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2018年7月

2018年7月31日 (火)

7月のブルーベリー農園(東広島市豊栄町)・作業など

7月のブルーベリー農園(東広島市豊栄町)・作業など

76日に安芸の郷のある広島市安芸区、安芸郡一円でかってない集中豪雨で河川の決壊、山崩れ、土砂くずれの災害が起きた。安芸の郷の2つ目の建物第2森の工房AMAも後ろの山から大量の土砂、岩、流木が建物と庭に押し寄せた。728日森の工房AMAのブルーベリーまつりも中止にして復旧作業と利用者の支援の日々が続いている(これらの日々の様子は安芸の郷のブログ「アキノサトの日記」に掲載)。

安芸の郷にブルーベリーを納品している農園のある場所には、住んでいる船越からは国道2号線、県道375号線を通るのだが、あちこちが寸断された。14日にようやく農園にいくことができて、早速周囲を巡回したが、畑の法面が23か所小さく崩れた程度で済んだ。723日からは安芸の郷と福富町のしゃくなげファームから摘み取りの研修、ボランティア、友人、知人のみなさんの摘み取りが始まるので農園の環境整備を急いだ。

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714日。里山のブルーベリー園の草刈りと畑の防草シートを敷く作業を行う。

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718日。農園の家の前にテント設営、テーブルや椅子の設営。

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721日の農園から見る青空。豪雨の6日の翌日が梅雨明けでそれから暑い日が続いた。

 

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728日。安芸の郷のボランティアグループ「フレンドベリー」の皆さんや、農園の友人が摘みとりの援農にお見えになった。一年ぶりの農園訪問。籠を首にかけコンテナをもって摘み取りへ。

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728日。田んぼからブルーベリーに転作した畑が3段に分かれている。最初に一番下の畑にみんな入ってスタート。

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728日昼休み。畳の部屋で休む人、縁側やたたきで休む人。この日は台風12号の影響で風があり、雲もあってわりと涼しかった。収穫したブルーベリーを安芸の郷に納品できた。安芸の郷では選別した1キロパックの生食ブルーベリーとして主に販売される。

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夏の農園周囲の様子。

 青々とした田が広がる。721日。

 

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 ラビットアイ系のブルーベリーの青い実。722

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 農園の裏庭のホタルブクロ。718

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 728日。山のブルーベリー園のワイヤーメッシュの間からのぞくヒオウギズイセン

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社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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2018年7月30日 (月)

「アベノミクス」に騙されるな! ――経済も、原点に戻って考えよう――

 

「アベノミクス」に騙されるな!

――経済も、原点に戻って考えよう――

 

台風12号が上陸し、特に小田原から熱海を中心に太平洋側では大きな被害が出ているようです。お見舞い申し上げます。さて、予断は許されませんが、広島県内の被災地への影響は最悪のシナリオにはならなかったようで、少しホッとしています。でも、台風の進路には吃驚しました。Yahooの天気予報で台風を調べたのですが、29日の13時に、台風の中心は宮島の真上でした。そして管弦祭も中止になったとのこと、自然の力の大きさを認識せざるを得ない7月になりました。

 

               

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台風や豪雨災害による被害を最小にするため、政治の果す役割の大きいことは言うまでもありませんが、我が国の政治の最優先事項の一つとして災害対策を捉えるべきだ、という立場から「防災省」の創設を提案しています。

 

市民・国民・庶民の生命や生活には関心のない安倍政権が、世界の見方を一夜にして転換するとは思えませんが、それでも、私たちが少しでも説得力のある材料を見付けて、少しでも多くの人たちと共有し、マスコミの中に少数ながら残っている良識の持ち主たちとも協力して、何とか世論のうねりを作りたいと思っています。

 

そのためには、かなりの程度数値化ができる経済の面からの分析が有効だと思います。幸いなことに、私の身近な人たちの中には金融や経済の専門家も多く、このところ御紹介して来た森嶋通夫先生等、尊敬する経済学者の方たちからも学んできましたし、今で、経済の分野での気骨ある方々の発言には注目してきています。そして、天は私たちを見捨ててはいなかったのです。

 

たまたま目にした立命館大学の太田英明教授の論文は、経済学の基本的な部分と、原点から点検した「アベノミクス」の本質についての「目から鱗」としか表現できない素晴らしいものだったのです。大田先生は広島市の出身で、東大の経済学部を卒業後、ケンブリッジ大学を経て、国連工業開発機関や野村総合研究所、シンガポールの経済研究所、愛媛大学等で国際経済を中心に世界的な研究・調査活動を行い、現在は立命館大学の教授として活躍されています。被爆二世として政治にもずっと関心を持ち続け、専門分野を離れてでも、日本の政治と経済を立て直すという使命に駆られての活動も続けて来られています。

 

それは、2007年に愛媛大学の法文学部論集に掲載された論文「所得格差および税制と経済成長 ――中長期的影響:分配なくして成長なし――」というタイトルにハッキリと示されています。略して「大田論文」、さらに略して「論文」と呼びましょう。勉強の好きな方には、この論文をお勧めします。

 

「アベノミクス」と経済学の基本とを結び付けるために、官邸のホームページから出発しましょう。そこには「アベノミクス」を説明するための、簡単な図式が掲載されています。

 

 

Photo

 

つまり、「アベノミクス」が目指している「持続的経済成長」のためには、「消費の拡大 ⇒ 企業業績の改善 ⇒ 投資の拡大 ⇒ 賃金の増加 ⇒ 消費の拡大」という、良い循環が作られなくてはならないという、基本が描かれています。

 

それに対して「大田論文」では、所得格差を切り口として、ここに掲げられている4つの項目が、残念なことに上手く回っていないことを示しています。「大田論文」で取り上げているのは、2006年までの日本経済なのですが、それからの10年余りの傾向も基本的には同じだそうですので、説得力のある数字やグラフ、図表等は「論文」からお借りします。

 

論文ですから、短い言葉の中に内容を圧縮し、かつ論理的な議論を展開しています。論文を読むことに慣れていないと、最初の一二行で諦めてしまう人も出てきます。私が一緒に、少し寄り道をしながら、「解説」といった形で「はしがき」の趣旨をお伝えできればと思います。

 

「はしがき」

 

 日本社会における「所得格差」や「経済格差」は悪化しています。まず、所得分配が平等かどうかを示すジニ係数は一貫して「不平等」の方向に悪化しているのです。―― (ここでジニ係数の説明をしたいのですが、長くなりますのでまたの機会にします。大切なのは、この係数は01の間の値を取り、この値が0に低いほど、平等に近い所得分布になっているということです。一人の人だけに所得があり、その他の全ての人は、全く所得がない場合、ジニ係数は1になります)

 その理由としては色々な説明がされています。例えば、(a) 終身雇用制度の崩壊 (b) 正規雇用者と非正規雇用者やパートの間の賃金格差 (c) 高齢所帯の増加 (d) 若者のフリーター層の増加等です。

 しかし、それら以上に説得力のある説明は税制の影響です。税と経済成長についての因果関係については、論文中で検証されます。しかし、経済成長に関係付けるのと同時に、一人一人がどれだけ豊かな生活を送っているのかも大切です。税の面でお金持ちが優遇され、中間層以下の人たちには、そのしわ寄せが押し付けられている事実をしっかり把握することも大切です。

 お金持ちほど、税金の面で優遇されており、その結果足りなくなる分は、中間層以下の人たちの税負担で補っているということを具体的に見てみましょう。

 (a) 80年代から本格化した所得税の累進制緩和によるフラット化の流れがありました。 (b) それに加えて、1989年には逆進性の強い消費税が導入されました。 (c)しかも、その税率は当初の3パーセントから、1997年には5パーセントに引上げられました。(その後、2014年には8パーセントに引き上げ)られました。 (d) 2007年以降本格化する所得控除廃止措置等によって、中間層以下への負担が増加していることが挙げられます。

 それに対して、富裕層は最高所得税率が37 2007年度より40%),地方税は13%(同,10%),合計50%と80年代初の90%程度に比べ大幅に負担が軽減されています。

 こうした施策を正当化するために、「トリクルダウン」理論という、とんでもない考え方が使われてきました。つまり、お金持ちが自由に使えるお金が増えると、「金持ちは沢山お金を使う ⇒ それが段々下にまで落ちてきてさらなる消費につながる」から社会全体が潤うという構図で、経済が活性化されるというものです。

 しかし、こんなことは起こらないということが学界の定説になっていますし、アメリカでは父ブッシュ大統領がこれは、「原始的宗教の信仰に類する理論」だと一蹴したことでも知られています。

 結局、「経済学的に考察すると,国民経済全体からみれば,富裕層の消費は大きな波及効果は望みにくく,大多数を占める中低所得層の可処分所得の拡大に伴う消費拡大なくして安定的な成長は望めない」というのが結論です。

 そして「アベノミクス」では、この考え方とは正反対の施策を展開してきた、ということが問題なのです。

 

「アベノミクス」については次回以降も続きますが、私たちにも読める著書の一つに『IMF(国際通貨基金) 使命と誤算』(中公新書)がありますので紹介しておきます。

 

[2018/7/29 イライザ]

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2018年7月29日 (日)

「忖度」をしない気象庁 ――何故、財務省や文科省とは違うのでしょうか――

 

「忖度」をしない気象庁

――何故、財務省や文科省とは違うのでしょうか――

 

75日の夜「赤坂自民亭」を開いて、自民党の幹部たちが安倍総裁三選に向けての大宴会を開いていたことで、多くの人々は、安倍政権が如何に庶民の命や生活には無関係な存在なのかを改めて確認することになり、その結果、怒ったりガッカリしたりといった気持になっています。さらに次の6日の夜には、首相公邸に自民党無派閥議員を集めて、総裁選挙についての根回しをしていたのですから、何をか言わんやです。

 

そんな自己中心的かつ驕慢・破廉恥な政治集団にどう対抗すれば良いのかを考えるに当り、実は5日そして6日の状況が素晴らしいヒントを与えてくれています。

 

読売新聞の報道によれば、5日には、「土砂災害の恐れが高まったとして、午後1時現在、神戸市で約10万人に避難勧告が出されたほか、大阪北部地震で震度6弱を記録した大阪府茨木市や、神戸市で避難指示が出るなど、3府県の15市町で計約20万人に避難指示・勧告が出された」のです。

 

さらに翌6日の夜までには、広島も含めて西日本では市民・国民・庶民の生命が危険にさらされる状態になっていました。再び読売新聞からです。「6日も西日本を中心に記録的な大雨が降り続いた。気象庁は同日午後、福岡、佐賀、長崎、岡山、広島、鳥取の6県に対し、「生命に重大な危険が差し迫った異常事態にある」として大雨特別警報を発表した」。

 

               

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台風12号について、気象庁のホームページから

 

このことをどんな文脈で考えれば良いかなのですが、それは、森友・加計問題です。財務省そして「安倍トモ」たちが総理大臣の意志を忖度して、嘘を頻発し文書を捏造・改竄して自分たちの利害関係を死守してきたのが森友・加計問題です。

 

それに照らして、5日の午後から夜にかけての状況を考えて見ましょう。安倍内閣やそのお友だちが庶民の生命や生活には無関心であるという事実は確認するまでもありません。庶民に対する無責任さという意味で、森友・加計問題でも安倍プラスお友だちの立場は同じです。でもそこに登場するお役人の態度は、天と地ほどの差があります。

 

気象庁の職員も財務省や文科省の職員たちと同じ国家公務員です。そして広い意味では安倍内閣が彼ら/彼女らの生殺与奪の権限を握っています。にもかかわらず、気象庁の職員たちは、安倍政権そして安倍総理の気持を忖度することなどなく、憲法15条に従って「全体の奉仕者」として、また「科学的事実」を信頼する科学者として懸命に職務を遂行していたのです。

 

安倍内閣、そしてお友だちは、2000年に制定された土砂災害防止法も、それ以前の改正河川法も、気象庁の情報に基づいて地方自治体が発する避難勧告や避難指示といった、市民・国民・庶民を守るための法律・制度・慣行を一切無視して、高々「私的」な会合を優先していたのです。このことだけで、既に憲法15条違反です。当然、行政を司る資格はありません。即時、辞任すべき失態です。それは、与党の一部として安倍政権を支え続けてきた公明党や、そのシンパの維新の党も同じです。

 

こうした状況の中で、行政の長が腐っていても、市民・国民・庶民の命を守り生活を守る政治を最小限、担保するために何ができるのでしょうか。

 

その可能性の一つが「防災省」の設置です。気象庁が万丈の気を吐いて頑張っている姿、全国の消防そして消防団が命の危険をも顧みず職務に専心しているコミットメントを元に考えることが出発点です。そこから得られる教訓は、少なくとも「災害」時には、そしてその予防のためには、「防災省」といった形の専門家集団を組織して、腐った政権が力を持っているときでも、その任務を全うできる体制を作っておくことが何よりも大切だと言うことなのではないでしょうか。

 

災害救助では自衛隊も頑張っています。でも、今はお手本としての組織の中に、軍隊としての「自衛隊」を敢えて入れていません。それには理由があります。20173月の防衛大学の卒業式で安倍総理は、「軍人勅諭」の現代語訳ともいえる言葉で自衛隊の政治的な意味合いを説明しているからです。

 

それは、「最高指揮官である私」の繰り返し、「警戒監視や情報収集に当たる部隊は、私の目であり耳であります」、「つまり、最前線の現場にあって指揮をとる諸君と、最高指揮官である私との意思疎通の円滑さ、紐帯の強さが、我が国の安全に直結する。日本の国益につながっています」、「そして将来、諸君の中から最高指揮官たる内閣総理大臣の片腕となって、その重要な意思決定を支える人材が出てきてくれる日を楽しみにしています」等です。

 

戦前、軍の最高指揮官は天皇でした。自分はそれと同じ「最高指揮官」だという点を何度も強調し、つまり自らを天皇に準えて、軍人勅諭の言葉を使えば、あたかも「朕は汝ら軍人の大元帥なるぞ」と言っているとしか聞こえませんし、そして、その後の言葉は、「されは朕は汝等を股肱と頼み汝等は朕を頭首と仰きてそ其親は特に深かるへき」を言い換えているのです。

 

それに、稲田防衛大臣が、20177月の都議会議員選挙で、「自衛隊・防衛省とも連携のある○○候補(※実際の演説では実名)をお願いしたい。防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」とうっかり本音を言ってしまったように、自衛隊の「私物化」が進んでいますし、さらには、小西洋之参議院議員に、「国益を損なう」といった趣旨の発言を公道上でした自衛隊3佐がいたこと等を考えると、シビリアン・コントロールさえ反故になっているような感さえあります。災害救助の際は除いて、その他の場合に自衛隊が、中立の立場で全体の奉仕者としての任務が果せるのかには大きな疑問符が付くのです。

 

「防災省」設置については、続いて私案を御披露したいと思いますが、それと同時に、安倍内閣打倒のための、有効な手段があることを昨日、教えて頂きました。それが実は、今日の本題の積りだったのですが、イントロが長くなってしまいました。

 

ようやく本題に入れるのですが、安倍政権の本質を私たちが理解するためには、気象庁と財務省といった具合に、分り易い対比で具体的に腐敗度や絶望度を見て行く必要があります。できれば数値化できると一番良いのですが、経済の分野ではそれが可能です。しかも、たまたま論文を読むことになった経済学者の大田先生は、世界的に共有され、当然日本政府も持っているデータを元に、説得力ある分析のできる方です。さらにそこから導き出される「目から鱗」の結論は私たちに勇気を与えて下さる方だったのです。

 

この項、当然ながら続きます。

 

 

[2018/7/27 イライザ]

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コメント

昨年まで防衛省は計画の二基で2000憶円と説明していたイージス艦が、4000憶円に跳ね上がっていて、最終的な総額で6000憶円になる可能性もあるという報道がありました。これを防災に使えばどれほどの命が救えるかですね。

「アショア」様

コメント有り難う御座いました。

御指摘の通り、悪徳商法に騙されているかのような軍事費で、何人が救われたのかという実績も示せないのですから、具体的に、防災費として命を救うために使うのが合理的です。

イージス艦が高いというなら安上がりなのは北朝鮮でも持てる核や弾道ミサイル。撃たれたら撃ち返すと言えば良いだけで、それなら安く済むのに撃たれた防ぐというのでは何百倍も難しく高くなるのは当然。だから憲法改正が必要でそうなればイージスは不要になって防災費も出るだろう。

「イーデス」様

コメント有り難う御座いました。

そもそもの前提が問題なのかもしれません。本当に北朝鮮が日本を攻撃したいのなら、高いお金を掛けて核とかミサイルを開発し、それらを使わなくても、いくらでも安く攻撃することは可能です。

核やミサイルの開発は、アメリカを視野に入れての話ですし、中国とも対等な関係を作りたいという意図もあったはずです。

その双方との関係が改善されつつある今、北が日本に対する攻撃政策だけは、後生大事に守り続ける意味はありません。日本が挑発すれば話は別ですが。

2018年7月28日 (土)

「防災省」設置案・その5   災害後の対応・その2

 

「防災省」設置案・その5

災害後の対応・その2

 

災害後に大きな力を発揮するのが、重機だということは、連日の災害現場からの報道を御覧になっている皆さんにはお分りだと思います。また医療等の専門的知識によって被災者の生命や健康を守る貴重な活動も忘れてはなりません。「防災省」の仕事の説明に当って、その他の活動にも触れたいのですが、今回は特にこの二つを中心に、 (E) について説明したいと思います。

 

[災害発生後に視点を移しての防災省の仕事]

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(B) ()

(C) ()

(D) ()

(E) 災害救助のために必要な専門的知識、そのために使用する機器・重機等は、専門組織や民間の所有する機器等に依存せざるを得ない面が大きいため、消防団組織をモデルに、専門的なノウハウや重機を「ボランティア」として提供して貰う仕組みを、(D)で言及した3レベルそれぞれに対応する形で整備する。

 

《解説》

 災害救助に当って、多くの人手が必要ですが、消防の正規職員だけではとても数が足りません。「ボランティア」として普段から訓練を受け、適切な災害対応能力を持つ「消防団員」が活躍する場になるのと同じように、重機にしても正規に消防が保有しているものだけでは到底数が足りません。自衛隊や消防庁の持つ重機もありますが、それを加えてもまだまだ足りないのが大災害のケースです。その不足分は、被災地域の建設業を中心に日常業務で重機を使っている企業に協力を要請し、「災害出動」をして貰うことになります。

 地域の建設業関連の企業では、「○○市建設協会」(以下協会と略)といったような名称の団体を作って、その○○市と協定を結んで、災害時には重機や重機のオペレーターを提供することで大きな社会貢献をする仕組みを作っているケースが多く見られました。このような仕組みが円滑に機能するためには、行政と協会の緊密な連携が必要です。そして、災害時に利益を上げるような印象は避けたいのが人情ですから、「ボランティア」という側面が強調されます。善意の活動とは言え、企業側の負担が大きいことは言うまでもありません。

 災害時に助けて貰うことから、行政の側から考えると「恩がある」という気持が強くなり、企業側ではマイナスになった分をどこかでプラスにしたいという気持があります。これまでには、そこから出発した談合が発生したこともあったそうなのですが、その是非はともかくとして談合の背景にはこうした事情のあったことも理解しておくべきだと思います。近年では、このような事例は減少し、行政と企業との関係は透明化され、完全なボランティアに徹するか、適正な対価が払われる方向に変ってきているようです。

 ボランティアに徹した素晴らしい実践例として、NPO法人「未来の環境を考える会」を紹介しておきたいと思います。2005年に発足したNPOですが、以下の活動内容の説明は、ここで私が言いたかったことを簡潔にまとめてくれています。

 「地元中小建設業者は、常に大型・小型の重機を自社で所有しております。日頃は下水道、道路工事等では住民の方々にご迷惑をかけ、ご協力を願っておりますお蔭様で、企業として成り立っております。重機等を使用して危険な作業に毎日従事していますので、災害が発生すれば、直ちに経験と技術力を生かして地域のため人命救助、災害復旧に協力できる体制です。地震災害時の緊急救助体制を整え、救助用重機だけでなくジャッキ、ポンプ等の機材も保有しております。また、重機の動力源の補給がたいへん困難であったことも現地で身にしみておりますので、対応として会員が燃料タンク車を自費購入して常備することに致しました。私たちは重機及び車両の種類、台数、緊急時の連絡体制整えております。」

 

             

Photo

               

NPO法人「未来の環境を考える会」が提供できる重機の一例

 

 水道事業は自治体の仕事ですが、ここでも民間の協力は必要になりますし、ガスや電気は民間企業の守備範囲ですが、それでも、自社の正規職員以外の協力も必要になります。

 もう一つ、被災地で欠くことのできないサービスは医療です。そのために、2005年から都道府県単位で整備され始めた組織としてDMAT(ディーマット) があります。緊急時に立ち上がる一時的な組織ですが、ウィキペディアでは次のように紹介されています。

 「災害派遣医療チーム(さいがいはけんいりょうチーム)とは、医師、看護師、業務調整員(救急救命士・薬剤師・臨床工学技士・臨床検査技師・理学療法士・作業療法士・放射線技師・社会福祉士・コメディカル・事務員等)で構成され、地域の救急医療体制では対応出来ないほどの大規模災害や事故などの現場に急行する医療チーム」

 このように、行政と民間との協力が一体になって初めて機能するのが災害救助ですので、「防災省」が立ち上ったとすると、この「行政  民間」の間の協力関係をさらに密にする方向に進化させたいと思うのは人情なのではないでしょうか。そこで、注目したいのが、消防における消防団です。重機を提供する企業やそのオペレーターたちも消防団員と同じような位置付けで消防組織の一部として、実地訓練に参加し、災害の現場に参加し、同時に適正な報酬や手当を受け取れる仕組みを作れれば良いのではないかと思います。医療という専門集団については、DMATがかなりまとまった機能的活動ができるようになっていますので、それ以上を求める必要はないのかもしれませんが、消防団員についての次の心配を視野に入れると、違った対応があるかもしれないとも考えられます。

 それは、災害現場での活動には命の危険が伴う、という事実です。消防団員の場合には特にその点が心配なのですが、避難の勧告を個別に伝えたり、避難誘導をしたりしている際に土砂流に巻き込まれるケースなどがこれまでもありました。これは、二次災害なども視野に入れれば、DMATのメンバーにも当てはまります。「危険箇所には近寄らない」が鉄則ではあっても、必要かつ適正な保険制度等の整備も含めて、消防団の制度を改善した上で、改善版をモデルに、重機や専門的知見、そして善意を提供してくれる企業・団体・個人と行政との関係を整理することも「防災省」の任務の一つだと考えています。

 

[2018/7/27 イライザ]

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コメント

もう何年も前から石破さんが防災省の創設を掲げていますが、石破さんが首相になったら実現するでしょうか。

「自民糖」様

コメント有り難う御座いました。

石破氏には、この「公約」だけは実現して欲しいと思っています。でも、今、政権を担当している安倍内閣のときにこれだけ大きい自然災害によるダメージが出ているのですから、先ずは安倍内閣に、その反省を元に抜本的な災害対策を提示する責任があるのではないかと思います。

2018年7月27日 (金)

「防災省」設置案・その4   災害後の対応・その1

 

「防災省」設置案・その4

災害後の対応・その1

 

このシリーズに力は入っているのですが、どんどん長くなっています。切りがありませんので、少し端折りつつ、全体像が見えるように工夫をして行きたいと思います。ということで今回は災害発生後に焦点を合せ、まずは、人命救助の際にも復旧のためにも欠かせない重機その他の装備について考えて見たいと思います。

 

[災害発生後に視点を移しての防災省の仕事]

(A) ()

(B) ()

(C) ()

(D) 災害発生後は、それまでの予測を元に、また被害状況に照らして、都道府県単位で災害対策本部を立ち上げる。「防災省」直轄の実働部隊は、この対策本部の下に入り都道府県知事の指揮の下、災害救助や復旧・復興の仕事に当る。災害救助等の必要な装備については、「直轄」「都道府県」「市町村」という3つのレベルで整備する仕組みを作り、現在の消防制度を元に、市町村レベルでは整備し切れていない装備は、都道府県レベルで拡充整備する。「防災省」では、最新の装備についての研究を元に、世界的に貢献可能な高性能の装備の開発に当り、災害の予測モデルに従って、「直轄」「都道府県」「市町村」という3レベルに適切な装備を配置する。

(E) 災害救助のために必要な専門的知識、そのために使用する機器・重機等は、専門組織や民間の所有する機器等に依存せざるを得ない面が大きいため、消防団組織をモデルに、専門的なノウハウや重機を「ボランティア」として提供して貰う仕組みを、(D)で言及した3レベルそれぞれに対応する形で整備する。

 

《解説》

 大雨や台風についてのデータの収集や予報、地震や噴火についてのデータ等は、現在では気象庁や国土交通省等の担当ですが、それらについては基本的には現状をそのまま引き継ぐことにします。その中で「災害」そして「人命救助」という視点からのデータの整理や分析等は「防災省」が、各担当部署との連携の下に行うことにします。

 災害後の現地での対策は、「現場主義」を採用し、都道府県知事が指揮を執る形にします。その際、現在の都道府県の役割が、「中二階的」であるという批判を踏まえて、災害対応をその活動の中心に据えるような大改革をすることも視野に入れるべきだと思います。一般的なレベルでの詳細情報を持つ「防災省」と、現地での詳細情報を持つ都道府県が緊密な連携を取る必要は言うまでもありませんが、緊急を要する場合の最終判断は、現地を良く知る知事が行えるような権限を与えておくことが重要です。

 このような形での連携が上手く機能するためには、「防災省」と都道府県、そして基礎自治体である市町村とが、実地訓練を何度か経験しておく必要があります。また、経験値を考えると、各都道府県が災害を経験する頻度と、「防災省」が全国各地において災害救助に当たる頻度とを比較すると、後者の方が多いのですから、それを生かさなくてはなりません。当然、現場では、「防災省」の指揮官が知事に指示を出すという形の方が全体として上手く機能する場合も多いはずです。そのような経験値は当然生かすべきです。そのためには、知事が自分の権限を「防災省」と一時的に共有する宣言をすれば良い訳ですから、それもシステムに組み込みます。しかし、最終的に現地の判断が優先されなくてはならない場合もあり得ますので、「これは現地の判断で行います」という権限だけは、確保しておくことが大切になる、という意味なのです。

 愛称が「レッドサラマンダー」という、「全地形対応車」が、愛知県岡崎市に配備されています。朝日新聞の「キーワード」によると「全長8.7メートル、総重量12トン。最高速度は時速50キロ。搬送用の車両を含め、総額9765万円。10人乗りで、災害現場への人員、物資の輸送が役割。岡崎市への配備は、南海トラフ地震の発生が懸念▽日本のほぼ中心に位置する▽津波の心配がほとんどない▽高速道路のインターに近い、などの理由だったという」という説明です。約1億円のレッドサラマンダーですが、災害時に八面六臂の活躍をしてくれるのであれば、各都道府県に一台配備しても、一機280億円のオレプレイの台数を減らせば、十分にお釣りが来ますので、それも可能性として検討すべきでしょう。

 

                   

Photo

         

 

 しかし、東日本大震災後の2013年に急遽配備されたこのレッドサラマンダーは、これまで二度の災害現場でしか使われていないのです。昨年7月の九州北部豪雨の際に大分県日田市に出動しました。そして今回の西日本豪雨では、岡山県に入っています。この5年間にたった2度の出動実績には理由があるのでしょうが、可能性として考えられるのは、(a)災害現場で役に立たないから (b)出動して貰うには費用が掛り過ぎるから (c)要請すれば来てもらえることが周知されていないから (d)現地に到着するまでに時間が掛り、その間に他の手段で問題は解決されている場合が多いから、等です。こうした点についてもきちんと検証し、後に提案する国際災害救助隊の「サンダーバード」にも役立つような先進的な道具を整備するのも「防災省」の役割ですので、新装備開発の一助としてまずは全国で活用するための方法を考えるべきでしょう。

 

[2018/7/26 イライザ]

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2018年7月26日 (木)

「防災省」設置案・その3  事前の防災対策・その2

 

「防災省」設置案・その3

事前の防災対策・その2

 

[防災省の仕事内容]を続けます。前回、B)までは《解説》を付けましたが、今回はC)に移ります。その前にC)の内容に付け足しておきたいことがありました。それは、「災害弱者」に対する配慮です。修正後のC)は次の通りです。

 

A) ()

B) ()

C) 災害についての正確なハザードマップを作成・改訂し、危険箇所に住む人々には個別の面接を行い避難の必要性や具体的な避難経路も含めた避難可能な知識を伝達する。避難「命令」が可能になるような法的整備も行い、発令等についても全国的に知見を共有して、避難が遅れることのないようにする。避難訓練も定期的に様々な想定の下行う。また、「災害弱者」も特定し、避難の際に声を掛ける担当者を決めておくなどして避難ネットワークに組み込む。必要があれば、「事前避難」という概念を導入して「災害弱者」の救済に役立てる。こうした努力を通して、「防災意識」の定着を図る。

 

                 

Photo

           

もっと詳しいハザードマップが必要ですが、一例として御覧下さい。

 

《解説》

 ハザードマップの持つ効果は良く知られています。洪水や土砂災害の被害を少なくするため、特に人命が失われないように早目に避難することが大切なのですが、実際に役立っている事例を国土交通省の資料が示しています。

 

 

Photo_2

 

 例えば、1998 (平成10) 8月の阿武隈水害では、ハザードマップを見ていた人たちの方が、ピークで見ると一時間早く避難しています。この差が、被害の多寡に大きく影響する可能性もあります。また、2000 (平成12) 9月の東海豪雨では、甚大な被害があったにもかかわらず、ハザードマップを作成していた多治見市では人的被害がありませんでした。

 広島市でも、1999年の豪雨災害後、土砂災害防止法の施行とともに全市的にハザードマップの作成・普及に力を入れ、自主防災会やコミュニティー協議会等を中心に避難訓練を行いました。中でも安佐南区地区の自主防災会の活動は全国的にもお手本にされる等、レベルの高い内容でした。特筆されるべきことの一つには、子どもたちが自らハザードマップを作ることで内容をしっかり理解できるようになったことがあります。その後、自主防災会の活動も変化してきているようなのですが、良き伝統が守られ続けていることを祈っています。

 ハザードマップは全国的に作られていますが、問題は住民一人一人がそれを見ているかどうか、そして自宅の危険性について認識をし、万一の場合には避難する気持になっているかどうかです。地域毎に説明会を開いたりしている場合もあるようですが、出席率は必ずしも高くありません。説明会で、ハザードマップを見て貰うことで災害の危険性を知って貰う、ということが目的なのですが、ハザードマップを見ていない人には説明会に出席する意味が伝わり難いという悪循環に陥り勝ちだからです。そこで、ある程度の認識が全国的に広まるまで、個別に一軒一軒を担当者、あるいは自主防災会のボランティア等が訪問してハザードマップの説明をして歩く必要があると思います。

 その際、同時に災害弱者の確認も行い、どのようなヘルプが必要なのか、地域のネットワークに組み込まれているかどうか等についても記録し、避難勧告や指示の際にはだれがどう助けるのかの対策も立てておけば一石二鳥です。一例を挙げて追加しておきたいのですが、高齢者の場合、歩行困難な状況になっている方もいらっしゃいます。二階建ての家に住んでいても二階には行けないために、一階部分だけで生活しているケースがかなりあります。いざという時には「共助」の精神の下、近所の誰々が、この家に住む〇野□平さんを避難所まで誘導・引率する、という具体的なレベルでの合意とコミットメントが必要です。

 災害対策では「自助、共助、公助」のバランスが大切だと強調され続けてきました。一億人以上の人口のある国で、全ての災害について、国とか自治体が全ての人のお世話をすることは不可能だからです。「公助」に入るのか「共助」に入るのか良く分りませんが、ここで重要な役割を果しているのが「消防団」です。

 消防署に勤めている正規職員ではなく、自らの仕事の合間を縫って訓練を繰り返し、災害時には重要な任務を担い、正規職員と一体になって、消防活動や災害救助活動に従事している人たちです。中でも、人手の必要な災害時には大いなる役割を果していますが、通常「消防」としてカウントされていますので、脚光を浴びることが少ない存在でもあります。基本的にはボランティアですが、年額数万円の報酬があり、出動の度に数千円の手当があります。正規の消防職員が全国で約16万人いるのに対して、消防団員は85万人いますので、数だけからいっても彼ら/彼女らの重要性はお分り頂けると思います。「防災省」が設置されれば、消防団の存在もさらに重要になりますし、「共助」の部分のあり方も見直されることで、「ボランティア」のあり方と合わせて地域社会の担い手としての新たなアイデンティティーが生れることになると考えています。

 

 [2018/7/25 イライザ]

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コメント

こちらでも自主防災会が中心となり避難を促したため人的被害を免れた住民がいましたし、いくつかの地域で異口同音に聞いたのは「ハザードマップ通りに崩れた」ということで、いずれも重要であることを再確認しました。

ただ、広島市では「法律が変わったため」ということで今回の豪雨時にも南区は土砂災害のハザードマップがなく、4年前の土砂災害の時から市の方には早期の完成を要望していましたが、今回の土砂災害の時には市のホームページにも南区はないまま、県のホームページにあった古いマップもなくなっていました。さらに、今回、現状が大幅に変わったために作り直すということなので、その完成も大幅に遅れそうです。

私は避難指示は自治体のトップ、広島なら市長が自らの責任において顔を出して発令すべきだと思う。NHKのアナウンサーに「命を守る行動をとって下さい」と言われても、抽象的であり意味が分からない。そこは行政が責任をとるべきで、住民が避難をするというリスクも決して小さくはないのだから「早めの避難」を呼びかけるのも無責任で、市長自らが出て避難勧告や避難指示という行政用語ではなく誰にでも分かる言葉で具体的に何をすべきか言うべきである。その上で自主防災会などの役割が重要なことに異論はない。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

ハザードマップの重要性についての現場からの確認、有難う御座いました。

それと同時に、ハザードマップがあっても、自主避難訓練等の訓練も大切なのですが、以前は行われていたにもかかわらず、取り止めになってしまった地域もあると聞いています。災害に対する姿勢が根本的に変ってしまったのはとても残念です。

今回の豪雨災害を元に、市民の方から行政に対して問題提起をすることで、事態の改善を図れれば良いのですが--。

「武田」様

コメント有り難う御座いました。

市町村長が、直接避難を呼びかけることには大賛成です。それと同時に、「事前」の対策として、必要なら戸別訪問をすることで、また、自主防災会などが中心になって避難訓練をすることなどを通して、私たち一人一人がどの段階での「避難」をすべきなのかを理解した上で、自ら動ける準備をしておくことも大切だと思います。

2018年7月25日 (水)

「防災省」設置案・その2   事前の防災対策


 

「防災省」設置案・その2

事前の防災対策

 

「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」という表現が分り易いので、これを何度も使っていますが、「防災省 (仮称)」設置の目的は、災害発生後の対応と同時に、災害による被害をできるだけ少なくするように、様々な施策を事前に立案・施行することにあります。それは、災害の種類によってそれぞれ違います。豪雨による洪水と、地震に対する事前の対応を比べれば、その違いは明らかです。防災省では、その全てについて対応策を策定・実行しなくてはなりません。

 

現在でもそれなりの「計画」はあり、実行するだけという段階のものもありますが、何度も強調しますが、自然災害による被害が大きいこと、それを軽減することを国家的事業の最優先事項の一つにしなくてはならないと、私たちが覚悟を決めて、政治を動かして行かなくてはなりません。

 

そのために、たまたま分り易いパワーポイントの資料を国交省が作ってくれていますので、それを使いながら説明したいと思います。

 

[防災省の仕事内容] 

A) 自然災害による被害を最小限に抑えるため、災害がどの程度の頻度で起きるのかを統計的に推定し、安全度を加えた上で、河川、山林、道路や鉄道、その他の建造物等について、例えば、数百年に一度の頻度で起きる災害による被害を一定のレベル以下に抑えるよう、規制を設け、計画を立てた上で、目標をクリアする。既に計画のできている分野については、「災害優先」という立場、そして個人の「被害」という立場を前面に出し、再検証を行う。

B) 台風や大雨、地震等について、どの程度の被害が生じるのかという予測はなされているが、被害の規模や財政的な損害等、天文学的な数字になっている場合もあり、十分な対策が取られているとは言えない。災害対策を日本という国家の最優先事項として、緊急20カ年計画を策定し、前半の10年間にはその中でも特に急がなくてはならないものを取り上げる。

C) 災害についての正確なハザードマップを作成・改訂し、危険箇所に住む人々には個別の面接を行い避難の必要性や具体的な避難経路も含めた避難可能な知識を伝達する。避難「命令」が可能になるような法的整備も行い、発令等についても全国的に知見を共有して、避難が遅れることのないようにする。避難訓練も定期的に様々な想定の下行う。

 

                 

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国土交通省による総合治水対策の概念図

 

《解説》

 治水計画としては、国土交通省の立てた計画はあるものの、世界各国と比較すると大幅に低いレベルでの目標設定になっているため、特に近年に頻発している大雨の対策としては、不十分。具体的に数字を見ながら、緊急性を共有したい。

 まずは次のグラフを御覧頂きたい。治水による安全度がどのくらいのレベルかを国際比較したものである。

 

 

Photo_2

 

 オランダと言えば、海面より国土が低いことで知られている。小学校の教科書で、堤防から水が漏れていることに気付いたハンス少年が、水漏れを止めるために献身的な努力をした感動的な物語を覚えている方も多いはずだ。そのオランダは、一万年に一度の水害に対応出来るような治水工事を1985年には終えている。日本に状況が似ているフランスでも、100年に一度の水害対策ができている。

 でも日本の場合、その半分以下の30年から40年に一度の水害対策が目標になっていて、それも達成率は60パーセントほどだ。この統計が取られた2004年から14年経っているが、ウイキペディアでも同じ数字を使っている。前にも書いたように、事故ばかり起している役に立たないオスプレイを買う財源を防災費に回すだけでかなりの対策が可能になる。

 日本の治水対策の中では、100年に一度の災害に対応することがあたかも理想的であるかのような目標設定が行われているが、もう少しレベルをアップすること、そして達成率を向上させるために財源を確保することが焦眉の課題だ。

 地震については、建物の耐震性を高める必要が確認され、耐震性を持つ建造物が全体の9割ほどになっている点も評価すべきである。しかし、この「耐震性」で、建物にそれほど甚大な損傷が生じないのは、震度5レベルの地震なのである。政府が30年以内に起きる確率が80%だと言っている南海トラフ地震では、それを大幅に上回るはずだ。その被害額は土木学会の見積もりでは1400兆円(日本の国家予算は約37兆円)、死亡者は国の想定で32万人~33万人。立命館大学の高橋学教授の推定では47万人を超える。「それにもかかわらず。国、都府県、市町村の動きは極めて鈍く、今回の大阪北部地震を教訓に早急な対策が必要だろう。(高橋教授のコメント)

 子どもたちにも避難訓練をさせた北朝鮮からのミサイル攻撃で、何人の犠牲者が出ると安倍内閣が予測したのかは明らかにされていないが、まさか47万人を超えてはいなかったはずだ。そして、実際に攻撃がある確率をどの程度に見込んでいたのだろうか。80%以上ではないだろう。もしそれ以上なら、それは、明日にでも戦争が始まる可能性があり、単に「避難訓練」で対応できる話ではない。

 30年以内に80%、そして死者数は47万ということは、あれほど大騒ぎをした北朝鮮の核やミサイルを桁違いに大きくした話なのだ。災害対策こそ、安倍政権挙げて今すぐ対応しなくてはならない案件なのではないだろうか。

 こうした対応をすぐ実行に移せる組織として「防災省」が緊急に必要なのである。

 

[2018/7/24 イライザ]

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コメント

各国の治水整備率をみるとアメリカのミシシッピ川では8割、オランダは100%、英国のテムズ川も100%に対し、我が国では大和川でも5割、荒川でも6割、治水対策費も英米では2倍になっているのに日本では半減、これはコンクリートから人へなどと嘯いていた民主党政権のツケではないですか。

「自民糖」様

コメント有り難う御座いました。

日本の河川行政は1896年に制定された河川法が出発点になっていますが、その100周年に当って法改正が行われ、かなり方向性が修正されました。ソフト面なども考慮されるようになり、流域の意見も勘案されるなど、「民主的」な改革もされましたし、世界的な環境への関心への配慮も行われました。こうした改革が実現したのは、河川や環境に注目して活動した市民運動のお陰だと思います。

但し、全てが改革された訳ではなく、各国との目標ギャップなどは取り残されたままでした。こうした点については、「防災省」を作ることで改善できるのではないかと思います。

そして、民主党政権をかなり評価されてのコメントのように読ませて頂きました。でも大雑把に見ると、「最低県外」と約束した最重要の沖縄政策は実現できず、脱原発も腰砕けになり、結局、実現したのは、自民党の政策をそのまま実行することになった消費税の税率アップくらいのものです。民主党政権の残したものは、自民党政権の場合とあまり変らない、と見ることも可能なのではないかと思います。

2018年7月24日 (火)

防衛省を防災省に ――豪雨災害からの教訓 (14)――


防衛省を防災省に

――豪雨災害からの教訓 (14)――

 

「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」、つまり「防衛省 ⇒ 防災省」というパラダイム転換を実現するために、「防災省 (仮称)」はどんなお役所なのか、大雑把なスケッチになるとは思いますが、青写真を御覧頂きたいと思います。とは言っても、一素人が防災についての大きな絵を描こうとしているのですから、完成させるためには多くの皆さんの助けが必要です。

 

防災の専門家、例えば消防や警察の関係者、自衛隊の防災担当者の皆さん、学者や行政の担当者、そして被災者の方々やボランティアの皆さん等々に助けて頂ければ幸いです。例えば、もう既に良く練られた「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」あるいは「防衛省 ⇒ 防災省」転換のための計画があってもおかしくありませんし、それほどラディカルではなくても、災害を恒常的な存在であると捉えた上での対応指針のようなものもあるかもしれません。御存知の方がいらっしゃいましたら、是非御教示頂ければ幸いです。その他、明らかな間違い、思い込み等々、この件について気の付いたことなら、何でも結構ですからお寄せ下さい。

                            

 また、考え方を分り易く説明するために、「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」あるいは「防衛省 ⇒ 防災省」という表現を使っていますが、「防災省」と「防衛省」が、バランスのとれた形で共存する形など、実現のためには様々な可能性がありますので、柔軟にかつ創造的にアイデアを育てて行ければと思っています。

 

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「防災省」設置案

 

[設置目的と根拠法]  憲法第25条、つまり、〔生存権及び国民生活の社会的進歩向上に努める国の義務〕として掲げられている次の「権利」を保障し、国の「義務」を果す上で、自然災害が国民の生命ならびに生活に多大なる脅威となってきた歴史を踏まえ、また、自然災害を日本という地理的範囲を全体として捉えると、「恒常的」な災害が生じているという認識の下、自然災害を最小限に抑えるために防災省を設置する。

 

25条  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2.  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

《解説》  

 「自然災害」の定義――「自然災害」の中には、次のような事象による被害を含める――地震、噴火、津波、高波、竜巻、台風、洪水、土石流、大雨、大雪、猛暑、厳寒、旱魃等。

 「自然災害」には「恒常的」対応が必要――ここ20 (あるいは〇十年) ほどの災害の実態を、それ以前の災害の統計と照らし合わせた上で、地球温暖化と異常気象についての世界的な知見も活用して、自然災害が日常的脅威となっている現実を直視する。今後の対策としては、国のレベルならびに地方自治体、さらには企業等の組織や個人までも含めた「ステーク・ホールダー」たちが、災害は起きた後で対応するものというこれまでの枠組みを捨て去って、「恒常的」対応が必要なものであるという認識を共有する。

 被害の総体を把握――そのための経年比較をする際には、次のような側面に特に注意する必要がある。死亡者数、全壊・半壊等の建物被害数と被害金額、道路・鉄道・港湾・空港、水道・電気・ガス・通信等のインフラの被害規模、特にその復旧に要する費用、農林水産業の被害規模と復旧のための費用、民間企業その他の団体が被った被害規模ならびに金額、被災者や被災団体が失うことになった「時間」とその間に失われた生活や生産等を数値化することで得られる逸失費用等、敢えて重複を恐れずにあらゆるコストを計上した上で整理・分析することによって、被害の総体を把握し、全国民が共有できるように表現・周知・共有する。

 一つの省が必要――これまでの国の対応、例えば災害担当大臣を置くといった措置では不十分で、災害救助のできる実働部隊を伴う一つの省が必要である。防衛省の存在が必要であるなら、それ以上に防災省の設置は必要かつ緊急を要する。

 自衛隊より緊急度は高い――その理由を簡単に説明すると、それは死者数、さらに生活の激変を余儀なくされた「被害者」の数を見るだけで明らかである。まず、この73年間、外国の侵略によって死亡した日本国民はゼロであり、また死亡を含む生活の大激変という形での外国からの影響は、アメリカ軍基地の存在以外にはないと言って良い。対して、自然災害による死者数は膨大であり、東日本大震災の結果、未だに避難生活を続けざるを得ない人々の御苦労を考えただけでも、「防災」の重要性は自明である。結論として、「防災省」を実現しこうした被害を減少させるために、全国民が一致してその設置のために努力すべきである。

 自衛隊以上の予算を――外国からの侵略がなかったのは、自衛隊があったからだという議論もありそうだが、予算面等で自衛隊と同じ「レベル」での災害対策をこれまでして来ているのかも検証した上で、現在のレベルを凌ぐ防災対策を立てることで、同様に、「防災省」があったから自然災害の被害が減少した、と数年後には言えるようになるはずである。

 情報、予算、人員、教育、公報等、一つの省が把握することで、実効性のある施策が展開できる――今回の豪雨災害において問題になった、愛媛県野村ダムと狩野川ダムの放流についても、下流の被害も視野に入れたダムの管理計画が綿密に立てられ、下流との連携が余裕をもって立てられていれば、被害はかなり軽減された可能性があり、それを可能にするための、「被害」を最優先する立場からの施策を展開する「防災省」の出番がある」。災害防止のための予報や警告の分野だが、それを可能にする予算の獲得や、実働部隊の人員の確保、災害時の避難等について住民への周知と日常的訓練等、一元化された行政の担える範囲は広い。

 

防災省の組織、任務、他の省庁との関係、自治体との役割分担等についても次回から順を追って説明します。

[2018/7/23 イライザ]

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2018年7月23日 (月)

無抵抗降伏論・その4 ――豪雨災害からの教訓 (13)――


無抵抗降伏論・その4

――豪雨災害からの教訓 (13)――

 

「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」というパラダイム転換のための第一段階として、森嶋通夫氏の『日本の選択』の論理的帰結も加えて、次の三つの命題を説明しています。

 

(A) 軍隊としての自衛隊の適正規模は「ゼロ」である。

(B) 「国防」のための手段は、軍事力といった「ハードウェア」ではなく、外交や経済・文化等の分野における国際的な活動、つまり「ソフトウェア」ではなくてはならない。

(C) 人、知恵、金をこうしたソフト面に注入して国内では「防災省(仮称)」を創設し、防衛省は廃止するとともに、世界貢献をするために、国際的に活躍する「サンダーバード」のような組織を「防災省」内に創設する。

 

今回は、(B)の中でも、

(ア) 戦争を仕掛けられても、「降伏」する方が、その後の社会に取ってはより良い選択である。

に続いて、

(イ)  ソフトウェア的国防にこそ、力がある。それを示している事例を示す。

です。

 

 既に、第二次世界大戦におけるイギリスの軍備とその後の勝利の原因をどう考えるのかについて、森嶋氏は「軍事力」という「ハードウェア」面で勝ったというより、「ソフトウェア」面での「政治力」の勝利だと判断しています。

 「歴史の教訓から学ぶことは大事である。第二次世界大戦から学ぶべきことは、最初は劣勢ではあっても、ヨーロッパのほとんど全ての国を自分の陣営に引き止め、さらにアメリカまで巻き込み、ソ連すら参戦させたことである。イギリスに勝利をもたらしたのは、軍事力ではなく、この政治力である。」

 さらに、ポツダム宣言を受諾して降伏した日本の場合、「無条件降伏」ではなく、唯一の条件として日本側が提示したのが「国体の護持」だったと解釈されていますが、連合国側はその条件を認めたとは考えていなかったようですので、天皇の戦後の位置付けはかなり危ういものだったようです。その点について森嶋氏は、実質的に国体の護持は守られたと考えて良いだろう、そしてそれを可能にしたのは「ソフトウェア」的な実績だったと言っています。

   「しかし最初は天皇の地位は極めて危なかった。戦争犯罪人に指定される可能性すらあったのである。けれども、もし天皇が逮捕されたなら、日本では大規模な叛乱が起こり、日本に大部隊の占領軍を長期間駐留させても、なおかっ、占領業務は順調に行なわれえないであろうという理由で、天皇は免責された。この他にグルー国務次官(元駐日米大使)が天皇制存続論者で、彼がワシントンで日本を救う役割をしてくれたことや、さらに天皇御自身の皇太子殿下時代のイギリスでの交遊が、多くのイギリス人によって高く評価きれていたことが、日本に「国体護持」をもたらした重要な要因に数えられている。

これらの要因の内、最後の二つは、国際親善、国際交流、相互理解が強力な防衛手段になり得ることを明白に証明している。もっとも最初の要因、すなわち「天皇を逮捕すれば日本で叛乱が起こり、米軍自身が困るから天皇を逮捕しなかった」という推論は、関、猪木氏の「抑止力の理論」の一種であるが、彼らの理論とちがうところは、それが武器抜きの抑止力の理論であるという点である。当時の日本に武器がないことは、誰よりも占領軍自身が知っていた。武力の裏付けがなくとも抑止力は充分作用したというこの貴重な経験を、われわれは決して忘れてはならない。逆にあの時、徹底抗戦していたなら、国体護持どころか日本は全く滅亡していたであろう。」

 

               

Josephgrew

             

ジョセフ・グルー大使・国務次官

 

(ウ) その具体的なアイデアとして、森嶋氏は次のような提案をしています。論争相手の関氏や猪木氏が当時の防衛費について、GNP0.9%だったものを引き上げて3.4%にすべしとの主張を受けて、それでは、増加する2.5%をどう使うのかという点についてのものです。

   「これだけの金をタンクや飛行機やミサイルの購入に費消するのでなく、私が主張している広い意味での防衛費、すなわち文化交流や経済援助や共産諸国との関係の改善や、欧米諸国との間の貿易黒字差額の縮小用に追加するならば、単に共産固との関係だけではなく、アメリカ、EC、東南アジア諸国との関係も非常に良好になるに違いない。日本は積極外交をしやすくなり、ソ連は日本の仲介能力を評価し、日本はそれだけ安全になる。

  しかし、もし逆にこの2.5%で軍備を増強すれば、平和の風船は一挙に破れてしまうかも知れない。2.5%を算出する際の分母になる日本のGNPはそれほど大きいのである。」

 

となると、次の結論はほぼ自明なのですが、もう少し具体的にどのような活動をするのか、そして課題はどこにあるのか等、次回以降、詳しく考えて見たいと思います。

 

(C)         人、知恵、金をこうしたソフト面に注入して国内では「防災省(仮称)」を創設し、防衛省は廃止するとともに、世界貢献をするために、国際的に活躍する「サンダーバード」のような組織を「防災省」内に創設する。

 

[2018/7/22 イライザ]

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コメント

無抵抗降伏論=無抵抗幸福論
であるともいえそうですね。
そんなパラダイムシフトが起こりつつあるのは、
インターネットの力によるのでしょうね。

「コウフク」様

コメント有り難う御座いました。

うまいっ! 座布団一枚です!!

2018年7月22日 (日)

無抵抗降伏論・その3 ――豪雨災害からの教訓 (12)――


無抵抗降伏論・その3

――豪雨災害からの教訓 (12)――

 

西日本豪雨災害からの教訓として、災害救助を主任務とする災害救助隊といったものを創設することが挙げられます。現在の自衛隊を改組して、主任務を災害救助にすれば、憲法上の問題もなくなり、また「防衛省」の予算は「防災省」に振り返れば、これまでの災害後に十分な対応が行われて来なかった歴史を書き換えることが出来ます。

 

そのような観点から、これまで私が垣間見ることのできたいくつかのアイデアを復習しながら、論点を整理してきたつもりですが、森嶋通夫氏の「無抵抗降伏論」を下敷きにして、その論理的帰結を加え、さらに水島朝穂氏や石橋政嗣氏等の提案等と整合性のある部分は大胆に借用することで、「自衛隊 ⇒ 災害救助隊」というパラダイム転換の発射台が姿を現します。関嘉彦氏との論争を踏まえて、その形は三部構成です。

 

(A) 軍隊としての自衛隊の適正規模は「ゼロ」である。

(B) 「国防」のための手段は、軍事力といった「ハードウェア」ではなく、外交や経済・文化等の分野における国際的な活動、つまり「ソフトウェア」ではなくてはならない。

(C) 人、知恵、金をこうしたソフト面に注入して国内では「防災省(仮名)」を創設し、防衛省は廃止するとともに、世界貢献をするために、国際的に活躍する「サンダーバード」のような組織を「防災省」内に創設する。

 

それぞれの柱について説明を加えたいと思います。ほとんどは森嶋氏の『日本の選択』からの引用、または要約ですが、森嶋氏の論理を敷衍する場合にはその旨、明記します。

 

(A) 軍隊としての自衛隊の適正規模は「ゼロ」である。

(ア) 実は、森嶋氏は「ゼロ」とは言っていません。それどころか、それは危険だと言っています。『日本の選択』の37ページから引用します。

 「私自身は、自衛隊はこれ以上大きくすべきではないが、それかといって、急激に縮小したり廃止したりすべきでないと思っている。昭和のはじめに軍縮をしたことから、かえって軍国主義化したように、存在する軍隊を大縮小したり、廃止したりすることは非常に危険な荒療治である。」

(イ) 但し、「災害救助隊」のような非軍事部門は充実すべきだということも主張しています。

 「また掃海隊のような純粋に防衛的な、戦闘能力ゼロの部門や、災害時の救難、復興作業を専門とする特別工兵隊は充実しておくべきであろう。」

(ウ) そう断った上で、森嶋氏が主張しているのは、「しかしこのような自衛隊も、もしソ連が本格的に攻めて来た場合には、戦うべきではない。」ということなのです。さらに、自衛隊の規模の可能性として、中武装と重武装のケースを検証していますが、そのどちらの場合も、コスト的に見合わないか、最終的には「一億総玉砕」か「一億総降伏」になってしまい、まさか「一億総玉砕」は考えられないので、これらのケースでも「降伏」という結論になっています。

 

「戦うべきでない」理由は、ソフトウェアによる国防の実質的内容にもなりますので、次の (B) の最初の項目としてまとめておきましょう。

 

(B) 「国防」のための手段は、軍事力といった「ハードウェア」ではなく、外交や経済・文化等の分野における国際的な活動、つまり「ソフトウェア」ではなくてはならない。

(ア) 戦争を仕掛けられても、「降伏」する方が、その後の社会に取ってはより良い選択である。

 1945815日、「日本人は後世に誇るに足る、品位ある見事な降伏をしたと私は思う。そしてこのような降伏をした国民であったからこそ、日本は戦後、奇跡的な復興をすることが出来たのである。」

 前回も触れましたが、ソ連が本気で日本を攻撃してきたとしたら、それは、アメリカ軍が上陸した後の沖縄戦を、今度はソ連を相手にして戦うことになる、という分り易い比較で、その困難さを説明してくれています。そして「降伏」がより良い選択だと述べています。

 「あの時日本は無意味な勝ち目のない戦を続けたのだが、米軍が沖縄に上陸した段階で、御前会議が聞かれて終戦していたとすれば、どれ程大勢の日本人(や米人)が死ななくてすんだか、またどれだけの都市や財産を焼かなくてすんだか、またどれだけの伝統的文化財を失わずにすんだかを考えてみるがよい。」

 「降伏」の時期については、そもそも開戦のとき、それ以前の国際連盟脱退といったタイミングでも当然検討されるべきだったことを森嶋氏は主張していますが、もう一つのタイミングは東條総理大臣の辞任でした。

 「事実、戦争は東條が首相を辞任した段階でやめるべきであった。そうしたならば、フィリッピン戦争、硫黄島の玉砕、沖縄戦争、本土空襲、広島、長崎への原爆攻撃はすべて回避出来た。もちろんこの時でも無条件降伏はまぬがれ難いので、中国本土はもちろん朝鮮、台湾を失うが、百万人の将兵および一般人民は死なずにすんだろうし、ほとんどすべての都市は戦災をまぬがれた。しかし当時、天皇はまだ勝機が来るかも知れないと考え、敵に一泡ふかせてから、条件を有利にして戦争を終結しようとしていた。何という甘い情況判断であったことか。」

 つまり、中日・太平洋戦争については、開戦するよりはABCDと呼ばれた国々の要求を呑んで撤退すべきだったし、戦争が始まっても、「降伏」するチャンスは何度もあった。それは、実際に起きた1945815日の降伏よりは、日本に取ってはより良い結果をもたらしたと考えられる。しかし、それらのタイミングより悪しき時期だった815日にしても、「降伏」したこと自体、それに対する代替案の結果と比べるとより良き決定だった。

 

                     

Shigemitsusignssurrender

       

ミズーリ号甲板で降伏文書に署名する重光葵全権(194592)

 

(イ)  ソフトウェア的国防にこそ、力がある。それを示している事例を示す。

 

[以下、次回に回します。]

 

[2018/7/21 イライザ]

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2018年7月21日 (土)

アメリカの高校のプール ――同じお題で書きましょう――


アメリカの高校のプール

――同じお題で書きましょう――

 

無抵抗降伏論はまだ続きますが、今回は、「同じお題で書きましょう」に参加のためお休みです。

 

夏になればプールです。これまで多くのプールで楽しい時間を過してきましたが、主に学校のプールや公共のプールが近いこともあって簡単に利用できました。それ以外のプライベートな場では友人の家のプール、お隣さんのプールに良く招待されました。

 

プールでカルチャー・ショックを受けた経験はかなりあるのですが、その中で最も印象に残っているのはアメリカの高校のプールです。

 

私の子どもの頃はまだプールが一般的ではなく、小学校や中学校にはプールがありませんでした。海が近かったので、「文句を言うな。海に行けば良いだろう」と親や先生から言われたのですが、高校に入ってプールで泳げたときにはとても感激しました。

 

でも、それは屋外のプールでした。今なら屋内プールがかなり普及していますので、一年中泳げるのだろうと思いますが、当時は、「プール」 = 「夏」 でした。

 

日本の高校での 「夏」 = 「プール」 という等式の中には、夏になると水泳部で活躍していた友人たちの姿が重なっていました。秋が新学年になるアメリカの高校でも、9月からしばらくの間は水泳部が活躍するだろうと思っていたのですが、そうではありませんでした。

 

Ephs

アメリカの高校のプールサイドで行われたオペレッタの一シーンです。

 

何と、水泳は冬のスポーツなのです。何で?というのがすく頭に浮んだ言葉でしたが、それは、冬季オリンピックの代表種目が水泳だと言われるのと同じくらいの衝撃でした。

 

そして部活も季節毎に変ります。秋のスポーツの花形はフットボールですし、サッカーもようやく取り入れられ始めていました。冬になると、バスケットボール、レスリング、水泳です。シカゴ近くの私の高校にはアイスホッケー部はありませんでしたが、ボストンでは、アイスホッケーが冬のスポーツの花形に加わります。そして春は野球と陸上といった具合に一年に三種類のスポーツを経験できるのが特徴です。

 

私は、秋はサッカー、冬はレスリング、春は陸上を経験しましたが、未だに水泳が冬のスポーツだと聞いた時のショックは、ハッキリ記憶しています。

 

[2018/7/20 イライザ]

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コメント

さんかありがとうございます。

う~んどうしても理解できません。なんで冬なんでしょうかね?
スキーは夏のスポーツだ!くらい変ですw

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

夏休みが長いので、夏のスポーツを他の季節に分散させなくてはいけないのと、屋内プールが原則なので、季節を選ばないということが考えられます。当時、吃驚しましたが、水泳部には入る積りがなかったので、「何故」までは聞かなかったのではないかと思います。

2018年7月20日 (金)

無抵抗降伏論・その2 ――豪雨災害からの教訓 (11)――


無抵抗降伏論・その2

――豪雨災害からの教訓 (11)――

 

『日本の選択』の出発点は、森嶋通夫氏がロンドンから東京までの日航機内で読んだ、サンケイ新聞の「正論」という欄でした。筆者は政治学者で元参議院議員の関嘉彦氏、エッセイのタイトルは、「"有事の対応は当然」でした。

 

Photo

関嘉彦氏と著書

 

森嶋氏は、関氏によるこのエッセイを簡潔に要約していますが、それをさらに短くまとめておきます。

 

 第二次世界大戦の初期、劣悪な軍備のままイギリスが優秀な装備のナチスと戦わなくてはならなかったのは、両大戦間にイギリス人たちが誤った平和主義の虜になって、しっかりとした軍備を整えなかったからだ。

 善意であっても、歴史の教訓に無知な人たちの平和思想は、「邪悪」なものを勇気付け、かえって侵略戦争を奨励している。だから政府だけではなく、民間組織も万一に備えた防衛組織、例えば核戦争に備えたシェルターなどの用意をすべきである。

 ヒトラーがスイスを攻撃しなかったのは、スイスが民兵組織ではあるが軍備を持っていたので、スイスを通ってフランスに攻め入るのは余りにも犠牲が多過ぎると考えたためだ。

 

それに対する森嶋氏の反論は197911日の北海道新聞に「何をなすべきでないか」というタイトルで発表されました。ロンドンに帰国するまで、日本でよく耳にした「カラオケ」の意味が分らなかったことにも触れている洒脱な文章で (同じ年ボストンから帰国して夏を過していた私は、カラオケに遭遇するやその魅力に取り付かれてしまったことを思い出しました――) 全文をお読み頂きたいのですが、長くなりますので以下、私なりの要約です。

 

 イギリスが強力な軍備を持っていたとすると、大戦の発生を何年か遅らせることはできたかもしれないが、ヒトラーがいる限り戦争は始まったはずだ。その何年かの間に独英両国ともさらに軍備を増強させたとなると、例えば両国が核兵器を保有するといった状態での開戦の可能性も考えられる。その結果が如何に惨憺たるものになったかとの比較もすべきだろう。

 歴史の教訓から学ぶことは大事である。第二次世界大戦から学ぶべきことは、最初は劣勢ではあっても、ヨーロッパのほとんど全ての国を自分の陣営に引き止め、さらにアメリカまで巻き込み、ソ連すら参戦させたことである。イギリスに勝利をもたらしたのは、軍事力ではなく、この政治力である。

 軍事力があるからヒトラーがスイスへの攻撃を諦めたのではなく、中立国として、敵国との交渉の通路としてスイスを利用する意図があったからだ。

 

説得力のある見事な反論だと思いますが、この論争の焦点はソ連が攻めて来た時に日本はどうすれば良いのかという点でした。関氏と、その後論争に加わった猪木氏は、「アメリカの援軍が来るまでの間――たとえば一週間程度――は日本独力で戦い続ける」のに十分な軍隊を最小限の自衛力と考え、その程度は日本が持つべきだと主張していました。

 

森嶋氏の反論は、まず、安保条約があったにしろ、現実問題としてアメリカが参戦すれば世界戦争になるであろうときに、本当にアメリが自国の若者の命を犠牲にしてまで日本防衛のために駆け付けてくれるだろうかという疑問から始まります。そして、歴史的に、他国が闘っている戦争に同盟国が参戦する場合にもかなりの時間が掛っていることを例示して、例えば半年というようなスパンで考える必要のあることを示しています。

 

ソ連が本気で日本を攻撃してきたとしたら、それは、アメリカ軍が上陸した後の沖縄戦を、今度はソ連を相手にして戦うことになる、という分り易い比較で、その困難さを説明してくれています。

 

そして、そこで持ち堪えられなくなって日本が降伏するというシナリオになるかもしれないことも頭の隅に起きながら、それでも降伏することの意味はあることを説いています。

 

その点を森嶋氏は次のようにまとめています。

 

あの時日本は無意味な勝ち目のない戦を続けたのだが、米軍が沖縄に上陸した段階で、御前会議が聞かれて終戦していたとすれば、どれ程大勢の日本人(や米人)が死ななくてすんだか、またどれだけの都市や財産を焼かなくてすんだか、またどれだけの伝統的文化財を失わずにすんだかを考えてみるがよい。

 

さらに、沖縄戦の教訓として、1945611日午後1130分に玉砕した沖縄方面根拠地隊の司令官・大田実少将が、恐らく海軍総司令長官あてに発信した長文の戦闘概報を暗号から平文に訳したのが、西海航空隊(大村基地)に勤務していた森嶋通夫氏だったのですが、その概報の中で小田少将は次のように述べています。

 

(一) 略

(二) 本土戦は、いままでのような海外占領地での戦いとは、その意義も戦い方もちがっている。住民がすべて日本人だということは、種々なる意味で慎重に考慮さるべき事柄である。沖縄の場合、一般市民は非常に勇敢に戦ってくれた。 (大田は六月六日「沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ通信力:::ナシト認メラレルニ付本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非ザレドモ現状ヲ看過スルニ忍ビズ」にはじまって、「沖縄県民斯ク戦へリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」におわる長文の電報を海軍次官に送っている。――戦史叢書十七巻『沖縄方面海軍作戦』朝雲新聞社、参照。)

(三) 沖縄のような日本固有の領土で、将兵が全員玉砕することは正しい処置の仕方とはいえない。自分(大田)は司令部の首脳部以外の者は、軍服を脱いで平服にかえ、一般市民の中にまぎれこんで、将来を期すべきであると信ずる。自分は彼らにそう命令し、彼らはすでに実行した。このような処置の全責任は自分にある。彼らは決して逃亡したのではなく、自分の命令に従ったのである。いつの日にか、日本軍が再び逆上陸した場合には、彼らは必ず武器をとって立ち上がるであろう。玉砕するのは司令部の首脳部だけで充分である。

 

「無抵抗降伏」と聞くと、戦う勇気を持たない空想的平和主義者の言辞のように捉える人がいてもおかしくはないのですが、森嶋氏の「無抵抗降伏論」は、実戦の現場で玉砕を決意した司令官が後世に残した日中・太平洋戦争の総括を、暗号から平文に訳した著者が、自らの戦争との関わりの、もう一つの総括として提起している、現実的かつ歴史的な根拠のある主張です。

 

森嶋氏は、これに関連して天皇の戦争責任や、日本国民が何故、戦争についての発言力を持てなかったのか等についても、「目から鱗」の解説をしてくれています。折角の機会ですので、こうした点についても、続けてアップしてみたいと思っています。

 

『日本の瀬選択』は、アマゾンからも注文できます。

[2018/7/19 イライザ]

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2018年7月19日 (木)

無抵抗降伏論 ――豪雨災害からの教訓 (10)――


無抵抗降伏論

――豪雨災害からの教訓 (10)――

 

前回は、「非武装中立論」で今回は「無抵抗降伏論」と段々過激になってきていますし、「豪雨災害からの教訓」とは懸け離れて来ている感もありますが、もう少しで本論に戻りますので、お付き合い下さい。それに、今回取り上げる森嶋通夫著の『日本の選択』は痛快な一書ですので、溽暑の昨今、清涼剤としてもお勧めします。

 

Photo

 

切れ味の良い主張の主、森嶋通夫氏は、1923年に生まれ、2004年に亡くなりましたが、晩年は1988年の定年まで、世界的に有名なロンドン・スクール・オブ・エコノミクス (LSEと略されることが多い) の教授として「レオン・ワルラス、カール・マルクス、デヴィッド・リカード等の理論の動学的定式化に業績を残している」のですが、世俗的にはノーベル経済学賞の候補として何度も名前が挙っていたことでも知られています。

 

Photo_2

Wikipediaから

 

『日本の選択』は、森嶋氏がロンドンから東京に帰る日航機の中で19789月に読んだ関嘉彦氏 (早大客員教授) のエッセイを読んでショックを受け、その反論として翌1979年に北海道新聞に書いた反論が元になっています。

 

それに対する関氏の再反論、さらには、この論争に加わった猪木正道、福田恆存氏とのやり取りも採録されています。森嶋氏の立派なところは、自らの主張に批判的な関、猪木、福田という三氏の言い分もきちんと取り上げて、真正面からの論争にしていることです。ラベル張りもされていますし、福田氏からは「大嘘つき」とまで言われながら相手が逃げられないようなリングに引っ張り出した上で、胸の空くような論破をしています。その力量とフェアな態度には、ただただ感心するばかりです。

 

その一端を「はしがき」から御紹介しましょう。

 

本書は私の国家論である。国家は防衛しなければならないが、核兵器の時代には、国家を武力で防衛すれば、たとえ国家は守れても、その国民は壊滅し、したがって国家も死滅するという形でしか守られない。このような問題に対する私自身の考えを、私は1979年に発表し、それを殆んどそのままの形で、本書第一部に収録した。それは冷戦中の作だが、冷戦がほぼ解消した現在でも私の考えは変っていない。

 

第二部は第一部の補論である。防衛論の論争相手は主として関嘉彦、猪木正道と福田恆存であったが、福田氏との論争は、私にとって最も楽しいものであった。第二部では、これら三氏に対する私の主張を、新たにかなり拡充、補強している。

 

第三部は、どのように国家は変化するかを考える。私の動学的国家論である。私は五十年前の敗戦により、日本の天皇制という国体は崩壊したと考える。したがって、結果論的には私たちは、天皇制を崩壊させるために戦っていたことになる。戦争に動員させられた若者の一人として、なぜあんな戦争をしたかを、私は長年にわたってしつこく追求してきた。第1章はその結論である。

 

戦後、平等教育が行われるようになったが、現実の社会が分業社会であるのに、平等に教育された男女を、社会に注入すれば、一方では苛烈な競争と、その結果である敗者の失業をひきおこす。同時に、他方では誰もが働きたがらない3K産業問題が生じる。平等教育を受けた子供は自己主義者として育つが、このような子供が会社という集団に属せば、集団は会社自己主義を主張し、このような日本の会社は、第2章で見るように、国際社会においては、国家自己主義者として行動する。

 

しかし巨大技術や先端技術の時代になると、これらの技術を駆使するには、国際協力が不可欠だし、これらの技術の効果も、多くの国でわかち合わねばならない。こうして国家自己主義は成立しなくなり、民族国家としての日本は、将来アジア経済共同体の中に発展的解消をすると私は考える。それまでに日本は国家自己主義を克服し、普遍的な思考が出来るようになっていなければならない。さもなくばアジア共同体の中で、日本の活躍は非常に限定される。このことを明らかにするのが、第3章の「国家変遷の唯物史観」である。

 

勝者も敗者も、私たちの世代のものは戦死した友人を何人かもっている。われわれは全員同じ思いで戦ったわけでないが、本書を書き上げて、国家問題に対する自分の考えを明らかにしたことにより、私は、死んだ彼らに対する「生き残った者の負い目」の幾分かを償えたような気がする。謹しんでご冥福を祈る。

 

続く第一部と第二部で森嶋氏が展開する「国防論」は、関氏が「ハードウェア」つまり、軍備を主軸に論じているのに対して、「ソフトウェア」つまり非軍事の外交、経済、文化、そして明示的には示していませんが、災害救助等を中心にした国防論です。

 

さらに、自分の主張通りのシナリオにならなかった場合、つまり「最悪のシナリオ」ではどう対処すべきなのかという点を、議論の大切な一部として取り上げていることからも説得力が抜群に増しています。

 

少しセンセーショナルに、森嶋氏の「Worst Case Scenario」をまとめると、もしソ連軍が日本に攻め入って来たら、毅然とそして冷静に降伏して被害を最小限にした上で、ソ連の占領下でも日本社会の強みを生かした、許容範囲の社会を作るということです。もしそうしなければ失われるであろう数十万から数百万の生命を考え、国土の荒廃や財産の逸失を考えると、より損失の少ない選択肢を選ぶべきだ、という結論です。

 

詳細に森嶋構想を説明するのは次回に回します。そして論争の出発点である関氏のエッセイ(サンケイ新聞の「正論」という欄のタイトルは、「"有事の対応は当然」) に対する反論も見事ですので、それにも触れたいと思います。

 

[2018/7/18 イライザ]

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コメント

ネトウヨがやたら使う論破という言葉は好きではない。和解や合意を考えるとき相応しくないし事実については共通認識を持った上で考え方の違いには賛同できなくても理解は示したい。

その上で申し上げたいのは生物においては短い個の命より長く続く種(群れ)の命を優先するということは良くあることで、ドイツに限らずアメリカなども皆殺しを行ってきた国だから彼らと対峙する時、個人より国を優先することは考え方の一つだと思う。開戦前の御前会議でどちらにしても地獄になるが生き残る日本国民のために戦いを選ぶというのは当時の状況では理解できる。

「武田」様

コメント有り難う御座いました。

誰がどのような状況でドイツやアメリカと「対峙」するのかが良く分りませんが、「地獄」と言っても誰に取っての「地獄」なのか、それがどの程度なのか等、もう少し前提を整理しないと話が通じないように思います。

2018年7月18日 (水)

非武装中立論 ――豪雨災害からの教訓 (9)――


非武装中立論

――豪雨災害からの教訓 (9)――

 

前回は、自衛隊を災害救助隊に進化させる上で、国際災害救助隊「サンダーバード」を創設しようという水島朝穂先生たちのアイデアについて御紹介しましたが、具体的にどのようプロセスで自衛隊からサンダーバードへの改革が行われるのかについて、私はまだ勉強不足ですので、知識が追い付いた時点でまた報告させて頂きます。

 

プロセスについて限って考えることもできますが、その点で分り易い議論になっているのが、石橋政嗣氏の「非武装中立論」です。内容は同名の書籍として、1980年に社会党から出版され、ベストセラーにもなりました。1983年から1986年までは社会党の委員長として敏腕を振い、その後土井たか子さんにバトンを渡しています。

 

Photo

 

石橋論が分り易いのは、自衛隊の縮小と災害救助隊の創設とは切り離して、いわば二本立てで [自衛隊 ⇨ 災害救助隊] のプロセスを考えているからです。後者については、これを「平和国土建設隊」と呼んで、次のような形で創設すると述べています。

 

高度の技術を駆使して、国土改造計画に基づく調査、建設、開発、あるいは救援活動、復旧作業に従事することを目的とした平和国土建設隊は、自衛隊とは全く別のものとして創設し、その隊員は主として一般から募集し、本人の希望によって、自衛隊からの配置転換をもはかるというようにしたいと思っています」

 

この考え方は、1958年に社会党から党の政策の柱の一つとして「平和国土建設隊設置要綱」という形で公表されています。ですから石橋構想では、自衛隊をどう縮小・解体 (という言葉を使ってはいませんが、分り易く表現しました) するのかに焦点が合わされています。こちらが説得力を持てば、平和国土建設隊を強力に後押しすることになりますので、石橋構想を簡単に紹介しておきましょう。

 

非武装中立論の前提として、非武装中立の方が、武装同盟よりベターであることが述べられています。

 

 まず第一の理由として、周囲を海に囲まれた日本は、自らが紛争の原因をつくらない限り、他国から侵略されるおそれはないという点を指摘したいと思います。

 第二は、原材料の大半、食糧の60%、エネルギー資源の90%余を外国に依存し、主として貿易によって、経済の発展と国民生活の安定向上を図る以外に生きる道のない日本は、いかなる理由があろうと、戦争に訴えることは不可能だということです。

 

これに対して当然出てくる「戸締り論」、つまり、泥棒に入られないように事前に入口にはカギを掛けておく必要がある、という主張への反論も説得力があります。詳しくは、『非武装中立論』をお読み頂きたいと思いますし、ネット上にもその紹介がありますので、そちらで御覧下さい。

 

しかし、重要なのは、「攻めるとか、攻められるとかいうような、トゲトゲしい関係にならないように、あらゆる国、とくに近隣の国々との間に友好的な関係を確立して、その中で国の安全を図るのだ」という点です。

 

さらに、歴史的な事例からの教訓として、19458月に、日本は戦争の結果として降伏していることを指摘しています。降伏したことが誤りだったと主張している人はほとんどいないという事実も、仮に戦争という事態になったとしても、その決着の付け方を短絡的に考えてはいけないことを示しています。

 

そして、非武装中立を実現する上で特に重要なのが、そのプロセスであることを強調し、どんな考え方で自衛隊の縮小を進めて行くべきなのかを説いています。

 

自衛隊についていうならば、われわれは、最低つぎの四つの条件を勘案しながら、これを漸減したいと考えています。

 

 条件の第一は、政権の安定度であります。換言すれば、彼我の力関係です。

 隊員の掌握度であります。

 われわれの政権が推進する、平和中立外交の進展度です。

 以上三つの条件が充たされるなかで、われわれは、はじめて第四の条件である、国民世論の支持をも得ることができるのだと思うのです。

 

石橋構想の説明中、特に注目すべき点は、1945年の「降伏」を歴史的にどう捉えるのか、なのではないかと思います。改憲論者が主張するのは、極東裁判は間違っていた、現行憲法はその延長線上で押し付けられたのだから、「押し付け」を受け入れてはいけない、ということですが、確かに、「降伏」そのものが誤りだったという主張にはなっていないようです。

 

その点も踏まえて、経済学者の立場から日本という国家を捉え直した森嶋通夫氏著の『国家の選択』も、災害救助隊を考える上での参考になりますので、次回、取り上げたいと思います。

 

[2018/7/17 イライザ]

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2018年7月17日 (火)

『きみはサンダーバードを知っているか』 ――豪雨災害からの教訓 (8)――


『きみはサンダーバードを知っているか』

――豪雨災害からの教訓 (8)――

 

自衛隊を災害救助隊に進化させるというアイデアを聞いて、多くの人が思い浮べるのが、「サンダーバード」だったとしても不思議ではありません。それは、26年前、当時、広島大学で大活躍をしていた、現早稲田大学教授の水島朝穂さんが、「同志」とともに世に問うた、『きみはサンダーバードを知っているか』のお陰です。

 

Photo

 

この本は、今やこの分野における古典的な存在にまでなっていますが、その理由はハッキリしています。まず、その基本的考え方は誰にでも理解できるストレートさを持ち、しかもテレビの人気番組のコンセプトをそのまま現実世界に移植していることから、子どもたちにも親しみを持って受け入れられたからです。

 

私と同じように、そもそも「サンダーバード」とはと、聞かなくてはならない人のための解説ですが、ここでも水島先生御自身の言葉で語って頂きましょう。昨年11月、『きみはサンダーバードを知っているか』発刊25周年を迎えて、先生の「直言」というブログにアップされた一文からの引用です。

 

1964年に英国で制作された連続テレビ人形劇で、2026年の近未来を舞台に、大事故や災害から人命を救い出す国際救助隊の活躍を描いたもの。日本では1966410日(日)18時からNHK総合テレビで初放映された。私は中学1年生だったが、毎日曜、生でみていた。その後、民放でも繰り返し再放送されている。

 

サンダーバードそのものの説明は、水島ゼミ21期生の菅野仁啓さんによる簡潔な説明が、同じブログ内にありましたので、それを引用させて頂きます。

 

サンダーバードは、近未来の世界において、大金持ちのトレーシー一家が世界のどこかにある孤島、トレーシー・アイランドを拠点とした「国際救助隊」を組織し、各種のスーパーメカを使って、世界中で起きるさまざまな災害に立ち向かい、世界の人々のために身元を隠して活動するという人形劇である。CGのない時代だったが、最高級の撮影テクニックを駆使しており、半世紀が過ぎたいまみても、不思議なまでのリアリティーを感じる。彼らの使うメカは多種多様で、深海から太陽直近まで活動をするという圧倒的な性能を持ち、また独特なメカニックデザインが光るといったもので、メカ好きの私にとってはたまならなかった。何よりも「国際救助隊」の活動の目的は誰かを「倒す」ことではなく、「救う」ことなのである。この点は、それまで私がみていたテレビ番組とは決定的に違っていた。

 

このサンダーバードを現実の世界で、日本という国家のイニシャティブにより、しかも平和憲法の目指す方向の具現化として、自衛隊という組織を進化させる形で実現するというのが水島先生たちの考えでした。そこの根底のあったのは、災害救助そのもののあり方の問い直しでした。それを踏まえて、『きみはサンダーバードを知っているか』執筆の目的を水島先生は次のように述べています。

 

自衛隊の「余技」としての災害派遣ではなく、この国の災害救助組織のあり方を再考することである。

 

このような「再考」が、1990年代に行われていれば、今回の豪雨災害後の国や自治体の動きが大きく変っていたのではないでしょうか。でも今からでも遅くはありません。私も「サンダーバード」の世界について少し勉強した上で、災害救助隊についての検討を進めたいと思っています。

 

[2018/7/16 イライザ]

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コメント

あらま、水島朝穂教授のファンでありながら、
先に、サンダーバード構想に言及されていたとは😢😢
片仮名大好き日本人、どうして飛びつかぬ。

確かに豪雨災害の場面は多かったですね。
未だに国際救助隊が来てくれたらと思う自分の感覚はおかしいのかと思っていたら,あながちそうでもなさそうで安心しました(笑)

今日、「サンダーバード」ねたをボランティア活動後に行った街頭演説で早速使わせていただきました。「サンダーバード」の歌もちょっと歌いました。はっとしてこっちをご覧になる人が多数・・。

「硬い心」様

コメント有り難う御座いました。

自衛隊を評価している人の多くは、災害救助の際の自衛隊の活躍を評価しているようですので、それから「サンダーバード」に思いが発展しても良さそうに思います。

「ふぃーゆパパ」様

コメント有り難う御座いました。

日本には高度の技術があり、お金も人手も十分にある、と思い込まれてしまっているのでしょうか。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

「サンダーバード」の歌、聞いてみたいです。

2018年7月16日 (月)

土砂災害防止法と予算 ――豪雨災害からの教訓 (7)――


土砂災害防止法と予算

――豪雨災害からの教訓 (7)――

 

1999629日に広島地方を襲った豪雨災害の惨状を検証した結果、今後、同じような被害を繰り返さないようにという趣旨で土砂災害防止法として知られる法律が翌2000年に作られました。立法措置としてはかなり迅速に対応が行われた例ではないかと思います。

 

その概要ですが、次のようにまとめておきたいと思います。

 

この法律では、土砂災害を次の三つに分類しています。

 

Photo

国土交通省のホームページから (以下同様)

黄色で示してあるところが「警戒区域」、赤が「特別警戒区域」です。

 

急傾斜地の崩壊、地滑り、そして土石流です。国ならびに地方自治体は、これら三種類の危険のある地域について調査を行い、危険地帯の中でも深刻なケースについては次の二つの要警戒地域として指定するというのが、第一の段階です。二つとは、「土砂災害警戒区域」  (以下、警戒区域) と「土砂災害特別警戒区域」 (以下、特別警戒区域) です。

 

前者の指定をされた地域では、災害発生時に迅速に避難できるような体制を整備することが義務付けられています。つまり、「警戒区域」に指定された地域に住んでいる人たちにその事実を周知し、災害発生時の避難準備を日頃から心掛け、その結果として、いざという時には避難勧告や避難指示に従い、被害が最小限で済むようにする、ということが目的です。簡単にまとめると、「警戒区域」は、ソフト的な概念である避難に焦点を合せた考え方で、避難によって被害の軽減を図るために指定する、という意味があります。

 

「警戒区域」の周知はハザードマップによって行われています。ネット上のハザードマップを拡大して見ないと、特に「警戒区域」とそうでない区域の境界周辺では分り難いので、ネット情報を御覧になることをお勧めします。ちなみに我が家は、ギリギリのところで「警戒区域」から外れています。

 

それに対して、「特別警戒区域」は、「警戒区域」の中でも特に危険度が高い地域において、ハードに焦点を合せて事前に被害を少なくしようという目的を持っています。

 

つまり、この地域には新たに住居を建てる際には特別の規制があって、①土砂災害に対して一定の強度を持つ建物しか建築できないのです。②また、既にこの区域に建てられている建築物で、十分な強度を持たないものについては、強度を上げるような改修を行う、あるいは、その建物は諦めて、安全な地域に新たに建物を建築するといった対応を行うよう、行政が勧奨しそのための経済的・制度的な支援を行う、というものです。

 

 については、建築費用が区域外の場合より高くなるかもしれませんが、安全性のための投資ですから、それなりに納得して貰えるのではないと思います。

 

問題は②の場合です。現在の住宅の除却 (取り壊してゴミとして処理する) そして新たな住宅の新築にはかなりのお金が掛ります。しかも「特別警戒区域」外に住んでいれば全く必要のない支出なのですし、特に高齢者の場合、それだけの貯えのない人がほとんどだと思います。となると、行政からの「支援」のあるなしで、この施策の現実性が決ってくることになります。

 

では実際、いくらくらいの補助金が出るのか、広島市の場合を見てみましょう。

 

(a) 改修の場合――改修金額の23%までで、補助限度額は759,000円です。

(b) 今住んでいる住宅を除却し、安全な地域に新築する場合――除却費用としては、上限802,000円まで、そして新築の際には、建設費または購入費に充てる借入金の利子相当額に補助がでますが、通常は建物に対しては上限が319万円、土地に対しては96万円です。

 

結局、危険な区域に住んでいる人が借金をして危険でない場所に移住するという制度です。特に高齢者の場合、生きている内に借金を返せるかどうかという問題もあり、支援が基本的には利子だけにしかない、という制度ではほとんど使えないという結果になっています。

 

さらに、「長く住み続けてきた家からいまさら離れることは心理的にも難しい。万一の場合には、住み慣れた今の家で最期を迎える覚悟で住み続ける」とハッキリおっしゃった方もいました。

 

この補助金の利用者数等、具体的な数字を持ち合わせていませんし、担当部署に問い合わせるなどということは、一番忙しく重要な仕事をしている方々に、今の時期とてもお願いできることではありません。国土交通省の統計で、この法律・制度だけではなく、国が直接整備をした箇所も含めて、急傾斜地で危険な個所数とその中で整備が行われた箇所の割合を見ることで、全体的な傾向を推測してみましょう。

 

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ここで重要なのは、H9年、つまり1997年の広島の豪雨災害前、ということは土砂災害防止法施行以前と、H14年、つまり2002年、施行後2年経ってからの比較です。

 

1997年には、整備箇所は危険箇所の19.8%だったのですが、2002年には18.1%と比率で言えば整備がある意味では後退していることを示しています。新たな開発地などが増えたことと、土砂災害防止法に依って詳細な調査が進み、危険箇所は31%増えたことが大きいのかもしれませんが、それだけ危険なところに市民が住んでいる実態が分った訳ですから、政府としては、この時点で抜本的な土砂災害対策に乗り出すべきだったのではないでしょうか。

 

残念ながら、「抜本的な」見直しは行われず、予算措置も一向に進まず、不必要な軍事費や海外への大盤振る舞いだけは増え、市民生活を危険から解放するという、ごく当り前の、つまり「普通」の施策には至らなかった結果は前回お伝えした通りですし、また新たな情報をコメントとしても頂きました。

 

さて、どうすれば良いのか、答が自衛隊の改組であることは既にお知らせしていますが、こんなに素晴らしいアイデアを考え付いたのは、当然私が初めてではありません。これまでの提案も復習しながら考えて見たいと思います。

 

[2018/7/15 イライザ]

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 土砂災害危険区域に該当する地域の高齢者の場合は、老人ホームなど介護サービスを利用できるほどの介護度は無い、さりとて、日常生活に不便を感じておられる場合は多いと思います。マイホームの移転よりも、県や市で、安全な場所(なおかつ生活にそこそこ便利)の空き家を賃貸住宅で斡旋するのが良いかと思います。住宅セーフティネット法もできてはいるが、現実には、民間は高齢者に貸さない。となると、安全な場所の空き家を借り上げて公営住宅にする方式が落としどころだと思います。街頭演説等でもわたしは時々指摘しているのですが、さらに踏み込めば、日本の賃貸住宅政策の貧困(と裏腹の過剰なマイホーム主義)もこの問題の根本にあると思います。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

御指摘のように、「マスホーム主義」に疑問を持たず、苦労して一戸建ての「我が家」を建てたのに、災害のために賃貸に移る、とスイッチを切り替えられる人は少数でしょう。

でも、その選択肢もあるのだという事実はきちんと提示し続ける必要があると思います。

すべての災害から、身だけでなく住居も守るのは無理があると思います。
たとえ、法に従って改築等をしても万全になるという保証はありえないでしょうね。
まずは、命を守る、そして災害によって被災したら、生活をもとに戻すために個人として必要となるお金がどれくらい少なくできるかが需要だと思います。
災害の危険地域に住宅を建設するときには、融資する方にもリスクを課せるべきですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

土砂災害救助法の目的はあくまでも人命救助です。助からないところに住む危険を減少する上で、住居の移転というラディカルな代替案を提示してまで、危険度を晒せるという側面もあります。そして、「setohiro」さんが指摘してくれたように、マイホーム主義をある意味変えられない、という制限の元に少しでも、事態を改善するのが目的です。

2018年7月15日 (日)

災害対策予算の大幅増額を! ――豪雨災害からの教訓 (6)――


災害対策予算の大幅増額を!

――豪雨災害からの教訓 (6)――

 

自衛隊を災害救助隊に改組して、その主たる任務を災害救助に充てるという考え方のかなり大きな理由はお金です。自衛隊の全予算は約5兆円という大雑把なイメージを頭に置いて、これからの問題提起をお読み頂けると幸いです。その予算全てを災害対策に回せとまでは言いませんが、仮に自衛隊が災害救助隊になり、現予算の半分を災害対策に回せるようになったとすると、現在よりは大幅に状況は改善されます。

 

その5兆円がどんなことに使われているのか、最近の「買い物」リストをチェックしただけでも、無駄遣いが如何に多いのかは御理解頂けると思います。

 

戦闘機としては使えない性能であることが分っているF35戦闘機は、1機あたり約130億円。それを42機の購入予定、合計5460億円。オスプレイ17機セットを1機あたり約220億円、総額3600億円で購入、以前に購入した24機と合わせると、9020億円。さらに、イージス護衛艦の弾道ミサイル対応艦を8隻態勢とする改修と建造に約1000億円、そして、ミサイルの迎撃そのものに対する疑問が多くある中でのイージスアショア2基で合計約1600億円。これだけ合わせただけで、17080億円です。

 

Photo

1220億円、事故多発のオスプレイ

 

兆を超える軍事予算に対して災害対策費は、雀の涙ほどの額しかありません。一例として、今回大規模な被害のあった倉敷市真備町を見てみましょう。真備町の被害は、高梁川に合流する小田川が決壊したことが原因ですが、その危険性は早くから理解され、対策も立てられていました。

 

簡単に図示すると、[1968年堰建設計画→2002年中止→2010年付け替え工事決定→今秋着工予定]ということなのですが、堤防の決壊を避けるために、堰を作ることが計画され、その後、小田川と高梁川との合流の仕方を変える計画が2010年に立てられたものの、結局、それから8年も経ってようやく工事に着工という手順になったのです。その原因はお金です。

 

国が、災害対策を優先する予算配分をしていれば、計画立案後すぐにも工事は始まっていたのです。それも、事業費は280億円です。オスプレイ1機とほぼ同じではありませんか。使い物にならず事故ばかり起しているオスプレイではなく、小田川の改修工事に予算を回せば、今回の被害は防げたのです。しかも真備町だけではなく、全国各地でこのような危険地域のあることは良く知られています。オスプレイで言えば約40機分、全国40ほどの地域の河川改修や災害対策ができたはずなのです。

 

それだけではありません。1999629日の広島地域の豪雨災害後、土砂災害防止法という法律が作られました。その結果、土砂災害による被害が減少するはずだったのですが、今回の豪雨災害が示したように、必ずしもそうとは言えない結果になっています。その理由の一つは勿論、お金ですし、多くの人にハザードマップの重要性が伝わらなかったことも大きいと思います。

 

長くなりましたので、これについては次回説明したいと思います。

 

[2018/7/14 イライザ]

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コメント

安倍晋三、アメリカには2000億円、加計学園には100億円、豪雨被災地には20億円

週刊金曜日7/13号(最新号)→【特集】米国の「おしつけ改憲」
”「思いやり予算」もおかしいけれど、改憲も”
で、リラン・バクレー Leland Buckley という米TEXAS州出身で
神奈川県在住の映画監督が語っています。
〈...どうしても9条を改憲したいのなら、解釈の余地が
入らないように「一切軍隊や兵器は持ちません」と
憲法で明言したらいい。防衛が心配なら、「思いやり予算」の
全額を投じ、自衛隊から武器をなくして、海外に災害があったら
真っ先に駆け付ける救援組織に変えたらどうでしょう。
そんなありがたい国を、どこが攻撃しますか。〉

こういう方がBS-TBS日曜夜10時「外国人記者は見た」に出演できて、
番組も地上波となれば、少しは空気が...。甘いか。
にしても、田中康夫さんの”自衛隊サンダーバード構想”、
なぜに広まらぬ😞

一部ですが、安倍首相の太っ腹ぶり
・ミャンマーへの債務のうち新たに2000億円を免除する
・中東・北アフリカ地域に対し新たに総額2160億円規模の支援
・シリアの女性支援に3000億円の政府開発援助
・ASEANに5年間で2兆円規模の政府開発援助
・モザンビークに700億円の政府開発援助
・インドへ円借款2000億円
・バングラデシュに6000億円支援
・パプアニューギニアに今後3年間で200億円
・インドに5年で3兆5000億円の官民投融資

「通りすがり」様

コメント有り難う御座いました。

こういうのを、本当の意味で「桁違い」と言うのですね。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

Buckley監督の言っていることは、誰にでも分りますし、説得力もあるので、皆で広げましょう。

「納税者」様

コメント有り難う御座いました。

簡潔で説得力のあるリストを有難う御座います。海外援助は大切ですが、毎年、災害で亡くなる日本国民がこれだけ多いという事実に真剣に向き合わない「日本」政府を変えましょう。

2018年7月14日 (土)

自衛隊を災害救助隊に ――豪雨災害からの教訓 (5)――


自衛隊を災害救助隊に

――豪雨災害からの教訓 (5)――

 

多くの皆さんが懸命に英雄的な努力をして災害を乗り越え、明日を切り開こうとしているのかについて、毎日どんどん新しい情報を頂いています。心から感謝しています。また消防や警察、自衛隊の皆さんの献身的な活動振りにも感動しています。こうした努力が重要であるることは言を俟たないのですが、同時にもう少し大きな枠組みから災害を考える必要もあるのではないかと思っています。


昨日の「大雨災害からの教訓(4)」への「後期高齢者」さんからのコメントでも鋭い指摘がありましたが、これほど多くの災害を経験していながら、未だにほとんど「学習」のできていない政治家や官僚、そしてそれを許している私たち主権者・市民がもう一度原点に戻って災害について考え直す時が来ているのではないでしょうか。

 

一つには私たちが、考え方の枠組みを大幅に変える (パラダイムの転換とも言います) 必要があり、新たな枠組みの中で自然に見えてくる問題点そして未来図を元に、大胆な発想で改革案を考え実行して行かなくてはならない、ということです。

 

新たなパラダイムの柱になるのは、災害が「たまに」「降り掛かって来る」「稀な出来事」ではなく、日本社会では日常的に起る出来事だと捉えて対策を講じることです。確かに、大変な被害があるのですから、「非常事態」とか「異常事態」だと捉えるのは自然なことではあるのですが、「非常」とか「異常」という言葉が示しているのは、被害の範囲や規模が日常的ではないという意味だけではありません。それと同時に、こうした災害の起ることは例外的であり、日常的な対策とは別の、「例外的」なかつ、その事態が起きてから対応すれば良い事例なのだ、というメッセージも発しています。

 

そんな発想を転換するための第一の確認事項・提案です。

 

 大災害は、例外的な出来事ではなく、日常的、定常的な出来事として捉えること。

 

ちなみに、今年2018年に起きた災害で記憶しているものを並べてみると、(i) 123日の草津白根山の噴火、(ii) 死者の出た2月の北陸豪雪をはじめとする各地での豪雪、(iii) 3月と5月の霧島山新燃岳と桜島の噴火 (iv) 618日、死者4名、損壊家屋は3万戸近くになった大阪北部地震、(v) そして死者は200名を超えるであろう、7月の西日本豪雨と、半年ちょっとで大きな災害が目白押しです。

 

Photo

 

それぞれ地域も違いますので、ある地域を取れば、数十年に一度の災害ということになるのかもしれません。同時に、実際の頻度はもっと高いという事実にも目を向けて下さい。広島地域を考えただけでも、例外的な豪雨災害は1999年、2014年そして今年と、平均すると、6年に一度くらいの間隔で襲来していますし、地震や台風の被害も勿論ありました。しかし、議論を簡単にするため、仮に、数十年に一度だという前提を付けてみましょう。

 

となると、それと比較可能なのは、国体です。各都道府県を巡って開催する国体の一地方の開催頻度は47年間に一度です。でも、国体を「例外的」「異常」な出来事と捉えていたのでは、国体の開催などできなくなってしまいます。スケジュール通りに必ずどこかの地方で開かれる。という前提で国が方針を立て、予算を取り、必要な協力は地方にも民間にも求めて、初めて可能になっているのです。災害対策との共通点に気付いて頂けたでしょうか。

 

それに比べて、今年の災害だけを見ても、国体の5倍の頻度で起きています。一年を通すと、恐らく月に一度はどこかで甚大な被害が生じていることになるのではないでしょうか。その対策を国家単位で、しかも災害専門のお役所が専門家を揃え、さらに災害復旧・復興のための実働部隊が全国展開できるような組織があって初めて、災害に対する対策の出発点に立つことができるのではないでしょうか。

 

ですから、私の提言の一番大切な、そして多くの皆さんの賛同が必要なことは、

 

 自衛隊を災害救助隊 (名称はもっと魅力的かつ本質を表すものにしたいと思います) に改組する。

 

これからが大切な議論になりますので、皆さんに是非参加して頂きたいのですが、まずは中心的な命題だけお知らせしました。明日以降、何故このアイデアが実現すれば、日本を救い核兵器の廃絶や世界の平和につながるのかを説明したいと思います。

 

[2018/7/13 イライザ]

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コメント

イージス艦を病院船に、オスプレイを救難ヘリにするだけでも、どれほどの日本人の命を救い、どれほどの国際貢献ができるものなのか、計算して欲しいものである。

坂では100年以上前にも大規模な土砂災害で今回とは比較にならない犠牲者を出していて、その災害を伝える石碑(水害碑)も残されている。それを今朝のテレビ番組では「温暖化のせいで」と解説している。

「後期高齢者」様

コメント有り難う御座いました。

こうした、自然な問いに対してきちんと対応するのが、民主的な政治の大前提だと思います。口ばかりで何もしない安倍政治の対極にあるのが残念です。

「ルギア」様

コメント有り難う御座いました。

100年前の教訓がどの程度生かされて来たのかの検証も必要ですね。そして、何事も「温暖化」と言って済ませるのは、余りにも単純化し過ぎです。同時に、科学的に検証して温暖化がどの程度影響していたのかも、しっかり把握しておくことも大切だと思います。

災害救助のあり方には、色々な議論が必要ですね。特に大災害は、地方自治体でなく、国が主体として前面に出るべきで、国は支援する立場なのはどうなのだろうかと思います。
自衛隊の災害普及活動は、昔に比べたらずいぶんと柔軟になっているように思います。
昔は、自衛隊に知事が援助を求めるには、知事は大きな判断が必要でしたから。災害用の装備も増えてように思います。
しかしながら、昔は陸上自衛隊に入ったら、ほぼ全員がほとんどの陸上で動く自動車等の免許の取得ができたようですが、今は部隊に応じて限定されているようです。以前のようにより多くの隊員が免許が取得できたら良いと思います。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

自衛隊の災害救助活動も、昔と比べると改善されている点が多々あると思います。しかし、全国的に見ると、ほぼ「日常」という頻度で大きな災害が起きている昨今、自衛隊ではなく、災害救助が本務になることで、さらに大きな役割を果せる存在だと思います。

2018年7月13日 (金)

大雨災害からの教訓 (4) ――被災した労働者の給料を減らさないで下さい――


大雨災害からの教訓 (4)

――被災した労働者の給料を減らさないで下さい――

 

前回は、災害に襲われた広島地域で英雄的な活動を続けている人たちへの賛辞と感謝の意を表した積りですが、今回もその続きです。

 

当り前のこととして毎日通っていた道路が使えなくなり、その有り難さを痛感した人は多かったようですが、私もその一人です。この写真は、国道2号線の一部ですが、数時間前にはタクシーでここを通った家人は、冷や汗と共にこの写真を転送してくれました。

 

2

 

その当り前のこと、普通のことが普通に存在することの有り難さを的確に表現してくれた人がいました。広島と呉を結ぶ31号線が復旧したときのことをテレビが報じてくれたのですが、インタビューに応じた一人のドライバーの言葉です。

 

「今まで、普通のことだと思っていた、その「普通」が如何に有り難いのかが良く分りました。「普通」に感謝しています」といった趣旨でした。

 

そして、私たちの日常生活の「普通」を守るために、尋常ではない働き方をしている人たちが多くいるというのが、昨日のこのブログの趣旨の一つだったのですが、物流トラックのドライバーさんたちもそのような英雄たちです。

 

ある物流拠点Aからの情報ですが、そこから中国地方各地に荷物が運ばれます。何カ所かを回るのでしょうが、説明を簡単にするため、配送地Bとしておきましょう。通常は、余裕で一日掛らずにA地点からB地点まで行けるようなのですが、大雨による道路被害で、迂回路を使い、渋滞に巻き込まれながらの配送になりますので、結局、徹夜状態で2日掛って、B地点まで配送し、逆を辿って、また2日掛けてA地点に戻るという過酷な仕事をしなくてはならなくなったとのことでした。

 

4日間ほとんど眠らずに仕事をすることなど私には想像もできませんが、こんな過酷な状況でも、遅れはあるのでしょうが、それでも物流にできるだけ支障を来さないよう頑張っている、トラック・ドライバーの皆さんには感謝の言葉以外ありません。かなり無理をなさっての運転が続いていることは分っていますが、無理をし過ぎて事故を起こさないよう、くれぐれも慎重に運転をして下さいますよう。

 

車と言えば、製造する方も大変です。部品の搬入が影響を受けて、マツダその他の自動車メーカーは一部工場で操業を停止しています。従業員の中には被災者もいるようですので、自分の住まいの整理等に時間を使えるのは有り難いはずです。

 

同時に、心配な情報も入ってきました。従業員の給料が今月は2割カットされるらしいという内容です。ガセネタであることを祈っていますが、これほど大規模な災害に襲われ、大きな被害を受けていない地区でも、何かと出費が重なります。そんな従業員に犠牲を強いるのではなく、大企業として、広い意味での社会貢献の一部としての従業員の給与対策を立てて貰えないものか、祈るような気持でこの稿を書いています。

 

[2018/7/11 イライザ]

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コメント

こんな時こそ未曾有の内部留保を使って欲しいものですね。

一番問題だと思うのは、これほど毎年のように被害を出しておきながら、根本的な議論、合意形成が全く諮られていないことだと思う。治水ということに対しては、森林の保全から川の氾濫に対してどう対応するのかということが100年単位で計画される必要があり、頻繁に氾濫するメコン川流域からドイツのライン川など、途上国でも先進国でも抜本的な基本方針があり、日本のようにコンクリートで自然をねじ伏せるような方法はとっていない。日本はいつまでも「復旧」であり、僅か数十年のことを「経験のない」と称し、土建業だけが儲けるということを繰り返している。

「労働者」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃる通りです。そして組合にも頑張って貰いたいですね。

「後期高齢者」様

コメント有り難う御座いました。

正に、私の思いを的確にまとめて下さり、有難う御座います。このてんについては、明日から少しずつ提案をして行きたいと思っています。より良い内容にするため、さらなるインプットをお願いします。

マツダは給与を2割カットでなく、休業した日は一時帰休と同じようにその日の分の7割が支給されると聞きました。
マツダなどは、月給でなく、日給月給制だったと思います。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

マツダの方針を教えて頂き、有難う御座います。2割カットではなく、3割カットですね。それも災害が原因で。

一番弱い、日給で働く職員へのしわ寄せを見て、株主は喜ぶのでしょうか?

2018年7月12日 (木)

大雨災害からの教訓 (3) ――皆様の頑張りに頭が下ります!――


大雨災害からの教訓 (3)

――皆様の頑張りに頭が下ります!――

 

今回のような大災害、あるいはその他にも人間社会に降り掛かってくる多くの悲劇に遭遇した時、私たちの中にある「生存への意志」とでも言ったら良いのでしょうか、何かが起動して「より良い」力が湧き、お互いに助け合い力付け合いながら明日を創り出す糸を紡ぎ続けているように思えてなりません。

 

「広島ブログ」のブロガーの皆さんの多くが、そんな形の毎日を綴って下さっていますが、どのエントリーを読んでも頭が下ります。その他のソースからも入ってくる情報を総合するとお一人お一人の行動がとても感動的です。コメント欄に書き込むべきなのでしょうが、ここでまとめて思いを伝えさせて下さい。

 

皆さんが家族や友人を助けるために通行が困難な道路を通常の何倍もの時間を掛けて駆け付け汗を流していたり、通勤時間の何倍も掛けて仕事場まで辿り着ききっちり仕事を熟していたり、電話やライン等で無事を確かめ合い励まし合い、また必要な物資を聞いて、普段は使わない店にまで足を延ばして調達しそれを届けたりしている姿を見て、お一人お一人が英雄だと思わざるを得ません。

 

特に胸を打ったのが若い人たちのボランティア精神です。被災地では、消防・警察・自衛隊、そして自治体やその他の行政関連の職員たちも必死に仕事をしています。「公僕」そして「全体の奉仕者」という言葉が輝いて見えます。そのように献身的な大人たちに負けずに、若者たち、子どもたちも懸命に動いてくれています。ある被災地で土砂の片付け作業のボランティアをしていた高校生たちの声が、テレビで放映されていました。

 

「学校が休校になったから、少しでも手伝いたいと思ってきました」という声、そして甲子園を目指している野球部員からは「今は野球をしているどころのときではないから」という、重いしかも優先順位に誤りのない決意をしたことが伝わってきました。

 

そしてカープも、9日から11日までの対阪神戦を中止すると、8日の日曜日に発表しています。当り前だと言ってしまえばそうなのですが、今の政治を見るとその当り前のことが当り前に行われていない状態が諸悪の根源ですので、カープの決定には拍手を送りたいと思います。そして、ある意味、カープの歴史とは、その当り前のことを当たり前に忠実に実行してきたと言っても良いような気さえしてきました。

 

対照的に大いなる違和感を持ったのは大相撲です。いやその中継をするテレビです。大相撲そのものを中止しろとは言いませんし、8日が初日だということも知っていました。でも大雨災害についての情報がようやく整理され、少しずつ全貌が明らかになり始めたときに、災害情報は打ち切って、十両の取り組みに切り替えられた被災地の視聴者が「裏切られた」という感じを持ったとしても、そちらの方が自然な感情だったのではないかと思います。

 

NHKも頑張ってはくれたのですが、大相撲での黒星で大きいマイナス・イメージになりました。これまた対照的だったのは、被災地の地方メディアとして通常の枠を大幅に変えて災害情報を流し続けてくれたRCCはじめ、広島の民間テレビ局でした。取材の幅も多様で必要な情報が適宜提供されていたのは流石だと思いましたが、「大雨災害からの教訓(2)」で提案した分業が進めばもっと素晴らしいのですが--。

 

マスコミの内部事情まで知ることができれば評価は変るのかもしれませんが、今日たまたま耳にした旅行業者の方の健闘ぶりにも心を打たれました。

 

災害の結果として、交通機関のチケットや予約のキャンセル変更は多く生じますし、大雨で移動ができなくなり、宿泊の手配をしなくてはならない人も増えます。昨日今日の仕事の量は通常の3倍にもなるということでした。しかも、スタッフのなかには自宅が被災した人もいますし、通勤ができなくなった人もいるとのこと。結局、数時間掛けて職場に駆け付けることのできた人も含めて人では通常の6割だったとのことです。「でもそこで頑張らないと、私たちの存在意義がない」という心意気で頑張っているということを聞いて、完全に脱帽です。

 

そんな中、災害をネタに儲けることなど許せないのですが、現実にはそんなことが起きていました。

 

次に示すのは、7日の土曜日の広島市内のホテルの一泊の宿泊料金です。土曜日も東広島泊になるかもしれないと考え、東広島のホテルを探したところどこも満杯だったことを発見した家人が、広島も同じなのかなと思って携帯アプリで検索してみた結果です。

 

7


7日の土曜日、午後4時、空室があったのは、この三つのホテルだけでした。料金はANAクラウンプラザが16000円台、リーガが25000円台です。ところが、11日の夜の一泊料金は次の通りです。

 

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ANAクラウンプラザが約10000円、リーガも同じくらいです。つまり、土曜の夜は、ANAクラウンプラザは、1.6倍、リーガは2.5倍の料金だったということです。その違いの一つは、7日には新幹線が止まっていたことです。11日には復旧していました。

 

東広島で足止めをされていた家人と同じように、広島から新幹線に乗れず、市内に宿泊しなくてはならなかった人も多かったはずです。その臨時需要があるからといって料金を上げたと思いたくありません。恐らくコンピュータのプログラムで、直前の単位時間当たりのアクセス数にトリガーされて料金を設定するようなシステムになっているのでしょう。

 

でも、結果として、「広島から出られなかった災害犠牲者からまで儲けた」と言われても仕方がないような数字です。仮にコンピュータ・プログラムが原因であったとしても、災害の結果、仕方なく広島に宿泊する人たちの立場に立って、割引とまでは言いませんが、せめて通常料金の中間値くらいの料金設定を、人手が介入して行っても良かったのでないかと思います。

 

これはホテルに限ったことではありません。意図的に災害をネタに儲けるなど以ての外ですが、結果としてそう見えてしまうようなシステムを、もう少し人に親切なものに変えるくらいはできるのではないでしょうか。

 

[2018/7/11 イライザ]

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コメント

どことは言いませんが、うちのホテルは被災者対応価格として通常の半額の5千円で部屋を用意しました。今でもその価格で宿泊されている被災者の方がいらっしゃいます。しかしネットには出していません。あくまで個別対応価格です。ネットへの掲載はエージェントとの契約で色々な決め方がありますが、うちで言えば8月9月は一人3万5千円からと通常の3倍になる日もあります。ホテルの宿泊費はそういうものです。数十年に一度の対応のためにシステムを構築するというのは難しく、そこは個別対応にならざるを得ないと思います。これは普段でも同じなので個々に事情がある場合は直接お問合せください。我々はお役所仕事はしません。

「ホテリア」様

コメント有り難う御座いました。

被災者のために、大きな社会貢献をされていることに、心を打たれました。敬意を表しますし、このような活動をしていることをもっと多くの人に知って欲しいと思いました。

私が取り上げたのは必ずしも被災者ではなく、新幹線が動かなかったため、広島に宿泊するか、駅の構内で一夜を過ごすのかといった選択肢を前にした人たちへの対応です。ことによると、ネットでは満杯でも、個別対応で、通常料金で泊めて頂けたのかもしれませんが、多くの人が利用するネットを使う限り、そのような選択肢があると考えた人はまずいないのではないでしょうか。

新幹線が止まったり、飛行機が飛ばなかったりというケースはかなり頻繁に起きていますので、それらの全てに対して、ホテル業だけが出血サービスをすべきだと言っている訳ではなく、今回のような異常事態くらいには、どんな業界でも人手を介した介入のできるシステムにしても罰は当らないのでは、という提案です。

最近の非常に合理化されたビジネスホテルは別として、本来のホテル業は現場の裁量権が大きく「決まり」に縛られることは少ないものです。被災者と書いたのは広い意味で、帰宅困難者も含めたものです。行政のように罹災証明を求めるようなことはしませんし、あくまで現場の判断による個別対応です。ホテルは部屋数も限られますので、ネットなどでの一斉告知は却って混乱を招き現実的でないと思います。

呉市在です。今日見かけた、給水車2台のお話をします。2台とも、遠方の、車でした。熊本市。青森の、陸自です。熊本市役所の給水車は、平原水源池でした。これは、工業用水でしょうか。陸自トラック・水タンク車牽引でした。1トンの水タンク車でした。道に迷っていました。出会わせました。呉市の狭い道です。そりゃ、迷いますよ。今日は、あそこへ、明日は、別のところへでしょうか。青森の弘前からです。陸自は、遠方でも、出せる車は、派遣するのですか。高速道路通行止め、少々の土砂なら、もろともしない、悪路OKでしょうから。車幅2.5メートルです。災害緊急車両なので、無理を、してでも、走行するのでしょうか、そのために訓錬を、しているのでしょうか。その小学校で、給水後、また、海田へ、戻るとか。呉市は、海自です。陸自は、海田です。そのタンク車には、蛇口が、7つありました。上手く、蛇口を、使えば、給水時間が、待つ時間が、短縮されます。私は、道案内を、しただけです。給水の、受水器は、各人各様でした。ペットボトル、バケツ、保冷ボックス、ポリ水缶とか。陸自の隊員は、気持ちのよい若者3名でした。家は、断水です。水道の出る知人宅で、水を、確保です。ポリ缶が、10個以上あります。断水を、想定した訳でもないのですが。欲張りなのでしょうか、これは、否定しません。幸いに、井戸が、あります。気持ちが、楽ではあります。井戸のある家は、井戸水を分ける様に、皆さんが、しています。他県からの、援護、応援の給水車の一例を、お話を、したく思いました。家は、少し雨漏りが、あった程度です。修繕をしなければ、と、思っていた箇所です。半月毎に、在、不在の、知人宅。被災の現状を見に行きました。その知人宅の井戸を、その近所の人が使っていました。無断使用しては、いけません、とは、言えませんでした。こういう場合。井戸のポンプが、故障した場合、どうなるのでしょうか。家主の承諾無しでの使用ですから。そんなことを考えてしまう性分です。   遠方からの給水車応援の話が、主題なのですが、あちら、こちらに、話が、いってしまいました。

「ホテリア」様

再度のコメント有り難う御座いました。

現場主義、大変結構だと思います。どこまでが「現場」なのかも時代によって変ってくると思いますが、仮に、個別対応で帰宅困難者には通常料金でサービスを提供していても、ネットの料金は高いまま、個別対応をしていたことも周知しない、ということになると、私たち多くの印象としては、大災害に際して高額の料金設定をした、という結果になってしまうと思います。

「60sp」様

コメント有り難う御座いました。

被災現場からの生々しいリポートで、災害支援の大変さが身に沁みて伝わってきました。大変でしょうが頑張って下さい。

心配性だというのは、世代的な特徴かもしれません。

災害とは関係は無いのですが、ホテルの料金は、繁盛期(満室が多いとき)には高額になり、閑散期には安くなりますね。
広島で青年会議所の全国大会があって千人近くが広島に宿泊したときに、新しいアパホテルは5万円になったとか聞きました。
学会があると、同じように高額になります。
災害時に移動できなくなった人をどうするかですが、これは新幹線が事故で動かなくなったときも同じですね。駅での証明があればホテルは優遇料金となるように広島の観光業は考えないといけませんね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

資本主義社会における料金設定は、基本的には需給関係で決りますので、それは大前提として受け入れての話です。しかし、だからと言って非常識な「暴利」を貪ること、特に様々な意味での弱者をネタに金儲けをすることは、許されないという社会規範はあるというのがポイントです。

また民間企業でも、就中サービス業では特に、お客さんへのサービスという形で様々な社会貢献をしています。その一環としてさらに充実して欲しいと思います。

2018年7月11日 (水)

大雨災害からの教訓 (2)


大雨災害からの教訓 (2)

 

災害時に情報が不可欠なことは言うまでもありませんが、今回の私の経験から感じたのは、「非常事態」という概念を変える必要がありのではないかということです。「非常事態」ですから、日常的ではなく、例外的に起きること、その事態への対応も、例外的な体制で行えば良い、というような前提で捉えられている「思考の枠組み」そのものを変えるということです。

 

大局的に考えると、地震や火山、台風から大雨、豪雪に極限的寒さ等、自然の脅威は、「非常事態」が日常化してしまっている時代に私たちが生きていることを示しているのではないかと思います。その事実を自覚した上で、それに対してどんな行動を取るのかという判断基準について、個人から、様々な組織、そして国というレベルまで、自然災害が「日常」の一部だという前提で組み立て直す必要があるのではないかと思います。

 

土石流で御自宅が押し潰されたり、河川が決壊して二階まで水が押し寄せ屋根に避難した方々、御家族を亡くされた方々など、テレビでの報道に接するたびに胸が痛みます。実は、7日の土曜日、かなりの時間をテレビの前でこうした報道を見続けていました。その内に、何とも遣り切れない気持になり、何もしないよりとにかく動いてみよう、と決意して外に出ました。

 

それは、6日の夜に広島空港に到着しても、広島市内までの交通手段がなく東広島のホテルに一泊後、新幹線の復旧を待っていた家人を「救出」すると言うと大袈裟ですが、東広島まで迎えに行こうという決意です。

 

カーナビとグーグル・マップの情報では、国道2号線は使えなくても、県道276号経由で東広島まで通行可能だとのことだったので、渋滞状況を見て途中で引き返すことを覚悟で出発しました。

 

テレビに釘付けになって、またPCとスマホから得たいと思っていた情報は、新幹線がいつ復旧するのか、また山陽道あるいは2号線、はたまたその代替路線が通行可能かということだったのですが、テレビを見ている限り、この情報を得るには物凄い辛抱が必要でした。

 

広島県には大雨特別警報が出されていること、避難指示や様々な警報、雨量等は、頻繁に何度も伝えられるのですが、新幹線情報は、テロップで10分おきに一度くらい、しかも数秒しか映りません。注意していないと見落としてしまうので、集中力が必要です。別のテレビ局にチャンネルを変えても、同じことでした。それに輪を掛けて、報道される画面は同じ被害の様子が何度も映され必要な情報が出てきません。

 

JRのホームページでは、新幹線の復旧については15時までは見込みが立たない、それ以降もどうなるか分らない、と数行書かれているだけで、これではほとんど役に立ちません。結局は、午後7時頃にこだまが運行を始めたのですが、②それなりの予測を知らせておいてくれることはできなかったのかと思いました。

 

生活道路の状況もテレビの報道では全く分らず、ツイッターやfacebookには情報が上っていたのかもしれませんが、私のアクセスできた情報源は限られたものでした。もっともそれは時間の問題なのかもしれません。10日の火曜日には、生活に必要な情報、特に給水所の情報は確実に報じられていましたので。とは言え、まだ改善して欲しいところはありますので、一つ二つ、提案です。

 

③ テレビ局同士で分業体制を取り、A局は警報を中心に、B局は道路状況、C局は鉄道と飛行機等、重点的に取り扱うことにはできないものでしょうか。分業によるデメリットもあると思いますが、社会が多様化していますので、それに対応した情報を送る側としても、多様化した体制の方が状況にマッチした情報を送れるように思えるのですが。

 

Yahooマップではこのサービスをしているとの報道がありました。また黒瀬のセブンではこのような手書きの地図を配布してくれていたようです。Yahooやセブンに任せておけば良いことなのかもしれません。

 

Photo

黒瀬のセブンが配布していた地図

 

そのサービスとは、個々別々の道路情報を実際に通れたかどうかの経験を元に、たくさんの人から送って貰い、それを元にした詳細な道路状況マップを公開するものです。しかし、道路の管理をしているのは国、都道府県、市や町です。道路状況を把握しその情報を提供することも守備範囲に入るのではないかと思います。10日には、ようやくテレビを通しての情報が伝わり始めましたが、自前の情報収集だけではなく、現地からのリアルタイム情報を活用することで、もっと早く対応することが可能だったのではなかと思います。

 

私はと言うと、カーナビとグーグル・マップ情報を元に、東広島バイパスの渋滞に巻き込まれましたが、東広島方面がどうなっているのか、ノロノロ運転でも事故は起こせませんので、車の中からアクセスできる情報は限られていました。結局3時間我慢して、10キロも進めませんでしたので、引き返すことになりました。

 

問題提起はまだ続きます。

 

[2018/7/10 イライザ]

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コメント

支援物資やボランティアを拒否している自治体もありますが、よほど正確に細かい情報を得ていない限り避難する人以外は下手に被災地には近づかない方がいいです。ネットには通れた道路情報などもありますが、そうした道路には車が殺到し消防や警察など緊急車両の通行の妨げにもなります。

以前から、報道各社でそれぞれにヘリコプターを飛ばして、その音が救助作業の邪魔になると言うことでしたが、今回も各社がヘリコプターを飛ばして、とてもうるさかったです。こんな調整すらできないオールドメディアには期待できません。

渋滞のイライラ、ストレスは1人で運転しているからですよね
連休に家族で何十キロの渋滞に巻き込まれてもさほど苦痛
ではないですから。

「通りすがり」様

コメント有り難う御座いました。

大切な点をリマインドして下さり、有難う御座います。

「視聴者」様

コメント有り難う御座いました。

こんな時にこそ、ドローンが活躍しても良かったのにと思います。ドローンの方が音は静かですし。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

物流トラックは無理かもしれませんが、災害時にどうしても運転しなくてはならない場合の、新対策として検討すべきかもしれませんね。

2018年7月10日 (火)

タヒチへの贈り物 (2) ――関税が大問題になるなんて想定外でした――


タヒチへの贈り物 (2)

――関税が大問題になるなんて想定外でした――

 

[数十年に一度という大規模な大雨災害によって亡くなられた方々にお悔やみを申し上げたいと存じます。又甚大な被害を受けられた被災者の方々には心からお見舞いを申し上げます。被害は広がっている感もありますが、昨日に続いて次回から何度かにわたって問題提起をしたいと思います。]

 

さて、東芝国際交流財団からの助成金で実現した、鎌田七男著『広島のおばあちゃんの』をフランス語に訳し、フランスの核実験で被害を受けたタヒチの人々に、フランス語版を贈るプロジェクトの報告その2です。ようやく今月になって、タヒチまで本を届けることができたのですが、東芝国際交流財団への事業報告の後半部分を紹介させて下さい。

 

プロジェクトはそもそも昨年中に終了する予定だったのですが、予想外だったのは、タヒチへの関税が高額であり、また、それを免除して貰う条件が厳しかったことです。しかし、結果としては当初の目標以上のことを達成できました。

 

二回目の今回は、このプロジェクトを中心になって引っ張って下さった、真下俊樹さん (國學院大學の講師かつ、フランス領ポリネシアだけではなく、南太平洋地域の核実験とその被害についての専門家で、フランス語の翻訳・通訳等でも活躍している国際的な平和活動家) と彼のネットワークの力で「関税障壁」を乗り越えることができた感動的なストーリーです。

 

*******************************

プロジェクト:鎌田七男・箸『広島のおばあちゃん』仏語版翻訳とフランスによる核実験被害者に向けての配布

財団法人東芝国際交流財団の助成金受給(¥1,600,000)により実施

 

  1. このプロジェクトの背景と目的

 

  1. プロジェクトの経緯

 

[前回の記事をお読み下さい。]

 

3. 送る段階で想定外の難関が次々と

 

「本が完成すれば、あとは郵送するだけ」というナイーブな思い込みとは裏腹に、実際に本を送る段階になって、当初想定外の様々な難関が次々と現れてきました。ここではそれを逐一報告するスペースも、また意味もないと思われるので、最大の難関であった関税問題について以下簡単に報告し、その一端をお示しておきます。

 

当初、仏語版『広島のおばあちゃん』は、仏領ポリネシアの市民団体に「寄贈」するのだから、当然輸入関税は掛からないものと、頭から考えていました。ところが、郵送する直前に、念のため現地税関に問い合わせたところ、「たとえ対価を伴わない寄贈であっても、一定の価値のあるものを移譲する以上、関税はかかる。寄贈先の市民団体は「公益NPO」(NPOのなかでも特に公益性があると認定されたNPOで、とくに寄付に関して税制上の優遇策がある。日本の認定NPOに当たる)の認定を受けていないので、関税は免除されない」との返事が帰ってきました。しかも、関税率は約30%と驚くほど高く、本を買い取ったあとの助成金の残金ではとても払えない額になることが分かりました。

 

思わぬ壁に行き当たって、日本でできそうな方策を当たってみましたが万策尽き、途方に暮れているときに、仏領ポリネシア政府の「核実験影響追跡調査代表部(DSCEN)」のY. ヴェルノドン部長が親身になって、様々な可能性を当たって下さいました。そのなかで、彼女が前理事長をしていた自然保護NPOが「公益NPO」を取得しているので、そこに頼んで本の受け皿になってもらえそうだとの連絡が来ました。「これで解决か」と喜んだのもつかの間、ヴェルノドン部長が確認を依頼した、法律に詳しい同僚のひとりから「この公益NPOの活動分野は自然保護であり、寄贈本の内容はそれに合致しないから、関税は免除されない」との指摘を受けました。日本では認定NPOであれば、寄付・寄贈はほぼ自動的に優遇税制の対象になり、その内容まで検分されることはまずありませんが、フランス法を受け継ぐ仏領ポリネシアではその運用規定が日本よりもはるかに厳しいようで、関税問題は振り出しに戻ってしまいました。

 

そんなこんなを何度か繰り返した挙げ句、結局、唯一残された道は、寄贈先を仏領ポリネシア政府にするしかないと分かりました。そこで、ヴェルノドン部長がそのための手続きを調べることになりました。ところが、こうした事例は過去に先例がまったくなく、行政機構全体のなかで整合性のある形で受け入れ体制を整えるためには、リション氏やバジル氏など彼女の同僚の協力も得ながらの「前人未踏」の気の遠くなるような確認作業が必要だったといいます。最終的に、本案件は仏領ポリネシア政府の閣僚会議まで上げられ、大統領の裁定により、仏領ポリネシア政府として正式に受け入れられることに決まりました。

 

幾多の紆余曲折と一喜一憂を経て、仏語版『広島のおばあちゃん』1000部を乗せた貨物船サウス・アイランダー号は、2018591346分、ようやく神戸からタヒチのパペエテに向けて出港したのでした。

 

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本プロジェクト実現のために大いにお世話になったY.ヴェルノドン仏領ポリネシア核実験影響追跡調査代表部(DSCEN)部長

 

4.理想的な配布形態

 

2018614日、貨物船サウス・アイランダー号は無事パペエテ港に入港。本の入ったダンボール箱25箱は現地通関業者により陸揚げされ、税関へ運ばれました。ちなみに、ヴェルノドン部長によると、その後さらに税関での非関税手続きが難航し、本が実際に彼女の職場に届いたのはそれから2週間以上後の629日だったそうです。

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ようやく仏領ポリネシア政府に届いた仏語版『広島のおばあちゃん』

 

こうして、仏語版『広島のおばあちゃん』は、仏領ポリネシア政府の核実験影響追跡調査代表部(DSCEN)という仏核実験専門機関によって配布されることになりました。ヴェルノドン部長は、NPO(核関係だけでなく自然保護団体も)だけでなく、公共機関としての公平性に基づいて、離島を含めた仏領ポリネシア全土の中・高校、大学、公共機関(中央および地方議会、保健所、図書館など)、教会等々に万遍なく配布する考えとのこと。さらに、「配ったはいいけれど、誰も読まない」といったことにならないよう、この本がポリネシア市民に活用されるための方策を取っていくとしています。また、2017 3 月の仏政府との合意にもとづき、フランス核実験の体験を将来世代に継承するための「仏領ポリネシア核事実保管情報資料研究所」をパペエテ市内の旧仏海軍司令部の建物に設立することが決まっていますが、設立の暁には館内で本書を販売したいとしています。

 

折しも、20181月、仏領ポリネシアに赴任していたフランス人小児精神科医が、仏領ポリネシアで小児精神疾患がとくに多く、その患者の多くが元核実験労働者の子孫であるとの報告書を公表し、現地の新聞やテレビ・ラジオで大きく取り上げられました。その報告の内容自体は科学的根拠のあるものではありませんでしたが、核実験の健康影響の徹底的な調査を求める声は仏領ポリネシア全土に広がり、今年45月に行われた仏領ポリネシア議会・大統領選挙では、この調査をどうするかが主要な争点のひとつとなりました(結果は前E.フリッチ大統領が再選)。

 

現在、仏領ポリネシア市民は、放射線の健康影響に関する正確な情報を渇望している状態であり、その意味でこの時期に本書が寄贈されることは極めて時宜に適ったことと言えます。DSCENだけでなく、仏領ポリネシア政府も、現在の仏領ポリネシアでの混乱した議論を整理し、フランス核実験の健康影響についてポリネシア市民が冷静に考えるための礎石として本書を大いに活用したいとしています(後掲の「E.フリッチ大統領からのお礼状」を参照)。今年の72日のフランス核実験記念日(1966年のこの日、最初の仏領ポリネシアでのフランス核実験が行われた)には、本書をNPOに寄贈するイベントのほか、今回の寄贈についての記者会見も開催されました。

 

本プロジェクトの当初の計画では、本書を仏領ポリネシアの仏核実験被害者団体宛に送り、人づてに配布してもらうことを考えていましたが、おもに上記の関税問題で不可能になりました。しかし、その壁を乗り越える方策をあれこれ試行錯誤した結果、最終的には上記のような、当初は期待すべくもなかったような理想的な配布形態が実現したと言えます。

 

以下、仏領ポリネシア大統領エドゥアール・フリッチ氏からの礼状の和訳と、フランス語の手紙のコピーを貼り付けておきます。


 

仏領ポリネシア大統領

No. 04154/PR

201872 パペエテ

 

NPO「文化の多様性を支える技術ネットワーク」

秋葉 忠利

 

件名:NPO「文化の多様性を支える技術ネットワーク」より仏領ポリネシアへの仏語版リーフレット『広島のおばあちゃん平和教育』1000部の寄贈

参照書類:2018418日付寄贈申出の書簡

添付書類:2018418日付書簡 核問題に関する私の見解

 

拝啓 秋葉様

 

 仏語版『広島のおばあちゃん』1000部が、ようやく当地の港に到着し、核実験影響追跡調査ポリネシア代表部(DSCEN)の事務所に配達されました。

 

 この部局は、教育総局(DGEE)との連携の下に、本書の配布を担当しており、まず仏領ポリネシアの中・高校、そして貴殿のご希望と目的(これには私も全面的に賛同いたします)に沿って、平和教育のために活用することにしています。

 

 すでに、私から仏領ポリネシアの各機関と、核問題をめぐる真実と公正に取り組んできた市民団体に各1部ずつ配布したところです。今後、それぞれの配布能力に応じた追加部数をDSCENから直接入手できることになっています。

 

 少なくとも20部以上は、設立が予定されている太平洋フランス核実験記念館用に保管することにしています。ちなみに、本記念館設立計画は順調に進んでおり、フランス本国、仏領ポリネシア、市民団体との協力の下で、この記念館の内容をどのようなものにし、共有していくかを協議しているところです。フランス本国は、そのための場所として、元核実験労働者団体モルロア・エ・タトゥの記念碑にほど近い、パペエテ臨海地域の旧フランス海軍官舎をすべて譲渡する意向を表明しています。

 

 これと並行して、仏領ポリネシア政府は、学校教育の科目や教材に核の問題を取り入れる政策に引き続き取り組んでいく所存であり、その意味でも『広島のおばあちゃん』は参照文献になります。

 

 先の選挙期間中の2018418日、私は核問題に関する私の立場を公にしましたが、そのさいに『広島のおばあちゃん』のもつ証言の力、科学的・医学的情報の質、そして何よりも真実と正義、平和を求める価値観から多くを学びました。

 

 本書をフランス語に翻訳し、1000部を仏領ポリネシアに寄贈してくださったことに、心からお礼申し上げます。また、本書の送付に際して煩雑な行政的手続きにより多大のご苦労をおかけしたことを大変申し訳なく思うと同時に、忍耐強くご対応いただいたことに改めてお礼申し上げる次第です。

 

敬具

 

仏領ポリネシア大統領

エドゥアール・フリッチ

 

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E2

****************************

 

御協力頂いた、東芝国際交流財団、原著者の鎌田七男先生と出版して下さったしたり・プロジェクトの皆様、DSCENのヴェルドノン部長、フリッツ大統領、「モルロワと私たち」の皆様、「文化の多様性を支える技術ネットワーク」の皆様、そして翻訳者のフランソワーズ・ジャンさん、さらに真下俊樹さん等関係者の皆様、様々な形で支援・御協力頂いた皆様方に心から御礼申し上げます。

 

[2018/7/9 イライザ]

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2018年7月 9日 (月)

大雨災害からの教訓 (1)


大雨災害からの教訓 (1)

 

数十年に一度という大規模な大雨災害によって亡くなられた方々の数、被災された方々の数も増え続けていますし、被災地も時間と共に移り、全体としては予想をはるかに超える広い範囲に住んでいる方々に影響を与えています。心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。そして、これ以上被害が増えないことを祈るばかりですが、台風8号も近付いていますので心配は続きます。

 

今回は、「タヒチへの贈り物」は先に延ばして、大雨災害について考えたいと思います。「広島ブログ」に参加されているブロガーの皆さんもそれぞれ、今回の大雨で色々とと経験されたことを書かれていますが、我が家の経験も報告させて頂いた上で、感想を一つ二つ付け加えられればと思ったからです。

 

自治体も国も災害対策に力を入れてきたことは否定しません。しかし、地震、火山、台風、大雨とこれほど大きな災害が定常的に起きている現状を考えると、国家的規模で「災害対策」の枠組みから考え直す必要があるのではないかと思います。その全てを論ずるだけの準備ははありませんが、何回かに分けて、気が付いた範囲での提言をさせて頂ければ幸いです。

 

 最初は「被災地に人を送り込むな」です。

 

我が家では、息子二人が東京で生活していますので、定期的に上京して子どもたちの世話をしたり一緒に行動したりしています。今回も家人が、そのために上京していたのですが、帰広の切符は6日金曜日の夜の便でした。その時点で空港から市内のリムジンバスは運転中止、JRの在来線もとまり、新幹線も動いていない状況でした。山陽道も通行禁止状態でした。

 

Photo_2

通行できなくなった志和トンネル、だから山陽道は通行不可だったのです。


Photo_3

山陽本線瀬野と八本松の間です。在来線も不通です。

 

仕方がありませんので、タクシーに頼るということで東広島市内のホテルに予約を取っていました。フライトがキャンセルされる可能性もあったのですが、とにかく飛びましたので、広島空港に着陸、長い時間待って、タクシーで、東広島まで辿り着きました。

 

家人の場合は、事前に空港到着後の情報が分っていましたので、それなりに準備をすることができたのですが、悲惨だったのは外国人観光客の皆さんでした。

 

タクシー乗り場も長い列ができ、空港内の事務所を開放するのでそこに留まって欲しいという対応もなされたようなのですが、ある外国人家族に取っては衝撃的なニュースだったようです。

 

その家族のお母さんと飛行機の中で隣り合わせになった家人が聞いた話では、空港でのレンタカー予約をしていて、到着後は広島まで車で行き一泊、次の日には宮島を見て、それから四国に研修のため滞在しているお子さんを訪ねる予定だったとのことでした。お母さんは両手に障害があり、恐らくお父さんが運転も、家族の世話もするという状況だったのでしょう。

 

到着した6日には、車で広島市内まで行くのは不可能、結局空港で一泊というようなことになり、次の7日にも事態は一向に変わらず、宮島にも行けずお子さんにも会えずに、もし飛行機が飛んでいれば東京に戻るというシナリオになってしまったようです。

 

家人も自分の足も確保しなくてはならず、最後までお世話できなかったようなのですが、わざわざ広島まで来なくても、この情報は東京で把握できたはずですので、東京で対応できていれば、二日間の時間のロスと、東京・広島間の航空運賃のロスは防げたのではないでしょうか。

 

さらに、外国人に限らず、広島に住んでいる人ならそれなりの知識はあったとしても、それ以外の人たちには、「白市まではリムジンバスが出ています」という情報からは、そこまで行けばあとは何とかなるだろう、というくらいの想像力しか働きません。そんな状態になることが分っていて、東京から広島まで善意のお客さんを送り込んで良いのでしょうか。

 

航空会社にすれば、切符は発行した、飛行機は飛べたのだから飛ばしした、後は乗客の責任ということになるのかもしれませんが、到着後には、空港の事務所の床に寝るという選択肢しかないところに、それも到着して初めてそれが分るという前提で乗客を運べば、それで済む話なのでしょうか。

 

福岡市の場合のように、仮に災害があったとしても空港と市内とが近い場合には、それほど大きな問題にはならないのかもしれません。そうだとする、わざわざ遠隔地に飛行場を移設した広島県や広島市が、このような場合の責任の一端を負うべきなのではないでしょうか。

 

そして、航空会社も、キャンセル不可・返金不可の切符であっても、災害時には到着地の状況をきちんと把握して、災害地には目的地に着けばそこで孤立無援になってしまう乗客を、送り込まないというくらいの責任を持つべきなのではないかと思います。そのために、私企業だけに負担を強いて乗客の安全と安心を確保するのではなく、国全体のシステムとして、このような場合の対応も含めた施策があれば、災害時の不安の種は、少なくとも一つは減ると思うのですが如何でしょうか。。

 

「タヒチへの贈り物」を挟んでこの件についての問題提起は続きます。

 

[2018/7/8 イライザ]

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コメント

旅客業務をしている会社に、どこまで責任を負わせるかという問題ですから、とても難しい問題ですね。
バスにしろ電車にしろタクシーにしろそして飛行機と、利用する前と利用後まで責任を負わせるのは不可能だと思います。
ただし、目的地の情報を発信する努力はすべきですね。
そのためには、これらの従事している人が正しい情報を得て判断できる力が必要ですね。
そして利用する人も、情報収集する努力も必要ですね。
私は日頃から、飛行機を利用する人には、リムジンバスは高速道路の状況で運行停止になる事があるので、朝にホテルのフロントで確認する事を勧めています。
また、国は外国人観光客の誘致を積極的に薦めているのですから、早急に国がやるべきですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

もう少し正確に言うと、まずは、「災害で孤立している空港に何の対策もせずに飛行機で善意のお客さんを送り込むな」という原則を関係者一同で確認して、次の段階で、誰がどのような負担をしてこれを実現するのか、ということを相談するという順序になるのだろうと思います。

現状では、結局、責任を取らされているのは、行きどころのないお客さんですので、これは問題でしょう。

そして努力義務だけではないシステムづくりには、国や自治体等の関与は当然必要です。

2018年7月 8日 (日)

タヒチへの贈り物 ――フランスの核実験による被害者に――


タヒチへの贈り物

――フランスの核実験による被害者に――

 

[数十年に一度という大規模な大雨災害によって亡くなられた方々にお悔やみを申し上げたいと存じます。又甚大な被害を受けられた被災者の方々には心からお見舞いを申し上げます。]

 

さて、2017年の8月に報告させて頂いたのですが、東芝国際交流財団から助成金を頂けることになり、フランスの核実験で被害を受けたタヒチの人々に、鎌田七男著『広島のおばあちゃんの』フランス語版を贈るプロジェクトが昨年春にスタートしました。

 

当初の予定では、昨年中にタヒチまで、贈り物を届けられる積りだったのですが、いくつか予期しない問題が生じて、ようやく今月になって、タヒチまで本を届けることができました。

 

東芝国際交流財団への事業報告を提出する必要も当然ありますので、そのための事業報告書をこのプロジェクトを中心になって引っ張って下さった、真下俊樹さんに書いて頂きました。真下さんは、國學院大學の講師ですが、同時にフランス領ポリネシアだけではなく、南太平洋地域の核実験とその被害についての専門家で、フランス語の翻訳・通訳等でも活躍している国際的な平和活動家として著名です。

 

詳細な報告書ですので、二回に分けてお読み頂ければ幸いです。

 

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プロジェクト: 鎌田七男・箸『広島のおばあちゃん』仏語版翻訳とフランスによる核実験被害者に向けての配布

 

財団法人東芝国際交流財団の助成金受給(¥1,600,000)により実施

 

  1. このプロジェクトの背景と目的

 

フランスは196696年に仏領ポリネシアのモルロア、ファンガタウファ両環礁で計193回の核実験(大気圏46回、地下147回)を行ないました。実験には、フランス軍関係者、民間企業派遣員のほかに、現地採用のポリネシア人労働者5千〜1万人(正確な人数は不明)が動員され、その多くが放射線を被ばくした可能性があります。また、大気圏核実験の放射性降下物による汚染は仏領ポリネシア全体に広がっており、元労働者以外の一般住民やその子孫への影響も懸念されています。

 

フランス核実験による被害者の存在は、最近までほとんど表面に出ることがありませんでした。そのおもな理由は、被害者の多くが「核実験について口外すれば、フランスの国防機密漏えい罪に問われる」と恐れ、口を閉ざしてきたためでした。しかし、1990年代になって被害者を支援する市民活動に支えられて被害者の掘り起こしが進み、2001年に仏領ポリネシアで初めて被害者団体が結成されました。これは、アメリカやイギリスの核実験被害者の運動に比べて、かなり遅い出発と言えます。

 

被害者の権利回復運動を効果的に進めるためには、被害の実態の正確な把握が土台になります。しかし、放射線の健康影響についてポリネシア人が得られる情報は、フランス政府、とくにフランス国防省から出される「フランスの核実験はクリーンで、影響はない」とするものがほとんどで、多くのポリネシア人は不信感を払拭できないのが実情です。反面、放射線被害の実相が正確に知られていないために、自分が苦しんでいる健康問題と過去の放射線被曝と関係があるかも知れないとは思いもよらない元核実験労働者や、逆にあらゆる健康障害を核実験と結びつけ、自らや子や孫の健康への不安や、罪悪感に苛まれているポリネシア人も少なくない現実もあります。このため、放射線の健康影響に関する科学的な情報が、核実験を行なったフランス当局ではなく、この問題について利益相反のない第三者的立場にある専門家から提供されることがポリネシア住民の間で望まれてきました。

 

20167月に「フランス核実験50周年記念事業」が仏領ポリネシアで行なわれたさいに、日本から秋葉忠利前広島市長、振津かつみ医師(放射線医学)、大島秀利毎日新聞論説委員、真下俊樹國學院大学講師の4名が参加しました。現地市民団体との交流のなかで、秋葉氏より「『広島のおばあちゃん』というリーフレットがあるので、そのフランス語版を作成して仏領ポリネシア市民に配布してはどうか」との提案があり、現地市民団体からも「是非お願いしたい」との期待が表明されました。『広島のおばあちゃん』(鎌田七男・広島大学名誉教授著)は、広島で被爆した「おばあちゃん」が、学童の質問に答える形で原爆の実相を語ると同時に、投下された原爆による放射線の健康影響を、科学的根拠に基づいて、中高校生にも分かりやすく解説した本です。上記のような現在の仏領ポリネシア市民の必要にも合致していることから、帰国後、具体化に向けて動き出しました。


Photo

2016628E.フリッチ仏領ポリネシア大統領と面談:写真右からB.バリオ前DSCEN部長(故人)、振津かつみ医師、E.フリッチ仏領ポリネシア大統領、秋葉忠利前広島市長、真下俊樹國學院大学講師、R.オルダム仏核実験被害者団体「モルロア・エ・タトゥ」代表

 

  1. プロジェクトの経緯

 

 

必要な資金については、公益財団法人東芝国際交流財団から助成を受ける可能性があることがわかり、プロジェクトの受け皿として秋葉氏が顧問を務めるNPO法人「文化の多様性を支える技術ネットワーク」(理事長:山崎芳男早稲田大学名誉教授)に引き受けてもらえることになり、東芝国際交流財団への助成金申請も同NPOで行っていただけることになりました。

 

仏語版『広島のおばあちゃん』の版権等について、著者の鎌田氏に相談した結果、本プロジェクトを契機に、氏の主催する「シフトプロジェクト」が仏語版の製作を行い、完成した本を「文化の多様性を支える技術ネットワーク」が東芝財団からの助成金の許す範囲で買い取り、仏領ポリネシアへ送付することになりました。当初、2000部を購入する計画でしたが、諸経費の関係で最終的に1000部を送ることになりました。

 

フランス語への翻訳は、フランソワーズ・ジャン東京工業大学リベラルアーツ研究教育院外国人教員が行いました。翻訳作業はおもに日本語版を底本とし、随時英語版を参照する形で行われました。また、同仏語版がより長く読まれるよう、原著者との合意の上で一部内容をアップデートするとともに、フランス語読者の理解を助けるための各種情報を追加しました。最終的な訳文を日本語原文とチェックする作業を真下が行いました。翻訳完了は、当初20174月頃の予定でしたが、訳者の健康上の都合により、予定から約半年遅れの20179月になりました(仏語版タイトルはLa vielle dame d’Hiroshima — Éducation à la paix)。その後、2017年末に版下作成、校正、索引作成等の最終作業が終わり、翌20181月に印刷が完了しました。

 

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仏語版『広島のおばあちゃん』La vieille dame d’Hiroshima 表紙

 

*******************************

 

ここからが読みどころなのですが、次回をお楽しみに!!

 

[2018/7/7 イライザ]

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2018年7月 7日 (土)

北東アジア非核兵器地帯の創設と市民社会 ――米朝会談後、日本政府が「はぶてる」ことのないように――


北東アジア非核兵器地帯の創設と市民社会

――米朝会談後、日本政府が「はぶてる」ことのないように――

 

数十年に一度の災害が起きている、梅雨前線による大雨で亡くなられた方々にお悔やみを申し上げます。被災者の方々にはお見舞い申し上げます。そして多くの皆さんが影響を受けている今、気象庁や各メディア、自治体等からの情報に最大限の注意を行い、避難指示や勧告に従って身の安全を確保されるよう、祈っています。

 

さて、Jeju Forum for Peace and Prosperity 2018、つまり「平和と繁栄のためのチェジュ・フォーラム2018」で私が参加した分科会の一つは、「朝鮮半島の新たな平和パラダイムの形成と市民社会の役割」(司会は韓国国家統一研究所 (Korea Institute for National Unification) の上級研究員のチョー・ハンブン博士)でした。そこでの、私の発言を以下、簡単に報告させて頂きます。

 

Photo

 

米朝会談後すぐの韓国での会議ですので、当然、米朝会談を取り上げたいと思いました。その際、三つのポイントが実現できるよう内容にしたいと思っていました。

 

 米朝会談について、単なるオブザーバーとしての意見ではなく、会談の結果を生かせるよう積極的な姿勢を示す。

 日本政府がこれ以上「はぶてない」で、かつ孤立しないで済むようなシナリオを描く。

 国と国との関係が中心ではあっても、私たち市民が直接、何らかの形で関われるような具体的な提案を盛り込む。

 

そして、出発点は、米朝会談実現の暁にはこのようなシナリオで進めて下さいと、トランプ大統領に出した手紙、そして会談が実現することになってからトランプ大統領とキム委員長に出した手紙です。以下、箇条書きで、発言の内容の要点です。複数の固有名詞が並ぶところでは、アルファベット順で記します。

 

l キム委員長、トランプ大統領、ムン大統領のリーダーシップによって、南北会談、米韓会談、そして米朝会談が開かれ、朝鮮半島の非核化そして北東アジアの平和に向けた大きな扉が開かれたことを歓迎し、三人に心から敬意を示し感謝する。

l 核保有国のトップが話し合うことで、大きな進展が生れることを期待しても良いことは、1986年のレイキャビックにおけるレーガン・ゴルバチョフ会談の例がハッキリ示している。そこでは、両国が全ての核兵器を廃絶する合意が出来ていたのだ。

l それが実現しなかったのは、軍産複合体、冷戦時代を作り支えていた神職者であるかのような力を持っていたテクノクラートたちだが、もう一つ、世界の注目度が今回とは違っていた。

l 世界が見詰める中でのシンガポール会談の結果は、それほど簡単にはつぶせない。

l さらに、実現はしなかったものの、レイキャビックで両首脳が画期的な合意に至ったのは、世界の世論がそれを望んでいたからだ。それは、世界に存在する核弾頭数や、核実験の回数等の経年グラフを見れば明らかだ。

l この点については、2017年の原水爆禁止世界大会の分科会での発言に詳しいので、是非、お読み頂ければと思います。

l キム委員長、トランプ大統領への手紙で提案したのは、北東アジア非核地帯 (NEA-NWFZ) の創設だ。それは、この地域の中心になる南と北そして日本の三ヵ国は核兵器を持たない、そして米中ロの三ヵ国は、中心に存在する三カ国には核兵器を使わないという条約によって作られる。

l この枠組みこそ、北の非核化を推進する上で一番説得力があり合理的なシナリオだ。

l 昨年の分科会でも、核兵器禁止条約ができた背景には、世界の半分が既に核兵器禁止地帯になっている事実のあることを強調している。

l 米朝会談後の方向として、日本政府がリーダーシップを発揮してNEA-NWFZを主導することで、北東アジアの平和と繁栄に大きな役割を果すことができる。そんな役割に共感する外務省の官僚や保守派の政治家を育てるプログラムも必要かもしれない。

l 日本政府がそのような積極姿勢を持つことで、日本の孤立化、そして最悪の場合にはそれを口実にして日本の核保有にまで及ぶ可能性を回避できる。

l しかし、世界のNWFZの歴史を見ると、どの地域でも実現までには10年以上掛っているのが普通だ。核兵器を持たない国々がNWFZを実現するのに10年掛るのであれば、もう核兵器を持っている北朝鮮も一緒になってのNWFZにはもう少し時間が掛るかもしれない。でも、辛抱強くその実現のために努力することで、必ず目標は達成できる。

l そこで、大切なのが都市の役割だ。スコットランドの独立は、各兵器の廃棄とNATOからの離脱、そしてEUへの参加が目標だと言って良いのだが、核廃絶運動が国民投票という実定法上の制度を使って核廃絶のための意思を確認するまでに成熟しているのは、スコットランドの全都市が非核都市宣言をしていることの延長線上にある。

l それは応用問題として日本にも当てはまる。日本の自治体の多くは「非核自治体宣言」をしている。全ての都市が「非核自治体」になれば、それは核兵器禁止条約に反対している日本政府に対する強力な意思表示になる。既に宣言をしている自治体は再確認の決議を採択することで、運動を盛り上げることが可能だ。

l しかも、これは各自治体の中で、何人かの議員を巻き込めれば比較的、簡単に提案できることだ。選挙で政権をひっくり返す前段としてこのような行動は新たなエネルギー作りのために有効だ。

l さらに、日本の都市と韓国の都市の間には、姉妹都市の提携をしているところが多い。その関係を生かして、「非核兵器姉妹都市」関係を作って行くことで、NWFZへの道筋を作ることも可能だ。

l 朝鮮民主主義人民共和国でも韓国との融和が進み、統一の機運が高まれば、都市の存在が重要になる。そのときには、南北と日本の都市の間で、「非核兵器姉妹都市」関係が可能になる。

l これは、この分科会で他の発言者が予測していた北の都市の位置付けにピッタリ重なる考え方だ。

 

 

[2018/7/6 イライザ]

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2018年7月 6日 (金)

朝鮮半島の新たな平和パラダイムの形成と市民社会の役割 ――私の参加した分科会です――


朝鮮半島の新たな平和パラダイムの形成と市民社会の役割

――私の参加した分科会です――

 

私が参加した二つ目の分科会は、「朝鮮半島の新たな平和パラダイムの形成と市民社会の役割」をテーマにしたもので、司会は韓国国家統一研究所 (Korea Institute for National Unification) の上級研究員のチョー・ハンブン博士で、パネリスト・ディスカッサントは私を含めて6人でした。与えられた時間は1時間30分でしたので、一人当り約15分の発言時間でした。

 

時間は短かったのですが、ほとんどの発言者は南北の統一に関連する研究や行政に携わって来た専門家たちですので、大変深い知識を持ち、また短時間でそのエッセンスをまとめて発言してくれましたので、とても勉強になりました。

 

Photo

左の演壇にいるのが司会者のチョー・ハンブン博士

 

それぞれのプレゼンテーションには、ストーリーがあり、この問題について一人一人が持っている情熱も伝わって来たのですが、その全てを記録するだけの力がありませんでした。ここでは、特に記憶に残った点を、「bullet point」形式でまとめておきたいと思います。

 

l 今回の朝鮮半島を巡る大きな変化は、長い間の積み重ねの結果だ。特に北の内部でも大きな変革が起き、非核化への方向性は出ていたことを確認しておきたい。

l 「ロウソク革命」の意味は、代議制民主主義の欠陥を直接民主主義によって克服したということだ。今後の南北運営の基本軸もこの方向に変ることが必要だ。

l そのためには、地方政府同士の交流・協力が大切になってくる。

l そのような市民社会の役割を制度化する常設的なコミュニケーション装置を作る必要がある。そのことで、紛争を避け対話で問題解決ができるようにして行くようにしたい。

 

l 北が望んでいることは、平和と繁栄であり、一言で言えば「良い暮らし」だ。そのためには北との経済協力をどうするのかを考えなくてはならないが、それは非核化と一緒に動かなくてはならない。

l そのプロセスで、政府が全てを仕切ることはできなくなり、政府の役割が狭くなる新たなパラダイムが現れる。そのシンボルとして、南北が高速鉄道で結ばれるといったイメージが分り易いかも知れない。

l そのためには周辺諸国の理解が必要だし、それに北が乗って行けるかも課題だ。南北とも「good governance」が基本だが、その推進体制はこれからだ。そのためにも、市民社会のネットワークが重要になる。

l 北の態勢では今起きているのは上からの変化で、意識や動機の面での下からの変化が待たれる。しかし、そうなると社会の両極化が起きる恐れもある。それは、韓国に取っては心配だが、北でも必ず市民社会ができるだろう。

l 長期的にはそれを誕生させ育てることが大切になる。

 

l 統計と国連という視点から南北の未来を考えることも重要だ。例えば、北は、2013年から2015年までの国連のミレニアム事業目標を達成できなかった唯一の存在だ。

l 食糧不足は深刻で45パーセントが貧困に喘いでいる。5歳未満の子どもたちを見ると、北では25パーセントが低体重なのに対して、南では10パーセントが肥満児だ。

l 北の夢は貧困からの脱出だが、その先の課題として、南北共通の夢を持つことが未来のためには必要だ。

l また、制裁とは別建てで、国連事務総長の方針としての国連からの援助という形で北への援助をすることが大切になってくる。そのために新しい作戦、新しい構想を創り出して行きたい。

 

l Steel Rainという映画の中で、明日は核ミサイルが発射されることを知りながら平気でコーヒーを飲んでいるシーンが出て来る。それは、恐怖の日常化が進んでいることの象徴なのだが、そんな状態を変えてきたのは市民運動の努力だ。

l その市民社会の役割として、ケソンの中断が二度と起こらないような結果を残すことが必要だ。

l チェジュが果しているような市民の力を元にして国への影響力を持つことがそれにつながるはずだ。

l 市民社会の目標を、最近良く使われている言葉をもじって表現すると、CVID (complete, verifiable and irreversible disarmament--完全、検証可能、非可逆的な非核化) の代りにCVIPになる。つまり、complete, verifiable, irreversible Peace、完全、検証可能、非可逆的な平和だ。

 

最後の、CVIDは、米朝トップ会談が失敗だと論じる日本のマスコミと「専門家」が好んで使った概念です。その代りにCVIPを目指すという考え方は、ネガティブな評価をする代りに、それを未来志向の積極的なアジェンダに置き換え、なおかつ、その中で、CVIDも実現していこうとする意欲的・積極的かつ当事者意識をしっかり持った表現で、今回のJeju Forumの意味を一言で言い表してくれているように思いました。

 

私の発言ですが、このブログをお読み下さっている方々には耳にタコができている可能性もあります。とは言え、次回、御披露したいと思います。

 

大変盛り上がった分科会の後、皆で記念写真を撮りました。

 

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[2018/7/5 イライザ]

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2018年7月 5日 (木)

ジョゼ・ラモス-ホルタ氏の講演 ――スピーチの最後は佐々木禎子さんでした――


ジョゼ・ラモス-ホルタ氏の講演

――スピーチの最後は佐々木禎子さんでした――

 

今回のJeju Forum for Peace and Prosperity 2018、つまり「平和と繁栄のためのチェジュ・フォーラム2018」で聞くことのできた全体講演は、ラモス・ホルタ元大統領とアズレイ事務局長の二人の話でした。アズレイ事務局長の講演は、現在の世界情勢を分析し、未来創りのために私たちがどう考え何をして行ったら良いのかを、ユネスコの立場から、つまり教育、科学、文化そして環境という視点からのアドバイスでした。軍隊を持たないという点では、都市的な感覚での話でしたので、とても説得力がありました。

 

対して、ラモス・ホルタ氏の講演は各国のリーダーの役割に焦点を合せつつ、未来への展望が明るいことを強調する内容でした。以下、要点をまとめて見ました。

 

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まず、韓国の政治については勇気あるリーダーが行動し、市民たちが監視の目を緩めず、そして司法が決して妥協しない姿勢を取ってきたことが、現在の大きな動きの原動力だ。さらに、韓国民の英雄的な行動の一つとして挙げておきたいのは、1990年代後半のアジア金融危機において、IMFへの借金を、韓国民が、タンスの中の貴金属を初め自らの資産を銀行に持って行って返済に当った唯一の国民だった事実だ。

 

また、東ティモール独立に当っては、武力支配を続けていたインドネシアに対して、金大中韓国大統領が、アメリカのクリントン大統領と共に、日中のリーダーを説得して、独立への道を開いてくれたことに心から感謝している。彼の弟子であるキム・ジェイン大統領が今回大きな役割を果したことも、その延長線上のことだ。彼の仲介なしには今回の歴史的米朝会談は実現しなかった。

 

ノーベル平和賞には誰が相応しいかと問われれば、トランプ大統領やキム委員長ではなく、文大統領を強く推したい。

 

今後、北朝鮮の非核化は進むだろう。しかし、平和への「近道」はない。ことによると、セットバックもあるかもしれない。しかし、北と南のリーダーが今後も辛抱強く努力を続けることで必ず目標には達する。

 

文大統領は、これまでと同じように積極的に平和へのシナリオを描き関係者に働き掛けて行って欲しい。キム委員長には、北朝鮮の中の強制労働や拷問等の慣行を委員長のイニシャティプで止めさせて行く路線を取って欲しい。そして人権の分野においての主導者になって欲しい。

 

そのためには、中・日・米も協調関係を築きつつ、それぞれの役割を果して行くことが大切だ。それが一筋縄ではいかないかもしれないという指摘もある。アジアには第二次世界大戦の遺産が残っているからだ。

 

アジアは、日本の侵略によって多大な被害を被った。何よりも多くの市民が犠牲になった。しかし、アジアの国々も市民たちも、日本の天皇や首謀者たちを許した。それに対して日本のリーダーたちがどうしてもしなくてはならないことがある。それは若者たちに歴史の真実を教えることだ。

 

特に慰安婦問題について、日本は逃げずにこのことに真正面から取り組まなくてはならない。その上で、南北朝鮮と日本が揃って、アジアを21世紀という時代に引っ張り上げなくてはならない。

 

そして、日本の代弁もしておくと、日本も代価を払っている。広島・長崎の原爆による被害は、その一例だ。

 

今回の米朝会談の行き着く先は、やがて、中国、統一された朝鮮、そして日本が、これらの国々をつなぐ金の橋の上に立つことだ。その橋には、被爆し白血病に苦しみながら佐々木禎子さんが生きたいと願って折った千羽の折り鶴が飾られていることだろう。

 

とても感動的だったラモス・ホルタ氏の演説を、もっと詳しくそして心打つような形で再現できないことを申し訳なく思いますが、ランチの時間にお礼に伺った時、もう一度広島に行きたいとおっしゃっていましたので、広島で生の声をお聞き頂ければと思います。

 

ラモス・ホルタ氏へのお礼の内容ですが、一つは日本の責任についてきちんとした指摘をしてくれたことです。真実を曲げてはいけないのです。そしてもう一つは、被爆体験を理解してくれていること、そして被爆者のメッセージを佐々木禎子さんを通して、分り易く強力にアピールしてくれていることです。

 

こんなに素晴らしい仲間が「ヒロシマの心」を世界的に発信してくれているのですから百人力です。私たちも同じように頑張らなくてはなりません。

 

[2018/7/4 イライザ]

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コメント

慰安婦問題を明るみに出したのは韓国ではなく朝日新聞の捏造記事から始まった日本のメディア(=拉致問題をデッチあげだとしていたメディアや左派政党)であり韓国は未だにベトナム戦争などで韓国が行った問題については米国メディアが「韓国軍が数千人ベトナム女性を強姦し慰安婦にしていた」と報じているが韓国は自国にとって不都合な真実を無視し歴史と対峙することを拒否しておりこの点では(安倍政権は後退しているとしても)日本の方がマシ。

大東亜戦争は西欧の侵略と植民地政策からアジアを守り開放するための戦いでした。白人に寝返った中国共産軍を除き、日本軍として一緒に戦った韓国人をはじめ多くのアジア人は日本と共に戦いました。日本軍が戦った相手はアジア人ではなくアジアを植民地化していた西欧諸国でした。その後つぎつぎとアジアの植民地は独立し日本は自らは敗戦したもののアジアの開放という面では勝利したというのが事実です。戦争ですから理不尽なことはあるのは当たり前で、だから戦争はダメなのですが、小さなことばかりあげつらって大きな歴史を失ってはならないと思うわけです。

日本における最大の問題は安倍政権がこれほどダメダメだと分かっても他に選択肢がないということ。国会中継をみても山本太郎くらいしか感心するような質問はなく、野党はできもしない政権打倒ばかり掲げ、法案に対する是々非々の議論が全くないように思える。

「韓国通」様

コメント有り難う御座いました。

相対的には、日本の方がましという場合もあることは分りますが、政府としての歴史的責任は、事実に基づいて、相手の立場を尊重し、誠意をもってを果すというのが基本だと思います。

「日本男子」様

コメント有り難う御座いました。

戦争は駄目という点では、考え方が共通していますので、敢えてこのコメントも取り上げさせて頂きました。

このような歴史認識があるからこそ、ラモス・ホルタ氏は、「歴史の真実を教えるべきだ」と、日本の良き理解者として提言してくれているのです。

数行で、日本の近代史を正確に述べるのは無理ですので、それはきちんとした歴史書にお任せしますが、二点だけ指摘しておきましょう。

韓国、そして朝鮮半島は、日本の植民地だったのです。植民地からアジアの人々を解放するのが目的なら、「ダメな」戦争をするのではなく、まずは、朝鮮半島の主権を認めることから始めれば良かったのです。

日本の戦争目的が、アジアの人々を植民地から解放するというのであれば、何故、植民地主義・帝国主義の極限的な形を取っていたナチス・ドイツと同盟国になったのでしょうか。まさか、ヒトラーが植民地解放を目指して戦争をしていたと言うのではないでしょうね。

「田中」様

コメント有り難う御座いました。

安倍政権が駄目なことには賛成です。こんな状態になったのは、小選挙区制という悪しき選挙制度を採用したからです。それを直すにも、その悪しき制度で当選し、多数派になった人々の反対で上手く行かないというジレンマに陥ってしまうのですが、明日のブログで報告するように、韓国の「ロウソク革命」は、その代議制民主主義の欠陥を、直接民主主義で救った良い例です。

日本でも、その顰に倣うことは可能だと思いますが。

大東亜会議における東条英機首相の演説は「強い国が弱い国から搾取を続ける植民地政策への批判」に始まり目指すところは欧米列強の植民地支配からアジアを解放することを目指していたと思います。満州国にしても日韓併合にしても、西欧の植民地とはまるで違っており、単純に白黒つけがたい非常に複雑な状況があったことはリットン調査団も認めている通りであり、数行で語られるものではないだけに、予断を持って議論するのではなく、時間をかけた科学的な検証が必要ということです。ドイツとの同盟はいわば現在の野党連合のようなものでしょうか。小選挙区という欠陥選挙制度のもとでやむを得ない現実的な行動ですが、中選挙区の復活だけに絞った共闘はできないものかと思います。

「日本男子」様

コメント有り難う御座いました。

日本に好意的だったリットン調査団の結論を蹴った事実が多くを語っていますが、予断を排して「科学的」、つまり事実を元に多様な反論に堪える結論を論理的実証的に行うことは大切だと思います。

一つの可能性は、日韓中など関係諸国の歴史と教育の専門家が集って、各国共通の教科書を編纂することですが、部分的には実現されているようです。そのプロセスも公開しながら、教育の場を広げてくれると良いのですが。

2018年7月 4日 (水)

韓国から見た米朝サミット ――Jeju Forumの分科会は未来志向でした――


韓国から見た米朝サミット

――Jeju Forumの分科会は未来志向でした――

 

今回のJeju Forum for Peace and Prosperity 2018、つまり「平和と繁栄のためのチェジュ・フォーラム2018」は、626日から28日までの3日間開かれました。平和、繁栄、サステイナビリティ―をテーマに、毎日、4つの時間帯 (午前の部、午後・前半の部と後半の部、そして夜の部) に分けて、それぞれ1時間半の分科会や全体会が開かれました。大雑把に数えると、全部でおよそ100の分科会が開かれていたと見て良いでしょう。

 

出席者の中には著名な人々も多くいました。例えば、播基文元国連事務総長、福田康夫元総理、ブライアン・キャメロン元カナダ首相、ノーベル平和賞受賞者のジョゼ・ラモス・ホルタ元東ティモール大統領、オードリー・アズレイUNESCO事務局長です。

 

私は、28日だけ参加しましたので、全体講演は、ラモス・ホルタ元大統領とアズレイ事務局長の二人の話が聞けました。

 

Photo

全体会議の会場です

 

そして参加した分科会は三つでした。①南北サミットと米朝サミット後――非核化された平和な朝鮮半島の始まりか? ②朝鮮半島の新たな平和パラダイムの形成と市民社会 ③外国人ジャーナリストの目から見た済州島43事件 です。

 

この中で、①の分科会は、後半しか聞けなかったのですが、大変興味深いポイントが二つありました。

 

1

分科会①南北サミットと米朝サミット後――非核化された平和な朝鮮半島の始まりか? 

 

l 一つは、日本で報道されている以上に、米韓軍事演習中止の意味が大きいということです。

Ø それは、軍事演習は米国と韓国の同盟関係のシンボルであり、北の安全保障の観点からは30年以上最大の脅威だったから。

Ø 同時に、米韓演習は年間24回も行われており、その内の何回かが中止されても、全体としての影響は少ないかもしれない。しかし、トランプは演習にかかるコストに関心があるようなので、その点からは中止の方向は続くだろう。

Ø 中国や日本に相談のないままに演習中止が決められているが、今後の米中関係には大きな影響が出るだろう。

Ø 非核化と平和の動きについて、日本が妨害をしないように、文大統領は毎週、安倍総理大臣に電話をする必要があるのかもしれない。

l 二点目は、最後のコメントとも関連するのですが、この分科会のプリゼンターはほぼ韓国の学者でした。朝鮮半島の非核化や今後の平和創生について、中国や日本がどう関与するのか、という視点も、確かにあったのですが、コメント中には、「妨害する日本」という位置付け以外に、誰も日本については言及しなかったということです。

 

最後にまとめのコメントが司会からありましたが、今の世界状況を端的に表している言葉だったので、思わず拍手をしてしまいました。

 

それは、かつての世界では、「王様」とか「独裁者」は戦争を仕掛ける存在だった。それが、今という時代には「王様」や「独裁者」が平和を創造する存在になったと考えて良いのだろうか、というものでした。

 

「世界は平和になっている」という大きな傾向を一つの軸として世界を見て来た立場からは、その通り、と答えたいと思います。それは、「王様」や「独裁者」が変ったのではなく、時代の大きな流れの中に置かれている彼らにしても、その時代の流れを無視しては何もできない存在であり、世界市民の希求する未来世界は、平和な世界しかありえないからだ、とまとめられるのではないかと思います。

 

分科会②や、全体会議での講演は、次回以降取り上げます。

 

[2018/7/3 イライザ]

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コメント

トランプ大統領は久々に登場した軍産と対峙する米国大統領と言える。好戦的なのは目眩ましで金目当てだとしても軍産より不動産屋の方が100倍良い。貿易戦争も米国が世界中で戦争をして儲ける国から脱却するために必要なことだ。米朝和解を進めたい米国のトランプと北朝鮮の金正恩、南北和解を進めたい韓国の文在寅、それらを支持する中国の習近平、ロシアのプーチンといった米韓中露北の動きに反するのは日本だけになっている。

北朝鮮はミサイル工場施設を拡張している。北がいかに嘘をつくかは嘘つきの安倍にしか分からない。多くの国は神を信じており嘘にも限度がある。限度なしの嘘つきである金正恩や安倍晋三のことは理解できない。朝鮮半島の危機はこれからだ。

アメリカが朝鮮を見放し対中防衛ラインが日本になると、中国の脅威に対して日本は憲法改正を速やかに行い自衛隊を日本軍として強化しなければならない。

日本で報道されている以上に、米韓軍事演習中止の意味が大きい...。
ですよね。

『権力と新聞牡の大問題』 望月衣塑子 マーティン・ファクラー
集英社新書6/20刊 で、
望月さんが(モリカケの功罪→の功→三人のスター誕生→のうちの一人)、
〈... 米韓合同軍事演習で、金正恩委員長を狙った「斬首作戦」を二週間、
徹底的にやっているというアメリカの報道がありました。...〉と。68頁
そんなことまで!と今さら知った次第。

『 ル・アーブルの靴みがき』2011も 『シェルブ-ルの雨傘』1964に劣らず、なかなか。

「田中」様

コメント有り難う御座いました。

それぞれの国、それぞれのリーダーの思惑は違ったとしても、日本だけというより安倍だけ、流れが見えないのは、情けないですね。

でもお金だけは出させられる、ということでは、「情けない」で済む話ではなくなります。

「藤井」様

コメント有り難う御座いました。

おっしゃるように、これから何が起こるのか分らない部分は大きいでしょう。ただし韓国の識者たちの意見では、これまでの積み重ねがあるので、一直線で事が進まないにしろ、着実に成果が出てくるだろうという方向性を認める人が圧倒的多数でした。

「井上」様

コメント有り難う御座いました。

アメリカが朝鮮を見放すというシナリオはどうなのでしょうか。どの程度距離を置くのかという話になると思いますが、100パーセントの「by stander」にはならないというのが、韓国の識者の雰囲気でした。

米中が、今後、協調関係を作って行けるよう、ここで日本が一働きすべきタイミングなのですが、今の政権にその力はないでしょうね。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

斬首作戦の演習がなくなったのかどうか分りませんが、軍事演習の必要がなくなるよう外交で頑張って欲しいと思います。

2018年7月 3日 (火)

ノルマンディーも頑張っています ――戦場を平和の砦に!――


ノルマンディーも頑張っています

――戦場を平和の砦に!――

 

D-Day」という表現は、欧米では常識の一部になっていますが、日本では日常会話の中で気軽に使われる種類の言葉ではありません。194466日、フランスのノルマンディー地方に連合国軍が上陸、ナチス・ドイツに対する第二の戦線を開き、それが大陸反攻の切っ掛けとなり、第二次世界大戦の勝利に導いた大切な日です。

 

ノルマンディーについても皆さんは良く御存知だと思いますが、モン・サン・ミシェルがあり、大人の街ドーヴィルもノルマンディーにあります。チーズ手も有名で、カマンベールもノルマンディーですし、印象派の名画が描かれたジヴェルニー、そして映画で有名になったシェルブールもここにあります。政治に関心のある人には、ル・アーブルの再処理施設の方がピンとくるかもしれません。

 

しかし、歴史的にはD-Dayの意味は大変大きいので、この地方をユネスコの世界遺産に登録しようという動きがあり、既に登録されている原爆ドームの事例から学べることがあるのではないかと、ノルマンディー地方の担当者が広島までやって来たりしています。

 

そのノルマンディー地方では、2016年から「平和」に力を入れ、かつては戦場として世界史において重要な地域であったノルマンディーを平和を発信する地域として生かして行こうという積極的な事業展開が行われています。

 

Jeju Forumの報告で、突然ノルマンディーが出てくるのは意外かもしれませんが、ノルマンディー地方 (日本の行政制度にはありませんが、「Region」つまり「地方」が県より大きな行政単位になっています) のヨーロッパ・国際局の課長さんが、Jeju Forumに参加していたのです。プログラムの中の講演者リストを見て、「是非会いたい」と連絡をしてきてくれました。

 

彼の名前はNicholas Pavlovic、以下、ニコラスさんと呼びますが、27日の夜、ホテルでお会いして一時間以上、熱心にノルマンディーの取り組みについて語ってくれました。そのサワリの部分です。

 

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ニコラスさんと一緒に

 

元フランスの国防省だった、エルベ・モラン氏が地方の大統領に就任した2016年から、ノルマンディーを平和の地域として世界的に位置付けるための努力が始まった。2016年には、小さい規模の平和フォーラムを開いて、今年の本格的な「平和のための世界フォーラム」の下準備をした。

 

その萌芽となったのは、2014年のD-Day70周年の際に「ノルマンディー・フォーマット」と呼ばれる外交交渉のメカニズムがノルマンディーででき、その後、ロシアとウクライナとの間の問題をドイツとフランスが仲介するような形で平和的解決策を模索してきたことがある。

 

来年は、D-Dayから75周年になり、当時、前線で戦った元兵士たちも少なくなっている。彼らの生きている内に、ノルマンディーが平和を象徴する地域としてしっかりした地歩を固めたい。

 

成功させるためには、政治家や学者だけではなく、スポーツ選手や芸術家、企業の関係者等、あらゆる角度からの参加者に協力して貰った。例えば、今年のフォーラムで配ったメモ帳は、グラフィック・デザイナーによるデザインだけではなく、香水メーカーに依頼して、紙に香水を染み込ませて貰った。良い匂いだろう?

 

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金の縁取りもしてあってきれいなメモ帳なのですが、香りを伝えられないのが残念です

 

来年のフォーラムでは今年と同じように、大きな全体会議や、考え方や意見の違う人々が冷静に議論する「ディベート」の場、そして教育的プログラムなどを盛り込みたい。特にノルマンディーが力を入れていることは、二つの柱として述べられる。

 

一つは、若者、つまり高校生や大学生に参加して貰い、彼らの創る未来の平和のデザインをする上での助けになりたい。もう一つは、意見の異なった人たちにフォーラムに来てもらい、一つの場で議論をして貰うということだ。

 

そのために、国家レベルではなく、地方自治体としてのノルマンディー地方が効果的な役割を果せると思う。それは、国家とは違う環境を提供することで、reconciliation、つまり和解が可能になるからだ。

 

こんなことが可能になってきたいる理由の一つは、地方や都市が今までより力を持って来ているからだ。その理由の一つは、社会が多様化し、その価値観を生かして行くためには、国家という単一の組織だけでは対応できなくなっていることにある。それを理解した国家が、中央集権的な力を分散するシステム作りを推進しているからだ。

 

平和会議のメモ帳に香水の香りがするなんて如何にもフランスらしい工夫ですが、香水から戦争の発想が起きることはないでしょうから、平和を追求する上でも本質的な関連があるのかもしれません。

 

そしてノルマンディーが目指しているのは、今までヒロシマや被爆者、そして私が主張してきたことそのものであるような気がします。それをノルマンディーがそっくりそのまま実現しようとしているように見えるのですが、来年は6月にノルマンディーに行けたら素晴らしいなと思っています。

 

こんな、前向きのメッセージから始まった、今回のJeju Forum for Peace and Prosperity 2018、つまり「平和と繁栄のためのチェジュ・フォーラム2018」ですが、翌628日にこちらの会議に参加して、感動することばかりの一日になりました。一言でまとめれば、世界は動いています。動いていないのは、日本だけかもしれません。変りつつあるエネルギーに直接触れて、それを増幅したいと強く感じましたが、次回はそれを報告・説明します。

 

[2018/7/1 イライザ]

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2018年7月 2日 (月)

韓国の男性は優しい ――今回の韓国訪問の「第一」印象です――


韓国の男性は優しい

――今回の韓国訪問の「第一」印象です――

 

Jeju Forum for Peace and Prosperity 2018、つまり「平和と繁栄のためのチェジュ・フォーラム2018」という国際会議に出席するためにソウル経由でチェジュまで行ってきました。

 

ここしばらく外国には行っていなかったので、改めて感じたのかもしれませんが、世界は動いています。そのエネルギーに直接触れて、共鳴する部分がとても広くありました。何回かに分けて、それを報告・説明する積りですが、先ずは久し振りの韓国の「印象」から始めたいと思います。

 

その一つが、タイトルの「韓国の男性は優しい」です。今回の旅程は、羽田からGimpo (金浦)空港、そしてそこで乗り換えてJeju (済州島・チェジュ)までという比較的単純なものだったのですが、金浦からチェジュの便はどれも満席という状態で、もちろん私の乗った便も満席でした。

 

私の斜め前の席には、お母さんと赤ちゃんのペアが座っていました。ずいぶん暑い機内でしたので、赤ちゃんを抱いての旅は一時間弱とはいえ大変だろうと思いましたが、赤ちゃんも機嫌良くしばらくは大丈夫でした。

 

でも30分くらい経ってから赤ちゃんがむずかり始めました。お母さんがあやしたり、抱っこし直したり立ち上がったりした末に、哺乳瓶を出して、ミルクを飲ませ始めました。それで、何とか泣くことはなくなりましたが、ミルクを飲んでいる赤ちゃんの隣に座っていた男性が、一枚のチラシを折って作った急ごしらえの扇子で風を送って上げていました。「パパも協力しているんだ」と微笑ましく思えるシーンでした。

 

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でも、また少し経つと、赤ちゃんの御機嫌が元に戻り始めたのですが、今度は通路の反対側に座っていた男性が赤ちゃんに話し掛けて、注意を逸らすことで、少しはリラックスした状態になりました。

 

CAさんも応援に駆け付けて、お母さんも赤ちゃんを抱いて通路をちょっと歩くなどして、そのまま赤ちゃんが寝付いて、静かな一時が訪れました。

 

チェジュに到着して分ったのですが、急ごしらえの扇子で扇いでいた男性も通路の反対側の男性も、この母子の知り合いではなく、赤の他人だったということです。たった二人の行動を見て、韓国の全男性についての一般論に広げてしまうのは無茶かもしれません。でも、飛行機の中でむずかっている赤ちゃんと、その赤ちゃんをあやしているお母さんに、とても自然に接していた男性たちを見て、また周りの人たちもそれが当り前のことだと受け止めていた事実を目の前にして、日頃、こんな光景をあまり見たことがない私には、「韓国の男性は優しい」と映りました。

 

[2018/7/1 イライザ]

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コメント

韓国人の男性が女性に優しいのは間違いなく、徹底したレディーファーストで、車でも助手席の女性のシートベルトまで運転席の男性がしたり、特に恋愛関係の男女においては、日常の男性からの愛情表現に加え、サプライズなども「半端ない」です。

ただ、結婚前は徹底して男性が女性につくしますが、結婚すると女性の方が男性とその「家」につくす、いわゆる「嫁」という立場になり、このあたりも現代の日本の一般的な状況とは逆のように感じます。

韓国で男性が女性に優しいのは超男尊女卑の結果ですよ。結婚してしまえば嫁という名の奴隷であって、韓国男性の優しさは獲物を得るための餌でしかない。西洋のレディーファーストは女性をペットとしかみてない結果であり、どちらも実質は男尊女卑。天照大神を頂点とし結婚すれば「かみさん」と呼び女性を崇める日本とは全く違う。

確かに韓ドラでも韓国男子の優しさはゾッとするくらいハンパなく日本の女性からみれば羨ましいのもわかる。が一度結婚しすると嫁としていびられ男子を産めないと失格とさえ言われるのは50年遅れの日本。結婚には親の同意が当り前だし、結婚しても子供は親の所有物、新日か反日かでも破談になるらしい。

韓国はIT先進国という一方で、年齢による厳しい上下関係、法律や社会正義よりも身内優先の道徳観、日本では崩壊している家制度、そして裏金、汚職に男尊女卑と一昔前の日本をみるようなところもありますね。
西欧諸国からみれば日本も五十歩百歩かも知れませんけどね。

「工場長」様、「日本男子」様、「韓国通」様、「佐々木」様

コメント有り難う御座いました。

二人の男性が「優しい」と思ったのを「韓国の男性」全体にまで広げてしまった私が、種を撒いたのだと思いますが、私が感激したのは、この二人が「赤ちゃん」に優しいと感じたからです。

勿論それは、お母さんにも優しいことになるのは分りますが、結婚や家制度にまで広がった話になってちょっと戸惑っています。

最近では韓国でも随分ジェンダー平等は進んでいますよ。九年前の時点でも、国が子どもの性暴力被害者支援センターを責任をもって作るなど日本より進んでいます。民主化運動の積み重ねが背景にありました。

韓国へは毎年4−5回は行く。礼儀正しく情に厚い若者が多いのも確か。しかし歴代大統領が逮捕され、財閥の横暴ぶりも酷い。大統領が現役でも逮捕されたり財閥まで司法の手がのびる程には民主化されたと言えるが所詮そのレベル。今は日本も他人事ではないが。

「韓国通」様

コメント有り難う御座いました。

現役の大統領が逮捕されるというのは確かに大事件です。同時に、逆から見ると、指揮権発動で大臣の逮捕を妨害したり、総理大臣の友だちだと、レープしても逮捕されないなど、「妥協なき司法」(ラモス・ホルタ元東ティモール大統領の言葉)とは程遠いのが日本の警察・検察・司法だとも言えるのではないでしょうか。

どちらも酷いことには違いありませんが。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。

野田総務大臣でさえ、「セクハラが日常化している」日本の状況を憂いています。何とか変えて行きたいですね。

2018年7月 1日 (日)

6月のブルーベリー農園(東広島市豊栄町)・花など

6月のブルーベリー農園(東広島市豊栄町)・花など

 

標高約400mある農園にはほぼ年間を通して休みの日に広島市安芸区からブルーベリー農園に家族と一緒に通園して作業に当たっている。安芸の郷に少しでもいいブルーベリーを安定的に納品できるよう今年の剪定は太くてたくさんなっている枝も思い切って切って再生を図ることを目的にして作業が続いている。いつも作業の合間に出会う折々の農村の景色や花や生き物の変化に気持ちをほぐされる。そのたびにポケットのカメラを取り出してつい撮影してしまう。

001

ブルーベリー農園と同じ集落にある麦畑(610日)。ブルーベリー農園のある地域は豊栄町の乃美という地域だが小さな川を挟んで広い田園が広がっている。写真の後ろの集落がこの地区の学校や郵便局、商店街などのメイン通りだ。

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家のすぐ前がブルーベリーの畑が3段あるが、家とブルーベリー畑の間の道に沿って小さな花壇がある。隅っこにヤマアジサイが植えている。昨年強い剪定をしなかったので今年は背が高くなった。6月の1か月の農作業の合間に色の変化を撮影。

 6月3日

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 617

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621日。ブルーベリー畑の隣の田んぼ。まだ稲の間に水面が見える。

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67日。家の前のジャーマンアイリスの花壇の中から間を縫うようにショウブが開花。

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621日、同じ場所からフランネルソウから顔を出す。6月中たくさんの花軸をのばして咲いている。

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621日。早生のブルーベリーの実。房状の青くなった実から比較的大きいものだけを摘み取ると甘い実に出会える。

 

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627日。里山と畑の間の法面に植えている大好きな富有柿の青い実。今年は少ない。

2018630

社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良

 

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