、原爆投下により救われたアメリカ人の数は25万人でした。それが50万になり、のちにイギリスの首相チャーチルは150万とまで言っています。

 

Photo_2

 

ハーシー氏は、原爆投下を正当化し核兵器と核抑止論を信奉する側の人たちから批判され、攻撃されたのですが、ナチスの被害を蒙り、二度とそのような悲劇を繰り返してはならないと考え行動する側の人たちからの批判の対象になったのが、オットー・ハーン博士です。

 

次回に続きます。

 

 

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

 

広島ブログ
広島ブログ

2017年1月13日 (金)

オットー・ハーン博士の孫 ――科学と人類と平和のための人生―― その1

オットー・ハーン博士の孫

――科学と人類と平和のための人生――

その1

 

歴史的な人物三人の三世について考えることで、先人たちの遺産を私たちがどう継承して行けば良いのかについてのヒントを得るために、歴史的人物ならびに三世がどのような人生を送ったのかを簡単に復習していますが、今回はオットー・ハーン博士とその孫、ディートリッヒ氏です。

              

129_dsc03274_2

               

 

実はディートリッヒ氏は2013年の9月末から10月に掛けて広島を訪れています。広島大学で二つの講演をしてくれたのですが、その内容を『数学教室』という雑誌の20142月号で簡単に紹介しています。ちょっと長めですので、二回に分けてお読み頂けたらと思います。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 2013930日と102日の二回、オットー・ハーン氏の孫である、ディートリッヒ・ハーン氏による講演会が広島大学で開催されました。102日の講演は私が英語で教えている大学院レベルの授業Peace Creation by Cities and Citizens」の第一回目の講義の時間を充て同時に大学主催の平和講演という位置付けにもして貰いました

英語で行われる授業の一環ですので、当然、言葉は英語なのですが、学生や職員以外の方にも参加を呼び掛けていましたので、念のため、最初に講演内容の大雑把な要約をした上で、アウトラインとキーワードを日本語で記した資料を配りました。

 930日は、市民向けの講演でしたが、結果的には、それほど違った内容ではありませんでした。ただ、市民向けですので、日本語の通訳が必要でした。そのため時間的にはきつかったのですが、オットー・ハーン氏の両親の写真から始まって100枚以上の貴重な写真に沿いつつハーン氏の人生を辿る興味深い話になりました。結局、予定していた時間を30分以上超えても、熱心に聴き続ける人がほとんどで、主催した私たちがかえって感激してしまうほどでした。

参加者数は、市民向けの講演で約95人、学生・職員向けの方は46人でした。

 

Otto Hahn Peace Medal in Gold》 (オットー・ハーン平和賞」と略)  


ディートリッヒ・ハーン氏(以下、ディートリッヒ氏と略。オットー・ハーン氏はOHと略)がそもそも広島訪問するに至ったきっかけは、今年の4月にベルリンで開かれたオットー・ハーン平和賞の授賞式で、この賞の創設者であるディートリッヒ氏にお会いしたことでした。


ディートリッヒ氏は、お祖父さん子です。それは、OHの一人息子であるハンノと彼の妻イルゼ、つまりディートリッヒ氏の両親は、まだディートリッヒ氏が子どもの頃に交通事故で亡くなり、ディートリッヒ氏は御祖父さんに育てられたからです。そのせいもあり、ディートリッヒ氏はOHに関しては世界で最高の理解者であり、資料をふんだんに使った500ページもの伝記も著しています。


ディートリッヒ氏と話すうちに、彼の「ヒロシマ」に対する特別な気持は、お祖父さんから受け継いだものであることが良く分りました。また、できるだけ早く広島を訪れたい、という気持も良く理解できました。そして広島で、OHについての講演ができれば、という希望にも沿いたいと思いました。日程を調整して、広島訪問は9月末から10月にかけて実現することになりました。 

 

《広島で》

 広島到着は夜でしたので、次の日には先ず、平和公園の慰霊碑に献花することから日程が始まりました。慰霊碑の前で、長い時間、頭を垂れて黙祷。そして最後には、両手を胸の前で合わせるタイ式のお辞儀で終わる、お祖父さんの代理という意味も込めての敬虔な時間でした。ディートリッヒ氏の奥様はタイ人ですので、タイ式のお辞儀は自然なのですが、彼自身の気持そして何よりお祖父さんの気持を表すのに一番相応しい形だったように思います。


続いて、ピースボランティアの橘光生氏と原田健一氏が平和記念資料館を案内してくれました。特に原田氏の英語による詳細かつ正確な案内で、被爆の実相についての理解が深まったそうですし、被爆者寺本貴司氏の被爆体験証言には心からの感動を覚えたと語ってくれました。


軽い食事、と言ってもディートリッヒ氏はベジタリアンで、量もそれほど多くは食べない人なので、それで十分だったようですが、日本の食事は気に入ってくれました。そして7時から、広大の東千田キャンパスで講演が始まりました。


ディートリッヒ氏は、1946年 フランクフルト・アム・マインで生まれました。芸術史家のハンノ・ハーン(1922-1960)の一人息子、核化学者オットー・ハーン(1879-1968)のただ一人の孫です。ベルリン芸術大学卒後、ジャーナリスト・(劇場・芸術等の)広報・マスコミ・コンサルタント、俳優としても活躍し、オットー・ハーンならびに核分裂の歴史についての数冊の書籍の執筆、編集に携わりました。また、ドイツ・ベルリン国連協会が授与する「オットー・ハーン・ピース・メダル・イン・ゴールド」の創設者で、ミュンヘンの「科学振興のためのマックス・プランク研究所」会員、ニューヨーク科学アカデミーの外国人会員でもあります。


「オットー・ハーン・ピース・メダル・イン・ゴールド」は1988年に創設され、2年に一度「平和と国際理解への卓越した貢献」に対して贈られます。ベルリン市長とドイツ国連協会の会長からメダルと賞状が手渡されます。これまでの受賞者の中には、哲学者のカール・ポパー、音楽家のユーディ・メニューイン、ミリアム・マケバやダニエル・バレンボイム、作家のハンス・キュング、政治家では、ミハエル・ゴルバチョフやメリー・ロビンソン等が入っています。そしてモハメッド・アリも受賞者です。

 

 [お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

  

広島ブログ
広島ブログ

2017年1月10日 (火)

正しくは「兵庫教育大学大学院」です。 お詫びして訂正します。


正しくは「兵庫教育大学大学院」です。

お詫びして訂正します。


お詫びと訂正です。素晴らしい大学院とそのコースを御紹介しようと、力は入ったのですが、大学の名称を誤ってタイトルにしてしまいました。正式名称は「兵庫教育大学大学院」です。お詫びして訂正します。

 

Photo_3

                             

 最低限、ワープロの誤変換は見逃さない、と決意したばかりなのに、それ以前のミスでお恥ずかしい限りです。やはり、ちょっと時間が掛かっても、もう一度「推敲」です。

 

 

以下、本文です。


19日は月曜日ですが、成人の日ですのでもちろん休日(祝日)です。大学の正規の授業にゲスト・スピーカーとして招かれることはあるのですが、それが休みの日ということはほとんどありませんでした。大学そのものが休みだからです。しかし、今回話をした兵庫教育大学大学院のグローバル化推進教育リーダーコースでは、休日に授業をすることがこのコースの存在意義と本質的に関わっています。

                

1

             

 Photo


グローバル化する世界で活躍できる人材を育成することの重要性は言うまでもありませんが、その育成を担当する人たち、つまり教える側の教職員たちがいなければそれは不可能です。「グローバル化教育」という言葉で具体的に何を指すのかは長くなりそうですので、イメージとして御理解頂いたとして先に進むと、既にグローバル化教育を実践している、あるいはこれから導入しようとしている中学校や高等学校、高専等で、そのリーダーとしての役割を果せる人を育成するのが、グローバル化推進教育リーダーコースです。つまり、グローバル化教育チームのキャプテンを養成するための教職大学院のコースです。

 

そのために、教育現場で実際にグローバル化教育のどこかの分野での仕事に今携わっていながら、大学院で勉強する意欲を持ち、リーダーとして新分野開拓のために頑張りたいと思う人を対象としてこのコースが作られています。

 

またまた前置きが長くなりましたが、教育現場で教員としての仕事をしながら土日や祝日、また夏休みなどの休業の時を使って授業を受けることが基本の大学院ですので、成人の日に授業があってもおかしくない、という説明をした積りです。

 

さて、教員と学生という二足の草鞋を履く意欲ある院生をサポートし、このコースの目的を達成するために、実は感心するほど柔軟な形での授業が行われています。「ビデオ・オン・デマンド」つまり必要に応じて事前に準備されたビデオを通して学習したり、Skypeを使って教授との一対一の質疑ができたり、場合によっては出前授業まで取り入れられています。講義等のスケジュールも、「本職」に支障がないように組まれています。しかし、現職の教員としてきちんとした仕事をしながらの勉強ですから、院生本人の堅い意志がなければ続きません。

 

実は、このコースのユニークさに圧倒されながら三人の大学院生と午前と午後、二回にわたって私のこれまでの仕事とグローバル化の意味や具体例等についてずいぶん突っ込んだ遣り取りをしました。その中で、教育に携わる若い世代の人たちの人生設計が私たちの時代と比べて、ラディカルに多様化していることを知り、また教員と学生との二重のコミットメントをしっかりとこなしている姿を見て、若い世代に寄せている私の期待がさらに大きくなりました。具体的に三人を紹介したいのですが、個人情報に関わることですので今回は割愛します。

 

神戸からの帰りの新幹線中で書いている原稿ですので、I先生に送って頂いた写真をアップすることで終りたいと思います。参加者の皆さんからは、写真を公開することについて了承して頂いています。

  

Photo_2

 

  

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

  

 

広島ブログ
広島ブログ

コメント

秋葉先生、昨日は貴重なお話とお時間ありがとうございました。
お話の内容や先生の守備範囲の広さ・深さに圧倒されましたが、何より先生のお人柄に触れることができ、勝手ながらとても親近感を抱くことができ嬉しく思いました。
またお会い出来ることを楽しみにしております。
大学院とともにご紹介頂きありがとうございます。

「Mizuno」様

コメント有り難う御座いました。院生の皆さんにお会いでき、それぞれ、仕事と勉学を両立させるという厳しい環境の中で、しっかり勉強・研究し未来へつなげている姿に、心から感動しました。

歳を取ることのメリットの一つは、若い時とは違った時間軸で物事を見られるようになることですが、その視点から発見したことを若い世代の皆さんと共有し、若い世代の皆さんがより多様な角度から未来のデザインをして行くお手伝いができることだと思っています。

次回は、今回に続いて、より広い範囲を「共有」出来ればと思っています。

兵庫教育大学大学院      グローバル化推進教育リーダーコース


兵庫教育大学大学院

グローバル化推進教育リーダーコース

 

最初にお詫びと訂正です。この素晴らしい大学院とそのコースを御紹介しようとする中で、大学の名称を誤って書いてしまいました。正式名称は兵庫教育大学です。お詫びして訂正します。以下本文です。


19日は月曜日ですが、成人の日ですのでもちろん休日(祝日)です。大学の正規の授業にゲスト・スピーカーとして招かれることはあるのですが、それが休みの日ということはほとんどありませんでした。大学そのものが休みだからです。しかし、今回話をした兵庫教育大学大学院のグローバル化推進教育リーダーコースでは、休日に授業をすることがこのコースの存在意義と本質的に関わっています。

                

1

             

  Photo


グローバル化する世界で活躍できる人材を育成することの重要性は言うまでもありませんが、その育成を担当する人たち、つまり教える側の教職員たちがいなければそれは不可能です。「グローバル化教育」という言葉で具体的に何を指すのかは長くなりそうですので、イメージとして御理解頂いたとして先に進むと、既にグローバル化教育を実践している、あるいはこれから導入しようとしている中学校や高等学校、高専等で、そのリーダーとしての役割を果せる人を育成するのが、グローバル化推進教育リーダーコースです。つまり、グローバル化教育チームのキャプテンを養成するための教職大学院のコースです。

 

そのために、教育現場で実際にグローバル化教育のどこかの分野での仕事に今携わっていながら、大学院で勉強する意欲を持ち、リーダーとして新分野開拓のために頑張りたいと思う人を対象としてこのコースが作られています。

 

またまた前置きが長くなりましたが、教育現場で教員としての仕事をしながら土日や祝日、また夏休みなどの休業の時を使って授業を受けることが基本の大学院ですので、成人の日に授業があってもおかしくない、という説明をした積りです。

 

さて、教員と学生という二足の草鞋を履く意欲ある院生をサポートし、このコースの目的を達成するために、実は感心するほど柔軟な形での授業が行われています。「ビデオ・オン・デマンド」つまり必要に応じて事前に準備されたビデオを通して学習したり、Skypeを使って教授との一対一の質疑ができたり、場合によっては出前授業まで取り入れられています。講義等のスケジュールも、「本職」に支障がないように組まれています。しかし、現職の教員としてきちんとした仕事をしながらの勉強ですから、院生本人の堅い意志がなければ続きません。

 

実は、このコースのユニークさに圧倒されながら三人の大学院生と午前と午後、二回にわたって私のこれまでの仕事とグローバル化の意味や具体例等についてずいぶん突っ込んだ遣り取りをしました。その中で、教育に携わる若い世代の人たちの人生設計が私たちの時代と比べて、ラディカルに多様化していることを知り、また教員と学生との二重のコミットメントをしっかりとこなしている姿を見て、若い世代に寄せている私の期待がさらに大きくなりました。具体的に三人を紹介したいのですが、個人情報に関わることですので今回は割愛します。

 

神戸からの帰りの新幹線中で書いている原稿ですので、I先生に送って頂いた写真をアップすることで終りたいと思います。参加者の皆さんからは、写真を公開することについて了承して頂いています。

  

Photo_2

 

  

[お願い]

文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。

  

 

広島ブログ
広島ブログ

より以前の記事一覧

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31