学問・資格

2018年2月10日 (土)

「被爆二世集団訴訟の意義と課題」-第5回原水禁学校

「被爆二世集団訴訟の意義と課題」-第5回原水禁学校

 

2017年度原水禁学校の最終回となる「第5回原水禁学校」が、2月9日自治労会館で開催されました。

今回は、「被爆二世国賠訴訟弁護団」の足立修一弁護士に「被爆二世集団訴訟の意義と課題」をテーマに講演していただきました。足立弁護士と広島県原水禁は、1995年に提訴した三菱広島徴用工裁判以来の長い付き合いがあり、今回の講師をお願いしました。

 

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                              被爆二世の岸本さん

 

原水禁学校は、足立弁護士の話に先立ち「被爆二世訴訟団」の原告で広島県原水禁の常任理事でもある岸本伸三さんから「なぜ被爆二世問題の解決が重要なのか?」を提起していただきました。特に強調されたのは「国が一度戦争を始めれば、そのすべての被害に対して、国としての責任を取らなければならないことを知らしめることー国に戦争がいかに高くつくかを身にしみて分からせることによって、戦争を抑止する―ことをはっきりとさせることが、私たち被爆二世の運動である」ということでした。

 

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             足立修一弁護士

 

足立弁護士はまず最初に、自らがかかわってきた「被爆者だけど被爆者として扱われてこなかった人たち」の被爆者裁判に触れながら「在外被爆者、原爆症認定訴訟」など普通では考えられないほどの勝利を勝ち取った。何故か?「被爆の被害は、他の戦争被害と比べて大きな被害である」ことを指摘しながら、「放射能被害は、他の被害と違い元に戻ろうとしても元に戻ることはできない特殊性があり、長く続く被害なのだと」と被爆者問題の特殊性を指摘。さらに被爆二世の問題については「確かに被爆者ほどには、健康被害は顕著でないかもしれない。」しかし被爆二世の人の話を聞くと、「子どものことの健康状態は、普通の人よりも多く病気にかかったりしている」が、「それはたまたまの不運であった」では済まされない問題だと強調。そして今回の裁判は「核戦争の影響は無限に続くということをはっきりさせ、これを証明すること」だとその意義を強調されました。そして「被爆の実相を明らかにさせることを通じて、被爆二世問題の課題を明らかにさせる」と、裁判の課題が提起されました。

今後の裁判は、「①立法不作為の違法性―国が被爆二世に対して法律を作ることを怠ったため、被爆二世が不利益を被ったこと②放射線の遺伝的影響―植物や動物実験においては、放射線の遺伝的影響が証明されている」ことを具体的に証明することを通じて、この裁判を勝訴に持ち込みたいとの思いが語られました。

特に国の「人についての遺伝的影響は現時点で認められない」という主張に対して「被爆二世への遺伝的影響を調査し続けるとしたら、その結果が出るのは被爆二世がいなくなったあと。それでは遅い。その前に解決しなければ何の意味もないことになる」と繰り返し強調されました。

「行政の責任をどの段階で果たさせるのかは、運動の広がりと世論の盛り上がりしかありません。」と参加者への期待を込めた訴えで、講演は終わりました。

足立弁護士、ありがとうございました。

 

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「被爆二世集団訴訟」第4回口頭弁論は、2月13日午後1時30分から広島地裁302号法廷で行われます。一人でも多く傍聴に参加ください。

 

私は、被爆者問題かかわるときいつも思っていることがあります。まず「どんなに少量であっても放射能被害を受けた人は、被爆者(被害者)として認められる」ことが重要だということです。そして被害者である被爆者は、「放射能被害の恐れがある限り、救済されなければなりません」ということです。それを否定するのであれば、国が個々の被害者に対して「放射能の影響はない」ことを証明すべきです。戦争による原爆投下さえなければ、被爆をすることはなかったのですから。この考え方は、なにも原爆被害の問題だけではありません。原発事故による被害もそうです。そして水俣をはじめとする公害被害者の問題もそうです。「被害者は救済されなければなりません」

今日の講座に参加しながら、改めてそのことを感じました。

 

2017年原水禁学校は、今回で終了しました。今年の反省を生かしながら、新たなテーマで次年度と言っても今年の秋になりますが、第3回原水禁学校を開校することにしています。

 

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2018年1月14日 (日)

兵庫教育大学での講義 ――今年も熱心に聞いて貰いました――


兵庫教育大学での講義

――今年も熱心に聞いて貰いました――

 

一年ぶりに兵庫教育大学の大学院で話をしました。今回も、教育現場で教員として働きながら大学院でグローバル・リーダー育成の専門家としてさらなる研鑽を積んでいる皆さんが、熱心に話を聞いてくれました。昨年は、3人の学生諸君とじっくり議論ができましたし、それに加えての一般講演もあったのですが、今年の学生は9名(うち女性7名)で、小学校の先生が5人、高校が3人、教育委員会の方が1人でした。

 

昨年と今年の大きな違いは、核兵器禁止条約ができたことです。成立の経緯や、今後の展望等も講義に加えたのですが、かなりの時間を割いて説明することになったのが、原爆という大きな悲劇を体験した日本が、何故原発に走ってしまったのかという歴史です。一人の学生からの質問に対する回答でした。

 

念のために付け加えておきたいのは、一部の論者による事実誤認と被害者非難です。つまり、「ヒロシマ」が核兵器廃絶には熱心なのに、原発については無関心だった、あるいは推進する側に回っていたのは怪しからん、という調子での論難です。機会があれば、詳しく調べた上で反論をすべきなのだとは思っていますが、それだけの時間が取れるかも問題ですので、今回は問題意識の共有だけにしておきます。

 

学生の質問から分ったのは、戦後の時代には生れていなかった人たちが勉強を続ける中で、原爆による被害からは、さらにそのかなりの部分は放射線被害であるという事実からは、原発という選択はあり得ないという因果関係を理解していること、にもかかわらず原発が推進されている現状には納得ができないと強く感じていることでした。

 

「フクシマ」後にも、原発が再稼働され政策の変更がないのはなぜかという疑問と重ねての質問だということも理解した上で、終戦直後には専門家といえども放射線についての理解には限界があったこと、被爆体験の意味を苦しみながら模索していた人たちに取っての「平和利用」という名の「夢」が大きな意味を持っていたこと等を話しました。同時に、少数のリーダーたちが警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、「原子力 ムラ」が作られて行った背景を、日米それぞれに分けて説明しました。

 

合計約3時間話をしましたが、最後の方は駆け足になってしまいました。パワーポイントを映すのは、スクリーンではなく、大型の液晶装置でしたしHD画像でしたので、細かい字も良く読めたようです。

 

               

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そして、昨年は友人との話に夢中になって気付かなかった、ハーバーランド・キャンパス前のキリンのオブジェ (頭が切れてしまいましたが――) と、キャンパスのある建物の写真も撮れました。

 

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こちらにはキリンの全体が写っています

 

「来年は、政治の世界の話をもっと聞きたい」というリクエストを貰って、神戸を後にしました。

 

 

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2017年11月 4日 (土)

明治維新の原動力は藩の多様性 ――安古市高校での講演から――


明治維新の原動力は藩の多様性

――安古市高校での講演から――

 

多様性が大きな力になった例として、司馬遼太郎は「明治維新」を挙げています。

 

                   

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つまり、明治維新の原動力になったのは、当時300ほどあった藩の多様性だということなのです。今の時代では、人口で考えると、都市といっても良いと思いますが、各藩にそれぞれ特色のあったことは時代劇などにも反映されています。その中で注文すべきなのが、教育制度だというのが司馬の指摘です。(文春文庫『この国のかたち 一』「14 江戸期の多様さ」参照)

 

例えば、大隈重信の出身地、佐賀藩では、

 

 

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 67歳で藩校に入校、25, 6歳で卒業。

 「不出来のため学齢に即した段階に進めない者に対しては役人にしないばかりか、家禄の10分の8を削った」

 

西郷隆盛を輩出した薩摩藩では、それと対照的な教育をしていたようです。

 

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 「意識的に学問を軽んじた」

 藩士の教育など、初等ていど。学問をすると、理屈っぽくなり峻烈果敢な士風が鈍磨する、考えられていた

 その代り、若衆宿である「郷中(ごじゅう)」を組織し、「郷中頭」が若者を統御・訓練する制度を作っていた

 

このような教育の結果、藩のリーダーたる人材が特定され、政治や経済の方針を決めたのですが、そのリーダー、今で言えば官僚でしょうが、の登用の仕方が長州藩では一風変っていました。長州藩の出身者で有名なのは伊藤博文ですが、彼はこの制度によって武士になりました。

 

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長州藩で、藩士士分に取り立てて貰う方法

 「ハグクミ」では家士が誰かを扶養し、弟分とみなすだけで武士

 家士が「手附き」つまり家来だと届けることで、藩士として扱われる

 のちの伊藤博文は、こうして藩士として扱われることになった

 

多様性が現在の世界にどう生きているのかは、フロリダ教授の研究成果を引用して説明しましたが、続いて、政治を考える際、特に選挙のあるべき姿をデザインする上でも最優先されなくてはならないことを、歴史的な事例も含めて説明しました。

 

一人一票という選挙の大原則は、人権という立場からとても大切なのですが、それを含めて、「多様性」という立場から見直すことも重要です。

 

多様性を最大限に保障する政治制度は、全員参加制度です。100人の集団で、100人すべてが最終決定に関われば、最も多様な意見が反映されることになるからです。その対極にあるのはその中の「一人」による独裁制であることも分って貰えると思います。

 

しかし、国という大きな単位で、常に全員参加の決定を行うのは難しいので、選挙で代表を決めることになります。そのためには、何らかの基準を設けて選挙制度を整備する必要がありますが、何のために選挙を行うのかの再確認から始めるべきだと思います。そこで、多様性を生かすことを優先する制度が登場します。

 

随分長くなりましたので、選挙制度については次回に回します。

 

最後に、司馬遼太郎の代表作の一つ『坂の上の雲』について、今年の初めに総理大臣談話を分析した一環として取り上げています。多くの司馬ファンの考え方とは違っていますが、こちらも参考のためにお読み頂ければと思います。

 

 

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2017年11月 3日 (金)

安古市高校での講演 ――生徒さんたちも先生方も素晴らしい高校です――


安古市高校での講演

――生徒さんたちも先生方も素晴らしい高校です――

 

112日、安古市高校同窓会主催の文化講演会で講師を務めました。体育館で生徒の皆さんに約一時間話をしてその後、質疑の時間には核心を突いた質問があり感心しましたし、最後に謝辞を述べてくれた生徒代表の女生徒がしっかりと講演の中身を理解してくれていたことで、話が伝わったという実感を持つことができました。

 

生徒の皆さんは床に座って聞いてくれたのですが、暖かい日でしたので苦痛ではなかったと思います。その約1時間20分の間、先生方の多くは立ったまま聞いて下さいました。そのことにも感激ました。以下の写真は、同窓会の広報担当の方から頂きました。プロの写真はさすが違います。

 

                 

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立って聞いて下さった先生方はこの写真には写っていません。(右側の壁の後方)

 

講演のタイトルは「21世紀をになう皆さんに、私たちの世代から」、副題は「多様性と寛容さ」です。内容はこれまでこのブログで何回か取り上げてきた事ばかりなのですが、簡単にお浚いをしておきます。

 

最初は「孟母三遷は正しい」ことを再確認して、高校生が自分たち同士で「同化」したいという強い傾向のあることを再認識して貰いました。

 

 孟母三遷は正しい。

 ジュディス・ハリス著「子育ての大誤解」がそれを学問的に実証。

 例 親子で米国に移住すると、親は英語が喋れない、でも子どもはペラペラという場合が多い。

 それは、子どもの環境に順応する能力が高いから?

 毎日視ているテレビの英語を身に付けるのではなく、一緒に学び遊んでいる子供たちの英語が身に付くことから、周りの子どもたちに同化する能力が高いことが分る。

 これは、家庭の教育によって子どもの非行を止めさせるのはかなり難しいことにもつながる。

 

これほど、「同化」する傾向があるにもかかわらず、一人一人の違いが如何に大きいのかを「平均は存在しない」事実を目の前で見て貰い体感して貰いました。これは、以前のブログで取り上げていますので再度お読み頂ければ幸いです。

その「実験」のために、事前に船津校長先生から頂いていた、学年そして男女別の平均値の内、高校二年生の男子の身長、体重、握力を使いました。

 

2年男子(127名) 

身長   169.3cm

体重  57.5kg

握力  41.99kg

 

まず、二年生の男子127名に手を挙げて貰いました。その中で、身長が169センチから170センチの間の人に今度は立って貰いました。前にブログで取り上げたアメリカ空軍のケースでは、30パーセントの幅を付けてありましたが、今回は数が少ないので、一センチ幅にしました。

 

驚いたことに、この段階で残った人は10名ほどでした。その中で、体重が57キロから58キロの間の人には立ち続けて貰ったのですが、この範囲に入った人はゼロでした。つまり、平均的な身長と体重を持つ2年生男子はいなかったのです。

 

個人のレベルで多様性のあることは、身長や体重を通して分って貰ったとして、社会・政治・歴史において、この多様性がどのような役割を果して来たのかを、司馬遼太郎さんの鋭い観察を紹介することで具体的に理解して貰いました。それは、「明治維新の原動力は、藩の多様性にあった」ということです。この点はとても面白い内容ですので、次回にまとめて御紹介します。

 

では現代社会で多様性がどう生きているのでしょうか。これについては、トロント大学教授のリチャード・フロリダ氏の明快かつ感動的な研究結果があります。

 

 世界の経済は都市、そして広域都市圏が引っ張っている

 都市の経済的活力は、都市の多様性に由来する

 多様性を生かすために、市民がお互いの違いに寛容で、上手く折り合って生活していることが重要


その寛容さを測るための分り易い指標を見付けたこともフロリダ教授の業績です。

 

 寛容性を簡単に示している指標で一番信頼できるのは「ゲイ・レスビアン指標」(または、「LGBT指標」)

 「芸術家」の割合を示す「ボヘミアン指標」や「人種指標」も相関関係は高い。

 アメリカの都市で、この指標の高いのは、例えば、シリコンバレー (サンフランシスコ)、オースチン、あるいはボストンである。

 

これら三都市は、経済的にはシリコンバレーのようにアップルがあったり、長い間アメリカの科学・技術の中心地としての役割を果し最近ではバイオテクノロジーで注目されているボストン、そして世界最大のコンピュータ製造会社デルの本拠地だったオースチンと、それぞれゆるぎない地位を誇っています。

 

LGBT」指標の方については、サンフランシスコは、少数派の権利を守るために、アメリカの都市の中でも突出した役割を長い間、果してきていることで知られています。ボストンがあるマサチューセッツ州は、アメリカの中でも同性間の結婚を合法化した最初の州として知られています。保守的なテキサス州の州都であるオースチンは、デルの本社があることで、若い世代の人々が大量に移住した結果、リベラルな街に変貌したのです。

 

 

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左から時計回りにサンフランシスコ、ボストン、オースチン

 

たった一時間しか話さなかったのですが、こうしてまとめて見ると、ものすごいボリュームの話をしていました。となると高校生に理解するのは難しかったのかもしれないと反省しています。しかし、伝わったことも多かったはずですので、それも含めて次回も続きます。

 

 

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コメント

孟母三遷という言葉、半分は呆れられながら、言われたことが何度かあります。
それが正しかったかは別として、
子どもたちが多様性と寛容さを身につけるためには
多くの人たちと交わっていかなければなりません。
その機会が今の日本の学校ではとても難しいと感じました。
貴重な講演だったと思います。私もお聞きしたかったです。

”種まく人” ですね。
中学・高校時代に見た映画→どうってことない映画でも心揺さぶられた。
よいお話はその比ではありません。ラッキーな高校生たち。
ド田舎は中1の時→社会の先生(最年少で兵隊にとられたらしい)が
「もらった憲法なので(特に9条)変えねばという勢力があるが、
もらったものでも、いいものはいいのだ」と。
以来、護憲・非武装派に。
今日の朝日《改憲の足音 公布71年》
赤坂真理さんの、...もらった..という言葉、なつかしい。
ピーター・バラカンさんも、もちろん拍手もの。

『私にとっての憲法』で保阪正康氏が、
...いってみれば非軍事憲法...と。
この呼び名のほうがラジカルでよろし。もっと広まれ。
の前に、文化の日を明治の日などとさせてはならぬ、こちらも止めねば。

「nancy」様

コメント有り難う御座いました。

多様性の大切さが比較的簡単に分るのは、外国に留学したり、留学生を受け入れたりすることだと思いますが、少し頑張れば、受け入れの方は何とかなるような気がします。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

中学や高校の時、随分有名な人が学校まで来てくれて話をしてくれたことは覚えているのですが、内容の方となると---。ということから、何か一言だけで良いので覚えていてもらえるような魅力的な「単語」を使うよう心掛けています。

憲法の条文では9条も大切ですが、私は憲法の遵守義務を規定した99条の重要性を強調したいと思っています。

2017年10月12日 (木)

未来の力は多様性と寛容さから生まれる ――立憲民主党、そして『ヒロシマ市長』の柱の一つです――


未来の力は多様性と寛容さから生まれる

――立憲民主党、そして『ヒロシマ市長』の柱の一つです――

 

枝野代表の言葉「右(翼)か左(翼)かなんていうイデオロギーの時代じゃないんです。上からか草の根からか。これが21世紀の本当の対立軸なんです」は至言ですが、何故「草の根」が大切なのかを簡単に説明しておきたいと思います。

 

実は、小著『ヒロシマ市長』、そして『新版 報復ではなく和解を』(岩波現代文庫)でも説明しているのですが、絶版になってしまった『ヒロシマ市長』に、短いそして分り易いと(私は)信じている、ページがありますのでその引用です。

 

                 

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都市の力は多様性と寛容さから

 

多様な都市から始まる未来

 

「町おこし」とか「村おこし」という言葉がはやった時期がある。その町おこしを担う人材、あるいは町おこしのアイデアを考えて貰う人たちについてはいろいろな言い方があったのだが、「街を元気にするためには女人(にょにん)、変人、外国人、老人を大切にしなくてはだめだ」がその典型だ。社会の中心には置かれていない人たちの考え方を大切にするという意味だ。

じつは、この「女人、変人、外国人そして老人」こそ都市を元気にするもとであることが学間的に裏づけられている。この研究をしてきた人たちの中でも先駆的な存在は、都市学者・経済学者のジェイン・ジェイコブズ氏であり、その衣鉢を継いだトロント大学のリチャード・フロリダ教授の調査、研究がたいへん面白い。彼の25年以上にわたる調査・研究の成果を簡単に要約すると、世界経済の牽引車は都市であり、その都市の活力のもとは、多様性とその多様性を生かす寛容さにある、ということになる。これは、歴史家・作家である我が司馬遼太郎氏の指摘している点でもある。

広島市という都市に、市長として12年間かかわってきた私の経験からは、この考え方ほど都市の特徴をうまく掴んだ理論、そしてその基礎となるデータにお目にかかったことがない。

 

続けてフロリダ教授の『クリエイティブ都市経済論』の紹介と、具体的な事例を通して都市の多様性と寛容さについて考えたのですが、人類の知的な蓄積を元にした政治的主張が力を持ち、多くの人の共感を得ていることを大変心強く感じています。立憲民主党に頑張って貰いたい理由の一つです。


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2017年9月 7日 (木)

法政大学山口ゼミ合宿(2) ――広島の魅力も味わって帰ってくれたことと思います――


法政大学山口ゼミ合宿(2)

――広島の魅力も味わって帰ってくれたことと思います――

 

法政大学の山口二郎教授ゼミの合宿が広島で開かれました。ゼミ生との意見交換から、彼ら/彼女たちの勉強振りが良く分り、明日の日本や世界への希望を新たにしました。

 

昨日に続いて、ゼミの皆さんの質問と私の回答のポイントを整理したものをお読みください。

 

               

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ゼミ生たち

 

 

 

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山口教授を囲むゼミ生たち

 

 

 核兵器禁止条約ができることで世界の子どもたちの力を通して、核兵器廃絶に弾みが付くという考え方について、子どもたちに被爆体験や核兵器禁止条約をどう理解させれば良いのか、またどのように彼らの力を生かせば良いのか。

 

(ポイント) 子どもと言っても、就学前から高校生まで幅は広いが、私が小学生の時に原爆についての映画を観てショックを受けたように、子どもたちに伝わるメディアで原体験を伝える努力は大切だと思う。そして、子どもたちの力が一番生きるのは、家庭内だ。頑固な父親が子どものアピールで考えを変えた例は、例えばアメリカ社会ではかなり多い。

 

 高校時代、アメリカの高校で「原爆投下は正しかった」と聞いてショックを受けた時、同級生たちとは具体的にどんなやり取りをしたのか。

 

(ポイント) 具体的なやり取りは覚えていない。でも、40年以上たって、シカゴで講演した時にはその同級生たちが聞きに来てくれた。昔の問題提起が役立ったのかもしれない。

 

 原爆投下という文脈で考えると、当事者は日米で、その他の国々は当事国ではないにもかかわらず、核兵器の廃絶に賛同してくれていると考えられる。当事者ではない人たちは、どのような形で被爆体験や核廃絶のメッセージを受け止め、核廃絶に取り組んでいるのか。

 

(ポイント) 核兵器については、冷戦時代には、一旦核兵器が使われれば、その時点での破壊だけではなく、「核の冬」という形で全人類が消滅するという科学的予測が行われた。大規模の破壊に加えて、地球全体が放射性物質そして爆発による破砕物によって覆われ、太陽の光が地表に届かなくなって地球の温度が下がる。その結果、食べ物がなくなって人類は滅亡するというシナリオだ。小規模の核戦争でも、それに近い結果になることが最近では分っている。つまり、核兵器が使われれば、当事者でない人はいなくなる。また、世界の都市はほとんど戦争の被害を受けている。その結果、「Never again!」、つまりもう二度と、同じような体験はしたくない、と強く願っている。そのような、都市としての経験と重ね合わせることで、核兵器の廃絶への気持は自然に生まれてくる。

 

 平和市長会議に加盟している都市や市長もいろいろな考えを持っていると思うが、あなたに取っての平和とはどのようなことなのか。

 

(ポイント) 積極的な平和とか消極的な平和という抽象的な整理の仕方もあるが、自分の置かれている立場や環境で、例えば一日も早くこの難民キャンプから出て平和な暮らしをしたい、と思う人もいるし、平穏な生活を続けている人が子どもたちのために実現したいと思う平和もある。自分の生活、今の時間の中で感じる大切なことから始めて、世界や未来を考えて理想像を描くことが大切なのだと思う。一緒に原水禁運動をしていた女性通訳たちから聞いた言葉で忘れられないのが「世界の平和は家庭の平和から」だ。

 

 都市は軍隊を持たないという立場から、核廃絶や戦争のない世界実現に向けての努力は自然にできるという話だったと思う。対して国のレベルでは、どちらが正しかったか、つまり加害や被害の立場からの議論が中心にはなる傾向があるにしても、国としても当然、努力をしなくてはならないと思う。その中で、日本政府としては何をすることが一番大切なのか。

 

(ポイント) 簡単に言ってしまうと、憲法に則った政治を行うこと。「力の支配」ではなく「法の支配」を尊重するという立場で一番大切なのは憲法だ。特に日本国憲法では99条の憲法遵守義務にもっと注目して欲しい。

 

 原爆についても記憶の継承が問題になっているが、福島の記憶についても震災遺構をどうするのかの議論がある。あるいは戦災遺構を残して行くべきなのか、ではどのように、といった議論が行われている。広島の経験からはどのような教訓が汲めるのか。

 

(ポイント) 原爆ドームが残されたのも、「あの日を忘れたい」と考える人たち、残して欲しくないと思う人たちが、消極的にではあっても賛成してくれたからだ。しかし、ドームは残されたが、劣化して行く。地震対策も必要だ。どうするのかを検討した結論として、最小限の修復をしながら自然に任せる、という方針になった。しかし、考えて見ると広島市内の至る所で深く掘れば遺構の出てくるところはたくさんある。ボルゴグラードでは、第二次世界大戦中には150万人もが亡くなり、完全な廃墟と化したが、復興のために、市全体を数メートルの土で覆ってから作業が始まった。ベルギーのイーペル市は第一次世界大戦で廃墟と化したが、戦後の復興は、戦前の街を再現する形で行われている。それぞれの地域で記憶を残す手法は違っているが、地域毎にその特性を考え、市民の生活を元に未来への想像力を働かせた結果だ。

 

広島では、平和についての体験をし、考え議論するのに加えて、広島の魅力も楽しんで帰って貰えたのではないかと愚考しています。

 

 

 

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2017年9月 6日 (水)

法政大学山口ゼミ合宿(1) ――大学生もしっかり勉強しています――


法政大学山口ゼミ合宿(1)

――大学生もしっかり勉強しています――

 

今の時期にゼミ合宿を行う大学も多いようですが、旧知の山口二郎・法政大学教授からゼミ合宿を広島で開くので協力して欲しいと連絡があってからほぼ二月、山口教授とゼミの学生諸君にお会いしてきました。

 

ゼミ生が自主的に広島を選んだそうなのですが、その熱意は最初の一時間余りの「講義」の後の質問とコメントとにしっかり反映されていました。準備段階で小著『新版 報復ではなく和解を』(岩波現代文庫)も読み込み、ゼミ生同士でのやり取りのあった上でのものであることを感じられる発言でした。

 

最初の「講義」の内容は、原水禁の分科会での発言に広島市政の柱をいくつか付け加えたものですで、省略しますが、9人のゼミ生の皆さんの質問・コメントをお読み下さい。日本、そして世界の未来に希望が持てるようになります。少なくとも私はそう感じました。私の回答のポイントも、当日言いたかったことを整理した上で短く付け加えました。

           


           

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山口教授(右端)とゼミ生たち――写真の掲載は全員からOKを頂いています。

 

 

 日本が今、核兵器を持つ必要はないけれど、将来、持つ必要が生じたときにはそれが可能になるよう、原発等は残して潜在的な核保有能力を保持すべしという議論があるが、どう考えるべきか。

 

(回答のポイント) 被爆者の結論は、今も将来にわたっても核兵器は必要ないし、当然、日本が持つべきでもないということだ。核保有の潜在能力を云々する人たちは、一つには、原発を続ける意味と核兵器の保有が表裏一体であることを認めていることになるし、経済的な正当化ができなくなった原発の存続を図るための苦しい言い訳にしか過ぎない。

 

 片仮名の「ヒロシマ」と今の「広島」の間の違いをどう考えたら良いのだろうか。片仮名の「ヒロシマ」は、1945年を起点にしていることは分るが、そちらに固定化されてしまっているような感じがある。

 

(ポイント) 広島はとても保守的な地域だ。2009年の総選挙で、各都道府県の一区で民主党ではなく、自民党が当選したのは、福井一区の稲田朋美以外は全て西日本で、中国5県、そして四国の愛媛と高知だ。その保守的な地盤の中で、核兵器についての考え方だけは、進歩的かつ世界的な普遍性を持っているという特徴がある。それは広島市長選挙で、自民党の推した候補がほとんど選ばれていないことに反映されている。そのような環境下、それでも地域としての合意が存在する事実をはっきり表明する目的で生まれたのが、「ヒロシマ」という片仮名表記だという解釈ができる。

 

 東京出身だが、広島とそれ以外の地域で、被爆体験や核兵器のついての温度差を感じている。

 

(ポイント) 確かに地域差はある。広島から離れた所に住んでいる被爆者が未だに差別を感じていたり、県外の大学に進学した若者が、自分たちの受けた平和教育が全国的には行われていないことに気付く等の例がある。差別に焦点を合わせると、被爆直後の広島で被爆者が差別を受けたという事実を知った時、私は大きな衝撃を受けた。また、外国で、被爆者であることを理由に結婚を許されなかった女性もいる。そして、時間と空間の互換性を視野に入れると、これは時間が経つと被爆体験が風化することと同根だと思う。

 

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熱が入ってかなり長くなりましたので、二つに分けたいと思います。次回もお読み頂ければ幸いです。

 

 

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2017年4月28日 (金)

二冊以上持っている本 ――最初は、リアン・アイスラーの『ゼロから考える経済学』――


 

二冊以上持っている本

――最初は、リアン・アイスラーの『ゼロから考える経済学』――

 

自慢ではありませんが、かなり多くの本を持っています。(これって「自慢」なのですが、でも持っている本全てを棺の中には入れて貰えませんからどこかで整理しておかなくてはなりません。その手間を考えると、とても自慢にはならないのも事実なのです。)

 

仕事柄必要な本、純粋に楽しむための本、貰った本、義理があって購入したもの等、とにかく冊数ではそんじょそこらの本屋さんには負けないかもしれません。冊数は数えたことがありませんが、万の単位にはなると思います。

 

それに、これも仕事に関連した多くの書類も取ってあります。捨てるべきものと取っておくべきものをいつか選別したいのですが、そのための時間がなかなか取れません。

 

沢山の本がある理由の一つは、かなりの本について同じ本を何冊かずつ所有しているからです。整理が悪くて、必要な時に必要な本が見付からず、それならもう一冊買ってそれを使おうという切羽詰まって再度買ってしまった場合もありますし、この本はできるだけ多くの人に読んで貰いたいという気持から、贈呈用に何冊か買っておいた本もあります。もちろん、前に買ったことを忘れていて、面白そうだと思ってまた買ってしまったものもあります。

 

このシリーズでは、たくさんの人に読んで貰いたいと思って何冊か買い込み、機会があると友人たちに配っていた本の何冊かを御紹介して行きたいと思います。中でも、『The Better Angels of Our Nature』は、一番熱心に勧めてきましたが、何しろ大部ですので買って配るより、内容を様々なところで紹介することが中心になりました。これから御紹介するのは、ボリュームも内容もそれよりもう少し手頃な本なのですが、何度かお付き合い下さい。

 

今回御紹介するのは、リアン・アイスラー著の『ゼロから考える経済学』です。原題は『The Real Wealth of Nations』、直訳すると、「本当の国富論」です。内容は経済学の範疇を超えていますので、直訳のタイトルの方が好きですが、内容は、これまでの経済学の依って立つ枠組みを見直して、新しい経済学を創ろう、それは「caring economics」つまり、人に優しい、さらに人を中心にした枠組みの中での経済学だ、という随分ラディカルなものです。

 

             

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まず、これまでの経済学が、縦社会構造という枠組みの中で考えられ、その枠組み自体は変革の対象にはしてこなかったこと、その結果として、社会を捉える視野が限られたものになり、社会の持つ複雑さや多様さ、そして未来を創り出す上で大切になるエネルギーの源等を対象にできなかった事実が説得力を持って示されます。これまでの経済学にはいくつかの流派があります。例えば資本主義、社会主義、共産主義ですが、これらの全てが、「支配-被支配」という関係性だけに注目していることがその限界だという指摘がなされています。

 

それに対して、人間社会を、パートナーシップという関係を元に見直し、その全体像が浮び上るような経済学を構築する必要性が説かれます。その経済学の特徴は「caring」あるいは「care」という言葉で表されますが、「優しい」「思いやりのある」「世話をする」といった姿勢を人間関係の基本的な価値として認めている点が特徴です。

 

それだけではなく、新たな経済学が、これまでは無視してきた、しかし大切な人間活動のどのような分野を対象にするのかについても具体的な提案をしています。

 

新しい経済学は次のような人間的活動についての学問になる。

 

中核分野 家事経済

第二分野 無報酬の地域(コミュニティー)経済

第三分野 市場経済

第四分野 違法経済

第五分野 政府経済

第六分野 自然経済

 

現在の経済学が対象にしているのは第三分野の市場経済だけなのですが、人間社会全体を視野に入れると、その他の五つの分野がとても大切だということがデータとともに提示されています。

 

この本の中でもう一つ感動的なのは、そのデータの多くが市民たちの手によって集められまとめられたものであること、さらに、国連の専門機関がルーチンとして集めているものだということです。

 

つまり、国連そのものが既に「caring economics」の価値観を自分たちの組織の運営原則として採用しているに等しい活動を行っているということです。毎日のニュースだけを見ると、絶望的になりかねない昨今ですが、どっこい、人類全体としては素晴らしい未来のための地道な活動もしっかり行われているということなのです。

 

 

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2017年3月27日 (月)

仰げば尊し ――美しい日本語を継承して欲しい――


仰げば尊し

――美しい日本語を継承して欲しい――

 

卒業式の季節ですが、かつてはどの学校でも歌っていた『仰げば尊し』が最近では歌われなくなってきたようです。その代りに最近歌われているのは、例えば、『旅立ちの日に』や『YELL (いきものがかり)』、『3月9日 (レミオロメン)』等だそうです。どれも良い歌ですし、時代の変化を反映しているのだとは思いますが、今回は、『仰げば尊し』が復権することを願っている理由を述べてみたいと思います。

 

その前に、まずYouTubeにアップされている『仰げば尊し』を聞いて下さい。


 

 さらに歌詞も復習しておきましょう。

 

1. 仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば

2. 互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
別(わか)るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば

3. 朝夕 馴(な)れにし 学びの窓
蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば

 

歌われない理由として、歌詞が難しい、教師への「恩」を強制している、立身出世主義を奨励している等の意見があるようですが、確かに歌詞は今の子どもたちには難しいかも知れません。教師への恩を強制していると読むことも可能ですが、歴史的事実として、多くの人たちがこれまで「師」に感謝してきたことを、若い世代にも受け継いで欲しい、そし教師の側からは、生徒たちにそう感じて貰うための努力を教師としてしっかりするという決意表明の歌として受け止められないものでしょうか。

 

「身を立て 名を上げ やよ励めよ」は、自立し、自分の名前に恥じない人間になるように努力して欲しいという、独立して行く子どもたちへの餞の言葉と考えてはいけないのでしょうか。

 

歌詞の解釈も大切ですが、それ以上に大切だと思うのは、この歌詞が日本語として美しいことです。日本語の美しさを若い世代に理解して貰いその美しさを伝え続けて貰うために、この歌を覚え歌い続けて欲しいのです。

 

美しさを表現している個所を挙げておきたいと思います。

 

一つは「今こそ別れめ」です。係り結びであることは、古文の時に習ったはずですが、「別れめ」は「別れむ」の已然形です。「こそ」は強調なのですが、「は」と同じような意味を持つとも言われていますので、「今は別れるけれど、再会しよう」という情緒を言葉としては言わないながらも伝えています。そんな気持ちを言外に美しく伝えられる係り結びを、日本語の中に残しておきたいと思うのですが、センチメンタル過ぎるでしょうか。

 

後は一つにまとめてしまいますが、「いと」「やよ」「いざ」といった詩語の美しさです。日本語の特徴の一つは、俳句や短歌といった短い詩の持つ美しさにあることは論を俟たないと思いますが、そのことは、ここに掲げた二音節の言葉の持つ美しさと切り離せないように思います。その美しさを感じて貰うために、そして日本語の美しさを大切にして貰うために、若い人たちに『仰げば尊し』を歌い続けて貰いたいと願っています。いや祈っています。

 

 

 

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コメント

本日「気まぐれ辛口」卒業します。長い間有り難うございました。

私の小学校の卒業式で
人類のためにがんばる子どもたちに
「身を立て名をあげ」
はなじまないので2番は歌わない。
という説明があり、
保護者はびっくりした、
というのを母から聞きました。

「気まぐれ辛口」様

コメント有り難う御座いました。お礼が遅くなりましたが、長い間楽しませて頂き有難う御座いました。今後も「気まぐれ」振りを発揮して、気の向いたときに「辛口」をお寄せ下さい。

「緩和ケア薬剤師」様

コメント有り難う御座いました。お礼が遅くなりました。

それも一つの考え方ではありますが、別の解釈成り立つのではないかと思って書かせて頂きました。

良い歌は歌い継いで行きたいですね。

2017年3月26日 (日)

軍事研究について学術会議が新声明 ――過去二回の声明を「継承」――



軍事研究について学術会議が新声明

――過去二回の声明を「継承」――

 

昨年9月に、軍学共同反対連絡会への参加呼びかけについて報告しました。その後、多くの皆さんの目には触れていなかったのかもしれませんが、大学や研究機関に属する専門家の皆さんは素晴らしい運動を展開して下さいました。


また学術会議の「学術会議の軍事研究拒否声明」見直し反対! 軍事研究解禁反対!の署名を集めていた「change.org」の運動についても報告しました。

 

学術会議は1950年と1967年の二回にわたって、「軍事研究拒否声明」、つまり軍事研究はしませんという決議を行い、その方針を守ってきたのですが、それを投げ捨てて軍事研究に走ろうとしている「科学者・専門家」の一部の動き、またその背後にある防衛省や政府の意図に対して市民の側から明確なメッセージを伝えることが目的でした。

 

学術会議でも当然重大問題として議論が続けられていましたが、昨324日に、新声明が決定されました。

            

Photo

                 

 その内容は、これまでの二つの声明を継承することが中心なのですが、それらが総会での決議によって採択されたのに対して、今回は幹事会での決定という形が取られています。詳しくは、前回も引用した東京新聞の望月衣塑子記者が、検討委員会の段階でまとめた記事をお読み頂きたいのですが、9月と同様に、新声明についての分り易い図が付けられています。

 

 

Photo_2


 また、学術会議の新声明全文は、次のサイトに掲げられています。

http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/pdf23/170324-seimeikakutei.pdf

 

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