グルメ・クッキング

2017年5月 9日 (火)

LECTの魅力 ――Serendipity (思わぬものとの出会い)とライフスタイル――

 

LECTの魅力

――Serendipity (思わぬものとの出会い)とライフスタイル――

 

LECTがオープンしたことは知っていましたが、何か月かして少し落ち着いてから見に行こうと思っていました。でも、何人かの知り合いから「楽しいから行ってみたら」「食べ物屋さんが充実しているよ」と唆されて、それでも少しは空いているかもしれない平日に行ってきました。

 

               

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駐車場には余裕がありましたが、中に入るとまだまだ多くの人でごった返していました。本屋の中なら少しは空いているのかなと考えて、蔦屋書店を目指しました。

 

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本屋の中にお洒落なコーヒーカップが置いてあり、近くには酒屋までありましたし、ワイン・セラーだけではなくバーのカウンターまである設えは新鮮でした。Google検索をすると、一つのキーワードに対応して、それに似た関連の項目が上ってくる、いわばVirtualの世界をそのまま現実の世界で具現化したような感じで、スマホ時代の人にはピッタリのレイアウトかも知れません。

 

でも私たちの世代の人間に取っては、思い掛けない偶然の出会いのような意外性もあり、急いで何かを探そうとしているのでなければ確かに楽しめそうです。蔦屋だけではなく、他の店の造りも同じような傾向で、面白いと言えば面白い感じではあります。家人の説明では、どの店もそれぞれのコンセプトに基づいた「ライフスタイル」を売っているらしいのですが、なるほどその視点で見ると頷ける商品の選択になっています。

 

とは言え、「食べる」という基本的な行為についてはきちんと基本が守られている店が多いようです。ちょっと早めの感はありましたが、いくつかの生活必需品も買えましたので、イタリアンの店で、乾杯をした後、軽めの食事で一日の締めにしました。

 

 

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帰る頃には電飾も灯され、商工センターの中とは思えない雰囲気と、束の間でしたが非日常の時間に別れを告げました。

 

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コメント

奇遇ですね。同じ日に、電車とシャトルバスを乗り継いで行きました。5月一杯はシャトルバスは無料だそうなので。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。LECTは楽しめましたか?次の機会にはバッタリお会いすることになるかもしれませんね。

2017年5月 8日 (月)

ゴールデン・ウィークのBBQ ――ようやく実現できました――

 

ゴールデン・ウィークのBBQ

――ようやく実現できました――

 

「近い内に我が家でバーベキュー・パーティー(BBQと略します)を開きますので、その際には是非お越し下さい」と、いろいろな人に何度も言ってきたのですが、今まで約束を果せませんでした。庭と簡易テーブルはあるのです。もちろん天気の良い暖かい日もあったのですが、バーベキュー用のグリルがない、日差しの強い日に必要になるテントがない、十分な数の椅子もない、といったことが原因でした。

 

こんな「ないない尽くし」を全部解消して、今年は初めてゴールデン・ウィーク中にバーベキュー・パーティーを開くことができました。救世主はS家とH家でした。

 

まず、BBQ用の肉は、S家がふるさと納税のお礼として頂いた宮崎牛を持ってきてくれました。

 

             

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S氏と、宮崎牛

 

BBQグリルはポータブルの焼き肉用カセットコンロを持参、それに飲み物はスパークリング・ワインと帰りに車の運転をする人のためのアルコール・フリー・ビール、その他超デラックスな食材です。それと、名前は「タープ」らしいのですが、簡単に立てられるテントのような日覆いも用意してくれていました。折り畳みのテーブルに、椅子はH家から釣り用の飲み物ホルダー付きの4脚を持参してくれて、ホスト役の私たちには出る幕がないまま、贅沢なBBQを楽しませて頂きました。

 

 

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写真を撮る時間も忘れて、ようやく終り近くになって、締めの数品の写真です。

 

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我が家のために皆さんが持ち寄りで、楽しいひと時を作ってくれたのですが、恩恵はそれに留まりませんでした。T家の長老夫妻には、庭の草刈りまでして貰いました。でもこの日のスターは、2歳になるS家のTちゃんと、10歳のお兄ちゃんH家のKちゃんでした。子どもたちの健やかな成長に皆目を細めていましたが、可愛い盛りでちょっと独立心も芽生えたTちゃんが危ないところに行かないよう、Kちゃんがお兄ちゃんとしての「責任感」をしっかり持って行動してくれている姿に、微笑ましさと頼もしさを感じたのは私だけではありませんでした。

 

最後にみんなで写真を撮りましたが、楽しいBBQになったのは、遠くまで来て下さった皆さんのお蔭です。TちゃんKちゃんに加えて、全員がスターの半日でした。お礼の気持ちを込めて、顔には星印を付けさせて頂きました。

 

 

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2017年5月 2日 (火)

親切な御近所さん ――ワラビとタケノコを頂きました――

 

親切な御近所さん

――ワラビとタケノコを頂きました――

 

天気の良い日のウォーキングは「気分爽快」そのものです。同じように考える人も多いようで、そこここで「同志」に出会います。畑や田圃で仕事をしている人の中にも手を休めて挨拶をしてくれる人もいます。この地域の人たちの特徴は、勤勉かつフレンドリーという印象です。

 

昨日は、藪の向こうで赤のジャンパーを着た「同志」の一人、ウォーキングの道すがらたまに立ち止まって話をするSさんが作業をしていました。手に何かを持っているのですが、どうもワラビのようです。「沢山採れたから持って行きな」と一束頂くことになりました。

 

問わず語りに、ゴールデン・ウイークの間、息子さんが九州から帰省して野良仕事を手伝ってくれていること、息子さんは二人でお孫さんが三人いること、37年前に職場で一番のハンサムさんと結婚したこと、これまで働いてきた職場では上司に恵まれ、今でもその中の何か所かには花を持って激励に行っていることなどを伺い、ワラビだけでなく「幸せ」の御裾分けを頂きました。

 

           

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ウォーキングのルートでは美しい竹も見掛けます。

 

 

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そのオウナーから、タケノコも頂きました。「タケノコは大好きですので頂きます」と素直に受け取りましたが、袋一杯のタケノコを見て涎を垂らしてしまっていたのかもしれません。

 

 

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そのタケノコです

 

 

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Sさんから貰ったワラビ

 

タケノコもワラビも灰汁抜きをしないと食べられません。灰汁抜きの定番は米糠か米の磨ぎ汁、重曹といったところなのですが、今回は新たな試みをしました。ネットで調べると大根の下し汁を使って約一時間でできるレシピ―がありました。そしてこれまた大好物のメンマ風の調理方法も見付けました。早速挑戦です。

 

ワラビの灰汁抜きは、小麦粉を使ってのレシピ―を見付け、ナムルにするのが簡単なようでしたので、こちらはナムルに。

 

しかし、Z級のグルメでしかも料理と来たらからっきし駄目な人間ですので、梃子摺っていました。そこに真打の登場です。見事にメンマもナムルも作ってくれました。

 

料理は駄目でもワインは開けられます。飲むのも得意です。その結果がこちらです。

 

 

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良い天気に恵まれ、親切な御近所さんと料理上手の家人のお蔭で、心も体も「日本晴れ」の一日になりました。

 

 

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コメント

ゼンマイではなく、わらびです。

「さっちさん」様

コメント有り難う御座いました。「ゼンマイ」ではなく「ワラビ」だということ御指摘頂き感謝しています。

本文の方は訂正させて頂きました。

2017年4月11日 (火)

有馬温泉を堪能してきました ――何故、今、有馬温泉なのかはまたの機会に――


有馬温泉を堪能してきました

――何故、今、有馬温泉なのかはまたの機会に――

 

訳あって有馬温泉に行きました。ずっと行きたいと思っていたのですが、今回は特別です。何故今度行くことになったのかは別の機会に譲ることにして、楽しかった一夕の報告です。

 

まず吃驚したのは、「有馬温泉」という名前から想像していたのは、コジンマリとした温泉街だったのですが、目の前に現れたのは、「温泉団地」とでも形容できそうな建物の群でした。熱海とか別府以上に開発されているかのような印象さえ受けました。

 

ただし、私たちが泊まった旅館は閑静で落ち着いた雰囲気の、古くもなく新しくもないほど良い佇まいの建物でした。とは言え、Wi-Fiがなかったのは不便でしたが――。

 

出迎えてくれた若者たちの誘導で中に入ったため、写真を撮る暇もありませんでした。廊下のポイントポイントに飾ってあった花も綺麗でしたが、うっとりしている内にこれも写真には撮れませんでした。ブロガーとしては落第です。

 

温泉は、金泉と銀泉の二種類あり、どちらも良かったのですが、湯に入った途端は熱い感じでした。でも少し経つとぴったりした湯加減で、いつもより長風呂ができました。外の景色は建物群なのですが、お湯に浸かっているだけでそんなことは全く気にならなくなりました。ここでお湯の成分や効能について蘊蓄を傾けられないのが残念ですが、やはり来た甲斐があったと思えたのですからそれで良しとしましょう。

 

           

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それ以上に嬉しかったのは夕食です。あまり高級な懐石などは苦手なのですが、これまでも温泉宿での夕食に感激したことは何度もあります。でも今回の夕餉は、私たちの趣味にピッタリでした。どうピッタリだったのかを記述する舌も語彙もないのが残念で仕方がないのですが、例えば、前菜やお造りの食材はどれも好物ばかり、そして調理や配膳も押し付けがましくない上に、どれも「今これが食べたかったのだ」という気持にさせてくれたのには驚きました。

 

あっさりした味にまとまっていたのは、肉類が全く使われていなかったからなのかもしれませんが、ミシュランで評価された (とどこかで聞いたのですが) のは、こういう点なのかなとも感じました。

 

美味しい食事のせいなのかもしれませんが、部屋に戻るとまだ時間は早かったもののそのまま爆睡。次の朝は早起きして、730分にバラエティーに富んだ朝食を摂った後、朝からの予定に飛び出すことになりました。

 

次回訪れるまでには、語彙も磨いて、またかつて訪れた他の温泉地にも足を延ばして、今回との比較ができるように出来たら良いねと話をしながら、忙しい一日を終えた帰途に就きました。

 

 

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2017年3月23日 (木)

久し振りの湯来温泉 ――やはり魅力的な場所ですね――  


久し振りの湯来温泉

――やはり魅力的な場所ですね―― 

 

国民宿舎湯来ロッジは、2009年の11月に建て替えオープンして以来、広島市の奥座敷として多くの人に愛されてきましたが、久し振りに足を延ばしてみました。この8年間に、一二度は来ていましたが、それでも途中の道が良くなり、湯来町の佇まいも明るくなったような気がしました。まずは、湯来ロッジの前面の写真です。桜が咲くと文句なしの風景になりそうです。

                  

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 祝日の昼過ぎだったこともあって、ロッジ前の駐車場は満杯、ちょっと離れたところに車を止めましたが、小学生のグルーブが交流体験をしていたようで、観光バスも一台停まっていました。

 

レストランはバイキング形式で、美味しそうなものがずらっと並んでいました。

  

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食べ物の写真を撮ることに慣れていないので、気付いたらお代りの段階でした。それでも折角、撮ったものですので、御高覧に供します。

  

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量はたっぷりでしたし、ランチ・バイキングとしてバラエティーのある選択肢、それに湯来名物のこんにゃくの刺身が絶品でしたし、ヘルシーなものを選べました。がっつり食べたい人には、そんな選択も可能です。Z級グルメを自認している私としては大満足でした。

 

食後はロッジのすぐ裏の水内川沿いに少し歩いて、少し寒さは残っていましたが、水に手を付けたり、もうすぐ桜の季節になれば人で一杯になるであろう河岸を楽しみました。

  

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本来なら温泉に入るべきなのでしょうが、湯冷めをしてしまいそうなのと、やはり温泉はゆっくり泊って楽しみたいという気持があって、後日に回すことにしました。帰途、寄りたいところがあったのももう一つの理由です。

 

実は湯来町から五日市までの国道433号線と県道41号線沿いには、前に寄った喫茶店やお店が何軒かあるのです。食後のコーヒーと買い物が目的ですが、一軒はどうも見過ごしてしまったようで、こちらも前に寄ったことのある「富夢想野(トムソーヤ)」でお茶にしました。丸太小屋づくりの温かい雰囲気のお店でした。もう一つ、この店の敷地内には「カラオケ」という幟旗が立っていたのですが、現在は休業中とのこと、再開して欲しいとお願いしてきました。

 

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そしてもう一軒、「空口ママのみるく工房」です。久し振りにお会いしましたが、お元気な様子、そしてお店も多くのお客さんで賑わっていて、嬉しく思いながら、半どら(餡は,もちろん名物ミルクジャム、抹茶、チョコ、あずき)を買いました。美味しかったことは言うまでもありません。

 

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こんなに近場で楽しめる場所が沢山あるのですから他にも足を延ばして、今まで十分に満喫できなかった広島の魅力を発見しながら皆さんにも報告したいと思っています。

 

 

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2016年12月13日 (火)

ひろしまでのドイツクリスマスマーケットとシュトーレン

ひろしまでのドイツクリスマスマーケットとシュトーレン

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ドイツクリスマスマーケットは大阪、東京などあちこちで開かれているが、広島では行われていなかった。そこで広島に在住のドイツの人たちと彼らとつながりのある団体や個人の方々の熱意で昨年からこのイベントがスタートした。今年は1216日(金)から18日(日)まで開催される。場所は中区上八丁堀の「アーバンビューグランドタワー」の東側公開空地。 

このイベントに安芸の郷が出店している。きっかけは4年前から日独平和フォーラム(ドイツの派遣団体は2007年よりボランティア活動の専門性を備えたドイツの国際青少年社会奉仕会(IJGD))が協力をしてドイツの若者のボランティア奉仕を安芸の郷が受け入れているので、ドイツクリスマス実行委員会にかかわる方たちからの出店のお誘いをうけたことから始まった。出店団体では唯一の障害者のお店になる。 

開催目的は「食や文化をはじめとするドイツクリスマス文化を提供するドイツスタイルのクリスマスマーケットの開催を通して両国のさらなる文化交流の発展と地域の賑わいを創出し、平和都市HIROSHIMAにふさわしい新しい冬の風物詩の創造をめざす」とある。ドイツ文化紹介パネル展示、クリッペ展示、ツリー、コンサート、広島市姉妹都市ハノーバーの紹介パネル、シュトーレンやクリスマス雑貨、ホットワインなどの飲食コーナーなどがある。

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安芸の郷の屋外での出店はいつもテントを張るのだが、このイベントでは木製の小屋(ヒュッテという)を実行委員会が設置して売り子はその中に入って販売を行う。実行委員会の図面によると、ヒュッテは高さが3mもある。間口が2.7m、奥行きが1.8mある、窓の開閉ができ、外に棚もある。終わると窓を閉めて横のドアから出入りする構造になっている。そして現地で組み立て、解体ができる。市内在住のドイツの人たちの手作りだそうだ。本場のドイツでは1か月以上開催されるので開け閉めが簡単で施錠の出来るヒュッテに進化したのだろうか。木工が好きなのでなかなか興味深い。

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2015年の安芸の郷のヒュッテ。看板は法人の建物の名前の森の工房AMAとしている。職員と一緒に販売で中に入っているのは安芸の郷でボランティアをしているマークスさんと同じくほかの事業所でボランティアをしている女性。2人とも今はドイツに帰国している。 

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ヒュッテの外にも少しなら商品を並べられるので絵ぞうきんや髪留めなどを飾る。昨年は髪留めが開店早々大人気であっという間になくなりあわてて安芸の郷から商品を追加することもあった。

今年は安芸の郷も17日の一日だけ出店する。昼の12時から夜の8時半まで営業している。今年のドイツのボランティアのアドリアンさんもお手伝いをする。広島にきているほかのボランティアの人たちとも合流してこのイベントにいろいろかかわるようだ。

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写真は森の工房あやめ製のシュトーレンのアップ。粉糖がたっぷりとかけられている。

このイベントに参加する後押しをしたものに安芸の郷の事業所「森の工房あやめ」が製造している天然酵母で発酵させたシュトーレンがある。毎年年末に利用者家族や地域の諸団体を対象に利用者とともに作っている各種製品予約注文販売を行っている。その中の一つとして開発したのがドイツで伝統的にクリスマスの時期に食べられる菓子「シュトーレン」だった。日持ちがするので注文販売に十分応じられることから製品化にこぎつけ、毎年冬の安芸の郷の代表的お菓子になっている。だから違和感なくマーケットに森の工房あやめ製のシュトーレンを出せた。値段も市販よりちょっと安いし。

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写真は129日(金)の午後シュトーレンの生地づくり。いろいろな工程を経たのちこの段階で容器に入れてホイロという発酵器に入れる。

この菓子の生地づくりは発酵に3日間、約80時間をかけたのちに、12日の月曜日に取り出して、成型して焼きに入る。温度調整が機器の性能向上で容易になったが、計算し実行して適度な状態を探るのは人間の勘に頼るしかない。事業所の休所日の前日から発酵させ、月曜日に取り出して成型、焼き、包装、販売となる。いいものを提供したい一心。

クリスマスマーケットではシュトーレンの他に天然酵母のパンをはじめブルーベリージャムやソース、クッキー、冷凍ブルーベリーの1キロパック(東広島市豊栄町産)、昨年好評を頂いた髪留めなどを展示してマーケット盛り上げに協力する。

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129日夜、安芸の郷の建物の森の工房AMAでクリスマスコンサートが行われた。その折建物の塔屋の窓に飾った利用者手作りの紙製ステンドグラス。

 

2016年12月13日 

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2016年8月12日 (金)

東京Z級グルメ・レポート


 

東京Z級グルメ・レポート

 

「夏の食べ物と言えば」という同じお題で書きたかったのですが、手元にトマトやキュウリ、スイカやトウモロコシの良い写真がありません。ネットで探してもピッタリのものがありませんので、来年まで持ち越すことにして、今日は東京Z級レポートです。

 

本当は、昨日11日の飛行機で広島に戻る予定だったのですが、どの便も満席でした。念のため調べた新幹線も満席で、仕方なくもう一泊して今日帰ることになりました。幸いなことに、東京のローカルテレビから連絡があり、「オリンピックと平和」についての取材を受けたので、一日無駄にしなくても済みました。

 

「仮にヒロシマ・オリンピックが実現していたら」というテーマなのですが、例えば、ネットを使っての資金の調達や、ネットを使っての双方向の観戦、そして「仮設」とは言っても解体して再利用可能なしっかりした設備なのですが、それをアフリカに贈って、次のオリンピックをアフリカで開くための準備をする等、東京オリンピックでも採用して貰えたらという気持で何点かお話ししました。

 

スカパーの番組は、前に説明した内容をお話しましたが、詳しくはまたの機会に別の視点からの分析をお届けします。

 

泊まっているのはテレビ局で手配してくれた品川プリンスホテルです。そこのレストランでの夕食です。「綿あめが浮かぶ」スパークリング・ワインという謳い文句に乗せられて注文しましたが、ワインを注げば綿あめは当然のことながら溶けるのです。写真を取るタイミングを逸して、「綿あめの溶けた」スパークリンク・ワインです。

 

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そして、メイン・ディッシュは生ハム入りシーザー・サラダです。ワインとの相性が良く、豪華な気分で一時を過ごしました。

 

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どこがどう良かったのか、残念ながら上手く説明できませんが、仕事をするエネルギーが湧いてきましたので、この選択は大正解でした。

 

次回は、前にもお約束したスカイツリーに行きたいのですが、なかなか機会がありません。

 

 

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コメント

綿あめの意味は、見た目だけですよね?たぶん
すぐ消える無駄なおしゃれが粋ですね

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

一瞬にして消え行くものの美しさですね。そして今年ももう立秋です。

2016年7月28日 (木)

「193の会」とキリスト教

193の会」とキリスト教

 

タヒチでは若い世代の人たちが「193の会」を立ち上げ、核実験被害者の団体「モルロアと私たち」を支えつつ新たな運動を展開しています。彼ら/彼女らのエネルギーや創造性を見ながら、自然に、高齢化する被爆者たちの運動組織を支えたり継承するために、若い世代が苦闘し続けている日本の状況と重ね合わせて考えていることに気付きました。「193の会」が上手く行っている背景を考えて見ましょう。

 

628日にマタイエア村で開かれた「モルロアと私たち」と「193の会」との合同集会は、その地域の教会の一つが会場でした。集会に先立って、多くの教会での定例行事になっている、地域の皆さんが持ち寄ったタヒチ料理のパーティーがありました。ご飯の上に少し甘みのあるポーク・カレーをかけた家庭的な料理にサラダの組み合わせで、その夜の強い雨と風を吹き飛ばすような温かみを感じました。

 

天候には勝てず、屋外で開かれる予定だった集会は急遽、室内の集会に変わりましたが、会場を移す作業は全員参加でとてもスムーズに進行しました。部屋に上がる際には靴を脱ぐのも日本と同じで親しみを持てましたし、年長者を大切にする文化もしっかり続いていました。

 

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例えば、この写真の左側の男性ですが、タヒチ語からフランス語への通訳をしてくれました。「193の会」のオーギュスト神父やリーダー格の若者たちからは「学者」と呼ばれて、「ぜひ通訳も」という形でボランティアをしてくれたのですが、これが年長者への敬意を表す気配りであることも伝わってきました。72日のデモでも先頭を歩くリーダーたちの一人でした。このように、若い世代の運動である「193の会」が年齢構成にも配慮しているのも、多くの市民の支持を受けている理由の一つです。

 

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その夜、発言をした人たちは高齢の人が多かったのですが、リーダーたちはその一人一人と面識があるような感じでしたし、参加者の多くも通訳の男性に対して一種の尊敬の念を持っていることも伝わってきました。

 

こうしたきめ細かい配慮や地域との強い連帯感など、「193の会」が成功する要素は多くあるのですが、良く考えて見るとそれは、教会とのつながりに基づいています。

 

タヒチ滞在中に何人もの人から聞いた言葉は「タヒチの人は宗教心に篤い」ということです。アメリカ社会でもかつては、宗教的理由でお酒を買えない街や日が決められていましたが、宗教の影響力が減るに従って、こうした風習も強制できなくなってゆきました。それが今でもタヒチでは守られていることも、一つの証拠になります。

 

タヒチに独自の宗教もあったのですが、フランスをはじめヨーロッパからの移住者が増え、それとともにキリスト教が伝わると、熱心な伝道活動に支えられて、キリスト教の信者が増えて行きました。熱心なキリスト教信者たちが、「神の教え」を説く神父や牧師を尊敬し、核実験被害についても彼らの問題提起に応えるのは極めて当たり前のことだったと言って良いでしょう。

 

 

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2016年7月 9日 (土)

同じお題で書きましょう 「卵焼き」

同じお題で書きましょう 「卵焼き」

 

201672日は、フランスが仏領ポリネシアで第一回の核実験をしてから丁度50年目に当たります。その後、1996年までの30年間に全部で193回の核実験をこの地域で行っています。しかも、1963年には、部分核停条約として知られる条約で大気中の核実験はしないという世界的合意ができたにもかかわらず、フランスは1974年まで大気中の核実験を続けました。

 

核爆発による死の灰や放射線を帯びた様々な下降物、また大気中の微量粒子等による被曝は勿論なのですが、核実験のためには、大規模な準備とその後の後始末が必要になります。被曝の危険は当然あります。それに駆り出されたのが現地の人たちです。「安全だから」と騙されて何の安全対策もないままに被曝した人の数は5000人以上いると言われています。

 

フランスの核実験による被害者、その家族、そして子どもや孫たちは、適正な医療の提供、さらには生活の支援、そして人権侵害に対する責任のを取って人権の回復、そして補償等をすること求めて闘ってきましたが、第一回の核実験から50年を迎える、72日には、さらなる運動強化のための大規模な集会を開きました。

 

広島の被爆者や市民、そして日本原水禁そして心ある活動家や市民は長い間、ポリネシアの人たちの戦いを支援してきているのですが、それについてはさらに詳しく触れることにして、今回は、この集会出席のために滞在したタヒチでの日常について一つ二つ報告しておきたいと思います。

 

タヒチの人たちはとても穏やかで礼儀正しく、街は笑顔に満ちています。約一週間滞在しましたが、私たち一行4人の意見が一致したのは、この間、ただの一度も嫌な思いや、マナーが今一といった経験はしていないということでした。(冷静に考えると一二度ありました。でもそれは、タヒチの人ではなく、みな外国人でした。)

 

そのタヒチの丘にこんなポスターが掲げてありました。

 

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タヒチの友人に何のポスターかと聞くと、「もっと笑顔を増やそう」というキャンペーンなのだそうです。、恐らく世界中で一番、こんなキャンベーンが不必要な場所での運動だと思いますし、そのポスターが如何に不必要かを記録に残しておきたいと思いました。何枚か写真を撮りながらやはり笑ってしまいましたので、その限りにおいてはキャンペーンの効果はあったことになります。

 

もう一つは朝食です。実は1995年にもフランスの核実験反対のための、今回より大きな集会がありタヒチを訪問しているのですが、その時のホテルは電話もレストランもなく、じめじめした部屋だったことだけを覚えています。朝食は近くの食料品店で買いためておいて食べていたような記憶があります。

 

今回は、朝食だけは出してくれるレストランがあり、コンチネンタル・ブレックファーストが食べられました。ジュース、ヨーグルト、ゆで卵、クロワッサンそしてコーヒー、果物、とこれだけあれば十分なのですが、「サプライズ」のサービスがありました。

 

「気が向くと」としか考えられないのですが、キッチンらしきところからふくよかな女性が現れて、「卵焼きはどう」と声を掛けてくれるのです。一緒に行った3人のうち二人はその卵焼きを食べることができたらしいのですが、私に声が掛かったのは、いつもゆで卵を食べた後でした。「おいしかった」という卵焼きを、次回はぜひ食べてみたいと、次のタヒチ行きを楽しみにしています。

 

 

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2016年6月21日 (火)

卵と私

卵と私

 

「ヒロシマ演説を読み解く」シリーズが続きましたので、息抜きに食べ物の話です。

 

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子どものころ、卵は貴重でした。朝、卵かけご飯は一つの卵を兄弟三人で分けなくてはなりませんでした。十分にかき混ぜないでご飯にかけると、白身のところがずるっと一人目のご飯にかかってしまい、「ずるい」と言われてしまいます。そうならないために、卵のかき混ぜ方は名人級になりました。

 

炒り卵を初めて作ったのは、小学校の家庭科の授業でした。一つの卵の量が減ってしまうような気がしましたが、直径数ミリの玉状の卵が沢山出来て、綺麗で美味しそうだったことが今でも記憶に残っています。

 

ちょうどそのころ、「コロンブスと卵」「立春には卵が立つ」の話を聞いて、しばらくは組中で練習をしていたことも思い出しました。

 

炒り卵を英訳すると、「scrambled eggs」ですが、「egg」ではなく「eggs」であるように、アメリカで食べた「scrambled eggs」には吃驚しました。量が違うのです。炒り卵だと数ミリだった「玉状」の卵が、どわっとお皿の上にあったのです。

 

目玉焼きにもいろいろ種類のあることも知りました。「sunny-side up」は普通の目玉焼きですが、「over easy」では両面を焼いて、でも黄身は半熟っぽい、もっと焼くと「turn over」になることも食べながら学びました。

 

黄身が半熟よりもしっかり焼けていた方が好きだったのですが、そのためには、フライパンの中に水を入れて蓋をすると熱い蒸気で上の方まで熱が通ることも教えて貰いました。

 

一番の得意はゆで卵です。ゆで卵の殻をむくときに、殻が卵に付かないでつるっとむけるような技術だけは身に付けた積りです。これと、オートミールで朝はすっきりです。

 

自分ではあまり料理をしたことのない告白になってしまいましたが、最近は「プレバト」での卵焼きを見たり、毎朝卵焼きを作っているブロガーの皆さんの記事を読んだりして、卵とは言え「奥が深い」とつくづく感じ入っています。

 

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コメント

家庭科の授業で、オムレツのテストがあると云う週に、
家族全員、一生分のオムレツを食べさせられましたw

「⑦パパ」様

コメント有難う御座いました。オムレツ好きでも、一週間となるとちょっと辛いですね。通じるかどうか分りませんが、一週間「笑味」できるかどうか微妙かも。

当然最初はいくつもいくつも失敗するわけで、1日に10
個以上のオムレツが作られます。そこで、「ちゃんと見と
けえよ」と私もママも見本を見せようとするので、オムレ
ツの数はさらに増えまして・・・w

「⑦パパ」様

再度のコメント有難う御座いました。

なるほど。お手本として作るオムレツまでは、数に入れていませんでした。やはり卵料理は奥が深いですね。

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