ファッション・アクセサリ

2017年6月28日 (水)

久し振りの銀座 ――「銀座らしさ」が失われて行くのでしょうか?――


 

久し振りの銀座

――「銀座らしさ」が失われて行くのでしょうか?――

 

高校生の頃から銀座には良く足を運んでいました。理由は簡単で、当時の地下鉄は銀座線と丸ノ内線の二本しかなく、通学定期を持っていれば簡単に銀座に出られたからです。それからずっと銀座との付き合いが続いているのですから、自分自身に取っての「銀座」というイメージはかなりはっきりと形作られています。

 

今回、久し振りに銀座で時間を過ごすことになり、その変貌に戸惑っています。もちろん、時代とともに町は変って行きます。かつては銀座のシンボルだった森永の地球儀広告塔がなくなったり、松屋の前にAppleが登場したり、ディオールやブルガリといった一流ブランドが進出してくる等、変化する街には新しい魅力が付け加わっていたような気がします。

 

単に私の好みが独り善がりなだけなのかもしれませんが、今回気付いた大きな変り様に、我が目を疑いました。私の抱いている「銀座」のイメージとはずいぶん違うのです。一つは、4丁目の角の日産ビルです。写真も上手くは撮れていませんが、まずは御覧下さい。

 

             

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そしてもう一つが、松坂屋の後にできたGINZA SIX(ギンザシックス)です。これも写真を御覧下さい。

 

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こちらも、単に私の老化現象のせいで新しいデザインを受け付ける柔軟性が失われただけなら良いのですが、如何でしょうか。

 

でも、まだまだ「銀座」らしい雰囲気はあちこちに残っていました。和光のショー・ウインドーもお洒落でした。反対側にある日産ビルの影が写ってしまっているのが残念なのですが――。

 

 

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それといつも刺激を受ける松屋の吹き抜けのディスプレーです。梅雨の季節の傘から、7月には七夕をテーマにした美しさが登場するのでしょうか。

 

 

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特にお勧めの新発見は、数寄屋橋交差点にリニューアル・オーブンした東急プラザ6階のフリー・スペースです。数寄屋橋茶房の隣のスペースで、数寄屋橋交差点や4丁目交差点を眼下にゆっくり寛げるのが特徴です。こんな贅沢を許してくれる銀座や数寄屋橋であり続けてくれることを祈りつつ、銀座を後にしました。

 

 

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東急プラザからの眺め

上の方に見えるのが、銀座三越と4丁目交差点です

 

  

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2016年9月18日 (日)

高校最後の体育祭

高校最後の体育祭

 

土曜日は、下の息子の高校最後の体育祭でした。気合を入れて練習や準備をしていましたので、楽しみにして出かけました。体育祭日和と言ったらよいくらいの完璧なお天気で、リレー、騎馬戦、綱引き等、体育祭定番の出し物、そして少し趣向を凝らした試み等、中学生から高校生までの演技を堪能しました。

 

中でも特に楽しめたのは6年生 (中高一貫校なので、高校3年生はこう呼ばれます) の仮装行列でした。でも私たちの時代の仮装行列は、本当に「行列」だったのですが、今は違います。ステージがあり、舞台の背景は手作りの、とは言えかなり凝った移動式の大道具でした。全部で8組が登場しましたが、テーマはおとぎ話あり、映画やテレビをモチーフにしたパロディーあり、ゴジラやお祭りまでとバラエティーに富んでいました。

 

共通していたのは、音楽と踊りです。そして何よりも「ライブ」ですので、つまらないテレビ番組など足元にも及ばない迫力、そしてエンターテインメント性に溢れていました。その様子を、この記事でお伝えしようと最初は考えていたのですが、高品質のPAシステムに乗ったセリフと音楽、切れの良い踊り、その源である若いエネルギーを言葉で紡ぐだけの能力がありません。プログラムを見たら、業者の撮影したDVDがあるようですので、興味のある方はお問い合わせ下さい。

 

もう一つ、昔と今と大きく変わったのは、Tシャツです。これも今の言葉ではTシャツではなく、スポーツウエアなのかもしれません。とにかく、個性の表現の仕方も大きく変わっているのですね。「何でも鑑定団」に出演したことを紹介 した「亀仙人」もこうしたトレンドの仕掛人の一人だと思いますが、カラフルでメッセージ性のあるTシャツも、体育祭の主役の一角を占めていました。

 

色は勿論ですし、贔屓のタレントやグループ、スポーツチームや選手等の名前、背番号等をテーマにしてプリントし、それに自分のアイデンティティーを加えたメッセージがユニークです。それにちょっぴりユーモアも加味した楽しいTシャツも、素晴らしい一日に花を添えてくれていました。

            

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色もメッセージも多様です。髪の毛も一日だけ「特例」だとか。


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こんなに素晴らしいパフォーマンスのできる若者たちの創る未来に「祝福あれ!」。

 

そして最後に、ちょっとセンチメンタルになった親子のツーショットです。

 

Photo

 

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コメント

自由な校風は昔から有名でしたが、ブログ拝見して自由さが想像以上でした!存分に楽しんで、終わったらパッと切り替えるんでしょうね。親子バックショット、素敵です。

私も体育祭に最初から最後まで見ていました。体育祭での感動を文章にして頂き感激です。写真やDVDと一緒にこのブログも大切にファイルさせて頂きます。

「読者」様

コメント有り難う御座いました。自由な校風を大切にしている学校は昔も今も輝いているように見えます。受験にも役立つのかもしれません。

「体育祭」様

「親離れ」する時期と一緒なのかもしませんが、お母さんたちにとっては、特に意味のある体育祭だったようです。記録を保存しておくことも大切にしたいと思います。

2016年9月 4日 (日)

制服 これも「昭和遺産」です

制服

これも「昭和遺産」です

 

自分で提案をしておいて、自分でハマってしまった「昭和遺産」ですが、やはり私たち世代の生きた時代を覚えていて欲しいという気持が、意識しないまでも強くあったのだと思います。それが「昭和遺産」という言葉をきっかけに表に出てきたのだとすると自分でも納得できるのですが、所詮、自己満足の域を出ないのかもしれません。

 

今回は「制服」です。まだ制服のある学校はたくさんありますので、厳密には「昭和遺産」とは言えないのかもしれませんが、私にとっては、とても残念な気持とともに覚えていて欲しいことの一つです。

 

中学時代に、どの高校に入るのかを決めるとき、いろいろな理由があって当たり前です。野球とかサッカーその他の部活を続けるため、そして全国大会に出る、といった大きな夢を実現したいと考える若者もいるでしょうし、進学のためという理由もあるでしょう。通学距離や家庭の事情等も大切です。

 

さて私の場合ですがとても単純で、制服に憧れて高校を決めました。

                

Photo

           

 制服のない中学に入った時からずっとそう思い続けていた夢が叶ったときの嬉しさは今でも鮮明です。入学後は、真面目だけが取り柄の高校生でしたが、唯一制服だけは誇りに思っていました。

 

ところが、それから20年も経たずして、この制服が廃止されてしまったのです。後輩たちがそう決めたのですから仕方がありません。でも、先輩たちの意見も一度は聞いて欲しかったという思いが今でも残っています。

 

 

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