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2017年8月20日 (日)

高校生平和大使の演説中止 ――子どもたちには勝てないことを認めた外務省――


高校生平和大使の演説中止

――子どもたちには勝てないことを認めた外務省――

 

 

まずは、819日の朝アップされた共同通信47NEWSの記事をお読み下さい。

 

         

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これと併せて、「ユース非核特使」の活動報告をしている外務省のホームページもお読み下さい。


 

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今回は中止されましたが、2015年の軍縮会議ではスピーチができました。

 

このページの最後には、「「核兵器のない世界」の実現に向けて,日本はこれからも「非核特使」「ユース非核特使」と連携しながら,引き続きリーダーシップを発揮していきます」と高らかに決意表明しています。その口の乾かぬ内に「毎年必ずやると決まっているわけではない」なんて良く言えたものです。

 

仮に高校生が核兵器禁止条約に賛成だと言ったとしても、大人としてフェアに受け止めれば良いだけではないのでしょうか。政府がそれに反対しているのなら、プロの外交官として世界の外交官に向けて自分の立場を説明すれば済む話です。それとも、世界の良識を持つ国々を説得できないことだけは自覚しているのでしょうか。

 

高校生に発言させなかったのは、高校生たち――外務省のお偉いさんたちから見ればまだ子どもでしょ――のスピーチには説得力があるけれども、自分たちの理屈は通用しないことを認めたからなのだとしか思えません。

 

高校生の皆さん!  外務笑 (済みません、変換ミスでこんな漢字になってしまいました。訂正します。外務省です。) が負けを認めたくらい皆さんの言葉そして行動には大きな力があるのです。自信を持って、世界中に核兵器廃絶を呼び掛けましょう。

 

そして、「チョッピリ」勇気のある発言をしたばかりの河野外務大臣勇気ある発言を続けて下さい。大臣は、就任直後の記者会見でテレビ朝日の小池記者の質問に答えて、

 

「今や外務省の大臣でございますから,外務省がいい,頑張っているという印象を持っていただけるようにするのが私の責任だと思いますので,外務省頑張ってるねと言われるようにしていきたい,そうならなければそれは私の責任でございますので,しっかり責任を果たしてまいりたいと思います。」

 

と言っています。その責任を果して下さい。

 

天下の外務省が、子どもたちにはない権力を使って子どもたちの足を引っ張っるのでは、「いじめをしている」と見られたとしても仕方がありません。そんなところで「頑張って」も自慢にもならないでしょう。

 

日本や世界の子どもたちのために、そして未来のために「頑張ってるね」と認めて貰いたいのなら、せめて、外務大臣の指示によって、ジュネーブでの演説を復活させるくらいのことは必要だと思うのですが――。

 

 

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コメント

河野大臣頑張れ!

「セキニン」様

コメント有り難う御座いました。頑張って欲しいですね。

2017年8月12日 (土)

私たちの生きる意味 ――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

私たちの生きる意味

――広島を問い、憲法を問うことと同じです――

 

86日夜、「広島を語る会」に集まった8人で共有できたことの一つは、奇しくも、722日に開かれた講演会で、講師の石川健治教授の問い掛けと同じでした。それは、「私たちの生きる意味とは何か」です。石川教授の言葉を要約すると、「物語として憲法がその意味を伝えてくれている」と要約できるように思います。

 

             

Paul_gauguin__dou_venonsnous

               

Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?

(我々はどこから来たのか?我々は何なのか?我々はどこに行くのか?)

ポール・ゴーギャン作

[By Paul Gauguin - Museum of Fine Arts Boston, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36264337]

 

フォトジャーナリストと御紹介しましたが、「核ジャーナリスト」としても知られているT氏からの問題提起も石川教授と軌を一にしていました。T氏は、被爆・被曝を合わせて「被ばく」と書いていますので、ここでもそれに倣います。広島・長崎の被ばく者、福島やチェルノブイリ等の原発事故での被ばく者、原発労働者、原水爆実験の被害者、その中には、南太平洋諸島で被ばくした人たちもいれば、「アトミック・ソールジャー」として、アメリカ本土での核実験で被ばくした兵士たち、また、核実験の風下に住んでいたために被ばくした「ダウン・ウインダー」たちもいます。さらにウラン鉱の採掘に駆り出されて被ばくした先住民たち等々、核被害を受けた人々は世界のいたるところに住んでいますし、被害の受け方も多種多様です。

 

2015年に明治学院大学で開かれた講演会T氏は、被ばくを4層に分けてその本質を説明しています。


 Nuclear Colonialization (核の植民地化)――政治的・経済的支配という面から被害を理解する。

 Nuclear Racism (核による人種差別)――ウランの採掘・精錬の75パーセントは先住民の住む土地で行われ、主要核保有国の核実験は全て先住民の住む土地で行われた。

 Nuclear Refugee (被ばく難民)――被ばくさせられた上に、難民として自分たちの住む土地から追い出されている。

 Nuclear Violation (被ばく被害は人権、生存権の侵害)――被ばく者を生むこと自体が人権侵害であり、その対応も人権という視点から考えるべきだ。

被害の受け方も、受けた場所や日時も違い、それぞれが置かれていた「被ばく」当時の状況も戦争中だったり、あるいは核実験のモルモットとしてだったりという差もある。労働者として、あるいは平穏な日常に起きた事故等、こうした背景の違いをも視野に入れると、被害者としての、そして運動としての連帯を育む上で、結局は「私たちの生きる意味」を問うという一番基本的な立場に立つことが、鍵になるのではないか。

 

最後に、ジャーナリストのI氏による、86日の広島レポートが、「リベラル21」というブログに掲載されています。優れたレポートですので一読をお勧めします。

 

 

 

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2017年8月 5日 (土)

被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会始まる

被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会始まる 

 

               

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被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会会場

 

84日の夕方から、被爆72周年原水爆禁止世界大会 国際会議・広島大会が始まりました。最初に川野浩一大会実行委員長から、格調の高いそして元気の出る挨拶がありました。

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6歳の時に宇品で被爆した白石多美子さんは、被爆前の宇品での生活から始まって、母とともに祖母を探した重い数日と、その後の闘病生活、被爆者として受けた差別、そして今も残る心の傷について、淡々としかしながら原爆・核兵器が人間としての尊厳そのものを破壊してきたことを話して下さいました。

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最後に、人間だけではなく、生きとし生けるものすべての生命の尊さを強調しつつ、感謝したい相手として白石さんは、「母」、自分の心の丈を打ち明けることのできた雄の鶏・コータ、そして結婚前には被爆者であることを伝えられなかった自分を包容してくれた御「主人」を挙げられました。

 

核兵器禁止条約が現実になった今、一人でも多くの被爆者とともに、核廃絶の日を迎えられるよう、会場の2800人が決意を新たにした瞬間でした。

 

広島県から選ばれた3人の第20代高校生平和大使、久永風音(かざね)さん、船井木奈美(こなみ)さん、小林美晴さんも、若い世代の代表として被爆者の思いをしっかり世界に伝えて行く覚悟を語ってくれました。福島からの報告は福島県平和フォーラム代表の角田政志さん。福島に来ることで「フクシマの現実」を理解し、それを元に未来のための行動を始めようと力強いアピールがありました。「核と人類は共存できない」ことの意味を会場全員が共有できた報告です。

 

大会の事務局長である藤本泰成さんの基調提案で今回の大会の骨格が示されました。世界の多数を占める国々や市民の力によって、国連で核兵器禁止条約が採択された半面、核保有国や核依存国の頑なさは度を増し、また国内の政治も言葉を失うほど劣化し腐敗している現状に対する特効薬は、やはり憲法であり、被爆者・被曝者の人権が侵害されている状況を変えるためにも、私たち市民の力と憲法の力を最大限に生かして行こうという、希望にあふれるメッセージでした。

 

昨年に続いて残念だったのは、広島市長も県知事も顔を見せなかったことです。

 

核兵器禁止条約が締結された今年の原水禁世界大会では、劣悪な政治を変えるためにも原点に戻って、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者の言葉を反芻し、その具現化である憲法を為政者に遵守させる行動を通して、核なき平和な世界実現のための世論がさらに大きくなるよう、大会全参加者とともに頑張りたいと思います。

  

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2017年8月 4日 (金)

『The Face of Jizo』を読んでエッセイを書こう ――The Mainichiと毎日新聞広島支局が主催する国際コンテストです――


 

The Face of Jizo』を読んでエッセイを書こう

――The Mainichiと毎日新聞広島支局が主催する国際コンテストです――

 

井上ひさしさんの名戯曲『父と暮せば』は皆さん御存知だと思います。被爆した娘と父との二人芝居ですが、父・竹造は家の下敷きになり火にまかれて亡くなり、娘、美津江は父を助けることができなかっただけでなく、友人など多くの愛する人を失いました。その3年後の出来事という舞台設定です。美津江と、美津江の内心に潜んでいるもう一人の美津江の声を代弁する竹造の幽霊とが広島弁でやり取りをする二人芝居は、喜劇的でありながらそしてそうであるが故に、被爆体験の真実と意味をしっかり捉えて私たちに伝えてくれています。

 

               

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多くの舞台公演を通してまた映画としても私たちに感動を与えてくれた作品ですが、英・仏・独・ロ・伊等の外国語にも訳され世界的な評価も高い戯曲です。英訳は、作家、映画監督、翻訳家、劇作家、演出家として著名なロジャー・パルバース氏の手によります。

 

以前は『英文毎日』として多くの読者に知られていた毎日新聞の英語版は、現在、『The Mainichi』として、毎日新聞の英語の電子版としてのみならず独自の立場からも、世界に日本発のニュースとストーリーを届けています。そのThe Mainichiと毎日新聞広島支局との肝煎で、著作権をお持ちの井上ゆりさんとロジャー・パルバースさんの御厚意で、86日から1031日まで、『The Face of Jizo』がThe Mainichiにアップされます。幕数は14場ですので、一日一場ずつアップされる予定です。『父と暮せば』の日本語版(新潮文庫)とともに、夏休みの間に多くの若者に読んで貰いたいと思っています。

 

その上で、The Mainichと毎日新聞広島支局主催のエッセイ・コンテストに応募してみたらどうでしょうか。要領は以下の通りです。

 

応募資格は、13歳から23歳までの人。

エッセイは、『The Face of Jizo』をテーマにしたもので、英文1000語以内。

締め切りは20171031日。

The Mainichi”Contact Us”のページから送付すること。

その際、氏名、住所、生年月日、学校名、学年を明記すること。

件名は”Face of Jizo Essay”

厳正な審査によって、優秀作3名の方に各賞金$100が贈られる。

審査員は、訳者のロジャーパルバート、前広島市長の秋葉忠利、The Mainichi編集長の太田阿利佐の三氏です。

 

私たちが生きる意味や、歴史的な出来事の真実を理解し内面化する上で、第一印象はとても大切ですが、対象を一つに絞って、様々な角度からその対象を見詰め、集中することも同様に大切です。『父と暮せば』という傑作を対象に、広島弁のユーモアやユニークさを味わい、映画や芝居を通して自分とは少し違うかもしれない解釈に身を投じ、広島弁は翻訳不可能でも、井上ひさしワールドが忠実に再現されている英語に触れることで、被爆体験の意味を未来に残すために重要な鍵が見付かるはずです。今年の夏は、『父と暮せば』と一緒に暮してみませんか。

 

 

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2017年8月 3日 (木)

広島市入りした非核・平和行進

 

          広島市入りした非核・平和行進

 

被爆72周年原水禁世界大会が主催する非核・平和行進は727日に福山市に到着して広島県入りしたが、82日は午前、午後を通して坂町役場を出発して、安芸区役所を経て府中町役場前まで歩き一応広島市入り。明日は南区の大洲から出発となる。

 

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10時半安芸郡坂町役場前で出発式。坂町の副町長をはじめ職員の皆さんから励ましていただく。

 

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夏の空はあの日と同じように暑い。

 

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最初の休憩は矢野西の道路のガード下。

 

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元気を出して出発。

 

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自衛隊海田旅団玄関を左側に見ながら行進を続ける。

 

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安芸区船越に入る。もうすぐ安芸区役所。右に見える建物が安芸区民文化センター。

 

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13時、午後の出発に際して安芸区役所前で区役所の区長の激励の挨拶を受ける。

 

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マツダ病院の手前で安芸郡府中町に入る。

 

 

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府中町役場に到着。府中町長、町議会副議長からねぎらいの挨拶を受けて行進が終了。

 

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記念撮影する行進団の参加者。この若者たちは福山市の市役所の労働組合青年部のみなさん。聞けば28歳以下の組合員を対象にして行進団に参加しているそうで毎年続いている。炎天下坂町から府中町まで行進後いち早く元気を取り戻せるのも若者なればこそ。

 

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府中町役場の駐車場のツバキの実。この町の町花はツバキだ。

 

 

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今日の行進は、安芸郡の坂町芸区矢野安芸郡海田町、安芸区船越安芸郡府中町の行政区を通過した。それぞれの行政区に被爆体験の歴史がある。写真の海田町の原爆被害者会の体験記によると

爆心地からの最短距離6.km

86日午前10時頃より翌日頃まで仁保町、船越町を経て、徒歩およびトラックで避難してくるものが後を絶たなかったが、その姿は何れも火傷、裂傷にちまみれとなり惨たんたるものであった。」(斎木トヨコ氏)

 

同町内の収容所名、海田市国民学校他4か所で9520日まで開かれていたなど。

 

会長の桧垣益人さんは広島県被団協の事務局長として理事長の森瀧市郎さんを支えた方。白いワイシャツとネクタイをきちんと締めて少し甲高い声で被爆者援護法の必要性を訴えてこられたお姿が若い私の胸に印象深く残っている。私は船越町生まれなので隣町に住む桧垣さんに尊敬の念を強くした思い出がある。

 

それらのことに思いをはせながらの坂町から府中町まで行進した一日だった。

 

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

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2017年7月28日 (金)

非核・平和行進が広島入り

 

非核・平和行進が広島入り

 

 

 昨日(27日)正午前、被爆72周年原水禁世界大会が主催する「非核・平和行進」東コース(太平洋コース)が、広島県入りをしました。

 午前10時に笠岡市を出発した岡山県行進団約80名は、元気にシュプレヒコールを繰り返しながら、県境を越え、予定通り正午少し前に、待ち受ける広島県行進団の拍手に迎えられ、引き継ぎ場所である福山市大門町野々浜バス停に到着しました。

 

早速、福山地区労清水副議長の司会で、引継ぎ式が行われました。

 

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                  あいさつする岡山県平和センター梶原議長

 

 

最初に岡山県行進団を代表して岡山県平和センター梶原議長が、「非核兵器条約に反対する安倍政権を厳しく問わなければなりません。この非核・平和行進を通じて、市民の皆さんに強くそのことを訴えてきました。広島の皆さん、その思いをつないでください。」とあいさつ。続いて、広島県側を代表して広島県実行委員会金子代表委員が「核兵器禁止条約の採択は、『核兵器の非人道性』を強く訴えてきた被爆者やその声を一緒に広げてきた私たちの運動の成果です。岡山県行進団、そしてこの行進を引き継いできた全国の仲間の思いをしっかり受け止め、平和公園慰霊碑前までの行進を続けます。そしてその成果を8月4日から始まる被爆72周年原水爆禁止世界大会成功の大きな力とします。」と決意を述べました。

 

 

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その後、岡山県代表団から「核も戦争いらない平和な21世紀を 子どもたちに核のない未来を 非核・平和行進」と大きく書かれた行進用横断幕が広島県側に、手渡され、午後0時20分に広島県行進団(福山地区労の仲間約150名)が、今日の目的地である福山市役所をめざし元気にスタートしました。しかし、出発時には、やや風が吹いてはいたものの気温は32度近くに達しており、歩き始めるとすぐに首筋に汗が滴る厳しい環境でした。行進団には、多くの若い人たちの姿があったことを特に強調しておきたいと思います。

 

この東部コースは、福山市、尾道市、三原市、竹原市、東広島市、呉市、坂町、海田町、府中町などを経由しながら広島市に入り、8月3日の午後3時ごろ、他の2コース(西部コース、北部コース)とともに平和公園慰霊碑前に到着する予定です。

 

西部コース(日本海コース)は、8月1日午前10時に大竹市栄橋で山口県から引き継ぎ大竹市、廿日市市を経由し、広島市に入ります。北部コースは県内独自コースとして今月30日に庄原市を出発し、三次市、安芸高田市を経由して広島市に入ります。

 

4月8日に青森市で開催された「反核燃の日集会」からスタートした「非核・平和行進」が広島県入りをすると、いよいよ原水禁世界大会が近づいたことを実感します。

 

厳しい暑さが続く中、元気にそして安全に行進が続くことを願っています。

 

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2017年7月27日 (木)

石川教授の講演・導入 ――共和制と専制政治――

 

石川教授の講演・導入

――共和制と専制政治――

 

722日に広島弁護士会主催で開かれた講演会の報告をさせて頂きますが、一人目はスダンダップコメディアンの松元ヒロさんでした。スタンダップコメディーの良さを味わうには、その場でリズムや躍動感、即興のセリフや間の取り方等、内容を要約したのでは伝わらない要素が多いので、是非、YouTubeで御覧下さい。その内の一つを貼り付けておきます。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=rw69U0ocvgM

 

東京大学法学部の石川健治教授の講演は、私の勉強不足の結果かも知れないのですが、これまで聞いたり読んだりしてきた憲法論とは違った次元からの内容で正に「目から鱗」でした。

 

           

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石川教授の言葉を拾いながら説明すると、キーワードは、「人類の英知」「物語」「構造」「生活」です。

 

まず、憲法には人類の英知がまとめられている、ということなのですが、「押し付けられたから変えるべき」という主張と対極にある考え方だと言っても良いように思います。次にその人類の英知をどう表現するのかを考えると、それは「物語」である、ということに注目したいと石川教授は述べています。実は、アインシュタインの方程式「E = mc2」も同様に物語なのですが、それについては機会を改めましょう。

 

その物語を詳しく理解するために、憲法の構造的な分析を見事にして下さいました。これは講演の中でさらに詳しく論じられます。その構造の一つが重層構造です。その中で今回の講演で取り上げられたのが、「生活」という視点です。憲法が働き掛ける対象、あるいは主体になる存在等、憲法に関わる「世界」を「個人生活」「社会生活」「国家生活」「世界生活」という4層に整理した上で、それぞれの生活と憲法がどう関わるのかを理解することで、憲法の存在や意義、その位置付けがしっかりと伝わってきました。

 

冒頭で、石川教授は講演アウトラインとして4つの項目を掲げました。

 

⓪ 導入

 憲法論の構造

 9条論の構造

 今日的課題

 

まず導入部です。今私たちが直面している問題点を整理して、安倍総理が憲法記念日に提案した「自衛隊の存在を明記」の本質は、私たちが思っている以上に深刻であることを指摘してくれました。

 

これまでの改憲論は、「何かを変える」ためだった。例えば「戦後レジームからの脱却」。しかし、今回は「変えない」という方針に変った。しかし、何かが変わるはずだ。その何かを探そう。そのためにカントが重要だ。

 

[ここで、『恒久平和論』が書かれた背景、構成についての興味深い話がありましたが、長くなりますので省略します。]

 

カントは、恒久平和のためには共和制が必要だと言っている。実はアリストテレスの頃から、政治の形態は「君主制」、「貴族制」そして「民主制」と定式化されてきた。しかし、統治の仕方から整理すると、「専制」(despotic)と「共和制」(republican)だ。[:専制とは独裁制とも訳される。]

 

共和制とは、執行権と立法権が分離されていることを指す。つまり、立憲的だということだ。民主制との違いは、民主制が専制(despotic)になり得る点だ。それは、公的決定を私的に扱う場合に発生する。そして、権力の私物化は平和を害する。これがカントの言い分だが、9条を認めた上で一部を付け加えるという提案を考えるに当って、「変えないのなら問題はない」と簡単に結論付けてしまわないで、「専制」か「共和制」かという視点から、背景を理解することが重要だ。

 

次回は、①憲法論の構造、です。

 

 

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2017年7月26日 (水)

憲法施行70周年、今、ヒロシマができること ――松元ヒロ、石川健治お二人は圧巻でした――

 

憲法施行70周年、今、ヒロシマができること

――松元ヒロ、石川健治お二人は圧巻でした――

 

               

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722日の土曜日、広島弁護士会館で素晴らしいパーフォーマンスと講演を聞くことができました。お一人は、スタンダップコメディアンの松元ヒロさん、そしてもう一人は東大法学部教授の石川健治さんです。

 

 

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そのレポートを、広教組の有田智樹さんが寄稿してくれました。もう一人のスター・ライターの登場です。

 

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日本国憲法くんに聞いてみたい

 

以前、ある活動家の方が次のようにおっしゃられた。

 

「私たちは護憲勢力ではない。憲法第9条をはじめ、生存権などを今、変えてはいけない条文を恒久法へと改正していく、いわば『改憲勢力』でなければならない」と。

 

確かに、今の内閣に、今の与党に憲法を「改悪」されたくはない。しかし、だからといって「良い方向へ」といえど、「改憲」してもよいのだろうか?その言葉が、ずっとどこかに「引っかかり」を残していた。

 

7月22日(土)、広島弁護士会館にて、「憲法施行70周年、今、ヒロシマができること」と銘打って集会が開かれた。日本弁護士連合会と中国地方弁護士会連合会の共催で開かれた集会に、市民、民間団体等、大勢の人が集まった。

 

集会では、元ニュースペーパーの一員で、スタンダップコメディアンとしてソロ活動されている松元ヒロさんが、ステージに立たれた。松元ヒロさんは、今の内閣総理大臣、防衛大臣をはじめ、政治の正解を痛快に笑い飛ばしてくれた。また、ステージ最終盤には、自らを「日本国憲法」となって演じ、それはまるで「参加者への改憲への警鐘」であった。歯切れの良さ、スピード感、そして、最終盤の「憲法くん」では日本国憲法前文を、一言一句間違わず、暗唱した。その姿は圧巻そのもの。会場は静まりかえり、そして拍手喝さいだった。

 

次に「日本国憲法施行70年の今、考えるべきこと」と題し、東京大学法学部教授の石川健治さんより講演を受けた。石川さんは、憲法のもつ理念とその構造、そして私たちの個人生活に密着している憲法9条とその背景にあるものについて話しをされた。石川さんは、現在の改憲論のポイントとして、憲法の現状を変えないと言いながらも、9条に自衛隊の正統性を盛り込もうとしている事を見過ごしてはならず、私たちが阻まなくてはならないとした。聞き心地の良い言葉を用いての改憲提案であるが、9条がどのような役割を果たし、またどのような役割を果たさなければならないのかという事。その中で、9条を守るヒロシマの役割はとても大きいものであると論じた。改めて、憲法をもっと身近に感じられ、また重要性を考えさえられる集会になった。

 

皆さんよくご存じの古舘伊知郎さん。この方が、某局の報道番組を降板される前に、ある特集を番組内でオンエアーした。内容はドイツのワイマール地方を訪れ、当時世界各国から「最も民主主義的な憲法」として讃えられた、かの有名な「ワイマール憲法」についての特集であった。当時世界の中で「最も民主主義的」な憲法であったにもかかわらず、なぜ第2次世界大戦という戦争の引き金を引くことになったのかを、わかりやすく解説された内容であった。理由はいたってシンプル。政権を持つナチスに、国家発動権を議会で付与してしまったことだ。それは、ファシズムという亡霊に国民が引きずられ、一握りの権力に「主権」を「明け渡した」瞬間であった。その後、どのようになっていったのかは、誰もが知る事実である。

 

どこか、今の日本にそっくりではないか?まったくもって、戦前復古の道が再び開きかけてはいまいか。私たちが許してしまえば、この国の「危うさ」はもはや思い過ごしではなくなる。今、30代を終えようとしている人生だが、憲法くんはその倍を生きてきた。本当に憲法くんが、しゃべるとしたら、今の私たちに、今のこの世界になんと語るだろうか? 

 

[by 広教組 有田智樹]

 

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石川教授の講演を敷衍したインタビューがWebRonzaに掲載されています。有料のサイトですが、憲法問題の重さを伝えたい朝日の心意気でしょうか、石川教授のインタビューは無料で読めます。URL

http://webronza.asahi.com/free/list.html

 

それだけで十分だと言っても良いのですが、やはり私がどう咀嚼・理解しているのかもお伝えしたいので、次回から、石川教授の講演内容を報告したいと思います。

 

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2017年7月19日 (水)

核兵器禁止条約に至る道 ――世界法廷プロジェクト⑥ 市民によるロビー活動・(3)――

 

核兵器禁止条約に至る道

――世界法廷プロジェクト⑥ 市民によるロビー活動・(3)――

 

以下、『数学教室』連載”The Better Angels”20154月号から転載

 

前回まで説明してきた諸々の活動は立派な「ロビー活動」ですが、具体的な内容は千差万別です。どのような可能性があるのか、できるだけ具体的な活動が分るように、WPCのメンバーがどのようなことをして来たのかを整理した形で説明しましょう。

 

例えば、NGOのメンバーがかなりのレベルの専門家(A氏と呼びましょう)で、B国の国連代表部の新任の軍縮担当官で関心は持っていても軍縮については抽象レベルでの知識に留まっているC氏と話をしたとしましょう。これまでのWCPの活動を説明するだけではなく、フランスの核実験から始まる歴史や、これから国連内で予定されている活動等を説明することになるはずです。話の内容から表現すると「教育活動」と言っても良いでしょう。

 

一方、A氏とは様々な場で同席した経験があり自分自身も核廃絶のために努力してきたベテランの外交官D氏との会談は、これから他の国を交えてどのような会合が開かれるのか、その会合ではどの国がどんな主張をするのか、最終的にスケジュールはどうなり、「勧告的意見」実現のためにそのスケジュールが役立つのかどうか、そのように時間的制限の中でのこれからのD氏の動きはどうなるのか、といった内容になっても不思議ではありません。となると、これは、「戦略会議」だと言うと分り易いはずです。

 

それだけではありません。ある国Eが、核兵器についてはこれまで決まっていた方針に従って国連では活動してきたとして、世界情勢が変わってきたので、それに合わせて国連での動きを元にE国の方針を微調整すべきか、あるいはかなり大きく変えるべきなのかといった判断に迫られることもあります。そのE国の担当者F氏と日頃から情報の交換をしているA氏に、情勢判断の基礎になる最新情報の提供を依頼することも稀ではありません。その際に大切なのは、その情報が客観的なものであり、手に入り易い公開情報であることです。

 

しかし、核廃絶とは反対の立場をとる人たちも、自分たちに有利な情報を提供するはずです。その際に、矛盾する内容をどう解釈するのかまで、十分な勉強をしていないと、役に立ちません。善意があり熱意があり、知的にも体力的にも優れている人がボランティア活動に飛び込んだとしても、NGOとしての実質的な活動を続けるためには、人並み以上の勉強が必要なのです。

 

また、複数の国を対象にセミナーを開いたり、複数の国と共に文字通りの「作戦会議」を開いたりということも必要です。核廃絶には反対している国からの妨害活動について市民への情報提供をし、市民の力を借りて反論したり、マスコミを通してきちんとした対応をすることも時には必要です。

 

また逆に、エキスパートである外交官や学者、政治家等からから専門的な知識やそれぞれの立場の人たちが持っている深い知識についてのレクチャーを受けることになる場合もあります。

 

もう一つ、ロビー活動で大切なことがあります。これも人を説得する仕事をしたことのある人たちの間では常識なのですが、説得するのは、目の前にいる人だけではないのです。前に挙げた、C氏やF氏に戻れば、C氏やF氏は説得できたとしても、次にはC氏やF氏の上司や本国の担当者の説得をする必要があります。本国の大統領の説得が必要になることもあります。その説得をするのはC氏でありF氏です。その際に役立つ情報や説得のための材料を提供することで、何歩も前に進めるという点も大切です。

 

NGOの仕事の中には、活動費、有能なスタッフに助けて貰うための人件費を含む事務所の維持費等の資金を調達する仕事、そのための準備等も必要ですし、NGO内部での方針決定やそのための会議、多くの市民との間の連携の仕事、マスコミとの連携や広報等々、まだまだ多くの仕事があり、それらの総体が、「結果」として現れるのです。

 

こうした活動を何年か続け、多くの国の支持を取り付けた結果が、WHOや国連総会での、市民の声を反映した決議になりました。1993年5月14日、WHOが総会で、ICJに勧告的意見を求めるよう決議、9月にはICJに受理され、次いで、1994年12月15日には、国連総会はICJに勧告的意見を求める決議を採択、数日で受理されました。

 

WHOの付託した問題については、33か国が陳述書を提出、国連総会の付託した問題については、28か国が陳述書を提出、1995年10月30日から11月15日まで、22か国および、WHOICJの法廷で口頭陳述--歴史的多数の陳述だったのですが、日本からは、政府だけではなく、広島・長崎両市の市長が陳述したことには既に触れました。

 

日本ではあまり報道されなかった、NGOの努力とその具体的姿の一端、そして勧告的意見の持つ意味について、少しでもお伝えすることができたでしょうか。

 

改めてここでお伝えしたかったことを二つに整理しておきたいと思います。一つは、核兵器の廃絶にしろ、地雷の禁止にしろ、国際的な場で政治を動かす仕組みの中で、市民としてどのような活動ができるのかを少しは具体的に知って頂きたかったのです。国際政治を動かすことは可能ですし、成功した事例から、それがどのような活動の結果なのかを知って頂きたかったのです。もう一つは、このような地道な活動の結果として、例えば国際司法裁判所での感動的な陳述が行われたのですが、その舞台を作る仕事があって初めて、それが可能になったことにも注目して欲しいのです。特に若い人たちには、この舞台作りの場で活躍して欲しいと思いつつ、今回の報告を行った積りです。

 

最後に、時期的には2005年とWCP後の活動ですが、NPT再検討会議の際の「ロビー活動」の写真をアップしておきます。最初はオノ・ヨーコさんに銀の折り鶴の贈呈をしました。そして国連の本会議場での写真です。

 

           

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2017年7月17日 (月)

核兵器禁止条約に至る道 ――世界法廷プロジェクト⑤ 市民によるロビー活動・(2)――

 

核兵器禁止条約に至る道

――世界法廷プロジェクト⑤ 市民によるロビー活動・(2)――

 

以下、『数学教室』連載”The Better Angels”20154月号から転載

 

WCPに戻って、国際的なロビー活動の具体的な姿を描いてみたいと思います。まず、ニュージーランドの市民と政府が一体となってICJの勧告的意見を求めようと決意をしたのですが、それを実現するためには、次のステップとして国連あるいは専門機関での決議が必要になります。その決議を実現するためには、当然、世界各国に賛成して貰わなくてはならず、そのためにはICJの勧告的意見が何故必要なのかから始まって、最後には、決議に賛成して貰えるように説得しなくてはなません。

 

国際社会に働きかけるのは、建前として国が行うことになっています。国としてのニュージーランドが動くという形を取るのですが、その実質を考えると随分難しい仕事でもあります。なにしろ国連加盟国だけでも200近くあるのですから、その一つ一つの国の代表と会い説得をすることにはエネルギーも時間もかかります。

 

その全てを、人口500万に満たない国の責任で行うだけでも大変です。しかも国の中の外務省というお役所が形式的には全てを仕切るとは言っても、ニュージーランドは小さな国です。ニュージーランドという国の存亡に関わるという問題意識もあったはずですが、それ以上に、世界・人類の存亡に関わる問題でもあります。他の国々の協力があって当然なのですが、それでも政府のお役人という立場で仕事をする人たちが使える「資源」つまり能力がありこの問題に精通している人たち、さらにその人たちを支える環境や資金には限りがあります。

 

さらに、国の外交の仕事にはWCPの他にも大切な「日常業務」も含まれています。それらを熟しながら、新たに付け加わったWPCの仕事を世界の200か国を相手に精力的に行うには、時間と人手そしてお金が必要だということです。

 

           

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ニュージーランド外務省のスタッフ数は約1400人--同省ホームページから

 

そこに登場するのが、国境を越えた集団であり、かつ専門的な知識やノウハウを提供することのできるNGOです。事実、WCPでは、その支援をするためのNGOが誕生し、実質的にこの運動を引っ張って行くことに成功しました。

 

国際平和ビューロー、核戦争防止国際医師会議、国際反核法律家協会という核廃絶に熱心なNGOが中心になって、ケイト・デュース、ロバート・グリーン、そしてアラン・ウエアというニュージーランドきっての活動家3人が加わった、WPCの国際運営委員会が1992年に作られ、ここから実に効果的に国連大使を含む外交官、各国の外交担当者や議員、マスコミ等に最新の情報と市民からのメッセージを発信する仕事を分担したのです。

 

最後に何か国かの外務省職員数の比較グラフを掲げておきます。外務省が作成したものです。人口当たりの職員数の少ないことが日本の特徴です。人口一万人当たりの職員数では、日本が0.42であるのに対して、ニュージーランドは、2.8で、約7倍です。ただし、ニュージーランドは貿易の仕事も外務省の管轄ですので、それも考慮すると、数値はかなり下がります。

  

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