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2019年5月 4日 (土)

生前退位と憲法

[以下、憲法の枠組み内の話ですので、マスコミ等でよく使われる「天皇陛下」ではなく、憲法で使われている「天皇」と表記します。]

前回は、5月1日の朝見の儀における「おことば」、そして「国民代表の辞」を、1989年1月9日の朝見の儀の「おことば」と「奉答文」と比較しました。そして、今回の朝見の儀では、竹下内閣時代とは違って、憲法99条に規定されている憲法遵守の精神がすっぽり抜け落ちていることを確認しました。さらに、「朝見の儀」が国事行為であることが法的に決められていることから、憲法3条に従うと、この違いの全責任が内閣にあることも確認しました。

今回は、その続きですが、この違いが意図的であるとしか考えられないことをいくつかの事実を元に検証しておきたいと思います。

① 通常、いわゆる公的な行事において、「トップ」と位置付けられている人の読む「挨拶」の原稿は、担当のお役所が起草します。その際、何より前例を重んずるのが官僚です。前回の「挨拶」と全く同じ文言を平気で読ませることなど、朝飯前です。たとえば、8月6日、広島市の平和記念式典、そして8月9日の長崎市平和記念式典における総理大臣挨拶は、広島と長崎でほぼ同じ、そして毎年、前年と同じ内容・言葉です。この点については、「タウンNEWS広島平和大通り」さんが鋭く指摘していますので、それをお読み下さい。

 

190503

官邸のホームページから

つまり、竹下内閣と安倍内閣との間の憲法に対する姿勢の違いは官僚の意図に依るものではないと考えた方が良いようです。もっとも、官僚が総理大臣の意図を忖度したのなら話は別ですし、総理大臣が自らの意志で発言すること、あるいは行事の内容について指示をすることはあり得ます。ここで、主張しているのは正にこのことです。

 

② 現天皇が、憲法99条の意味を理解していることを示す言葉は沢山ありますが、2014年、誕生日を迎えるに当っての記者会見での発言を取り上げておきましょう。それは、「今後とも,憲法を遵守する立場に立って,必要な助言を得ながら,事に当たっていくことが大切だと考えております。」です。「必要な助言を得ながら」は、第3条を頭に置いて、国事行為について内閣の助言と承認が必要なことからの言葉です。しかし、その前に、「憲法を遵守する立場に立って」があることで、99条において、天皇にも憲法遵守義務が課せられていることを踏まえての言葉です。

 

つまり、現天皇が自ら「おことば」の内容を決めたのであれば、当然、これと同一線上の言葉になるでしょうし、現上皇が天皇として即位したときと同じ内容を踏襲することには問題がなかったはずなのです。従って、何度も繰り返しますが、責任は内閣にあるという結論になるのです。

 

③ 2016年8月8日の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」に、安倍首相周辺が介入して、一部を削除するという結果になったことを、毎日新聞の伊藤智永論説委員著の『「平成の天皇」論』(講談社現代新書)が具体的に記述しています。その一部の引用です。ここで、「衛藤氏」とは、同書で「首相の指示で衛藤晟一首相補佐官が文言の点検を担当した」と説明が付いている衛藤晟一首相補佐官です。

「関係者によると、原案には欧州の王室における生前退位の近況を引用した部分が二ヵ所あった。王室は国民に語り掛ける機会が多く、先代が亡くなった後、喪に服す期間が日本ほど長くないことが書かれていたという。衛藤氏はこれを「神話から生まれた万世一系の天皇が、権力闘争の末に登場した欧州の王室の例に倣う必要はない」という理由で削除し、宮内庁も受け入れた。」

 

190503_1

 

30年もの間に政治的圧力に抵抗したり妥協したりするという経験をお持ちの当時の天皇 (現上皇) でさえ、「首相の指示」に基づいた圧力に負けているのですから、天皇に即位したばかりの新天皇に圧力を掛けることくらい、何でもなかったのではないかと考えられます。

以上、安倍内閣が朝見の儀を憲法抜きの儀式にしてしまったという主張です。これまでの説明には説得力があると思いますが、状況証拠だと言われてしまえばそれまでです。しかし、安倍政権が憲法を軽んじている事実は、認めざるを得ないのではないでしょうか。今後もその圧力は続くはずです。新天皇も99条通りに、憲法を最優先しようとしていることは、皇太子時代の言葉から読み取れるのですが、その天皇を圧力から守れるのは、私たち主権者です。そのために何ができるのか、より具体的なレベルで皆さんと一緒に考えられればと思います。

 [2019/5/3 イライザ]

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コメント

一連のもの、見ず読まずでしたので、
5/3朝日川柳で、やっぱりねと。
すぐにこちらコラムを。より理解が深まりました。

ジョン・フランケンハイマーの『五月の七日間』Seven Days in May 米1963
「国を守るのなら、憲法にのっとって守るべきではないのかね」
大統領が、米軍制服組トップ(←確か)に言うセリフ(字幕)。
さらに、こんなやりとりも!
大統領「君は憲法を尊重するわけだな」
何とか大佐「はい。立派な憲法であり変える必要はない」
大統領「私もそう思う」
(封切時見逃し2002年wowowで)

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

アメリカの大統領は、就任式の宣誓で、ただ一つ、憲法を守ることを誓うのですから、心構えが違うのだと思います。

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一連のもの、見ず読まずでしたので、
5/3朝日川柳で、やっぱりねと。
すぐにこちらコラムを。より理解が深まりました。

ジョン・フランケンハイマーの『五月の七日間』Seven Days in May 米1963
「国を守るのなら、憲法にのっとって守るべきではないのかね」
大統領が、米軍制服組トップ(←確か)に言うセリフ(字幕)。
さらに、こんなやりとりも!
大統領「君は憲法を尊重するわけだな」
何とか大佐「はい。立派な憲法であり変える必要はない」
大統領「私もそう思う」
(封切時見逃し2002年wowowで)

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

アメリカの大統領は、就任式の宣誓で、ただ一つ、憲法を守ることを誓うのですから、心構えが違うのだと思います。

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