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2018年4月

2018年4月21日 (土)

 同じお題で書きましょう・「お菓子」 ――カルメ焼き――

 

同じお題で書きましょう・「お菓子」

――カルメ焼き――

 

昔懐かしいお菓子にカルメ焼きがあります。ザラメと重曹、そして卵と水があればできるのですが、砂糖が貴重だった時代、簡単にできて、しかも膨らむ様子が「豊かさ」を象徴していた美味しい砂糖菓子でした。卵も貴重でしたが、卵なしでもできたました。

 

どうしてなのか分りませんが、幼い頃、我が家にはカルメ焼き器なるものがありました。お玉のようなものですが、それに材料を入れて火にかけると簡単にカルメ焼きができるのです。カルメ焼きの作り方はYouTubeにもたくさんアップされていますので、興味を持たれた方は御覧下さい。下の画像はネットからお借りしました。


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そのカルメ焼き器の思い出なのですが、小学生の頃だったと思います。弟と留守番をしていた時に二人でカルメ焼きを作ろうということになりました。母が仕舞っていた材料 (だと当時は思い込んでいたもの) を戸棚から取り出して、七輪の上に乗せたカルメ焼き器に入れて、お箸で一生懸命掻き回したのですが、何の変化も起きませんし、ましてや膨らみもしません。

 

その内に帰ってきた母からは、子どもたちだけで留守番している間に火を使ってはいけないと、しっかり叱られました。

 

カルメ焼きのできなかった訳は、ザラメがなくて、砂糖の代替品を使ったからなのではないかと、思っていますが、重曹を入れるタイミングが違っていたのかもしれませんし、撹拌が十分でなかったのかもしれません。

 

その内に、暇を見て、何十年ぶりのカルメ焼きに挑戦してみようと思っています。

  

[2018/4/20イライザ]

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2018年4月20日 (金)

 日本は「無法地帯」になってしまったのか? ――今起きていることをしっかり確認する――

 

日本は「無法地帯」になってしまったのか?

――今起きていることをしっかり確認する――

 

今回から、日本社会が抱えている問題について何回かに分けて考えたいと思っていますが、その根底にあるのは、次のマーティン・ニーメラーの詩が伝えたかった危機感です。

 

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 

今回の一連の出来事については、まとめるまでもなく皆さん良く御存じだと思いますが、来年、再来年になって改めて読む機会が訪れるかもしれません。その際に、他を参照しなくても、一応の復習になるよう、簡単にまとめておきたいと思います。

 

『週刊新潮』が報道した女性記者 (A記者と呼びましょう) に対するセクハラの内容について、財務省ならびに福田淳一事務次官(以下F氏と略します) は事実無根だと主張し、新潮社を提訴するとまで明言しましたが、その後、F氏は一転して辞任しました。しかしながら、セクハラ発言はなかったとの主張は変えていません。

  

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公表された録音テープの声が、F氏のものであることは声紋の照合から確認されています。また、この録音テープが何カ所での声を継ぎ接ぎしたものであることも問題視されていますが、一年半にわたってのセクハラを録音したもの全てが一つにつながっているはずはありませんし、前後の関係のない部分まで聞かされても時間の無駄ですから、継ぎ接ぎしてあるのは当然でしょう。

 

真夜中に記者会見してこの女性記者が自社の職員であること等を公表したテレビ朝日の抱える問題も大きく、そこを出発点に、複数回、テレ朝だけではなく、マスコミの無責任さについて問題提起をしたいと思います。(遅まきながらA記者を守る姿勢を示したテレ朝は、他社よりは評価されるべきなのかもしれません。)


しかし、本丸が権力を握ってそれを私物化している政治家、官僚等であることは勿論です。その点も忘れずに考えて行きたいと思います。

 

まず一年半もの間、セクハラを受けていたA記者は、当然、上司に相談していたはずですが、『週刊新潮』にコンタクトする直前には、上司が彼女の言い分を聞かないほど、テレビ朝日社内のコンプライアンス違反は明確です。

 

法律的にも、整備はされています。例えば、男女雇用機会均等法等の法律を具体的に活用するための指針等も厚生労働省が公表していますし、その遵守をすることは法的義務です。一例を挙げれば、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」は、平成 28 年8月2日厚生労働省告示第 314 号として改正されたものが事業主には届いています。

 

この中でセクハラの定義もなされていますし、特に、「相談」については、「相談窓口」を作って、必要があれば外部機関への紹介も含めて対応することが定められています。さらに、セクハラが起きたのは、テレ朝の敷地内ではないでしょうが、職員が職務を行う場所であれば、またセクハラをした人間が職務として関わる必要のある立場の人であれば、それも対象にされることも明記されています。このような義務は、当然、財務省側にも課されています。

 

さらに、どのように「相談」を扱うのかについても、7ページ中の4ページにわたって詳細に説明されていますし、「適切」「迅速」「正確」等の要件も強調されていますし、被害者が二次被害を受けないようにすることもこの中で強調されています。「適切」の中には、法律違反が行われていれば、司直に通風する義務も含まれます。

 

詳しい具体的な指針ですのでこの通りの対応をする上での疑問はないはずです。テレ朝がこの指針通りに、最初の「相談」を受けていれば、A記者も少しは救われたと思います。こう書いている前提として、A記者が、今年4月という時点になって初めて相談をしたのではなく、随分前から相談をしていたとの仮定を設けています。でも、実際には、相談しようにも相談できずについ最近になって決心したという可能性ももちろんあります。

 

そうだとすると、その理由が何なのか考えなくてはなりませんが、かなり長くなってしまいましたので、その点について、また日本社会を覆っている深く淀んだ霧については、稿を改めます。

  

[2018/4/19イライザ]

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コメント

いつも不思議に思うのは、安倍首相の「福島は完全にコントロールできている」を筆頭に、今回の一連の問題についても、どうしてあれほど堂々と嘘がつける人達がトップに上り詰めているのかということです。

以前、読んだ社会科学の論文で、10年毎の道徳観・倫理観の調査の結果、社会全体では変化しているが、ある年代だけでみると、今の50代も30年前の20代も殆ど変わっていない、成人してから現役世代の間に道徳観・倫理観を変えられる人は僅かであり、社会の変化は人口の構成が変わる変化でしかない、というものがありました。

つまり、こうしたモラルの問題は、組織の変化を求めるためには、人を入れ替えないとダメだということではないかと思うわけで、先の公務員の採用などもそうですが、東大などの入試も三分の一は従来の試験、三分の一は面接のみ、三分の一はくじ引き、とか異なる基準で多様な人を選ぶことも必要ではないかと思ったりもします。

問題なのは法律を守るということを含めて社会倫理の変化に対してエライ人ほどズレているということではないかと思います。エライ人達は成功体験しかなく変わる必要を感じないのも当たり前でエライ人の集まる組織はまさに財務省のようになるのでしょう。ゴミを分別してもゴミはゴミですから財務省の3分の2は女性と障害者と生活保護受給者くらいで占めるのが良いかも知れません。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

「平気で嘘のつける」人だから権力を手にすることができるのか、権力の座に着くと「平気で嘘がつける」ようになるのか、という問も意味があるのでしょうか。これも、結局は同じことの両面かもしれませんし。

東大の入試改革は名案だと思います。

理想としてはどんな集団でも、「多様性」が尊重されることのような気がします。「集団」は二人から始まりますが、その二人の間でも、多様性の尊重は難しいのですから、大きな集団ではなお困難なのだろうと思います。それを乗り越えて、多様性確保のシステム作りのための知恵ですね。

「トット」様

コメント有り難う御座いました。

「ゴミを分別してもゴミはゴミ」は今の状況をピッタリ言い当てている表現ですね。

御提案のような、「多様性」確保のためのアイデアをどんどん出して行きましょう。改革につながる可能性もありますし、代替案を通して、今、何が起きているのかの本質がストンと胸に落ちることも大切です。

2018年4月19日 (木)

 崩れ行く日本 ――原点に戻って考えましょう――


 崩れ行く日本

――原点に戻って考えましょう――

 

『週刊新潮』そして『週刊文春』の記事が大きな役割を果しましたが、昨418日には、夕方に財務事務次官が辞任し、ほぼ同じ時刻に新潟県知事が辞任しました。二人ともセクハラあるいは買春という破廉恥な行動が原因でした。さらには、女性記者の職場であるテレビ朝日が深夜の記者会見を開くなど、異常な事態が同時進行しています。

 

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 マスコミは当然、かなり大きく取り上げていますし、国会でも野党が頑張ってはいるようなのですが、それぞれの怒りが大きくまとまって日本の政治を抜本的に変えるまでには至っていません。ようやく人々の口の端に上って来たのは、安倍内閣が退陣して次の内閣の登場を待つくらいなのですが、それで良いのでしょうか。その結果として考えられるのは、同工異曲の政治を「新たな」装いという名目で始めるくらいのシナリオだけでしょう。

 

それ以上の名案が今すぐ出せるかどうかは別にして、今の時点でハッキリしてきたことは、政治や経済、社会を動かしている、政治家・官僚・マスコミ・財界といった権力を握っている人たちによる「公共の福祉」の私物化です。法治主義が機能していない、論理的な言説がもはや意味を持たず、「暴力団」的な言動が世の中を動かす時代になってしまったのではないでしょうか。つまり力を持つものがその場限りの主張で弱者を痛め付け、自らの意思を実現してしまう世の中、「無法地帯」を指している積りですが、今起きていることを冷静に把握し、その根本原因を極めた上で、対策を立てる必要があると思います。

 

今日は、緊急提案として、崩壊しつつある日本社会を正直に見詰め、皆さんからのインプットを頂きながら一緒に考えたいと思っていますので、何でも結構です、今私たちが直面している問題についてのコメントをお願いできればと思います。

 

この稿は、当然、明日に続きます。

  

[2018/4/19イライザ]

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原発が電源としても脆弱で高コストな上に、固有安全性も多重防御もなく、何重にもウソで塗り固められたものであったように、財務省の一連の不祥事も問題は一つや二つではなく考えれば考えるほど絶望的とすら思える状況です。

「セクハラ疑惑」と報じられたこと一つとっても、福田淳一事務次官だけでなく、聞き取り調査をした担当者も、責任者である麻生財務大臣も、セクハラに対しての認識が全くズレており、これでセクハラがない方がおかしいとしか思えません。

更に、セクハラ以前に、深夜に女性を呼び出すことも、それが男性であったとしても、異常な世界です。正面から請求すれば黒塗りの資料しか出てこず、公にされたものも改ざんされ、深夜に「綺麗どころ」(マスコミ関係者自らそう呼ぶようです)を用意しなければ情報がとれないというのは、一体どういう社会なのでしょうか。

こうした問題は、いくら解体を繰り返しても解決するようには思えません。せめてキャリア制度は廃止して、公務員の新卒採用は半数にして、半数は民間からの中途採用にするとか、大幅な人材の入れ替えが必要に思えます。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

確かに、官僚制度は絶望的ですが、それと似たようなことは広島市政でも経験しました。ただし、広島市で酷かったのは市会議員で、官僚たちが夜遅く呼び出されていました。

民間からの中途採用も効果的だと思います。改善策のもう一つは、もう実現されつつありますが、公務員の半数以上を女性にしなくてはならない、という規則を作ることです。かなり効果はあるはずです。

 「日本晴れ」を歩く ――花が綺麗でした――

 

「日本晴れ」を歩く

――花が綺麗でした――

 

健康維持のためにウォーキングを始めてから20年近くになりますが、その間、持ち歩いて耳から楽しんでいた音響機器も変りました。一番軽かったのはiPod nanoでしたが、最近は専らiPhoneです。nanoに比べて嬉しいのは、綺麗な写真が取れることですし、耳から聞ける本を何冊でも保存しておけることです。

 

素晴らしい天気に恵まれた某月某日、つい一週間前に届いたMartin Luther King牧師の演説と手記を聞きながら、花粉にも煩わされず、いつもよりちょっと時間を掛けて家の近くを歩きました。様々な花が咲いていましたので、写真を撮りましたが、花の名前は省略します。

 

それには訳があるのです。横着さを正当化する立派な理由です。

 

大学に入ってすぐ、理科系でも英語の授業がありましたが、とても学識のある、しかもかなり皮肉屋のS先生がテキストに選んだのは、舞台がアフリカのある国で起こる物語でした。毎回、誰かが当てられて日本語に訳すのですが、アフリカですので、知らない動物や植物の名前が沢山出てきます。大きな英和辞典で調べて、難しい学術用語を使って友人が訳し始めた途端に先生から一言。

 

S先生  「君は、今、校庭にある木の名前を知っているか」

 

学生  「分りません」

 

S先生  「日本の、自分の通う学校の木の名前も知らないのに、見たこともない土地の、それも見たこともない木の名前をわざわざ訳しても、何の意味もないだろう。これから木の名前が出てきたら、それは皆『木』と訳しておけばそれで宜しい」

 

とても説得力のある言葉でしたので、それ以来、S先生に敬意を表して、木の名前や花の名前を覚える努力を止めてしまいました。でも美しさは写真で伝わりますので、ここにアップします。

 

とは言え、やはり何の花なのかは気になります。教えて頂ければ、老化防止のため、今度は覚える努力をしたいと思っています。番号を振っておきますので、○○番の花は××、という形でコメントして頂けば有り難いのですが--。

 

中には名前を知っている花もありますが、それを書いてしまうと、あまりにも無知であることが如実に伝わってしまいますので、割愛させて下さい。そして、14枚写真を撮ったのですが、容量オーバーで全てはアップできません。残りはまたの機会を待つ積りです。

 

お礼に、拙著を差し上げます。(住所もお教え下さい。それは公開しませんので。)

 

 

 はこの木です。

             

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 お付き合い頂き、有難う御座いました。

 

[2018/4/18イライザ]

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通りすがりのものですが、何の木なのか私も木になります。

秋葉さん
こんにちは

音楽とお花が好きな洋子です。
写真のクイズありがとうございました。

①と②はパス。
③は三つ葉ツツジのようですね。山つつじで野生のものですね。

④は花すおうです。蘇芳という字かもしれません。平安時代の十二単の内の一色ではないでしょうか?

⑤は花を吸うと甘い蜜の出る、名前はど忘れしました。

本は多分みんな持っているのでいりません。

確か元安川さんの記事だったと思いますが花や木の名前を教えてくれるアプリがありました。GreenSnapでしたっけ。

「きるごろう」様

コメント有り難う御座いました。

何の木か分り次第、報告します。

「洋子: In 習志野」様

コメント有り難う御座いました。

教えて頂き、有難う御座います。やはり名前を知るのは楽しいですね。

「スマホ依存」様

コメント有り難う御座いました。

これも、AI等の技術を使うのではなく、花を知っている人が教えてくれるソフトなのですね。試してみます。

2018年4月18日 (水)

 人形町・今半 ――若者が多いお店でした――

 

人形町・今半

――若者が多いお店でした――

 

東京で頑張っている息子たちに、たまにはちょっと贅沢で美味しいものを食べさせたいと考えて希望を聞いたのですが、やはり「肉」が良いという返事でした。焼肉は前にも行きましたので、友達が紹介してくれた店で美味しさには定評のある人形町・今半ということになりました。

 

「新宿の今半」で分ると思っていたのですが、新宿だけで3店舗あるとのこと、ちょっと迷いましたが、でも何とか辿り着きました。

 

大きく分けて、すき焼きとしゃぶしゃぶなのですが、私たちはすき焼きにしました。Z級グルメですから、とても美味しかったと表現すれば責任は果したことになりますが、もう一つ、育ち盛りの若者でもお腹が一杯になったのは嬉しいことでした。息子たちの近況も良く分り、教科書代なども渡せましたので、満足できる一夜でした。

 

味を損なわないように、食事中は写メ禁止にしましたが、最後のデザートは私の好みのミツマメ・あんみつ系のアレンジでしたので、これは記念に写真を撮りました。

 

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お客さんと言えば、高齢者もいましたが、若者の多いのがちょっと意外でした。例えば、如何にも良家の子女風のカップルが印象的でした。50年前の秋、MITで開かれたボストン日本人会で初めて会った音楽家のW氏とMさんがそんな感じでした。二人ともニュー・イングランド・コンサーバトリー・オブ・ミュージックの学生でした。その後親しくなってからは、いろいろな音楽談義をしましたし、当時、MITのオーケストラで活躍していた大前研一氏なども交えての交友を、世紀をまたいで新宿で思い出す縁になりました。

 

買い物の荷物を沢山抱えて入って来たのは、中国人の若いカップルでした。メニューを見て、二人が目で合図をしながら、何を注文するのかを決めたようで、そのときに二人が財布を出して中のお金を確かめて頷いた様子には、かつて、ニュー・ヨークで、当時はかなり高級だった日本食のレストランに入った時の自分自身が重なって、微笑ましい思いでしばらく見詰めてしまいました。

 

もっとも、メニューをちゃんと見るとそれほど値の張らないものもありますので、それなりに納得はできました。

 

帰り道は迷わずに地下鉄に乗れましたが、丸ノ内線と銀座線しかなかった時代のイメージで東京の交通網を理解しようとしている私には、都営線の路線図を頭に入れることなど所詮は無理な話で、スマホの道案内が頼りになりました。

 

[2018/4/16イライザ]

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福岡の人形町今半はJR博多シティにあるので、帰りの夕食は博多シティでラーメンが多いのですが、時間に余裕がある時には今半ですき焼きのこともあります。広島駅に車を置いていない時は、濃い味の甘いタレにはカベルネやシラーなどのワインがよく合いますし、何より無精な私には中居さんがしっかりフォローしてくれるすき焼きが高得点です。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

すき焼きの味も東と西では違いますね。先日は、久し振りに江戸風のすき焼きでしたので、昔を思い出してしまったような気がします。

2018年4月17日 (火)

 中国のワインをお土産に頂きました ――ワイン造りには紀元前からの歴史があるそうです――

 

中国のワインをお土産に頂きました

――ワイン造りには紀元前からの歴史があるそうです――

 

北京に住んでいる友人が一時帰国しましたので、最近の中国事情など、興味ある話を聞くことになりました。何度か北京に行ったことはありますが、そのときの印象を元にした私のイメージでは、自転車が水平線を覆って動いている街、ホテルの前の川で日がな一日釣をしている老人の姿、訪ねる度に舗装が進んでいる高速道路、近代的なビルの屋上に載っている中国風の屋根、といった雑多なものなのですが、テレビで見ているだけでも、これらがもう「古臭い」時代のものになっていることが分ります。

 

「北京での生活はどう?」と軽い気持で聞いたのですが、即座に「とても快適」という答が返ってきました。これは意外でした。その理由とは、とにかく、どこへ行くのも何をするにも、「カード一枚」で済む生活だからということでした。もう慣れっこになってしまっているので、広島市内の公共交通機関を使うのにも複数のカードが必要で、買い物にはまた別のカードという生活に、たまには不満のあるものの、極めて不便とは感じていない日々を送る身として感じたのは、それでも「カード一枚」で全てが済んでしまえば、ウォレットの膨らみから解放されることは間違いないだろうという点でした。

 

そんな生活ができるのも、中央集権政治が徹底している中国ならではのことなのだと思いますが、日本で日常的に悩まされている、PM2.5や黄砂、その他の中国発の環境面での問題です。それについても、黄砂は自然相手になるので、様子が違うけれど、PM2.5対策はかなり進んでいるとのことでした。これも政府が力を入れればすぐ効果につながる例だとのこと。

 

会っているのに会っていないと言ったり、保存してある文書なのに「存在しない」と言ったり、取っておかなくてはならない文書を破棄するように指示したり、嘘がばれそうになると口裏を合わせ、自分が膿であることも自覚できずに、あるいは自覚していても、「膿を出し切る」とだけ言い張って何も責任を取らない政治、そして世界の動きについて行けず、周回遅れの時代観だけが目立つ外交が横行している様子に毎日付き合わされている目から見ると、良し悪しは別として、中国では政治が動いているという違いがあるように思えました。

 

極め付きはワインでした。ウイグル産のワインで、北京でも人気のあるブランドなのだそうですが、英語名は「Skyline」。漢字では「天塞」です。

 

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 ラベルも見て頂くと分りますが、「Skyline of Gobi」、つまりゴビ砂漠のスカイラインです。そして、品種は、カベルネ・ソビニョーンとメルローのブレンドです。

 

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 中国全体のワインの消費量は急激に伸びていて、2016年から2020年までの増加量、率ともに世界一になり、2020年には18,000万ケースになるとのことです。ちなみに、アメリカが一番多くて、33,400万ケース、日本は約4,000万ケースという予想です。

 

2016年の実績でも日本の3,700万ケースに対して、中国は15,000万ケースですから正に桁違いです。消費量が多ければ、その品質も高くなって当然です。

 

という背景を考えて、特別な機会に「天塞」を開けたいと思っています。美味しいワインであることを祈っています。

 

[2018/4/14イライザ]

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コメント

カードについては韓国も一枚で済みますが、日本はJR各社ですら違うとか、クレジット・カードとは別にETCカードがあったり、PASPYのように意味なくカードの種類が増えているように思います。

PM2.5については日本も結構酷いのですが、報道は中国のことばかりで、国連の調査でも日本で大気汚染のために交通事故の5倍もの日本人が亡くなっているというのに警告も対策も殆どありません。

外交も内政も民間の技術も、日本だけが停まっているように思えます。

昔から中華料理には張裕解百納(チャンユー・カベルネ)の特選級をよく飲みます。それほど重くはありませんが結構辛口でタンニンが強く中華料理など脂っこい料理に合います。正直なところ結構バラツキがあるようにも感じます。天塞は知りませんでしたが感想を楽しみにしています。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

政治・経済・環境・技術等々、停滞している日本ですが、マスコミの能力や気骨も大きな問題です。流されてしまっている庶民の側から変えるための知恵が必要ですね。

「中華好き」様

コメント有り難う御座いました。

張裕解百納(チャンユー・カベルネ)は、良く知られているワインですね。今まで中国のワインを飲んだことがないので、今度、中華料理と一緒に注文してみます。

Z級グルメを自認していますので、天塞について正確に表現できるかどうか自信はありませんが、報告はします。

中国ではお年玉や賽銭すらスマホ決済そうですから、カード自体も時代遅れになるのだと思います。

「トット」様

コメント有り難う御座いました。

便利になるのは良いのですが、大切な情報が一元化され、権力を握る人たちの自由にされかねない点にも要注意ですね。

2018年4月16日 (月)

 百均のハンカチが世界的な活躍 ――久し振りにN響の定期演奏会で気付いたこと――

 

百均のハンカチが世界的な活躍

――久し振りにN響の定期演奏会で気付いたこと――

 

友人宅での夕食後、ワインを飲みながら、久し振りにN響の定期演奏会の録画を視ることになりました。

1878回の定期のAプログラムです。指揮者はピーター・ウンジャン、演目は、ベートーベンの「エグモント」序曲と、本邦初演のジョン・アダムズ作曲、「アブソリュート・ジェスト」、そしてホルストの組曲「惑星」です。

 

私たちは、二曲目の「アブソリュート・ジェスト」から見始めたのですが、弦楽四重奏は、トロントから出発し今は、スタンフォード大学のアンサンブル・イン・レジデンスを務めているセント・ロレンス弦楽四重奏団でした。オケとの共演ですが、「ジェスト」(道化、からかい)を現代音楽として弾くとこんな感じになるのかなと、納得しながら、そして第一バイオリンと第二バイオリンの動き、それを引き出す指揮者のタクトや表情も十分楽しめる楽曲でした。

 

でもそれ以上の発見に、テレビの前の私たちは釘付けになりました。テレビのスクリーンを写メしたので、動きがあり、ズレているところはありますが、第一と第二バイオリンはお分り頂けると思います。手前が第一バイオリンのジェフ・ナットールさん、そして紫のシャツを着ているのが第二バイオリンのオーウェン・ダルビーさんです。

 

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 釘付けになったのは、ダルビーさんの「肩当て」です。バイオリンと顎の間に挟んで、隙間や硬さの調節等に使うことが多いようです。実は、肩当てについても、掘り下げるといろいろと議論があるようなのですが、それは省略して、ダルビーさんの使っている肩当てを見て下さい。

 

私が日常的に、そしてその夜もワインのコースターとして使っていた、百均のハンカチと同じ柄の色違いだったのです。私のハンカチはこちらです。

  

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テレビの画面では何回もこの「肩当て」が映りましたので、確認できたのですが、縁取りの縫い目も同じでした。

 

ワインのコースターとしても気に入っていたのですが、世界のバイオリン界のトップの一人が、それも国際的な舞台で私と同じハンカチを使っていたのです! これも「ジェスト」の一環なのかもしれませんが、そうだとしたら、「お主、相当の遣い手よな」くらいの言葉を掛けて上げなくてはいけないかもしれません。

 

そして、写真を撮るために脱線してしまったN響の定期演奏会鑑賞なのですが、最後の曲、ホルストの「惑星」でも、音楽とは違うもう一つの発見がおまけに付いてきました。

 

先ずは、横からの全体像を御覧下さい。

 

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 チェロ奏者の前の床を見ると、そこに線が走っています。そして、その延長戦がどこに届くのかを見ると、舞台袖よりかなり前だということが分ります。ホルストの「惑星」には管楽器の数が多くなるのですが、舞台を広げて管の人たちが座れるようにしたのではないでしょうか。それを舞台の前面から確認しましょう。

 

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 元々のステージの前の客席を取り払って、臨時の舞台を「迫り出し」として造っているのです。一番前の席は20人弱の人しか座っていませんが、それは「せり出し」の結果です。

 

私の愛用する百均のハンカチが、世界の舞台で活躍していることを見て、世界が多様な次元でつながっていること、そしてこのような日常的品物もその一部であると、まとめてみたくなったのですが、こんなことでも世界が平和になる上で、チョッピリかもしれませんが貢献しているのではないかと思いました。

 

[2018/4/9イライザ]

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日本の著名な音楽家のインタビューをNHKラジオの番組でちょくちょく聴きますが、色々と工夫されて使わられているものには、有名だから高級品かと思いがちですが、けっこう100均の商品を使われているみたいですね。

「やんじ」様

コメント有り難う御座いました。

音楽家や学者、俳優さんたちが、様々な楽しい工夫をしていることは知っていましたが、テレビの画面で視たハンカチが今目の前にある私のものと同じものだという偶然は、かなり確率が低いはずですので、「大発見」のような気持になりました。

2018年4月15日 (日)

 浦島太郎 ――日本を留守にしている内に変ってしまったこと――

 

浦島太郎

――日本を留守にしている内に変ってしまったこと――

 

異国で暮して、故郷に戻って来たら、何もかも変ってしまったのが浦島太郎ですが、何年か海外で過した後に、同じような経験をされた方も多くいらっしゃると思います。

 

私も、日本に定住することになってから苦労したこともあるのですが、未だに引っ掛かっていること二つを御披露したいと思います。二つとも、まだ小さいときに経験したことと、現状とが違っているだけのことなのですが、「違和感のある日本語」とも関連しますので、共感して下さる方の出てくることもちょっぴり期待しています。

 

二つとも、駅のアナウンスで頻繁に出てくる言葉です。一つ目は、「山手線」です。千葉から総武線で秋葉原で乗り換え、山手線か京浜東北線で御徒町まで行って松坂屋で買い物をするのが母のお決まりのコースだったのですが、都会のシンボルが「山手線」だったと言っても過言ではありません。その「山手線」の最近の呼び方、駅のアナウンスは「やまのてせん」なのです。

 

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By aqz-tmin (NIKON CORPORATION NIKON D80 170709090144) [CC0], via Wikimedia Commons

 

一寸、歴史を振り返ると、戦前、元々は「山ノ手線」と書いて「やまのてせん」でした。それが、戦後になって「山手線」と書いて「やまてせん」になりました。そして、1970年代の初めに、「山手線」と書いて「やまのてせん」と読むようになったらしいです。

 

私が子どものときは、もちろん「やまてせん」でしたので、全く問題はありませんでした。浦島太郎に取っては、読み方は変えて漢字はそのまま、という変てこな変り方でした。あるいは読み方は元通りになったけれど、漢字は変えたまま、という解釈もできますが、読みと漢字を統一したらどうでしょうか。もう一つの問題点は、浦島太郎に取っての二つ目の戸惑いの後に回します。

 

二つ目は、「降り乗りは順序良くお願いします」といった感じのアナウンスです。昔は「乗り降りは」と、「乗る」方が先に来ていました。

 

混雑しているときには特にそうだと思いますが、降りる人が先に降りてくれないと、中には空きができませんので、電車には乗れません。だから「降りる」のが先で、「降り乗り」が正しい、という理屈らしいのですが、「乗り降り」が小さいときから耳に焼き付いていますので、聞く度に大いなる違和感です。

 

一つには、「乗り降り」とは一体の行為として、乗ることと降りることを指している言葉ですので、どちらが先に来るかで、どちらを優先しなくてはならないというルールを表現している言葉ではないからです。そのような言葉は日本語にはたくさんあります。例えば「損益計算書」の「損益」ですが、これは、ビジネスをするときに「損」を優先しなさいと主張している言葉ではありません。もう一つ挙げておくと、「虚実」もそうです。ないことより「実」の方が価値はあるでしょう。

 

このどれにも共通しているのは、発音のし易さですし、音としての美しさです。「降り乗り」も「益損」、そして「実虚」も、言い難いという点では半端ではありません。言い易い、聞いて快い言葉を大切にするのも、日本語の特徴、いや恐らくは全ての言葉の特徴だと思います。

 

そして最初に戻ると「やまてせん」と「やまのてせん」では、「やまてせん」の方が美しいと私は感じるのですが、これはもう好みの問題でしょうか。

  

[2018/3/28イライザ]

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「やまてせん」の方が美しいし、'60年代後半に地方から出てきた者でも、
断然、「やまてせん」。
東京は山の手の出でもないのに、ヤマノテと言うことに、気恥しさと、
おこがましさも感じるし。
(JRもいまだ国電と→国鉄民営化→この国のテイタラクの始まり→国鉄の
3人の友→国労をヤメなかったばっかりに→国鉄を追われ...→JRなどと
言ってたまるか😡)

先だってのポルシェ→写真に収まるなら→決めはサングラス→
『そういう悪ノりは好きでない』→そう、そこが人を惹きつけるとこね。

わたしの場合は、生まれたときからすでに「やまのて線」でした。
なぜ山の手じゃないのか疑問でした。
あと、海に近い京葉線は海の手線で良いのでは?と子どもながら思っていました。

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

もっと昔は「省線」でした。鉄道省の線という意味でしょう。NTTもそうなのですが、全国的につながっていることが大きなメリットなのに、地域ごとに別会社を作るという意味が今一分りません。

それとサングラスだけではなく、もっとパリッとした格好で乗るべきでした。

「hiroseto」様

コメント有り難う御座いました。「京葉」は「京浜」に対抗して、東京と千葉から作ったらしいですが、それだからでしょうか、中国の古典に源を発する「湘南」ほどは、エレガントには聞えませんね。音としては、「海の手」の方が「山の手」より響きが良いように思いますが--。

2018年4月14日 (土)

「安倍政権は今すぐ退陣!」-広島でも街宣行動

「安倍政権は今すぐ退陣!」-広島でも街宣行動

 

戦争をさせない千人委員会も参加する「戦争をさせない・9条を壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」が、緊急行動として呼びかけた「安倍政権の退陣を求める」街宣行動が、昨日(13日)午後5時30分から1時間本通り青山前で行われました。

 

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今回の行動は、連日実施されている国会前の行動に呼応し、広島からも大きな声を上げようということで、実施されたものです。緊急の呼びかけでしたが、74名が参加し、実行委員会の世話人などを中心に次々とマイクを握り、「安倍政権の退陣」を求めるとともに、「こんな政権は今すぐ退陣!」と書かれたビラを配布し、賛同を呼びかけました。また無責任安倍総理が呼びかける改憲を許さないための3000万署名活動への協力も訴えました。

 

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公文書「改竄」。自衛隊の「日報隠し」。「『首相案件』と記した加計学園疑惑に関わる面会記録を無視し、記憶にないと強弁する元首相秘書官」。それでも、「私は関係ない」としらを切り続ける安倍首相。日付けが変われば、またもや新しい情報が出てくる毎日。

何でも隠し、平気でウソをつく。委員会が開催されても同じ答弁を延々と繰り返す安倍首相の姿には、政府の最高責任者としての責任感を見ることはできません。

そうした中で、私にとって不思議でならないのは、財務省が、公文書改竄を認め「調査をする」と言ってから、すでに1カ月がたつにもかかわらず、その調査結果が、いまだに報告されないことです。この問題は、誰しもが「民主主義の根幹にかかわる重大問題」と言いながら、1カ月もたって尚、調査が終わらないのは、本気でやらなければならないという責任感を全く欠いていると思わざるを得ません。大量すぎる「改竄・隠ぺい」とはいえ、すべて根っこは同じはず。野党も安倍首相のかかわりを追求し、退陣を求めることも大切ですが、「改竄問題」がなぜ起こったのかの深層を明らかにさせることは、この問題の本質を極めていくうえでも、まずやらなければならないことだと思います。

「自衛隊の日報隠し」問題もそうです。シビリアンコントロール(文民統制)がまさに危機に瀕している重大な問題です。その原因を明らかにすることは、すべての国会議員の責任でもあります。

もちろん加計学園問題を含め、これほどの問題が次々と起こっているその根源に安倍政権の存在があることは当然です。安倍首相が言う「膿を出し切る」というのなら、その膿を作り出す病巣である安倍首相をこそ、切除しなければ、これからも同じような事態を招くでしょう。

 

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しかし、同時に国民の政治への不信をこれほど増大させた事の重大性を強く認識しないで、問題を起こした当事者にその原因究明をさせている政治の現状にも危機感を抱くのですが、そう思うのは私だけでしょうか。当事者に、真相の究明を任せていても真実を見つけ出すことはできません。

それにしても、これほどの問題が次々と起きながら、誰一人としてその責任を取ろうとする者がいない現状をどう考えればよいのでしょうか。私は問いかけたいと思います。「安倍さん、あなた自身はこの事態に対してどう責任を取るのですか」と。

 

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2018年4月13日 (金)

 ポルシェに乗って見えたこと ――何事も経験してみるものですね――

 

ポルシェに乗って見えたこと

――何事も経験してみるものですね――

 

友人から「一度ポルシェに乗ってみる?」とお誘いを受けました。そう言えば、昔、助手席に乗せて貰ったことはあったのですが、運転した経験はありません。「何事も経験」と、喜んでお誘いを受けました。市内をゴチャゴチャ走るのでは醍醐味が味わえないと思って、広島高速3号線から2号線に入り、一号線を経て山陽道を飛ばして宮島まで、というルートを運転してみました。

 

友人の車ですから近くで見たことは何度もあるのですが、いざ自分で運転するという立場になると、以前は見えていなかったことにいくつも気付きました。

 

最初に驚いたのは、車幅が大きいことです。スポーツカーですし、デザインもまとまっていますので、一見それほど大きい車には見えないのですが、住宅街の道路の端に留めてあったポルシェは、道の半分以上を占めていました。車幅が180センチということですので、まあ当然なのでしょうが、まずは大きさが違いました。

 

左ハンドルであることは知っていましたが、運転席に座るとメーター類の多さに戸惑いました。もっと若いときなら、ドキドキの仕方が違ったはずですが、どれが何を示しているメーターなのかが一瞬では把握できず、安全運転に必要ないくつかはチェックして高速に乗りました。


 

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目を瞑っていますが、停車中に撮った写真です。

  

普段から軽い車に乗りつけているせいだと思いますが、運転してみるととても重い車です。でも、加速は素晴らしいですし、ようやく100キロを出した辺りでの安定性の良さは、マイカーとは比べものになりません。あまり速く走っている、という感じではなくなるので、スピード違反をする人が多くなるのはこのせいもあるのだ、と納得です。

 

車の性能以上の発見は、ポルシェを見掛けた人たちの反応の仕方です。ポルシェに対する偏見のようなものがあって、それを元にしての行動なのか、ポルシェを運転している人たちが特別の運転をするような人たちばかりなので、それに対する条件反射的な反応なのかは分りませんが、気付いたことを二つほど報告しておきたいと思います。

 

天気の良い日でしたので、ゆっくり走りながら景色も楽しむ積りで、走行車線を法定速度内、他の車の流れに合せて走っていたのですが、後続車の反応で気付いたことがありました。私の車のスピードがなかなか上がらないので、追い越す人も多かったのですが、ムキになって加速しているような感じを受けました。エンジン音が特大になり、「ざまあみろ」とか「敵を取ったぜ」みたいなメッセージを発しながらの追い越し方でした。

 

もう一つの方の「吃驚度」は半端ではありませんでした。直線が続くところで、少しスピードを出してみようかなと思って、追い越し車線に車を移したのですが、そこでの吃驚です。追い越し車線を走っていた前の二台の車が、瞬時に左側の走行車線に移動してしまったのです。

 

ポルシェが後ろに来ると煽られる、というインプットがされているような感じでした。その二台を追い越して一旦、走行車線に戻りましたが、これがポルシェに乗ることなのだ、という現実を見た思いでした。そしてこんな経験を日常的にしているポルシェ・オーナーの中には勘違いをする人が出てきてもおかしくはないということも実感できました。

  

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[2018/3/20イライザ]

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私がバブル期に勤めていた会社は社用車としてポルシェやNSX(当時の国産車で最高額)がありましたが、同じスーパーカーでも普通に雨漏りするフェラーリなどとは違い機械としての完成度の高さは群を抜いていたものの、日本で走るクルマではないとも感じていました。

EV(電気自動車)に乗り慣れると、そのポルシェでも「トロい」と感じますが、それは低速域(100キロ以下)でのことで、ポルシェやBMWに乗る人にとっては150キロからの加速が問題ですから、EVでは150キロからの加速が不十分だと感じるようです。

欧州車にディーゼルが多い一因もストップ&ゴーが少なく、普通に200キロ以上で走れる道路があることだとも聞いたことがあります。

いつかは乗ってみたいですね、ポルシェ。若い頃は「いつかはクラウン」というキャッチフレーズがありましたが、高級車というイメージと同時に、ヤクザが乗っているとか、暴走族が乗っているというイメージもありました。今は土建屋の社長はレクサスかベンツというイメージです。偏見かも知れませんけど。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

200キロで走るのはやはり勇気がいることだと思います。ドイツのアウトバーンでは160キロでも長距離は無理でしたので。

「後期中年」様

コメント有り難う御座いました。

自分で持つのも良いのですが、友人の車をたまに運転するという形も悪くないなと、今回感じました。そうなるといろいろの経験ができますし。

そう言えば思い出したのがテスラの自動運転に乗った時ですが、説明ではAIも付近にいる自動車の車種やドライバーの年齢や性別による挙動の傾向は分析し考慮しているそうです。

確かに私自身もガソリン車とハイブリッド車とEVの3台が自宅にあった時期、それぞれの自動車の性能というより気持ちの問題で運転の仕方が随分違うと妻にも指摘されていました。

今は街乗りのEVのみで長距離はレンタカーですが、地方では東京のようにグレードの高い車種がないのが残念です。

デミオEVに乗っていますが、飛ばしているポルシェやBMWあるいはRX-8、NSX、GTR、フェラーリなどを見ると本能的に追い抜いてしまい、音もなく追い抜くコンパクトカーに唖然とするドライバーを横目で見ながら我ながら大人げないと苦笑しています(笑)
ただし既に書かれているように150キロ以上になるとかないませんので、それ以上は出せない場所での勝負ですけど(汗)

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

高速で左に寄ってくれた車は、こちらの年齢や「イザっ!」みたいな気持を瞬間的に察知したのかもしれませんね。

私がレンタカーで借りてみたいのは、最近乗っていないアメリカ車です。でも。アメ車の需要はそんなに多くないような気もします。

「若輩者」様

コメント有り難う御座いました。

「音もなく追い抜くコンパクトカー」、さぞ気持がいいでしょうね。次はEV車を借りて、それに挑戦してみます。

アメ車のレンタカーは東京や沖縄なら専門店もあるようですし、民泊のように個人の自家用車をレンタルする仕組みもあり、以下は私も数年前に利用したことがあります。

http://cafore.jp

また、高速道路のスポーツカーを楽に追い抜くとなるとテスラやBMWのEVですが、ディーラーに行けば試乗できますし、キャンペーンで一週間とか、数日の貸出しもあり、私も広島のバルコムでBMWのEVを3日間、充電カードと一緒に借りて九州まで行きましたし、福岡ではテスラの試乗で高速道路を走りました。ディーラーなら無料です。

車高が低くてかまぼこ型の踏切が渡れない、急な勾配の
駐車場に入れないなど、ポルシェ大好き(3台所有、クラ
シックカー、レス用、普段用)の知人(開業医)がいってい
ました。1回だけ乗せてもらったけど、ウルサクテ、イヤ。

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

カフォレのようなサービスが昔あれば、ずいぶん重宝したと思います。最近は、誘われたり必要に迫られないとなかなか動けなくなっています。齢ですかね。

「➆パパ」様

コメント有り難う御座いました。

ポルシェではなく、軽自動車ですが、車高が高くて立体駐車場に入れて貰えないので、ポルシェ・オーナーの気持もちょっとは分ります。

プレジデントにベンツに乗るといくらかかるかという記事があり、安いCクラスで地方都市でも一生50年で5500万円都市部なら6700万円という結果でした。ベンツでも上のクラスならもっとでしょうしポルシェなら億はいくのでしょうね。

キャデラック ブロアム1995年式 2020kg軽やかでした、、セルシオ 1800余kg重く感じました。。。単純には、味付けだろうと思います。ブロアム。長さ5725全幅1990センチ.認知度.無し。高速道。追い越し車線。譲る車少なし。 60sp.ふざけている訳ではありません。cadillac60special 昔に乗っていました.60spもブロアムも好きで乗っていました。両車共まだあります.メールは苦手です。ポルシェは1500kgぐらいでは、ないでしょうか。

「60sp」様

コメント有り難う御座いました。

'59年のキャデラックや'60年のキャデラックは、超懐かしいです。昔、友だちが父親の60年キャデラックで、シカゴのダウンタウンに連れて行ってくれたことがありました。帰りに追突されて大変でしたが--。

その後はほとんどフォローして来なかったので、キャデラック ブロアム1995年式は、初めて写真を見ました。やはりキャデラックですね。私ならバックミラーでフロントを見ただけで譲ります。

送信できたようなのでビールの話,させてください。。私もエビスにおちつきました、エビスは幾缶でも味が変わりません…スーパーフレスタ.。銀河高原ビール。。ヴァイツェン。コレは1本めだけは美味です。。2本めはうまくありません。。でも1本めは美味です。。エビスより濃いめです。広島県特約店は、、フレスタです。。3種類の1本です。。。。。ビールは。イオンが他店より安価です。。銀河高原ビールの。。ヴァイツェンという名の銘柄です。以前BEERCANコレクター.輸入缶。収集していました。。。大原亨さん、、師範で父の先輩でした。。秋葉先生とは。。何の接点もありませんが。。。。うちは大原氏とは。。そういうことでした。倉庫。物入。収納のお話.したいのですが未定です、、手前勝手で申し訳ありませんでした

「庶民」様

コメント有り難う御座いました。

こだわって、一生、○○以外は乗らないという人もいるようですが、それだけ掛けるのは、やはりお金には換えられない価値を見出している人たちだと思います。(それにそれだけのお金のあることが大前提ですが。)

そんな友だちが周りに何人かいると楽しいと思います。

「60sp」様

コメント有り難う御座いました。

ビールについての話は楽しいですね。銀河高原ビールのヴァイツェン、試してみます。他のヴァイツェンとも比べてみたいです。それと、ビールについてはまたまだ書きたいことがありますので、ここで楽しいやり取りができると嬉しいです。

音楽ではAmazon、Apple、Googleの聴き放題サービスが定着し、自動車も乗り放題=サブスクリプションサービスがアウディ、ボルボ、ポルシェ、そしてメルセデス・ベンツにまで拡がっていますが、日本でも月額19,800円から600もの車種に乗り換えられるというサービスがあるようです。

https://norel.jp

以上、参考まで

「工場長」様

コメント有り難う御座いました。

リースだと一年縛りのところ、もう少し柔軟に乗り換えられるというのが良いですね。これも昔、存在していれば、使ったサービスだと思います。

2018年4月12日 (木)

 「M・A・N」というファミリー・ワイン ――コストコで見付けた四角い箱のワインです――


 「MAN」というファミリー・ワイン

――コストコで見付けた四角い箱のワインです――

 

洒落たレストランで、ワインを楽しみながら寛ぐ図というのも捨てたものではありませんが、その「非日常」を家の中に取り入れて食事を楽しむための、「家飲みワイン」がずいぶん普及しています。でも「家飲み」と言うよりは「Family Wine」と呼んだ方がチョッピリですが、余所行きの感じは残るような気がします。

 

それにピッタリのFamily Wineをコストコで見付けました。四角い箱に入ったワインで、「Chardonnay」と大きく書かれています。そして、ブランド名は「MAN」なのです。

 

               

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この箱の中に、普通のワイン・ボトルが入っているのかと思いきや、この箱が入れ物なのです。正面の幅は16.5cmで高さは20.5cm。奥行きは10.5cmで、その中に250ml、つまり2.5リットルのワインが入っています。どう注ぐのかは、ステップ・バイ・ステップで説明しますが、その前に、「MAN」という商品名の由来です。

 

このワインを作っている会社名は「MAN Family Wines」です。この会社を作ったのが、3人の友人たちとその妻、という説明があり、「平和を維持するために」会社名は3人の妻たちの名前、Marie, Annette そしてNickyを付けることにした、という説明があります。だから「MAN」なのです。

 

 

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開け方が良く分らなかったのですが、箱の底に英語、日本語、ハングルの説明が付いていました。

 

まず、ミシン目のある面を上にします。写真でミシン目が見えるのか心配ですが、良く見ると分ります。

 

 

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ここで「A」と印の付けてあるタブを起します。

 

A

 

プラスチックの袋に入っているワインが見えますね。次にその下の「B」という印の小さいタブを引っ張り出します。

 

 

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でもこの小さいタブは切り取ってしまいます。

 

 

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こんな具合です。箱の中からワインを注ぐための「蛇口」を取り出し、その開いた四角いところに、はめ込みます。

 

 

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タブを元通りに直すと、こんな具合に蛇口だけが外に出ている機能的な箱に仕上がっています。さて、いよいよ、グラスに注いでみましょう。かなり勢いよく出てきますので、グラスは大きめの方がワインがこぼれなくて済みます。

 

 

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味もなかなかでした。しっかりしたボディーがあり、フルーティーです。メロンと柑橘類のフレーバーも楽しめましたし、オークの香りも加わっていました。Z級グルメの私にはこんな講釈は無理なのですが、箱の説明の受け売りです。

 

でも、美味しいことに変りはありません。ワインの報告というより「工作を楽しみました」という絵日記風になりましたが、次回のコストコでの買い物リストにはこのワインが入っています。

 

 

[2018/3/20イライザ]

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2018年4月11日 (水)

「第33回 4・9反核燃の日全国集会」-青森

「第33回 4・9反核燃の日全国集会」-青森


全国から約1000名が結集

 

去る4月7日(土)午後2時から青森市・青い海公園で「第33回 4・9反核燃の日全国集会」が開催されました。今年は、広島県原水禁からは一名が参加しました。

この全国集会は、1985年4月9日に当時の北村青森知事が県議会全員協議会の場で「核燃料サイクル施設建設受け入れ」を表明したことに抗議し、その撤回を求めて翌年から始まりました。当初は、青森県の核燃反対派が、抗議集会を開催してきましたが、1989年からは全国規模での集会が開催されてきたものです。今年も原水禁国民会議や原子力資料情報室、青森県反核実行委員会、核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団、核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会の5団体によって集会実行委員会が結成され、全国からの参加者約1000名が参加し、集会とデモを行いました。

 

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集会では、主催者あいさつ、基調報告に続き、全国からの報告が行われました。集会は、気温3度、横殴りの雨が降りしきる中で開催されました。厳しい悪天候のため、残念ながらとてもメモを取る余裕もありませんでしたので、ここでは発言者を紹介します。原子力発電に反対する福井県民会議代表の中嶌哲演さん(明通寺住職)、大間原発訴訟の会代表の竹田とし子さん、福島県平和フォーラム副代表の瓜生忠雄さん、新潟地区労会議議長の阿部清利さん、元東海村村議会議員の相沢一正さんです。

中嶌哲延さんはこう訴えました。「私は若狭にいて、関西電力に原発を押し付けられる被害者だといってきましたが、この集会に先立ち青森県内の3か所の核施設を回って、今度は私たちが、青森県の人たちに被害を押し付ける立場になったしまったということを感じました。立場が逆転してしまったことを全国の人たちが考え、どう向き合えばよいのか本当に考えなければなりません」と。特に印象に残って発言でした。

全体で確認された集会アピールの要旨を掲載し、集会趣旨の紹介にしたいと思います。

<集会アピール(要旨)>

〈略〉受け入れを表明してから33年目を迎えるが、この間当初の計画通りに事業が進んでいるものは一つもない。ウラン濃縮工場は全停止、低レベル放射性廃棄物の搬入が10カ月も止まり、受け入れ再開がようやく始まった。再処理工場に至っては、着工から28年目の2021年上期に完工が予定されている。しかし、原子力規制委員会職員からも「日本原燃の希望的観測にすぎない」と報じられている。2016年末に高速増殖炉・原型炉「もんじゅ」の廃炉が決まり、誰の目から見ても、核燃料サイクル政策は完全に破綻している。〈略〉安倍内閣は六ケ所再処理工場の安定的な運転に寄与するためとして「使用済核燃料再処理機構」を設立し、国民が環境にやさしい電力会社を選んでも、再処理とMOX加工などの費用を負担し続ける制度を作り上げた。その上、各電力会社の廃炉費用まで、電気利用者に上乗せしようとしている。〈略〉

原子力発電の使用済燃料は、どこにも搬出できないと原子力発電の運転を止めざるを得ない。一日も早く脱原発社会を実現するために、使用済燃料を六ケ所村再処理工場とむつリサイクル貯蔵に搬入させない闘いを強化する必要がある。

以上のことから、下北半島に操業・建設・計画を続けている六ケ所核燃施設、東北電力東通原発1号機、東京電力東通原発1号機、大間原発、むつリサイクル貯蔵施設の撤去を求め、全国の原発を運転停止に追い込み、未来の子ども達への負担軽減のために全力を挙げて取り組むことをアピールする。

   2018年4月7日

    「第33回4・9反核燃の日全国集会」参加者一同

 

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集会参加者はアピール採択後、市内のデモ行進へと移りました。デモ終了後、会場を屋内に変え、「全国交流集会」が開催されました。

そして翌日(8日)は、青森市からバスで移動し、六ケ所村再処理工場正門前で、現地抗議行動を行いました。この模様は写真で見てください。

 

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私は、今回で3度目の「反核燃の日全国集会」への参加となりましたが、第1回目の参加は、1989年4月9日に行われた初めての全国規模での抗議集会です。当時原水禁国民会議の代表委員を務めておられた森瀧市郎先生の同行者として、現地入りしました。この日の集会場は、核燃施設建設予定地からわずか数キロの尾鮫浜。海岸に作られた特設ステージ。当日は今年と同じように、小雨混じりの冷たい風の吹く中での集会でしたが、東北各地を中心にバスが次々と到着した景色を思い出します。そして全国から集まって参加者は1万1千人。この人々を前に、森滝先生が、声高く「核と人類は共存できない」と訴えられた姿が忘れられません。集会後参加者全員で、デモ行進と「核燃基地包囲の人間の鎖」などで反核燃をアピール。森滝先生も元気にすべての行動に参加されました。ちょっと見えにくいですが、当時の原水禁ニュースに乗った「人間の鎖」の写真です。バスの車列が見えると思います。

 

1989

 

そんなことを思い出しながら参加した今年の「4・9反核燃の日全国集会」でした。

 

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2018年4月10日 (火)

 中垣顕實法師から・その2 ――4月1日の質問に、ニューヨークからの返信です――

 

中垣顕實法師から・その2

――41日の質問に、ニューヨークからの返信です――

 

「グローバル・ヒロシマ」というテーマで41日に開かれた中垣顕實法師と私の対談の最後に頂いた質問の中に、中垣法師を指名してのものが二つありました。ニューヨークに戻られた師から丁寧な回答がありましたので、前回に続いて二つ目を御紹介します。


 

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以下、中垣師の答を引用します。

**********************************

「9・11以降、アメリカは内向きになっていったときかれますが、25年NYで布教されてきて、その平和活動をされている中で、どのようにその変化を感じておられますか。それはどのどのようなものですか。3・11のちの日本の変化をNYからどのように見ておられますか。」

 

アメリカといっても広いのでその考え方は地域によってまちまちですので、私の場合、基本的にニューヨークというアメリカの中でも特殊な立ち位置になると思います。

 

アメリカは内向きになってきたということですが、ニューヨークに関する限りはそれは必ずしもそうとは思われません。例えば私よく関わるインターフェイス(超宗教)関係などでは、9・11以降、より盛んになり、今までそれぞれの宗教で行っていたことを様々な宗教者たちが協力して行う傾向が一挙に増えました。宗教と自由ということからイスラム教やユダヤ教といった一宗教を差別することは間違っているということでニューヨークの宗教者たちが一緒に彼らを守ろうという行動にでましたが、これらは内向きではなく、外向きの行動です。実際、9・11の報道は報復賛成ばかりが報道され、報復反対を訴える多くの運動は報道されませんでした(そのあたりは私の著書『マンハッタン坊主つれづれ日記』をお読みください。この本は9・11の時に私のまわりでおこっていたことを書いています。それらは報道制限がなされていた一般の新聞やニュースには報道されなかったことです)。ある9・11の被害者の遺族会は広島や長崎を訪れ、その体験を学ぼうという外に向かう行動をとっていました。

 

もちろん、ニューヨークも9・11の前と後とを比べるとそのバイタリティーは変わりましたが、内に向かっていると感じたことはあまりありません。むしろ宗教間、また仏教間ともにより親しくなり、ともに協力して社会にはたらきかけていく機会が多くなってきたと思います。現在のトランプ政権に関しても、ニューヨーク州の立場は移民問題などに関しても正反対の立場をとっています。

 

3・11は私の半世紀の誕生日でしたので、アメリカにいながら自分とは切り離せないような感じがしています。ただ3・11に関して思うことは、報道は本当のことは公表できないようだし 、放射能汚染にしてもそんな簡単に解決できていないはずだが、まるで問題はないかのように扱われている、また、そのことを持ち出すと非国民のように取られるような変な体制ができているようです。福島原発の事故処理も完全にできていないのに、地震の多い日本でまだ原発にこだわるなど、何か論理にあわない行動が満ちあふれているように思われる。 また憲法第9条の問題にしても、現代に合わない憲法のように取り扱われ、本来第9条こそどんどん輸出して、諸外国もこのような憲法を作るように働きかければいいものを、その反対に軍事国家に近づこうとしている姿は、唯一の被爆国である日本が取る立場なのかと耳を疑う。他にもいろいろとありますが、個人的には、世界の流れについていこうとばかり気にしている日本ですが、唯一の被爆国である日本が世界の平和をリードしていくような立場をとれる国になってほしいものだと思います。

 

講演の時にもいいましたが、福島も広島も長崎も海外からみればすべて日本で起きたことです。日本ではそれらが県外で起きたことで自分には関係ないと思われる出来事であるかもしれませんが、世界的な目でみれば、すべて日本で起きたことであり、日本はそれらをしっかり代表した立場を表明し、行動していくべきなのだと考えます。

 

[ニューヨーク平和PRFファンデーション創始者・会長 中垣顕實]

  

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2018年4月 9日 (月)

 中垣顕實法師から ――4月1日の質問に、ニューヨークからの返信です――

 

中垣顕實法師から

――41日の質問に、ニューヨークからの返信です――

 

「グローバル・ヒロシマ」というテーマで41日に開かれた中垣顕實法師と私の対談では、最後に会場の皆さんから興味深い発言がありました。そこで取り上げる時間のなかったものについては質問用紙に書いて頂いたのですが、中垣法師を指名しての質問が二つありました。ニューヨークに戻られた師から丁寧な回答がありましたので、二回にわたってアップします。

  

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以下、中垣師の回答を引用します。

**********************************

 

「浄土真宗では自らの内の愚かさとそれに対する慈愛を説くとお聞きしました。それを説く時、その教えはどのような力になるのでしょうか。」についての私のからの答えです。

 

質問ありがとうございます。短い質問ではありますが、仏教的平和構築という上では、とても大切なことの質問ですので、少し答えが長くなることをお許しください。

 

まず、内に愚かさということは、常に欲、怒り、愚痴といった煩悩を持ちながら生きているということの自覚です。これは聖徳太子の『憲法十七條』の第十條に書かれている、「ともに凡夫ならくのみ」という言葉にも置き換えられると思います。私は近年この「皆凡夫なんだ」「皆愚かさを持って生きているんだ」という言葉が平和を考える中で一番大切なのではないのだろうかと思うようになってきました。第十條には、愚かさを知ることには、私はいつも正しいのでもなく、聖者のように悟りきっているわけでもない、ということがあるわけで、だからこそ、自分だけが正しいと思っても、相手の意見を聞こうという姿勢がそこに出てくるべきだ、という趣旨のことが説かれています。白黒をハッキリさせるというより、白でもなく黒もないグレーの世界を人は生きているのだから、双方ともに理解し合い、その上で共に何かを作り上げていく努力がなされねばならない。その根底の力が「内なる愚かさ」の自覚から生まれます。

 

100%の善人もいなければ、100%の悪人もいない。それは自分自身もそうだから、常に学び、少しでも真理に近づこうとする力にもなります。ただ完璧な人間はいない、といってどうしようもないから何もしないということではないと思っています。完全でないから、そこ共に語り合い、聞き合い、話し合うことによってより真なる平和な社会を目指す方向にむかう力が内なる愚の自覚であると思うのです。自分が完全な人間であるなら、他人の言うことなどに耳を傾ける必要がないのです。よって、そこには対話は生まれません。白黒をはっきりさせ、二分化してものを考える西洋思想とは異なるものです。誰でも間違いはあるが、そこから学び、過去を許していくところも、愚かさの自覚に他ならないと思います。

 

私は「凡夫の知恵」、「愚者の知恵」と呼びたいと思います。この知恵が力となって平和が構築されていくべきだと私は思い、新たなNPONY平和ファウンデーション)を今年3月から始めましたが、まさにこの「愚の自覚」から始める対話による平和構築を推進するものです。 平和の第一歩は自分の声を聞き、他人の声を聞くことからはじまります。自分はこれが正しいと信じて、相手を悪と決めつけ、自分が正義だと思い上がるところに大きな悲劇をもたらし、正義の名の下でなされた戦争は多くの尊い命をうばってきました。これらの悲劇を繰り返さない道を選択する「二度と過ちは繰り返しません」という言葉にも呼応していくものだと考えています。

 

またそのような凡夫に如来の慈愛は向けられているのだと阿弥陀仏の本願には説かれている。ただ可哀そうだから慈悲がかけられているということだけでなく、その愚かな命は同時に仏になるべき尊い身であるいうことを意味しています。阿弥陀如来の本願には「一切衆生」すなわち、すべての生きとし生けるもの、という言葉ですべての人間、生命、が悟りへの可能性を秘めた存在として語られています。そこにすべての命がかけがえのない存在として、共に平和を作りあげる同志としての存在となっていくのだと考えます。平和は平等なる仏さまの慈愛の眼を通して生まれる世界だと思います。私も貴方も凡夫であるけれども、慈愛につつまれた存在としてお互いに敬い、ともに真理に近づけるように対話を続けるならば、人種、国境を越えた平和の道が開かれていく力になるのだと思っています。他人を恐れ、敵対するのではなく、互いに信頼して、理解し合えるのだという思いを持ち続けることができるのは、浄土真宗においては如来の慈愛がかけられた存在であるというところから出てくる力といえましょう。

 

以上です。

 

[ニューヨーク平和PRFファンデーションの創始者・会長 中垣顕實]

  

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2018年4月 8日 (日)

 K.T ダイナー ――50年代、60年代のアメリカが味わえます――


 K.T ダイナー

――50年代、60年代のアメリカが味わえます――

 

トラットリア・ルッツォについては、以前御紹介しましたが、そこから吉和の方に向うと県道186号線に自然に入ります。そこから小瀬川沿いに少し行くと、右側にK.Tダイナーが見えてきます。年代物のアメ車が目印ですが、ドライブウェイを上がって行く風情が何とも言えません。

 

50年代、60年代のアメリカを再現してあるアメリカ式のダイナーだと聞いては、一度、どうしても訪ねない訳には行きません。

 

その日は、雨だったのですが、でも、下界の桜は散り始めていたのに、ここではまだ満開に近い感じでした。でも、道の上の花びらもきれいでした。

 

Kt_diner

                             

 正面からもうアメリカ風で、期待で胸が膨らみます。

 

Kt

 

 桜の花びらが敷き詰められた階段と入り口を通って店の中に入るのも風流でした。そして、内部も凝った造りですが、ちょっと暗めの照明なので、少し目が慣れてからその素晴らしさがじわじわと伝わってきます。

  

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ここで頂いたのは、もちろん、ハンバーグ。そしてきのこサラダです。 (日本語ではハンバーグとハンバーガーとの違いがあるようですが、英語では使い方が少し違うので、ここはエディターによる訂正が入っています。)

 

Photo

 

 

Photo_2

 

 二人で食べて丁度良い量でしたし、ハンバーグは当然ですが、サラダの味も文句なしでした。レストランには雑貨コーナーもありましたが、隅にあった、昨年の残りでしょうか、クリスマス・デコレーションが気に入りました。

 

Photo_3

 

 もう一つ、K.T Dinerでお勧めなのが音楽です。50年代のアメリカン・ロックが主でしたが、選曲は私が好きな曲ばかりでしたし、音響が素晴らしいことに感激しました。アンプやスピーカーも良いのでしょうが、高い天井と木の壁の創り出す空間で、一時、青春時代に戻った気がしました。当時の仲間たちを誘って、ここを一夜借り切ってパーティーが開ければと、夢はさらに膨らみました。

[2018/4/6イライザ]

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2018年4月 7日 (土)

 卒業式・入学式 ――子どもたち・学ぶ側の視線ではいけないのでしょうか?――

 

卒業式・入学式

――子どもたち・学ぶ側の視線ではいけないのでしょうか?――

 

34月は、卒業そして入学のシーズンです。卒業や入学を祝う行事があり、感動的な歌もいくつも作られています。『仰げば尊し』もその一つですが、何時までも歌い続けて欲しい歌の一つです。

 

今回、トピックとして取り上げたいのは「卒業式」と「入学式」という言葉です。実は、この卒業式と入学式について、長い間、気付かなかったことで、50代になってからハッと気づいたことがあるのです。その頃から、公立学校の卒業・入学式に招かれることが多くなり、何だか変だなと思いつつ、ずっと気になっていたことなのですが、恐らく皆さんの中でも気付かなれていない方の方が多いのかもしれません。まずは次の写真を御覧下さい。

  

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手元に手頃な写真がなかったので、ネットからお借りしましたが、「卒業式」ではなく「卒業証書授与式」なのです。ほとんどの公立学校では、少なくとも広島市内の公立学校では、「証書授与」という麗々しい4文字を加えて式典が取り行われています。

 

「卒業証書授与式」の方が古くからある使い方のようなのですが、私が違和感を持ったのは、「卒業式」と「卒業証書授与式」の視線の違いです。「卒業式」は「入学式」と同じく、学校に入る、卒業するという子どもたち、学ぶ側の視線の言葉です。それに対して「卒業証書授与式」は、卒業証書を「授与」する学校側、上から目線の言葉です。

 

それだけではありません。『仰げば尊し』で歌われているような、学ぶことによって培われる師弟の愛や、同じ学び舎で学ぶ若者たちの友情、そして同じ時期に同じ環境で暮すことのできた子どもたちを取り巻く同時代意識など、学校教育の本質を「証書授与」という官僚的な一言でバッサリ切り捨ててしまう、という野蛮な結果までもたらすことになっています。

 

「入学式」のほうには「入学許可式」などという野暮な言い換えはありませんので、両方とも統一して「入学式」「卒業式」にできないものでしょうか。

 

Photo_2

 

 

これもネットからお借りしましたが、「卒業証書授与式」などという変てこな、かつ無理な言葉を使わなくてはならないのは、やはり文部科学省の差し金ではないか、と私も思ったのですが、そうではありませんでした。文部科学省に問い合わせた人がいるのです。その結果、文部科学省では「卒業式」を使っている上、学習指導要領にもそう書かれているとのことです。詳しくはこちらのブログを御覧下さい。

 

だったら、広島市内や県内でも、子どもや学ぶ側の視線に立って、来年からは「卒業式」にできないものでしょうか。

 

広島市内でも私立校では「卒業式」を使っているところもあるのは当然ですが、証拠写真も添付しておきます。

 

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[2018/3/22イライザ]

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コメント

① 長い方がかっこいいから。
② 3月末日まで籍があるので、それまでは卒業していないから「授与式」
こんなんじゃないでしょうか

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

① それで、加計学園・岡山理科大学では、「入学宣誓式」にしたのですね!!

② こちらはかなり「官僚的」視点からの理由付けですが、それを卒業ではなく、入学に当てはめると、通常4月1日には入学していることになっていますので、「入学」式ではなく、「入学宣誓式」「入学許可式」とかにすべき、ということになりませんか??

色々、理屈を考えて見るのも一興ですね。

2018年4月 6日 (金)

 行動する宗教者・中垣法師 (その3) ――会場からの問題提起も本質を突いたものでした――

 

行動する宗教者・中垣法師 (その3)

――会場からの問題提起も本質を突いたものでした――

 

浄土真宗の「フリーランス僧侶」、ニューヨーク在住の中垣顕實さんと41日に対談をし、その後の打ち上げでも、多くの皆さんと話すことができました。また会場で頂いた質問も貴重でしたし、その場では発言して頂く時間がなかったため質問用紙に書いて頂いた御意見や質問にも目を通して、改めて41日にとても良い機会を頂いたことに感謝しています。

 

かつては激しい運動をすると、翌日には筋肉が痛くなっていましたが、最近は数日経ってから身体に影響が出るようになりました。老化現象なのですが、知的・精神的な刺激についても同じことが起きているようです。このところ、中垣師との再会そして41日の対談と影響が心の中に残っていて、それを丁寧に反芻しながら次の仕事に取り掛りたいと思っています。

 

中垣師の魅力の一つは「お人柄」ですが、対談の中でもまたその後の車の移動中や打ち上げ等でも、心から感心したのは「嫌いな人にはこちらから話し掛けている」という言葉とその実行です。「知らない人には挨拶する」も一対になっての対人関係の基本ですが、「嫌いな人に話し掛ける」のは、誰にでもできることではありません。そして、話し掛けることで相手との関係が変り、善循環を作るためには、話し掛ける際の自然さや真剣さや、そして己を虚しゅうできるのかどうかといったことに懸かってくるはずなのですが、これも、「言うは易し」の範疇に属している事柄のように思えます。

 

と言って足踏み状態でも困るのですが、でも、中垣師が強調したもう一つのことは、そこから抜け出す簡単な方法でした。「難しいことは言わなくても良い。考え過ぎることもない。まずは行動すること」――ここから始めれば良いのです。

 

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会場からの質問と宿題として頂いた質問や意見ですが、その全てを報告するだけのスペースがありませんので、独断と偏見でその中のいくつかを取り上げさせて頂きます。

 

 今若者の間で話題になっていることの一つに「二次創作」があります。一つのストーリーの中のキャラクターを別の環境や派生する場で活躍させたりということなのですが、広島も、その視点から見ると「ヒロシマ」が出てきたりしています。でも、元の「広島」に戻ることも大切なのではないかと思いますが、どうでしょうか。

 

(ア) 和歌で言う本歌取りに共通する考え方ですが、中垣師が最近、取り上げている「卍とハーケンクロイツ」の問題は、正にその点についての考察だと思います。長い間、幸せのシンボルだった「卍」が邪悪な目的のために使われ、その犠牲者たちに取っては究極の悪のシンボルになった。それを無視することはできないにしろ、元々の意味とどのような形での和解を図るのか、という問題提起です。この点については、彼の著書『卍とハーケンクロイツ』に詳しいのでそちらに譲りたいと思います。

 

会場から「宿題」として頂いた質問は、大きく分けると二つに分類できそうです。一つは、被爆体験を広島の外にもそして未来にも届けるために、それも効果的に行うためにどんな方法があるのか、という問題です。さらに、未だ発言をしていない被爆者たちの記録をどう残したらよいのかという問題提起もありました。

 

もう一つは、現在の社会のあり方についての問題提起です。情報の規制や操作が行われている中で、どうしたら正しい情報を得ることができるのか、その情報を元にした私たちの声を、これも効果的に広げるためにどうすれば良いのか。特に、平和についての声を広げるためには活動資金も必要になるけれど、戦争には投資しても平和には投資しない社会で、資金的な面で良い知恵はないだろうか、といった内容でした。

 

特に中垣師への質問が二つありました。

 

(A) 911以降のアメリカが変ったと言われますが、ニューヨークではどのような感じで変ったのでしょうか。またトランプ大統領後のアメリカの変化は? そして311以降の日本をアメリカから見るとどう映っているのでしょうか?

 

(B) 浄土真宗は自らの愚かさと、それに対する慈愛を説くと聞いていますが、平和を説くときそれはどのように力になるのでしょうか? 

 

どれも大変重要な問題です。このブログで皆さんと一緒に考えてきたテーマも混じっています。一回でお答えするにはスペースが足りませんので、過去のどの記事が参考になりそうなのか等も含めて、次回以降、順次取り上げて行きたいと思います。

 

中垣師はニューヨークに戻ったばかりでお疲れだと思いますので、しばらくしてからこのブログに投稿して頂くか、師のホームページで取り上げて頂くのか、お決め頂いた上で、再度お知らせします。

 

改めて素晴らしいイベントを開いて下さった皆さんに心から御礼申し上げます。

  

[2018/4/5イライザ]

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2018年4月 5日 (木)

 IROHA villageを覗いて来ました ――暖かくなるのが楽しみです――

 

IROHA villageを覗いて来ました

――暖かくなるのが楽しみです――

 

商工センターから廿日市に向って、広島廿日市大橋のちょっと手前、五日市港に折れる道が何本かありますが、なぎさ中高の筋向いに新しいアトラクションが登場しました。藤い屋さんの「IROHA village」です。

 

Iroha_village_google_map

                             

 営業時間は午前10時から午後6時ですが、閉店時間直前だったので、カフェは閉っていましたし、工場見学の時間からもズレていましたので、魅力を十分にお伝えできませんが、IROHA village のホームページがありますので、そちらも御覧下さい。


Photo_4

 

暖かくなったらもう一度来たいと思った理由はいくつかあるのですが、一つは、屋上緑化です。建物の屋根の上に緑があるのは良いですね。

これには思い入れがあって、かつて教鞭を執っていたタフツ大学の図書館が、当時は屋上緑化の先進例として紹介されていた時期があったからです。下のカフェテリアでサンドイッチやハンバーガーを買って、同僚や学生たちと、緑に囲まれてランチを楽しめたのは懐かしい思い出です。

 

建物の中には、ショップとカフェがあり、ショップで買い物はできたのですが、カフェのラスト・オーダーが5時でしたので、そちらは次の機会に。また別棟は工場なのですが、中の様子はガラス窓越しに見ることができます。工場だけではなく、village全体のガイド付きツアーが10時と12時の2回ありますので、これも面白そうです。

 

建物の外にもいろいろ工夫が凝らしてありますが、訪れたときは工場の前の紅白の梅が綺麗でした。

 

Photo

 

 また、庭には畑もあり、これからが楽しみな場所です。

 

Photo_2

 

近くの五日市港には大型の観光客船も泊るようですので、外国からのお客さんでごった返すのも時間の問題かもしれません。その前に、ゆっくりIROHA villageを楽しんでおきたいと思います。

 

たまたま、友人夫婦が次の日にIROHA villageに行っていました。写真を送ってくれましたので、雰囲気をお伝えするため、その写真も添えました。

 

Photo_3

 

  

[2018/3/22イライザ]

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コメント

ウィリアム・ハート William Hurt (1950~)
... ボストンのタフツ大に進み、神学を学んだ。3年生の時、
演劇に専攻を変え、1年間ロンドンに留学したあと、...
( 『外国映画人名事典 男優篇』キネマ旬報社編1997 )

『 蜘蛛女のキス 』 '85 でオスカーをとっていますが、
あの彼が?? あ奴だよ!! などと学内で噂になったりしたのでしょうか。
(なぁんてまたミーハーむきだし)

「されど映画」様

コメント有り難う御座いました。

彼が卒業した後にタフツで教え始めましたので、当時面識はありませんでしたし、その後の活躍についても、専門違いで学内であまり耳にしたことはありません。

でも、2005年にHurt氏はタフツから名誉博士号を貰っています。そのときには、私も一緒でしたので、何度か話をしましたが、「何か私に協力できることがあれば、言って欲しい」と親切なオファーがありました。上手く生かせなかったことを残念に思っています。

2018年4月 4日 (水)

安倍改憲を許さない街頭署名

安倍改憲を許さない街頭署名


-なぜ起きる防衛省の情報隠し 安倍首相よ怒れ―

 

「戦争させない・9条壊すな!ヒロシマ総がかり行動実行委員会」の呼びかけで昨年12月から始まった「安倍改憲を許さない3の日街頭署名」行動が、今月も3日の夕方5時30分から1時間、市内2か所で取り組まれました。

「戦争をさせない千人委員会」は、本通り西口(叶屋前)に52名が集まり、署名を呼びかけ85筆を集めることができました。「憲法と平和を守る広島共同センター」は、八丁堀交差点に32名が集まり、103筆の署名が集まりました。叶屋前では、準備中のところによってきて「署名を今でもできますか」と協力してくれる姿もありました。

 

1

 

ところで、安倍首相は、先の3月25日の自民党第85回党大会の演説で、憲法9条に自衛隊を明記する改憲に意欲を表明し「自衛隊を明記し、意見論争に終止符を打とう」と呼びかけたようですが、街頭演説でも触れましたが、「その前にやることがある」ということを指摘したいと思います。

2日の午後、小野寺防衛大臣が、「存在しない」としていた「イラクに派遣されていた自衛隊の日報が見つかった」と発表しました。「森友学園問題」を巡る財務書の決裁文書改竄問題に続く、公文書のずさんな管理が、またもや明らかになりました。いずれも「政府ぐるみの隠ぺい」だと野党から厳しく追及されていますが、野党だけが怒る問題ではないはずです。

防衛省の今回の「情報隠し」は、先の南スーダンPKO部隊の日報問題と同根の問題ととらえなければならないと思います。

 

2

 

この街頭署名活動で秋葉さんも指摘されたように、自衛隊にとって「どんな活動をしたのか」を記録する日報は、もし仮に「行動の誤り」を指摘されたとき、その行動の正当性を主張する唯一、無二のものですから、絶対に破棄されるようなことはありません。

さらに私は、次のことも指摘しまし。自衛隊にとって日報は、「その行動をその後の活動に生かすための検証を進める」ためにも欠かすことのできない、重要な資料だということです。そのことは「『陸自研究本部』に電子データで保存されていた」という事実によって証明されています。こうして考えると、そもそも「自衛隊の部隊の日報」が、保存されていないなどということは、あり得ないことです。

財務省の決裁文書改竄を大問題ですが、それ以上に実力組織の自衛隊による文書隠し問題を重大だということです。つまり、今自衛隊はシビリアンコントロール不能の状況にあると言ってもよいのではないでしょうか。私が、「安倍さん改憲より前にやるべきことがあるのでは」というのは、このことです。南スーダンPKO部隊の日報問題では、「稲田大臣だから」という雰囲気が無きにしも非ずでした。再び同じようなことが起きたのですから、単なる大臣の問題に矮小化することはできません。そして野党のみが追及すればことは足りるという次元の問題でもありません。実力組織である自衛隊をどうコントロールするのか、内閣に、そして国会の突き付けられている重大な問題だからです。内閣にすらきちんとして情報を提供しない自衛隊に対し、安倍首相こそが、もっと大きな怒りを持たなければならないのではないでしょうか。それほど深刻な問題だと言えます。

そして安倍首相は、自らが行った憲法違反の「集団的自衛権行使容認」の閣議決定が、防衛省内での自衛隊制服組の発言権を拡大させ、さらには今回のような隠ぺい体質を容認し今日の事態を招いていることをもっと自覚すべきです。その反省もないまま「憲法に自衛隊を明記」すれば、さらに自衛隊の一人歩きが始まることを私は危惧します。

 

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2018年4月 3日 (火)

 中垣さんとの対談会報告・その2 ――私にとって転機になるかもしれない経験の場でもありました――

 

中垣さんとの対談報告・その2

――私にとって転機になるかもしれない経験の場でもありました――

 

「グローバル・ヒロシマ」というテーマで、41日に開かれた浄土真宗の「フリーランス僧侶」、ニューヨーク在住の中垣顕實さんと私の対談の報告を続けます。

 

中垣師が現在力を入れている「卍とハーケンクロイツ」については、41日のブログで少し説明をしましたが、対談の場では十分に時間を割くことはできませんでした。幸い、若い大学生の質問が、全く別の視点からではありましたが、正に中垣師の問題提起の意味を問うものでしたので、それに答える形で会場の皆さんにもしっかり受け止めて貰えたのではないかと思います。再度、41日の記事もお読み頂ければ幸いです。


Photo

                             

 さて私の話したことなのですが、2016年、2017年、2018年と3年連続で、被爆者の願いである核兵器廃絶に関連のある大きな出来事が起きたことに焦点を合せました。オバマ大統領の広島訪問、核兵器禁止条約の締結、そして5月に予定されている米朝首脳会談です。

 

オバマ大統領には、2010年の一月、ホワイトハウスで直接、広島訪問の要請をしましたので、それが6年後に実現したことには、大きな感慨を持ちました。核兵器禁止条約は私が会長を務めていた平和市長会議が2003年に公表し、世界の都市が目標として努力し続けてきた「2020ビジョン」の中間目標として、2015年までの核兵器禁止条約を掲げていましたし、ノーベル平和賞を受賞したICANとも連携して大きな貢献をしてきましたので、2年遅れではありますが、これも、目標が達成できたもう一つの事例です。

 

米朝会談の成功のためには、現在進行形ですが、広島県原水禁としての働き掛けをすることになっていますので、5月の時点での良い結果につながれば、これも大変嬉しい出来事になります。

 

41日の対談で、こんなことを皆さんに報告しながら頭に浮んだのは、これら三つの事例だけでなく、私の人生の中で「目標」として掲げて、何らかの形でその実現のために努力してきた多くのことが、以前3回にわたって分析したように現実になっているという事実です。そして今回は、それには何らかの意味があるのかもしれないと感じたのです。

 

3回目の記事で予告した、1963年に立てた目標、「被爆者の代弁者として発言する」は、その後の「アキバ・プロジェクト」や市長として世界各地で、正にこのことを実現するための活動をしてきましたので、「実現」された中に入ります。

 

このように、私が立てた目標について、直接努力をした結果として実現したものもありますが、そうではないケースも多く、しかし、目標達成のための努力はしていたものがほとんどですので、何かが「実現」するかどうかの決定打を打ったかどうかとは別に、予測能力だけはかなり高いと言えるのではないかと自負しています。

 

仮にその能力が本物であれば、今後、それを意識して意図的に積極的に生かす、というもう一つの道が開けます。

 

「グローバル・ヒロシマ」の会場からの質問からも、未来への地図を描きその実現のための多くの人々の力を結集させることがいかに大切なのか、という方向性が改めて確認できました。それについては次回に。

 

[2018/4/2イライザ]

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2018年4月 2日 (月)

 「マンハッタン坊主」中垣さんとの対談はとても有意義でした ――グローバルな視点からのヒロシマを再確認できました――


 「マンハッタン坊主」中垣さんとの対談はとても有意義でした

――グローバルな視点からのヒロシマを再確認できました――

 

素晴らしい天気に恵まれ、桜が満開の平和公園でしたが、私たちは資料館の地下会議室で2時間半にわたる熱い時間を過しました。ニューヨーク在住の浄土真宗の「フリーランス僧侶」、中垣顕實さんと私の対談に、50人以上の皆さんが最後までお付き合い下さったのです。

 

このイベントのタイトルは「グローバル・ヒロシマ」でした。日本という枠組ではなく世界という枠組から広島を見直し、未来につなげることがテーマです。

 

この会の趣旨として中垣さんが強調されたのは、日本の外から日本を見ることの意味と、それを元にした私たちの頭のスイッチの切り替えです。日本国内での見方では、原爆は広島と長崎、そして原発事故は福島と地域的な色彩が濃くなって、それが「全」日本の問題であるという認識は、時とともに薄れる傾向があるのですが、ニューヨークから見ると、広島も長崎も福島も、「日本」で起きたこととして把握されています。その結果として、このどれをとっても、私たちがグローバルなスケールで関わろうとすると、「日本」としてまた「日本人」として発言し行動することを期待されるということです。

 

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さらに、在米33年になる中垣師が強調されたのは、外から見ると日本のことが本当に良く分るようになるという点でした。日本だけではなく、仏教についても浄土真宗にしても、外に出て、アメリカという「外界」から観察しその全体像を掴み出す必要に迫られることで、その本質が手に取るように分ってきたという感慨です。

 

でもその理解は、アメリカという土地に住んでいただけでは得られないのです。例えば、1994年から、ニューヨーク時間の85日の夜に、初めはニューヨーク本願寺で、フリーランスになってからはキリスト教会その他の場所で、広島・長崎原爆法要「恒久平和の日の集い」を開くことを通して、つまり具体的な活動を通して身に付けた理解なのです。初めは100名にも満たなかった参加者が、500名という規模に成長してきていることも、彼の努力の賜物です。

 

インターフェイス (interfaith---超宗教) というグループの主催で、2002年から10年間、911日にハドソン川で、9.11同時多発テロ犠牲者追悼灯ろう流しを続けて来られたことも大きな足跡です。

 

今回の対談の実行委員会とでも呼んだら良い方々は、このような中垣師の活動を広島から支えて来た皆さん、そしてそれを縁にしてつながりのできた皆さんたちのグループです。

 

中垣師に続いて私も、少し話をさせて頂き、会場からの発言、そして参加された皆さんからの意見や質問も貴重でしたが、整理をした上で稿を改めて報告させて頂きます。

  

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[2018/4/1イライザ]

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2018年4月 1日 (日)

 エープリル・フールの今日くらい真実に触れよう ――ニューヨーク在住の中垣法師との対話です――

 

エープリル・フールの今日くらい真実に触れよう

――ニューヨーク在住の中垣法師との対話です――

 

今日、41日はエープリル・フールの日です。嘘を吐いても良い日、嘘を吐かれても怒らない日、ユ-モアを楽しむ日ですが、安倍政権の暴走、それに盲従する高級官僚、そして追従するマスコミのせいで、我が国は、365日、一日24時間、一週7日間、全て嘘で塗り固められてしまったかの感があります。

 

海外でも、トランプ大統領の登場で、「フェイク・ニュース」が大手を振って歩くようになった結果、せめて41日くらいは真実を報道しようと、意図的に嘘を控えるメディアも登場しているようです。

 

それに倣って、今日の広島でも、真実を語り真実を聴くことを重んじましょうという呼び掛けです。大変、勝手味噌なお知らせになりますが、一昨日お知らせしたように、今日、午後二時から国際会議場で、中垣顕實法師と私の対談の会が開かれます。

                           

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中垣法師は、2010年にお会いした当時、ニューヨーク本願寺の住職でしたが、その後はフリーランスの僧侶として、仏教という軸に沿っての、平和や国際理解、地域の一員としての地道な活動などを続けて来られた方です。例えば、1994年から毎年85日に、広島・長崎原爆法要「恒久平和の日の集い」をニューヨークで開催されていますし、2002年から10年間、911日にハドソン川で、9.11同時多発テロ犠牲者追悼灯ろう流しを続けて来られました。

 

ニューヨークは人種のるつぼとも言われたことがあるほど、多様な人々が住んでいる地域です。それでも少数派の苦労は並大抵ではありません。「仏教」という立場も明確にしながら、地域に溶け込み、その地域を象徴する存在でもある警察との連携を密にして来られた実績には敬服します。

 

そして今回、8年振りにお会いするに当って、中垣師の近著『卍とハーケンクロイツ』を読ませて頂きました。こんなに凄い仕事をされていたのだということが分り、新たな敬意を抱いています。

 

「ハーケンクロイツ」とはナチスのカギ十字です。ホロコーストを経験された方はもちろん、西欧社会でのハーケンクロイツの位置付けは究極の悪のシンボルです。カギ十字を小さなデザインであろうとどこかに使うことは許されませんし、ナチスとの関連を知らずに使ったとしても囂々たる非難を受けるような存在です。

 

私自身の経験を振り返ると、小学生の時、未だナチスについての知識は全くなかった時代に、地図の記号としての「卍」を習っていました。物心が付いてからナチスについての知識も増え、特にアメリカで生活するようになってからは、カギ十字に嫌悪感を持つ気持も良く分るようになりました。

 

しかし、寺院のシンボルである「卍」と究極の悪のシンボルであるカギ十字との関連については、その必要もなかったのだと思いますが、ほとんど考えたことはありませんでした。

 

『卍とハーケンクロイツ』は、その関連を明快に解き明かしてくれるだけでなく、東洋そして世界における幸せのシンボルとしての「卍」の存在の意味を、説得力を持って伝えてくれています。内容については、「おわりに」から、中垣師の言葉を引用しておきます。

 

本書の基本は日本や東洋で使われる卍とヒトラーが使ったハーケンクロイツとの相違点また類似点を明確にすることであった。そしてそれを認識することが、現在、西洋と東洋での卍に関する諸問題の解決の糸口になると考えたのだ。

 

邪な行為のシンボルになってしまったデザインが、それ以上の長い人類史の中で果してきた役割、そして今後も果しうる役割を冷静に見詰めることで、人類史をどう捉えるのか、その中での特定の時期、特定の人々の体験をどう位置付けるのかという、歴史の捉え方についての学術的かつ分り易い一書になっています。一読をお勧めしますし、その著者の中垣師の謦咳に接する良い機会でもありますので、多くの皆さんの御来場をお持ちしています

 

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[2018/3/31イライザ]

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