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2017年4月27日 (木)

4.26チェルノブイリデー その2

 

4.26チェルノブイリデー その2

 

「核と人類は共存できない」-エネルギー政策の転換を

 

 

昨日、県原水禁が呼びかけた「チェルノブイリデー」の平和公園慰霊碑前での行動は、雨中にも関わらず集まっていただいた原水禁加盟組織、被爆者、市民など73名の参加者によって実施されました。

 朝からの雨で、慰霊碑前の敷石がびしょぬれだったため、残念ながら座り込み行動は実施できず、ミニ集会となりました。

 

主催者を代表してあいさつした私は、「31年目のチェルノブイリデーを迎えました。その被害は、今も続いています。放射能被害の恐ろしさを最もよく知るし私たちは、被害者の痛みを忘れてはなりません。チェルノブイリ原発事故が発生した時、『原子炉の型が違い、体制が違う日本では決して事故は起こらない』と政府や電力会社は言いました。しかし6年前、チェルノブイリ原発事故に匹敵するような福島原発事故が発生しました。チェルノブイリデーの今日、原爆慰霊碑の前で『核と人類は共存できない』という私たちの理念を再確認し、原子力政策の転換を強く求めていくことを決意しましょう」と訴えました。

 そして参加者全員で、下記のアピールを確認し、慰霊碑に向かって黙とうをささげ、行動を終了しました。

 なおこの行動に先立って、午前7時半からバスセンター前で、広島地区労によるビラ配りが行われました。

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「4・26チェルノブイリデー」アピール

 チェルノブイリ原発事故から31年が過ぎた現在もなお、原発から30キロ圏内や300キロ離れた高汚染地域が永久に居住禁止となり、人が住めない廃墟となっています。そして、広範囲な放射能汚染は続き、身体への影響は、甲状腺ガン、白血病、そのほかの疾病が多数あらわれ、その苦しみは今も続いています。事故処理に参加した人々は健康を害しています。また放射性物質の飛散を防ぐために、事故後には「石棺」と呼ばれるコンクリート製の建造物が急ピッチで作られました。しかし、事故から31年を経て老朽化が進み、石棺そのものが崩壊する危険性から、さらなる被害を防ぐため、昨年11月には、全体を覆うための巨大シェルターが作られるなど、依然として原発事故の深刻な現状が続いています。

 

 一方、我が国でも、福島第一原発事故から6年が経ったいまでも事故の原因は確定できないだけでなく、現状を把握できず、収束の見通しが立っていません。子どもたちの甲状腺の問題をはじめ、汚染水や除染、原発事故処理業務にあたる労働者の被ばく、健康被害など、多くの問題が深刻化しています。政府は本年3月31日と4月1日に相次いで「帰還困難区域」を除く地域の「避難指示」を解除し、「安全」を強調しますが、依然放射能被害への不安は大きく、故郷へ戻れない住民が多くいます。

原発事故被害者の痛みを私たちは、決して忘れてはなりません。

チェルノブイリ事故も福島の事故も、あらためて「核と人類は共存できない」ことを教えています。かつて安全神話を強調して原発政策を推進してきたのは、自民党政権です。その責任を取ることもなく、安倍政権は、国民の過半数超える人々の反対の声を無視し、再び原発政策を推進し、原発の再稼働を強行しています。私たちは、すべての原発の再稼働・新増設に反対します。

 

原発事故は、新たなヒバクシャを作ります。

 人類史上はじめて原子爆弾の惨禍を被った私たちヒロシマは、放射能被害の恐ろしさを最もよく知っています。再び過ちを繰り返さないために、核兵器廃絶そして原発に反対し原子力に頼らない再生可能エネルギーへの転換を求めていきます。私たちは、このような惨禍を生み出した原発からの脱却に向けた政策転換を強く求めて、取り組みを行っていきます。

 

 ◆チェルノブイリ原発事故を忘れてはなりません!

 ◆福島第一原発のような事故を二度と起こしてはなりません!

 ◆原発の再稼働・新増設を許してはなりません!

 ◆新たなヒバクシャを生み出してはなりません!

 ◆全ての原発被害者への補償と救済を強く求めます!

 

 2017年4月26日

 

              「4・26チェルノブイリデー」行動参加者一同

 

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2017年4月26日 (水)

4.26チェルノブイリデー=今も続く核被害を忘れてはならない=

4.26チェルノブイリデー

 =今も続く核被害を忘れてはならない=

 

31年前の今日4月26日、旧ソ連・チェルノブイリで原発事故が発生しました。この原発事故は、原爆による放射能被害を上回る大被害を生み出しました。

 

チェルノブイリ原発事故から31年が過ぎた現在もなお、原発から30キロ圏内や300キロ離れた高汚染地域が永久に居住禁止となり、人が住めない廃墟となっています。そして健康への影響は、今も深刻です。また昨年11月、老朽化した「石棺」全体を覆うための巨大シェルターが作られました。依然として原発事故の深刻な現状が続いています。

 

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慰霊碑前座り込みに参加してください!

 

広島県原水禁は、翌年(1987年)から毎年4月26日をチェルノブイリデーとして、平和公園慰霊碑前座り込みや節目の年の講演会など様々な取り組みを続けてきました。また1990年には、反原発運動関係者としては日本で初めてチェルノブイリ原発事故調査と被害者との交流代表団に派遣、91年にも続けて原水禁代表団に参加し、注射器・医薬品や放射能検知器などの支援を行っています。

今年も、今日午後0時15分から30分間、平和公園慰霊碑まで「原子力政策の転換を求める」座り込みを行います。この座り込み行動は、だれでも参加することができます。ちょっと雨が心配ですが、市民の皆さんの参加を呼びかけます。

 

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                                      昨年のチェルノブイリデーの座り込み

私が毎年のチェルノブイリデーで思い起こすことは、事故の翌年1987年9月にアメリカ・ニューヨークで開かれた第1回核被害者世界大会でのスウエーデンのラップランド人(スカンジナビア半島北部に住む先住民)との出会いです。

トナカイ放牧者であるポール・ドイさんは、訴えました。

「2000km離れたところで起きた事故で大変なことになってしまった。18,000頭のトナカイを殺したが、280ベクレルから最高値18,000ベクレルも汚染されていた。最近、カモシカの汚染も見つかった。コケに放射能が濃縮され、冬の間に苔を食べたカモシカに濃縮されたもの。トナカイやカモシカを主食とする私たちはどうすればよいのか。チェルノブイリ事故のよって食生活を大きく変更しなければならなくなった。私たちは、だれも安全ではない。」「トナカイが汚染され、伝統的な放牧生活を送ることができなくなった。」

 

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福島原発事故によって起こっている、健康への被害のみならず、文化が破壊され、地域コミュニティが破壊されることを、すでにチェルブイリ事故の時に、ヨーロッパの先住民の人たちが、先駆的に訴えていたことを忘れてはなりません。

 

 

昨年のチェルノブイリデーは、30年目の節目となったため、多くのマスコミが関心を持ちました。しかし、今年は?

過去の歴史を忘れたとき、再び過ちを繰り返すことになります。

31年前どころか、わずか6年前の福島原発事故を忘れたかのごとく、原発再稼働を目指す今の政治にストップをかけるのは私たちの役割です。

 

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2017年4月21日 (金)

「広島・長崎の記憶を伝える」-藤登弘郎・水彩画展

「広島・長崎の記憶を伝える」-藤登弘郎・水彩画展

= 旧日銀広島支店 4月20日から23日=

 

昨日(20日)から、旧日本銀行広島支店で藤登弘郎(1936年生れ)さんの「ヒロシマ・ナガサキの記憶を伝える―被爆建物・被爆樹木・慰霊碑―」水彩画展が、開催されました。私もさっそく見に行きました。

 

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藤登さんは、定年退職後水彩画を始められ、最初は全国の近代建築や町並みを描いてこられましたが、その後「失われゆく被爆の‟証人を、自分なりに後世に残したい」と広島と長崎にある被爆建物や被爆遺構を水彩画で描き残そうと描き続けてこられました。さらに「被爆した兄から幾度も聞いた当時の光景を想像しながら絵筆を握りました」(自費出版「水彩画集・被爆建物は今」発刊にあたり)とも述べておられます。

 

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藤登さんの水彩画展は、今回が3度目ですが、これまでは「被爆建物」と「被爆樹木」を描いたものでした。今回は、最近描いてこられた「慰霊碑」を中心とした展示となっています。藤登さんは、「すでに86の慰霊碑を描いてきましたので、ぜひ多くの人に見てもらいたいと思って今回開催しました。今回はそのうち35枚を展示しています。その慰霊碑の多くは、学校や職場の慰霊碑となっています」と話しながら、さらに慰霊碑を描く思いを「特に、学校の慰霊碑を回るたびに、どんなに多くの若い人たちが、夢や希望をもちながら、無念の死を迎えただろうかと思わずにはいられません。」と話していただきました。今回展示された作品の中には、山王神社の片足の鳥居など長崎の被爆遺構を描いた絵5枚も展示されています。このいずれの作品にも藤登さんの「平和への願いと祈り」の強い思いと「次の世代への伝承の願い」が込められています。また開催期間中の22日(土)午後1時から、同じ会場で「被爆ピアノ平和コンサート」が開催されます。藤登さんによれば、被爆ピアノを管理されている矢川光則さんから「一度は水彩画展とコラボした被爆ピアノ演奏会をしたいですね」と言っていただいていたことが今回ようやく実現したとのことです。

 

この展示会は、23日まで開催されています。被爆ピアノ演奏会はもちろん、ぜひ一人でも多く参観していただければと思います。

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実は、藤登さんと私の出会いは、ちょうど10年前の2007年のことです。当時私は、写真家の鈴木賢士さんから「広島でぜひ東京大空襲写真展を開催したいので協力してほしい」という依頼を受けていました。写真展をやるなら「東京大空襲のあった3月10日中心に、会場は被爆建物である旧日銀で開催したい」と思い、広島市に会場の使用申し込みに行きました。同じ時期に自分の水彩画展を開こうと申し込みに来られていたのが、藤登さんでした。そして私の「どうしても3月10日を外せないのです」というわがままを聞いて、日程を変更していただいたのです。その縁で、今回の水彩画展の案内もいただいていました。

 

 

展覧会の成功を祈られずにはいられません。

 

 

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2017年4月20日 (木)

バーバラ・レイノルズさんとフェニックス号 ――川底に沈んでいる船を引き上げる運動が始まりました――

 

バーバラ・レイノルズさんとフェニックス号

――川底に沈んでいる船を引き上げる運動が始まりました――

 

私たちの世代の人間にとって、「バーバラさん」、つまりバーバラ・レイノルズさんは神懸った存在でした。彼女の信仰心の篤さと平和への献身的な姿勢から、私たちが近寄り難いほどのオーラを感じ取っていたからだと思います。

 

今日、バーバラさんの娘であるジェシカ・レンショーさんからメールを頂きました。川底に沈んでいるヨット、フェニックス号を引き上げ、再び世界平和のための航海ができる形に復元するプロジェクトが始まっているのだそうです。フェニックス号はバーバラさんが家族とともに乗り込み世界を駆け巡って平和を訴えたヨットです。

 

Phoenix of Hiroshima Project(ヒロシマのフェニックス号プロジェクト) と名付けられていますが、先ずは、ホームページのURLを御紹介しておきます。

 

https://phoenixofhiroshima.org/

 

                 

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フェニックス号プロジェクトのホームページから

 

ここまで書いてきて、若い世代の皆さんの中にはバーバラさんやフェニックス号についてあまり御存知でない方も多そうだと気付きました。バーバラさんの思いやフェニックス号の活躍を若い世代の皆さんに引き継いで貰うために、何回かに分けてバーバラさんや御家族の皆さん、そしてバーバラさんの撒いた種について、さらにその種がどのように成長しているのかについて説明したいと思います。

 

今回はまずバーバラさんの記念碑を取り上げます。平和公園の100メートル道路に近い、平和大橋寄りにある記念碑です。

 

 

Photo

広島市のホームページから

 

記念碑は2011612日に除幕されました。建立の目的は「被爆後60年以上が経過し被爆体験の風化が懸念される中、「私の心はいつもヒロシマとともにある」という信念のもと、ヒロシマの世界化に尽力したバーバラ・レイノルズ氏の功績を顕彰するとともに、広島市民及び修学旅行生をはじめとする国内外の来広者に彼女の核廃絶への願いを継承することを目的とする」と記されています。建立したのは、バーバラさんが創設したワールド・フレンドシップ・センターです。

 

碑文は英文併記なのですが、ここでは日本語だけを掲げておきましょう。

 

私もまた被爆者です 
私の心は いつも ヒバクシャ ヒロシマ とともにあります

 

バーバラ・レイノルズ (1915-1990)
広島市特別名誉市民 

ワールド・フレンドシップ・センター創立者

 

1990年に亡くなられた時、まだ75歳という若さでした。でも彼女の生涯を振り返ると、その何倍もの時間を生き世界平和のために尽してくれていたような気がしてきます。それほど存在感のある人でした。

 

広島市の平和記念資料館の記述を借りて、バーバラさんの生涯を振り返っておきましょう。

 

アメリカの平和運動家。1951(昭和26)に当時、原爆傷害調査委員会(現、放射線影響研究所)研究員だった夫とともに広島を訪れ、原爆被害の悲惨さを知った。1958年に、太平洋エニウェトク環礁の立ち入り禁止海域にヨットで乗り入れ、米国の水爆実験に抗議した。1962年から「ヒロシマ平和巡礼」、1964年には「広島・長崎世界平和巡礼」を実施。被爆者や学者等と共に世界各国を平和行脚した。

1965年に、南観音に「ヒロシマの世界への窓口」として、“ワールド・フレンドシップ・センター”を創設。 日本及び世界各国で平和運動に尽力した功績により、 19751015日に広島市の特別名誉市民に推挙された。

 

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バーバラさんの活動や「広島のフェニックス号プロジェクト」について、これから何回かに分けて取り上げて行きます。お付き合い頂ければ幸いです。

 

 

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2017年4月19日 (水)

イギリスの解散・総選挙 ――どちらに転んでも損をしない選択肢かも知れません――

 

イギリスの解散・総選挙

――どちらに転んでも損をしない選択肢かも知れません――

 

イギリスのメイ首相が下院を解散し、68日に総選挙を行う意向を記者会見で表明しました。解散・総選挙の目的はEU離脱 (Brexit とも呼ばれています。イギリスの別名Britainと、離脱を意味するexitを合わせた言葉です) を遂行するための国民的合意を取り付けることだと言明し、今後、安定した政権運営をするためには今、選挙をすることが必要だとも述べています。

 

             

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一応の説明にはなっていますが、これまで官邸筋は解散・総選挙を否定してきていますので、それを踏まえるとすんなり受け入れられるシナリオでもありません。いろいろな論評が出てくると思いますが、日本のマスコミがあまり注目していない観点からの解説をしておきたいと思います。

 

そのための大前提ですが、保守的な政治家や力の支配を信奉している人々にとって核兵器の存在こそが最大の切り札だという事実です。例えば前にも言及しましたが、就任直後の議会でメイ首相は次のような発言をしています。

スコットランド国民党のジョージ・ケレバン議員が次のような質問をしました。「メイ首相は自ら、10万人の罪のない男女や子どもの命を奪う核兵器の使用を許可する覚悟があるのか」でした。それに対してメイ首相は、まず、躊躇することもなく「Yes」と言った後で、「核抑止で重要なのは、敵に我々が核を使用する用意があると知らしめることだ」と述べています。

(ニューズウィーク日本語版電子版2016721)

 

最近の北朝鮮を巡る緊迫した状況とも関係しているのかもしれませんが、「核を使用する用意があると知らしめる」ためには、先ず核を持っていなくてはなりません。しかしイギリスの場合、スコットランドが独立してしまうと、核兵器はなくなってしまいます。この点については何度か取り上げていますので、再度お読み頂ければ幸いです。

 

イギリスの保守派の主張通り、Brexitが実現すると、スコットランドの独立派は再度の住民投票で今度は勝つという作戦を立てていますので、ただ単に「離脱の手続きを粛々と進める」だけでは、イギリスが非核保有国になり下がるという「窮地」に追い込まれる可能性があるのです。それもかなり高い確率での話です。

 

となると、今、保守党の人気が高い内に選挙を行い、スコットランドでも保守勢力に勢いを付けておく、という作戦はあり得るだけでなくとても重要です。

 

しかし、私は敢えてもう一つの可能性に賭けたい気持です。それは、総選挙の結果にかかわらずスコットランド独立の意志は変らず、今度は独立が実現するというものです。そうなるとイギリスは非核保有国に「転落」します。

 

その時になって、保守派や力の支配信奉派は、Brexitを後悔し、その手続きを行ったメイ首相も、「Brexitを推進した」というラベルを張られて非難されることになるでしょう。でもそれに対する「反論」として、あれは「総選挙の結果だった」「国民の意志だった」と言えれば非難は国民にそのままブーメラングすることになります。

 

意地悪く考えると、このような「言い訳」を作っておくための選挙だということになるでしょうし、善意の解釈をすると、それだけ重みのある手続きだということを国民に周知し、EU離脱という結果になった国民投票後での「後悔」と同じ轍を踏まないようにするための選挙だと考えらます。

 

そのどちらになっても、解散・総選挙の意味があるとメイ首相は判断したのではないでしょうか。

 

 

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2017年4月17日 (月)

宝塚市長選挙 ――中川現市長が圧倒的な支持を受け三選――

 

宝塚市長選挙

――中川現市長が圧倒的な支持を受け三選――

 

49日に告示され、16日に投票が行われた宝塚市長選挙で、中川智子現市長が圧倒的な支持を受けて三選されました。開票が始まってすぐ「当選確実」が出たほどです。

 

49日の午後1時から阪急宝塚駅前で行われた告示日の大集会には、主催者の発表では1000人近い人が参加しました。応援弁士も華やかでした。

 

               

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発言順に、穀田恵二衆議院議員、津久井進弁護士、阿部知子衆議院議員、辻元清美衆議院議員、山本太郎参議院議員、そして秋葉忠利前広島市長で、司会は元国立市長の上原公子さんでした。

 

国会中継やニュース等で顔馴染の方ばかりですし、一家言をお持ちの皆さんですから一人一人の発言時間が短く感じられるほどでしたが、合計一時間以上の集会は熱気に溢れていました。最初から最後まで、途中参加の皆さんで駅前広場は膨れ上がり、中座する人は一人もいなかったと「断言」できるほど熱心に中川さん支援の言葉に聞き入っていました。

 

国会議員としての様々な活躍についても、かつての同僚として具体的な例を挙げて中川市長の政治家としての業績が語られましたが、中でも特筆すべきなのは、東日本大震災そして熊本震災でも被災者の皆さんの立場を守った「被災者支援法」でしょう。

 

中川市長は、阪神淡路大震災後、ボランティアとして被災者の救援に当っていたのですが、当時の国の法律では被災者個人を支援することができず、あれだけの被害を受けながらそこから立ち直ることは、「個人的な責任」の範疇に入ることになっていたのです。事実、当時の村山富市首相は「自然災害により個人が被害を受けた場合には、自助努力による回復が原則」であると発言しています。

 

しかし、阪神淡路大震災の被害規模があまりに大きく、個人による生活再建では立ち直れない状況を前に、生協や多くの市民団体、オピニオン・リーダーそして政治家も動かし、1998年には議員立法として「被災者生活再建支援法」が成立しました。そのために中心的役割を果した議員の一人が中川智子さんだったのです。

 

そして8年前の宝塚市長選挙では、それまでの市長二人が汚職で逮捕されたという異常事態を前に、宝塚の汚名を挽回する目的で中川智子さんが立候補、きれいな政治と市民の立場での市政展開を期待した多くの市民の支持を受けて当選しました。

 

市長としての中川さん、つまり中川市長のこれまでの仕事振りも素晴らしいのですが、いくつか挙げておくと、市民病院の医師数を7年で75人から116人に増やし、救急車の受け入れ件数も2.2倍にすることができました。また、子どもの医療費は中学卒業まで無料にしましたし、認可保育所を8園作り定員を810人増やしました。学校給食は小中学校、養護学校の全37校で事項調理方式を採用しています。財政面でも、6年連続で正味の黒字で、実質単年度収支の合計は24億円です。そして3期目には、宝塚の文化・芸術の新拠点づくりを目指す施策を掲げています。

 

 

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今回の選挙も、これまでの二回同様応援に駆け付けましたが、多くのことを成し遂げた後の三期目ということなのだと思いますが、応援をしてくれる個人も組織も前より増えていました。特に初日の運動は盛り上げる必要があり、選挙カーの乗り手も十分すぎるほどでした。ということで、どうしても人手が必要な選挙事務所でのチラシの証書貼りを手伝ってきました。選挙中に配るチラシには、選挙管理委員会発行の証紙が貼られていないといけないのです。

 

その後、これまで行きたいと思っていた有馬温泉に

 

二日目の10日は、中川候補を推す市民団体の制作宣伝カーに乗り、市内の何か所かで中川候補のこれまでの活動や世界政治の中での都市の重要性等を訴え、中川候補への支援をお願いしてきました。

 

宝塚市民の皆さんからの反応は素晴らしいものでした。気を引き締めて投票日までこの長じて走り続ければ三選疑いなしだと確信できたのですが、結果はその通りになりました。これから4年の宝塚市の発展にさらなる期待を持っています。

 

 

 

 

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2017年4月16日 (日)

「Xデー」に何が起きるか ――4月15日午後9時時点では大事に至ってはいませんが――

 

Xデー」に何が起きるか

――415日午後9時時点では大事に至ってはいませんが――

 

415日は北朝鮮では金日成生誕105周年イベントが開かれ、韓国では大統領選挙の候補者登録、そしてアメリカの空母カール・ヴィンソンが北朝鮮を睨む公海に展開といった緊迫した状況下、この日を「Xデー」とみる予測が目立ちました。

 

             

Photo

 

空母カール・ヴィンソン (米海軍省のホームページから)


北朝鮮が核実験をするあるいはミサイルを発射する、アメリカが北朝鮮に対して攻撃を行う等の可能性の指摘でしたが、幸いなことに15日の午後9時時点ではこれらの可能性のどれも現実にはなっていません。

 

とは言え、一触即発の状態であることは論を俟ちません。以前も御紹介した平和活動家のジョン・ハラン氏は最悪のシナリオとして次のような可能性のあることを、発信しています。

 

北朝鮮が核実験を行いそれに反応してアメリカが北朝鮮を攻撃、さらにそれに対抗して北朝鮮が①通常兵器でソウルを攻撃する、あるいは②核兵器で、ソウル、上海、東京あるいはその距離にある他都市を攻撃する、という可能性を指摘しています。それに対してアメリカ、中国、あるいはロシアが何らかの対応をすることになり、北朝鮮が全面的に破壊される結末を迎えるという、絶対に起きては欲しくないシナリオです。

 

軍事行動とともにアメリカが歴史的に手を染めてきたのは、「暗殺」ですが、それを踏まえて考えると、「緩和ケア医」さんの予想にはそれなりの説得力があるように思います。とは言え、それで「問題解決」ということにはにはなりそうもありません。

 

しかし、北朝鮮はICBMの「保有」を誇示するという愚を続けていますし、対するアメリカ側は軍事力や経済力で相手を捻じ伏せようという姿勢を変えていません。

 

しかし、こんな時だからこそ頭を冷やして、ことによると億の単位の人たちが被害を受けるシナリオを、ハラン氏の表現を借りれば「正気の洪水」によって元に戻す努力をしなくてはならないのではないでしょうか。

 

東京新聞の412日の社説で、半田滋氏が説いているのも正にこの点です。

 

「トランプ米政権は北朝鮮に対する先制攻撃を否定していないが、日本や韓国が受ける被害はだれが攻撃しても変わりない。日本がとるべき道は米国に対し「北朝鮮との対話に乗り出し、その過程で核・ミサイルの放棄を求め、見返りに平和協定を結んで北朝鮮に『米国は攻撃しない』という保障を与えるべきだ」と強く進言することである。」

 

今の時点で対話の必要性を説いても手遅れだ、と言われるかもしれません。でも、まだ手の打てるときにでさえ何もして来なかった付けが今になって回ってきたのですから、これ以上の被害が出る前に、事態を平和裡に解決する努力をしても罰は当らないはずです。

 

 

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コメント

恥ずかしながらコメントいたします。
nancyです。

「正気の洪水」によって元に戻す努力をしなくてはならない。
本当にその通りだと思います。

戦争も経済も環境問題も
その根幹は人の心が
国や民族や宗教で分断され
バランスを失っているから起こること。

命も心もつながっているイメージを持つことが大事なのではないかな…
と思っています。

甘い夢想家だと笑われるかもしれませんが…

「Nancy」様

コメント有り難う御座いました。おっしゃる通りです。

9mm Parabellum Bulletというロックバンドも、Wanderlandという曲の中で同じことを歌っています。

「正気の洪水」が世界を包み込むよう、頑張りましょう。

「正気の洪水」。その手でしたね!
ついつい、「狂気」を批判することにばかり、エネルギーを取られてしまうので、反省です。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。「言うは易し」という側面もありますが、言い続けることの大切さを噛み締め、小さな波作りのための努力から始めましょう。

私たちが勘違いしていることは、北朝鮮は中国やロシア以外にもたくさんの国と国交があることです。国際的に孤立していないのですね。
どうしても戦いたいのなら、中国も含めて兵糧攻めしかないのでしょうが。
トランプ政権で北朝鮮対策が強行的になっているように感じますが、私はそれ以前から強化されていたと思ってます。それは岩国基地の在日米軍の強化です。
その岩国基地の強化を岩国市民が選挙で選んだことで、岩国市はミサイルの標的になってしまってますね。
軍事強化は、平和への道のりには含まれないということですね。
戦争で利益を得るのは、軍需産業とその株主だけであり、北朝鮮にも韓国にも日本にも国民にはなんの利益はないでしょうね。
今回の件で日本とアメリカの利害は一致してますね。戦争をすることでなくその危機を煽ることで、トランプ大統領と安倍首相は絶対政権を作ることに。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

沖縄の負担を軽くするために、米軍の一部を沖縄から岩国に移すのだという説明もされていますが、総量は多くなっていることを隠すために使われていてもおかしくはありません。

かつて、「列強」が「帝国主義」で先頭を切っていることだけを見て、「追い付け追い越せ」で頑張った日本が、時代の変化を読み取れずに周回遅れの破滅に陥ったのと同じことを今また繰り返していることに気付かず、同じ轍を踏んでいるのは残念ですね。

2017年4月12日 (水)

かき船問題を考える―その4

「かき船かなわ」は、建築物

   なぜか「船」と主張する広島市

 

広島市が、「景観審議会は必要ない」とする根拠として「『かき船』は建築基準法による建築物ではない」という理由を挙げています。今回は、本当に「『かき船』が建築物でない」と言えるのかを検証してみたいと思います。

 

広島市も言っていますが、旧建設省(現国土交通省)は、2度にわたって「従来より、建築基準法第2条にいう『土地に定着する』状態とは、単に陸地で土地に強固に結合された状態のみならず、水面、海底等に定常的に桟橋や鎖等で定着された状態を含むものであるとする判断が確立しており」とする「海洋建築物の取り扱いについて」という通達を出しています。

これを素直に読み取れば、問題となっている「かき船」が、建築物であることは明らかだと思います。

 

ところが広島市は、次のような理由を挙げて、「かき船は建築物でない」と言い張っているのです。

「事業者が提出して計画によって『随時かつ任意に移動することが可能」だとし、さらに「業者から提出された計画内容」として次の三つを挙げています。

 

 ロープ、碇が容易に取り外し可能

 

 給排水等のインフラ設備等は、容易に着脱可能

 

 随時かつ任意可能な状態を確保するため、定期的(年1回程度)に離岸させ、その報告を行う。

 

Photo                        建築物にしか見えない

この広島市の理由を検証してみたいと思います。

 

まず「随時かつ任意に移動可能」ということに大きな?がつきます。そもそもこの「かき船」は、浮揚した状況でなければ、移動できないのですから、「随時」(いつでも)というのには無理があります。さらに「かき船」が浮揚している時間は、ごく限られています。残念なことに広島市は、どういう条件になったら浮揚するかに関心がないようです。私たちの問いに答えないのですから、あきれてものも言えないきもちです。

 

1                             この状態では、動かない

私たちの調査によれば、広島湾の潮位が、330cmを越えなければ「かき船」は浮揚しません。広島市は言葉を濁していますが、国土交通省海事局検査測度課は、「提出された図面及び現物の検査結果から、水面が船底から約1.85メートル程度の高さで浮揚することがわかる」としており、私たちの調査とほぼ合致しています。

 

広島湾の潮位表をご覧になればわかりますが、満潮時であっても潮位が330cmを超えることは、ひと月の満潮時(1日に2回ある)でも、10回をわずかに超える回数で、しかも1回の満潮時でもそれを超えるのは、2~3時間程度です。このことからもとても「随時」と言えないことは明らかです。

 

 

次に「業者から出された計画内容」を検証してみます。①,②の計画は、その通りの構造になっています。問題は、③の「定期的(年1回程度)の離岸」です。

 

業者は、広島市に対し2014年8月29日に「『かき船』係留レストラン船 離岸作業に関する説明書」を提出しています。そこに示された「離岸作業の手順」は、次のようになっています。

 

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                            前後の係留用鋼管杭が抜けますか

①離岸のため、曳航用ボートを準備②ライフラインを取り外す③係連橋を取り外す④係留チェーン(4本)を取り外す⑤係留用鋼管杭を取り外す⑥ボートによる離岸及び曳航作業

 

繰り返すようですが、これは業者が提出した「離岸作業に関する説明書」です。

 

「業者が提出された計画内容」が、「かき船は建築物でない」という根拠ですなら、この計画書通りの作業が行われるのは当然のことです。ところが、かき船が営業を始めて1年半以上が過ぎましたが、そして私たちが広島市と業者に対し「る計画の実施」を要望したにもかかわらず、上記の離岸作業は一度も実施されていません。

 

それどころか広島市は、最近では「インフラ設備等が着脱可能であることが確認できればよい」というのです。なぜか通達でいう「桟橋」には触れていないのです。

Photo_2                            強固につながれた桟橋で定着している

 

「定期的に離岸させる」という約束はどこにいってしまったのでしょうか。この「定期的な離岸」は、市議会でも答弁しています。そこでは「インフラの着脱が確認できれば良い」とことは、一度も示されていません。ところがいつの間にか「離岸作業」が「インフラの着脱の確認」だけで済むことになっています。公(議会答弁、市民への情報公開)に示していたことを、説明がつかなくなったからと言って勝手に変更することは許されません。

 

業者がしめした「離岸作業説明書」に対して、さらに条件を厳しくすることがあっても、条件を緩やか(というよりいい加減)にすることなど、行政の仕事として普通には考えられないことです。今話題の例の問題ではありませんが、どこかから大ちな力が働いたのでしょうか。

 

この二つだけでも、広島市が言う「『かき船かなわ』は建築物でない」という主張に問題があることは、明白です。

 

もちろん「かき船」の基本的な問題は「世界遺産原爆ドームのバッファゾーンにふさわしくない」ということです。

 

しかし私が、それと同等はむしろそれ以上に問題だと思っていることは、「かき船移転・新設」問題の経過の中に、国やとりわけ広島市が、もあまりにもずさんな手続きによってこの計画を進めてきたことです。それも市民の声が全く無視され続けてです。

 

それぞれが少し長くなりましたが、今回4回にもわたって「かき船問題」の問題点を訴えたのは、このことが理由です。

 

これを機会に一人でも多くの皆さんにこの問題に関心を持っていただければ幸いです。

 

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2017年4月 9日 (日)

「4・8 共謀罪法案反対! ヒロシマ行動」

「4・8 共謀罪法案反対! ヒロシマ行動」

      共謀罪法は、現代版「治安維持法」です

 

ストップ戦争法ひろしま実行委員会が呼びかけた「4・8 共謀罪法案反対! ヒロシマ行動」が、心配された雨も上がった昨日午後2時から実施されました。呼びかけに答えて参加した人たちは、戦争をさせない千人委員会や市民グループなど500名を数えました。

 

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ヒロシマ行動は、まず原爆ドーム前での集会からスタート。集会の司会者は、「安保法制に反対するママの会・広島」の近松直子さん。最初に主催者を代表して難波健治・事務局長があいさつ。続いて紹介されたのは、「共謀罪反対」の声をいち早く挙げ、学習会、講演会など、さまざまな取り組みを積極的に繰り広げてこられた広島弁護士会の下中奈美(しもなか・なみ)会長。この4月1日に会長に就任されたばかりの下中新会長は、力強く次のようにあいさつされました。「弁護士会は、この法案に絶対反対です。この法案は、安倍首相不在の閣議で決定されました。計画する・相談する・話し合いをする。ここで処罰の対象になります。刑法は、実行行為があって初めて処罰される法律にもかかわらず。まさに個人の思想・信条を犯すものに他なりません。こうした法律を弁護士会は、絶対に許しません。オリンピック対策といいますが、日本政府は、オリンピック招致演説で『最も安全な国』と言って招致を呼びかけたはずです。テロ防止といっても、法案にはその記述がありません。これ以上の法制定はする必要がありません。戦前『国体変革を取り締まるため。市民には影響はない』といって成立させた治安維持法。しかし、その後市民の生活はどうなったでしょうか。共謀罪法案は、治安維持法の現代版そのものです。弁護士会は、市民の皆さんとともに法案反対の諸行動を続けます。」(文責は、筆者)

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続いて、民進党、共産党、社民党、新社会党など法案に反対する野党の代表が、それぞれ「共謀罪法案廃案のため全力で共に戦う」決意を表明。都合で参加できなかった自由党からのメッセージ紹介。最後に参加者全員で「共謀罪は、絶対廃案!」をアピールし、30分間の集会を終了しました。

 

集会を終えた参加者は、3つのグループに分かれ、原爆ドーム前、相生通を東進、福屋の西から金座街そして本通アーケード街を西進し、平和公園折り鶴の塔前までシュプレヒコールと協力を呼びかるアピールを繰り返しデモ行進。

 

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今回の行動では、土曜日の昼下がりで人通りの多いアーケード街では、シュプレヒコールを行わず、秋葉忠利前広島市長や山田延廣弁護士が次々とマイクを握り「共謀罪の危険性」を訴えるとともに、市民の協力を呼びかけました。

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「テロ等準備罪法案」と名称を変えてもその本質は変わるものではありません。一人でも多くの市民への理解を広げ、戦争への道につながる「共謀罪法案」を4度目の廃案に追い込むため、全力を挙げる決意を共有し、固めあった「4・8共謀罪廃案 ヒロシマ行動」でした。

なお会場カンパでは112,438円集まったそうです。ご協力をいただいた皆さんありがとうございました。

 

 

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2017年4月 7日 (金)

かき船問題を考える―その2 水の都ひろしま推進協議会での承認には瑕疵がある

かき船問題を考える―その2

 

水の都ひろしま推進協議会での承認には瑕疵がある

 

今日は、4月4日の「なぜ延長された『かき船かなわ』の占用使用?」で触れました「水の都ひろしま推進協議会」で、何がどう審議されたかを考察してみたいと思います。

 

Photo_6                かき船が撤去された元安川・平和大橋下流 

 

「かき船かわな」の占用使用には、あらかじめその場所を「都市・地域再生等利用区域」に指定しておく必要があります。その前段の手続きとして3月9日に開催されたのが「第37回水の都ひろしま推進協議会」です。この協議会は、有識者3名、市民団体等3名、経済・観光等3名、行政4名(国2名、県1名、市1名)の13名で構成されています。ここでちょっと注意していただきたいのは、行政側から4名参加していることです。当日の会議の経過は、水の都ひろしま推進協議会のホームページに掲載されている「議事録」から知ることができます。

 

当日の審議事項は、「河川敷地占用許可準則に基づく都市・地域再生等利用区域の指定などの継続及び都市・地域再生など占用方針の一部変更について」となっており、会議では、事務局(広島市)から「これまでの経過」などとともに「事業者の取り組みについて」など5項目が、提案・報告されています。

 

ここで第一の疑問がわいてきます。「事業者の取り組みについて」は報告されていますが、前回「かき船かなわ」の問題が協議された第29回の協議会以降に起こった「日本イコモスの懸念表明、広島弁護士会会長談話、大手町2丁目町内会の反対決議、パークハウス紙屋町管理組合の申し入れ、日本被団協・広島県の両被団協からの申し入れ、かき船問題を考える会の再三にわたる抗議と申し入れ」などの反対の声(いずれも広島市の説明を受けて以降出されている)は、全く報告されていません。パークハウス紙屋町マンションへの住民説明は、やっと昨年12月に実施されるという状況です。

 

Photo_7             手前の黒いボックスがガスボンベ庫 左奥の緑の屋根がマンションの玄関

 

もちろん工事中に何度もトラブルが発生したことも、6万筆を超える「反対署名」が広島市に届けられたことも、裁判で係争中のこともです。なぜ広島市は、こうした重要な経過を説明しなかったのでしょうか。これで、きちんと審議を尽くしたとはいえないはずです。まさに「継続ありき」の結論を導き出すための協議会であったとしか考えられません。「協議会の承認に瑕疵がある」と言われるのは当然のことです。市民団体等から選ばれた委員の一人は、後に問われて「裁判で係争中であることなど全く知らなかった」といっておられるのです。

 

 

第二の問題は、地域住民の声が、無視されていることです。議事録によれば、委員からの「周辺住民のトラブルはなかったのか」の質問に対し、事務局(広島市観光ビズネス課)はこう答えています。「一部住民から苦情があった。中味は搬入業者が不法駐車しているとかゴミの処理がきちんと行われていないといったことである。」としさらに「市の環境局にも確認したが、そのようなゴミに関する苦情はなく、事業者もきちんと処理している」と。二つの疑念が浮かんできます。その一つは、マンション管理組合からの苦情でも「一部住民」として切り捨てようとする広島市の姿勢です。さらにこの答弁では、「ゴミ」問題については触れられていますが、「不法駐車」問題については、全く触れていません。それはそのはずです。パークハウス紙屋町管理組合への文書回答では、「不法駐車は警察に言ってくれ」という無責任な回答を出しているのですから。不法駐車問題は、今も続いています。下の写真が昨日写した現実の状況です。

 

Photo_8                 路肩に違法駐車をし、車道を横断する納入業者

 

第三は、事業者の取り組みとして報告された「原爆瓦を店内に展示することは、かき船設置作業中に出てこなかったため実施できませんでした」ということです。このことは、なぜか議事録には記載されていません。事業者も「よく言ったものだ」と思いますが、広島市も、こんなことを臆面もなく協議会で報告したものだと思います。原爆瓦は「出てこなかった」のではなく、「見つけ出せるような作業をしなかった」というべきです。作業当時、当初私たちに、広島市が説明したような「手作業」によるのではなく、ショベルカーによって川底をさらうという作業を行ったのですから、原爆瓦を見つけることなどできるはずがありません。そのことは、当日現場に駆け付けた広島市の担当者、太田川河川事務所の担当者も私たちともに確認したことです。その一人は、委員としてこの協議会にも参加しています。

 第四は、生け垣を壊して通行した納入業者の行為です。下の写真で何か所か見ることのできる竹垣は、それを防ぐために広島市の予算を使って設置されたものです。広島市は、「通行人も通るから必ずしも納入業者だけではない」といいます。もちろんそのことをすべて否定するつもりはありません。しかしはっきりしていることは、この場所に「かき船」が設置される以前にはなかったということです。

 

Photo_9                 こうした竹垣が、他にも数か所設置された

こうした問題点が、正しく報告されないままの「水の都ひろしま推進協議会」の結論に「瑕疵がある」と考えるは当然のことです。

ところでこのブログに掲載する写真を撮るため元安川河岸を歩いている時、偶然にも太田川河川事務所の占用調整課長と出会いました。先日、抗議と公開質問状を出すため太田川河川事務所で話し合った最後に、「ぜひ一緒に現地を見に行きましょう」と要望したのが、4月1日の人事異動で着任されたばかりの占用調整課長でした。今回の現地訪問が、問題解決に向けて良い方向に進む契機となることを願わずにはおれません。同行しての現地訪問とはなりませんでしたが、間をおかずに現地を訪れた行動には、一定の評価をしたいと思います。

次回は、世界遺産原爆ドームの景観問題を考えてみたいと思います。

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