土砂災害防止法と予算 ――豪雨災害からの教訓 (7)――
土砂災害防止法と予算
――豪雨災害からの教訓 (7)――
1999年6月29日に広島地方を襲った豪雨災害の惨状を検証した結果、今後、同じような被害を繰り返さないようにという趣旨で土砂災害防止法として知られる法律が翌2000年に作られました。立法措置としてはかなり迅速に対応が行われた例ではないかと思います。
その概要ですが、次のようにまとめておきたいと思います。
この法律では、土砂災害を次の三つに分類しています。
国土交通省のホームページから (以下同様)
黄色で示してあるところが「警戒区域」、赤が「特別警戒区域」です。
急傾斜地の崩壊、地滑り、そして土石流です。国ならびに地方自治体は、これら三種類の危険のある地域について調査を行い、危険地帯の中でも深刻なケースについては次の二つの要警戒地域として指定するというのが、第一の段階です。二つとは、「土砂災害警戒区域」 (以下、警戒区域) と「土砂災害特別警戒区域」 (以下、特別警戒区域) です。
前者の指定をされた地域では、災害発生時に迅速に避難できるような体制を整備することが義務付けられています。つまり、「警戒区域」に指定された地域に住んでいる人たちにその事実を周知し、災害発生時の避難準備を日頃から心掛け、その結果として、いざという時には避難勧告や避難指示に従い、被害が最小限で済むようにする、ということが目的です。簡単にまとめると、「警戒区域」は、ソフト的な概念である避難に焦点を合せた考え方で、避難によって被害の軽減を図るために指定する、という意味があります。
「警戒区域」の周知はハザードマップによって行われています。ネット上のハザードマップを拡大して見ないと、特に「警戒区域」とそうでない区域の境界周辺では分り難いので、ネット情報を御覧になることをお勧めします。ちなみに我が家は、ギリギリのところで「警戒区域」から外れています。
それに対して、「特別警戒区域」は、「警戒区域」の中でも特に危険度が高い地域において、ハードに焦点を合せて事前に被害を少なくしようという目的を持っています。
つまり、この地域には新たに住居を建てる際には特別の規制があって、①土砂災害に対して一定の強度を持つ建物しか建築できないのです。②また、既にこの区域に建てられている建築物で、十分な強度を持たないものについては、強度を上げるような改修を行う、あるいは、その建物は諦めて、安全な地域に新たに建物を建築するといった対応を行うよう、行政が勧奨しそのための経済的・制度的な支援を行う、というものです。
① については、建築費用が区域外の場合より高くなるかもしれませんが、安全性のための投資ですから、それなりに納得して貰えるのではないと思います。
問題は②の場合です。現在の住宅の除却 (取り壊してゴミとして処理する) そして新たな住宅の新築にはかなりのお金が掛ります。しかも「特別警戒区域」外に住んでいれば全く必要のない支出なのですし、特に高齢者の場合、それだけの貯えのない人がほとんどだと思います。となると、行政からの「支援」のあるなしで、この施策の現実性が決ってくることになります。
では実際、いくらくらいの補助金が出るのか、広島市の場合を見てみましょう。
(a) 改修の場合――改修金額の23%までで、補助限度額は75万9,000円です。
(b) 今住んでいる住宅を除却し、安全な地域に新築する場合――除却費用としては、上限80万2,000円まで、そして新築の際には、建設費または購入費に充てる借入金の利子相当額に補助がでますが、通常は建物に対しては上限が319万円、土地に対しては96万円です。
結局、危険な区域に住んでいる人が借金をして危険でない場所に移住するという制度です。特に高齢者の場合、生きている内に借金を返せるかどうかという問題もあり、支援が基本的には利子だけにしかない、という制度ではほとんど使えないという結果になっています。
さらに、「長く住み続けてきた家からいまさら離れることは心理的にも難しい。万一の場合には、住み慣れた今の家で最期を迎える覚悟で住み続ける」とハッキリおっしゃった方もいました。
この補助金の利用者数等、具体的な数字を持ち合わせていませんし、担当部署に問い合わせるなどということは、一番忙しく重要な仕事をしている方々に、今の時期とてもお願いできることではありません。国土交通省の統計で、この法律・制度だけではなく、国が直接整備をした箇所も含めて、急傾斜地で危険な個所数とその中で整備が行われた箇所の割合を見ることで、全体的な傾向を推測してみましょう。
ここで重要なのは、H9年、つまり1997年の広島の豪雨災害前、ということは土砂災害防止法施行以前と、H14年、つまり2002年、施行後2年経ってからの比較です。
1997年には、整備箇所は危険箇所の19.8%だったのですが、2002年には18.1%と比率で言えば整備がある意味では後退していることを示しています。新たな開発地などが増えたことと、土砂災害防止法に依って詳細な調査が進み、危険箇所は31%増えたことが大きいのかもしれませんが、それだけ危険なところに市民が住んでいる実態が分った訳ですから、政府としては、この時点で抜本的な土砂災害対策に乗り出すべきだったのではないでしょうか。
残念ながら、「抜本的な」見直しは行われず、予算措置も一向に進まず、不必要な軍事費や海外への大盤振る舞いだけは増え、市民生活を危険から解放するという、ごく当り前の、つまり「普通」の施策には至らなかった結果は前回お伝えした通りですし、また新たな情報をコメントとしても頂きました。
さて、どうすれば良いのか、答が自衛隊の改組であることは既にお知らせしていますが、こんなに素晴らしいアイデアを考え付いたのは、当然私が初めてではありません。これまでの提案も復習しながら考えて見たいと思います。
[2018/7/15 イライザ]
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土砂災害危険区域に該当する地域の高齢者の場合は、老人ホームなど介護サービスを利用できるほどの介護度は無い、さりとて、日常生活に不便を感じておられる場合は多いと思います。マイホームの移転よりも、県や市で、安全な場所(なおかつ生活にそこそこ便利)の空き家を賃貸住宅で斡旋するのが良いかと思います。住宅セーフティネット法もできてはいるが、現実には、民間は高齢者に貸さない。となると、安全な場所の空き家を借り上げて公営住宅にする方式が落としどころだと思います。街頭演説等でもわたしは時々指摘しているのですが、さらに踏み込めば、日本の賃貸住宅政策の貧困(と裏腹の過剰なマイホーム主義)もこの問題の根本にあると思います。
「hiroseto」様
コメント有り難う御座いました。
御指摘のように、「マスホーム主義」に疑問を持たず、苦労して一戸建ての「我が家」を建てたのに、災害のために賃貸に移る、とスイッチを切り替えられる人は少数でしょう。
でも、その選択肢もあるのだという事実はきちんと提示し続ける必要があると思います。
すべての災害から、身だけでなく住居も守るのは無理があると思います。
たとえ、法に従って改築等をしても万全になるという保証はありえないでしょうね。
まずは、命を守る、そして災害によって被災したら、生活をもとに戻すために個人として必要となるお金がどれくらい少なくできるかが需要だと思います。
災害の危険地域に住宅を建設するときには、融資する方にもリスクを課せるべきですね。
「やんじ」様
コメント有り難う御座いました。
土砂災害救助法の目的はあくまでも人命救助です。助からないところに住む危険を減少する上で、住居の移転というラディカルな代替案を提示してまで、危険度を晒せるという側面もあります。そして、「setohiro」さんが指摘してくれたように、マイホーム主義をある意味変えられない、という制限の元に少しでも、事態を改善するのが目的です。
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投稿: hiroseto | 2018年7月16日 (月) 15時53分
「hiroseto」様
コメント有り難う御座いました。
御指摘のように、「マスホーム主義」に疑問を持たず、苦労して一戸建ての「我が家」を建てたのに、災害のために賃貸に移る、とスイッチを切り替えられる人は少数でしょう。
でも、その選択肢もあるのだという事実はきちんと提示し続ける必要があると思います。
投稿: イライザ | 2018年7月17日 (火) 23時25分
すべての災害から、身だけでなく住居も守るのは無理があると思います。
たとえ、法に従って改築等をしても万全になるという保証はありえないでしょうね。
まずは、命を守る、そして災害によって被災したら、生活をもとに戻すために個人として必要となるお金がどれくらい少なくできるかが需要だと思います。
災害の危険地域に住宅を建設するときには、融資する方にもリスクを課せるべきですね。
投稿: やんじ | 2018年7月19日 (木) 08時45分
「やんじ」様
コメント有り難う御座いました。
土砂災害救助法の目的はあくまでも人命救助です。助からないところに住む危険を減少する上で、住居の移転というラディカルな代替案を提示してまで、危険度を晒せるという側面もあります。そして、「setohiro」さんが指摘してくれたように、マイホーム主義をある意味変えられない、という制限の元に少しでも、事態を改善するのが目的です。
投稿: イライザ | 2018年7月19日 (木) 22時10分