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学問・資格

2019年7月16日 (火)

7月22日に、「数学月間」の懇話会で話をします ――関東地方の皆さん是非お出で下さい――

皆さん。7月22日から8月22日の間を「数学月間」と呼んで、「社会が数学を知り、数学が社会を知る」を合言葉に、全国各地で、数学への関心を高めるための様々なイベントを企画したり応援したりしているNPO法人のあることを知っていますか。それが「数学月間の会」なのですが、7月22日の午後2時から、東大の駒場キャンパスで懇話会を開催します。関心のある方ならどなたでも参加して頂けますので、是非お出で下さい。

会の詳細をお知らせする前に、何故7月22日から8月22日なのかの理由を聞いて下さい。数学で大切な定数の一つが、円周率、つまりΠ(パイ)であることは御存知だと思います。例の、「3.1415・・・・・・」と続く数字ですが、円の外周の長さを円の直径で割った数値です。

Photo_20190715224501

πについてのAERAの記事から

この数字は無理数ですので、少数を使って表そうとすると、「無限小数」つまり、永遠に続く少数になるのですが、昔から、この数を有理数、つまり分数で近似することが行われてきました。その中でも多くの人が使ってきたのが、22/7です。つまり、22を7で割った数なのです。ここから、7月22日を思い付くのは簡単ですね。

8月22日も、数学の知識のある人には納得して貰える数なのですが、術語を使えば「自然対数の底」、数学の記号としては「e」が使われる数値です。こちらの近似値として使われてきたのが、22/8、つまり、22を8で割った数なのです。

前置きが長くなりましたが、懇話会のお知らせです。

 

  「数学月間懇話会(第15回)」

  • 722日,14:0017:30(開場13:30
  • 東大駒場,数理科学研究科002教室.

 

  14:00-14:20 片瀬豊さんと数学月間,谷克彦

  (休み10分)

  14:30-15:20 教育数学と高大接続,岡本和夫(東京大学名誉教授)

  15:20-15:50 質疑応答

  (休み10分)

 

  16:00-16:50 数学書として憲法を読む,秋葉忠利(前広島市長)

  16:5017:20 質疑応答,本サイン会

 

  主催● NPO法人数学月間の会,日本数学協会

  参加費● 1000円(高校生,中学生は無料)

 

その後に懇親会があります。隣建屋のイタリアントマトに行って,各自払いで注文し適当に椅子に座りお話しします.17:40ごろからでしょう.

私の出番を強調させて頂きましたが、多くの皆さんに御参加頂ければ幸いです。

[2019/7/16 イライザ]

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2019年6月21日 (金)

自動車運転の安全性を高めるために (1) ――客観的なデータで議論しましょう――

高齢者がブレーキとアクセルを踏み間違えて、死亡事故を含む深刻な事故が起きている。この事態を解消するために、出来るだけ早く高齢者から免許証を取り上げるべし。


といった趣旨の全国的キャンペーンが、マスコミ主導で全国的に広がっています。何故、このように理不尽なキャンペーンが展開されているのかについては、このところ始った秋篠宮バッシングとともに、近い内に分析しますが、まずは、高齢者と交通安全について、少し冷静に考えてみたいと思います。

出発点は、客観的なデータによって状況を把握することです。意外な真実が見えてきますし、見えるべきデータが公表されていないことにも気付くはずです。

まずは、高齢者が交通事故でどのくらいの数死亡しているのかを見てみましょう。警察庁交通局交通企画課が発表した、2018年10月末の「交通事故統計」に掲載されている分り易いグラフです。

Photo_20190620221401

「年齢層別・状態別死者数」のグラフです。手前から奥に行くにしたがって年齢層が上がっています。一番奥は、65歳以上です。また、「677」人と死亡者数がいた番多いのは、65歳以上の歩行者です。それは、左から右に移る列では、一番左が「自動車乗車中」、そして右から二番目が「歩行中」そしてその左隣りも死者数が「234」人と多いのですが、これは自転車乗車中です。

「歩行中」という状態が示しているように、これは、高齢者が加害者ではない事故による死者も含まれています。簡単に言ってしまえば、高齢者が被害を受けその結果死亡した交通事故を数えているのです。自ら危険運転をして亡くなった場合も含まれますので、全て相手が悪い訳ではありません。

問題の一つは、このグラフに劇的に示されているほど多くの高齢者が交通事故で死亡しているのですが、これを放置しておいて良いことかという点です。この統計に示されている高齢の死亡者を減らす対策も、高齢者が起こす事故と同じくらい熱心に推進されてしかるべきなのではないでしょうか。横断歩道以外で道路を横断したり、走行中の車の直前や直後を横断する等の「法令違反」が約半数なのですが、残りの約半数には過失がないのですから、高齢の歩行者を守るための対策という視点ももっと強調されてしかるべきでしょう。

免許の返納と、高齢の歩行者が事故で死亡するケースを結び付けることも可能です。論理的には問題はあるのですが、分り易い喩えで問題点をアピールしておきます。仮に、高齢の運転者が免許証を返納すれば、歩くか自転車に乗るかという交通手段を取らざるを得ません。それは、死亡率としては運転より倍近い可能性の交通手段を偉ぶ事になるのですから、より深刻な生命の危険にさらされることになるのです。そんな犠牲を強いるだけの信頼できる根拠が実際にあるのでしょうか。

思った以上に説明が長くなってしまいました。この項は続きます。

 [2019/6/21 イライザ]

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2019年6月10日 (月)

認知機能検査の結果

先日、自動車教習所で、認知機能検査を受けた報告をアップしました。その結果として受ける高齢者講習の時間が二時間で済み、また受講料も安くなるように、「受験勉強」をしたこともその内容もお伝えしました。

さて、その結果が届きました。予想通り、100点です。

190608

これで自信が付きましたので、新たなチャレンジに挑戦します。もし、認知機能検査のお知らせを受け取った方で、チョッピリ不安をお持ちの方がいらっしゃるようでしたらお知らせ下さい。「受験勉強」のお手伝いを致します。このブログのコメントとして残して下されば、情報は公開せず、こちらから御連絡致します。

[2019/6/10 イライザ]

 

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2019年6月 6日 (木)

認知機能検査

今年の誕生日 (正確には、それプラス一月) までには、運転免許証の更新をしなくてはなりませんが、その前段として二つのステップを踏まなくてはなりません。一つは、前回既に受けた高齢者講習ですが、今回はそれに加えて、「認知機能検査」を受けなくてはなりません。その点数次第で、高齢者講習の時間と受講料が変ってくるのです。

先月、公安委員会から、認知機能検査の通知が来ました。

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早速、近くの自動車教習所で予約をして、今日検査に行ってきました。結果は、10日から2週間くらいの間に郵送してくれるようなのですが、恐らく100点が取れていると思います。それは、もう既に検査を受けた友人から情報を貰い、ネットで調べて準備をしていったからです。自分だけで準備をするのが不安な方には、2000円程度で、検査のための記憶術を書いた本を買うこともできます。ネットでの情報は例えばこちらのサイトを御覧下さい。問題も含めて、この検査については、警察庁や警視庁等のサイトにも載っていますので、そちらも参考になさって下さい。

この検査で一番難しいのは、16枚の画像を見せられて、それを全て書き出すという検査です。昔なら、一度見ただけでこのくらいの枚数は簡単に覚えられたのですが、「寄る年波」には勝てず、記憶する方法を考えました。それをここで公表しますので、役に立てて下さい。

実は友人と話をしたときに、「こんな準備をして検査を受けるのはルール違反ではないか」という疑問を投げ掛けたのですが、「そんなことないだろう。ネットで調べて準備をすることも含めて、準備ができるのも認知機能の一部だと考えられるのではないか。それも含めての検査のはずだ」という明快な答えが返ってきましたのです、その線で準備するのは問題ないという前提です。

まずは、16枚の画像を御覧下さい。

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ネットで公開されている16枚一組の画像には、4つのパターンがあります。A、B、C、Dと名前が付けられていますが、実は、それぞれの画像は、ある特定のカテゴリーに属するものでした。そのカテゴリーを覚えておけば、16枚はすぐに出てきます。となると、カテゴリーをどう覚えるのかがカギになりますが、これは、「二十の扉」式に分けておくと覚えやすいことが分りました。以下、その説明です。

「二十の扉」では、カテゴリーを三つに分けていました。「動物」「植物」「鉱物」です。それに倣って、この三つから始めます。

まず、「動物」には、哺乳動物、鳥、昆虫、そして人間の体の一部の絵という4種類が出ていました。上の絵では、ライオン、ニワトリ、そしてテントウ虫と耳です。これは、簡単に覚えられます。「植物」は、野菜、果物、花の3種類です。タケノコ、ブドウ、薔薇です。これも覚えるのは簡単です。残ったのは、鉱物ですが、その中に9枚の絵があります。これらを、三つずつのグループに分けて覚えることにしました。

最初の一つは、「屋外」にあるものです。茲には二つのグループがあります。武器・兵器が一つで、もう一つは、交通手段です。それぞれ大砲とオートバイです。

「屋内」にあるものは、二つのグループに分けました。一つは「衣・食・住」で、着るもの、台所用品、そして家具です。これは、スカート、フライパン、そしてベッドです。二つ目は、4つのグループなのですが、「士能工商」と名付けました。「士」は文房具、「能」は楽器、「工」は大工道具、そして「商」は電化製品・電気製品です。それぞれ物差し、オルガン、ペンチ、そしてラジオです。

このグループ分けを覚えるのは簡単だと思いますので、それを元に、まず上の16枚の画像の一つ一つが、どのグループに属するのかを確認した上で、絵を隠して、「動物・植物・鉱物」から始めて、一つずつ思い出してみて下さい。特に75歳以上の方には、次の認知機能検査で使って頂ければ幸いです。

 [2019/6/6 イライザ]

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コメント

歳を取ると、
今話している目の前の人の名前が、思い出せないことがあります。
試験勉強して、効果があるというのも若いうちだけでしょうか。
もっとも私の娘は中学生の頃、昨晩勉強した漢字を翌朝のテストでできませんでした。
我が家は皆生まれた時から認知症のようです。

「ニンチショウ」様

コメント有り難う御座いました。

物忘れに大きな影響のあるのは、睡眠の長さと質らしいです。それについても、最近読みましたので、その中でも面白かったことを近い内にアップします。役立つ情報が含まれている可能性もありますので。

老人介護の現場では、交通事故を上回る転倒死亡事故が問題になっていますが、日本では、他の先進国では禁止されている高齢者への睡眠導入剤が簡単に処方されていることも大きな問題です。先日も知人高齢者が比較的安全だと言われているマイスリーを飲んだ直後に転倒し、救急車で運ばれるという事故がありました。

睡眠薬は睡眠の質を著しく劣化させますが、私の場合、その睡眠薬すら効かないほどの酷い睡眠障害なので、医師からも「記憶については諦めてください」と言われています。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

「睡眠薬すら効かないほどの酷い睡眠障害」とは、大変ですね。マシュー・ウォーカーの『睡眠こそ最強の解決策である』には、「健やかな眠りのための12のアドバイス」が載っていますが、それは既に試された上でのことですよね。

そんな状態であるにもかかわらず、工場長さんの書かれるブログの記事は、それなりに睡眠の取れている私のものなどより、はるかに洞察力に富み、知識のレベルも深いですし、幅も広いのですから、ある意味で「天才的」な人格の一部としての睡眠障害といった位置付けになるのでしょうか。

2018年7月30日 (月)

「アベノミクス」に騙されるな! ――経済も、原点に戻って考えよう――

 

「アベノミクス」に騙されるな!

――経済も、原点に戻って考えよう――

 

台風12号が上陸し、特に小田原から熱海を中心に太平洋側では大きな被害が出ているようです。お見舞い申し上げます。さて、予断は許されませんが、広島県内の被災地への影響は最悪のシナリオにはならなかったようで、少しホッとしています。でも、台風の進路には吃驚しました。Yahooの天気予報で台風を調べたのですが、29日の13時に、台風の中心は宮島の真上でした。そして管弦祭も中止になったとのこと、自然の力の大きさを認識せざるを得ない7月になりました。

 

               

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台風や豪雨災害による被害を最小にするため、政治の果す役割の大きいことは言うまでもありませんが、我が国の政治の最優先事項の一つとして災害対策を捉えるべきだ、という立場から「防災省」の創設を提案しています。

 

市民・国民・庶民の生命や生活には関心のない安倍政権が、世界の見方を一夜にして転換するとは思えませんが、それでも、私たちが少しでも説得力のある材料を見付けて、少しでも多くの人たちと共有し、マスコミの中に少数ながら残っている良識の持ち主たちとも協力して、何とか世論のうねりを作りたいと思っています。

 

そのためには、かなりの程度数値化ができる経済の面からの分析が有効だと思います。幸いなことに、私の身近な人たちの中には金融や経済の専門家も多く、このところ御紹介して来た森嶋通夫先生等、尊敬する経済学者の方たちからも学んできましたし、今で、経済の分野での気骨ある方々の発言には注目してきています。そして、天は私たちを見捨ててはいなかったのです。

 

たまたま目にした立命館大学の太田英明教授の論文は、経済学の基本的な部分と、原点から点検した「アベノミクス」の本質についての「目から鱗」としか表現できない素晴らしいものだったのです。大田先生は広島市の出身で、東大の経済学部を卒業後、ケンブリッジ大学を経て、国連工業開発機関や野村総合研究所、シンガポールの経済研究所、愛媛大学等で国際経済を中心に世界的な研究・調査活動を行い、現在は立命館大学の教授として活躍されています。被爆二世として政治にもずっと関心を持ち続け、専門分野を離れてでも、日本の政治と経済を立て直すという使命に駆られての活動も続けて来られています。

 

それは、2007年に愛媛大学の法文学部論集に掲載された論文「所得格差および税制と経済成長 ――中長期的影響:分配なくして成長なし――」というタイトルにハッキリと示されています。略して「大田論文」、さらに略して「論文」と呼びましょう。勉強の好きな方には、この論文をお勧めします。

 

「アベノミクス」と経済学の基本とを結び付けるために、官邸のホームページから出発しましょう。そこには「アベノミクス」を説明するための、簡単な図式が掲載されています。

 

 

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つまり、「アベノミクス」が目指している「持続的経済成長」のためには、「消費の拡大 ⇒ 企業業績の改善 ⇒ 投資の拡大 ⇒ 賃金の増加 ⇒ 消費の拡大」という、良い循環が作られなくてはならないという、基本が描かれています。

 

それに対して「大田論文」では、所得格差を切り口として、ここに掲げられている4つの項目が、残念なことに上手く回っていないことを示しています。「大田論文」で取り上げているのは、2006年までの日本経済なのですが、それからの10年余りの傾向も基本的には同じだそうですので、説得力のある数字やグラフ、図表等は「論文」からお借りします。

 

論文ですから、短い言葉の中に内容を圧縮し、かつ論理的な議論を展開しています。論文を読むことに慣れていないと、最初の一二行で諦めてしまう人も出てきます。私が一緒に、少し寄り道をしながら、「解説」といった形で「はしがき」の趣旨をお伝えできればと思います。

 

「はしがき」

 

 日本社会における「所得格差」や「経済格差」は悪化しています。まず、所得分配が平等かどうかを示すジニ係数は一貫して「不平等」の方向に悪化しているのです。―― (ここでジニ係数の説明をしたいのですが、長くなりますのでまたの機会にします。大切なのは、この係数は01の間の値を取り、この値が0に低いほど、平等に近い所得分布になっているということです。一人の人だけに所得があり、その他の全ての人は、全く所得がない場合、ジニ係数は1になります)

 その理由としては色々な説明がされています。例えば、(a) 終身雇用制度の崩壊 (b) 正規雇用者と非正規雇用者やパートの間の賃金格差 (c) 高齢所帯の増加 (d) 若者のフリーター層の増加等です。

 しかし、それら以上に説得力のある説明は税制の影響です。税と経済成長についての因果関係については、論文中で検証されます。しかし、経済成長に関係付けるのと同時に、一人一人がどれだけ豊かな生活を送っているのかも大切です。税の面でお金持ちが優遇され、中間層以下の人たちには、そのしわ寄せが押し付けられている事実をしっかり把握することも大切です。

 お金持ちほど、税金の面で優遇されており、その結果足りなくなる分は、中間層以下の人たちの税負担で補っているということを具体的に見てみましょう。

 (a) 80年代から本格化した所得税の累進制緩和によるフラット化の流れがありました。 (b) それに加えて、1989年には逆進性の強い消費税が導入されました。 (c)しかも、その税率は当初の3パーセントから、1997年には5パーセントに引上げられました。(その後、2014年には8パーセントに引き上げ)られました。 (d) 2007年以降本格化する所得控除廃止措置等によって、中間層以下への負担が増加していることが挙げられます。

 それに対して、富裕層は最高所得税率が37 2007年度より40%),地方税は13%(同,10%),合計50%と80年代初の90%程度に比べ大幅に負担が軽減されています。

 こうした施策を正当化するために、「トリクルダウン」理論という、とんでもない考え方が使われてきました。つまり、お金持ちが自由に使えるお金が増えると、「金持ちは沢山お金を使う ⇒ それが段々下にまで落ちてきてさらなる消費につながる」から社会全体が潤うという構図で、経済が活性化されるというものです。

 しかし、こんなことは起こらないということが学界の定説になっていますし、アメリカでは父ブッシュ大統領がこれは、「原始的宗教の信仰に類する理論」だと一蹴したことでも知られています。

 結局、「経済学的に考察すると,国民経済全体からみれば,富裕層の消費は大きな波及効果は望みにくく,大多数を占める中低所得層の可処分所得の拡大に伴う消費拡大なくして安定的な成長は望めない」というのが結論です。

 そして「アベノミクス」では、この考え方とは正反対の施策を展開してきた、ということが問題なのです。

 

「アベノミクス」については次回以降も続きますが、私たちにも読める著書の一つに『IMF(国際通貨基金) 使命と誤算』(中公新書)がありますので紹介しておきます。

 

[2018/7/29 イライザ]

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2018年6月16日 (土)

太宰府天満宮 ――初めての太宰府天満宮です――


太宰府天満宮

――初めての太宰府天満宮です――

 

菅原道真公を祀る天神様は全国に多くありますが、中でも、道真公の墓所の上に造営された太宰府天満宮に一度はお参りしたいと思っていました。博多での、留学仲間の同窓会の二日目に、大宰府ではまず都府楼跡と観世音寺に立ち寄り、その後いよいよ天満宮です。

 

天満宮に着く前から、車の多さに吃驚しましたが、参道にも中国と韓国からの観光客の姿が多く、銀座通りの混雑振り以上の賑わいに圧倒されました。この写真は数団体分の人たちが通り過るのを待って撮ったものです。

 

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天満宮の御神牛も有名ですが、この牛に触ると触った部分に霊験が現れると言われていますので、頭に触る人が多いようです。

 

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この前を左折して、二つの太鼓橋を渡ると本殿に行けるのですが、常任幹事のWさんは女性ですので、女坂を回りました。東京の湯島天神には「男坂」「女坂」と書かれた道案内があります。大宰府では「女坂」の少し先に花が見えるので自然に足が向くような設計になっています。花は菖蒲でした。鯉や亀も見えます。

 

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混んでいたために良い写真が撮れなかった楼門をくぐっていよいよ本殿です。我が家の受験は終っていますので、「無病息災」「家内安全」「世界平和」等を祈ってきました。櫛田神社と合わせると随分欲張りなお願い事のリストになっています。

 

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神社毎に「合格スイーツ」なるものが名物になっていますが、大宰府は梅が枝餅です。お土産に頂きましたが、受験生ではなくてもとても元気の出る甘さでした。

 

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防府天満宮の雰囲気も好きでしたが、次には、何度も行っている湯島天神にもう一度お参りして、東西の比較をしてみたいと思っています。

 

[2018/6/15 イライザ]

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2018年4月 7日 (土)

 卒業式・入学式 ――子どもたち・学ぶ側の視線ではいけないのでしょうか?――

 

卒業式・入学式

――子どもたち・学ぶ側の視線ではいけないのでしょうか?――

 

34月は、卒業そして入学のシーズンです。卒業や入学を祝う行事があり、感動的な歌もいくつも作られています。『仰げば尊し』もその一つですが、何時までも歌い続けて欲しい歌の一つです。

 

今回、トピックとして取り上げたいのは「卒業式」と「入学式」という言葉です。実は、この卒業式と入学式について、長い間、気付かなかったことで、50代になってからハッと気づいたことがあるのです。その頃から、公立学校の卒業・入学式に招かれることが多くなり、何だか変だなと思いつつ、ずっと気になっていたことなのですが、恐らく皆さんの中でも気付かなれていない方の方が多いのかもしれません。まずは次の写真を御覧下さい。

  

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手元に手頃な写真がなかったので、ネットからお借りしましたが、「卒業式」ではなく「卒業証書授与式」なのです。ほとんどの公立学校では、少なくとも広島市内の公立学校では、「証書授与」という麗々しい4文字を加えて式典が取り行われています。

 

「卒業証書授与式」の方が古くからある使い方のようなのですが、私が違和感を持ったのは、「卒業式」と「卒業証書授与式」の視線の違いです。「卒業式」は「入学式」と同じく、学校に入る、卒業するという子どもたち、学ぶ側の視線の言葉です。それに対して「卒業証書授与式」は、卒業証書を「授与」する学校側、上から目線の言葉です。

 

それだけではありません。『仰げば尊し』で歌われているような、学ぶことによって培われる師弟の愛や、同じ学び舎で学ぶ若者たちの友情、そして同じ時期に同じ環境で暮すことのできた子どもたちを取り巻く同時代意識など、学校教育の本質を「証書授与」という官僚的な一言でバッサリ切り捨ててしまう、という野蛮な結果までもたらすことになっています。

 

「入学式」のほうには「入学許可式」などという野暮な言い換えはありませんので、両方とも統一して「入学式」「卒業式」にできないものでしょうか。

 

Photo_2

 

 

これもネットからお借りしましたが、「卒業証書授与式」などという変てこな、かつ無理な言葉を使わなくてはならないのは、やはり文部科学省の差し金ではないか、と私も思ったのですが、そうではありませんでした。文部科学省に問い合わせた人がいるのです。その結果、文部科学省では「卒業式」を使っている上、学習指導要領にもそう書かれているとのことです。詳しくはこちらのブログを御覧下さい。

 

だったら、広島市内や県内でも、子どもや学ぶ側の視線に立って、来年からは「卒業式」にできないものでしょうか。

 

広島市内でも私立校では「卒業式」を使っているところもあるのは当然ですが、証拠写真も添付しておきます。

 

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[2018/3/22イライザ]

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コメント

① 長い方がかっこいいから。
② 3月末日まで籍があるので、それまでは卒業していないから「授与式」
こんなんじゃないでしょうか

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

① それで、加計学園・岡山理科大学では、「入学宣誓式」にしたのですね!!

② こちらはかなり「官僚的」視点からの理由付けですが、それを卒業ではなく、入学に当てはめると、通常4月1日には入学していることになっていますので、「入学」式ではなく、「入学宣誓式」「入学許可式」とかにすべき、ということになりませんか??

色々、理屈を考えて見るのも一興ですね。

2018年3月29日 (木)

 『仮説実験授業――授業書<ばねと力>によるその具体化』 ――追悼 板倉聖宜先生 (3)――


 『仮説実験授業――授業書<ばねと力>によるその具体化

――追悼 板倉聖宜先生 (3)――

 

201827日に逝去された板倉聖宜先生のお仕事の中核をなすのが、『仮説実験授業――授業書<ばねと力>によるその具体化』(仮説社) です。普段はあまり考えないことが取り上げられているかもしれませんが、一度疑問を持つと答を知りたくなりますよね。そのスピリットでお付き合い下さい。

 

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まずはこの本が入ってきた箱の裏に書かれている「著者のことば」です。

 

仮説実験授業は、広い意味での科学教育に関する一つの思想だということができます。これまでに科学と教育の両方にわたる新しい考え方を提出し、教材の組織の仕方や教育研究運動の進め方についても具体的なプランを提出してきました。科学教育を体系的

に変革しつつあるといってよいでしょう。

本書では<ばねとカ>という一つの授業書を前面に出しながら、いたるところで仮説実験授業の考え方を、細かなことについてまで具体的に論じています。〈ばねとカ〉に限らず、仮説実験授業に関心をもつすべての人によって検討されることを願っています。

 

さて、ここで「授業書」という耳慣れない言葉が登場しますが、これは、授業に際して生徒たちに配布される印刷物を指します。同時に先生方の「授業の指導案」の役割も果しています。この授業書に提示されている通りに授業を進めて行くことで、生徒たちは、例えば「ばねと力」についての理解をすることができ、「力」といった概念を使いこなせるようになります。それは、板倉先生に協力する形で実際の授業を行ってきた多くの先生方の報告や生徒たちの質問への答、またアンケート等から確認されています。

 

授業書の中心は「問題」です。「すべての生徒が一人で予想をたて、自分自身で考えて討論に参加し、実験に訴えてその真否を明らかにすることを要求するもの」と定義されています。この問題は、問題文・予想・討論・実験の4段階から成り立っています。

 

抽象的な説明が続いても具体的イメージが湧かないと、「仮説実験授業」の楽しさは伝わらないと思いますので、一つ、この本の中から最初の問題を見てみましょう。この前に「質問1」がありますが、スペースの都合もありますので省略します。

 

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予想をした上で、実験をしてみると答は分りますが、ここから出発して、問題2、質問2を経て、「力の原理」に至ります。

 

力の原理とは

 

1. ものに力が加わると、その力の方向にうごきだします。

2. 反対向きの二つの力が加わっていて、一方の力が大きければ、大きな力のほうに動きだします。

3. 止まっているものに加わる二つの力が反対向きで大きさが同じならば、そのものは動きません。

 

この後に「例題」があって、力の原理を応用する練習ができるようになっていますが、省略します。

 

楽しみながら、そして実際に参加しながら学ぶことで、大きな成果が上がるようにデザインされているのが「仮説実験授業」ですが、板倉先生はその目標を次の三つにまとめています。

 

目標①: すべての子どもたちがそこで教育目的とされている科学上の概念・原理・法則を理解し使いこなせるようにする。

目標②: クラスのすべての子どもたちが科学とこの授業とが好きになるように、授業を組織する。

目標③: 以上のような授業がとくべつベテラン教師でなくても、授業について一通りの能力をもち、この新しい仮説実験授業の考え方を自らとり入れようとする熱意を持った教師なら、だれでも実施できるように一切の準備だてをする。

 

凄い目標ばかりなのですが、特に「目標③」は有り難いですね。そして、本書が書かれるまでに実施された数十の授業では、その全てが見事に達成されているという報告も付いています。しかも、単なる自画自賛ではなく、一次資料付きの評価です。

 

先生の著書の中で、面白そうなものが多過ぎて、その全てを読むまでにはなっていませんが、良い機会ですので、手に取ってみたいと思います。先生の御冥福をお祈り致します。

 

先生の著書は仮説社からお求め頂けます。アマゾンでも扱っています。それと、先生のお弟子さんのサイトだと思いますが、「板研情報局」でも役に立つ情報を読むことができます。

 

[2018/3/9イライザ]

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2018年3月26日 (月)

追悼 板倉聖宜先生   ――私見では、クイズ番組を面白くしてくれた先生です――


追悼 板倉聖宜先生  

――私見では、クイズ番組を面白くしてくれた先生です――

 

201827日に板倉聖宜 (いたくらきよのぶ) 先生が逝去されました。御冥福をお祈り致します。板倉聖宜先生と聞いて、「あゝ、あの先生」と答えて下さる方は少ないと思いますが、教育者、科学史家、哲学者として、科学教育の根本的な見直しを提案・実践して来られた先駆者です。その先生の残された足跡を簡単ですが、御紹介したいと思います。

 

板倉先生の数ある著作の中で、「誰もが知っている」一冊を挙げろと言われると、『仮説実験授業』(仮説社)になるだろうと思います。その内容についても、御紹介する積りですが、先ずは親しみを感じて頂くために、板倉先生が手掛けたもう一つの分野、そして私自身が大きな影響を受けた歴史や社会の見方について、を取り上げましょう。

 

そして、これは全く私の独断と偏見に基づいた評価ですが、テレビのクイズ番組の質を上げ、面白いものにした最大の功労者は板倉先生だということも御理解頂ければと思います。

 

まず、最初に最近のクイズ番組の問題から、本稿に関係のあるものを紹介します。

 

[問題] 硬貨の重さについての問題です。次の三つの硬貨の内、一番重いのはどれか?

 100円玉

 50円玉と10円玉を合わせたもの

 500円玉

 

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        ②       ③

 

硬貨の重さは法律で決められており、次の通りです。

 

1円玉  1g

5円玉 3.75g

10円玉 4.5g

50円玉 4.0g

100円玉 4.8g

500円玉 7.0g

 

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ですから、①は4.8g、②は8.5g、③は7.5gで、正解は②なのです。

 

このクイズ問題を最近テレビで視て、板倉先生の『おかねと社会』という本を思い浮べていました。貨幣の歴史を分り易く解説した本ですが、この問題はそれの現代版とも言えそうです。

  

板倉先生が、歴史を理解しようとする基礎にあるのは「理科的な見方・考え方」です。その特徴はできるだけ一次資料に当って事実を元に考える、そして論理的に考えることなのですが、これなら歴史学者も当然実践していることです。板倉先生がそれに加えて重んじているのが、出来るだけ「数値化」して物事を捉える、さらに「仮説」を立ててそれを実験で確かめながら一歩ずつ理解を進める、という手法です。

 

これも、「科学」と名前の付いている学問では、一応、建前として掲げられていることなのですが、先生の名著の一つである『おかねと社会』のはしがきで、さらに踏み込んでその意味を強調されています。ちょっと長くなりますが、引用します。

 

 おかね(貨幣)は人間の経済活動の主役のようなものです。そこで、貨幣制度は、政治の中心ともなります。しかし、おかねは政治権力者の意のままになるとは限りません。おかねにはおかねの、経済には経済の法則があるのです。しかも、おかねはものですから、のちのちの時代まで伝わります。書かれた文書には、それを書いた人の主観が大きく反映しますが、おかねにはそんなことはほとんどありません。

 じつは、私は「おかねの歴史をしらべてみてはじめて、<経済法則と支配者と被支配者との関係>といったものがよく理解できるようになった」と思いました。そして、「日本の歴史の大きな流れといったものもよくわかるようになった」思ったのです。そこで、私は、そのよろこびをみんなとわかち合いたくて、この本を作ったというわけです。

 

この本でも、「仮説」「実験」という姿勢が貫かれています。小学生にも読んで貰うという理由もあったのだと思いますが、「問題」が提示され、それを考えて「予想」つまり「仮説」を立てることから始めて、その答が出てくるという順序になっています。大切なのは「問題」そのものが既に政治と経済の本質を抉る内容を持っていることです。例えば、これをお読みの皆さんの中で、次のような疑問を「自然に」持たれた方はそれほど多くはないのでないかと思います。私も持っていませんでした。以下引用です。

 

[問題 2]

古代の天皇政府がはじめておかねを作ったとき,人々はそのおかねをよろこんで使うようになったと思いますか。

 

予想

. おかねというものを使い慣れていないので,ものをおかねにかえるのをいやがった。


. おかねは米や布などで物々交換するよりずっと便利なので,人々はよろこんで使うようになった。

 

. 政府の作るおかねにはあまり価値がないので,ものをおかねにかえるのをいやがった。

 

江戸時代の物語には必ず出てくる大判や小判とか、落語の二八蕎麦などを元に考えると「イ」が答だと考える方も多いでしょう。ネタをばらしてしまうのは、推理小説と同じくらいルール違反なのですが、おかねを使う人は多くなかったようなのです。この問題ではその理由も一緒に考えることが必要です。「ア」が正解なのか「ウ」が正解なのか、その両方なのかという問題も提示されていますので、それは次の問を考えることにつながり、さらにその先に発展するという面白みがあるのです。

 

そして、このような視点から、面白いクイズ番組の問題が作られるようになったのは、板倉先生の著書が広まり始めた頃だったという記憶があるので、「クイズ番組が面白くなったのは板倉先生のお陰だ」と、敢えて主張しています。

 

実は、私が読んだ先生の本の中で一番印象的だったのは『生類憐みの令』と『差別と迷信』(共に仮説社)なのですが、次回はその紹介です。

 

先生の著書は仮説社でお求めになれます。アマゾンでも扱っています。それと、先生のお弟子さんのサイトだと思いますが、「板研情報局」でも役に立つ情報を読むことができます。

 

[2018/03/07イライザ]

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2018年3月 7日 (水)

広島の音楽危機  ――良く考えると教育そのものの危機では?――


広島の音楽危機

――良く考えると教育そのものの危機では?――

 

ベンジャミン・フリス氏のリサイタル会場で音楽に関心のある人達の間で話題になったことの一つは、広島の音楽教育が危機的状況にあるのではないかということでした。

 

初めて広島に定住することになって驚きとともに発見したこと、かつ嬉しく思ったのは広島が音楽の盛んな街であるということでした。コンサートに出掛けたときにプログラムと共に手渡される公演のチラシの数は東京と同じくらいの枚数がありましたし、もちろん、広響の存在そのものが大きかったのですが、それ以上に広島の「本気」度が伝わってきたのは、音楽高校があり、音楽大学まであるという事実でした。

 

しかし、音高として親しまれてきた広島音楽高等学校は昨年休校するに至りました。また、伝統のあるエリザベト音楽大学もより幅広い分野での人材育成のための教育課程を創設するなど、音楽大学としての存在意義を踏まえた展開をして頑張ってはいるのですが、でも、ピアノとか声楽といった「専科」を専攻する人数は減っているとのことです。音楽以外の分野まで視野に入れれば、京大で哲学科がなくなり、数学科が数理科学科になってしまうことと同根なのかもしませんが、次の世代に活躍する音楽家を広島で養成し続けることは難しくなってしまっているのでしょうか。

 

             

Photo

               

エリザベト音楽大学のホームページから

 

確かに、部活としての吹奏楽やマーチング・バンド、そして合唱などの分野では頑張っている中高校、そして大学も多いのですが、正面から「専攻」するという形での若い世代の教育にもっと地域や国として力を入れることも大切なのではないでしょうか。その形を追求したいと考えている若者も多いはずなのですが、ネックの一つは就職です。

 

例えば、音楽大学を卒業しても、小・中・高の音楽の先生は余っていて、教師としての可能性は狭き門のようです。エリザベト音大でも、学生に幼稚園教諭の資格を取るためのコースを作りモンテッソーリ教育に力を入れたりと可能性を広げる努力はしています。さらに楽器店や一般企業への就職も広がっているようです。しかし、音楽専攻の強みが100パーセント生かされる選択肢をもっと増やす知恵をどなたかお持ちではないでしょうか。

 

この点を理解して頂くために、スポーツの世界と比べてみたいと思います。スポーツ専攻を正面に掲げた大学は日本体育大学くらいかもしれませんし、高校レベルでは部活が中心になっているのは、音楽と似たような状況なのかもしれません。しかし、大学のレベルでスポーツの専攻を選ばなくても、スポーツ関係の多くの部活が大学の存在の中でも重んじられています。そして卒業後は、スポーツとは全く関係のない職種の企業が、例えばヤマダ電機や天満屋などがすぐ頭に浮びますが、駅伝に出場できる程の層の厚い選手たちを雇用しスポーツ活動の支援をしています。

 

それ以上、あるいは同等の同じレベルの支援を音楽家にも、とまで言う積りはありませんが、企業も国も自治体も、そしてマスコミも、もう少しバランスの取れた支援策を採用したり推進したりはできないものでしょうか。

 

圧倒的多数の子どもたちがスポーツ選手を目指し、スポーツの面で芽の出ない若者たちはお笑い芸人を目指すような国にしてしまって良いとはとても思えないのですが―――。

 

さらに、もう少し幅広く考えて見ると、これは教育全てに関わる問題なのだということも分ります。それについては稿を改めて考えたいと思います。

 

[2018/2/17イライザ]

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コメント

バークレイ音楽院ではジャズもおしえているそうですが、
エリザベート音大では、ジャズだけでなく、ポップス、民謡、演歌も教えたらどうでしょうか。
漫画を教える大学もできてる時代です。
およそ音楽と名のつくものはなんでも教えたらいいと思いますし、
その発表会を8.6、8.9に開催したらどうでしょうか。

冬季オリンピックの種目も、
かって20種目くらいだったのが、
今では100種目を超えています。
おかげで選手層も極めて多様化しています。

「オンガク」様

コメント有り難う御座いました。

そうですね。多様化はエネルギーを得るための出発点ですから。

ボストンで羨ましいのは、バークリーはジャズに強く、New England Conservatory of Music はクラシックと、棲み分けができるほど層が厚いということかもしれません。その上、ハーバードやタフツ、MIT等の大学でも音楽で学士号が取れるような専攻科目が揃っていることです。

音楽大学だけの多様化ではなく、全ての大学での多様化が自然なのかもしれません。

音楽もそうですが、美術も同じような状況だと聞きます。
先日も東京芸大の受験者が減っていると聞いたばかりです。
東京芸大がそうなのだから、他の大学はもっと深刻でしょうね。
数年間をただただ芸術のために費やす…そんな余裕のようなものが
この国からなくなっていくような気がします。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

美術でも同じことか起きているのは想像が付きます。予算がなくなるとまず切られるのは音楽や美術そして外国語、というのは世界共通の現象のようだからです。

一方、巨額の投資が行われているAIの分野では、将棋や碁のマスターを破るソフトが創られるのと同時に、藤井聡太6段のような俊才が現れています。

音楽や芸術の世界でも、バッハよりバッハ的な作曲をするAIソフトや、ミケランジェロよりうまくミケランジェロを描けるソフトなどについての報道はありますが、そうした存在を凌駕するような人間のしかも若き音楽家や美術家が躍り出て来ないように思えるのは何故なのでしょうか。

私が無知なだけかもしれませんので、どなたか御教示下さい。

ジャズ、ポップス、演歌等の新しいジャンルの音楽学部をつくるにあたっては、
スポンサーにシダックス、第一興商、ヤマハ、パナソニック、ヤマダ電機、RCC等にお願いし、
校舎には、今までの広島音楽高等学校の敷地、建物を活用するということも考えられますね。
「音楽で世界を平和に」というテーマのもと、
イライザさん、上村さんが呼びかけ人になって、狼煙をあげれば、
賛同者は世界中にひろがるのではないでしょうか。

憚りながら…
日本の大学の芸術教育が出発点が間違っているし、現在の多様性にまったく合っていないと私は思っています。そしてクラシックをなぞるだけでしたら、AIにすぐに凌駕されるでしょう。
そもそも芸術には優劣がないと思いますし、
真の芸術家の思考は未来から現在を見るという視点ですから
変化に寛容ですし、逆に今まで人間には不可能だったことをテクノロジーで補いながら、進化させていると思います。例えば本日私が紹介したBrad MehldauのAFTER BACHなど面白いちょっとした"事件"だと思います。路上アーティストのバンクシーなど、アナログで犯罪的でありながら、現代のネット社会で爆速で広がったことを思えば、面白い"事件"はこれからもどんどん出てくると思います。
一言でいうなら、日本の芸術に向き合う姿勢はあまりにもお上品でエリート的だからダメなんですよね。

「オンガク」様

コメント有り難う御座いました。

スポーツの世界では、誰かが呼び掛ける前に多くの企業が自発的に動いていますね。芸術の世界でも、そんな動きがもっと活発になっても良いと思うのですが。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

「事件」として芸術を捉える感覚が凄いですね。ヨーコ・オノ的と言っても良いのでしょうか。それと重ねると、「芸術は爆発だ」といった岡本太郎の言葉の意味が、何となく分ってきたような気がします。「人生、即、芸術」も。

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