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2019年6月22日 (土)

自動車運転の安全性を高めるために (2) ――2019年版「交通安全白書」――

昨6月21日の閣議で、政府は2019年版「交通安全白書」を承認したようです。その内容を日経は次のように報じています。分り易くするため、順序を少し変えてあります。番号は筆者が付けました。

18年の交通事故死者は3532人で、統計が残る1948年以降で最少となった。「交通戦争」と呼ばれ過去最悪だった1970年の1万6765人と比べ、4分の1以下に減少した。

75歳以上の高齢者が18年に起こした死亡事故は、運転免許証を保有する10万人当たりの換算で2件で、74歳以下の約2.4倍となった。

10万人当たり換算の死亡事故を年代別にみると、16~19歳が4件と最も多く、80歳以上が11.1件で続いた。高齢者の重大事故が問題化する中、データで深刻さが裏付けられた。

75歳以上のドライバーのブレーキとアクセルの踏み間違いによる死亡事故は4%だった。74歳以下の1.1%より多かった。

 

統計の年度は違いますが、警察庁交通局では、これを次のようなグラフにまとめています。

10_20190621215801

まとめ方は色々あるのですが、資格で囲んだ「平均」を使って、一番右の三つの年齢層をひとまとめにすると、「75歳以上」の棒グラフの値は、7.7になります。そのように修正されたグラフの与える印象は、若者の運転と高齢者の運転のどちらも危険度が高い、それも同程度の危険度だ、ということになるのではないでしょうか。

しかし、高齢運転者による死亡事故件数の多いことは事実ですので、その原因を把握し、対策を立てることは当然です。そのために、同じく警察庁交通局が分析した結果を見てみましょう。

 

【高齢運転者による死亡事故に係る分析のまとめ】

・ 75歳以上高齢運転者は、免許人口当たりの死亡事故件数が多いことから死亡事故を起こしやすい傾向に あり、今後も運転免許保有者数が増加する中において、高齢運転者による事故防止対策は喫緊の課題。

・ 75歳以上高齢運転者による死亡事故は、75歳未満の運転者と比較して車両単独事故が多く、特に工作物 衝突や路外逸脱事故が多く発生している。また、人的要因では操作不適が最も多く、特にブレーキとアクセル の踏み間違いによるものの割合が高い。

 

特に、「車両単独事故が多く、特に工作物 衝突や路外逸脱事故が多く発生」しているということですので、巷間流布されている、高齢者が危険な運転をして、その結果として過失の全くない人たちが「殺されている」というイメージとは少し違った現実が浮び上ります。

同時に、「操作不適が最も多く、特にブレーキとアクセル の踏み間違いによるものの割合が高い」ということなのですから、この点について、さらに詳しく分析する必要がありそうです。

またまた、長くなってしまいました。この項は続きます。

 [2019/6/21 イライザ]

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2019年5月 8日 (水)

日本語「無支援」の外国籍の子どもたち ――一万人以上います――

子どもの日の毎日新聞電子版の記事で、再び我が国政治の貧困さに衝撃を受けました。

「日本の公立学校(小中高と特別支援学校)に通い、学校から「日本語教育が必要」と判断されたにもかかわらず、指導を受けられていない外国籍児らが全国で1万400人に上っている」

ということではありませんか。

 

007

国の施策が不十分なのですが、その点について、毎日新聞の奥山はるな、堀智行両記者は次のように解説しています。

「文科省は日本語指導が必要な児童生徒18人当たり担当教員1人を増員するとしているが、1校当たりの外国籍児らの在籍数は「5人未満」が7割以上で、対策が追いついていない。」

広島県には、支援のない子どもたちが110人いるようです。

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毎日新聞の記事より

学校の先生方、PTAそして同じクラスの子どもたちが何もしないで、日本語のできない外国籍の子どもたちを放っておくことにはなっていないと信じています。何らかの工夫をしてできる範囲での支援はしているのだと思います。

とは言え、善意の解釈だけで物事を判断している限り、子どもたちの虐待や貧困等の問題への理解は生まれませんし、対策も手遅れになること請け合いです。全く見放されている子どもたちがいるかもしれないという仮定で、改めて問題のあることを確認しておきたいと思います。

外国の学校で言葉が分らないままに、授業に付いて行くのは大変です。日本語での授業でも内容が分らない授業を聞きながら机に座っているのがいかに大変だったかという経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。

私も高校生のときにアメリカに留学して、英語はそれなりにできた積りでしたし、留学生が珍しい時代・環境だったのでとても大事にされましたが、それでもずいぶん苦労をしました。大きな助けになったのは、社会科の時間に、先生が私の隣の席に「先生のアシスタント」のような存在の生徒を座らせてくれたことでした。授業中でも分らないことがあったら小さな声で教えて貰えたのです。分らないことがある度に授業を止めて一人の留学生の質問に答えなくても良くなり、先生も助かったようです。

現在、日本の小中高や特別支援学校に通っている子どもたちの中で、これほど恵まれた環境で勉強している子どもは少ないだろうと思います。先ずは基本的な日本語の教育が必要な子どもたちが圧倒的に多いのではないでしょうか。となると、一日一時間では足りないかもしれませんが、集中的に日本語を学習する場を学校ごとに設ける必要があるということでしょう。

国の施策が間に合わないという現実があるにしろ、一万人以上の子どもたちにとっては、今の今、何らかの支援がないと毎日が苦しみの連続になっている状況でしょう。となると、国ではなく、地域ごとにできることを考えたらどうでしょうか。

一人で行動するのが不安なら、何人かでチームを作って、地域の学校に日本語支援の子どもがいるのかどうかを問い合わせて、放課後でも昼休みでも、何人かが交代で日本語を教える場と時間を作ることは可能なのではないでしょうか。

でも、このくらいのことは私が提案する前に、全国各地で行われていて当然ですよね。だとしたら、この稿は「年寄りの冷や水」として読み捨てて下さい。

 [2019/5/8 イライザ]

 

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コメントではなく、迷惑メールならぬ迷惑書き込みが増えて対応に時間が掛るようになりました。

コメントをお寄せ下さる皆さんには申し訳ないのですが、ハードルをちょっと高くしました。変な書き込みが少なくなるまで、お付き合い頂ければ幸いです。

2019年5月 4日 (土)

生前退位と憲法

[以下、憲法の枠組み内の話ですので、マスコミ等でよく使われる「天皇陛下」ではなく、憲法で使われている「天皇」と表記します。]

前回は、5月1日の朝見の儀における「おことば」、そして「国民代表の辞」を、1989年1月9日の朝見の儀の「おことば」と「奉答文」と比較しました。そして、今回の朝見の儀では、竹下内閣時代とは違って、憲法99条に規定されている憲法遵守の精神がすっぽり抜け落ちていることを確認しました。さらに、「朝見の儀」が国事行為であることが法的に決められていることから、憲法3条に従うと、この違いの全責任が内閣にあることも確認しました。

今回は、その続きですが、この違いが意図的であるとしか考えられないことをいくつかの事実を元に検証しておきたいと思います。

① 通常、いわゆる公的な行事において、「トップ」と位置付けられている人の読む「挨拶」の原稿は、担当のお役所が起草します。その際、何より前例を重んずるのが官僚です。前回の「挨拶」と全く同じ文言を平気で読ませることなど、朝飯前です。たとえば、8月6日、広島市の平和記念式典、そして8月9日の長崎市平和記念式典における総理大臣挨拶は、広島と長崎でほぼ同じ、そして毎年、前年と同じ内容・言葉です。この点については、「タウンNEWS広島平和大通り」さんが鋭く指摘していますので、それをお読み下さい。

 

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官邸のホームページから

つまり、竹下内閣と安倍内閣との間の憲法に対する姿勢の違いは官僚の意図に依るものではないと考えた方が良いようです。もっとも、官僚が総理大臣の意図を忖度したのなら話は別ですし、総理大臣が自らの意志で発言すること、あるいは行事の内容について指示をすることはあり得ます。ここで、主張しているのは正にこのことです。

 

② 現天皇が、憲法99条の意味を理解していることを示す言葉は沢山ありますが、2014年、誕生日を迎えるに当っての記者会見での発言を取り上げておきましょう。それは、「今後とも,憲法を遵守する立場に立って,必要な助言を得ながら,事に当たっていくことが大切だと考えております。」です。「必要な助言を得ながら」は、第3条を頭に置いて、国事行為について内閣の助言と承認が必要なことからの言葉です。しかし、その前に、「憲法を遵守する立場に立って」があることで、99条において、天皇にも憲法遵守義務が課せられていることを踏まえての言葉です。

 

つまり、現天皇が自ら「おことば」の内容を決めたのであれば、当然、これと同一線上の言葉になるでしょうし、現上皇が天皇として即位したときと同じ内容を踏襲することには問題がなかったはずなのです。従って、何度も繰り返しますが、責任は内閣にあるという結論になるのです。

 

③ 2016年8月8日の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」に、安倍首相周辺が介入して、一部を削除するという結果になったことを、毎日新聞の伊藤智永論説委員著の『「平成の天皇」論』(講談社現代新書)が具体的に記述しています。その一部の引用です。ここで、「衛藤氏」とは、同書で「首相の指示で衛藤晟一首相補佐官が文言の点検を担当した」と説明が付いている衛藤晟一首相補佐官です。

「関係者によると、原案には欧州の王室における生前退位の近況を引用した部分が二ヵ所あった。王室は国民に語り掛ける機会が多く、先代が亡くなった後、喪に服す期間が日本ほど長くないことが書かれていたという。衛藤氏はこれを「神話から生まれた万世一系の天皇が、権力闘争の末に登場した欧州の王室の例に倣う必要はない」という理由で削除し、宮内庁も受け入れた。」

 

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30年もの間に政治的圧力に抵抗したり妥協したりするという経験をお持ちの当時の天皇 (現上皇) でさえ、「首相の指示」に基づいた圧力に負けているのですから、天皇に即位したばかりの新天皇に圧力を掛けることくらい、何でもなかったのではないかと考えられます。

以上、安倍内閣が朝見の儀を憲法抜きの儀式にしてしまったという主張です。これまでの説明には説得力があると思いますが、状況証拠だと言われてしまえばそれまでです。しかし、安倍政権が憲法を軽んじている事実は、認めざるを得ないのではないでしょうか。今後もその圧力は続くはずです。新天皇も99条通りに、憲法を最優先しようとしていることは、皇太子時代の言葉から読み取れるのですが、その天皇を圧力から守れるのは、私たち主権者です。そのために何ができるのか、より具体的なレベルで皆さんと一緒に考えられればと思います。

 [2019/5/3 イライザ]

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コメント

一連のもの、見ず読まずでしたので、
5/3朝日川柳で、やっぱりねと。
すぐにこちらコラムを。より理解が深まりました。

ジョン・フランケンハイマーの『五月の七日間』Seven Days in May 米1963
「国を守るのなら、憲法にのっとって守るべきではないのかね」
大統領が、米軍制服組トップ(←確か)に言うセリフ(字幕)。
さらに、こんなやりとりも!
大統領「君は憲法を尊重するわけだな」
何とか大佐「はい。立派な憲法であり変える必要はない」
大統領「私もそう思う」
(封切時見逃し2002年wowowで)

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

アメリカの大統領は、就任式の宣誓で、ただ一つ、憲法を守ることを誓うのですから、心構えが違うのだと思います。

2019年5月 3日 (金)

朝見の儀と憲法

[以下、憲法の枠組み内の話ですので、マスコミ等でよく使われる「天皇陛下」ではなく、憲法で使われている「天皇」と表記します。「総理大臣」等についても憲法の用語に従います。]

平成が終り、「令和」にった5月1日、「即位後朝見の儀」が行われました。この儀式には、憲法と深い関係があります。なぜなら、即位後朝見の儀とは、「即位された天皇陛下が,ご即位後初めて公式に三権の長を始め国民を代表する人々と会われる儀式」だからです。

そこでの天皇の「おことば」は、マスコミが全文を伝えていますので、ここではその中で憲法に言及している最後の部分に注目します。

「憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望します。」

ここで、「憲法にのっとり」がどこに掛っているのかが重要ですが、それは、そのすぐ後の「日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い」の部分だけだと考えるのが自然です。その次にまで掛っていると解釈すると、「憲法にのっとり、世界の平和を切に希望します」となってしまって、そのような表現が絶対ないとは言えませんが大変、不自然だからです。

この点に気付いたのは、現上皇が、平成になってすぐ、1989年1月9日の朝見の儀での「おことば」を記憶していたからです。それは次の通りです。

「皆さんとともに日本国憲法を守り,これに従って責務を果たすことを誓い,国運の一層の進展と世界の平和,人類福祉の増進を切に希望してやみません」

ここで大切な点が三つあります。一つは、「日本国憲法を守り」と憲法遵守を明確に誓っている点です。そして、二つ目は、それを、つまり「日本国憲法を守る」ことを行うのは、「皆さんとともに」だということもハッキリ述べている点です。さらに、自ら「これに従って責務を果たすことを誓い」と、憲法を遵守するとの宣誓を行っていることです。この三つが重要なのは、憲法99条を読むことではっきりします。99条を引用します。

第99条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

第99条で憲法遵守義務を負わされているのは、天皇と摂政というグループ (天皇と略します) そして、総理大臣以下の国務大臣等の公務員 (これを公務員と略します) という二つのグループになります。そして、朝見の儀とは、新たに天皇になった立場、つまり第一のグループの人が、初めて第二のグループの人と顔を合わせる場です。そして憲法上、この二つのグループが一つの条項でともに義務を与えられているのはこの条文だけなのです。

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となると、現上皇による1989年の「おことば」は、憲法を遵守するという誓いを、国民を代表する公務員たちとともに行うという、ことによると憲法上もっとも重要な行為になるではありませんか。

対して、今年5月1日の「おことば」は、 「日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たす」ということにしか言及していません。これは第1条への言及が中心になっています。間接的には99条を守ることも含まれていると解釈できないわけではありませんが、「日本国憲法を守り」と言い切っていないのは何故かという疑問が生じます。

さらに、せっかく三権の長も含めて、「公務員」の中でもリーダー的な役割の人たちが集まった場ですので、一方的に天皇が憲法について発言するだけではなく、「皆さんとともに」憲法を軸にして未来を考える、あるいは確認する場にしても良かったのではないでしょうか。

こまで読まれて、これを現天皇批判だと受け止められている方がいらっしゃるかもしれません。しかし、ここで批判をしているのは、「公務員」、特に内閣です。その理由は明白です。今回の朝見の儀は、「国事行為」であることが決められたのですが、憲法3条によると国事行為については、内閣が助言と承認を行い、かつその責任を負うことが決められているのです。天皇の発言も含めて、全ては内閣の責任であるという意味だからです。従って、ここでの批判は全て内閣批判なのです。(1989年の朝見の儀も、国事行為という解釈が成り立つようなのですが、法律による明示的な規定ではなかったと記憶しています。)

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そして今回の朝見の儀に欠けてしまったのが、憲法99条なのです。その点は、既に述べた比較で十分お分りだと思いますが、内閣の責任という点から、1989年の朝見の儀における竹下総理大臣による奉答文と、2019年5月1日の安倍総理大臣による「国民代表の辞」それぞれの中の憲法に関連のある部分を比べてみましょう。

竹下総理大臣:   「国民一同、日本国憲法の下、天皇陛下を国民統合の象徴と仰ぎ、世界に開かれ、活力に満ち、文化豊かな日本を建設し、世界の平和と人類福祉の増進のため、更に最善の努力を尽くすことをお誓い申し上げます。」

安倍総理大臣:   「英邁なる天皇陛下から、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、日本国憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たされるとともに、国民の幸せと国の一層の発展、世界の平和を切に希望するとのおことばを賜りました。」

竹下奉答文では、「日本国憲法の下」、公務員も含めた「国民」が一つになって「お誓い申し上げます」と読むことが可能です。つまり、公務員の憲法遵守も視野に入れての言葉になっています。

安倍総理大臣の辞では、憲法の下りは天皇の決意を復唱しただけで、自分たちがどう憲法と関わるのかについては一言も言及していません。その他の部分を注意深くチェックしても憲法への言及はありません。つまり、憲法99条の憲法遵守義務について、「公務員」の立場から天皇とともにその義務を果すという決意も誓いも述べられていないどころか、言及さえされていないのです。

国事行為の中身を決定する内閣が、その意思を朝見の儀にどう表現したのかはもう御理解頂けたと思います。内閣が本来政治利用すべきではない儀式をどう扱ったのかを見る限り、安倍内閣は平成の竹下内閣に、憲法遵守という点でははるかに及ばないのです。

大分、長くなってしまいました。しかし、これだけではまだまだ不十分なのです。安倍政権による、天皇の発言に対する「介入」についてまで詳しく知らないと、事の深刻さは伝わりません。

[次回に続きます。]

 

 [2019/5/2 イライザ]

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2018年7月15日 (日)

災害対策予算の大幅増額を! ――豪雨災害からの教訓 (6)――


災害対策予算の大幅増額を!

――豪雨災害からの教訓 (6)――

 

自衛隊を災害救助隊に改組して、その主たる任務を災害救助に充てるという考え方のかなり大きな理由はお金です。自衛隊の全予算は約5兆円という大雑把なイメージを頭に置いて、これからの問題提起をお読み頂けると幸いです。その予算全てを災害対策に回せとまでは言いませんが、仮に自衛隊が災害救助隊になり、現予算の半分を災害対策に回せるようになったとすると、現在よりは大幅に状況は改善されます。

 

その5兆円がどんなことに使われているのか、最近の「買い物」リストをチェックしただけでも、無駄遣いが如何に多いのかは御理解頂けると思います。

 

戦闘機としては使えない性能であることが分っているF35戦闘機は、1機あたり約130億円。それを42機の購入予定、合計5460億円。オスプレイ17機セットを1機あたり約220億円、総額3600億円で購入、以前に購入した24機と合わせると、9020億円。さらに、イージス護衛艦の弾道ミサイル対応艦を8隻態勢とする改修と建造に約1000億円、そして、ミサイルの迎撃そのものに対する疑問が多くある中でのイージスアショア2基で合計約1600億円。これだけ合わせただけで、17080億円です。

 

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1220億円、事故多発のオスプレイ

 

兆を超える軍事予算に対して災害対策費は、雀の涙ほどの額しかありません。一例として、今回大規模な被害のあった倉敷市真備町を見てみましょう。真備町の被害は、高梁川に合流する小田川が決壊したことが原因ですが、その危険性は早くから理解され、対策も立てられていました。

 

簡単に図示すると、[1968年堰建設計画→2002年中止→2010年付け替え工事決定→今秋着工予定]ということなのですが、堤防の決壊を避けるために、堰を作ることが計画され、その後、小田川と高梁川との合流の仕方を変える計画が2010年に立てられたものの、結局、それから8年も経ってようやく工事に着工という手順になったのです。その原因はお金です。

 

国が、災害対策を優先する予算配分をしていれば、計画立案後すぐにも工事は始まっていたのです。それも、事業費は280億円です。オスプレイ1機とほぼ同じではありませんか。使い物にならず事故ばかり起しているオスプレイではなく、小田川の改修工事に予算を回せば、今回の被害は防げたのです。しかも真備町だけではなく、全国各地でこのような危険地域のあることは良く知られています。オスプレイで言えば約40機分、全国40ほどの地域の河川改修や災害対策ができたはずなのです。

 

それだけではありません。1999629日の広島地域の豪雨災害後、土砂災害防止法という法律が作られました。その結果、土砂災害による被害が減少するはずだったのですが、今回の豪雨災害が示したように、必ずしもそうとは言えない結果になっています。その理由の一つは勿論、お金ですし、多くの人にハザードマップの重要性が伝わらなかったことも大きいと思います。

 

長くなりましたので、これについては次回説明したいと思います。

 

[2018/7/14 イライザ]

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コメント

安倍晋三、アメリカには2000億円、加計学園には100億円、豪雨被災地には20億円

週刊金曜日7/13号(最新号)→【特集】米国の「おしつけ改憲」
”「思いやり予算」もおかしいけれど、改憲も”
で、リラン・バクレー Leland Buckley という米TEXAS州出身で
神奈川県在住の映画監督が語っています。
〈...どうしても9条を改憲したいのなら、解釈の余地が
入らないように「一切軍隊や兵器は持ちません」と
憲法で明言したらいい。防衛が心配なら、「思いやり予算」の
全額を投じ、自衛隊から武器をなくして、海外に災害があったら
真っ先に駆け付ける救援組織に変えたらどうでしょう。
そんなありがたい国を、どこが攻撃しますか。〉

こういう方がBS-TBS日曜夜10時「外国人記者は見た」に出演できて、
番組も地上波となれば、少しは空気が...。甘いか。
にしても、田中康夫さんの”自衛隊サンダーバード構想”、
なぜに広まらぬ😞

一部ですが、安倍首相の太っ腹ぶり
・ミャンマーへの債務のうち新たに2000億円を免除する
・中東・北アフリカ地域に対し新たに総額2160億円規模の支援
・シリアの女性支援に3000億円の政府開発援助
・ASEANに5年間で2兆円規模の政府開発援助
・モザンビークに700億円の政府開発援助
・インドへ円借款2000億円
・バングラデシュに6000億円支援
・パプアニューギニアに今後3年間で200億円
・インドに5年で3兆5000億円の官民投融資

「通りすがり」様

コメント有り難う御座いました。

こういうのを、本当の意味で「桁違い」と言うのですね。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

Buckley監督の言っていることは、誰にでも分りますし、説得力もあるので、皆で広げましょう。

「納税者」様

コメント有り難う御座いました。

簡潔で説得力のあるリストを有難う御座います。海外援助は大切ですが、毎年、災害で亡くなる日本国民がこれだけ多いという事実に真剣に向き合わない「日本」政府を変えましょう。

2018年7月14日 (土)

自衛隊を災害救助隊に ――豪雨災害からの教訓 (5)――


自衛隊を災害救助隊に

――豪雨災害からの教訓 (5)――

 

多くの皆さんが懸命に英雄的な努力をして災害を乗り越え、明日を切り開こうとしているのかについて、毎日どんどん新しい情報を頂いています。心から感謝しています。また消防や警察、自衛隊の皆さんの献身的な活動振りにも感動しています。こうした努力が重要であるることは言を俟たないのですが、同時にもう少し大きな枠組みから災害を考える必要もあるのではないかと思っています。


昨日の「大雨災害からの教訓(4)」への「後期高齢者」さんからのコメントでも鋭い指摘がありましたが、これほど多くの災害を経験していながら、未だにほとんど「学習」のできていない政治家や官僚、そしてそれを許している私たち主権者・市民がもう一度原点に戻って災害について考え直す時が来ているのではないでしょうか。

 

一つには私たちが、考え方の枠組みを大幅に変える (パラダイムの転換とも言います) 必要があり、新たな枠組みの中で自然に見えてくる問題点そして未来図を元に、大胆な発想で改革案を考え実行して行かなくてはならない、ということです。

 

新たなパラダイムの柱になるのは、災害が「たまに」「降り掛かって来る」「稀な出来事」ではなく、日本社会では日常的に起る出来事だと捉えて対策を講じることです。確かに、大変な被害があるのですから、「非常事態」とか「異常事態」だと捉えるのは自然なことではあるのですが、「非常」とか「異常」という言葉が示しているのは、被害の範囲や規模が日常的ではないという意味だけではありません。それと同時に、こうした災害の起ることは例外的であり、日常的な対策とは別の、「例外的」なかつ、その事態が起きてから対応すれば良い事例なのだ、というメッセージも発しています。

 

そんな発想を転換するための第一の確認事項・提案です。

 

 大災害は、例外的な出来事ではなく、日常的、定常的な出来事として捉えること。

 

ちなみに、今年2018年に起きた災害で記憶しているものを並べてみると、(i) 123日の草津白根山の噴火、(ii) 死者の出た2月の北陸豪雪をはじめとする各地での豪雪、(iii) 3月と5月の霧島山新燃岳と桜島の噴火 (iv) 618日、死者4名、損壊家屋は3万戸近くになった大阪北部地震、(v) そして死者は200名を超えるであろう、7月の西日本豪雨と、半年ちょっとで大きな災害が目白押しです。

 

Photo

 

それぞれ地域も違いますので、ある地域を取れば、数十年に一度の災害ということになるのかもしれません。同時に、実際の頻度はもっと高いという事実にも目を向けて下さい。広島地域を考えただけでも、例外的な豪雨災害は1999年、2014年そして今年と、平均すると、6年に一度くらいの間隔で襲来していますし、地震や台風の被害も勿論ありました。しかし、議論を簡単にするため、仮に、数十年に一度だという前提を付けてみましょう。

 

となると、それと比較可能なのは、国体です。各都道府県を巡って開催する国体の一地方の開催頻度は47年間に一度です。でも、国体を「例外的」「異常」な出来事と捉えていたのでは、国体の開催などできなくなってしまいます。スケジュール通りに必ずどこかの地方で開かれる。という前提で国が方針を立て、予算を取り、必要な協力は地方にも民間にも求めて、初めて可能になっているのです。災害対策との共通点に気付いて頂けたでしょうか。

 

それに比べて、今年の災害だけを見ても、国体の5倍の頻度で起きています。一年を通すと、恐らく月に一度はどこかで甚大な被害が生じていることになるのではないでしょうか。その対策を国家単位で、しかも災害専門のお役所が専門家を揃え、さらに災害復旧・復興のための実働部隊が全国展開できるような組織があって初めて、災害に対する対策の出発点に立つことができるのではないでしょうか。

 

ですから、私の提言の一番大切な、そして多くの皆さんの賛同が必要なことは、

 

 自衛隊を災害救助隊 (名称はもっと魅力的かつ本質を表すものにしたいと思います) に改組する。

 

これからが大切な議論になりますので、皆さんに是非参加して頂きたいのですが、まずは中心的な命題だけお知らせしました。明日以降、何故このアイデアが実現すれば、日本を救い核兵器の廃絶や世界の平和につながるのかを説明したいと思います。

 

[2018/7/13 イライザ]

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コメント

イージス艦を病院船に、オスプレイを救難ヘリにするだけでも、どれほどの日本人の命を救い、どれほどの国際貢献ができるものなのか、計算して欲しいものである。

坂では100年以上前にも大規模な土砂災害で今回とは比較にならない犠牲者を出していて、その災害を伝える石碑(水害碑)も残されている。それを今朝のテレビ番組では「温暖化のせいで」と解説している。

「後期高齢者」様

コメント有り難う御座いました。

こうした、自然な問いに対してきちんと対応するのが、民主的な政治の大前提だと思います。口ばかりで何もしない安倍政治の対極にあるのが残念です。

「ルギア」様

コメント有り難う御座いました。

100年前の教訓がどの程度生かされて来たのかの検証も必要ですね。そして、何事も「温暖化」と言って済ませるのは、余りにも単純化し過ぎです。同時に、科学的に検証して温暖化がどの程度影響していたのかも、しっかり把握しておくことも大切だと思います。

災害救助のあり方には、色々な議論が必要ですね。特に大災害は、地方自治体でなく、国が主体として前面に出るべきで、国は支援する立場なのはどうなのだろうかと思います。
自衛隊の災害普及活動は、昔に比べたらずいぶんと柔軟になっているように思います。
昔は、自衛隊に知事が援助を求めるには、知事は大きな判断が必要でしたから。災害用の装備も増えてように思います。
しかしながら、昔は陸上自衛隊に入ったら、ほぼ全員がほとんどの陸上で動く自動車等の免許の取得ができたようですが、今は部隊に応じて限定されているようです。以前のようにより多くの隊員が免許が取得できたら良いと思います。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

自衛隊の災害救助活動も、昔と比べると改善されている点が多々あると思います。しかし、全国的に見ると、ほぼ「日常」という頻度で大きな災害が起きている昨今、自衛隊ではなく、災害救助が本務になることで、さらに大きな役割を果せる存在だと思います。

2018年7月13日 (金)

大雨災害からの教訓 (4) ――被災した労働者の給料を減らさないで下さい――


大雨災害からの教訓 (4)

――被災した労働者の給料を減らさないで下さい――

 

前回は、災害に襲われた広島地域で英雄的な活動を続けている人たちへの賛辞と感謝の意を表した積りですが、今回もその続きです。

 

当り前のこととして毎日通っていた道路が使えなくなり、その有り難さを痛感した人は多かったようですが、私もその一人です。この写真は、国道2号線の一部ですが、数時間前にはタクシーでここを通った家人は、冷や汗と共にこの写真を転送してくれました。

 

2

 

その当り前のこと、普通のことが普通に存在することの有り難さを的確に表現してくれた人がいました。広島と呉を結ぶ31号線が復旧したときのことをテレビが報じてくれたのですが、インタビューに応じた一人のドライバーの言葉です。

 

「今まで、普通のことだと思っていた、その「普通」が如何に有り難いのかが良く分りました。「普通」に感謝しています」といった趣旨でした。

 

そして、私たちの日常生活の「普通」を守るために、尋常ではない働き方をしている人たちが多くいるというのが、昨日のこのブログの趣旨の一つだったのですが、物流トラックのドライバーさんたちもそのような英雄たちです。

 

ある物流拠点Aからの情報ですが、そこから中国地方各地に荷物が運ばれます。何カ所かを回るのでしょうが、説明を簡単にするため、配送地Bとしておきましょう。通常は、余裕で一日掛らずにA地点からB地点まで行けるようなのですが、大雨による道路被害で、迂回路を使い、渋滞に巻き込まれながらの配送になりますので、結局、徹夜状態で2日掛って、B地点まで配送し、逆を辿って、また2日掛けてA地点に戻るという過酷な仕事をしなくてはならなくなったとのことでした。

 

4日間ほとんど眠らずに仕事をすることなど私には想像もできませんが、こんな過酷な状況でも、遅れはあるのでしょうが、それでも物流にできるだけ支障を来さないよう頑張っている、トラック・ドライバーの皆さんには感謝の言葉以外ありません。かなり無理をなさっての運転が続いていることは分っていますが、無理をし過ぎて事故を起こさないよう、くれぐれも慎重に運転をして下さいますよう。

 

車と言えば、製造する方も大変です。部品の搬入が影響を受けて、マツダその他の自動車メーカーは一部工場で操業を停止しています。従業員の中には被災者もいるようですので、自分の住まいの整理等に時間を使えるのは有り難いはずです。

 

同時に、心配な情報も入ってきました。従業員の給料が今月は2割カットされるらしいという内容です。ガセネタであることを祈っていますが、これほど大規模な災害に襲われ、大きな被害を受けていない地区でも、何かと出費が重なります。そんな従業員に犠牲を強いるのではなく、大企業として、広い意味での社会貢献の一部としての従業員の給与対策を立てて貰えないものか、祈るような気持でこの稿を書いています。

 

[2018/7/11 イライザ]

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コメント

こんな時こそ未曾有の内部留保を使って欲しいものですね。

一番問題だと思うのは、これほど毎年のように被害を出しておきながら、根本的な議論、合意形成が全く諮られていないことだと思う。治水ということに対しては、森林の保全から川の氾濫に対してどう対応するのかということが100年単位で計画される必要があり、頻繁に氾濫するメコン川流域からドイツのライン川など、途上国でも先進国でも抜本的な基本方針があり、日本のようにコンクリートで自然をねじ伏せるような方法はとっていない。日本はいつまでも「復旧」であり、僅か数十年のことを「経験のない」と称し、土建業だけが儲けるということを繰り返している。

「労働者」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃる通りです。そして組合にも頑張って貰いたいですね。

「後期高齢者」様

コメント有り難う御座いました。

正に、私の思いを的確にまとめて下さり、有難う御座います。このてんについては、明日から少しずつ提案をして行きたいと思っています。より良い内容にするため、さらなるインプットをお願いします。

マツダは給与を2割カットでなく、休業した日は一時帰休と同じようにその日の分の7割が支給されると聞きました。
マツダなどは、月給でなく、日給月給制だったと思います。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

マツダの方針を教えて頂き、有難う御座います。2割カットではなく、3割カットですね。それも災害が原因で。

一番弱い、日給で働く職員へのしわ寄せを見て、株主は喜ぶのでしょうか?

2018年7月12日 (木)

大雨災害からの教訓 (3) ――皆様の頑張りに頭が下ります!――


大雨災害からの教訓 (3)

――皆様の頑張りに頭が下ります!――

 

今回のような大災害、あるいはその他にも人間社会に降り掛かってくる多くの悲劇に遭遇した時、私たちの中にある「生存への意志」とでも言ったら良いのでしょうか、何かが起動して「より良い」力が湧き、お互いに助け合い力付け合いながら明日を創り出す糸を紡ぎ続けているように思えてなりません。

 

「広島ブログ」のブロガーの皆さんの多くが、そんな形の毎日を綴って下さっていますが、どのエントリーを読んでも頭が下ります。その他のソースからも入ってくる情報を総合するとお一人お一人の行動がとても感動的です。コメント欄に書き込むべきなのでしょうが、ここでまとめて思いを伝えさせて下さい。

 

皆さんが家族や友人を助けるために通行が困難な道路を通常の何倍もの時間を掛けて駆け付け汗を流していたり、通勤時間の何倍も掛けて仕事場まで辿り着ききっちり仕事を熟していたり、電話やライン等で無事を確かめ合い励まし合い、また必要な物資を聞いて、普段は使わない店にまで足を延ばして調達しそれを届けたりしている姿を見て、お一人お一人が英雄だと思わざるを得ません。

 

特に胸を打ったのが若い人たちのボランティア精神です。被災地では、消防・警察・自衛隊、そして自治体やその他の行政関連の職員たちも必死に仕事をしています。「公僕」そして「全体の奉仕者」という言葉が輝いて見えます。そのように献身的な大人たちに負けずに、若者たち、子どもたちも懸命に動いてくれています。ある被災地で土砂の片付け作業のボランティアをしていた高校生たちの声が、テレビで放映されていました。

 

「学校が休校になったから、少しでも手伝いたいと思ってきました」という声、そして甲子園を目指している野球部員からは「今は野球をしているどころのときではないから」という、重いしかも優先順位に誤りのない決意をしたことが伝わってきました。

 

そしてカープも、9日から11日までの対阪神戦を中止すると、8日の日曜日に発表しています。当り前だと言ってしまえばそうなのですが、今の政治を見るとその当り前のことが当り前に行われていない状態が諸悪の根源ですので、カープの決定には拍手を送りたいと思います。そして、ある意味、カープの歴史とは、その当り前のことを当たり前に忠実に実行してきたと言っても良いような気さえしてきました。

 

対照的に大いなる違和感を持ったのは大相撲です。いやその中継をするテレビです。大相撲そのものを中止しろとは言いませんし、8日が初日だということも知っていました。でも大雨災害についての情報がようやく整理され、少しずつ全貌が明らかになり始めたときに、災害情報は打ち切って、十両の取り組みに切り替えられた被災地の視聴者が「裏切られた」という感じを持ったとしても、そちらの方が自然な感情だったのではないかと思います。

 

NHKも頑張ってはくれたのですが、大相撲での黒星で大きいマイナス・イメージになりました。これまた対照的だったのは、被災地の地方メディアとして通常の枠を大幅に変えて災害情報を流し続けてくれたRCCはじめ、広島の民間テレビ局でした。取材の幅も多様で必要な情報が適宜提供されていたのは流石だと思いましたが、「大雨災害からの教訓(2)」で提案した分業が進めばもっと素晴らしいのですが--。

 

マスコミの内部事情まで知ることができれば評価は変るのかもしれませんが、今日たまたま耳にした旅行業者の方の健闘ぶりにも心を打たれました。

 

災害の結果として、交通機関のチケットや予約のキャンセル変更は多く生じますし、大雨で移動ができなくなり、宿泊の手配をしなくてはならない人も増えます。昨日今日の仕事の量は通常の3倍にもなるということでした。しかも、スタッフのなかには自宅が被災した人もいますし、通勤ができなくなった人もいるとのこと。結局、数時間掛けて職場に駆け付けることのできた人も含めて人では通常の6割だったとのことです。「でもそこで頑張らないと、私たちの存在意義がない」という心意気で頑張っているということを聞いて、完全に脱帽です。

 

そんな中、災害をネタに儲けることなど許せないのですが、現実にはそんなことが起きていました。

 

次に示すのは、7日の土曜日の広島市内のホテルの一泊の宿泊料金です。土曜日も東広島泊になるかもしれないと考え、東広島のホテルを探したところどこも満杯だったことを発見した家人が、広島も同じなのかなと思って携帯アプリで検索してみた結果です。

 

7


7日の土曜日、午後4時、空室があったのは、この三つのホテルだけでした。料金はANAクラウンプラザが16000円台、リーガが25000円台です。ところが、11日の夜の一泊料金は次の通りです。

 

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ANAクラウンプラザが約10000円、リーガも同じくらいです。つまり、土曜の夜は、ANAクラウンプラザは、1.6倍、リーガは2.5倍の料金だったということです。その違いの一つは、7日には新幹線が止まっていたことです。11日には復旧していました。

 

東広島で足止めをされていた家人と同じように、広島から新幹線に乗れず、市内に宿泊しなくてはならなかった人も多かったはずです。その臨時需要があるからといって料金を上げたと思いたくありません。恐らくコンピュータのプログラムで、直前の単位時間当たりのアクセス数にトリガーされて料金を設定するようなシステムになっているのでしょう。

 

でも、結果として、「広島から出られなかった災害犠牲者からまで儲けた」と言われても仕方がないような数字です。仮にコンピュータ・プログラムが原因であったとしても、災害の結果、仕方なく広島に宿泊する人たちの立場に立って、割引とまでは言いませんが、せめて通常料金の中間値くらいの料金設定を、人手が介入して行っても良かったのでないかと思います。

 

これはホテルに限ったことではありません。意図的に災害をネタに儲けるなど以ての外ですが、結果としてそう見えてしまうようなシステムを、もう少し人に親切なものに変えるくらいはできるのではないでしょうか。

 

[2018/7/11 イライザ]

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コメント

どことは言いませんが、うちのホテルは被災者対応価格として通常の半額の5千円で部屋を用意しました。今でもその価格で宿泊されている被災者の方がいらっしゃいます。しかしネットには出していません。あくまで個別対応価格です。ネットへの掲載はエージェントとの契約で色々な決め方がありますが、うちで言えば8月9月は一人3万5千円からと通常の3倍になる日もあります。ホテルの宿泊費はそういうものです。数十年に一度の対応のためにシステムを構築するというのは難しく、そこは個別対応にならざるを得ないと思います。これは普段でも同じなので個々に事情がある場合は直接お問合せください。我々はお役所仕事はしません。

「ホテリア」様

コメント有り難う御座いました。

被災者のために、大きな社会貢献をされていることに、心を打たれました。敬意を表しますし、このような活動をしていることをもっと多くの人に知って欲しいと思いました。

私が取り上げたのは必ずしも被災者ではなく、新幹線が動かなかったため、広島に宿泊するか、駅の構内で一夜を過ごすのかといった選択肢を前にした人たちへの対応です。ことによると、ネットでは満杯でも、個別対応で、通常料金で泊めて頂けたのかもしれませんが、多くの人が利用するネットを使う限り、そのような選択肢があると考えた人はまずいないのではないでしょうか。

新幹線が止まったり、飛行機が飛ばなかったりというケースはかなり頻繁に起きていますので、それらの全てに対して、ホテル業だけが出血サービスをすべきだと言っている訳ではなく、今回のような異常事態くらいには、どんな業界でも人手を介した介入のできるシステムにしても罰は当らないのでは、という提案です。

最近の非常に合理化されたビジネスホテルは別として、本来のホテル業は現場の裁量権が大きく「決まり」に縛られることは少ないものです。被災者と書いたのは広い意味で、帰宅困難者も含めたものです。行政のように罹災証明を求めるようなことはしませんし、あくまで現場の判断による個別対応です。ホテルは部屋数も限られますので、ネットなどでの一斉告知は却って混乱を招き現実的でないと思います。

呉市在です。今日見かけた、給水車2台のお話をします。2台とも、遠方の、車でした。熊本市。青森の、陸自です。熊本市役所の給水車は、平原水源池でした。これは、工業用水でしょうか。陸自トラック・水タンク車牽引でした。1トンの水タンク車でした。道に迷っていました。出会わせました。呉市の狭い道です。そりゃ、迷いますよ。今日は、あそこへ、明日は、別のところへでしょうか。青森の弘前からです。陸自は、遠方でも、出せる車は、派遣するのですか。高速道路通行止め、少々の土砂なら、もろともしない、悪路OKでしょうから。車幅2.5メートルです。災害緊急車両なので、無理を、してでも、走行するのでしょうか、そのために訓錬を、しているのでしょうか。その小学校で、給水後、また、海田へ、戻るとか。呉市は、海自です。陸自は、海田です。そのタンク車には、蛇口が、7つありました。上手く、蛇口を、使えば、給水時間が、待つ時間が、短縮されます。私は、道案内を、しただけです。給水の、受水器は、各人各様でした。ペットボトル、バケツ、保冷ボックス、ポリ水缶とか。陸自の隊員は、気持ちのよい若者3名でした。家は、断水です。水道の出る知人宅で、水を、確保です。ポリ缶が、10個以上あります。断水を、想定した訳でもないのですが。欲張りなのでしょうか、これは、否定しません。幸いに、井戸が、あります。気持ちが、楽ではあります。井戸のある家は、井戸水を分ける様に、皆さんが、しています。他県からの、援護、応援の給水車の一例を、お話を、したく思いました。家は、少し雨漏りが、あった程度です。修繕をしなければ、と、思っていた箇所です。半月毎に、在、不在の、知人宅。被災の現状を見に行きました。その知人宅の井戸を、その近所の人が使っていました。無断使用しては、いけません、とは、言えませんでした。こういう場合。井戸のポンプが、故障した場合、どうなるのでしょうか。家主の承諾無しでの使用ですから。そんなことを考えてしまう性分です。   遠方からの給水車応援の話が、主題なのですが、あちら、こちらに、話が、いってしまいました。

「ホテリア」様

再度のコメント有り難う御座いました。

現場主義、大変結構だと思います。どこまでが「現場」なのかも時代によって変ってくると思いますが、仮に、個別対応で帰宅困難者には通常料金でサービスを提供していても、ネットの料金は高いまま、個別対応をしていたことも周知しない、ということになると、私たち多くの印象としては、大災害に際して高額の料金設定をした、という結果になってしまうと思います。

「60sp」様

コメント有り難う御座いました。

被災現場からの生々しいリポートで、災害支援の大変さが身に沁みて伝わってきました。大変でしょうが頑張って下さい。

心配性だというのは、世代的な特徴かもしれません。

災害とは関係は無いのですが、ホテルの料金は、繁盛期(満室が多いとき)には高額になり、閑散期には安くなりますね。
広島で青年会議所の全国大会があって千人近くが広島に宿泊したときに、新しいアパホテルは5万円になったとか聞きました。
学会があると、同じように高額になります。
災害時に移動できなくなった人をどうするかですが、これは新幹線が事故で動かなくなったときも同じですね。駅での証明があればホテルは優遇料金となるように広島の観光業は考えないといけませんね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

資本主義社会における料金設定は、基本的には需給関係で決りますので、それは大前提として受け入れての話です。しかし、だからと言って非常識な「暴利」を貪ること、特に様々な意味での弱者をネタに金儲けをすることは、許されないという社会規範はあるというのがポイントです。

また民間企業でも、就中サービス業では特に、お客さんへのサービスという形で様々な社会貢献をしています。その一環としてさらに充実して欲しいと思います。

2018年6月29日 (金)

「平和公園に新しい慰霊碑や記念碑は建設できません」-なぜ?

「平和公園に新しい慰霊碑や記念碑は建設できません」-なぜ?

 

「平和公園に新しい慰霊碑や危険日は建設できません」常識だと思われていることがらです。ところが最近「かき船問題」に関わって、その根拠は何なんだろうと思い、広島市に情報公開請求に基づいて資料を請求しました。公開された資料を見て、意外に事実に突き当たりました。

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その根拠を尋ねると、多くの人から「1967年に出された広島市平和祈念施設運営協議会の答申でしょ」という答えが簡単に返ってきます。私の情報公開請求で開示された資料は、A4,3枚の資料でした。

資料にはこう記載されていました。1枚目は、昭和42年9月16日付で、広島資料館館長から公園緑地課長に宛てて出されたものです。その文章は簡単です。表題は「広島市平和記念施設運営協議会の答申について」となっており、記された文章は、短いですから全文記載します。「先に諮問された『平和の時計塔』設置の件について、会長から別紙のとおり答申があったので送付します。」と書かれています。問題は、添付されている広島市平和記念施設運営協議会会長名で出された答申の中味です。答申部分でには、最初に趣旨として「諮問された時計塔の設置が許可」され、その理由として「原爆ドームは、無言のうちに戦争の悲惨さを訴へ(原文のまま)ているのとは対照的に時計塔は毎日午前8時15分に世界の恒久平和を願う広島市民の祈りを込めた鐘が鳴り響き平和公園のシンボルとして建設いたしたい。」と付記されています。そして、この建設に関わる「意見」が2項目記載されています。

その次の「確認事項」と題して「平和公園内に記念碑、慰霊碑などが多くなったため、この時計塔を最後として公園内には一切工作物を許可しないことを申し合わせた。」ということが記載されています。

Dsc_1899

どうも、この「確認事項」が、その後の「平和公園に新しい慰霊碑や記念碑は建設できません」という広島市の根拠になっているようです。

この文書を見て私は不思議に思い、広島市の担当者に「これ以外には、関係する文書はありませんか」と何度も念押しをしました。担当者の方も一生懸命に古い文書を探していただいたようですが、結論は「この文書以外に関連するものはありません」ということでした。

多くの人から「どこに疑問があるのですか」と逆に質されそうです。しかし、当時の広島市平和記念施設運営協議会の答申に書かれているのは、あくまでも同運営協議会の「確認事項」にすぎません。当然のことですが、この運営協議会は、既に存在しませんから、この「運営協議会の確認事項」は、今や何の役割も果たしていないのは当然です。この文書が「平和公園に新しい慰霊碑や記念碑は建設できません」という根拠になっているとしたらあまりにも杜撰すぎると思うのは、私の思い過ごしでしょうか。ひょっとすると「市長の記者会見が行われたのでは」と思い、中国新聞発行の「年表ヒロシマ」で探してみたのですが、そこでもそれに関するものを見つけることはできませんでした。

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もちろん広島市が定めた公園・緑地への「彫像・記念碑などの設置許可基準要綱」にも「平和公園に新しい慰霊碑や記念碑は建設できません」ということは一言も書かれていません。

私は、なにも「平和公園に新たな慰霊碑や記念碑を建設させろ」と言っているのではありませんが、例えば「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」を平和公園内に移設するのに、関係者の方がどれだけ苦労されたのかを思い起こすとき、こんな杜撰(というより根拠なし)な根拠によって阻害されていたのかと思うと、何とも言えない気持ちになります。

もし、もっと詳しい情報や根拠をご存知でしたら、ぜひご教授ください。


(2018.6.29 いのちとうとし)

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2018年6月28日 (木)

「第37回反核平和の火リレー」がスタート

「第37回反核平和の火リレー」がスタート

今年で37回目を迎える「反核平和の火リレー」(広島県青年学生平和友好祭実行委員会主催)が、6月27日午前8時15分の鐘の音とともに、平和公園・原爆死没者慰霊碑前を出発しました。今年の反核平和の火リレーは、27日から土・日を除く17日間、県内23の全市町村、915.3Km、824区間を約2,000人余りのランナーが引き継ぎ、7月20日の夕方ふたたび、原爆死没者慰霊碑前に到着する予定です。

 

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この反核平和の火リレーは、1982年3月21日に平和公園などを中心に行われた「3.21平和のためのヒロシマ行動」で、青年が中心となって開催した「青年の広場」の成果を継続させようとした始まり、若い人たちの反核平和行動として毎年原水禁大会前の運動として取り組まれてきました。

慰霊碑への献花、黙とうで始まった出発式。「核兵器の廃絶」を願って燃え続ける「平和の灯」から採火された「平和の火」が、第1走者である新田康博実行委員長が持つトーチに移され、その後来賓(広島県平和運動センター佐古正明議長、広島県被団協前田耕一郎事務局長など)から激励のあいさつ。そして第1走者の新田実行委員長が「被爆73年が経過し、被爆者は高齢化し、被爆体験の風化が言われています。被爆の実相をどう伝えていくのか。若い人たちが、しっかりと伝えていかなければなりません。平和の火リレーをとうして若い人たちにそのことを伝えていきたい」と誓いの言葉を述べ、平和の火を採火した河端恭平自治労広島県本部青年部長や一般公募に応じた3名とともに慰霊碑前をスタートしました。

 

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かつて森瀧市郎先生が「やがて、全国・全世界に広がるだろう」と激励されたこの「反核平和の火リレー」は、昨年全国28都道府県でも取り組まれ、2万人を超えるランナーが参加しています。

この平和の火リレーを開始するとき関わった者の一人として、今年も、一人でも多くの若者が参加し、そして一人でも多くの市民のみなさんに共感していただき、県内の隅々に「反核平和の願い」が拡がることを期待せずにはおられません。

 

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余談ですが、先日「平和の灯」の台座点検がボランティアの皆さんの協力で実施された模様がニュースで報道されました。そのニュースを見てびっくり。点検作業に参加された一人がインタビューに答えて「世界中の人がこの灯を見に来る。これから50年、100年先までもつように、私たちが見守っていきたい」と話しておられました。ちょっとびっくりです。「平和の灯」は、世界から核兵器が廃絶されたとき消えるはずでは。50年、100年先まで消えることなく燃え続けるの?もちろん業者の方は、きちんとした作業を続けたいという思いで話されたこととは思いますが、そのまま何の疑問もないまま流された報道側にも大きな?マークです。

(2018.6.28 いのちとうとし)

 

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